(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-28
(45)【発行日】2024-01-12
(54)【発明の名称】皮膚様組織の製造方法、及びそれにより得られる皮膚様組織
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20240104BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20240104BHJP
C12M 3/00 20060101ALN20240104BHJP
C12M 1/00 20060101ALN20240104BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N1/00 B
C12M3/00 A
C12M1/00 C
(21)【出願番号】P 2019111134
(22)【出願日】2019-06-14
【審査請求日】2022-05-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100197169
【氏名又は名称】柴田 潤二
(72)【発明者】
【氏名】松浦 有宇子
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-529817(JP,A)
【文献】特開平06-292568(JP,A)
【文献】特開2010-193822(JP,A)
【文献】特開2011-092179(JP,A)
【文献】特開2019-010089(JP,A)
【文献】特開2011-182823(JP,A)
【文献】特許第7368117(JP,B2)
【文献】国際公開第2009/107266(WO,A1)
【文献】特開2016-016267(JP,A)
【文献】Arch Dermatol Res.,1993年,Vol.285,p.466-474
【文献】TISSUE ENGINEERING: Part C,2015年,Vol.21, No.1,p.15-22,DOI: 10.1089/ten.tec.2014.0065
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
C12N 1/00
C12M 3/00
C12M 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
三次元培養皮膚の製造方法であって、
多孔膜を有する細胞培養容器の前記多孔膜の上にのせた、表皮層と真皮層とを含む三次元培養皮膚の角層側の表面を、相対湿度45%~75%の気相に曝露しながら、前記細胞培養容器の前記多孔膜の外側面に培地を接触させて気相培養する工程、
を含
み、
前記三次元培養皮膚が、
(1)多孔膜を有する細胞培養容器の前記多孔膜の上に線維芽細胞を播種して線維芽細胞層を形成し、前記細胞培養容器の内側及び外側に培地を充填して、培養する工程;
(2)前記線維芽細胞層の上に、線維芽細胞とハイドロゲル化剤とを含む溶液を注いで、線維芽細胞を含むハイドロゲル層を形成し、前記細胞培養容器の内側及び外側に培地を充填して、培養する工程;及び
(3)前記ハイドロゲル層の上にケラチノサイトを播種してケラチノサイト層を形成し、前記細胞培養容器の内側及び外側に培地を充填して、培養する工程、
を含む工程によって作製される三次元培養皮膚である、方法。
【請求項2】
前記細胞培養容器が、前記細胞培養容器の外側に充填される培地由来の水蒸気が前記細胞培養容器の内側に混入することを防止する手段を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ハイドロゲル化剤が、コラーゲン、ゼラチン、ヒアルロナート、ヒアルロナン、フィブリン、アルギナート、アガロース、キトサン、キチン、セルロース、ペクチン、デンプン、ラミニン、フィブリノーゲン/トロンビン、フィブリリン、エラスチン、ガム、セルロース、寒天、グルテン、カゼイン、アルブミン、ビトロネクチン、テネイシン、エンタクチン/ニドジェン、糖タンパク質、グリコサミノグリカン、ポリ(アクリル酸)およびその誘導体、ポリ(エチレンオキシド)およびその共重合体、ポリ(ビニルアルコール)、ポリホスファゼン、マトリゲルならびにそれらの組み合わせからなる群から選択される、請求項
1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記気相培養する工程において、培地がマトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤を含む、請求項1~
