(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-26
(45)【発行日】2024-01-10
(54)【発明の名称】脳オルガノイドの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/079 20100101AFI20231227BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20231227BHJP
A61K 35/30 20150101ALI20231227BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20231227BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20231227BHJP
A61L 27/38 20060101ALI20231227BHJP
【FI】
C12N5/079
C12Q1/02
A61K35/30
A61P25/00
A61P43/00 105
A61L27/38 100
A61L27/38 200
A61L27/38 300
(21)【出願番号】P 2020556706
(86)(22)【出願日】2019-10-10
(86)【国際出願番号】 JP2019040001
(87)【国際公開番号】W WO2020100481
(87)【国際公開日】2020-05-22
【審査請求日】2022-09-06
(31)【優先権主張番号】P 2018214930
(32)【優先日】2018-11-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004178
【氏名又は名称】JSR株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】平峯 勇人
(72)【発明者】
【氏名】石川 充
(72)【発明者】
【氏名】岡野 栄之
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/060884(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/090993(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/121754(WO,A1)
【文献】Nature,2013年09月19日,Vol.501, No.7467,pp.373-379
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊を、
20体積%~50体積%の細胞外マトリクスを含む培地中で培養する工程を有
し、
前記培地が、Wntシグナル増強物質及び形質転換成長因子βファミリーシグナル伝達経路阻害物質を更に含み、
前記神経外胚葉マーカーが、NESTIN又はβIII-TUBULINである、脳オルガノイドの製造方法。
【請求項2】
前記工程が、神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊を、細胞外マトリクスに挿入せず、
前記培地中に分散した状態で培養する工程である、請求項
1に記載の脳オルガノイドの製造方法。
【請求項3】
前記工程の後に、細胞外マトリクスを実質的に含まない培地中で培養する工程を更に含む、請求項1
又は2に記載の脳オルガノイドの製造方法。
【請求項4】
細胞外マトリクスを実質的に含まない培地中で培養する前記工程を浮遊培養で行う、請求項
3に記載の脳オルガノイドの製造方法。
【請求項5】
細胞外マトリクスを実質的に含まない培地中で培養する前記工程を高酸素分圧条件下で行う、請求項
3又は
4に記載の脳オルガノイドの製造方法。
【請求項6】
細胞外マトリクスを実質的に含まない培地中で培養する前記工程を、撹拌しながら行う、請求項
3~
5のいずれか一項に記載の脳オルガノイドの製造方法。
【請求項7】
前記神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊がヒト由来である、請求項1~
6のいずれか一項に記載の脳オルガノイドの製造方法。
【請求項8】
請求項1~
7のいずれか一項に記載の製造方法により製造された、脳オルガノイド。
【請求項9】
前記脳オルガノイドが、少なくとも、終脳マーカー陽性の細胞を含
み、前記終脳マーカーが、FOXG1又はSIX3である、請求項
8に記載の脳オルガノイド。
【請求項10】
前記脳オルガノイドが、終脳部分様組織マーカー陽性の細胞を更に含
み、前記終脳部分様組織マーカーが、PAX6、CTIP2、SATB2、NKX2.1、GSH2、KA1、ZBTB2、TTR又はLMX1Aである、請求項
9に記載の脳オルガノイド。
【請求項11】
前記終脳部分様組織マーカー陽性の細胞が、大脳皮質、大脳基底核、海馬及び脈絡叢からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項
10に記載の脳オルガノイド。
【請求項12】
請求項
8~
11のいずれか一項に記載の脳オルガノイドを含む、被験物質の薬効評価用キット。
【請求項13】
請求項
8~
11のいずれか一項に記載の脳オルガノイドに被験物質を接触させる工程と、
前記被験物質が前記脳オルガノイドに及ぼす影響を検定する工程と、を含む、
被験物質の薬効評価方法。
【請求項14】
請求項
8~
11のいずれか一項に記載の脳オルガノイドを含む、神経系細胞又は神経組織の障害に基づく疾患の治療薬。
【請求項15】
請求項
8~
11のいずれか一項に記載の脳オルガノイドを有効成分として含有する、神経系細胞又は神経組織の障害に基づく疾患の治療用医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳オルガノイドの製造方法に関する。より詳細には、本発明は、脳オルガノイドの製造方法、脳オルガノイド、被験物質の薬効評価用キット、被験物質の薬効評価方法、神経系細胞又は神経組織の障害に基づく疾患の治療薬、及び、神経系細胞又は神経組織の障害に基づく疾患の治療用医薬組成物に関する。本願は、2018年11月15日に、日本に出願された特願2018-214930号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
哺乳類の大脳皮質は多層構造(I-VI層)を有し、これは胎児の大脳皮質形成期から徐々に形成される。大脳皮質は背側終脳(外套)の神経上皮から生み出され、徐々に外転しながら両側に半球状の脳胞を形成する。大脳皮質の後尾側は皮質ヘムが隣接し、一方、吻腹側は古皮質を介して外側基底核原基(LGE、線条体原基)や隔膜が隣接している。成体の大脳皮質の多層構造の中には、その大部分が皮質ヘムや隔膜等の隣接する組織に由来し、主にリーリン陽性のカハールレチウス細胞から形成される最表層のI層(胎生時期の原基は辺縁帯と呼ばれる)が存在する(ヒトの大脳皮質の場合、リーリン陽性細胞の一部は大脳皮質神経上皮からも直接生み出される)。残りの皮質板の層は、時間及び空間的に規則正しく神経細胞が生み出され配置される特徴的なパターンを有していている。これはインサイド-アウトパターンと呼ばれ、より深い層の神経細胞がより早く神経前駆細胞から生みだされる。
【0003】
多くの情報を得ることができるマウスの大脳皮質の発生とは異なり、ヒトの大脳皮質の発生はヒト胎児の脳組織の利用が限られるために詳しくは理解されていない。これまでにマウス及びヒトのES細胞を用いた3次元培養法(SFEBq法)が樹立され、この凝集塊が大脳皮質の発生の初期過程を再現することが示されている。この方法はヒトiPS細胞の適応も可能であることが報告されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、終脳マーカー陽性の脳オルガノイドの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下の実施形態を含む。
[1]神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊を、濃度10体積%を超える細胞外マトリクスを含む培地中で培養する工程を有する、脳オルガノイドの製造方法。
[2]前記培地中の前記細胞外マトリクスの濃度が20体積%~50体積%である、[1]に記載の脳オルガノイドの製造方法。
[3]前記培地が、Wntシグナル増強物質を更に含む、[1]又は[2]に記載の脳オルガノイドの製造方法。
[4]前記培地が、形質転換成長因子βファミリーシグナル伝達経路阻害物質を更に含む、[1]~[3]のいずれかに記載の脳オルガノイドの製造方法。
[5]前記工程が、神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊を、細胞外マトリクスに挿入せず、濃度10体積%を超える細胞外マトリクスを含む培地中に分散した状態で培養する工程である、[1]~[4]のいずれかに記載の脳オルガノイドの製造方法。
[6]前記工程の後に、細胞外マトリクスを実質的に含まない培地中で培養する工程を更に含む、[1]~[5]のいずれかに記載の脳オルガノイドの製造方法。
[7]細胞外マトリクスを実質的に含まない培地中で培養する前記工程を浮遊培養で行う、[6]に記載の脳オルガノイドの製造方法。
[8]細胞外マトリクスを実質的に含まない培地中で培養する前記工程を高酸素分圧条件下で行う、[6]又は[7]に記載の脳オルガノイドの製造方法。
[9]細胞外マトリクスを実質的に含まない培地中で培養する前記工程を、撹拌しながら行う、[6]~[8]のいずれかに記載の脳オルガノイドの製造方法。
[10]前記神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊がヒト由来である、[1]~[9]のいずれかに記載の脳オルガノイドの製造方法。
[11][1]~[10]のいずれかに記載の製造方法により製造された、脳オルガノイド。
[12]前記脳オルガノイドが、少なくとも、終脳マーカー陽性の細胞を含む、[11]に記載の脳オルガノイド。
[13]前記脳オルガノイドが、終脳部分様組織マーカー陽性の細胞を更に含む、[12]に記載の脳オルガノイド。
[14]前記終脳部分様組織マーカー陽性の細胞が、大脳皮質、大脳基底核、海馬及び脈絡叢からなる群より選ばれる少なくとも1種である、[13]に記載の脳オルガノイド。
[15][11]~[14]のいずれかに記載の脳オルガノイドを含む、被験物質の薬効評価用キット。
[16][11]~[14]のいずれかに記載の脳オルガノイドに被験物質を接触させる工程と、前記被験物質が前記脳オルガノイドに及ぼす影響を検定する工程と、を含む、被験物質の薬効評価方法。
[17][11]~[14]のいずれかに記載の脳オルガノイドを含む、神経系細胞又は神経組織の障害に基づく疾患の治療薬。
[18][11]~[14]のいずれかに記載の脳オルガノイドを有効成分として含有する、神経系細胞又は神経組織の障害に基づく疾患の治療用医薬組成物。
【0007】
本発明は以下の実施形態を含むものであるということもできる。
[P1]神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊を、10体積%を超える細胞外マトリクス成分を含む第1の培地中で培養することを含み、その結果、脳オルガノイドが形成される、脳オルガノイドの製造方法。
[P2]前記第1の培地中の前記細胞外マトリクス成分の濃度が30~50体積%である、[P1]に記載の脳オルガノイドの製造方法。
[P3]前記第1の培地が、Wntシグナル増強物質を更に含む、[P1]又は[P2]に記載の脳オルガノイドの製造方法。
[P4]前記第1の培地が、TGF-βファミリーシグナル伝達経路阻害物質を更に含む、[P1]~[P3]のいずれかに記載の脳オルガノイドの製造方法。
