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特許7411180FFAR4を高発現させた脂肪細胞及びその使用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-27
(45)【発行日】2024-01-11
(54)【発明の名称】FFAR4を高発現させた脂肪細胞及びその使用
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/35 20150101AFI20231228BHJP
   C12N 5/077 20100101ALI20231228BHJP
   A61K 35/28 20150101ALI20231228BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20231228BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20231228BHJP
   A01K 67/027 20240101ALN20231228BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20231228BHJP
   C12N 15/85 20060101ALN20231228BHJP
【FI】
A61K35/35
C12N5/077
A61K35/28
A61P25/28
C12N5/10
A01K67/027
C12N15/12
C12N15/85 Z
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2022526623
(86)(22)【出願日】2021-05-26
(86)【国際出願番号】 JP2021020097
(87)【国際公開番号】W WO2021241659
(87)【国際公開日】2021-12-02
【審査請求日】2022-08-17
(31)【優先権主張番号】P 2020094495
(32)【優先日】2020-05-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】520190698
【氏名又は名称】株式会社NUMT
(73)【特許権者】
【識別番号】599055382
【氏名又は名称】学校法人東邦大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】弁理士法人谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武井 義則
(72)【発明者】
【氏名】平澤 明
【審査官】長谷川 強
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/125804(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/038204(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/139879(WO,A1)
【文献】市村敦彦,遊離脂肪酸受容体によって制御されるエネルギー代謝調節機構の解明,科学研究費助成事業 研究成果報告書[オンライン], 2018.06.11, [検索日 2021.06.29],インターネット:<URL: https://kaken.nii.ac.jp/en/file/KAKENHI-PROJECT-15H06652/15H05652seika.pdf>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/077
A61K 35/28
A61K 35/35
A61P 25/28
C12N 5/10
A01K 67/027
C12N 15/12
C12N 15/85
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
FFAR4をコードする遺伝子が導入され、FFAR4が発現するよう改変された脂肪細胞を含む、老化に伴う認知能力の低下を治療及び/又は予防するための移植用組成物
【請求項2】
前記脂肪細胞が、脂肪組織由来の脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞にFFAR4遺伝子を導入することによりFFAR4を強制発現させた後、分化誘導させたものである、請求項1記載の移植用組成物
【請求項3】
記脂肪細胞、以下の工程:
a ヒトFFAR4 cDNA (NM_181745)を然るべきプロモーター配列の下流に配したキメラ遺伝子を作成する工程、
b 前記キメラ遺伝子をウイルスベクター又は非ウイルスベクターに組み込んで、脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞に導入する工程、及び
c 前記キメラ遺伝子が導入された脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞を脂肪細胞に分化させる工程、
を含む方法によって製造されたものである、請求項2に記載の移植用組成物
【請求項4】
前記プロモーター配列が、aP2遺伝子プロモーター配列である、請求項3に記載の移植用組成物
【請求項5】
前記脂肪細胞が、FFAR4をコードする遺伝子が導入されたトランスジェニックマウスの脂肪組織から単離されたものである、請求項1記載の移植用組成物
【請求項6】
ヒトFFAR4 cDNA (NM_181745)を然るべきプロモーター配列の下流に配したキメラ遺伝子を作成する工程、
b 前記キメラ遺伝子をウイルスベクター又は非ウイルスベクターに組み込んで、脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞に導入する工程、及び
c 前記キメラ遺伝子が導入された脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞を脂肪細胞に分化させる工程、
を含む、請求項2に記載の移植用組成物の製造方法。
【請求項7】
前記プロモーター配列が、aP2遺伝子プロモーター配列である、請求項に記載の製造方法。
【請求項8】
請求項に記載の移植用組成物を、動物(ただし、ヒトは除く)に移植することからなる、老化に伴う認知能力の低下を治療及び/又は予防する方法。
【請求項9】
