(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-28
(45)【発行日】2024-01-12
(54)【発明の名称】摺動部品
(51)【国際特許分類】
F16J 15/34 20060101AFI20240104BHJP
【FI】
F16J15/34 F
(21)【出願番号】P 2020037394
(22)【出願日】2020-03-05
【審査請求日】2022-12-07
(73)【特許権者】
【識別番号】507182807
【氏名又は名称】クアーズテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【氏名又は名称】木下 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100187506
【氏名又は名称】澤田 優子
(72)【発明者】
【氏名】青沼 伸一朗
(72)【発明者】
【氏名】小林 慶朗
(72)【発明者】
【氏名】榎本 浩二
【審査官】後藤 健志
(56)【参考文献】
【文献】実開昭62-049059(JP,U)
【文献】実開昭48-087447(JP,U)
【文献】特開昭61-219765(JP,A)
【文献】中国実用新案第201687942(CN,U)
【文献】国際公開第2014/168112(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
摺動部と母材部からなる摺動部品であって、
前記母材部の弾性率が前記摺動部の弾性率よりも大きく、前記摺動部の摺動面と平行な前記母材部の一主面には前記摺動部を嵌合させる嵌合部が設けられており、前記摺動部と前記母材部は接合材により前記嵌合部で接合されており、前記母材部の一主面上に位置する前記嵌合部の外縁部は前記接合材からなる曲面のメニスカス部により被覆され
、
前記摺動部が炭素繊維強化シリコン系セラミックス複合材料、前記母材部がシリコン系セラミックス、前記接合材がシリコンからなることを特徴とする摺動部品。
【請求項2】
前記母材部の一主面と平行する前記摺動部の幅をL1、前記母材部の一主面に形成された前記嵌合部に埋設される前記摺動部の埋設厚さ寸法をL2としたときに、L1/L2が1.5以上20以下の範囲であることを特徴とする
請求項1記載の摺動部品。
【請求項3】
前記メニスカス部と前記嵌合部の外縁部との最短距離Xが、前記L2の0.1倍以上0.7倍以下であることを特徴とする
請求項2記載の摺動部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は摺動部品に関し、例えば、メカニカルシールに好適な摺動部品に関する。
【背景技術】
【0002】
メカニカルシールに用いられる摺動部材に対して、炭化ケイ素等のセラミックスを用いることが古くから知られているが、近年、硬くて摩耗しにくく、好適な密封特性と潤滑性を有する炭素繊維強化炭化ケイ素セラミックスの適用が注目されている。
【0003】
例えば特許文献1に、他の部材に対して摺動する摺動面を有し当該摺動面を介して流体を密封する密封摺動部材として、前記摺動面に対し繊維の長手方向が略平行に配向されている炭素繊維と、複数の前記炭素繊維の間に設けられた炭化珪素と、を有する密封摺動部材が記載されている。
【0004】
図4は、特許文献1に開示された密封摺動部材を、母材部に取り付けた従来の摺動部品の一例について、その一部を拡大断面図で示している。密封摺動部材11は、母材部12の一主面12aに沿って接合材13を介して取り付けられ、密封摺動部材11の摺動面11aは母材部12の前記一主面12aと平行となるように配置される。そして、密封摺動部材11の母材部12に接する外縁部は、接合材13による曲面のメニスカス部Mによって被覆されている。
【0005】
ところで、特許文献1に開示された密封摺動部材を形成するセラミックスは脆性材料であるため、これを過酷な環境の下で使用されるメカニカルシールの摺動部に用いた場合、衝撃に弱いという弱点があった。また、急激な回転数の変動や、シールする液体に固形分が含まれるという状況下では、摺動中に固形分が摺動面に入り込む、いわゆる「とぐ釣り(摺動時の引っ掛かり)」的な衝撃となり、摺動面を含む摺動部が破断するという問題があった。
