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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-25
(45)【発行日】2024-01-09
(54)【発明の名称】半導体膜
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/16 20060101AFI20231226BHJP
   C23C 16/40 20060101ALI20231226BHJP
   C30B 25/14 20060101ALI20231226BHJP
   H01L 21/205 20060101ALI20231226BHJP
   H01L 21/365 20060101ALI20231226BHJP
   H01L 29/872 20060101ALI20231226BHJP
   H01L 21/329 20060101ALI20231226BHJP
   H01L 21/368 20060101ALI20231226BHJP
   C30B 25/18 20060101ALI20231226BHJP
【FI】
C30B29/16
C23C16/40
C30B25/14
H01L21/205
H01L21/365
H01L29/86 301F
H01L29/86 301P
H01L29/86 301D
H01L21/368 Z
C30B25/18
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021545031
(86)(22)【出願日】2019-09-11
(86)【国際出願番号】 JP2019035694
(87)【国際公開番号】W WO2021048950
(87)【国際公開日】2021-03-18
【審査請求日】2022-07-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000004064
【氏名又は名称】日本碍子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113365
【弁理士】
【氏名又は名称】高村 雅晴
(74)【代理人】
【識別番号】100209336
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 悠
(74)【代理人】
【識別番号】100218800
【弁理士】
【氏名又は名称】河内 亮
(72)【発明者】
【氏名】吉川 潤
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 守道
(72)【発明者】
【氏名】福井 宏史
【審査官】今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】D.DOHY et al.,Raman Spectra and Valence Force Field of Single-Crystalline β Ga2O3,Journal of Solid State Chemistry,ELSERVIER,1982年11月15日,Vol.45 No.2,pp.180-192
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/16
C23C 16/40
C30B 25/14
H01L 21/205
H01L 21/365
H01L 29/872
H01L 21/329
H01L 21/368
C30B 25/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
α-Ga、又はα-Ga系固溶体で構成されるコランダム型結晶構造を有する結晶を主相とする円形状の半導体膜であって、
前記半導体膜が、前記半導体膜の外周縁に内接する最大円の直径が5.08cm(2インチ)以上となるサイズを有しており、
前記半導体膜の表面の、前記半導体膜の外周縁に内接する最大円の中心点X並びに4つの外周点A、B、C及びDの各々において、レーザーラマン分光法により測定される、前記半導体膜のラマンスペクトルにおける216cm-1付近のピークの半値幅が6.0cm-1以下であり、
前記外周点A、B、C及びDが、i)前記外周点A及び前記外周点Cを結ぶ直線と、前記外周点B及び前記外周点Dを結ぶ直線とが前記中心点Xで直角に交わり、かつ、ii)前記外周点A、B、C及びDの前記半導体膜の外縁からの各最短距離が前記半導体膜の半径の1/5となるように定められる、半導体膜。
【請求項2】
前記中心点X並びに前記外周点A、B、C及びDにおいて測定される前記半値幅の算術平均値をW、それらの半値幅の標準偏差をWとした場合に、W/Wが8.0×10-2以下である、請求項1に記載の半導体膜。
【請求項3】
前記中心点X並びに前記外周点A、B、C及びDで測定された前記半導体膜の厚さの算術平均値が2.0μm以上である、請求項1又は2に記載の半導体膜。
【請求項4】
前記中心点X並びに前記外周点A、B、C及びDの各々において、前記216cm-1付近のピークのピークトップの波数が217.8cm-1以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の半導体膜。
【請求項5】
前記半導体膜が、ドーパントとして14族元素を1.0×1016~1.0×1021/cmの割合で含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の半導体膜。
【請求項6】
前記半導体膜が、外周縁に内接する最大円の直径が5.08cm(2インチ)以上となるサイズの支持基板上に形成された、請求項1~5のいずれか一項に記載の半導体膜。
【請求項7】
外周縁に内接する最大円の直径が5.08cm(2インチ)以上となるサイズの支持基板と、前記支持基板上に形成された請求項1~5のいずれか一項に記載の半導体膜とを備えた、複合材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、α-Ga系半導体膜に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、酸化ガリウム(Ga)が半導体用材料として着目されている。酸化ガリウムはα、β、γ、δ及びεの5つの結晶形を有することが知られているが、この中で、準安定相であるα-Gaはバンドギャップが5.3eVと非常に大きく、パワー半導体用材料として期待を集めている。
【0003】
例えば、特許文献1(特開2014-72533号公報)には、コランダム型結晶構造を有する下地基板と、コランダム型結晶構造を有する半導体層と、コランダム型結晶構造を有する絶縁膜とを備えた半導体装置が開示されており、サファイア基板上に、半導体層としてα-Ga膜を形成した例が記載されている。また、特許文献2(特開2016-25256号公報)には、コランダム構造を有する結晶性酸化物半導体を主成分として含むn型半導体層と、六方晶の結晶構造を有する無機化合物を主成分とするp型半導体層と、電極とを備えた半導体装置が開示されている。この特許文献2の実施例には、c面サファイア基板上に、n型半導体層として準安定相であるコランダム構造を有するα-Ga膜を、p型半導体層として六方晶の結晶構造を有するα-Rh膜を形成して、ダイオードを作製することが開示されている。
