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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-26
(45)【発行日】2024-01-10
(54)【発明の名称】電動ウォータポンプ用ロータ
(51)【国際特許分類】
   F04D 29/046 20060101AFI20231227BHJP
   F04D 13/06 20060101ALI20231227BHJP
   F16C 33/20 20060101ALI20231227BHJP
   F16C 17/02 20060101ALI20231227BHJP
【FI】
F04D29/046 A
F04D13/06 C
F16C33/20 A
F16C17/02 Z
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020020918
(22)【出願日】2020-02-10
(65)【公開番号】P2021127690
(43)【公開日】2021-09-02
【審査請求日】2022-09-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】安田 健
【審査官】所村 陽一
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-183650(JP,A)
【文献】特開2007-051705(JP,A)
【文献】特開2017-025742(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04D 29/046
F04D 13/06
F16C 33/20
F16C 17/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シャフトを中心に回転するロータと、前記シャフトに対して同軸となる円周上に設置され、前記ロータを回転駆動するステータとを備えている電動ウォータポンプにおける前記ロータであって、
前記ロータは、前記ポンプのインペラを支持する本体部と、前記シャフトを回転自在に支承するすべり軸受と、前記ステータに対向配置されるマグネットとを有し、
前記すべり軸受は、ポリフェニレンサルファイド樹脂組成物のアニール処理体であり、
前記ポリフェニレンサルファイド樹脂組成物は、該組成物全体積に対して、炭素繊維を5~30体積%、ポリテトラフルオロエチレン樹脂を1~20体積%、グラファイトを1~30体積%含有しており、
アニール処理を行っていない前記ポリフェニレンサルファイド樹脂組成物の成形体の曲げ弾性率が、130℃において3000MPa以上であり、
前記本体部は、前記すべり軸受の外径側に前記ポリフェニレンサルファイド樹脂組成物とは異なる熱可塑性樹脂組成物を用いてインサート成形された射出成形体であることを特徴とする電動ウォータポンプ用ロータ。
【請求項2】
前記すべり軸受の外径側に前記熱可塑性樹脂組成物をインサート成形する前後において、前記すべり軸受の内径収縮量が、アニール処理を行っていない前記ポリフェニレンサルファイド樹脂組成物の成形体からなるすべり軸受に比べて小さいことを特徴とする請求項1記載の電動ウォータポンプ用ロータ。
【請求項3】
シャフトを中心に回転するロータと、前記シャフトに対して同軸となる円周上に設置され、前記ロータを回転駆動するステータとを備えている電動ウォータポンプにおける前記ロータの製造方法であって、
前記ロータは、前記ポンプのインペラを支持する本体部と、前記シャフトを回転自在に支承するすべり軸受と、前記ステータに対向配置されるマグネットとを有し、
前記すべり軸受は、曲げ弾性率が130℃において3000MPa以上のポリフェニレンサルファイド樹脂組成物の成形体をアニール処理時の最高温度が200℃~260℃でアニール処理したアニール処理体であり、
