(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-28
(45)【発行日】2024-01-12
(54)【発明の名称】検体中のウイルスを検出する方法およびウイルス検出装置
(51)【国際特許分類】
G01N 33/569 20060101AFI20240104BHJP
G01N 33/536 20060101ALI20240104BHJP
G01N 33/549 20060101ALI20240104BHJP
【FI】
G01N33/569 G
G01N33/569 Z
G01N33/536 D
G01N33/549
(21)【出願番号】P 2023535798
(86)(22)【出願日】2022-07-19
(86)【国際出願番号】 JP2022028103
(87)【国際公開番号】W WO2023002996
(87)【国際公開日】2023-01-26
【審査請求日】2023-06-12
(31)【優先権主張番号】P 2021119181
(32)【優先日】2021-07-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】517174430
【氏名又は名称】ナノティス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100145104
【氏名又は名称】膝舘 祥治
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 仁誠
(72)【発明者】
【氏名】永井 陽子
(72)【発明者】
【氏名】長棟 輝行
(72)【発明者】
【氏名】加藤 理紗
【審査官】西浦 昌哉
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/070884(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2011/0294225(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0149644(US,A1)
【文献】特開2015-179038(JP,A)
【文献】特開2005-151898(JP,A)
【文献】特開2002-174636(JP,A)
【文献】SCHICKLI, J.H. et al.,Plasmid-only rescue of influenza A virus vaccine candidates,PHILOSOPHICAL TRANSACTIONS OF THE ROYAL SOCIETY OF LONDON. SERIES B, BIOLOGICAL SCIENCES,Vol.356,2001年12月29日,p.1965-1973,DOI: 10.1098/rstb.2001.0979
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体、界面活性剤、および蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を含む試験溶液をマイクロ電極に接触させ交流電圧を印加して
、検体中のウイルスのヌクレオカプシドプロテインに結合した蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を
、前記ヌクレオカプシドプロテインと前記ウイルスの核酸を含む複合体を担体として誘電泳動して、マイクロ電極近傍に濃縮する工程、
及び
蛍光観察して検体中のウイルスの存在を検出する工程、
を含
む、検体中のウイルスを検出する方法。
【請求項2】
前記試験溶液を前記マイクロ電極に向けて流しながら、前記試験溶液を前記マイクロ電極に接触させて、検体中のウイルスのヌクレオカプシドプロテインに結合した蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を、前記マイクロ電極近傍に濃縮することを含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
検体中のウイルスのエンベロープが界面活性剤により化学的に破壊される、請求項
1に記載の方法。
【請求項4】
電圧印加の前後での蛍光の集合状態の蛍光画像変化を電子的に比較し、差分画像を定量値または定性判定結果に変換する工程をさらに含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
マイクロ電極を底部に備えるセルと、
マイクロ電極間に交流電圧を印加する電源と、
イメージセンサーと、
イメージを電気的に記録できる手段と、
電圧印加の前後での蛍光の集合状態の蛍光画像変化を電子的に比較し、差分画像を定量値または定性判定結果に変換する手段と、を備え、
検体、界面活性剤、および蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を含む試験溶液に交流電圧を印加して、マイクロ電極近傍に検体中のウイルスのヌクレオカプシドプロテインに結合した蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を
、前記ヌクレオカプシドプロテインと前記ウイルスの核酸を含む複合体を担体として誘電泳動して濃縮することで、抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体の有する蛍光を蛍光観察する、ウイルス検出装置。
【請求項6】
ウイルスのヌクレオカプシドプロテインに結合した蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体は、検体、界面活性剤、および蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を含む試験溶液中で、ウイルスのエンベロープを界面活性剤により化学的に破壊して得る、請求項5に記載のウイルス検出装置。
【請求項7】
前記試験溶液を前記セルに流入させながら、前記試験溶液を前記マイクロ電極に接触させ、検体中のウイルスのヌクレオカプシドプロテインに結合した蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を、マイクロ電極近傍に濃縮させる、請求項5に記載のウイルス検出装置。
【請求項8】
セル内に、試験溶液に乱流を発生させる突起が設けられている、請求項
5に記載のウイルス検出装置。
【請求項9】
イメージセンサーがカラーフィルタを内蔵したカラーセンサーである、請求項
5に記載のウイルス検出装置。
【請求項10】
複数のウイルスを同時に検出するための装置であって、異なる波長領域で蛍光標識された複数の抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を同時に濃縮する、請求項
