(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-27
(45)【発行日】2024-01-11
(54)【発明の名称】ディーゼル機関
(51)【国際特許分類】
F02B 23/06 20060101AFI20231228BHJP
F02F 3/26 20060101ALI20231228BHJP
【FI】
F02B23/06 R
F02B23/06 L
F02F3/26 C
(21)【出願番号】P 2021004236
(22)【出願日】2021-01-14
【審査請求日】2023-06-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000005463
【氏名又は名称】日野自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000003218
【氏名又は名称】株式会社豊田自動織機
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】冬頭 孝之
(72)【発明者】
【氏名】脇坂 佳史
(72)【発明者】
【氏名】堀田 義博
(72)【発明者】
【氏名】舩山 悦弘
(72)【発明者】
【氏名】石井 森
(72)【発明者】
【氏名】吉冨 和宣
(72)【発明者】
【氏名】梅原 努
【審査官】櫻田 正紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-324565(JP,A)
【文献】特開2010-121483(JP,A)
【文献】特開平11-336550(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02B 1/00-23/10
F02F 3/00- 3/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダの端面を覆うシリンダヘッドと、前記シリンダヘッドに対向する頂面に前記シリンダヘッドとは反対側へ向かって凹んだキャビティが形成されて前記シリンダ内に往復運動可能に収容されたピストンと、前記シリンダヘッドに設けられたノズルとを備え、前記ノズルに形成された噴孔から前記キャビティの内部へ燃料を噴射するディーゼル機関であって、
前記キャビティは、前記頂面に開口する外側キャビティと、前記外側キャビティの底面に開口して前記外側キャビティの開口径よりも小さい開口径を有する内側キャビティとによって構成され、
所定の代表的な運転条件において、所定の空気過剰率λ1で最大soot量位置Lsが前記内側キャビティの側壁より前記ピストンの径方向内側に位置し、前記λ1よりも小さい所定の空気過剰率λ2で前記最大soot量位置Lsが前記外側キャビティの側壁より前記ピストンの径方向内側に位置し、
前記最大soot量位置Lsは、前記最大soot量位置Lsでの噴霧断面内平均当量比φ(Ls)を予測するモデル式を用いて計算され、前記モデル式は前記噴孔の内径及び圧縮上死点での前記シリンダ内の酸素濃度の関数であり、前記噴霧断面内平均当量比φ(Ls)から前記最大soot量位置Lsを計算するには、前記圧縮上死点での前記シリンダ内の密度及び前記酸素濃度を雰囲気条件として、噴霧周囲の逆流を考慮した運動量理論式を用いており、
前記キャビティの深さ及び形状は、前記ノズルの出口から15mmの距離で噴霧周囲逆流速度U
Bと噴霧速度Uの比U
B/Uが所定の閾値以下となるように決定されることを特徴とするディーゼル機関。
【請求項2】
請求項1に記載のディーゼル機関であって、
前記λ1が1.7であり、前記λ2が1.5であり、前記外側キャビティの開口径と前記内側キャビティの開口径との比が1.2以上であり、前記外側キャビティの容積と前記キャビティ全体の容積との比が0.15以上であり、前記所定の閾値が0.35であることを特徴とするディーゼル機関。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のディーゼル機関であって、
空気過剰率が前記λ2の場合に、燃料噴霧が前記内側キャビティの側壁に衝突する位置で平均当量比が1.2以下であることを特徴とするディーゼル機関。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載のディーゼル機関であって、
圧縮比が23以上であることを特徴とするディーゼル機関。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピストンの頂面にキャビティが形成されたディーゼル機関に関する。
【背景技術】
【0002】
ピストン頂面に形成されたキャビティの側壁に径方向内側に凸となるリップ部を有し、燃料噴射弁の中心を通る中心軸からリップ部までの半径について、燃料噴霧がキャビティ壁面に衝突するときの噴霧速度を考慮して定義したディーゼル機関が特許文献1に開示されている。また、噴霧周囲の逆流を考慮した運動量理論式の解法が非特許文献1に開示されている。また、ノズルの噴孔から噴射される燃料の噴霧角の計算式が非特許文献2に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Fuyuto, T., Hattori, Y., Yamashita, H., Toda, N., & Mashida, M. (2017).“Set-off length reduction by backward flow of hot burned gas surrounding high-pressure diesel spray flame from multi-hole nozzle.”International Journal of Engine Research, 18(3), 173-194. https://doi.org/10.1177/1468087416640429
