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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-28
(45)【発行日】2024-01-12
(54)【発明の名称】工業用ベルト
(51)【国際特許分類】
   D21F 7/08 20060101AFI20240104BHJP
   D21H 11/18 20060101ALI20240104BHJP
【FI】
D21F7/08 A
D21H11/18
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019215517
(22)【出願日】2019-11-28
(65)【公開番号】P2021085123
(43)【公開日】2021-06-03
【審査請求日】2022-09-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000238234
【氏名又は名称】シキボウ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000183484
【氏名又は名称】日本製紙株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【弁理士】
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【弁理士】
【氏名又は名称】熊野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100155457
【弁理士】
【氏名又は名称】野口 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】森 貴博
(72)【発明者】
【氏名】池田 吉男
(72)【発明者】
【氏名】夏井 純平
(72)【発明者】
【氏名】村松 利一
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 伸治
【審査官】川井 美佳
(56)【参考文献】
【文献】特表2012-502200(JP,A)
【文献】特開2018-203819(JP,A)
【文献】特開2004-360102(JP,A)
【文献】特開平10-212682(JP,A)
【文献】実開昭55-146497(JP,U)
【文献】特開昭57-171790(JP,A)
【文献】特開2004-036054(JP,A)
【文献】特開2021-066122(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00-43/00
C09D 1/00-10/00
C09D101/00-201/10
D03D 1/00-27/18
D06M 13/00-15/715
D21B 1/00-D21J7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
合成繊維からなる織物あるいは不織布で構成されたベルト本体と、前記ベルト本体の表面にコーティングされた防汚樹脂被膜とを備えた工業用ベルトであって、
前記防汚樹脂被膜がセルロースナノファイバーを含み、
前記セルロースナノファイバーの平均繊維長が600nm以下である工業用ベルト。
【請求項2】
前記防汚樹脂被膜中のセルロースナノファイバーの割合が20mass%以下である請求項1に記載の工業用ベルト。
【請求項3】
前記セルロースナノファイバーがアニオン変性セルロースナノファイバーであることを特徴とする請求項1又は2に記載の工業用ベルト。
【請求項4】
前記アニオン変性セルロースナノファイバーが、TEMPO酸化セルロースナノファイバーである請求項3に記載の工業用ベルト。
【請求項5】
抄紙用ドライヤーカンバスとして使用される請求項1~4の何れか1項に記載の工業用ベルト。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工業用ベルトに関する。
【背景技術】
【0002】
