(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-25
(45)【発行日】2024-01-09
(54)【発明の名称】直交加速飛行時間型質量分析装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/40 20060101AFI20231226BHJP
H01J 49/06 20060101ALI20231226BHJP
【FI】
H01J49/40 100
H01J49/06 800
(21)【出願番号】P 2022566736
(86)(22)【出願日】2020-12-04
(86)【国際出願番号】 JP2020045245
(87)【国際公開番号】W WO2022118462
(87)【国際公開日】2022-06-09
【審査請求日】2023-01-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】工藤 朋也
【審査官】右▲高▼ 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/229864(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/224948(WO,A1)
【文献】特開2007-173232(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/40
H01J 49/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部空間が第1真空室と第2真空室に区画された真空チャンバと、
前記第1真空室と前記第2真空室にまたがるように配置された絶縁スペーサ部材と、
前記絶縁スペーサ部材の、前記第1真空室側に固定された前段側リング電極と、
前記絶縁スペーサ部材の、前記第2真空室側に固定され、絶縁性の連結部材を介して相互に連結された複数の後段側リング電極と、
前記絶縁スペーサ部材を前記第2真空室内の所定位置に対して位置決めするものであり、熱膨張によって前記前段側リング電極及び前記後段側リング電極の中心軸を該中心軸と直交する所定の方向に変位させる第1変位部材を含む第1固定部材と、
前記複数の後段側リング電極のいずれかを前記所定位置に対して位置決めするものであり、熱膨張によって前記中心軸を該中心軸と直交する所定の方向に変位させる第2変位部材を含む第2固定部材であって、単位温度あたりの前記第1変位部材の熱膨張量と、単位温度あたりの前記第2変位部材の熱膨張量の差が前記第1変位部材の熱膨張量の30%以下である、第2固定部材と
を備える直交加速飛行時間型質量分析装置。
【請求項2】
さらに、
前記第1真空室と前記第2真空室を区画する隔壁部材と、
前記真空チャンバの内壁面に設けられ、前記隔壁部材が固定された延出部と、
を備え、
前記第1固定部材が、前記隔壁部材、前記延出部、及び前記延出部から前記所定位置までの間に位置する該真空チャンバの一部を含む、請求項1に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置。
【請求項3】
前記第1変位部材が、前記延出部及び前記真空チャンバの一部である、請求項2に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置。
【請求項4】
前記第1変位部材の熱膨張率と、前記第2変位部材の熱膨張率の差が、前記第1変位部材の熱膨張率の30%以下である、請求項1に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置。
【請求項5】
前記第2変位部材が、絶縁性材料で構成された部材を含む、請求項1に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置。
【請求項6】
前記第2変位部材が、第1絶縁性材料からなる第1絶縁部材及び第2絶縁性材料からなる第2絶縁部材と、導電性材料で構成された導電部材とを含む、請求項1に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置。
【請求項7】
前記第1絶縁性材料の熱膨張率が前記導電部材の熱膨張率よりも小さく、前記第2絶縁性材料の熱膨張率が前記導電部材の熱膨張率よりも大きい、請求項6に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置。
【請求項8】
前記第1絶縁性材料がマシナブルセラミックスである、請求項6に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置。
【請求項9】
前記第1絶縁性材料が窒化物系セラミックスである、請求項6に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、直交加速飛行時間型質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
飛行時間型質量分析装置(TOF-MS: Time-of-Flight Mass Spectrometer)では、試料成分由来のイオン群に一定の運動エネルギーを付与して一定距離の空間を飛行させ、その飛行時間からイオン群に含まれる各イオンの質量電荷比を求める。このとき、イオンの初期エネルギー(初期飛行速度)にばらつきがあると、同一の質量電荷比を持つイオン間で飛行時間にばらつきが生じ、質量分解能が低下する。こうした問題を解決するために、直交加速型の飛行時間型質量分析装置(直交加速飛行時間型質量分析装置)が用いられる(例えば特許文献1-4)。直交加速飛行時間型質量分析装置では、押し出し電極と引き込み電極を有する直交加速部にイオン群を入射させ、その入射方向に直交する方向に該イオン群を加速することにより該入射方向における飛行速度のばらつきの影響を排除して質量分解能を向上することができる。
【0003】