前記すべり軸受を本体部形成用の金型にインサートした状態で、該金型に前記ポリフェニレンサルファイド樹脂組成物とは異なる熱可塑性樹脂組成物を射出充填することにより、前記すべり軸受の外径側に前記本体部を射出成形して一体化することを特徴とする電動ウォータポンプ用ロータの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インペラとマグネットが取り付けられ、シャフトを中心にすべり軸受を介して支承される電動ウォータポンプ用ロータに関する。特に、自動車のインバータ、エンジンを冷却する電動ウォータポンプ用のロータに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車のインバータやエンジンを冷却するなどの用途に使用される電動ウォータポンプとして特許文献1が提案されている。この種の電動ウォータポンプ用ロータの構造を図3に基づいて説明する。図3のロータ11は、リング状のマグネット12と、すべり軸受13と、インペラ取付部15を一体に有する本体部14とを有する。
【0003】
すべり軸受13は略円筒状であり、ポンプのシャフトを回転自在に支承する。すべり軸受13の材質には、カーボン入りのポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂などの熱可塑性樹脂、焼結カーボン、セラミックが用いられる。また、特許文献2には、その他の水中用すべり軸受の材質として、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂、ポリサルフォン(PSF)樹脂、ポリエーテルイミド(PEI)樹脂、フェノール樹脂などが例示されている。
【0004】
本体部14は、マグネット12と、このマグネットの内側で同心円上に設置されたすべり軸受13とを金型内に配置した状態で、PPS樹脂などの熱可塑性樹脂を用いて射出成形されている。これにより、マグネット12とすべり軸受13と本体部14とが一体とされている。
【0005】
図3のロータを用いた電動ウォータポンプの構造と動作を図4に基づいて説明する。ポンプ21は、電磁鋼板を積層したステータコアにコイルを巻線したステータ22と、水とステータとを仕切るシールボックス23と、シールボックス23とともにポンプ室を形成するケーシング24と、が一体となったケースに、ロータ11が収納されている。SUSやセラミックからなるシャフト25は、一端がシールボックス23の軸支持部に挿入され、他端がケーシング24の軸支持部で支持されている。ステータ22のコイルへの通電によって発生する磁界で、マグネット12を有するロータ11がシャフト25を中心に回転する。インペラ26はロータ11に固定されているので、ロータ11の回転に伴いインペラ26も回転する。ポンプ室に吸入された水は、インペラ26によって圧送される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第4812787号公報
【文献】特開平11-30196号公報
【文献】特開2017-25742号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に係る電動ウォータポンプ用ロータは、上述のとおり、すべり軸受を金型にインサートし、熱可塑性樹脂を射出成形することで形成されている。すべり軸受として、焼結カーボン軸受またはセラミック軸受を選択すると、高コストになる上、該軸受を射出成形で製造できないために設計の自由度が小さくなる。そのため、カーボン入りのPPS樹脂などの熱可塑性樹脂がより好まれる。
【0008】
熱可塑性樹脂は、高温時に弾性率が低下することから、上述のインサート成形ですべり軸受とロータとを一体化する際、射出成形圧によってすべり軸受の内径が収縮するという課題がある。内径収縮量が大きいと、ラジアルすきま管理が難しくなる。発明者らは、この内径収縮量を低減する方法として、フェノール樹脂組成物の成形体をすべり軸受に用いたロータを提案している(特許文献3)。フェノール樹脂組成物は熱硬化性であるため、高温下で弾性率が低下し難く、インサート成形による内径収縮量を抑制することができる。さらに、このフェノール樹脂組成物は、フェノール樹脂を主成分とし、少なくとも(A)炭素繊維と、(B)ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂およびグラファイトから選ばれる少なくとも1つの固体潤滑剤を含有するため、水中で低摩擦、低摩耗となる。
