(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-26
(45)【発行日】2024-01-10
(54)【発明の名称】浮遊培養用培地添加剤、培地組成物及び培養方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/00 20060101AFI20231227BHJP
C12N 5/02 20060101ALI20231227BHJP
C08B 5/00 20060101ALN20231227BHJP
C08B 15/08 20060101ALN20231227BHJP
【FI】
C12N1/00 G
C12N5/02
C08B5/00
C08B15/08
(21)【出願番号】P 2019199231
(22)【出願日】2019-10-31
【審査請求日】2022-09-14
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000003506
【氏名又は名称】第一工業製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003395
【氏名又は名称】弁理士法人蔦田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】芹澤 武
(72)【発明者】
【氏名】澤田 敏樹
(72)【発明者】
【氏名】西浦 聖人
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 璃奈
【審査官】中山 基志
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-141107(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N1/00-7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を浮遊させて培養できる
浮遊培養用培地組成物であって、セルロースのウィスカー状結晶であるセルロースナノクリスタルを含
み、
前記培地組成物におけるセルロースナノクリスタルの濃度が0.5~2%(w/v)であり、
前記セルロースナノクリスタルは水分散液における動的光散乱法により測定される最大強度の粒子径が0.8~3.0μmである、浮遊培養用培地組成物。
【請求項2】
請求項
1に記載の培地組成物中で細胞を
浮遊させて培養することを含む、細胞の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞を浮遊させて培養するために用いられる浮遊培養用培地添加剤、並びに、細胞を浮遊させて培養可能な培地組成物、及びそれを用いた培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞をその周囲の環境と三次元的に相互作用させながら培養させる手法として、三次元細胞培養が知られている。三次元細胞培養では、例えば液体培地中で細胞を培養すると、細胞が沈降して凝集してしまう。細胞を凝集させないための手法として、ハイドロゲルを用いる手法や、スピナーで攪拌することで細胞を浮遊させる手法がある。
【0003】
しかしながら、ハイドロゲルを用いる手法では、ゲルマトリックス中に取り込まれた細胞の生長がゲルの圧力により妨げられ、またゲルの構造が不均一なことに起因して細胞集合体が不均一な大きさになりやすく、更にゲルと細胞を分離しにくいという問題がある。また、スピナーで攪拌する攪拌培養では、常時攪拌されることで細胞にダメージを与えることが懸念される。
【0004】
特許文献1には、スピナーで攪拌することなく細胞を浮遊させて培養可能な手法として、セルロースナノファイバーと熱ゲルゾル変化剤とを含む培養液で細胞を培養する方法が開示されている。しかしながら、セルロースナノファイバーは、高圧ホモジナイザーなどを用いた機械的解繊により得られる微細なセルロース繊維であり、一般にその水分散液は高粘度であるため、培養した細胞を回収しにくい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の実施形態は、細胞を浮遊した状態で培養することができ、培養した細胞を容易に回収することができる、浮遊培養用培地添加剤、培地組成物及び培養方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の実施形態に係る浮遊培養用添加剤は、細胞を浮遊させて培養するために培地に添加される培地添加剤であって、セルロースのウィスカー状結晶であるセルロースナノクリスタルを含むものである。
