(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-26
(45)【発行日】2024-01-10
(54)【発明の名称】蓄熱材及び蓄熱フィルム
(51)【国際特許分類】
C09K 5/06 20060101AFI20231227BHJP
C09K 5/14 20060101ALI20231227BHJP
【FI】
C09K5/06 J
C09K5/14 E
(21)【出願番号】P 2023134695
(22)【出願日】2023-08-22
【審査請求日】2023-08-22
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「透明潜熱蓄熱フィルム」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(74)【代理人】
【識別番号】100170874
【氏名又は名称】塩川 和哉
(74)【代理人】
【識別番号】100160543
【氏名又は名称】河野上 正晴
(74)【代理人】
【識別番号】100196209
【氏名又は名称】松崎 義邦
(74)【代理人】
【識別番号】100196829
【氏名又は名称】中澤 言一
(72)【発明者】
【氏名】松井 淳
【審査官】井上 恵理
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第102351965(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第111303575(CN,A)
【文献】国際公開第2004/007631(WO,A1)
【文献】特表2015-506399(JP,A)
【文献】国際公開第2018/207387(WO,A1)
【文献】特開2016-153502(JP,A)
【文献】EBATA, K. et al.,Macromolecules,(2019), vol.52,pp.9773-9780,DOI 10.1021/acs.macromol.9b01817
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 5/00- 5/20
C08K 3/00- 13/08
C08L 1/00-101/14
C08F 2/00- 2/60
C08F 6/00-246/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非晶性主鎖と結晶性側鎖とを有する櫛形ポリマーを含む蓄熱材料であって、前記櫛形ポリマーのガラス転移温度が、結晶性側鎖の融点よりも高
く、
前記櫛形ポリマーが、前記非晶性主鎖、前記結晶性側鎖、及び前記非晶性主鎖と前記結晶性側鎖とを連結する連結基とを有しており、かつ
前記連結基が、アミド基、ウレア基、ウレタン基、チオアミド基、チオウレア基、及びチオウレタン基からなる群から選択される1種以上の基を含む、蓄熱材料。
【請求項2】
前記結晶性側鎖が、C
4~C
30の炭化水素系基を含む、請求項1に記載の蓄熱材料。
【請求項3】
前記非晶性主鎖が、重合度が5~1000の炭化水素系主鎖である、請求項1に記載の蓄熱材料。
【請求項4】
前記櫛形ポリマーが、前記結晶性側鎖の結晶によるナノドメインを有するナノ相分離構造を有している、請求項1に記載の蓄熱材料。
【請求項5】
前記非晶性主鎖が、重合度が5~1000の炭化水素系主鎖であり、前記結晶性側鎖が、直鎖又は分岐鎖のC
12~C
18のアルキル基を含み、かつ前記連結基が、アミド基、ウレア基及びウレタン基からなる群から選択される1種以上の基を含む、請求項1に記載の蓄熱材料。
【請求項6】
請求項1~
5のいずれか一項に記載の蓄熱材料を含む、蓄熱フィルム。
【請求項7】
ガラス基板上に厚さ100μmで形成された場合の波長400~800nmの吸収スペクトルの平均の吸光度が、0.5以下である、請求項
6に記載の蓄熱フィルム。
【請求項8】
請求項
