(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-26
(45)【発行日】2024-01-10
(54)【発明の名称】多孔性薄膜
(51)【国際特許分類】
G02B 1/111 20150101AFI20231227BHJP
C23C 14/08 20060101ALI20231227BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20231227BHJP
G02B 1/115 20150101ALI20231227BHJP
B32B 5/18 20060101ALI20231227BHJP
B32B 27/30 20060101ALI20231227BHJP
B32B 7/023 20190101ALI20231227BHJP
B32B 9/00 20060101ALI20231227BHJP
B32B 9/04 20060101ALI20231227BHJP
【FI】
G02B1/111
C23C14/08 J
C23C14/06 Q
G02B1/115
B32B5/18
B32B27/30 D
B32B7/023
B32B9/00 A
B32B9/04
(21)【出願番号】P 2022132195
(22)【出願日】2022-08-23
(62)【分割の表示】P 2018143083の分割
【原出願日】2018-07-31
【審査請求日】2022-08-25
(73)【特許権者】
【識別番号】503109020
【氏名又は名称】吉田 國雄
(73)【特許権者】
【識別番号】591108455
【氏名又は名称】株式会社オカモトオプティクス
(74)【代理人】
【識別番号】100101269
【氏名又は名称】飯塚 道夫
(72)【発明者】
【氏名】吉田 國雄
(72)【発明者】
【氏名】岡本 隆幸
【審査官】辻本 寛司
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-069720(JP,A)
【文献】特開平10-029896(JP,A)
【文献】特開平08-101301(JP,A)
【文献】特開昭61-170702(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 1/111
C23C 14/08
C23C 14/06
G02B 1/115
B32B 5/18
B32B 27/30
B32B 7/023
B32B 9/00
B32B 9/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘電体材料とフッ素樹脂が混合されて基板上に蒸着されて第1層とされ、誘電体材料が第1層上に蒸着されて第2層とされた多孔性薄膜であって、
基板と第1層との間に誘電体材料のみが蒸着されてアンダーコート層とされ、
繰り返して第1層及び第2層が複数回積層され、
誘電体材料とフッ素樹脂を混合して最上部の第2層上に蒸着されて第3層とされ、
第3層上に第4層としてフッ素樹脂のみを蒸着し、第4層上に外部の空気層と接する第5層として誘電体材料のみを蒸着し、
多孔質とされて誘電体材料とフッ素樹脂との混合比が変化することで、第1層が屈折率勾配を有すると共に、第3層
及び第4層のフッ素樹脂が多孔質とされ
、
第1層の誘電体材料が、SiO
2、
MgF
2
のいずれかとされ、第2層の誘電体材料が、Al
2
O
3
、CeO
2
、HfO
2
、Ta
2
O
5
、ThO
2
、TiO
2
、ZrO
2
、Sc
2
O
3
、Y
2
O
3
、La
2
O
3
、Nd
2
O
3
のいずれかとされ、第3層の誘電体材料が、SiO
2、
とされた多孔性薄膜。
【請求項2】
基板とアンダーコート層との間にフッ素樹脂のみが蒸着されてサブコート層とされた請求項1記載の多孔性薄膜。
【請求項3】
サブコート層のフッ素樹脂の膜厚を10~40nmとする請求項2記載の多孔性薄膜。
【請求項4】
アンダーコート層及び第5層の誘電体材料が、SiO
2、Al
2O
3、CeO
2、HfO
2、Ta
2O
5、ThO
2、TiO
2、ZrO
2、Sc
2O
3、Y
2O
3、La
2O
3、Nd
2O
3のいずれかの酸化物とされた請求項1から
請求項3のいずれかに記載の多孔性薄膜。
【請求項5】
アンダーコート層及び第5層の誘電体材料が、酸化物或いはフッ化物からなり、
酸化物として、SiO
2、Al
2O
3、CeO
2、HfO
2、Ta
2O
5、ThO
2、TiO
2、ZrO
2、Sc
2O
3、Y
2O
3、La
2O
3、Nd
2O
3のいずれかとされ、
フッ化物として、MgF
2、AlF
3、CaF
2、LaF
3、NdF
3、YbF
3、YF
3のいずれかとされた請求項1から
請求項3のいずれかに記載の多孔性薄膜。
【請求項6】
フッ素樹脂として、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、パーフルオロアルコキシアルカン(PFA)、パーフルオロエチレンプロペンコポリマー(FEP)、エチレン・テトラフルオロエチレンポリマー(ETFE)、テトラフルオロエチレンーパーフルオロジオキソールコポリマー(TFE/PDD)のいずれかとされた請求項1から
請求項5のいずれかに記載の多孔性薄膜。
【請求項7】
第1層及び第2層の膜厚をこれらの層を透過する光の波長の1/4とする請求項1から
請求項6のいずれかに記載の多孔性薄膜。
【請求項8】
第2層の誘電体材料の膜厚を10~30nmとする請求項1から
請求項7のいずれかに記載の多孔性薄膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製作が容易かつ低コストであり、蒸着されたものが亀裂、剥離、破壊等しづらく、充填率を自由に制御し、幅広い帯域で低屈折率を有した多孔性薄膜に関する。特に、反射防止膜、反射鏡、偏光子、フィルター等の光学素子の製作を容易にし、かつこれらを安定に使えるようにするだけでなく、深紫外波長域から赤外波長域までの広範囲な波長域で使用するカメラ、ディスプレイ、レーザー、天体望遠鏡などで用いられる光学素子の製作に好適なものである。
【背景技術】
【0002】
