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特許7409642光共振器、及びこれを用いた光パルス発生装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-25
(45)【発行日】2024-01-09
(54)【発明の名称】光共振器、及びこれを用いた光パルス発生装置
(51)【国際特許分類】
   G02F 2/02 20060101AFI20231226BHJP
   G02F 1/035 20060101ALI20231226BHJP
   G02B 6/12 20060101ALI20231226BHJP
【FI】
G02F2/02
G02F1/035
G02B6/12 396
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020002729
(22)【出願日】2020-01-10
(65)【公開番号】P2021110835
(43)【公開日】2021-08-02
【審査請求日】2022-11-21
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、総務省、戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)社会展開指向型研究 開発3年枠、「マイクロコム光源の高速光伝送システムへの適用に関する研究開発」委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】藤井 瞬
(72)【発明者】
【氏名】川西 悟基
(72)【発明者】
【氏名】田邉 孝純
【審査官】堀部 修平
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-133379(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0266319(US,A1)
【文献】NAKAGAWA, Yosuke et al.,Dispersion tailoring of a crystalline whispering gallery mode microcavity for a wide-spanning optical Kerr frequency comb,Journal of the Optical Society of America B,2016年08月15日,Vol. 33, No. 9,pp. 1913-1920,DOI: 10.1364/JOSAB.33.001913
【文献】ITOBE, Hiroki et al.,Soliton pulse formation in a calcium fluoride whispering gallery microcavity without frequency sweeping,Conference on Lasers and Electro-Optics,2016年,DOI: 10.1364/CLEO_SI.2016.SW1E.2
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/00 - 1/125
G02F 1/21 - 7/00
G02B 6/12 - 6/14
IEEE Xplore
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウィスパリングギャラリーモードで動作する光共振器であって、
光学結晶で形成された回転対称形の本体を有し、
前記本体は、外周に沿って光閉じ込め部を有し、
前記光閉じ込め部は、回転の中心軸を含む平面で切ったときに前記中心軸から離れる方向に突出する台形の断面形状を有し、
前記光学結晶の材料はMgFであり、前記本体の前記中心軸から前記外周までの半径が350μmであり、前記台形の上底と下底を結ぶ辺の傾斜角は0度よりも大きく60度未満であり、かつ、前記上底の長さは、2μmよりも大きく7μm未満である、
光共振器。
【請求項2】
前記台形の高さは5μm以上、15μm以下である、
請求項1に記載の光共振器。
【請求項3】
前記台形は等脚台形である、
請求項1または2に記載の光共振器。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の光共振器と、