[P5]前記脳オルガノイドを第2の培地中で浮遊培養することを更に含む、[P1]~[P4]のいずれかに記載の脳オルガノイドの製造方法。
[P6]前記第2の培地が細胞外マトリクス成分を実質的に含まない、[P5]に記載の脳オルガノイドの製造方法。
[P7]前記浮遊培養を高酸素分圧条件下で行う、[P5]又は[P6]に記載の脳オルガノイドの製造方法。
[P8]前記浮遊培養を撹拌培養で行う、[P5]~[P7]のいずれかに記載の脳オルガノイドの製造方法。
[P9]前記神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊がヒト由来である、[P1]~[P8]のいずれかに記載の脳オルガノイドの製造方法。
[P10]前記脳オルガノイドが、前脳、終脳又は終脳部分様組織を含む、[P1]~[P9]のいずれかに記載の脳オルガノイドの製造方法。
[P11]前記終脳部分様組織が、大脳皮質、大脳基底核、海馬又は脈絡叢である、[P10]に記載の脳オルガノイドの製造方法。
[P12][P1]~[P11]のいずれかに記載の製造方法により製造された、脳オルガノイド。
[P13][P12]に記載の脳オルガノイドを含む、被験物質の毒性・薬効評価用キット。
[P14][P12]に記載の脳オルガノイドに被験物質を接触させることと、前記被験物質が前記脳オルガノイドに及ぼす影響を検定することと、を含む、被験物質の毒性・薬効評価方法。
[P15][P12]に記載の脳オルガノイドを含む、神経系細胞又は神経組織の障害に基づく疾患の治療薬。
[P16][P12]に記載の脳オルガノイドを有効成分として含有する、神経系細胞又は神経組織の障害に基づく疾患の治療用医薬組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、終脳マーカー陽性の脳オルガノイドの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、実験例1の結果を示す顕微鏡写真である。
【
図2】
図2は、実験例1の結果を示す顕微鏡写真である。
【
図3】
図3は、実験例3において、培養14日目の細胞凝集塊を明視野観察した結果を示す顕微鏡写真である。
【
図4】
図4は、実験例3における免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図5】
図5は、実験例3における免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
【
図6】
図6は、実験例3及び4において、基礎培地が異なる細胞凝集塊を明視野観察した結果を示す代表的な顕微鏡写真である。
【
図8】
図8は、実験例5において、培養40日目の細胞凝集塊を明視野観察した結果を示す顕微鏡写真である。
【
図9】
図9は、実験例5において、培養40日目の脳オルガノイドの免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である(マトリゲル濃度50体積%)。
【
図10】
図10は、実験例5において、培養40日目の脳オルガノイドの免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である(マトリゲル濃度30体積%)。
【
図11】
図11は、実験例5において、培養40日目の脳オルガノイドの免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である(マトリゲル濃度10体積%)。
【
図12】
図12は、実験例5において、培養40日目の脳オルガノイドの免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である(マトリゲル濃度2体積%)。
【
図13】
図13は、実験例5において、培養70日目の脳オルガノイドの免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である(マトリゲル濃度50体積%)。
【
図14】
図14は、実験例5において、培養70日目の脳オルガノイドの免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である(マトリゲル濃度30体積%)。
【
図15】
図15は、実験例5において、培養70日目の脳オルガノイドの免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である(マトリゲル濃度10体積%)。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、実施形態を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に何ら限定されるものではない。
【0011】
[遺伝子名及びタンパク質名の表記]
本明細書では、ヒト遺伝子及びヒトタンパク質は、大文字のアルファベットで表すものとする。また、マウス遺伝子は、先頭文字を大文字のアルファベットで、それ以降を小文字のアルファベットで表すものとする。また、マウスタンパク質は大文字のアルファベットで表すものとする。しかしながら、場合により、ヒト遺伝子、マウス遺伝子、その他の種の遺伝子、ヒトタンパク質、マウスタンパク質、その他の種のタンパク質を厳密に区別せずに表記する場合がある。
【0012】
本明細書において、「A~B」等の数値範囲を表す表記は、「A以上、B以下」と同義であり、A及びBをその数値範囲に含むものとする。
本明細書で例示する各物質、例えば、培地中に含まれる物質や各工程で用いられる物質は、特に言及しない限り、それぞれ1種用いることができ、または2種以上を併用して用いることができる。
【0013】
本明細書において、「物質Xを含む培地」、「物質Xの存在下」とは、外来性(exogenous)の物質Xが添加された培地、外来性の物質Xを含む培地、又は外来性の物質Xの存在下を意味する。すなわち、当該培地中に存在する細胞又は組織が当該物質Xを内在的(endogenous)に発現、分泌又は産生する場合、内在的な物質Xは外来性の物質Xとは区別され、外来性の物質Xを含んでいない培地は内在的な物質Xを含んでいても「物質Xを含む培地」の範疇には該当しないものとする。
【0014】
本明細書において、「細胞凝集塊」とは、細胞同士が接着している塊をいう。細胞塊、胚様体(Embryoid body)、スフェア(Sphere)、及びスフェロイド(Spheroid)、並びに脳オルガノイドも細胞凝集塊に包含される。細胞凝集塊は、細胞同士が面接着している。面接着するとは、ある細胞の表面積のうち別の細胞の表面と接着している割合が、例えば、1%以上、好ましくは3%以上、より好ましくは5%以上であることをいう。細胞の表面は、膜を染色する試薬(例えばDiI)による染色や、細胞接着因子(例えば、E-cadherinやN-cadherin)の免疫染色により、観察できる。また、膜に占める接着領域を定量することも可能である。細胞凝集塊は、細胞凝集塊の一部分又は全部において、細胞同士が細胞-細胞間結合(cell-cell junction)又は接着結合(adherence junction)等の細胞接着(cell adhesion)を形成している場合がある。
【0015】
[脳オルガノイドの製造方法]
脳オルガノイドの製造は、神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊をゲル状のマトリゲル粒子に挿入し、浮遊培養する方法が広く知られている。しかし、ゲル状のマトリゲル粒子は挿入時に崩れやすいため、崩さない為には熟練した手技が必要であり、自動化装置による大量生産には向かないという問題がある。加えて、ゲル状のマトリゲル粒子の中心部に挿入できない場合、浮遊培養で、ゲル状のマトリゲル粒子から前述の細胞凝集塊が脱離し、脳オルガノイドを形成できなくなる。また、固形状のマトリゲル粒子の形成や前述の細胞凝集塊の挿入は、時間がかかるため、より簡便に脳オルガノイドを製造できる方法が求められている。そこで、本実施形態は、神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊を、濃度10体積%を超える細胞外マトリクスを含む培地(「第1の培地」ともいう。)中で培養する工程を含み、好ましくは、神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊を、細胞外マトリクスに挿入せず、濃度10体積%を超える細胞外マトリクスを含む第1の培地中に分散した状態で培養する工程を含み、その結果、脳オルガノイドが形成される、脳オルガノイドの製造方法を提供する。実施例において後述するように、本実施形態の製造方法によれば、脳オルガノイドを簡便に製造することができる。
【0016】
本実施形態において、脳オルガノイドは、少なくとも、終脳マーカー陽性の細胞を含有する細胞凝集塊を意味する。終脳マーカーとしては、FOXG1(BF1とも呼ばれる)、SIX3等を挙げることができるが、これらに限定されない。なお、FOXG1及びSIX3は前脳マーカーでもある。本実施形態の脳オルガノイドは、少なくとも1種の終脳マーカーを発現する細胞を含有する。好ましい態様において、脳オルガノイドは、FOXG1陽性の細胞を含有する細胞凝集塊である。脳オルガノイドの切片を作製し、4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)と抗FOXG1抗体を用いて免疫染色を行い、脳オルガノイドに占めるFOXG1陽性の細胞の割合を算出することも可能である。脳オルガノイドは、脳オルガノイドに含まれる細胞の個数で50%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは90%以上が、終脳マーカー陽性であることが好ましい。
【0017】
本実施形態の製造方法により製造される脳オルガノイドは、終脳マーカー陽性の細胞以外に、前脳マーカー陽性の細胞及び終脳部分様組織マーカー陽性の細胞から選ばれる少なくとも1種を含むことが好ましい。終脳部分様組織マーカー陽性の細胞としては、大脳皮質、大脳基底核、海馬、及び脈絡叢等の終脳部分様組織マーカー陽性の細胞が挙げられる。脳オルガノイドが、終脳マーカー陽性の細胞以外に、前脳マーカー陽性の細胞及び終脳部分様組織マーカー陽性の細胞を含むか否かは、形態的に判断することができる。あるいは、各細胞に特徴的なマーカー遺伝子又はマーカータンパク質の発現を測定して判断することもできる。
【0018】
前脳マーカーとしては、例えば、FOXG1、SIX3等が挙げられる。また、大脳皮質マーカーとしては、例えば、神経幹細胞・神経前駆細胞マーカーであるPAX6、大脳皮質の第V層マーカーであるCTIP2、大脳皮質の第II/III層マーカーであるSATB2等が挙げられる。また、大脳基底核マーカーとしては、例えば、NKX2.1、GSH2等が挙げられる。また、海馬マーカーとしては、例えば、KA1、ZBTB2等が挙げられる。また、脈絡叢マーカーとしては、例えば、TTR、LMX1A等が挙げられる。
【0019】
神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊は、幹細胞から誘導されたものが好ましく、幹細胞としては、多能性幹細胞又は多能性幹細胞から誘導されたものが好ましい。
【0020】
《多能性幹細胞》
多能性幹細胞は、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)及び/又は胚体外組織に属する細胞系譜すべてに分化しうる能力(分化多能性(pluripotency))を有する幹細胞をいう。
【0021】