前記移植用組成物が、前記動物から採取された脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞に、遺伝子導入によりFFAR4を強制発現させた後、脂肪細胞に分化誘導した脂肪細胞を含む、請求項に記載の方法。
【請求項10】
記トランスジェニックマウス、以下の工程:
a ヒトFFAR4 cDNA (NM_181745)を然るべきプロモーター配列の下流に配したキメラ遺伝子を作成する工程、及び、
b 前記キメラ遺伝子をマウス受精卵に導入する工程、
を含む方法によって製造されたものである、請求項5に記載の移植用組成物
【請求項11】
前記工程aにおけるプロモーター配列が、マウスaP2遺伝子プロモーター配列である、請求項10に記載の移植用組成物
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種疾患の治療及び/又は予防に有用なFFAR4を高発現させた脂肪細胞、並びに、該細胞を含有する移植用組成物、該移植用組成物を用いて動物並びにヒトの各種疾患を治療及び/又は予防する方法に関する。本発明における対象疾患としては、例えば、加齢に伴う耐糖能低下並びに認知機能の低下が想定される。
【背景技術】
【0002】
加齢とともに耐糖能は低下し、高齢者は、食後2時間の血糖値が140mg/dLを上回る状態(食後高血糖)となりやすく、糖尿病リスクが増大することが知られている。高齢者の糖尿病予防には食後血糖値の上昇を抑えること、言い換えれば、老化に伴う耐糖能の低下を改善する治療法が有効であると考えられるが、既存の糖尿病治療薬は低血糖などの副作用が懸念され、現時点で安全な治療法は確立していない。
【0003】
Gタンパク質共役型受容体(GPCR)は細胞膜を7回貫通する特徴的な分子構造を持った受容体であり、高血圧、不整脈、狭心症、喘息、消化性潰瘍等の多くの病気に対する治療薬の標的分子がこの遺伝子ファミリーに属している。このため、GPCRは、創薬標的分子として注目されている。GPCRは、細胞外から特定リガンドにより活性化され、その情報を細胞内のGタンパク質に伝達して生理活性を生じる。GPCRの上記の特徴的な分子構造は、特定リガンドと結合することによって構造が大きく変化し、Gタンパク質の活性化を引き起こすと考えられている。
【0004】
GPCRの一つであるFFAR4(名称が決定される前は、GPR120と称されていた。NP_859529としてGenBankに登録されているアミノ酸配列と同一である。)は、エネルギー源として重要な栄養素である遊離脂肪酸(特に必須脂肪酸であるDHAやEPAといったω-3脂肪酸)をリガンドとして細胞内情報伝達を活性化する遊離脂肪酸受容体であることが見出されており、その生理機能としては、遊離脂肪酸刺激により腸管からインスリン分泌促進性ペプチドホルモンGLP-1分泌を促すという機構が明らかとされている(Hirasawa, A. et al. Nat. Med. 11,90-94, 2005 (非特許文献1))。また、FFAR4は、蛍光リガンドとフローサイトメータを組み合わせて用いたリガンドと受容体の相互作用解析法により、FFAR4が長鎖脂肪酸と相互作用することが確認されている(Sun, Q et al. Mol. Pharmacol. 78, 804-810, 2010(非特許文献2))。更に、FFAR4のノックアウトマウスでは、脂肪細胞の肥大と脂肪組織重量の増加、体重の増加、脂肪肝、耐糖能異常の表現型が認められ、この現象は、脂肪組織における分化の抑制と脂肪酸合成の低下によって引き起こされていると考えられている(Ichimura, A. et al. Nature 483,350-354, 2012(非特許文献3))。このように、FFAR4は、脂肪酸のセンサーとして、食事性の肥満に強く関与することが示されており、食事性肥満に対して、FFAR4を標的とした予防・治療薬への応用展開が期待されている(Hara, T. et al. Rev Physiol Biochem Pharmacol. 164, 77-116, 2013. ; Milligan, G. et al. Trends PharmacolSci. 38, 809-821, 2017.(非特許文献4, 5))。
【0005】
これまでFFAR4を標的とした予防・治療薬への応用展開は、FFAR4アゴニスト活性を有する化合物を探索することに向けられており、糖尿病、肥満症、高脂血症の治療及び/又は予防剤に有用な、FFAR4アゴニスト活性を有する化合物を探索する研究が行われている(特開2012-520240号公報(特許文献1)、特開2008-001690号公報(特許文献2)、国際公開第2005/083070号(特許文献3))。また、FFAR4をコードする遺伝子が導入された細胞の作出は行われているものの、リガンドのスクリーニングや活性の解析用であり(特開2016-214135号公報(特許文献4)、特表2012-520240号公報(特許文献1)、特開2008-001690号公報(特許文献2))、FFAR4をコードする遺伝子が導入された細胞を治療に用いる試みは行われていない。また、このような解析目的においても、脂肪細胞でのFFAR4解析は、マウス由来の培養細胞3T3-L1を脂肪細胞に分化誘導したものを用いて行われているところ、その方法は、FFAR4のアゴニストを添加した上での分化誘導、siRNAなどによるFFAR4発現阻害などを用いるものであって、脂肪細胞にFFAR4を高発現(過剰発現)させた例は知られていない。
【0006】
国際公開第2003/106663号(特許文献5)は、外来遺伝子を導入した脂肪細胞を用いるエクスビボ(ex vivo)遺伝子治療方法を開示する。しかし、この発明では、移植された脂肪細胞が、生体内において、いわば、生産工場のように、導入された外来遺伝子がコードするタンパク質(インスリンやGLP-1といったホルモン)を生産し、細胞外に分泌するものであり、細胞膜を貫通する受容体が発現している脂肪細胞を移植することは何ら想定していない。
【0007】
国際公開第2005/083070号(特許文献3)の明細書には、「GT01ポリペプチド」を含む血糖値を低下させるための組成物に関する発明が記載されている。しかし、この発明における「GT01ポリペプチド」は、腸内分泌細胞若しくは腸内分泌細胞株表面に分布し、そのリガンドの結合により、GLP-1の分泌のためのシグナルを細胞内に伝達するGタンパク質共役型レセプターを意味しており、脂肪細胞表面に発現するものは意図されていない。なお、FFAR4が、脂肪細胞でGLP-1分泌を促すという報告は存在しない。また、特許文献3には、遺伝子治療組成物としてex vivo処理についての言及があるが、具体的な遺伝子導入技術を開示するものではなく、当然、脂肪細胞ないしは脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞に遺伝子導入することについては全く言及がない。
