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特許7411223被検体の透明化方法および透明化された被検体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-27
(45)【発行日】2024-01-11
(54)【発明の名称】被検体の透明化方法および透明化された被検体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 1/30 20060101AFI20231228BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20231228BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALN20231228BHJP
   C12N 5/071 20100101ALN20231228BHJP
   A01N 1/02 20060101ALN20231228BHJP
【FI】
G01N1/30
G01N33/48 P
C12Q1/02
C12N5/071
A01N1/02
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020082566
(22)【出願日】2020-05-08
(65)【公開番号】P2021177146
(43)【公開日】2021-11-11
【審査請求日】2023-05-08
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】110001070
【氏名又は名称】弁理士法人エスエス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山田 稔
(72)【発明者】
【氏名】陣崎 雅弘
(72)【発明者】
【氏名】今西 宣晶
(72)【発明者】
【氏名】松本 俊亮
(72)【発明者】
【氏名】山田 祥岳
【審査官】野口 聖彦
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/069519(WO,A1)
【文献】特開平3-167472(JP,A)
【文献】特表2019-516382(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/30
G01N 33/48
C12Q 1/02
C12N 5/071
A01N 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を含む被検体の透明化方法であり、
工程(A):固定された、前記被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程と、
工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程
とを含む、被検体の透明化方法。
【請求項2】
透明化された被検体の製造方法であり、
工程(A):固定された、細胞を含む被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程と、
工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程
とを含む、透明化された被検体の製造方法。
【請求項3】
工程(A):固定された、細胞を含む被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程と、
工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程
により得られる、透明化された被検体。
【請求項4】
固定された、細胞を含む被検体を透明化するためのキットであって、
溶液(a):アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液と、
溶液(b):アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液
とを含み、前記溶液(a)、前記溶液(b)の順で適用する、キット。
【請求項5】
細胞を含む被検体の石灰化部位の可視化方法であり、
工程(A):固定された、前記被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程と、
工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程
とを含む、被検体の石灰化部位の可視化方法。
【請求項6】
細胞を含む被検体の骨の可視化方法であり、
工程(A):固定された、前記被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程と、
工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程
とを含む、被検体の骨の可視化方法。
【請求項7】
細胞を含む被検体の脈管系可視化方法であり、
工程(A):固定された、前記被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程、
工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程、および
工程(C):被検体の脈管系に色素を注入する工程、
を含む、被検体の脈管系可視化方法。
【請求項8】
細胞を含む被検体の石灰化部位可視化方法であり、
工程(A):固定された、前記被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程、
工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程、および
工程(D):被検体の脈管系にカルシウム染色試薬を注入する工程、
を含む、被検体の石灰化部位可視化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は細胞を含む被検体の透明化方法、透明化された被検体の製造方法、透明化された被検体、および被検体を透明化するためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
生体の構造を観察し、理解することは、医学において最も重要な基礎である。従来から行われている最も一般的な観察方法は、組織を薄切して観察する手法である。この場合、元の三次元構造を理解するためには、頭の中で、またはソフトウェアを用いて複数の連続する画像をつなぎ合わせる必要があり、正確な三次元構造を理解することはできなかった。
【0003】
三次元構造を保持したまま、組織、臓器、生体を透明化できれば、目的に応じて染色して、血管や神経の複雑なネットワークを可視化し、それらの正確な形状や立体配置を知ることができる。このような可視化技術は、医療従事者が生体の構造を理解する助けにもなるし、病気の状態や原因に関する情報を提供するので、病理学、解剖学、組織学的に非常に重要である。
【0004】
そのため、臓器を透明化する技術が開発されてきた。例えば、特許文献1には、透明化生物標本を作製する方法が開示されている。しかしながら、この方法は小動物やヒト臓器の一部など、適応できるものが小型のものに限られていた。
【0005】
生きたままで脈管系(血管系、リンパ管系)の立体構造を観察するためには、造影CTや造影MRIなどが用いられているが、大型の機器を必要とし、簡便性に乏しい。近年ではより簡便な方法として光超音波も用いられているが、イメージング可能な深度は10mm程度であり、立体物である臓器などを丸ごと観察することはできない。このような機器測定では、測定原理上のアーティファクトにより実際の病態が正確に反映されない場合もある。また、組織の構造を支えるECM(Extra Cellular Matrix)等は見えないので、脈管系とその他の構造との距離感はわからなかった。
【0006】
また、近年は再生医療研究の進展に伴い、ヒトに移植することができる立体的な臓器をiPS細胞等を用いて作る研究が盛んに行われている。三次元構造を有する臓器や組織を再生するためには、細胞の接着、増殖の足場として機能し、再生すべき組織のスペースや形状を規定するスキャホールドが必要である(非特許文献1)。従来から、天然又は人工のポリマーマトリックス等によりスキャホールドが作製されてきた。具体的には、人工皮膚を作るために物理的強度の低いゼラチンゲルを用いる方法(特許文献2)や、人工血管を作るために物理的強度の高い熱可塑性樹脂を用いる方法(特許文献3)などが知られているが、物理的強度や機能の異なる組織が混在する臓器全体を再生できるようなスキャホールドは開発されていない。アルギン酸とゼラチンからなる材料を静電インクジェット方式により吐出し、任意の形状を有する中空部を備えた三次元構造体を自由に製造することができる方法も開発されている(特許文献4)。しかしながら、この方法では、血管のように中空部を有する組織や臓器を人工的に作製することはできるものの、実際の生体の臓器のように複雑な血管網等を再現することは未だ達成できていない。
【0007】
一方、細胞組織を除去して構造タンパク質のみを残した脱細胞スキャホールドは、生体組織や臓器の構造がそのまま保存されているため非常に有効である。組織、臓器を脱細胞化する方法としては、血管にカニューレを挿入し、界面活性剤を含む細胞破壊媒体で臓器を灌流する方法が知られている(特許文献5)。しかし、この方法は、実質的に閉鎖した脈管系を有する臓器や血管付きの臓器、組織には有効であるものの、生体の一部(四肢など)など、より大型の対象物へのスケールアップは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開第2014/069519号
【文献】特開2004-283371号公報
【文献】特開2003-284767号公報
【文献】特開2014-151524号公報
【文献】特開2015-164549号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】山岡哲二、「人工臓器」、2011年、40巻、第3号、p.231-235
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、大型で立体的な被検体にも適用可能な、細胞を含む被検体の透明化方法、透明化された被検体の製造方法、透明化された被検体、および被検体を透明化するためのキットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討した。その結果、以下の構成を有することにより上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
本発明は、例えば以下の〔1〕~〔8〕に関する。
【0012】
〔1〕 細胞を含む被検体の透明化方法であり、
工程(A):固定された、前記被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程と、