単一波長レーザーダイオードと、
前記単一波長レーザーダイオードからの出力光を前記光共振器に入力するテーパ型の光導波路と、
を有する光パルス発生装置。
【請求項5】
前記テーパ型の光導波路は、径が最もくびれた領域で前記光共振器に近接して配置される、
請求項4に記載の光パルス発生装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光共振器、及びこれを用いた光パルス発生装置に関し、特にウィスパリングギャラリーモードで動作する光共振器と、これを用いた光パルス発生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
誘電体材料で形成されるウィスパリングギャラリーモード(ささやき回廊モード)光共振器が研究されている。ウィスパリングギャラリーモードは、球、円形ディスク等の表面近傍を周回する光の固有モードで、微小な領域への光の閉じ込めが可能である。
【0003】
ウィスパリングギャラリーモード光共振器として、楕円の短軸を中心軸として回転させた回転楕円体や(たとえば、特許文献1参照)、シリコンウェハ上のSiO膜をエッチングやレーザーリフロー加工して得られるトロイダルキャビティ型のシリカディスク(たとえば、非特許文献1参照)が知られている。
【0004】
これらの光共振器では、回転楕円体またはシリカディスクの円周に沿った側面は所定の曲率で湾曲している。光共振器に入射して、特定のウィスパリングギャラリーモードに共鳴した光は、湾曲した側壁を持つ円周に沿って周回し、干渉により増幅される。
【0005】
近年、周波数軸上に等間隔で狭線幅の光スペクトルが並んだ光周波数コム光源が実用化されている。光周波数コム光源の中でも、細くテーパにしたエアクラッド導波路を用いてウィスパリングギャラリーモード光共振器へ連続レーザー光を入力し、四光波混合光を発生させることで光周波数コム光出力を得る構成が知られている(たとえば、特許文献2参照)。このような光周波数コム光源は、小型で高集積化が容易、繰り返し周波数が高い、などの理由から、光通信や距離計測などに適用されつつある。
【0006】
精密切削機械により誘電体結晶でウィスパリングギャラリーモードマイクロキャビティを作製する手法が提案されている(たとえば、非特許文献2参照)。この文献では、光の周回面と直交する面(または周回の中心軸を含む面)で切ったときの断面形状が三角形のマイクロキャビティが形成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第3941856号
【文献】特許第5619344号
【非特許文献】
【0008】
【文献】D.K. Armani et al., "Ultra-high-Q toroid microcavity on a chip", Nature Vol. 421 pp. 925-928 (2003)
【文献】Y. Nakagawa et al., "Dispersion tailoring of a crystalline whispering gallery mode microcavity for a wide-spanning optical Kerr frequency comb"', J Opt. Soc. Amer. B Vol. 33 pp. 1913-1920 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ウィスパリングギャラリーモード光共振器を用いて光周波数コムを発生するためには、高い光閉じ込め性能(高Q値)を有することと、異常分散を有することを、同時に満たさなくてはならない。
【0010】
上記の要件に加えて、光周波数コム光源の繰り返し周波数は、ウィスパリングギャラリーモード光共振器の自由スペクトル間隔(FSR:Free Spectral Range)に一致することが知られており、繰り返し周波数を高くするために、共振器の小型化が求められる。たとえば、光通信で用いられる100GHzの繰り返し周波数の光パルス列をフッ化マグネシウム(MgF)のウィスパリングギャラリーモード光共振器で実現するためには、光共振器の中心から外周までの距離(半径)を350μmにする必要がある。
【0011】
