(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-27
(45)【発行日】2024-01-11
(54)【発明の名称】操舵制御装置
(51)【国際特許分類】
B62D 6/00 20060101AFI20231228BHJP
B62D 5/04 20060101ALI20231228BHJP
B62D 101/00 20060101ALN20231228BHJP
B62D 113/00 20060101ALN20231228BHJP
B62D 119/00 20060101ALN20231228BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D5/04
B62D101:00
B62D113:00
B62D119:00
(21)【出願番号】P 2020034892
(22)【出願日】2020-03-02
【審査請求日】2023-02-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】安樂 厚二
(72)【発明者】
【氏名】並河 勲
(72)【発明者】
【氏名】吉田 卓嗣
(72)【発明者】
【氏名】仁田野 雅秀
【審査官】森本 康正
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-243900(JP,A)
【文献】特開2015-128943(JP,A)
【文献】特開2016-064710(JP,A)
【文献】国際公開第2016/136308(WO,A1)
【文献】特開2018-034556(JP,A)
【文献】特開2001-010522(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 5/04- 6/10
B62D 101/00-137/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
運転者により操舵される操舵機構と、車両の転舵輪を転舵させるべく転舵シャフトを移動させるための動力となるモータトルクを発生するモータを有する転舵機構との間の動力伝達路が分離した構造を有する操舵装置を制御対象とし、
前記モータトルクを発生させるように前記モータの駆動を制御する制御部を備え、
前記制御部は、前記モータトルクの変動を示す値が、当該モータトルクが付与されているにも関わらず前記転舵シャフトが移動できなくなることが想定される状態であることを示す値である場合に前記転舵機構の異常を検出
し、
前記制御部は、前記モータトルクの変動を示す値として演算する当該変動の勾配に対応する値と、前記モータトルクが付与されているにも関わらず前記転舵シャフトが移動できなくなることが想定される状態であることを示すとして定められる勾配閾値との比較を通じて前記転舵機構の異常を検出し、
前記モータトルクが付与されているにも関わらず前記転舵シャフトが移動できなくなることが想定される状態であることを示す値は、前記転舵輪の弾性成分と、前記車両の弾性成分とを加味して想定される前記モータトルクの変化特性で特定される値よりも大きい値に設定されている
ことを特徴とする操舵制御装置。
【請求項2】
前記制御部は、車両の速度が車両の停止を含む低速よりも大きいことを示す値である場合に前記転舵機構の異常を検出する請求項
1に記載の操舵制御装置。
【請求項3】
前記制御部は、前記モータトルクの変動を示す値が、当該モータトルクが付与されているにも関わらず前記転舵シャフトが移動できなくなることが想定される状態であることを示す値である状況が予め定めた閾時間の間、継続された場合に前記転舵機構の異常を検出する請求項1
又は請求項2に記載の操舵制御装置。
【請求項4】
前記制御部は、前記モータの制御状態が当該モータの出力を制限する状態である制限状態でない場合に前記転舵機構の異常を検出する請求項1~請求項
3のうちいずれか一項に記載の操舵制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、操舵制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両に用いられる操舵装置は、運転者により操舵される操舵機構と、モータの出力であるモータトルクを動力として転舵シャフトを移動させることに関わって車両の転舵輪を転舵させる転舵機構を含んで構成される。特許文献1には、こうした操舵装置のモータの駆動を制御する操舵制御装置の一例が開示されている。この操舵制御装置では、転舵機構の機械的な異常を検出して運転者に警告することができるようにしている。
【0003】
