IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社スリーダムの特許一覧

<>
  • 特許-電池制御装置、電池回復処理方法 図1A
  • 特許-電池制御装置、電池回復処理方法 図1B
  • 特許-電池制御装置、電池回復処理方法 図2A
  • 特許-電池制御装置、電池回復処理方法 図2B
  • 特許-電池制御装置、電池回復処理方法 図3A
  • 特許-電池制御装置、電池回復処理方法 図3B
  • 特許-電池制御装置、電池回復処理方法 図4
  • 特許-電池制御装置、電池回復処理方法 図5
  • 特許-電池制御装置、電池回復処理方法 図6
  • 特許-電池制御装置、電池回復処理方法 図7
  • 特許-電池制御装置、電池回復処理方法 図8
  • 特許-電池制御装置、電池回復処理方法 図9
  • 特許-電池制御装置、電池回復処理方法 図10
  • 特許-電池制御装置、電池回復処理方法 図11
  • 特許-電池制御装置、電池回復処理方法 図12
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-26
(45)【発行日】2024-01-10
(54)【発明の名称】電池制御装置、電池回復処理方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 10/44 20060101AFI20231227BHJP
   H01M 10/48 20060101ALI20231227BHJP
   H02J 7/02 20160101ALI20231227BHJP
   H02J 7/04 20060101ALI20231227BHJP
   H01M 10/42 20060101ALI20231227BHJP
【FI】
H01M10/44 P
H01M10/48 P
H01M10/48 301
H02J7/02 E
H02J7/04 F
H01M10/42 P
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2022569732
(86)(22)【出願日】2021-10-13
(86)【国際出願番号】 JP2021037823
(87)【国際公開番号】W WO2022130755
(87)【国際公開日】2022-06-23
【審査請求日】2022-07-29
(31)【優先権主張番号】P 2020209859
(32)【優先日】2020-12-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】515090628
【氏名又は名称】株式会社スリーダムアライアンス
(74)【代理人】
【識別番号】110000165
【氏名又は名称】弁理士法人グローバル・アイピー東京
(72)【発明者】
【氏名】永原 良樹
(72)【発明者】
【氏名】浜中 信秋
(72)【発明者】
【氏名】吉田 孝
(72)【発明者】
【氏名】成岡 慶紀
【審査官】神田 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-199936(JP,A)
【文献】特開2017-117519(JP,A)
【文献】特開2019-106333(JP,A)
【文献】特開2012-195161(JP,A)
【文献】特開2014-187003(JP,A)
【文献】特開平05-152002(JP,A)
【文献】特開2009-199934(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/44
H01M 10/48
H02J 7/02
H02J 7/04
H01M 10/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極と、負極と、電解液と、を少なくとも含む二次電池セルを少なくとも一つ以上搭載した蓄電装置を制御する電池制御装置であって、
充電により前記二次電池セルに流れた電流の積算値を記憶する第1の記憶部と、
前記二次電池セルの負極表面に析出する現在の金属析出物の析出高さを推定する析出推定部と、
前記析出推定部が推定した前記現在の金属析出物の析出高さがあらかじめ定めた閾値以上である場合、金属析出物の析出高さを低減するためのパラメータを設定するパラメータ設定部と、
前記パラメータ設定部により設定されたパラメータに基づいて、前記二次電池セルの放電方向にパルス電流を印加する回復処理を実行する実行部と、
前記二次電池セルの現在の充電率を推定する充電率推定部と、
を備え、
前記パラメータ設定部は、前記回復処理のための処理可能時間と、前記回復処理による金属析出物の析出高さの目標値と、前記充電率と、に基づいて、前記パルス電流の電流値と、パルス周期と、電流印加時間とからなるパラメータを設定する、
電池制御装置。
【請求項2】
前記二次電池セルの温度を計測する温度検出部をさらに備える、
請求項1に記載された電池制御装置。
【請求項3】
前記二次電池セルに対する前記回復処理の実行履歴を記憶する第2の記憶部をさらに備える、
請求項1又は2に記載された電池制御装置。
【請求項4】
前記負極は、負極活物質として、アルカリ金属又はアルカリ土類金属から選ばれる1種の元素が金属状態で存在するものである、
請求項1から3のいずれか一項に記載された電池制御装置。
【請求項5】
正極と、負極と、電解液と、を少なくとも含む二次電池セルを少なくとも一つ以上搭載した蓄電装置を制御する電池の回復処理方法であって、
予め記憶された、充電により前記二次電池セルに流れた電流の積算値に基づいて、前記二次電池セルの負極表面に析出する現在の金属析出物の析出高さを推定するステップ(A)と、
前記ステップ(A)において推定された前記現在の金属析出物の析出高さと、あらかじめ定めた金属析出物の析出高さの閾値とを比較するステップ(B)と、
前記ステップ(B)において推定された前記現在の金属析出物の析出高さが前記閾値以上であった場合、金属析出物の析出高さを低減するためのパラメータを設定するステップ(C)と、
前記ステップ(C)において設定された前記パラメータに基づいて、前記二次電池セルの放電方向にパルス電流を印加する回復処理を実行するステップ(D)と、
前記二次電池セルの充電率を推定するステップ(E)と、
前記回復処理のための処理可能時間を取得するステップ(F)と、
を含み、
前記ステップ(C)は、
さらに、前記ステップ(F)において取得された前記処理可能時間と、前記ステップ(E)において推定された前記二次電池セルの現在の充電率と、に基づいて、
前記パルス電流の電流値と、パルス周期と、電流印加時間とからなるパラメータを設定する、
電池回復処理方法。
【請求項6】
前記二次電池セルの温度履歴に基づいて、前記ステップ(A)において推定された前記金属析出物の析出高さを補正する、
請求項5に記載された電池回復処理方法。
【請求項7】
前記二次電池セルの負極は、負極活物質として、アルカリ金属又はアルカリ土類金属から選ばれる1種の元素が金属状態で存在するものであって、
前記二次電池セルの前記積算値に加えて、前記負極表面の初期状態における表面粗さとして、算術平均粗さRaと、十点平均粗さRzjisと、最大高さRzと、から選択される少なくとも一つに基づいて、前記ステップ(A)において推定された前記金属析出物の析出高さを補正する、
請求項5又は6に記載された電池回復処理方法。
【請求項8】
