(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-25
(45)【発行日】2024-01-09
(54)【発明の名称】鋳造用アルミニウム合金、アルミニウム合金鋳物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 21/06 20060101AFI20231226BHJP
C22C 21/02 20060101ALI20231226BHJP
【FI】
C22C21/06
C22C21/02
(21)【出願番号】P 2020057262
(22)【出願日】2020-03-27
【審査請求日】2022-09-21
(31)【優先権主張番号】P 2019175053
(32)【優先日】2019-09-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004743
【氏名又は名称】日本軽金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】井上 亮輔
(72)【発明者】
【氏名】山元 泉実
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-180422(JP,A)
【文献】特開2008-231565(JP,A)
【文献】特開平09-279279(JP,A)
【文献】特開昭53-125918(JP,A)
【文献】特開2017-210653(JP,A)
【文献】国際公開第2015/052776(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/06
C22C 21/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Al-Mg-Si系のアルミニウム合金であって、
Mg:2.0~7.5質量%、
Si:1.65~5.00質量%、
Ca:0.004~0.04質量%、
残部がAl及び不可避不純物よりなること、
を特徴とする鋳造用アルミニウム合金。
【請求項2】
前記Caの含有量が0.009~0.02質量%であること、
を特徴とする請求項1に記載の鋳造用アルミニウム合金。
【請求項3】
更に、Fe:0.3~1.0質量%及びMn:0.2~0.6質量%を含むこと、
を特徴とする請求項1又は2に記載の鋳造用アルミニウム合金。
【請求項4】
請求項1~
3のうちのいずれかに記載の鋳造用アルミニウム合金を用いたこと、
を特徴とするアルミニウム合金鋳物。
【請求項5】
ダイカスト材であること、
を特徴とする請求項
4に記載のアルミニウム合金鋳物。
【請求項6】
Al-Mg-Si系の主原料にCaを添加して、Mg:2.0~7.5質量%、Si:1.65~5.00質量%、
Ca:0.004~0.04質量%、残部がAl及び不可避不純物よりなるAl-Mg-Si系のアルミニウム合金
とし、
前記アルミニウム合金からなるアルミニウム合金鋳物のMg
2Si粒子を微細化すること、
を特徴とするアルミニウム合金鋳物の製造方法。
【請求項7】
前記Caの含有量を0.009~0.02質量%とすること、
を特徴とする請求項
6に記載のアルミニウム合金鋳物の製造方法。
【請求項8】
更に、Fe:0.3~1.0質量%及びMn:0.2~0.6質量%を添加すること、
を特徴とする請求項
6又は
7に記載のアルミニウム合金鋳物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鋳造用アルミニウム合金、当該鋳造用アルミニウム合金からなるアルミニウム合金鋳物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
輸送用機器をはじめとする種々の分野で構造体軽量化への取り組みが進められており、鉄と比べて軽量なアルミニウム合金が注目されている。アルミニウム合金による構造部材の製造方法は種々存在するが、低コストで複雑形状を効率的に得ることができる、大量生産に適した方法としては、鋳造法を挙げることができる。特に、アルミニウム合金の溶湯を金型内に射出して鋳造部材を成型するダイカスト法は、極めて生産性が高い。