3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記気相培養する工程において、培地がヘパラナーゼ阻害剤を含む、請求項1~
4のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚様組織の製造方法、及びそれにより得られる皮膚様組織に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚は生体内と生体外の環境を分ける体表を覆う器官である。皮膚は、物理的なバリアとして働き、乾燥や有害物質が生体内へ侵入することから守り、生命の維持に不可欠な役割を果たしている。
【0003】
天然皮膚においては、大きく分けて、表皮と真皮の二つの層から構成されており、表皮と真皮の間には表皮基底膜と呼ばれる薄くて繊細な膜が存在する。表皮基底膜は、約0.1μm程度の非常に薄い構造体であり、表皮と真皮の接合部にシート状に存在する。表皮基底膜は、基本構造であるラミナデンサ(lamina densa)とラミナルシダ(lamina densa)に加えて、ケラチノサイトのヘミデスモソーム、アンカリングフィラメント、アンカリング線維などから構成されており、特に該基本構造はIV型コラーゲン、各種ラミニン、及びプロテオグリカンなどで構成されている。表皮基底細胞と基本構造、特にラミナデンサを結合しているアンカリングフィラメントの主要な成分はラミニン5であり、基本構造と真皮のコラーゲン線維は、VII型コラーゲンを主成分とするアンカリング線維によって連結されている。またアンカリングフィラメントとアンカリング線維は互いに結合でき、これらはアンカリング複合体と称される複合体を形成する。このような構造によって、生体の最外層に存在する皮膚は外界からの力学的なストレスに負けない強度を備えている。
【0004】
何らかの原因により生来の皮膚(すなわち、天然皮膚)が損傷を受けた場合に、その代替物として用いるための人工皮膚の需要が高まっている。また、皮膚に対する医薬や化粧品の作用や薬物を試験するための実験材料としての人工皮膚の需要も高まっている。いずれの用途においても、天然の皮膚の構造を可能な限り模倣した人工皮膚の開発が強く望まれている。
【0005】
皮膚構造を模倣した様々な人工皮膚(三次元培養皮膚)を作製する方法が開発されており、既に実用化されているものも存在する。例えば、ヒト線維芽細胞を含むI型コラーゲンゲルの上に正常ヒト表皮ケラチノサイトを培養して表皮層を形成する方法が知られているが、この方法により得られる人工皮膚は、真皮を模倣するコラーゲンゲルと表皮を模倣する表皮層との間に基底膜が十分に形成されないことが知られている。そのため、このような人工皮膚を用いる場合には、マトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤、又はマトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤とマトリックスタンパク質産生亢進剤の両者を投与することで皮膚基底膜構造の再形成を促進させることができる(特許文献1)。また、セリンプロテアーゼを阻害する物質及び表皮基底膜成分の主要構成成分であるIV型、VII型コラーゲン又はラミニン5の産生量を高める物質が、マトリックスプロテアーゼ阻害剤による基底膜形成を促進させることも知られている(特許文献2)。また、マトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤とヘパラナーゼ阻害剤とを添加した培地を用いることにより、表皮基底膜及び真皮の高次構造の形成を促進させることも知られている(特許文献3)。しかしながら、これらの方法により製造された人工皮膚は、天然皮膚よりも角層の間隙が広く、密度が低いものであり、天然皮膚の構造を模倣しているとはいいがたいものであった。
【0006】
また、別の方法として、予め播種した線維芽細胞に細胞外マトリックスを形成させ、その上にケラチノサイトを播種することで、人工皮膚を作製させる方法も知られている(非特許文献1)。しかしながら、この方法は作製に時間がかかってしまったり、得られた人工皮膚の真皮の細胞密度が高すぎるなどの問題があった。また、この方法により製造された人工皮膚も、品質にばらつきが大きく、十分なものとはいえなかった。
【0007】
ヒト表皮同等物を低湿度条件で培養する方法によって、そのバリア機能が向上することは知られているが(非特許文献2)、当該方法はヒト表皮同等物に適用されるものであり、天然の皮膚構造を模倣した人工皮膚は得られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2001-269398号公報