6に記載の蓄熱フィルムと、他のポリマーフィルムとを含む、積層蓄熱フィルム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蓄熱材及び蓄熱フィルムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、二酸化炭素排出量削減等の観点から、壁材、床材、天井材、屋根材等の建材において熱エネルギーを有効に活用するための研究及び開発が盛んに取り組まれている。そのための材料の1つとして、潜熱蓄熱材料が知られている。
【0003】
潜熱蓄熱材料は、固体から液体等の材料の相変化を利用することで熱エネルギーを蓄えることができる材料である。潜熱蓄熱材料は、断熱材とは異なり、蓄えた熱及び冷気は、必要なときに熱エネルギーとして利用することができるため、効率的に熱利用が可能である。特に、固体から液体への相変化は比較的取り扱いが容易で蓄熱できる熱量も高いため、ブロックコポリマー、パラフィン等の有機物、及び硫酸ナトリウム塩等の無機物において、多様な材料が知られている。
【0004】
例えば、非特許文献1は、潜熱蓄熱材料のパラフィンがガラス間に充填された複層ガラスを用いた場合に建築物の熱効率が向上することを開示している。
【0005】
なお、非特許文献2には、ポリアルキルアクリルアミドの櫛形ポリマーがアルキル側鎖部分で結晶性を有すること、及びアルキル側鎖の結晶が融解する温度(融点)がその櫛形ポリマーのガラス転移温度よりも低いことが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Changyu Liu, et al., “Effect of PCM thickness and melting temperature on thermal performance of double glazing units”, Journal of Building Engineering, 11(2017), 87-95
【文献】Kazuki Ebata, et al., “Nanophase Separation of Poly( N- alkyl acrylamides): The Dependence of the Formation of Lamellar Structures on Their Alkyl Side Chains”, Macromolecules, 2019, 52, 9773-9780
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来技術の蓄熱材は、蓄熱及び放熱の過程で全て相変化を利用するため、その前後のいずれかで液体状態となることが前提であった。また、従来技術の蓄熱材は、粉末固体状態で用いられているため全て白濁している。また、パラフィンを用いる蓄熱材は、カプセル化する必要があるため、フィルム化することが困難である。ブロックコポリマーを用いる蓄熱材は、高分子の融解に伴う潜熱を利用するため、フィルム化できたとしても蓄熱及び放熱の過程において機械的特性が大きく変化するという課題がある。
【0008】
本発明は、固体状態を維持したままで蓄熱及び放熱が可能な新規な蓄熱材及び蓄熱フィルムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、以下の態様により、上記課題を解決できることを見出した。
《態様1》
非晶性主鎖と結晶性側鎖とを有する櫛形ポリマーを含む蓄熱材料であって、前記櫛形ポリマーのガラス転移温度が、結晶性側鎖の融点よりも高い、蓄熱材料。
《態様2》
前記櫛形ポリマーが、前記非晶性主鎖、前記結晶性側鎖、及び前記非晶性主鎖と前記結晶性側鎖とを連結する連結基とを有しており、前記連結基が、極性基を含む、態様1に記載の蓄熱材料。
《態様3》
前記連結基が、アミド基、ウレア基、ウレタン基、チオアミド基、チオウレア基、及びチオウレタン基からなる群から選択される1種以上の基を含む、態様2に記載の蓄熱材料。
《態様4》
前記結晶性側鎖が、C4~C30の炭化水素系基を含む、態様1に記載の蓄熱材料。
《態様5》
前記非晶性主鎖が、重合度が5~1000の炭化水素系主鎖である、態様1に記載の蓄熱材料。
《態様6》
前記櫛形ポリマーが、前記結晶性側鎖の結晶によるナノドメインを有するナノ相分離構造を有している、態様1に記載の蓄熱材料。
《態様7》