【0008】
また、認知機能の維持や改善は、若年層から老年層まで幅広い世代で求められており、特に記憶力や思考力、判断力などの維持や改善は、日常生活を行う上でも重要であり、老年層において老化に伴う認知機能の低下を防ぐことや、健康寿命の延長や、生活の質の低下を抑制することにもつながる。
【0009】
これまでに、認知機能を維持又は改善するための組成物についての種々の提案がされている。例えば、中鎖脂肪酸トリグリセリド、ラクトフェリン、ラクトフェリン分解物、ドコサヘキサエン酸、白カビチーズ又はその粉砕物、特定のアミノ酸、リポ多糖などの、各種化合物や天然物など、種々の組成物について研究が行われている。しかし、FFAR4ないしはFFAR4を発現する脂肪細胞と認知機能とを関連付ける報告は存在しない。
【0010】
また、間葉系幹細胞を、損傷を受けた脳機能を治療又は改善するために利用する再生医療も知られている(特開2019-137681号公報(特許文献6))。しかし、これは、間葉系幹細胞が、神経細胞などの細胞に分化する性質を利用するものであり、FFAR4と認知機能との関連性を示すものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2012-520240号公報
【文献】特開2008-001690号公報
【文献】国際公開第2005/083070号
【文献】特開2016-214135号公報
【文献】国際公開第2003/106663号
【文献】特開2019-137681号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】Hirasawa, A. et al. Nat. Med. 11,90-94, 2005
【文献】Sun Q et al. Mol. Pharmacol. 78, 804-810, 2010
【文献】Ichimura, A. et al. Nature 483,350-354, 2012
【文献】Hara, T. et al. Rev. Physiol. Biochem.Pharmacol. 164, 77-116, 2013
【文献】Milligan, G. et al. Trend Pharmacol.Sci. 38, 809-821, 2017
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、老化に伴う耐糖能の低下及び認知機能の低下をはじめとする各種疾患を改善ないしは予防するための新たな方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、FFAR4を高発現させた脂肪細胞、すなわち、FFAR4をコードする遺伝子が導入され、FFAR4が発現するよう改変された脂肪細胞を加齢動物に移植することにより、加齢により低下した耐糖能が改善することを発見した。これは、FFAR4を高発現する脂肪細胞が、老化に伴い低下した耐糖能を改善する治療法となり得ることを意味するものである。
【0015】
また、FFAR4を高発現させた脂肪細胞を加齢動物に移植することにより、加齢に伴う認知能力の低下を改善することも発見された。FFAR4と認知能力との関係について、これまで報告された論文はなく、この結果は全く驚くべきことである。
【0016】
このように、FFAR4を高発現させた脂肪細胞を加齢動物に移植することは、老化に伴う動物やヒトの耐糖能の低下や認知能力の低下のみならず、各種疾患の治療ないしは予防に利用できる可能性を有する。
【0017】
また、本発明は、FFAR4を高発現させた脂肪細胞を含む移植用組成物に関し、さらに、本発明は、FFAR4を高発現させた脂肪細胞を含む移植用組成物を、ヒトや動物に移植することからなる、各種疾患の治療及び/又は予防、特に、老化に伴う耐糖能低下の予防又は改善、並びに、老化に伴う認知能力の低下の予防又は改善する方法に関する。
【0018】
また、一態様によれば、本発明は、ヒトや動物から採取した脂肪組織由来幹細胞を、遺伝子改変によりFFAR4を高発現させ、脂肪細胞に分化誘導した後に、自家移植する方法に関する。
【0019】
本発明の具体的な態様を以下に例示する。
(1) FFAR4をコードする遺伝子が導入され、FFAR4が発現するよう改変された脂肪細胞。
(2) 前記脂肪細胞が、脂肪組織由来の脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞にFFAR4遺伝子を導入することによりFFAR4を強制発現させた後、分化誘導させたものである、項目(1)に記載の脂肪細胞。
(3) 項目(2)に記載の脂肪細胞であって、前記脂肪細胞は、以下の工程:
a ヒトFFAR4 cDNA (NM_181745)を然るべきプロモーター配列の下流に配したキメラ遺伝子を作成する工程、
b 前記キメラ遺伝子をウイルスなどに組み込んで、脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞に導入する工程、及び
c 前記キメラ遺伝子が導入された脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞を脂肪細胞に分化させる工程、
を含む方法によって製造されたものである、脂肪細胞。
(4) 前記脂肪細胞が、FFAR4をコードする遺伝子が導入されたトランスジェニックマウスの脂肪組織から単離されたものである、項目(1)に記載の脂肪細胞。
(5) 各種疾患の治療及び/又は予防用の項目(1)に記載の脂肪細胞。
(6) 前記疾患が、老化に伴う耐糖能低下である、項目(5)に記載の脂肪細胞。
(7) 前記疾患が、老化に伴う認知能力の低下である、項目(5)に記載の脂肪細胞。
(8) 項目(2)に記載の脂肪細胞の製造方法であって、
a ヒトFFAR4 cDNA (NM_181745)を然るべきプロモーター配列の下流に配したキメラ遺伝子を作成する工程、
b 前記キメラ遺伝子をウイルスなどに組み込んで、脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞に導入する工程、及び