多能性幹細胞は、遺伝子改変していない多能性幹細胞であっても、遺伝子改変された多能性幹細胞であってもよい。遺伝子改変された多能性幹細胞から得られる脳オルガノイドは、神経変性症等の脳疾患を有する脳のモデルとして使用することができることから、例えば、本実施形態の被験物質の毒性又は薬効評価方法に用いる脳オルガノイドとして好適に使用することができる。
【0022】
多能性幹細胞は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞、及び体細胞等から誘導することができる。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞:Embryonic stem cell)、EG細胞(Embryonic germ cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)等を挙げることができる。
【0023】
なお、多能性幹細胞には、間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell;MSC)から得られるMuse細胞(Multi-lineage differentiating stress enduring cell)や、始原生殖細胞から樹立されるEG細胞(Embryonic Germ Cell、胚性生殖幹細胞)も包含される。
【0024】
ES細胞は、1981年に初めて樹立され、1989年以降ノックアウトマウス作製にも応用されている。1998年にはヒトES細胞が樹立されており、再生医療にも利用されつつある。ES細胞は、内部細胞塊をフィーダー細胞上又はLeukemia Inhibitory Factor(LIF)を含む培地中で培養することにより製造することができる。ES細胞の製造方法は、例えば、WO96/22362、WO02/101057、US5,843,780、US6,200,806、US6,280,718等に記載されている。ES細胞は、所定の機関より入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒトES細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。ヒトES細胞であるRx::GFP株(KhES-1由来)は国立研究開発法人理化学研究所より入手可能である。また、マウスES細胞であるEB5細胞は国立研究開発法人理化学研究所より入手可能である。また、マウスES細胞であるD3株はATCCより入手可能である。
【0025】
ES細胞の1つである核移植ES細胞(ntES細胞)は、細胞核を取り除いた卵子に体細胞の細胞核を移植して作ったクローン胚から樹立することができる。
【0026】
EG細胞は、始原生殖細胞をmSCF、LIF及びbFGFを含む培地中で培養することにより製造することができる(例えば、Matsui Y., et al., Derivation of pluripotential embryonic stem cells from murine primordial germ cells in culture, Cell, 70 (5), 841-847, 1992を参照)。
【0027】
本実施形態において、「iPS細胞」とは、体細胞を、公知の方法等により初期化(reprogramming)することにより、多能性を誘導した細胞を意味する。具体的には、線維芽細胞や末梢血単核球あるいはリンパ球等の分化した体細胞をOct3/4、Sox2、Klf4、Myc(c-Myc、N-Myc、L-Myc)、Glis1、Nanog、Sall4、Lin28、Esrrb等を含む初期化遺伝子群から選ばれる複数の遺伝子の組合せのいずれかの発現により初期化して多分化能を誘導した細胞が挙げられる。
【0028】
好ましい初期化遺伝子群の組み合わせとしては、例えば、(1)Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMyc(c-Myc又はL-Myc)の組み合わせ、又は(2)Oct3/4、Sox2、Klf4、Lin28及びL-Myc(Okita K., et al., An efficient nonviral method to generate integration-free human-induced pluripotent stem cells from cord blood and peripheral blood cells, Stem Cells, 31 (3), 458-466, 2013 を参照。)の組み合わせ、を挙げることができる。
【0029】
iPS細胞は、2006年、山中らによりマウス細胞で樹立された(Takahashi K. and Yamanaka S., Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors, Cell, 126 (4), 663-676, 2006)。iPS細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、ES細胞と同様に多能性と自己複製能を有する(例えば、Takahashi K., et al., Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblasts by defined factors, Cell, 131 (5), 861-872, 2007; Yu J., et al., Induced Pluripotent Stem Cell Lines Derived from Human Somatic Cells, Science, 318 (5858), 1917-1920, 2007; Nakagawa M., et al., Generation of induced pluripotent stem cells without Myc from mouse and human fibroblasts, Nat Biotechnol, 26 (1), 101-106, 2008 等を参照。)。
【0030】
遺伝子発現による初期化により、体細胞からiPS細胞を製造する方法以外に、化合物の添加等により、体細胞からiPS細胞を誘導することもできる(Hou P., et al., Pluripotent stem cells induced from mouse somatic cells by small-molecule compounds, Science, 341 (6146), 651-654, 2013)。
【0031】
本実施形態では、株化されたiPS細胞を用いることも可能である。例えば、京都大学で樹立された201B7細胞、201B7-Ff細胞、253G1細胞、253G4細胞、1201C1細胞、1205D1細胞、1210B2細胞、1231A3細胞等のヒトiPS細胞株が、京都大学及びiPSアカデミアジャパン株式会社より入手可能である。さらに、株化されたiPS細胞として、例えば、株式会社リプロセルから販売されているPCPhiPS771が挙げられる。他にも、株化されたiPS細胞として、Institute of Health Carlos IIIで樹立されたXFiPS-F44-3F-2が挙げられる。
【0032】
iPS細胞を製造する際に用いられる体細胞としては、組織由来の線維芽細胞、血球系細胞(例えば、末梢血単核球やT細胞)、肝細胞、膵臓細胞、腸上皮細胞、及び平滑筋細胞等が挙げられる。
【0033】
iPS細胞を製造する際に、数種類の遺伝子の発現により初期化する場合、遺伝子を発現させるための手段は特に限定されない。前記手段としては、ウイルスベクター(例えば、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクター、アデノウイルスベクター、及びアデノ随伴ウイルスベクター)を用いた感染法、プラスミドベクター(例えば、プラスミドベクター、及びエピソーマルベクター)を用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、レトロネクチン法、及びエレクトロポレーション法)、RNAベクターを用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、及びエレクトロポレーション法)、並びにタンパク質やmRNAの直接注入法等が挙げられる。
【0034】
本実施形態の製造方法に用いられる多能性幹細胞は、好ましくはES細胞又はiPS細胞であり、より好ましくはiPS細胞である。
【0035】
遺伝子改変された多能性幹細胞は、ZFN、TALEN、及びCRISPR等の人工ヌクレアーゼを、多能性幹細胞にトランスフェクションすることにより、簡単に作製することができる。人工ヌクレアーゼは、標的遺伝子に二本鎖DNA切断(DSB:double strand break)を導入し、DSB修復機構の一つである非相同末端結合(NHEJ:non-homologous end joining)により挿入欠失変異が導入されることで、標的遺伝子が破壊された遺伝子改変された細胞株、つまり、ノックアウト細胞株が作製される。従来の遺伝子改変技術よりも短期間、低費用かつ効率的にノックアウト細胞株を作製することが可能なことから、遺伝子改変細胞の作製技術として広く利用されるようになっている(例えば、Hsu PD et al., Development and Applications of CRISPR-Cas9 for Genome Engineering, Cell, 157 (6), 1262-1278, 2014等を参照。)。
【0036】
人工ヌクレアーゼを利用して、標的とするゲノム領域(あるいは遺伝子)にGFP等の遺伝子を導入するノックインの試みも行われている。GFP等のノックイン配列の両端に、標的とするゲノム領域の相同配列約500bp-1kbpを有するドナープラスミドを利用する。ドナープラスミドを人工ヌクレアーゼと一緒に多能性幹細胞に導入することで、人工ヌクレアーゼが標的配列にDSBを導入し、ドナープラスミドの相同配列を利用して、もう一つのDSB修復機構である相同組換え(HR:homologous recombination)により、GFP等の遺伝子が標的配列にノックインされる。
【0037】
また、ドナープラスミドを使わない方法として、一本鎖DNA(ssODN:single-stranded oligodeoxynucleotides)を用いることで、標的遺伝子の一塩基置換や、HisタグやLoxP等の数十bp以下の短いDNA配列を導入することができる。導入したい塩基配列を挟んで、両端に40-60bpの相同配列を含むssODNを人工的に合成して、人工ヌクレアーゼと一緒に受精卵に導入することで、高効率なDSB修復機構であるSingle-strand annealing(SSA)を利用して、簡単かつ効率的にノックイン細胞株を作製することが可能である。
【0038】
ドナープラスミドを利用してノックインを行う際には、ノックインしたい遺伝子を含むプラスミドに、標的とするゲノム領域の相同配列を付加する必要がある。相同配列をPCR等で増幅して、ライゲーションおよび大腸菌でクローニングしてドナープラスミドを作製する。また、ノックイン細胞株の選別方法としては、ポジティブ選択、プロモーター選択、ネガティブ選択、ポリA選択等の方法を用いることができる。選別した細胞株の中から目的とする相同組換え体を選択する方法としては、ゲノムDNAに対するサザンハイブリダイゼーション法やPCR法等が挙げられる。
【0039】
多能性幹細胞としては、好ましくは哺乳動物由来の多能性幹細胞であり、哺乳動物としては、好ましくはげっ歯類及び霊長類、より好ましくは霊長類であり、霊長類としては、好ましくはヒトである。
【0040】