前記ステップ(A)は、前記二次電池セルの前記積算値から求めた前記現在の金属析出物の析出高さから、予め記憶された前記二次電池セルに対する前記回復処理の実行履歴に基づいて求めた金属析出物の高さの低減量を減算処理することを含む、
請求項5から7のいずれか一項に記載された電池回復処理方法。
【請求項9】
前記二次電池セルの現在の充電率が、前記二次電池セルの満充電状態に対して予め定めた第一の値以下の場合、充電方向の電流値と印加時間との積の絶対値が放電方向の電流値と印加時間との積の絶対値を上回るように、かつ交互にパルス電流を印加することで、前記二次電池セルの充電率が予め定めた第二の値に達するまで充電を行い、
前記二次電池セルの充電率が前記第二の値に達した後に前記ステップ(C)及び前記ステップ(D)の各ステップを行う、
請求項5から8のいずれか一項に記載された電池回復処理方法。
【請求項10】
前記ステップ(F)において取得された前記処理可能時間と、前記回復処理による金属析出物の析出高さの目標値と、前記現在の金属析出物の析出高さと、前記ステップ(E)において推定された二次電池セルの現在の充電率と、に基づいて、前記第一の値と前記第二の値とを決定する、
請求項9に記載された電池回復処理方法。
【請求項11】
前記電池回復処理方法は、M回目の前記回復処理を実行した後に行うステップとして、
M回目の前記回復処理に要した時間を記憶するステップ(G)と、
前記二次電池セルの現在の充電率と、現在の金属析出物の析出高さと、を推定するステップ(H)と、
前記ステップ(G)で記憶されたM回目の前記回復処理に要した時間と、前記ステップ(H)で推定された前記二次電池セルの現在の充電率と、前記現在の金属析出物の析出高さとに基づいて、M+1回目の回復処理を実行するか否かを決定するステップ(I)と、
をさらに含む、
請求項5から10のいずれか一項に記載された電池回復処理方法。
【請求項12】
前記ステップ(E)で推定された二次電池セルの現在の充電率に基づいて、予測充電時間を算出するステップ(J)と、
外部からの命令で指定された、充電と回復処理を実行可能な時間の総和から、前記予測充電時間を差し引いた時間内で、前記処理可能時間を決定し、前記回復処理を実行するステップ(K)と、
をさらに含む、請求項5から11のいずれか一項に記載された電池回復処理方法。
【請求項13】
前記総和から前記予測充電時間を差し引いた時間が十分でないと判断したとき、又は、現在の金属析出物の析出高さが前記回復処理による金属析出物の析出高さの目標値と同じであるか、若しくは前記目標値を下回ったと判断したとき、その後の前記回復処理を行わない、
請求項12に記載された電池回復処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電池制御装置及び電池回復処理方法に関するものであって、特に、電池セルの負極表面に析出する金属析出物の析出高さを低減させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
アルカリ金属やアルカリ土類金属からなる金属イオンを充放電時に正極と負極との間で授受することにより起電力を得る二次電池においては、充電時に負極表面に金属がウィスカー状に成長したデンドライトが形成されることによって、正極と負極とが導通短絡してしまうという問題がしばしば発生する。デンドライトとは、金属が樹枝状若しくは針状に析出成長したものを意味し、ウィスカーと呼ばれることもある。
【0003】
ところで、近年よりエネルギー密度の高い電池が志向されるため、箔状もしくは蒸着によって、金属リチウムに代表される、上記の金属イオンと同種の金属自体を負極集電体上に形成して負極活物質として用いる、もしくは金属リチウムなどの金属を電気化学的に負極に析出させる態様の金属二次電池(代表例として金属リチウム二次電池)の需要が高まっている。
【0004】
このような金属二次電池においては、負極活物質中に金属イオンが吸蔵またはインターカレーションされることがないため、常に負極表面に例えばリチウム等の金属の析出が生じており、さらに、負極表面のわずかな凹凸に応じて、局所的な電解集中が起こり、凸部ほど金属析出しやすくなる傾向があるため、上記のウィスカー状の金属成長が顕著に発生する。
【0005】
このような問題を避けるためには、例えば特開2014-170741号公報に開示されるように、定電流の充電ではなく、パルス状に逆向きの電流を印加することで、デンドライトの発生抑制または回復を行うという試みがなされてきた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上述の特開2014-170741号公報に記載の方法は、パルス状に逆向きの電流を交互に印加する態様であるため、一般的な定電流充電に比べて充電に長い時間を要する問題があった。そして、過剰に充電・放電を行って電池寿命の劣化を早めたり、逆に十分な回復ができなかったりする問題が発生していた。
【0007】
本発明は、上記問題点を解消する為になされたものであり、金属二次電池の負極表面に発生した金属析出物の高さを正確に推定し、推定値に応じた回復処理を行うことで、電池の劣化を早めずに短絡の発生を防止できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、正極と、負極と、電解液と、を少なくとも含む二次電池セルを少なくとも一つ以上搭載した蓄電装置を制御する電池制御装置であって、
充電により前記二次電池セルに流れた電流の積算値を記憶する第1の記憶部と、
前記二次電池セルの負極表面に析出する現在の金属析出物の析出高さを推定する析出推定部と、
前記析出推定部が推定した前記現在の金属析出物の析出高さがあらかじめ定めた閾値以上である場合、金属析出物の析出高さを低減するためのパラメータを設定するパラメータ設定部と、
前記パラメータ設定部により設定されたパラメータに基づいて、前記二次電池セルにパルス電流を印加する回復処理を実行する実行部と、
前記二次電池セルの現在の充電率を推定する充電率推定部と、
を備え、
前記パラメータ設定部は、前記回復処理のための処理可能時間と、前記回復処理による金属析出物の析出高さの目標値と、前記充電率と、に基づいて、前記パルス電流の電流値と、パルス周期と、電流印加時間とからなるパラメータを設定する、電池制御装置である。
【0009】
本発明の別の態様は、正極と、負極と、電解液と、を少なくとも含む二次電池セルを少なくとも一つ以上搭載した蓄電装置を制御する電池の回復処理方法であって、
予め記憶された、充電により前記二次電池セルに流れた電流の積算値に基づいて、前記二次電池セルの負極表面に析出する現在の金属析出物の析出高さを推定するステップ(A)と、
前記ステップ(B)において推定された前記現在の金属析出物の析出高さと、あらかじめ定めた金属析出物の析出高さの閾値とを比較するステップ(B)と、
前記ステップ(A)において推定された前記現在の金属析出物の析出高さが前記閾値以上であった場合、金属析出物の析出高さを低減するためのパラメータを設定するステップ(C)と、
前記ステップ(C)において設定された前記パラメータに基づいて、前記二次電池セルにパルス電流を印加する回復処理を実行するステップ(D)と、
前記二次電池セルの充電率を推定するステップ(E)と、
前記回復処理のための処理可能時間を取得するステップ(F)と、
を含み、
前記ステップ(C)は、
さらに、前記ステップ(F)において取得された前記処理可能時間と、前記ステップ(E)において推定された前記二次電池セルの現在の充電率と、に基づいて、