【0004】
物質の結晶性を評価する手法としてラマン分光法が知られている。ラマン分光法では物質に光を照射して散乱を生じさせ、その散乱光を分光してラマンスペクトルを得ることで、物質の結晶性を評価することができる。例えば、ある物質のラマンスペクトルにおける所定のラマンピークの半値幅が小さい場合、その物質の結晶性は高いものと評価することができる。例えば、非特許文献1(Martin Feneberg et al., Anisotropic phonon properties and effective electron mass in α-Ga2O3, Appl. Phys. Lett. 114, 142102 (2019), published online: 10 April 2019)及び非特許文献2(R. Cusco et al., Lattice dynamics of a mist-chemical vapor deposition-grown corundum-like Ga2O3 single crystal, J. Appl. Phys. 117, 185706 (2015))には、半値幅の比較的小さいラマンピークを示すα-Ga膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2014-72533号公報
【文献】特開2016-25256号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Martin Feneberg et al., Anisotropic phonon properties and effective electron mass in α-Ga2O3, Appl. Phys. Lett. 114, 142102 (2019), published online: 10 April 2019
【文献】R. Cusco et al., Lattice dynamics of a mist-chemical vapor deposition-grown corundum-like Ga2O3 single crystal, J. Appl. Phys. 117, 185706 (2015)
【発明の概要】
【0007】
α-Ga膜はコランダム型結晶構造を有するが、従来のものは結晶品質が高くなく、デバイス特性が不十分となる(例えばショットキーバリアダイオード(SBD)を作製した際のリーク電流が大きくなる)という問題があった。非特許文献1及び2には、半値幅の比較的小さいラマンピークを示すα-Ga膜が開示されているが、特に直径5.08cm(2インチ)以上の大口径の基板を用いてα-Ga膜を形成する場合、膜の中心部から外周部に至るまでの広範囲にわたって半値幅を一定値以下とすることは困難であった。
【0008】
本発明者らは、今般、膜の中心部から外周部に至るまでの広範囲にわたって、216cm-1付近のラマンスペクトルのピークの半値幅を一定値以下としたα-Ga系半導体膜を形成することができ、それによりα-Ga系半導体膜を用いて作製したデバイスの特性(特にショットキーバリアダイオードの絶縁破壊電圧)を大幅に向上できるとの知見を得た。
【0009】
したがって、本発明の目的は、デバイスの特性(特にショットキーバリアダイオードの絶縁破壊電圧)を大幅に向上可能なα-Ga系半導体膜を提供することにある。
【0010】
本発明の一態様によれば、α-Ga、又はα-Ga系固溶体で構成されるコランダム型結晶構造を有する結晶を主相とする半導体膜であって、
前記半導体膜が、前記半導体膜の外周縁に内接する最大円の直径が5.08cm(2インチ)以上となるサイズを有しており、
前記半導体膜の表面の、前記半導体膜の外周縁に内接する最大円の中心点X並びに4つの外周点A、B、C及びDの各々において、レーザーラマン分光法により測定される、前記半導体膜のラマンスペクトルにおける216cm-1付近のピークの半値幅が6.0cm-1以下であり、
前記外周点A、B、C及びDが、i)前記外周点A及び前記外周点Cを結ぶ直線と、前記外周点B及び前記外周点Dを結ぶ直線とが前記中心点Xで直角に交わり、かつ、ii)前記外周点A、B、C及びDの前記半導体膜の外縁からの各最短距離が前記半導体膜の半径の1/5となるように定められる、半導体膜が提供される。
【0011】
本発明の他の一態様によれば、外周縁に内接する最大円の直径が5.08cm(2インチ)以上となるサイズの支持基板と、前記支持基板上に形成された前記半導体膜とを備えた、複合材料が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の半導体膜の表面における中心点X並びに4つの外周点A、B、C及びDの位置を説明するための図である。
図2】ミストCVD(化学気相成長)装置の構成を示す模式断面図である。
図3】エアロゾルデポジション(AD)装置の構成を示す模式断面図である。
図4】例1~8で作製したショットキーバリアダイオードの層構成を示す模式断面図である。
図5】例1で作製した半導体膜の外周点Cにおいて測定されたラマンスペクトルである。
図6】例7(比較)で作製した半導体膜の外周点Bにおいて測定されたラマンスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
半導体膜
本発明による半導体膜は、コランダム型結晶構造を有する結晶を主相とするものであり、このコランダム型結晶構造はα-Ga、又はα-Ga系固溶体で構成される。したがって、本発明による半導体膜は、α-Ga系半導体膜と称することができる。この半導体膜は、その外周縁に内接する最大円(以下、最大内接円という)の直径が5.08cm(2インチ)以上となるサイズを有している。典型的には、半導体膜は直径5.08cm(2インチ)以上のサイズの円形状であり、その場合は図1に示されるように半導体膜10の最大内接円は外周縁と一致しうる。そして、半導体膜の表面の、半導体膜の最大内接円の中心点X並びに4つの外周点A、B、C及びDの各々において、レーザーラマン分光法により測定される、半導体膜のラマンスペクトルにおける216cm-1付近のピークの半値幅が6.0cm-1以下である。図1に示される半導体膜10のように、最大内接円の外周点A、B、C及びDは、i)外周点A及び外周点Cを結ぶ直線と、外周点B及び外周点Dを結ぶ直線とが中心点Xで直角に交わり、かつ、ii)外周点A、B、C及びDの半導体膜の外縁からの各最短距離が半導体膜の半径の1/5となるように定められる。このように互いに十分に離れた5点においてラマンスペクトルにおける216cm-1付近のピークの半値幅が6.0cm-1以下であるα-Ga系半導体膜は、膜の中心部から外周部に至るまでの広範囲にわたって、上記半値幅が小さいものということができ、かかる半導体膜を用いて作製したデバイスの特性(特にショットキーバリアダイオードの絶縁破壊電圧)を大幅に向上できる。前述したように、従来技術では直径5.08cm(2インチ)以上の大口径の基板を用いてα-Ga膜を形成する場合、膜の中心部から外周部に至るまでの広範囲にわたって半値幅を一定値以下とすることは困難であったが、本発明によればかかる問題を解消して、デバイスの特性(特にショットキーバリアダイオードの絶縁破壊電圧)を大幅に向上できる程に広範囲にわたって216cm-1付近のラマンスペクトルのピークの半値幅を小さくするα-Ga系半導体膜を提供することができる。