「哺乳動物」には、げっ歯類、有蹄類、ネコ目、霊長類等が包含される。げっ歯類には、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等が包含される。有蹄類には、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等が包含される。ネコ目には、イヌ、ネコ等が包含される。「霊長類」とは、霊長目に属する哺乳類動物をいい、霊長類としては、キツネザル、ロリス、ツバイ等の原猿亜目と、サル、類人猿、ヒト等の真猿亜目が挙げられる。
【0041】
《多能性幹細胞の増殖》
本実施形態の脳オルガノイドの製造方法では、多能性幹細胞を増殖させて用いることができる。多能性幹細胞を増殖する際には、フィーダー細胞存在下又はフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)で増殖することができる。
【0042】
フィーダー細胞存在下でiPS細胞を増殖する際には、公知の方法で、未分化維持因子存在下でiPS細胞を増殖できる。フィーダー細胞非存在下でiPS細胞を増殖する際に用いられる増殖用培地としては、例えば、公知のES細胞及び/又はiPS細胞の維持培地や、フィーダーフリーでiPS細胞を樹立するための培地を用いることができる。フィーダーフリーでiPS細胞を樹立するためのフィーダーフリー用培地としては、Essential 8培地や、TeSR培地、mTeSR培地、及びmTeSR-E8培地(いずれも、ステムセルテクノロジーズ社製)、並びにStemFit培地(味の素社製)等を挙げることができる。
【0043】
多能性幹細胞を増殖させる際に用いられる培養器は、「接着培養する」ことが可能なものであれば、適宜培養のスケール、培養条件及び培養期間に応じた培養器を選択することが可能である。このような培養器としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、培養皿(ディッシュ)、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、マイクロキャリア、ビーズ、スタックプレート、スピナーフラスコ又はローラーボトルが挙げられる。
【0044】
これらの培養器は、接着培養を可能とするために、細胞接着性であることが好ましい。細胞接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理された培養器が挙げられ、具体的には表面加工された培養器、又は、内部がコーティング剤で被覆された培養器が挙げられる。コーティング剤としては、例えば、ラミニン(ラミニンα5β1γ1(以下、「ラミニン511」という場合がある。)、ラミニンα1β1γ1(以下、「ラミニン111」という場合がある。)、ラミニン断片(ラミニン511E8等)等を含む)、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン、ビトロネクチン(Vitronectin)、シンセマックス(コーニング社)、マトリゲル等の細胞外マトリクス等;ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等が挙げられる。表面加工された培養器としては、正電荷処理等の表面加工された培養容器が挙げられる。
【0045】
多能性幹細胞の増殖は、培地にROCK(Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)阻害剤を添加して培養することが好ましい。ROCK阻害剤を添加することで、多能性幹細胞、特にヒトiPS/ES細胞の細胞分散時に細胞死を抑制することができる。細胞を剥離させた場合、ROCK阻害剤を適宜、剥離後に添加して培養することが好ましい。ROCK阻害剤を添加する場合、添加後少なくとも1日間培養すればよく、培養後は除去することが好ましい。また、多能性幹細胞の増殖は、培地に多能性幹細胞を剥離させる1日以上前、好ましくは1日前より、ROCK阻害剤を含有する培地で培養することもできる。
【0046】
ROCK阻害剤としては、Rhoキナーゼ(ROCK)の機能を抑制できるものであれば特に限定されず、例えば、Y-27632(例えば、Ishizaki T., et al., Pharmacological properties of Y-27632, a specific inhibitor of rho-associated kinases, Mol Pharmacol, 57 (5), 976-983, 2000; Narumiya S., et al., Use and properties of ROCK-specific inhibitor Y-27632, Methods Enzymol 325, 273-284, 2000 等を参照。)、Fasudil/HA1077(例えば、Uehata M., et al., Calcium sensitization of smooth muscle mediated by a Rho-associated protein kinase in hypertension, Nature, 389 (6654), 990-994, 1997 を参照。)、H-1152(例えば、Sasaki Y., et al., The novel and specific Rho-kinase inhibitor (S)-(+)-2-methyl-1-[(4-methyl-5-isoquinoline)sulfonyl]-homopiperazine as a probing molecule for Rho-kinase-involved pathway, Pharmacol Ther., 93 (2-3), 225-232, 2002 を参照。)、Wf-536(例えば、Nakajima M., et al., Effect of Wf-536, a novel ROCK inhibitor, against metastasis of B16 melanoma, Cancer Chemotherapy and Pharmacology, 52 (4), 319-324, 2003 を参照。)及びこれらの誘導体、並びに、ROCKに対するアンチセンス核酸、RNA干渉誘導性核酸(例えば、siRNA)、ドミナントネガティブ変異体、及びこれらの発現ベクターが挙げられる。
【0047】
《神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊》
続いて、増殖させた多官能幹細胞を培養して、神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊を製造する。
【0048】
神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊の培養に使用する培地(以下、「凝集用培地」という場合がある。)について説明する。
【0049】
凝集用培地の基礎培地としては、動物細胞の培養に通常用いられる培地を使用できる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM(GMEM)培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、又はこれらの混合培地等、動物細胞の培養に用いることのできる培地を挙げることができる。
【0050】
神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊の培養においては、無血清培地も使用できる。「無血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味する。精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地も、無調整又は未精製の血清を含まない限り無血清培地に含まれる。無血清培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物としては、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール又はチオグリセロール、これらの均等物等を適宜含有するものを挙げることができる。
【0051】
血清代替物は、例えば、WO98/30679に記載の方法により調製することができる。血清代替物としては市販品を利用してもよい。市販の血清代替物としては、例えば、Knockout(TM) Serum Replacement(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製:以下、「KSR」という場合がある。)、Chemically-defined Lipid concentrated(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、Glutamax(TM)(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、B27(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、N2サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、1×Non-essential Amino Acids(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)等が挙げられる。
【0052】
凝集用培地は、骨形成タンパク質(Bone morphogenetic protein/BMP)シグナル伝達経路阻害物質、又は、形質転換因子β(Transforming Growth Factor-β、/TGF-β)ファミリーシグナル伝達経路阻害物質を含むことが好ましい。
【0053】
BMPシグナル伝達経路阻害物質としては、BMPに起因するシグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定されず、核酸、タンパク質、及び低分子有機化合物のいずれであってもよい。ここでBMPとしては、BMP2、BMP4、BMP7、及びGDF7等が挙げられる。
【0054】
BMPシグナル伝達経路阻害物質として、例えば、BMPに直接作用する物質(Nogginタンパク質、抗体、及びアプタマー等)、BMPをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(アンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、BMP受容体(BMPR)とBMPの結合を阻害する物質、並びにBMP受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質を挙げることができる。BMPRとしては、ALK2及びALK3等を挙げることができる。
【0055】
BMPシグナル伝達経路阻害物質としては、LDN193189、及びDorsomorphin等が挙げられる。LDN193189(4-[6-(4-ピペラジン-1-イルフェニル)ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル]キノリン)は、BMPR(ALK2/3)阻害剤(以下、BMPR阻害剤)であり、通常は塩酸塩の形態で市販されている。また、BMPシグナル伝達経路阻害物質として知られるタンパク質(Chordin、又はNoggin等)を使用してもよい。
【0056】
BMPシグナル伝達経路阻害物質としては、好ましくはDorsomorphinである。
【0057】
凝集用培地中に含まれるBMPシグナル伝達経路阻害物質の終濃度は、0.5~10μMであることが好ましく、0.75~5μMであることがより好ましく、1~3μMであることが更に好ましい。上記の数値の範囲内であると、脳オルガノイド内で層構造を形成する神経細胞が空間的に規則正しく配置されるため、好ましい。
