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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-26
(45)【発行日】2024-01-10
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23C 5/16 20060101AFI20231227BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20231227BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20231227BHJP
【FI】
B23C5/16
B23B27/14 A
C23C14/06 A
C23C14/06 H
C23C14/06 P
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2019238570
(22)【出願日】2019-12-27
(65)【公開番号】P2021107095
(43)【公開日】2021-07-29
【審査請求日】2022-11-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000233066
【氏名又は名称】株式会社MOLDINO
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】川原 睦
(72)【発明者】
【氏名】伊坂 正和
【審査官】中川 康文
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-093085(JP,A)
【文献】特開2017-179474(JP,A)
【文献】特開2016-078131(JP,A)
【文献】特開2008-038242(JP,A)
【文献】特開2007-284751(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0239855(US,A1)
【文献】国際公開第2015/141743(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/156699(WO,A1)
【文献】特許第5673904(JP,B1)
【文献】国際公開第2019/098363(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/035220(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/00-29/34
B23B 51/00-51/14
B23C 1/00-9/00
B23D 37/00-43/08
C23C 14/00-14/58
C23C 16/00-16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に、金属(半金属を含む)元素の総量でAlの含有比率が50原子%以上、Crの含有比率が20原子%以上、AlとCrの合計の含有比率が85原子%以上、Siの含有比率が4原子%以上15原子%以下の窒化物又は炭窒化物である面心立方格子構造のA層と、前記A層の上に設けられる金属(半金属を含む)元素の総量でTiの含有比率が70原子%以上90原子%以下、Siの含有比率が5原子%以上20原子%以下である窒化物又は炭窒化物であり面心立方格子構造であるB層とを有する被覆切削工具において、
前記A層は、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、hcp構造のAlNの(010)面に起因するピーク強度をIh、fcc構造の、AlNの(111)面、CrNの(111)面、AlNの(200)面、CrNの(200)面、AlNの(220)面、およびCrNの(220)面に起因するピーク強度と、hcp構造のAlNの(010)面、AlNの(011)面、およびAlNの(110)面に起因するピーク強度との合計をIsとした場合、Ih×100/Is≦25の関係を満たし、
前記基材は、WC基超硬合金であり、結合相としてCoを3質量%以上6質量%以下で含有し、質量比率でV/Coが0.8~3%、Cr/Coが5~20%の関係を満たし、ビッカース硬さが2000以上であることを特徴とする被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンドミル等の被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