前記パルス電流の電流値と、パルス周期と、電流印加時間とからなるパラメータを設定する、電池回復処理方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明のある態様によれば、金属二次電池の負極表面に発生した金属析出物の高さを正確に推定し、推定値に応じた回復処理を行うことで、電池の劣化を早めずに短絡の発生を防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1A】二次電池セルにおけるデンドライトの発生について、理想的な場合を示す図である。
図1B】二次電池セルにおけるデンドライトの発生について、実際の場合を示す図である。
図2A】二次電池セルの負極表面の初期の表面性状によるデンドライトの発生に対する影響を説明する図であり、負極表面の1つの突起におけるデンドライトの発生を模式的に示す。
図2B】二次電池セルの負極表面の初期の表面性状によるデンドライトの発生に対する影響を説明する図であり、所定の表面粗さを有する負極表面でのデンドライトの発生を示す。
図3A】二次電池セルの負極表面に不均一にデンドライトが発生する因子を説明する図である。
図3B】二次電池セルの負極表面に不均一にデンドライトが発生する因子を説明する図である。
図4】二次電池セルにおけるデンドライト高さを推定するときに参照される係数テーブルを示す図である。
図5】二次電池セルを充電するときに行われる充電方法及び回復処理を示す図である。
図6】パルスリバース充電(PR充電)及び回復処理(パルス放電)における電流波形を例示する図である。
図7】充電装置において電池モジュールを充電するときの電気的接続関係を示す図である。
図8】電池モジュールを充電するときのセル管理ユニットと充電制御ユニットの機能ブロック図である。
図9】二次電池セルのSOCと電圧との関係を例示する図である。
図10】二次電池セルのSOCと、当該セルに対して実行可能な充電方法及び回復処理(パルス放電)との関係を示す図である。
図11】電池モジュールを充電するときに充電制御ユニットによって実行される全体処理の一例に係るフローチャートである。
図12図11のフローチャートにおけるコンディショニング設定処理の詳細処理の一例に係るフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本開示における「金属析出物」とは、二次電池セルにおいて正極と負極の間を移動する金属イオンが充電時に負極において析出して金属状態で存在するものをいう。デンドライトは、金属析出物の一例である。金属としては、アルカリ金属やアルカリ土類金属が挙げられるが、以下ではリチウムの場合を例として説明する。
本開示において、「デンドライト高さ」は、二次電池セルの負極の表面を基準として負極に発生するデンドライトの高さをいう。
本開示において「コンディショニング」とは、二次電池セルの負極に発生するデンドライト高さのピークを低くする、あるいは、デンドライトの高低差を小さくすることで、二次電池セルの負極表面を整える処理を意味する。
【0013】
以下では、先ず、図1A図4を参照して、二次電池セル(以下、適宜「電池セル」という。)のデンドライト高さの増加量の推定方法について説明する。
図1Aに示すように、負極表面が完全な平面である理想的な場合には、負極表面の位置によるリチウムイオンの輸送に偏りがないため、負極表面上で均一に析出が発生する。この場合、デンドライト高さは、充電電流の電流密度(充電電流密度)と時間との積に依存する。
このような理想的な負極表面の場合に、充電電流密度をi[A/cm]、充電時間をt[s]、ファラデー定数[C/mol]とすると、リチウムの析出量nは以下の式(1)で表される。
【0014】
【数1】
【0015】
また、リチウムの原子量をM[g/mol]とし、密度をρ[g/cm]とすると、リチウムデンドライト高さの増加量Δh[cm]は、以下の式(2)で表される。
【0016】
【数2】
【0017】
それに対して実際の電池セルでは、図1Bに示すように、負極の表面粗さに起因して負極表面の位置によるリチウムイオンの輸送に偏りがあることから、デンドライト高さの増加速度が負極表面において均一ではない。この理由は、図2A及び図2Bを参照すると、以下のように説明できる。
【0018】
図2Aは、電池セルの負極表面の1つの突出部と、負極表面近傍の電解液中のリチウムイオンの濃度分布を模式的に表した図である。充電時には負極での還元反応により負極表面でリチウムイオンが消費されるため、リチウムイオンの濃度は負極表面の近傍で減少する。そのため、図2Aに示すように、リチウムイオンの濃度は、正極側に突出した突出部の周囲において相対的に高くなり、突出部においてリチウムイオンが析出する反応が集中的に発生する。それによって、負極表面では、突出部において平坦部よりもデンドライトがより多く発生することになる。
図2Bに示すように、負極表面全体でみると、負極表面の各突出部においてデンドライト高さの成長速度が大きくなる。すなわち、負極表面の初期状態における表面粗さが大きいほど、その後の充電電流によって析出するデンドライトの高さが大きくなり、その結果、さらに表面の高低差が大きくなっていく傾向となる。
【0019】
上記式(2)から、デンドライト高さの増加量が充電時の電流密度によって変動することは明らかであるが、負極表面の表面粗さがある前提では、電流密度の大小に応じて負極表面のリチウムイオンの濃度分布に偏りが生じるため、デンドライト高さを推定する上では当該濃度分布の偏りを考慮する必要がある。すなわち、低電流密度の場合には電極表面でのリチウムイオンの消費速度が小さいことから、図3Aに模式的に示すように、初期状態における表面粗さに関わらずリチウムイオンが負極表面の全体で比較的均等に供給されやすい。このため、デンドライトの析出による負極表面の高低差は拡大しにくくなる。
他方、高電流密度の場合には、低電流密度と比較して一定時間におけるリチウムイオン消費速度が大きく、電解液内のリチウムイオンの輸送が不十分となることで、図3Bに模式的に示すように、初期状態における表面粗さによる電解液内のリチウムイオンの濃度分布に偏りが大きくなりやすい。その結果、図2A及び図2Bを参照して説明したように、充電電流によって析出するデンドライトの高さが大きくなり、その結果、表面の高低差がより大きくなりやすい。
【0020】
負極表面のリチウムイオンの濃度分布に偏りを生じさせる他の因子として温度がある。
低温充電の場合には、電解液内のリチウムイオンの輸送速度が小さく、図2A及び図2Bを参照して説明したように、電解液内のリチウムイオンの濃度分布に偏りが生じやすい。そのため、デンドライトの高さが大きくなることによって、表面の高低差がさらに大きくなる傾向になる。他方、高温充電の場合には、電解液内のリチウムイオンの輸送速度が低温の場合よりも大きくなり、電解液内のリチウムイオンの濃度分布の偏りが改善される。
【0021】
以上の観点から、負極表面が平坦でない前提の下で、デンドライト高さの増加量を精度良く見積もるためには、上記式(2)をベースに、充電電流密度が高いほど大きくなり、かつ、低温であるほど大きくなるように、デンドライト高さの増加量を補正することが好ましい。
そこで、充電時の電流密度(充電電流密度)に対応する電流密度係数xと、電池セルの温度に対応する温度係数yとを設定することで、デンドライト高さの増加量Δh[cm]を、以下の式(3)のとおり表すことができる。
【0022】
【数3】
【0023】