【文献】特開2004-75661号公報
【文献】特許第5744409号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】El Ghalbzouri A., et al., Replacement of animal-derived collagen matrix by human fibroblast-derived dermal matrix for human skin equivalent products. Biomaterials. 2009 Jan;30(1):71-78
【文献】Sun R., et al., Lowered humidity produces human epidermal equivalents with enhanced barrier properties. Tissue Eng Part C Methods. 2015 Jan;21(1):15-22
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、皮膚様組織の製造方法、及びそれにより得られる皮膚様組織を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて研究開発を行ってきた。その結果、多孔膜を有する細胞培養容器の前記多孔膜の上にのせた表皮層又は表皮層同等物と真皮層又は真皮層同等物とを含む皮膚様組織の角層側の表面を、相対湿度45%~75%の気相に曝露しながら、前記細胞培養容器の前記多孔膜の外側面に培地を接触させて気相培養することにより、天然の皮膚に類似した構造を有する皮膚様組織を安定的に製造することができることを見出した。すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
【0012】
[1] 皮膚様組織の製造方法であって、
多孔膜を有する細胞培養容器の前記多孔膜の上にのせた前記、表皮層と真皮層とを含む皮膚様組織の角層側の表面を、相対湿度45%~75%の気相に曝露しながら、前記細胞培養容器の前記多孔膜の外側面に培地を接触させて気相培養する工程、
を含む、方法。
[2] 前記細胞培養容器が、前記細胞培養容器の外側に充填される培地由来の水蒸気が前記細胞培養容器の内側に混入することを防止する手段を有する、[1]に記載の方法。
[3] 前記皮膚様組織が、単離された皮膚組織又は三次元培養皮膚である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4] 前記皮膚様組織が、
(1)多孔膜を有する細胞培養容器の前記多孔膜の上に線維芽細胞を播種して線維芽細胞層を形成し、前記細胞培養容器の内側及び外側に培地を充填して、培養する工程;
(2)前記線維芽細胞層の上に、線維芽細胞とハイドロゲル化剤とを含む溶液を注いで、線維芽細胞を含むハイドロゲル層を形成し、前記細胞培養容器の内側及び外側に培地を充填して、培養する工程;及び
(3)前記ハイドロゲル層の上にケラチノサイトを播種してケラチノサイト層を形成し、前記細胞培養容器の内側及び外側に培地を充填して、培養する工程、
を含む工程によって作製される三次元培養皮膚である、[1]又は[2]に記載の方法。
[5] 前記ハイドロゲル化剤が、コラーゲン、ゼラチン、ヒアルロナート、ヒアルロナン、フィブリン、アルギナート、アガロース、キトサン、キチン、セルロース、ペクチン、デンプン、ラミニン、フィブリノーゲン/トロンビン、フィブリリン、エラスチン、ガム、セルロース、寒天、グルテン、カゼイン、アルブミン、ビトロネクチン、テネイシン、エンタクチン/ニドジェン、糖タンパク質、グリコサミノグリカン、ポリ(アクリル酸)およびその誘導体、ポリ(エチレンオキシド)およびその共重合体、ポリ(ビニルアルコール)、ポリホスファゼン、マトリゲルならびにそれらの組み合わせからなる群から選択される、[4]に記載の方法。
[6] 前記気相培養する工程において、培地がマトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤を含む、[1]~[5]のいずれか1項に記載の方法。
[7] 前記気相培養する工程において、培地がヘパラナーゼ阻害剤を含む、[1]~[6]のいずれか1項に記載の方法。
【0013】
[8] [1]~[7]のいずれか1項に記載の方法により得られる、皮膚様組織。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来の方法により得られる皮膚様組織よりも、天然の皮膚の構造に近い皮膚様組織が、安定的に提供可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、一実施態様における本発明の皮膚様組織の製造方法に用いる培養容器の断面図である。