AlCrSiの窒化物又は炭窒化物は、耐熱性と耐摩耗性に優れる膜種であり、被覆切削工具に適用されている。本願出願人は、特許文献1~3において、Siの含有比率を高めて皮膜組織を微細化したAlCrSiの窒化物又は炭窒化物を提案している。特許文献1~3に開示されている被覆切削工具の中でも、上層にTiSiの窒化物又は炭窒化物を設けた被覆切削工具は、耐摩耗性が非常に優れており、高硬度鋼の切削加工において優れた耐久性を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2015/141743号
【文献】国際公開第2014/156699号
【文献】特開2016-078131号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者は、Si含有比率が高く皮膜組織を微細化したAlCrSiの窒化物又は炭窒化物の上にTiSiの窒化物又は炭窒化物を設けた被覆切削工具は、高硬度鋼の切削加工においてCBN工具と比べても同等以上の耐摩耗性を示す傾向にあることを確認した。但し、工具径が1mm未満、更には工具径が0.5mm未満の小径工具に適用した場合、耐久性に改善の余地があることを本発明者は確認した。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の1つの態様による被覆切削工具は、基材の表面に、金属(半金属を含む)元素の総量でAlの含有比率が50原子%以上、Crの含有比率が20原子%以上、AlとCrの合計の含有比率が85原子%以上、Siの含有比率が4原子%以上15原子%以下の窒化物又は炭窒化物である面心立方格子構造のA層と、前記A層の上に設けられる金属(半金属を含む)元素の総量でTiの含有比率が70原子%以上90原子%以下、Siの含有比率が5原子%以上20原子%以下である窒化物又は炭窒化物であり面心立方格子構造であるB層とを有する。前記基材は、WC基超硬合金であり、前記A層は、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、hcp構造のAlNの(010)面に起因するピーク強度をIh、fcc構造の、AlNの(111)面、CrNの(111)面、AlNの(200)面、CrNの(200)面、AlNの(220)面、およびCrNの(220)面に起因するピーク強度と、hcp構造のAlNの(010)面、AlNの(011)面、およびAlNの(110)面に起因するピーク強度との合計をIsとした場合、Ih×100/Is≦25の関係を満たし、結合相としてCoを3質量%以上6質量%以下で含有し、質量比率でV/Coが0.8~3%、Cr/Coが5~20%の関係を満たし、ビッカース硬さが2000以上である。
【発明の効果】
【0006】
本発明の1つの態様によれば、耐久性に優れる被覆切削工具が提供される。
【0007】
上記態様では、被覆切削工具の耐久性を改善することが可能となる。よって、例えば高硬度なプリハードン鋼の加工においても、金型製作のリードタイム短縮、金型の高精度化が期待され、産業上極めて有効である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施例1の切削加工後の表面観察写真である。
図2】比較例10の切削加工後の表面観察写真である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明者は、皮膜組織を微細化したAlCrSiの窒化物又は炭窒化物の上層にTiSiの窒化物又は炭窒化物を設けた被覆切削工具について、基材であるWC基超硬合金のCoとVの含有比率を低くすることで、高硬度鋼のミーリング加工において、耐久性が一層向上することを見出し、発明に到達した。以下、本発明の実施形態の詳細について説明する。
【0010】
本発明の実施形態に係る被覆切削工具は、基材と、基材の表面に配置されたA層と、A層の上に設けられるB層とを有する。本実施形態の被覆切削工具には、必要に応じて、基材と硬質皮膜との間に配置される中間皮膜、A層とB層の間に配置される中間皮膜、B層の上層に配置される保護皮膜等の他の膜が付与されていてもよい。
【0011】
まず、硬質皮膜について説明する。
A層は、AlとCrを主体とする窒化物又は炭窒化物である。AlとCrを主体とする窒化物又は炭窒化物は優れた耐摩耗性と耐熱性を有する膜種であり、被覆切削工具に適用することで耐久性を高めることができる。A層の構成材料は、より好ましくは耐熱性に優れる窒化物である。