【0008】
本発明の実施形態に係る培地組成物は、細胞を浮遊させて培養できる培地組成物であって、セルロースのウィスカー状結晶であるセルロースナノクリスタルを含むものである。
【0009】
本発明の実施形態に係る細胞の培養方法は、該培地組成物中で細胞を培養することを含むものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の実施形態であると、セルロースナノクリスタルを培地に配合することにより、細胞を浮遊させた状態で培養することができる。また、セルロースナノクリスタルを添加しても培地は低粘度に維持されるので、例えば濾過などにより細胞を容易に回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】セルロースナノクリスタルのDMEM中における分散安定性の評価結果を示す分散液の写真
【
図2】セルロースナノクリスタルのDLS測定の結果を示すグラフ
【
図3】セルロースナノクリスタルを用いた浮遊培養1日後の培養液中の顕微鏡像
【
図4】セルロースナノクリスタルを用いた浮遊培養5日後の培養液中の顕微鏡像
【
図5】セルロースナノクリスタルを用いて培養し回収したスフェロイドの顕微鏡像
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.浮遊培養用培地添加剤
本実施形態に係る浮遊培養用培地添加剤(以下、単に培地添加剤ということがある)は、セルロースナノクリスタル(以下、CNCということがある。)を含むものである。CNCは、非水溶性であり、水中での分散安定性に優れることから、液体培地中で細胞を浮遊させた状態に保持する効果を持つ。そのため、細胞を浮遊させて培養するための添加剤として用いることができる。
【0013】
(A)セルロースナノクリスタル
セルロースナノクリスタル(CNC)は、セルロースのウィスカー状結晶(針(ひげ)状結晶とも称される。)である。CNCは、一般に平均幅が3~50nm、平均長が100nm~数μm、平均アスペクト比が200未満、重合度が90~6000である剛直なウィスカー状の結晶であり、平均繊維径が3~100nm、平均繊維長が数μm以上、アスペクト比が数百以上である柔軟性を有する繊維状をなすセルロースナノファイバー(CNF)とは異なる。
【0014】
CNCの原料は、天然由来のセルロース材料であり、植物または動物、微生物等のセルロースであれば特に限定はない。これらのセルロース繊維に機械的、化学的、もしくは酵素処理を施すことによって、セルロース繊維の結晶部位を抽出し、そのほとんどが結晶構造で構成されるCNCを得ることができる。詳細には、天然セルロースを酸加水分解、例えば濃硫酸水溶液中で加温し、加水分解することによって、CNCの水分散液が得られる。このように、CNCは一般に酸加水分解により製造されそのほとんどが結晶構造で構成されるのに対し、CNFは一般に機械的解繊により製造され結晶性を有する部分と非結晶性を有する部分が混在したものである。
【0015】
CNCはI型結晶構造を有する天然由来のセルロース原料を微細化したものであるため、I型の結晶構造を有する。
【0016】
CNCは、化学的または物理的に修飾された誘導体でもあり得る。例えば、スルホン酸基、カルボキシル基、カルボキシメチル基、エステル基を修飾したものでもよく、表面上にアニオン性、カチオン性、もしくは非イオン性物質を物理的吸着したものでもよい。これらの修飾は、CNCの製造前、製造後、または製造中に実施することができる。
【0017】
CNCの平均幅は、3~50nmであることが好ましく、より好ましくは10~40nmであり、10~30nmでもよい。また、CNCの平均長は特に限定されないが、100nm~3μmであることが好ましく、より好ましくは100~500nmである。CNCの平均アスペクト比は特に限定されないが、180以下であることが好ましく、より好ましくは2~100であり、10~80でもよい。
【0018】
