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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-28
(45)【発行日】2024-01-12
(54)【発明の名称】光学システム
(51)【国際特許分類】
   G02F 1/13 20060101AFI20240104BHJP
   B23K 26/082 20140101ALI20240104BHJP
   C09K 19/54 20060101ALI20240104BHJP
   G02F 1/1337 20060101ALI20240104BHJP
【FI】
G02F1/13 505
B23K26/082
C09K19/54 C
G02F1/1337 515
G02F1/13 500
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2022507740
(86)(22)【出願日】2021-07-19
(86)【国際出願番号】 JP2021026990
(87)【国際公開番号】W WO2023002533
(87)【国際公開日】2023-01-26
【審査請求日】2022-02-07
(73)【特許権者】
【識別番号】591102693
【氏名又は名称】santec Holdings株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】517018101
【氏名又は名称】公立大学法人山陽小野田市立山口東京理科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】桜井 康樹
(72)【発明者】
【氏名】西立野 将史
(72)【発明者】
【氏名】高頭 孝毅
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 雅浩
【審査官】岩村 貴
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-076826(JP,A)
【文献】特表2011-519985(JP,A)
【文献】特開平09-291282(JP,A)
【文献】特開2010-197450(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0103342(US,A1)
【文献】国際公開第2007/046384(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/13
C09K 19/54
B23K 26/082
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学システムであって、
光源と、
コントローラと、
前記コントローラにより制御されて、加工対象面に形成すべき画像に対応する位相変調光を生成するように、前記光源から入力されるレーザ光を位相変調し、前記位相変調したレーザ光を前記位相変調光として出力する空間位相変調器と、
を備え、
前記光学システムは、前記加工対象面に対する前記位相変調光の照射により前記加工対象面を加工するように構成され、
前記空間位相変調器は、
液晶層と、
前記液晶層に電界を形成するように構成される電極層と、
を備える液晶デバイスとして構成され
前記液晶層、光作用によって生じるラジカル重合を抑制するための重合抑制剤が液晶性混合物に添加された液晶組成物であって、前記重合抑制剤として二官能性ヒンダードアミン系有機化合物が添加された液晶組成物により構成され、
前記二官能性ヒンダードアミン系有機化合物は、炭素数3以下の炭素-炭素結合を含む連結基により二つの官能基が連結されたヒンダードアミン系有機化合物である光学システム
【請求項2】
添加される前記ヒンダードアミン系有機化合物は、芳香環構造と炭素数5以上のアルキル基構造とを有するヒンダードアミン系有機化合物である請求項1記載の光学システム
【請求項3】
前記液晶性混合物は、末端にフッ素原子を有さない液晶性化合物を主成分とする液晶性混合物である請求項1又は請求項2記載の光学システム
【請求項4】
前記電界の形成により、液晶分子が前記液晶層の表面に対して平行には回転せず垂直に回転するように、前記液晶層が駆動される請求項1~請求項3のいずれか一項記載の光学システム
【請求項5】
前記空間位相変調器が、垂直配向(VA)液晶デバイスとして構成される請求項1~請求項4のいずれか一項記載の光学システム
【請求項6】
前記電極層は、
前記液晶層の上に位置する透明電極層と、
前記液晶層の下に位置する下部電極層と、
を備え、
前記液晶層と前記透明電極層との間、及び、前記液晶層と前記下部電極層との間には、前記液晶層における液晶分子の初期配向を垂直方向に制御するための配向膜が設けられており、