Alは耐熱性を付与する元素である。硬質皮膜に対して、より優れた耐熱性を付与するために、A層は、金属(半金属を含む、以下同様。)元素の含有比率(原子%、以下同様。)でAlを50%以上にする。更には、A層のAlの含有比率を55%以上とすることが好ましい。一方、A層のAlの含有比率が大きくなり過ぎると、六方最密充填構造(hcp構造、以下同様。)が主体となり、被覆切削工具の耐久性が低下する傾向にある。そのため、A層のAlの含有比率を70%以下とすることが好ましい。
【0012】
CrはA層の結晶構造を面心立方格子構造(fcc構造、以下同様。)とし、被覆切削工具としての耐摩耗性と耐熱性を向上させる元素である。A層のCrの含有比率が少なくなり過ぎると、耐摩耗性と耐熱性が低下するとともに、hcp構造が主体となり、被覆切削工具の耐久性が低下する傾向にある。そのため、A層のCrの含有比率は20%以上にする。更には、A層のCrの含有比率は30%以上であることが好ましい。一方、A層のCrの含有比率が大きくなり過ぎると、耐熱性が低下する傾向になる。そのため、A層のCrの含有比率を45%以下とすることが好ましい。
A層は、耐熱性および耐摩耗性を高いレベルで両立させるため、AlとCrの合計の含有比率を85%以上とする。更には、A層のAlとCrの合計の含有比率を90%以上とすることが好ましい。A層のAlとCrの合計の含有比率は、96%以下であることが好ましく、95%以下であることがより好ましい。
【0013】
Siは、AlとCrを主体とする窒化物又は炭窒化物の組織を微細化するために重要な元素である。Siを含有していないAlCrNおよびSi含有比率が小さいAlCrSiNは柱状粒子が粗大となる。このような組織形態の硬質皮膜は皮膜破壊の起点となる結晶粒界が多くなるため、被覆切削工具の逃げ面摩耗が増大する傾向にある。一方、一定量のSiを含有したAlCrSiNは組織が微細化し、例えば、電子顕微鏡による断面観察(20,000倍)において明確な柱状粒子が観察され難くなる。このような組織形態の硬質皮膜は、破壊の起点となる柱状粒界が少なくなり、被覆切削工具の逃げ面摩耗を抑制することができる。但し、A層のSiの含有比率が大きくなると非晶質およびhcp構造が主体となり易くなり、被覆切削工具の耐久性が低下する。被覆切削工具の耐久性を低下させずに皮膜組織を十分に微細化するには、A層は、Siの含有比率を4%以上15%以下とすることが重要である。A層のSiの含有比率は5%以上であることが好ましい。A層のSiの含有比率は10%以下であることが好ましい。
【0014】
A層は、Al、Cr、Si以外の他の金属元素を含有してもよい。例えば、A層は、周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびB、Cu、Y、Ybから選択される1種又は2種以上の元素を含有することができる。これらの元素は、硬質皮膜の特性を改善するために、AlTiN系やAlCrN系の硬質皮膜に添加されている元素であり、含有比率が過多にならなければ被覆切削工具の耐久性を著しく低下させることはない。
但し、A層がAlとCrとSi以外の金属元素を多く含有すると、AlとCrを主体とする窒化物又は炭窒化物の基礎特性が損なわれ被覆切削工具の耐久性が低下する恐れがある。そのため、A層はAlとCrとSi以外の金属元素を含有する場合でも、それらの合計の含有比率を10%以下とすることが好ましい。更には、A層はAlとCrとSi以外の金属元素を含有する場合でも、それらの合計の含有比率を5%以下とすることが好ましい。
【0015】
本実施形態の被覆切削工具は、基材とA層との間に、金属、窒化物、炭窒化物、炭化物等の中間皮膜を設けてもよい。中間皮膜を設けることで、基材と硬質皮膜との間の密着性がより改善される場合がある。また、基材の表面をメタルボンバード処理してナノレベルの改質相を形成してもよい。中間皮膜は単層でもよいし、多層であってもよい。メタルボンバード処理した後に中間皮膜を設けてもよい。
【0016】
A層は、fcc構造であることが重要である。本発明の実施形態において、fcc構造であるとは、X線回折パターン又は透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、fcc構造に起因するピーク強度が最大強度を示すものである。hcp構造に起因する回折強度が最大強度を示す硬質皮膜は脆弱であるため、被覆切削工具として耐久性が乏しくなる。特に、湿式加工においては、耐久性が低下する傾向にある。A層は、X線回折パターンにおいて、hcp構造に起因する回折強度を有しないことが好ましい。A層は、fcc構造の中でも(200)面又は(111)面のピーク強度が最大になる皮膜組織を有することで優れた耐久性を示す傾向にあり好ましい。
【0017】
