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特許7411175リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-27
(45)【発行日】2024-01-11
(54)【発明の名称】リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/12 20150101AFI20231228BHJP
   A61K 35/36 20150101ALI20231228BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20231228BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20231228BHJP
【FI】
A61K35/12 ZNA
A61K35/36
A61P43/00 111
A61P43/00 105
A61P9/10
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019190666
(22)【出願日】2019-10-18
(62)【分割の表示】P 2019530517の分割
【原出願日】2018-12-27
(65)【公開番号】P2020007376
(43)【公開日】2020-01-16
【審査請求日】2021-11-15
(31)【優先権主張番号】P 2017253170
(32)【優先日】2017-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】506208908
【氏名又は名称】学校法人兵庫医科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000231796
【氏名又は名称】日本臓器製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100125427
【弁理士】
【氏名又は名称】藤井 郁郎
(72)【発明者】
【氏名】松山 知弘
(72)【発明者】
【氏名】中込 隆之
(72)【発明者】
【氏名】福田 有
【審査官】春田 由香
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-016942(JP,A)
【文献】特表2012-508192(JP,A)
【文献】特開昭64-079657(JP,A)
【文献】特開2007-284351(JP,A)
【文献】特開2001-103869(JP,A)
【文献】特開2014-076961(JP,A)
【文献】木村 宏 ほか,老年期の痴呆症状を呈する患者に対するノイロトロピン(R)の使用経験 ―パイロットスタディー―,薬理と治療,1987年10月,第15巻, 第10号,p.4235-4251,ISSN 0386-3603
【文献】GARCIA-FERNANDEZ LF et al.,Dexamethasone induces lipocalin-type prostaglandin D synthase gene expression in mouse neuronal cells,Journal of Neurochemistry,2000年,Vol.75, No.2,p.460-470,ISSN 0022-3042
【文献】SALEEM S et al.,Lipocalin-prostaglandin D synthase is a critical beneficial factor in transient and permanent focal cerebral ischemia,Neuroscience,2009年,Vol.160, No.1,p.248-254,ISSN 0306-4522
【文献】KANEKIYO T et al.,Lipocalin-type prostaglandin D synthase/beta-trace is a major amyloid beta-chaperone in human cerebrospinal fluid,Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America,2007年04月10日,Vol.104, No.15,p.6412-6417,ISSN 0027-8424
【文献】永田 奈々恵, 裏出 良博,睡眠物質プロスタグランジンD2,ねむりと医療,2011年,第4巻, 第2号,p.65-69,ISSN 1883-0552
【文献】松山 知弘, 中込 隆之,脳ペリサイトをめぐる脳保護と再生,脳循環代謝,2015年,第26巻, 第2号,p.145-149,ISSN 0915-9401
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 45/00-45/08
A61K 35/00-35/768
C12Q 1/00- 1/70
G01N 33/48-33/98
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
医中誌WEB
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を有効成分として含有する、ペリサイト又はペリサイトから脱分化した虚血誘導性多能性幹細胞におけるリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進用医薬組成物を製造するための、該抽出物の使用。
【請求項2】
炎症組織がウサギの炎症皮膚組織である、請求項に記載の使用。
【請求項3】
リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進用医薬組成物が注射剤又は経口剤である、請求項1又は2に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素(以下「L-PGDS」と表記することがある。また、「リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素」と称するものも本発明に包含され得る。)の産生促進剤等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
プロスタグランジンD2合成酵素(PGDS)には、中枢神経系、雄性生殖器、心臓等に分布するリポカリン型(L-)PGDSと、肥満細胞やTh2細胞に分布する造血器型(H-)PGDSの2種類があることが知られている。L-PGDSは、プロスタグランジン生合成の共通中間体であるプロスタグランジンH2(PGH2)からプロスタグランジンD2(PGD2)への異性化反応を触媒する活性を有する。他方、L-PGDSは、構造上は脂溶性物質のキャリアとして機能するリポカリンファミリーに属している。従って、L-PGDSは、PGD2生合成酵素と脂溶性キャリアの両面性を有する多機能タンパクである。
【0003】
中枢神経系に分布するL-PGDSは脳脊髄液にも検出され、他のリポカリンと比較して巨大な親油性ポケットを有するため、脳内の様々な脂溶性分子の輸送タンパク質及びスカベンジャーとしての役割を担っていると考えられている。そのようなL-PGDSのリポカリンとしての機能の例としては、くも膜下出血後に脳内L-PGDSが上昇し、神経毒性の原因となるビリルビンを抱合することで神経毒性を回避させること(Inui T. et al., J. Cereb. Blood Flow Metab. 34, 1558-1567, 2014)や、L-PGDSがアルツハイマー病の患者や動物モデルにおいて、アミロイドβタンパク質(Aβ、老人斑)のオリゴマー形成に必要な領域に強固に結合し、脳脊髄液中でのAβ凝集形成と細胞傷害性を阻害すること(Kanekiyo T. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104, 6412-6417, 2007)等が挙げられる。
【0004】
また、マウスの虚血脳においてPGD2の産生が顕著に増加し、L-PGDS及びH-PGDS、又はPGD2受容体DP1のノックアウトにより虚血後の脳浮腫発症が重症化するとの報告(Tanigichi H. et al., J. Neurosci. 27, 4303-4312, 2007)や、L-PGDSのノックアウトにより脳梗塞巣や脳浮腫が増大するとの報告(Saleem S. et al., Neuroscience 160, 248-254, 2009)がある。このことから、脳虚血時においてL-PGDSやH-PGDS により産生されるPGD2は、その受容体を介した作用により脳保護的に働くと考えられている。
【0005】