5から9のいずれか1項に記載のウイルス検出装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検体中のウイルスを検出する方法およびウイルス検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
病原性ウイルスについて、生化学分析の専門知識や操作技術が不要で簡便かつ高感度に検出することは、世界中で要求されている重要な技術課題である。
非特許文献1に開示されているように、イムノクロマトグラフィー法により抗体を用いた測定方法は多種開発されてきている。イムノクロマトグラフィー法は使用するにあたり、知識、技術、装置、環境を選ばないため、例えば、A型およびB型インフルエンザウイルスに結合する抗体を用いたイムノクロマトグラフィー法は、臨床現場で迅速にインフルエンザの判定をすることに大きく寄与している。
【0003】
このように、手軽に検査ができる系を構成しやすいイムノクロマトグラフィー法であるが、感度の向上という点では技術的な壁がある。そこで、例えば、非特許文献2に開示されているように、イムノクロマトグラフィー法において移動相の抗体を標識する方法を蛍光物質、もしくは発光を惹起する酵素などに置き換えることにより、感度の向上が試みられている。
また、インフルエンザウイルスにおいては、非特許文献3に開示されているように、100~1000倍の感度向上に成功すれば検体を鼻汁ではなく、唾液での検査が可能となるため、医療従事者および患者の負担が軽減されることが期待されている。
【0004】
ここで、抗体と抗原の反応は可逆反応であり、モノクローナル抗体には特有の解離定数(Kd)が以下の式1のように定義される。
式1:
【数1】
(式1中、[Ab]、[Ag]、[Ab
・Ag]はそれぞれフリーな抗体、抗原、抗体抗原結合物の濃度を示す。)
簡潔化のため、[Ab
・Ag]=xとし、抗体初期濃度、抗原初期濃度を[Ab]
0、[Ag]
0とすれば、以下の式2の方程式が得られる。
式2:
【数2】
式2の方程式を解き、[Ab
・Ag]を[Ag]
0に対してプロットすれば、
図1のようなS字型のグラフが得られる。
図1中、y軸は抗原抗体複合物濃度に
対応する出力、x軸は検体中の対象物の濃度(目盛は対数)に相当する。最も典型的な状態として、Kd=[Ab]=[Ag]=[Ab
・Ag]の時に、S字の中央にプロットされる。Kdは抗体に固有のものであり、理論的にはいくらでもKdが小さいモノクローナル抗体を作成することは可能であるが、入手できるモノクローナル抗体のKd値は通常明記されていない。市販されているうち、最も性能の高いもので、例えば濃度は1mg/mLで3000倍希釈でELISA検出ができたという表記がされている。抗体の分子量を150,000として換算すれば、3000倍希釈した抗体濃度は2x10
-9Mであることから、モノクローナル抗体のKdは良くても(数値が小さいものでも)10
-9付近であることが推察される。
図1から明らかなように、[Ag]
0=Kd付近ではyがxの増減により大きく変化するため測定は良い感度を示すが、xが小さい領域(左部のプラトー領域)ではyはxの値にかかわらず、限りなく0に近い。この領域で、出力を電気的、化学的、光学的に増幅しても[Ab
・Ag]の値は限りなく0に近いため、非特異吸着などに依存するバックグランドノイズが同時に増幅されることになる。
【0005】
このようなモノクローナル抗体の特性を重視して、発明者らは抗原抗体反応に基づく検出システムの出力感度のみを増幅するのではなく、抗原の濃度を抗体の解離定数付近まで濃縮することこそ、システムとして実用的な高感度化の方法であると考えて研究開発を行なってきた。
【0006】
一方、特許文献1では誘電泳動の理論に基づいて、検体中の混合物から特定の物質を分離する方法、および抗体などにより特定物質を標識することが示唆されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【文献】西島、SCANS NEWS 2005 II
【文献】C. K. Lee et al, Journal of Clinical Virology 55 (2012) 239-243
【文献】A. Sueki et al, Clinica Chimica Acta 453, 71-74(2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)やインフルエンザウイルスなどの感染症ウイルスに関しては、検体中のウイルスを検出するために、より高感度な測定系が求められている。そこで、本発明が解決しようとする課題は、高感度な測定を専用の設備、環境、知識および技術を必要とすることなく行うことが可能となる新たな測定系を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、鋭意検討を重ねることによって、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は表面のスパイクタンパク質が頻繁に変異することが知られていることから、ウイルスの検出を行うためには、変異の影響を受けないヌクレオカプシドプロテイン(本明細書において、以下、「NP」とも記載する。)を検出することを想起するに至り、本発明を完成した。
【0011】
本発明は以下のとおりである。
[1]
検体、界面活性剤、および蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を含む試験溶液をマイクロ電極に接触させ交流電圧を印加して、マイクロ電極近傍に検体中のウイルスのヌクレオカプシドプロテインに結合した蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を濃縮する工程、
蛍光観察して検体中のウイルスの存在を検出する工程、
を含み、
前記ヌクレオカプシドプロテインが、核酸と複合体を形成している、
検体中のウイルスを検出する方法。
[2]
誘電泳動により、抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体がマイクロ電極近傍に濃縮される、[1]に記載の方法。
[3]
検体中のウイルスのエンベロープが界面活性剤により化学的に破壊される、[1]または[2]に記載の方法。
[4]
電圧印加の前後での蛍光の集合状態の蛍光画像変化を電子的に比較し、差分画像を定量値または定性判定結果に変換する工程をさらに含む、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[1]~[4]のいずれかに記載の方法において、異なる波長領域で蛍光標識された複数の抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を同時に濃縮することにより、複数のウイルスを同時に検出するための方法であってもよい。