【0003】
鋳造法で高い強度及び延性を有する部材を得ることができるアルミニウム合金としては、例えば、亜共晶型のAl-Mg-Si系アルミニウム合金が知られている。しかしながら、Al-Mg-Si系アルミニウム合金は凝固時に収縮性があり、鋳造割れが発生しやすいという課題があった。
【0004】
これに対し、例えば、特許文献1(特許第6229130号公報)においては、Al-Mg-Si系のアルミニウム合金であって、以下全て質量%で、Mg:2.0~7.5%,Si:1.65~5.0%であり、Sr:0.015~0.12%含有し、鋳造後の金属組織中に晶出したMg2Siが微細な塊状であり、残部がAl及び不可避的不純物からなることを特徴とする鋳造用アルミニウム合金、が提案されている。
【0005】
前記特許文献1に記載の鋳造用アルミニウム合金においては、Srの添加により凝固過程にて晶出するMg2Siの晶出形態を微細な塊状に改質することができ、鋳造の鋳放しの状態で高延性及び高強度が得られるAl-Mg-Si系アルミニウム合金の特徴を活かしつつ、耐鋳造割れ性に優れた鋳造用アルミニウム合金及びそれを用いた鋳物を提供することができる、としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、車両軽量化のニーズの高まり等により、アルミニウム合金製部材にはより高い強度に加えて優れた延性(信頼性)が要求されており、上記特許文献1で提案されているアルミニウム合金から得られるアルミニウム合金鋳物では実現が困難な状況となっている。より具体的には、Mg2Siのサイズはアルミニウム合金鋳物の延性に直接的に影響するところ、上記特許文献1で提案されているアルミニウム合金ではSrの添加によりMg2Siの微細化が図られているが、Mg2Siの更なる微細化が切望されている。加えて、Srは比較的高価であり、より安価な元素の添加によるMg2Siの微細化が求められている。
【0008】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、優れた鋳造性を有し、高い強度と延性を兼ね備えたアルミニウム合金鋳物、当該アルミニウム合金鋳物を得るための鋳造用アルミニウム合金、及びアルミニウム合金鋳物の安価かつ簡便な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、Al-Mg-Si系アルミニウム合金からなるアルミニウム合金鋳物に形成されるMg2Siの微細化方法について鋭意研究を重ねた結果、安価なCaを適切な量添加すること等が極めて有効であることを見出し、本発明に到達した。
【0010】
即ち、本発明は、
Al-Mg-Si系のアルミニウム合金であって、
Mg:2.0~7.5質量%、
Si:1.65~5.00質量%、
Ca:0.004~0.04質量%、
残部がAl及び不可避不純物よりなること、
を特徴とする鋳造用アルミニウム合金、を提供する。
【0011】
本発明の鋳造用アルミニウム合金においては、適量のCaを添加することで、Srを添加する場合よりも安価かつ顕著にMg2Siを微細化することができる。0.004質量%のCaを添加することで当該効果を確実に発現させることができる。一方で、メカニズムは必ずしも明らかになっていないが、0.04質量%超のCaを添加すると、Mg2Siが粗大化する傾向が認められる。Caは不可避不純物であるPと化合物を形成し、当該化合物の形成によってMg2Siが微細化されると考えられるが、全てのPとCaが反応し、かつ化合物が全てCa3P2であると仮定すると、Caは質量比でPの約2倍が必要となる。Caの添加量が必要以上に多い場合、Caはリン化物以外の化合物を形成して、組織に悪影響を及ぼすと思われる。
【0012】