【文献】SAE(Society Automotive of Engineers) Paper No.900475
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載された従来技術は、中負荷又は高負荷の運転領域で噴霧火炎の先端がキャビティ壁面に到達した時点での噴霧先端速度を50m/s以上にすることで、噴霧火炎が壁面衝突後にキャビティ側壁から底面に沿ってキャビティ中心部へ縦渦を描きながら到達させることで、キャビティ中央部の空気と噴霧火炎を混合させてsoot発生量を低減させる技術である。
【0006】
この従来技術は、乗用車等に用いられる比較的ボア径が小さく圧縮比が低いディーゼル機関に適する技術であるが、ボア径が100mmを超えて圧縮比を20以上に設定するディーゼル機関に適用することが難しい。ボア径が大きいディーゼル機関で従来技術と同じ噴霧及びキャビティ形状を相似で拡大することは、燃料噴射圧を相似比の2乗で大きくすることが求められるため、困難である。また、大径ボアのディーゼル機関では、キャビティを比較的浅皿にする必要があり、従来技術のような縦渦を描くようなキャビティ深さを確保することが難しい。更に、熱効率を向上させるために圧縮比を20以上に上げると、キャビティ形状は更に浅くなる必要が生じる。
【0007】
そこで、本発明は、大径ボアで浅皿キャビティを用いる場合に、soot生成量を抑制しsoot酸化を促進することで低スモークを実現できるディーゼル機関を提供することを目的とする。
【0008】
本発明は、低スモークを実現するキャビティ形状を定義する数値として従来技術のように噴霧速度ではなく最大soot量位置Lsを用いる。
【0009】
また、特許文献1に記載された従来技術は、燃料噴射弁の中心軸からリップ部までの半径をエンジン試験結果から上限値と下限値で限定しているが、キャビティ底部の形状を直接数値で限定しているものではない。これに対して本発明では、最大soot量位置Lsを用いてキャビティ径を定義し、ノズル出口から噴射方向に15mmの距離で噴霧運動量理論式により計算できる噴霧周囲逆流速度と噴霧速度との比を用いてキャビティ底面の深さを定義している。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るディーゼル機関は、シリンダの端面を覆うシリンダヘッドと、前記シリンダヘッドに対向する頂面に前記シリンダヘッドとは反対側へ向かって凹んだキャビティが形成されて前記シリンダ内に往復運動可能に収容されたピストンと、前記シリンダヘッドに設けられたノズルとを備え、前記ノズルに形成された噴孔から前記キャビティの内部へ燃料を噴射するディーゼル機関であって、前記キャビティは、前記頂面に開口する外側キャビティと、前記外側キャビティの底面に開口して前記外側キャビティの開口径よりも小さい開口径を有する内側キャビティとによって構成され、所定の代表的な運転条件において、所定の空気過剰率λ1で最大soot量位置Lsが前記内側キャビティの側壁より前記ピストンの径方向内側に位置し、前記λ1よりも小さい所定の空気過剰率λ2で前記最大soot量位置Lsが前記外側キャビティの側壁より前記ピストンの径方向内側に位置し、前記最大soot量位置Lsは、前記最大soot量位置Lsでの噴霧断面内平均当量比φ(Ls)を予測するモデル式を用いて計算され、前記モデル式は前記噴孔の内径及び圧縮上死点での前記シリンダ内の酸素濃度の関数であり、前記噴霧断面内平均当量比φ(Ls)から前記最大soot量位置Lsを計算するには、前記圧縮上死点での前記シリンダ内の密度及び前記酸素濃度を雰囲気条件として、噴霧周囲の逆流を考慮した運動量理論式を用いており、前記キャビティの深さ及び形状は、前記ノズルの出口から15mmの距離で噴霧周囲逆流速度UBと噴霧速度Uの比UB/Uが所定の閾値以下となるように決定されることを特徴とする。
【0011】
このように空気過剰率λ1で最大soot量位置Lsが内側キャビティの側壁よりピストンの径方向内側に位置するため、最大soot量位置Lsで燃料及びsootの酸化に必要な空気が十分に混ざっており、壁面との衝突で空気との混合が弱められても燃料及びsootの酸化を維持できる。また、λ1よりも小さい空気過剰率λ2で最大soot量位置Lsが外側キャビティの側壁よりピストンの径方向内側に位置するため、外側キャビティに流入した燃料噴霧は外側キャビティ内で燃料及びsootが酸化するのに十分な混合が進み、内側キャビティに流入した燃料噴霧は内側キャビティの側壁に衝突しているものの、スワール(横渦)に流され周方向に拡がり、ピストン下降時に外側キャビティに流出して混合及び酸化が促進される。また、噴孔の出口から15mmの距離で噴霧周囲逆流速度UBと噴霧速度Uの比UB/Uが所定の閾値以下であるため、噴孔の出口から燃焼を開始するまでの距離であるセットオフ長が大きくなる。このようにセットオフ長が大きくなると、燃料が十分に薄くなった位置で燃焼を開始するため、sootの生成を抑制することができる。そのため、本発明に係るディーゼル機関は、soot生成量を抑制しsoot酸化を促進することで低スモークを実現することができる。
【0012】
本発明に係るディーゼル機関の一態様において、前記λ1が1.7であり、前記λ2が1.5であり、前記外側キャビティの開口径と前記内側キャビティの開口径との比が1.2以上であり、前記外側キャビティの容積と前記キャビティ全体の容積との比が0.15以上であり、前記所定の閾値が0.35であってもよい。
