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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-26
(45)【発行日】2024-01-10
(54)【発明の名称】装飾用物の洗浄方法
(51)【国際特許分類】
   B08B 3/02 20060101AFI20231227BHJP
【FI】
B08B3/02 F
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2023050691
(22)【出願日】2023-03-28
【審査請求日】2023-03-29
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】515148882
【氏名又は名称】株式会社グランドライン
(74)【代理人】
【識別番号】100125531
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 曜
(72)【発明者】
【氏名】早川 悟
【審査官】村山 達也
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-253940(JP,A)
【文献】特開平05-185051(JP,A)
【文献】国際公開第2005/084831(WO,A1)
【文献】特開2007-33730(JP,A)
【文献】特開2000-140709(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B08B 3/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
洗浄液による洗浄工程の後、リンス液を用いたすすぎ処理を行って修飾用薄膜で装飾された表面に油分を含む汚れが付着した装飾用物の洗浄方法であって、
前記洗浄工程および前記すすぎ処理において、周辺温度より温度が高く、エア圧力0.05Mpa未満の低圧および風量1m /分以上の温風とともに、液を霧化して、前記装飾用物の表面に吹き付けて、前記修飾用薄膜に手および洗浄用具が触れることなく洗浄する装飾用物の洗浄方法。
【請求項2】
前記洗浄液はアルカリ性または酸性の洗浄液であり、
前記洗浄工程後、周辺温度より温度が高く、エア圧力0.05Mpa未満の低圧および風量1m /分以上の温風とともに、中和液を霧化して前記装飾用物の表面に吹き付ける中和工程を実施した後、前記すすぎ処理を行う請求項1に記載の装飾用物の洗浄方法。
【請求項3】
前記洗浄液、リンス液、および中和液を霧化して前記装飾物の表面に吹き付けるために、ブロア式低圧温風スプレーガンを用いる請求項2に記載の装飾用物の洗浄方法。
【請求項4】
前記装飾用物は、前記修飾用薄膜として金箔が施され、飾り物として静置された環境で前記汚れが付着した装飾用物である請求項1からのいずれかに記載の装飾用物の洗浄方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油煙のような油を含む汚れで表面が汚れた装飾用物の洗浄方法に関する。
【背景技術】
【0002】
室内などに飾られる造形物(装飾用物)は、木、金属、鉱物、樹脂などを材として造形され、表面に塗料や箔などの装飾用薄膜が施されて外観が美麗に装飾されることが多い。こうした装飾用物は、長期間、飾られている間に表面に埃などの汚れが付着する。特に仏像仏具は、金箔が施されることが多いが、灯明や線香由来の油煙が付着することで表面が汚れて黒ずむ。
【0003】
油煙で汚れた仏像仏具の洗浄方法として、アルカリ性洗剤を泡立てた泡で表面を覆って泡洗浄した後、酸性の洗浄剤を泡立てた泡で表面を覆ってさらに汚れを除去しつつ中和処理を行った後、リンス液として水を噴射してすすぎ処理を行う洗浄方法がある(特許文献1)。あるいは、水銀や漆を用いて金メッキされた金具について、酸性洗浄液に液浴させた後、アルカリ性の水溶液で中和処置を行い、水洗浄する方法も提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平5-185051号公報
【文献】特開2007-321241号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