前記非晶性主鎖が、重合度が5~1000の炭化水素系主鎖であり、前記結晶性側鎖が、直鎖又は分岐鎖のC12~C18のアルキル基を含み、かつ前記連結基が、アミド基、ウレア基及びウレタン基からなる群から選択される1種以上の基を含む、態様1に記載の蓄熱材料。
《態様8》
態様1~7のいずれか一項に記載の蓄熱材料を含む、蓄熱フィルム。
《態様9》
ガラス基板上に厚さ100μmで形成された場合の波長400~800nmの吸収スペクトルの平均の吸光度が、0.5以下である、態様8に記載の蓄熱フィルム。
《態様10》
態様8に記載の蓄熱フィルムと、他のポリマーフィルムとを含む、積層蓄熱フィルム。
【発明の効果】
【0010】
本発明の蓄熱材及び蓄熱フィルムによれば、固体状態を維持したままで蓄熱及び放熱が可能であるため、取扱い性が非常に高い。1つの実施形態において、この蓄熱材及び蓄熱フィルムによれば、実用レベルの高い蓄熱性能及び放熱性能を容易に与えることができる。1つの実施形態において、この蓄熱材及び蓄熱フィルムによれば、フィルム化が容易で、かつ透明性を容易に与えることができる。従来技術の蓄熱材料は、相転移前後の両状態で透明とはならないが、本発明の1つの実施形態の蓄熱材料によれば、結晶性側鎖の結晶が融解する前後において、透明性を維持することができるため、窓ガラス、食品包装フィルム等の透明性が求められる用途において、非常に有利である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、実施例で作製した蓄熱積層フィルムの外観を示している。
【
図2】
図2は、ポリオクタデシルアクリルアミドの示差走査熱量測定の結果を示している。
【
図3】
図3は、蓄熱フィルムの光吸収スペクトルのグラフであり、蓄熱フィルムの透明性を示す。
【
図4】
図4は、蓄熱積層フィルムの光吸収スペクトルのグラフであり、蓄熱フィルムの透明性を示す。
【
図5】
図5は、蓄熱フィルムの昇温及び降温試験の結果を示している。
【
図6】
図6は、蓄熱積層フィルムの昇温及び降温試験の結果を示している。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1つの実施形態において、本発明の蓄熱材料は、非晶性主鎖と結晶性側鎖とを有する櫛形ポリマーを含み、櫛形ポリマーのガラス転移温度は、結晶性側鎖の融点よりも高い。
【0013】
他の1つの実施形態において、本発明の使用方法は、非晶性主鎖と結晶性側鎖とを有する櫛形ポリマーの蓄熱材料への使用方法であって、櫛形ポリマーのガラス転移温度は、結晶性側鎖の融点よりも高い。
【0014】
ここで、「ガラス転移温度」と「融点」とは、櫛形ポリマーを示差走査熱量計(DSC)で測定した場合に測定されるDSC曲線から決定する。例えば、「ガラス転移温度」では、吸熱量のベースラインのシフトが起こり、「融点」では、吸熱量にピークが現れる。ここで、櫛形ポリマーの主鎖の一部は結晶性であってもよく、側鎖の一部も非晶性であってもよいが、「ガラス転移温度」は非晶性主鎖に起因するものであり、「融点」は、結晶性側鎖に起因するものをいう。また、非晶性及び結晶性は、この蓄熱材料が用いられる温度においての状態をいい、室温付近で用いられる場合には、非晶性主鎖及び結晶性側鎖は、それぞれ室温で非晶性及び結晶性であればよい。
【0015】
通常、非晶性部分及び結晶性部分を有するポリマーは、低温から高温になるに従って、まずガラス転移温度に達して非晶性部分の運動が始まる。さらに高温になると結晶化が起こり、その後融点に達して結晶性部分の結晶部分が融解する。それに対して、本発明者らは、非晶性主鎖と結晶性側鎖とを有する一部の櫛形ポリマーの場合、まず結晶性側鎖の結晶部分が融解してその部分の運動が始まり、その後に非晶性主鎖の運動が始まることを見出した。この場合、通常は融点よりも低いガラス転移温度が、結晶性側鎖の融点よりも高い温度で観測される。
【0016】