【0013】
本発明に係るディーゼル機関の一態様において、空気過剰率が前記λ2の場合に、燃料噴霧が前記内側キャビティの側壁に衝突する位置で平均当量比が1.2以下であってもよい。
【0014】
本発明に係るディーゼル機関の一態様において、圧縮比が23以上であってもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、大径ボアで浅皿キャビティを用いる場合に、soot生成量を抑制しsoot酸化を促進することで低スモークを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】第1の実施形態のディーゼル機関の気筒の断面図である。
【
図2】ノズル出口からの距離xにおけるsoot量の分布を示す図である。
【
図3】ノズル出口からの距離xにおける噴霧断面内の平均当量比φ(x)を示す図である。
【
図4】噴孔の内径と雰囲気酸素濃度を変更して最大soot量位置Lsでの噴霧断面内の平均当量比φ(Ls)を測定した結果を示す図である。
【
図5】第1の実施形態のディーゼル機関のピストン頂面に形成されたキャビティ断面の形状と、比較対象となる深皿のキャビティ断面の形状とを示す図である。
【
図6】空気過剰率とエンジン排出スモークとの関係を実測した結果を示す図である。
【
図7a】第1の実施形態のディーゼル機関のピストン頂面に形成されたキャビティについて、空気過剰率λ=1.4の条件で計算した最大soot量位置を示す図である。
【
図7b】第1の実施形態のディーゼル機関のピストン頂面に形成されたキャビティについて、空気過剰率λ=1.5の条件で計算した最大soot量位置を示す図である。
【
図7c】第1の実施形態のディーゼル機関のピストン頂面に形成されたキャビティについて、空気過剰率λ=1.6の条件で計算した最大soot量位置を示す図である。
【
図7d】第1の実施形態のディーゼル機関のピストン頂面に形成されたキャビティについて、空気過剰率λ=1.7の条件で計算した最大soot量位置を示す図である。
【
図8a】深皿のキャビティについて、空気過剰率λ=1.6の条件で計算した最大soot量位置を示す図である。
【
図8b】深皿のキャビティについて、空気過剰率λ=1.7の条件で計算した最大soot量位置を示す図である。
【
図8c】深皿のキャビティについて、空気過剰率λ=1.8の条件で計算した最大soot量位置を示す図である。
【
図9】空気過剰率と内側キャビティの側壁に衝突する位置での平均当量比との関係を示す図である。
【
図10】キャビティ内に噴射された燃料噴霧の噴霧断面積と検査体積を示す図である。
【
図11】第2の実施形態のディーゼル機関のピストン頂面に形成されたキャビティ断面の形状と、第1の実施形態のディーゼル機関のピストン頂面に形成されたキャビティ断面の形状とを示す図である。
【
図12a】第2の実施形態のディーゼル機関のピストン頂面に形成されたキャビティについて、空気過剰率λ=1.5の条件で計算した最大soot量位置を示す図である。
【
図12b】第2の実施形態のディーゼル機関のピストン頂面に形成されたキャビティについて、空気過剰率λ=1.6の条件で計算した最大soot量位置を示す図である。
【
図12c】第2の実施形態のディーゼル機関のピストン頂面に形成されたキャビティについて、空気過剰率λ=1.7の条件で計算した最大soot量位置を示す図である。
【
図13】和栗の運動量理論を説明するための円筒形状の検査体積を示す図である。
【
図14】噴霧周囲の逆流を考慮した運動量理論の検査体積を示す図である。
【
図15】噴霧周囲の逆流を考慮した運動量理論の検査体積の面積等を説明する図である。
【
図16】実機における球形検査体積の形状定義を示す図である。
【
図18】
図4に示す2つの酸素濃度に対する直線近似式の傾きと切片を酸素濃度で内挿して直線近似式を算出し、噴孔の内径から噴霧断面内平均当量比φ(Ls)を決定した例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
<第1の実施形態>
以下、
図1~
図10を参照しながら、第1の実施形態のディーゼル機関10について説明する。
図1に示すように、ディーゼル機関10は、シリンダ1が形成されたシリンダブロック2と、シリンダ1の端面を覆うシリンダヘッド3と、シリンダ1内に往復運動可能に収容されたピストン4と、シリンダヘッド3に設けられたノズル5を備える。シリンダ1の内径は112mmであり、ピストン4のストロークは150mmである。なお、これらの寸法は一例であり、異なる寸法であってもよい。
図1は、ピストン4が上死点にある状態を示す。ディーゼル機関10の圧縮比(下死点容積/上死点容積)は26である。
【0018】
ピストン4のシリンダヘッド3に対向する頂面41には、シリンダヘッド3とは反対側へ向かって凹んだ平面視円形のキャビティ6が形成されている。ノズル5は、シリンダヘッド3に固定されており、キャビティ6の中心に対向する位置に配置されている。そして、ノズル5に形成された噴孔からキャビティ6の内部に燃料が噴射される。ノズル5には0.165mmの内径の噴孔が8箇所、形成されており、8箇所の噴孔から同時に燃料が噴射される。なお、噴孔の数及び内径の寸法は一例であり、異なる数や寸法であってもよい。
【0019】