製紙工程における抄紙機の乾燥部では、湿紙を抄紙用ドライヤーカンバス(以下、単に「カンバス」ともいう。)に載せて搬送しながら加熱して乾燥させる。このとき、製紙原料中に含まれる粘着性物質(ガム質ピッチ)、製紙用糊剤であるサイズ液や塗工液等の薬剤、あるいは水酸化アルミニウムやタルクなどの無機物質等が汚れとなってカンバスの表面に付着する。この汚れが湿紙に付着すると欠点となる。また、カンバスに上記の汚れが堆積すると、カンバスの目詰まりを引き起こし、紙シートのカンバスからの離れや乾燥ムラを生じさせ、ついには通気性が著しく低下して乾燥能力の喪失を招く。従って、カンバスに付着する汚れは従来から大きな問題として取り上げられていた。
【0003】
カンバスへの汚れ付着対策として、汚れが付着しにくい防汚剤を含む樹脂(防汚樹脂)をカンバスの表面にコーティングし、被膜を形成する方法が知られている。例えば下記の特許文献1では、カンバスの表面に、シリコーンオイル、アクリル系樹脂、エポキシ系樹脂、及びイミダゾール系硬化剤を含む混合物を塗布して樹脂被膜を形成することにより、防汚性能を向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2004-360102号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、カンバスは、上記の汚れを落とすために繰り返し洗浄が施されるため、防汚樹脂被膜がカンバス表面から剥がれることがある。特に、近年のカンバス洗浄装置は、より高水圧で水を吹き付けるものが多くなっているため、カンバス表面の防汚樹脂被膜が剥がれ落ちて効果持続性が問題となるケースが増えている。
【0006】
以上のような問題は、カンバスだけでなく、表面に防汚樹脂被膜をコーティングした工業用ベルトにおいて同様に生じ得る。
【0007】
そこで、本発明は、工業用ベルトの表面にコーティングした防汚樹脂被膜の効果持続性を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本発明は、合成繊維からなるベルト本体と、前記ベルト本体の表面にコーティングされた防汚樹脂被膜とを備えた工業用ベルトであって、前記防汚樹脂被膜がセルロースナノファイバーを含む工業用ベルトを提供する。
【0009】
上記のように、防汚樹脂被膜にセルロースナノファイバー(以下、「CNF」ともいう。)を配合することにより、防汚樹脂被膜の強度が高められ、防汚樹脂被膜がベルト本体から剥がれにくくなって防汚効果の持続性が向上する。
【0010】
本発明において、CNFは、平均繊維径が2~500nm程度であり、アスペクト比が100以上の微細繊維であり、パルプなどのセルロース原料、あるいはカルボキシ化(酸化とも呼ぶ)、カルボキシメチル化、リン酸エステル化、カチオン化などの化学変性を施したセルロース原料(化学変性セルロース原料)に機械的な力を加えて解繊することによって得ることができる。CNFの平均繊維径および平均繊維長は、原子間力顕微鏡(AFM)または透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、各繊維を観察した結果から得られる繊維径および繊維長の平均値を算出することによって得ることができる。また、平均繊維長を平均繊維径で除することによりアスペクト比を算出することができる。
【0011】
CNFは、それ自体は防汚性が低く、汚れが付着しやすいため、防汚樹脂被膜中のCNFの割合が多すぎると防汚性が低下してしまう。従って、防汚樹脂被膜中のCNFの割合は20mass%以下とすることが好ましい。
【0012】
防汚樹脂被膜は、防汚剤、樹脂成分、及びCNFを含む混合液をベルト本体の表面に塗布することで形成されるが、CNFの繊維径が大きいと、混合液中でCNFが沈殿しやすくなるため、ベルト本体に塗布しにくくなる。従って、CNFの平均繊維径は2~500nmが好ましく、2~100nmがより好ましく、2~10nmが更に好ましい。
【0013】
上記のように防汚樹脂被膜にCNFを配合する場合、CNFの繊維長が長い方が、CNF同士が結合しやすいため、防汚樹脂被膜の強度が高くなると考えられる。しかし、CNFの繊維長が長すぎると、混合液中でCNF同士が接近して結合しやすくなるため、混合液中にCNFの塊(ダマ)が生じやすくなる。このような混合液をベルト本体の表面に塗布すると、ベルト本体の繊維間の隙間にダマが詰まって通気性が過小となる恐れがある。従って、ベルト本体の通気性の低下を抑えるためには、CNFの平均繊維長は50μm以下が好ましく、10μm以下がより好ましく、1μm以下がさらに好ましく、600nm以下がさらに好ましく、450nm以下がさらに好ましい。