反射防止膜、高反射膜、偏光膜、フィルター等で採用される光学薄膜を形成するには、一般に真空蒸着法や化学的処理法が用いられている。例えば真空蒸着法による反射防止膜としては、蒸着用の基板の屈折率より低い蒸着物質を指定された入射光の波長λの1/4の膜厚で蒸着用の基板面上に蒸着し形成する単層膜、或いは低屈折率と高屈折率の蒸着物質を2層以上積層して形成する多層膜によるものが存在する。また、高反射膜、偏光膜、フィルターなどは真空蒸着法により、蒸着用の基板面上に低屈折率と高屈折率の蒸着物質を多層に積層して製作することが知られている。
【0003】
光学薄膜で使用する殆どの蒸着物質は高融点であるので、蒸着時における基板の温度は、それらの蒸着物質の融点の1/2以下である。そのため、光学薄膜の構造は殆どの場合、基板との境界面に対して垂直方向に沿って成長した柱状構造の柱状粒となる。大まかに言ってこの柱状粒は直径数十nmの円柱形状であり、光学薄膜の断面に沿った細い孔の形状の隙間が、この柱状粒の粒界間に存在する。細い孔を形作る柱状粒の界面の面積は大きく、これによって光学薄膜は周囲の雰囲気に晒されるため、多層膜で形成した光学薄膜の光学的特性は周囲の雰囲気に大きな影響を受けるようになる。
【0004】
ここで、屈折率が膜の厚み方向に変化(不均質膜)する際の指標となる光学薄膜の充填率(パッキング密度:Packing density)をpとすれば、下記(1)式により充填率pを定義できる。
p=V1/V2・・・(1)式
なお、V1は光学薄膜の実質部分の体積(柱状粒の体積)を示し、V2は光学薄膜の全体積(柱状粒と隙間を併せた体積)を示す。この様に定義すると、光学薄膜での充填率pの値は、通常0.7~1.0の範囲であり、0.8~0.95が最も多く、1になることは非常に少ない。
【0005】
したがって、充填率pが1より小さいので、光学薄膜の屈折率は光学薄膜の実質部分の屈折率よりも小さくなる。光学薄膜の屈折率nfは下記(2)式で表すことができる。
nf=pns+(1-p)nv ・・・(2)式
ここで、nsは光学薄膜の実質部分の屈折率、nvは隙間の屈折率である。
【0006】
(1)式から、光学薄膜中の隙間を大きくすれば、充填率pを小さくすることができるので、光学薄膜の屈折率nfを下げることが可能となる。そして、1980年代になると、この充填率を50%程度まで大幅に下げて単層膜で反射防止膜を製作する研究が盛んに行われるようになった。
【0007】
他方、化学的処理法では、米国ローレンス・リバモア国立研究所のミラム(Milam)らが、ゾルゲル法によって石英基板面上に反射率0.1 ~0.3%の多孔性シリカ薄膜を形成した。また、同研究所のトーマス(Thomas)は、ゾルゲル法によって石英ガラスおよびCaF2基板上にフッ化物であるMgF2やCaF2の多孔性薄膜を形成した。
【0008】
この一方、真空蒸着法と化学的処理法とを併用した方法として、本願発明者によって提案された方法がある。これは、水溶性と非水溶性の蒸着物質を二元同時真空蒸着法で蒸着して混合薄膜を形成した後、この混合薄膜中の水溶性物質を純水で溶解除去して、基板上に非水溶性物質による多孔性薄膜を形成するようにしている。かかる多孔性薄膜の形成方法の詳細は、下記特許文献1に開示されている。
【0009】
また、株式会社ニコンの北本達也は、基板上に二酸化ケイ素とフッ化物からなる混合薄膜を形成した後、フッ化水素ガスまたはフッ素ガスにて二酸化ケイ素のみを除去してフッ化物の多孔性薄膜を形成している。このフッ化物薄膜の製造方法は、下記特許文献2に開示されている。
【0010】
他方、先行技術としては、発明者らがすでに出願して公開された下記特許文献3が知られている。すなわち、蒸着用基板面上に、酸化物、フッ化物、半導体、金属とされる4種類のうちの何れかの物質とプラスチックとからなる2種類の物質を同時に、この蒸着用基板の表面までプラスチックが浸入するように蒸着して、混合薄膜を形成するというものである。そして、この特許文献3で開示された技術によれば、高屈折率材料と低屈折率材料とを積層して多層構造の光学薄膜を得ることができた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】国際公開番号WO2002/018981公報
【文献】特開2001-11602号公報
【文献】特開2016-69720号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし、上記した従来の薄膜の形成方法では以下に述べるような各種の問題点があった。
従来の真空蒸着法による光学薄膜は、蒸着物質によって屈折率が決まっているので、特性の優れた反射防止膜、高反射膜、偏光膜、フイルターなどの製作が非常に困難であった。さらに、基板と蒸着物質の熱膨張係数の違いにより、形成された光学薄膜に内部的な応力を生じ、これによって光学薄膜に亀裂が生じたり、光学薄膜が剥離したりする問題点があった。
【0013】
そして、この真空蒸着法では、基板表面と蒸着した光学薄膜との境界部に局所的な吸収層が形成されるものの、この吸収層は高密度の光学薄膜に被覆されているため、超音波による洗浄やレーザー光照射によるレーザークリーニングで除去できず、そのまま残留している。この結果として、この光学薄膜に高出力レーザー光を照射した場合、高出力レーザー光の照射によってこの吸収層がプラズマ化して光学薄膜を破壊してしまうおそれがあった。
【0014】
また、広帯域の反射防止膜を製造するためには、高屈折率と低屈折率の2種類の蒸着物質を5~9層程度積層する方法か、または膜厚がλ/4の単層膜の1/100~1/300の厚さの2種類の物質を100~300層積層する方法が用いられているが、これらの方法は製造コストが高価で実用的でない。
【0015】
次に、ミラムらによるゾルゲル法で形成された多孔性シリカ薄膜およびトーマスによるゾルゲル法で形成された多孔性MgF2薄膜や多孔性CaF2薄膜などは、所定の波長での反射率が0.5%以下であり、レーザー耐力も真空蒸着法による薄膜の2倍以上の耐力を有するが、表面が機械的に弱い。つまり、ゾルゲル法では、基板表面にコロイド粒子がファンデル・ワールス力で付着して多孔性薄膜を形成しているので、機械的な外力を加えると容易に剥離する。
【0016】