Caの添加量は、0.009~0.02質量%であることが好ましい。Caの添加量を0.009~0.02質量%とすることで、Mg2Siの粗大化をより確実に抑制することができ、アルミニウム合金鋳物の全域において微細なMg2Siが存在する、均質な微細組織を得ることができる。
【0013】
また、本発明の鋳造用アルミニウム合金においては、更に、Fe:0.3~1.0質量%及びMn:0.2~0.6質量%を含むこと、が好ましい。適量のFeを含むことで、Al-Fe系の金属間化合物の形成により金型へのアルミニウム合金溶湯の焼き付きを防止することができる。また、適量のMnを含むことで、固溶強化によるアルミニウム合金鋳物の強度上昇が期待できることに加えて、Al-Mn系の金属間化合物の形成により金型へのアルミニウム合金溶湯の焼き付きを防止することができる。
【0014】
また、本発明の鋳造用アルミニウム合金においては、鋳造後の金属組織中にMg2Si粒子が晶出し、鋳物の断面観察における前記Mg2Si粒子の平均面積が20μm2以下であること、が好ましい。Mg2Si粒子の平均面積を20μm2以下とすることで、アルミニウム合金鋳物の延性低下を極めて効果的に抑制することができる。
【0015】
本発明は、本発明の鋳造用アルミニウム合金からなることを特徴とするアルミニウム合金鋳物、も提供する。本発明の鋳造用アルミニウム合金からなるアルミニウム合金鋳物は、高い強度及び延性を有するAl-Mg-Si系アルミニウム合金鋳物において、Mg2Si粒子が微細化されており、より高い強度及び延性を有している。
【0016】
本発明のアルミニウム合金鋳物は、ダイカスト材であることが好ましい。効率的に大量生産が可能なダイカスト材とすることで、自動車用部品等の、大量の部材が必要とされる用途にも十分対応することができる。加えて、ダイカスト材とすることで、鋳造組織をより微細にすることができ、高い強度を実現することができる。
【0017】
更に、本発明は、Mg:2.0~7.5質量%、Si:1.65~5.00質量%、残部がAl及び不可避不純物よりなるAl-Mg-Si系のアルミニウム合金に、0.004~0.04質量%のCaを添加し、前記アルミニウム合金からなるアルミニウム合金鋳物のMg2Si粒子を微細化すること、を特徴とするアルミニウム合金鋳物の製造方法、も提供する。
【0018】
本発明のアルミニウム合金鋳物の製造方法においては、高い強度及び延性を有するAl-Mg-Si系アルミニウム合金を主原料とし、当該Al-Mg-Si系アルミニウム合金に適量のCaを添加することで、Srを添加する場合よりも顕著にアルミニウム合金鋳物のMg2Siを微細化することができる。その結果、極めて高いレベルで強度と延性を両立したアルミニウム合金鋳物を得ることができる。0.004質量%のCaを添加することで当該効果を確実に発現させることができる。一方で、メカニズムは必ずしも明らかになっていないが、0.04質量%超のCaを添加すると、Mg2Siが粗大化する傾向が認められる。
【0019】
また、本発明のアルミニウム合金鋳物の製造方法においては、Caの添加量を0.009~0.02質量%とすることが好ましい。Caの添加量を0.009~0.02質量%とすることで、Mg2Siの粗大化をより確実に抑制することができ、アルミニウム合金鋳物の全域において微細なMg2Siが存在する、均質な微細組織を得ることができる。
【0020】
また、本発明の鋳造用アルミニウム合金鋳物の製造方法においては、更に、Fe:0.3~1.0質量%及びMn:0.2~0.6質量%を添加することが好ましい。適量のFeを添加することで、Al-Fe系の金属間化合物の形成により金型へのアルミニウム合金溶湯の焼き付きを防止することができる。また、適量のMnを添加することで、固溶強化によるアルミニウム合金鋳物の強度上昇が期待できることに加えて、Al-Mn系の金属間化合物の形成により金型へのアルミニウム合金溶湯の焼き付きを防止することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、優れた鋳造性を有し、高い強度と延性を兼ね備えたアルミニウム合金鋳物、当該アルミニウム合金鋳物を得るための鋳造用アルミニウム合金、及びアルミニウム合金鋳物の安価かつ簡便な製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】実施アルミニウム合金鋳物1の光学顕微鏡写真である。