さらに、ガラクトシルセラミダーゼ欠損による脱髄性疾患クラベ病のモデルマウス(Twitcherマウス)では、脱髄に抵抗性を示す軸索領域でL-PGDS遺伝子発現の上昇が観察され、L-PGDSの欠損をさらに導入するとオリゴデンドロサイトの消失による脱髄の重症化が起こることが報告されている(Taniike M. et al., J. Neurosci. 22, 4885-4896, 2002)。また、L-PGDS欠損マウスでは、末梢神経の脱髄が誘導されると報告されており、シュワン細胞のPGD2受容体であるGpr44が神経髄鞘化に必要であることが見出されている(Trimarco A. et al., Nature Neurosci. 17, 1682-1992, 2014)。これらの知見から、オリゴデンドロサイト(中枢神経)やシュワン細胞(末梢神経)における神経軸索髄鞘化とその維持にL-PGDS及びその産物であるPGD2が必要であると考えられている。
【0006】
なお、L-PGDSによる保護作用については、神経細胞に限らず、過酸化ストレスによる消化管グリア細胞の細胞死をPGD2の代謝産物である15-デオキシ-プロスタグランジンJ2が回避させることも報告されている(Abdo H. et al., J. Physiol. 590, 2739-2750, 2012)。
【0007】
さらに、L-PGDSにより合成される脳内PGD2は睡眠調節作用を有することが古くから知られている(Ueno R. et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 109, 576-582, 1982)。その機序については、日本の研究者により詳細に検討された結果、PGD2が眼底部クモ膜DP1受容体を介してアデノシンを分泌することで睡眠中枢を刺激することによるものとされている。L-PGDSは酵素産物であるPGD2に対して高い親和性を有することから、脳脊髄液中でのPGD2の安定性を確保するとともにPGD2を近傍の受容体へ輸送すると推定されており(Urade Y. and Hayaishi O., Biochim. Biophys. Acta 1482, 259-271, 2000)、PGD2を介した睡眠調節に大きく関与すると考えられる。
【0008】
上述したように、L-PGDSはPGD2を合成する酵素タンパク質として働くと共に、脳内の様々な疎水性低分子の結合・輸送及びスカベンジャーとしての役割を担い、脳内環境調整・脳保護機能や睡眠調節機能等の様々な機能を有するタンパク質であると考えられている。従って、L-PGDSの産生を促進することは、これらの機能を効果的に働かせることになり、L-PGDSが関連する疾患の予防・治療等に有用であると考えられる。しかしながら、これまでに生体内においてL-PGDSの産生を促進する物質の報告はなされていない。
【0009】
本発明において、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物(本抽出物)が優れたL-PGDS産生促進作用を有することが認められたが、本抽出物又はこれを含有する製剤については非常に多岐に及ぶ作用・効果が知られている。例えば、本抽出物の脳に対する作用・効果として、脳梗塞等の虚血性疾患に対する治療効果(特開2000-16942号公報)やBDNF等の神経栄養因子の産生促進作用(国際公開WO2011/162317号公報)が知られているが、本抽出物がL-PGDSの産生促進作用を有することはこれまで知られていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、脳保護作用、睡眠作用等を有するL-PGDSの産生を促進する物質、及びL-PGDS産生促進作用を指標とする脳保護作用、睡眠作用等を有する薬剤のスクリーニング系等を提供するものである。また、該物質を有効成分として含有し、脳梗塞等の脳血管障害、アルツハイマー病等の認知症、不眠症等のL-PGDSが関与する疾患の予防・治療又は再発予防において、有効で且つ安全性が高い医薬を提供するものである。更には、本発明に係るL-PGDS産生促進剤は、脳血管障害時等における脳の虚血障害、神経細胞傷害等を抑制、緩和する作用を有するものである。なお、本発明において用いられる「治療」には、「軽減」、「改善」、「進行抑制」等の意味が含まれる。また、睡眠作用を有する薬剤を本発明では「睡眠薬」と表記することがあるが、「眠剤」、「睡眠改善薬」、「睡眠導入剤」、「催眠薬」と称するものも本発明に包含され得る。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、マウス脳梗塞モデル(中大脳動脈永久閉塞モデル)を用いた検討から、血流の遮断によって成熟神経細胞が死滅しつつある梗塞領域内において、神経細胞、アストロサイト、オリゴデンドロサイト等の神経系細胞を含めこれら以外の様々な細胞にも分化し得る幹細胞を見出し、虚血誘導性多能性幹細胞(ischemia-induced multipotent stem cells, iSCs)と命名した。iSCに強発現する神経幹細胞マーカーnestinは、組織化学的には脳軟膜から大脳皮質に至る血管周囲に分布すること、また、iSCはPDGFRβ(血小板由来増殖因子受容体β)やNG2(neuron-glial antigen 2)といった血管周皮細胞(ペリサイト)マーカーを発現すること等から、iSCの由来は血管周囲に分布するペリサイトであると考えられている。ペリサイトは神経細胞やアストロサイト、血管内皮細胞と共に、脳の機能的器質的な基本単位である神経血管単位(neurovascular unit, NVU)を構成し、血液脳関門の形成・維持や神経機能の調節、脳内排出系(glymphatic system)への関与等の重要な役割を担っていると考えられている。iSCは、虚血等の脳傷害時にペリサイトがリプログラミングされることにより生じ、血管内皮細胞等が形成する微小環境によって神経細胞に分化することが示されている。これらのことから、iSCは脳卒中後の血流再建後の神経修復において主要な役割を担う幹細胞であると考えられている。
【0012】
本発明者らは、iSCを用いた研究の一環として、ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出物(本抽出物)のiSCに対する作用の検討を行った。そして、iSCに本抽出物を添加して培養した後、約2万8千遺伝子のDNAチップによる網羅的遺伝子発現解析を行った結果、本抽出物がL-PGDSをコードする遺伝子PTGDSを選択的に発現促進する作用を有することを見出した。また、タンパク質レベルにおいても、本抽出物はL-PGDSの産生を促進することを確認した。さらに、免疫組織化学的手法により検討した結果、虚血脳に発現するL-PGDSはペリサイトマーカーと共分布することが示された。これらのことから、L-PGDSはペリサイト又はペリサイトから脱分化したiSCに由来するものであると考えられた。
【0013】
上述した通り、L-PGDSはPGD2を合成する酵素タンパク質として働くと共に、主として脳内に発現し、様々な疎水性低分子の結合・輸送及びスカベンジャーとしての役割を担って、脳内環境調整・脳保護機能や睡眠調節機能等の様々な機能を有するタンパク質であると考えられている。こうしたことから、L-PGDS産生促進剤は、脳梗塞等の脳血管障害、アルツハイマー病等の認知症、不眠症等のL-PGDSが関与する疾患の予防・治療又は再発予防薬として有用であると考えられる。本抽出物は優れたL-PGDS産生促進作用を有することが確認され、アルツハイマー型認知症モデルマウスの脳内のL-PGDS量を増加させると共に、Aβ量を減少させて、引いては認知機能を改善した。そのため、本抽出物あるいは本抽出物中に含有されるL-PGDS産生促進作用を有する物質、又は本抽出物を含有する製剤は、L-PGDS産生促進剤として大変有用である。
【0014】
また、本発明者らは、iSCにおけるL-PGDS産生促進作用を指標として、L-PGDSが関与する疾患の治療に有用な薬剤のスクリーニング方法として有用であることを見出した。当該スクリーニング方法は、特に脳保護作用や睡眠作用を有する薬剤の開発に寄与することが考えられる。また、本発明は、iSCにおけるL-PGDS産生促進作用を指標として、本抽出物又は本抽出物を含有する製剤を試験することにより、本抽出物又は本抽出物を含有する製剤の作用・効果を判定又は評価でき、引いては本抽出物又は本抽出物を含有する製剤の薬効を担保する方法を提供する。本発明者らは、以上の知見に基づき、本発明を完成させた。
【0015】
すなわち、本願発明には、例えば下記の態様が包含される。
(1)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。
(2)ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物が含有する、上記(1)に記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。
(3)ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を含有する、上記(1)に記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。