【0014】
CNFは、パルプなどのセルロース原料、あるいはカルボキシ化(酸化とも呼ぶ)、カルボキシメチル化、リン酸エステル化、亜リン酸エステル化、カチオン化などの化学変性を施したセルロース原料(化学変性セルロース原料)に機械的な力を加えて解繊することによって得ることができる。これらのうち、ベルト本体に塗布する混合液中における相溶性・分散性に優れるという観点から、CNFのセルロース原料に施す化学変性としては、アニオン変性である、カルボキシ化、カルボキシメチル化、リン酸エステル化、亜リン酸エステル化による化学変性が好ましく、中でもカルボキシル化(酸化とも呼ぶ)による化学変性が更に好ましい。特に、TEMPO触媒を使用する酸化法が最も好ましく、当該触媒を使用して製造されたTEMPO酸化CNFは、混合液中で分散しやすいため、ベルト本体の通気性低下を抑えることができる点で有利である。
【0015】
上記の工業用ベルトは、抄紙機の乾燥部に用いられる抄紙用ドライヤーカンバスとして好適に使用することができる。
【発明の効果】
【0016】
以上のように、防汚樹脂被膜にCNFを配合することで、防汚樹脂被膜の強度が高められてベルト本体に対する付着性が高められるため、防汚効果の持続性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の実施形態に係る工業用ベルト(抄紙用ドライヤーカンバス)の縦方向(MD)断面図である。
図2】カンバスの長期使用状態を再現する試験機の側面図である。
図3】防汚樹脂被膜のテープ剥離強度試験を行う試験機の側面図である。
図4】防汚樹脂被膜のテープ剥離強度試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
【0019】
図1は、本発明の一実施形態に係る工業用ベルトとしての抄紙用ドライヤーカンバス1を示す。カンバス1は、ベルト本体としてのカンバス本体10と、カンバス本体10の表面にコーティングされた防汚樹脂被膜20とを備える。
【0020】
カンバス本体10は、合成繊維で形成され、本実施形態では合成繊維モノフィラメントからなる経糸11及び緯糸12を織成してなる織物で構成される。合成繊維の素材は、カンバスの素材として従来から一般的に使用されているポリエステルの他、ポリアミド、アクリル、ポリフェニレンサルファイドなどを使用できる。経糸11及び緯糸12としては、例えば断面が円形、楕円形、あるいは扁平形状等のモノフィラメントを使用できる。尚、図1では、接紙面側(図中上側)の緯糸12が、反接紙面側(図中下側)の緯糸12よりも小径であるが、これに限らず、例えば両緯糸を同径としてもよい。
【0021】
カンバス本体10を構成する織物の組織は特に限定されず、図1のような二重織の他、一重織や三重織の織物であってもよい。また、織物を形成する合成繊維としては、上記のようなモノフィラメントに限らず、マルチフィラメントやスパンステープルを用いてもよい。また、カンバス本体10は、上記のような経糸と緯糸を織成した織物に限らず、合成繊維スパイラルコイルを用いた織物や、織成した基布に合成繊維ウェブを積層してニードルパンチにより結合させた不織布で構成してもよい。
【0022】
防汚樹脂被膜20は、カンバス本体10のうち、少なくとも接紙面側の表面にコーティングされる。具体的には、カンバス本体10を構成する経糸11及び緯糸12のうち、接紙面側の表面に露出した部分に防汚樹脂被膜20がコーティングされる。防汚樹脂被膜20は、例えば、カンバス本体10の接紙面側の表面から、カンバス本体10の厚さの1/2以下の領域に設けられる(図1の斜線領域参照)。図示例では、防汚樹脂被膜20が、カンバス1の接紙面側の表面から接紙面側の緯糸12まで達している。この他、防汚樹脂被膜20を、カンバス1の接紙面側の表面から、反接紙面側の緯糸12まで達するように形成したり、カンバス1の反接面側の表面まで達するように形成したりしてもよい。尚、防汚樹脂被膜20は、カンバス本体10の隙間を埋めるように形成されているのではなく、実際には、カンバス本体10の各経糸11及び緯糸12の表面に防汚樹脂被膜20がコーティングされ、経糸11及び緯糸12の間に形成された隙間は維持されて、カンバス1の通気性が確保されている。