図4は、電池セルにおけるデンドライト高さを推定するときに参照される係数テーブルを示す図である。
図4に示すように、電流密度i,i,i,…,i(但し、i<i<i<…<i)に対応する電流密度係数をx,x,x,…,xとした場合、x<x<x<…<xとする。また、温度T,T,T,…,Ti(但し、T>T>T>…>T)に対応する温度係数をy,y,y,…,yとした場合、y<y<y<…<yとする。すなわち、電流密度係数x及び温度係数yによって、充電電流密度が高いほど大きくなり、かつ、低温であるほど大きくなるように、デンドライト高さの増加量が補正される。
なお、温度は時間の経過とともに変化しうるため、温度履歴に応じてデンドライト高さの増加量が補正されうる。
【0024】
デンドライト高さの増加量をさらに精度良く見積もるためには、負極表面の初期状態における表面粗さによって上記式(3)によって求めたデンドライト高さの増加量を補正することが好ましい。負極表面の初期状態における表面粗さが大きいほど、電解液内のリチウムイオンの濃度分布に偏りが生じやすくなり、その分、デンドライト高さの増加量が大きくなるためである。
例えば、表面粗さの指標として、負極表面の算術平均粗さRaと、十点平均粗さRzjisと、最大高さRzと、から選択される少なくとも一つに基づいて、デンドライト高さの増加量を補正するとよい。なお、算術平均粗さRaと、十点平均粗さRzjisと、最大高さRzの中では、最大高さRzが最もデンドライト高さに与える影響が大きい。いずれの表面粗さの基準を選択する場合でも、電池セルの使用前に予め負極表面の表面粗さを測定しておく。
【0025】
一実施形態の電池回復処理方法では、デンドライト高さの増加量を精度良く推定するとともに、放電パルスを発生させることにより、デンドライトを溶解させ、デンドライト高さを低減させる。放電パルスとは、放電方向の電流を流すパルスである。本開示では、放電パルスを流してデンドライトを溶解させることを「回復処理」という。式(2)及び(3)の各式中の電流密度iを放電方向の電流密度とすることで、デンドライト高さの低減量Δhを算出しても良い。
一実施形態の電池回復処理方法では、必要十分な回復処理を行うために、負極表面の現在のデンドライト高さを精度良く推定する。現在のデンドライト高さを精度良く推定するために、現在までに電池セルに流れた電流の積算値と、現在までの回復処理の履歴に関するデータ(実行履歴データ)とを記憶装置に記憶しておくことが好ましい。一実施形態では、電池セルが充電器等の充電装置に接続されたときに、記憶装置から現在までに電池セルに流れた電流の積算値と、現在までの実行履歴データとを読み出し、現在のデンドライト高さを推定する。
一実施形態の電池回復処理方法では、必要十分な回復処理を行うために、デンドライト高さの目標値を設定し、デンドライト高さの推定値が目標値に到達するまで回復処理を実行する。
【0026】
一実施形態の電池回復処理方法では、電池セルが充電装置に接続された際に、通常充電、パルスリバース充電、及び、回復処理(パルス放電)のいずれかを選択的に実行する。一実施形態では、電池セルのSOC(State of Charge;充電率)を推定し、SOCの推定値に応じて、パルスリバース充電及び/又は回復処理からなるコンディショニングプログラム(後述する)を決定してコンディショニングを実行する。
通常充電とは、CCCV充電(Constant Current, Constant Voltage:定電流定電圧充電)を意味する。
パルスリバース充電(以下、適宜「PR充電」という。)とは、充電方向の電流値と印加時間との積の絶対値が放電方向の電流値と印加時間との積の絶対値を上回るように、かつ交互にパルス電流を印加する充電方法である。
回復処理は、前述したように、放電パルスを印加することである。
【0027】
図5に、通常充電、PR充電、及び、回復処理の各々について、例示的な電流密度プロファイルと、各々を実行した場合のデンドライトの析出による負極表面の形状変化を示す。なお、図5に示す電流プロファイルでは、充電方向の電流を正とし、放電方向の電流を負としている。
通常充電において例えば定電流充電では、充電方向に一定の電流が流れる。この場合、負極表面の突出部において集中的にデンドライトが発生するため、通常充電を行うほどデンドライトの高低差が大きくなる。
【0028】
PR充電の電流プロファイルの例は、より詳細に図6に示される。ここで、ichargeは充電方向の電流値であり、idischは放電方向の電流値であり、Tpulseはパルス周期であり、tchargeは充電方向の電流印加時間であり、tdischは放電方向の電流印加時間であり、trest1,trest2は休止時間である。これらの値は、一実施形態のPR充電におけるパルス波形のパラメータである。iaveは、当該パルス波形によって定まる平均電流値である。PR充電では、充電方向の電流値と印加時間との積の絶対値が放電方向の電流値と印加時間との積の絶対値を上回るように設定されている(つまり、icharge×tcharge>idisch×tdischである)ため、平均電流値iaveは正(つまり、充電方向の電流)である。
図5に示すように、PR充電の場合、平均電流値が充電方向の電流であるために負極表面の平坦部のデンドライトが高くなる一方で、突出部のデンドライトが高くなることを抑制する効果がある。つまり、PR充電の場合、突出部の高さを大きくせずに裾野を広げる効果がある。
【0029】
回復処理の電流プロファイルの例は、より詳細に図6に示される。ここで、idischは放電方向の電流値であり、tdischは放電方向の電流印加時間であり、Tpulseはパルス周期である。これらの値は、一実施形態の回復処理におけるパルス波形のパラメータである。
回復処理は、負極表面全体に亘ってデンドライトを溶解させるが、図5に示すように、特に突出部のデンドライト高さを小さくする効果がある。
【0030】
次に、一実施形態の電池回復処理方法が実装された充電システムについて説明する。
図7に概略的に示す充電システムは、充電装置3により電池モジュール2(蓄電装置の一例)を充電するシステムであり、電池モジュール2が充電装置3に接続された状態を示している。電池モジュール2は、1以上の電池セルが接続された電池セル群21と、電池セル群21の各電池セルに接続されるセル管理ユニット(CMU: Cell Management Unit)と、を含む。各電池セルは、正極と、負極と、電解液と、を少なくとも含む。
【0031】
なお、図7に示す充電システムは一例に過ぎず、本発明は、2以上の電池モジュールを含む電池パックに適用することができる。また、図7に示す電池セル群21は、1以上の電池セルが直列に接続される場合について例示しているが、その限りではなく、各電池セル群は、並列に接続された電池セルの組合せが複数、直列に接続された形態でもよい。
【0032】
セル管理ユニット22は、電池モジュール2に含まれる各電池セルを制御するために設けられている。電池モジュール2が充電装置3に接続された状態では、セル管理ユニット22が充電装置3の充電制御ユニット6(CCU:Charge Control Unit;電池制御装置の一例)と接続される。この状態では、セル管理ユニット22と充電制御ユニット6が通信可能な状態となる。
【0033】
電池モジュール2が充電装置3に接続された状態では、電池セル群21が接続される閉回路が形成される。当該閉回路上には、充電装置3において、閉回路を流れる電流を検出するための電流センサ7が設けられている。