[5]
マイクロ電極を底部に備えるセルと、
マイクロ電極間に交流電圧を印加する電源と、
イメージセンサーと、
イメージを電気的に記録する手段と、
電圧印加の前後での蛍光の集合状態の蛍光画像変化を電子的に比較し、差分画像を定量値または定性判定結果に変換する手段と、を備え、
マイクロ電極近傍に検体中のウイルスのヌクレオカプシドプロテインに結合した蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を濃縮することで、抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体の有する蛍光を蛍光観察する、ウイルス検出装置。ここで、前記ヌクレオカプシドプロテインが、核酸と複合体を形成している。
[6]
ウイルスのヌクレオカプシドプロテインに結合した蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体は、検体、界面活性剤、および蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を含む試験溶液中で、ウイルスのエンベロープを界面活性剤により化学的に破壊して得る、[5]に記載のウイルス検出装置。
[7]
試験溶液に電圧を印加して、マイクロ電極近傍に検体中のウイルスのヌクレオカプシドプロテインに結合した蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体が濃縮される、[5]または[6]に記載のウイルス検出装置。
[8]
電気浸透流により試験溶液が攪拌される、[5]~[7]のいずれかに記載のウイルス検出装置。電気浸透流を発生させる電源を別途備えていてもよく、交流電圧を印加する電源が電気浸透流を発生する電源を兼ねていてもよい。
[9]
セル内に、試験溶液に乱流を発生させる突起が設けられている、[5]~[7]のいずれかに記載のウイルス検出装置。
[10]
電気浸透流の惹起と、検体中のウイルスのヌクレオカプシドプロテインに結合した蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体の濃縮を同時に実行可能な電圧が印加される、[5]~[9]のいずれかに記載のウイルス検出装置。
[11]
イメージセンサーがカラーフィルタを内蔵したカラーセンサーである、[5]~[10]のいずれかに記載のウイルス検出装置。
[12]
複数のウイルスを同時に検出するための装置であって、異なる波長領域で蛍光標識された複数の抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を同時に濃縮する、[5]~[11]のいずれかに記載のウイルス検出装置。
【0012】
本発明は、以下の実施形態であってもよい。
[13]
[1]~[4]のいずれかに記載の方法において、あるいは[5]~[12]のいずれかに記載のウイルス検出装置において、
マイクロ電極と印加電圧の電圧・周波数の組み合わせがが、少なくとも一つは電気浸透流を惹起し検査液の攪拌を行い、少なくとも一つは誘電泳動によって核酸・NP・標識抗NP抗体の複合物を局所的に濃縮させることが可能である、
一つのマイクロ電極に、電気浸透流を惹起し検査液の攪拌を行うのに適した電圧・周波数の交流と、誘電泳動によって核酸・NP・標識抗NP抗体の複合物を局所的に濃縮させることに適した交流を合成した交流を印加することにより、マイクロ電極上で電気浸透流による攪拌と誘電泳動による濃縮を同時に起こさせることが可能である、および/または使用しているイメージセンサーがカラーフィルタを内蔵したカラーセンサーであり、抗ウイルスNP抗体が複数混在し、それぞれの抗体は発光の波長領域が、イメージセンサーとソフトウェアの組み合わせで独立して評価可能な程度に独立しており、複数の異なるウイルスを同時に検出することが可能である、
検体中のウイルスを検出する方法、あるいはウイルス検出装置。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、高感度な測定を専用の設備、環境、知識および技術を必要とすることなく行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】式2の方程式解き、[AbAg]を[Ag]
0に対してプロットした、抗原抗体反応の平衡曲線を示す。
【
図2】NANOTIS法に係る発明原理を概念図として示す。
【
図3】Qd585標識抗InflA-NP抗体の蛍光スペクトル(励起:350nm)を示す。
【
図4】マスクレスフォトリソグラフを実施するためのマイクロ電極の形状を示す。マイクロ電極間のギャップは5μmである。
【
図5】非イオン水中で、
図4のマイクロ電極に対して、それぞれ電圧を印加した際のグラファイトの分布状態を示す。
【
図6A】実施例1における顕微鏡画像を各秒数において動画から切り出した静止画を示す。
【
図6B】実施例1における顕微鏡画像を各秒数において動画から切り出した静止画を示す。
【
図6C】実施例1における顕微鏡画像を各秒数において動画から切り出した静止画を示す。
【
図7】誘電泳動画像を数値化した図として、
図6に示す定量値と時間をプロットしたグラフを示す。
【
図8】実施例2における電圧印加直後の切り出した静止画を示す。
【
図9】実施例2における電圧印加15秒後の切り出した静止画を示す。
【
図11】実施の形態1の乱流を発生させる突起が設けられているセルの例を示す。
【
図13】3種の量子ドット(Qd525、Qd585、Qd655)の蛍光スペクトルを示す。蛍光強度は、それぞれ最大100になるように正規化した。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の本実施形態に制限されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0016】
本発明の一実施形態は、検体中のウイルスを検出する方法であって、
検体、界面活性剤、および蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を含む試験溶液をマイクロ電極に接触させ交流電圧を印加して、マイクロ電極近傍に検体中のウイルスのヌクレオカプシドプロテインに結合した蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を濃縮する工程、
蛍光観察して検体中のウイルスの存在を検出する工程、
を含み、
前記ヌクレオカプシドプロテインが、核酸と複合体を形成している、
検体中のウイルスを検出する方法に関する。