【
図2】実施アルミニウム合金鋳物2の光学顕微鏡写真である。
【
図3】実施アルミニウム合金鋳物3の光学顕微鏡写真である。
【
図4】実施アルミニウム合金鋳物4の光学顕微鏡写真である。
【
図9】Mg
2Si粒子の粒面積とその割合を示すグラフである。
【
図10】実施アルミニウム合金鋳物5の光学顕微鏡写真である。
【
図11】実施アルミニウム合金鋳物5の0.2%耐力と破断伸びの関係を示すグラフである。
【
図12】実施アルミニウム合金鋳物5のシャルピー衝撃試験で得られた荷重変位曲線である。
【
図13】比較アルミニウム合金鋳物1の光学顕微鏡写真である。
【
図14】比較アルミニウム合金鋳物2の光学顕微鏡写真である。
【
図17】比較アルミニウム合金鋳物3の光学顕微鏡写真である。
【
図18】比較アルミニウム合金鋳物3のシャルピー衝撃試験で得られた荷重変位曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の鋳造用アルミニウム合金、アルミニウム合金鋳物及びアルミニウム合金鋳物の製造方法の代表的な実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0024】
1.鋳造用アルミニウム合金
本発明の鋳造用アルミニウム合金は、Mg:2.0~7.5質量%、Si:1.65~5.00質量%、Ca:0.004~0.04質量%、残部がAl及び不可避不純物よりなることを特徴としている。また、より好ましい態様として、更に、Fe:0.3~1.0質量%及びMn:0.2~0.6質量%を含むことを特徴としている。以下、各成分について詳細に説明する。なお、不可避不純物としては、Pを挙げることができる。
【0025】
(1)添加元素
Mg:2.0~7.5質量%
MgはSiとMg2Siを形成し、アルミニウム合金鋳物の強度向上に寄与する。Mgの添加量を2.0質量%以上とすることで、鋳造の鋳放し状態においても十分な強度、耐力及び延性を得ることができる。また、Mgの添加量を7.5質量%以下とすることで、Mg2Siの晶出量が過剰になることを防ぎ、アルミニウム合金鋳造の機械的性質の低下を抑制することができる。
【0026】
Si:1.65~5.00質量%
SiはMgとMg2Siを形成し、アルミニウム合金鋳物の強度向上に寄与する。また、Siは湯流れを良好にし、鋳造性を改善する働きを持つ。下限値に満たない場合は、鋳造性が十分でなくなり、上限値を超えて含有する際には、破壊の起点となる粗大な晶出物の形成により、伸びに悪影響をもたらすため、上記範囲で制限する必要がある。
【0027】
Ca:0.004~0.04質量%
Caは主としてMg2Siを微細化するために添加される。0.004質量%のCaを添加することで当該効果を確実に発現させることができるが、0.04質量%超のCaを添加すると、Mg2Siが粗大化する傾向が認められる。より確実にMg2Siの微細化効果を発現させるためには、Caの添加量を0.009~0.02質量%とすることが好ましい。Srの添加によっても同様の効果が得られるが、Caの添加によるMg2Siの微細化効果はより顕著であり、Srの添加では得られないサイズの微細なMg2Siを形成させることができる。また、CaはSrよりも安価な元素である。
【0028】
Fe:0.3~1.0質量%
0.3~1.0質量%のFeを添加することで、適量のAl-Fe系の金属間化合物の形成により、金型へのアルミニウム合金溶湯の焼き付きを防止することができる。一方で、過剰にFeを添加すると、Al-Fe-Si系化合物、Fe-Si系化合物が形成され、延性に悪影響を及ぼす。
【0029】
Mn:0.2~0.6質量%