そして、本発明者は、そのような櫛形ポリマーが蓄熱材料として極めて有用になることを見出した。すなわち、潜熱蓄熱材料は、通常、液体と固体との間の相変化を利用することで熱エネルギーを蓄えることができるが、本発明で用いる櫛形ポリマーによれば、ガラス転移温度以下の固体状態のままで、結晶性側鎖の結晶融解及び結晶化を起こすことができ、これにより吸熱及び放熱をすることができるため、取扱性が非常に高くなる。また、本発明で用いる櫛形ポリマーによれば、実用レベルの高い蓄熱及び放熱性能を容易に与えることができる。さらに、このような櫛形ポリマーは、フィルム化が容易で、かつ透明性を容易に与えることができるため、従来技術の蓄熱材料では想定されにくい窓ガラス、食品包装フィルム等の透明性が求められる用途において、非常に有利である。
【0017】
櫛形ポリマーのガラス転移温度は、例えば30℃以上、40℃以上、50℃以上、又は60℃以上であってもよく、120℃以下、100℃以下、90℃以下、又は80℃以下であってもよい。例えば、櫛形ポリマーのガラス転移温度は、30℃以上120℃以下、又は50℃以上100℃以下であることができる。
【0018】
櫛形ポリマーの結晶性側鎖の融点は、例えば-30℃以上、-20℃以上、-10℃以上、0℃以上、10℃以上、又は20℃以上であってもよく、50℃以下、40℃以下、20℃以下、10℃以下、又は0℃以下であってもよい。例えば、櫛形ポリマーの融点は、-30℃以上50℃以下、又は0℃以上40℃以下であることができる。
【0019】
櫛形ポリマーのガラス転移温度は、例えば、30℃以上、40℃以上、50℃以上、又は60℃以上であってもよく、80℃以下、70℃以下、60℃以下、又は50℃以下で、結晶性側鎖の融点よりも高くてよい。例えば、櫛形ポリマーのガラス転移温度は、30℃以上80℃以下で、結晶性側鎖の融点よりも高くてよい。
【0020】
櫛形ポリマーの個数平均分子量(Mn)は、例えば5000以上、10000以上、15000以上、20000以上、又は30000以上であってもよく、200000以下、100000以下、80000以下、60000以下、又は50000以下であってもよい。例えば、櫛形ポリマーの個数平均分子量(Mn)は、5000以上200000以下、又は20000以上100000以下であることができる。ここで、個数平均分子量(Mn)は、実施例に記載のゲルパーミエーションクロマトグラフィによって標準ポリスチレン換算で決定する。
【0021】
櫛形ポリマーの分子量分布(Mw/Mn)は、例えば1.0以上、1.2以上、1.5以上、2.0以上、又は2.5以上であってもよく、5.0以下、4.0以下、又は3.0以下であってもよい。例えば、櫛形ポリマーの分子量分布(Mw/Mn)は、1.0以上5.0以下、又は2.0以上4.0以下であることができる。分子量分布(Mw/Mn)も、実施例に記載のゲルパーミエーションクロマトグラフィによって標準ポリスチレン換算で決定する。
【0022】
櫛形ポリマーの平均重合度は、6以上、8以上、10以上、20以上、又は50以上であってもよく、1000以下、500以下、300以下、100以下、50以下、30以下、又は20以下であってもよい。この平均重合度は、例えば6以上1000以下又は8以上300以下であってもよい。平均重合度は、実施例に記載のゲルパーミエーションクロマトグラフィによって標準ポリスチレン換算で分子量を求めて決定することができる。櫛形ポリマーの分子量、重合度等を調整することによって、蓄熱材の使用温度範囲、透明性等を変更することができる。
【0023】
1つの実施形態において、蓄熱材料は、非晶性主鎖、結晶性側鎖、及び非晶性主鎖と結晶性側鎖とを連結する連結基とを有しており、連結基が、極性基を含む櫛形ポリマーを含む。このような連結基を有する櫛形ポリマーは、連結基が周囲の化学基と分子間相互作用をすることによって、非晶性主鎖の運動の自由度を低下させることができ、それにより非晶性主鎖が運動を開始するよりも先に、結晶性側鎖の結晶を融解させることができる。したがって、このような蓄熱材料は、固体状態を維持したままで蓄熱及び放熱が可能である。
【0024】
極性基としては、周囲の化学基と分子間相互作用をすることによって、非晶性主鎖の運動の自由度を低下させることができれば限定されないが、例えば酸素、窒素、硫黄、リン、ハロゲン等を含むことができる。例えば、連結基としては、エステル基、チオエステル、エーテル基、チオエーテル、カルボニル基、アミド基、アミンオキシド基、アミノ基及びポリオキシアルキレン基の少なくとも1種により形成される基が挙げられる。