直交加速飛行時間型質量分析装置は、イオン源が配置されるイオン化室、イオン源で生成されたイオン群を輸送する輸送光学系や該イオン群に含まれる所定の質量電荷比のイオンを開裂させるためのコリジョンセルが配置される中間真空室、及び該輸送光学系から導入されるイオン群を飛行させる分析室を備えている。中間真空室及び分析室は真空チャンバ内に設けられる。イオン化室、中間真空室、及び分析室は、この順に真空度が高くなる差動排気型の構成を有しており、各室はイオン通過部が形成された隔壁部材によって区画されている。
【0004】
直交加速飛行時間型質量分析装置では、中間真空室から分析室にイオンを輸送するために、中間真空室と分析室の境界部にトランスファ電極が配置される(例えば特許文献1-4)。トランスファ電極は、絶縁スペーサ部材を介して複数のリング電極を中心軸方向に連結したものであり、最も前段側(イオン源の側)に位置するリング電極は中間真空室内に、それよりも後段に位置するリング電極は分析室内に配置される。トランスファ電極は、中間真空室と分析室を区画する隔壁部材に形成した開口部に絶縁スペーサ部材を固定し、また最も後段に位置するリング電極を分析室で真空チャンバの壁面に対して固定することにより位置決めされる。この最も後段に位置するリング電極の固定には、該リング電極と真空チャンバを絶縁するために、少なくとも一部が絶縁性材料からなる固定部材が用いられる。トランスファ電極は、複数のリング電極の中心軸(イオン光軸)が、直交加速部の押し出し電極と引き込み電極の対向面の中央を通り該対向面と平行になるように、精密に位置決めされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2016/042632号
【文献】国際公開第2019/220554号
【文献】国際公開第2019/224948号
【文献】国際公開第2019/229864号
【文献】国際公開第2019/220497号
【非特許文献】
【0006】
【文献】"マシナブルセラミックス特性表", [online], 株式会社フェローテックマテリアルテクノロジーズ, [2020年10月27日検索],インターネット<URL:https://ft-mt.co.jp/assets/pdf/jp/machinable_ceramics/machinable_ceramics_performance.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
直交加速飛行時間型質量分析装置では、分析室内に配置されるフライトチューブによってイオンの飛行経路が規定される。フライトチューブは温度変化に伴って膨張又は収縮するため、質量分析時の温度が異なると飛行経路の長さが相違し、同じイオンであっても飛行時間が相違して質量精度が悪くなる。こうした質量精度の悪化を防止するために、特許文献3には分析室を35℃から50℃の間の所定の温度に加熱及び温調することが記載されている。
【0008】
直交加速飛行時間型質量分析装置は、工場において室温(例えば25℃)環境下で組み立てられる。そのため、分析室を上記温度に加熱及び温調すると、トランスファ電極を固定する各部材が熱膨張する。トランスファ電極は、上記の通り前段側と後段側でそれぞれ真空チャンバに対して位置決めされて固定される。通常、トランスファ電極を前段側で固定するために用いられる部材の材質及び大きさと後段側で固定するために用いられる部材の材質及び大きさは異なる。多くの場合、真空チャンバにはアルミニウム製のものが用いられ、トランスファ電極を固定する部材には、例えばアルミニウム製の導電部材とPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)製の絶縁部材を組み合わせたものが用いられる。PEEK樹脂の熱膨張率はアルミニウムの熱膨張率よりも大きい。そのため、工場において装置を組み立てる際に、イオン光軸が直交加速部の押し出し電極と引き込み電極の対向面の中央を通り該対向面に平行になるように、トランスファ電極が高精度に位置決めされていても、質量分析時に分析室を加熱すると、各部材の熱膨張量が異なり、イオン光軸にずれが生じる。イオン光軸にずれが生じると,質量分解能、イオンの検出感度、質量精度などの装置性能が低下するという問題があった。
【0009】
上記の問題を解消するために、質量分析装置の製造時の温度と分析時の温度を一致させることが考えられる。しかし、分析時の加熱温度は当該分析を行う際の環境や装置の状態によって異なることから、質量分析装置を温調する際の目標温度を適宜に変更することができるようになっている(例えば特許文献5)。従って、質量分析装置の製造時と分析時の温度を一致させるという解決方法を採ることはできない。
【0010】
また、例えば直交加速飛行時間型質量分析装置を工場から海外の納品先に輸送する際には船便や航空便が用いられるが、それらに搭載されるコンテナの内部の温度は5℃から50℃といった広い範囲で変化しうる。輸送行程で生じるこうした温度変化によって各部材が熱膨張(あるいは収縮)して部材間の固定位置が不可逆に変化した場合にも、上記同様にイオン光軸がずれ、質量分解能、イオンの検出感度、質量精度などの装置性能が低下する。
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、装置の組立時と使用時の温度が異なる場合やフライトチューブの温調の目標温度を変えた場合でもイオン光軸にずれが生じにくい直交加速飛行時間型質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明に係る直交加速飛行時間型質量分析装置は、
内部空間が第1真空室と第2真空室に区画された真空チャンバと、
前記第1真空室と前記第2真空室にまたがるように配置された絶縁スペーサ部材と、
前記絶縁スペーサ部材の、前記第1真空室側に固定された前段側リング電極と、
前記絶縁スペーサ部材の、前記第2真空室側に固定され、絶縁性の連結部材を介して相互に連結された複数の後段側リング電極と、
前記絶縁スペーサ部材を前記第2真空室内の所定位置に対して位置決めするものであり、熱膨張によって前記前段側リング電極及び前記後段側リング電極の中心軸を該中心軸と直交する所定の方向に変位させる第1変位部材を含む第1固定部材と、