【0014】
上述のとおり、本発明の半導体膜は、コランダム型結晶構造を有する結晶を主相とするものである。本明細書において「コランダム型結晶構造を有する結晶を主相とする」とは、コランダム型結晶構造を有する結晶が半導体膜の80重量%以上、好ましくは90重量%以上、より好ましくは95重量%以上、さらに好ましくは97重量%以上、特に好ましくは99重量%以上、最も好ましくは100重量%を占めていることを意味する。このコランダム型結晶構造はα-Ga、又はα-Ga系固溶体で構成される。α-Gaは、三方晶系の結晶群に属し、コランダム型結晶構造をとり、そのc面は3回対称である。また、α-Ga系固溶体は、α-Gaに他の成分が固溶したものであり、コランダム型結晶構造が維持されている。例えば、本発明の半導体膜は、α-Gaに、Cr、Fe、Ti、V、Ir、Rh、In及びAlからなる群から選択される1種以上の成分が固溶したα-Ga系固溶体で構成されるものとすることができる。これらの成分はいずれもコランダム型結晶構造を有し、かつ、互いに格子定数が比較的近い。したがって、これらの成分の金属原子は固溶体中で容易にGa原子を置換する。また、これらの成分を固溶させることで半導体膜のバンドギャップ、電気特性、及び/又は格子定数を制御することが可能となる。これらの成分の固溶量は所望の特性に合わせて適宜変更することができる。また、α-Ga系固溶体には、その他の成分として、Si、Sn、Ge、N、Mg等の元素がドーパントとして含まれていてもよい。
【0015】
本発明の半導体膜は、その外周縁に内接する最大円の直径(すなわち最大内接円)が5.08cm(2インチ)以上となるサイズを有しており、最大内接円の直径は10.0cm以上であってもよい。最大内接円の直径の上限値は特に限定されないが、典型的には30.0cm以下、より典型的には20.0cm以下である。典型的な半導体膜は円形状であり、その場合は図1に示されるように半導体膜10の最大内接円の直径は半導体膜10の直径と一致しうる。なお、本明細書において、「円形状」とは、完全な円形状である必要はなく、全体として概ね円形と認識されうる略円形状であってもよい。例えば、円形の一部が結晶方位の特定又はその他の目的のために切り欠かれた形状や円形の一部にスリットが設けられた形状であってもよく、その場合は切り欠かれた外周縁やスリットを除いた外周縁に内接する最大円の直径に基づきサイズを決定すればよい。ところで、本発明の半導体膜はラマンスペクトルにおける216cm-1付近のピークの半値幅が小さいことを特徴としたものであり、中心点X並びに外周点A、B、C及びDは、半導体膜全体の代表的なピーク半値幅を評価できるよう、便宜的に規定したものにすぎない。したがって、中心点X並びに外周点A、B、C及びDの位置を一義的に決定するため、半導体膜の形状を典型的には円形と述べたが、半導体膜の形状が円形でなくても本質的な意味は何ら変わらない。例えば、半導体膜の形状が正方形や矩形(長方形)であっても、半導体膜の216cm-1付近のピークの半値幅が小さいものであれば本発明の半導体膜に包含される。このような形状の半導体膜においては、正方形や矩形の半導体膜を上面視したときに膜の外周縁に内接する最大円(最大内接円)を仮想円として規定し、その仮想円の中心点Xと仮想円の直径から(上述した円形状の半導体膜の場合と同様にして)外周点A、B、C及びDの位置を決定すればよい。こうして決定した中心点X並びに外周点A、B、C及びDにおける216cm-1付近のピークの半値幅を評価することで、円形状の半導体膜と同様の評価を実施することができる。なお、正方形や矩形の半導体膜の一部にスリットが設けられていたとしても、正方形や矩形の半導体膜を上面視したときに膜の外周縁に内接する最大円(最大内接円)を仮想円として規定することに変わりはない。
【0016】
本発明の半導体膜は、その表面の、最大内接円の中心点X並びに4つの外周点A、B、C及びDの各々において、レーザーラマン分光法により測定される、半導体膜のラマンスペクトルにおける216cm-1付近のピークの半値幅が6.0cm-1以下であり、好ましくは5.0cm-1以下、より好ましくは4.0cm-1以下である。デバイス特性の向上の観点から、ラマンスペクトルにおける216cm-1付近のピークの半値幅は小さければ小さい方が良いため、ラマンスペクトルにおける216cm-1付近のピークの半値幅の下限値は特に限定されないが、典型的には0.1cm-1以上、より典型的には1.0cm-1以上である。
【0017】
本発明の半導体膜は、最大内接円の中心点X並びに外周点A、B、C及びDにおいて測定されるラマンスペクトルにおける216cm-1付近のピークの半値幅の算術平均値をW、それらの半値幅の標準偏差をWとした場合に、W/Wが8.0×10-2以下であることが好ましく、より好ましくは6.0×10-2以下、さらに好ましくは4.0×10-2以下、最も好ましくは3.0×10-2以下である。W/Wが上記範囲であることは、半導体膜の中心部から外周部に至るまでの広範囲にわたって、半値幅の算術平均値Wに対する標準偏差Wが相対的に小さいことを意味するため、W/Wは半値幅の絶対値に左右されないように換算された半値幅のバラツキの指標であるといえる。したがって、本発明の半導体膜を用いて作製したデバイスの特性を均一化することができる。「デバイスの特性を均一化」とは、同じ半導体膜の異なる箇所から複数のデバイスを作製した場合であっても、それにより得られる複数のデバイス間でデバイス特性のバラツキが少ない(デバイスが均質化されている)ことを意味する。デバイス特性の均一化の観点から、W/Wは小さければ小さい方が良いため、W/Wの下限値は特に限定されないが、典型的には1.0×10-4以上、より典型的には1.0×10-3以上である。
【0018】
デバイス特性の向上及び均一化の観点から、本発明の半導体膜は、最大内接円の中心点X並びに外周点A、B、C及びDで測定された膜厚の算術平均値が2.0μm以上であるのが好ましく、より好ましくは3.0μm以上、さらに好ましくは5.0μm以上である。このように膜厚が大きいと、デバイス作製時のクラック発生によるデバイス特性の悪化を回避でき、デバイス特性の向上及び均一化をより効果的に実現することができる。膜厚の上限は特に限定されず、コスト面及び要求される特性の観点から適宜調整すればよいが、例えば50μm以下、20μm以下又は10μm以下である。自立した半導体膜が必要な場合は厚い膜とすればよく、このような観点からは、例えば50μm以上、又は100μm以上であり、コスト面の制限がない限り特に上限はない。
【0019】