適量のMnを添加することで、固溶強化によるアルミニウム合金鋳物の強度上昇が期待できることに加えて、Al-Mn系の金属間化合物の形成により金型へのアルミニウム合金溶湯の焼き付きを防止することができる。指定範囲の下限値に満たない場合は、これらの効果が十分でなく、上限値を超える場合にはAl-Mn系化合物の初晶が粗大な晶出物を形成し、延性に悪影響を及ぼすため、上記範囲で制限されている。
【0030】
上記の組成を有する本発明の鋳造用アルミニウム合金の製造方法は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の方法で、所望の組成を有するアルミニウム合金溶湯を溶製すればよい。
【0031】
大気雰囲気下で溶製される溶湯には、水素ガス・酸化物等の不純物が混入しており、この溶湯をそのまま鋳造した場合、凝固の際にポロシティ等の欠陥となって現れ、生成された部材の靭性を阻害する。これらの欠陥を防止するには、溶湯溶製後かつダイカストの前段階において、窒素やアルゴンガス等の不活性ガスによるバブリングを行うことが効果的である。溶湯の下部より供給された不活性ガスは、浮上する際、溶湯中の水素ガスや不純物を補足し、溶湯表面へと除去する作用を有する。
【0032】
2.アルミニウム合金鋳物
本発明のアルミニウム合金鋳物は、本発明の鋳造用アルミニウム合金からなるアルミニウム合金鋳物であり、高い強度及び延性を有するAl-Mg-Si系アルミニウム合金鋳物においてMg2Si粒子が微細化されており、より高い強度及び延性を有している。
【0033】
本発明のアルミニウム合金鋳物に含まれるMg2Si粒子は従来のAl-Mg-Si系アルミニウム合金鋳物に含まれるMg2Si粒子と比較して顕著に微細化されており、アルミニウム合金鋳物の断面観察におけるMg2Si粒子の平均面積が20μm2以下であることが好ましい。Mg2Si粒子の平均面積を20μm2以下とすることで、アルミニウム合金鋳物の延性低下を極めて効果的に抑制することができる。
【0034】
Mg2Si粒子の平均面積の評価方法は特に限定されず、従来公知の種々の方法で測定すればよい。例えば、アルミニウム合金鋳物を切断し、得られた断面試料を光学顕微鏡又は走査型電子顕微鏡で観察し、Mg2Si相が存在する領域のサイズを算出することで求めることができる。この際、得られた観察画像を二値化し、適当なソフトウェアを用いることで、効率的にMg2Si粒子の平均面積を求めることができる。なお、観察手法に応じて、断面試料には機械研磨、バフ研磨、電解研磨及びエッチング等を施せばよい。
【0035】
本発明のアルミニウム合金鋳物は、ダイカスト材であることが好ましい。効率的に大量生産が可能なダイカスト材とすることで、自動車用部品等の、大量の部材が必要とされる用途にも十分対応することができる。加えて、ダイカスト材とすることで、鋳造組織を微細にすることができ、より高い強度を実現することができる。
【0036】
なお、本発明の効果を損なわない限りにおいて、アルミニウム合金鋳物の形状及びサイズは特に限定されず、従来公知の種々の部材とすることができる。当該部材としては、例えば、車体構造材を挙げることができる。
【0037】
3.アルミニウム合金鋳物の製造方法
本発明のアルミニウム合金鋳物は、本発明の鋳造用アルミニウム合金からなるアルミニウム合金鋳物である。アルミニウム合金鋳物を得るための鋳造方法は、本発明の効果を損なわない限り特に限定されず、従来公知の種々の方法及び条件を用いればよいが、ダイカストを用いることが好ましい。
【0038】
本発明のアルミニウム合金鋳物の製造方法においては、高い強度及び延性を有するAl-Mg-Si系アルミニウム合金を主原料とし、当該Al-Mg-Si系アルミニウム合金に適量のCaを添加することで、Srを添加する場合よりも顕著にアルミニウム合金鋳物のMg2Siを微細化することができる。その結果、極めて高いレベルで強度と延性を両立したアルミニウム合金鋳物を得ることができる。0.004質量%のCaを添加することで当該効果を確実に発現させることができる。一方で、メカニズムは必ずしも明らかになっていないが、0.04質量%超のCaを添加すると、Mg2Siが粗大化する傾向が認められる。