特許文献1、特許文献2、及び非特許文献1の湾曲側壁を持つウィスパリングギャラリーモード光共振器を小型化するために共振器の直径を小さくすると、光通信波長帯(1500nmから1600nmの光波長)で異常分散を維持することが困難になる。非特許文献2においても、断面三角形のマイクロキャビティは正常分散を有する。
【0012】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであって、小型化され、かつ使用波長帯域にわたって光周波数コムの発生に必要な異常分散が維持されるウィスパリングギャラリーモードの光共振器と、これを用いた光パルス発生装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
ウィスパリングギャラリーモードで動作する光共振器は、
光学結晶で形成された回転対称形の本体を有し、
前記本体は、外周に沿って光閉じ込め部を有し、
前記光閉じ込め部は、回転の中心軸を含む平面で切ったときに前記中心軸から離れる方向に突出する台形の断面形状を有し、
前記台形の上底の長さ(L1)は、2μm以上、7μm未満(2μm≦L1<7μm)であり、
前記本体の前記中心軸から前記上底までのサイズは、100GHz以上の自由スペクトル間隔を与えるサイズである。
【発明の効果】
【0014】
小型化され、かつ使用波長帯域にわたって光周波数コムの発生に必要な異常分散が維持される、ウィスパリングギャラリーモードの光共振器が実現される。この光共振器を用いることで、100GHzまたはそれよりも高い繰り返し周波数で光パルスを発生する光周波数コム光源が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】従来のウィスパリングギャラリーモード共振器の分散状態の共振器サイズ依存性を示す図である。
図2】実施形態の光共振器を用いた光パルス発生装置の概略図である。
図3】実施形態の光共振器の外観図である。
図4図3の光共振器の光閉じ込め部分の台形構造を示す拡大断面図である。
図5】実施形態の光共振器を用いて発生させた光周波数コムの光スペクトルの一例(シミュレーション結果)である。
図6】実施形態の光共振器において、台形の傾斜角θを20度に固定して、上底の長さ(L1)を変化させたときの電界分布図である。
図7】実施形態の光共振器において、台形の傾斜角θを0度に固定して、上底の長さ(L1)を変化させたときの電界分布図である。
図8】実施形態の光共振器における傾斜角θの最適範囲を示す図である。
図9】実施形態の光共振器において、光閉じ込め部の断面形状でL1と傾斜角θを変化させたときに単一モードかつ異常分散となる範囲を説明する概略図である。
図10】実施形態の光共振器を用いた光パルス発生装置の変形例である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
実施形態の光共振器の具体的な構成を説明する前に、従来のウィスパリングギャラリーモード光共振器を波長間隔100GHzのDWDM(Dense Wavelength Division Multiplexing:密な波長多重)に適用するときに生じる問題点をより詳しく説明する。
【0017】
図1は、従来のウィスパリングギャラリーモード共振器の分散状態の共振器サイズ依存性を示す図である。上述した特許文献1、2、及び非特許文献1のウィスパリングギャラリーモード共振器では、その構成または作製プロセスにより、光周回面と直交する面で切ったときの外周部の断面形状は、円弧またはU字型になる。円弧状の断面形状を有するウィスパリングギャラリーモード光共振器を光学結晶で作製したときの分散状態を調べる。
【0018】
上述のように、ウィスパリングギャラリーモード光共振器を用いて光周波数コムを発生させるためには、高い光閉じ込め性能(高Q値)と異常分散を同時に満たす必要がある。異常分散とは、波長が長くなると媒質の屈折率や実効屈折率が大きくなる分散をいう。分散は、群速度分散(ピコ秒/km)で表され、群速度分散が正のときは正常分散、負のときは異常分散となる。ウィスパリングギャラリーモード光共振器を用いて等間隔にピークが並ぶ光周波数コムを発生させるためには、使用波長帯域にわたって異常分散が維持されていなければならない。
【0019】
一方、発生させる光周波数コムの繰り返し周波数を100GHzまたはそれよりも高くするためには、光共振器のサイズを小さくすればよい。MgFの光共振器の場合、100GHzまたはそれよりも高い繰り返し周波数を達成する場合、半径Rは350μm以下となる。従来構成の回転楕円体や、トロイダル型のシリカ共振器では、光共振器の外周の垂直断面は円弧となるので、円弧の曲率半径を25μmとして、半径R=350μmの光共振器の分散を計算する。