前述の本願発明者の提案による真空蒸着法と化学処理法とを併用して混合薄膜を形成してから多孔性薄膜を形成する特許文献1に示す方法は、純水で処理して多孔性にするので、この方法では真空中において多層膜を形成するのは極めて困難である。また、この方法は、薄膜の充填率を50%程度まで大幅に下げることはできたが、充填率を自由に制御し、必要とされる充填率を達成することはできない。
【0017】
前述の北本達也による特許文献2のガスにより二酸化ケイ素を除去することによって、フッ化物の多孔性薄膜を形成方法は、フッ化物の薄膜のみしか製造できず、二酸化ケイ素を完全に除去するのに長時間を要するので多層膜の形成には難点がある。さらに、特許文献3で開示された発明者らによる技術では、多層構造の光学薄膜を得ることができるものの、製造コストを十分に低減できないだけでなく、幅広い帯域で低屈折率を有した多層構造の光学薄膜を製作することはできなかった。
【0018】
本発明は上記背景に鑑みてなされたもので、製作が容易かつ低コストであり、蒸着されたものが亀裂、剥離、破壊等しづらく、充填率を自由に制御し、幅広い帯域で低屈折率を有した多孔性薄膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本分割出願の基礎となる特願2018-143083(以下「原出願」という)の出願時に記載された請求項やその他の記載を含めて以下に適宜説明する。
原出願の請求項1の薄膜の形成方法は、第1層として誘電体材料とフッ素樹脂を混合して基板上に蒸着し、この後、第2層として誘電体材料のみを第1層上に蒸着して、基板上に二層薄膜を形成する。
【0020】
二層構造の反射防止膜を例えば基板上に作成する場合、本請求項によれば上記のように誘電体材料とフッ素樹脂を混合して蒸着した混合膜を第1層とする。つまり、フッ素樹脂以外のプラスチックは可視域以外では光線を透過しないが、フッ素樹脂は紫外域から赤外波長域(200~8000nm)までの幅広い帯域で光線を透過することができる。
【0021】
また、空乏層が多くレーザー光の吸収が小さいポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂を第1層に使用する事によって、反射防止膜のレーザー耐力が大幅に増加して、強力なレーザー光に対しても薄膜の破壊が生じにくくなる。さらに、第2層として誘電体材料のみを第1層上に蒸着して、誘電体材料によるオーバーコートをすることで、多孔性薄膜の表面の硬度を高めて摩擦等による損傷を防止可能となる。
【0022】
他方、第1層のフッ素樹脂は空乏層が多く多孔性であるため、散乱損失が大きいものの、屈折率が最小となる。このため、誘電体材料とフッ素樹脂を混合して第1層を蒸着するに伴ってフッ素樹脂の割合が大きくなれば、フッ素樹脂の影響で屈折率が小さくなる傾向となる。
すなわち、誘電体材料に対するフッ素樹脂の量を調節するだけで第1層の屈折率を任意に制御できるので、必要とされる任意の屈折率を有した多孔性薄膜を簡易に低コストで製作できる。
【0023】
以上のことから、原出願の請求項1の薄膜の形成方法によれば、基板上に二層薄膜を蒸着により幅広い帯域で低屈折率を有する多孔性薄膜を含む単純な多孔性構造の薄膜を製造できる。これに併せてそれぞれの層に誘電体材料を含む相互に組成の類似した二層構造としたため、内部に発生する応力が1/5~1/10程度に減少し、従来の薄膜で問題となっている薄膜の微細なクラック(クレージング)、或いは剥離などの問題が解決し、レーザー耐力も例えば従来の2倍程度の高さになる。
【0024】
これに伴い本請求項を用いれば、光学薄膜である多孔性薄膜を蒸着した反射防止膜の性能・特性を大幅に向上させるだけでなく、他の光学機器用光学素子や高出力レーザーを含むレーザー用の光学素子などの性能・特性を大幅に向上させることができる。
【0025】
原出願の請求項2は上記請求項1において、基板と第1層との間にアンダーコート層としてフッ素樹脂のみを蒸着して、基板上に三層薄膜を形成することとした。このため、このアンダーコート層の存在により、基板面と第1層の薄膜の境界面で生じるレーザー耐力をより一層向上させることができる。
【0026】
原出願の請求項3は上記請求項1において、基板と第1層との間にアンダーコート層として誘電体材料のみを蒸着し、第1層及び第2層を繰り返して複数回蒸着して積層し、第3層として誘電体材料とフッ素樹脂を混合して最上部の第2層上に蒸着して、基板上に多層薄膜を形成する。
つまり、このような第1層及び第2層を繰り返して複数回蒸着して積層した多層薄膜を基板上に形成することより、請求項1の発明と同様な作用や効果を奏して反射防止膜の性能・特性を大幅に向上させる他に、多層構造の多層構造薄膜となることで、高反射鏡や偏光子とすることができる。
【0027】
さらに、この原出願の請求項3の発明において、第3層を積層した後に、第4層としてフッ素樹脂のみを第3層上に蒸着し、第5層として誘電体材料のみを第4層上に蒸着することや、基板とアンダーコート層との間にサブコート層としてフッ素樹脂のみを蒸着することが考えられる。
【0028】
つまり、この多層薄膜を高反射鏡とする場合には、レーザー耐力向上のために第4層としてフッ素樹脂を蒸着し、最後に誘電体材料のみの第5層を蒸着する。また、この多層薄膜を偏光子とする場合には、入射光がターゲットへ照射された後、ターゲットで反射されて増幅器で増幅されながら戻ってくるので、両方向から入射するレーザー光に対して耐えるようにサブコート層としてフッ素樹脂を用いることとする。
【0029】
本分割出願の請求項1の多孔性薄膜は、誘電体材料とフッ素樹脂が混合されて基板上に蒸着されて第1層とされ、誘電体材料が第1層上に蒸着されて第2層とされることで、二層構造とされた多孔性薄膜であって、
フッ素樹脂が部分的に除去されて誘電体材料とフッ素樹脂との混合比が変化することで、第1層が屈折率勾配を有している。
【0030】
二層構造の反射防止膜となる多孔性薄膜を基板上に作成する場合、本請求項によれば上記のように誘電体材料とフッ素樹脂が混合されて基板上に蒸着された層を第1層とする。つまり、原出願の請求項1と同様に、フッ素樹脂以外のプラスチックは可視域以外では光線を透過しないが、フッ素樹脂は紫外域から赤外波長域(200~8000nm)までの幅広い帯域で光線を透過することができる。