また、本発明の別の一実施形態は、ウイルス検出装置であって、
マイクロ電極を底部に備えるセルと、
マイクロ電極間に交流電圧を印加する電源と、
イメージセンサーと、
イメージを電気的に記録する手段と、
電圧印加の前後での蛍光の集合状態の蛍光画像変化を電子的に比較し、差分画像を定量値または定性判定結果に変換する手段と、を備え、
マイクロ電極近傍に検体中のウイルスのヌクレオカプシドプロテインに結合した蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を濃縮することで、抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体の有する蛍光を蛍光観察する、ウイルス検出装置に関する。
本発明においては、本発明の一実施形態のウイルス検出装置を用いて試験溶液に含まれる検体中のウイルスの存在を検出することができる。
ここで、ウイルスの存在の検出とは、ウイルスの存在の有無を確認したい検体中に、ウイルスの存在の有無を確認することである。
【0017】
本発明の検体中のウイルスを検出する方法及びウイルス検出装置においては、以下の理論に基づいていると本発明者らは考察している。
誘電泳動で粒子に加わる力(F
DEP)は、以下の式3で与えられる。
式3:
【数3】
(式3中、rは粒子の半径、▽Eは粒子の両側の電界の不均一性を示す。)
式3から明らかなように、粒子の半径の3乗に比例して粒子に力が加わる。
細菌類は粒子径が数μmあり、誘電泳動が容易に起きるのに対し、ウイルスとして、例えば、インフルエンザウイルスはその粒子径が約0.1μmであるため、1/1000の加速度しか得られない。
ここで、NPは粒子径が約10nm弱と見積もられることから、ウイルスの場合のF
DEPよりも、さらに1/1000以下となるため、NPを直接誘電泳動で濃縮することは難易度が高い。本発明者らは黒鉛に代表される非常に誘電泳動
が起こりやすい粒子を担体として使用することをすでに検討してきたが、NPを選択的に担体上に固定化する過程を必要とするため、反応系が複雑になっていた。
【0018】
なお、本発明において、電圧を印加するために用いるマイクロ電極に対して、電極間の電界が0.1~50MV/mであるように交流電圧を印加する。電界は(印加した交流のピーク間の電圧(V))/(電極間の距離(m))で求められるので、実用的には、電極間ギャップが0.2~100μm、望ましくは1~10μmであり、この時印加する交流電圧は、例えば、1~50Vであれば電界強度は0.1~50MV/mとなる。
【0019】
本発明において、検出の対象となるウイルスとしては、NPが核酸と複合体を形成するウイルスであれば特に限定されるものではないが、エンベロープを有するウイルスが好ましい。
エンベロープを有するウイルスとしては、特に限定されるものではないが、例えば、コロナウイルス(Covid-19および従来型)、インフルエンザウイルス、ヘルペスウイルス、風疹ウイルス等が挙げられる。
エンベロープを有するウイルスに対して、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のように、表面のスパイクタンパク質が頻繁に変異することから、スパイクタンパク質を標的とするのではなく、本発明では、ヌクレオカプシドプロテインを標的として、ウイルスの検出に利用している。
核酸は、対象となるウイルスによって、DNAであってもRNAであってもよいが、RNAであることが好適である。
また、ヌクレオカプシドプロテインは、対象となるウイルスのDNAやRNAに結合しているタンパク質として知られている。
【0020】
本発明においては、検体、界面活性剤、および蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を含む試験溶液が準備されることが好ましい。
本発明の一実施形態における、検体中のウイルスを検出する方法において、
検体、界面活性剤、および蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を含む試験溶液を準備する工程を含んでいてもよい。
試験溶液の準備は、ウイルス検出装置に備えられるマイクロ電極を底部に備えるセル中で行ってもよく、検体を採取するサンプル中で行ってもよく、検体を採取した後、界面活性剤、および蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を含むように試験溶液を準備してもよい。
試験溶液の準備は、ウイルスの検出方法の実施形態に応じて、適宜設定可能である。
ウイルス検出装置に備えるセルとしては、毛細管現象によって試験溶液が電極のギャップを通過していくことが可能であり、なおかつ、蛍光を観察できる透明性があるセルであれば、その材質や形状等は特に限定されるものではなく、適宜設定可能である。
セルには、界面活性剤および/または蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体が、その壁面に塗布されていてもよい。
【0021】
検体は、最終的に検体中にウイルスの存在を確認することができればよいので、特に限定されるものではないが、生体由来試料が挙げられる。また、食品、工場、学校や病院といった建物内に存在するものから採取される試料などを検体としてもよい。
生体由来試料の生体としては、特に限定されないが、望ましくはヒトの唾液もしくは鼻腔ぬぐい液、鼻汁を対象とする。得られた生体由来試料をそのまま検出対象としてもよく、水やアルコールなどの溶媒で試料を希釈、懸濁または溶解したものを用いてもよい。水やアルコールなどの溶媒には、界面活性剤が含まれていてもよい。
【0022】
界面活性剤としては、ウイルスのエンベロープを破壊可能な物質であればよく、特に限定されるものではないが、例えば、Triton X-100などが挙げられる。
【0023】
試験溶液が準備されると、試験溶液中では、以下、検出対象のウイルスを含む場合として記載するが、ウイルスを含まない場合であっても、同様に反応や工程は進められる。
検体中のウイルスは界面活性剤を用いて化学的にエンベロープを破壊し、核酸・NPの複合体をウイルスの殻外に漏出させる。なお、準備する工程において、検体、界面活性剤、および蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を含む試験溶液を準備するが、先に検体と界面活性剤を混合して、核酸・NPの複合体をウイルスの殻外に漏出させてもよい。その後、当該溶液に対して、抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を混合してもよい。核酸・NPの複合体をウイルスの殻外に漏出させた溶液を、一度、当該複合体を濃縮するための操作を行ってから、抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を混合してもよい。