キャビティ6は、ピストン4の頂面41に開口する平面視円形の外側キャビティ61と、外側キャビティ61の底面に開口して外側キャビティ61の開口径doよりも小さい開口径diを有する平面視円形の内側キャビティ62とによって構成される。内側キャビティ62の底面は、中心に近づくほどシリンダヘッド3に近づく方向へ隆起している。外側キャビティ61の開口径doと内側キャビティ62の開口径diとの比do/diは1.22であり、外側キャビティ61の容積Voとキャビティ6全体の容積Vcとの比Vo/Vcは、0.181である。なお、外側キャビティ61の容積Voとは、外側キャビティ61の壁面とピストン4の頂面41との間のリング形状の空間の容積を指す。
【0020】
また、ディーゼル機関10には、排気通路から排気の一部を取り出して吸気通路にEGR(Exhaust Gas Recirculation)ガスとして再循環させる不図示のEGR装置が設けられている。EGR装置は、排気通路から排気の一部をEGRガスとして取り出して吸気通路に導くEGR通路と、EGR通路を流れるEGRガスの流量を調整できるEGRバルブを備える。
【0021】
ここで、最大soot量位置Lsについて以下に説明する。ディーゼル機関10の中負荷以上の運転条件ではメインの燃料噴射期間が長くなり、噴霧火炎根元が準定常状態になる。壁面に衝突せずに噴射方向に流れて燃焼した準定常状態の自由噴霧火炎のsoot量を2色法KL値として測定した結果について、ノズル5の出口から噴射方向の距離xを横軸として
図2に示す。
図2に示すように、ノズル5の出口からセットオフ長Lまでは燃焼していないため、sootは生じない。そして、セットオフ長Lから最大soot量位置Lsまでは、soot生成がsoot酸化を上回りsoot量が増加し、最大soot量位置Ls以降はsoot酸化がsoot生成を上回りsoot量が減少する。
【0022】
図3は、ノズル5の出口からの距離xでの噴霧断面内の平均当量比φ(x)を示したグラフであり、後述する噴霧周囲の逆流を考慮した運動量理論式で計算した結果を示している。噴霧火炎は噴射方向に進むにつれて周囲空気との混合が進み、ノズル5の出口からの距離xでの噴霧断面内の平均当量比φ(x)は、
図3に示すように距離xが大きくなるにつれて減少する。最大soot量位置Lsでの噴霧断面内平均当量比φ(Ls)を、後述する噴霧周囲の逆流を考慮した運動量理論式で算出すると、1付近となる。最大soot量位置Lsでの噴霧断面内平均当量比φ(Ls)が1付近となることは、噴霧断面内で燃料及びsootの酸化に十分な空気を取り込んだことを意味する。
【0023】
図4は、ノズル5の噴孔の内径dと雰囲気酸素濃度を変更して最大soot量位置Lsでの噴霧断面内平均当量比φ(Ls)を測定した結果を示す。
図4では、実線の丸は雰囲気酸素濃度が21%の条件で測定した結果を示し、破線の丸は雰囲気酸素濃度が18%の条件で測定した結果を示す。そして、雰囲気酸素濃度が21%の条件の測定結果から近似した一次関数を実線で示し、雰囲気酸素濃度が18%の条件の測定結果から近似した一次関数を破線で示す。
図4に示すように、最大soot量位置Lsでの噴霧断面内平均当量比φ(Ls)は、同一の酸素濃度雰囲気では噴孔の内径dの一次関数で近似でき、雰囲気酸素濃度が下がると傾きが小さくなることが分かっている。
【0024】
実機のディーゼル機関10の燃焼室内の噴霧火炎は、
図2にsoot量の測定結果を示した自由噴霧火炎と異なり、キャビティ6の壁面に到達する。噴霧火炎がキャビティ6の壁面に到達するまでの間に最大soot量位置Lsに至ると、酸化に十分な空気との混合が進んだ後にキャビティ6の壁面に到達することになる。最大soot量位置Lsの手前でキャビティ6の壁面に衝突する場合は、噴霧火炎の壁面衝突で空気との混合が阻害されてsoot生成がsoot酸化を上回る状態が継続され、soot生成量が増えて排気スモークが悪化する。これに対して、最大soot量位置Lsを通過後にキャビティ6の壁面に衝突すれば、十分な空気と混合した後に壁面に衝突するため酸化が進むことができ、soot酸化が維持され排気スモークが低減する。
【0025】
図5は、本実施形態のディーゼル機関10のキャビティ6の断面の形状を実線で示し、キャビティ6の比較対象として深皿のキャビティ6aの断面の形状を破線で示す。
図5に示すキャビティ6及びキャビティ6aの断面は、いずれもシリンダ1の中心軸を含む断面であり、
図5の左端の縦に延びる直線がシリンダ1の中心軸である。キャビティ6aは、ピストン4の頂面41に開口する平面視円形の外側キャビティ61aと、外側キャビティ61aの底面に開口して外側キャビティ61aの開口径よりも小さい開口径を有する平面視円形の内側キャビティ62aとによって構成される。キャビティ6aの容積はキャビティ6の容積と同一であり、キャビティ6aの方がキャビティ6よりも底が深いため、キャビティ6aの開口径はキャビティ6の開口径よりも小さくなっている。キャビティ6aの容積はキャビティ6の容積と等しいため、キャビティ6aが形成されたディーゼル機関も圧縮比は26となる。
【0026】
図6のグラフは、横軸を空気過剰率λとして、縦軸にエンジン排出スモークの実測結果を示す。これらの実測は、過給圧を一定とした条件で、EGRバルブ開度は固定で排圧を変更して吸気空気量とEGR率を変更した。空気過剰率λ=1.7でEGR率は約20%であり、空気過剰率λ=1.5でEGR率は約30%である。また、これらの実測は、エンジン回転速度が1080rpm、正味平均有効圧が1.0MPa、ノズル5の噴射圧力は160MPaの条件で行われている。
図6に示すように、ディーゼル機関10の浅皿のキャビティ6では、深皿のキャビティ6aよりもエンジン排出スモークが低減している。
【0027】
図7a~
図7dは、ノズル5の噴孔から浅皿のキャビティ6の内部への燃料の噴射を示しており、いずれの図も燃料が噴射される範囲の上端と下端を実線で示し、中心線を一点鎖線で示している。そして、