A層の内部には、Siの含有比率が高く、hcp構造のAlNがミクロ組織に存在し得る。硬質皮膜のミクロ組織に存在するhcp構造のAlN量の定量化には、硬質皮膜の加工断面を観察した際、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルを用いることができる。具体的には、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンの強度プロファイルにおいて、Ih×100/Isの関係を評価する。
【0018】
Ih=hcp構造のAlNの(010)面に起因するピーク強度
Is=fcc構造の、AlNの(111)面、CrNの(111)面、AlNの(2
00)面、CrNの(200)面、AlNの(220)面、およびCrNの(220)面
に起因するピーク強度と、hcp構造の、AlNの(010)面、AlNの(011)面
、およびAlNの(110)面に起因するピーク強度と、の合計
【0019】
上記の関係を評価することで、X線回折によりhcp構造のAlNに起因するピーク強
度が確認されない硬質皮膜において、ミクロレベルで含まれるhcp構造のAlNを定量
的に評価することができる。
A層は、ミクロ組織に存在するhcp構造のAlNをより少なくして、Ih×100/Is≦25の関係を満たしていることが好ましい。Ih×100/Is≦25の関係を満たすことで、被覆切削工具の耐久性がより優れたものとなる。更には、A層は、Ih×100/Is≦20の関係を満たしていることが好ましい。
【0020】
続いてB層について説明する。
B層はA層の上に配置される硬質皮膜である。B層は、耐摩耗性と耐熱性に優れる膜種であるTiSiの窒化物又は炭窒化物をベースとする。B層のTiの含有比率が少なすぎたり多すぎたりすると耐摩耗性と耐熱性が低下する。そのため、B層は金属(半金属を含む)元素の総量でTi(チタン)の含有比率が60%以上90%以下とする。
B層のSiの含有比率が少なすぎると、皮膜組織の微細化が不十分となり硬質皮膜の耐摩耗性が低下する。また、B層のSiの含有比率が多すぎると、皮膜組織が微細になり過ぎて非晶質に近くなるために、硬質皮膜の耐摩耗性が低下する。そのため、B層は金属(半金属を含む)元素の総量でSi(シリコン)の含有比率が5%以上30%以下とする。
【0021】
B層はTiとSi以外の元素を含有してもよい。例えば、B層は、周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびBから選択される1種又は2種以上の元素を含有することができる。中でも、B層がNbやCrを含有することで耐摩耗性を更に高めることができるので好ましい。但し、B層がTiとSi以外の金属元素を多く含有すると、TiSiを主体とする窒化物又は炭窒化物の基礎特性が損なわれ被覆切削工具の耐久性が低下する恐れがある。そのため、B層はTiとSi以外の金属元素を含有する場合でも、それらの合計の含有比率を10%以下とすることが好ましい。
【0022】
B層は、fcc構造であることが重要である。本発明の実施形態において、fcc構造であるとは、X線回折パターン又は透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、fcc構造に起因するピーク強度が最大強度を示すものである。hcp構造に起因する回折強度が最大強度を示す硬質皮膜は脆弱であるため、被覆切削工具として耐久性が乏しくなる。特に、湿式加工においては、耐久性が低下する傾向にある。B層は、X線回折パターンにおいて、hcp構造に起因する回折強度を有しないことが好ましい。B層は、fcc構造の中でも(200)面のピーク強度が最大になる皮膜組織を有することで優れた耐久性を示す傾向にあり好ましい。
【0023】
B層は、B層を構成する硬質皮膜の平均結晶粒径が5nm以上50nm以下であることが好ましい。硬質皮膜のミクロ組織が微細になり過ぎると、硬質皮膜の組織が非晶質に近くなるため、硬質皮膜の靭性及び硬度が低下する。硬質皮膜の結晶性を高めて脆弱な非晶質相を低減するには、硬質皮膜の平均結晶粒径を5nm以上とする。また、硬質皮膜のミクロ組織が粗大になり過ぎると、硬質皮膜の硬度が低下して被覆切削工具の耐久性が低下する傾向にある。硬質皮膜に高い硬度を付与して被覆切削工具の耐久性を高めるためには、硬質皮膜の平均結晶粒径を50nm以下とする。更には、硬質皮膜の平均結晶粒径は30nm以下であることが好ましい。
硬質皮膜の平均結晶粒径は、X線回折の半価幅から測定することができる。
【0024】