前記空間位相変調器は、垂直配向(VA)液晶デバイスとして構成される請求項1~請求項5のいずれか一項記載の光学システム
【請求項7】
前記液晶性混合物がトラン骨格を有する液晶性化合物を含み、
前記重合抑制剤が、前記トラン骨格に対する光作用によって生じるラジカル重合を抑制する請求項1~請求項6のいずれか一項記載の光学システム
【請求項8】
前記空間位相変調器が、シリコン基板とカバーガラスとの間に前記電極層及び前記液晶層が挟み込まれたLCOSデバイスとして構成される請求項1~請求項7のいずれか一項記載の光学システム
【請求項9】
前記空間位相変調器には、前記レーザ光として、前記液晶層における液晶分子の長軸方向に偏光した直線偏光が入力される請求項記載の光学システム。
【請求項10】
前記空間位相変調器は、
前記レーザ光が入力される透明な固体材料層と、
前記電極層のうちの第一の層としての前記固体材料層の下に位置する透明電極層と、
前記透明電極層の下に位置する第一の配向膜層と、
前記液晶層としての前記第一の配向膜層の下に位置する液晶層と、
前記液晶層の下に位置する第二の配向膜層と、
前記電極層のうちの第二の層としての前記第二の配向膜層の下に位置する下部電極層と、
前記下部電極層の下に位置するシリコン基板と、
を備え、
前記第一及び第二の配向膜層が、ケイ素酸化物(SiOx)の無機配向膜層である
請求項1請求項9のいずれか一項記載の光学システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、液晶デバイス、光学システム、及び、空間位相変調器に関する。
【背景技術】
【0002】
液晶デバイスとして、LCOS(Liquid Crystal On Silicon)デバイスが既に知られている。ディスプレイ用途に開発されたLCOSデバイスは、近年では、様々な分野で活用され始めている。
【0003】
例えばLCOSデバイスの空間位相変調器としての活用が、光通信技術、レーザ加工技術、補償光学技術、光マニピュレーション技術、及び、パルス/スペクトル整形技術等の技術分野で研究されている。本開示者は、LCOSデバイスを用いたレーザ加工システムをすでに開示している(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】桜井康樹、「LCOS技術を用いたレーザ加工技術」、液晶、日本、日本液晶学会、2018年 4月25日、第22巻、第2号、第129-133頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
LCOSデバイスを用いたレーザ加工システムでは、計算機ホログラム(CGH: Computer Generated Hologram)を通して生成されるLCOS位相変調像を用いて、加工対象面をワンショットで加工できる。このため、従来のスキャン方式のレーザ加工システムに比べて、加工に関する格段の性能向上が期待される。
【0006】
しかしながら、LCOSデバイスを含む公知の液晶デバイスにおいては、高エネルギー光の入力に対する耐久性が十分ではなく、液晶デバイスは、損傷を受けやすい。損傷の原因の一つには、液晶デバイスを構成する材料の光吸収による発熱が含まれる。
【0007】
本開示者は、液晶デバイスを構成する材料の選択により、光吸収による発熱を抑える技術をすでに開示している。しかしながら、依然として、高エネルギー光の入力に対する液晶デバイスの耐久性には、改善の余地がある。
【0008】
そこで、本開示の一側面によれば、液晶デバイスの耐久性を向上可能な新規技術を提供できることが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の一側面によれば、液晶デバイスが提供される。液晶デバイスは、液晶層と、電極層と、を備える。電極層は、液晶層に電界を形成するように構成される。液晶層は、光作用によって生じるラジカル重合を抑制するための重合抑制剤が液晶性混合物に添加された液晶組成物により構成される。
【0010】
本開示の一側面によれば、液晶層は、重合抑制剤としてヒンダードアミン系有機化合物が添加された液晶組成物により構成される。重合抑制剤として、ヒンダードアミン系有機化合物を用いることによれば、フェノール系有機化合物を用いる場合と比較して、光入射に対する液晶層の耐久性が向上する。従って、本開示の一側面によれば、光入射に対する液晶デバイスの耐久性を向上可能である。
【0011】
本開示の一側面によれば、液晶層は、重合抑制剤として単官能性ヒンダードアミン系有機化合物が添加された液晶組成物により構成されてもよい。本開示の一側面によれば、液晶層は、重合抑制剤として二官能性ヒンダードアミン系有機化合物が添加された液晶組成物により構成されてもよい。
【0012】