工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程
とを含む、被検体の透明化方法。
【0013】
〔2〕 透明化された被検体の製造方法であり、
工程(A):固定された、細胞を含む被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程と、
工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程
とを含む、透明化された被検体の製造方法。
【0014】
〔3〕 工程(A):固定された、細胞を含む被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程と、
工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程
により得られる、透明化された被検体。
【0015】
〔4〕 固定された、細胞を含む被検体を透明化するためのキットであって、
溶液(a):アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液と、
溶液(b):アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液
とを含み、前記溶液(a)、前記溶液(b)の順で適用する、キット。
【0016】
〔5〕 細胞を含む被検体の石灰化部位の可視化方法であり、
工程(A):固定された、前記被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程と、
工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程
とを含む、被検体の石灰化部位の可視化方法。
【0017】
〔6〕 細胞を含む被検体の骨の可視化方法であり、
工程(A):固定された、前記被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程と、
工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程
とを含む、被検体の骨の可視化方法。
【0018】
〔7〕 細胞を含む被検体の脈管系可視化方法であり、
工程(A):固定された、前記被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程、
工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程、および
工程(C):被検体の脈管系に色素を注入する工程、
を含む、被検体の脈管系可視化方法。
【0019】
〔8〕 細胞を含む被検体の石灰化部位可視化方法であり、
工程(A):固定された、前記被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程、
工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程、および
工程(D):被検体の脈管系にカルシウム染色試薬を注入する工程、
を含む、被検体の石灰化部位可視化方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、大型で立体的な被検体にも適用可能な、細胞を含む被検体の透明化方法、透明化された被検体の製造方法、透明化された被検体、および被検体を透明化するためのキットが得られる。
【0021】
本発明では以下の効果がある。
1.透明化された被検体の透明度が高く、内部構造まで観察しやすい。
2.被検体を透明化する過程において被検体の構造が損傷されず、高度に保持されている
3.透明化された被検体において、骨や石灰化部位等は染色しなくても可視化される。
4.透明化方法を行う際や保存を行う際に用いられる溶液は全て水性であるので、透明化後の染色試薬や方法の選択の幅が広い。
5.トリプシンやグリセリンを用いて作製する透明化標本は透明化するまでに数週間から数か月要するのに対し、本願の透明化方法では一晩から数日で透明化された被検体が完成する。
6.従来の方法よりも大型の被検体を透明化標本にできる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1図1は、実施例1の透明化前(A)と透明化後(B)のヒト心臓の外観を示す写真である。
図2図2は、異なる方向から見た、実施例1の透明化後のヒト心臓を示す写真である。
図3図3は、実施例2の透明化前後のヒト冠状動脈を示す写真である。
図4図4は、実施例2の透明化前後のヒト心筋および冠状動脈を示す写真である。
図5図5は、実施例3の透明化前と、透明化後のヒト心臓をアリザレンレッドおよびアルシアンブルーを用いて二重染色した結果を示す写真である。
図6図6は、実施例3のアリザレンレッドおよびアルシアンブルーを用いて二重染色した透明化後のヒト心臓を図5とは異なる方向から見た写真である。
図7図7は、実施例4の透明化後のヒト右下腿を示す写真である。
図8図8は、実施例4の透明化後のヒト右下腿に色素を注入して静脈を可視化した状態の脛骨付近を示す写真である。
図9図9は、実施例4の透明化後のヒト右下腿に2種類の色素を注入して動脈および静脈を可視化した状態の脛骨付近を示す写真である。
図10図10は、実施例5の透明化後のヒト右下腿に色素を注入して静脈を可視化した状態の足底部を示す写真である。
図11図11は、実施例6の透明化前後のヒト右大腿の断面を示す写真である。
図12図12は、実施例7の透明化前後のヒト右大腿の坐骨神経付近を示す写真である。
図13図13は、実施例8の透明化後のヒト大腿部後面の大腿筋膜周辺の静脈を酸化鉛で可視化した状態を示す写真である(A)。また、実施例8の酸化鉛で染色したヒト大腿筋膜を含む組織をメチレンブルーで染色して神経組織を可視化した状態を示す写真である(B)。
図14図14は、実施例9の透明化後のヒト筋皮神経をルクソールファストブルーで染色して神経線維を可視化した状態を示す写真である。
図15図15は、実施例10の透明化前後のヒト膀胱および前立腺を示す写真である。
図16図16は、実施例11の透明化前後のヒト脳を示す写真である。
図17図17は、実施例12の透明化前後のヒト腎動脈周囲を示す写真である。
図18図18は、実施例13の透明化前後の心外膜脂肪組織を示す顕微鏡写真である。図中のスケールバーは50μmである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、大きく分けて八つの態様がある。
第一の態様は、細胞を含む被検体の透明化方法であり、工程(A):固定された、前記被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程と、工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程とを含む、被検体の透明化方法である。
【0024】
第二の態様は、透明化された被検体の製造方法であり、工程(A):固定された、細胞を含む被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程と、工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程とを含む、透明化された被検体の製造方法である。
【0025】
第三の態様は、工程(A):固定された、細胞を含む被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程と、工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程により得られる、透明化された被検体である。
【0026】
第四の態様は、固定された、細胞を含む被検体を透明化するためのキットであって、溶液(a):アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液と、溶液(b):アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液とを含み、前記溶液(a)、前記溶液(b)の順で適用する、キットである。
【0027】
第五の態様は、細胞を含む石灰化部位の可視化方法であり、工程(A):固定された、前記被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程と、工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程とを含む、被検体の石灰化部位の可視化方法である。
【0028】
第六の態様は、細胞を含む被検体の骨の可視化方法であり、工程(A):固定された、前記被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程と、工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程とを含む、被検体の骨の可視化方法である。
【0029】
第七の態様は、細胞を含む被検体の脈管系可視化方法であり、工程(A):固定された、前記被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程、工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程、および工程(C):被検体の脈管系に色素を注入する工程を含む、被検体の脈管系可視化方法である。
【0030】
第八の態様は、細胞を含む被検体の石灰化部位可視化方法であり、工程(A):固定された、前記被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程、工程(B):前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程、および工程(D):被検体の脈管系にカルシウム染色試薬を注入する工程を含む、被検体の石灰化部位可視化方法である。
なお、wt%は、重量パーセントを表す。
【0031】
〈細胞を含む被検体〉
本発明における細胞を含む被検体は、細胞が透明化される対象物であり、石灰化部位、骨、または脈管系が適宜可視化される対象物である。前記細胞を含む被検体とは、細胞を含有する組織、臓器、器官系、生体の一部、生体全体等である。
【0032】
前記細胞は、特に制限されず、例えば、主に内胚葉、外胚葉、または中胚葉に由来する種々の体細胞や生殖細胞、ES細胞、iPS細胞、培養細胞等があげられる。前記組織は、特に限定されず、上皮組織、結合組織、筋組織、神経組織、脂肪組織があげられる。前記臓器は、特に制限されず、例えば、眼球、角膜、肺、心臓、肝臓、腎臓、脾臓、膵臓、胆嚢、食道、胃、小腸、大腸、膀胱、前立腺、精巣、卵巣、中枢神経、末梢神経、血管、皮膚等があげられる。前記器官系は、循環器系、消化系、運動器系、泌尿器系、神経系等があげられる。前記生体の一部としては、例えば四肢、指、顔面、骨、筋、毛根、歯、歯根膜等があげられる。前記四肢は、特に制限されず、例えば、上肢、上肢帯、上腕、前腕、手、下肢、下肢帯、大腿、下腿、足等があげられる。また、前記細胞を含む被検体は、前記細胞、組織、臓器、器官系または、生体の一部から培養、または誘導された組織、臓器、器官系、生体の一部、生体全体または、細胞シート等の生体類似材料であってもよい。