本発明の半導体膜は、最大内接円の中心点X並びに外周点A、B、C及びDの各々において、ラマンスペクトルにおける216cm-1付近のピークのピークトップの波数が217.8cm-1以下であるのが好ましく、より好ましくは217.5cm-1以下、さらに好ましくは216.5cm-1以下、最も好ましくは215.5cm-1以下である。こうすることで、デバイス特性を更に向上することができる。ラマンスペクトルにおける216cm-1付近のピークのピークトップの波数の下限値は特に限定されないが、典型的には210.0cm-1以上、より典型的には211.0cm-1以上、さらに典型的には212.0cm-1以上である。
【0020】
本発明の半導体膜は、ドーパントとして14族元素を含むことができる。ここで、14族元素はIUPAC(国際純正・応用化学連合)が策定した周期律表による第14族元素のことであり、具体的には、炭素(C)、珪素(Si)、ゲルマニウム(Ge)、錫(Sn)及び鉛(Pb)のいずれかの元素である。半導体膜におけるドーパント(14族元素)の含有量は、好ましくは1.0×1016~1.0×1021/cm、より好ましくは1.0×1017~1.0×1019/cmである。これらのドーパントは膜中に均質に分布し、半導体膜の表面と裏面のドーパント濃度は同程度であることが好ましい。
【0021】
本発明の半導体膜は、膜単独の自立膜の形態であってもよいし、支持基板上に形成されたものであってもよい。後者の場合、本発明の半導体膜は、最大内接円の直径が5.08cm(2インチ)以上となるサイズの支持基板(例えば直径5.08cm(2インチ)以上のサイズの円形状の支持基板)上に形成されたものであるのが好ましい。すなわち、本発明の好ましい態様によれば、最大内接円の直径が5.08cm(2インチ)以上となるサイズの支持基板(例えば直径5.08cm(2インチ)以上のサイズの円形状の支持基板)と、支持基板上に形成された半導体膜とを備えた、複合材料が提供される。最大内接円の直径は、半導体膜の場合と同様、10.0cm以上であってもよく、上限値は特に限定されないが、典型的には直径30.0cm以下、より典型的には直径20.0cm以下である。
【0022】
支持基板は、コランダム構造を有し、c軸及びa軸の二軸に配向した基板(二軸配向基板)が好ましい。支持基板にコランダム構造を有する二軸配向基板を用いることで、半導体膜がヘテロエピタキシャル成長するための種結晶を兼ねることが可能となる。二軸配向基板は、多結晶やモザイク結晶(結晶方位が若干ずれた結晶の集合)であってもよいし、サファイア、Cr等の単結晶であってもよい。コランダム構造を有する限り、単一の材料で構成されるものでもよいし、複数の材料の固溶体であってもよい。支持基板の主成分は、α-Cr、α-Fe、α-Ti、α-V、α-Rh、及びα-Alからなる群から選択される材料、又はα-Al、α-Cr、α-Fe、α-Ti、α-V、及びα-Rhからなる群から選択される2種以上を含む固溶体が好ましい。中でも、熱伝導性に優れ、大面積かつ高品位の基板を商業的に入手しやすい点ではサファイア(α-Al単結晶)が特に好ましく、結晶欠陥低減の観点からはα-Cr、又はα-Crと異種材料との固溶体が特に好ましい。
【0023】
また、支持基板兼ヘテロエピタキシャル成長用の種結晶として、サファイア、Cr等のコランダム単結晶上に、サファイアよりも大きいa軸長及び/又はc軸長を有するコランダム型結晶構造を有する材料で構成された配向層を形成した複合下地基板も用いることができる。配向層は、α-Cr、α-Fe、α-Ti、α-V、及びα-Rhからなる群から選択される材料、又はα-Al、α-Cr、α-Fe、α-Ti、α-V、及びα-Rhからなる群から選択される2種以上を含む固溶体を含む。
【0024】
また、成膜用下地基板上に作製した半導体膜を分離し、別の支持基板に転載してもよい。別の支持基板の材質は特に限定はないが、材料物性の観点から好適なものを選択すればよい。例えば、熱伝導率の観点では、Cu等の金属基板、SiC、AlN等のセラミックス基板等が好ましい。また、25~400℃での熱膨張率が6~13ppm/Kである基板を用いるのも好ましい。このような熱膨張率を有する支持基板を用いることで、半導体膜との熱膨張差を小さくすることができ、その結果、熱応力による半導体膜中のクラック発生や膜剥がれ等を抑制できる。このような支持基板の例としては、Cu-Mo複合金属で構成される基板が挙げられる。CuとMoの複合比率は、半導体膜との熱膨張率マッチング、熱伝導率、導電率等を勘案して、適宜選択することができる。
【0025】
半導体膜の製造方法
本発明の半導体膜は、下地基板としてサファイア基板又は複合下地基板を用いて、その上(複合下地基板の場合は配向層上)にα-Ga系材料を成膜することにより製造することができる。半導体層の形成手法は公知の手法が可能であるが、好ましい例としては、ミストCVD法(ミスト化学気相成長法)、HVPE法(ハライド気相成長法)、及びMBE法(分子線エピタキシー法)が挙げられ、ミストCVD法又はHVPE法が特に好ましい。膜の中心部から外周部に至るまでの広範囲にわたって216cm-1付近のラマンスペクトルのピークの半値幅が小さいα-Ga系半導体膜は、サファイア基板を回転させながら成膜を行うか、又は複合下地基板を用いることにより実現することができる。
【0026】
すなわち、下地基板としてサファイア基板を用いる場合は、後述する図2に示される装置のように、基板36を面内方向に回転させながら成膜を実施する。このとき、適切な条件を設定することで、より大きな基板サイズでも216cm-1付近のラマンスペクトルのピークの半値幅を所定の範囲内にすることが可能となる。基板を回転させて遠心力を生じさせることで、基板36近傍の気流を、膜均一性をもたらすように好都合に制御することができる。
【0027】
一方、下地基板として複合下地基板を用いる場合には、必ずしも基板を回転させながら成膜を行う必要はないが、回転させてもよい。いずれにしても、適切な回転条件及び/又は成膜条件を設定することで、より大きな基板サイズでも、216cm-1付近のラマンスペクトルのピークの半値幅をより小さく、かつ、その標準偏差もより小さくすることが可能となる。
【0028】
以下、特に好ましい成膜方法の一つであるミストCVD法について説明する。
【0029】
ミストCVD法は、原料溶液を霧化又は液滴化してミスト又は液滴を発生させ、キャリアガスを用いてミスト又は液滴を基板を備えた成膜室に搬送し、成膜室内でミスト又は液滴を熱分解及び化学反応させて基板上に膜を形成及び成長させる手法であり、真空プロセスを必要とせず、短時間で大量のサンプルを作製することができる。図2にミストCVD装置の一例を示す。図2に示されるミストCVD装置20は、キャリアガスG及び原料溶液LからミストMを発生させるミスト発生室22と、ミストMを基板36に吹き付けて熱分解及び化学反応を経て半導体膜38を形成する成膜室30とを有する。ミスト発生室22は、キャリアガスGが導入されるキャリアガス導入口24と、ミスト発生室22内に設けられる超音波振動子26と、ミスト発生室22内で発生したミストMを成膜室30に搬送するダクト28とを備えている。ミスト発生室22内には原料溶液Lが収容される。超音波振動子26は、原料溶液Lに超音波振動を与えてキャリアガスGと共にミストMを発生できるように構成される。成膜室30は、ダクト28を介して導入されるミストMを基板36に吹き付けるためのノズル32と、基板36が固定される回転ステージ34と、回転ステージ34の裏面近傍に設けられて回転ステージ34及び基板36を加熱するためのヒータ42と、キャリアガスGを排出するための排気口44とを備える。回転ステージ34はミストMを基板36に吹き付ける際に面内方向に回転可能に構成される。かかる構成により基板36を回転させながら半導体膜38を形成することによって、直径5.08cm(2インチ)以上の大口径の基板を用いて半導体膜38を形成する場合においても、膜の中心部から外周部に至るまでの広範囲にわたって、216cm-1付近のラマンスペクトルのピークの半値幅が小さいα-Ga系半導体膜を形成することができる。