【0020】
計算の結果、図1に示すように、光通信で用いられる光波長1500nm~1550nmの領域で正常分散になることがわかる。
【0021】
光共振器の半径Rを大きくすることで、光通信帯域で異常分散が維持されるが、半径Rを大きくするとFSRが小さくなって、光周波数コム繰り返し周波数が低下する。
【0022】
以下の実施形態では、ウィスパリングギャラリーモードで動作する光共振器で100GHz以上の繰り返し周波数に相当するFSRを持つサイズに維持し、かつ、光通信波長帯にわたって異常分散条件を満たす光共振器を提供する。
【0023】
<基本構造>
図2は、実施形態の光共振器201を用いた光パルス発生装置100の模式図である。光パルス発生装置100は、光周波数コム光源として利用される。
【0024】
光パルス発生装置100は、単一波長の光を出力するレーザーダイオード202と、レーザーダイオード202から出力された光を伝搬する光導波路203と、光導波路203に近接して配置される光共振器201を有する。
【0025】
光導波路203は、光共振器201への光結合部205で細くくびれたテーパ領域を持つ。一例として、125μm径の光ファイバの径を1μm以下に絞ったテーパ光ファイバや、エアクラッド導波路を用いることができる。光導波路203は、その細くしぼられた部分で光共振器201に近接する。光導波路203のテーパ部分からエバネッセント波が染み出し、近接する光共振器201に結合して、単一波長の光が光共振器201に入力される。
【0026】
光共振器201に入力された光のうち、光共振器201のウィスパリングギャラリーモードに共鳴する光は、内面を全反射しながら円周方向に周回することで、光共振器201内に閉じ込められる。このとき、光共振器201を構成する光学結晶と入射光との相互作用による四光波混合(FWM:Four-wave Mixing)で、光共振器201の内部で新しい波長の光が発生する。その結果として、光周波数コムが得られる。正常分散の場合はFMWの利得が生じないので新しい波長の光が発生しない。
【0027】
後述するように、実施形態の光共振器201は、使用波長帯域(たとえは光通信波長帯域)にわたって異常分散を示す。光周波数コムが所定のパワーに達したときに、光周波数コムは光共振器201から光導波路203に再結合して、出力される。
【0028】
<光共振器の構成>
図3は、実施形態の光共振器201の構成例を示す。図3の(A)は、フランジ型の光共振器201A、図3の(B)は、ディスク型の光共振器201Bである。光共振器201A、及び201Bは、使用波長に対して透明な光誘電性の光学結晶で形成されている。
【0029】
光学結晶として、CaF結晶、BaF結晶、SrF結晶、MgF結晶などを用いることができる。これらの中で、CaF結晶、BaF結晶、SrF結晶は熱光学効果と光カー効果による屈折率変化が逆になるが、光周波数コム発生過程を制御することで、使用可能である。実施形態では、MgF結晶を用いてウィスパリングギャラリーモードの光共振器201A及び201Bを作製する。
【0030】
上述のように、MgF結晶を用いて100GHzのFSRを得るための半径Rは350μmであるが、別の材料の光学結晶を用いるときは、100GHzのFSRを得るための半径Rは変わってくる。どの結晶材料(誘電体材料)を用いる場合でも、FSRの間隔が100GHzまたはそれよりも密な間隔になるように半径Rは設計される。
【0031】
図3の(A)で、光共振器201Aは中心軸301に対して回転対称な形状を有する。光共振器201Aは、光学結晶のロッドから作製され、円筒211と、円筒211の外周から張り出すフランジ212を有する。フランジ212は、外周に沿った平坦な側面215と、側面215から円筒211の表面に向かって延びる面213を有する。フランジ212は光共振器201Aの光閉じ込め部となり、フランジ212の側面215に沿って光が周回する。
【0032】
図3の(A)では、面213は傾斜面として形成されているが、後述するように、中心軸301と直交する水平面であってもよい。面213が傾斜面のときは、光の周回面と直交する面(または回転の中心軸301を含む面)で切ったときに、フランジ212の断面形状は台形となる。面213が水平面のときは、光の周回面と直交する面(または回転の中心軸301を含む面)で切ったときに、フランジの断面形状は矩形になる。