図7a~
図7dは、各空気過剰率λでの最大soot量位置Lsを破線で示している。この最大soot量位置Lsは噴霧周囲逆流を考慮した噴霧運動量理論式を用いて計算される値であり、その計算方法については後述する。
図7a~
図7dに示す最大soot量位置Lsは、いずれも燃料噴霧がキャビティ6の壁面に衝突せず噴射方向に拡がり続けた条件で計算される位置として示されている。なお、
図7a~
図7dに示すキャビティ6の断面は、いずれもシリンダ1の中心軸を含む断面であり、左端の縦に延びる直線がシリンダ1の中心軸である。
【0028】
図7aは、空気過剰率λ=1.4の条件で計算した最大soot量位置Lsを示しており、この条件で燃料噴霧が内側キャビティ62の側壁に衝突する位置での平均当量比φ
impは1.26である。
図7bは、空気過剰率λ=1.5の条件で計算した最大soot量位置Lsを示しており、この条件で燃料噴霧が内側キャビティ62の側壁に衝突する位置での平均当量比φ
impは1.18である。
図7cは、空気過剰率λ=1.6の条件で計算した最大soot量位置Lsを示しており、この条件で燃料噴霧が内側キャビティ62の側壁に衝突する位置での平均当量比φ
impは1.12である。
図7dは、空気過剰率λ=1.7の条件で計算した最大soot量位置Lsを示しており、この条件で燃料噴霧が内側キャビティ62の側壁に衝突する位置での平均当量比φ
impは1.08である。
図7a~
図7dは、いずれも最も使用頻度の高い高速道路走行時の負荷率40%で、燃料の噴射量、噴射圧力及び噴射のタイミングが全て同一の条件で計算した最大soot量位置Lsを示している。
【0029】
図8a~
図8cは、ノズル5の噴孔から比較対象の深皿のキャビティ6aの内部への燃料の噴射を示しており、いずれの図も燃料が噴射される範囲の上端と下端を実線で示し、中心線を一点鎖線で示している。そして、
図8a~
図8cは、各空気過剰率λでの最大soot量位置Lsを破線で示している。
図8a~
図8cに示す最大soot量位置Lsは、いずれも燃料噴霧がキャビティ6aの壁面に衝突せず更に噴射方向に拡がり続けた条件で計算される位置として示されている。なお、
図8a~
図8cに示すキャビティ6aの断面は、いずれもシリンダ1の中心軸を含む断面であり、左端の縦に延びる直線がシリンダ1の中心軸である。
【0030】
図8aは、空気過剰率λ=1.6の条件で計算した最大soot量位置Lsを示しており、この条件で燃料噴霧が内側キャビティ62aの側壁に衝突する位置での平均当量比φ
impは1.26である。
図8bは、空気過剰率λ=1.7の条件で計算した最大soot量位置Lsを示しており、この条件で燃料噴霧が内側キャビティ62aの側壁に衝突する位置での平均当量比φ
impは1.21である。
図8cは、空気過剰率λ=1.8の条件で計算した最大soot量位置Lsを示しており、この条件で燃料噴霧が内側キャビティ62aの側壁に衝突する位置での平均当量比φ
impは1.17である。
【0031】
図8a~
図8cに示すように、深皿のキャビティ6aでは、後述する噴霧周囲の逆流が弱いため、浅皿のキャビティ6と比較して、同じ空気過剰率λでも、最大soot量位置Lsがノズル5の出口から近い位置となる。しかし、深皿のキャビティ6aは浅皿のキャビティ6よりも開口径が小さいため、例えば、同じ空気過剰率λ=1.7で比較すると、深皿のキャビティ6aでは燃料噴霧が最大soot量位置Lsに到達する前に内側キャビティ62aの側壁に到達するところ、浅皿のキャビティ6では燃料噴霧が最大soot量位置Lsに到達した後に内側キャビティ62の側壁に到達する。
【0032】
図9は、空気過剰率λと内側キャビティ62又は内側キャビティ62aに衝突する位置での平均当量比φ
impとの関係を示したグラフである。
【0033】
図6に示すようにディーゼル機関10のキャビティ6で低スモークを実現できた要因として、
図7a~
図7dにより、以下に示す2つの条件が見出される。条件1は、空気過剰率λ=1.7で最大soot量位置Lsが内側キャビティ62の側壁よりピストン4の径方向内側に位置することである。そして、条件2は、空気過剰率λ=1.5で最大soot量位置Lsが外側キャビティ61の側壁よりピストン4の径方向内側に位置することである。
【0034】
条件1を満たす場合、燃料噴霧がキャビティ6の壁面に衝突する前に最大soot量位置Lsで燃料及びsootの酸化に必要な空気が十分に混ざっていることを意味し、キャビティ6の壁面との衝突で空気との混合が弱められても燃料及びsootの酸化が維持できる。
【0035】
条件2を満たす場合、外側キャビティ61に流入した燃料噴霧は外側キャビティ61内で燃料及びsootが酸化するのに十分な混合が進み、内側キャビティ62に流入した燃料噴霧は内側キャビティ62の側壁に衝突しているものの、スワール(横渦)に流され周方向に拡がり、ピストン下降時に外側キャビティ61に流出して混合及び酸化が促進される。
【0036】
また、
図9に示すように、空気過剰率λ=1.5である条件2では、内側キャビティ62の側壁に衝突する位置での平均当量比φが1.18となっており、平均当量比φが1.2以下であることも低スモークの条件となると推定される。
【0037】
これに対して、
図6に示すように深皿のキャビティ6aでスモークが悪化した要因は、最大soot量位置Lsに関する上記2つの条件を満たしていないことと、燃料噴霧の噴射方向より内側キャビティ62aの底面側の空間を上手く利用できなかったことにあると考えられる。
【0038】