【0024】
本発明においては、核酸はウイルスと同等の巨大分子であり、本来NPやNP・抗体複合物など数nmの分子を誘電泳動によって濃縮することは困難であったが、前記の黒鉛などの担体に変わるものとして核酸を誘電泳動の対象とすることに思い至り、本発明に至った。
インフルエンザの場合にはRNA1分子あたりNPは約1000分子が吸着している(Biochem.J. (1983) 211, 281)。これによって核酸(インフルエンザ、新型コロナウイルスの時は単鎖のRNA)1分子に約1000分子のNPが強固に吸着した核酸・NP複合体として、NPが試験溶液内に溶出する。
NPは直接誘電泳動することは困難であるが、核酸を担体とすることで、実用的な条件で誘電泳動濃縮ができることを、以下の実施例に示すとおり本発明者らは確認した。
【0025】
抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体としては、ポリクローナル抗体を用いてもよいが、モノクローナル抗体が好ましい。また、糖鎖を有する抗体を用いてFc領域の糖鎖を介して蛍光標識を行うことで、アフィニティーを維持することが可能である。
モノクローナル抗体の製造は従来公知の方法により実施可能であり、公知の方法により製造される抗体であってもよく、市販の抗体を用いることも可能である。
また、抗体の由来は特に問わないため、哺乳動物が挙げられ、実験動物であってもよく、具体的には、マウス、ラット、ウサギ、ラクダなどに由来する抗体を利用可能である。抗体としては、ヒト抗体であってもよく、また、キメラ抗体や、ヒト化抗体などを用いてもよい。
抗体は、IgG、IgA、IgM、IgDおよびIgEといったクラスがあり、IgGまたはIgMを好適に用いればよいが特に限定されず、例えば、IgGを用いる場合にもIgG1~IgG4などのサブクラスは特に限定されない。
抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体に代えて、上記で説明したこれらの抗体の断片を用いてもよい。
【0026】
抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体は蛍光標識されているが、蛍光標識のために用いる蛍光物質としては、以下の一部またはすべての要件を満たす物質が好適に用いられる。
・励起波長が長いこと、好ましくは350nm以上、より好ましくは400nm以上。
・蛍光波長が短いこと、好ましくは1500nm以下。
・吸光係数が高いこと、好ましくはモル吸光係数が10000以上。
・量子収率が高いこと、好ましくは0.1以上。
・複数の蛍光物質を用いる場合、一方の蛍光物質を励起する波長では他方の蛍光物質は励起されず、他方の蛍光物質の蛍光を測定する際には一方の蛍光物質が発する蛍光が重ならないこと。この場合、一方の蛍光物質の蛍光により他方の蛍光物質の励起が効率よく行えるよう、一方の蛍光物質の蛍光スペクトルと他方の蛍光物質の励起スペクトルのピークが十分近いことが好ましい。さらに、一方の蛍光物質の蛍光スペクトルは十分狭く、他方の蛍光物質の励起スペクトルは十分広いことが好ましく、励起スペクトルのピークと蛍光スペクトルのピークの位置の間の差(ストークスシフト)が十分大きいことがより好ましい。
また、蛍光物質としては、以下の一部またはすべての要件を満たすことが好適である。
・標識する抗体の水溶性を阻害しないこと。
・標識した後で、NPと抗体の特異的結合を阻害しないこと。
・標識により、非標識の物質を凝集させない、および/または光散乱を増強させないこと。
蛍光物質としては、量子ドットであることが好ましい。
蛍光標識として、量子ドットと一般に呼ばれている、半導体からなる粒径数nmの蛍光粒子が有機色素の数十倍の吸光係数と量子収率を持っていて、蛍光が強くかつ半値幅が狭いので系としては高い性能を得やすい。量子ドットを抗体の糖鎖に結合する方法を取ることにより、場合によっては生じていたFv領域の化学操作によるアフィニティーの低減を完全に回避することができる点も大きな利点である。
【0027】
試験溶液は、電気浸透流により試験溶液の攪拌を行ってもよく、セル内に、試験溶液に乱流を発生させる突起を設けて、試験溶液の撹拌を行ってもよい。
試験溶液の撹拌により、核酸・NP複合体を試験溶液内に溶出しやすくできると共に、誘電泳動濃縮にも有用である。
電気浸透流により試験溶液の攪拌を行う場合には、電気浸透流の惹起と、検体中のウイルスのヌクレオカプシドプロテインに結合した蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体の濃縮を同時に実行可能な交流電圧を印加してもよい。
乱流を発生させる突起の形状や場所は、試験溶液の撹拌の効果と流速の兼ね合いを考慮して、適宜設定可能である。
【0028】
本発明では、NPを特異的に認識する抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体は、蛍光観察して検体中のウイルスの存在を検出するために、蛍光標識されている。
抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体は、NPを認識するため、核酸とNPとの複合体のNPに結合し、担体としての核酸が、マイクロ電極に誘電泳動により濃縮される。
本発明においては、試験溶液をマイクロ電極に接触させ交流電圧を印加して、マイクロ電極近傍に検体中のウイルスのヌクレオカプシドプロテインに結合した蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を濃縮する。
ウイルス検出装置は、マイクロ電極間に交流電圧を印加するための電源を備える。電源としては、特に限定されるものではなく、電極間の電界が0.1~50MV/mであるように交流電圧を印加可能な電源を用いればよい。
電源としては、特に限定されるものではなく、所望の周波数と電圧が確保できる電源を用いればよい。一例を挙げると、マキシムインテグレイテッド社のMAX038を用いてもよい。
【0029】
本発明においては、蛍光観察して検体中のウイルスの存在を検出する。
マイクロ電極近傍に濃縮された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体の蛍光を観察してもよく、マイクロ電極近傍に濃縮されていく抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体の蛍光を観察してもよい。