【0030】
ミストCVD法に用いる原料溶液Lとしては、α-Ga系半導体膜が得られる溶液であれば、限定されるものではないが、例えば、Ga及び/又はGaと固溶体を形成する金属の有機金属錯体やハロゲン化物を溶媒に溶解させたものが挙げられる。有機金属錯体の例としては、アセチルアセトナート錯体が挙げられる。また、半導体層にドーパントを加える場合には、原料溶液にドーパント成分の溶液を加えてもよい。さらに、原料溶液には塩酸等の添加剤を加えてもよい。溶媒としては水やアルコール等を使用することができる。
【0031】
次に、得られた原料溶液Lを霧化又は液滴化してミストM又は液滴を発生させる。霧化又は液滴化する方法の好ましい例としては、超音波振動子26を用いて原料溶液Lを振動させる手法が挙げられる。その後、得られたミストM又は液滴を、キャリアガスGを用いて成膜室30に搬送する。キャリアガスGとしては特に限定されるものではないが、酸素、オゾン、窒素等の不活性ガス、及び水素等の還元ガスの一種又は二種以上を用いることができる。
【0032】
成膜室30には基板36が備えられている。成膜室30に搬送されたミストM又は液滴は、そこで熱分解及び化学反応されて、基板36上に半導体膜38を形成する。反応温度は原料溶液Lの種類に応じて異なるが、好ましくは300~800℃、より好ましくは400~700℃である。また、成膜室30内の雰囲気は、所望の半導体膜が得られる限り特に限定されるものではなく、典型的には、酸素ガス雰囲気、不活性ガス雰囲気、真空雰囲気、還元雰囲気、及び大気雰囲気のいずれかから選択される。
【0033】
このようにして得られた半導体膜は、そのままの形態又は分割して半導体素子とすることが可能である。あるいは、半導体膜を複合下地基板から剥離して膜単体の形態としてもよい。この場合、複合下地基板からの剥離を容易にするために、複合下地基板の配向層表面(成膜面)に予め剥離層を設けたものを用いてもよい。このような剥離層は、複合下地基板表面にC注入層やH注入層を設けたものが挙げられる。また、半導体膜の成膜初期にCやHを膜中に注入させ、半導体膜側に剥離層を設けてもよい。さらに、複合下地基板上に成膜された半導体膜の表面(すなわち複合下地基板とは反対側の面)に複合下地基板とは異なる支持基板(実装基板)を接着及び接合し、その後、半導体膜から複合下地基板を剥離除去することも可能である。このような支持基板(実装基板)として、25~400℃での熱膨張率が6~13ppm/Kであるもの、例えばCu-Mo複合金属で構成される基板を用いることができる。また、半導体膜と支持基板(実装基板)を接着及び接合する手法の例としては、ロウ付け、半田、固相接合等の公知の手法を挙げることができる。さらに、半導体膜と支持基板との間に、オーミック電極、ショットキー電極等の電極、又は接着層等の他の層を設けてもよい。
【0034】
複合下地基板の製造方法
上述した複合下地基板は、(a)サファイア基板を準備し、(b)所定の配向前駆体層を作製し、(c)サファイア基板上で配向前駆体層を熱処理してその少なくともサファイア基板近くの部分を配向層に変換し、所望により(d)研削や研磨等の加工を施して配向層の表面を露出させることにより好ましく製造することができる。この配向前駆体層は熱処理により配向層となるものであり、a軸長及び/又はc軸長がサファイアより大きいコランダム型結晶構造を有する材料、あるいは後述する熱処理によってa軸長及び/又はc軸長がサファイアより大きいコランダム型結晶構造となる材料を含む。また、配向前駆体層はコランダム型結晶構造を有する材料の他に、微量成分を含んでいてもよい。このような製造方法によれば、サファイア基板を種結晶として配向層の成長を促すことができる。すなわち、サファイア基板の単結晶特有の高い結晶性と結晶配向方位が配向層に引き継がれる。
【0035】
(a)サファイア基板の準備
下地基板を作製するには、まず、サファイア基板を準備する。用いるサファイア基板は、いずれの方位面を有するものであってもよい。すなわち、a面、c面、r面、m面を有するものであってもよく、これらの面に対して所定のオフ角を有するものであってもよい。例えばc面サファイアを用いた場合、表面に対してc軸配向しているため、その上に、容易にc軸配向させた配向層をヘテロエピタキシャル成長させることが可能となる。また、電気特性を調整するために、ドーパントを加えたサファイア基板を用いることも可能である。このようなドーパントとしては公知のものが使用可能である。
【0036】
(b)配向前駆体層の作製
a軸長及び/又はc軸長がサファイアより大きいコランダム型結晶構造を有する材料、又は熱処理によってa軸長及び/又はc軸長がサファイアより大きいコランダム型結晶構造となる材料を含む配向前駆体層を作製する。配向前駆体層を形成する方法は特に限定されず、公知の手法が採用可能である。配向前駆体層を形成する方法の例としては、AD(エアロゾルデポジション)法、ゾルゲル法、水熱法、スパッタリング法、蒸着法、各種CVD(化学気相成長)法、PLD法、CVT(化学気相輸送)法、昇華法等が挙げられる。CVD法の例としては、熱CVD法、プラズマCVD法、ミストCVD法、MO(有機金属)CVD法等が挙げられる。あるいは、配向前駆体の成形体を予め作製し、この成形体をサファイア基板上に載置する手法であってもよい。このような成形体は、配向前駆体の材料を、テープ成形又はプレス成形等の手法で成形することで作製可能である。また、配向前駆体層として予め各種CVD法や焼結等で作製した多結晶体を使用し、サファイア基板上に載置する方法も用いることができる。
【0037】
しかしながら、エアロゾルデポジション(AD)法、各種CVD法、又はスパッタリング法が好ましい。これらの方法を用いることで緻密な配向前駆体層を比較的短時間で形成することが可能となり、サファイア基板を種結晶としたヘテロエピタキシャル成長を生じさせることが容易になる。特に、AD法は高真空のプロセスを必要とせず、成膜速度も相対的に速いため、製造コストの面でも好ましい。スパッタリング法を用いる場合は、配向前駆体層と同材料のターゲットを用いて成膜することも可能であるが、金属ターゲットを使用し、酸素雰囲気下で成膜する反応性スパッタ法も用いることができる。予め作製した成形体をサファイア上に載置する手法も簡易な手法として好ましいが、配向前駆体層が緻密ではないため、後述する熱処理工程において緻密化するプロセスを必要とする。配向前駆体層として予め作製した多結晶体を用いる手法では、多結晶体を作製する工程と、サファイア基板上で熱処理する工程の二つが必要となる。また、多結晶体とサファイア基板の密着性を高めるため、多結晶体の表面を十分に平滑にしておく等の工夫も必要である。いずれの手法も公知の条件を用いることができるが、AD法を用いて配向前駆体層を直接形成する手法と、予め作製した成形体をサファイア基板上に載置する手法について、以下に説明する。