c 前記キメラ遺伝子が導入された脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞を脂肪細胞に分化させる工程、
を含む方法。
(9) 前記プロモーター配列が、aP2遺伝子プロモーター配列である、項目(8)に記載の方法。
(10) 項目(1)に記載の脂肪細胞を含む、疾患を治療及び/又は予防するための移植用組成物。
(11) 前記疾患が、老化に伴う耐糖能低下である、項目(10)に記載の移植用組成物。
(12) 前記疾患が、老化に伴う認知能力の低下である、項目(10)に記載の移植用組成物。
(13) 項目(10)に記載の移植用組成物を、ヒトに移植することからなる、疾患を治療及び/又は予防する方法。
(14) 前記移植用組成物が、前記ヒトから採取された脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞に、遺伝子導入によりFFAR4を強制発現させた後、脂肪細胞に分化誘導した脂肪細胞を含む、項目(13)に記載の方法。
(15) 項目(10)に記載の移植用組成物を、動物(ただし、ヒトは除く)に移植することからなる、疾患を治療及び/又は予防する方法。
(16) 前記移植用組成物が、前記動物から採取された脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞に、遺伝子導入によりFFAR4を強制発現させた後、脂肪細胞に分化誘導した脂肪細胞を含む、項目(15)に記載の方法。
(17) FFAR4をコードする遺伝子が導入されFFAR4を強制発現させた脂肪組織を有するトランスジェニックマウス。
(18) 項目(17)に記載のトランスジェニックマウスであって、前記トランスジェニックマウスは、以下の工程:
a ヒトFFAR4 cDNA (NM_181745)を然るべきプロモーター配列の下流に配したキメラ遺伝子を作成する工程、及び、
b 前記キメラ遺伝子をマウス受精卵に導入する工程、
を含む方法によって製造されたものである、トランスジェニックマウス。
(19) 前記工程aにおけるプロモーター配列が、マウスaP2遺伝子プロモーター配列である、項目(18)に記載のトランスジェニックマウス。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は、脂肪組織にFFAR4 を過剰発現するトランスジェニックマウスの作出に利用したプラスミドを示したものである。ヒトFFAR4 遺伝子の発現は、脂肪組織に発現するタンパク質aP2のプロモーターによって制御されている。そのため、ヒトFFAR4の発現は脂肪組織に限られる。
図2図2は、作出したトランスジェニック(FFAR4 -TG) マウスの各臓器におけるヒトFFAR4 遺伝子の発現をRT-PCR法で比較したものである。皮下脂肪(SAT)、内臓脂肪(PAT) の白色脂肪組織で強い発現が見られる一方、褐色脂肪細胞(BAT)などそれ以外の臓器での発現は低い。
図3図3は、FFAR4 -TG マウスの体重増加を正常マウスと比較した結果を示すグラフである。高脂肪食(HFD)、通常食(ND)のどちらも顕著な体重の変化を見出せなかった。
図4図4は、FFAR4 -TG マウスの一日の食餌摂取量を正常マウスと比較した結果を示すグラフである。
図5図5は、16週齢(4ヶ月齢)FFAR4 -TG マウスの耐糖能を16週齢野生型マウスと比較した結果を示すグラフである。
図6図6は、60 週齢(15ヶ月齢)FFAR4 -TG マウスの耐糖能を60週齢野生型マウスと比較した結果を示すグラフである。野生型マウスでは加齢により耐糖能が悪化し、60週齢野生型マウスは16 週齢野生型マウスよりも血糖値の上昇が激しく、減少も緩やかであった。60 週齢FFAR4-TG マウスでは、16週齢野生型マウスとほぼ同様の耐糖能を示し老化に伴う耐糖能の悪化が見出せなかった。
図7図7は、FFAR4-TGマウスの細胞を移植した野生型マウス、野生型マウス細胞を移植したマウス、及び、細胞移植を行っていない野生型マウスにおける耐糖能を比較したグラフである。FFAR4-TGマウスの細胞を移植した野生型マウスの耐糖能は、コントロールマウスに比べて大幅に改善された。
図8図8は、図7の折れ線グラフの下部分の面積をグラフ化したものである。
図9図9は、新奇物質探索試験の概要を示す図である。はじめに、マウスを自由に探索させて、配置された物質(図中では丸で示されている)を学習させる(上段)。(学習した物質が「既知物質」となる。)6時間経過後に、既知物質の一方を新奇物質(図中では菱形で示されている)に変更して、再び、マウスに探索させる。その時の総探索時間と新奇物質への探索時間を測定する。
図10図10は、野生型マウスとFFAR4-TGマウスにおける新奇物質探索試験結果を示す。
図11図11は、FFAR4-TGマウスの細胞を移植した野生型マウス、野生型マウス細胞を移植したマウス、及び、細胞移植を行っていない野生型マウスにおける新奇物質探索試験結果を示す。
図12図12は、FFAR4ウイルスを感染させ、その後分化誘導させた脂肪幹細胞を皮下移植したマウスにおける耐糖能試験結果を示す。
図13図13は、図12のグラフの曲線下面積を示す。
図14図14は、FFAR4ウイルスを感染させ、その後分化誘導させた脂肪幹細胞を皮下移植したマウスにおける新奇物質探索試験結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は、各種疾患の治療及び/又は予防に有用なFFAR4を高発現させた脂肪細胞及び前記細胞を用いる各種疾患の治療及び/又は予防方法を提供するものである。本発明におけるFFAR4を高発現させた脂肪細胞は、FFAR4をコードする遺伝子が導入され、FFAR4が発現するよう改変された脂肪細胞であり、例えば、脂肪組織由来の脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞にFFAR4遺伝子を導入することによりFFAR4を強制発現させた後、分化誘導させたものや、FFAR4をコードする遺伝子が導入されたトランスジェニックマウスの脂肪組織から単離されたものが含まれる。
【0022】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明するが、下記の説明は本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明の範囲は、下記の実施形態に限られるものではなく、当業者が下記の実施形態の構成を適宜置換した他の実施形態も本発明の範囲に含まれる。