(4)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素がペリサイト又はペリサイトから脱分化した虚血誘導性多能性幹細胞において産生されるものである、上記(1)~(3)のいずれかに記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。
(5)脳保護薬である、上記(1)~(4)のいずれかに記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。
(6)脳保護薬の作用が脳内排出系に対する亢進作用によるものである、上記(5)に記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。
(7)脳保護薬が脳梗塞の予防・治療又は再発予防薬である、上記(5)又は(6)に記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。
(8)脳保護薬が認知症の予防・治療薬である、上記(5)又は(6)に記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。
(9)認知症がアルツハイマー型認知症である、上記(8)に記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。
(10)アミロイドβ沈着の阻害作用を有する、上記(9)に記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。
(11)睡眠薬である、上記(1)~(4)のいずれかに記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。
(12)炎症組織がウサギの炎症皮膚組織である、上記(2)~(11)のいずれかに記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。
(13)注射剤である、上記(1)~(12)のいずれかに記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。
(14)経口剤である、上記(1)~(12)のいずれかに記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素産生促進剤。
【0016】
(15)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の発現促進作用を指標とする、脳保護作用又は睡眠作用を有する物質のスクリーニング方法。
(16)ペリサイト又はペリサイトから脱分化した虚血誘導性多能性幹細胞におけるリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の発現促進作用を指標とする、上記(15)に記載のスクリーニング方法。
(17)脳保護作用を有する物質が、脳梗塞の予防・治療若しくは再発予防薬又は認知症の予防・治療薬である、上記(15)又は(16)に記載のスクリーニング方法。
(18)認知症がアルツハイマー型認知症である上記(17)に記載のスクリーニング方法。
(19)睡眠作用を有する物質が、睡眠薬である上記(15)又は(16)に記載のスクリーニング方法。
(20)上記(15)~(19)のいずれかに記載のスクリーニング方法によって得られた脳保護作用又は睡眠作用を有する物質。
(21)脳保護作用がアミロイドβの排出作用によるものである、上記(20)に記載の物質。
【0017】
(22)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の発現促進作用を指標とする、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物又はこれを含有する製剤の判定又は評価方法。
(23)ペリサイト又はペリサイトから脱分化した虚血誘導性多能性幹細胞におけるリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の発現促進作用を指標とする、上記(22)に記載の判定又は評価方法。
(24)炎症組織がウサギの炎症皮膚組織である上記(22)又は(23)に記載の判定又は評価方法。
(25)上記(22)~(24)のいずれかに記載の判定又は評価を行うことによってワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物又はこれを含有する製剤の品質規格を担保する方法。
(26)上記(22)~(24)のいずれかに記載の判定又は評価を行うことによって品質規格が担保されたワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物又はこれを含有する製剤。
【0018】
(27)ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の有効量を当該治療を必要とする患者に投与することからなるリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の産生促進方法。
(28)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素がペリサイト又はペリサイトから脱分化した虚血誘導性多能性幹細胞において産生されるものである、上記(27)に記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の産生促進方法。
(29)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の産生促進が脳保護又は睡眠導入・改善のために作用する、上記(27)又は(28)に記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の産生促進方法。
(30)脳保護が脳梗塞の予防・治療又は再発予防である、上記(29)に記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の産生促進方法。
(31)脳保護が認知症の予防・治療である、上記(29)に記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の産生促進方法。
(32)認知症がアルツハイマー型認知症である、上記(31)に記載のリポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の産生促進方法。
【0019】
(33)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の産生促進に用いるためのワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物。
(34)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素がペリサイト又はペリサイトから脱分化した虚血誘導性多能性幹細胞において産生されるものである、上記(33)に記載のワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物。
(35)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の産生促進が脳保護又は睡眠導入・改善に用いるためである、上記(33)又は(34)に記載のワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物。
(36)脳保護が脳梗塞の予防・治療又は再発予防である、上記(35)に記載のワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物。
(37)脳保護が認知症の予防・治療である、上記(35)に記載のワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物。
(38)認知症がアルツハイマー型認知症である、上記(37)に記載のワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物。
【0020】
(39)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の産生を促進する医薬の製造におけるワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の使用。
(40)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素がペリサイト又はペリサイトから脱分化した虚血誘導性多能性幹細胞において産生されるものである、上記(39)に記載の使用。
(41)リポカリン型プロスタグランジンD2合成酵素の産生促進する医薬が脳保護薬又は睡眠薬である、上記(39)又は(40)に記載の使用。
(42)脳保護薬が脳梗塞の予防・治療又は再発予防薬である、上記(41)に記載の使用。
(43)脳保護薬が認知症の予防・治療薬である、上記(41)に記載の使用。
(44)認知症がアルツハイマー型認知症である、上記(43)に記載の使用。
【発明の効果】
【0021】