また、ディーゼル機関10では、ノズル5の出口から15mmの距離における噴霧周囲逆流速度UBと噴霧速度Uの比UB/Uは、空気過剰率λの値に関わらず常に0.35以下となるようにキャビティ6の深さ及び形状が決定されている。例えば空気過剰率λ=1.7でUB/Uを計算すると、0.33となる。
【0039】
このようにノズル5の出口から15mmの距離で噴霧周囲逆流速度UBと噴霧速度Uの比UB/Uが所定の0.35以下であるため、ノズル5の出口から燃焼を開始するまでの距離であるセットオフ長Lが大きくなる。このようにセットオフ長Lが大きくなると、燃料が十分に薄くなった位置で燃焼を開始するため、ディーゼル機関10では、sootの生成を抑制することができる。なお、噴霧周囲逆流速度UBと噴霧速度Uの比UB/Uが大きくなると、セットオフ長Lが短くなり、燃料が濃い位置で燃焼が開始してsoot生成量が増加する原理の説明は、非特許文献1に開示されている。
【0040】
本実施形態のディーゼル機関10は、このように上記の条件1及び条件2を満たし、ノズル5の出口から15mmの距離における噴霧周囲逆流速度U
Bと噴霧速度Uの比U
B/Uが0.35以下であるという条件を満たすことにより、大径ボアで浅皿キャビティを用いる場合であっても、soot生成量を抑制しsoot酸化を促進することで、
図6に示すように低スモークを実現することができる。
【0041】
なお、ノズル5の出口から15mmの距離での速度の比U
B/Uと最大soot量位置Lsの計算に用いる筒内雰囲気条件は、非燃焼を仮定し、圧縮上死点での密度及び酸素濃度を空気過剰率λ、EGR率、1ストローク当たりの燃料噴射量(105mm
3/st)から計算して算出する。ノズル5の出口から15mmの距離における噴霧周囲逆流速度U
Bと噴霧速度Uの比U
B/Uは、後述する式4に示すように、噴霧断面積A(x)と検査体積球面の1噴霧当たりの面積S(x)からA(x)を引いた値との比に等しいため、
図10に示す面積S(x)と噴霧断面積A(x)を計算して算出する。この面積S(x)は、後述する式6により算出する。また、噴霧断面積A(x)を算出するためには、
図10に示す噴霧角θを算出する必要があるところ、噴霧角θは、後述する式12により、ノズル5諸元と雰囲気密度と燃料密度から算出する。
図10の一点鎖線は噴射方向を示し、燃料が噴射される範囲の上端と下端を実線で示している。また、
図10に示すキャビティ6の断面は、いずれもシリンダ1の中心軸を含む断面であり、
図10の左端の縦に延びる直線がシリンダ1の中心軸である。
【0042】
<第2の実施形態>
以下、
図11~
図12cを参照しながら、第2の実施形態のディーゼル機関20について説明する。ディーゼル機関20も、第1の実施形態のディーゼル機関10と同様に、エンジン試験で良好なスモーク排出性能が得られている。ディーゼル機関20は、キャビティ6bの容積が異なって圧縮比が23となる点を除き、第1の実施形態のディーゼル機関10と同一の構成を有し、シリンダ1の内径やピストン4bのストロークの寸法やノズル5諸元もディーゼル機関10と同一である。そのため、第1の実施形態のディーゼル機関10と同一の構成には同一の符号を付して説明を省略する。
【0043】
図11は、ディーゼル機関20のキャビティ6bの断面の形状を実線で示し、比較のために第1の実施形態のディーゼル機関10のキャビティ6の断面の形状を破線で示す。
図11に示すキャビティ6b及びキャビティ6の断面は、いずれもシリンダ1の中心軸を含む断面であり、
図11の左端の縦に延びる直線がシリンダ1の中心軸である。キャビティ6bもキャビティ6と同様に、ピストン4bの頂面41に開口する平面視円形の外側キャビティ61bと、外側キャビティ61bの底面に開口して外側キャビティ61bの開口径よりも小さい開口径を有する平面視円形の内側キャビティ62bとによって構成される。外側キャビティ61bの開口径doと内側キャビティ62の開口径diとの比do/diは1.23であり、外側キャビティ61bの容積Voとキャビティ6b全体の容積Vcとの比Vo/Vcは、0.186である。なお、外側キャビティ61bの容積Voとは、外側キャビティ61bの壁面とピストン4bの頂面41との間のリング形状の空間の容積を指す。キャビティ6bの容積はキャビティ6の容積よりも大きく、キャビティ6bの開口径はキャビティ6の開口径よりも大きくなっている。
【0044】
図12a~
図12cは、ノズル5の噴孔からキャビティ6bの内部への燃料の噴射を示しており、いずれの図も燃料が噴射される範囲の上端と下端を実線で示し、中心線を一点鎖線で示している。そして、
図12a~
図12cは、各空気過剰率λでの最大soot量位置Lsを破線で示している。
図12a~
図12cに示す最大soot量位置Lsは、いずれも燃料噴霧がキャビティ6bの壁面に衝突せず更に噴射方向に拡がり続けた条件で計算される位置として示されている。なお、
図12a~
図12cに示すキャビティ6の断面は、いずれもシリンダ1の中心軸を含む断面であり、左端の縦に延びる直線がシリンダ1の中心軸である。
【0045】
図12aは、空気過剰率λ=1.5の条件で計算した最大soot量位置Lsを示しており、この条件で燃料噴霧が内側キャビティ62bの側壁に衝突する位置での平均当量比φ
impは1.20である。
図12bは、空気過剰率λ=1.6の条件で計算した最大soot量位置Lsを示しており、この条件で燃料噴霧が内側キャビティ62bの側壁に衝突する位置での平均当量比φ
impは1.15である。
図12cは、空気過剰率λ=1.7の条件で計算した最大soot量位置Lsを示しており、この条件で燃料噴霧が内側キャビティ62bの側壁に衝突する位置での平均当量比φ
impは1.10である。