【
図2】
図2は、一実施態様における本発明の皮膚様組織(三次元培養皮膚)の製造方法を示す概要図である。
【
図3】
図3は、100%相対湿度(RH)又は50%RHで培養した三次元培養皮膚のHE染色像を示す。(A)100%RH、12日間培養。(B)100%RHで14日間培養。(C)50%RHで5日間培養。(D)50%RHで7日間培養。
【
図4】
図4は、100%RH又は50%RHで培養した三次元培養皮膚の蛍光染色像を示す。(A、C、E、G)100%RHで培養した三次元培養皮膚、(B、D、F、H)50%RHで培養した三次元培養皮膚。(A、B)緑:抗Filaggrin抗体、赤:抗BH抗体、青:Hoechst33342(核)。(C、D)緑:抗TGase-1抗体、赤:抗Involurin抗体、青:Hoechst33342(核)。(E、F)赤:抗Corneodesmosin抗体、青:Hoechst33342(核)。(G、H)赤:抗Ki67抗体、青:Hoechst33342(核)。
【
図5】
図5は、100%RH又は50%RHで培養した三次元培養皮膚、及びヒト皮膚の電子顕微鏡写真である。SC:角層、SG~SP:顆粒層~有棘層、SB~derm:基底層~真皮。
【
図6】
図6は、100%RH又は50%RHで培養した三次元培養皮膚の蛍光染色像を示す。(A、C、E)100%RHで培養した三次元培養皮膚、(B、D、F)50%RHで培養した三次元培養皮膚。(A、B)緑:抗Laminin332抗体、青:Hoechst33342(核)。(C、D)緑:抗Type VII collagen抗体、青:Hoechst33342(核)。(E、F)緑:抗Fibrillin-1抗体、青:Hoechst33342(核)。
【
図7】
図7は、100%RH又は50%RHで培養した三次元培養皮膚、及びヒト皮膚の基底膜付近の電子顕微鏡写真である。矢頭:ヘミデスモソーム、LD:ラミナデンサ、CF:コラーゲン線維。
【
図8】
図8は、100%RH又は70%RHで培養した三次元培養皮膚のHE染色像を示す。(A)100%RH、14日間培養。(B)70%RH,14日間培養。
【
図9】
図9は、100%RH又は40%RHで培養した三次元培養皮膚のHE染色像を示す。(A)100%RH、14日間培養。(B)40%RH、14日間培養。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照しつつ詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は下記の形態のみに限定されることはない。本明細書中で用いられる「約」を伴う値は、その値±20%、より好ましくは10%の範囲の値も含まれることを意味する。
【0017】
<皮膚様組織の製造方法>
一実施態様において、本発明は、皮膚様組織の製造方法であって、
多孔膜を有する細胞培養容器の前記多孔膜の上にのせた、表皮層と真皮層とを含む皮膚様組織の角層側の表面を、相対湿度45%~75%(例えば、相対湿度約50%)の気相に曝露しながら、前記細胞培養容器の前記多孔膜の外側面に培地を接触させて気相培養する工程、を含む方法を提供する。
【0018】
従来の、相対湿度100%の環境において培養された皮膚様組織は、天然皮膚よりも角層の間隙が広くて密度が低いものであり、天然皮膚の構造を模倣した人工皮膚とはいいがたいものであった(例えば、
図7の100%RHの列の電子顕微鏡写真を参照)。
【0019】
しかしながら、本発明の方法であれば、従来の100%RHの雰囲気下で作製された皮膚様組織と比較して、角層の厚さが天然皮膚の厚さに近く、密度が高くなった皮膚様組織が得られる(例えば、
図7の矢印参照)。また、45%RH~75%RHの雰囲気下で作製された皮膚様組織は、表皮層の構造のみならず、基底膜が密な構造となり、ラミナデンサも厚くなる。さらに、ラミニン332及びVII型コラーゲンなどの発現も高くなり、基底膜の再構成が促進された、天然皮膚の構造に近い皮膚様組織が得られる(
図6~7参照)。
【0020】
本明細書において、「皮膚様組織」とは、表皮層又と真皮層とを含む、天然皮膚構造を模倣した構造体をいい、例えば、生体から単離された皮膚組織、又は、インビトロで再構築された三次元培養皮膚である。本明細書において、「表皮層」とは、主にケラチノサイトを含む層をいう。また、本明細書において「真皮層」とは、主に線維芽細胞を含む層をいう。真皮層は、線維芽細胞から産生されたコラーゲンを含む層であってもよく、外部から追加されたハイドロゲル、例えばコラーゲンゲルを含む層であってもよい。また、本明細書において、「基底膜」とは、表皮層と真皮層との間に形成される膜状の構造体をいう。