本開示の一側面によれば、二官能性ヒンダードアミン系有機化合物は、炭素数3以下の炭素-炭素結合を含む連結基により二つの官能基が連結されたヒンダードアミン系有機化合物であってもよい。分子鎖の短いヒンダードアミン系有機化合物が重合抑制剤として用いられることによれば、重合抑制剤の添加により、液晶分子の配向が物理的に阻害されるのを抑制することができる。
【0013】
本開示の一側面によれば、重合抑制剤として添加されるヒンダードアミン系有機化合物が、芳香環構造と炭素数5以上のアルキル基構造とを有するヒンダードアミン系有機化合物であってもよい。このヒンダードアミン系有機化合物を用いることによれば、重合抑制剤の液晶性混合物に対する溶解性が向上する。
【0014】
本開示の一側面によれば、液晶性混合物は、末端にフッ素原子を有さない液晶性化合物を主成分とする液晶性混合物であってもよい。この液晶性混合物を用いれば、液晶層への光照射に起因した脱フッ素化によって液晶層が損傷するのを抑制することができる。
【0015】
本開示の一側面によれば、液晶分子が液晶層の表面に対して平行には回転せず垂直に回転するように、液晶層が駆動されてもよい。液晶層の表面に対して平行に液晶分子が回転することによれば、液晶層を透過する光に対して位相変調だけではなく強度変調が生じる。液晶層の表面に対して液晶分子が平行に回転せず垂直に回転することによれば、強度変調を抑えて、液晶層を透過する光に対して位相変調を選択的に加えることができる。
【0016】
本開示の一側面によれば、液晶層が、垂直配向(VA)液晶層として構成されてもよい。本開示の一側面によれば、電極層は、透明電極層と、下部電極層と、を備えてもよい。透明電極層は、液晶層の上に位置し得る。下部電極層は、液晶層の下に位置し得る。液晶層と透明電極層との間、及び、液晶層と下部電極層との間には、液晶層における液晶分子の初期配向を垂直方向に制御するための配向膜が設けられ得る。
【0017】
垂直配向(VA)液晶層を備える液晶デバイスによれば、液晶層の表面に対して液晶分子が平行に回転せず垂直に回転するために、液晶層を透過する光に対して位相変調を選択的に加えることができる。
【0018】
本開示の一側面によれば、液晶性混合物がトラン骨格を有する液晶性化合物を含んでもよい。重合抑制剤が、トラン骨格に対する光作用によって生じるラジカル重合を抑制してもよい。
【0019】
液晶層にトラン骨格を有する液晶性化合物が含まれる場合には、トラン骨格に対する光作用によって生じるラジカルを成長種とした重合反応が発生しやすい。従って、重合抑制剤を用いて液晶デバイスを構成することは、大変有意義である。
【0020】
本開示の一側面によれば、シリコン基板とカバーガラスとの間に電極層及び液晶層が挟み込まれたLCOSデバイスとして構成されてもよい。光作用による重合反応、特にはラジカル重合による損傷を抑制可能なLCOSデバイスは、高エネルギー光の入力用途において、耐久性の面で優れている。
【0021】
本開示の一側面によれば、光学システムが提供されてもよい。光学システムは、光源と、上述した液晶デバイスと、コントローラと、を備え得る。上述した液晶デバイスには、光源からのレーザ光が入力され得る。コントローラは、液晶デバイスを制御するように構成され得る。液晶デバイスが、コントローラにより制御されて、レーザ光を変調し、変調したレーザ光を出力し得る。本開示の一側面によれば、液晶デバイスを用いて高エネルギー光を変調するシステムの耐久性を向上させることができる。
【0022】
本開示の一側面によれば、液晶デバイスには、レーザ光として、液晶層における液晶分子の長軸方向に偏光した直線偏光が入力されてもよい。液晶分子の長軸方向に偏光した直線偏光によれば、液晶層での位相変調性を向上させることができる。
【0023】
本開示の一側面によれば、液晶型の空間位相変調器が提供されてもよい。空間位相変調器は、固体材料層と、透明電極層と、第一の配向膜層と、液晶層と、第二の配向膜層と、下部電極層と、シリコン基板と、を備え得る。
【0024】
固体材料層は、透明な固体材料層であり得る。固体材料層には、光が入力され得る。透明電極層は、固体材料層の下に位置し得る。第一の配向膜層は、透明電極層の下に位置し得る。液晶層は、第一の配向膜層の下に位置し得る。
【0025】
第二の配向膜層は、液晶層の下に位置し得る。下部電極層は、第二の配向膜層の下に位置し得る。シリコン基板は、下部電極層の下に位置し得る。透明電極層は、酸化インジウムスズ(ITO)透明電極層であり得る。
【0026】
第一及び第二の配向膜層は、ケイ素酸化物(SiOx)の無機配向膜層であり得る。液晶層は、光作用によるラジカル重合を抑制するための重合抑制剤が液晶性混合物に添加された液晶組成物により構成され得る。特に、液晶層は、重合抑制剤としてヒンダードアミン系有機化合物が添加された液晶組成物により構成され得る。この空間位相変調器によれば、空間位相変調器において生じる、高エネルギー光の入力による熱損傷、及び、重合反応による損傷を効果的に抑制することができる。