【0009】
しかしながら、特許文献3では、すべり軸受に熱可塑性樹脂組成物の成形体を用いた場合に、上述の内径収縮量を抑制する方法は提案されていない。
【0010】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、熱可塑性樹脂組成物からなるすべり軸受が、低コストで製造が可能でありながら、上述のインサート成形前後で内径収縮し難く、低摩擦・低摩耗特性に優れる電動ウォータポンプ用ロータを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の電動ウォータポンプ用ロータは、シャフトを中心に回転するロータと、上記シャフトに対して同軸となる円周上に設置され、上記ロータを回転駆動するステータとを備えている電動ウォータポンプにおける上記ロータであって、上記ロータは、上記ポンプのインペラを支持する本体部と、上記シャフトを回転自在に支承するすべり軸受と、上記ステータに対向配置されるマグネットとを有し、上記すべり軸受は、PPS樹脂組成物のアニール処理体であり、上記PPS樹脂組成物は、該組成物全体積に対して、炭素繊維を5~30体積%、PTFE樹脂を1~20体積%、グラファイトを1~30体積%含有しており、上記本体部は、上記すべり軸受の外径側に上記PPS樹脂組成物とは異なる熱可塑性樹脂組成物を用いてインサート成形された射出成形体であることを特徴とする。
ここで、本体部を形成するための、上記PPS樹脂組成物とは異なる熱可塑性樹脂組成物とは、その組成が異なるという意味であり、すべり軸受と、本体部を構成する各原料が異なることのみならず、各原料が同一で組成比が異なる場合も含む。
【0012】
上記すべり軸受の外径側に上記熱可塑性樹脂組成物をインサート成形する前後において、上記すべり軸受の内径収縮量が、アニール処理を行っていない上記PPS樹脂組成物の成形体からなるすべり軸受に比べて小さいことを特徴とする。
【0013】
上記PPS樹脂組成物の成形体の曲げ弾性率が、130℃において3000MPa以上であることを特徴とする。
ここで、PPS樹脂組成物の成形体は、アニール処理が施される前の状態の成形体を意味し、以降も同様とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明者は、電動ウォータポンプ用ロータにおいて、シャフトを中心に回転するロータと、シャフトに対して同軸となる円周上に設置され、ロータを回転駆動するステータとを備えている電動ウォータポンプにおけるロータであって、ロータは、ポンプのインペラを支持する本体部と、シャフトを回転自在に支承するすべり軸受と、ステータに対向配置されるマグネットとを有し、すべり軸受は、PPS樹脂組成物のアニール処理体であり、PPS樹脂組成物は、該組成物全体積に対して、炭素繊維を5~30体積%、PTFE樹脂を1~20体積%、グラファイトを1~30体積%含有しており、本体部は、すべり軸受の外径側にPPS樹脂組成物とは異なる熱可塑性樹脂組成物を用いてインサート成形された射出成形体とすることで、熱可塑性樹脂組成物からなるすべり軸受が、低コストで製造が可能でありながら、インサート成形前後で内径収縮し難く、低摩擦・低摩耗特性に優れることを見出し、本発明に至った。低コストで製造が可能となるのは、熱可塑性樹脂組成物はフェノール樹脂などの熱硬化性樹脂組成物に比べてすべり軸受の成形加工が容易であり、射出成形によってすべり軸受を製造する際に発生するスプール・ランナーの粉砕材を再利用できるためである。これにより、本発明の電動ウォータポンプ用ロータは経済性に優れる。
【0015】
すべり軸受の外径側に熱可塑性樹脂組成物をインサート成形する前後において、すべり軸受の内径収縮量が、アニール処理を行っていないPPS樹脂組成物の成形体からなるすべり軸受に比べて小さいので、インサート成形前後での内径収縮量もより小さくなることで、ラジアルすきまを精度よく管理でき、電動ウォータポンプを運転時のロータの振動低減、焼付き防止に寄与する。
【0016】