前記複数の後段側リング電極のいずれかを前記所定位置に対して位置決めするものであり、熱膨張によって前記中心軸を該中心軸と直交する所定の方向に変位させる第2変位部材を含む第2固定部材であって、単位温度あたりの前記第1変位部材の熱膨張量と、単位温度当たりの前記第2変位部材の熱膨張量の差が前記第1変位部材の熱膨張量の30%以下である第2固定部材と
を備える。
【0013】
上記の前段側リング電極及び後段側リング電極の中心軸はイオンの飛行経路の中心軸(イオン光軸)にあたる。上記第1変位部材は、上記第1固定部材と同じであってもよく、あるいは第1固定部材の一部であってもよい。また、上記第2変位部材も、上記第2固定部材と同じであってもよく、あるいは第2固定部材の一部であってもよい。直交加速飛行時間型質量分析装置の設計時には、トランスファ電極の前段から飛行するイオンをトランスファ電極の後段の所定の位置に所定の角度で(典型的には、直交加速部を構成する押し出し電極と引き込み電極の間の中央にまっすぐに)輸送するように、イオン光軸を決定する。絶縁スペーサ部材及び後段側リング電極を第2真空室内の所定位置に対して位置決めするとは、イオン光軸が上記設計通りに位置するように、絶縁スペーサ部材の位置及び後段側リング電極を配置することをいう。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る直交加速飛行時間型質量分析装置では、真空チャンバ内で区画された第1真空室と第2真空室をまたぐように絶縁スペーサ部材が配置される。絶縁スペーサ部材は、第1固定部材によって第2真空室内の所定位置に対して固定される。第1固定部材は、熱膨張によって前段側リング電極及び後段側リング電極の中心軸を、該中心軸と直交する所定の方向に変位させる第1変位部材を含む。また、絶縁スペーサ部材の第1真空室側には前段側リング電極が固定され、第2真空室側には複数の後段側リング電極が固定される。そして、複数の後段側リング電極のうちのいずれか(典型的には最も後段に位置するリング電極)が、第2固定部材によって上記所定位置に対して固定される。第2固定部材も、熱膨張によって前段側リング電極及び後段側リング電極の中心軸を、該中心軸と直交する所定の方向に変位させる第2変位部材を含んでいる。そして、単位温度(1度)あたりの第1変位部材の熱膨張量(第1変位部材を構成する各部材の上記所定の方向の長さと熱膨張率の積の和)と単位温度あたりの第2変位部材の熱膨張量(第2変位部材を構成する各部材の上記所定の方向の長さと熱膨張率の積の和)の差が、第1変位部材の熱膨張量の30%以下である。そのため、装置の組立時の温度と使用時の温度が異なる場合やフライトチューブの温調の目標温度を変更した場合、また装置の輸送行程で温度変化が生じた場合でも、両者の膨張量又は収縮量の差が小さいためにイオン光軸のずれが抑えられ、質量分解能、イオンの検出感度、質量精度などの装置性能が低下するのを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明に係る直交加速飛行時間型質量分析装置の一実施形態である質量分析装置の全体構成図。
【
図2】本実施形態の質量分析装置の後段トランスファ電極の近傍の拡大図。
【
図3】本実施形態の質量分析装置の第1固定部材の構成を説明する図。
【
図4】本実施形態の質量分析装置のトランスファ電極の構成を説明する図。
【
図5】本実施形態の質量分析装置のトランスファ電極を構成するレンズ電極の開口の形状を説明する図。
【
図6】本実施形態の質量分析装置のトランスファ電極を構成するレンズ電極の開口の形状を説明する別の図。
【
図7】本実施形態の質量分析装置のイオン加速ユニットの構成を説明する図。
【
図8】従来技術におけるイオン光軸のずれを説明する図。
【
図9】本実施形態の質量分析装置における第1変位部材の別の構成例。
【
図10】変形例の直交加速飛行時間型質量分析装置の後段トランスファ電極の近傍の拡大図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に係る直交加速飛行時間型質量分析装置の一実施形態について、以下、図面を参照して説明する。以下、本実施形態の直交加速飛行時間型質量分析装置を、単に「質量分析装置とも呼ぶ。
【0017】
図1に本実施形態の質量分析装置1の概略構成を示す。質量分析装置1は、内部にイオン化室10が設けられたイオン化装置と真空チャンバ100を連結して構成されている。真空チャンバ100内には、第1中間真空室11、第2中間真空室12、及び分析室13が設けられている。イオン化室10は略大気圧であり、第1中間真空室11、第2中間真空室12、及び分析室13はこの順に段階的に真空度が高い差動排気系の構成を有している。
【0018】
イオン化室10には、液体試料に電荷を付与して噴霧することにより該液体試料をイオン化するエレクトロスプレーイオン(ESI)源101が配置されている。ここでは、イオン源をESI源としたが、他のイオン源を用いることもできる。あるいは、気体試料や固体試料をイオン化するイオン源であってもよい。イオン化室10で生成されたイオンは、第1中間真空室11との隔壁部材に配置されたキャピラリ102を通って第1中間真空室11に入射する。キャピラリ102は図示しない熱源により加熱される。
【0019】
イオン化室10で生成されたイオンは、該イオン化室10の圧力(略大気圧)と第1中間真空室11との圧力差により第1中間真空室11に引き込まれる。このとき、加熱されたキャピラリ102の内部を通ることにより溶媒が除去される。第1中間真空室11には多重極イオンガイド111が配置されており、該多重極イオンガイド111によってイオンビームがイオン光軸Cの近傍に収束される。第1中間真空室11で収束されたイオンビームは、第2中間真空室12との隔壁部材に設けられたスキマーコーン112の頂部の孔を通って第2中間真空室12に入射する。
【0020】