【0033】
ここで、台形は「向かい合った一組の辺が平行な四角形」と定義され、矩形も一組の平行な辺を有するため、台形に含まれる。
【0034】
図3の(B)で、光共振器201Bは中心軸301に対して回転対称な形状を有する。光共振器201Bは、ディスク型の本体を有し、上面214T、底面214B、最外周となる側面215、及び、側面215から上面214T及び底面214Bに向かって延びる面213を有する。側面215と面213は、上面214Tと底面214Bから外周側(中心軸301から離れる方向)に向かって張り出した光閉じ込め部216を構成する。光共振器201Bは、たとえば、ウェハから切り出したチップを用いて、側面215、及び側面215から延びる面213の形状を整えることで作製される。
【0035】
図3の(B)では、面213は傾斜面として形成されているが、後述するように、中心軸301と直交する水平面であってもよい。この場合、光閉じ込め部216は、図3の(A)のように、円筒の外周から水平方向に張り出すフランジ構造となる。
【0036】
面213が傾斜面のときは、光の周回面と直交する面(または回転の中心軸301を含む面)で切ったときに、光閉じ込め部216の断面形状は台形となる。面213が水平面のときは、光の周回面と直交する面(または回転の中心軸301を含む面)で切ったときに、光閉じ込め部216の断面形状は矩形になる。
【0037】
光共振器201A、及び201Bは、たとえば、非特許文献2で用いられている精密切削機械で作製することができる。特許文献1、特許文献2、及び非特許文献1に開示される構成のウィスパリングギャラリーモード光共振器は、その構造や作製プロセスから、外周に沿った側壁が所定の曲率で湾曲する形状になる。実施形態では、精密加工技術を用いて、台形の断面形状を実現する。
【0038】
図4は、光共振器201を回転の中心軸301を含む面で切り取った断面構造を示す。光が周回するのは、フランジ212の内部である。フランジ212の断面形状は、この例では等脚台形である。フランジ212の側面215、すなわち断面で中心軸301から遠い方の辺が台形の上底となる。台形の上底の長さをL1、下底の長さをL2とする。台形の上底と下底は、中心軸301と平行である。上底と下底の間の距離、すなわち台形の高さをhとする。台形の高さhは、円筒211の表面からのフランジ212の突出量に相当する。
【0039】
台形断面を構成する面213の傾斜角をθとする。傾斜角θは、上底での内角から90度を差し引いた角度と定義する。傾斜角θが0度のとき、フランジ212の断面形状は、矩形になる。
【0040】
精密加工の容易性の観点から、光閉じ込め部の垂直断面形状を図4のように等脚台形としてもよいが、光閉じ込めの条件が維持され、かつ異常分散が得られる条件が満たされる限り、必ずしも等脚台形でなくてもよい。光閉じ込めの条件と異常分散の条件の詳細については、図6図9を参照して後述する。
【0041】
光共振器201の半径Rは、回転の中心軸301から、台形の上底、すなわちフランジ212または光閉じ込め部216の最外周の側面215までの距離である。
【0042】
光はフランジ212の内面を全反射しながら、円周方向に伝搬することで、ウィスパリングギャラリーモードで光共振器201に閉じ込められる。精密機械加工により、フランジ212の側面215と面213の傾斜角θを所望の寸法に形成して、高い光閉じ込め性能(高Q値)と異常分散特性が得られる。
【0043】
図5は、フランジ212の断面形状が台形のウィスパリングギャラリーモード光共振器を用いて発生させた光周波数コムの光スペクトルの計算結果である。この計算では、光共振器201の材料としてMgFを用い、光共振器201の半径Rを350μm、断面台形の上底の長さL1を5μm、高さhを10μm、上底の両側の傾斜角θを20度に設定している。
【0044】
1550nmを中心とし、1510nmから1590nmの広い波長帯域にわたって、100GHz間隔の光周波数コムが得られている。
【0045】