【0058】
TGF-βファミリーシグナル伝達経路阻害物質とは、TGF-βファミリーシグナル伝達経路、すなわちSmadファミリーにより伝達されるシグナル伝達経路を阻害する物質を表し、具体的にはTGF-βシグナル伝達経路阻害物質、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質を挙げることができる。
【0059】
TGF-βシグナル伝達経路阻害物質としては、TGF-βに起因するシグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定されず、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。
【0060】
TGF-βシグナル伝達経路阻害物質として、例えば、TGF-βに直接作用する物質(例えば、タンパク質、抗体、アプタマー等)、TGF-βをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、TGF-β受容体とTGF-βの結合を阻害する物質、TGF-β受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質(例えば、TGF-β受容体の阻害剤、Smadの阻害剤等)を挙げることができる。
【0061】
TGF-βシグナル伝達経路阻害物質として知られているタンパク質として、Lefty等が挙げられる。TGF-βシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができ、具体的には、SB431542、LY-364947、SB-505124、及びA-83-01等が挙げられる。ここでSB431542(4-(5-ベンゾール[1,3]ジオキソール-5-イル-4-ピリジン-2-イル-1H-イミダゾール-2-イル)-ベンズアミド)及びA-83-01(3-(6-メチル-2-ピリジニル)-N-フェニル-4-(4-キノリニル)-1H-ピラゾール-1-カルボチオアミド)は、TGF-β受容体(ALK5)及びActivin受容体(ALK4/7)の阻害剤(すなわちTGF-βR阻害剤)として公知の化合物である。TGF-βシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはSB431542又はA-83-01であり、A-83-01のほうが、初期の終脳への分化が進みやすい点で好ましい。
【0062】
凝集用培地中に含まれる、TGF-βシグナル伝達経路阻害物質の終濃度は、0.5~10μMであることが好ましく、0.75~5μMであることがより好ましく、1~3μMであることが更に好ましい。
【0063】
凝集用培地として、BMPシグナル伝達経路阻害物質がDorsomorphinで、TGF-βシグナル伝達経路阻害物質がA-83-01である場合、多能性幹細胞から神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊への誘導期間は、3~14日が好ましく、4~12日がより好ましく、5~10日が更に好ましい。上記の数値の範囲内であると、神経上皮細胞を含んだ脳胞の誘導効率が向上するため、好ましい。
【0064】
凝集用培地での培養方法としては、浮遊培養が好ましく、浮遊培養は凝集用培地を攪拌しながら行うことが好ましい。なお、浮遊培養とは、細胞凝集塊が培養液に浮遊して存在する状態を維持しつつ培養すること、及び当該培養を行う方法をいう。浮遊培養は、細胞又は細胞凝集塊を培養器材等に接着させない条件で行われ、培養器材等に接着させる条件で行われる培養(接着培養又は接着培養法)は、浮遊培養の範疇に含まれない。この場合、細胞が接着するとは、細胞又は細胞凝集塊と培養器材との間に、強固な細胞-基質間結合(cell-substratum junction)ができることをいう。より詳細には、浮遊培養とは、細胞又は細胞凝集塊と培養器材等との間に強固な細胞-基質間結合を作らせない条件での培養をいい、接着培養とは、細胞又は細胞凝集塊と培養器材等との間に強固な細胞-基質間結合を作らせる条件での培養をいう。
【0065】
多能性幹細胞を凝集用培地で培養する際、多能性幹細胞を分散させておくことができる。多能性幹細胞を分散させることにより、均一性に優れた神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊を得ることができる。分散とは、細胞や組織を酵素処理や物理処理等の分散処理により、小さな細胞片(2細胞以上100細胞以下、好ましくは50細胞以下)又は単一細胞まで分離させることをいう。一定数の分散した細胞とは、細胞片又は単一細胞を一定数集めたもののことをいう。多能性幹細胞を分散させる方法としては、例えば、機械的分散処理、細胞分散液処理、及び細胞保護剤添加処理が挙げられる。これらの処理を組み合わせて行ってもよい。好ましくは、細胞分散液処理を行い、次いで機械的分散処理をするとよい。機械的分散処理の方法としては、ピペッティング処理又はスクレーパーでの掻き取り操作が挙げられる。
【0066】
細胞分散液処理に用いられる細胞分散液としては、例えば、トリプシン、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、プロナーゼ、DNase、及びパパイン等の酵素類や、エチレンジアミン四酢酸等のキレート剤のいずれかを含む溶液を挙げることができる。市販の細胞分散液、例えば、TrypLE Select(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)やTrypLE Express(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いることもできる。
【0067】
多能性幹細胞を分散する際に、細胞保護剤で処理することにより、多能性幹細胞の細胞死を抑制してもよい。細胞保護剤処理に用いられる細胞保護剤としては、繊維芽細胞増殖因子(Fibroblast growth factor/FGF)シグナル伝達経路作用物質、ヘパリン、インスリン様成長因子(Insulin-like growth factor/IGF)シグナル伝達経路作用物質、血清、及び血清代替物等を挙げることができる。
【0068】
分散により誘導される細胞死(特に、ヒト多能性幹細胞の細胞死)を抑制するために、分散の際に、ROCK阻害物質又はMyosin阻害物質を添加してもよい。ROCK阻害物質としては、Y-27632、Fasudil(HA1077)、H-1152等を挙げることができる。Myosin阻害物質としてはBlebbistatinを挙げることができる。好ましい細胞保護剤としては、ROCK阻害物質が挙げられる。
【0069】
神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊の培養では、分散した多能性幹細胞を迅速に狭いスペースに採取し、培養することが好ましい。このように培養すると、形成された細胞凝集塊から分化誘導される脳オルガノイドにおいて上皮様構造を再現性よく形成させることができる。狭いスペースを有する培養プレートとしては、例えば、狭いウェルを有するプレート(例えば、ウェルの底面積が平底換算で0.1~2.0cm2程度のプレート)、マイクロポア、及び小さな遠心チューブが挙げられる。
【0070】
狭いウェルを有するプレートとしては、例えば、24ウェルプレート(面積が平底換算で1.88cm2程度)、48ウェルプレート(面積が平底換算で1.0cm2程度)、96ウェルプレート(面積が平底換算で0.3cm2程度、内径6~8mm程度)、384ウェルプレートが挙げられる。これらの中でも好ましくは96ウェルプレートである。
【0071】
狭いウェルを有するプレートの形状として、ウェルを上から見たときの底面の形状としては、多角形、長方形、楕円、真円が挙げられ、好ましくは真円が挙げられる。狭いウェルを有するプレートの形状として、ウェルを横から見たときの底面の形状としては、平底構造でもよく、外周部が高く内凹部が低くくぼんだ構造でもよい。底面の形状として、例えば、U底、V底、M底が挙げられ、好ましくはU底又はV底、更に好ましくはV底が挙げられる。狭いウェルを有するプレートとして、細胞培養皿(例えば、60~150mmディッシュ、カルチャーフラスコ)の底面に凹凸、又は、くぼみがあるものを用いてもよい。狭いウェルを有するプレートの底面として、細胞非接着性の底面、好ましくは細胞非接着性コートした底面を用いることが好ましい。
【0072】
細胞凝集塊が形成されたこと、及びその均一性は、細胞凝集塊のサイズ及び細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態及びその均一性等に基づき判断することが可能である。また、細胞凝集塊において上皮様構造が形成されたこと、及びその均一性は、細胞凝集塊の巨視的形態、組織染色解析による微視的形態及びその均一性、分化及び未分化マーカーの発現及びその均一性、分化マーカーの発現制御及びその同期性、分化効率の細胞凝集塊間の再現性等に基づき判断することが可能である。
【0073】
神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊が形成されたことは、神経外胚葉マーカーが陽性であることにより判断することが可能である。神経外胚葉マーカーとしては、NESTIN、βIII-TUBULIN、等が挙げられる。
【0074】
《神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊の培養》
本実施形態の製造方法は、神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊を、濃度10体積%を超える細胞外マトリクスを含む第1の培地中で培養する工程を含む。好ましくは、神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊を、細胞外マトリクスに挿入せず、濃度10体積%を超える細胞外マトリクスを含む第1の培地中に分散した状態で培養する工程を含む。神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊を第1の培地中で培養することにより、脳オルガノイドが形成される。
【0075】
「細胞外マトリクス成分」とは、細胞外マトリクス中に通常見出される各種成分をいう。本実施形態においては、基底膜成分を用いることが好ましい。基底膜成分としては、例えば、IV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン、及びニドゲン等が挙げられる。培地に添加する細胞外マトリクス成分としては市販のものが利用でき、例えば、マトリゲル(コーニング社製)、ヒト型ラミニン(シグマ社製)等が挙げられる。マトリゲルは、Engelbreth Holm Swarn(EHS)マウス肉腫由来の基底膜調製物である。マトリゲルの主成分は、IV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン、及びニドゲンであるが、これらに加えて、TGF-β、FGF、組織プラスミノゲン活性化因子、EHS腫瘍が天然に産生する増殖因子が含まれる。マトリゲルのgrowth factor reduced製品は、通常のマトリゲルよりも増殖因子の濃度が低く、その標準的な濃度は上皮成長因子(Epidermal Growth Factor/EGF)が<0.5ng/mL、神経成長因子(Nerve growth factor/NGF)が<0.2ng/mL、血小板由来成長因子(Platelet-Derived Growth Factor/PDGF)が<5pg/mL、IGF-1が≦5ng/mL、TGF-βが≦1.7ng/mLである。細胞外マトリクス成分としては、マトリゲルのgrowth factor reduced製品の使用が好ましい。