図12a~
図12cは、いずれも最も使用頻度の高い高速道路走行時の負荷率40%で、燃料の噴射量、噴射圧力及び噴射のタイミングが全て同一の条件で計算した最大soot量位置Lsを示している。
【0046】
図12a~
図12cに示すように、ディーゼル機関20でも、空気過剰率λ=1.7で最大soot量位置Lsが内側キャビティ62bの側壁よりピストン4bの径方向内側に位置し、空気過剰率λ=1.5で最大soot量位置Lsが外側キャビティ61bの側壁よりピストン4bの径方向内側に位置する。そのため、ディーゼル機関20も、第1の実施形態のディーゼル機関10と同様に、上記の条件1及び条件2を満たしている。そして、ディーゼル機関20でも、空気過剰率λ=1.5である条件2では、内側キャビティ62bの側壁に衝突する位置での平均当量比φが1.18となっており、平均当量比φが1.2以下である。
【0047】
また、ディーゼル機関20では、第1の実施形態のディーゼル機関10と同様に、ノズル5の出口から15mmの距離における噴霧周囲逆流速度UBと噴霧速度Uの比UB/Uは、空気過剰率λの値に関わらず常に0.35以下となるようにキャビティ6bの深さ及び形状が決定されている。例えば空気過剰率λ=1.7でUB/Uを計算すると、0.30となる。
【0048】
このようにディーゼル機関20は、上記の条件1及び条件2を満たし、ノズル5の出口から15mmの距離における噴霧周囲逆流速度UBと噴霧速度Uの比UB/Uが0.35以下であるという条件を満たす。そのため、本実施形態のディーゼル機関20は、第1の実施形態のディーゼル機関10と同様に、大径ボアで浅皿キャビティを用いる場合であっても、soot生成量を抑制しsoot酸化を促進することで、低スモークを実現することができる。
【0049】
<逆流を考慮した運動量理論の説明>
ここで、噴霧周囲の逆流を考慮した運動量理論について説明する。後述するように、噴霧周囲逆流速度U
Bと噴霧速度Uの比U
B/U及び最大soot量位置Lsは、この噴霧周囲の逆流を考慮した運動量理論により計算される。従来の和栗による運動量理論は、
図13に示すように、噴霧断面でガスと燃料が同じ速度U(x)を有し、円筒形の検査体積の円筒面に垂直に空気がエントレインすると仮定したため、噴霧周囲の逆流を考慮していないモデルであった。そこで、噴霧周囲の逆流を考慮した運動量理論では、検査体積を球面形状に変更した。例えば、
図13と同様に平坦な壁面から垂直に燃料が噴射された場合、噴霧周囲の逆流を考慮した運動量理論では、
図14に示すように検査体積は半球面形状となる。この噴霧周囲の逆流を考慮した運動量理論では、
図14に示すように、検査体積の半球面に垂直に空気が引き込まれる逆流速度U
B(x)は均一であると仮定する。
【0050】
この半球面形状の検査体積について、
図15に示すように、燃料が噴射される噴孔の出口を基準とした噴射方向の距離をxとする。そして、r=x/cos(θ/2)を半径とする半球面形状の検査体積の面積をS(x)として、噴孔の出口を基準とした噴射方向の距離xにおける平面の噴霧断面積をA(x)とする。また、この半球面形状の検査体積のうち、噴孔の出口を基準とした噴射方向の距離xにおける平面の噴霧断面より径方向外側の部分の面積をαA(x)とする。噴霧周囲の逆流を考慮した運動量理論では、和栗の運動量理論で欠けていたガスの質量保存式を追加している。このガスの質量保存式を以下の式1に示す。
【0051】
【0052】
図14に示すように、U(x)は噴孔の出口を基準とした距離xにおける噴霧速度であり、U
B(x)は噴霧速度U(x)により生じる噴霧周囲の逆流速度である。そして、ρ
gは周囲ガスの密度を表し、噴霧断面積A(x)に占めるガス相の断面積をA
g(x)で表す。長い噴射期間中の定常状態であるならば、噴霧断面から流出するガス量(式1の左辺)が周囲から逆流して流入してくるガス量(式1の右辺)に等しくなる。
【0053】
運動量保存式を以下の式2に示す。式2に示す運動量保存式には、右辺に逆流ガスの運動量の項を追加している。
【0054】
【0055】
A
B(x)は、検査体積面積S(x)の噴射方向への投影面積である(
図15参照)。燃料の密度をρ
fで表し、噴霧断面積A(x)に占める燃料相の断面積をA
f(x)で表す。このA
f(x)と上述のA
g(x)と噴霧断面積A(x)について、A(x)=A
g(x)+A
f(x)の関係式が成立する。そして、和栗の運動量理論と同じく、燃焼の質量保存式として以下の式3が加わる。
【0056】
【0057】
以上の式1~式3を連立して解くことで、噴霧速度U(x)と噴霧周囲の逆流速度UB(x)を理論的に求めることができる。この連立方程式の解法は非特許文献1に開示されている。噴霧周囲の逆流速度UB(x)と噴霧速度U(x)の比は、以下の式4に示すように面積比で決まる。
【0058】
【0059】
<実機燃焼室内での検査体積の面積S(x)の計算式>
次に、実機燃焼室内での検査体積の面積S(x)の計算式について以下に説明する。実機における球形検査体積の形状定義を
図16に示す。
図16に示すように、ノズル出口をゼロとした噴射方向をx軸として、噴射方向の水平軸からの傾きをβとする。また、シリンダ中央軸をz軸として、噴射方向(x軸)との交点を検査体積の中心点oとする。そして、中心点oから水平方向をx'軸とする。ノズル出口の(x',z)座標を(x'
n,-z
n)として、噴霧拡がり角をθとすると、検査体積の半径rは、以下の式5となる。
【0060】
【0061】
半径rが決まると、キャビティ底面との交点が定まり、
図16に示すように、この交点とx'軸との距離h
dが定まる。x'軸とシリンダヘッド3の下面との距離をh