【0033】
前記被検体の由来は、特に制限されず、例えば、ヒト、非ヒト動物等があげられ、前記非ヒト動物は、例えば、マウス、ラット、モルモット、イヌ、ネコ、サル、ウサギ、ヒツジ、ウマ、ブタ等の哺乳類動物、魚類、爬虫類、両生類、鳥類、昆虫等の非哺乳類動物があげられる。
【0034】
前記被検体は採取する時点で、生命のある状態でも絶命した状態でもよい。
前記被検体は、再生医療での利用可能性の観点から、組織、臓器、器官系、生体の一部であることが好ましく、臓器または生体の一部であることが特に好ましい。組織としては、神経組織、筋組織、脂肪組織が好ましい。臓器としては、心臓、血管、膀胱、前立腺、肺、肝臓、腎臓、脳が好ましく、心臓、血管、膀胱、前立腺、脳が特に好ましい。生体の一部としては、四肢、指が好ましく、四肢としては、上肢、上腕、前腕、手、下肢、大腿、下腿、足が好ましく、特に大腿、下腿、足が好ましい。
【0035】
〈透明化〉
本発明における透明化とは、肉眼で観察する際の、透明化後の被検体の透明度が透明化前よりも増加すること、すなわち、透明化後の被検体の可視光の透過度が透明化前よりも増加することを意味する。
【0036】
本発明における透明化の程度は制限されないが、被検体内部の脈管系や骨が外部から肉眼で見える程度に透明化されていることが好ましい。また、透明化される部位が被検体に占める割合も制限されず、被検体の全体が透明化されていてもよいし、一部のみが透明化されていてもよい。透明化の程度が高く、被検体の厚み方向に全体が透明化されていれば、被検体の向こう側が透けてみえるし、透明化の程度が低く、被検体の一部のみが透明化されていれば、被検体表面のみの透明度が増加する。
【0037】
透明化されるメカニズムおよび透明化された被検体がどのような状態であるかは詳細には明らかにされていないが、被検体の脱細胞化によるものであると本発明者らは推定した。透明化された被検体をパラフィン切片にし、HE染色して顕微鏡で観察すると(実施例13、図18)、細胞組織がほとんど観察されないことから、細胞組織が流出している、すなわち、脱細胞化が起きていると考えられる。脱細胞化された被検体は、生体組織から細胞を除いた細胞外マトリックスが残っており、主にコラーゲンやプロテオグリカンなどのタンパク質から構成される。
【0038】
〈固定〉
本発明に用いられる被検体は、固定されている。前記固定の目的は細胞の形態や組織の構造を安定化する、タンパク質分解酵素の不活化、加工や染色処理に対するサンプルの強化、微生物のコンタミネーションや腐蝕を抑制する等である。
【0039】
被検体を固定する方法は、通常用いられる方法であれば特に制限されず、例えば、浸漬法、灌流法、凍結法、乾燥法等があげられる。被検体を固定するための固定試薬を用いてもよい。試薬としては通常用いられるものであれば特に制限されず、例えば架橋固定に用いるホルムアルデヒド、パラホルムアルデヒド、グルタルアルデヒドなどのアルデヒド;四酸化オスミウム、二クロム酸カリウム、クロム酸、過マンガン酸カリウムなどの酸化剤;析出固定に用いるメタノール、エタノール、酢酸、アセトンなどをあげることができる。これらの固定試薬は、1種単独で用いても、又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、固定試薬を用いずに熱変性による固定等を行ってもよい。
【0040】
前記固定は、溶液(a)に含まれるアルカリ金属水酸化物により架橋が解除されて、被検体の透明化が促進されるように、アルデヒドを用いるのが好ましく、ホルムアルデヒド、またはパラホルムアルデヒドを用いるのがより好ましく、10wt%ホルマリンを用いるのが特に好ましい。なお、10wt%ホルマリンは、ホルムアルデヒドを終濃度で約3.5~4.1wt%含む。
【0041】
ホルムアルデヒドの希釈は、例えば水、水溶液または緩衝液等で行うことができるが、生理食塩水で行うのが好ましく、エタノール、メタノール、イソプロパノール等の低級アルコールを添加するとさらに好ましい。
固定する時間や程度は制限されず、固定してから透明化を行うまでの時間も制限されない。
【0042】
〈処理〉
被検体は、工程(A)では溶液(a)により、工程(B)では溶液(b)により処理される。前記処理とは、浸漬、含侵、灌流等を指す。浸漬とは溶液中に被検体を浸すことを意味し、含侵とは圧力変化を利用して被検体に溶液を浸透させることを意味する。灌流とは、液体を流して被検体に送り込むことを意味する。
【0043】
前記処理は、被検体の構造、その大きさおよび厚み、溶液(a)または溶液(b)のアルカリ金属水酸化物または非イオン性界面活性剤の濃度にもよるが、被検体を損傷しにくいことから、浸漬および灌流の少なくとも一方が好ましく、浸漬および灌流を同時に行うことが特に好ましい。浸漬は、特別な手技や装置を必要とせず簡便であるので、被検体が小さくて薄い場合や、カニュレーション可能な脈管系が得られない場合に好ましい。被検体が心臓や四肢等のように大きくて厚みがあり、カニュレーション可能な脈管系が得られる場合には灌流が好ましく、浸漬を併せて行うと被検体の外部と内部が同時に溶液に接触するため、効率的に透明化を行うことができるため特に好ましい。
【0044】
前記灌流は、被検体の脈管系の開口部を用いるか、または脈管系に注射針等を挿入して、管腔内に液体を送り、流し込むのが好ましい。灌流を行うために用いる器具や機械は制限されず、例えば注射針や灌流針、シリンジ、ペリスタポンプ、灌流ポンプ等をあげることができる。灌流は、被検体を損傷しないために、被検体中の脈管系が開き拡大したままであるために充分であるが、被検体中の脈管系の傷害または膨脹を引き起こすほどには高くない圧力の下で行うことが好ましい。透明化を効率的に行うために、灌流ポンプを用いて血流程度の速度が維持できる圧力で行うのが特に好ましい。
前記浸漬は、透明化を効率的に行うために、スターラーやポンプ等で溶液を攪拌しながら行うのが好ましい。
【0045】
〈アルカリ金属水酸化物〉
前記アルカリ金属水酸化物は、前記溶液(a)および前記溶液(b)に含まれる。アルカリ金属水酸化物は特に制限されないが、入手の容易さと価格の観点から水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化セシウムが好ましく、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムがより好ましい。アルカリ金属水酸化物は、1種単独で用いても、又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0046】
〈低級アルコール〉
前記低級アルコールは、前記溶液(a)および前記溶液(b)に含まれる。低級アルコールは、炭素数1~4個の脂肪族アルコール類であり、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノールおよびブチルアルコール等があげられる。低級アルコールは、1種単独で用いても、又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0047】
前記低級アルコールは、分子量および後に行う染色の観点から、炭素数1~3個の一価アルコールが好ましく、メタノール、エタノール、イソプロパノールがより好ましく、エタノールが特に好ましい。
【0048】
〈非イオン性界面活性剤〉
前記非イオン性界面活性剤は、前記溶液(b)に含まれる。非イオン性界面活性剤は、特に制限されず、例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル類であるポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル、エチレングリコールソルビタンアルキルエステル類であるポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノパルミテート、ポリオキシエチレンソルビタンモノステアレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート、ポリオキシエチレンソルビタントリオレエート、脂肪酸ソルビタンエステル類であるソルビタンモノラウレート、ソルビタンモノパルミテート、ソルビタンモノステアレート、ソルビタンモノオレエート、ソルビタントリオレエート、アルキルポリグルコシド類、脂肪酸ジエタノールアミド類、アルキルモノグリセリルエーテル類などを挙げることができる。非イオン性界面活性剤は、1種単独で用いても、又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0049】
前記非イオン性界面活性剤は、被検体を効率的に透明化する観点から、HLB10以上であることが好ましく、さらに好ましくはHLB12以上であり、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテルが特に好ましい。
【0050】
〈水〉
前記溶液(a)および前記溶液(b)は、通常水を含む。水としては、特に限定はないが、例えば水道水、イオン交換水、蒸留水、精製水および天然水が挙げられ、イオン交換水が好ましい。
【0051】
〈工程(A)〉
前記工程(A)は、固定された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む溶液(a)で処理する工程である。この工程(A)は、固定により固くなった被検体をやや柔軟にし、透明化を効率的に行うために必要である。前記工程(A)を行わずに、工程(B)を行うと、透明化の効率は悪くなり、本発明の目的は達成されない。
【0052】
被検体をアルデヒドを用いて架橋固定した場合、分子中のアルデヒド基が被検体中のタンパク質アミノ基に結合して架橋が形成されるが、前記溶液(a)に含まれるアルカリ金属水酸化物によりその架橋が適度に解除され、被検体の透明化が促進される。また、前記溶液(a)に含まれるアルカリ金属水酸化物は、被検体中の脂肪組織を鹸化して脂肪酸金属塩を形成し、この脂肪酸金属塩が被検体の透明化をさらに促進させる。
【0053】
前記溶液(a)に含まれる低級アルコールは、生体色素(ヘモグロビン、ミオグロビン、メラニン等)を被検体から溶出させることにより、被検体の透明化を促進する。
前記工程(A)を行う際の温度は制限されず、室温でもよいし、必要に応じて加温してもよい。具体例としては、工程(A)は、20~50℃で行うことが好ましい。工程(A)の処理時間を短くしたい場合には加温すること、例えば35~45℃に加温することが好ましい。
【0054】
前記工程(A)での処理時間は制限されず、被検体の大きさや厚み、溶液(a)のアルカリ金属水酸化物および低級アルコールの濃度にもよるが、1時間~48時間が好ましく、3時間~24時間がより好ましい。処理時間を長くすれば、溶液(a)のアルカリ金属水酸化物濃度を低くすることができる。前記工程(A)での処理時間が短すぎると透明化が充分に行われず、処理時間が長すぎると被検体が損傷しやすくなる傾向がある。