【0027】
本開示の一側面によれば、液晶デバイスの製造方法が提供されてもよい。液晶デバイスの製造方法は、光作用によるラジカル重合を抑制するための重合抑制剤として、ヒンダードアミン系有機化合物を、液晶性混合物に添加して、液晶組成物を生成することと、液晶組成物を用いて液晶層を形成することにより、ラジカル重合を抑制する性質を有する液晶層を含む液晶デバイスを製造することと、を含み得る。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】レーザ加工システムの概略構成を表す図である。
図2】空間位相変調器の内部構造を表す断面図である。
図3】空間位相変調器の製造方法を説明したフローチャートである。
図4】光照射による脱フッ素化に関する説明図である。
【符号の説明】
【0029】
10…レーザ加工システム、11…光源、13…ビーム拡大レンズ、15…投影素子(空間位相変調器)、17…コントローラ、19…結像レンズ、100…空間位相変調器、110…シリコン基板、120…カバーガラス、130…透明電極層、140…第一の配向膜層、150…液晶層、160…第二の配向膜層、170…反射層、180…下部電極層、190…回路層。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下に本開示の例示的実施形態を、図面を参照しながら説明する。
【0031】
本実施形態の空間位相変調器100は、高エネルギー光に対する耐久性を有するLCOSデバイスとして構成される。特に、この空間位相変調器100は、レーザ加工用途のLCOSデバイスとして構成される。
【0032】
レーザ加工システム10では、尖頭値の高いパワーを有するパルス光が発射される。このため、レーザ加工システム10に用いられる空間位相変調器100には、高エネルギーのパルス光の入力に対する耐久性が要求される。
【0033】
図1に示すレーザ加工システム10は、光源11からのパルス光を、ビーム拡大レンズ13を介して投影素子15に照射する光学システムである。空間位相変調器100は、この投影素子15として、レーザ加工システム10に組み込まれる。
【0034】
空間位相変調器100は、複数の画素に対応する二次元配列された複数の電極を有し、複数の電極からの液晶に対する電圧印加により、入力光を画素毎に位相変調するように構成される。空間位相変調器100は、コントローラ17により制御されて、光源11からのパルス光を、加工対象面20に形成すべき画像に対応する位相変調光に変換して、出力する。
【0035】
空間位相変調器100からの出力光に対応する位相変調像は、結像レンズ19を介して加工対象面20で結像される。この位相変調像により、加工対象面20は加工される。このレーザ加工システム10によれば、ワンショットのパルス光で、二次元画像を加工対象面20に形成可能である。
【0036】
図2に示す本実施形態の空間位相変調器100は、シリコン基板110上に、カバーガラス120と、透明電極層130と、第一の配向膜層140と、液晶層150と、第二の配向膜層160と、反射層170と、下部電極層180と、回路層190とを備える。
【0037】
カバーガラス120は、光源11からのパルス光に対して透明な固体材料層として、空間位相変調器100の最上層に位置する。光源11からのパルス光は、カバーガラス120に入力される。透明電極層130は、カバーガラス120の下に位置する。第一の配向膜層140、液晶層150、及び第二の配向膜層160は、透明電極層130の下に位置する。
【0038】
第一の配向膜層140は、液晶層150の上で、液晶層150に隣接するように配置される。第二の配向膜層160は、液晶層150の下で、液晶層150に隣接するように配置される。第一の配向膜層140及び第二の配向膜層160は、液晶層150内の液晶分子の初期配向を空間位相変調器100内の各層に対して垂直に制御するための垂直配向膜として構成される。
【0039】
液晶層150は、第一の配向膜層140と第二の配向膜層160との間に配置される。液晶層150は、第一の配向膜層140及び第二の配向膜層160の影響を受けて、電圧印加のない無電界状態で液晶分子が垂直に配向される垂直配向(VA)液晶層として構成される。
【0040】
反射層170は、第二の配向膜層160の下に位置し、空間位相変調器100の上方から、カバーガラス120に入力され、透明電極層130、第一の配向膜層140、液晶層150、及び第二の配向膜層160を順に通過して伝播してくるパルス光を反射するように構成される。
【0041】
カバーガラス120への入力光に対する反射層170からの反射光は、第二の配向膜層160、液晶層150、第一の配向膜層140、透明電極層130、及びカバーガラス120を順に通って上方に伝播し、入力光に対する位相変調光として出力される。