【0076】
第1の培地中の細胞外マトリクス成分の濃度は、神経管様構造体の形成に寄与する。また、長期培養における大脳皮質様階層構造の構築において、上層神経細胞の作出時期や、上層の厚さにも影響する。
【0077】
細胞外マトリクス成分としてマトリゲルを使用する場合、マトリゲルと第1の培地を氷浴上でピペッティングすることで混和させる。ピペッティングを15回以上行うと、マトリゲルが培地中に分散する。分散とは、目視で培地中に細胞外マトリクスの塊が目視で観察できない状態を意味する。マトリゲルが培地中に分散できないと、得られる脳オルガノイド間での凝集が生じる。
【0078】
第1の培地と細胞外マトリクスとを合わせた体積を100体積%として、細胞外マトリクスの濃度の上限値は70体積%であることが好ましく、60体積%であることがより好ましく、50体積%であることが更に好ましい。一方で、細胞外マトリクスの濃度の下限値は10体積%であることが好ましく、20体積%であることがより好ましく、30体積%であることが更に好ましい。10体積%以下であると、培養70日目における脳オルガノイド切片の免疫染色を行った場合に、大脳皮質の第II/III層マーカーであるSATB2の発現がほとんど観察されない。また、30~50体積%の範囲内であると、培養70日目における脳オルガノイド切片では、大脳皮質の第II/III層マーカーであるSATB2の発現が明瞭に観察される。また、30~50体積%の範囲内であると、SATB2が発現するまでの期間が短いため好ましい。
【0079】
第1の培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、Ham’s F-12培地、RPMI1640培地、及びFischer’s培地、これらの混合培地等、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。
【0080】
第1の培地は、N2サプリメント(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製品名)、Chemically Defined Lipid Concentrate、血清、血清代替物、ヘパリン等を含有することができる。血清代替物については上述したものと同様である。
【0081】
本実施形態の製造方法は、神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊を第1の培地で培養する工程を含んでいればよく、第1の培地を使用しない別の工程を有することもできる。例えば、神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊を、第1の培地以外の培地(N2サプリメント及びChemically Defined Lipid Concentrateを含み、血清、ヘパリン、細胞外マトリクス成分を含有しない培地)を用いて培養する工程を行った後、途中から(例えば、Foxg1陽性細胞凝集塊中に、脳室様の空洞を有した半球状の神経管様構造が形成された段階以降において)第1の培地へ切り替えて、第1の培地で培養する工程を行うことができる。
【0082】
第1の培地は、Wntシグナル増強剤を更に含んでいてもよい。Wntシグナル増強剤としては、Wntタンパク質、GSK-3β阻害剤及びR-Spondin等のWnt agonist、並びにDkk(Wnt阻害タンパク質の阻害剤)等が挙げられる。これらの中でも、Wntシグナル増強剤としては、Wntタンパク質及びGSK-3β阻害剤が好ましい。
【0083】
GSK-3β阻害剤としては、CHIR99021(6-[[2-[[4-(2,4-Dichlorophenyl)-5-(5-methyl-1H-imidazol-2-yl)-2-pyrimidinyl]amino]ethyl]amino]-3-pyridinecarbonitrile)、Kenpaullone、及び6-Bromoindirubin-3’-oxime(BIO)等を挙げることができる。これらの中でも、GSK-3β阻害剤としてはCHIR99021が好ましい。
【0084】
Wntタンパク質としては、各種生物由来のWntタンパク質を用いることができる。生物由来のWntタンパク質中でも、哺乳類動物由来のWntタンパク質であることが好ましい。哺乳類動物のWntタンパク質としては、Wnt1、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11、及びWnt16等が挙げられる。中でもWnt3aが好ましく、Wnt3aはアファミンとの複合体であることがより好ましい。
【0085】
Wntシグナル増強剤としてCHIR99021を用いる場合、培地中に含まれるその終濃度は、0.1μM~30μMが好ましく、0.5μM~10μMがより好ましく、1μM~5μMが更に好ましい。上記の数値の範囲内であると、神経上皮細胞を含んだ脳胞の誘導効率が向上するため、好ましい。
【0086】
Wntシグナル増強剤としてWnt3aを用いる場合、培地中に含まれるその終濃度は、0.1ng/mL~20ng/mLが好ましく、0.5ng/mL~15ng/mLがより好ましく、1ng/mL~10ng/mLが更に好ましい。上記の数値の範囲内であると、神経上皮細胞を含んだ脳胞の誘導効率が向上するため、好ましい。
【0087】
第1の培地は、TGF-βファミリーシグナル伝達経路阻害物質を更に含むことができる。TGF-βファミリーシグナル伝達経路阻害物質の詳細については上述したものと同様である。TGF-βファミリーシグナル伝達経路阻害物質として、SB431542を用いる場合、培地中の終濃度で、0.5μM~10μMであることが好ましく、0.75μM~5μMであることがより好ましく、1μM~3μMであることが更に好ましい。
【0088】
神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊の第1の培地中での培養は、終脳マーカー陽性の脳オルガノイドを得るのに必要な期間実施される。終脳マーカーについては上述したものと同様である。
【0089】
例えば、第1の培地がWntシグナル増強剤及びTGF-βファミリーシグナル伝達経路阻害物質を含み、Wntシグナル増強剤がWnt3a及びCHIR99021であり、TGF-βファミリーシグナル伝達経路阻害物質がSB431542である場合、神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊の第1の培地中での培養期間は、3日~14日が好ましく、4日~12日がより好ましく、5日~10日が更に好ましく、6日~8日が特に好ましい。
【0090】
《細胞外マトリクス成分を実質的に含まない培地中で培養する工程》
本実施形態の製造方法は、細胞外マトリクス成分を実質的に含まない培地(以下、「第2の培地」ともいう。)中で培養する工程を有することができる。具体的には、神経外胚葉マーカー陽性の細胞凝集塊を第1の培地中で培養して得られた細胞凝集塊を、細胞外マトリクス成分を実質的に含まない培地中で培養する工程を更に含むことが好ましい。前記工程を有することで、終脳マーカー陽性の細胞に加え、前脳マーカー陽性の細胞及び終脳部分様組織マーカー陽性の細胞を含む細胞凝集塊(脳オルガノイド)を得ることができる。前記培養は浮遊培養で行うことが好ましい。
【0091】
浮遊培養中の細胞凝集塊では、細胞と細胞が面接着する。浮遊培養中の細胞凝集塊では、細胞-基質間結合が培養器材等との間にはほとんど形成されないか、あるいは、形成されていてもその寄与が小さい。一部の態様では、浮遊培養中の細胞凝集塊では、内在の細胞-基質間結合が凝集塊の内部に存在するが、培養器材等との間には細胞-基質間結合がほとんど形成されないか、又は、形成されていてもその寄与が小さい。
【0092】
浮遊培養を行う際に用いられる培養器は、「浮遊培養する」ことが可能なものであれば特に限定されず、当業者であれば適宜決定することが可能である。このような培養器としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、培養皿(ディッシュ)、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マイクロポア、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、スピナーフラスコ、三角フラスコ、ローラーボトル等が挙げられる。
【0093】
これらの培養器は、浮遊培養を可能とするために、細胞非接着性であることが好ましい。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、基底膜標品、ラミニン、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等によるコーティング処理、又は、正電荷処理等の表面加工)されていないもの等を使用できる。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を低下させる目的で人工的に処理(例えば、MPCポリマー等の超親水性処理、タンパク低吸着処理等)されたもの等を使用できる。スピナーフラスコ、ローラーボトル、撹拌羽つきの小型バイオリアクター等を用いて撹拌してもよい。培養器の培養面は、平底でもよいし、凹凸があってもよい。
【0094】
浮遊培養は、高酸素分圧条件下で行うことが好ましい。高酸素分圧条件下で浮遊培養することにより、脳オルガノイドに含まれる脳室帯の長期間の維持培養が達成され、終脳マーカー陽性の細胞だけでなく、少なくとも、前脳マーカー陽性の細胞及び終脳部分様組織マーカー陽性の細胞から選ばれる1種以上の細胞を有する細胞凝集塊の形成が可能となる。
【0095】
高酸素分圧条件とは、空気中の酸素分圧(20%)を上回る酸素分圧条件を意味する。高酸素分圧条件として、30%~60%で培養することも可能である。
【0096】
第2の培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、Ham’s F-12培地、RPMI1640培地、Fischer’s培地、これらの混合培地等、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。
【0097】
第2の培地は、N2サプリメント、Chemically Defined Lipid Concentrate、血清、血清代替物、ヘパリン等を更に含有していてもよい。血清代替物については上述したものと同様である。
【0098】
第2の培地は、細胞外マトリクス成分を実質的に含まない。ここで、「細胞外マトリクス成分を実質的に含まない」とは、第2の培地に細胞外マトリクス成分を意図的に添加しないことを意味し、第1の培地に添加した細胞外マトリクス成分の一部又は全部が第2の培地中に混入すること、第2の培地中に脳オルガノイド自体が産生する細胞外マトリクス成分が含まれること等は許容される。一態様において、第2の培地における細胞外マトリクス成分の濃度は、第2の培地とマトリゲルとを合わせた体積を100体積%として、1体積%以下であることが好ましく、0.5体積%以下であることがより好ましく、0.1体積%以下であることが更に好ましい。
【0099】
第2の培地が細胞外マトリクス成分を実質的に含まないことにより、終脳マーカー陽性の細胞だけでなく、少なくとも、前脳マーカー陽性の細胞及び終脳部分様組織マーカー陽性の細胞のいずれか1種以上の細胞を有する細胞凝集塊を製造することができる。
【0100】