【0055】
〈溶液(a)〉
前記溶液(a)は、アルカリ金属水酸化物0.5~10wt%および低級アルコール15~70wt%を含む。
溶液(a)はアルカリ金属水酸化物、低級アルコールおよび水を混合することにより得られ、混合方法や温度等は制限されない。溶液(a)のpHは、通常12以上であり、13以上が好ましい。
【0056】
工程(A)に用いる溶液(a)の量は制限されず、被検体の大きさや厚み等に応じて調整すればよいが、充分に透明化を行うために、被検体の重量の2倍~8倍が好ましく、4倍~5倍が特に好ましい。
【0057】
前記アルカリ金属水酸化物の溶液(a)中での濃度は、被検体の大きさや厚み、工程(A)の処理時間にもよるが、1~5wt%が好ましく、2~4wt%が特に好ましい。前記アルカリ金属水酸化物の溶液(a)中での濃度を前記範囲内で高めれば、工程(A)の処理時間を短くすることができる。前記アルカリ金属水酸化物の濃度が前記範囲を下回ると透明化が充分に行われず、濃度が前記範囲を上回ると被検体が損傷しやすくなる。
【0058】
前記低級アルコールの溶液(a)中での濃度は、被検体の大きさや厚み、工程(A)の処理時間にもよるが、30~65wt%が好ましく、45~55wt%が特に好ましい。低級アルコールの濃度が低すぎると組織が膨潤しやすくなり、濃度が高すぎると組織が収縮しやすくなる。
溶液(a)は、緩衝剤、キレート剤等、本発明の効果を損なわない範囲でその他の成分を含んでもよい。
【0059】
〈工程(B)〉
前記工程(B)は、前記工程(A)で処理された被検体を、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む溶液(b)で処理する工程である。
【0060】
前記溶液(b)に含まれるアルカリ金属水酸化物は、被検体中の脂肪組織を鹸化して脂肪酸金属塩を形成し、この脂肪酸金属塩が被検体の透明化を促進させる。
前記溶液(b)に含まれる低級アルコールは、生体色素(ヘモグロビン、ミオグロビン、メラニン等)を被検体から溶出させることにより、被検体の透明化を促進する。また、前記非イオン性界面活性剤による被検体の膨潤を防止し、脱水作用も有する。さらに、アルカリ金属水酸化物による透明化促進効果を補助する。低級アルコールは、水、水溶性物質および脂溶性物質のどちらにも親和性が高いので、透明化後の染色工程や用いる試薬の選択の幅が広い。
【0061】
前記溶液(b)に含まれる非イオン性界面活性剤は、被検体に含まれる細胞の細胞膜を溶解することにより透明化を促進する。
前記工程(B)を行う際の温度は制限されず、室温でもよいし、必要に応じて加温してもよい。具体例としては、工程(B)は、20~50℃で行うことが好ましい。工程(B)の処理時間を短くしたい場合には加温すること、例えば35~45℃に加温することが好ましい。
【0062】
前記工程(B)での処理時間は制限されず、被検体の大きさや厚み、溶液(b)のアルカリ金属水酸化物、低級アルコール、および非イオン性界面活性剤の濃度にもよるが、1日~14日間が好ましく、2日~7日間が特に好ましい。処理時間を長くすれば、溶液(b)のアルカリ金属水酸化物濃度、または非イオン性界面活性剤を低くすることができる。前記工程(B)での処理時間が短すぎると透明化が充分に行われず、処理時間が長すぎると被検体が損傷しやすくなる傾向がある。
【0063】
〈溶液(b)〉
溶液(b)は、アルカリ金属水酸化物0.1~5wt%、低級アルコール5~70wt%、および非イオン性界面活性剤2~40wt%を含む。
【0064】
溶液(b)は、アルカリ金属水酸化物、低級アルコール、非イオン性界面活性剤および水を混合することにより得られ、混合方法や温度等は制限されない。溶液(b)のpHは、通常11以上であり、12以上が好ましい。
【0065】
工程(B)に用いる溶液(b)の量は制限されず、被検体の大きさや厚み等に応じて調整すればよいが、充分に透明化を行うために、被検体の重量の2倍~8倍が好ましく、4倍~5倍が特に好ましい。
【0066】
前記アルカリ金属水酸化物の溶液(b)中での濃度は、被検体の大きさや厚み、工程(B)の処理時間にもよるが、0.3~3wt%が好ましく、0.5~2wt%が特に好ましい。アルカリ金属水酸化物の濃度が前記範囲を下回ると透明化が不充分であり、濃度が前記範囲を上回ると被検体が損傷しやすい。
【0067】
前記低級アルコールの溶液(b)中での濃度は、被検体の大きさや厚み、工程(B)の処理時間にもよるが、7~45wt%が好ましく、10~20wt%が特に好ましい。低級アルコールの濃度が低すぎると組織が膨潤しやすくなり、濃度が高すぎると組織が収縮しやすくなる。
【0068】
前記非イオン性界面活性剤の溶液(b)中での濃度は、被検体の大きさや厚み、工程(B)の処理時間にもよるが、3~15wt%が好ましく、4~8wt%が特に好ましい。非イオン性界面活性剤の濃度が低すぎると透明化が不充分であり、濃度が高すぎると被検体が損傷しやすい。
【0069】
溶液(b)は、緩衝剤、キレート剤等、本発明の効果を損なわない範囲でその他の成分を含んでもよい。
【0070】
〈透明化方法〉
本発明の第一の態様は、工程(A)と工程(B)とを含む被検体の透明化方法である。前記透明化方法により、細胞を含む被検体を透明化することが可能である。透明化された被検体の用途は制限されないが、後述のように例えば透明化標本、脱細胞スキャホールドとして使用することが好ましい。
【0071】
〈透明化された被検体〉
本発明の第二の態様は、工程(A)と工程(B)とを含む、透明化された被検体の製造方法であり、本発明の第三の態様は、工程(A)と工程(B)により得られる透明化された被検体である。
【0072】
本発明の第二の態様で製造される透明化された被検体、および第三の態様である透明化された被検体の用途は制限されないが、例えば透明化標本、脱細胞スキャホールドとして使用することが好ましい。
【0073】
前記透明化された被検体は、細胞は高度に透明化されているが、通常、骨、軟骨、石灰化部位、沈着した炭粉、血栓等は透明化の程度が非常に低く、結果的に可視化される。脈管系、神経線維、筋膜、筋肉、靱帯、腱等は、透明化の程度が低く、その種類や太さ、透明化の程度にもよるが通常肉眼で視認することができる。神経線維は、被検体の透明化の程度によっては肉眼で視認することが困難であるため、透明化された被検体の用途に応じて適宜染色によって可視化することが好ましい。また、透明化された被検体においては、細い脈管系は、通常肉眼で視認することが困難であるため、透明化された被検体の用途に応じて適宜染色によって可視化することが好ましい。 透明化された被検体を、透明化標本として用いる場合には、以下の利点がある。
【0074】
1.被検体の正確な構造を学ぶことができるため学術的、教育的な有用性が高い。
2.手術により切除した被検体を透明化標本とすれば、病変部位を観察し、診断の補助とすることができる。
3.手術により切除した被検体を透明化標本とすれば、透明化に加えて脈管系、神経線維、骨、軟骨、石灰化部位、沈着した炭粉、血栓等の病変部位の可視化を行うことにより、病因や病気の進行度合い等をさらに正確に知る助けとなり、その後の治療方針立案に役立てることができる。
4.手術により切除した被検体や、被検体の死後に透明化標本を作製することにより、正確な病因や病状がわかり今後の医療の進歩に貢献し得る。
5.モデル動物を被検体あるいは、モデル動物から切除した被検体を透明化標本とすれば、病態解析や医薬品開発に大きく貢献できる。
【0075】
前記脱細胞スキャホールドは三次元構造を有する臓器や組織を再生するために、細胞の接着、増殖の足場として機能するものである。
透明化された被検体を脱細胞スキャホールドとして用いる場合には以下の利点がある。
【0076】
1.透明化(脱細胞化)の過程において被検体の構造が損傷されず、脱細胞スキャホールドにおいて血管網等の微細な構造も高度に保持されている。
2.従来の方法よりも大型の被検体(臓器や四肢など)を透明化(脱細胞化)することが可能であるため、大型の脱細胞スキャホールドにすることができる。
3.透明化(脱細胞化)を行う溶液は全て水性であるので、移植する際に有害になる界面活性剤等を水洗しやすい。
【0077】
なお、透明化された被検体を脱細胞スキャホールドとして用いる場合は、前記工程(A)および工程(B)の後に、水または緩衝液等を用いて洗浄し、アルカリ金属水酸化物、低級アルコール、非イオン性界面活性剤を除去することが好ましい。
【0078】
〈固定された、細胞を含む被検体を透明化するためのキット〉
本発明の第四の態様である、固定された、細胞を含む被検体を透明化するためのキットは、溶液(a)と、溶液(b)とを含み、前記溶液(a)、前記溶液(b)の順で用いるものである。前記キットは、前記溶液(a)および溶液(b)以外に、固定、洗浄、乾燥、保存、染色、観察等のためのその他の溶液を含んでもよく、必要に応じて実験器具等を含んでもよい。
【0079】
〈透明化の程度が非常に低い部分の可視化〉
本発明の第一の態様の透明化方法により、被検体は脱細胞化して、その大部分は透明化の程度が高いが、被検体のうち、骨、軟骨、石灰化部位、沈着した炭粉、血栓等は透明化の程度が非常に低く、透明化された部分を透して外部から観察することができる。従って、前記工程(A)と前記工程(B)により、前記被検体の透明化の程度が非常に低い部分を可視化することができる。前記被検体の透明化の程度が非常に低い部分の可視化方法としては、本発明の第五の態様である石灰化部位の可視化方法、第六の態様である骨の可視化方法等があげられる。
【0080】
〈石灰化部位の可視化方法〉
本発明の第五の態様である、細胞を含む被検体の石灰化部位の可視化方法は、前記工程(A)と、前記工程(B)とを含む。
【0081】
前記石灰化とは、組織にカルシウム塩が沈着した状態をいい、石灰化の例としては、乳腺症や線維腺腫、乳がんで見られる乳房の石灰化、動脈硬化で見られる動脈の石灰化、結核病巣で見られる石灰化、軟骨や靭帯の石灰化等があげられる。
【0082】
本発明の第五の態様によれば、被検体のうち、細胞を含む部分は透明化の程度が高いが、石灰化された部位は、工程(A)および工程(B)により透明化の程度が非常に低く、工程(A)および工程(B)の処理後に、白く(透過光のもとでは、光が透過しないため暗灰色~黒色に)見える。従って、被爆の危険性があるX線撮影や、煩雑な染色を必要とせずに、石灰化部位を可視化することができる。また、構造を支えるECM等は透明化の程度が高いので、その構造を透して石灰化部位を見ることができる。被検体の全体像における石灰化部位の位置関係や、そのほかの構造との距離感がわかることも利点の一つである。
【0083】
〈骨の可視化方法〉
本発明の第六の態様である、細胞を含む被検体の骨の可視化方法は、前記工程(A)と、前記工程(B)とを含む。
【0084】