【0023】
防汚樹脂被膜20は、図1に拡大して示すように、防汚剤を含む樹脂部21と、CNFとを有する。防汚樹脂被膜20の樹脂部21は、例えば防汚剤と、防汚剤をカンバス本体10に固着させるための樹脂成分(例えば、アクリル酸エステル共重合体)とを含み、本実施形態では防汚剤とアクリル酸エステル共重合体のみからなる。防汚剤は、カンバス本体10よりも汚れの付着性が低い材料(すなわち、カンバス本体10を構成する合成樹脂よりも表面エネルギーが小さい材料)からなり、具体的には、例えばフッ素系樹脂やシリコーン系水系エマルジョンを加熱(熱処理)して得られたオイル成分からなる。アクリル酸エステル共重合体は、アクリル酸エステル共重合体エマルジョンを加熱(熱処理)して得られた固形成分であり、防汚樹脂被膜20の強度向上等に寄与する。防汚剤は、例えば、防汚樹脂被膜20の樹脂部21に対して40mass%以上配合される。本実施形態では、防汚剤及びアクリル酸エステル共重合体の何れも、樹脂部21に対して40mass%以上配合される。
【0024】
以下、CNFについて詳しく説明する。
【0025】
(セルロース原料)
セルロース原料としては、植物(例えば、木材、竹、麻、ジュート、ケナフ、農地残廃物、布、パルプ(針葉樹未漂白クラフトパルプ(NUKP)、針葉樹漂白クラフトパルプ(NBKP)、広葉樹未漂白クラフトパルプ(LUKP)、広葉樹漂白クラフトパルプ(LBKP)、針葉樹未漂白サルファイトパルプ(NUSP)、針葉樹漂白サルファイトパルプ(NBSP)サーモメカニカルパルプ(TMP)、再生パルプ、古紙等)、動物(例えばホヤ類)、藻類、微生物(例えば酢酸菌(アセトバクター))、微生物産生物等を起源とするものが知られており、本発明ではそのいずれも使用できる。好ましくは植物又は微生物由来のセルロース繊維であり、より好ましくは植物由来のセルロース繊維である。セルロース原料は、以下に説明するように化学変性を行ってもよい。
【0026】
(カルボキシメチル化)
化学変性セルロースとしてカルボキシメチル化したセルロースを用いる場合、カルボキシメチル化したセルロースは、上記のセルロース原料を公知の方法でカルボキシメチル化することにより得てもよく、市販品を用いてもよい。いずれの場合も、セルロースの無水グルコース単位当たりのカルボキシメチル基置換度が0.01~0.50となるものが好ましい。
【0027】
そのようなカルボキシメチル化したセルロースを製造する方法の一例として次のような方法を挙げることができる。セルロースを発底原料にし、溶媒として3~20重量倍の水及び/又は低級アルコール、具体的には水、メタノール、エタノール、N-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、N-ブタノール、イソブタノール、第3級ブタノール等の単独、又は2種以上の混合媒体を使用する。なお、低級アルコールを混合する場合の低級アルコールの混合割合は、60~95重量%である。マーセル化剤としては、発底原料の無水グルコース残基当たり0.5~20倍モルの水酸化アルカリ金属、具体的には水酸化ナトリウム、水酸化カリウムを使用する。発底原料と溶媒、マーセル化剤を混合し、反応温度0~70℃、好ましくは10~60℃、かつ反応時間15分~8時間、好ましくは30分~7時間、マーセル化処理を行う。その後、カルボキシメチル化剤をグルコース残基当たり0.05~10.0倍モル添加し、反応温度30~90℃、好ましくは40~80℃、かつ反応時間30分~10時間、好ましくは1時間~4時間、エーテル化反応を行う。
【0028】
(カルボキシル化)
化学変性セルロースとしてカルボキシル化(酸化)したセルロースを用いる場合、カルボキシル化セルロース(酸化セルロースとも呼ぶ)は、上記のセルロース原料を公知の方法でカルボキシル化(酸化)することにより得ることができる。特に限定されるものではないが、カルボキシル化の際には、アニオン変性セルロースナノファイバーの絶乾重量に対して、カルボキシル基の量が0.6~3.0mmol/gとなるように調整することが好ましく、1.0mmol/g~2.0mmol/gになるように調整することがさらに好ましい。