【0006】
また、高速回転による温度上昇や高温の封止材などにより、摺動部に大きな熱応力が生じて破壊に至るという現象も報告されている。
【0007】
ところで、特許文献2には、セラミックス部材の接合面同士が、該セラミックス部材よりも溶融温度の低いセラミックス接合材からなる接合層を介して接合されてなる、中空構造を有するセラミックス接合体が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第6219373号公報
【文献】特開2007-246319号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記した特許文献1に開示された密封摺動部材の問題を解決するために、特許文献2に記載の発明を適用することを試みたが、炭素繊維を含む炭化珪素セラミックスは、弾性率が低いために封止圧力により変形して、封止材の漏れが生じるなど課題があった。
すなわち、直接接触する摺動部材の物性にのみ着目するだけでは、メカニカルシール全体として、より高い次元で高性能化するには不十分であり、少なくとも、摺動部とこれを固定する母材部の組み合わせ(以下、摺動部品)において、検討の余地があるといえる。
【0010】
本発明は、上記した問題点に鑑みてなされたものであり、より高性能なメカニカルシールを実現するための摺動部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、摺動部と母材部からなる摺動部品であって、前記母材部の弾性率が前記摺動部の弾性率よりも大きく、前記摺動部の摺動面と平行な前記母材部の一主面には前記摺動部を嵌合させる嵌合部が設けられており、前記摺動部と前記母材部は接合材により前記嵌合部で接合されており、前記母材部の一主面上に位置する前記嵌合部の外縁部は前記接合材からなる曲面のメニスカス部により被覆され、前記摺動部が炭素繊維強化シリコン系セラミックス複合材料、前記母材部がシリコン系セラミックス、前記接合材がシリコンからなることを特徴とする。
【0012】
かかる構成を有することで、摺動部品として、摺動性能、シール性、耐久性等の、メカニカルシールに要求される特性を、高次元で向上させることを可能とする。
【0013】
このような優れた性能を発揮するための、本発明は、前記摺動部が炭素繊維強化シリコン系セラミックス複合材料、前記母材部がシリコン系セラミックス、前記接合材がシリコンからなるものである。
【0014】
また、本発明のより好適な一態様は、前記母材部の一主面と平行する前記摺動部の幅をL1、前記母材部の一主面に形成された前記嵌合部に埋設される前記摺動部の埋設厚さ寸法をL2としたときに、L1/L2が1.5以上20以下の範囲である。
【0015】
さらには、前記メニスカス部と前記嵌合部の外縁部との最短距離Xが、前記L2の0.1倍以上0.7倍以下であると、さらに好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、繊維強化セラミックスを摺動部に適用する摺動部品として、従来の課題が適切に解決され、より高性能なメカニカルシールを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の一態様に係る摺動部品を示す断面概略図(A)と正面概略図(B)
【
図2】
図1(A)の摺動部とその近傍を拡大した断面概略図
【
図4】従来の一態様に係る摺動部の形態を示す断面概略図
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面も参照して本発明を詳細に説明する。本発明は、摺動部と母材部からなる摺動部品であって、前記母材部の弾性率が前記摺動部の弾性率よりも大きく、前記摺動部の摺動面と平行な前記母材部の一主面には前記摺動部と嵌合する嵌合部が設けられており、前記摺動部と前記母材部は接合材により前記嵌合部で接合されており、前記母材部の一主面上に位置する前記嵌合部の外縁部は前記接合材からなる曲面のメニスカス部により被覆されているものである。