【0023】
1.用語の説明
本明細書で頻用する以下の用語について定義し、その構成について具体的に説明をする。なお、特に断りのない限り、本項に記載の以下の定義は、本発明の他の態様においても共通する。
本明細書において「脂肪組織」とは、生物の生体を構成する結合組織の一種であり、主に皮下に存在する。脂肪組織は、主に成熟脂肪細胞を含有し、エネルギーを貯蔵し、外界からの物理的衝撃や温度変化に対して身体を保護し、ホルモン、サイトカイン等を分泌する機能を有する。本明細書において、「脂肪組織」は「脂肪」と記載されることがある。
本明細書において「幹細胞」とは、様々な細胞への分化能及び自己複製能を持つ細胞をいう。
本明細書において「脂肪幹細胞」とは、脂肪組織に由来する体性幹細胞であり、下記の定義(1)~(4)を満たす細胞を指す。

脂肪幹細胞の定義
(1)脂肪組織に由来する。
(2)標準培地での培養条件でプラスチックに接着性を示す。
(3)フローサイトメトリーにおいてCD90、CD73及びCD105が陽性を呈する。
(4)フローサイトメトリーにおいてCD31及びCD45が陰性を呈する。

本発明における脂肪幹細胞は、少なくとも脂肪細胞への分化能を有する。
本発明においては、「脂肪幹細胞」に代えて、脂肪細胞に分化可能な「脂肪前駆細胞」を用いることができる。
本発明における「FFAR4」とは、Gタンパク質共役型受容体の一つで、大腸、脂肪組織、肺等に発現が確認されている。アミノ酸配列は、NP_859529としてGenBankに登録されている。
【0024】
2.FFAR4を発現するよう改変された脂肪細胞
本発明における「FFAR4を高発現させた脂肪細胞」とは、人工的に導入させた遺伝子からFFAR4を発現するよう改変された脂肪細胞であって、遺伝子導入をしていない通常の脂肪細胞よりもFFAR4を恒常的に高発現する脂肪細胞を意味する。高発現の程度は、例えば、標準の発現数の1.3~50000倍、特に、1.3~100倍、である。
本発明におけるFFAR4を高発現させた脂肪細胞は、脂肪組織由来の脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞にFFAR4遺伝子を導入した後、分化誘導させることにより製造することができる。
例えば、
a ヒトFFAR4 cDNA (NM_181745)を然るべきプロモーター配列の下流に配したキメラ遺伝子を作成する工程、
b 前記キメラ遺伝子をウイルスなどに組み込んで、脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞に導入する工程、及び
c 前記キメラ遺伝子が導入された脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞を脂肪細胞に分化させる工程、
を含む方法によって製造することができる。
【0025】
ここで、用語「プロモーター」は、遺伝子の特異的な転写を開始するために必要とされる、細胞の合成機構または導入された合成機構によって認識されるDNA配列として定義され、ポリヌクレオチド配列(複数可)の上流に位置する1種以上のポリヌクレオチドの転写を制御するよう機能し、DNA依存性RNAポリメラーゼの結合部位、転写開始部位ならびにそれだけには限らないが、転写因子結合部位、レプレッサーおよびアクチベータータンパク質結合部位を含めた任意のその他のDNA配列ならびに直接的または間接的に作用してプロモーターからの転写量を調節する当技術分野で公知の任意のその他のヌクレオチドの配列の存在によって構造的に同定されている核酸断片を指す。
【0026】
「然るべきプロモーター配列」としては、上記遺伝子が作動可能に連結し得るものであれば、いかなるプロモーター配列も使用可能である。また、「作動可能に連結」とは、プロモーターが、RNAポリメラーゼの開始および遺伝子の発現をコントロールする核酸に対して正しい位置および方向で存在することとして定義される。
【0027】
また、「プロモーター」は、目的のポリヌクレオチド配列の発現をコントロールするために使用される特定のプロモーターは、標的化された細胞においてそのポリヌクレオチドの発現を指示することができる限り、重要であると考えられない。したがって、ヒト細胞が標的化される場合、ポリヌクレオチド配列コード領域は、例えば、ヒト細胞において発現されることができるプロモーターに隣接しておよびそのプロモーターの支配下に配置され得る。一般的に言えば、そのようなプロモーターは、ヒトプロモーターまたはウイルスプロモーターを含み得る。
【0028】
様々な実施形態において、ヒトサイトメガロウイルス(CMV)前初期遺伝子プロモーター、SV40初期プロモーター、ラウス肉腫ウイルス末端反復配列、β-アクチン、ラットインスリンプロモーターおよびグリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素が、目的のコード配列の高レベル発現を得るために使用され得る。発現レベルが所与の目的にとって十分であるならば、目的のコード配列の発現を達成すると当該分野で周知である他のウイルスプロモーターまたは哺乳動物細胞プロモーターまたは細菌ファージプロモーターの使用も同様に企図される。周知の特性を有するプロモーターを使用することによって、トランスフェクション後または形質転換後の目的のタンパク質の発現のレベルおよびパターンが、最適化され得る。
【0029】
前記のプロモーター配列としては、aP2遺伝子プロモーター配列が挙げられる。
【0030】
キメラ遺伝子を脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞に導入する方法としては、ウイルスベクター又は非ウイルスベクターによる遺伝子導入方法を使用し得る。
【0031】