上記特許文献1では、操舵装置の特に操舵機構に設けられたトルクセンサの検出結果を用いて、転舵機構の機械的な異常として転舵シャフトの異常を検出するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記転舵機構の機械的な異常を検出することは、当該転舵機構と、上記操舵機構との間の動力伝達路が分離した構造を有する操舵装置、所謂、ステアバイワイヤ式の操舵装置では特に重要である。これは、上記転舵機構に機械的な異常が発生したとしてもこのような状況が上記操舵機構を通じて運転者に伝達されないからである。
【0006】
本発明の目的は、ステアバイワイヤ式の操舵装置において、転舵機構の機械的な異常を検出できる操舵制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決する操舵制御装置は、運転者により操舵される操舵機構と、車両の転舵輪を転舵させるべく転舵シャフトを移動させるための動力となるモータトルクを発生するモータを有する転舵機構との間の動力伝達路が分離した構造を有する操舵装置を制御対象とし、前記モータトルクを発生させるように前記モータの駆動を制御する制御部を備え、前記制御部は、前記モータトルクの変動を示す値が、当該モータトルクが付与されているにも関わらず前記転舵シャフトが移動できなくなることが想定される状態であることを示す値である場合に前記転舵機構の異常を検出するようにしている。
【0008】
上記構成によれば、モータトルクが付与されているにも関わらず転舵シャフトが移動できなくなることが想定される状態であることを示す値として、例えば、モータトルクの変動を示す値としてその変動の勾配が急激に立ち上がる状態を示す値を設定することができる。モータトルクの変動の勾配が急激に立ち上がる状態は、モータトルクが付与されても転舵シャフトが移動できない状態で発生し得る。そして、モータトルクが付与されても転舵シャフトが移動できない状態は、転舵機構に異常が生じていて機械的に転舵シャフトが移動できない状態に陥っている可能性を含んでいる。つまり、上記構成では、転舵機構の機械的な異常を検出することができるようになる。したがって、所謂、ステアバイワイヤ式の操舵装置において、転舵機構の機械的な異常を検出することができる。
【0009】
具体的には、上記制御部は、前記モータトルクの変動を示す値として演算する当該変動の勾配に対応する値と、前記モータトルクが付与されているにも関わらず前記転舵シャフトが移動できなくなることが想定される状態であることを示すとして定められる勾配閾値との比較を通じて前記転舵機構の異常を検出することで実現することができる。
【0010】
ここで、モータトルクが付与されても転舵シャフトが移動できない状態には、転舵輪が縁石等の障害物に当たっていることに起因した転舵シャフトが移動できない状態を含むところ、これは車両の速度が低速よりも大きい場合に生じにくい状態である。
【0011】
そこで、上記操舵制御装置において、前記制御部は、車両の速度が車両の停止を含む低速よりも大きいことを示す値である場合に前記転舵機構の異常を検出することが好ましい。
【0012】
上記構成によれば、転舵輪が縁石等の障害物に当たっていることに起因した転舵シャフトが移動できない状態をもって転舵機構での異常の発生を誤判定してしまう状況を減らすことができ、転舵機構の異常の検出精度を高めるのに効果的である。
【0013】
また、転舵輪が縁石等の障害物に当たっている状態は、モータトルクの変化量の推移から推定することができる。
そこで、上記操舵制御装置において、前記モータトルクが付与されているにも関わらず前記転舵シャフトが移動できなくなることが想定される状態であることを示す値は、前記転舵輪の弾性成分と、前記車両の弾性成分とを加味して想定される前記モータトルクの変化特性で特定される値よりも大きい値に設定されていることが好ましい。
【0014】
上記構成によれば、異常を検出する際の誤検出を高精度で減らすことができ、転舵機構の異常の検出精度を高めることができる。
また、モータトルクが付与されても転舵シャフトが移動できない状態には、車両が走行中に縁石等の障害物に瞬間的に当たった影響や路面状態の影響で瞬間的に生じてしまう状態を含んでいる。
【0015】
そこで、上記操舵制御装置において、前記制御部は、前記モータトルクの変動を示す値が、当該モータトルクが付与されているにも関わらず前記転舵シャフトが移動できなくなることが想定される状態であることを示す値である状況が予め定めた閾時間の間、継続された場合に前記転舵機構の異常を検出することが好ましい。
【0016】