【0021】
本発明の方法において、培養するための温度は、典型的に細胞培養を行う温度であればよく、例えば、20℃~42℃、好ましくは30℃~39℃、例えば約37℃である。
【0022】
一実施態様において、気相培養する期間は、基底膜の再構成が促進される期間培養すればよく、例えば、1日~28日間、好ましくは3日~21日間、より好ましくは7日~21日間、例えば14日間であってもよい。
【0023】
気相の相対湿度は、例えば、気相の相対湿度を制御できるインキュベータを用いることによって調節することができる。例えば、細胞培養容器を、45%RH~75%RHの気相に制御したインキュベータ内に設置することによって、湿度を制御することができる。この場合、細胞培養容器の外側に充填される培地由来の水蒸気が前記細胞培養容器の内側に混入することを防止する手段を有する細胞培養容器を用いることが好ましい。そのような手段を有する細胞培養容器の例としては、例えば
図1に記載される構造を有する細胞培養容器を用いることができる。簡単に説明すると、細胞培養容器の蓋には、セルカルチャーインサートの内径とほぼ同径又はそれよりも大きい孔が設けられており、その孔に、セルカルチャーインサートと接して、細胞培養容器の外側に充填される培地由来の水蒸気が前記細胞培養容器の内側に混入することを防止するガラスリング等が設けられている。これにより、皮膚様組織(例えば、三次元培養皮膚)の角質層側の気相を厳密に制御することが可能となる。
【0024】
一実施態様において、本発明において用いられる皮膚様組織は、
(1)多孔膜を有する細胞培養容器の前記多孔膜の上に線維芽細胞を播種して線維芽細胞層を形成し、前記細胞培養容器の内側及び外側に培地を充填して、培養する工程;
(2)前記線維芽細胞層の上に、線維芽細胞とハイドロゲル化剤とを含む溶液を注いで、線維芽細胞を含むハイドロゲル層を形成し、前記細胞培養容器の内側及び外側に培地を充填して、培養する工程;及び
(3)前記ハイドロゲル層の上にケラチノサイトを播種してケラチノサイト層を形成し、前記細胞培養容器の内側及び外側に培地を充填して、培養する工程、
を含む工程によって作製される三次元培養皮膚であってもよい(
図2参照)。多孔膜を有する細胞培養容器(例えば、セルカルチャーインサート)の前記多孔膜の上に線維芽細胞を播種して線維芽細胞層を形成し、前記細胞培養容器の内側及び外側に培地を充填して、培養する(工程(1))。本発明の一実施態様において用いられるセルカルチャーインサートとは、細胞は透過できないが、培地等は透過できる多孔性の孔を有する膜を備えた細胞培養容器をいう。多孔膜の培養表面の反対側、つまり、付着細胞の付着面の裏側からも培地等を供給することができる。本発明に用いられる細胞培養容器、例えばセルカルチャーインサートは、市販のものを使用してもよい。
【0025】
本発明で用いられる培地は、皮膚様組織の製造に従来から使用されている任意の培地を用いることができ、例えば、10%の牛胎児血清を含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM);10%の牛胎児血清、トランスフェリン5μg/ml、インシュリン5μg/ml、tri-ヨードチロニン2nM、コレラトキシン0.1nM、ヒドロコーチゾン0.4μg/mlを含むDMEM-Ham’sF12(3:1);ケラチノサイト増殖培地(KGM)と10%牛胎児血清を含むDMEMとを1:1に混合した培地、等を用いることができるが、これらに限定されない。
【0026】
工程(1)で播種される線維芽細胞の細胞数は、例えば、0.01×106~10.0×106個/cm2、好ましくは0.05×106~5.0×106個/cm2、より好ましくは0.1×106~1.0×106個/cm2の量で播種する。工程(1)で播種される細胞は、線維芽細胞の他、真皮に含まれる他の細胞、例えば、肥満細胞、Meissner小体、組織球、神経細胞、樹状細胞、血管内皮細胞及び形質細胞からなる群から選択される1以上の細胞を含んでもよい。
【0027】
工程(1)の培養期間は、線維芽細胞がコンフルエント又はサブコンフルエントとなり、細胞外マトリクスを産生する期間培養することが好ましく、例えば、1日~14日間、好ましくは3日~10日間、より好ましくは5日~9日間、例えば約7日間である。これにより、増殖した線維芽細胞が培養面を覆い、なおかつ、細胞外マトリクスを産生させることができる。
【0028】