本発明L-PGDS産生促進剤は、ペリサイト又はiSCの発現するL-PGDSのリポカリンとしての機能を亢進することにより、脳内の様々な疎水性分子を排出するトランスポーターとして働いて、脳虚血時の傷害や認知症の原因とされる物質による弊害から脳を保護する作用を発揮することが強く期待される。また、本発明L-PGDS産生促進剤は、細胞内で合成したPGD2を脳脊髄液中に分泌し、脳内のPGD2レセプターへと輸送することにより睡眠調節作用等を発揮することが期待される。特に、本抽出物は、マウスの虚血脳において、L-PGDSの産生を促進することが明らかにされ、さらに、本抽出物をアルツハイマー型認知症モデルマウスに投与することにより、脳内のL-PGDS量が上昇すると共に、Aβ量が減少し、認知機能が改善することが確認された。このように、本抽出物がL-PGDSの産生を促進させて優れた薬理作用を有することは動物実験でも認められている。また、本抽出物を含有する製剤は、副作用等の問題点の少ない安全性の高い薬剤として長年使用されているものである。そのため、本発明は極めて有用性の高いものである。
【0022】
また、本抽出物は非常に膨大な数の成分からなる多成分系の物質であることから、その作用を単一あるいは複数の含有成分の含量等で判定又は評価し、薬効等を担保することは極めて困難である。その点、本発明のL-PGDSの発現促進作用を指標とする本抽出物又は本抽出物を含有する製剤の判定又は評価方法によれば、簡便に本抽出物又は本抽出物を含有する製剤の作用を判定又は評価でき、引いては本抽出物又はこれを含有する製剤の薬効を担保することに利用できる。この点でも本発明は有用性の高いものである。なお、本願における「判定又は評価」には、試験、検査等により対象物を調べて効果、作用、適否等を見定める概念のすべてが包含されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1図1は被験物質を添加した培養iSCのL-PGDS遺伝子(PTGDS)の発現量をリアルタイムRT-PCR法により調べた結果を示すグラフである。
図2図2は被験物質を添加した培養iSCのL-PGDS遺伝子(PTGDS)の発現量を古典的RT-PCR法により調べた結果を示す電気泳動図である。
図3図3は被験物質を添加した培養iSCのL-PGDSタンパクの発現量をウエスタンブロッティング法により調べた結果を示す電気泳動図である。
図4図4は被験物質を添加した培養iSCのL-PGDSタンパクの発現量をドットブロッティング法により調べた結果を示すPVDF膜である。
図5図5は被験物質を添加した培養iSCのL-PGDSタンパクの発現量をELISA法により調べた結果を示すグラフである。
図6図6は被験物質を添加した培養iSCの細胞抽出液中のプロスタグランジン類量を液体クロマトグラフィー質量分析法により調べた結果を示すグラフである。
図7図7は被験物質を添加した培養iSCの培養上清にL-PGDSの基質を添加後、液体クロマトグラフィー質量分析法により反応産物量を調べた結果を示すグラフである。
図8図8は虚血負荷を施したマウスの脳内のL-PGDS、ペリサイト、及び血管内皮細胞の分布を免疫組織化学染色法により比較した結果を示す画像である。
図9図9は虚血負荷を施したマウスの脳内のL-PGDSの分布を免疫電子顕微鏡法により観察した結果を示す画像である。
図10図10はヒト脳梗塞巣から抽出した培養iSCの L-PGDS及び神経幹細胞マーカーnestinの分布を免疫組織化学染色法により比較した結果を示す画像である。
図11図11は被験物質を投与したアルツハイマー型認知症モデルマウス脳内に沈着するアミロイドβを免疫組織化学染色法により調べた結果を示す画像である。
図12図12は被験物質を投与したアルツハイマー型認知症モデルマウス脳内のL-PGDSを免疫組織化学染色法により調べた結果を示す画像である。
図13図13は被験物質を投与したアルツハイマー型認知症モデルマウス脳内のL-PGDS及び血管内皮細胞の分布を免疫組織化学染色法により比較した結果を示す画像である。
図14図14は被験物質を投与したアルツハイマー型認知症モデルマウス脳内のアミロイドβ及びL-PGDSタンパクの発現量をウエスタンブロッティング法により調べた結果を示す電気泳動図である。
図15図15は被験物質を添加した培養ペリサイトのL-PGDS遺伝子(PTGDS)の発現量を古典的RT-PCR法により調べた結果を示す電気泳動図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本抽出物は、ワクシニアウイルスを接種して発痘した動物の炎症組織から抽出分離した非蛋白性の活性物質を含有する抽出物である。本抽出物は、抽出された状態では液体であるが、乾燥することにより固体にすることもできる。本製剤は、医薬品として非常に有用なものである。本製剤として出願人が日本において製造し販売している具体的な商品に「ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤」(商品名:ノイロトロピン/NEUROTROPIN〔登録商標〕)(以下「ノイロトロピン」という。)がある。ノイロトロピンには、注射剤と錠剤があり、いずれも医療用医薬品(ethical drug)である。
【0025】
ノイロトロピンの注射剤の適応症は、「腰痛症、頸肩腕症候群、症候性神経痛、皮膚疾患(湿疹、皮膚炎、蕁麻疹)に伴う掻痒、アレルギー性鼻炎、スモン(SMON)後遺症状の冷感・異常知覚・痛み」である。ノイロトロピンの錠剤の適応症は、「帯状疱疹後神経痛、腰痛症、頸肩腕症候群、肩関節周囲炎、変形性関節症」である。本製剤は、出願人が創製し、医薬品として開発したものであり、その有効性と安全性における優れた特長が評価され、長年にわたり販売されて、日本の医薬品市場で確固たる地位を確立しているものである。
【0026】
本発明におけるワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物はワクシニアウイルスを接種して発痘した炎症組織を破砕し、抽出溶媒を加えて組織片を除去した後、除蛋白処理を行い、これを吸着剤に吸着させ、次いで有効成分を溶出することによって得ることができる。即ち、例えば、以下のような工程である。
(A)ワクシニアウイルスを接種し発痘させたウサギ、マウス等の皮膚組織等を採取し、発痘組織を破砕し、水、フェノール水、生理食塩液またはフェノール加グリセリン水等の抽出溶媒を加えた後、濾過または遠心分離することによって抽出液(濾液または上清)を得る。
(B)前記抽出液を酸性のpHに調整して加熱し、除蛋白処理する。次いで除蛋白した溶液をアルカリ性に調整して加熱した後に濾過または遠心分離する。
(C)得られた濾液または上清を酸性とし活性炭、カオリン等の吸着剤に吸着させる。
(D)前記吸着剤に水等の抽出溶媒を加え、アルカリ性のpHに調整し、吸着成分を溶出することによってワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を得ることができる。その後、所望に応じて、適宜溶出液を減圧下に蒸発乾固または凍結乾燥することによって乾固物とすることもできる。
【0027】
ワクシニアウイルスを接種し炎症組織を得るための動物としては、ウサギ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、サル、ラット、マウスなどワクシニアウイルスが感染する種々の動物を用いることができ、炎症組織としてはウサギの炎症皮膚組織が好ましい。ウサギはウサギ目に属するものであればいかなるものでもよい。例としては、アナウサギ、カイウサギ(アナウサギを家畜化したもの)、ノウサギ(ニホンノウサギ)、ナキウサギ、ユキウサギ等がある。これらのうち、カイウサギが使用するには好適である。日本では過去から飼育され家畜又は実験用動物として繁用されている家兎(イエウサギ)と呼ばれるものがあるが、これもカイウサギの別称である。カイウサギには、多数の品種(ブリード)が存在するが、日本白色種やニュージーランド白色種(ニュージーランドホワイト)といった品種が好適に用いられ得る。
【0028】
ワクシニアウイルス(vaccinia virus)は、いかなる株のものであってもよい。例としては、リスター(Lister)株、大連(Dairen)株、池田(Ikeda)株、EM-63株、ニューヨーク市公衆衛生局(New York City Board of Health)株等が挙げられる。
【0029】
上記した本抽出物の基本的な抽出工程(A)~(D)は、より詳しくは、例えば、以下のようなものとして実施できる。
工程(A)について
ウサギの皮膚にワクシニアウイルスを皮内接種して発痘させた炎症皮膚組織を採取する。採取した皮膚組織はフェノール溶液等で洗浄、消毒を行なう。この炎症皮膚組織を破砕し、その1乃至5倍量の抽出溶媒を加える。ここで、破砕とは、ミンチ機等を使用してミンチ状に細かく砕くことを意味する。また、抽出溶媒としては、蒸留水、生理食塩水、弱酸性乃至弱塩基性の緩衝液などを用いることができ、フェノール等の殺菌・防腐剤、グリセリン等の安定化剤、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム等の塩類などを適宜添加してもよい。この時、凍結融解、超音波、細胞膜溶解酵素又は界面活性剤等の処理により細胞組織を破壊して抽出を容易にすることもできる。得られた懸濁液を、5日乃至12日間放置する。その間、適宜攪拌しながら又は攪拌せずに、30乃至45℃に加温してもよい。得られた液を固液分離(濾過又は遠心分離等)によって組織片を除去して粗抽出液(濾液又は上清)を得る。