上記構成によれば、異常を検出する際の誤検出を高精度で減らすことができ、転舵機構の異常の検出精度を高めるのに効果的である。
また、モータトルクが付与されても転舵シャフトが移動できない状態には、モータの出力が制限されていることに起因した転舵シャフトが移動できない状態を含むところ、これはモータの制御状態から把握できる状態である。
【0017】
そこで、上記操舵制御装置において、前記制御部は、前記モータの制御状態が当該モータの出力を制限する状態である制限状態でない場合に前記転舵機構の異常を検出することが好ましい。
【0018】
上記構成によれば、異常を検出する際の誤検出を高精度で減らすことができ、転舵機構の異常の検出精度を高めるのに効果的である。
【発明の効果】
【0019】
本発明の操舵制御装置によれば、ステアバイワイヤ式の操舵装置において、転舵機構の機械的な異常を検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図2】転舵装置での異常の発生を確定させるための処理手順を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、操舵制御装置をステアバイワイヤ式の操舵装置に適用した一実施形態を図面に従って説明する。
図1に示すように、本実施形態の操舵装置1は、ステアバイワイヤ式の操舵装置である。操舵装置1は、当該操舵装置1の作動を制御する操舵制御装置2を備えている。操舵装置1は、ステアリングホイール3を介して運転者により操舵される操舵機構4と、運転者による操舵機構4の操舵に応じて転舵輪5を転舵させる転舵機構6とを備えている。本実施形態の操舵装置1は、操舵機構4と、転舵機構6との間の動力伝達路が機械的に常時分離した構造を有している。
【0022】
操舵機構4は、ステアリングホイール3が連結されるステアリングシャフト11と、ステアリングシャフト11を介してステアリングホイール3に対して操舵に抗する力である操舵反力を付与する操舵側アクチュエータ12とを備えている。
【0023】
操舵側アクチュエータ12は、駆動源となる操舵側モータ14と、ウォームアンドホイールからなる減速機15とを備えている。操舵側モータ14は、減速機15を介してステアリングシャフト11に連結されている。
【0024】
転舵機構6は、ピニオン軸21と、ピニオン軸21に連結された転舵シャフトとしてのラック軸22と、ラック軸22を軸方向への往復動可能に収容するラックハウジング23と、ピニオン軸21及びラック軸22からなるラックアンドピニオン機構24とを備えている。ラックハウジング23は、それぞれ円筒状に形成された第1ハウジング25と第2ハウジング26とを有している。ラック軸22とピニオン軸21とは、第1ハウジング25内に所定の交差角をもって配置されている。ラックアンドピニオン機構24は、ピニオン軸21に形成されたピニオン歯21aとラック軸22に形成されたラック歯22aとが噛合されることで構成されている。また、ラック軸22の両端には、ボールジョイントからなるラックエンド27を介してタイロッド28が連結されており、タイロッド28の先端は、転舵輪5が組み付けられた図示しないナックルに連結されている。
【0025】
ピニオン軸21は、ラック軸22をラックハウジング23の内部に支持するために設けられている。すなわち、転舵機構6に設けられる図示しない支持機構によって、ラック軸22はその軸線方向に沿って移動可能に支持されるとともに、ピニオン軸21へ向けて押圧される。これにより、ラック軸22はラックハウジング23の内部に支持される。また、ラック軸22の回転が規制される。ただし、ピニオン軸21を使用せずにラック軸22をラックハウジング23に支持する他の支持機構を設けてもよい。この場合、転舵機構6としてピニオン軸21を割愛した構成を採用してもよい。
【0026】
また、転舵機構6は、ラック軸22に対して転舵輪5を転舵させるべく軸方向へ移動するための動力を付与する転舵側アクチュエータ31を備えている。転舵側アクチュエータ31は、駆動源となる転舵側モータ32と、ベルト機構33と、ボール螺子機構34とを備えており、第1ハウジング25と第2ハウジング26との連結部分に設けられている。そして、転舵側アクチュエータ31は、転舵側モータ32の回転をベルト機構33を介してボール螺子機構34に伝達し、ボール螺子機構34にてラック軸22の軸方向への往復動に変換することで当該ラック軸22に対して動力を付与する。
【0027】
このように構成された操舵装置1では、運転者によるステアリング操舵に応じて転舵側アクチュエータ31からラック軸22に対してモータトルクが動力として付与されることで、転舵輪5の舵角が変更される。このとき、操舵側アクチュエータ12からは、運転者の操舵に抗する操舵反力がステアリングホイール3に対して付与される。