CNCの平均幅は、短幅と長幅を持つウィスカー状結晶において、短幅の平均値であり、平均長は長幅の平均値である。平均幅および平均長は、次のようにして測定することができる。すなわち、固形分率で0.05~0.1質量%のCNCの水分散液を調製し、その水分散液を、親水化処理済みのカーボン膜被覆グリッド上にキャストして、透過型電子顕微鏡(TEM)の観察用試料とする。なお、大きな幅のCNCを含む場合には、ガラス上へキャストした表面の走査型電子顕微鏡(SEM)像を観察してもよい。また、観察用試料は、例えば2質量%ウラニルアセテート水溶液でネガティブ染色してもよい。そして、構成するCNCの大きさに応じて5000倍、10000倍あるいは50000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡画像による観察を行い、任意の20本の短幅および長幅を測定し、それらの相加平均をそれぞれ平均幅および平均長とする。平均アスペクト比は、上記の平均幅と平均長の値を用いて、平均アスペクト比=平均長(nm)/平均幅(nm)により算出される。
【0019】
(B)培地添加剤
培地添加剤は、CNCの水分散液でもよい。すなわち、培地添加剤は、CNCとともに水を含み、該水中にCNCを分散させたものであることが好ましい。培地添加剤が水分散液であることにより、液体培地中にCNCを容易に分散させることができる。なお、培地添加剤は、CNCのみで構成されてもよい。
【0020】
上記水分散液の場合、CNCの濃度としては、特に限定されないが、例えば0.01~2%(w/v)でもよく、0.5~1%(w/v)でもよい。なお、本明細書において「%(w/v)」は、溶液100mL中に含まれる対象成分の質量(g)を意味する。
【0021】
CNCは、その水分散液における動的光散乱法(DLS)により測定される最大強度の粒子径が0.3~10μmであることが好ましい。すなわち、CNCの水分散液におけるCNCの粒子径は、動的光散乱法による測定における最大強度の粒子径が0.3~10μmであることが好ましい。CNCは何本かのウィスカー状結晶が束ねられたように凝集しており、水分散液においてかかるウィスカー状結晶の凝集体として存在するものを含む。そのため、動的光散乱法による最大強度の粒子径は比較的大きいが、CNFに比べれば小さく、この点でもCNFと区別することができる。CNCの水分散液における最大強度の粒子径は、より好ましくは0.5μm以上であり、更に好ましくは0.8μm以上であり、また5.0μm以下であることが好ましく、より好ましくは3.0μm以下である。
【0022】
CNCの水分散液には、塩化ナトリウムが含まれてもよい。すなわち、CNCの水分散液は、CNCを食塩水に分散させたものでもよく、より詳細にはCNCを生理食塩水に分散させたものでもよい。
【0023】
培地添加剤には、上記成分の他、例えば、メチル化セルロースなどの添加剤が含まれてもよい。
【0024】
2.培地組成物
本実施形態に係る培地組成物は、細胞を浮遊させて培養できる培地組成物であって、CNCを含むことを特徴とする。CNCとしては、上記1.で述べたものを用いることができる。すなわち、実施形態に係る培地組成物は、培地に上記浮遊培養用培地添加剤を添加し混合してなるものである。
【0025】
上記の通りCNCは液体培地中で細胞を浮遊させた状態に保持する効果を持つため、CNCを添加した培地組成物は、細胞を浮遊させて培養可能な液体の培地組成物である。また、CNCは培地中に浮遊した状態で分散しており、その状態で細胞を浮遊した状態に保持するものであり、ハイドロゲルのように固形化することでマトリックス中に細胞を取り込んで保持するものではない。そのため、CNCは細胞(細胞集合体であるスフェロイドを含む)の運動ないし生長を制限しないと考えられ、よって、大きさがより均一であり、また真円度の高い細胞を得ることができる。
【0026】