光パルス発生装置100が、繰り返し周波数100GHz以上の狭間隔の光周波数コム光源として機能するためには、光共振器201が高Q、かつ半径Rが350μm以下(MgF結晶の場合)であることに加えて、ウィスパリングギャラリーモードが単一横モードであることが必要である。単一横モードは、光の強度分布がスポットの中心で大きく、周辺に向かってガウス分布的に小さくなるTEM00モードである。単一横モード以外のマルチ横モードでは、出力光のコヒーレンスが低下するので好ましくない。そこで、単一横モード、かつ異常分散を実現するための台形断面形状の最適な範囲を検討する。
【0046】
<台形断面形状の最適範囲>
図6は、実施形態の光共振器201の光閉じ込め部が台形の断面形状を有するときの電界分布を示している。
【0047】
ウィスパリングギャラリーモード光共振器で光閉じ込め部となる円周断面での台形構造は、光を中心軸301と平行な方向に広げずに閉じ込めることができ、かつ、モードの分散に影響を与えない十分な高さh(図5参照)を有している必要がある。高さhとして、光のモードまたは波長の数倍程度が必要であり、光通信波長帯では、高さhはおおよそ5μm以上である。作製の容易さを考慮すると、高さhの適切な範囲は5~15μm、最適な値は10μm前後である。
【0048】
図6では、光共振器201の半径Rを350μm、台形の高さhを10μm、面213の傾斜角θを20度に設定し、上底の長さL1を2μm、3μm、5μm、7μmと変化させて電界分布を計算している。
【0049】
上底の長さL1が、2μm、3μm、5μmのときは、単一横モードのウィスパリングギャラリーモードが存在する。上底の長さL1が7μm以上のときは、台形の光閉じ込め部に異なる横モードとなる複数のウィスパリングギャラリーモードが存在し得る。これをマルチモードと呼ぶ。マルチモードの条件では、図5に示した滑らかな光周波数コムスペクトルは得られない。
【0050】
上底の長さL1が2μm以下のときもウィスパリングギャラリーモードは存在するが、通信波長帯で正常分散となり、光周波数コムは得られない。
【0051】
この結果、断面が台形形状の光閉じ込め部に、異常分散を有する単一のウィスパリングギャラリーモードを存在させるためには、上底の長さの範囲を2μm以上、かつ、7μm未満にする必要がある。
【0052】
図7は、光共振器201の半径Rを350μm、台形の高さhを10μm、面213の傾斜角θを0度に設定し、上底の長さL1を2μm、3μm、5μm、7μmと変化させたときの電界分布である。
【0053】
面213の傾斜角θ、すなわち台形の上底から延びる辺の傾斜角が0度のときも、光を中心軸301と平行な方向に広げずに閉じ込め、かつ、モードの分散に影響を与えない十分な高さhを有している必要がある。高さhの範囲は、図6の場合と同様に5~15μmであり、電界分布計算では、h=10μmに設定する。
【0054】
傾斜角θが0度のときは、上底の長さL1が2μm以下になると、光閉じ込め領域に光を閉じ込めることができないので、光周波数コムの発生に適したウィスパリングギャラリーモードが得られない。上底の長さL1が7μm以上のとき、光閉じ込め部に複数のウィスパリングギャラリーモードが存在し、図5に示した滑らかな光周波数コムスペクトルは得られなくなる。
【0055】
この結果、断面が矩形の光閉じ込め部に、異常分散を有する単一のウィスパリングギャラリーモードを存在させるためには、傾斜角θが0度のときは、上底の長さの範囲を2μmより大きく、かつ、7μm未満にする必要がある。
【0056】
図8は、実施形態のウィスパリングギャラリーモード光共振器における傾斜角θの最適範囲を示す図である。半径Rが350μmの光共振器201をMgFで形成し、光閉じ込め部の台形断面の上底の長さL1を5μm、台形の高さhを10μmに固定にし、傾斜角θを変化させたときの群速度分散を示す。
【0057】
群速度分散βは式(1)で与えられる。
【0058】
【数1】
ここで、Rは光共振器201の半径、vlはl(エル)番目の縦モード、mは共鳴間のモード間隔である。l番目の縦モードvlは、たとえば、有限要素法で計算することができる。
【0059】
傾斜角θが0度(垂直断面が矩形)のときは、異常分散が大きい。傾斜角θが20度、及び40度のときは、光通信の波長帯域にわたって異常分散が得られている。傾斜角θが60度になると、1550nmよりも短波長側で正常分散となる。
【0060】
この計算結果から、光周波数コムを発生させるためには、傾斜角θは0度以上、60度未満とするのが望ましい。精密加工の難易度を考慮すると、傾斜角θは0度よりも大きいことが、より望ましい。通信波長帯域全体にわたって、確実に異常分散を維持するには、傾斜角θは40度以下であることが、より望ましい。