【0028】
図1に示すように、操舵側モータ14及び転舵側モータ32には、各モータ14,32の駆動を制御する操舵制御装置2が接続されている。操舵制御装置2は、各種のセンサの検出結果に基づき、各モータ14,32の制御量である電流の供給を制御することによって、各モータ14,32の駆動を制御する。各種のセンサとしては、例えば、車速センサ62、トルクセンサ63、操舵側回転角センサ64、転舵側回転角センサ65、操舵側電流センサ66、及び転舵側電流センサ67がある。
【0029】
車速センサ62は、車両の走行速度である車速値Vを検出する。トルクセンサ63は、運転者のステアリング操舵によりステアリングシャフト11に付与された操舵トルクThを検出する。操舵側回転角センサ64は、操舵側モータ14の回転軸の回転角である操舵角θsを検出する。転舵側回転角センサ65は、転舵側モータ32の回転軸の回転角である転舵角θtを検出する。操舵側電流センサ66は、操舵側モータ14に対応して設けられる図示しないインバータにおいて、スイッチング素子のそれぞれのソース側に接続されたシャント抵抗の電圧降下を電流として取得し、これを操舵側モータ14の出力であるモータトルクの大きさを示す実電流値Isqとして検出する。転舵側電流センサ67は、転舵側モータ32に対応して設けられる図示しないインバータにおいて、スイッチング素子のそれぞれのソース側に接続されたシャント抵抗の電圧降下を電流として取得し、これを転舵側モータ32の出力であるモータトルクの大きさを示す実電流値Itqとして検出する。
【0030】
また、操舵制御装置2には、例えば、車両内部のインスツルメントパネル、所謂、インパネに設けられた警告装置61が接続されている。警告装置61は、点灯や点滅することによって運転者への警告を実施するものである。本実施形態において、警告装置61は、転舵機構6の機械的な異常の発生を運転者に警告する。
【0031】
次に、操舵制御装置2の構成について説明する。
図1に示すように、操舵制御装置2は、中央処理装置(以下「CPU」という)50及びメモリ51を備えている。CPU50は、メモリ51に記憶されたプログラムを所定の演算周期ごとに実行することによって、モータトルクを発生させるように各モータ14,32の駆動の制御を含む各種制御を実行する。本実施形態において、CPU50は制御部の一例である。
【0032】
具体的には、CPU50は、運転者によるステアリング操舵に応じた操舵反力を発生させるように当該操舵反力の目標値となる目標反力トルクを演算する。この場合、例えば、CPU50は、操舵トルクTh及び車速値Vに基づき目標反力トルクを演算する。そして、CPU50は、操舵側モータ14の操舵角θs及び実電流値Isqに基づいて、目標反力トルクに応じたモータトルクが発生するように操舵側モータ14に駆動電力を供給することで、その駆動を制御する。これにより、操舵機構4にて操舵反力が発生させられる。
【0033】
また、CPU50は、転舵側モータ32の転舵角θtに基づいて、中点θt0からの転舵側モータ32の回転数をカウントしており、中点θt0を原点として転舵角θtを積算した角度である積算角を演算する。なお、中点θt0は、車両が直進する際の転舵角θtであり、ピニオン角の中点と対応する。そして、CPU50は、この積算角にベルト機構33の減速比、ボール螺子機構34のリード、及びラックアンドピニオン機構24の回転速度比に基づく換算係数Kを乗算することにより、転舵輪5の舵角としてピニオン角θpを演算する。ピニオン角θpは、ピニオン軸21の回転角を示す角度である。なお、ピニオン角θpは、中点θp0よりも、例えば左側の角度である場合に正、右側の角度である場合に負とする。
【0034】
CPU50は、運転者によるステアリング操舵に応じたピニオン角θpとなるように当該ピニオン角θpの目標値となる目標ピニオン角θp*を演算する。この場合、例えば、CPU50は、操舵角θsに基づき、当該操舵角θsと同値となるように目標ピニオン角θp*を演算する。CPU50は、ピニオン角θpが目標ピニオン角θp*に追従するようにフィードバック制御を実行することにより、動力の目標値となる目標転舵トルクを演算する。そして、CPU50は、転舵側モータ32の転舵角θt及び実電流値Itqに基づいて、目標転舵トルクに応じたモータトルクが発生するように転舵側モータ32に駆動電力を供給することで、その駆動を制御する。これにより、転舵機構6にて動力が発生させられる。
【0035】