培地組成物に含まれる培地としては、細胞の種類によって適宜選択することができ、種々の液体培地を用いることができる。具体的には、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM:Dulbecco's modified Eagle medium)、イーグル最小必須培地(EMEM:Eagle's Minimum Essential Medium)、αMEM培地(MinimumEssential Medium Eagle, Alpha Modification)、グラスゴー最小必須培地(GMEM:Glasgow Minimum Essential Medium)、ハムF12培地(NutrientMixture F-12 Ham)、DMEM/F12培地(Dulbecco's modified EagleMedium/Nutrient Mixture F-12 Ham)、イスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM:Iscove'sModified Dulbecco's Medium)、RPMI-1640培地、マッコイ5A培地(McCoy's5A Medium)などが挙げられる。
【0027】
培地に含まれる成分としては、特に限定されず、例えば、アミノ酸、無機塩、グルコース、ビタミンなど、一般に培地に配合される各種成分を配合することができる。
【0028】
培地組成物におけるCNCの濃度は、特に限定されないが、0.01~2%(w/v)であることが好ましく、より好ましくは0.5~1%(w/v)である。CNCの濃度が0.01%(w/v)以上であることにより、培地組成物中でのCNCの分散安定性を向上して細胞を浮遊させることができ、0.5%(w/v)以上とすることでその効果をより高めることができる。また、2%(w/v)以下であることにより、ピペット等での分注の際に水分散液として容易に取り扱うことができる。なお、CNCの濃度が低い場合、比較的短期間で透明な上澄み(上層)とCNCが分散した下層との二層に分離することがあるが、その場合でもCNCが分散した下層において同様に浮遊培養することができるので、そのような分離した状態で浮遊培養してもよい。
【0029】
培地組成物の製造方法としては、特に限定されない。例えば、上記CNCの水分散液を用いる場合、該水分散液と液体培地をそれぞれ予め滅菌してから、両者を混合して培地組成物中にCNCを均一に分散させてもよい。なお、培地に細胞を添加分散させてから、CNCの水分散液と混合してもよく、その場合、培地組成物が得られた段階で当該培地組成物中に細胞も含まれている。あるいはまた、CNCの水分散液と液体培地を混合して培地組成物中にCNCを均一に分散させてから、滅菌することで培地組成物を調製してもよい。
【0030】
本実施形態において細胞としては、特に限定されず、動物由来の細胞でも、植物由来の細胞でもよい。動物由来の細胞としては、生殖細胞、体細胞、幹細胞、前駆細胞、不死化した細胞(細胞株)、遺伝子改変細胞等が挙げられ、生体から採取ないし分離され、場合によっては更に人為的な操作が加えられた細胞を用いることができる。幹細胞とは、自己増殖能と分化する能力をあわせ持つ細胞であり、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、体性幹細胞(例えば神経幹細胞、造血幹細胞、皮膚幹細胞等)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等が挙げられる。前駆細胞とは、幹細胞から特定の体細胞や生殖細胞に分化する途中の段階にある細胞である。細胞株とは、生体外での人為的な操作により無限の増殖能を獲得した細胞であり、例えば、HeLa(ヒト子宮頸癌由来の細胞株)等が挙げられる。
【0031】
本実施形態に係る培地組成物は、細胞を浮遊させて培養できるものであり、即ち浮遊培養が可能である。ここで、浮遊培養とは、培養容器に対して細胞が接着せずに、液体培地中に浮遊したままで培養することをいう。本実施形態では、液体の培地組成物に対して外部からの圧力ないし振動や当該培地組成物中での攪拌等を伴わずに、すなわち培地組成物を静置した状態でも、細胞を液体の培地組成物中に浮遊させて培養できることが好ましく、従って、培地組成物は静置浮遊培養が可能であることが好ましい。培地組成物を静置した状態で細胞を浮遊させること、すなわち静置浮遊が可能な期間としては、1時間以上であることが好ましく、より好ましくは24時間以上、更に好ましくは48時間以上である。
【0032】
培地組成物の粘度は、特に限定されないが、25℃における粘度が20.0mPa・s以下であることが好ましく、10.0mPa・s以下でもよい。培地組成物の粘度は低いほど好ましいため、下限は特に限定されず、例えば0.50mPa・s以上でもよい。
【0033】
3.培養方法