【0061】
図9は、実施形態のウィスパリングギャラリーモード光共振器において、光閉じ込め部の断面形状の上底の長さL1と傾斜角θを変化させたときに単一モードかつ異常分散となる範囲を説明する概略図である。横軸は上底の長さL1、縦軸は傾斜角θである。
【0062】
上底の長さL1が2μmよりも小さくなると、単一横モードが存在しないカットオフ領域Aになる。上底の長さL1が7μm以上になると、マルチモード領域Bになる。台形の上底の長さL1は、単一横モードで光閉じ込めが達成できる範囲に設定される。
【0063】
傾斜角θについては、異常分散が得られるか否かによって決まる。傾斜角θが60度以上になると正常分散になる。
【0064】
異常分散かつ単一横モードが得られる適切な台形の範囲は、傾斜角θが0度よりも大きく60度未満のときは、上底の長さL1は2μm以上、7μm未満、傾斜角θが0度のときは、上底の長さL1は、2μmよりも大きく、7μmよりも小さい範囲である。
【0065】
台形断面の高さh、すなわち上底と下底の間の距離については、hが小さくなると、光を中心線と平行な方向に閉じ込めることが困難になる。hの範囲は、波長の数倍程度が望ましい。光通信波長帯域では、hは5μm以上が望ましい。加工の容易性を考慮すると、hは5μm~15μmに設定される。
【0066】
<光パルス発生装置の変形例>
図10は、実施形態の光共振器201を用いた光パルス発生装置の変形例である。光パルス発生装置100Aは、単一波長の光を出力するレーザーダイオード202と、レーザーダイオード202から出力された光を伝搬する光導波路203と、光導波路203に近接して配置される光共振器201を有する。
【0067】
図2の光パルス発生装置100と同様に、光導波路203は細くくびれたテーパ導波路であり、テーパ領域で光共振器201に結合する。光共振器201は、上述した断面台形の光閉じ込め部を有する。光閉じ込め部は、光共振器201の最外周に位置する側面215と、側面から中心軸の方向に向かって延びる面213を有する。
【0068】
光パルス発生装置100Aは、温度制御部として、たとえば熱電冷却器(TEC:Thermoelectric Cooler)を有する。図10の例では、レーザーダイオード202の波長を制御するTEC1と、光共振器201のウィスパリングギャラリーモードの中心波長を制御するTEC2が設けられている。レーザーダイオード202とTEC1で、光源206が構成されてもよい。
【0069】
光共振器201では、入力された単一波長の光から光周波数コムが生成され、光導波路203から光周波数コムが出力される。
【0070】
図2の光パルス発生装置100と同様に、ひとつの小型の光パルス発生装置100Aで複数チャネルの光を100GHzの周波数間隔で同時に出力することができる。従来の波長多重通信で、チャネルの数に応じた複数の単一波長レーザーダイオードと、レーザーダイオードのそれぞれに対応するTECが配置された構成と比較すると、実施形態の光パルス発生装置100及び100Aは、小型かつ低消費電力の光源システムを実現することができる。
【0071】
一般に、光周波数コムの繰り返し周波数を上げるために共振器の径を小さくすることが考えられるが、共振器径を小さくすると異常分散の条件を満たすことが困難になる。実施形態では、光閉じ込め部の断面形状を最適化することで、100GHz以上の繰り返し周波数を提供する共振器サイズで、異常分散かつ単一横モードの条件を満たす。
【0072】
実施形態の光共振器201(201A、及び201Bを含む)は、WDM用の光源だけではなく、光信号処理回路等で、高い繰り返し周波数の光パルス光源としても適用可能である。
【符号の説明】
【0073】
100、100A 光パルス発生装置
201、201A、201B 光共振器
202 レーザーダイオード
203 光導波路
205 光結合部
206 光源
211 円筒
212 フランジ(光閉じ込め部)
213 面
214T 上面
214B 底面
215 側面
216 光閉じ込め部
301 中心軸
L1 台形の上底の長さ
L2 台形の下底の長さ
R 半径
θ 傾斜角(片側)
h 高さ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10