B層はA層の直上に設けても良い。密着性をより高めるために、A層とB層の間には、A層とB層の組成を含有する積層皮膜を設けても良い。また、A層とB層の組成以外の硬質皮膜をA層とB層の間に設けても良い。B層の上には他の硬質皮膜を設けても良い。
【0025】
本発明の実施形態に係る被覆切削工具では、A層がB層よりも厚い膜であることが好ましい。基材側に設けられるA層をB層よりも厚い膜とすることで被覆切削工具の耐久性が高まる。また、A層の膜厚は1.0μmよりも大きく、B層の膜厚は0.5μmよりも大きいことが好ましい。
A層およびB層のいずれについても、膜厚を大きくしすぎると剥離が生じやすくなり、被覆切削工具の耐久性が低下する。A層およびB層の膜厚の上限は、中間層および表面層を含む硬質皮膜の構成によって異なる。一例を挙げるならば、A層の膜厚の上限は4μm未満、B層の膜厚の上限は3.5μm未満、A層とB層の合計膜厚の上限は5μm以下とすることが好ましい。
【0026】
続いて基材について説明する。
本発明の実施形態に係る基材は粒成長抑制材としてVとCrを含有するWC基超硬合金であり、Coの含有比率を小さくした上でVの含有比率も小さく設定している。以下、詳細について説明する。
【0027】
Coは、硬質相であるWC粒子を繋ぎとめる結合相であり、WC基超硬合金に高い靭性を付与する元素である。Coの含有比率が小さくなり過ぎるとWC基超硬合金の靭性と強度が低下するため、高硬度鋼のミーリング加工において早期にチッピングが発生する。また、WC基超硬合金の焼結性が悪化するため、空隙やCoプールが発生し易くなり、靭性と強度を高いレベルで維持することが困難になる。また、Coの含有量が小さくなれば脱炭相や遊離炭素が析出しない健全組織の範囲が狭くなるため、量産でのカーボンコントロールが難しくなる。一方、Coの含有比率が大きくなり過ぎると、硬度が低下するとともに、上述した微細組織からなるA層との密着性が低下する。また、Vの濃化相はWCの表面に析出し易いことから、Coの含有比率を大きくすると組織中のWCの表面積が小さくなるため、Vの濃化相が粗大に析出し易くなる。
以上のことから、本発明の実施形態に係る基材は、結合相としてCoを3質量%以上6質量%以下で含有する。Coの含有比率がこの範囲にあることで、WC基超硬合金の靭性と強度が高いレベルで両立されるとともに、Vの濃化相が粗大化し難く、上述した微細組織からなるA層との密着性が高まる傾向にある。本実施形態の基材ではCoの含有比率を3.5質量%以上とすることが好ましい。本実施形態の基材ではCoの含有比率を5質量%以下とすることが好ましい。本実施形態の基材ではCoの含有比率を4.5質量%以下とすることが好ましい。
【0028】
Vは、WCの粒成長抑制効果が最も強い元素であり、WC基超硬合金の組織を微細化するには必要不可欠な元素である。V/Coが小さくなり過ぎるとWC基超硬合金のWC平均粒径が粗大となるため、硬度が低くなり耐摩耗性が低下する。一方、V/Coが大きくなり過ぎると、V濃化相が粗大に析出する。また、WC基超硬合金の焼結性が悪化するため、空隙やCoプールが発生し易くなる。高硬度鋼のミーリング加工においては、脆弱なVの濃化相が粗大に析出すると工具損傷が大きくなる傾向になる。そのため、本発明の実施形態に係る基材では、Vの濃化相の増加をより抑制するために、Coに対するVの含有比率を小さく設定する。
以上のことから、本発明の実施形態に係る基材では、質量比率でV/Coを0.8~3%とする。V/Coがこの範囲にあることで、WC基超硬合金の組織が微細となって硬度が高まるとともに、Vの濃化相が粗大に析出し難く、高硬度鋼のミーリング加工において工具損傷を抑制され易くなる。本実施形態の基材は、V/Coが質量比率で1.0%以上であることが好ましい。本実施形態の基材は、V/Coが質量比率で2.5%以下であることが好ましい。
【0029】
本発明の実施形態に係る基材は、質量比率でCr/Coが5~20%の関係を満たす。
Crは、粒成長抑制材であり、Vとともに添加することで、WC基超硬合金の組織を微細化する。Crの含有比率が小さくなるとWC基超硬合金の組織が粗大となり耐摩耗性が低下する。一方、Crの含有比率が大きくなり過ぎると、Crの濃化相が粗大に析出する。また、WC基超硬合金の焼結性が悪化するため、空隙やCoプールが発生し易くなる。そのため、本発明の実施形態に係る基材では、質量比率でCr/Coを5~20%とする。Cr/Coがこの範囲にあることで、組織が微細となって硬度が高まるとともに、Crの濃化相が粗大に析出し難く、高硬度鋼のミーリング加工において工具損傷を抑制され易くなる。本実施形態の基材はCr/Coが質量比率で10%以上であることが好ましい。本実施形態の基材はCr/Coが質量比率で18%以下であることが好ましい。