第2中間真空室12には、イオンを質量電荷比に応じて分離する四重極マスフィルタ121、多重極イオンガイド122を内部に備えたコリジョンセル123、及びコリジョンセル123から放出されたイオンを輸送する前段トランスファ電極124(コリジョンセル123から直交加速部132にイオンを輸送するトランスファ電極130の前段部分)が配置されている。コリジョンセル123の内部には、アルゴン、窒素などの衝突誘起解離(CID)ガスが連続的又は間欠的に供給される。なお、コリジョンセル123の内部に配置される多重極イオンガイド122は、コリジョンセル123の出口に向かって複数のロッド電極で囲まれる空間が徐々に広がるように(末広がりに)配置されている。このような構成を採ることにより、各ロッド電極に高周波電圧を印加するのみでコリジョンセル123の出口に向かってイオンを輸送するポテンシャルの勾配を形成することができる。
【0021】
第2中間真空室12と分析室13の間には隔壁部164が設けられている。隔壁部164は、真空チャンバ100の内壁面から張り出した延出部1641と、該延出部1641の分析室13側に隣接してねじ1643で固定された隔壁部材1642で構成されている(
図2~
図4参照)。ここでは、便宜上、真空チャンバ100と延出部1641を別の部材として記載しているが、延出部1641は真空チャンバ100と一体であってもよい。
【0022】
分析室13には、第2中間真空室12から入射したイオンを直交加速部132に輸送する後段トランスファ電極131(コリジョンセル123から直交加速部132にイオンを輸送するトランスファ電極130の後段部分)、イオン光軸C(直交加速領域)を挟んで対向配置された押し出し電極1321と引き込み電極1322からなる直交加速部132、該直交加速部132により飛行空間に向かって送出されるイオンを加速する第2加速部133、飛行空間においてイオンの折り返し軌道を形成するリフレクトロン134、検出器135、及び飛行空間の外縁に位置するフライトチューブ136とバックプレート137を備えている。リフレクトロン134、フライトチューブ136、及びバックプレート137によってイオンの飛行空間が規定される。
【0023】
第1中間真空室11に配置される多重極イオンガイド111、第2中間真空室12に配置される四重極マスフィルタ121及びコリジョンセル123はそれぞれ真空チャンバ100の壁面に固定され位置決めされている。また、第2中間真空室12に配置される前段トランスファ電極124はコリジョンセル123に固定され位置決めされている。
【0024】
本実施形態の質量分析装置1は、分析室13内における各部の配置、特に後段トランスファ電極131を固定する機構に特徴を有する。
【0025】
図2は、トランスファ電極130の近傍の拡大図(上図)、後記する第2固定部材170の構成図(中図)、及び後記する基材167の上面における第2絶縁部材168の配置を示す図(下図)である。
図3は、後記する第1固定部材160の構成を
図2に示すAから見た矢視図である。トランスファ電極130は、第2中間真空室12内に配置された前段トランスファ電極124と、第2中間真空室12と分析室13をまたぐように配置された後段トランスファ電極131で構成されている。
【0026】
図4に示すように、前段トランスファ電極124は2枚のリング電極1241、1242で構成されている。これら2枚のリング電極1241、1242は、絶縁部材161を介して相互に固定されている。前段トランスファ電極124の最も前段側に位置するリング電極1241は絶縁部材161を介してコリジョンセル123に固定されており、これによって前段トランスファ電極124が位置決めされている。コリジョンセル123は固定部材150を介して真空チャンバ100に固定されている。リング電極1241、1242にはそれぞれ中央にイオンを通過させるための開口151が設けられている。
図5に示すように、リング電極1241にはリング電極1242よりも径が大きい開口151が設けられている。
【0027】
後段トランスファ電極131は4枚のリング電極1311、1312、1313、1314で構成されている。これら4枚のリング電極1311、1312、1313、1314も絶縁部材162、163を介して相互に固定されている。最も前段側(イオン化室10の側)に位置するリング電極1311は第2中間真空室12内に、残りのリング電極1312、1313、1314は分析室13内に配置されている。また、前段側の2枚のリング電極1311、1312を連結する絶縁部材162は、第2中間真空室12と分析室13を区画する隔壁部材164に設けられた開口部に対応する外形を有しており、該開口部に絶縁部材162が差し込まれている。これにより、絶縁部材162はイオン光軸Cの方向にのみ摺動可能に固定されている。本実施形態における絶縁部材162の外形は円形である。なお、絶縁部材162は、本発明における絶縁スペーサ部材に相当し、絶縁部材163は本発明における連結部材に相当する。
【0028】
第2中間真空室12内に配置されるリング電極1311には、リング電極1242の開口151よりも径が大きい円形の開口151が設けられている。分析室13に配置されるリング電極1312、1313、1314には矩形状の開口152(スリット)が設けられている。
図6に示すように、開口152の大きさは、リング電極1312、1314、1313の順に大きくなっている。矩形状の開口152の形状は、その後段に位置する直交加速部132のイオン入射面の開口の形状に対応した長方形である。
【0029】
分析室13内の真空チャンバ100の側壁の所定位置169(本発明における、第2真空室内の所定位置に相当)には、中央に長方形の開口が形成された板状の基材167が固定されている。ここでは、便宜上、真空チャンバ100と基材167を別の部材として記載しているが、基材167は真空チャンバ100と一体であってもよい。また、基材167の上面には、該基材167の開口を挟んで両側に3つずつ、合計6つの円柱状の第2絶縁部材168が固定されている。さらに、これら6個の第2絶縁部材168の上部には、2つのイオン通過開口が形成された、導電性材料からなるベースプレート138が固定されている。さらに、ベースプレート138の上面には、導電性材料からなりイオン通過開口が形成された矩形板状の位置決めプレート140が固定されている。後段トランスファ電極131のうち最も後段に位置するリング電極1314は、導電部材165及び第1絶縁部材166を介して位置決めプレート140に固定されている。