【0019】
図1は、本発明の一態様に係る摺動部品を示す断面概略図(A)と正面概略図(B)である。ここで、摺動部品Zは、回転軸を中心にした円筒体なので、正面は前記回転軸と垂直な一面、断面は前記回転軸を含む前記正面と垂直な一面、である。
【0020】
なお、本発明で示す概略図は、説明のために形状を模式的に簡素化かつ強調したものであり、細部の形状、寸法、および比率は実際と異なる。また、同一の構成については符号を省略、さらに、説明に不要なその他の構成は記載していない。
【0021】
図1に示す通り、摺動部品Zは、図示しない別の摺動部と面接触して摺動する好ましくは円環状に形成された摺動部1と、この摺動部1を固定する母材部2からなり、母材部2の中央に図示せぬ回転軸が貫通する貫通孔2Aを有する円筒体である。
【0022】
摺動部1は、メカニカルシールに適用する際に要求される特性を満たすものであるが、本発明では、より過酷な条件下で優れた摺動性能を発揮することを前提として、繊維強化セラミックスが好適に適用される。このような繊維強化セラミックスは、例えば、特許文献1に記載のある、炭素繊維を含む炭化ケイ素セラミックスである。
【0023】
本発明は、母材部2の弾性率が摺動部1の弾性率よりも大きい。
【0024】
摺動部1は、繊維強化セラミックスが好適であるが、この繊維強化セラミックスは前述したとおり弾性率が低いので、メカニカルシールとして使用する際に、流体の封止圧力により変形して、封止材の漏れが生じる。また、強度も十分とは言えず、耐久性を高めるという点では、不安が残るものといえる。
【0025】
そこで、本発明では、摺動する面を有する摺動部1は摺動特性に特化した物性とし、変形防止と耐久性向上は、摺動部1を直接固定する母材部2に担保させることで、トータルでメカニカルシールとして優れた特性を有するようにした。これを具体化した一形態が、母材部2の弾性率が摺動部1の弾性率よりも大きい、というものである。
【0026】
母材部2としては、摺動部1に繊維強化セラミックスを適用した場合は、繊維を含まない単一のセラミックスが例示される。具体的な組み合わせとしては、摺動材1が炭素繊維強化炭化ケイ素セラミックスの場合、母材部2は、いわゆる単一組成の炭化ケイ素セラミックスである。ここでいう単一組成とは、主成分が炭化ケイ素、という意味で用いており、数%の他の元素(シリコン、ボロン、不可避不純物)を含んでいてもかまわない。
【0027】
なお、上記した弾性率の差については、用いられる材料、摺動部1または母材部2の形状にも依存するので、一義的に規定することは容易ではないが、セラミックス材料を摺動材として用いるという限定条件下においては、母材部2の弾性率は摺動部1の弾性率の1.1倍以上1.5倍以下がより好ましい。
【0028】
母材部2の弾性率が摺動部1の弾性率の1.1倍未満では、母材としての強度の面で不十分であり、本発明の効果が得られにくい。一方、母材部2の弾性率が摺動部1の弾性率の1.5倍を超えると、弾性率以外の物性、例えば熱膨張係数も差が大きくなり、母材部2と摺動部1の接触部で熱応力差に起因する亀裂の発生を誘発する恐れがあり、これも好ましくない。
【0029】
本発明では、摺動部1の摺動面と平行する母材部2の一主面には摺動部を嵌合させる嵌合部が設けられている。
図2は、
図1(A)の摺動部とその近傍を拡大した断面概略図である。
【0030】
図2に示す通り、摺動部1の摺動面1aと平行な母材部2の一主面2aに、摺動部1が嵌め込まれるように、凹形状の嵌合部2cが設けられている。ここで、摺動部1の摺動面1aと平行な母材部2の一主面2aとは、互いに平行であることを厳密に要求するものではなく、設計上の誤差、使用年数の経過による摺動面1aの摩耗、摺動部1の位置ずれ等を考慮し、実用上支障のない範囲で、完全な平行からのずれ(1%程度)は許容される。
【0031】
本発明では、摺動部1と母材部2は、接合材3により嵌合部2cで接合されている。
【0032】
図2に示すように、摺動部1と母材部2は、母材部2の一部が嵌合部2cに差し込まれるような形で挿入され、接合材3が介在して嵌合部2cで接合されている。すなわち接合材3は、接着剤のような役割を担っているともいえる。