PPS樹脂組成物の成形体の曲げ弾性率が、130℃において3000MPa以上であるので、高温時の剛性に優れ、インサート成形の前後におけるすべり軸受の内径収縮量を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の電動ウォータポンプ用ロータの軸方向断面図である。
図2】実施例におけるロータのすべり軸受の寸法を示す軸方向断面図である。
図3】従来の電動ウォータポンプ用ロータの軸方向断面図である。
図4】電動ウォータポンプの一例を示す図である。
図5】PPS樹脂組成物の成形体のDSCチャートである。
図6】PPS樹脂組成物のアニール処理体のDSCチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の電動ウォータポンプ用ロータは、ポンプのインペラを支持する本体部と、シャフトを回転自在に支承するすべり軸受と、ステータに対向配置されるマグネットとを有する。ここで、すべり軸受は、PPS樹脂組成物のアニール処理体であり、PPS樹脂組成物は、該組成物全体積に対して、炭素繊維を5~30体積%、PTFE樹脂を1~20体積%、グラファイトを1~30体積%含有しており、本体部は、すべり軸受の外径側に上述のPPS樹脂組成物とは異なる熱可塑性樹脂組成物を用いてインサート成形された射出成形体である。すなわち、所定のPPS樹脂組成物を用いて予め成形し、アニール処理したすべり軸受を本体部形成用の金型にインサートした状態で、該金型に熱可塑性樹脂組成物を射出充填することにより、すべり軸受の外径側に本体部を射出成形して一体化している。
【0019】
すべり軸受のアニール処理の温度パターンは、特に限定されるものではないが、アニール処理の最高温度の好ましい範囲としては200~260℃である。より好ましくは220~260℃であり、さらに好ましくは220~240℃である。また、220~260℃の範囲内の最高温度においては、2時間以上保持することが好ましい。より好ましくは4時間以上である。アニール処理によって、すべり軸受内部の残留応力を除去し、インサート成形時の内径収縮量を抑制することができる。
【0020】
アニール処理したすべり軸受について、示差走査熱量測定(DSC)を行うと、昇温の過程でアニール処理なしの場合にはみられない吸熱ピーク(以下、熱履歴による吸熱ピークとする)が現れる。熱履歴による吸熱ピークは、アニール処理の最高温度と同等か、もしくは少し高い温度(+20度以内)に現れるため、アニール処理の最高温度の推定が可能である。本発明のすべり軸受では、熱履歴による吸熱ピークが200~280℃の範囲に現れる。
【0021】
本発明に用いるPPS樹脂組成物の成形体について、アニール処理を行わなかった場合のDSCチャートの一例を図5に示す。さらに、この成形体を、最高温度240℃で4時間保持してアニール処理体とした場合のDSCチャートの一例を図6に示す。図6では、図5には現れなかった熱履歴による吸熱ピークが253℃にみられた。図5の281℃、図6の282℃にみられる吸熱ピークはPPS樹脂の融点によるものである。なお、図5図6のDSCチャートは、昇温速度15度/分、窒素ガス中で測定したものである。
【0022】
本発明の電動ウォータポンプ用ロータの一実施例を図1に基づいて説明する。図1は、本発明の電動ウォータポンプ用ロータの断面図である。このロータが使用される電動ウォータポンプの構成は図4に示すものと同様である。すなわち、ロータの中心軸となるシャフトと、シャフトに対して同軸となる円周上に設置されロータを回転駆動するステータと、水を圧送するためのインペラとを備えている。図1に示すように、この形態のロータ1は、ポンプのインペラを支持する本体部2と、シャフトを回転自在に支承するすべり軸受3と、ステータに対向配置されるマグネット4と、インペラ取付部5とを有する。
【0023】
すべり軸受3は、シャフトを回転自在に支承するための軸受孔3aを径方向中央部に有する円筒体である。軸受孔3aを構成する円筒内径面がラジアル軸受面(摺動面)となる。すべり軸受3の外径形状(例えば、円筒外径に対する円筒長さの割合や円筒肉厚)は特に限定されず、電動ウォータポンプの構成に応じて適宜設定できる。本発明では、すべり軸受に用いられるPPS樹脂組成物の成形体の130℃における曲げ弾性率が3000MPa以上であるので、高温時の剛性に優れ、本体部成形時の内径収縮量が低減されている。このため、任意のすべり軸受形状に対してラジアルすきま管理が容易であり、軸受孔3aの精度に優れる。