工程(1)の後、前記線維芽細胞層の上に、線維芽細胞とハイドロゲル化剤とを含む溶液を注いで、線維芽細胞を含むハイドロゲル層を形成し、前記細胞培養容器の内側及び外側に培地を充填して、培養する(工程(2))。本発明において用いることができるハイドロゲル化剤は、例えば、コラーゲン、ゼラチン、ヒアルロナート、ヒアルロナン、フィブリン、アルギナート、アガロース、キトサン、キチン、セルロース、ペクチン、デンプン、ラミニン、フィブリノーゲン/トロンビン、フィブリリン、エラスチン、ガム、セルロース、寒天、グルテン、カゼイン、アルブミン、ビトロネクチン、テネイシン、エンタクチン/ニドジェン、糖タンパク質、グリコサミノグリカン、ポリ(アクリル酸)およびその誘導体、ポリ(エチレンオキシド)およびその共重合体、ポリ(ビニルアルコール)、ポリホスファゼン、マトリゲルならびにそれらの組み合わせからなる群から選択することができ、好ましくは、コラーゲンである。
【0029】
工程(2)の線維芽細胞とハイドロゲル化剤とを含む溶液は、例えば、0.01×106~10.0×106個/mL、好ましくは0.05×106~5.0×106個/mL、より好ましくは0.05×106~1.0×106個/mLの密度の線維芽細胞を含んでいる。当該溶液を、工程(1)により得られる線維芽細胞層の上に注ぎ、ハイドロゲル層を形成させる。工程(2)で形成されるハイドロゲル層の厚さは、その後の培養段階での鉛直方向の収縮を考慮して、例えば、1mm~10mmとなるように調製すればよい。工程(2)で播種される細胞は、線維芽細胞の他、真皮に含まれる他の細胞、例えば、肥満細胞、Meissner小体、組織球、神経細胞、樹状細胞、血管内皮細胞及び形質細胞からなる群から選択される1以上の細胞を含んでもよい。工程(1)及び(2)において用いられる線維芽細胞は、好ましくは真皮線維芽細胞である。
【0030】
工程(2)の培養期間は、例えば、1日~7日間、好ましくは2日~5日間、より好ましくは2日~4日間、例えば約3日間である。
【0031】
工程(2)の後、前記ハイドロゲル層の上にケラチノサイト(表皮角化細胞)を播種してケラチノサイト層を形成し、前記細胞培養容器の内側及び外側に培地を充填して、培養する(工程(3))。工程(3)で播種されるケラチノサイトの細胞数は、例えば、0.01×106~10.0×106個/cm2、好ましくは0.05×106~5.0×106個/cm2、より好ましくは0.1×106~1.0×106個/cm2の量で播種する。工程(3)で播種される細胞は、ケラチノサイトの他、表皮に含まれる他の細胞、例えば、メラニン細胞、ランゲルハンス細胞、及びメルケル細胞からなる群から選択される1以上の細胞を含んでもよい。
【0032】
工程(3)は、ケラチノサイトがコンフルエント又はサブコンフルエントになる期間培養することが好ましく、例えば、1日~7日間、好ましくは2日~5日間、より好ましくは2日~4日間、例えば約3日間である。
【0033】
本発明において用いられる細胞は、初代細胞であってもよく、初代細胞を継代操作して増殖させた細胞であってもよく、ES細胞、iPS細胞、又はMuse細胞等の多能性幹細胞から分化誘導して得られる細胞を用いてもよく、株化された細胞であってもよい。また、用いられる細胞は、いずれの動物由来であってもよいが、脊椎動物由来が好ましく、哺乳動物由来がより好ましく、ヒト由来であることが最も好ましい。
【0034】
一実施態様において、気相培養する工程で用いられる培地は、マトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤(MMP阻害剤)を含んでもよい。培地には、マトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤が皮膚基底膜及び真皮の再生・修復を促進するために十分な濃度において含有され、典型的には培地に対して0.0000001~10重量%、好適には0.000001~10重量%で含有される。
【0035】
本発明において使用するマトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤としては、マトリックスメタロプロテアーゼに対して阻害活性を有する物質であればよく、特に制限はない。マトリックスメタロプロテアーゼとしては、例えばゼラチナーゼ、コラゲナーゼ、ストロメライシン、マトリライシン等が挙げられる。従って、マトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤は、例えばゼラチナーゼ、コラゲナーゼ、ストロメライシン、マトリライシン等を阻害する物質として選択することができる。
【0036】
マトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤の具体例としては、CGS27023A物質(N-ヒドロキシ-2-[[(4-メトキシフェニル)スルホニル]3-ピコリル)アミノ]-3-メチルブタンアミド塩酸塩)(J. Med. Chem. 1997, Vol. 40,p.2525-2532)、MMP-インヒビター(p-NH2-Bz-Gly-Pro-D-Leu-Ala-NHOH)(FN-437)(BBRC,1994, Vol.199, p.1442-1446)などが挙げられる。好適には、マトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤はCGS27023A物質である。
【0037】
一実施態様において、気相培養する工程で用いられる培地は、ヘパラナーゼ阻害剤を含んでもよい。培地には、ヘパラナーゼ阻害剤が皮膚基底膜及び真皮の再生・修復を促進するために十分な濃度において含有され、典型的には培地に対して0.0000001~10重量%、好適には0.000001~10重量%で含有される。
【0038】
本発明において使用するヘパラナーゼ阻害剤としては、ヘパラナーゼに対して阻害活性を有する物質であればよく、特に制限はない。ヘパラナーゼは種々の細胞に存在し、様々なヘパラン硫酸プロテオグリカンのヘパラン硫酸鎖を特異的に分解する酵素である。皮膚では、表皮を構成する表皮角化細胞及び真皮の線維芽細胞、血管内皮細胞などが産生する。
【0039】
ヘパラナーゼ阻害剤の具体例としては、1-[4-(1H-ベンゾイミダゾール-2-イル)-フェニル]-3-[4-(1H-ベンゾイミダゾール-2-イル)-フェニル]-ウレア(「BIPBIPU」ともいう。)や、SF-4(「Heparastatin hydrochloride」ともいう。)が挙げられる。
【0040】
上記のようにして本発明の方法によって得られる皮膚様組織は、動物実験代替法の一つ、例えば皮膚モデルとして用いることができる。例えば、皮膚の化学物質(例えば、化粧料、工業製品、家庭用品、薬剤、皮膚外用剤等)に対する反応性を評価する方法に用いることができる。また、本発明の方法によって得られる皮膚様組織は、従来の皮膚様組織と比較してバリア機能が亢進した組織が得られるため、皮膚科学の基礎研究においても有用な皮膚モデルとして使用することが可能である。さらにまた、本発明で得られる皮膚様組織は、従来の三次元培養皮膚と比較してヒト皮膚の構造に近いことから、外部からのバリア機能も高く、熱傷、創傷等を治癒するための皮膚様組織としても有用である。
【0041】
<皮膚様組織を用いた皮膚のバリア機能を改善及び/又は回復させる対象物質を評価する方法>
一実施態様において、本発明の皮膚様組織に、対象物質を添加することによって、皮膚のバリア機能を改善及び/又は回復させる対象物質を評価する方法を提供することができる。
【0042】
例えば、本発明の皮膚様組織に対象物質を添加後、皮膚様組織の表面から蒸発する水分蒸散量を測定することによって、皮膚のバリア機能の変化を評価することができる。また、本発明の皮膚様組織に対象物質を添加後、皮膚のバリア機能に関連する公知のマーカー(例えば、Filaggrin、Loricrin、ZO-1、Claudin-1など)の発現を調べることによって皮膚のバリア機能の変化を評価することができる。
【0043】
本実施態様において、皮膚のバリア機能を改善及び/又は回復させる対象物質としては、例えば、低分子化合物、ペプチド、タンパク質、哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ブタ、ウシ、ヒツジ、サル、ヒトなど)の組織抽出物又は細胞培養上清、植物由来の化合物又は抽出物(例えば、生薬エキス、生薬由来の化合物)、及び微生物由来の化合物もしくは抽出物又は培養産物などであってもよい。
【実施例】
【0044】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【0045】
<実施例1>
1.材料及び実験方法
1―1.三次元培養皮膚の作製方法
セルカルチャーインサート(φ12mm、多孔膜の平均孔径:0.4μm)にヒト真皮線維芽細胞(0.2×106個)を播種し、200μM アスコルビン酸―2-リン酸マグネシウム(APM)、10%FBS-DMEMを用いて2日に1回培地交換して1週間培養した。その上にヒト真皮線維芽細胞を含んだ0.5%I型コラーゲン-10%FBS-DMEM溶液を分注して、ヒト真皮線維芽細胞の上にコラーゲンゲルを作製し、3日間培養した。
【0046】