【0033】
本発明では、接合材3による摺動部1と母材部2との接合は、セラミックス同士を接合する公知の技術が適用される。例えば、炭化ケイ素からなる部材同士を、金属シリコンを溶融して接合する方法が挙げられる。
【0034】
さらに本発明では、母材部2の一主面2a上に位置する嵌合部2cの外縁部は、接合材3からなる曲面のメニスカス部Mにより被覆されている。
【0035】
図2に示すように、母材部2の一主面2a上に位置する嵌合部の外縁部2b、すなわち、摺動部1と嵌合部の継ぎ目に相当する円環状の箇所は、むき出しではなく、接合材3で覆われており、その形状は、例えば特許文献2に記載の発明に例示される、いわゆるメニスカス形状である。
【0036】
メニスカス部Mは、摺動部1と母材部2の接合強度の保持、嵌合部2cのシール性確保、という役割を担っている。なお、本発明では、円環状に凹ませた嵌合部2cの全周域に亘って、このメニスカス部Mが一様に形成されている形状が理想的ではあるが、必ずしもこれに限定されるものではなく、メニスカス部Mは、前記嵌合部2cの全周域の一部に形成されていてもよい(おおむね6割以上)。
【0037】
本発明の好適な一態様は、上記した通り、摺動部1が炭素繊維強化シリコン系セラミックス複合材料(炭素繊維強化炭化ケイ素セラミックス)、母材部2がシリコン系セラミックス(炭化ケイ素セラミックス)、接合材3がシリコンからなる。このように、摺動部1と母材部2が、共に接合材3と同じシリコンを共通の構成材料としているので、各部材の接合の親和性が高く、好ましい。
【0038】
以下、本発明の、より好ましい態様について説明する。母材部2の一主面2aと平行する摺動部1の幅をL1、母材部2の一主面2aに形成された嵌合部2cに埋設される摺動部1の埋設厚さ寸法をL2としたときに、L1/L2が1.5以上20以下の範囲であると、より好ましいものといえる。
【0039】
本発明は、
図2に示す通り、摺動部1を母材部2に設けられた嵌合部2cで保持するものである。嵌合部2cを設けることで、
図4に示す従来例のように、摺動部材11と母材部12が、互いに平面同士で接合する形態と比べて、特に、回転軸の径方向に対するずれ防止が強力になる。
【0040】
ところで、本発明の摺動部品Zのような形態では、嵌合部2cの形状についても、最適な範囲があることが判明した。
【0041】
前述の通り、摺動部1は母材部2よりも弾性率が小さい。よって、
図2に示す嵌合部2cの外縁部2bと接触する摺動部1の外周面は、径方向に対して各部の応力を受け、欠けまたはクラックの発生するリスクが少なからず生じる。
【0042】
ここで、
図1(B)に示すように、摺動部品Zは、回転軸に対して点対称であり、周方向に対しては、どの箇所でも均等に遠心力がかかり、上記の各部の応力も、周全域で均等になる限りは、接触面積も大きいので、欠けまたはクラックの発生もみられない。
【0043】
しかしながら、実際の摺動部品Zは、精密に設計されているとはいえ、摺動部1、母材部2、そして、回転軸(図示せず)の、それぞれの回転中心軸は、ごくわずかながらずれが生じている。また、母材部2の嵌合部2cの設計精度、接合材3の充填、メニスカス部Mの厚み、等も、実製品には、少なからず分布が生じており、これが、高速で回転する摺動部品Zに偏心をもたらし、径方向の応力ばらつきが発生する。
【0044】
したがって、摺動部1および母材部2が、回転軸に直行する領域内で完全に真円である理想的な状態と比較して、嵌合部2cの外縁部2bでの応力が高く、かつ、周方向において不均一、という状態になる。
【0045】
そこで本発明のより好ましい一態様では、上記のような状態になっても、摺動部1に欠けまたはクラックの発生リスクを低減できるよう、L1/L2が1.5以上20以下の範囲になるようにした。
【0046】
L1/L2が1.5未満では、摺動部1の回転軸方向の圧力を支えるL1の面積が小さくなりすぎるので、回転方向に対する摺動部1と母材部2とを固定する保持力が不足する。また、摺動面1aの面積を稼ぐことができず、摺動部品Zとしての設計上の制約が大きくなり、実用的でない。