【0031】
また、空乏層が多くレーザー光の吸収が小さいフッ素樹脂を含む層を第1層とする事によって、レーザー耐力が大幅に増加して、強力なレーザー光に対しても薄膜の破壊が生じにくくなる。さらに、第2層として誘電体材料のみを第1層上に蒸着して、誘電体材料によるオーバーコートをすることで、多孔性薄膜の表面の硬度を高めて摩擦等による損傷を防止可能となる。
【0032】
他方、フッ素樹脂は屈折率が最小となるため、誘電体材料とフッ素樹脂を混合して第1層を蒸着するに伴い、フッ素樹脂の影響でやはり第1層の屈折率も小さくなる傾向にある。 すなわち、誘電体材料に対するフッ素樹脂の量を調節することのみで第1層の屈折率を任意に制御できるので、必要とされる任意の屈折率を有した多孔性薄膜を簡易に低コストで製作できる。
【0033】
以上に伴い、本請求項の多孔性薄膜は、原出願の請求項1の薄膜の形成方法と同様な、幅広い帯域で低屈折率を有した単純な薄膜とできるだけでなく、内部に発生する応力が1/5~1/10程度に減少し、従来の薄膜で問題となっている薄膜の微細なクラック(クレージング)、或いは剥離などの問題が解決し、レーザー耐力も例えば従来の2倍程度の高さになる作用効果を奏する事になる。
【0034】
本分割出願の請求項2は上記請求項1において、基板と第1層との間にフッ素樹脂のみが蒸着されてアンダーコート層とされることで、三層構造とされている。このため、原出願の請求項2の薄膜の形成方法と同様に、基板面と第1層の薄膜の境界面で生じるレーザー耐力をより一層向上させることができる。この際、アンダーコート層のフッ素樹脂の適切な膜厚として、本分割出願の請求項3のように膜厚を10~40nmとすることが考えられる。
【0035】
本分割出願の請求項4は上記請求項1において、基板と第1層との間に誘電体材料のみが蒸着されてアンダーコート層とされ、繰り返して第1層及び第2層が複数回積層され、誘電体材料とフッ素樹脂を混合して最上部の第2層上に蒸着されて第3層とされることで、多層構造とされ、第3層のフッ素樹脂が部分的に除去されている。
このため、このような第1層及び第2層を繰り返して複数回蒸着して積層した構造の多層薄膜を基板上に設けることで、原出願の請求項3の薄膜の形成方法と同様な作用や効果を奏して反射防止膜の性能・特性を大幅に向上させる他に、多層構造の多層構造薄膜となることで、高反射鏡や偏光子とすることができる。
【0036】
本分割出願の請求項5の多孔性薄膜において、誘電体材料が、SiO2、Al2O3、CeO2、HfO2、Ta2O5、ThO2、TiO2、ZrO2、Sc2O3、Y2O3、La2O3、Nd2O3のいずれかの酸化物とされた。
本分割出願の請求項6の多孔性薄膜において、誘電体材料が、酸化物或いはフッ化物からなり、
酸化物として、SiO2、Al2O3、CeO2、HfO2、Ta2O5、ThO2、TiO2、ZrO2、Sc2O3、Y2O3、La2O3、Nd2O3のいずれかとされ、
フッ化物として、MgF2、AlF3、CaF2、LaF3、NdF3、YbF3、YF3のいずれかとされた。
【0037】
同じく本分割出願の請求項7の多孔性薄膜において、フッ素樹脂として、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、パーフルオロアルコキシアルカン(PFA)、パーフルオロエチレンプロペンコポリマー(FEP)、エチレン・テトラフルオロエチレンポリマー(ETFE)、テトラフルオロエチレンーパーフルオロジオキソールコポリマー(TFE/PDD)のいずれかとされた。
【0038】
また、本分割出願の請求項1において、第1層及び第2層の膜厚をこれらの層を透過する光の波長の1/4とすることや、第2層の誘電体材料の膜厚を10~30nmとすることが考えられる。
【発明の効果】
【0039】
以上に説明したように本発明によれば、製作が容易かつ低コストであり、蒸着されたものが亀裂、剥離、破壊等しづらく、充填率を自由に制御し、幅広い帯域で低屈折率を有した多孔性薄膜が得られるという優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【
図1】本発明の第1の実施の形態に係る多孔性薄膜を完成させた状態の各層の構成を示す断面図である。
【
図2】本発明の第1の実施の形態に係る薄膜の製造方法による多孔性のMgF
2薄膜の波長と透過率との関係を表したグラフを示す図である。
【
図3】本発明の第2の実施の形態に係る多孔性薄膜を完成させた状態の各層の構成を示す断面図である。
【
図4】本発明の第2の実施の形態に係る薄膜の製造方法によるTiO
2の層とフッ素樹脂を含む多孔性のMgF
2の層を繰り返して積層した多層構造薄膜の波長と透過率との関係を表したグラフを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0041】
以下、原出願の薄膜の形成方法及び本発明に係る多孔性薄膜の第1の実施の形態を各図面に基づき、詳細に説明する。
まず、三層構造で各層が多孔質とされた薄膜を基板面上に成膜することに関して説明する。
図1は、本実施の形態に係る蒸着用基板上に各薄膜を蒸着して多孔性薄膜を完成させた状態の各層の構成を示す断面図である。尚、本実施の形態では、各層を密度の低い多孔性薄膜として反射防止膜を形成する。
【0042】
光学素子に用いられる蒸着用基板1の面上に、空乏層が多く多孔性の薄膜となるフッ素樹脂の単体を蒸着することで、基礎層10をアンダーコート層として形成する。この基礎層10上に、誘電体材料とフッ素樹脂とからなる2種類の物質を同時に、この基礎層10の表面までフッ素樹脂が浸入するように混合して蒸着することで、
図1に示す混合薄膜11を第1層として形成する。なおこの際、誘電体材料は酸化物、フッ化物とされる2種類のうちの何れかの物質とされる。
【0043】
この混合薄膜11に関しては、2種類の物質を同時に蒸着する際に、酸化物、フッ化物のうちの何れかの物質とフッ素樹脂との混合比を変えて蒸着物質の状態を変化させることができる。そして、混合薄膜11上に、同じく酸化物、フッ化物とされる2種類のうちの何れかの物質とされる誘電体材料を蒸着することで、上部薄膜12を第2層として形成する。これに伴いこの上部薄膜12が外部の空気層3と接している。