【0029】
カルボキシル化(酸化)方法の一例として、セルロース原料を、N-オキシル化合物と、臭化物、ヨウ化物若しくはこれらの混合物からなる群から選択される化合物との存在下で酸化剤を用いて水中で酸化する方法を挙げることができる。この酸化反応により、セルロース表面のグルコピラノース環のC6位の一級水酸基が選択的に酸化され、表面にアルデヒド基と、カルボキシル基(-COOH)またはカルボキシレート基(-COO-)とを有するセルロース繊維を得ることができる。反応時のセルロースの濃度は特に限定されないが、5重量%以下が好ましい。
【0030】
N-オキシル化合物とは、ニトロキシラジカルを発生しうる化合物をいう。N-オキシル化合物としては、目的の酸化反応を促進する化合物であれば、いずれの化合物も使用できる。例えば、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシラジカル(TEMPO)及びその誘導体(例えば4-ヒドロキシTEMPO)が挙げられる。N-オキシル化合物の使用量は、原料となるセルロースを酸化できる触媒量であればよく、特に制限されない。例えば、絶乾1gのセルロースに対して、0.01~10mmolが好ましく、0.01~1mmolがより好ましく、0.05~0.5mmolがさらに好ましい。また、反応系に対し0.1~4mmol/L程度がよい。
【0031】
臭化物とは臭素を含む化合物であり、その例には、水中で解離してイオン化可能な臭化アルカリ金属が含まれる。また、ヨウ化物とはヨウ素を含む化合物であり、その例には、ヨウ化アルカリ金属が含まれる。臭化物またはヨウ化物の使用量は、酸化反応を促進できる範囲で選択できる。臭化物およびヨウ化物の合計量は、例えば、絶乾1gのセルロースに対して、0.1~100mmolが好ましく、0.1~10mmolがより好ましく、0.5~5mmolがさらに好ましい。
【0032】
酸化剤としては、公知のものを使用でき、例えば、ハロゲン、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸、過ハロゲン酸またはそれらの塩、ハロゲン酸化物、過酸化物などを使用できる。中でも、安価で環境負荷の少ない次亜塩素酸ナトリウムは好ましい。酸化剤の適切な使用量は、例えば、絶乾1gのセルロースに対して、0.5~500mmolが好ましく、0.5~50mmolがより好ましく、1~25mmolがさらに好ましく、3~10mmolが最も好ましい。また、例えば、N-オキシル化合物1molに対して1~40molが好ましい。
【0033】
セルロースの酸化工程は、比較的温和な条件であっても反応を効率よく進行させられる。よって、反応温度は4~40℃が好ましく、また15~30℃程度の室温であってもよい。反応の進行に伴ってセルロース中にカルボキシル基が生成するため、反応液のpHの低下が認められる。酸化反応を効率よく進行させるためには、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ性溶液を添加して、反応液のpHを8~12、好ましくは10~11程度に維持することが好ましい。反応媒体は、取扱い性の容易さや、副反応が生じにくいこと等から、水が好ましい。
【0034】
酸化反応における反応時間は、酸化の進行の程度に従って適宜設定することができ、通常は0.5~6時間、例えば、0.5~4時間程度である。また、酸化反応は、2段階に分けて実施してもよい。例えば、1段目の反応終了後に濾別して得られた酸化セルロースを、再度、同一または異なる反応条件で酸化させることにより、1段目の反応で副生する食塩による反応阻害を受けることなく、効率よく酸化させることができる。
【0035】
カルボキシル化(酸化)方法の別の例として、オゾンを含む気体とセルロース原料とを接触させることにより酸化する方法を挙げることができる。この酸化反応により、グルコピラノース環の少なくとも2位及び6位の水酸基が酸化されると共に、セルロース鎖の分解が起こる。
【0036】