充電制御ユニット6は、電流センサ7によって検出された電流値を取得し、電池モジュール2から各電池セルの電圧値を取得し、電池モジュール2の充電を制御する。
【0034】
次に、一実施形態の充電システムにおける充電制御ユニット6及びセル管理ユニット22の構成について、図8を参照して説明する。図8は、充電制御ユニット6とセル管理ユニット22の機能ブロック図である。
【0035】
図8を参照すると、セル管理ユニット22は、コントローラ221と、記憶部222と、セル監視部223と、通信部224と、を含む。
コントローラ221は、マイクロコンピュータ、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)等を含む。コントローラ221では、マイクロコンピュータが所定のプログラムを実行することで、例えば、通信部224を介して充電制御ユニット6から受信した充電積算値(通常充電により各電池セルに流れた電流の積算値;後述する)及び実行履歴データを、記憶部222に書き込む処理が行われる。
【0036】
記憶部222は、例えばフラッシュメモリ等の不揮発性記憶装置であり、上述したように、充電制御ユニット6から受信した充電積算値及び実行履歴データを格納する。
【0037】
セル監視部223は、電池セル群21の各電池セルの端子間電圧を検出するとともに、必要に応じて電池セルバランシングを実行する。電池セルバランシングの方法については、特に限定するものではなく、パッシブバランシングでもアクティブバランシングでもよい。
【0038】
通信部224は、所定のプロトコルに従って充電制御ユニット6と通信を行う通信インタフェースユニットである。
通信部224は、例えば、充電装置3の充電制御ユニット6との通信が確立された後に、記憶部222に格納されている各電池セルの充電積算値と実行履歴データを充電制御ユニット6に送信する。また、通信部224は、各電池セルの充電積算値と実行履歴データを充電制御ユニット6から受信する。
【0039】
図8を参照すると、充電制御ユニット6は、コントローラ61と、記憶部62と、表示部63と、通信部64と、温度センサ65(温度検出部の一例)と、を含む。
コントローラ61は、マイクロコンピュータ、ROM、RAM等を含む。コントローラ61は、マイクコンピュータが所定のプログラムを実行することで、充電処理部611、デンドライト高さ推定部612、SOC推定部613、コンディショニング設定部614、及び、コンディショニング実行部615として機能する。
【0040】
充電処理部611は、電池モジュール2が充電装置3に接続されている間に様々な処理を実行する。
例えば、充電処理部611は、電池モジュール2の充電中にセル管理ユニット22から取得する電池セル群21の電圧値に基づいて、電池モジュール2のSOCを表示部63に表示する。
【0041】
充電処理部611は、通常充電により各電池セルに流れた電流の積算値(以下、「充電積算値」という。)を記憶部62に書き込む。充電積算値は、デンドライト高さを精度良く推定するために必要な情報である。充電積算値は、電流センサ7を流れる電流と時間との積により算出される。
充電処理部611は、コンディショニング実行部615によって実行された回復処理の実行履歴に関するデータ(実行履歴データ)を、記憶部62(第2の記憶部の一例)に適宜記録する。実行履歴データは、図6に示す例では、回復処理におけるパルス波形の電流値idisch、放電方向の電流印加時間tdisch、パルス周期Tpulse、及び、回復処理が実行された時間(又はパルス数)である。
充電処理部611は、電池モジュール2が接続されてからの一連の処理が終了すると、通信部64を介して、記憶部62に書き込まれた充電積算値及び実行履歴データをセル管理ユニット22に送信する。
【0042】
セル管理ユニット22は、充電積算値及び実行履歴データを受信すると、受信した充電積算値及び実行履歴データをそれぞれ、記憶部222に記録されている充電積算値及び実行履歴データに加算する。つまり、記憶部222には、それまでに累積された充電積算値及び実行履歴データが格納される。
【0043】
例えば、セル管理ユニット22の記憶部222は、1回目からN-1回目の充電装置3との接続により取得された充電積算値及び実行履歴データを記憶している。そして、セル管理ユニット22は、N回目の充電装置3との接続の際には、1回目からN-1回目の充電積算値及び実行履歴データを充電制御ユニット6に送信する。N回目の充電装置3における処理が終了すると、充電制御ユニット6は、N回目の充電積算値及び実行履歴データをセル管理ユニット22に送信し、セル管理ユニット22は、受信したN回目の充電積算値及び実行履歴データを記憶部222に書き込む。
このようにして、セル管理ユニット22の記憶部222は、過去の充電積算値及び実行履歴データを累積的に記憶している。そのため、電池モジュール2が常に同じ充電装置3に接続されない場合であっても、充電装置3は、各電池セルの過去の充電積算値及び実行履歴データを取得でき、デンドライト高さ推定部612によってデンドライト高さを精度良く推定することができる。
【0044】
デンドライト高さ推定部612(析出推定部の一例)は、各電池セルの負極表面に発生している現在のデンドライト高さを推定する。
一実施形態のデンドライト高さ推定方法は、セル管理ユニット22から取得した各電池セルの充電積算値及び実行履歴データに基づいて電池セルのデンドライト高さを推定する。充電積算値から過去の充電履歴に基づくデンドライト高さの増加量が求められ、過去の実行履歴データからデンドライト高さの低減量が求められる。そのため、過去の充電履歴に基づくデンドライト高さ(つまり、デンドライト高さの増加量の積算値)から過去の実行履歴データに基づく低減量を減算処理することで、電池セルの現在のデンドライト高さを算出することができる。このとき、式(3)に示したように、電流密度係数x及び温度係数yによって、デンドライト高さの増加量を補正することが好ましい。
【0045】
SOC推定部613(充電率推定部の一例)は、各電池セルの現在の充電率であるSOCを推定する。SOC推定部613は、例えば、電流センサ7において検出される電流値と、各電池セルの電圧値とに基づいて推定するが、特定の推定方法に限定するものではなく、如何なる方法を採用することもできる。
【0046】
コンディショニング設定部614(パラメータ設定部の一例)は、デンドライト高さ推定部612が推定した現在のデンドライト高さに基づいて、デンドライト高さを低減させるためのコンディショニング設定処理を実行する。コンディショニング設定処理では、デンドライト高さを低減するためのコンディショニングプログラムを決定する。
コンディショニングプログラムは、コンディショニングを実行するために計画される一連の処理を意味し、例えば、処理可能時間と、デンドライト高さの目標値とのうち少なくとも一つと、SOC推定部613により推定された各電池セルのSOCと、に基づいて決定される。なお、「処理可能時間」とは、回復処理を実行可能な時間である。例えば、充電装置3側で充電終了時刻まで充電するように設定されている場合、現在時刻と充電終了時刻までの時間が処理可能時間になる。
【0047】
一実施形態のコンディショニングプログラムは、回復処理若しくはPR充電のいずれか、又は、回復処理とPR充電の組合せにより構成される。コンディショニングプログラムを回復処理とPR充電の組合せにより構成する場合には、例えば、電池セルの現在のSOCによって回復処理とPR充電を切り替える条件を設定してもよい。