【0038】
AD法は、微粒子や微粒子原料をガスと混合してエアロゾル化し、このエアロゾルをノズルから高速噴射して基板に衝突させ、被膜を形成する技術であり、常温で緻密化された被膜を形成できるという特徴を有している。このようなAD法で用いられる成膜装置(エアロゾルデポジション(AD)装置)の一例を図3に示す。図3に示される成膜装置50は、大気圧より低い気圧の雰囲気下で原料粉末を基板上に噴射するAD法に用いられる装置として構成されている。この成膜装置50は、原料成分を含む原料粉末のエアロゾルを生成するエアロゾル生成部52と、原料粉末をサファイア基板51に噴射して原料成分を含む膜を形成する成膜部60とを備えている。エアロゾル生成部52は、原料粉末を収容し図示しないガスボンベからのキャリアガスの供給を受けてエアロゾルを生成するエアロゾル生成室53と、生成したエアロゾルを成膜部60へ供給する原料供給管54と、エアロゾル生成室53及びその中のエアロゾルに10~100Hzの振動数で振動が付与する加振器55とを備えている。成膜部60は、サファイア基板51にエアロゾルを噴射する成膜チャンバ62と、成膜チャンバ62の内部に配設されサファイア基板51を固定する基板ホルダ64と、基板ホルダ64をX軸-Y軸方向に移動するX-Yステージ63とを備えている。また、成膜部60は、先端にスリット67が形成されエアロゾルをサファイア基板51へ噴射する噴射ノズル66と、成膜チャンバ62を減圧する真空ポンプ68とを備えている。
【0039】
AD法は、成膜条件によって膜厚や膜質等を制御できることが知られている。例えば、AD膜の形態は、原料粉末の基板への衝突速度、原料粉末の粒径、エアロゾル中の原料粉末の凝集状態、単位時間当たりの噴射量等に影響を受けやすい。原料粉末の基板への衝突速度は、成膜チャンバ62と噴射ノズル66内の差圧や、噴射ノズルの開口面積等に影響を受ける。適切な条件を用いない場合、被膜が圧粉体となったり気孔を生じたりする場合があるので、これらのファクターを適切に制御することが必要である。
【0040】
配向前駆体層を予め作製した成形体を用いる場合、配向前駆体の原料粉末を成形して成形体を作製することができる。例えば、プレス成形を用いる場合、配向前駆体層はプレス成形体である。プレス成形体は、配向前駆体の原料粉末を公知の手法に基づきプレス成形することで作製可能であり、例えば、原料粉末を金型に入れ、好ましくは100~400kgf/cm、より好ましくは150~300kgf/cmの圧力でプレスすることにより作製すればよい。また、成形方法は特に限定されず、プレス成形の他、テープ成形、鋳込み成形、押出し成形、ドクターブレード法、及びこれらの任意の組合せを用いることができる。例えば、テープ成形を用いる場合、原料粉末にバインダー、可塑剤、分散剤、分散媒等の添加物を適宜加えてスラリー化し、このスラリーをスリット状の細い吐出口を通過させることにより、シート状に吐出及び成形するのが好ましい。シート状に成形した成形体の厚さに限定はないが、ハンドリングの観点では5~500μmであるのが好ましい。また、厚い配向前駆体層が必要な場合はこのシート成形体を多数枚積み重ねて、所望の厚さとして使用すればよい。
【0041】
これらの成形体はその後のサファイア基板上での熱処理によりサファイア基板近くの部分が配向層となるものである。上述したように、このような手法では後述する熱処理工程において成形体を焼結させ、緻密化する必要がある。このため、成形体はコランダム型結晶構造を有する又はもたらす材料の他に、焼結助剤等の微量成分を含んでいてもよい。
【0042】
(c)サファイア基板上配向前駆体層の熱処理
配向前駆体層が形成されたサファイア基板を1000℃以上の温度で熱処理する。この熱処理により、配向前駆体層の少なくともサファイア基板近くの部分を緻密な配向層に変換することが可能となる。また、この熱処理により、配向層をヘテロエピタキシャル成長させることが可能となる。すなわち、配向層をコランダム型結晶構造を有する材料で構成することで、熱処理時にコランダム型結晶構造を有する材料がサファイア基板を種結晶として結晶成長するヘテロエピタキシャル成長が生じる。その際、結晶の再配列が起こり、サファイア基板の結晶面に倣って結晶が配列する。この結果、サファイア基板と配向層の結晶軸を揃えることができる。例えば、c面サファイア基板を用いると、サファイア基板と配向層が下地基板の表面に対していずれもc軸配向した態様とすることが可能となる。その上、この熱処理により、配向層の一部に傾斜組成領域を形成することが可能となる。すなわち、熱処理の際に、サファイア基板と配向前駆体層の界面で反応が生じ、サファイア基板中のAl成分が配向前駆体層中に拡散する及び/又は配向前駆体層中の成分がサファイア基板中に拡散して、α-Alを含む固溶体で構成される傾斜組成領域が形成される。
【0043】
なお、各種CVD法、スパッタリング法、PLD法、CVT法、昇華法等の方法では、1000℃以上の熱処理を経ることなくサファイア基板上にヘテロエピタキシャル成長を生じる場合があることが知られている。しかし、配向前駆体層はその作製時には配向していない状態、すなわち非晶質や無配向の多結晶であり、本熱処理工程時にサファイアを種結晶として結晶の再配列を生じさせることが好ましい。こうすることで、配向層表面に到達する結晶欠陥を効果的に低減することができる。この理由は定かではないが、配向層下部で生じた結晶欠陥が対消滅しやすいためではないかと考えている。
【0044】
熱処理は、コランダム型結晶構造が得られ、サファイア基板を種としたヘテロエピタキシャル成長が生じるかぎり特に限定されず、管状炉やホットプレート等、公知の熱処理炉で実施することができる。また、これらの常圧(プレスレス)での熱処理だけでなく、ホットプレスやHIP等の加圧熱処理や、常圧熱処理と加圧熱処理の組み合わせも用いることができる。熱処理条件は、配向層に用いる材料によって適宜選択することができる。例えば、熱処理の雰囲気は、大気、真空、窒素及び不活性ガス雰囲気から選択することができる。好ましい熱処理温度も配向層に用いる材料によって変わるが、例えば1000~2000℃が好ましく、1200~2000℃がさらに好ましい。熱処理温度や保持時間はヘテロエピタキシャル成長で生じる配向層の厚さやサファイア基板との拡散で形成される傾斜組成領域の厚さと関係しており、材料の種類、狙いとする配向層、傾斜組成領域の厚さ等によって適宜調整することができる。ただし、予め作製した成形体を配向前駆体層として用いる場合、熱処理中に焼結して緻密化させる必要があり、高温での常圧焼成、ホットプレス、HIP、又はそれらの組み合わせが好適である。例えば、ホットプレスを用いる場合、面圧は50kgf/cm以上が好ましく、より好ましくは100kgf/cm以上、特に好ましくは200kgf/cm以上であり、上限は特に限定されない。また、焼成温度も、焼結及び緻密化並びにヘテロエピタキシャル成長が生じる限り、特に限定されないが、1000℃以上が好ましく、1200℃以上がさらに好ましく、1400℃以上がさらに好ましく、1600℃以上が特に好ましい。焼成雰囲気も大気、真空、窒素及び不活性ガス雰囲気から選択することができる。モールド等の焼成冶具は黒鉛製やアルミナ製のもの等が利用できる。