金箔に油煙のような汚れが付着している場合、汚れを除去するためには、ある程度の洗浄力が必要となる。特許文献1の洗浄方法は、アルカリ性洗浄液を泡立てた泡で被洗浄物の表面を覆う。この方法では、泡が細部に行き渡って汚れを浮き上がらせ、浮き上がらせた汚れを包み込むことで汚れが除去される。
【0006】
特許文献1の泡洗浄は、柔らかい泡で包むことでデリケートな金箔を傷めることなく金箔が施された表面の汚れを除去できる。一方、泡洗浄を行うために、一定の洗浄力がある洗浄液を泡立てて用いるため、洗浄力が高い洗浄液を用いることで金箔を傷めたり剥離させたりしてしまう恐れもある。特に、泡が潰れ(消泡し)て液体となった洗浄液が金箔のような薄膜と材との間に入り込むと金箔を剥離させてしまうリスクが高まる。特許文献1の洗浄方法では、泡を吸引したり拭き取ったりすることで、この問題に対応している。
【0007】
しかし、金箔は薄さが約0.1μmと、装飾用薄膜の中でも特に薄くて剥がれやすい。このため、洗浄液で洗浄した後、液を拭き取る際に傷つけたり剥離したりしやすく、金箔を傷つけたり剥離させないように洗浄液を拭き取るためには、丁寧で繊細に作業する必要があり、作業時間が長くなり、また熟練も要する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、かかる課題に対し、霧状にした洗浄液を低圧の風でふわふわと吹き付けることで、金箔のような薄く剥離しやすい装飾用薄膜が施されている装飾用物から油分を含む汚れを除去する洗浄方法を開発した。本明細書において装飾用薄膜には、塗料により形成された塗膜が含まれるものとする。塗料により形成された塗膜は、概ね数μmから数十μmの厚さがあるが、本発明は、1μmに満たない特に薄い修飾用薄膜に好適に適用でき、中でも金箔が施された修飾用物に好適に適用できる。
【0009】
本発明では、金箔のような薄膜で装飾された装飾用物の表面に、油分を含む汚れを除去する洗浄液を霧化して温風で柔らかく吹き付ける。本明細書において霧化するとは、平均粒径が概ね半径100μm以下(すなわち概ね、霧雨の大きさ)とすることを意味するものとし、より小さな半径(例えば雲粒と同等の半径10μm以下、さらに霧と同等の半径5μm以下)としてもよい。
【0010】
「柔らかく吹き付ける」とは、金箔のようなデリケートな薄膜を剥離させないような強度であることを意味するものとする。具体的には、風圧が0.05PMa未満というような低圧の風を送りながら、霧化した液を装飾用物の表面に吹き付けるとよい。霧化した液を吹き付ける際の風の風量は毎分1~3m以上とすることが好ましい。また、霧化した液を装飾用物に運ぶ風は温風とし、温風としては周辺温度より高ければよいが20℃以上であることが好ましい。
【0011】
風圧0.05MPaの風は、風速では0.3m/S程度であり、毎分1mの風量は一般的なヘアドライヤーの風量(毎分1.2m程度)より少ない。風量は多い方が霧化した液を多く吹き付けられるが、風量が多すぎると風を動かすために必要な力(静圧)が多く必要となることから、風量は、大風量と呼ばれるヘアドライヤーと同等の風量(毎分1.5~3m程度)程度とすることが好ましい。
【0012】
洗浄液としては、アルカリ性の洗浄液または酸性の洗浄液を使用するとよく、特に装飾用物が木製で金箔が施されている場合はアルカリ性の洗浄液がよい。金属製の装飾用物である場合は酸性の洗浄液を用いてよい。なお、アルカリ性には、pH8~11の弱アルカリ性を含み、酸性にはpH3~6の弱酸性を含むものとする。洗浄液として、アルカリ性または酸性の液体を用いた場合、洗浄工程のあとに中和工程を設ける。中和工程を設ける場合、中和液も洗浄液と同様に霧化して装飾用物の表面に吹き付ける。霧化と吹き付けは洗浄工程と同じとすることが好ましい。
【0013】
すすぎ処理はリンス液として水を使用すればよい。すすぎ処理としては、洗浄対象とする装飾用物を液浴させられる状態であれば、リンス液としての水を入れた水槽などの容器中に装飾用物を静かに浸漬しゆっくりと動かすとよい。装飾用物が大きかったり、取り付けられた状態であったりして、リンス液を入れた容器中ですすぎ洗いができない場合は、リンス液を霧化して装飾用物に吹き付けるとよい。霧化と吹き付けは洗浄工程と同じとすることが好ましい。
【0014】