【0048】
コンディショニング設定部614は、コンディショニングプログラムを決定した後、決定したコンディショニングプログラムに含まれる回復処理及び/又はPR充電のパルス波形のパラメータを設定する。
コンディショニング設定部614によって設定されるパラメータは、PR充電の場合には、図6に示す充電方向の電流値icharge、放電方向の電流値idisch、パルス周期Tpulse、充電方向の電流印加時間tcharge、及び、放電方向の電流印加時間tdischから選択される少なくとも一つのパラメータである。コンディショニング設定部614によって設定されるパラメータは、回復処理の場合には、図6に示す放電方向の電流値idisch、放電方向の電流印加時間tdisch、及び、パルス周期Tpulseである。
【0049】
一実施形態では、回復処理におけるパラメータ設定の優先順位は、放電方向の電流値、放電方向の電流印加時間、パルス周期の順である。放電方向の電流値が大きいほどデンドライトを溶解させる効果が大きいため、可能な限り放電方向の電流値を大きくすることが好ましい。次に、デンドライト高さの目標値に到達するような放電電気量を確保する(つまり、デンドライトの溶解量が得られる)ように、放電方向の電流印加時間を設定することが好ましい。
パルス周期は、放電方向の電流印加時間と休止時間からなる。ここで、休止時間は、正極の厚み方向の正極活物質の充電状態の分布の解消に必要な時間であることから、パルス周期は、デンドライト高さを低減させること以外の要因を含むため、優先順位を放電方向の電流値と放電方向の電流印加時間よりも後とするのがよい。
【0050】
PR充電におけるパラメータ設定の優先順位についても、回復処理と同様に考えることができる。すなわち、電流値が大きいほど、負極表面のデンドライトによる突出部の高さを大きくせずに裾野を広げる効果が大きいため、先ず、可能な限り電流値を大きく設定することが好ましい。次いで、目標とするSOCまで到達するような充電電気量を確保するように、充電方向の電流印加時間を設定することが好ましい。
【0051】
コンディショニング実行部615(実行部の一例)は、コンディショニング設定部614により決定されたコンディショニングプログラムと、当該プログラムに含まれる回復処理及び/又はPR充電に対して設定されたパルス波形のパラメータとに基づいて、各電池セルに対してコンディショニングを実行する。
【0052】
ここで、通常充電、PR充電、及び、回復処理の各々を実行可能なSOCの条件について、図9及び図10を参照して説明する。
図9は、電池セルのSOCと電圧との関係を例示する図である。図9において、SOCの下限閾値SOCは、回復処理(パルス放電)の実行可否を判定するための閾値である。電池セルの現在のSOCが低過ぎる場合にパルス放電を実行すると、さらに電池セルの電圧が低下するとともに、過放電により正極が劣化する可能性がある。そこで、電池セルの下限閾値SOCを設定し、現在のSOCが下限閾値SOCよりも小さい場合にパルス放電の実行を回避することが好ましい。
図9において、SOCの上限閾値SOCは、PR充電の実行可否を判定するための閾値である。電池セルの現在のSOCが高過ぎる場合にPR充電を実行すると、正極及び電解液が劣化する可能性がある。そこで、電池セルの上限閾値SOCを設定し、電池セルの現在のSOCが上限閾値SOCよりも大きい場合にPR充電の実行を回避することが好ましい。
なお、電池セルの現在のSOCがいずれの値であっても通常充電(CCCV充電)は可能である(但し、高SOCにおいてCV充電)。
【0053】
図10は、電池セルのSOCと、当該電池セルに対して実行可能な充電方法及び回復処理との関係を示す図であり、図9を参照して説明した内容を整理して示している。
一実施形態では、電池セルの現在のSOCを取得し、取得した現在のSOCに基づく制約条件を考慮してコンディショニングプログラムが決定される。その際、一実施形態では、下限閾値SOCと上限閾値SOCとの間に所定の第一の値Th1と第二の値Th2(なお、Th2>Th1)が設定される。
【0054】
例えば、一実施形態のコンディショニングプログラム(後述するプログラムP2)は、最初にPR充電を行ってSOCを第二の値Th2まで大きくしてから回復処理を実行するように構成される。このコンディショニングプログラムは、例えば、電池セルの現在のSOCが下限閾値SOCに極めて近い場合に効率的にコンディショニングを行うために選択される。現在のSOCの下限閾値SOCに対する近接の程度を判定するために第一の値Th1が設定されている。
【0055】
一実施形態のコンディショニングプログラム(後述するプログラムP1)は、回復処理を実行するように構成される。このコンディショニングプログラムは、例えば、電池セルの現在のSOCが下限閾値SOCと上限閾値SOCとの間にあって、かつ下限閾値SOCにそれほど近くない場合(つまり、現在のSOCが第一の値Th1と上限閾値SOCとの間にある場合)に選択される。
【0056】
一実施形態のコンディショニング設定部614は、予め用意された複数のコンディショニングプログラムの中から、電池セルの現在のSOCに応じていずれかのコンディショニングプログラムを選択する。
【0057】
記憶部62(第1の記憶部,第2記憶部の一例)は、例えばフラッシュメモリ等の不揮発性記憶装置である。上述したように、記憶部62は、例えば、毎日の充電開始時刻と充電終了時刻が規定された充電ルーチンデータや、各電池セルの充電積算値と実行履歴データを格納する。
記憶部62は、各電池セルの負極表面の表面粗さのデータを格納する。負極表面の表面粗さのデータは、電池モジュール2の使用を開始する前に測定して、記憶部62に書き込んでおくとよい。負極表面の表面粗さのデータは、デンドライト高さ推定部612によってデンドライト高さを推定する際に参照される。
【0058】
表示部63は、例えばLCD(Liquid Crystal Panel)パネル等の表示パネルと表示駆動回路を備え、コントローラ61により生成された画像を表示パネルに表示する。
【0059】
通信部64は、所定のプロトコルに従ってセル管理ユニット22と通信を行う通信インタフェースユニットである。
通信部64は、電池モジュール2を充電装置3に接続し、セル管理ユニット22との通信が確立された後に、セル管理ユニット22から各電池セルの過去の充電積算値と実行履歴データを受信する。また、通信部64は、電池モジュール2が接続されてからの一連の処理が終了した後に、記憶部62に書き込まれていた充電積算値と実行履歴データをセル管理ユニット22に送信する。
【0060】
温度センサ65は、例えば熱電対を含み、電池モジュール2の温度を検出する。温度センサ65により検出される温度の値は、逐次、コントローラ61に取り込まれる。
デンドライト高さ推定部612は、温度センサ65により検出される温度の値と、電流センサ7により検出される電流値とから係数テーブルを参照して、デンドライト高さの増加量を補正する際に必要となる電流密度係数x及び温度係数yを取得する。
【0061】
次に、一実施形態の充電システムの動作について、図11および図12を参照して説明する。
図11は、電池モジュール2の各電池セルを充電するときに充電制御ユニット6によって実行される全体処理の一例に係るフローチャートである。図12は、図11のフローチャートにおけるコンディショニング設定処理の詳細処理の一例に係るフローチャートである。