本発明の第六の態様によれば、被爆の危険性があるX線撮影を必要とせずに、骨を可視化することができる。また、構造を支えるECM等は透明化の程度が高いので、その構造を透して骨を見ることができる。被検体の全体像における骨の位置関係や、そのほかの構造との距離感がわかることも利点の一つである。
【0085】
〈透明化された被検体の染色〉
本発明の透明化方法により透明化された被検体は、透明化された被検体が有する構造や分子を対象として透明化後に染色等を行ってもよい。染色する対象や用いる試薬、染色方法等は制限されない。例えば、特定の染色液を利用し化学的反応に基づいて染色する特殊染色、被検体が有するタンパク質を特異的に認識する抗体を用いた免疫染色や、被検体が有する脈管系に色素を注入して可視化すること、カルシウム染色試薬を用いて石灰化部位や骨を染色すること、神経線維染色試薬を用いて神経線維を染色すること、酸性ムコ多糖染色試薬を用いて軟骨を染色すること等があげられる。中でも本発明の第七の態様である、細胞を含む被検体の脈管系可視化方法および本発明の第八の態様である、細胞を含む被検体のカルシウム染色試薬を用いた石灰化部位可視化方法が好ましい。
透明化された被検体は、必要に応じて、染色前に大きさや厚みを調整してもよい。
【0086】
〈被検体の脈管系可視化方法〉
本発明の第七の態様である、細胞を含む被検体の脈管系可視化方法は、前記工程(A)と、前記工程(B)と、被検体の脈管系に色素を注入する工程(C)とを含む。
本発明の第七の態様によれば、被爆の危険性がある造影剤を用いたX線撮影を必要とせずに、脈管系を可視化することができる。また、構造を支えるECM等は透明化の程度が高いので、その構造を透して脈管系を見ることができる。被検体の全体像における脈管系の位置関係や、そのほかの構造との距離感がわかることも利点の一つである。
【0087】
〈工程(C)〉
前記工程(C)は、被検体の脈管系を可視化するために、被検体の脈管系に色素を注入する工程である。
前記工程(C)を行う際の温度は制限されず、室温でもよいし、必要に応じて加温してもよい。
【0088】
前記工程(C)での処理時間は制限されず、被検体の大きさや厚み、脈管系の太さや複雑さ、色素の種類や濃度にもよるが、0.1時間~48時間が好ましい。前記工程(C)での処理時間が短すぎると可視化が充分に行われず、処理時間が長すぎると脈管系以外の部分にも色がついてしまい観察しにくくなる。
【0089】
前記工程(C)を行うタイミングは特に制限されず、前記工程(A)および前記工程(B)で処理された被検体の脈管系に色素を注入してもよいし、被検体の固定前に行ってもよく、固定後かつ工程(A)および工程(B)の前、あるいは工程(A)と工程(B)の間であってもよい。可視化の効率が良いことから、前記工程(C)は、前記工程(A)および前記工程(B)で処理された被検体の脈管系に色素を注入する工程であることが好ましい。
前記工程(C)は、工程(D)、工程(E)、工程(F)と組み合わせてもよい。
【0090】
〈脈管系〉
前記脈管系は循環系と言い換えることができ、動脈、静脈、リンパ管に分類することができ、毛細血管、動静脈吻合等も含む。前記工程(C)で可視化する脈管系は、動脈および静脈の少なくとも一方が好ましく、動脈および静脈がさらに好ましい。
【0091】
〈色素〉
前記色素は、脈管系の管腔内に滞留し、または染色して、脈管系以外の透明化された部位から目立たせるために用いられる。前記色素は、通常の色素、顔料、染料であれば限定されず、例えば墨汁、インク、染料、色素として市販されている物等を適宜用いることができる。赤系の色素としては、Liquitex BASICS(登録商標) (Red)、Microfil(登録商標)、青系の色素としては、Liquitex BASICS (Blue)、褐色系の色素としては酸化鉛があげられる。前記色素は、価格・入手性の観点からLiquitex BASICSが好ましい。色素は、1種単独で用いても、又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0092】
複雑な脈管系の構造を視覚的にわかりやすく可視化するために、複数の独立した脈管系に対し、それぞれ異なる色の色素を用いて、それぞれの脈管系を異なる色で染め分けることが好ましい。好ましい態様としては、例えば、動脈、静脈に対して、一方を、赤系の色素、他方を青系の色素を用いて染め分ける態様が挙げられる。
【0093】
前記色素は溶媒に溶解させて溶液として用いることが好ましい。色素を溶解させる際に用いる溶媒は特に制限されないが、水、低級アルコールまたは水と低級アルコールとの混合液が好ましく、水またはエタノールがより好ましい。色素溶液に粘度を付与するため、ゼラチンや寒天等の粘度調整剤を混合しても良い。
【0094】
前記色素の濃度は、用いる色素の種類にもよるが、脈管系を肉眼で識別できる程度に発色する濃度で用いればよい。
前記色素溶液の量は、制限されず、被検体の大きさや厚み、脈管系の太さや複雑さ、色素の種類や濃度等に応じて調整すればよいが、充分に可視化を行い、かつ脈管系以外の部分には色をつけないために、被検体の重量の0.1倍~10倍が好ましく、0.5倍~8倍がさらに好ましい。
【0095】
〈注入〉
前記工程(C)では、被検体の脈管系に色素を注入する。前記注入は、被検体の管腔内に色素を送達することを意味する。注入は、被検体の脈管系の管腔開口部から行ってもよいし、脈管系にカニュレーションして行ってもよい。注入に用いる器具や機器は制限されず、例えば注射針や灌流針、シリンジ、ペリスタポンプ、灌流ポンプ等をあげることができるが、価格と入手の容易性の観点から、注射針とシリンジを用いて注入することが好ましい。
【0096】
〈細胞を含む被検体のカルシウム染色試薬を用いた石灰化部位可視化方法〉
本発明の第八の態様である、細胞を含む被検体のカルシウム染色試薬を用いた石灰化部位可視化方法は、前記工程(A)、前記工程(B)および工程(D):被検体の脈管系にカルシウム染色試薬を注入する工程を含む。
【0097】
本発明の第八の態様によれば、染色を行わない本発明の第五の態様である石灰化部位の可視化方法に比べて、鮮やかな色を使ってより鮮明に石灰化部位を可視化することができる。
【0098】
〈工程(D)〉
前記工程(D)は、石灰化部位を可視化するために、前記被検体の脈管系にカルシウム染色試薬を注入する工程である。前記注入は、工程(C)と同様の方法で行うことができる。
【0099】
前記工程(D)を行う際の温度は制限されず、室温でもよいし、必要に応じて加温してもよい。
前記工程(D)での処理時間は制限されず、被検体の大きさや厚み、脈管系の太さや複雑さ、色素の種類や濃度にもよるが、0.1時間~48時間が好ましい。前記工程(D)での処理時間が短すぎると可視化が充分に行われず、処理時間が長すぎると石灰化部位以外の部分にも色がついてしまい観察しにくくなる。
【0100】
前記工程(D)を行うタイミングは特に制限されず、前記工程(A)および前記工程(B)で処理された被検体の脈管系に色素を注入してもよいし、被検体の固定前に行ってもよく、固定後かつ工程(A)および工程(B)の前、あるいは工程(A)と工程(B)の間であってもよい。可視化の効率が良いことから、前記工程(D)は、前記工程(A)および前記工程(B)で処理された被検体の脈管系に色素を注入する工程であることが好ましい。
前記工程(D)は、工程(C)、工程(E)、工程(F)と組み合わせてもよい。
【0101】
〈カルシウム染色試薬〉
前記カルシウム染色試薬は、カルシウムまたはカルシウム塩と染色することができる試薬であれば制限されず、たとえば、アリザレンレッドに代表されるアリザリン、プルブリン、キナリザリン等のアンスラキノン系色素やコッサ染色液等の可視光で検出できるもの、カルセイン、テトラサイクリン等の蛍光で検出できるものがあげられる。カルシウム染色試薬は、1種単独で用いても、又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。染色効率や観察のしやすさの点から、アリザレン系が好ましく、アリザレンレッドがさらに好ましい。
【0102】
〈細胞を含む被検体の神経線維染色試薬を用いた神経線維可視化方法〉
前記工程(A)、前記工程(B)により透明化された被検体は、工程(E):神経線維染色試薬を用いて染色する工程を任意で追加することで、神経線維をより鮮明に可視化することができる。本発明により透明化された被検体の神経線維は染色を行わなくても肉眼で観察することができるが、工程(E):神経線維染色試薬を用いて染色する工程を追加することで、鮮やかな色を使ってより鮮明に神経線維を可視化することができる。
【0103】
〈工程(E)〉
前記工程(E)に用いる方法は神経線維を染色できる方法であれば制限されず、たとえば神経線維を染めるメチレンブルー、髄鞘を染めるルクソールファストブルー染色、クリューバー・バレラ染色、ボディアン染色、ガリアス・ブラーク染色、ホルツァー染色、シラー染色等があげられる。神経線維染色試薬は、1種単独で用いても、又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。染色効率や観察のしやすさの点から、メチレンブルー、ルクソールファストブルー、エールリッヒヘマトキシリン染色が好ましい。
【0104】
前記染色をする方法は特に制限されず、例えば、透明化された被検体に染色液を滴下する方法、透明化された被検体を染色液に浸漬する方法、および染色液を神経系に注入する方法等が挙げられる。染色の効率が良いことから、前記染色をする方法は、透明化された被検体に染色液を滴下して、または透明化された被検体を染色液に浸漬して行うことが好ましい。
【0105】
前記工程(E)の温度は制限されず、室温でもよいし、必要に応じて加温してもよい。
前記工程(E)での染色時間は制限されず、被検体の大きさや厚み、神経線維の太さや複雑さ、染色の種類や濃度にもよるが、0.5時間~1日間が好ましい。染色時間が短すぎると可視化が充分に行われず、処理時間が長すぎると神経線維以外の部分にも色がついてしまい観察しにくくなる。
前記工程(E)は、工程(C)、工程(D)、工程(F)と組み合わせてもよい。
【0106】
〈工程(F)〉
本発明の第一~第三、および第五~八の態様において、透明化された被検体をより安定に長期間保存するために、前記工程(A)および前記工程(B)により透明化された被検体を、低級アルコール5~50wt%および非イオン性界面活性剤15~50wt%を含む溶液(f)で処理する任意の工程(F)を追加してもよい。前記工程(F)を追加することにより、工程(A)および工程(B)で用いたアルカリ金属水酸化物が除去され、被検体をより安定に長期間保存することができる。工程(F)を追加しても透明化された被検体の透明度が損なわれることはない。
【0107】
前記工程(F)を行う際の温度は制限されず、室温でもよいし、必要に応じて加温してもよい。
前記工程(F)での処理時間は制限されず、被検体の大きさや厚み等にもよるが、1日間~14日間が好ましく、5日間~10日間がさらに好ましい。前記範囲内では、アルカリ金属水酸化物が充分に除去できるため好ましい。
【0108】
前記工程(F)は、工程(C)、工程(D)、工程(E)と組み合わせてもよい。