【0025】
連結基としては、特に二級アミノ基を含むことができ、二級アミノ基に加えて、エーテル基、エステル基、チオエーテル基、及び/又はチオエステル基を含むことができる。この場合には、連結基による分子間相互作用、例えば水素結合が強く働き、非晶性主鎖の運動の自由度を低下させやすい。
【0026】
具体的には、連結基としては、特に、アミド基(-CO-NH-)、ウレア基(-NH-CO-NH-)、ウレタン基(-NH-CO-O-)、チオアミド基(-CS-NH-)、チオウレア基(-NH-CS-NH-)、及びチオウレタン基(-NH-CS-O-、-NH-CO-S-、又は-NH-CS-S-)からなる群から選択される1種以上の基を含むことができる。
【0027】
櫛形ポリマーの主鎖は、非晶性を有するが、本発明の有利な効果を有する限り、その一部は結晶性を有していてもよい。櫛形ポリマーの主鎖は、結晶性側鎖が構成する結晶によるナノドメインと共にナノ相分離構造と呼ばれる構造を構成することができ、櫛形ポリマーの全体を非晶性のガラス状態とすることができる。
【0028】
櫛形ポリマーの非晶性主鎖の繰り返し単位としては、本発明の有利な効果が得られる範囲であれば特に限定されないが、例えば炭化水素系基を挙げることができる。本明細書において、炭化水素系基とは、ヘテロ原子(例えば、酸素、窒素、硫黄、リン、ハロゲン等)を含んでいてもよく、分岐していてもよく、また環状基を含んでいてもよい、炭化水素基をいう。例えば、櫛形ポリマーの非晶性主鎖は、不飽和炭化水素基を重合して得られるものであってよい。
【0029】
櫛形ポリマーの側鎖は、結晶性を有するが、本発明の有利な効果を有する限り、その一部が非晶性であってもよい。櫛形ポリマーの側鎖は、ナノサイズの凝集体を構成することができ、ナノ相分離構造のナノドメインとなることができる。この凝集体は、例えばその平均の長径が100nm以下、50nm以下、30nm以下、20nm以下、10nm以下、又は5nm以下であることができ、それにより櫛形ポリマーを可視光に対して透明にすることができる。この凝集体のサイズは、非特許文献2に記載のように、X線回折によって決定することができる。
【0030】
櫛形ポリマーの結晶性側鎖としては、本発明の有利な効果が得られる範囲であれば特に限定されないが、例えば炭化水素系基を挙げることができる。例えば、炭化水素系基としては、直鎖又は分岐鎖を有するアルキル基を特に挙げることができる。
【0031】
結晶性側鎖の炭素数としては、例えば4以上、6以上、8以上、10以上、12以上、又は15以上であってもよく、また50以下、40以下、30以下、25以下、20以下、又は18以下であってもよい。その炭素数は、例えば4~50又は10~30とすることができる。結晶性側鎖の炭素数を調整することによって、蓄熱材の使用温度範囲等を変更することができる。
【0032】
櫛形ポリマーの製造方法は特に限定されないが、例えば、主鎖及び連結基の一部となる部位を含む第1の前駆体化合物に、連結基の一部及び側鎖となる部位を含む第2の前駆体化合物を反応させた後、主鎖となる部位を重合させて得ることができる。また、第1の前駆体化合物を重合させた後に、第2の前駆体化合物をグラフトさせることもできる。
【0033】
例えば、アルキル側鎖を有するポリ(メタ)アクリルアミドを製造する場合には、塩化アクリロイル等のハロゲン化(メタ)アクリロイルと、アルキルアミンとを反応させて、N-アルキル(メタ)アクリルアミドを得て、その後、有機溶媒中でラジカル重合することによって櫛形ポリマーを製造することができる。例えば、アルキルアミンのアルキル基の種類及び数を調整することによって、櫛形ポリマーの側鎖を変更することができる。
【0034】
このように製造された櫛形ポリマーは、1つのモノマーに1つの側鎖がぶら下がった構造を有する1つの繰り返し単位を有しているが、このようなモノマーを他のモノマーと共重合させることによって、ブロック状又はランダム状で複数種の繰返し単位を有するコポリマーであってもよい。櫛形ポリマーは、側鎖を有する繰り返し単位が、50mol%以上、70mol%以上、80mol%以上、90mol%以上、95mol%以上、又は100mol%であることが好ましい。