以下の説明では、電池モジュール2の充電装置3に対する接続がN回目である場合を想定する。
【0062】
電池モジュール2が充電装置3に接続されると、先ず、電池モジュール2と充電装置3との間で通信が確立される。その際に、充電装置3の充電制御ユニット6は、電池モジュール2のセル管理ユニット22から各電池セルの過去の充電積算値と実行履歴データを受信する(ステップS2)。すなわち、N回目の充電装置3との接続の際には、1回目からN-1回目の充電装置3との接続により取得された充電積算値及び実行履歴データをセル管理ユニット22から受信する。
【0063】
次いで、充電制御ユニット6は、電池モジュール2が充電装置3に接続された後の実行履歴データを記憶部62から取得する(ステップS4)。電池モジュール2が充電装置3に接続された直後は、各電池セルに対する回復処理を実行していないため、記憶部62に実行履歴データは記憶されていない。
【0064】
充電制御ユニット6は、充電積算値と実行履歴データに基づいて各電池セルのデンドライト高さを推定する(ステップS6)。充電制御ユニット6は、電池モジュール2が充電装置3にN回目に接続された直後は、1回目からN-1回目の充電積算値に基づいて求められるデンドライト高さ(つまり、1回目からN-1回目の充電積算値によるデンドライト高さの増加量の積算値)から、1回目からN-1回目の実行履歴データに基づいて求められるデンドライト高さの低減量を減算処理することで、電池セルの現在のデンドライト高さを算出する。
【0065】
ステップS6で推定されたデンドライト高さが所定の閾値未満である場合には(ステップS8:NO)、デンドライトを溶解させる回復処理を行う必要がないため、充電制御ユニット6は、電池モジュール2に対して通常充電を実行することを決定する(ステップS10)。ステップS8における所定の閾値は、デンドライトの成長により正極と負極の短絡を防止する観点から、各電池セルの正極と負極の間隔から一定のマージンを差し引いた値とすることが好ましい。このマージンは、セパレータの厚みのばらつき、負極表面の初期の表面粗さ、予定されている充電の電流レートや電気量等から適宜決定される。デンドライト高さが大きくなるほど加速度的にデンドライトの成長速度が大きくなる傾向があるため、十分にマージンを確保する必要がある。
なお、ステップS10では、通常充電に代えてPR充電を実行することを決定してもよい。PR充電は通常充電と比較してSOCを上げるのに多くの時間を要するため、電池モジュール2のSOCが比較的低い場合には通常充電を行うのがよい。
【0066】
ステップS6で推定されたデンドライト高さが所定の閾値以上である場合には(ステップS8:YES)、電池セルのコンディショニングを実行する必要があるため、ステップS12以降の処理に進む。
【0067】
先ず、充電制御ユニット6は、コンディショニングプログラムを決定するために各電池セルのSOCを推定する(ステップS12)。次いで、充電制御ユニット6は、記憶部62に格納されている充電ルーチンデータを参照して処理可能時間を取得する(ステップS14)。例えば、現在時刻から充電ルーチンデータにおいて規定される充電終了時刻までの時間が処理可能時間である。
【0068】
ステップS14では、以下のように処理可能時間を決定してもよい。すなわち、充電制御ユニット6は、先ず、ステップS12で推定されたSOCに基づいて、充電が完了する(例えば、目標のSOCに到達する)までの予測充電時間を算出する。そして、充電と回復処理を実行可能な時間の総和(例えば、現在時刻から充電ルーチンデータにおいて規定される充電終了時刻までの時間)から予測充電時間を差し引いた時間内で処理可能時間を決定してもよい。これによって、各電池セルについて所望のSOCまで充電させつつ、コンディショニングを実行することができる。
充電制御ユニット6は、処理可能時間が所定の閾値以下である場合には(ステップS16:YES)、回復処理を行うのに十分な時間がないと判断して終了する。例えば、上記総和から予測充電時間を差し引いた時間が所定の閾値以下である場合に、十分な時間がないと判断して終了する。
【0069】
処理可能時間が所定の閾値より大きい場合には(ステップS16:NO)、以下のようにコンディショニングが行われる。
すなわち、充電制御ユニット6は、先ず、デンドライト高さの目標値を設定する(ステップS18)。デンドライト高さの目標値は、ステップS8の判定の基準となる閾値未満の任意の値とすることができる。デンドライト高さの目標値は、例えばゼロとしてもよい。
次いで、充電制御ユニット6は、コンディショニング設定処理を実行する(ステップS20)。コンディショニング設定処理は、コンディショニングプログラムを決定するとともに、決定したコンディショニングプログラムに含まれる回復処理及び/又はPR充電のパルス波形のパラメータを設定する。
【0070】
コンディショニング設定処理の一例が図12に示される。
図12のフローチャートでは、充電制御ユニット6は、先ず、下限閾値SOCと上限閾値SOCの間で第一の値Th1と第二の値Th2(Th1<Th2)を設定する(ステップS30)。第一の値Th1と第二の値Th2により、電池セルの現在のSOCによって回復処理とPR充電とを切り替える条件が設定される。
第一の値Th1及び第二の値Th2は固定値でもよいが、最も効率が良くなるように、処理可能時間と目標値のうち少なくとも一つと、現在のデンドライト高さと、ステップS12で推定されたSOCとに基づいて、第一の値Th1及び第二の値Th2を決定してもよい。
例えば、処理可能時間が残り少ない場合や目標値に到達するのに必要なデンドライトの溶解量が僅かである場合には、PR充電を行ってSOCを上げてから大きなパルス放電による回復処理を実行するよりも、小さなパルス放電による回復処理を実行する方が、短時間でデンドライト高さを低減させることが可能となる場合がある。
【0071】
充電制御ユニット6は、電池セルの現在のSOC(以下、適宜「SOC_P」と表記する。)が上限閾値SOCより大きい場合には(ステップS32:YES)、図10に示したようにPR充電を行うことが回避される。そのため、コンディショニングプログラムとして、回復処理を実行するプログラムP1を選択し(ステップS34)、回復処理のパルス波形のパラメータを設定する(ステップS36)。
充電制御ユニット6は、電池セルのSOC_Pが下限閾値SOCより小さい場合には、図10に示したように直ちに回復処理(パルス放電)を実行することが回避される。そのため、コンディショニングプログラムとして、最初にPR充電を行ってSOCを第二の値Th2まで大きくしてから回復処理を実行するプログラムP2を選択し(ステップS40)、PR充電及び回復処理のパルス波形のパラメータを設定する(ステップS42)。
【0072】
充電制御ユニット6は、電池セルのSOC_Pが下限閾値SOCと上限閾値SOCの間にある場合には、電池セルのSOC_Pが第一の値Th1より大きいか否かで選択されるコンディショニングプログラムが異なる。電池セルのSOC_Pが第一の値Th1以下である場合には、下限閾値SOCに近いため、最初にPR充電を行ってSOCを第二の値Th2まで大きくしてから回復処理を実行するプログラムP2を選択し(ステップS46)、PR充電及び回復処理のパルス波形のパラメータを設定する(ステップS48)。他方、電池セルのSOC_Pが第一の値Th1より大きい場合には、回復処理を実行するプログラムP1を選択し(ステップS50)、回復処理のパルス波形のパラメータを設定する(ステップS52)。
【0073】