本実施形態に係る細胞の培養方法は、上記培地組成物中で細胞を培養することを含む。具体的には、細胞を培地組成物中に均一に分散させるように混合し、得られた培養液を培養容器中で培養すればよい。培養容器としては、特に限定されず、例えば、フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、マルチウエルプレートなどが挙げられる。
【0034】
細胞を培地組成物中に分散させる方法としては、CNCを含む培地組成物を調製した後、該培地組成物に細胞を添加し混合してもよく、あるいはまた、培地に細胞を添加し混合した後、これにCNCを加えて混合してもよい。
【0035】
培養は、培養液を静置状態にしてもよく、必要に応じて培養液を回転、振とう或いは撹拌してもよい。好ましくは、細胞へのダメージを低減するために静置状態とすることである。本実施形態では、培養液中に分散したCNCにより、細胞が培養液の底面のみに偏在せずに三次元的な広がりをもって分散し、静置浮遊培養が可能である。
【0036】
一実施形態において、細胞は、培養により、三次元的な細胞集合体(細胞同士が集合・凝集化した球状の細胞重合体)であるスフェロイドを形成してもよい。スフェロイドの大きさは、細胞種及び培養期間によって異なるため、特に限定されず、例えば、直径が20~1000μmでもよく、40μm~500μmでもよく、50~300μmでもよい。
【0037】
培養する際の温度や時間等の条件としては、培養する細胞に応じて適宜設定することができる。例えば、動物細胞であれば、培養温度は、通常25~39℃でもよく、好ましくは33~39℃である。CO2濃度は、通常、培養の雰囲気中、4~10体積%でもよく、好ましくは4~6体積%である。培養時間は、通常3~35日間であるが、培養の目的に合わせて適宜に設定すればよい。また、植物細胞であれば、培養温度は、通常20~30℃でもよく、光が必要であれば照度2000~8000ルクスの照度条件下としてもよい。また、培養時間は、通常3~70日間であるが、培養の目的に合わせて適宜に設定すればよい。
【0038】
細胞濃度としても、培養する細胞に応じて適宜設定することができ、特に限定されず、例えば、播種時(即ち、細胞を培地組成物に播種した段階)の細胞濃度で1.0×103個/mL~1.0×1010個/mLでもよく、1.0×104個/mL~1.0×108個/mLでもよい。
【0039】
培養においては、培地交換を行ってもよい。すなわち、本実施形態に係る細胞の培養方法は、上記培地組成物中で細胞を培養する工程と、該培養により得られた細胞をCNCとともに培地から分離し、分離した細胞及びCNCを新しい培地と混合して更に培養を行う工程とを含んでもよい。細胞をCNCとともに培地から分離する方法としては、例えば遠心分離により細胞及びCNCを沈降させ、上清としての培地を除去すればよい。分離した細胞及びCNCに新しい培地を添加し混合することにより、細胞及びCNCを培養液中に再分散させることができる。そのため、新たにCNCを添加することなく浮遊培養が可能であり、CNCを繰り返し使用できる。
【0040】
本実施形態に係る培養方法は、更に、培養した細胞を回収する工程を含んでもよい。回収は、培養した細胞を培養液から分離する工程であり、例えば濾過処理により行うことができる。上記CNCは培養液中で分散することにより細胞を培養液中に三次元的な広がりをもって分散した状態に保持するが、CNCと細胞とは結合していない。そのため、CNCと細胞との分離が容易である。また、CNCは水分散液の粘度の上昇が小さく、そのため培地組成物及び培養液も低粘度である。そのため、自然濾過による濾過処理が可能であり、細胞へのダメージを低減することができる。
【0041】
一実施形態において、培養した細胞(例えば、スフェロイド)はCNCよりも大きい。例えば、培養は、細胞がCNCよりも大きくなるまで実施することが好ましい。このようにCNCが培養した細胞(スフェロイド)よりも小さいことにより、CNCの粒径よりも大きくかつ培養した細胞よりも小さな孔径を持つフィルターを用いて濾過することにより、培養した細胞を培地及びCNCから容易に分離・回収することができる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例により更に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0043】