【0044】
この際、上記蒸着物質の内の混合薄膜11となる第1層及び上部薄膜12となる第2層の誘電体材料として、シリカ(SiO2)などの酸化物、フッ化マグネシウム(MgF2)などのフッ化物の内の何れかの物質が採用される。
【0045】
また、基礎層10、混合薄膜11、上部薄膜12を形成するには、真空蒸着法、スパッタリング蒸着法、イオンプレーティング法、化学的蒸着法等の各種蒸着法、及びそれらの組み合わせによる方法を用いることができる。ここで混合薄膜11におけるフッ素樹脂は、酸化物、フッ化物等の蒸着物質の奥深くまで到達できるように、蒸着装置及び蒸着方法に工夫する必要がある。尚、基礎層10となるアンダーコート層、混合薄膜11となる第1層のフッ素樹脂として、その一種であるポリテトラフルオロエチレン(別名テフロン(登録商標))を採用することができる。
【0046】
次に、上記の蒸着法で蒸着された基礎層10、混合薄膜11、上部薄膜12を150~350℃の温度で加熱するドライプロセスにてフッ素樹脂を部分的に除去する。さらに、
図1で示すように蒸着用基板1上に、誘電体材料、フッ素樹脂が主な組成物とされる多孔性薄膜4を形成するか、或いは加熱によるドライプロセスの後、酸素プラズマで基礎層10、混合薄膜11から更にフッ素樹脂を部分的に除去して、多孔性薄膜4を形成する。
【0047】
この際、フッ素樹脂の種類に対応するフッ素ガスの雰囲気中での加熱することで、基礎層10、混合薄膜11からのフッ素樹脂の除去が行われる。これに伴って、基礎層10及び混合薄膜11中のフッ素樹脂が例えば上記したポリテトラフルオロエチレンなどの場合、このガス雰囲気中において約300℃の温度で加熱することによって、このポリテトラフルオロエチレンを部分的に除去できる。これにより、残余の蒸着物質であって誘電体材料とされる例えばSiO2やMgF2や、一部残ったポリテトラフルオロエチレンなどのフッ素樹脂により、蒸着用基板1上に屈折率勾配を有する薄膜である多孔性薄膜4が形成される。
【0048】
具体的には、蒸着用基板1上に蒸着された蒸着物質の状態を変化させることで、所定の屈折率を有する多孔性薄膜4を容易に得ることができる。このため、屈折率制御をすべく混合薄膜11におけるフッ素樹脂と他の蒸着物質である誘電体材料との混合比を変えることで、屈折率勾配をもつ多孔性薄膜4の屈折率の値及びこの屈折率勾配を自由に変えられる。
このように屈折率制御された多孔性薄膜4における光学的膜厚は、多孔性薄膜4の各部分の屈折率と膜厚との積で与えられ、この光学的膜厚は指定された入射光の波長λの1/4、すなわちλ/4に設定されている。
【0049】
例えば、多孔性薄膜4の屈折率を蒸着用基板1の屈折率より小さくすると、λ/4の奇数倍の光学的膜厚では指定された入射光に対して反射率が最小となる反射防止膜になる。このことで、紫外域から赤外波長域(200~8000nm)までの幅広い帯域の光線に対して使用できる広帯域の反射防止膜が得られる。さらに、上記した屈折率勾配を有する多孔性薄膜4は、従来技術の真空蒸着法で形成した薄膜に比べて反射率を大きく減らすことができる。
【0050】
次に、原出願の発明に係る薄膜の形成方法を具体的に説明する。
図示しない真空層内において、直径40mmの石英ガラス基板とされる蒸着用基板1を200℃に加熱しつつ、1台の電子銃により、フッ素樹脂であるポリテトラフルオロエチレンをこの蒸着用基板1の面上に蒸着して基礎層10をアンダーコート層として形成する。次に、2台の電子銃を用いた二元同時真空蒸着法により誘電体材料であるMgF2とフッ素樹脂であるポリテトラフルオロエチレンとからなる混合薄膜11を第1層としてこの基礎層10上に蒸着することで形成した。この際、ポリテトラフルオロエチレンとMgF2の混合割合として、初めは1:3程度であるが最後は2:1となるように調整して混合薄膜11を製作した。
【0051】
具体的には、初めはポリテトラフルオロエチレンが少なめであると共にMgF2が多めであるが、これらの量を単位時間当たり均一に変化させて、最後はポリテトラフルオロエチレンの量を2に対してMgF2の量が1になるように配合量を変化させた。このことで下部混合薄膜11の表面側では、底面側に対してポリテトラフルオロエチレンの量が多くされていることになる。さらに、1台の電子銃によりMgF2からなる上部薄膜12を第2層としてこの混合薄膜11上に蒸着することで形成した。
【0052】
次に、こうして製作した基礎層10、混合薄膜11、上部薄膜12を300℃の温度で10分間加熱することによって、ポリテトラフルオロエチレンを基礎層10から部分的に除去しただけでなく、ポリテトラフルオロエチレンを混合薄膜11から選択的かつ部分的に除去した。この結果として、混合薄膜11において、多孔性のMgF2を主に含む薄膜をであって直線的に変化する屈折率勾配を有する多孔性薄膜4を得た。この際、ポリテトラフルオロエチレンに合わせたフッ素ガスを真空層内に導入して、ポリテトラフルオロエチレンの迅速な除去を可能としている。
【0053】
ここで、石英ガラスの蒸着用基板上において形成された薄膜の誘電体材料とフッ素樹脂の混合比を変えて得た反射率、屈折率のデータについて以下に説明する。
まず、発明者らの知見によれば、固体のポリテトラフルオロエチレンの屈折率は1.35であることが知られているが、このポリテトラフルオロエチレンの薄膜を石英ガラスの蒸着用基板上に蒸着すると、反射率は約0.1%(充填率:約70%)であると共に屈折率は約1.25となった。これに伴い、ポリテトラフルオロエチレンと誘電体材料とで混合膜を製作した場合、ポリテトラフルオロエチレンの割合が大きくなれば、混合膜の屈折率は小さくなる傾向にある。
【0054】
下記表1は、酸化物として一般に用いられるZrO2とフッ素樹脂であるポリテトラフルオロエチレンとの関係を表している。この表1に示すようにZrO2の充填率が100%の場合は、反射率が13.6%、屈折率が1.8であった。これに対して、フッ素樹脂が含まれて順次その比率が高まるのに連れて、ZrO2の充填率が81%、70%、55%と下がるが、55%の充填率では反射率が2.85%、屈折率が1.44とそれぞれ値が大幅に小さくなった。
【0055】
【0056】