オゾンを含む気体中のオゾン濃度は、50~250g/mであることが好ましく、50~220g/mであることがより好ましい。セルロース原料に対するオゾン添加量は、セルロース原料の固形分を100重量部とした際に、0.1~30重量部であることが好ましく、5~30重量部であることがより好ましい。オゾン処理温度は、0~50℃であることが好ましく、20~50℃であることがより好ましい。オゾン処理時間は、特に限定されないが、1~360分程度であり、30~360分程度が好ましい。オゾン処理の条件がこれらの範囲内であると、セルロースが過度に酸化及び分解されることを防ぐことができ、酸化セルロースの収率が良好となる。
【0037】
オゾン処理を施した後に、酸化剤を用いて、追酸化処理を行ってもよい。追酸化処理に用いる酸化剤は、特に限定されないが、二酸化塩素、亜塩素酸ナトリウム等の塩素系化合物や、酸素、過酸化水素、過硫酸、過酢酸などが挙げられる。例えば、これらの酸化剤を水またはアルコール等の極性有機溶媒中に溶解して酸化剤溶液を作成し、溶液中にセルロース原料を浸漬させることにより追酸化処理を行うことができる。
【0038】
酸化セルロースのカルボキシル基の量は、上記した酸化剤の添加量、反応時間等の反応条件をコントロールすることで調整することができる。
【0039】
(カチオン化)
化学変性セルロースとして、カルボキシル化(酸化)したセルロースを用いる場合、上記のセルロース原料にグリシジルトリメチルアンモニウムクロリド、3-クロロ-2ヒドロキシプロピルトリアルキルアンモニウムハイドライト又はそのハロヒドリン型などのカチオン化剤と触媒である水酸化アルカリ金属(水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなど)を水及び/又は炭素数1~4のアルコールの存在下で反応させることによって、カチオン変性されたセルロースを得ることができる。なお、この方法において、得られるカチオン変性されたセルロースのグルコース単位当たりのカチオン置換度は、反応させるカチオン化剤の添加量、水及び/又は炭素数1~4のアルコールの組成比率をコントロールすることによって、調整することができる。
【0040】
カチオン変性されたセルロースのグルコース単位当たりのカチオン置換度は0.02~0.50であることが好ましい。セルロースにカチオン置換基を導入することで、セルロース同士が電気的に反発する。このため、カチオン置換基を導入したセルロースは容易にナノ解繊することができる。なお、グルコース単位当たりのカチオン置換度が0.02より小さいと、十分にナノ解繊することができない。一方、グルコース単位当たりのカチオン置換度が0.50より大きいと、膨潤あるいは溶解するため、ナノファイバーとして得られなくなる場合がある。解繊を効率よく行なうために、上記で得た酸化されたセルロース系原料は洗浄されることが好ましい。
【0041】
(エステル化)
化学変性セルロースとして、リン酸基を導入したセルロースを用いる場合、セルロース原料に、リン酸基を有する化合物としては、リン酸、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸三ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、メタリン酸ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸三カリウム、ピロリン酸カリウム、メタリン酸カリウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸三アンモニウム、ピロリン酸アンモニウム、メタリン酸アンモニウム等が挙げられる。これらは1種、あるいは2種以上を併用してリン酸基を導入することができる。セルロース原料に対するリン酸基を有する化合物の割合は、セルロース原料の固形分100重量部に対して、リン元素に換算した添加量が0.1~500重量部であることが好ましく、1~400重量部であることがより好ましく、2~200重量部であることがさらに好ましい。
【0042】
(解繊)
解繊する装置は特に限定されないが、高速回転式、コロイドミル式、高圧式、ロールミル式、超音波式などの装置を用いて前記水分散体に強力なせん断力を印加することが好ましい。特に、効率よく解繊するには、前記水分散体に50MPa以上の圧力を印加し、かつ強力なせん断力を印加できる湿式の高圧または超高圧ホモジナイザーを用いることが好ましい。前記圧力は、より好ましくは100MPa以上であり、さらに好ましくは140MPa以上である。また、高圧ホモジナイザーでの解繊・分散処理に先立って、必要に応じて、高速せん断ミキサーなどの公知の混合、攪拌、乳化、分散装置を用いて、上記のCNFに予備処理を施すことも可能である。