次に、転舵機構6の機械的な異常を検出するためにCPU50が実行する処理について説明する。以下では、CPU50は、メモリ51に記憶されたプログラムに基づいて、制御周期毎に周期処理を実行することによって、転舵機構6の機械的な異常を検出するための処理を実行する。本実施形態では、転舵機構6の機械的な異常として、転舵輪5が縁石等の障害物に当たっていないにも関わらずモータトルクが付与されてもラック軸22が移動できない状態を検出する。
【0036】
図2に示すように、CPU50は、車速値Vが車両の停止を含む低速であることを示すとして予め設定された所定値である低速値V0よりも大きい(V>V0)か否かを判定する(ステップS10)。この処理は、車両が停止を含む低速、例えば、時速数kmで走行している状態であるか否かを判定するためのものである。これは、車両が低速よりも大きい速度で走行している状態が、転舵輪5が縁石等の障害物に当たっていることに起因してラック軸22が移動できない状態を生じさせにくいことを根拠として設定する条件である。CPU50は、車速値Vが低速値V0以下であると判定する場合(ステップS10:NO)、車両が停止を含む低速で走行している状態であることを判定し、ステップS10の処理に戻り当該処理を繰り返し実行する。
【0037】
一方、CPU50は、車速値Vが低速値V0よりも大きいと判定する場合(ステップS10:YES)、車両が停止を含む低速よりも大きい速度で走行している状態であることを判定し、実電流値Itqの変動を示す値として演算する当該変動の勾配を示す値であるトルク勾配Rと、勾配閾値Rth1とを比較する(ステップS20)。この処理は、転舵側モータ32のモータトルクの変動の勾配が急激に立ち上がる状態であるか否かを判定するためのものである。この転舵側モータ32のモータトルクの変動の勾配が急激に立ち上がる状態は、モータトルクが付与されてもラック軸22が移動できない状態で発生し得る。そして、モータトルクが付与されてもラック軸22が移動できない状態は、転舵機構6に異常が生じていて機械的にラック軸22が移動できない状態に陥っている可能性を含んでいる。つまり、上記ステップS20の処理は、転舵機構6の機械的な異常を検出するための処理である。
【0038】
本実施形態において、トルク勾配Rは、実電流値Itqの1制御周期前の前回値と、今回値との差であるトルク変化量ΔItqを制御周期で除算したものである。なお、制御周期が予め定められている場合、トルク変化量ΔItqは、制御周期間での実電流値Itqの変動を示し、実電流値Itqのトルク勾配Rに対応する値となる。このため、ステップS20では、トルク勾配Rの代わりにトルク変化量ΔItqを用いることもできる。
【0039】
そして、ステップS20にて、CPU50は、トルク勾配Rが勾配閾値Rth1以上である(R≧Rth1)か否かを判定する。
ここで、勾配閾値Rth1について説明する。
【0040】
図3に破線で示すように、転舵側モータ32のモータトルクである実電流値Itqの絶対値の変化特性は、転舵輪5が縁石等の障害物に当たっておらず、転舵機構6に機械的な異常が生じていなければピニオン角θpの絶対値の増加に応じてほぼ一定の勾配Rth0で増加し続ける。これに対して、同図に実線で示すように、実電流値Itqの絶対値の変化特性は、転舵機構6に機械的な異常が生じていればある角度θa以後のピニオン角θpの絶対値の増加に対して急激に増加する勾配Rthbで増加する。また、同図に一点鎖線で示すように、実電流値Itqの絶対値の変化特性は、転舵輪5が上記角度θaで縁石等の障害物に当たっていれば当該角度θa以後、ピニオン角θpの絶対値の増加に対して勾配が指数関数的に上昇して行く。この場合、例えば、実電流値Itqの絶対値の変化特性は、上記勾配Rth0で増加した後、指数関数的に上昇して行く途中の接線として示される勾配Rthaを経由し、最終的に上記勾配Rthbで増加して行く状態に近付く。なお、上記勾配Rth0で増加して行く状態から上記勾配Rthaで増加する状態となるまでの間の変化特性は、転舵輪5のゴムの弾性成分に基づく特性と、転舵輪5が接続されている車両のサスペンションの弾性成分に基づく特性とに依存するものであり実験的に求めることができる。なお、
図3は、中点θp0よりも、左側及び右側の両側の角度を纏めて示すべく、横軸をピニオン角θpの絶対値としている。また、
図3は、転舵側モータ32の正方向及び負方向の回転の際の実電流値Itqを纏めて示すべく、縦軸を実電流値Itqの絶対値としている。
【0041】
そして、本実施形態において、勾配閾値Rth1は、上記勾配Rthaよりも大きい、且つ、上記勾配Rthbよりも小さいなかで、上記勾配Rthbに近い勾配を示す範囲のうち、転舵輪5が縁石等の障害物に当たっておらず、転舵機構6に機械的な異常が生じているとして実験的に求められる範囲の値に設定されている。