前記工程(F)を行うタイミングは特に制限されず、前記工程(C)、前記工程(D)、または前記工程(E)の前でも後でもよい。前記工程(F)は、工程(C)と組み合わせて行う場合、工程(C)による色素注入の前であることが好ましい。前記工程(F)は、工程(D)と組み合わせて行う場合、工程(D)による染色の後であることが好ましい。前記工程(F)は、工程(E)と組み合わせて行う場合、工程(E)による染色の前であることが好ましい。
【0109】
〈溶液(f)〉
溶液(f)は、低級アルコール5~50wt%および非イオン性界面活性剤15~50wt%を含む。
【0110】
溶液(f)は、低級アルコール、非イオン性界面活性剤および水を混合することにより得られ、混合方法や温度、pH等は制限されない。
工程(F)に用いる溶液(f)の量は制限されず、被検体の大きさや厚み等に応じて調整すればよいが、充分に透明化を行うために、被検体の重量の2倍~10倍が好ましく、4倍~6倍がさらに好ましい。
【0111】
前記低級アルコールの溶液(f)中での濃度は、被検体の大きさや厚み、工程(F)の処理時間にもよるが、7~40wt%が好ましく、10~30wt%がさらに好ましい。低級アルコールの濃度が前記範囲では、被検体の種類にもよるが、被検体の膨潤、収縮が生じにくいため好ましい。
【0112】
前記非イオン性界面活性剤の溶液(f)中での濃度は、被検体の大きさや厚み、工程(F)の処理時間にもよるが、17~48wt%が好ましく、25~45wt%がさらに好ましい。非イオン性界面活性剤の濃度が前記範囲であると凝固せず、また被検体の透明度が高いため好ましい。
【0113】
本発明の第四の態様のキットは、溶液(f)を含んでもよい。
溶液(f)は、緩衝剤、キレート剤等、本発明の効果を損なわない範囲でその他の成分を含んでもよい。
【0114】
〈工程(G)〉
本発明の第一~第三、および第五~八の態様において、透明化された被検体を固形物としてより安定に長期間保存するために、前記工程(A)および前記工程(B)により透明化された被検体を、低級アルコール5~50wt%、非イオン性界面活性剤15~50wt%、および糖30~65wt%を含む溶液(g)で処理する任意の工程(G)を追加してもよい。前記工程(G)を追加することにより、工程(A)および工程(B)で透明化された被検体を固形化し、より安定に長期間保存することができる。工程(G)を追加しても透明化された被検体の透明感が損なわれることはない。
【0115】
前記工程(G)を行う際の温度は制限されず、室温でもよいし、必要に応じて加温してもよい。
前記工程(G)での処理時間は制限されず、被検体の大きさや厚み等にもよるが、1日間~30日間が好ましく、10日間~20日間がさらに好ましい。前記範囲内では、充分に固形化することができるため好ましい。
【0116】
固形化とは、被検体の一端を手やピンセット等で持ち上げる際に、被検体の元の形状を保持したまま持ち上げられる程度に固くなっていることをいう。
【0117】
〈溶液(g)〉
前記溶液(g)は、低級アルコール5~50wt%、非イオン性界面活性剤15~50wt%、および糖30~65wt%を含む。
【0118】
溶液(g)は、低級アルコール、非イオン性界面活性剤、糖および水を混合することにより得られ、混合方法や温度、pH等は制限されない。
工程(G)に用いる溶液(g)の量は制限されず、被検体の大きさや厚み等に応じて調整すればよいが、充分に固形化を行うために、被検体の重量の2倍~5倍が好ましく、2倍~3倍がさらに好ましい。
【0119】
前記低級アルコールの溶液(g)中での濃度は、被検体の大きさや厚み、工程(G)の処理時間にもよるが、7~40wt%が好ましく、10~30wt%がさらに好ましい。低級アルコールの濃度が前記範囲では、被検体の種類によるが、被検体の膨潤、収縮が生じないため好ましい。
【0120】
前記非イオン性界面活性剤の溶液(g)中での濃度は、被検体の大きさや厚み、工程(G)の処理時間にもよるが、17~48wt%が好ましく、25~45wt%がさらに好ましい。非イオン性界面活性剤の濃度が前記範囲であると、透明度が高いため好ましい。
【0121】
本発明の第四の態様のキットは、溶液(g)を含んでもよい。
溶液(g)は、緩衝剤、キレート剤等、本発明の効果を損なわない範囲でその他の成分を含んでもよい。
【0122】
〈固体の糖〉
前記糖は、1気圧下25℃で固体状態の糖であれば特に制限されない。例えば、スクロース、グルコース、マルトース等をあげることができ、充分に固形化を行うことができることから、スクロースが好ましい。
【0123】
前記糖の溶液(g)中での濃度は、被検体の大きさや厚み、工程(G)の処理時間にもよるが、35~60wt%が好ましく、45~55wt%がさらに好ましい。糖の濃度が前記範囲であると充分に固形化することができるため好ましい。
【0124】
〈その他の工程〉
本発明の第一~第八の態様においては、前記工程(A)~工程(G)以外に、洗浄、乾燥、脱脂、漂白、保存等を目的とするその他の工程を前記工程(A)~工程(G)のそれぞれの工程の前後またはその間に行ってもよい。
【実施例
【0125】
次に本発明について実施例を示してさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。なお、実施例における%は、調製した溶液における終濃度(重量%)を示す。
【0126】
<サンプル>
全てのヒト由来サンプルは慶応義塾大学医学部のものを使用した。本研究は、慶応義塾大学医学部倫理委員会の承認を得て行われた。
【0127】
〔実施例1〕ヒト心臓の透明化
(方法)
(固定)
手順1.御献体由来の摘出された心臓に対して、生理食塩水(0.9%NaCl)を冠状動脈および肺静脈から灌流し、血液成分を除去した。
【0128】
手順2.10%ホルマリン、0.9%NaClを含むソルミックス(登録商標)H-11(日本アルコール販売社製:エタノール79.3%、メタノール13.3%、イソプロピルアルコール1.1%、水6.3%の混合液)溶液を調製した。この溶液3000mlでサンプルを12時間灌流固定し、その後12時間浸漬固定した。
【0129】
(透明化)
手順3.3%水酸化カリウム、50%ソルミックスH-11を含む水溶液を調製した。ホルマリン固定された心臓を水洗した後、この水溶液3000mlを用いて24時間灌流した。灌流は、上行大動脈の末梢側を縛ったうえで肺静脈から僧房弁に灌流のためのチューブを挿入して行った。心臓は灌流に用いた溶液と同じ溶液3000mlに浸漬し、ローラーポンプを用いて液を撹拌しながら灌流を行った。液温は40℃であった。
【0130】
手順4.1.5%水酸化カリウム、15%ソルミックスH-11、5%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(商品名:富士フィルム和光純薬社製)を含む水溶液を調製した。この水溶液3000mlでサンプルを7日間灌流した。液温は40℃であった。
【0131】
(保存)
手順5.次に、15%エタノール、25%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテルを含む水溶液を調製した。この水溶液3000mlでサンプルを14日間灌流した。液温は40℃であった。
【0132】
(結果)
固定後、透明化前の心臓と透明化後の心臓を観察した写真を図1に示す。Aは固定後、透明化前の心臓、Bは透明化後の心臓である。Aは、全体に白く濁り、血管等の心臓内部の構造は何も見えないのに対し、Bは心臓全体が透き通り、内部の血管が見える。また、右冠状動脈鋭縁部付近が黒く見えており、石灰化しているのがわかる(図1Bの矢印、図2Aの矢印)。また、縦郭リンパ節付近に炭粉が沈着している(図2Bの矢印)。透明化した心臓を異なる方向から観察した写真が図2A、Bである。
【0133】
〔実施例2〕ヒト心臓冠状動脈と心筋の透明化
(方法)
(固定)
手順1.御献体由来の心臓から冠状動脈と心筋を併せて摘出し、また冠状動脈のみを採取した。これらを生理食塩水(0.9%NaCl)で洗浄し、血液成分を除去した。
【0134】
手順2.10%ホルマリン、0.9%NaCl、50%エタノールを含む水溶液を調製した。この水溶液50mlでサンプルを12時間浸漬固定した。
【0135】
(透明化)
手順3.1%水酸化カリウム、50%エタノールを含む水溶液を調製した。ホルマリン固定されたサンプルを水洗した後、この水溶液50mlに1日間浸漬し、スターラーを用いて液を穏やかに撹拌した。液温は40℃であった。
【0136】
手順4.0.5%水酸化カリウム、15%エタノール、5%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(商品名:富士フィルム和光純薬社製)を含む水溶液を調製した。冠状動脈のみのサンプルについては、この水溶液50mlに1日間浸漬し、冠状動脈と心筋を併せたサンプルについては3日間浸漬し、スターラーを用いて液を穏やかに撹拌した。液温は40℃であった。
【0137】
(保存)
手順5.次に、15%エタノール、25%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテルを含む水溶液を調製した。この水溶液50mlにサンプルを7日間浸漬した。液温は40℃であった。
【0138】
(結果)
固定後、透明化前後の冠状動脈を観察した写真を図3に示す。Aは固定後、透明化前の冠状動脈、Bは透明化後の冠状動脈である。Aは、白く濁っているのに対し、Bは冠状動脈全体が透明化され、背景の格子が透けて見える。
【0139】
固定後、透明化前後の冠状動脈と心筋を観察した写真を図4に示す。Aは固定後、透明化前の冠状動脈と心筋、Bは透明化後の冠状動脈と心筋である。Aは、白く濁っているのに対し、Bは冠状動脈と心筋が透明化され、背景の格子が透けて見える。
【0140】
〔実施例3〕ヒト心臓の透明化と石灰化部位の染色
(方法)
(固定)
手順1.御献体由来の摘出された心臓に対して、生理食塩水(0.9%NaCl)を冠状動脈および肺静脈から灌流し、血液成分を除去した。
【0141】
手順2.10%ホルマリン、0.9%NaCl、70%エタノールを含む水溶液を調製した。この水溶液3000mlでサンプルを12時間灌流固定し、その後12時間浸漬固定した。
【0142】
(透明化)
手順3.3%水酸化カリウム、50%エタノールを含む水溶液を調製した。ホルマリン固定された心臓を水洗した後、この水溶液3000mlを用いて24時間灌流した。灌流は、上行大動脈の末梢側を縛ったうえで肺静脈から僧房弁に灌流のためのチューブを挿入して行った。心臓は灌流に用いた水溶液と同じ水溶液3000mlに浸漬し、ローラーポンプを用いて液を撹拌しながら灌流を行った。液温は40℃であった。
【0143】
手順4.1.5%水酸化カリウム、15%エタノール、5%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(商品名:富士フィルム和光純薬社製)を含む水溶液を調製した。この水溶液3000mlでサンプルを7日間灌流した。液温は40℃であった。
【0144】
(染色)