「ベクター」とは、本明細書において、宿主細胞中に送達し、任意選択で、1種以上の目的のポリヌクレオチドを発現することが可能な構築物を指す。ベクターの例として、それだけには限らないが、ウイルスベクター、裸のDNAまたはRNA発現ベクター、プラスミド、コスミドまたはファージベクター、カチオン性縮合剤と会合しているDNAまたはRNA発現ベクター、リポソーム中にカプセル化されたDNAまたはRNA発現ベクターおよびプロデューサー細胞などの特定の真核細胞が挙げられる。ベクターは、安定であり得、自己複製可能である。使用可能なベクターの種類に関して制限はない。ベクターは、いくつかの異種生物に組み込まれたポリヌクレオチド、遺伝子構築物または発現ベクターを増幅させ、入手するのに適したクローニングベクターであり得る。適したベクターとして、原核生物の発現ベクター(例えば、pUC18、pUC19、Bluescriptおよびその誘導体)、mpl8、mpl9、pBR322、pMB9、CoIE1、pCR1、RP4、ファージおよびシャトルベクター(例えば、pSA3およびpAT28)ならびにウイルスベクター(例えば、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルスならびにレトロウイルスおよびレンチウイルス)ならびに非ウイルスベクター、例えば、pSilencer 4.1-CMV(Ambion(登録商標)、Life Technologies Corp.、Carslbad、CA、US)、pcDNA3、pcDNA3.1/hyg pHCMV/Zeo、pCR3.1、pEFl/His、pIND/GS、pRc/HCMV2、pSV40/Zeo2、pTRACER-HCMV、pUB6/V5-His、pVAXl、pZeoSV2、pCI、pSVLおよびpKSV-10、pBPV-l、pML2dおよびpTDT1をベースとする真核生物の発現ベクターが挙げられる。
【0032】
また、人工的に導入させた遺伝子からFFAR4を発現する脂肪細胞を製造する方法としては、例えば、ヒト又は動物から採取された脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞に、遺伝子導入によりFFAR4を強制発現させた後、脂肪細胞に分化させる方法や、FFAR4をコードする遺伝子を導入したトランスジェニックマウスを作出し、脂肪細胞を得る方法、を挙げることができる。
【0033】
FFAR4の発現の程度は、例えば、抗FFAR4抗体を用いた免疫学的方法( ウエスタンブロッティング等) またはそのmRNAの定量的解析法(RT-PCR等) によって測定することができる。
【0034】
本発明によるFFAR4を発現するよう改変された脂肪細胞は、各種疾患、特に、老化に伴う耐糖能の低下、老化に伴う認知能力の低下の治療及び/又は予防に用いられる。
【0035】
3.トランスジェニックマウス
FFAR4をコードする遺伝子を導入したトランスジェニックマウスは、
a ヒトFFAR4 cDNA (NM_181745)を然るべきプロモーター配列の下流に配したキメラ遺伝子を作成する工程、及び、
b 前記キメラ遺伝子をマウス受精卵に導入する工程、
を含む方法によって作出することができる。
前記のプロモーター配列としては、上記と同様のものが用いられ、例えば、aP2遺伝子プロモーター配列が挙げられる。
また、キメラ遺伝子を受精卵に導入する方法としては、上述のキメラ遺伝子を脂肪幹細胞又は脂肪前駆細胞に導入する方法と同様の方法が用いられる。
本発明の方法において、治療もしくは予防の対象となる疾患は、典型的には、老化に伴う耐糖能の低下及び認知能力の低下であるが、これらに限定されない。
また、本明細書において「治療」とは、患者又は被験者の疾患の症状が改善すること、又は、症状の進行を遅らせることをいい、「予防」とは、患者又は被験者の疾患の発症を前もって防ぐことをいう。「患者又は被験者」とは、典型的にはヒトであるが、ヒト以外の動物であってもよい。ヒト以外の動物としては、例えば、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、サル(カニクイザル、アカゲザル、コモンマーモセット、ニホンザル)、フェレット、ウサギ、げっ歯類(マウス、ラット、スナネズミ、モルモット、ハムスター)等の哺乳動物、ニワトリ、ウズラ等の鳥類が挙げられるが、これらに限定されない。
【0036】
4.移植用組成物
FFAR4を高発現させた脂肪細胞を含む移植用組成物は、適当な媒体中に、細胞濃度、例えば 0.2 x 107~ 2 x 107 /mlに調整され、そのまま、ないしは、更に効果的な媒体、好ましくはコラーゲンなどの細胞外基質を含む溶液などと混合し、ヒト又は動物の、皮下組織や脂肪組織、好ましくは皮下組織内に注入される。
【0037】
使用可能な媒体としては、製薬上許容し得る任意の媒体、すなわち、患者又は被験者に対して投与し得る液体であれば特に限定されない。製薬上許容し得る媒体は、例えば、注射用水、生理食塩液、培地、5 % ブドウ糖液、ヒアルロン酸液、リンゲル液、乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液、ビカネイト(登録商標)輸液、アミノ酸液、開始液(1号液)、脱水補給液(2号液)、維持輸液(3号液)、術後回復液(4号液)、Plasma-Lyte A(登録商標)等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0038】
本発明の移植用組成物は、患者又は被験者に投与し得る添加剤であって、前記移植用組成物の保存安定性、等張性、吸収性及び/ 又は粘性等を調整し得る添加剤を含んでもよい。上記添加剤としては、例えば、乳化剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、湿潤剤、抗酸化剤、キレート剤、増粘剤、ゲル化剤、pH調整剤等が挙げられるが、これらに限定されない。前記増粘剤としては、例えば、HES、デキストラン、メチルセルロース、キサンタンガム、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等が挙げられるが、これらに限定されない。前記添加剤の濃度は、患者又は被験者に投与した場合に安全である限り、任意に設定することができる。
【0039】
本発明の移植用組成物は、患者又は被験者に投与し得る任意の成分を含んでもよい。上記成分としては、例えば、塩類、多糖類(例えば、ヒドロキシルエチルデンプン(HES)、デキストランなど)、タンパク質(例えば、アルブミンなど)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、アミノ酸、培地成分等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0040】