1.試薬
DMEM、ペニシリン-ストレプトマイシン、ダルベッコリン酸緩衝液(DPBS)、カルセイン-AM、ヨウ化プロピジウムは富士フイルム和光純薬工業より購入した。超純水はMilli-Qシステム(Milli-Q Advantage A-10、Merck Millipore)で供給した。その他は、ナカライテスクより特級以上の試薬を購入し、使用した。
【0044】
2.実験方法
(1)CNC水分散液の調製
J.Arakiら,“Flow properties ofmicrocrystalline cellulose suspension prepared by acid treatment of nativecellulose”,Colloids and Surfaces A:Physicochemical and Engineering Aspects,1998年,142,75-82に記載の方法に従い、マボヤ由来のCNCを調製した。
【0045】
簡潔には、漂白、粉砕処理したマボヤの被嚢と4Mの塩酸を混合し、80℃で8時間撹拌した。得られた反応液に超純水を加えて2150gで5分間遠心して上清を取り除いた後に、超純水を加えてセルロースを再分散した。この操作を繰り返すことにより精製し、CNC水分散液を得た。得られたCNCは、平均幅が17nmであった。
【0046】
(2)CNCの分散安定性評価
(1)において調製したCNC水分散液を1%(w/v)に調整し、得られた水分散液250μLと、2×DMEM(2倍濃度のDMEM)250μLを1mLバイアル中で混合した。37℃で所定時間インキュベーションし、CNCの分散性を目視により経時的に観察した。
【0047】
(3)CNC分散液のDLS測定
(1)において調製したCNC水分散液を0.005%(w/v)に調整し、得られた水分散液80μLをセルに加え、25℃で3分間静置した後に測定した。測定には、Zetasizer Nano ZSP(Malvern)を用い、温度:25℃、散乱角度:173°とし、Polystyrene Latexを標準試料としたキュムラント解析により流体力学直径を算出した。DLS測定は3回実施し(n=3)、その平均値を求めた。
【0048】
(4)培地組成物の粘度測定
(1)において調製したCNC水分散液を1%(w/v)、0.2%(w/v)に調整し、得られた1%(w/v)または0.2%(w/v)の水分散液1mLと、2×DMEM1mLとをそれぞれ2mLチューブ中で混合した。また、0.2%(w/v)セルロースナノファイバー水分散液(レオクリスタ、第一工業製薬)1mLと、2×DMEM1mLとを2mLチューブ中で混合した。このようにして調製した培地組成物について、音叉振動式粘度計(SV-1A、A&D、30Hz)を用い、測定温度は25℃として粘度を測定した。
【0049】
(5)細胞培養
HeLa細胞(JCRB細胞バンク)は、10%FBS、100U/mLのペニシリン、及び100μg/mLのストレプトマイシンを含んだDMEM中で、37℃、5%CO2条件下、10cmディッシュで培養し、約80%コンフルエントまで培養して継代した。継代は以下の操作により実施した:培地を除去し、10mLのDPBSをディッシュに加え穏やかに撹拌した。DPBSを除去し、0.5mg/mLのトリプシン溶液を1mL加えて全面に広げて37℃、5%CO2条件下で5分間インキュベーションした。DMEMを9mL加えて懸濁させ、新しいディッシュに0.3~1mL移し、全量が10mLとなるようDMEMを加えて穏やかに撹拌し、37℃、5%CO2条件下で培養した。
【0050】
(6)CNC分散液を用いた浮遊培養
(5)において継代の際に用いなかった細胞懸濁液を15mLチューブに移し、遠心(500rpm、3分間)した。上清を取り除いた後、2×DMEMを10mL加えて懸濁し、遠心(同条件)する操作を3回繰り返した。細胞懸濁液と0.4%のトリパンブルー溶液を1:1(体積比)で混合した溶液を、血球計算盤にアプライして生細胞数をカウントし、細胞濃度が1.0×105個/mLとなるよう2×DMEMで希釈した。96穴プレート中で50μLの細胞懸濁液と50μLのCNC水分散液を混合し、37℃、5%CO2条件下で所定時間インキュベーションした。CNC水分散液としては、(1)で調製したものをオートクレーブ滅菌(121℃、20分)し、1.0%(w/v)に調整して用いた。培地交換は2日毎に、以下の操作により実施した:細胞培養液を1.5mLチューブに移し、1mLのDMEMを添加し、遠心(200g、5分間、25℃)した。上清を取り除いた後、全量が100μLとなるようDMEMを加えて再分散し、96穴プレートに移した。細胞の形態は蛍光顕微鏡(ZOE蛍光セルイメージャー、Bio-rad)の明視野モードにより観察した。