【0042】
下部電極層180は、上述した画素毎の電極を備え、透明電極層130と共に、コントローラ17からの駆動信号を受けて、液晶層150に、画素毎の電圧を印加する。電圧印加により、液晶層150には電界が形成される。この電界形成により、液晶層150を通過する光には画素毎の位相シフトが生じ、位相変調が実現される。
【0043】
空間位相変調器100内では、高エネルギー光の吸収により無視できない発熱が生じる。発熱は、空間位相変調器100の熱損傷の原因となり得る。そのため、本実施形態の空間位相変調器100の各層は、熱損傷の抑制を考慮した材料で構成される。
【0044】
熱損傷の抑制のためには、高い耐熱性を有する材料を選択することができる。あるいは、熱伝導率の良好な材料を選択して、熱をすばやく拡散させることができる。あるいは、透過率の良好な材料を選択して、光吸収による発熱を抑えることができる。
【0045】
本実施形態によれば、カバーガラス120は、サファイアで構成される。サファイアの耐熱温度は、カバーガラス材料として一般的なホウケイ酸ガラスよりも高く、およそ2000℃である。サファイアの熱伝導率は、およそ42W/mKである。
【0046】
サファイアの透過率は、400~1000nmの波長帯で、およそ85%以上である。このようにサファイアのカバーガラス120は、発熱に対して耐久性があるばかりではなく、熱を、効率よく拡散させ、外部に消散させることができる。
【0047】
空間位相変調器100の使用帯域、換言すればパルス光の波長帯としては、400nm~1000nmの波長帯、特には可視光に対応する波長帯が考えられる。しかしながら、空間位相変調器100の使用帯域を、紫外線の波長帯まで拡張する又は紫外線の波長帯にシフトさせる場合には、カバーガラス120の構成材料を、石英に変更してもよい。
【0048】
石英は、紫外線域において、サファイアよりも高い透過性を示す。但し、石英の熱伝導率は、サファイアより低く、1W/mK程度である。従って、カバーガラス120の材料は、空間位相変調器100の使用帯域に応じて、サファイア及び石英の中から選択することができる。
【0049】
透明電極層130は、ITO(酸化インジウムスズ)透明電極層として構成される。ITOは、紫外域にエネルギーバンドギャップを有するワイドギャップ半導体である。空間位相変調器100が果たすべき機能から、透明電極層130には、透過性及び導電性が必要である。この制約の中では、透明電極層130をITOで構成することが適切である。
【0050】
但し、透明電極層130の透過率は、空間位相変調器100の他の層と比較して高くない。すなわち、透明電極層130では、パルス光を受けて発熱が生じやすい。更に、透明電極層130の耐熱温度は、およそ600℃以下である。
【0051】
この透明電極層130における発熱は、カバーガラス120の高い熱伝導率により効率よく外部に消散される。カバーガラス120の高い熱伝導率により、透明電極層130の熱損傷は、抑制される。
【0052】
また、第一及び第二の配向膜層140,160は、ケイ素酸化物(SiOx)の無機配向膜層で構成される。配向膜層として従来よく用いられるポリイミドの有機配向膜層の耐熱温度は、400℃以下である。
【0053】
一方、ケイ素酸化物(SiOx)の無機配向膜層の耐熱温度は、透明電極層130及び液晶層150の耐熱温度より高く、およそ1000℃である。このため、本実施形態では、透明電極層130や液晶層150より先に第一及び第二の配向膜層140,160が損傷して、空間位相変調器100が使用不能となるのを抑制することができる。
【0054】
この他、本実施形態では、非金属の反射層170が下部電極層180の上に配置される。これにより、下部電極層180の発熱が抑制される。下部電極層180は、上記画素毎の電極として、アルミニウム又は金の電極を有する。
【0055】
反射層170は、具体的には、無機材料の多層構造で構成される。無機材料の例には、二酸化ケイ素(SiO)、酸化チタン(TiO又はTi)、及び、フッ化マグネシウムMgFが含まれる。これら無機材料の多層構造の耐熱温度は、これら無機材料の融点に対応し、およそ1100℃である。
【0056】
無機材料の多層構造によれば、透過率1%未満の反射層170を構成することができ、反射層170での発熱を抑制することができる。
【0057】
この他、本実施形態では、高エネルギー光に対する空間位相変調器100の耐久性を向上させるために、液晶層150が、ラジカル重合を抑制する重合抑制剤を添加した液晶組成物で構成される。
【0058】
空間位相変調器100の損傷には、発熱に起因する損傷の他、液晶層150内で生じるラジカル重合に起因する損傷が含まれる。ラジカル重合は、光作用により生じる重合反応の一つである。以下には、トラン骨格を有するネマティック液晶分子の構造式が示される。