洗浄液は、20℃以上のものを用いることが好ましく、できれば30℃以上、好ましくは40℃以上、特に好ましくは70℃以上のものを用いるとよい。洗浄液は、温風で霧化して昇温させてもよい。この場合は20℃に満たない液を温風で20℃以上となるように昇温しながら霧化するとよい。
【0015】
なお、本明細書においては、霧化とは、100℃以上で粒径が概ね1μm以下の蒸気とすることを含むものとする。洗浄液を20℃以上とするのは、油分を洗浄液に溶解しやすくさせるためである。洗浄液を霧化する際の粒径と温度、具体的には半径数μm以上の霧とするか粒径が概ね1μm以下で100℃前後の蒸気とするかは、装飾用物の汚れの度合いや洗浄する環境などによって決定すればよい。
【0016】
洗浄液は、所望の温度と粒径で噴霧できるよう、濃度を調整して低圧スプレーガンを用いて噴霧するとよい。低圧スプレーガンを用いることで、霧化した液体を柔らかく、広範囲、均質、かつ高速度で洗浄対象の装飾用物に噴霧できる。低圧スプレーガンとしては、液体を霧化して低圧の風で柔らかく吹き付けることができ、液体の塗着効率が50%以上のスプレーガンを用いることが好ましい。低圧スプレーガンには、コンプレッサー式のスプレーガンと、ブロア式のスプレーガンとが知られている
【0017】
コンプレッサー式の低圧スプレーガンは、コンプレッサーで圧縮した気体(代表的には空気)を0.1MPa以下、一般的には0.05~0.08MPa程度の低圧で液体と混ぜて液体を霧化する。一方、ブロア式の低圧スプレーガンとしては、毎分2m以上というような大風量の気体(空気)をブロア内でファンを回転させながら液体を霧化するとともに、ファンの摩擦熱で加温された温風を0.05MPaに満たない「超低圧」とも呼ばれる低圧で霧化した液体を毎分1m以上で吹き付けて、塗着効率80%以上を実現する低圧温風スプレーガンが市販されており、好適に使用できる。
【0018】
このようなブロア式の低圧温風スプレーガンを用いれば、ブロア内で大量に供給される100℃以上の熱風で洗浄液を加温して霧化することで、周辺温度より15℃程度以上高い霧化した洗浄液を装飾用物の表面を包むように柔らかく吹き付けることができる。このような低圧温風スプレーガンを用いれば、霧化された洗浄液が温かいため汚れとなっている油分を溶解しやすく、洗浄液の濃度を低くできる。また、0.05MPa未満の低圧で霧化した液を塗着効率80%以上で装飾用物の表面に柔らかく吹き付けるため、金箔のようなデリケートな薄膜が剥離することを回避しやすくなる。
【0019】
洗浄工程の後工程として実施する中和工程では、液体を加温する必要はない、ブロア式の低圧温風スプレーガンを用いる霧化した液剤を柔らかく速やかに吹き付けることができ、好ましい。
【0020】
すすぎ処理は、リンス液(特に水道水や精製水)を満たした容器に装飾用物を静かに浸す浸漬すすぎを行うこともできる。水圧を利用して金箔の剥離を防止し、大量のすすぎ液ですすぎ処理を行うことで洗浄液や中和液や汚れを液中に移行させやすくできるためである。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、金箔のような薄膜で装飾された表面の汚れを、装飾用薄膜の剥離を防いで洗浄できる。また、本発明によれば、洗浄液などを拭き取る手間と洗浄液を拭き取る際に金箔を剥離させるリスクを回避した簡素な工程で、短時間でデリケートな金箔を傷めることを防止して汚れを洗浄できる。特に本発明において低圧スプレーガンを用いれば作業時間を短縮できる。また、霧化した液を低圧の温風でふわふわと吹き付けることで、金箔に触れることなく装飾用物全体に各種液を行き渡らせ、洗浄液と汚れとを動かせる。このように金箔に触れることがないため、金箔の扱いに不慣れな者でも金箔を剥離させるリスクを低減して洗浄作業を行うことができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施例を参照しながら、本発明について詳述する。
【0023】
<実施例1>
本発明の第1の実施態様として、木材を造形して金箔で表面を装飾した仏像であって、灯明や線香の煙その他油分を含む汚れが表面に付着して黒ずんだ仏像を被洗浄物とする洗浄方法について説明する。
【0024】