図11を再度参照すると、コンディショニング設定処理を実行した後、充電制御ユニット6は、電池セルのSOC_Pに応じて選択されたコンディショニングプログラム(P1又はP2)と、設定されたパラメータとに基づいて、各電池セルに対してコンディショニングを実行する(ステップS22)。
選択されたコンディショニングプログラムによりコンディショニングを実行する時間は、適宜設定することができる。コンディショニングを実行する時間は、数分でもよいし、1時間以上であってもよいし、充電ルーチンデータにおいて規定される充電終了時刻までの時間であってもよい。
充電制御ユニット6は、コンディショニングにおいて回復処理を実行した場合には、その実行履歴データを記憶部62に書き込む。
【0074】
コンディショニングの実行が終了すると、充電制御ユニット6は、デンドライト高さの推定値がステップS18で設定された目標値に到達したか否か判定する(ステップS24)。ここで、ステップS6において、コンディショニングを実行する前のデンドライト高さを推定済みであるため、コンディショニングの実行結果に基づいて算出されるデンドライト高さの低減量を減算することにより、デンドライト高さが目標値に到達したか否か判定することができる。
その結果、デンドライト高さが目標値に到達していない場合には(ステップS24:NO)、ステップS4に戻る。
【0075】
ステップS4に戻った場合、充電制御ユニット6は、実行履歴データを取得する(ステップS4)。この実行履歴データは、電池モジュール2の充電装置3に対する接続がN回目の場合の、記憶部62に累積的に書き込まれたデータである。そして、充電制御ユニット6は、ステップS2に取得した1回目からN-1回目の充電積算値及び実行履歴データと、N回目の実行履歴データとに基づいて、デンドライト高さを推定する(ステップS6)。
ステップS4,S6は、ステップS4に戻る前のステップS24において実行済みである場合には、何も行わなくてよい。ステップS6で推定されたデンドライト高さ(つまり、ステップS4に戻る前のコンディショニングの実行により低減された後のデンドライト高さ)が、再度所定の閾値と比較される(ステップS8)。その結果、デンドライト高さが未だ所定の閾値以上である場合には、再度回復処理を実行するためにステップS12以降の処理に進む。ステップS6で推定されたデンドライト高さが所定の閾値未満である場合には、ステップS10に進む。
【0076】
以上のようにして、デンドライト高さが目標値に達しない限り(ステップS24:NO)、電池モジュール2の充電装置3に対するN回目の接続の間、ステップS4~S24の処理が繰り返される。
例えば、ステップS4~S24の繰り返しがM回目のコンディショニング(ステップS22)を実行した場合、M回目のコンディショニングの実行に要した時間を記憶しておいた上で、ステップS4に戻る。ステップS4に戻ると、デンドライト高さの推定(ステップS6)及びSOCの推定(ステップS12)を実行する。デンドライト高さが所定の閾値未満である場合にはM+1回目のコンディショニングを実行しない(ステップS10)。また、M回目のコンディショニングの実行に要した時間に基づいて処理可能時間を取得し(ステップS14)、処理可能時間が所定の閾値以下であればM+1回目のコンディショニングを実行しない(ステップS16:YES)。さらに、SOCの推定値が低すぎる場合(例えば、下限閾値SOC以下である場合)には、直ちに回復処理を実行することはできない。
したがって、一実施形態の方法では、M回目のコンディショニングの実行に要した時間と、各電池セルの現在のSOCと、各電池セルのデンドライト高さとに基づいて、M+1回目のコンディショニング(特に回復処理)の実行可否を決定する。
【0077】
ステップS4~S24の処理が繰り返される間、電池モジュール2の充電装置3に対するM回目の接続における充電積算値(ステップS10を実行する場合)、及び、実行履歴データ(ステップS20において回復処理を実行する場合)が、充電制御ユニット6の記憶部62において蓄積される。
【0078】
デンドライト高さが目標値に達した後に(ステップS24:YES)、さらにコンディショニングを行う必要がないため、終了する。なお、図11では示していないが、終了した時点の現在時刻から充電終了時刻までの時間が十分にある場合、充電制御ユニット6は、電池モジュール2に対して通常充電又はPR充電を行ってもよい。
【0079】
充電終了時刻に達した場合には、充電制御ユニット6の記憶部62に書き込まれている充電積算値、及び、実行履歴データ(ステップS4~S24の繰り返しをN回行った場合には、N回分の累積的な実行履歴データ)を、N回目の充電積算値及び実行履歴データとして、電池モジュール2に送信する。電池モジュール2は、受信したN回目の充電積算値及び実行履歴データを記憶部222に書き込む。それによって、電池モジュール2の記憶部222には、1回目からN回目の充電装置3との接続により取得された充電積算値及び実行履歴データが格納される。
【0080】
以上説明したように、一実施形態の充電システムによれば、1以上の電池セルを含む電池モジュールが充電装置に接続したときに、各電池セルに対して記憶されている過去の充電積算値と、過去のコンディショニングの実行履歴データとを充電装置側で取得し、取得したデータに基づいて、各電池セルのデンドライト高さを推定することができる。このとき、電流密度係数、温度係数、及び、負極表面の表面粗さのうち少なくともいずれかに基づいてデンドライト高さを補正することで各電池セルのデンドライト高さを精度良く推定することができる。
一実施形態の充電システムによれば、充電装置が電池モジュールに接続された場合、コンディショニングのための処理可能時間とデンドライト高さの目標値のうち少なくとも一つと、各電池セルのSOCの推定値とに基づいて、適切なコンディショニングプログラムが決定される。そのため、効率良く各電池セルに対するコンディショニングを実行することが可能である。つまり、過剰に充電・放電を行って電池寿命の劣化を早めたり、逆に十分な回復ができなかったりすることが回避される。
【0081】
以上、本発明の電池制御装置、及び、電池回復処理方法の実施形態について説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されない。また、上記の実施形態は、本発明の主旨を逸脱しない範囲において、種々の改良や変更が可能である。例えば、上述した各実施形態及び各変形例に記載した個々の技術的特徴は、技術的矛盾がない限り、適宜組み合わせることが可能である。
【0082】
本発明は、2020年12月18日に日本国特許庁に出願された特願2020-209859の特許出願に関連しており、この出願のすべての内容がこの明細書に参照によって組み込まれる。
【符号の説明】
【0083】
2…電池モジュール
21…電池セル群
22…セル管理ユニット(CMU)
221…コントローラ
222…記憶部
223…セル監視部
224…通信部
3…充電装置
6…充電制御ユニット(CCU)
61…コントローラ
611…充電処理部
612…デンドライト高さ推定部
613…SOC推定部
614…コンディショニング設定部
615…コンディショニング実行部
62…記憶装置
63…表示部
64…通信部
65…温度センサ
7…電流センサ
図1A
図1B
図2A
図2B
図3A
図3B
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12