【0035】
櫛形ポリマーは、高い蓄熱性能及び放熱性能を有することができ、得られる潜熱量は、例えば5J/g以上、10J/g以上、20J/g以上、又は30J/g以上であることができ、200J/g以下、100J/g以下、80J/g以下、50J/g以下、又は30J/g以下であってもよい。櫛形ポリマーによって得られる潜熱量は、例えば5J/g以上200J/g以下、又は30J/g以上50J/g以下であってもよい。
【0036】
本発明の有利な効果を失わない限り、蓄熱材料は、その用途に応じて、櫛形ポリマーの他に、他の物質を含むことができる。例えば、蓄熱材料は、櫛形ポリマーと他のポリマーとをブレンドして用いることができ、そのようなポリマーとしては、例えばポリスチレン系樹脂、ポリエステル系樹脂、アクリル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリビニルアルコール系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリスルホン樹脂、及びこれらの誘導体、並びにこれらの混合物が挙げられる。蓄熱材料は、その用途に応じて、必要に応じて、充填剤、滑材、帯電防止剤、離型剤、可塑剤、酸化防止剤、防菌剤、防かび剤、紫外線吸収剤等の任意的添加剤を更に含有することができる。
【0037】
蓄熱材料は、櫛形ポリマーを10質量%以上、10質量%以上、30質量%以上、50質量%以上、70質量%以上、90質量%以上、又は95質量%以上で含有してもよく、100質量%以下、95質量%以下、90質量%以下、80質量%以下、60質量%以下、又は40質量%以下で含有してもよい。例えば、蓄熱材料は、櫛形ポリマーを10質量%以上100質量%以下で含むことができる。
【0038】
1つの実施形態において、本発明は、上記のような蓄熱材料を含む蓄熱フィルムに関する。蓄熱材料をフィルムとして用いる場合、窓ガラスに貼り付けたり、包装用フィルムの一部として用いたりすることによって、様々な用途で使用できるため好ましい。
【0039】
他の1つの実施形態において、本発明の使用方法は、上記のような櫛形ポリマーの蓄熱フィルムへの使用方法である。
【0040】
1つの実施形態において、蓄熱フィルムは、可視光に対して透明であることができる。従来技術の蓄熱材料をフィルム化したとしても、蓄熱及び放熱の全過程で透明とすることができなかったのに対して、本発明の蓄熱フィルムは、蓄熱及び放熱の全過程で透明であることができる。ここで、透明とは、ガラス基板上に厚さ100μmでフィルムを形成した場合に、波長400~800nmの吸収スペクトルの平均の吸光度が、0.5以下であることをいい、特に0.3以下、0.1以下、0.05以下、又は0.01以下であることをいう。
【0041】
このような蓄熱フィルムは、建築物等の窓、車におけるフロント・リアガラス、生鮮食品を覆う食品フィルム、植物生産におけるビニールハウス等において、非常に好適に用いることができる。
【0042】
蓄熱フィルムの厚みは、特に限定されず、例えば10μm以上、50μm以上、100μm以上、500μm以上、1mm以上、又は5mm以上であってもよく、100mm以下、10mm以下、1mm以下、500μm以下、100μm以下、又は50μm以下であってもよい。
【0043】
蓄熱フィルムの成形方法としては、溶液キャスト法(溶液流延法)、溶融押出法、カレンダー法、圧縮成形法等、公知の方法を使用することができる。これらの中でも、溶液キャスト法、溶融押出法を挙げることができる。溶液キャスト法を行うための装置としては、例えば、ドラム式キャスティングマシン、バンド式キャスティングマシン、スピンコーター等が挙げられる。溶融押出法としては、Tダイ法、インフレーション法等が挙げられる。溶融押出法によりフィルムを成形する場合は、延伸することにより延伸フィルムとしてもよい。
【0044】
蓄熱フィルムは、他のポリマーフィルムと積層させて積層蓄熱フィルムとして用いることができる。他のポリマーフィルムを基材フィルムとして用いることによって、様々な用途に使用することができる。
【0045】