【0059】
【化1】
液晶組成物は、複数の液晶性化合物を混合して生成される。液晶性化合物は、通常、低分子有機化合物であり、強い光の照射に対して光感受性を有する。例えば、液晶性化合物は、硬直なπ骨格、柔軟な側鎖、及び極性基を有する低分子有機化合物である。
【0060】
このため、液晶性化合物は、入力される光により分子骨格の一部が励起状態となり、ラジカルを発生させる。以下の化学式は、トラン骨格に対する光作用で生じたラジカルを有するネマティック液晶分子を説明する。
【0061】
【化2】
本実施形態では、室温を含む広い範囲でネマティック液晶性を示す液晶性混合物が、液晶層150の形成に用いられる。その液晶性混合物には、トラン骨格を有するネマティック液晶性化合物が含まれる。
【0062】
この液晶層150は、入力光の作用により生じる活性の高いラジカルを成長種として、連鎖的にモノマーが付加して重合が進行していくことで損傷する。従って、光作用により発生する活性ラジカルと容易に反応して、活性ラジカルを不活性化させることができれば、連鎖する重合反応を抑制して、光作用による液晶層150の損傷を食い止めることができる。このために、本実施形態では、ラジカル重合を抑制する性質を有する有機化合物を、重合抑制剤として液晶性混合物に添加して、液晶組成物を生成する。
【0063】
すなわち、本実施形態では、図3に示すように、液晶組成物の主材料として、複数の液晶性化合物を混合した液晶性混合物を用意する(S110)。更には、添加剤として、重合抑制剤を用意する(S120)。そして、液晶性混合物に重合抑制剤を添加して、液晶組成物を生成する(S130)。この液晶組成物を用いて液晶層150を形成するように、空間位相変調器100を製造する(S140)。
【0064】
こうして製造される空間位相変調器100によれば、液晶層150に含まれる重合抑制剤が、液晶層150内の活性ラジカルと反応して、活性ラジカルが不活性化する。このため、液晶層150では、連鎖する重合反応を阻害して、ラジカル重合に起因する損傷を抑制することができる。
【0065】
本実施形態では具体的に、液晶性混合物に対し溶解性を示し且つ反応性の低い重合抑制剤が用いられる。液晶性混合物に溶解しやすく液晶組成物の物性を大きく変化させないという観点で、液晶分子構造に近い有機化合物が重合抑制剤として選択される。
【0066】
液晶性化合物は、ベンゼン環等の芳香環とアルキル基とを共に持つ構造をしている。すなわち、液晶分子構造に近い有機化合物とは、芳香環構造とアルキル基構造とを共に有する化合物である。特に、炭素数5以上のアルキル基を有する有機化合物は、液晶性混合物に溶解しやすく、高濃度の添加に向いている。
【0067】
液晶層150の形成には、液晶分子構造に近い有機化合物の一つ又は複数が重合抑制剤として用いられる。特に選択可能な重合抑制剤としては、フェノール系有機化合物、及び、ヒンダードアミン系有機化合物を例に挙げることができる。このうち、ヒンダードアミン系有機化合物を重合抑制剤として用いるのが、耐久性向上の観点で好ましいことを、本開示者は、突き止めた。
【0068】
重合抑制剤として、フェノール系有機化合物を用いた場合、及び、ヒンダードアミン系有機化合物とを用いた場合のそれぞれの、耐久性に関する実験結果を、以下に説明する。表1は、その実験結果を示す。
【0069】
【表1】
実験は、重合抑制剤以外の構成が同一の液晶に対し、波長450nmのCWレーザ光を入射して行われた。重合抑制剤として使用されたフェノール系有機化合物は、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール、であり、その分子構造は、次の通りである。
【0070】
【化3】
重合抑制剤として使用されたヒンダードアミン系有機化合物は、ビス(1-ウンデカンオキシ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-4-イル)カーボネートであり、その分子構造は、次の通りである。
【0071】
【化4】
表1のケース1は、重合抑制剤としてヒンダードアミン系有機化合物を4重量%添加した液晶に対し、CWレーザ光として、入力パワー密度が500W/cmの直線偏光を、その偏光軸を液晶分子の長軸に合わせて入射したときに、入射から液晶の破壊が確認されるまでに要した時間である破壊時間を示す。ケース1での破壊時間は、200時間である。
【0072】
ケース2は、重合抑制剤としてフェノール系有機化合物を6重量%添加した液晶に対し、CWレーザ光として、入力パワー密度が500W/cmの直線偏光を、その偏光軸を液晶分子の長軸に合わせて入射したときの破壊時間を示す。ケース2での破壊時間は、57時間である。
【0073】