本発明の移植用組成物のpHは、中性付近のpH、例えば、pH5.5以上、pH6.0以上、pH6.5以上又はpH7.0以上とすることができ、またpH10.5以下、pH9.5以下、pH8.5以下又はpH8.0以下とすることができるが、これらに限定されない。
【0041】
本発明の移植用組成物の細胞濃度は、投与方法、並びに患者又は被験者の年齢、体重、症状等によって異なるが、患者又は被験者に投与し得る任意の細胞濃度とすることができる。前記細胞濃度の下限は、特に限定されないが、例えば、1.0×10個/mL以上、2.0×10個/mL以上、4.0×10個/mL以上、6.0×10個/mL以上、8.0×10個/mL以上、1.0×10個/mL以上、2.0×10個/mL以上、4.0×10個/mL以上、6.0×10個/mL以上、8.0×10個/mL以上又は1.0×10個/mL以上である。前記細胞濃度の上限は、特に限定されないが、例えば、1.0×1010個/mL以下、1.0×10個/mL以下、8.0×10個/mL以下、6.0×10個/mL以下、4.0×10個/mL以下、2.0×10個/mL以下又は1.0×10個/mL以下である。
【0042】
FFAR4を高発現させた脂肪細胞の投与量は、10~1010cells/個体程度であり、ヒトに投与する場合には、2×10~2×10cells/個体程度である。
【0043】
本発明の移植用組成物の投与頻度は、患者又は被験者に投与した場合に、疾患に対して治癒効果を得ることができる頻度である。具体的な投与頻度は、投与形態、投与方法、並びに患者又は被験者の年齢、体重、症状等によって適宜決定することができるが、例えば、5年に1回、1年に1回、6か月に1回、3か月に1回、8週間に1回、6週間に1回、4週間に1回、3週間に1回、2週間に1回、1週間に1回、1週間に2回、1週間に3回、1週間に4回、1週間に5回、1週間に6回又は1週間に7回である。特に、1年に1回、6か月に1回、3か月に1回、8週間に1回、6週間に1回、4週間に1回が好ましい。
【0044】
本発明の移植用組成物の投与期間は、患者又は被験者に投与した場合に、治療又は予防効果を得ることができる期間である。具体的な投与期間は、投与形態、投与方法、並びに患者又は被験者の年齢、体重、症状等によって適宜決定することができるが、本発明の移植用組成物は長期間の投与が可能であり、例えば、十年単位、数年単位の投与が可能である。しかし、本発明の移植用組成物は、1回の投与で、効果は少なくとも6~8週間程度持続することが確認されていることから、単回投与による治療も可能であり、必ずしも複数回の投与を要するわけではない。
【実施例
【0045】
以下の実施例によって、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0046】
実施例1
FFAR4-TGマウスにおける耐糖能試験及び新奇物質探索試験
1.FFAR4-TGマウスの作出
作業はトランスジェニック社に依託した。N端にFLAGタグ配列を持つヒトFFAR4 cDNA (NM_181745)をマウスaP2遺伝子プロモーター配列の下流に配したキメラ遺伝子を作成した。さらにヒトFFAR4 cDNAの下流にポリアデニレーションシグナルを配置した。ヒトFFAR4 cDNA は以前報告したようにPCR法で得た(1)。このキメラ遺伝子をマイクロインジェクション法でC57BL/6 マウス受精卵に投与した。得られたマウスは通常食を自由に食べられる状態で、12時間明暗周期で飼育した。
図1に、FFAR4-TGマウスの作出に利用したプラスミドを示す。ヒトFFAR4遺伝子の発現は、脂肪組織に発現するタンパク質aP2のプロモーターによって制御されている。このため、ヒトFFAR4の発現は脂肪組織に限られる。
作出したトランスジェニック(FFAR4 -TG)マウスの各臓器におけるヒトFFAR4 遺伝子の発現をRT-PCR法で比較した。皮下脂肪(SAT)、内臓脂肪(PAT) の白色脂肪組織で強い発現が見られる一方、褐色脂肪細胞(BAT)などそれ以外の臓器での発現は低い。(図2)

2.グルコース耐性試験方法
24時間絶食したマウスの尾部にカミソリで傷をつけて末梢血を得て、One Touch Ultra (LifeScan社)を用いて血中グルコース濃度を測定し、空腹時グルコース濃度とした。その後、腹腔に体重1 gあたり1.5 mgのグルコースを投与した。15, 30, 60, 90, 120分後にそれぞれ血液を採取し、同様に血中グルコース濃度を測定した。

3.新奇物質探索試験方法
新奇物質探索試験は、過去の論文に記された方法を改変して行った(2-4)。3日間に渡り、オープンフィールドを5分間自由探索させた。四日目にオープンフィールドに二つの同一の物質を配置し、10分間自由探索させた。それぞれのマウスが飼育されているケージに戻して6時間自由にしたのち、二つの物質の一方をマウスが知らない新奇物質に置換して、再び10分間自由探索させた。それぞれの物質を探索した時間を測定した。
具体的には、はじめにマウスを自由に探索させて既知物質を学習させる(図9の上部)。6時間後に既知物質の一方を新奇物質に変更して、再びマウスに探索させる(図9の下部)。その時の総探索時間と新奇物質への探索時間を測定する。(図10
野生型マウスとFFAR4-TGマウスの新奇物質への認知、記憶能力を、新奇物質探索試験で測定した。
【0047】
リファレンス
Hirasawa, A. et al. Free fatty acids regulate gut incretin glucagon-like peptide-1 secretion through GPR120. Nat Med Jan;11(1) 90-94 (2005)
Akkerman, S. et al. Object recognition testing: methodological considerations on exploration and discrimination measures. Behav Brain Res 232, 335-347 (2012).
Antunes, M. & Biala, G. The novel object recognition memory: neurobiology, test procedure, and its modifications. Cogn Process 13, 93-110 (2012).
Leger, M. et al. Object recognition test in mice. Nat Protoc 8, 2531-2537 (2013).