実施例1で洗浄する仏像は、高さが約20cm、幅約5cm、奥行き3cm程度である。この仏像は立位で静置された状態で堂に飾られて、線香や灯明由来の油煙などにさらされたことにより、金箔の輝きが失われて全体が黒ずんだ状態となっている。この仏像の表面に、コンプレッサー式の低圧スプレーガンを用いてアルカリ性の洗浄液を粒子径半径が概ね数十μm程度に霧化して吹き付けた(洗浄工程)。洗浄液としては主成分として水酸化ナトリウム1.5重量%を含み、pH12、温度40℃にしたアルカリ性洗浄液を用いた。洗浄液は、塗料を入れる塗料カップに入れ、スプレーガンで霧化させて仏像に噴霧した。霧化した液の温度は20~30℃程度であった。
【0025】
次に、低圧スプレーガンに取り付けた塗料カップの中身を洗浄液ではなく酸性の中和液にして、前述した洗浄工程と同じ条件で中和液を霧化して仏像表面に噴霧した(中和工程)。中和液としては、主成分としてクエン酸2重量%を含み、pH2、温度20℃の酸性の中和液を用いた。
【0026】
中和工程を実施した後、リンス液として精製水を入れた容器に仏像を静かに浸漬して浸漬すすぎ処理を行った。この処理により、洗浄液および中和液が洗い流されるとともに洗浄液に溶解した汚れをリンス液中に移行させることができた。
【0027】
リンス液槽から引き揚げた仏像は、ほぼ全体が金色となり、金箔の輝きを取り戻した。一方、リンス液中に金箔は認められず、仏像からの金箔の剥離は認められなかった。
【0028】
<実施例2>
次に本発明の第2の実施態様について説明する。実施例2では、実施例1と同様の大きさの仏像であり、実施例1の仏像と同じ仏堂に立位で静置されていたが、汚れの程度が実施例1の仏像よりひどい仏像を洗浄する方法を説明する。実施例2で洗浄対象とする仏像は、洗浄前は、全体が黒~茶褐色を呈して、金箔の輝きがほとんど認められない状態であった。
【0029】
実施例2では、洗浄工程において、低圧スプレーガンとしてブロア式の低圧温風スプレーガンを用いた。洗浄液は実施例1と同じ洗浄液を用い、毎分2m以上の空気がブロア内のファンで霧化された。ブロア内では、ファンが回転する摩擦熱によって空気が100℃以上に加熱され、洗浄液はこのブロア内で霧化されることで昇温した。霧化された洗浄液は、周辺温度より15℃程度高い温度で0.04MPa、毎分2mL以上で吐出される温風によって、塗着効率80%以上で仏像に吹き付けた。
【0030】
中和工程は、スプレーガンに供給する液を洗浄液から実施例1で用いた中和液に切り替え、洗浄工程と同様とした。すすぎ工程とは実施例1と同じとした。
【0031】
この実施例2においても、実施例1と同様、リンス液槽から引き揚げた仏像は、ほぼ全体が金色となり、金箔の輝きを取り戻した。一方、リンス液中に金箔は認められず、仏像からの金箔の剥離は認められなかった。
【0032】
さらに本発明の別の態様として、立位で設置された状態で洗浄を行う必要がある装飾用物の洗浄について説明する。具体的には、仏壇の中に立位で安置され、油煙などの汚れが付着した仏像を、仏壇の中に飾られた状態のままで洗浄する方法を説明する。
【0033】
この別態様の洗浄および中和工程は実施例1または実施例2と同じとして、洗浄工程と中和工程とを順次、実施する。一方、すすぎ処理については、実施例1の洗浄工程で用いた低圧スプレーガンまたは実施例2の洗浄工程と中和工程とで用いた低圧温風スプレーガンを用いる。すすぎ処理においては、リンス液として水道水または精製水を霧化して仏像の表面に吹き付ける。
【0034】
この態様では、仏像周辺を保護するため、実施例2の洗浄工程で用いたブロア式の低圧温風スプレーガンを用いて高い塗着効率で霧化した液体の吹き付けを行うことが好ましい。また、仏像の下部に布などを配置して仏像に吹き付けた液体を吸収させることで、液体を拭き取る手間を省略し、液体を拭き取る際に金箔を剥離させてしまうリスクを回避できる。
【0035】
本発明では、いずれの実施態様においても、金箔に手を触れることなく洗浄液を仏像表面に行き渡らせて汚れを洗浄液に移動させ、低圧の温風で汚れを溶解した洗浄液を移動させることができる。

【要約】
【課題】金箔のように剥離しやすいデリケートな修飾用薄膜で修飾された仏像などに付着した油煙などの汚れを除去する際に、金箔が傷ついたり剥がれたりして損傷することを回避する。
【解決手段】洗浄液を20℃以上の霧にして、洗浄対象物全体に吹き付ける。霧化した洗浄液を吹き付けることで、刷毛や布などの洗浄用具が金箔に触れず、非接触での洗浄を可能とする。
【選択図】なし