【0039】
また、本発明のアルミニウム合金鋳物の製造方法においては、Caの添加量を0.009~0.02質量%とすることが好ましい。Caの添加量を0.009~0.02質量%とすることで、Mg2Siの粗大化を確実に抑制することができ、アルミニウム合金鋳物の全域において微細なMg2Siが存在する、均質な微細組織を得ることができる。
【0040】
また、本発明の鋳造用アルミニウム合金鋳物の製造方法においては、更に、Fe:0.3~1.0質量%及びMn:0.2~0.6質量%を添加することが好ましい。適量のFeを添加することで、Al-Fe系の金属間化合物の形成により金型へのアルミニウム合金溶湯の焼き付きを防止することができる。また、適量のMnを添加することで、固溶強化によるアルミニウム合金鋳物の強度上昇が期待できることに加えて、Al-Mn系の金属間化合物の形成により金型へのアルミニウム合金溶湯の焼き付きを防止することができる。
【0041】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0042】
≪実施例≫
表1に示す組成(実施例1~実施例4)のアルミニウム合金を溶製した後、シェル型の鋳型を用いて実施アルミニウム合金鋳物を得た。なお、表1の値は質量%であり、不可避不純物として存在するPの値も示している。
【0043】
【0044】
得られた各実施アルミニウム合金鋳物(実施アルミニウム合金鋳物1~実施アルミニウム合金鋳物4)から断面観察用試料を切り出し、鏡面研磨を施して組織観察用試料とした。実施アルミニウム合金鋳物1~実施アルミニウム合金鋳物4の光学顕微鏡写真を
図1~
図4にそれぞれ示す。光学顕微鏡写真において、黒色となっている領域がMg
2Si相である。
【0045】
次に、Mg
2Si粒子のサイズを評価するために、光学顕微鏡写真の二値化を行った。
図1~
図4について二値化した画像を
図5~
図8にそれぞれ示す。二値化によって、Mg
2Siの領域は白色となり、光学顕微鏡写真よりも明瞭に当該領域を確認することができる。
【0046】
汎用の画像解析ソフトを用いて、二値化した画像(
図5~
図8)に関してMg
2Si粒子に対応するピクセルを抜き出し、Mg
2Si粒子の粒面積とその割合を算出した。得られた結果を
図9に示す。また、当該粒面積の平均値を表2に示す。なお、表2では、画像解析におけるピクセル数と当該ピクセル数を面積に換算した値の両方を示している。
【0047】
【0048】
表3に示す組成(実施例5)のアルミニウム合金を溶製した後、PF法による110×110×3mm板型の金型へのダイカストによって実施アルミニウム合金鋳物であるアルミニウム合金ダイカスト材(実施アルミニウム合金鋳物5)を得た。なお、表3の値は質量%であり、不可避不純物として存在するPの値も示している。
【0049】
【0050】
得られた実施アルミニウム合金鋳物5から断面観察用試料を切り出し、鏡面研磨を施して組織観察用試料とした。実施アルミニウム合金鋳物5の光学顕微鏡写真を
図10に示す。光学顕微鏡写真において、黒色となっている領域がMg
2Si相である。
【0051】
実施アルミニウム合金鋳物5からJIS Z 2241の14B引張試験片を切り出し、引張速度5mm/minの条件で引張試験を行った。得られた0.2%耐力と破断伸びの関係を
図11に示す。また、実施アルミニウム合金鋳物5からシャルピー衝撃試験片を切り出し、計装化シャルピー衝撃試験機を用いて吸収エネルギーを評価した。試験片のサイズは55mm×10mm×3mmであり、深さ2mmのUノッチを設けた。得られた代表的な荷重変位曲線を
図12に示す。
【0052】
荷重変位曲線で囲われた面積で吸収エネルギーを評価したところ、シャルピー値(吸収エネルギー)は10.0J/cm2であり、亀裂発生エネルギーは1.16J、亀裂伝播エネルギーは0.68Jであった。なお、これらの値は4回のシャルピー衝撃試験の平均値である。
【0053】