【0030】
図7に示すように、位置決めプレート140上には、押し出し電極1321及び引き込み電極1322からなる直交加速部132と、第2加速部133を含むイオン加速ユニットも固定されている。またベースプレート138上には検出器135も固定されている。
【0031】
イオン加速ユニットは、位置決めプレート140上に、4個のリング状の絶縁部材144(後記棒状部材139毎に1つずつ)と1枚の加速電極1331を交互に複数組配置してなる第2加速部133を配置し、その上部に4個のリング状の絶縁部材145及び4個のリング状の弾性部材146(いずれも棒状部材139毎に1つずつ)を介して引き込み電極1322を配置し、さらにその上部に4個のリング状の絶縁部材142(棒状部材139毎に1つずつ)を介して押し出し電極1321を配置したものである。加速電極1331は矩形板状であり、中央にはイオンを通過させるための円形の開口が、四隅には棒状部材139及びスペーサ部材141を挿入するための開口が設けられている。位置決めプレート140の四隅にはそれぞれ棒状部材139が立設されており、各棒状部材139の外周に配置されたスペーサ部材141によって引き込み電極1322の位置(高さ)が規定されている。絶縁部材144,145は各スペーサ部材141の外周に配置されており,絶縁部材142は各棒状部材139の外周に配置されている。
【0032】
質量分析装置は、工場において室温環境下(例えば25℃)で組み立てられる。一方、質量分析を行う際には、分析室13を所定の温度(例えば45℃)に加熱及び温調する。その結果、各部材が当該部材を構成する材料の熱膨張率に応じて膨張する。また,温調の目標温度を変更した場合や装置の輸送中に温度変化が生じた場合にも、各部材が当該部材を構成する材料の熱膨張率に応じて膨張・収縮する。
【0033】
本実施形態の質量分析装置1は、工場における製造時に、トランスファ電極130(前段トランスファ電極124及び後段トランスファ電極131)の中心軸(イオン光軸C)が、直交加速部132を構成する押し出し電極1321と引き込み電極1322の対向面の間を通り該対向面と平行になるように、トランスファ電極130が高精度に位置決めされている。本実施形態の質量分析装置1の後段トランスファ電極131では、隔壁部164を挟んで第2中間真空室12と分析室13(本発明における第1真空室と第2真空室に相当)にまたがるように配置された絶縁部材162が、隔壁部材1642、延出部1641、及び真空チャンバ100の一部(延出部1641の基部から所定位置169までの間の部分。以下、この部分を「部分真空チャンバ110」と呼ぶ。)を介して真空チャンバ100の所定位置169に対して位置決め(イオン光軸Cの方向にのみ摺動可能に固定)されている。即ち、本実施形態では、隔壁部材1642、延出部1641、及び部分真空チャンバ110が第1固定部材160を構成し、これらによって絶縁部材162の中心位置にイオン光軸Cが位置決めされる。
【0034】
図3に示した通り、隔壁部材1642は、イオン光軸C周りに対称な4つの位置で延出部1641にねじ1643で固定されている。そのため、隔壁部材1642が膨張又は収縮すると中央の開口の大きさは変化するが、イオン光軸Cは変位しない。なお、イオン光軸Cの変位とは、所定位置169を基準位置とし、該基準位置に対するイオン光軸Cの位置の変化をいう。従って、本実施形態では、第1固定部材160のうち、延出部1641及び部分真空チャンバ110が第1変位部材を構成する。
【0035】
後段トランスファ電極131の最も後段に位置するリング電極1314は、真空チャンバ100の所定位置169に固定された基材167に対して、導電部材165、第1絶縁部材166、位置決めプレート140、ベースプレート138、及び第2絶縁部材168を介して固定されている。即ち、本実施形態では、導電部材165、第1絶縁部材166、位置決めプレート140、ベースプレート138、第2絶縁部材168、及び基材167が第2固定部材170を構成し、これらによってリング電極1314の中心位置にイオン光軸Cが位置決めされる。これらの部材はいずれも膨張や収縮によってイオン光軸Cを変位させる。従って、本実施形態では第2固定部材170と第2変位部材は同じである。
【0036】
従来の質量分析装置では、真空チャンバ100(部分真空チャンバ110)、延出部1641、導電部材165、及びベースプレート138にアルミニウム製のものが用いられ、第1絶縁部材166及び第2絶縁部材168にPEEKが用いられていた。そのため、アルミニウム製の部材のみで構成される第1変位部材の、
図2及び
図4における上下方向(本発明における、イオン光軸Cと直交する所定の方向)の熱膨張量よりも、アルミニウム製の部材とPEEK製の部材で構成される第2変位部材の同方向の熱膨張量の方が大きくなる。その結果、
図8に示すように、イオン光軸Cにずれが生じ、直交加速部132へのイオンの導入効率が悪くなって検出感度が低下したり、質量分解能や質量精度が低下したりしていた。なお、
図8ではイオン光軸Cのずれを分かりやすく示すために各部材の熱膨張量を実際よりも大きくしている。なお、本実施形態の隔壁部材1642はポリアセタール樹脂で構成されるが、上記の通り、隔壁部材1642の熱膨張はイオン光軸Cを変位させないため、第1変位部材には含まれない。
【0037】
本実施形態では、真空チャンバ100(部分真空チャンバ110)、導電部材165、位置決めプレート150、及びベースプレート138に、同一種類の導電性の材料からなるものを用いている。この導電性材料には、例えば従来同様にアルミニウムを用いている。ただし、全ての導電性の部材を同一の導電性材料で構成することは本発明の要件ではなく、異なる種類の導電性材料を用いてもよい。例えば、アルミニウムに代えてステンレス鋼(SUS)を用いてもよい。
【0038】