他のポリマーフィルムとしては、例えばポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン系フィルム、ポリエチレンテレフタラート、ポリブチレンテレフタラート等のポリエステル系フィルム、6-ナイロン、6,6-ナイロン等のポリアミド系フィルム、ポリスチレン系フィルム、塩化ビニル系フィルム、及び合成紙等を挙げることができる。
【0046】
積層蓄熱フィルムを得る場合には、蓄熱フィルムと他のポリマーフィルムとを、共押出し、熱圧着、押出しラミネート、ドライラミネート等の公知の方法でラミネートすることができる。
【0047】
本発明を以下の実施例でさらに具体的に説明をするが、本発明はこれによって限定されるものではない。
【実施例】
【0048】
《製造例》
〈櫛形ポリマー〉
N-オクタデシルアミン(3.60g)をクロロホルム(60mL)に溶解し、0℃で攪拌した。この溶液にトリエチルアミン(2.00mL)を加え、次いで塩化アクリロイル(1.17mL)を滴下して加えた。塩化アクリロイルの添加後、メタノール(5mL)の添加に先立って、反応混合物を20℃で4時間攪拌した。その後、溶媒の大部分を減圧下で蒸発させ、THF(120mL)を添加した。得られた沈殿物を濾過し、濾液を減圧下で蒸発させ、N-オクタデシルアクリルアミド(ODA)の白色固体を析出させた。
【0049】
この白色固体をメタノール(300mL)に溶解し、ODAの再結晶を促進するために冷蔵庫で1日間保存した。得られた結晶の同定をプロトンNMR測定により行った。続いて、ODAをトルエンに溶解させ、開始剤として1mol%の2,2’-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)を加えて60℃で12h反応させることでフリーラジカル重合を行った。重合溶媒を濃縮し、貧溶媒としてアセトニトリルを用い、再沈殿操作によって櫛形ポリマーのポリオクタデシルアクリルアミド(p(ODA))を生成した。
【0050】
以上の反応式を以下に示す。
【0051】
【0052】
〈蓄熱フィルム〉
櫛形ポリマーとして、pODAを用いてガラス基板上にキャスト法によってフィルムを形成した。触針段差計で測定をした膜厚は100μmであった。
【0053】
〈蓄熱積層フィルム〉
市販のラップ(NEW ポリラップ,宇部フィルム株式会社)上に、pODAフィルムをキャスト法により作製した。なお取り扱い上、ガラス基板上に市販ラップを敷き、その上にpODAフィルムを作製した。ラップ上にpODAをキャストすると、
図1に示すようにラップにシワがよったものの透明性は維持されていた。これは溶媒が乾燥する際にpODAが収縮するためと考えられる。
【0054】
《評価及び結果》
〈ガラス転移温度及び融点〉
櫛形ポリマーのガラス転移温度及び融点を、示差走査熱量計(DSC;DSC 8231,株式会社リガク)を用いて、50mL/分の窒素流量で、昇温速度10℃/分で測定した。
【0055】
【0056】
図2のpODAのDSCスペクトルは31.9℃に大きな吸熱ピークを有しており、また82.3℃付近にベースラインのシフトを示している。前者は一次の相転移であることから、極性主鎖と疎水性のアルキル鎖のナノ相分離により凝集したアルキル鎖の融解に由来すると考えられる。一方後者は、二次の相転移であり、ガラス転移温度である。これらの温度差が50℃以上であることから、ポリオクタデシルアクリルアミドの蓄熱材料は、その機械的特性が大きく変化することなく、潜熱蓄熱機能を示すことが分かった。
【0057】
〈分子量〉
pODAについて、数平均分子量(Mn)及び分子量分布(Mw/Mn)を、ゲルパーミエーションクロマトグラフィ(GPC;Shodex GPC-101,株式会社レゾナック)によって、標準ポリスチレンを用いて測定した。カラムとして(TSKgel Super HZ2000,TSKgel Super HZ3000,TSKgel Super HZ4000,TSKgel Super HZM-M,東ソー株式会社)をこの順に連結したものを用いた。
【0058】
その結果、pODAの数平均分子量は、40000であり、分子量分布(Mw/Mn)は、3.4であった。
【0059】
〈光吸収スペクトル〉