【0030】
本発明の実施形態に係る基材は、ビッカース硬度が2000以上である。
高硬度鋼をミーリング加工するには、基材であるWC基超硬合金の硬度も高い方がよい。そのため、本発明の実施形態に係る基材は、ビッカース硬度を2000以上とする。更には基材の硬度を2100以上とすることが好ましい。WC基超硬合金の硬度と靭性はトレードオフの関係にあり、硬度が増加すると靭性が低下する傾向にあり、硬度が低下すると靭性が増加する傾向にある。硬度が高すぎると靭性が低下するため、本実施形態の基材の硬度は2500以下にすることが好ましい。
【0031】
WC基超硬合金の硬度はCo含有比率とWC平均結晶粒径に依存する。上述したCoの含有比率でビッカース硬度2000以上を達成するには、WC粒子の円相当の平均結晶粒径は0.6μm以下であることが好ましい。更には、WC粒子の円相当の平均結晶粒径は0.4μm以下であることが好ましい。
【0032】
本発明の実施形態に係る基材は、粒成長抑制剤としてVとCr以外の元素を含有してもよい。例えばWCの粒成長抑制材として一般的に利用されているTaを含有してもよい。ただし、Taの含有比率が大きくなりすぎるとTaの濃化相が大きくなる。そのため、VとCr以外にTaのような粒成長抑制材を添加する場合でも、粒成長抑制剤としての添加元素の合計の含有比率は0.1質量%未満であることが好ましい。
【0033】
本発明の実施形態に係る被覆切削工具は、特に、工具径が2mm以下である小径エンドミルに適用されることで、耐久性の向上効果がより一層効果的に発揮される点で好ましい。更には、工具径が1mm以下の小径エンドミルに本実施形態の被覆切削工具の構成を適用することが好ましい。
【実施例
【0034】
(実施例)
<基材>
物性評価および切削試験用の基材として、表1に示す基材1~6、20、21のWC基超硬合金を作製した。
WC原料粉末は、平均粒径が0.4μmの粉末を用いた。Co原料粉末は、平均粒径が1.5μmの粉末を用いた。VC原料粉末は、平均粒径が1μmの粉末を用いた。Cr原料粉末は、平均粒径が1μmの粉末を用いた。TaC原料粉末は、平均粒径が1μmの粉末を用いた。
これらの原料粉末を所定の組成になるように秤量して、アトライターで湿式混合した。混合の際には、焼結過程で消費される炭素を補うためのC粉末と成型用バインダー粉末を微量添加した。混合後、スプレードライヤーで乾燥し各組成の造粒粉を作製して、丸棒を形成した。その後、1430℃の焼結温度で1時間保持後、圧力5MPaで焼結して、脱炭相と遊離炭素が析出していない中炭素合金のWC基超硬合金製の丸棒を形成した。その後、切削評価用として丸棒をボールエンドミル形状に加工した。また、物性評価用の丸棒を加工して硬度測定と組織観察を行った。表1に組成と硬度の測定結果を示す。
組織観察では、鏡面研磨した焼結体の断面をフィールドエミッション電子プローブマイクロアナライザ(EPMA、日本電子製JXA-8530F型)を用いて1500倍でVの面分析を行った。面分析において、Vが2質量%以上/ピクセルで測定された場合、粗大なV濃化相ありと判断した。その結果、CoとVが多い基材20のみ粗大なV濃化相が確認された。
【0035】
ビッカース硬度は、基材を鏡面研磨して、ビッカース硬さ試験機(明石製作所製AVK型)を用いて試験力HV30(294.2N)、保持時間15秒の条件で2点測定し、その平均値から求めた。
【0036】
【表1】
【0037】
<成膜装置>
硬質皮膜の成膜には、アークイオンプレーティング方式の成膜装置を用いた。本装置は、複数のカソード(アーク蒸発源)、真空容器および基材回転機構を含む。
本装置は、3基のカソードC1、C2、C3を備える。C1は、ターゲット外周にコイル磁石を配備したカソードである。C2およびC3は、ターゲット背面および外周に永久磁石を配備したカソードである。C2およびC3は、ターゲットの垂直方向の磁束密度がターゲット中央付近で14mT以上である。C2とC3に装着されるターゲットは、試料によって組成を変化させた。
真空容器内は、内部を真空ポンプにより排気される。成膜ガスは供給ポートより真空容器内に導入される。真空容器内に設置した各基材にはバイアス電源が接続される。バイアス電源は、各基材に負圧のDCバイアス電圧を印加する。
基材回転機構は、プラネタリーとプラネタリー上のプレート状治具、プレート状治具上のパイプ状治具を有する。プラネタリーは毎分3回転の速さで回転する。プレート状治具、パイプ状治具は夫々自公転する。
【0038】
<加熱および真空排気工程>