【0042】
図2の説明に戻り、上記ステップS20において、CPU50は、トルク勾配Rが勾配閾値Rth1未満であると判定する場合(ステップS20:NO)、転舵機構6に機械的な異常が生じていないことを判定し、ステップS10の処理に戻り当該ステップS10以後の処理を繰り返し実行する。
【0043】
一方、CPU50は、トルク勾配Rが勾配閾値Rth1以上であると判定する場合(ステップS20:YES)、転舵機構6に機械的な異常が生じている可能性があることを判定し、勾配閾値Rth2以上であるか否かを判定する(ステップS30)。この処理は、転舵機構6に機械的な異常が生じていることを直ちに確定させるためのものである。本実施形態において、勾配閾値Rth2は、上記勾配閾値Rth1よりも大きい値であって、転舵機構6に機械的な異常が生じていることを示す値である上記勾配Rthbと同一値に設定されている。
【0044】
そして、CPU50は、トルク勾配Rが勾配閾値Rth2以上であると判定する場合(ステップS30:YES)、転舵機構6に機械的な異常を検出し当該異常を直ちに確定させるべく、異常確定に関わる処理を実行する(ステップS40)。ステップS40にて、CPU50は、転舵機構6の機械的な異常を検出した旨を運転者に警告するべく、警告装置61を点灯や点滅させるように点灯状態を制御する。また、CPU50は、転舵機構6の機械的な異常を検出した旨を記録するべく、その旨を示す異常情報をメモリ51にて記録する。こうしてメモリ51に記録された異常情報は、図示しない診断ツールが操舵制御装置2に対して外部から接続される場合に、当該診断ツールに対して出力される。本実施形態において、メモリ51は、ダイアグとしての機能を有する。その後、CPU50は、フェールセーフとしてメカ異常時フェールを作動させる処理へと移行する。本実施形態において、メカ異常時フェールでは、運転者に警告をしつつ車両を安全に停車させるための処理を実行したりする。
【0045】
一方、上記ステップS30において、CPU50は、トルク勾配Rが勾配閾値Rth2未満であると判定する場合(ステップS30:NO)、トルク勾配Rが勾配閾値Rth1以上の状態が継続した時間である継続時間TCが閾時間TCth以上であるか否かを判定する(ステップS50)。この処理は、転舵機構6に機械的な異常が生じている可能性があるが当該異常の他の要因をさらに除外するべく、トルク勾配Rが勾配閾値Rth1以上の状態が車両が走行中に縁石等の障害物に瞬間的に当たった影響や路面状態の影響で瞬間的に生じてしまったものであるか否かを判定するための処理である。本実施形態において、閾時間TCthは、トルク勾配Rが勾配閾値Rth1以上の状態が車両が走行中に縁石等の障害物に瞬間的に当たった影響や路面状態の影響で瞬間的に生じてしまったものではなく、転舵機構6に機械的な異常が生じているとして実験的に求められる範囲の値に設定されている。
【0046】
そして、上記ステップS50において、CPU50は、継続時間TCが閾時間TCth未満であると判定する場合(ステップS50:NO)、トルク勾配Rが勾配閾値Rth1以上の状態が車両が走行中に縁石等の障害物に瞬間的に当たった影響や路面状態の影響で瞬間的に生じてしまったことを判定する。この場合、CPU50は、ステップS10の処理に戻り当該ステップS10以後の処理を繰り返し実行する。
【0047】
一方、CPU50は、継続時間TCが閾時間TCth以上であると判定する場合(ステップS50:YES)、転舵側モータ32の制御状態が制限状態であるか否かを判定する(ステップS60)。この処理は、転舵機構6に機械的な異常が生じている可能性があるが当該異常の他の要因をさらに除外するべく、トルク勾配Rが勾配閾値Rth1以上の状態が転舵側モータ32の出力を制限する状態である制限状態であることに起因して生じてしまったものであるか否かを判定するための処理である。本実施形態において、上記制限状態としては、転舵側モータ32や、当該転舵側モータ32に対応して設けられる図示しないインバータが過熱したことに起因して設定される状態を含む、転舵側モータ32の出力を制限しなければいけない状況で設定される状態を想定している。本実施形態において、ステップS60の処理は、制限状態が設定されて、当該制限状態で転舵側モータ32の出力が実際に制限されるまでの期間が閾時間TCthよりも長く、当該閾時間TCth経過後、トルク勾配R≧勾配閾値Rth1を十分に検出できる状況で特に有効である。
【0048】