さらに、下記表2は、酸化物として同じく一般に用いられるAl2O3とフッ素樹脂であるポリテトラフルオロエチレンとの関係を表している。この表2に示すようにAl2O3の充填率が100%の場合は、反射率が4.9%、屈折率が1.52であった。これに対して、フッ素樹脂が含まれて順次その比率が高まるのに連れて、Al2O3の充填率が94%、77%、57.7%と下がるが、57.7%の充填率では反射率が0.5%、屈折率が1.3とそれぞれ値が大幅に小さくなった。
【0057】
【0058】
これら表1、表2のデータから誘電体材料に対してフッ素樹脂の比率を高めていくと、反射率及び屈折率が大幅に低下して、性能・特性を大幅に向上させた反射防止膜が製作可能となることが確認された。これに併せて、レーザー用の光学素子などの性能・特性を大幅に向上できることも確認された。
【0059】
これとは別に、従来の真空蒸着法による均質なMgF2による単層薄膜の屈折率は1.38程度であり、この場合、蒸着用基板1に石英ガラスを使用すると1.8%の反射率となる。また、片面当りの石英ガラスの反射率は3.7%であるのに対して、上記のようにして得られた多孔性のMgF2を主に含む薄膜による多孔性薄膜4では、反射率を0.2%まで小さくできた。
【0060】
他方、石英ガラス基板の片面にコートした多孔性のMgF
2薄膜の分光特性とされる透過率の特性曲線を
図2に示す。この
図2に示すように500~1300nmの波長範囲で透過率がほぼ96%を超えている。また、特に測定点Pにおける1064nmの波長では、
図2に示さないものの前記のように反射率も0.2%と低くなる。このことから、透過率が十分高く反射率が十分低いので、本実施の形態による多孔性薄膜4が反射防止膜として最適なことが理解できる。
【0061】
内部に発生する応力については、フッ素樹脂とMgF2とから成る混合薄膜11の場合は495kgf/cm2の引っ張り応力に対し、加熱をしてフッ素樹脂の一部を除去した多孔性のMgF2薄膜の場合は50kgf/cm2の引っ張り応力となり、約1/10の応力となった。また、ポリテトラフルオロエチレンの一部を除去した多孔性のMgF2薄膜とされる混合薄膜11も同様な引っ張り応力となった。したがって、従来の薄膜で問題となっている薄膜の微細なクラック(クレージング)、或いは剥離などの問題が解決し、レーザー耐力も2倍程度の高さになった。
【0062】
レーザー耐力に関しては、YAGレーザーの4倍高調波である波長266nmでパルス幅5nsに対して、真空蒸着法による均質なMgF2薄膜では5.9J/cm2となるが、多孔性のMgF2薄膜は7.2J/cm2となり、1.2倍も高くなった。また、機械的な強度については、膜厚が約50ÅのMgF2をオーバーコートすることによってMgF2の蒸着膜とほぼ同じ値になった。
【0063】
次に、上記方法を用いて製作した本実施の形態に係る多孔性薄膜4について説明する。
本実施の形態に係る多孔性薄膜4は、前述のように単体では空乏層が多く多孔性の薄膜となるポリテトラフルオロエチレンが蒸着用基板1の面上に蒸着されて、膜厚10~40nmとした基礎層10を最初の層として有している。また、酸化物、フッ化物とされる2種類のうちの何れかの物質とされる誘電体材料とポリテトラフルオロエチレンであるフッ素樹脂とを混合した層が、この基礎層10上に同時に蒸着されて、混合薄膜11とされている。
【0064】
さらに、同じく酸化物、フッ化物とされる2種類のうちの何れかの物質とされる誘電体材料による層が、混合薄膜11上に蒸着されて、膜厚10~30nmとした上部薄膜12とされることで、この多孔性薄膜4は三層構造とされている。この際、混合薄膜11において、誘電体材料の体積に対するフッ素樹脂の体積を5~50倍の範囲とすることが望ましい。
【0065】
つまり、フッ素樹脂以外のプラスチックは可視域以外では光線を透過しないが、本実施の形態の基礎層10や混合薄膜11を構成するポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂は、紫外域から赤外波長域(200~8000nm)までの幅広い帯域で光線を透過することができる。
【0066】
また、空乏層が多くレーザー光の吸収が小さいポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂を基礎層10及び混合薄膜11に使用する事によって、この多孔性薄膜4を反射防止膜とした場合のレーザー耐力が大幅に高まり、強力なレーザー光に対しても薄膜の破壊が生じにくくなる。さらに、本実施の形態では、蒸着用基板1と混合薄膜11との間に基礎層10としてフッ素樹脂のみを蒸着したため、蒸着用基板1の表面と混合薄膜11との間の境界面におけるレーザー耐力をこの基礎層10により一層向上させることができた。
【0067】
そして、上部薄膜12として誘電体材料のみを混合薄膜11上に蒸着して、誘電体材料によるオーバーコートをすることで、多孔性薄膜4の表面の硬度を高めて摩擦等による損傷を防止可能となる。尚、前述のようにアンダーコート層が基礎層10となり、第1層が混合薄膜11となり、第2層が上部薄膜12となる。
【0068】
この一方、二元同時真空蒸着法を用いてこの多孔性薄膜4を製作し、混合薄膜11よりポリテトラフルオロエチレンのみを選択的かつ部分的に除去するのに併せて、例えば誘電体材料としてMgF2を採用すれば、多孔性のMgF2となるのに伴い、混合薄膜11は少なくとも多孔質とされている。この際、ポリテトラフルオロエチレンに合わせたフッ素ガスを真空層内に導入して、ポリテトラフルオロエチレンの迅速な除去を可能としている。
【0069】
他方、混合薄膜11のフッ素樹脂は空乏層が多く多孔性であるため、散乱損失が大きいものの、屈折率が最小となる。このため、誘電体材料とフッ素樹脂を混合して混合薄膜11を蒸着するに伴ってフッ素樹脂の割合が大きくなれば、フッ素樹脂の影響で前述のように屈折率が小さくなる傾向となる。すなわち、このような多孔性薄膜4は、誘電体材料に対するフッ素樹脂の量を調節することのみで混合薄膜11の屈折率を任意に制御できるので、必要とされる任意の屈折率を有した多孔性薄膜4を簡易に低コストで製作できる。
【0070】