そして、第1絶縁部材166には導電性材料よりも熱膨張率が小さい第1絶縁性材料を、第2絶縁部材168には導電性材料よりも熱膨張率が大きい第2絶縁性材料を、それぞれ用いる。例えば、導電性材料がアルミニウムである場合には、第2絶縁性材料としてPEEKを用い、第1絶縁性材料として加工性が良いマシナブルセラミックスの1つである窒化物系マシナブルセラミックスを用いることができる。第1絶縁性材料としては、例えば窒化ホウ素を用いることもできるが、窒化物系マシナブルセラミックス、マイカ系マシナブルセラミックス等のマシナブルセラミックスを用いることが好ましい。
【0039】
このように、本実施形態の質量分析装置1では、第1絶縁部材166には導電性材料よりも熱膨張率が小さい第1絶縁性材料を、第2絶縁部材168には導電性材料よりも熱膨張率が大きい第2絶縁性材料を用いるため、これら2つの絶縁部材の熱膨張率に応じて各部材の長さ(
図2において所定位置169からイオン光軸Cまでの間に位置する部材の、上下方向の設計長さ)を適宜に調整する。具体的には、単位温度あたりの第1変位部材の熱膨張量(第1変位部材を構成する各部材の上記所定方向の長さと熱膨張率の積の和)と、単位温度あたりの第2変位部材の熱膨張量の差を、第1変位部材の熱膨張量の30%以下に抑える。これにより、
図2における、第1変位部材の熱膨張によるイオン光軸Cの上下方向の変位量と、第2変位部材の熱膨張によるイオン光軸Cの上下方向の変位量を同程度にし、製造時と質量分析時に温度が相違してもイオン光軸Cにずれが生じるのを抑制することができる。また、フライトチューブ136の温調の目標温度を変更した場合にもイオン光軸Cにずれが生じるのを抑制することができる。さらに、質量分析装置1の輸送行程の温度変化によって熱膨張・収縮が生じた場合でも第1変位部材の熱膨張・収縮によるイオン光軸Cの変位と第2変位部材の熱膨張・収縮によるイオン光軸Cの変位が同程度になるため、イオン光軸Cに不可逆的な大きなずれが生じことがない。
【実施例】
【0040】
以下、具体的な実施例について説明する。本実施例では、真空チャンバ100(部分真空チャンバ110)、延出部1641、導電部材165、位置決めプレート140、ベースプレート138、及び基材167にアルミニウム製のものを用い、第2絶縁部材168にはPEEKからなるものを用い、第1絶縁部材166には、非特許文献1に記載のホトベールII(株式会社フェローテックマテリアルテクノロジーズ社の登録商標)を用いた。ホトベールIIは、マシナブルセラミックスの一種である窒化物系マシナブルセラミックスである。また、従来同様に第1絶縁部材166にPEEKからなるものを用いた構成を比較例(従来技術)とした。なお、実施例と比較例のいずれにおいても、隔壁部材164にはPOM(ポリアセタール樹脂)からなるものを用いた。
【0041】
表1に実施例及び比較例に共通である、第1変位部材を構成する各部材の素材、長さ(
図2における上下方向の設計長さ)、熱膨張率、及び熱膨張量を示す。
【表1】
【0042】
表2に比較例における第2変位部材を構成する各部材の素材、長さ(
図2における上下方向の設計長さ)、熱膨張率、及び熱膨張量を示す。最下段に示す数値は、第2変位部材の全体としての長さ、熱膨張率、及び熱膨張量である。
【表2】
【0043】
表3に実施例における第2変位部材を構成する各部材の素材、長さ(
図2における上下方向の設計長さ)、熱膨張率、及び熱膨張量を示す。最下段に示す数値は、第2変位部材の全体としての長さ、熱膨張率、及び熱膨張量である。
【表3】
【0044】
表1と表3に示す数値から算出される通り、比較例では第1変位部材の熱膨張率は2.37×10
-5(1/K)、第2変位部材の熱膨張率は3.10×10
-5(1/K)であり、第1変位部材の熱膨張率に対する第2変位部材の熱膨張率の比(第2変位部材の熱膨張率/第1変位部材の熱膨張率)は1.31である。つまり、第2変位部材の熱膨張率は第1変位部材の熱膨張率よりも31%大きい。また、単位温度(1度)あたりの第1変位部材の熱膨張量は3.72×10
-3mm、単位温度あたりの第2変位部材の熱膨張量は4.87×10
-3mmであり、その差1.15×10
-3mmは第1変位部材の熱膨張量の31%である。そして、30℃の温度上昇時の、
図2の上下方向における第2変位部材の熱膨張量(第2変位部材の熱膨張によるイオン光軸Cの変位量)と第1変位部材の熱膨張量(第1変位部材の熱膨張によるイオン光軸Cの変位量)の差は0.035mmである。
【0045】
これに対し、実施例では、表1と表2に示す数値から算出される通り、第1変位部材の熱膨張率は2.37×10-5(1/K)、第2変位部材の熱膨張率は2.63×10-5(1/K)であり、第1変位部材の熱膨張率に対する第2変位部材の熱膨張率の比(第2変位部材の熱膨張率/第1変位部材の熱膨張率)は1.11である。つまり、第2変位部材の熱膨張率が、第1変位部材の熱膨張率よりも11%大きい値まで抑えられている。また、単位温度(1度)あたりの第1変位部材の熱膨張量は3.72×10-3mm、単位温度あたりの第2変位部材の熱膨張量は4.13×10-3mmであり、その差0.41×10-3mmは第1変位部材の熱膨張量の11%である。そして、30℃の温度上昇時の第2変位部材の熱膨張量(第2変位部材の熱膨張によるイオン光軸Cの変位量)と第1変位部材の熱膨張量(第1変位部材の熱膨張によるイオン光軸Cの変位量)の差も0.013mmまで抑えられており、実施例の構成を採ることで比較例に比べてイオン光軸Cのずれが約1/3に抑えられていることが分かる。各部材の長さをより細かく調整することによりこの差を実質的に0に抑えることも可能である。
【0046】
上記実施形態及び実施例は一例であって、本発明の趣旨に沿って適宜に変更することができる。
【0047】
上記実施形態及び実施例では、
図3に示した通り、隔壁部材1642を、イオン光軸Cに対して対称な位置でねじ1643により延出部1641に固定し、隔壁部材1642が熱膨張してもイオン光軸Cが変位しないように構成したため、隔壁部材1642は第1変位部材に含まれなかったが、隔壁部材1642を延出部1641に固定する位置によっては隔壁部材1642の熱膨張によってイオン光軸Cが変位し得る。例えば、隔壁部材1642を1箇所のみでねじ1643により延出部1641に固定した場合には、第1変位部材は、部分真空チャンバ110、延出部1641、及び隔壁部材1642から構成され、