そして、上記ステップS60において、CPU50は、転舵側モータ32の制御状態が制限状態であることを判定する場合(ステップS60:YES)、トルク勾配Rが勾配閾値Rth1以上の状態が制限状態であることに起因して生じてしまったことを判定し、ステップS10の処理に戻り当該ステップS10以後の処理を繰り返し実行する。
【0049】
一方、CPU50は、転舵側モータ32の制御状態が制限状態でないことを判定する場合(ステップS60:NO)、転舵機構6の機械的な異常を検出し当該異常を確定させて異常確定に関わる処理を実行するべくステップS40の処理に移行する。この場合、上述したのと同様、CPU50は、警告装置61を点灯や点滅させるように点灯状態を制御したり、異常情報をメモリ51にて記録したりした後、メカ異常時フェールを作動させる処理へと移行する。
【0050】
以下、本実施形態の作用を説明する。
本実施形態によれば、トルク勾配Rの大きさを判定する上記ステップS30において、モータトルクが付与されているにも関わらずラック軸22が移動できなくなることが想定される状態であることを示す値として、トルク勾配Rが急激に立ち上がる状態を示す勾配閾値Rth1を設定することができる。トルク勾配Rが急激に立ち上がる状態は、モータトルクが付与されてもラック軸22が移動できない状態で発生し得る。そして、モータトルクが付与されてもラック軸22が移動できない状態は、転舵機構6に異常が生じていて機械的にラック軸22が移動できない状態に陥っている可能性を含んでいる。つまり、本実施形態では、転舵機構6の機械的な異常を検出することができるようになる。
【0051】
以下、本実施形態の効果を説明する。
(1)本実施形態では、上記ステップS30のように、トルク勾配Rが勾配閾値Rth1以上の状態であるか否かを判定する処理を有しているので、転舵機構6の機械的な異常を検出することができるようになる。したがって、ステアバイワイヤ式である操舵装置1において、転舵機構6の機械的な異常を検出することができる。
【0052】
(2)ここで、モータトルクが付与されてもラック軸22が移動できない状態には、転舵輪5が縁石等の障害物に当たっていることに起因したラック軸22が移動できない状態を含むところ、これは車速値Vが車両の停止を含む低速値V0よりも大きい場合に生じにくい状態である。
【0053】
そこで、本実施形態では、上記ステップS10のように、車両が停止を含む低速で走行している状態であるか否かを判定するための処理を有している。このため、本実施形態では、転舵輪5が縁石等の障害物に当たっていることに起因したラック軸22が移動できない状態をもって転舵機構6での異常の発生を誤判定してしまう状況を減らすことができ、転舵機構6の異常の検出精度を高めるのに効果的である。
【0054】
(3)転舵輪5が縁石等の障害物に当たっている状態は、トルク勾配Rの推移から推定することができる。
そこで、本実施形態では、上記ステップS30で用いる勾配閾値Rth1として、転舵輪5のゴムの弾性成分に基づく特性と、転舵輪5が接続されている車両のサスペンションの弾性成分に基づく特性とに依存した勾配Rthaよりも大きい値を設定している。このため、本実施形態では、転舵輪5が縁石等の障害物に当たっていることに起因してラック軸22が移動できない状態をもって転舵機構6の異常を誤検出してしまう状況をさらに高精度で減らすことができ、転舵機構6の異常の検出精度を高めることができる。
【0055】
(4)モータトルクが付与されてもラック軸22が移動できない状態には、車両が走行中に縁石等の障害物に瞬間的に当たった影響や路面状態の影響で瞬間的に生じてしまう状態を含んでいる。
【0056】
そこで、本実施形態では、上記ステップS50のように、トルク勾配Rが勾配閾値Rth1以上の状態が車両が走行中に縁石等の障害物に瞬間的に当たった影響や路面状態の影響で瞬間的に生じてしまったものであるか否かを判定する処理を有している。このため、本実施形態では、車両が走行中に縁石等の障害物に瞬間的に当たった影響や路面状態の影響で瞬間的に生じてしまうラック軸22が移動できない状態をもって転舵機構6の異常を誤検出してしまう状況を減らすことができ、転舵機構6の異常の検出精度を高めるのに効果的である。
【0057】
(5)モータトルクが付与されてもラック軸22が移動できない状態には、転舵側モータ32の出力が制限されていることに起因してラック軸22が移動できない状態を含むところ、これは転舵側モータ32の制御状態から把握できる状態である。
【0058】
そこで、本実施形態では、上記ステップS60のように、トルク勾配Rが勾配閾値Rth1以上の状態が転舵側モータ32の出力を制限する状態である制限状態であることに起因して生じてしまったものであるか否かを判定する処理を有している。このため、本実施形態では、転舵側モータ32の出力が制限されていることに起因してラック軸22が移動できない状態をもって転舵機構6での異常の発生を誤判定してしまう状況を減らすことができ、転舵機構6の異常の検出精度を高めるのに効果的である。