【0048】
[結果]
1.FFAR4 -TGマウスの体重増加
FFAR4 -TG マウスの体重増加を正常マウスと比較した。高脂肪食(HFD)、通常食(ND)のどちらも顕著な体重の変化を見出せなかった。(図3)

2.FFAR4-TGマウスの食餌摂取量
FFAR4 -TG マウスの一日の食餌摂取量を正常マウスと比較した。両者の間に差は見られなかった。(図4)

3.FFAR4-TGマウスの耐糖能
16週齢(4ヶ月齢)FFAR4 -TG マウスの耐糖能を16週齢野生型マウスと比較した。両者の間に顕著な差異を見出せなかった。(図5
60週齢(15ヶ月齢)FFAR4 -TG マウスの耐糖能を60週齢野生型マウスと比較した。野生型マウスでは加齢により耐糖能が悪化し、60週齢野生型マウスは16週齢野生型マウスよりも血糖値の上昇が激しく、減少も緩やかであった。これに対し、60週齢FFAR4-TGマウスでは、16週齢野生型マウスとほぼ同様の耐糖能を示し老化に伴う耐糖能の悪化が見出せなかった。(図6)

4.FFAR4-TGマウスにおける新奇物質探索試験
4ヶ月齢野生型マウスは新奇物質への探索時間が既知物質への探索時間より長く、70%ほどの時間を新奇物質探索に費やした。このことは、4ヶ月齢野生型マウスは6時間後も既知物質を記憶していることを示している。一方、15ヶ月齢野生型マウスでは、加齢により認知能力が低下し、6時間後には既知物質を記憶していないため、両方の物質への探索時間がほぼ同じになり、新奇物質への探索時間が50%ほどに低下した。これに対して、FFAR4-TGマウスでは15ヶ月齢でも既知物質を記憶しており、新奇物質への探索時間は低下しなかった。FFAR4-TGマウスの認知能力が高齢でも維持されていることを示している。(図10
【0049】
実施例2
FFAR4高発現脂肪細胞移植マウスにおける耐糖能試験及び新奇物質探索試験
1.細胞移植
16ヶ月齢の野生型C57BL/6マウスとFFAR4-TGマウスそれぞれから皮下脂肪組織を採取し、組織内の結合組織やリンパ節を除去した。組織を細辺化した後、Accumax (フナコシ)酵素処理を37度で1時間行ない、100μm径のメッシュを通した後の細胞分散液を遠心して沈殿を得た。沈殿を3回PBSで洗い、153 mM NH4Cl、 10 mM HNaHCO3、 0.1 mM EDTA からなる溶液に懸濁して10分間室温に放置した。細胞をさらに二回PBSで洗った後、10% fetal bovine serum、2mMI-L-Alanyl-L-glutamate(Nakarai,Japan)、1%penicillin/streptomycin を含むDMEM/F12 培地で六時間培養し、接着した細胞をさらに5日間培養した。培養を始めて6日目に培地を2% fetal bovine serum, 2 mM I-L-Alanyl-L-glutamate (Nakarai, Japan), 0.5 mM IBMX, 5 μM dexamethasone, 10 μM insulin, 200 μM indomethacin and 1% penicillin/streptomycinを含むDMEM/F12に置換してさらに2日間培養した。細胞をaccutase(フナコシ)を用いて回収してマトリジェルに懸濁し、15ヶ月齢マウスに2x106cells/mouseになるよう、皮下に注射した。

2.FFAR4高発現脂肪細胞移植マウスにおける耐糖能試験
16ヶ月齢FFAR4-TG マウス、野生型マウスの脂肪組織から幹細胞を分離し培養した。脂肪細胞への分化誘導を二日間行った。その後、細胞をマトリゲルに懸濁し、一匹あたり2x106 個の細胞を15ヶ月齢野生型マウスの皮下に移植した。移植8 週間後に耐糖能を測定した。
野生型マウス細胞を移植したマウスの耐糖能は、細胞移植を行っていない同齢野生型マウスと変化がなかった。FFAR4-TGマウスの細胞を移植した野生型マウスの耐糖能は、コントロールマウスに比べて大幅に改善された。(図7)
図8の棒グラフは、図7の折れ線グラフの曲線下面積(AUC)をグラフ化したものである。
図7及び図8の結果は、FFAR4を高発現させた脂肪細胞の移植が、老化に伴う耐糖能の低下を予防ないしは改善できることを示している。

3.FFAR4高発現脂肪細胞移植マウスにおける新奇物質探索試験
高齢野生型マウスに、実施例1の3.と同様の手法で、FFAR4-TGマウス由来細胞又は野生型マウス由来の細胞の細胞移植を行い、細胞移植マウスについて、新奇物質探索試験を行った。
高齢野生型マウスに野生型マウス由来の細胞を移植しても、新奇物質への探索時間は50%程度であり、細胞移植を行っていない高齢正常マウスと同程度であって、認知能力の改善は見られなかった。しかし、高齢野生型マウスにFFAR4-TGマウス由来細胞を移植したところ、認知能力の改善を示す結果が得られた。(図11
以上の結果は、FFAR4高発現脂肪細胞の移植により、老化に伴う認知能力の低下が予防ないしは改善できることを示している。
【0050】
実施例3
FFAR4ウイルスを感染、分化誘導させた脂肪幹細胞移植マウスにおける耐糖能試験及び新奇物質探索試験
FFAR4遺伝子をコードするアデノ随伴ウイルス(FFAR4ウイルス)とそのmockウイルスは、ベクタービルダー社から購入した。16ヶ月齢、オスC57BL/6マウスはチャールズリバー社から購入した。
16ヶ月齢、オスC57BL/6マウス皮下脂肪から得られた脂肪組織由来幹細胞を5日間培養後、mock ウイルス、FFAR4ウイルスをそれぞれ感染させた。1日後に培地を分化誘導培地に交換し、二日間培養した。細胞を回収し、1x106個の細胞を新たに用意した16ヶ月齢、オスC57BL/6マウス皮下に移植した。6週間後に新奇物質探索試験、8週間後に耐糖能試験を行った。
耐糖能試験結果を図12図13に示す。また、新奇物質探索試験結果を図14に示す。新奇物質探索試験、耐糖能試験共に、FFAR4ウイルスを感染させた細胞を移植したマウスでは、有意な改善が見られた。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、FFAR4を高発現させた脂肪細胞は、各種疾患の治療ないしは予防に利用し得るものであり、特に、老化に伴う耐糖能の低下及び認知能力の低下に対して、その治療ないしは予防が期待される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14