【0024】
図1に示すすべり軸受3は、円筒一端に鍔部3bを有する。鍔部3bの端面は、本体部2の端面よりも軸方向に突出した形状としている。ポンプ回転時には、差圧によりインペラが軸方向一方側に押し付けられる。この際に鍔部3bの端面をスラスト軸受面とすることが可能であり、この場合には、別途のスラスト軸受を省略できる。また、すべり軸受3に鍔部3bを設けることで、すべり軸受3と、該すべり軸受の外径側にインサート成形された本体部2とを強固に結合でき、使用時の抜けや回りを防止できる。なお、同様の結合強化の目的で、予め、すべり軸受3の外径側に突起や凹凸形状などを形成してもよい。
【0025】
すべり軸受3を形成するPPS樹脂組成物は、該組成物全体積に対して、炭素繊維を5~30体積%、PTFE樹脂を1~20体積%、グラファイトを1~30体積%含有する。
【0026】
ここで、主成分であるPPS樹脂は、該PPS樹脂組成物全体積に対して50体積%をこえて配合され、好ましくは60体積%以上配合される。
【0027】
PPS樹脂は、ベンゼン環がパラの位置で、硫黄結合によって連結されたポリマー構造を持つ結晶性の熱可塑性樹脂である。PPS樹脂は、融点が約280℃、ガラス転移点(Tg)が93℃であり、極めて高い剛性と、優れた耐熱性、寸法安定性、耐摩耗性などを有する。PPS樹脂は、その分子構造により、架橋型、半架橋型、直鎖型、分岐型などのタイプがあるが、本発明ではこれらの分子構造や分子量に限定されることなく使用できる。
【0028】
上記PPS樹脂組成物において、炭素繊維の配合量は、樹脂組成物全体積に対して5~30体積%が好ましく、10~30体積%がより好ましく、10~20体積%がさらに好ましい。5体積%未満では補強効果に乏しく耐摩耗性が悪くなり、30体積%を超えると高コストとなる。
【0029】
上記PPS樹脂組成物は、PPS樹脂と炭素繊維の他に、PTFE樹脂およびグラファイト(黒鉛)を含むことが好ましい。PTFE樹脂の配合割合は、樹脂組成物全体積に対して1~20体積%が好ましく、3~20体積%がより好ましく、5~15体積%がさらに好ましい。また、グラファイトの配合割合は、樹脂組成物全体積に対して1~30体積%が好ましく、3~30体積%がより好ましく、10~30体積%がさらに好ましい。
【0030】
上記PPS樹脂組成物は、炭素繊維の配合によって、成形体の弾性率を向上させている。炭素繊維は、原材料から分類されるピッチ系またはPAN系のいずれのものであってもよい。また、ミルドファイバーまたはチョップドファイバーのいずれのものであってもよい。炭素繊維の平均繊維径は20μm以下、好ましくは5~15μmである。20μmをこえる太い炭素繊維では、極圧が発生するため、シャフトがSUS製の場合、その摩耗損傷が大きくなるおそれがある。平均繊維径は、本分野において通常使用される電子顕微鏡や原子間力顕微鏡などにより測定できる。また、平均繊維径は、上記測定に基づき数平均繊維径として算出できる。
【0031】
本発明に使用できる市販品のミルドファイバーとしては、ピッチ系炭素繊維として、クレハ社製:クレカ M-101S、M-101F、M-201S、三菱ケミカル社製:ダイアリードK223HM-200μm、ダイアリードK223HM-50μm、日本グラファイトファイバー社製:HC-600-15Mなどである。また、同様のPAN系炭素繊維として、東邦テナックス社製:ベスファイト HT M100 160MU、HT M100 40MU、または、東レ社製:トレカ MLD-30、MLD-300などが挙げられる。チョップドファイバーとしては、ピッチ系炭素繊維として、三菱樹脂社製:ダイアリード K223HE、PAN系炭素繊維として、東レ社製:トレカ T010-003などが挙げられる。
【0032】