ケース3は、重合抑制剤が添加されていない液晶に対し、CWレーザ光として、入力パワー密度が500W/cmの直線偏光を、その偏光軸を液晶分子の長軸に合わせて入射したときの破壊時間を示す。ケース3での破壊時間は、20時間である。
【0074】
ケース4は、重合抑制剤としてフェノール系有機化合物を6重量%添加した液晶に対し、CWレーザ光として、入力パワー密度が15W/cmの直線偏光を、その偏光軸を液晶分子の長軸に合わせて入射したときの破壊時間を示す。ケース4での破壊時間は、220時間である。
【0075】
ケース5は、重合抑制剤としてフェノール系有機化合物を6重量%添加した液晶に対し、CWレーザ光として、入力パワー密度が15W/cmの直線偏光を、その偏光軸を液晶分子の短軸に合わせて入射したときの破壊時間を示す。ケース5では、1000時間を超えても破壊を確認することができなかった。
【0076】
ケース5から理解できるように、破壊時間は、液晶分子に対する入射光の偏光方向によって大きく異なる。破壊を抑制するためには、液晶分子の短軸方向に平行になるように偏光軸が設定されたレーザ光が液晶に対して入射されるのが好ましい。
【0077】
しかしながら、レーザ加工用途において使用される空間位相変調器100には、大きな位相変調度が求められる。最大の位相変調度を得るためには、レーザ光の偏光軸が、液晶分子の長軸方向に平行になるように設定される必要がある。この場合、表1から理解できるように、液晶の寿命が短くなる。
【0078】
このことから、レーザ加工用途において使用される空間位相変調器100において、重合抑制剤の存在が有意義であることが理解できる。このことは、ケース1又はケース2とケース3との間の破壊時間の違いからも理解できる。
【0079】
そして、重合抑制剤の添加による耐久性向上の効果は、ケース1とケース2との比較から、重合抑制剤として、フェノール系有機化合物を用いる場合よりも、ヒンダードアミン系有機化合物を用いる場合に、より大きいことが理解できる。
【0080】
ここで留意すべきは、重合抑制剤が、液晶層150の配向性能に大きな影響を与える場合には、空間位相変調器100における位相変調能力が劣化するということである。また、重合抑制剤を、液晶性混合物に添加するためには、重合抑制剤が、液晶性混合物に溶解しなければならない。
【0081】
上述した通り、液晶性混合物に対し溶解性を示すのは、液晶分子構造に近い有機化合物である。従って、溶解のためには、重合抑制剤として、アルキル基を有しており、且つ、分子構造が直線状である有機化合物が用いられるのが好ましい。また、この有機化合物は、液晶分子の配向を物理的に邪魔しない分子構造を有しているのがよく、重合抑制剤としては、分子鎖が短い有機化合物が用いられるのが好ましい。すなわち、重合抑制剤の好適な例は、単官能性ヒンダードアミン系有機化合物、又は、分子鎖の短い二官能性ヒンダードアミン系有機化合物である。
【0082】
単官能性ヒンダードアミン系有機化合物の例としては、4-ヒドロキシ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-N-オキシルを挙げることができ、その分子構造は、次の通りである。
【0083】
【化5】
分子鎖の短い二官能性ヒンダードアミン系有機化合物の例としては、上述したビス(1-ウンデカンオキシ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-4-イル)カーボネートを挙げることができる。ビス(1-ウンデカンオキシ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-4-イル)カーボネートは、炭素数1の炭素-炭素結合を含む連結基により二つの官能基が連結されたヒンダードアミン系有機化合物の例である。
【0084】
その他、二官能性ヒンダードアミン系有機化合物の例としては、セバシン酸ビス(1,2,2,6,6-ペンタメチル-4-ピペリジル)を挙げることができ、その分子構造は、次の通りである。
【0085】
【化6】
セバシン酸ビス(1,2,2,6,6-ペンタメチル-4-ピペリジル)は、炭素数10の炭素-炭素結合を含む連結基により二つの官能基が連結されたヒンダードアミン系有機化合物の例である。
【0086】
セバシン酸ビス(1,2,2,6,6-ペンタメチル-4-ピペリジル)では、分子鎖が長く、液晶分子の十分な配向性能が得られない可能性がある。現実に実験では、セバシン酸ビス(1,2,2,6,6-ペンタメチル-4-ピペリジル)等の2つのヒンダードアミン構造の間に炭素数4以上の長鎖のアルキル基を有する化合物を液晶材料に添加してそれを垂直配向の液晶デバイスに適用した場合に、垂直配向能が低下する傾向が見られた。
【0087】