【0059】
上記実施形態は次のように変更してもよい。また、以下の他の実施形態は、技術的に矛盾しない範囲において、互いに組み合わせることができる。
・上記ステップS60の処理は、例えば、上記ステップS20や上記ステップS30に先立って実行したり、実行する順番を変更したりしてもよい。また、転舵側モータ32が制限状態では、上記ステップS10以後の処理自体を実行しないように構成する場合、上記ステップS60の処理を削除することができる。
【0060】
・上記ステップS50の処理は、例えば、上記ステップS20と、上記ステップS30との間で実行したり、実行する順番を変更したりしてもよい。また、転舵機構6の機械的な異常を検出するうえでは、車両が走行中に縁石等の障害物に瞬間的に当たった影響や路面状態の影響で瞬間的に生じてしまったものであるか否かを特に考慮する必要がない場合、上記ステップS50の処理を削除することができる。
【0061】
・上記ステップS20の処理と、上記ステップS30の処理とは、順番を入れ替えて構成してもよい。
・上記ステップS30の処理において、勾配閾値Rth2は、勾配閾値Rth1よりも大きい範囲の値であれば適宜変更可能である。また、転舵輪5が縁石等の障害物に当たっているかどうかの状況を除外するのに、上記ステップS10の処理を考慮すれば十分の場合、上記ステップS30の処理を削除することができる。
【0062】
・ステップS20の処理は、トルク勾配Rの代わりに所定のサンプリング期間での実電流値Itqのトルク変化量ΔItqを用いるようにしてもよい。この場合のトルク変化量ΔItqは、所定のサンプリング期間での実電流値Itqの変動を示し、実電流値Itqのトルク勾配Rに対応する値となる。
【0063】
・上記ステップS10の処理は、例えば、上記ステップS20や上記ステップS30の後に実行したり、実行する順番を変更したりしてもよい。また、転舵輪5が縁石等の障害物に当たっているかどうかの状況を除外するのに、上記ステップS30の処理を考慮すれば十分の場合、上記ステップS10の処理を削除することができる。つまり、転舵輪5が縁石等の障害物に当たっているかどうかの状況を除外する場合には、上記ステップS10及び上記ステップS30の少なくともいずれかの処理を有していればよい。
【0064】
・転舵機構6の機械的な異常を検出する処理としては、上記ステップS30:YESを経由しないで上記ステップS30:NOを経由する場合、当該ステップS30:NOを経由する毎にカウント値を加算又は減算して所定の閾値に達することを条件に上記ステップS40に移行する、すなわち異常を確定させる構成を採用してもよい。
【0065】
・転舵側モータ32について、トルク勾配Rを検出するにあたり、例えば、出力するモータトルクの目標値である目標転舵トルクを用いたり、ラック軸22に軸力センサを設けて当該軸力センサの検出結果を用いたり、転舵側モータ32の出力に換算できる値を用いるようにしてもよい。
【0066】
・警告装置61を通じた運転者への警告としては、例えば、アラーム等の音で知らせたり、操舵反力を大きくしてステアリング操舵を重くしたりする等、何かしら状況の変化を運転者が認識できる方法であれば適宜変更可能である。その他、運転者に警告する以外、車両が有する通信機能を用いて、例えば、現在位置から最も近いディーラーであったり、最寄りのディーラー等、車両のメンテナンスが可能な店舗に知らせたりすることもできる。
【0067】
・上記実施形態において、CPU50は、コンピュータプログラムを実行する1つ以上のプロセッサ、あるいは各種処理のうち少なくとも一部の処理を実行する特定用途向け集積回路等の1つ以上の専用ハードウェア回路、あるいは上記プロセッサ及び上記専用ハードウェア回路の組み合わせを含む回路として実現してもよい。また、メモリ51には、汎用または専用のコンピュータでアクセスできるあらゆる利用可能な媒体によって構成してもよい。
【0068】
・上記実施形態は、操舵装置1を、操舵機構4と転舵機構6との間が機械的に常時分離したリンクレスの構造としたが、これに限らず、クラッチにより操舵機構4と転舵機構6との間が機械的に分離可能な構造としてもよい。
【符号の説明】
【0069】
1…操舵装置
2…操舵制御装置
4…操舵機構
5…転舵輪
6…転舵機構
22…ラック軸(転舵シャフト)
32…転舵側モータ(モータ)
50…CPU(制御部)
51…メモリ
62…車速センサ
67…転舵側電流センサ