【0030】
工程(B)について
工程(A)で得られた粗抽出液について除蛋白処理を行う。除蛋白は、通常行われている公知の方法により実施でき、加熱処理、蛋白質変性剤(例えば、酸、塩基、尿素、グアニジン、アセトン等の有機溶媒など)による処理、等電点沈澱、塩析等の方法を適用することができる。次いで、不溶物を除去する通常の方法、例えば、濾紙(セルロース、ニトロセルロース等)、グラスフィルター、セライト、ザイツ濾過板等を用いた濾過、限外濾過、遠心分離などにより析出してきた不溶蛋白質を除去した濾液又は上清を得る。
【0031】
工程(C)について
工程(B)で得られた濾液又は上清を、酸性、好ましくはpH3.5乃至5.5に調整し、吸着剤への吸着操作を行う。使用可能な吸着剤としては、活性炭、カオリン等を挙げることができ、抽出液中に吸着剤を添加し撹拌するか、抽出液を吸着剤充填カラムに通過させて、該吸着剤に有効成分を吸着させることができる。抽出液中に吸着剤を添加した場合には、濾過や遠心分離等によって溶液を除去して、活性成分を吸着させた吸着剤を得ることができる。
【0032】
工程(D)について
工程(C)で得られた吸着剤から活性成分を溶出(脱離)させるには、当該吸着剤に溶出溶媒を加え、塩基性、好ましくはpH9乃至12に調整し、室温又は適宜加熱して或いは撹拌して溶出し、濾過や遠心分離等の通常の方法で吸着剤を除去する。用いられる溶出溶媒としては、塩基性の溶媒、例えば塩基性のpHに調整した水、メタノール、エタノール、イソプロパノール等又はこれらの適当な混合溶液を用いることができ、好ましくはpH9乃至12に調整した水を使用することができる。溶出溶媒の量は適宜設定することができる。このようにして得られた溶出液を、原薬として用いるために、適宜pHを中性付近に調整するなどして、最終的にワクシニアウイルス接種ウサギ炎症皮膚抽出物(本抽出物)を得ることができる。
【0033】
本抽出物は、できた時点では液体であるので、適宜濃縮・希釈することによって所望の濃度のものにすることもできる。本抽出物から製剤を製造する場合には、加熱滅菌処理を施すのが好ましい。注射剤にするためには、例えば塩化ナトリウム等を加えて生理食塩液と等張の溶液に調製することができる。また、液体あるいはゲル等の状態で経口投与することも可能であるが、本抽出物に適切な濃縮乾固等の操作を行うことによって、錠剤等の経口用固形製剤を製造することもできる。本抽出物からこのような経口用固形製剤を製造する具体的な方法は、日本特許第3818657号や同第4883798号の明細書に記載されている。こうして得られる注射剤や経口用製剤等が本製剤の例である。
【0034】
患者への投与方法としては、特に限定されず、治療目的に応じて適宜選択することができる。例えば、経口投与の他に皮下、筋肉内、静脈内投与、経皮投与等が挙げられ、投与量はワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の種類によって適宜設定することができる。市販の製剤で認められている投与量は、基本的には内服では1日16NU、注射剤では1日3.6乃至7.2NUを投与するよう医療用医薬品としては示されているが、疾患の種類、重傷度、患者の個人差、投与方法、投与期間等によって適宜増減可能である(NU:ノイロトロピン単位。ノイロトロピン単位とは、疼痛閾値が正常動物より低下した慢性ストレス動物であるSARTストレスマウスを用い、Randall-Selitto変法に準じて試験を行い、鎮痛効力のED50値をもって規定する。1NUはED50値が100 mg/kgであるときのノイロトロピン製剤の鎮痛活性含有成分1mgを示す活性である。)。
【0035】
以下に、本抽出物の製造方法の例、及び本抽出物の新規な薬理作用、L-PGDS産生促進作用に関する薬理試験結果を示すが、本発明はこれらの実施例の記載によって何ら制限されるものではない。
【実施例
【0036】
実施例1 本抽出物の製造
健康な成熟家兎の皮膚にワクシニアウイルスを皮内接種し、発痘した皮膚を切り取り採取した。採取した皮膚はフェノール溶液で洗浄・消毒を行なった後、余分のフェノール溶液を除去し、破砕して、フェノール溶液を加え混合し、3~7日間放置した後、さらに3~4日間攪拌しながら35~40℃に加温した。その後、固液分離して得た抽出液を塩酸でpH4.5~5.2に調整し、90~100℃で30分間、加熱処理した後、濾過して除蛋白した。さらに、濾液を水酸化ナトリウムでpH9.0~9.5に調整し、90~100℃で15分間、加熱処理した後、固液分離した。
【0037】
得られた除蛋白液を塩酸でpH4.0~4.3に調整し、除蛋白液質量の2%量の活性炭を加えて2時間撹拌した後、固液分離した。採取した活性炭に水を加え、水酸化ナトリウムでpH9.5~10とし、60℃で90~100分間撹拌した後、遠心分離して上清を得た。遠心分離で沈澱した活性炭に再び水を加えた後、水酸化ナトリウムでpH10.5~11とし、60℃で90~100分間撹拌した後、遠心分離して上清を得た。両上清を合せて、塩酸で中和し、本抽出物を得た。
【0038】
実施例2 薬理試験
次に、上記実施例1で得られた本抽出物を被験物質として用いたL-PGDS産生促進作用に関する薬理試験の方法及び結果を示す。なお、下記の薬理試験において、C.B-17マウスへの脳梗塞の導入や、該脳梗塞巣からのiSCの単離培養については、Nakagomi, T. et al. Eur. J. Neurosci., 29, 1842_1852, 2009に記載の方法に準じて行った。
【0039】
試験例1:被験物質処理iSCにおける網羅的遺伝子発現解析
C.B-17マウス(3匹)に中大脳動脈閉塞による虚血負荷を施し、3日目に梗塞巣より3株のiSCを単離した。それぞれの培養iSC(2% ウシ胎児血清(FBS)、20ng/mL 線維芽細胞増殖因子(FBS)、20ng/mL 上皮成長因子(EGF)及び1% N2サプリメントを添加したダルベッコ改変イーグル培地F12(2% FBS DMEM/F12 F/E/N)、5×104 cell/3cmφdish)に対して被験物質(50、1000 mNU/mL)又は生理食塩液(コントロール)を添加し、培養4日目にRNeasy〔登録商標、以下同様〕 Mini Kit(QIAGEN社)により全RNAを回収した(全9培養)。網羅的遺伝子発現解析には、マウス用の遺伝子チップSurePrint G3 Mouse GE マイクロアレイ8×60K(24,321 種類のRNA及び4,576種類のノンコーディングRNA、GE社)を用い、被験物質の添加によって3株ともに両濃度で同方向に1/2以下の低下ないし2倍以上の発現変化を示す遺伝子を選別した。結果は、コントロールに対する選別した各遺伝子の発現量比として表した(3株の平均値±標準誤差)。結果の一例を表1に示す。
【0040】
【表1】
【0041】
上記解析の結果、表1に示す通り、発現減少を示したCOCH遺伝子並びに発現上昇を示したGBP6遺伝子及びPTGDS遺伝子の計3遺伝子が選別された。これらのうち、L-PGDSをコードするPTGDS遺伝子の発現量は被験物質に対する強い用量依存性を示した。
【0042】
試験例2-1:L-PGDS遺伝子発現に対する評価(リアルタイムRT-PCR法)
試験例1と同様に、培養iSC(FBS不含 DMEM/F12 F/-/-、5×104 cell/3cmφdish)に被験物質(50、500 mNU/mL)又は生理食塩液(コントロール)を添加し(n = 1)、 7日間培養した後,Isogen II〔登録商標〕により製造元(ニッポンジーン社)のマニュアルに従ってRNAを回収した。260 nm及び280 nmの吸光度を指標にRNA純度を検定した後、ランダムプライマー存在下でSuperScript〔登録商標、以下同様〕IV RTase(Invitrogen社)による逆転写反応を行って、全RNAに対する一本鎖cDNAを得た。得られたcDNAについて、PTGDS特異的プライマーを用いた定量的PCR法(Prism〔登録商標〕7900HT、Applied Biosystems社)により、ハウスキーピング遺伝子β-Actinを標準として転写産物の定量を行った(閾値リサイクル比較法)。なお、使用したPTGDS及びβ-Actin用プライマーの配列は、以下の通りである〔PTGDS:5'-gactctgaaggacgagctgaag-3'(配列番号1)、5'-tcttgaatgcacttatccggttgg-3'(配列番号2)、・-Actin:5'-tacagcttcaccaccacagc-3'(配列番号3)、5'-aaggaaggctggaaaagagc-3'(配列番号4)〕。結果は、コントロールを1とした時の・-Actinに対するPTGDSの発現量比で示した。結果の一例を表2及び図1に示す。