従って、二官能性ヒンダードアミン系有機化合物を重合抑制剤として用いる場合には、上述したビス(1-ウンデカンオキシ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-4-イル)カーボネートのような、炭素数3以下の炭素-炭素結合を含む連結基により二つの官能基が連結されたヒンダードアミン系有機化合物を用いるのが好ましい。連結基が炭素数3以下の炭素-炭素結合を含むヒンダードアミン系有機化合物であれば、液晶分子を実用的に配向可能であることを、本開示者は確認している。
【0088】
更に、本開示者は、光照射後に損傷した液晶の成分を、光照射がなされていない液晶の成分と比較したところ、図4に示すように、液晶材料の主成分において脱フッ素化が生じていることを確認した。すなわち、脱フッ素化が生じるような液晶材料の選択は、液晶層150の耐久性を劣化させる。
【0089】
従って、液晶組成物を生成するにあたって用意する液晶性混合物(S110)は、末端にフッ素原子を有さない液晶性化合物を主成分とする液晶性混合物であるのが好ましい。ネマティック液晶性を示す液晶性化合物は、一般的に次のような線状構造を有する。
【0090】
【化7】
すなわち、液晶性化合物は、ベンゼン環やシクロヘキサン環のような剛直な環構造が連結基Yで結合され、その末端X,Zには、アルキル基、アルコキシ基、シアノ基、及び、フッ素原子のような柔らかい置換基が結合した構造を有する。この末端にフッ素原子が結合していない液晶性化合物を選択することで、耐久性が改善する。
【0091】
上述した重合抑制剤は、0.01重量%から20重量%までの範囲、より具体的には、0.05重量%から10重量%までの範囲、更に具体的には、3重量%から10重量%までの範囲で液晶性混合物に添加され得る。
【0092】
これにより、液晶層150は、0.01重量%から20重量%までの範囲の重合抑制剤を含む液晶組成物、より具体的には、0.05重量%から10重量%までの範囲の重合抑制剤を含む液晶組成物、更に具体的には、3重量%から10重量%までの範囲の重合抑制剤を含む液晶組成物で構成され得る。3重量%以上の重合抑制剤の添加が特に高エネルギー光に対する液晶層150の耐久性を向上させる。重合抑制剤の添加量は、実験等を通じて、空間位相変調器100の位相変調能力を保持しながら、ラジカル重合による損傷を抑制するために最適な量に定められ得る。
【0093】
また、本実施形態では、上述した通り液晶層150として垂直配向(VA)液晶層が採用されている。垂直配向液晶層は、強度変調を伴わずに位相変調を行うことができることから、レーザ加工用途に適している。
【0094】
液晶の駆動方式としては、主に次の三つの駆動方式、TN(Twisted Nematic)方式、VA(Vertical Alignment)方式、及びIPS(In-Plane-Switching)方式がある。
【0095】
このうち、TN方式及びIPS方式は、液晶層内で液晶分子を液晶層の表面に対して平行に回転させることで光の旋光性、もしくは、液晶層内の速軸と遅軸との間の位相差を利用して、液晶層の外側から表面を通じて内側に入射する入射光の偏光軸を制御し、強度変調を得る方式である。これらの方式では、位相変調と強度変調とが同時に発生する。
【0096】
一方、VA方式は、液晶層内で液晶分子を液晶層の表面に対して直交する方向に回転させることで、入射光の偏光軸の回転を回避しながら、液晶分子の屈折率が異常光線と常光線との間で変化することを利用して入射光の位相を制御し、強度変調なしで位相変調を得る方式である。VA方式によれば、液晶分子は、液晶層の表面に平行な面上で回転せず角度が一定のまま液晶層厚方向に回転する。VA方式によれば、強度変調を伴わずに位相変調のみを行うことができるため、効率的な位相変調を実現することができる。
【0097】
以上に本開示の例示的実施形態を説明したが、本開示の技術は、液晶デバイスの構成材料に対して吸収の少ない又は吸収を持たない波長の光のレーザ照射においても、重合抑制剤の添加により、液晶材料の分解を抑制することができる点で、大変有意義である。
【0098】
本開示は、上記実施形態に限定されるものではなく、種々の態様を採ることができることは言うまでもない。例えば、本開示の技術は、空間位相変調器100に限らず、様々な用途のLCOSデバイス、更には液晶デバイスに適用可能である。
【0099】
重合抑制剤として使用される有機化合物は、ヒンダードアミン系に限定されない。重合抑制剤として、フェノール系有機化合物が使用されて、空間位相変調器100が製造されてもよい。
【0100】
上記実施形態における1つの構成要素が有する機能は、複数の構成要素に分散して設けられてもよい。複数の構成要素が有する機能は、1つの構成要素に統合されてもよい。上記実施形態の構成の一部は、省略されてもよい。上記実施形態の構成の少なくとも一部は、他の上記実施形態の構成に対して付加又は置換されてもよい。特許請求の範囲に記載の文言から特定される技術思想に含まれるあらゆる態様が本開示の実施形態である。
図1
図2
図3
図4