【0047】
L1/L2が20を超えると、摺動部1の径方向の遠心力を支える面積において、嵌合部2cの外縁部2bでの応力を逃がす役割があるL2が受け持つ割合が小さくなりすぎて、欠けまたはクラックの発生するリスクが高くなる。
【0048】
なお、本発明で想定する摺動部品Zは、あまり口径が大きいものではなく、摺動部1の外径は10~100mm、摺動面1aの径方向の幅が1~30mm程度のものが、本発明の効果を効果的に享受できる。
【0049】
本発明のさらに好ましい一態様は、メニスカス部Mと嵌合部2cの外縁部2bとの最短距離Xが、L2の0.1倍以上0.7倍以下である。これについては、
図3を用いて説明する。
【0050】
メニスカス部Mの役割は、シール性確保と摺動部1と母材部2との接合強度向上である。この点のみでいえば、メニスカス部Mは大きい分には問題ないといえる。
【0051】
しかしながら、メニスカス部Mが大きすぎると、単に製造コストの上昇のみならず、過酷な使用環境下における劣化の影響が顕在化する。接合材3により嵌合部2cにおいて形成される接合部(以下、接合材と同一の符号3で示す)は、強度的には弱くて亀裂が入りやすく、かつ、一旦亀裂が生じると、短時間で広範囲に伝播して重大な破損につながる恐れがある。
【0052】
本発明者は、摺動部品Zのメニスカス部Mの大きさにも注目し、シール性確保と摺動部1と母材部2との接合強度向上を必要十分に確保し得る対策について考察した。すなわち上記の亀裂の始点は嵌合部2cの外縁部2bであることが大半といえることから、当該箇所の応力に影響を与えるパラメータの代表として、嵌合部2cへの埋設厚さ寸法L2を選択して、必要最小限のメニスカス部Mを形成する条件として、摺動部1のL2との関連を見出した。
【0053】
ここで、メニスカス部Mの大きさは、メニスカス部Mと嵌合部2cの外縁部2bとの最短距離Xで表現する。これは、摺動部品Zを、回転軸に対して等距離の直径部で劈開し、その断面を顕微鏡で観察することで評価できる。
【0054】
メニスカス部Mは、その曲面形状が効果的に応力を分散する効果を有しているが、最短距離XがL2の0.1倍未満では、この曲面が占める割合が少なくなりすぎて、本来のメニスカスの作用効果が得られなくなる恐れが生じる。
【0055】
一方、最短距離XがL2の0.7倍を超えると、メニスカス部Mが大きくなりすぎて、メニスカス部M自体の強度不足による破損が懸念される。
【0056】
以上、本発明に係る摺動部品Zは、摺動材1としてシール性や耐摩耗性に優れた繊維強化セラミックスを用いた場合に、繊維強化セラミックスの弱点を克服した母材部2との組み合わせ、さらには、摺動部1と母材部2との接合形態にも工夫を凝らし、メカニカルシールに求められる特性を効果的に向上させることができた。
【実施例】
【0057】
以下、本発明を実験例に基づいて具体的に説明するが、本発明は、これらにより制限されるものではない。
【0058】
[実施例1]
以下に示す方法で、摺動部1、母材部2、そして、接合部3を作製し、これらの組み合わせからなる摺動部品Zを製造した。
【0059】
(摺動部1)
粉末原料は、平均長さ6mmの炭素繊維20重量部、平均粒径0.8μmの炭化珪素粉 30重量部、平均粒径50nmのカーボンブラック10重量部を混合して作製した。この 粉末原料に、エタノール15重量部、フェノール樹脂10重量部、イミン系樹脂等の 架橋重合性樹脂であるソルビトールポリグリシジルエーテル10重量部、そして、架橋剤であるポリエチレンイミン5重量部、をそれぞれ添加して混合した。そして、前記配合をSUS製の型(外径90mm×内径60mm×厚さ5mm)に入れ、100N/cm2の加圧の条件下で硬化させた後に脱型して、大気雰囲気下にて150℃で2時間の乾燥、還元雰囲気下にて1000℃で1時間の一次焼成、還元雰囲気下にて2000℃で1時間の二次焼成、をこの順で実施した。さらに続けて、前記工程により得られた二次焼成体に、10Paの減圧下にて1600℃で4時間の溶融シリコン含浸を行った。以上のようにして摺動部1を作製した。なお、摺動面1aは、RzJIS(十点平均粗さ)で0.4μmになるように、公知の研磨を行った。