本発明において、ウイルスを検出可能となっているのは、NPに特異的に結合するモノクローナル抗体には、蛍光物質(望ましくは量子ドット)で標識して共存させておくことで、マイクロ電極付近に核酸・NP・標識抗体の複合体が濃縮され、なおかつその動きを蛍光の光点の動きとして捉えることが可能であることを見出したものである。すなわちNPよりNP・RNA複合体が大きな粒子であることに加えて、NP・RNA複合体がさらに抗体を介してマトリックスを形成することにより、さらに誘電濃縮が加速されることも一因として寄与している。
【0030】
蛍光観察するために、ウイルス検出装置は、
イメージセンサーと、
イメージを電気的に記録する手段と、を備える。
ウイルス検出装置により、マイクロ電極近傍に検体中のウイルスのヌクレオカプシドプロテインに結合した蛍光標識された抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を濃縮することで、抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体の有する蛍光を蛍光観察するが、その場合、電圧印加の前後での蛍光の集合状態の蛍光画像変化を電子的に比較し、差分画像を定量値または定性判定結果に変換して蛍光観察を行ってよい。
したがって、ウイルス検出装置は、電圧印加の前後での蛍光の集合状態の蛍光画像変化を電子的に比較し、差分画像を定量値または定性判定結果に変換する手段をさらに備える。
イメージセンサーによる蛍光観察は、
(1)イメージセンサー上に透明な絶縁膜を設けて蛍光を測定する;
(2)検出セルの底部の外側に接するようにイメージセンサーを設けて蛍光を測定する;
(3)電極はX方向とY方向で異方性を有し、イメージセンサー上に電極と同様の異方性を有するスリットを設けて蛍光を測定する;
(4)検出セルの底部から励起光を照射し、検出セルの側面部にイメージセンサーを設けて蛍光を測定する
といった手法を適宜選択してよい。
イメージセンサーは、カラーフィルタを内蔵したカラーセンサーであってよく、一例として、SWIFT社の 顕微鏡デジタル接眼レンズ 電子アイピース 生物顕微鏡対応 500万画素 5MP HD USB2.0は電子回路がすでに装備されていて、好適に用いることができる。
蛍光観察する場合の条件も適宜設定可能であるが、励起光が一般的には300~600nmの波長を有するが、350nm以上の波長を有することが好ましく、400nm以上の波長を有することがより好ましい。
蛍光観察においては、フィルター+光センサー(フォトダイオード、フォトトランジスタ)による測定や、光っている状態を画像としてスマホ用の撮像素子で撮影し、あらかじめわかっている電極形状と照合して、画像認識させることにより、光っている部分のみを切り出すことが可能で、これによりコントラストを強調し、より精度の高い検出を行うことも可能である。
また、イメージを電気的に記録する手段としては、ハードディスク(またはSSD)等が挙げられ、イメージデータも同様に記録用ディスクに保存可能であり、USBメモリなどの外部記憶装置であってもよい。
電圧印加の前後での蛍光の集合状態の蛍光画像変化を電子的に比較し、差分画像を定量値または定性判定結果に変換する手段としては、アルゴリズムおよびこれをプログラム化したものがライブラリとして公知のものを用いてよい。一例として、オープンソースのソフトウェアとして普及しているImageJが挙げられる。ImageJを利用することで、自動化が可能となり、一連の動作、解析を全て自動化することも可能となる。イメージ間の演算は差分以外にも、排他的OR(XOR)など、基本とする画像との差異が明確になる演算方法であればよい。
【0031】
以下、説明の簡便化のためこの方法を核酸誘導光追跡免疫測定法(Nucleic Acid Navigated Optically Traceable Immuno-Sensing法)とする。本発明者らは、当該測定法をNANOTIS法と命名し、本発明を完成している。NANOTIS法に係る発明原理を概念図として示したのが
図2である。
図2において、1は核酸を示し、検出対象となるウイルスによって、DNAであっても、RNAであってもよい。核酸1には、ヌクレオカプシドプロテイン(NP)2が結合して、核酸・NP複合体を形成している。核酸・NP複合体は、界面活性剤により試験溶液中でウイルスから溶出して存在しており、抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体(抗NP抗体)3が、存在することで、核酸・NP・抗NP抗体の複合体が形成される。なお、抗NP抗体3は、蛍光物質4により蛍光標識されている。交流電圧の印加により、マイクロ電極5の近傍に、核酸・NP・抗NP抗体の複合体が濃縮され、抗NP抗体に標識されている蛍光物質の蛍光を観察することで、検体中のウイルスの存在が確認される。
NANOTIS法を用いれば、以下のメリットを同時に得ることができる。
・誘電泳動法で濃縮が困難な、NPを濃縮することが可能となる。
・外部から担体を加える複雑な系にすることなく、ウイルスが内在している核酸を担体とすることで、不均一系に伴いがちなばらつきを抑制できる。
・担体を加える必要がないので、試料の前処理が簡略化される。
・サンドイッチ反応のようにエピトープの異なる抗体ペアを探索する必要がないため、検出に必要な抗体は一種の抗NP抗体のみであり、系を単純化できるうえに、より短時間で新たな検出対象に対応できる。
・サンドイッチ反応をする抗体のペアはないが、突出して解離定数が低い抗体があればそれを使用して高感度化をはかることができる。
・NPは単独で扱うと、凝集、ゲル化、固相表面への吸着などの検出ノイズ要因があるが、核酸・NP複合体状態ではNPは核酸により安定化されているため、これらのノイズ要因を払拭できる。
・核酸1分子(インフルエンザでは8本の分節した単鎖RNAからなる)に対し、NPが約1000分子結合しているので、感度を得やすい。
・ウイルスは0.1μmで光学顕微鏡では捉えられないが、核酸・NP・標識抗体の動きを蛍光の光点として動きを捉えることが可能となる。
・本検出において、核酸は単なる担体として誘電泳動に寄与するのみであるが、NPはウイルス種により異なり、またNPと抗NP抗体の特異性により検出の特異性は担保できる(抗体自体が、B型インフルエンザウイルスおよびその他のウイルスのNPとの交差反応がないことを確かめられている)
・変異が起こりにくいNPの特異性により判定するため、スパイクタンパク質変異種ウイルスも検出できる。
・反応が抗原抗体1種ずつであるため、標識抗体をあらかじめ大過剰入れておくことにより高感度化をはかることができる。抗体を2種類用いるサンドイッチ系は、抗体同士の量(あるいは濃度)の偏りにより、検出範囲に影響を与えるので反応成分がシンプルなことは反応系全体の最適化を容易にする。
【0032】