【0045】
(d)配向層表面の露出
熱処理によりサファイア基板近くに形成される配向層の上には、配向前駆体層又は配向性に劣る若しくは無配向の表面層が存在又は残留しうる。この場合、配向前駆体層に由来する側の面に研削や研磨等の加工を施して配向層の表面を露出させるのが好ましい。こうすることで配向層の表面に優れた配向性を有する材料が露出することになるため、その上に効果的に半導体層をエピタキシャル成長させることができる。配向前駆体層や表面層を除去する手法は特に限定されるものではないが、例えば、研削及び研磨する手法やイオンビームミリングする手法を挙げることができる。配向層の表面の研磨は、砥粒を用いたラップ加工や化学機械研磨(CMP)により行われるのが好ましい。
【実施例
【0046】
本発明を以下の例によってさらに具体的に説明する。
【0047】
例1
(1)ミストCVD法によるα-Ga系半導体膜の作製
(1a)原料溶液の作製
0.05mol/Lのガリウムアセチルアセトナート水溶液を調製し、この水溶液に対して1.5%の体積割合で12Nの濃塩酸を加えた。得られた混合液に塩化スズ(II)を0.001mol/Lの濃度となるように添加して原料溶液とした。
【0048】
(1b)成膜準備
図2に示される構成のミストCVD装置20を準備した。ミストCVD装置20の構成については前述したとおりである。ミストCVD装置20において、上記(1a)で得られた原料溶液Lをミスト発生室22内に収容した。基板36として直径5.08cm(2インチ)のc面サファイア基板を回転ステージ34にセットし、ノズル32の先端と基板36の間の距離を150mmとした。ヒータ42により、回転ステージ34の温度を500℃にまで昇温させ、温度安定化のため30分保持した。流量調節弁(図示せず)を開いてキャリアガスGとしての窒素ガスを、ミスト発生室22を経て成膜室30内に供給し、成膜室30の雰囲気をキャリアガスGで十分置換した。その後、キャリアガスGの流量を2.0L/minに調節した。
【0049】
(1c)半導体膜(n層)の形成
回転ステージ34を30rpmの回転数で回転させつつ、超音波振動子26を2.4MHzで振動させることよって原料溶液Lを霧化し、発生したミストMをキャリアガスGによって成膜室30内に導入した。ミストMを成膜室30内、特に基板36(具体的にはサファイア基板)の表面で反応させることによって、基板36上に半導体膜38を0.8時間にわたって形成した。こうして、基板36及びその上に形成された半導体膜38で構成される複合材料40を得た。
【0050】
(2)半導体膜の評価
(2a)表面EDX
得られた半導体膜38の表面に対してエネルギー分散型X線分析(EDX)による組成分析を行った結果、主としてGa及びOが検出された。このことから、半導体膜38はGa酸化物で構成されることが分かった。
【0051】
(2b)XRD
X線回折(XRD)装置(Bruker-AXS株式会社製、D8-DISCOVER)を用い、図1に示される半導体膜の表面の中心点Xにおいて、コランダム型Ga酸化物膜の(104)面に対して以下の条件でφスキャンを行った。すなわち、中心点XにおけるXRD測定は、2θ、ω、χ及びφを調整してα-Gaの(104)面のピークが出るように軸立てを行った後、管電圧40kV、管電流40mA、コリメータ径0.5mm、アンチスキャッタリングスリット3mmで、φ=-180°~180°の範囲、φステップ幅0.02°、及び計数時間0.5秒の条件で行った。その結果、3回対称のα-Gaの(104)面のピークが検出され、半導体膜はコランダム型Ga酸化物膜であることを確認した。
【0052】
(2c)膜厚
膜厚は、断面TEM観察により評価した。TEM観察に用いる試験片は、上記(1)と同様の方法で別途作製した複合材料40に対し、図1に示される中心点X、並びに外周点A、B、C及びDの5点付近から、FIBによりサンプリングし、イオンミリングにより薄片化することで作製した。日立製透過型電子顕微鏡H-90001UHR-Iを用い、加速電圧300kVで断面観察を行い、各サンプルに対して膜厚を測定し、5サンプルの膜厚の平均値を半導体膜の厚さとした。結果は、表1に示されるとおりであった。
【0053】
(2d)ラマンスペクトル
半導体膜38の膜面の中心点X、並びに外周点A、B、C及びDにおけるラマンスペクトルを、堀場製作所製レーザーラマン分光測定装置LabRAM ARAMISを用い、操作ソフトウェアLabSpec(Ver.5.78)を用いて測定した。光学系はツェルニターナ型分光系、後方散乱方式であり、光源として半導体励起固体レーザー(DPSS、532nm)を用いた。サンプルの測定前にはSiウェハを用い、校正を行った。半導体膜38に対するラマンスペクトルの測定は、レーザー出力を24mWに調整しHole(コンフォーカルホール径)を400μm、分光器の中心波数を520cm-1、Slitを100μm、グレーティングを1800gr/mm、対物レンズを100倍とし、点分析モードで行った。露光時間は60秒、積算回数を2回とし、波数範囲は100~900cm-1とした。減光フィルターは最強ピークのカウントが3000以上50000以下となるように適宜設定した。また、測定時にNeランプを使用し、得られたスペクトルに対し、Neランプ輝線に起因するピークのピークトップの波数が278.28cm-1となるよう、スペクトルを補正した。ベースラインの補正は、ソフトウェアLabSpec上の機能にて「Type」を「Lines」、「Degree」を「5」、「Attach」を「No」、「Style」を「-」に設定し、「Auto」にして行った。このように得られたスペクトルに対し、216cm-1付近のピークのピークトップのカウント数の1/2のカウント数に対応する高さでのピーク幅を半値幅として求めた。こうして中心点X、並びに外周点A、B、C及びDの各点で得られた半値幅を、W、W、W、W及びWとした。各点での半値幅のバラツキを把握するため、これらの半値幅W、W、W、W及びWの標準偏差W及び算術平均値Wをそれぞれ求め、Wに対するWの比W/Wをバラツキの指標とした。結果は、表1に示されるとおりであった。なお、表1には、中心点X、並びに外周点A、B、C及びDにおける216cm-1付近のピークのピークトップの波数N、N、N、N及びNも併せて示されている。また、半導体膜38の外周点Cで測定されたラマンスペクトルを図5に示す。
【0054】
(2e)デバイスの絶縁破壊電圧
(デバイスの作製)