【0043】
【表2】
【0044】
表2及び図1から明らかなように、試験例1で示された結果と同様に、被験物質はiSCにおいてL-PGDS遺伝子(PTGDS)の発現を用量依存的に促進することが確認された。
【0045】
試験例2-2:L-PGDS遺伝子発現に対する評価(古典的RT-PCR法)
0(コントロール;生理食塩液)、1、5、50、100 mNU/mLの各用量の被験物質存在下、FGFを含有する培地(DMEM/F12 F/-/-)又はFGFを含有しない培地(DMEM/F12 -/-/-)で、iSCを4日間培養した。RNeasy Mini Kit(QIAGEN社)により回収された全RNAに対して、SuperScript III One-Step RT-PCR System with Platinum(Invitrogen社)を用いた古典的RT-PCR法によってL-PGDS遺伝子(PTGDS)の発現量を半定量した(35サイクル)。PCR産物を2%アガロースゲル電気泳動により分離し、PTGDS及びGAPDHのバンドを臭化エチジウムで染色して可視的に検出した。なお、使用したPTGDS及びGAPDH用プライマーの配列は、以下の通りである〔PTGDS:5'-cctccaactcaagctggttc-3'(配列番号5)、5'-atagttggcctccaccactg-3'(配列番号6)、GAPDH:5'-atcactgccacccagaagac-3'(配列番号7)、5'-cacattgggggtaggaacac-3'(配列番号8)〕。結果の一例を図2に示す。
【0046】
iSCにおけるL-PGDS遺伝子(PTGDS)発現促進作用について、より細かい被験物質の用量で調べたところ、図2に示される通り、被験物質は、培地のFGF含有の有無に関わらず、L-PGDS遺伝子の発現量を用量依存的に増加させた。
【0047】
試験例3-1:L-PGDSタンパクの発現に対する評価(ウエスタンブロッティング法)
iSCを血清非存在下で被験物質(0、1、5、50、100 mNU/mL)を添加して4日間培養(DMEM/F12 F/-/-、5×104 cell/3cmφdish)した後回収し、リン酸緩衝液で洗浄後、RIPA緩衝液(4℃、50 mM トリス塩酸緩衝液(pH 7.6)、150 mM 塩化ナトリウム、1% ノニデット〔登録商標〕P-40(NP-40)、0.5% デオキシコール酸ナトリウム及び0.1% ドデシル硫酸ナトリウム)により溶解し、ホモジネートとした。総タンパク量が均一となるように調整後、ホモジネートをSDS-PAGE(BIO-RAD Any kD(商標))で分離し、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)膜(Immun-Blot PVDF メンブレン、BIO-RAD社)に転写して、Bloking One(nacalai tesque社)でブロッキング後、特異的な抗体を用いたウエスタンブロッティング法によりL-PGDS(anti-Prostaglandin D Synthase(Lipocalin)antibody [EP12357]、Abcam社、1:2000)及びβ-Actin(Monoclonal anti-β-Actin [A1978]、Sigma社、1:100000)を検出した。検出には高感度化学発光法(Chemi-Lumi One L, nacalai tesque 社)を使用した。結果の一例を図3に示す。
【0048】
図3から明らかなように、被験物質はiSC細胞内のL-PGDSタンパクの発現を促進させることが確認された。
【0049】
試験例3-2:L-PGDSタンパクの発現に対する評価(ドットブロッティング法)
被験物質(0、1、10、50、100 mNU/mL)で4日間培養(DMEM/F12 F/-/-、5×104 cell/3cmφdish)したiSCの培養上清500μLをPVDF膜(Immun-Blot PVDF メンブレン、BIO-RAD社)にスポットし、Bloking One (nacalai tesque社)でブロッキング後、抗L-PGDS抗体(anti-Prostaglandin D Synthase(Lipocalin)antibody [EP12357]、Abcam社、1:2000)を用いたドットブロッティング法により、L-PGDSを検出した。結果の一例を図4に示す。
【0050】
L-PGDSはそのN末端に典型的な分泌シグナル配列及びシグナルペプチダーゼ認識配列を有することから、細胞外へ分泌されると考えられる。そこで、被験物質を添加したiSCの培養上清中のL-PGDSタンパクを測定したところ、図4から明らかなように、培養上清中(細胞外)のL-PGDSタンパク量も被験物質の添加用量に依存して増加することが確認された。
【0051】
試験例3-3:L-PGDSタンパク質の発現に対する評価(ELISA法)
被験物質(0〔コントロール〕、1、10、50、100 、1000mNU/mL)で4日間処理したiSCの培養(DMEM/F12 F/-/-、5×104 cell/3cmφdish)の上清を回収した。遠心分離(1500rpm、10分、4℃)後、培養上清中のL-PGDS量を特異的ELISA法(ヒトL-PGDS用 ELISA キット(Prostaglandin D Synthase 21kDa (Brain)、型番:SEA724Hu、Cloud-Clone Corp.)を用い、製造者のマニュアルに従って測定した。結果の一例を表3及び図5に示す。
【0052】
【表3】
【0053】
表3及び図5から明らかなように、試験例3-2と同様に、被験物質で処理したiSCの培養上清(細胞外)において、L-PGDSタンパク量が増加することが確認された。試験例3の結果から、被験物質は、iSCにおいて、遺伝子レベルのみならず、タンパクレベルにおいてもL-PGDSの産生を促進し、さらに、産生されたL-PGDSを分泌させることが認められた。
【0054】
試験例4:L-PGDSの酵素活性に対する評価(液体クロマトグラフィー(HPLC)質量分析法)
L-PGDSは、PGH2を基質としてPGD2を生合成する酵素(EC 5.3.99.2)である。iSCにおいて、被験物質によって産生促進されたL-PGDSが、その酵素活性によりさらにPGD2を産生することを確認する目的で、iSCのA:細胞内及びB:細胞外において、PGD2及びその代謝産物、並びにPGD2と同じくPGH2を基質として産生されるPGE2等のプロスタグランジン類を網羅的に分析した。
【0055】
A:iSC細胞内酵素活性の評価
被験物質(0、10、50 mNU/mL)を添加して3日間培養(FBS不含 DMEM/F12 F/-/-、5×104 cell/3cmφ dish)したiSCから、RIPA緩衝液処理(4℃、20 min)により細胞抽出液を調製した。HPLC質量分析法により、細胞内抽出液中のプロスタグランジン類(PGD2、PGJ2、15-デオキシ-Δ12,14-PGJ2、13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGD2及びPGE2)の濃度を各々測定した。HPLC分離には、AQUITY UPLC HSS T3カラム(Waters社)を用い、検出器及び質量分析機器として各々API4000 LC/MS/MSシステム及びTriple Quadrupole(いずれもAB Sciex社)を使用した。結果の一例を表4及び図6に示す。
【0056】
【表4】
【0057】
表4及び図6に示される通り、PGD2及びその非酵素的代謝産物であるPGJ2の細胞内レベルは被験物質添加により用量依存的に増加した。さらに、50 mNU/mLでの被験物質添加においては、PGJ2の非酵素的代謝産物である15-デオキシ-Δ12,14-PGJ2の産生も確認された。なお、15-デオキシ-Δ12,14-PGJ2の非酵素的代謝産物である13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGD2は検出限界以下であった。一方で、PGD2と共通の基質PGH2から産生されるPGE2については、被験物質添加の用量に依存した産生応答を観察できなかった。
【0058】
B:iSC細胞外酵素活性の評価
iSCを被験物質(0、50、100、1000 mNU/mL)を添加して3日間培養(FBS不含 DMEM/F12 F/-/-、5×104 cell/3cmφ dish)した培養上清に、L-PGDSの基質であるPGH2及びグルタチオン(GSH)を作用させた(反応条件:100 mM Tris-HCl (pH8.0)、1 mM GSH、10 mM PGH2、37℃、5 min)。上記A.と同様に、HPLC質量分析法により、反応液中のプロスタグランジン類(PGD2、PGJ2、15-デオキシ-Δ12,14-PGJ2、13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGD2及びPGE2)の濃度を各々測定した。結果の一例を表5及び図7に示す。
【0059】
【表5】
【0060】