Sasaki, Bunseki Kagaku, Vol.64, No1, 1(2015)によれば、電極のサイズ、電極間のサイズ、印加電圧、周波数などの条件が揃えば、交流電気浸透流、交流熱動電流など溶媒自体が動く現象があり得る。本発明者らはさらに電極の形状、材質によっても溶媒自体が動きつつ、核酸・NP・標識抗体が誘電泳動で集まる現象を確認しているが、複数の要因による電気的作用を精密に分類する必要は必ずしもなく、電極間で電界密度が不均一な交流を印加し、結果的に電極近傍に対象とする核酸・NP・標識抗体を集積・検出することが、本発明であるNANOTIS法の意図するものである。その際、溶媒自体の動きを積極的に誘起することにより効率的にZ方向の攪拌に用いることも可能であることも、本発明者らは確認している。場合によっては、誘電泳動に最適な周波数と、交流導電現象に最適な周波数を同時に印加しても良い。また、誘電泳動用の電極と、攪拌用の電極を同じ空間内に同時に備え、それぞれの目的に最適な周波数を印加しても良い。
【0033】
NANOTIS法によれば、本発明のウイルス検出装置は、複数のウイルスを同時に検出するための装置であって、異なる波長領域で蛍光標識された複数の抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体を同時に濃縮する、ウイルス検出装置であってもよく、本発明のウイルスを検出する方法は、複数のウイルスを同時に検出するための方法であってよい。
また、本発明のウイルス検出装置についての説明と、本発明のウイルスを検出する方法についての説明とは、相互に補完してよい。すなわち、本明細書における本発明のウイルス検出装置に関する説明は、本発明のウイルスを検出する方法についても適用され、本明細書における本発明のウイルスを検出する方法に関する説明は、本発明のウイルス検出装置についても適用される。
【実施例】
【0034】
以下実施例により、本発明を更に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
以下の実施例で用いた試験溶液の材料および装置は以下のとおりである。
【0035】
(試験溶液の材料)
検出物質(ウイルス):ガンマ線によって不活化したA型インフルエンザウイルスをBiorad社より入手した。商品番号はPIP021、抗原性はH1N1である。
抗体:バイオマトリックス研究所より抗A型インフルエンザウイルスNPモノクローナル抗体(FIA-2121)を入手した。メーカーにおいて15種類の変異型のA型インフルエンザウイルスのNPについて同等に結合することと、B型インフルエンザウイルスのNPには交差反応しないことが確認されている。
蛍光標識された抗体(標識抗体):SiteClick“ Qdot” 585 Antibody Labeling Kit(Thermo Fisher Scientific製)を用いて、同社が提供しているプロトコルに従って抗体のFc領域の糖鎖に量子ドット標識をおこなった。抗体の蛍光スペクトルを
図3に示す。
界面活性剤:ウイルスのエンベロープ破壊用にTriton X-100(Sigma-Aldrich)を使用した。
【0036】
(装置)
導電率計:堀場アドバンスドテクノ(EC-33B)
蛍光顕微鏡:ライカDFC360FX
交流発生器:KKmoon FY6800 デジタルファンクションジェネレータ
オシロスコープ:ヒューレットパッカード 54602B
【0037】
実施例1
マイクロ電極として、
図4に示す形状で、ガラス基板上にクロムをフォトリソグラフィーで2種の電極を形成した。電極のギャップを中心として、2x3mmの穴を開けたシリコンシート(0.05mm厚)を貼り付け、液だめ(セル)を形成した。
電極に集まる電界の分布を確認するために、非イオン水(MerckMiilliporeのMilliQから採水した)に粒径平均2μmのグラファイトを分散させたものを液だめに入れ、20V、30kHzの交流を30秒印加した後のグラファイトの
分布状態を
図5に示す。
【0038】
試験溶液の導電率を理想化したものとして、ウイルス、界面活性剤、標識抗体の溶液をそれぞれナノセップ(Pall社、分画300k)を用いて遠心ろ過法で3回非イオン水と置換した。
試験溶液中のウイルス、界面活性剤および標識抗体の各濃度が、以下の濃度となるように調整した。蛍光顕微鏡で観察しつつ、試験溶液が静止したのを確認したのち、交流電圧を印加した。混合から電圧印加までは2分以内とした。電極にオシロスコープを並列に接続して周波数、電圧を常時確認した。
ウイルス濃度:0.56mg/mL
界面活性剤濃度: 0.3%
標識抗体濃度: 75 nM
試験溶液の導電率は240μS/cmであった。
【0039】
具体的には以下のとおりである。
あらかじめ蛍光顕微鏡上に設置したマイクロ電極の液だめに、調製したウイルスと標識抗体の混合液(5μL)をセットした。蛍光顕微鏡の録画を開始し、界面活性剤の溶液を最終濃度が上記になるよう滴下した。15秒ほど経過して溶液の揺らぎが治まったことを確認し、顕微鏡画像の動画の保存を開始した。保存開始時を0秒として、8秒後に20V、30kHzの交流電圧を印加したところ、直ちに液全体が渦巻き状に動きつつ、その動きの中で光点が集まってくる様子が確認できた。顕微鏡画像を148秒まで録画した。
図6に各秒数において動画から静止画を切り出したものを示す。6秒時の静止画を参照画像とし、それぞれの静止画をImageJを用いて参照画像との差分画像を作成したものを差分として第3列に示す。これら、差分画像に対して、同じくImageJでAnalyze/Measureを実施
後、各ピクセルの平均輝度を定量値として第4列に示す。時間と定量値をプロットしたものを
図7に示す。
【0040】
また、正立型の顕微鏡に励起光を設置して正立型蛍光顕微鏡を組み立て、電極上部の光点観察をすることにより全光点の観察ができることを確認した。最終的には、この定量値に閾値を適用し、インフルエンザウイルスの濃度を望ましくは5~7段階で擬似定量値に変更し、同時に陰性、陽性の定性判定値として表示することができる。より好適には唾液を、溶媒の導電率を下げるための希釈液にいれる。希釈液は例えばD(-)マンニトールなどの導電率が低い糖アルコールと非イオン水の混合物でもよく、またこれらにはあらかじめ標識抗体および、界面活性剤が含まれているとより便利である。この混合試料を検出セルに毛細管現象で吸引させ、簡易の蛍光顕微鏡に検出セルをセットすると動画撮影が開始され、交流の印加が行われ、指定された時間後に動画を上記方法で処理し、判定値に変化するところまでを全て自動化するとより好適になる。手動による操作時間を差し引くと、検出セルをセットしてから検出までの時間は、120秒以下であり、通常、イムノクロマトグラフィーで結果が出るまでに5-10分かかることと比較して大幅な高速化が確認できた。また、異なるウイルス濃度で同様の実験を行なった結果、イムノクロマトグラフィーと比較して約100倍の高感度化を達成した。
【0041】
実施例2
実施例1と同様にして実施した。