手順5.0.1%アリザレンレッド水溶液、0.3%アルシアンブルー水溶液、酢酸、70%エタノール水溶液を重量比1:1:1:17の割合で混合した混合液を調製した。この混合液2000mlを透明化した心臓の肺静脈から注入し、1時間灌流した後、48時間浸漬した。その後、水洗した後、1.5%KOHを含む水溶液で48時間弁別した。
【0145】
(保存)
手順6.次に、15%エタノール、25%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテルを含む水溶液を調製した。この水溶液3000mlでサンプルを7日間灌流した。液温は40℃であった。
【0146】
(結果)
固定後、透明化前の心臓と透明化および染色後の心臓を観察した写真を図5に示す。Aは固定後、透明化前の心臓、Bは透明化および染色後の心臓である。Aは、白く濁り、血管等の心臓内部の構造は何も見えないのに対し、Bは心臓全体が透き通り、内部の血管が見える。また、結合組織、心臓弁膜、大動脈がアルシアンブルーにより青く染まり、石灰化部位はアリザレンレッドにより赤く染色されている。また、特に冠状動脈左前下行枝付近が赤く見えており、石灰化しているのがわかる(図5Bの矢印)。透明化し染色した心臓を異なる方向から観察した写真を図6A、Bに示す。
【0147】
〔実施例4〕ヒト下腿の透明化および動脈、静脈の染色
(方法)
(固定)
手順1.御献体由来の下腿に対し、生理食塩水(0.9%NaCl)を膝窩動脈から灌流し、血液成分を除去した。
【0148】
手順2.10%ホルマリン、0.9%NaClを含むソルミックスH-11(日本アルコール販売社製:エタノール79.3%、メタノール13.3%、イソプロピルアルコール1.1%、水6.3%の混合液)溶液を調製した。この溶液10000mlでサンプルを12時間灌流固定し、その後12時間浸漬固定した。
【0149】
(透明化)
手順3.4%水酸化カリウム、50%ソルミックスH-11を含む水溶液を調製した。ホルマリン固定された下腿を水洗した後、この水溶液を10000ml用いて24時間灌流した。灌流は、膝窩動脈から灌流のためのチューブ(胃管カテーテル12Fr、ニプロ社製)を挿入して行った。下腿は灌流に用いた溶液と同じ溶液10000mlに浸漬し、ローラーポンプを用いて胃管カテーテルから灌流し、また灌流ポンプを用いて液を撹拌した。液温は43℃であった。
【0150】
手順4.2%水酸化カリウム、15%ソルミックスH-11、5%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(商品名:富士フィルム和光純薬社製)を含む水溶液を調製した。この水溶液10000mlでサンプルを3日間灌流した。液温は43℃であった。
【0151】
(保存)
手順5.次に、15%ソルミックスH-11、25%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテルを含む水溶液を調製した。この水溶液7000mlでサンプルを7日間灌流した。液温は43℃であった。
【0152】
(結果)
透明化後の下腿を観察した写真を図7に示す。皮膚や筋肉が透明化されて透き通り、脛骨および腓骨が見える。白く筋状に見えるのは前脛骨筋腱、その内側に見えるのは大伏在静脈である(図7矢印)。
【0153】
(静脈の染色)
透明化した下腿の大伏在静脈に注射針(22G)を差し、Liquitex BASICS (Blue)水溶液50mlを注入して観察に供した。
【0154】
(静脈の染色結果)
静脈染色後の下腿を観察した写真を図8に示す。Aは下腿の脛骨周辺部であり、BはAの黒枠を拡大したものである。静脈が染色され、その複雑な構造が立体的に把握できる。
【0155】
(静脈および動脈の二重染色)
静脈を染色した下腿に対し、固定および透明化の際に用いた膝窩動脈に挿入されたチューブからLiquitex BASICS (Red)水溶液100mlを注入して観察に供した。
【0156】
(静脈および動脈の二重染色結果)
二重染色後の下腿を観察した写真を図9に示す。Aは下腿の脛骨周辺部であり、BはAの黒枠を拡大したものである。静脈は青く、動脈は赤く染色され、それぞれの複雑な構造が立体的に把握できる。
【0157】
〔実施例5〕ヒト下腿の透明化および足底部静脈の染色
(方法)
(固定)
手順1.御献体由来の下腿に対し、生理食塩水(0.9%NaCl)を膝窩動脈から灌流し、血液成分を除去した。
【0158】
手順2.10%ホルマリン、0.9%NaClを含むソルミックスH-11(日本アルコール販売社製:エタノール79.3%、メタノール13.3%、イソプロピルアルコール1.1%、水6.3%の混合液)溶液を調製した。この溶液7000mlでサンプルを12時間灌流固定し、その後12時間浸漬固定した。
【0159】
(透明化)
手順3.4%水酸化カリウム、50%ソルミックスH-11を含む水溶液を調製した。ホルマリン固定された下腿を水洗した後、この水溶液を7000ml用いて24時間灌流した。灌流は、膝窩動脈から灌流のためのチューブ(胃管カテーテル12Fr、ニプロ社製)を挿入して行った。下腿は灌流に用いた溶液と同じ溶液7000mlに浸漬し、ローラーポンプを用いて胃管カテーテルから灌流し、また灌流ポンプを用いて液を撹拌した。液温は40℃であった。
【0160】
手順4.2%水酸化カリウム、15%ソルミックスH-11、5%のポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(商品名:富士フィルム和光純薬社製)を含む水溶液を調製した。この水溶液7000mlでサンプルを4日間灌流した。液温は40℃であった。
【0161】
(保存)
手順5.次に、15%ソルミックスH-11、25%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテルを含む水溶液を調製した。この水溶液5000mlでサンプルを7日間灌流した。液温は40℃であった。
【0162】
(染色)
透明化した下腿の足底部の皮静脈に注射針(26G)を差し、Liquitex BASICS (Blue)水溶液20mlを注入して観察に供した。
【0163】
(結果)
染色後の足底部を観察した写真を図10に示す。Aは足底部であり、Bは踵部である。静脈、静脈網が青く染色され、その複雑な構造が立体的に把握できる。
【0164】
〔実施例6〕ヒト大腿部短軸断面の透明化および観察
(方法)
(固定)
手順1.御献体由来の大腿部の大腿骨に垂直な方向へスライスしたサンプル(厚さ18mm)に対し、生理食塩水(0.9%NaCl)で洗浄、血液成分を除去した。
【0165】
手順2.10%ホルマリン、0.9%NaCl、70%エタノールを含む水溶液を調製した。この水溶液500mlでサンプルを24時間浸漬固定した。
【0166】
(透明化)
手順3.2%水酸化カリウム、50%エタノールを含む水溶液を調製した。ホルマリン固定されたサンプルを水洗した後、この水溶液500mlに6時間浸漬した。液はスターラーを用いて撹拌した。
【0167】
手順4.1%水酸化カリウム、15%エタノール、5%のポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(商品名:富士フィルム和光純薬社製)を含む水溶液を調製した。この水溶液500mlにサンプルを6時間浸漬した。液温は42℃であった。
【0168】
(保存)
手順5.次に、15%エタノール、25%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテルを含む水溶液を調製した。この水溶液500mlでサンプルを12時間灌流した。液温は42℃であった。
【0169】
(結果)
大腿部断面を観察した写真を図11に示す。Aは固定後透明化前、Bは透明化後の写真である。脂肪等は透明化されて背景の格子が透けて見える。一方、坐骨神経および筋膜、筋肉等は脂肪等に比べ透明化の程度が低く、その構造を観察できる(図11矢印)。
【0170】
〔実施例7〕ヒト大腿部長軸断面の透明化および坐骨神経周辺の観察
(方法)
(固定)
手順1.御献体由来大腿部の坐骨神経周辺を長軸方向で摘出し、生理食塩水(0.9%NaCl)で洗浄し、血液成分を除去した。
【0171】
手順2.10%ホルマリン、0.9%NaCl、70%エタノールを含む水溶液を調製した。この水溶液500mlでサンプルを24時間浸漬固定した。
【0172】
(透明化)
手順3.1%水酸化カリウム、1%水酸化ナトリウム、50%エタノールを含む水溶液を調製した。ホルマリン固定されたサンプルを水洗した後、この水溶液500mlに6時間浸漬した。液はスターラーを用いて撹拌した。液温は45℃であった。
【0173】
手順4.0.5%水酸化カリウム、0.5%水酸化ナトリウム、15%エタノール、5%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(商品名:富士フィルム和光純薬社製)を含む水溶液を調製した。この水溶液500mlでサンプルを6日間灌流した。液温は45℃であった。
【0174】
(保存)
手順5.次に、25%エタノール、25%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテルを含む水溶液を調製した。この水溶液500mlでサンプルを12日間灌流した。液温は45℃であった。
【0175】
(結果)
坐骨神経周囲を観察した写真を図12に示す。Aは固定後透明化前、Bは透明化後の写真である。脂肪等は透明化されて背景の格子が透けて見えるのに対して、坐骨神経、脈管等は透明化されずに観察できる(図12矢印)。
【0176】
〔実施例8〕ヒト大腿部の透明化および動脈と神経線維の観察
(方法)
(固定)
手順1.あらかじめ血管に色素(酸化鉛)注入された、御献体由来の大腿部後面大腿筋膜および大腿筋膜下脂肪組織を、生理食塩水(0.9%NaCl)で洗浄し、血液成分を除去した。
【0177】
手順2.10%ホルマリン、0.9%NaCl、50%エタノールを含む水溶液を調製した。この水溶液250mlでサンプルを12時間浸漬固定した。
【0178】
(透明化)
手順3.1%水酸化カリウム、50%エタノールを含む水溶液を調製した。ホルマリン固定されたサンプルを水洗した後、この水溶液250mlに3時間浸漬した。液はスターラーを用いて撹拌した。液温は40℃であった。
【0179】
手順4.0.5%水酸化カリウム、15%エタノール、5%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(商品名:富士フィルム和光純薬社製)を含む水溶液を調製した。この水溶液250mlにサンプルを3時間浸漬した。液温は40℃であった。
【0180】
(保存)
手順5.次に、15%エタノール、25%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテルを含む水溶液を調製した。この水溶液250mlにサンプルを3時間浸漬した。液温は40℃であった。
【0181】
(染色)
メチレンブルー溶液0.1%水溶液250mlを用いてサンプルを染色し、観察に供した。
【0182】
(結果)