各基材をそれぞれ真空容器内のパイプ状冶具に固定し、成膜前プロセスを以下のように実施した。まず、真空容器内を8×10-3Pa以下に真空排気した。その後、真空容器内に設置したヒーターにより、基材温度が500℃になるまで加熱し、真空排気を行った。これにより、基材温度を500℃、真空容器内の圧力を8×10-3Pa以下とした。
【0039】
<Arボンバード工程>
その後、真空容器内にArガスを導入し、容器内圧を0.67Paとした。その後、フィラメント電極に35Aの電流を供給し、基材に-200Vの負圧のバイアス電圧を印加し、Arボンバードを4分間実施した。
【0040】
<Tiボンバード工程>
その後、真空容器内の圧力が8×10-3Pa以下になるように真空排気した。続いて、基材にバイアス電圧を印加して、Tiターゲットが装着されたC1に150Aのアーク電流を供給してTiボンバード処理を実施した。Tiボンバード処理により、基材の表面に、WとTiを含有する炭化物を1nm以上10nm以下で形成した。Tiボンバード処理により形成される炭化物の組成は、金属元素の含有比率でWが60原子%以上90原子%以下、Tiが10原子%以上40原子%以下であった。
【0041】
<成膜工程>
Tiボンバード後、直ちにC1への電力供給を中断した。そして、真空容器内のガスを窒素に置き換え、真空容器内の圧力を5Pa、基材設定温度を520℃とした。AlCrSiターゲットが装着されたC2に150Aの電力を供給し、基材に印加する負圧のバイアス電圧を120V、カソード電圧を30Vとして面心立方格子構造のA層を約2μmで被覆した。
A層の被覆後、B層を被覆した。B層の被覆では、C3のターゲットとして、TiSiターゲットを用いた。上記ターゲットが装着されたC3に150Aの電力を供給し、基材に印加する負圧のバイアス電圧を50V、カソード電圧を25Vとして面心立方格子構造のB層を約1μmで被覆した。その後、略250℃以下に基材を冷却して真空容器から取り出した。そして、被覆後の各試料はブラスト処理による刃先の研磨処理を行った。
【0042】
作製した各試料の被覆切削工具を用いて切削加工を行い、切削加工後の基材露出面積から被覆切削工具の耐摩耗性を評価した。切削条件を以下に示す。
(条件1)
・工具:2枚刃超硬ボールエンドミル
・型番:EPDBEH2006-1.5-TH ボール半径0.3mm
・切削方法:ポケット加工(25mm×25mm×深さ0.08mm)
・被削材:ASP23(64HRC)
・切り込み:軸方向、0.04mm、径方向、0.12mm
・切削速度:75m/min
・一刃送り量:0.015mm/刃
・切削油:ミストブロー(油性)
・加工個数:4ポケット
・評価方法:基材露出面積率は、切削加工後、走査型電子顕微鏡を用いて倍率300倍で観察し、基材の超硬合金が露出した部分が全体に占める割合を算出した。基材露出面積率の算出には市販の画像解析ソフトを用いた。評価結果を表2に纏める。
【0043】
【表2】
【0044】
実施例1~3、比較例10は硬質皮膜は同じで、基材が異なるものである。図1図2を比較すれば明らかなように、比較例10の工具損傷は実施例1~3に比べて大きくなった。基材を最適化することで、工具損傷が小さくなることが確認された。また、比較例11は、A層のSi量が少なく、皮膜組織が粗大なものであるが、基材を最適化しても硬質皮膜が適切でなければ、工具損傷が大きくなることが確認された。
【0045】
作製した各試料の被覆切削工具を用いて切削加工を行い、切削加工後の基材露出面積から被覆切削工具の耐摩耗性を評価した。切削条件を以下に示す。
(条件2)
・工具:2枚刃超硬ボールエンドミル
・型番:EPDBEH2003-0.5-TH ボール半径0.15mm
・切削方法:ポケット加工(1mm×3mm×深さ0.4mm)
・被削材:ASP23(64HRC)
・切り込み:軸方向、0.013mm、径方向、0.013mm
・切削速度:37.7m/min
・一刃送り量:0.0045mm/刃
・切削油:ミストブロー(油性)
・加工個数:20ポケット
・評価方法:基材露出面積率は、切削加工後、走査型電子顕微鏡を用いて倍率600倍で観察し、基材の超硬合金が露出した部分が全体に占める割合を算出した。基材露出面積率の算出には市販の画像解析ソフトを用いた。評価結果を表3に纏める。
【0046】
【表3】
【0047】
実施例20、21、比較例20、21は硬質皮膜は同じで、基材が異なるものである。比較例20、21の工具損傷は実施例20、21に比べて大きくなった。基材を最適化することで、工具損傷が小さくなることが確認された。また、比較例22は、A層のSi量が少なく、皮膜組織が粗大なものであるが、基材を最適化しても硬質皮膜が適切でなければ、工具損傷が大きくなることが確認された。
図1
図2