電極のみBAS社のAu電極(くし形、電極幅10μm、電極間隔5μm)を用いた。1kHz~20MHzまで広く探索してみたところ、2MHzで良好に誘電泳動されることが観察された。
図8は電圧印加直後の静止画を示し、
図9は電圧印加15秒後の静止画を示す。
【0042】
実施例2において、誘電泳動は実施例1で用いたマイクロ電極に比べ高周波数領域で集まり、また集積速度も速いことが観察された。これは、電極のエッジの断面の鋭さ、電極材料の導電率なども影響を与えていると推察している。また、あくまでも本実験の条件下においての観察結果であるが、両者の電極を用いた実験を比較した場合、電気浸透流はITO電極を用いた低周波領域(1~10kHz)でより顕著であった。この結果から、例えば一個の検出セルに、1~100kHzを印加した実施例1で使用したマイクロ電極と100kHz~10MHzを印加したくし形Au電極を同時に備えるなど、電極の形状や材料を組み合わせることによって電気浸透流による攪拌と誘電泳動による濃縮を別の電極に受け持たせる、あるいはAu電極もしくはマイクロ電極の一種類のみを設けた検出セルに電気浸透流に適した周波数帯域と誘電泳動に適した周波数帯域を順次または同時に印加することによって、一つの検出セル内で電気浸透流による攪拌と誘電泳動による濃縮を行うことが可能である。また、同様の効果をより簡便に得るためには、検出セルのキャピラリー流路の途中に凸凹など、機械的な不均一性を持たせ、検出部の手前で流れを乱流にすることにより攪拌することも可能である。
【0043】
実施の形態1
実施例1及び2を踏まえて、濃縮効果を増強した検出セルの実施の形態を
図10に示す。実施例1及び2はマイクロ電極の上部に設けた液だめ(2x3x0.05mm、液だめの体積は0.3μL)にセットした試験液から検出対象物である、RNA・NP・標識抗体の複合体を電極近傍に局所的な濃縮を行なったが、検体を唾液や鼻腔ぬぐい液(望ましくは唾液)であることを想定し、標識抗体や界面活性剤
を含む低伝導性溶媒で2~10倍に希釈する場合、検体としては100~1000μLは容易に集めることができる。本発明によれば、低い濃度の検体からいかに濃縮して抗体の
解離定数近辺に
抗原濃度を持ってくるかを主眼ともしているので、面積の限られた微小な検出部分に、より多くの検体を接触させることにより、本発明の好適な目的を実行可能となる。そこで、
図10には、この点を考慮して設計した検出セルの実施の形態を示す。
図10において、111は透明な基板であり、その表面には複合電極114が設けられている。114をより詳細に描写すると、検出用のマイクロ電極115と電気浸透流発生用の電極116が設けられている。捕集効率を上げるためにはマイクロ電極は複数対であってもよい。より明確に効果を確認するためには1対であって
もよい。
図10には1対のマイクロ電極を有する場合を示す。ここで、115は高導電性でかつ腐食しにくいAu、銅、Ptが好適で、116は実施例で電気浸透流が容易に発生したITOを材料とすることが好ましいが、同じ材料にすることが製造
上より簡便性かつ低コストである。112はカバーガラスで毛細管現象を起こすのに適切な間隔(望ましくは20~200μm)をあけて111に固定されている。113は吸水
パッドで、イムノクロマトグラフィーの終端に用いられるものと同じもので良い。
試験溶液はAの場所にセットすることにより、毛細管現象でCに向かって流れ(x方向)、その際Bの領域で複合電極114に接触する。Bでは電気浸透流によって深さ方向(z方向)の攪拌が行われる。さらに、実施例1及び2と同じ原理で115においてy方向の濃縮が行われ、すなわち試験溶液を流すことにより、x、y及びz方向の濃縮が行われる。検体内に対象とするウイルスが存在すると、マイクロ電極115に光点の集積として現れ、実施例で説明したものと同じ方法でウイルスの量を計測することが可能である。実施の形態1では電気浸透流と誘電泳動を異なる電極で実施したが、これは一つの電極に集約してもよい。またz方向の攪拌は電気浸透流ではなく、流路に突起125を設けることにより乱流を発生させて機械的に攪拌することや、検出セルに振動子を接触させて機械的に攪拌することでも同様の効果が期待できる(
図11)。
【0044】
実施の形態2
図12を用いて実施の形態2の説明を行う。
図12において131は交流発生器1であり電気浸透流を惹起するのに適した電圧および周波数(A)を発生する。132は交流発生器2であり、誘電泳動を惹起するのに適した電圧および周波数(B)を発生する。133はミキサーであり、AとBの交流を合成してCの交流を発生する。このCの交流が検出セルに設けられたマイクロ電極134に印加される。それ以外の操作や材料は実施の形態1と同等である。この形態をとることにより、一つの電極に2種類の交流を印加することが可能となり、電気浸透流で攪拌しつつ、誘電泳動を同時に行って標識抗体・NP・RNA複合体を電極に集めて、観察することが可能となる。
【0045】
実施の形態3
蛍光観察を行う上で、抗体を標識する方法、抗体に標識される蛍光物質にはなんら限定はないが、クリック反応を利用して蛍光
標識を行うことが好ましく、抗体のFc領域の糖鎖に選択的に結合する量子ドットが好適に用いられる。量子ドットとして広範な蛍光波長のキットがThermo Fisherより入手することができる。一例として、3種の量子ドット(Qd525, Qd585, Qd655)の蛍光スペクトルを
図13に示す。
図13から明らかなように、これらの蛍光スペクトルは半値幅が約30nmと狭く、例えばこれら3種はほとんど交わらないので、カラーイメージセンサーを用いて容易に信号を独立して得ることが可能である。しかも量子ドット
の励起波長は450nm以下のすべての波長領域に渡っており、特に300nmあるいはそれより短波長の励起光で非常に高い効率で蛍光を発する。また、260nm付近のいわゆる深紫外線を発生するLEDは最近になってウイルスの不活化の需要が急速に上がり、量産によってコストが下がり、入手も容易になった。これらを組み合わせることにより、例えば抗SARS-CoV-2ウイルスNP抗体をQd525で標識し、抗A型インフルエンザウイルスNP抗体をQd585で、抗B型インフルエンザウイルスNP抗体をQd655で標識すると、一つの検体を使用した一回の測定で3種の感染を検査することが可能となる。
【符号の説明】
【0046】
1 核酸
2 ヌクレオカプシドプロテイン(NP)
3 抗ヌクレオカプシドプロテイン抗体(抗NP抗体)
4 蛍光物質
5 マイクロ電極
111、121 透明な基板
112、122 カバーガラス
113、123 吸水パッド
114、124 複合電極
115、125、134 検出用のマイクロ電極
116 電気浸透流発生用の電極
125 試験溶液に乱流を発生させる突起
131 交流発生器1
132 交流発生器2
133 ミキサー