さらにHumedia-KG2(クラボウ)培地中に分散した表皮角化細胞を5×105個/ウェルとなるようにコラーゲンゲルの上に播種し、インサート外にHumedia-KG2と10%FBS-DMEMを1:1で混合し200μM APMを添加した培地を内側と同じ液面高さまで添加して3日間培養した。
【0047】
その後、インサートまたはガラスリング内の培地を取り除き、外側に皮膚モデル用培地(10%FBS-DMEMとHumedia-KG2 EGF(-)を1:1で混合してCa 1.8mMに調製)培地に200μM APM、10μM N-ヒドロキシ-2-[[(4-メトキシフェニル)スルホニル]3-ピコリル)アミノ]-3-メチルブタンアミド塩酸塩(CGS27023A(MMP阻害剤))、10μM BIPBIPU(ヘパラナーゼ阻害剤)をインサートの底面の高さまで添加して、インサート内部を空気に曝した状態で気液境界培養を行った。2~3日に1回培地交換して2週間培養した。
【0048】
1-2.低湿度培養法
1-1で作製した三次元培養皮膚を1週間程度、気液境界培養したところで、37℃・50%RH、又は37℃・100%RHの雰囲気に制御したインキュベータ内に入れて培養を行った。インキュベータ内の湿度は湿度制御装置(キッツマイクロフィルター社、AHCU-2)を用いて制御した。三次元培養皮膚を入れたプレートは蓋に穴をあけてクローニングリングをはめて、三次元培養皮膚の表面のみが外気に直接触れるようにした(
図1参照)。
【0049】
2.結果
50%RHで培養した三次元培養皮膚は、100%RHで培養した三次元培養皮膚と比較して、ケラチノサイト層及び真皮層(コラーゲンゲル層)が薄くなっており、表皮細胞の形態が全体的により平らな形状を有していた(
図3)。
【0050】
また、表皮の分化マーカー(フィラグリン(Filaggrin)、ブレオマイシン水解酵素(BH)、トランスグルタミナーゼ-1(TGase-1)、インボルクリン(Involucrin)、コルネオデスモシン(Corneodesmosin))や、細胞増殖マーカーであるKi67の発現を免疫染色によって調べた結果、50%RHで培養した三次元培養皮膚は、100%RHで培養した三次元培養皮膚と比較して、平らな顆粒層において表皮分化マーカーが密集して染色されていた(
図4)。細胞増殖マーカーであるKi67は、50%RHで培養した三次元培養皮膚の方が、わずかに発現が減少していたが、その発現は維持されていた(
図4)。
【0051】
電子顕微鏡を用いて、さらに両者の表皮層の形態を調べたところ、100%RHで培養した三次元培養皮膚では正常ヒト皮膚より角層が厚く膨潤しており、細胞間隙が広がった特徴的な形態をしているのに対し、50%RHで培養した三次元培養皮膚は、その特徴が無くなっており、より天然の皮膚に近い表皮構造を有することが明らかとなった(
図5の矢印参照)。
【0052】
さらに、基底膜及び真皮の細胞外マトリックスについて調べた。ラミニン332、VII型コラーゲンは、50%RHで培養した三次元培養皮膚の方が、基底膜付近に集積して強く発現していることが明らかとなった(
図6)。また、電子顕微鏡を用いて、基底膜付近の形態を調べたところ、50%RHで培養した三次元培養皮膚の方が、ラミナデンサが厚くなっており、細胞外マトリックスも高密度となっており、より天然の皮膚に近い構造を有することが明らかとなった(
図7)。
【0053】
<実施例2>
1.材料及び実験方法
1―1.三次元培養皮膚の作製方法
実施例1と同じ材料及び作製方法により作製した。
【0054】
1-2.低湿度培養法
1-1で作製した三次元培養皮膚を1週間程度、気液境界培養したところで、37℃・40%RH、37℃・70%RH、又は37℃・100%RHの雰囲気に制御したインキュベータ内に入れて培養を行った。インキュベータ内の湿度は湿度制御装置(キッツマイクロフィルター社、AHCU-2)を用いて制御した。三次元培養皮膚を入れたプレートは蓋に穴をあけてクローニングリングをはめて、三次元培養皮膚の表面のみが外気に直接触れるようにした(
図1参照)。
【0055】
2.結果
70%RHで培養した三次元培養皮膚は、100%RHで培養した三次元培養皮膚と比較して、ケラチノサイト層及び真皮層(コラーゲンゲル層)が薄く、表皮細胞の形態が全体的により平らな形状を有しており、前述の50%RHで培養した三次元培養皮膚と同様の特徴を示した(
図8)。一方で、40%RHで培養した三次元培養皮膚は、表皮細胞層、真皮層ともにほとんど存在しておらず、培養皮膚としての形状を維持していなかった(
図9)。
【0056】
以上の結果より、低湿度の環境で培養することによって、表皮層、真皮層及び基底膜の再構築に影響を与え、天然の皮膚に近い構造を有する三次元培養皮膚が得られることが明らかとなった。