染色後の大腿部後面の大腿筋膜周辺を観察した写真を図13に示す。Aは酸化鉛で大腿筋膜周囲の静脈(図13A矢印)を可視化したものである。Bは酸化鉛で染色した後、さらに神経線維をメチレンブルーで染色したものである。大腿筋膜周囲の静脈の他に複数の神経線維が青く染色され、その複雑な構造が把握できる。
【0183】
〔実施例9〕ヒト筋皮神経の透明化および神経線維の観察
(方法)
(固定)
手順1.御献体由来の摘出された筋皮神経から血液成分を、生理食塩水(0.9%NaCl)で洗浄し、除去した。
【0184】
手順2.10%ホルマリン、0.9%NaCl、50%エタノールを含む水溶液を調製した。この水溶液50mlでサンプルを12時間浸漬固定した。
【0185】
(透明化)
手順3.0.5%水酸化カリウム、50%エタノールを含む水溶液を調製した。ホルマリン固定されたサンプルを水洗した後、この水溶液50mlに3時間浸漬した。液はスターラーを用いて撹拌した。液温は室温であった。
【0186】
手順4.0.5%水酸化カリウム、15%エタノール、5%のポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(商品名:富士フィルム和光純薬社製)を含む水溶液を調製した。この水溶液50mlにサンプルを3時間浸漬した。液温は室温であった。
【0187】
(保存)
手順5.次に、15%エタノール、25%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテルを含む水溶液を調製した。この水溶液50mlにサンプルを3時間浸漬した。液温は室温であった。
【0188】
(染色)
透明化されたサンプルは、95%エタノール水溶液に浸漬後、0.1%ルクソールファストブルー溶液(溶媒は95%エタノール水溶液で、10%酢酸を微量添加)100mlを用いて50℃で15時間染色、95%エタノール水溶液、蒸留水、0.05%炭酸リチウム水溶液での弁別を経て、15%エタノール、25%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテルを含む水溶液50mlに浸漬し、観察に供した。
【0189】
(結果)
染色後の筋皮神経を観察した写真を図14に示す。末梢神経の髄鞘が染色されており、複数の神経線維が観察できる。
【0190】
〔実施例10〕ヒト膀胱および前立腺の透明化
(方法)
(固定)
手順1.御献体由来の摘出された膀胱および前立腺および陰茎の一部を、生理食塩水(0.9%NaCl)で洗浄し、血液成分を除去した。
【0191】
手順2.10%ホルマリン、0.9%NaCl、70%エタノールを含む水溶液を調製した。この水溶液500mlでサンプルを24時間浸漬固定した。
【0192】
(透明化)
手順3.2%水酸化カリウム、2%水酸化ナトリウム、50%エタノールを含む水溶液を調製した。ホルマリン固定された膀胱および前立腺を水洗した後、この水溶液500mlに2日間浸漬した。液は、スターラーを用いて撹拌した。液温は40℃であった。
【0193】
手順4.1%水酸化カリウム、1%水酸化ナトリウム、25%エタノール、15%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(商品名:富士フィルム和光純薬社製)を含む水溶液を調製した。この水溶液500mlでサンプルを3日間灌流した。液温は40℃であった。
【0194】
(保存)
手順5.次に、25%エタノール、40%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテルを含む水溶液を調製した。この水溶液500mlにサンプルを7日間浸漬した。液温は40℃であった。
【0195】
(結果)
透明化前後の膀胱および前立腺を観察した写真を図15に示す。Aは固定後透明化前、Bは透明化後の写真である。膀胱壁、前立腺、陰茎等が透明化されて透き通っているのがわかる。
【0196】
〔実施例11〕ヒト脳の透明化
(方法)
(固定)
手順1.御献体由来の摘出された脳に対して、生理食塩水(0.9%NaCl)を内頚動脈および脳底動脈から灌流し、血液成分を除去した。
【0197】
手順2.10%ホルマリン、0.9%NaClを含むソルミックスH-11(日本アルコール販売社製:エタノール79.3%、メタノール13.3%、イソプロピルアルコール1.1%、水6.3%の混合液)溶液を調製した。この溶液3000mlでサンプルを12時間灌流固定し、その後12時間浸漬固定した。
【0198】
(透明化)
手順3.3%水酸化カリウム、50%ソルミックスH-11を含む水溶液を調製した。ホルマリン固定された脳を水洗した後、この水溶液を3000ml用いてサンプルを24時間灌流した。灌流は、内頚動脈および脳底動脈に灌流のためのチューブを挿入して行った。脳は灌流に用いた溶液と同じ溶液3000mlに浸漬し、ローラーポンプを用いて液を撹拌しながら灌流を行った。液温は40℃であった。
【0199】
手順4.1.5%水酸化カリウム、15%ソルミックスH-11、10%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(商品名:富士フィルム和光純薬社製)を含む水溶液を調製した。この水溶液3000mlでサンプルを7日間灌流した。液温は40℃であった。
【0200】
(保存)
手順5.次に、20%エタノール、30%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテルを含む水溶液を調製した。この水溶液3000mlでサンプルを14日間灌流した。液温は40℃であった。
【0201】
(結果)
固定後、透明化前の脳と透明化後の脳を観察した写真を図16に示す。Aは固定後、透明化前の脳、Bは透明化後の脳、Cは透明化後の脳幹部である。Aは、全体に白く濁り、脳内部の構造は何も見えないのに対し、Bは灰白質が透き通り、内部の白質が見える。透明化した脳の脳幹部を観察した写真をCに示す。視交叉や脳血管等が透明化しているのが分かる。
【0202】
〔実施例12〕ヒト腎動脈周囲の透明化
(方法)
(固定)
手順1.御献体由来の腎臓脈周囲のサンプル(厚さ4.0cm)を生理食塩水(0.9%NaCl)で洗浄した。
【0203】
手順2.10%ホルマリン、0.9%NaCl、70%エタノールを含む水溶液を調製した。この水溶液500mlでサンプルを24時間浸漬固定した。
【0204】
(透明化)
手順3.2%水酸化カリウム、50%エタノールを含む水溶液を調製した。ホルマリン固定されたサンプルを水洗した後、この水溶液500mlに1日間浸漬した。液はスターラーを用いて撹拌した。
【0205】
手順4.1%水酸化カリウム、15%エタノール、5%のポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(商品名:富士フィルム和光純薬社製)を含む水溶液を調製した。この水溶液500mlにサンプルを2日間浸漬した。液温は40℃であった。
【0206】
(保存)
手順5.次に、15%エタノール、25%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテルを含む水溶液を調製した。この水溶液500mlでサンプルを4日間灌流した。液温は40℃であった。
【0207】
手順6.20%エタノール(商品名:富士フィルム和光純薬社製)、40%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(商品名:富士フィルム和光純薬社製)、および50%スクロース(商品名:林純薬工業社製)を含む水溶液を調製した。この水溶液300mlにサンプルを14日間浸漬した。液温は室温(約23℃)で水溶液の水とエタノールを自然蒸発させた。
【0208】
(結果)
透明化前後の腎動脈周囲を観察した結果を図17に示す。Aは固定後透明化前、Bは透明化後さらに固形化した写真である。Bでは、腎動脈やその周囲の脂肪・結合組織は透明化され、背景の格子が透けて見える。また、腹部大動脈は一部石灰化しているのがわかる。また、血栓が残存している。また、Bは、被検体を手で持ち上げる際に、被検体の元の形状を保持したまま持ち上げられる程度に固形化されていた。
【0209】
〔実施例13〕ヒト心外膜脂肪組織の透明化と脱細胞化
(方法)
(固定)
手順1.御献体由来の心臓から心外膜脂肪と心筋の一部を併せて摘出し、これらを生理食塩水(0.9%NaCl)で洗浄し、血液成分を除去した。
【0210】
手順2.10%ホルマリン、0.9%NaCl、50%エタノールを含む水溶液を調製した。この水溶液50mlでサンプルを12時間浸漬固定した。
【0211】
(透明化)
手順3.1%水酸化カリウム、50%エタノールを含む水溶液を調製した。ホルマリン固定されたサンプルを水洗した後、この水溶液50mlに1日間浸漬し、スターラーを用いて液を穏やかに撹拌した。液温は40℃であった。
【0212】
手順4.0.5%水酸化カリウム、15%エタノール、5%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(商品名:富士フィルム和光純薬社製)を含む水溶液を調製した。サンプルを3日間浸漬し、スターラーを用いて液を穏やかに撹拌した。液温は40℃であった。
【0213】
(保存)
手順5.次に、15%エタノール、25%ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテルを含む水溶液を調製した。この水溶液50mlにサンプルを7日間浸漬した。液温は40℃であった。
【0214】
手順6.サンプルを5分ほど水洗した後、50%エタノールに2時間浸漬を2回、70%エタノールに2時間浸漬を2回、99.5%エタノールに2時間浸漬を2回、100%エタノールに一昼夜浸漬した。そして、キシレン(商品名:富士フィルム和光純薬社製)に20分ずつ4回浸漬した。
【0215】
手順7.65℃に温められた液体状のパラフィン(商品名:富士フィルム和光純薬社製)にサンプルを30分ずつ3回浸漬した後、液体状のパラフィンとサンプルを包埋皿へ入れ、冷却し包埋した。
透明化された被検体をパラフィン切片にし、HE染色して顕微鏡で観察した。
【0216】
(結果)
透明化前後の心外膜脂肪組織を顕微鏡観察した写真を図18に示す。Aは透明化前、Bは透明化後の心外膜脂肪組織である。Aでは、ヘマトキシリンまたはエオジンで細胞組織が染色されているが、Bでは、ほとんどの組織が、ヘマトキシリンでもエオジンでもほとんど染色されなかった。この結果から、染色され得る細胞組織がほとんど流出している、すなわち、脱細胞化が起きていると考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
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図7
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図14
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図18