PTFE樹脂は、固体潤滑剤であり、水膜が形成されない水切れ状態の場合など、境界潤滑下における成形体の動摩擦係数を低減できる。PTFE樹脂として、懸濁重合法によるモールディングパウダー、乳化重合法によるファインパウダー、再生PTFEのいずれを採用してもよい。PPS樹脂組成物の流動性を安定させるためには、成形時のせん断により繊維化し難く、溶融粘度を増加させ難い再生PTFEを採用することが好ましい。再生PTFEとは、熱処理(熱履歴が加わったもの)粉末、γ線または電子線などを照射した粉末のことである。例えば、モールディングパウダーまたはファインパウダーを熱処理した粉末、また、この粉末をさらにγ線または電子線を照射した粉末、モールディングパウダーまたはファインパウダーの成形体を粉砕した粉末、また、その後γ線または電子線を照射した粉末、モールディングパウダーまたはファインパウダーをγ線または電子線を照射した粉末などのタイプがある。
【0033】
本発明に使用できる市販品のPTFE樹脂としては、喜多村社製:KTL-610、KTL-450、KTL-350、KTL-8N、KTL-400H、三井・デュポン・フロロケミカル社製:テフロン(登録商標)7-J、TLP-10、旭硝子社製:フルオンG163、L150J、L169J、L170J、L172J、L173J、ダイキン工業社製:ポリフロンM-15、ルブロンL-5、住友スリーエム社製:ダイニオンTF9205、TF9207などが挙げられる。また、パーフルオロアルキルエーテル基、フルオルアルキル基、またはその他のフルオロアルキルを有する側鎖基で変性されたPTFE樹脂であってもよい。上記の中でγ線または電子線などを照射したPTFE樹脂としては、喜多村社製:KTL-610、KTL-450、KTL-350、KTL-8N、KTL-8F、旭硝子社製:フルオンL169J、L170J、L172J、L173Jなどが挙げられる。
【0034】
グラファイト(黒鉛)は、固体潤滑剤であり、PTFE樹脂と同様に境界潤滑下の動摩擦係数を低減できる。また、グラファイトは摩耗特性、弾性率の向上とともに、射出成形時のすべり軸受の寸法精度を向上させる効果もある。グラファイトとしては、天然黒鉛、人造黒鉛のいずれを用いてもよい。粒子の形状は、鱗片状、球状などがあるが、鱗片状が摺動時の脱落が少ないため、より好ましい。天然黒鉛としては、日本黒鉛工業社製:ACP、人造黒鉛としてはイメリス・ジーシー・ジャパン社製:KS-6、KS-25、KS-44などが挙げられる。
【0035】
なお、この発明の効果を阻害しない程度に、PPS樹脂組成物に対して周知の樹脂用添加剤を配合してもよい。添加剤としては、例えば、窒化ホウ素、二硫化モリブデン、二硫化タングステンなどの摩擦特性向上剤、炭素粉末、酸化鉄、酸化チタンなどの着色剤が挙げられる。
【0036】
上記PPS樹脂組成物を構成する各材料を、必要に応じて、ヘンシェルミキサー、ボールミキサー、リボンブレンダーなどにて混合した後、二軸混練押出し機などの溶融押出し機にて溶融混練し、成形用ペレットを得ることができる。なお、充填材の投入は、二軸押出し機などで溶融混練する際にサイドフィードを採用してもよい。この成形用ペレットを用いて射出成形することにより、PPS樹脂組成物の成形体が得られる。
【0037】
上記PPS樹脂組成物の成形体の物性について、その曲げ弾性率が、130℃において3000MPa以上であることが好ましい。このような範囲とすることで、熱可塑性樹脂組成物を用いて、本体部を射出成形する際においても、すべり軸受の内径収縮量を低減できる。曲げ弾性率のより好ましい範囲としては3000~9000MPaであり、さらに好ましい範囲は4000~7000MPaである。曲げ弾性率はASTM D790準拠の試験片(127mm×12.7mm×厚さ3.1mm)を用い、支点間距離50mm、クロスヘッド速度1.3mm/minとした3点曲げ試験等で測定できる。
【0038】
PPS樹脂組成物の成形体を、アニール処理することで、すべり軸受が得られる。
【0039】
本体部は、得られたすべり軸受を本体部形成用の金型にインサートした状態で、該金型に熱可塑性樹脂組成物を射出充填することにより得られる。また、マグネットも同時に上記金型にインサートした状態として本体部を射出成形してもよい。射出成形方法(インサート成形方法)の条件などは、特に限定されず、公知の方法・条件を採用できる。
【0040】