uとして、噴孔の数をnとすると、検査体積の1噴霧当たりの面積S(x)は以下の式6となる。
【0062】
【0063】
<実機燃焼室内でのA
B(x)の計算式>
次に、検査体積面積S(x)の噴射方向への投影面積A
B(x)の計算式について以下に説明する。
図16の上側の図に示すように、A
B(x)の積分計算用に角度γをx'軸より下側方向を正として定義する。
図16の下側の図はz=-rsinγでの水平断面を示す。検査体積面積S(x)の噴射方向の投影面積A
B(x)は以下の式7で表される。
【0064】
【0065】
ここで、γの積分区間の上限は以下の式8となり、γの積分区間の下限は以下の式9となる。
【0066】
【0067】
【0068】
式7のw(γ)は、
図16の下側の図の水平断面内の円弧の投影長さ(弦に相当)であるため、以下の式10となる。
【0069】
【0070】
式7に式8~式10を代入すると、S(x)の噴射方向の投影面積AB(x)は、以下の式11となる。
【0071】
【0072】
<噴霧角θの計算式>
次に、噴霧角θの計算式について以下に説明する。噴霧角θの計算には以下の式12を用いる。式12は、非特許文献2で開示されている式を元に係数、乗数を実測値に合うように変更したものである。
図17は、ノズル5の先端部の中心軸を含む断面を示した図である。
図17の一点鎖線はノズル5の中心軸を示す。
図17に示すように、ノズル5には先端が半球面形状のサック室51が形成されており、サック室51から噴孔52を通って燃料が噴射される。式12におけるlは噴孔52の長さであり、dは噴孔52の内径であり、d
0はサック室51の半球面形状の部分の半径である。そして、式12のρ
lはサック室51内の燃料の密度を表す。
【0073】
【0074】
そして、運転条件(吸気量)から上死点におけるガス密度ρgを計算し、式12から噴霧角θを算出することができる。こうして算出した噴霧角θにより距離x=15mmにおける噴霧断面積A(x)算出することができて、検査体積の1噴霧当たりの面積S(x)は式6により算出できるため、式4に基づきノズル5の出口から15mmの距離における噴霧周囲逆流速度UBと噴霧速度Uの比UB/Uを計算することができる。
【0075】
<噴孔の出口から距離xにおける当量比φ(x)の計算式>
次に、ノズル5の出口から距離xにおける当量比φ(x)の計算式について、以下に説明する。非蒸発かつ非燃焼の噴霧運動理論で、ノズル5の出口からの距離xにおけるガスと燃料の質量比G/F(x)は、ガス相断面積Ag(x)と燃料相断面積Af(x)とを用いて以下の式13で表される。
【0076】
【0077】
ストイキ(理論混合比)でのG/FをG/Fstoichとすると、ノズル5の出口からの距離xでの当量比φ(x)は、以下の式14となる。
【0078】
【0079】
すると、既に述べたようにA(x)=Ag(x)+Af(x)の関係式が成立するから、式13及び式14より、ノズル5の出口からの距離xでの当量比φ(x)は、噴霧断面積A(x)及び燃料相断面積Af(x)の関数となる。また、非特許文献1に開示されているように、燃料相断面積Af(x)は噴霧速度U(x)の関数であり、噴霧速度U(x)は1噴霧当たりの検査体積面積S(x)や投影面積AB(x)の関数である。
【0080】
<最大soot量位置Lsの計算手順の例>
次に、最大soot量位置Lsの計算手順の一例について以下に述べる。最大soot量位置Lsでの噴霧断面内平均当量比φ(Ls)は、
図4に示す2つの酸素濃度に対する直線近似式の傾きと切片を酸素濃度で内挿又は外挿して、最大soot量位置Lsを求める酸素濃度に対する直線近似式をモデル式として算出し、噴孔52の内径dから決定する。
図18に、
図4に示す2つの酸素濃度に対する直線近似式の傾きと切片を酸素濃度で内挿して直線近似式をモデル式として算出し、噴孔52の内径dから噴霧断面内平均当量比φ(Ls)を決定した例を示す。
図18には、モデル式として算出した直線近似式を一点鎖線で示す。この例では、噴孔52の内径dが0.12mmであるため、
図18に示すように、最大soot量位置Lsでの噴霧断面内平均当量比φ(Ls)は1.02となる。
【0081】
そして、上死点のガス密度ρ
gや噴霧角θやキャビティ6の形状を入力条件としてノズル5の出口からの距離xを1mm刻みで、1噴霧当たりの検査体積面積S(x)、投影面積A
B(x)、噴霧速度U(x)などを順次計算し、式14に基づき当量比φ(x)を算出する。1噴霧当たりの検査体積面積S(x)は式6で計算することができ、投影面積A
B(x)は式11で計算することができ、噴霧速度U(x)は非特許文献1に示される計算式で計算することができる。ただし、ノズル5の出口からの距離xでの面積S(x)を計算する際、距離xが大きい位置では、
図10の破線に示すように、キャビティ6の底面の稜線を延長して計算する。
【0082】
このようにノズル5の出口からの距離xを1mm刻みで算出した当量比φ(x)を
図3に示すように、距離xを横軸としてグラフ化する。そして、上記のように算出した噴霧断面内平均当量比φ(Ls)を挟む距離xの間で内挿して最大soot量位置Lsを算出する。
図18を用いて算出した噴霧断面内平均当量比φ(Ls)=1.02から、最大soot量位置Ls=26.5を算出した例を
図3に示す。
【符号の説明】
【0083】
1 シリンダ、2 シリンダブロック、3 シリンダヘッド、4,4b ピストン、5 ノズル、6,6a,6b キャビティ、10,20 ディーゼル機関、41 頂面、51 サック室、52 噴孔、61,61a,61b 外側キャビティ、62,62a,62b 内側キャビティ。