【0043】
上記のようなCNFを防汚樹脂被膜20に配合することで、CNF同士が水素結合して網目構造を形成し、この網目構造と樹脂部21とが一体化する。これにより、防汚樹脂被膜20の強度(耐久性)が向上するため、防汚樹脂被膜20による防汚効果の持続性が向上し、長期間にわたって防汚性を得ることができる。
【0044】
防汚樹脂被膜20中のCNFの配合量は、防汚樹脂被膜20に所望の耐久性が付与されるように設定され、例えば、防汚樹脂被膜20全体に対して0.5mass%以上、好ましくは1mass%以上とされる。また、防汚樹脂被膜20全体に対するCNFの割合は、例えば20mass%以下、好ましくは10mass%以下とされる。これにより、防汚樹脂被膜20の表面に露出するCNFの割合が抑えられるため、CNFの添加による防汚性の低下が抑えられる。
【0045】
上記のカンバス1の製造工程では、まず、経糸11と緯糸12とを織成してカンバス本体10を形成する。その後、防汚剤、アクリル酸エステル共重合体エマルジョン、CNF、及び水を混合して混合液を作成する。この混合液を、カンバス本体10の接紙面側の表面に塗布した後、乾燥させて水分を除去することにより、カンバス1が完成する。
【0046】
このとき、混合液に添加するCNFとして、上記のように繊維径が小さいCNFを使用することで、混合液中でCNFが沈殿しにくくなるため、混合液中にCNFを均一に分散させることができる。この混合液をカンバス本体10の表面に塗布することで、カンバス本体10の表面にCNFを均一に配することができる。
【0047】
また、混合液中に添加するCNFとして、上記のように繊維長が短いCNFを使用することで、混合液中でCNFが凝集しにくくなる。また、混合液中に添加するCNFとして、TEMPO酸化CNFを用いることで、混合液中でCNFがさらに凝集しにくくなる。これにより、混合液中に、凝集したCNFの塊(ダマ)が形成されにくくなるため、CNFのダマがカンバス本体10の隙間に詰まることによるカンバス1の通気性の低下を防止することができる。
【実施例
【0048】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0049】
<セルロースナノファイバーAの製造>
針葉樹由来の漂白済み未叩解クラフトパルプ(白色度85%)5.00g(絶乾)をTEMPO(Sigma Aldrich社)39mg(絶乾1gのセルロースに対し0.05mmol)と臭化ナトリウム514mg(絶乾1gのセルロースに対し1.0mmol)を溶解した水溶液500mlに加え、パルプが均一に分散するまで撹拌した。反応系に次亜塩素酸ナトリウム水溶液を、次亜塩素酸ナトリウムが6.0mmol/gになるように添加し、酸化反応を開始した。反応中は系内のpHが低下するが、3M水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。次亜塩素酸ナトリウムを消費し、系内のpHが変化しなくなった時点で反応を終了した。反応後の混合物をガラスフィルターで濾過してパルプ分離し、パルプを十分に水で洗浄することで酸化されたパルプ(カルボキシル化セルロース)を得た。この時のパルプ収率は90%であり、酸化反応に要した時間は90分、カルボキシル基量は1.6mmol/gであった。これを水で1.0%(w/v)に調整し、超高圧ホモジナイザー(20℃、150Mpa)で3回処理して、セルロースナノファイバーAの分散液を得た。平均繊維径は3nm、平均繊維長は700nmであった。
【0050】
尚、得られた酸化セルロースのカルボキシル基量は次のようにした測定した。酸化セルロースの0.5質量%スラリーを60ml調製し、0.1M塩酸水溶液を加えてpH2.5とした後、0.05Nの水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHが11になるまで電気伝導度を測定し、電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(a)から、下式を用いて算出した。