本体部を形成する熱可塑性樹脂組成物の主成分としては、PEEK樹脂、PPS樹脂、ポリアミドイミド(PAI)樹脂、ポリアミド(PA)樹脂、ポリブチレンテレフタレート(PBT)樹脂、ポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂、ポリエチレン(PE)樹脂などの合成樹脂が挙げられる。これらの各樹脂は単独で使用してもよく、2種類以上混合したポリマーアロイであってもよい。
【0041】
電動ウォータポンプでは、送液する液体として水以外には不凍液が使用される。不凍液に対する耐薬品性の点から、熱可塑性樹脂組成物の主成分としては、非晶性樹脂より結晶性樹脂が好ましく、具体的にはPPS樹脂が好ましい。PPS樹脂は高耐熱性であるため、水または不凍液の温度が上昇しても剛性が高い。また、低吸水性であるため、使用中における寸法変化が非常に小さい。
【0042】
本体部を形成する熱可塑性樹脂組成物には、配合剤を配合することが好ましい。例えば、高強度化、高弾性化、高寸法精度化のためにガラス繊維、炭素繊維、ウィスカ、マイカ、タルクなどの補強剤を、射出成形収縮の異方性除去などのためにミネラル、炭酸カルシウム、ガラスビーズなどの無機充填剤を、それぞれ配合してもよい。
【0043】
特に好ましい形態としては、ベース樹脂にPPS樹脂組成物を用い、ガラス繊維をPPS樹脂組成物全体に対して、10~30体積%含むPPS樹脂組成物である。
【0044】
本体部の形状について、図1に示す形態では、ロータ1の本体部2にインペラ取付部5が一体に形成されている。本発明はこれに限定されず、例えば、インペラ全体を本体部と一体に形成する形態としてもよい。
【実施例
【0045】
実施例および比較例に用いた樹脂組成物の原材料を一括して以下に示す。
(1)ポリフェニレンサルファイド樹脂〔PPS〕
東ソー社製:B-042
(2)炭素繊維〔CF〕
クレハ社製:クレカ M107T
(平均繊維長0.4mm、平均繊維径18μm)
(3)PTFE樹脂〔PTFE〕
喜多村社製:KTL-610(再生PTFE)
(4)グラファイト〔GRP〕
イメリス・ジーシー・ジャパン社製:KS-25(人造黒鉛、鱗片状)
実施例1~4、および比較例1~3のPPS樹脂組成物を表1に示す。図2に示した寸法形状のすべり軸受は、このPPS樹脂組成物を用いて射出成形し、さらにアニール処理を行うことで製作した。なお、図2における寸法数値の単位はmmである。得られたすべり軸受(図2の寸法形状)とマグネットとを金型にインサートし、ガラス繊維(26体積%)入りPPS樹脂(74体積%)を用いて本体部を射出成形して、図1のロータを形成した。図1に示す6が、金型のパーティングライン(PL)である。インサート成形前後について、すべり軸受の内径寸法をピンゲージで測定(貫通する径の寸法を内径寸法とした)し、内径収縮量を算出した結果を表1下段に示す。
【0046】
【表1】
【0047】
表1において、130℃における曲げ弾性率は、アニール処理が施される前のPPS樹脂組成物の成形体の曲げ弾性率を意味する。表1に示すとおり、実施例1~4(アニール処理が施される前の弾性率4100MPa、アニール温度200~260℃のすべり軸受)は、比較例1(アニールなし)に比べて内径収縮量が小さい値であった。比較例2(アニール温度275℃のすべり軸受)はアニール処理した時点で軸受の変形が大きく、インサート成形出来なかったため、射出成形体とすることが出来なかった。そのため、比較例2については、内径収縮量の測定が出来なかった。また、比較例3(アニール処理が施される前の弾性率2000MPa)の内径収縮量は、実施例1~3の2倍であった。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の電動ウォータポンプ用ロータは、低コストで製造が可能でありながら、精度よくラジアルすきまを管理できるので、自動車のインバータやエンジンを冷却する電動ウォータポンプ用のロータとして好適に利用できる。
【符号の説明】
【0049】
1 電動ウォータポンプ用ロータ
2 本体部
3 すべり軸受
4 マグネット
5 インペラ取付部
6 パーティングライン(PL)
図1
図2
図3
図4
図5
図6