≪比較例≫
組成を表1に示す比較例1及び比較例2とした以外は実施例(実施例1~実施例4)と同様にして、比較アルミニウム合金鋳物1及び比較アルミニウム合金鋳物2を得た。また、実施例と同様にして光学顕微鏡観察を行い、光学顕微鏡写真の二値化及び画像解析によりMg2Si粒子の粒面積とその割合を算出した。
【0054】
比較アルミニウム合金鋳物1及び比較アルミニウム合金鋳物2の光学顕微鏡写真を
図13及び
図14にそれぞれ示す。また、
図13及び
図14に関して二値化した画像を
図15及び
図16にそれぞれ示す。更に、Mg
2Si粒子の粒面積とその割合を
図9に示す。
【0055】
図9の横軸はMg
2Si粒子の粒面積S(μm
2)、縦軸は全粒子の総数に対する粒面積S以下の粒子の数の割合を示しているが、Caの添加により粒面積Sが小さな粒子の数が明瞭に多くなっていることが分かる。特に、Caの添加量が200ppmまでは添加量の増加に伴ってMg
2Si粒子の微細化効果が向上しており、40~200ppmではSrを添加した場合よりも顕著な微細化効果が認められる。
【0056】
また、Ca添加によるMg2Si粒子の微細化効果は表2の結果からも明らかであり、Mg2Si粒子面積の平均値は添加無し(比較アルミニウム合金鋳物1)と比較して全ての場合(実施アルミニウム合金1~実施アルミニウム合金4)で小さくなっている。加えて、Caの添加量が40~200ppmの場合(実施アルミニウム合金鋳物1~実施アルミニウム合金鋳物3)は、Srを添加した場合(比較アルミニウム合金鋳物2)よりも値が小さくなっている。Ca添加によるMg2Si粒子の微細化は、アルミニウム合金鋳物の延性の向上に大きく寄与すると考えられる。
【0057】
組成を表3に示す比較例3とした以外は実施例5の場合と同様にして、PF法による110×110×3mm板型の金型へのダイカストによって比較アルミニウム合金鋳物であるアルミニウム合金ダイカスト材を得た。なお、表3の値は質量%であり、不可避不純物として存在するPの値も示している。
【0058】
得られたアルミニウム合金ダイカスト材(比較アルミニウム合金鋳物3)から断面観察用試料を切り出し、鏡面研磨を施して組織観察用試料とした。比較アルミニウム合金鋳物3の光学顕微鏡写真を
図17に示す。光学顕微鏡写真において、黒色となっている領域がMg
2Si相である。
【0059】
図10に示す実施アルミニウム合金鋳物5の微細組織と
図17に示す比較アルミニウム合金鋳物3の微細組織を比較すると、ダイカスト材の場合であっても、Caの添加によって共晶組織が明確に微細化していることが分かる。
【0060】
比較アルミニウム合金鋳物3からJIS Z 2241の14B引張試験片を切り出し、引張速度5mm/minの条件で引張試験を行った。得られた0.2%耐力と破断伸びの関係を
図11に示す。
図11において、実施アルミニウム合金鋳物5と比較アルミニウム合金鋳物3の引張特性を比較すると、実施アルミニウム合金鋳物5では延性が向上していることが分かる。当該延性の向上は、Caの添加による共晶組織の微細化に起因するものである。
【0061】
また、比較アルミニウム合金鋳物3からシャルピー衝撃試験片を切り出し、計装化シャルピー衝撃試験機を用いて吸収エネルギーを評価した。試験片のサイズは55mm×10mm×3mmであり、深さ2mmのUノッチを設けた。得られた代表的な荷重変位曲線を
図18に示す。荷重変位曲線で囲われた面積で吸収エネルギーを評価したところ、シャルピー値(吸収エネルギー)は9.0J/cm
2であり、亀裂発生エネルギーは1.08J、亀裂伝播エネルギーは0.66Jであった。なお、これらの値は4回のシャルピー衝撃試験の平均値である。
【0062】
実施アルミニウム合金鋳物5と比較アルミニウム合金鋳物3のシャルピー衝撃試験の結果を比較すると、Caの添加によって共晶組織が微細化された実施アルミニウム合金鋳物5では、シャルピー値、亀裂発生エネルギー及び亀裂伝播エネルギーの何れにおいても、比較アルミニウム合金鋳物よりも高い値が得られている。