上記(1c)で得られた複合材料40を、中心点X、並びに外周点A、B、C及びDの各位置がほぼ中心となるように10mm角に切断して、5つの複合材料片40’を得た。図4に示されるように、複合材料片40’は基板36及び半導体膜38で構成されており、デバイスを作製する上で、基板36を下地基板72として、半導体膜38をn層74として用いる。複合材料片40’の半導体膜38(n層74)側の面における、端部から2mm×10mmの領域をサファイア基板(図示せず)でマスキングした後、n層76を形成した。n層76の形成は、上記(1a)における原料溶液の作製でドーパント(具体的には塩化スズ(II))を添加しなかったこと、及び上記(1c)において30分間の成膜を行ったこと以外は、上記(1)と同様にして行った。n層76の形成後、マスキングとしてのサファイア基板(図示せず)を取り外して、n層74を露出させた。n層74の露出領域にTi電極78(オーミック電極、直径60μm)を形成する一方、n層上にPt電極80(ショットキー電極、直径60μm)を形成した。こうして、図4に示されるような横型のショットキーバリアダイオード70を作製した。
【0055】
(絶縁破壊電圧の評価)
まず、ショットキーバリアダイオード70にて、順方向に10V印加した際の電流値(ON電流)と逆方向に10V印加した際の電流値(OFF電流)を測定したところ、これらの値は3桁以上異なっていたことから、ショットキーバリアダイオードを作製できていることが確認された。また、ショットキーバリアダイオード70の絶縁破壊電圧を測定した。絶縁破壊電圧の測定は、逆方向の印加電圧を5V刻みで徐々に増加させていき、リーク電流が急激に(1桁以上)大きくなると共に、再度より低い電圧を印加しても電流値が初回の電圧印加時の電流値よりも高くなってしまう電圧を決定することにより行った。この測定は、半導体膜38の中心点X、並びに外周点A、B、C及びDの5つの位置から作製したショットキーバリアダイオード70の各々に対して行い、各位置に由来して得られた絶縁破壊電圧をそれぞれB、B、B、B及びBとした。絶縁破壊電圧のバラツキを把握するため、絶縁破壊電圧B、B、B、B及びBの標準偏差B及び算術平均値Bを求め、Bに対するBの比(B/B)をバラツキの指標とした。結果は、表1に示されるとおりであった。
【0056】
なお、本例では、ショットキーバリアダイオード70はデバイスの均質性を簡易的に評価するために横型デバイスの形態としているが、下地基板72を除去して作製する縦型のデバイスにおいても、本例の横型デバイスと同様の傾向を示す。
【0057】
例2及び3
上記(1b)及び(1c)における装置及び成膜条件を表1に示されるように変更したこと以外は、例1と同様にして半導体膜の作製及び各種評価を行った。結果は、表1に示されるとおりであった。
【0058】
例4
上記(1a)の原料溶液の作製を以下のとおり行ったこと、並びに上記(1b)及び(1c)における装置及び成膜条件を表1に示されるように変更したこと以外は、例1と同様にして半導体膜の作製及び各種評価を行った。結果は、表1に示されるとおりであった。
【0059】
(原料溶液の作製)
臭化ガリウム及び酸化ゲルマニウムを物質量比で100:5となるように含有する原料水溶液を調製した。この水溶液に48%臭化水素酸溶液を体積割合で10%含有させた。得られた原料溶液における酸化ゲルマニウム(IV)の濃度は3.0×10-3mol/Lとした。
【0060】
例5
上記(1b)及び(1c)における装置及び成膜条件を表1に示されるように変更したこと、及び上記(1c)の成膜において基板36として以下のようにして作製された複合下地基板を用いたこと以外は、例1と同様にして半導体膜の作製及び各種評価を行った。結果は、表1に示されるとおりであった。
【0061】
(複合下地基板の作製)
(a)配向前駆体層の作製
市販のCr粉末100重量部にTiO粉末2.4重量部を添加して湿式混合し、得られた混合粉末をポットミルにて粉砕処理して粒径D50が0.4μmのCr/TiO混合粉末を原料粉末として得た。この原料粉末と、種基板としてのサファイア(直径5.08cm(2インチ)、厚さ0.43mm、c面、オフ角0.2°)を用いて、図3に示されるエアロゾルデポジション(AD)装置50により種基板(サファイア基板)上にAD膜を形成した。エアロゾルデポジション(AD)装置50の構成については前述したとおりである。
【0062】
AD成膜条件は以下のとおりとした。すなわち、キャリアガスはNとし、長辺5mm×短辺0.3mmのスリットが形成されたセラミックス製のノズルを用いた。ノズルのスキャン条件は、1mm/sのスキャン速度で、スリットの長辺に対して垂直且つ進む方向に55mm移動、スリットの長辺方向に5mm移動、スリットの長辺に対して垂直且つ戻る方向に55mm移動、スリットの長辺方向且つ初期位置とは反対方向に5mm移動、とのスキャンを繰り返し、スリットの長辺方向に初期位置から55mm移動した時点で、それまでとは逆方向にスキャンを行い、初期位置まで戻るサイクルを1サイクルとし、これを300サイクル繰り返した。室温での1サイクルの成膜において、搬送ガスの設定圧力を0.06MPa、流量を6L/min、チャンバ内圧力を100Pa以下に調整した。このようにして形成したAD膜(配向前駆体層)の厚さは約60μmであった。
【0063】
(b)配向前駆体層の熱処理
AD膜(配向前駆体層)が形成されたサファイア基板をAD装置から取り出し、窒素雰囲気中で1600℃にて4時間アニールした。
【0064】
(c)結晶成長厚さの測定
上記(a)及び(b)と同様の方法で別途作製したAD膜(配向前駆体層)を準備し、板面と直交する方向で基板の中心部を通るように切断した。切断した試料に対してダイヤモンド砥粒を用いたラップ加工にて断面を平滑化し、コロイダルシリカを用いた化学機械研磨(CMP)により鏡面仕上げを施した。得られた断面を走査型電子顕微鏡(株式会社日立ハイテクノロジーズ製、SU-5000)にて撮影した。研磨後の断面の反射電子像を観察すると、結晶方位の違いによるチャネリングコントラストにより、多結晶となって残留した配向前駆体層(以下、多結晶部という)と、配向層とをそれぞれ特定することができた。こうして各層の厚さを見積もった結果、配向層の膜厚は約50μm、多結晶部の膜厚は約10μmであった。
【0065】
(d)研削及び研磨
得られた基板のAD膜に由来する側の面を配向層が露出するまで、#2000までの番手の砥石を用いて研削した後、ダイヤモンド砥粒を用いたラップ加工により、板面をさらに平滑化した。その後、コロイダルシリカを用いた化学機械研磨(CMP)により鏡面仕上げを施し、サファイア基板上に配向層を備えた複合下地基板を得た。なお、基板のAD膜に由来する側の面を「表面」とした。研削及び研磨量は、多結晶部と配向層を合わせて約30μmであり、複合下地基板上に形成された配向層の厚さは約30μmとなった。
【0066】
例6
上記(1b)及び(1c)の装置及び成膜条件を表1に示されるように変更したこと、複合下地基板として10.0cm(4インチ)のものを作製して用いたこと、及びAD法での成膜範囲を110mm四方の領域に拡大したこと以外は、例5と同様にして半導体膜の作製及び各種評価を行った。結果は、表1に示されるとおりであった。
【0067】
例7及び8(比較)
上記(1b)及び(1c)の装置及び成膜条件を表1に示されるように変更した(例えばステージ回転数を0rpmとした)こと以外は、例1と同様にして半導体膜の作製及び各種評価を行った。結果は、表1に示されるとおりであった。また、例7で得られた半導体膜の外周点Bで測定されたラマンスペクトルを図6に示す。
【0068】
【表1】
図1
図2
図3
図4
図5
図6