第2の培地中での培養期間は、7~154日が好ましく、14~147日がより好ましく、21日~140日が更に好ましい。第2の培地中で77日以上培養すると、大脳皮質の階層構造(インサイド-アウトパターン)が明瞭な脳オルガノイドを得やすくなる傾向にある。
【0101】
[脳オルガノイド]
1実施形態において、本発明は、本実施形態の脳オルガノイドの製造方法により製造された脳オルガノイドを提供する。本実施形態の脳オルガノイドと、本実施形態の脳オルガノイドの製造方法とは異なる製造方法により製造された脳オルガノイドは、遺伝子発現パターン等に相違が存在する可能性がある。しかしながら、そのような相違が存在するか否かは定かではなく、また、そのような相違を特定して、遺伝子発現パターン等により本実施形態の脳オルガノイドを特定するためには、著しく多くの試行錯誤を重ねることが必要であり、実質的に不可能である。したがって、本実施形態の脳オルガノイドは、上述した製造方法により製造されたことにより特定することが実際的であるといえる。
【0102】
実施例において後述するように、本実施形態の脳オルガノイドは、神経幹細胞・神経前駆細胞マーカーであるPAX6、大脳皮質の第V層マーカーであるCTIP2、大脳皮質の第II/III層マーカーであるSATB2について免疫染色を行った場合に、インサイド-アウトパターンが認められる。また、長期培養することで、本実施形態の脳オルガノイドは、アストロサイトマーカーであるS100βやGFAP陽性細胞を有することを免疫染色で確認できる。
【0103】
[被験物質の毒性・薬効評価方法及びキット]
1実施形態において、本発明は、本実施形態の脳オルガノイドに被験物質を接触させることと、前記被験物質が前記脳オルガノイドに及ぼす影響を検定することと、を含む、被験物質の毒性・薬効評価方法を提供する。
【0104】
本実施形態の方法により、被験物質の脳に対する薬効評価を再現性よく行うことが可能となる。また、ヒト由来の脳オルガノイドを用いることにより、被験物質のヒトにおける薬効を正確に評価することが可能となる。
【0105】
被験物質としては、天然化合物ライブラリ、合成化合物ライブラリ、及び既存薬ライブラリ等が挙げられる。
【0106】
被験物質が脳オルガノイドに及ぼす影響の検定方法としては、被験物質の存在下及び非存在下における、直径の測定、形態の解析、細胞生存率の解析、遺伝子発現パターンの解析、切片の免疫染色、及び神経活動の測定等が挙げられる。
【0107】
[神経系細胞又は神経組織の障害に基づく疾患の治療薬及び治療用医薬組成物]
本実施形態の脳オルガノイドは、例えば、アルツハイマー病、小頭症、自閉症等の神経系細胞又は神経組織の障害に基づく疾患の患者の脳に移植して疾患を治療する、治療薬として利用することができる。
【0108】
また、本実施形態の治療薬は、本実施形態の脳オルガノイドを有効成分として含有し、脳オルガノイドを懸濁する緩衝液、神経系細胞又は神経組織の障害に基づく疾患に対する既存の治療薬等を更に含む、治療用医薬組成物の形態に調製されていてもよい。ここで、「有効成分として含有する」とは、脳オルガノイドを、神経系細胞又は神経組織の障害に基づく疾患の治療効果が得られる程度の量含有することを意味し、その含有量は特に限定されない。
【実施例】
【0109】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0110】
[実験例1]
ヒトiPS細胞(PChiPS771株、Lot.A01QM28、リプロセル社製)を、「Nakagawa M., et al., A novel efficient feeder-free culture system for the derivation of human induced pluripotent stem cells, Scientific Reports, 4, 3594, 2014」に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit AK02N(味の素社製)、又はフィーダーフリー足場にはiMatrix-511(ニッピ社製)を用いた。
【0111】
具体的な拡大培養操作としては、まず60~80%コンフルエント(培養面積の6~8割が細胞に覆われる程度)になったヒトiPS細胞(PChiPS771株、Lot.A01QM28、リプロセル社製)をリン酸緩衝生理食塩水(以下「PBS」と略す。)にて洗浄後、TrypLE Select(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いて単一細胞へ分散した。その後、前記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞を、iMatrix-511(ニッピ社製)にてコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Y27632(ROCK阻害物質、終濃度10μM)を添加した、StemFit AK02N培地にてフィーダーフリー培養した。前記プラスチック培養ディッシュとして、60mm dish(イワキ社製、細胞培養用)を用い、前記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞の播種細胞数は3×104個とした。
【0112】
細胞を播種してから1日後に、Y27632を含まないStemFit AK02N培地に交換した。以降、1~2日に一回Y27632を含まないStemFit AK02N培地にて培地交換した。その後、細胞を播種してから6日後に80%コンフルエントになった。
図1は、細胞を播種してから7日後のiPS細胞を明視野で観察した顕微鏡写真を示す。
【0113】
[実験例2]
80%コンフルエントのヒトiPS細胞(PChiPS771株、Lot.A01QM28、リプロセル社製)を、Y27632(ROCK阻害物質、10μM)存在下で、2時間処理し、ヒトiPS細胞を得た。
【0114】
前記2時間処理後のヒトiPS細胞を、細胞分散液(製品名「TrypLE Select」、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いてピペッティング操作により単一細胞処理した。単一細胞にしたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(製品名「PrimeSurface 96V底プレート」、住友ベークライト社製)の1ウェルあたり2×104個になるように100μLの凝集用培地中、37℃、容器内に5体積%CO2存在下で浮遊培養した。
【0115】
凝集用培地としては、StemFit AK02N(味の素社製)に、Non-essential Amino Acids(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、希釈濃度200倍)、Penicillin/Streptomycin(ナカライテスク社製、希釈濃度100倍)、Glutamax(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、希釈濃度100倍)、1×2-Mercaptoethanol(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、希釈濃度1000倍)、Dorsomorphin(シグマ社製、終濃度2μM)、A-83-01(終濃度2μM)を添加したものを用いた。
【0116】
浮遊培養開始時(培養0日目、以下、特に断らない限り、培養日数は、浮遊培養開始時からの培養日数で表す。)に、前記凝集用培地にY27632(終濃度30μM)を添加した。また、浮遊培養開始後1日目に、前記凝集用培地と同じ組成の培地にY27632(終濃度10μM)を含んだ培地を150μL加え、浮遊培養開始後7日目まで培地交換せずに浮遊培養を続けた。
図2は、浮遊培養開始後7日目の細胞凝集塊を、倒立顕微鏡(オリンパス社)で明視野観察した結果を示す顕微鏡写真である。
【0117】
浮遊培養開始後7日目の細胞凝集塊を免疫染色し、神経外胚葉マーカーの発現を検討した。具体的には、細胞凝集塊を、4質量%パラホルムアルデヒド水溶液で固定後、スクロース溶液で置換し、Leica CM3050 S(Leica社製)を用いて凍結切片を作製した。続いて、これらの凍結切片について、神経外胚葉マーカーを免疫染色した。
【0118】
神経外胚葉マーカーとしては、βIII-TUBULINを検討した。その結果、浮遊培養開始後7日目の細胞凝集塊は、神経外胚葉マーカー陽性であることが明らかとなった。
【0119】
[実験例3]
実験例2における浮遊培養開始後7日目に、各ウェルから凝集用培地を230μL取り除いた。続いて、第1の培地を150μL/ウェルずつ添加し、細胞外マトリクスとその他成分が均一に分散するように氷浴上で混合し、37℃、容器内に5体積%CO2存在下で攪拌せずに浮遊培養した。
【0120】
第1の培地としては、Dulbecco’s Modified Eagle Medium:Nutrient Mixture F-12(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)に、1×N2 Supplement(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、希釈濃度200倍)、Heparin Sodium Salt(シグマ社製、終濃度10μg/mL)、Non-essential Amino Acids(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、希釈濃度200倍)、Penicillin/Streptomycin(ナカライテスク社、希釈濃度100倍)、Glutamax(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、希釈濃度100倍)、Wnt-3a(Human、Recombinant、R&Dシステムズ社製、終濃度4ng/mL)、CHIR99021(Axon社製、終濃度1μM)、及びSB-431542(シグマ社製、終濃度1μM)を添加し、更に、2体積%、10体積%、30体積%又は50体積%のマトリゲル(コーニング社製)を添加した、細胞外マトリックスの含有濃度が異なる第1の培地を各種準備した。
【0121】
図3は、実験例3の浮遊培養開始後14日目の各細胞凝集塊を明視野観察した結果を示す顕微鏡写真である。
【0122】
続いて、実験例3における浮遊培養開始後14日目の各細胞凝集塊について、実験例2と同様にして凍結切片を作製し、免疫染色し、脳マーカーを評価した。
【0123】
具体的には、前脳及び終脳マーカーであるFOXG1(抗FOXG1抗体、ABCAM社、ウサギ)、幼弱な神経細胞マーカーであるβIII-TUBULIN(抗βIII-TUBULIN抗体、SIGMA社、マウス)、神経幹細胞及び神経前駆細胞マーカーであるPAX6(抗PAX6抗体、MBL社、ラビット)の発現を検討した。免疫染色後の各試料を、共焦点顕微鏡(ZEISS社製)を用いて蛍光顕微鏡観察した。
【0124】
図4及び
図5は、マトリゲル濃度30体積%で培養した細胞凝集塊の免疫染色の結果を示す蛍光顕微鏡写真である。
図4中、「DAPI」はDAPIで細胞凝集塊の凍結切片を染色した結果であることを示し、「βIII-TUBULIN」は抗βIII-TUBULIN抗体で細胞凝集塊の凍結切片を染色した結果であることを示し、「PAX6」は抗PAX6抗体で細胞凝集塊の凍結切片を染色した結果であることを示し、「MERGE」は上記の結果を合成した結果であることを示す。
【0125】
図5中、「DAPI」と「MERGE」は
図4におけるものと同様の意味を示し、「SOX2」は抗SOX2抗体で細胞凝集塊の凍結切片を染色した結果であることを示し、「FOXG1」は抗FOXG1抗体で細胞凝集塊の凍結切片を染色した結果であることを示す。