図9に示すようにこれらの部材の熱膨張をそれぞれ考慮する必要がある。
【0048】
また、上記実施形態及び実施例では、後段トランスファ電極131を下方から支持して固定する構成としたが、上方から吊り下げ固定する構成を採ることもできる。
【0049】
図10に、後段トランスファ電極131、イオン加速ユニット、及び検出器135を上方から吊り下げ固定する、変形例の直交加速飛行時間型質量分析装置2の構成を示す。変形例では、後段トランスファ電極131の最も後段に位置するリング電極1314を、第1絶縁部材266、第2絶縁部材267、及び導電部材265を介して真空チャンバ100の上壁面から固定する。つまり、第2固定部材は第1絶縁部材266、第2絶縁部材267、及び導電部材265で構成される。また、第2固定部材と第2変位部材は同じである。第1固定部材及び第1変位部材については上記実施形態及び実施例と同様(隔壁部材1642を延出部1641に固定する位置等によって第1変位部材が異なる)。加速ユニットは絶縁部材261によって真空チャンバ100の上壁面に固定され、イオン検出器135は絶縁部材262によって真空チャンバ100の上壁面に固定される。
【0050】
変形例においても、第2絶縁部材267を延出部1641や導電部材265の材料(例えばアルミニウム)よりも熱膨張率が大きい材料(例えばPEEK)からなるもので構成し、第1絶縁部材266を延出部1641や導電部材265の材料よりも熱膨張率が小さい材料(例えばホトベールII)からなるもので構成することにより、上記実施形態と同様の効果が得られる。
【0051】
なお、後段トランスファ電極131のみを上方から吊り下げ保持することも可能であるが、イオン光軸Cを規定する部材や検出器を異なる所定位置に対して固定するとイオン光軸Cにずれが生じたりイオンの飛行経路と検出器の位置にずれが生じたりする可能性がある。従って、後段トランスファ電極131を真空チャンバ100の上壁面に対して固定する場合には、上記変形例のようにイオン加速ユニット及びイオン検出器も真空チャンバ100の上壁面に対して固定することが好ましい。
【0052】
上記実施形態では、トランスファ電極をリング電極としたが、セグメント多重極ロッド電極(多重極のロッド電極を、イオン光軸Cに沿って複数のセグメントに分割したもの)を用いてもよい。また、上記実施例では直交加速部としてイオントラップ(LITやPLITを含む)を用いることもできる。
【0053】
第1固定部材160や第2固定部材170、270を構成する部材の数や各部材を構成する材料の種類は上記実施形態、実施例、及び変形例に記載のものに限定されず、本発明の要件を満たす限りにおいて適宜に変更可能である。
【0054】
[態様]
上述した複数の例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0055】
(第1項)
一態様に係る直交加速飛行時間型質量分析装置は、
内部空間が第1真空室と第2真空室に区画された真空チャンバと、
前記第1真空室と前記第2真空室にまたがるように配置された絶縁スペーサ部材と、
前記絶縁スペーサ部材の、前記第1真空室側に固定された前段側リング電極と、
前記絶縁スペーサ部材の、前記第2真空室側に固定され、絶縁性の連結部材を介して相互に連結された複数の後段側リング電極と、
前記絶縁スペーサ部材を前記第2真空室内の所定位置に対して位置決めするものであり、熱膨張によって前記前段側リング電極及び前記後段側リング電極の中心軸を該中心軸と直交する所定の方向に変位させる第1変位部材を含む第1固定部材と、
前記複数の後段側リング電極のいずれかを前記所定位置に対して位置決めするものであり、熱膨張によって前記中心軸を該中心軸と直交する所定の方向に変位させる第2変位部材を含む第2固定部材であって、単位温度あたりの前記第1変位部材の熱膨張量と、単位温度あたりの前記第2変位部材の熱膨張量の差が前記第1変位部材の熱膨張量の30%以下である、第2固定部材と
を備える。
【0056】
第1項に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置では、真空チャンバ内で区画された第1真空室と第2真空室をまたぐように絶縁スペーサ部材が配置される。絶縁スペーサ部材は、第1固定部材によって第2真空室内の所定位置に対して固定される。第1固定部材は、熱膨張によって前段側リング電極及び後段側リング電極の中心軸を、該中心軸と直交する所定の方向に変位させる第1変位部材を含む。また、絶縁スペーサ部材の第1真空室側には前段側リング電極が固定され、第2真空室側には複数の後段側リング電極が固定される。そして、複数の後段側リング電極のうちのいずれか(典型的には最も後段に位置するリング電極)が、第2固定部材によって上記所定位置に対して固定される。第2固定部材も、熱膨張によって前段側リング電極及び後段側リング電極の中心軸を、該中心軸と直交する所定の方向に変位させる第2変位部材を含んでいる。そして、単位温度(1度)あたりの第1変位部材の熱膨張量(第1変位部材を構成する各部材の上記所定の方向の長さと熱膨張率の積の和)と単位温度(1度)あたりの第2変位部材の熱膨張量(第2変位部材を構成する各部材の上記所定の方向の長さと熱膨張率の積の和)の差が、第1変位部材の熱膨張量の30%以下である。そのため、装置の組立時の温度と使用時の温度が異なる場合やフライトチューブの温調の目標温度を変えた場合、また装置の輸送行程で温度変化が生じた場合でも、両者の膨張量又は収縮量の差が小さいために、イオン光軸のずれが抑えられ、質量分解能、イオンの検出感度、質量精度などの装置性能が低下するのを抑制することができる。
【0057】
(第2項)
第1項に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置において、さらに、
前記第1真空室と前記第2真空室を区画する隔壁部材と、
前記真空チャンバの内壁面に設けられ、前記隔壁部材が固定された延出部と、
を備え、
前記第1固定部材が、前記隔壁部材、前記延出部、及び前記延出部から前記所定位置までの間に位置する該真空チャンバの一部を含む。