以上のことから、本実施の形態に係る多孔性薄膜4によれば、基板上に蒸着された三層薄膜により幅広い帯域で低屈折率を有した多孔性構造の単純な薄膜となる。これに併せて混合薄膜11及び上部薄膜12が誘電体材料を含む相互に組成の類似した構造とされたため、内部に発生する応力が1/5~1/10程度に減少し、従来の薄膜で問題となっている薄膜の微細なクラック(クレージング)、或いは剥離などの問題が解決し、レーザー耐力も例えば従来の2倍程度の高さになる。
【0071】
これに伴い本実施の形態に係る光学薄膜である多孔性薄膜4を蒸着した場合、反射防止膜の性能・特性を大幅に向上させるだけでなく、他の光学機器用光学素子や高出力レーザーを含むレーザー用の光学素子などに応用した場合でも、その性能・特性を大幅に向上させることができる。
【0072】
この際、上記蒸着物質の内の混合薄膜11及び上部薄膜12の誘電体材料として、シリカ(SiO2)などの酸化物、フッ化マグネシウム(MgF2)などのフッ化物の内の何れかの物質が採用される。
ただし、これ以外でも同様に機能するものであれば良く、酸化物として、例えばAl2O3、CeO2、HfO2、Ta2O5、ThO2、TiO2、ZrO2、Sc2O3、Y2O3、La2O3、Nd2O3のいずれかを用いることができる。また、フッ化物として、例えばAlF3、BaF2、CaF2、GdF3、Na5Al3F14、Na3AlF6、PbF2、LaF3、LiF、NdF3、NaF、YbF3、YF3のいずれかを用いることができる。
【0073】
他方、上記蒸着物質の内の基礎層10及び混合薄膜11のフッ素樹脂として、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を採用したが、これ以外でも同様に機能するものであれば良く、パーフルオロアルコキシアルカン(PFA)、パーフルオロエチレンプロペンコポリマー(FEP)、エチレン・テトラフルオロエチレンポリマー(ETFE)、テトラフルオロエチレンーパーフルオロジオキソールコポリマー(TFE/PDD)のいずれかを用いることができる。
【0074】
また、蒸着用基板1として、主に石英ガラス、硼珪クラウンガラス(BK-7)、リン酸塩ガラスなどを含む各種の光学ガラス、蛍石(CaF2)、水晶(SiO2)、サファイヤ(Al2O3)などの結晶、YAGやAl2O3などのレーザー用結晶、セラミックス、半導体、プラスチック、金属などの基板を使用する。
【0075】
尚、本実施の形態においてフッ素樹脂のみを蒸着してアンダーコート層である基礎層10を設けたが、基礎層10を省略して蒸着用基板1の表面上に、混合薄膜11を第1層として直接蒸着し、さらにこの上に上部薄膜12を第2層として蒸着した二層構造としても良い。
【0076】
次に、原出願の薄膜の形成方法及び本発明に係る多孔性薄膜の第2の実施の形態を各図面に基づき、詳細に説明する。
まず、本実施の形態に関係する原出願の薄膜の形成方法を用いて多孔性薄膜である多層構造薄膜6を製作する場合について説明する。尚、本実施の形態では、多層構造薄膜6を有した高反射鏡や偏光子を例として具体的に説明する。
【0077】
図3に示すように、光学素子に用いられる蒸着用基板1の面上に、まずサブコート層19としてフッ素樹脂のみを蒸着し、この後、アンダーコート層である基礎層20として酸化物、フッ化物とされる2種類のうちの何れかの物質とされる誘電体材料のみを蒸着する。
【0078】
次に、この基礎層20上に、第1層である第1薄膜21として誘電体材料とフッ素樹脂とからなる2種類の物質を同時に、この基礎層20の表面までフッ素樹脂が浸入するように混合して蒸着する。この後、この第1薄膜21上に、第2層である第2薄膜22として前記の誘電体材料のみを蒸着することで、これら第1薄膜21及び第2薄膜22により
図3に示す二層の薄膜層を形成する。この際、第1薄膜21の蒸着は、誘電体材料とフッ素樹脂との二元同時真空蒸着法により行うこととする。
【0079】
つまり、第1の実施の形態の第1層とされる混合薄膜11に本実施の形態に係る第1層である第1薄膜21が対応し、また、第1の実施の形態の第2層とされる上部薄膜12に本実施の形態に係る第2層である第2薄膜22が対応している。
【0080】
そして、これら第1薄膜21及び第2薄膜22を1組のセットとして繰り返して
図3に示すように複数回蒸着して積層する。尚、例えば高反射鏡の場合、全層数を10~20層とし、誘電体が多層とされる偏光子の場合、全層数を30~50層とすることが考えられる。この後、最上部の第2薄膜22上に、第3層である第3薄膜23として誘電体材料とフッ素樹脂とからなる2種類の物質を同時に、この第2薄膜22の表面までフッ素樹脂が浸入するように混合して蒸着する。
【0081】
このように第3薄膜23を積層した後に、さらに第4層である第4薄膜24としてフッ素樹脂のみを第3薄膜23上に蒸着してから、第5層である最終層25として誘電体材料のみを第4薄膜24上に蒸着する。これに伴いこの最終層25が外部の空気層3と接している。尚、本実施の形態においても、各フッ素樹脂としてポリテトラフルオロエチレンが採用されている。
【0082】
さらに、第1薄膜21及び第3薄膜23の蒸着が、誘電体材料とポリテトラフルオロエチレンとの二元同時真空蒸着法により行われることで、一般に低屈折率蒸着物質である誘電体材料を第1薄膜21及び第3薄膜23の蒸着物質として含むのに伴い、より屈折率の低い多孔性薄膜を得ることが可能となる。
【0083】
この後、ポリテトラフルオロエチレンのみを選択的かつ部分的に除去し、多層構造薄膜6を完成するが、この際、少なくともポリテトラフルオロエチレンの除去がフッ素ガスの雰囲気中での加熱によるドライプロセスで行われることで、薄膜自体に影響を与えることなくポリテトラフルオロエチレンを除去可能となる。
【0084】
次に、上記方法を用いて製作した本実施の形態に係る多孔性薄膜である多層構造薄膜6について説明する。
本実施の形態に係る多層構造薄膜6には、蒸着用基板1上に誘電体材料のみが蒸着されてアンダーコート層である基礎層20が設けられている。ただし、本実施の形態の場合、これら蒸着用基板1と基礎層20との間に、フッ素樹脂のみがサブコート層19として蒸着されている。
【0085】