表5及び図7に示される通り、被験物質は100 mNU/mL以上の濃度で反応液中のPGD2及びその非酵素的代謝産物PGJ2、15-デオキシ-Δ12,14-PGJ2の濃度を上昇させたことから、iSC培養上清中にL-PGDS活性が存在することが確認された。また、15-デオキシ-Δ12,14-PGJ2の非酵素的代謝産物である13,14-ジヒドロ-15-ケト-PGD2については、100 mNU/mLまでの濃度範囲の被験物質添加により用量に依存した産生を観察したが、1000 mNU/mLにおいては検出限界を下回った。
【0061】
L-PGDSは分泌型酵素であることが知られているが、上記A.及びB.の結果から、iSCは酵素活性を有するL-PGDSを細胞外へ放出しており、被験物質添加によりその産生と放出が促進されることが確認された。
【0062】
試験例5-1:マウス脳内におけるL-PGDS産生細胞の検討(免疫組織化学染色法)
中大脳動脈閉塞による虚血負荷を施したC.B-17マウス(虚血3日後)の脳切片を作製し、L-PGDS(パネルB、緑;anti-prostaglandin D synthase (lipocalin) antibody [EP12357]、Abcam社、1:1000)、ペリサイトマーカーα-SMA(パネルC、赤;anti-actin、smooth muscle、clone ASM-1、Millipore社、1:1000)及び血管内皮細胞マーカーCD31(パネルD、赤;anti-mouse CD31 (PECAM-1) monoclonal antibody、550274、BD Pharmingen社、1:1000)に対する特異的抗体を用いて、共焦点レーザー顕微鏡による免疫組織化学的検討を行った。多重染色法により、L-PGDS(パネルB)とペリサイトマーカー(パネルC)又はL-PGDS(パネルB)と血管内皮細胞マーカー(パネルD)を各々異なる蛍光色素で標識された特異的抗体で検出し、画像を重ね合わせて、L-PGDSとペリサイトマーカー又はL-PGDSと血管内皮細胞マーカーの分布について比較した(パネルA1、パネルA2)。結果の一例を図8に示す。
【0063】
図8上段において、パネルBの緑色蛍光はL-PGDSの分布を示し、パネルCの赤色蛍光はペリサイトマーカーの分布を示すが、両者を重ね合わせたパネルA1において、L-PGDS(緑色蛍光)はペリサイトマーカー(赤色蛍光)の分布と部分的に一致した(200倍)。また、図8下段において、パネルBの緑色蛍光はL-PGDSの分布を示し、パネルDの赤色蛍光は血管内皮細胞マーカーの分布を示すが、両者を重ね合わせたパネルA2において、L-PGDS(緑色蛍光)は血管内皮細胞マーカー(赤色蛍光)の近傍に分布するものの、共分布を示す観察は得られなかった(200倍)。
【0064】
L-PGDSは主に中枢神経系に分布するタンパクであり、クモ膜や軟膜及び側脳室の脈絡叢などに存在し、脳脊髄液中に分泌されると考えられている(Urade Y. et al., J Lipid Mediat. Cell Signal. 14, 71-82, 1996)が、脳内産生細胞については十分に解明されていない。本発明者らは、免疫組織化学的手法によって、L-PGDSの脳内分布に関する検討を行ったところ、C.B-17マウスの正常脳における発現は微弱であったが、上記試験例5-1において、本マウスに中大脳動脈の永久結紮を導入すると、脳梗塞巣に顕著なL-PGDS発現が認められた(図8のパネルB)。また、L-PGDSの分布は血管内皮細胞のマーカーであるCD31の周囲に認められたが、両者の分布が重なることはなかった(図8のパネルA2)。一方、L-PGDSはペリサイトのマーカーであるα-SMAと一部共分布を示すことが分かった(図8のパネルA1)。以上の結果より、脳梗塞巣において発現誘導されるL-PGDSは、ペリサイト(あるいはiSC)に由来するものであると考えられた。このことは、後述する試験例5-2の免疫電子顕微鏡法によっても、L-PGDS陽性産物が血管内皮細胞と基底膜に接して存在するペリサイトの細胞質内に電子密度の高い構造物として確認されたことにより検証された(図9のパネルA及びB)。これらの結果より、虚血応答におけるペリサイト又はiSCの生理学的役割として、L-PGDSの発現誘導が含まれると想像された。
【0065】
試験例5-2:マウス脳内におけるL-PGDS産生細胞の検討(免疫電子顕微鏡法)
中大脳動脈閉塞による虚血負荷を施したC.B-17マウス(虚血3日後)の脳切片を作製し、L-PGDS(anti-prostaglandin D synthase (lipocalin) antibody [EP12357]、Abcam社、1:1000)に対する特異的抗体を用いた免疫電子顕微鏡法により、L-PGDSの発現部位を観察した。具体的には、ビブラトームにて2μm厚の脳切片を作製し、avidin-biotin horseradish peroxidase (HRP) complex キット(Vector Laboratories)と 3,3'-diaminobenzidinetetrahydrochloride (DAB)を用いた反応後、オスミウム処理を行い、エポン包埋後、超薄切片を作製して電顕観察を行った。結果の一例を図9に示す。
【0066】
図9のパネルA及びBのいずれにおいても、L-PGDSに対する免疫電子顕微鏡法では、血管内皮細胞と基底膜に接して存在する血管周皮細胞(ペリサイト)の細胞質内に電子密度の高い領域が確認された。
【0067】
試験例6:ヒト脳内におけるL-PGDS産生細胞の検討(免疫組織化学染色法)
Tatebayashi K. et al., Stem Cells and Develop. 26, 787-797, 2017に記載の方法に準じて、ヒト脳梗塞巣(壊死組織)から抽出した培養 iSC において、L-PGDS(パネルB、緑;anti-prostaglandin D synthase (lipocalin) antibody [EP12357]、Abcam社、1:1000)と神経幹細胞マーカーnestin(パネルC、赤;anti-nestin、clone 10C2、Millipore社、1:1000)に対する特異的抗体を用いた免疫組織化学的検討を行った。細胞は、Alexa Fluor〔登録商標、以下同様〕488-conjugated抗体又はAlexa Fluor 555-conjugated抗体(1:500;Molecular Probes、Eugene)と反応後に4',6-diamidino-2-phenylindole (DAPI;1:1000;Kirkegaard & Perry Laboratories社)による核染色をおこなった。Fluorescent microscope (BX60;Olympus,Japan)で蛍光観察し、L-PGDS(パネルB)とnestin(パネルC)の画像を重ね合わせて、L-PGDSとnestinの分布について比較した(パネルA)。結果の一例を図10に示す。
【0068】
図10において、パネルBの緑色蛍光はL-PGDSの分布を示し、パネルCの赤色蛍光はnesitinの分布を示すが、両者を重ね合わせたパネルAでは、L-PGDS(緑色蛍光)はnestin(赤色蛍光)の分布と一致した(200倍)。すなわち、L-PGDSはnestinを発現しているほぼすべてのiSCで発現することが確認された。以上より、マウス脳のみならず、ヒト脳においてもL-PGDSはiSCあるいはペリサイトで産生されると考えられた。
【0069】
試験例7:アルツハイマー型認知症モデル動物の脳内アミロイドβ沈着とL-PGDS発現に対する評価
(1)認知能に関する行動学的解析及びサンプル調製
APPswe/PS1dE9(APP/PS1)マウス(雌性3ヶ月齢)を各群体重が均等になるように被験物質投与群とコントロール群に分け(各群10~11匹)、約3ヶ月間にわたり各々被験物質(100 NU/kg体重)又は生理食塩液を週2回、尾静注した。最終投与後、認知能に関する行動学的解析(Y字迷路試験、新奇物体認識試験及びモリス水迷路試験)を行った。各試験において、A:Y字迷路試験では交替行動率(%)、B:新奇物体認識試験では新奇物体に対するアクセス頻度(%)、及びC:モリス水迷路試験では学習期間の終了時までの4日間(6~9日目)のプラットホーム発見に要する平均時間(秒)を各々測定し、個体ごとに統合スコア(A×B÷C)を算出した。各群2個体ずつの測定結果を表6に示す。
【0070】
【表6】
【0071】
表6から明らかなように、被験物質投与群による認知能の改善作用が観察され、この作用は群間では統計学的に有意であった。
認知能に関する行動学的解析後(最終投与24時間後)、被験物質投与群及びコントロール群において、麻酔下断頭により脳を採取し、左半球を液体窒素バスにて急速凍結した。また、残りの右半球は、(A)グルタールアルデヒドを含む固定液(0.05%グルタールアルデヒド、4%パラフォルムアルデヒド、0.1Mリン酸バッファー)又は(B)PLP固定液(0.01Mメタ過ヨウ素酸ナトリウム、0.075Mリジン、2%パラフォルムアルデヒド)により固定した(4℃)。固定組織標本からクライオスタット(Leica CM1850)により大脳皮質を含む冠状面切片(厚さ20μm)を作製した。
【0072】