【0058】
第2項の直交加速飛行時間型質量分析装置では、第1真空室と第2真空室を区画するために設けられる延出部と隔壁部材を利用して絶縁スペーサ部材を固定するため、部材の数を最小限に抑えることができる。
【0059】
(第3項)
第2項に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置において、
前記第1変位部材が、前記延出部及び前記真空チャンバの一部である。
【0060】
第2項の直交加速飛行時間型質量分析装置の一形態として、イオン光軸周りに対称な位置で隔壁部材を延出部に固定した構成を採ることができる。その場合には、第3項の直交加速飛行時間型質量分析装置の第1変位部材が延出部と真空チャンバの一部で構成されることになる。第3項の直交加速飛行時間型質量分析装置では隔壁部材の熱膨張の影響を受けないため、イオン光軸の変位を抑制することができる。
【0061】
(第4項)
第1項から第3項のいずれかに記載の直交加速飛行時間型質量分析装置において、
前記第1変位部材の熱膨張率と、前記第2変位部材の熱膨張率の差が、前記第1変位部材の熱膨張率の30%以下である。
【0062】
第4項に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置では、第1変位部材の熱膨張率と、前記第2変位部材の熱膨張率の差が、前記第1変位部材の熱膨張率の30%以下である。多くの場合、第1変位部材と第2変位部材の、前記所定方向の長さは同程度であり、それらの場合に第4項に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置を用いることにより、装置の組立時の温度と使用時の温度が異なる場合やフライトチューブの温調の目標温度を変更した場合、あるいは装置の輸送中に温度変化が生じた場合でも第1固定部材と第2固定部材が膨張又は伸縮する大きさの差を小さく抑え、イオン光軸のずれを抑制することができる。
【0063】
(第5項)
第1項から第4項のいずれかに記載の直交加速飛行時間型質量分析装置において、
前記第2変位部材が、絶縁性材料で構成された部材を含む。
【0064】
第5項の直交加速飛行時間型質量分析装置では、第2変位部材(に含まれる絶縁性材料で構成された部材)によって真空チャンバと後段側リング電極が絶縁される。
【0065】
(第6項)
第1項から第5項のいずれかに記載の直交加速飛行時間型質量分析装置において、
前記第2変位部材が、第1絶縁性材料からなる第1絶縁部材及び第2絶縁性材料からなる第2絶縁部材と、導電性材料で構成された導電部材とを含む。
【0066】
第6項に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置では、2種類の異なる絶縁性材料を用いることにより、第2変位部材の熱膨張量を適宜に調整することができる。もちろん、3種類以上の、熱膨張率が異なる絶縁性材料を用いてもよい。また、導電性材料についても熱膨張率が異なる複数のものを用いてもよい。
【0067】
(第7項)
第6項に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置において、
前記第1絶縁性材料の熱膨張率が前記導電部材の熱膨張率よりも小さく、前記第2絶縁性材料の熱膨張率が前記導電部材の熱膨張率よりも大きい。
【0068】
第6項に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置は、第7項に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置のように、導電部材を構成する導電性材料よりも熱膨張率が小さい第1絶縁性材料からなる部材と、該導電性材料よりも熱膨張率が大きい第2絶縁性材料からなる部材を含むことにより構成することができる。
【0069】
(第8項)
第6項又は第7項に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置において、
前記第1絶縁性材料がマシナブルセラミックスである。
【0070】
第8項に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置では、第1絶縁部材として、加工性が良いマシナブルセラミックスからなるものを用いることで第2固定部材をより簡便に高精度に作製することができる。
【0071】
(第9項)
第6項から第8項のいずれかに記載の直交加速飛行時間型質量分析装置において、
前記第1絶縁性材料が窒化物系セラミックスである。
【0072】
質量分析装置では、多くの場合、アルミニウムからなる真空チャンバ部材が用いられるため、第9項に記載の直交加速飛行時間型質量分析装置のように、第1絶縁性材料として窒化物系セラミックスを好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0073】
1、2…質量分析装置
100…真空チャンバ
110…部分真空チャンバ
10…イオン化室
101…エレクトロスプレーイオン源
11…第1中間真空室
111…多重極イオンガイド
12…第2中間真空室
121…四重極マスフィルタ
122…多重極イオンガイド
123…コリジョンセル
124…前段トランスファ電極
1241、1242…リング電極
13…分析室
131…後段トランスファ電極
1311…リング電極(前段側リング電極)
1312、1313、1314…リング電極(後段側リング電極)
132…直交加速部
1321…押し出し電極
1322…引き込み電極
133…第2加速部
134…リフレクトロン
135…検出器
136…フライトチューブ
137…バックプレート
138…ベースプレート
140…位置決めプレート
160…第1固定部材
161、162、163…絶縁部材
164…隔壁部
1641…延出部
1642…隔壁部材
165、265…導電部材
166、266…第1絶縁部材
167…基材
168、267…第2絶縁部材
169…所定位置(基材167の固定位置)
170…第2固定部材
261、262…絶縁部材
C…イオン光軸