そして、誘電体材料とフッ素樹脂とが混合して第1層とされる第1薄膜21が基礎層20上に蒸着されている。さらに、この第1薄膜21上に、第2層である第2薄膜22として誘電体材料のみが蒸着されている。このことで、これら第1薄膜21及び第2薄膜22により二層の薄膜層が形成された形になっている。尚、本実施の形態に係る多層構造薄膜6では、これら第1薄膜21及び第2薄膜22が1組のセットとして複数回繰り返されて、積層した構造となっている。
【0086】
これらの上部となる最上部の第2薄膜22上に、誘電体材料とフッ素樹脂とからなる2種類の物質からなる第3層である第3薄膜23が蒸着されて配置されている。そして、この第3薄膜23上にフッ素樹脂のみが蒸着されて第4層である第4薄膜24が配置され、この第4薄膜24上に、誘電体材料のみが蒸着されて第5層である最終層25が配置された構造とされている。
【0087】
この際、第1の実施形態と同様に、フッ素樹脂を含む各層には、ポリテトラフルオロエチレンがフッ素樹脂として採用されており、誘電体材料を含む各層には、シリカ(SiO2)などの酸化物、フッ化マグネシウム(MgF2)などのフッ化物の内の何れかの物質が採用されている。
【0088】
ただし、この多層構造薄膜6に関しても、二元同時真空蒸着法が用いられて多層構造薄膜6の各層からこのポリテトラフルオロエチレンのみが選択的かつ部分的に除去されていることで、このポリテトラフルオロエチレンを有した層が少なくとも多孔質とされている。
【0089】
この一方、上記のような多層構造薄膜6を有したものが高反射鏡とされた場合、最終層25とその一つ前の層との境界部分に大きな電界を生じる傾向があるものの、多孔性を有したポリテトラフルオロエチレンによる第4薄膜24を最終層25の一つ前の層とすることで、電界強度を減少させ、レーザー耐力を大きくする事ができる。
【0090】
さらに、上記のような多層構造薄膜6を有したものが偏光子とされた場合、この偏光子に対する入射光の透過や、この偏光子を透過したレーザー光がターゲットで反射された後、増幅器で増幅されながら逆進して偏光子を透過したりする。ただし、この場合も多孔性を有したポリテトラフルオロエチレンによる第4薄膜24を最終層25の一つ前の層とすることで電界強度を減少させ、レーザー耐力を大きくする事ができる。
【0091】
他方、本実施の形態でも、誘電体材料として、シリカ(SiO2)などの酸化物、フッ化マグネシウム(MgF2)などのフッ化物の内の何れかの物質が採用されるが、第1の実施の形態と同様に、他の酸化物やフッ化物であっても良い。また、フッ素樹脂として上記のように例えばポリテトラフルオロエチレンを採用できるが、第1の実施の形態と同様に、他の種類のフッ素樹脂であっても良い。さらに、蒸着用基板1の材質も第1の実施の形態と同様な材質を選択することができる。
【0092】
次に、多孔性とされたフッ化物であるフッ化マグネシウム(MgF
2)の透過率と反射率について説明する。
酸化物としてTiO
2の層とフッ素樹脂を含む多孔性のMgF
2の層を繰り返して7層ずつ蒸着して積層し、最後にTiO
2の層を再度蒸着して積層した15層積層からなる多層構造薄膜6の反射鏡を作製した。そして、この反射鏡の分光特性とされる透過率の特性曲線を
図4に示す。この
図4に示すように900~1200nmの波長範囲で透過率がほぼ0%になり、また、特に測定点Pにおける1064nmの波長では、
図4に示さないものの反射率も99.75%と高くなっていた。
【0093】
したがって、上記多層構造薄膜6が、一般に用いられる1064nmの波長において透過率が十分に低くかつ反射率も十分に高い高反射鏡となることが確認された。
【0094】
ここで、上記第1の実施の形態及び第2の実施の形態において、第1層及び第2層の膜厚をこれらの層を透過し或いは反射する光の波長の1/4の厚みであるλ/4とすることが好ましい。ただし、反射鏡等のレーザー耐力向上のため、フッ素樹脂のみの層では膜厚をλ/4またはλ/2とすることが好ましい。
【0095】
さらに、上記第2の実施の形態において、第4層の第4薄膜24としてフッ素樹脂のみを第3薄膜23上に蒸着し、第5層の最終層25として誘電体材料のみを第4薄膜24上に蒸着したが、これら第4薄膜24と最終層25はなくとも良く、また、蒸着用基板1と基礎層20との間にサブコート層19がなくとも良い。
【0096】
尚、上記第1の実施の形態では、多孔性薄膜として反射防止膜を形成することとしたが、他の光学素子に応用しても良い。また、上記第2の実施の形態では、多層構造薄膜を高反射鏡あるいは偏光子としたが、バンドパスフイルターなどの他の光学素子に適用しても良い。そして、上記第2の実施の形態では、第1層とされる第1薄膜21及び第2層とされる第2薄膜22を高反射鏡とする場合、全層数を10~20層とし、誘電体多層偏光子とする場合、全層数を30~50層とすることが考えられるが、これら以外の複数層であっても良い。
【0097】
以上より、本発明は、紫外域から赤外波長域である200nmから8000nmまでの波長範囲で用いられる光学薄膜の充填率を制御することによって、必要とされる任意の屈折率を得ることができ、これに伴い、これらの波長範囲の光学系機器に最適なものが製造できる。また、多孔性薄膜の表面に必要に応じてMgF2を更にオーバーコートすることによって、多孔性薄膜を傷つきにくい硬度にすることもできる。
【0098】
以上、本発明に係る実施例を説明したが、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づいて種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明に係る多孔性薄膜は、紫外域から可視域はもちろんのこと、特に赤外域での高出力レーザーを含むレーザーシステム用の光学素子、天文観測用の光学素子や光学機器用の光学素子、例えばデジタルカメラ、ビデオカメラ、液晶プロジェクター、絵画、ディスプレイ用の保護ガラスなどに最適である。
【符号の説明】
【0100】
1 蒸着用基板(基板)
3 空気層
4 多孔性薄膜
6 多層構造薄膜
10 基礎層(アンダーコート層)
11 混合薄膜(第1層)
12 上部薄膜(第2層)
19 サブコート層
20 基礎層(アンダーコート層)
21 第1薄膜(第1層)
22 第2薄膜(第2層)
23 第3薄膜(第3層)
24 第4薄膜(第4層)
25 最終層(第5層)