(2)大脳皮質におけるアミロイドβ沈着に対する評価(免疫組織化学染色法)
上記(1)で作製した被験物質投与群及びコントロール群の冠状面切片について、抗アミロイドβ抗体(anti-β-amyloid、1-16、[SIG-39300]、BioLegend社、1:1000)による免疫組織化学的染色を行った。アミロイドβは、Alexa Fluor 488-conjugated抗体(1:500;Molecular Probes、Eugene)と反応後に4',6-diamidino-2-phenylindole(DAPI;1:1000;Kirkegaard & Perry Laboratories)による核染色を行い、Fluorescent microscope(BX60;Olympus, Japan)で蛍光観察した。結果の一例を図11に示す。
【0073】
図11に示される通り、被験物質投与により認知能の改善が認められた個体では、コントロール群に比べて脳アミロイド斑の数及び表面積が低下していた。
【0074】
(3)大脳皮質におけるL-PGDS発現に対する評価(免疫組織化学染色法)
上記(1)で作製した被験物質投与群及びコントロール群の冠状面切片について、抗L-PGDS抗体(anti-prostaglandin D synthase (lipocalin) antibody [EP12357]、Abcam社、1:1000)による免疫組織化学的染色を行った。L-PGDSはavidin-biotin horseradish peroxidase(HRP)complex キット(Vector Laboratories社)と3,3'-diaminobenzidine tetrahydrochloride(DAB)反応を用いて検出した。結果の一例を図12に示す。
【0075】
図12に示される通り、被験物質投与群の脳では血管膣近傍にL-PGDSの特異染色が認められた(パネルBの矢印部分)のに対し、コントロール群の脳ではL-PGDSの特異染色は認められなかった(パネルA)。
【0076】
また、上記(1)で作製した被験物質投与群の冠状面切片について、L-PGDS(anti-prostaglandin D synthase (lipocalin) antibody [EP12357]、Abcam社、1:1000)及び血管内皮細胞マーカーCD31(anti-mouse CD31 (PECAM-1) monoclonal antibody、550274、BD Pharmingen社、1:1000)に対する特異的抗体を用いた免疫組織化学的検討を行った。上記の一次抗体を結合させた切片において、Alexa Fluor 488-conjugated抗体又はAlexa Fluor 555-conjugated抗体(1:500;Molecular Probes、Eugene)と反応後に、4',6-diamidino-2-phenylindole(DAPI;1:000;Kirkegaard & Perry Laboratories社)による核染色を行い、confocal laser microscope (LSM780;Carl Zeiss、Jena, Germany)で蛍光観察した。多重染色法により、L-PGDS(パネルB)とCD31(パネルC)の画像を重ね合わせて、L-PGDS とCD31の分布について比較した(パネルA)。結果の一例を図13に示す。
【0077】
図13に示される通り、被験物質投与群の脳では、L-PGDS(緑色蛍光)が血管内皮細胞マーカーCD31(赤色蛍光)の周囲に分布していることが認められた。これより、被験物質の投与に応答して、血管内皮細胞を覆うように存在するペリサイト(又はiSC)においてL-PGDSの発現が上昇したと考えられた。
【0078】
(4)脳内アミロイドβ沈着とL-PGDS発現に対する評価(ウエスタンブロッティング法)
上記(1)で採取後急速凍結した左半球脳をPotter型ホモジェナイザーによりホモジナイズして抽出したタンパクをSDS-PAGE(BIO-RAD Any kD(商標))で分離し、PVDF膜(Immun-Blot PVDF メンブレン、BIO-RAD社)に転写した。Bloking One(nacalai tesque社)でブロッキング後、特異的な抗体を用いたウエスタンブロッティング法により、アミロイドβ(anti-β-amyloid、1-16、[SIG-39300]、BioLegend社、1:1000)及びL-PGDS(anti-Prostaglandin D Synthase(Lipocalin)antibody [EP12357]、Abcam社、1:2000)を検出した。検出には高感度化学発光法(Chemi-Lumi One L, nacalai tesque 社)を使用した。結果の一例を図14に示す。
【0079】
図14のパネルA※印部分に示される通り、脳内アミロイドβ量については、被験物質投与により認知能の改善が認められた被験物質投与群のマウス(個体番号4、29)ではコントロール群のマウス(個体番号14、30)に比べて減少していることが認められた。この結果は、試験例7(2)の免疫組織化学染色法(図11)において、コントロール群に対して被験物質投与では脳内アミロイドβ抗体陽性産物の数及び表面積サイズが抑制されていた結果と相関するものであった。また、図14のパネルB*印部分に示される通り、被験物質投与群では脳内L-PGDS量がコントロール群に比べて増加していることから、被験物質が脳内L-PGDS産生を亢進していることが認められた。上記試験例7の一連の結果から、被験物質がL-PGDSの脳内発現量を増加させることにより、脳内アミロイドβの沈着を阻害し、引いては認知機能を改善させる可能性が考えられた。
【0080】
試験例8:ヒト由来ペリサイトにおけるL-PGDS発現促進要因の検討(古典的RT-PCR法)
上述したとおり、被験物質に対する応答性が認められたiSCは脳ペリサイトに由来すると考えられていることから、市販のヒト由来ペリサイト株Human brain vascular pericytes(ScienCell社)において、異なる酸素及び/又はグルコース濃度の条件下で、被験物質のL-PGDS発現能を調べた。具体的には、0、50、500 mNU/mLの各用量の被験物質存在下、各々、(1)iSC が反応性を示す条件(4.5g/L Glucose及び20% O2)、(2)低グルコース条件(90mg/L Glucose及び20% O2)並びに(3)低酸素・低グルコース条件(90mg/L Glucose及び1% O2)で、iSCを4日間培養(FBS不含 DMEM培地 F/-/-)した。RNeasy Mini Kit(QIAGEN社)により回収された全RNAに対して、SuperScript III One-Step RT-PCR System with Platinum(Invitrogen社)を用いた古典的RT-PCR法によってL-PGDS遺伝子(PTGDS)の発現量を半定量した(35サイクル)。PCR産物を2%アガロースゲル電気泳動により分離し、PTGDS及びβ-Actinのバンドを臭化エチジウムで染色して可視的に検出した。なお、PTGDS及びβ-Actin用プライマーは、上記試験例2-1で用いたものと同じものを使用した。結果の一例を図15に示す。
【0081】
図15に示される通り、条件(1)で培養した細胞のL-PGDS遺伝子の転写は検出可能ではあったものの、被験物質に対する応答性は観察されなかった。一方、低酸素(1%)かつ低グルコース濃度(90 mg/L)である条件(3)で培養した細胞においては、被験物質に対する顕著な応答性が観察された。低酸素・低グルコース条件は脳内の虚血状態を模倣すると考えられるため、このような病態時にペリサイト(あるいはiSC)が外界の刺激に対する応答性を獲得し、L-PGDSのような細胞保護性のタンパクを遊離するものと考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0082】
L-PGDSは主として脳内に発現し、様々な疎水性低分子の結合・輸送及びスカベンジャーとしての役割を担って、脳内環境調整・脳保護機能や睡眠調節機能等の様々な機能を有するタンパク質であるとされていることから、本発明L-PGDS産生促進剤は、脳梗塞等の脳血管障害、アルツハイマー病等の認知症、不眠症等のL-PGDSが関与する疾患の予防・治療又は再発予防薬として有用である。特に、本抽出物及び本抽出物を含有する製剤は優れたL-PGDS産生促進剤であると共に副作用等の問題点の少ない安全性の高い薬剤として、有用性の高いものである。また、ペリサイト又はペリサイトから脱分化したiSCにおけるL-PGDS産生促進作用を指標として、L-PGDSが関与する疾患の予防・治療又は再発予防に有用な物質、特に脳保護作用あるいは睡眠作用を有する物質の本発明スクリーニング方法は、新しい治療薬の開発に寄与する大変有用な方法である。
図1
図2
図3
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【配列表】
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