ガラス基板のみのサンプルと、蓄熱フィルムが形成されているガラス基板のサンプルとで、紫外可視近赤外分光法(UV3600i Plus,株式会社島津製作所)によって波長300nm~800nmの範囲の光に対する吸光度を測定した。
【0060】
また、ガラス基板上に市販のラップのみを積層したサンプルと、ガラス基板上に市販のラップを積層してpODAをコーティングしたサンプルとの両方について、同様の測定を行った。
【0061】
【0062】
図3に示されるように、ガラス基板のみのサンプルと蓄熱フィルムが形成されているガラス基板のサンプルとでは、可視光の範囲において、実質的に同様の吸光度となっており、蓄熱フィルムが透明であることが分かる。
【0063】
また、
図4に示されるように、ガラス基板上にラップのみを積層したサンプルと、ガラス基板上にラップを積層してpODAをコーティングしたサンプルとを比較すると、pODAフィルムがコーティングされているサンプルは、特異な吸収ピークを示さず、ラップがしわ形成したことに起因する散乱によるバックグランドが増加しただけであった。
【0064】
〈昇温及び降温試験〉
ガラス基板上に形成された上記の蓄熱フィルムについて、ガラス基板上にファイバー温度計をつけ23℃で20秒間放置した後に、ガラス基板側を下にして48℃のホットプレートに置いて、温度変化を測定した。その後基板をホットプレートから取り出し、室温に放置した。同様にして、ガラスのみについても測定を行った。
【0065】
また、ガラス基板上にラップのみを積層したサンプルと、ガラス基板上にラップを積層してpODAフィルムをコーティングしたサンプルとの両方について、同様の測定を行った。
【0066】
【0067】
図5に示されるように、ガラス基板のみの測定では、ホットプレートに設置して(20秒時点)すぐ温度上昇が観測されたのに対し、pODAがコーティングされたガラス基板では、それより2秒遅れて温度上昇が観測され、その傾きも緩やかであった。また、最大温度がガラス基板のみの場合は、43.2℃であったのに対し、pODAがコーティングされたガラス基板では、42.2℃と1℃低下していた。
【0068】
さらに、ガラス基板をホットプレートから取り出し(80秒時点)、室温に放置したところ、ガラス基板のみの場合は速やかに温度が低下したのに対し、pODAがコーティングされたガラス基板は緩やかに低下している。これは、ホットプレートに設置した際にはアルキル側鎖が融解し熱を吸収した事で、高温になるのを抑制したのに対し、ホットプレートから取り出した場合には、融解したアルキル鎖がナノ結晶化を引き起こすことで発熱したためであるといえる。なお、この温度変化においてpODAの透明性に変化はなかった。これよりpODAフィルムが、透明性を維持したまま、潜熱蓄熱機能を示すことが分かった。
【0069】
図6に示されるように、
図5の場合と同様に、ガラス基板上のラップにpODAフィルムをコーティングしたサンプルは、温度の立ち上がりの遅れ時間が長くなり、その立ち上がりも緩やかであった。さらに到達温度は、ラップのみの場合と比較して、0.5℃低かった。
【0070】
なお、ラップにpODAフィルムをコーティングしたサンプルでも、その透明性は維持されていた。このようにpODAは、硬いガラス基板上だけでなく、柔らかなラップに容易に塗布可能であり、かつその透明性及び潜熱蓄熱機能を維持する事がわかった。これは、潜熱蓄熱の起源である結晶性側鎖の融解及び結晶化が、ガラス転移温度以下で起こるため、フィルムのガラス状態が維持されているためであるといえる。
【0071】
なお、オクタデシルアミンのオクタデシル基(アルキル基)の炭素数を12~17にそれぞれ変更して、側鎖の長さが様々な櫛形ポリマーを得て同様の実験を行ったところ、その融点に応じて適切な温度範囲等が変わったものの、概ね同様の結果が得られた。
【要約】
【課題】 本発明は、フィルム化が容易で、かつ透明性を与えることができる新規な蓄熱材及び蓄熱フィルムを提供する。
【解決手段】本発明は、非晶性主鎖と結晶性側鎖とを有する櫛形ポリマーを含む蓄熱材料であって、前記櫛形ポリマーのガラス転移温度が、結晶性側鎖の融点よりも高い、蓄熱材料に関する。また、本発明は、そのような蓄熱材料を含む、蓄熱フィルムに関する。
【選択図】
図1