【0051】
(7)細胞の生死判定
(6)に従い5日間浮遊培養した後の細胞培養液に、2μMのカルセイン-AMおよび4μMのヨウ化プロピジウムを含んだDPBS溶液を100μL添加し、37℃で15分間インキュベーションした。染色した細胞は蛍光顕微鏡(ZOE蛍光セルイメージャー、Bio-rad)により観察した。
【0052】
(8)培養した細胞の回収
(6)に従い5日間浮遊培養した後の細胞培養液を1.5mLチューブに移し、1mLのDPBSを添加して分散させた。分散液をナイロン製メッシュフィルター(孔径40μm、フナコシ)により濾過した。フィルター上に残った細胞を、フィルターの逆側から200μLのDPBSをフローすることで96穴プレートに回収し、その形態を蛍光顕微鏡(ZOE蛍光セルイメージャー、Bio-rad)の明視野モードにより観察した。
【0053】
3.結果および考察
(1)CNCの分散安定性評価結果
CNCを血清培地(DMEM)中に分散させて所定時間(半日、1日、2日)静置した際の外観を
図1に示す。2日間静置した場合にも目視によるCNCの沈降は観察されず、タンパク質や無機塩など様々な物質が共存する溶液中でもCNCは安定に分散できることがわかった。
【0054】
(2)CNCのDLS測定結果
CNC分散液のDLS測定の結果を
図2に示す。主成分として1.2μm程度、副成分として6.4μm程度にピークが観測された。最大強度の粒子径は1226nmであった。
【0055】
(3)培地組成物の粘度測定結果
CNCをDMEM中に分散させた培地組成物の粘度を測定した。0.1%(w/v)の濃度のCNCを含む培地組成物は粘度が1.33±0.03mPa・sであった。この値は、CNCと同様に天然由来のセルロース集合体であるセルロースナノファイバーを0.1%(w/v)含む培地組成物の粘度(2.99±0.34mPa・s)より低かった。さらに、浮遊培養に用いた0.5%(w/v)の濃度のCNCを含む培地組成物では、粘度が6.79±0.72mPa・sであり、0.1%(w/v)の場合とオーダーは変わらず、低粘度であることがわかった。
【0056】
(4)浮遊培養結果
CNCを含む培地中で細胞を1日間、培養した際の培養液中の顕微鏡像を
図3に示す。1日後も細胞は沈降することなく培養液中に観察されたことから、CNCを含む培地を用いることで、細胞を培養液中に三次元的に保持し、培養できることがわかった。
【0057】
上記のとおり2日毎に培地交換しながら、CNCを含む培地中で5日間、細胞培養した際の培養液中の顕微鏡像を
図4に示す。細胞が増殖してスフェロイド(細胞の凝集塊)を形成している様子が観察されたことから、細胞が浮遊した状態で増殖していることがわかった。また、この5日間培養したものについて、細胞の生死判定として、生細胞と死細胞をそれぞれ緑色、赤色に染色して観察した結果、ほとんどの細胞は生存しており、CNCが顕著な細胞毒性をもたないことがわかった。
【0058】
以上の結果から、CNCの分散液が細胞の浮遊培養に利用できることが明らかとなった。
【0059】
(5)培養細胞の回収結果
培養したHeLa細胞のスフェロイドを回収した後の顕微鏡像を
図5に示す。
図5は、回収後、プレート底面に沈降したスフェロイドの顕微鏡像である。培養後の分散液は、希釈し、ピペット操作により分散させることで自然濾過することができた。そのため、培養したスフェロイドよりも小さく、かつCNCよりも大きな孔径(40μm)をもつメッシュフィルターを用いて濾過することで、スフェロイドのみをフィルター上に分離し、回収することができた。
【0060】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これら実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその省略、置き換え、変更などは、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。