【0126】
その結果、マトリゲル濃度30体積%で培養した細胞凝集塊(実験例3の浮遊培養開始後14日目)は、FOXG1、βIII-TUBULIN、PAX6が陽性であり、少なくとも前脳及び終脳マーカー陽性の脳オルガノイドであることが明らかとなった。
【0127】
[実験例4]
実験例3の第1の培地において、Dulbecco’s Modified Eagle Medium:Nutrient Mixture F-12(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)の代わりにStemFit AK02N(味の素社製)を用いた点以外は実験例3と同様のマトリゲルを濃度50体積%含有する培地(実験例4の第1の培地)を準備し実験例2の浮遊培養開始後7日目の細胞凝集塊を培養した。
【0128】
図6は、浮遊培養開始後7日目、9日目、11日目及び14日目の各細胞凝集塊を明視野観察した結果を示す顕微鏡写真である。
図7は、
図6の写真から各細胞凝集塊の二次元投影面積を計測した結果を示すグラフである。
【0129】
図6及び
図7中、「DMEM F12」は、マトリゲル濃度50体積%の実験例3の第1の培地を用いた結果であり、「AK02N」は、実験例4の第1の培地を用いた結果である。
【0130】
実験例3と同様に実験例4の第1の培地を用いて培養した細胞凝集塊についても、実験例3と同様に、凍結切片を作製し、免疫染色し、脳マーカーを評価した。その結果、実験例4の第1の培地を用いて培養した細胞凝集塊も、FOXG1、βIII-TUBULIN、PAX6が陽性であり、少なくとも前脳及び終脳マーカー陽性の脳オルガノイドであることが明らかとなった。
【0131】
[実験例5]
実験例3において、細胞外マトリクスの含有濃度が異なる各種第1の培地で培養した培養14日目の各細胞凝集塊を各ウェルから回収し、10mLのPBSが入ったFalcon(登録商標)コニカルチューブ50mL(コーニング社製)に移した。続いて、5回転倒混和し、上清を除去することにより、マトリゲル(細胞外マトリクス)を除去した。
【0132】
続いて、Falcon(登録商標)コニカルチューブ50mLから各細胞凝集塊を回収し、30mLシングルユースバイオリアクターに移した。続いて、第2の培地を20mL加え、撹拌を行いながら浮遊培養を開始した。撹拌速度は50rpmに設定し、培地交換は3~4日に1回行った。
【0133】
第2の培地としては、細胞外マトリクスを含有しない培地を用いた。具体的には、第2の培地として、Dulbecco’s Modified Eagle Medium:Nutrient Mixture F-12(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)に、1×N2 Supplement(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、希釈濃度200倍)、B-27 Supplement(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、希釈濃度100倍)、1×Non-essential Amino Acids(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、希釈濃度200倍)、1×Penicillin/Streptomycin(ナカライテスク社製、希釈濃度100倍)、1×2-Mercaptoethanol(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、希釈濃度1000倍)、及びInsulin Solution(Human、recombinant、和光純薬社製、2.5μg/mL)を添加したものを用いた。
【0134】
浮遊培養開始後40日目及び70日目の各細胞凝集塊について、実験例3と同様に、凍結切片を作製し、免疫染色し、脳マーカーを評価した。具体的には、神経幹細胞・神経前駆細胞マーカーであるPAX6(抗PAX6抗体、ヒツジ)、大脳皮質の第V層マーカーであるCTIP2(抗CTIP2抗体、ABCAM社、ラット)、大脳皮質の第II/III層マーカーであるSATB2(抗SATB2抗体、、マウス)について免疫染色を行い、共焦点顕微鏡(ZEISS社製)を用いて蛍光顕微鏡観察した。
【0135】
図8は、マトリゲル濃度が異なる各細胞凝集塊を、浮遊培養開始後40日目に明視野観察した結果を示す顕微鏡写真である。その結果、マトリゲルの濃度が高くなるにつれ、細胞凝集塊のサイズが大きくなることが明らかとなった。また、マトリゲル濃度が10体積%以上で、神経管様な構造体を有する凝集体が形成できることが明らかとなった。
【0136】
図9は、浮遊培養開始後40日目に、マトリゲル濃度が50体積%の第1の培地を用いて得られた細胞凝集塊から凍結切片を作製し、免疫染色し、脳マーカーを評価した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。その結果、浮遊培養開始後40日目に得られた細胞凝集塊は、神経管様構造を有し、神経幹細胞・神経前駆細胞マーカーであるPAX6陽性の細胞密度が高い領域が存在することが明らかとなった。また、PAX6陽性の細胞密度が高い領域の外側には、大脳皮質の第V層マーカーであるCTIP2陽性細胞が配置されているものの、大脳皮質の第II/III層マーカーであるSATB2陽性細胞は観察されなかった。以上の結果より、得られた細胞凝集塊は、少なくとも神経幹細胞・神経前駆細胞及び大脳皮質の第V層マーカー陽性の脳オルガノイドであることが明らかとなった。
【0137】
なお、
図9中、「DAPI」はDAPIで染色した結果であることを示し、「SATB2」は抗SATB2抗体で染色した結果であることを示し、「PAX6」は抗PAX6抗体で染色した結果であることを示し、「CTIP2」は抗CTIP2抗体で染色した結果であることを示し、「MERGE」は上記の結果を合成した結果であることを示す。以下、
図10~15についても同様である。
【0138】
図10は、浮遊培養開始後40日目に、マトリゲル濃度が30体積%の第1の培地を用いて得られた細胞凝集塊から凍結切片を作製し、免疫染色し、脳マーカーを評価した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。その結果、浮遊培養開始後40日目に得られた細胞凝集塊は、神経管様構造を有し、神経幹細胞・神経前駆細胞マーカーであるPAX6陽性の細胞密度が高い領域が存在することが明らかとなった。また、PAX6陽性の細胞密度が高い領域の外側には、大脳皮質の第V層マーカーであるCTIP2陽性細胞が配置されているものの、大脳皮質の第II/III層マーカーであるSATB2陽性細胞は観察されなかった。以上の結果より、得られた細胞凝集塊は、少なくとも神経幹細胞・神経前駆細胞及び大脳皮質の第V層マーカー陽性の脳オルガノイドであることが明らかとなった。
【0139】
図11は、浮遊培養開始後40日目に、マトリゲル濃度が10体積%の第1の培地を用いて得られた細胞凝集塊から凍結切片を作製し、免疫染色し、脳マーカーを評価した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。その結果、浮遊培養開始後40日目に得られた細胞凝集塊は、神経管様構造を有し、神経幹細胞・神経前駆細胞マーカーであるPAX6陽性の細胞密度が高い領域が存在することが明らかとなった。また、PAX6陽性の細胞密度が高い領域の外側には、大脳皮質の第V層マーカーであるCTIP2陽性細胞が配置されているものの、大脳皮質の第II/III層マーカーであるSATB2陽性細胞は観察されなかった。以上の結果より、得られた細胞凝集塊は、少なくとも神経幹細胞・神経前駆細胞及び大脳皮質の第V層マーカー陽性の脳オルガノイドであることが明らかとなった。
【0140】
図12は、浮遊培養開始後40日目に、マトリゲル濃度が2体積%の第1の培地を用いて得られた細胞凝集塊から凍結切片を作製し、免疫染色し、脳マーカーを評価した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。その結果、浮遊培養開始後40日目に得られた細胞凝集塊は、神経幹細胞・神経前駆細胞マーカーであるPAX6陽性の細胞がマトリゲル濃度10~50体積%の細胞凝集塊に比べ、少なかった。また、大脳皮質の第V層マーカーであるCTIP2陽性細胞、大脳皮質の第II/III層マーカーであるSATB2陽性細胞は観察されなかった。以上の結果より、得られた細胞凝集塊は、少なくとも神経幹細胞・神経前駆細胞及び大脳皮質の第V層マーカー陽性の脳オルガノイドであることが明らかとなった。
【0141】
図13は、浮遊培養開始後70日目に、マトリゲル濃度が50体積%の第1の培地を用いて得られた細胞凝集塊から凍結切片を作製し、免疫染色し、脳マーカーを評価した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。その結果、浮遊培養開始後70日目に得られた細胞凝集塊は、神経管様構造を有し、神経幹細胞・神経前駆細胞マーカーであるPAX6陽性の細胞密度が高い領域が存在することが明らかとなった。また、PAX6陽性の細胞密度が高い領域の外側には、大脳皮質の第V層マーカーであるCTIP2陽性細胞層が存在し、さらにその外側には大脳皮質の第II/III層マーカーであるSATB2陽性細胞が配置されており、大脳皮質様の階層構造が形成されたことが示された。以上の結果より、得られた細胞凝集塊は、少なくとも神経幹細胞・神経前駆細胞及び大脳皮質の第V層、並びに大脳皮質の第II/III層マーカー陽性の脳オルガノイドであることが明らかとなった。
【0142】
図14は、浮遊培養開始後70日目に、マトリゲル濃度が30体積%の第1の培地を用いて得られた細胞凝集塊から凍結切片を作製し、免疫染色し、脳マーカーを評価した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。その結果、浮遊培養開始後70日目に得られた細胞凝集塊は、神経管様構造を有し、神経幹細胞・神経前駆細胞マーカーであるPAX6陽性の細胞密度が高い領域が存在することが明らかとなった。また、PAX6陽性の細胞密度が高い領域の外側には、大脳皮質の第V層マーカーであるCTIP2陽性細胞層が存在し、さらにその外側には大脳皮質の第II/III層マーカーであるSATB2陽性細胞が配置されており、大脳皮質様の階層構造が形成されたことが示された。以上の結果より、得られた細胞凝集塊は、少なくとも神経幹細胞・神経前駆細胞及び大脳皮質の第V層、並びに大脳皮質の第II/III層マーカー陽性の脳オルガノイドであることが明らかとなった。
【0143】
図15は、浮遊培養開始後70日目に、第マトリゲル濃度が10体積%の第1の培地を用いて得られた細胞凝集塊から凍結切片を作製し、免疫染色し、脳マーカーを評価した結果を示す蛍光顕微鏡写真である。その結果、浮遊培養開始後70日目に得られた細胞凝集塊は、神経管様構造を有し、神経幹細胞・神経前駆細胞マーカーであるPAX6陽性の細胞密度が高い領域が存在することが明らかとなった。また、PAX6陽性の細胞密度が高い領域の外側には、大脳皮質の第V層マーカーであるCTIP2陽性細胞が配置されていた。一方、大脳皮質の第II/III層マーカーであるSATB2陽性細胞はほとんど観察されなかった。以上の結果より、得られた細胞凝集塊は、少なくとも神経幹細胞・神経前駆細胞及び大脳皮質の第V層マーカー陽性の脳オルガノイドであることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0144】
本発明によれば、終脳マーカー陽性の脳オルガノイドの製造方法を提供することができる。