カルボキシル基量〔mmol/gパルプ〕=a〔ml〕× 0.05/酸化セルロース質量〔g〕。
【0051】
<セルロースナノファイバーBの製造>
漂白済み針葉樹由来DKP(バッカイ社製)5g(絶乾)を、TEMPO(Sigma Aldrich社)78mg(0.5mmol)と臭化ナトリウム755mg(7.4mmol)を溶解した水溶液500mlに加え、パルプが均一に分散するまで撹拌した。反応系に2M次亜塩素酸ナトリウム水溶液16ml添加した後、0.5N塩酸水溶液でpHを10.3に調整し、酸化反応を開始した(酸化処理)。反応中は系内のpHは低下するが、0.5N水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。2時間反応させた後、ガラスフィルターで濾過し、十分に水洗することで酸化セルロースを得た。得られた酸化セルロースのカルボキシル基量は、1.7mmol/gであった。これを水で1.0%(w/v)に調整し、超高圧ホモジナイザー(20℃、140MPa)で10回処理し(解繊及び分散処理)、セルロースナノファイバーBの分散液を得た。平均繊維径は3nm、平均繊維長は350nmであった。
【0052】
[テープ剥離強度試験]
下記の表1に示すカンバス本体の表面に防汚樹脂被膜を形成していない比較例1と、同カンバス本体の表面に防汚樹脂被膜を形成した比較例2及び実施例1~4を作製した。比較例1、2及び実施例1~4の諸元は下記の表2に示すとおりである。防汚樹脂被膜は、防汚剤と、アクリル酸エステル共重合体と、CNFとで形成した。防汚樹脂被膜中の防汚剤としては、シリコーン系水系エマルジョンである株式会社パーカーコーポレーション製のSG3を用いた。CNFとしては、上記のセルロースナノファイバーAおよびセルロースナノファイバーBを用いた。
【0053】
【表1】
【表2】
【0054】
そして、長期間の使用状態を再現するために、図2に示すように、ロール30の外周に比較例1、2及び実施例1~4に係るカンバスCを巻き付け、このカンバスCにブラシ40を荷重Fで押し付けながら、ロール30及びカンバスCを回転させた。そして、所定時間ごとに、図3に示す装置を用いてテープ剥離強度を測定した。具体的に、カンバスCの接紙面側の表面(防汚樹脂被膜が形成された表面)にテープ51を貼り付け、そのテープ51をロードセル52を介して所定の力で所定の方向に引っ張ってカンバスCから剥がし、このときのロードセル52が示す荷重(テープ剥離強度)を測定した。
【0055】
その結果、図4に示すように、防汚樹脂被膜を形成した比較例2及び実施例1~5は、防汚樹脂被膜を有しない比較例1よりもテープ剥離強度が小さかった(すなわち防汚性が高い)。また、CNFを含む防汚樹脂被膜を形成した実施例1~5は、CNFを含まない防汚樹脂被膜を形成した比較例2と比べて、ブラシとの摩擦時間が経過したとき(9時間以降)のテープ剥離強度が小さかった。これらの結果から、防汚樹脂被膜の防汚性は、ブラシとの摩擦時間の経過に従って低下するが、その防汚性の低下具合(テープ剥離強度の上昇具合)は、比較例2よりも実施例1~4の方が高いことが確認された。これにより、防汚樹脂被膜にCNFを配合することで、防汚効果の持続性が向上することが確認された。
【0056】
[通気性試験]
表2の比較例2及び実施例1~4に対し、防汚樹脂被膜形成前後における通気性を、フラジール試験法(JIS L 1096:2010 8.26.1参照)により測定した。その結果、下記の表3に示すように、CNFの繊維長が比較的長い実施例1は、防汚樹脂被膜形成前と比べて通気性が大幅に低下した。一方、CNFを含まない比較例2や、CNFの繊維長が比較的短い実施例2~4は、防汚樹脂被膜形成前と通気性がほとんど変わらなかった。以上より、防汚樹脂被膜に、繊維長が比較的短い(具体的に600nm以下の)CNFを配合することで、防汚樹脂被膜の形成によるカンバス本体の通気性の低下が抑えられることが確認された。
【0057】
【表3】
【符号の説明】
【0058】
1 抄紙用ドライヤーカンバス(工業用ベルト)
10 カンバス本体(ベルト本体)
11 経糸
12 緯糸
20 防汚樹脂被膜
21 樹脂部
30 ロール
40 ブラシ
51 テープ
52 ロードセル
図1
図2
図3
図4