【0060】
(母材部2)
平均粒径0.7μmの炭化ケイ素粉末原料(α‐SiC、純度98%)に対して、焼結 助剤として窒化ホウ素0.8wt%、フェノール樹脂系バインダをC換算で2wt% 、そして、分散媒としてアルコールを、それぞれ樹脂製ボールミルにて混合してスラリーを調製した。前記スラリーをスプレードライにより造粒した後に、外径120mm×内径50mm×厚さ20mm、片方の主面に幅15mm×深さ2mmの嵌合部が形成される金型を用意し、これを用いて成形体を形成した。前記成形体を、圧力1200kg/cm2で一軸プレス成形し、続けて2100℃で1時間焼成することで、母材部2となる炭化ケイ素焼結体を作製した。
【0061】
(接合部3)
厚さ700μmのシリコン箔を用意し、これを母材部2の嵌合部2cの内面に張り付け、さらに摺動部1を嵌合した。これを、10Paの減圧下にて1600℃1時間加熱することでシリコンを溶融して、接合を行った。なお、Xの調整は、シリコン箔を嵌合部2cからはみ出させる長さで調整した。
【0062】
ここで、実施例1の摺動部1の弾性率は100GPa、母材部2の弾性率は400GPa、母材部2の弾性率/摺動部1の弾性率の比は4であった。
【0063】
実施例1の摺動部品Zは、L1が15mm、L2が2mm、L1/L2が7.5、そして、XがL2の0.3倍(0.6mm)である。
【0064】
(比較例1)
実施例1と同形状で材質が母材部2と同じである摺動部1を用いて作製したものを比較例1の摺動部部品Zとした。すなわち、母材部2の弾性率/摺動部1の弾性率の比は1であった。
【0065】
[実験例1~8]
L1、L2、L1/L2、そしてXを適時変更して、摺動部1、母材部2、接合部3を作り分け、これ以外は実施例1と同様に作製した摺動部品を、実験例1~8とした。
【0066】
(評価)
実施例1の摺動部品Zを組み込んだ汎用のメカニカルシール評価装置を用意し、流体として水に平均径0.1mmのシリコン粉末を1重量%混合した液体を用いて、流量1L/min、回転軸の回転数10,000rpm、液温90℃で100時間稼働した。その後、液体漏れの有無を確認してから摺動部品Zを取り外し、表面粗さRzJISを市販の粗さ計で摺動面1aの中心を測定し、試験前後での粗さの差を算出した。
【0067】
評価は以下の通りとした。まず、摩耗特性は、試験前後の粗さの差が0.1以下は〇、0.1以上0.3以下は△、0.4以上は×、とした。シール性は、液体漏れのないものを〇、液体漏れのあったものを×、とした。耐久性は外観で判断し、外観1は、目視または50倍顕微鏡を用いて観察し、摺動部1に亀裂やクラック、変形が顕微鏡でも確認されないものを〇、顕微鏡でのみ確認されたものを△、目視で確認されたものを×とした。そして、外観2は、目視または50倍顕微鏡を用いてメニスカス部Mの表面を観察し、顕微鏡でもクラックや剥離が確認されないものを〇、顕微鏡でのみ確認されたものを△、目視で確認されたものを×とした。
【0068】
上記した各実験例の条件、および、それらの評価結果を、まとめて表1に示す。総合判定は、すべての項目で〇を◎、一つでも△あれば〇、一つでも×あれば×とした。
【0069】
【0070】
表1の結果から明らかなように、実施例1、実験例1、実験例2、実験例5、実験例6は、摩耗特性、シール性、外観(耐久性)のいずれもが、優れたものといえる。まず摺動特性は、上記4つはいずれも、粗さの差が0.1μmであり、軽微な変動といえる。また、シール性も液漏れなし、耐久性も摺動部1に何ら異常なし、外観も接合部3にクラックや亀裂は見られなかった。
【0071】
一方、比較例1は、試験中に回転異常が見られたので、そこで試験を中断した。摺動部1が、弾性率の高いセラミックスであったので、シリコン粒子の噛み込みが原因と思われる強い衝撃を受けて、接合部3の損傷が著しかった。よって外観1,2ともに×とした。
【0072】
実験例3はL1/L2が22であり、実施例1と比べて、本発明の好ましい範囲外である。外観2において、径方向にわずかなクラックが見られた。これは、摺動部1の径方向の遠心力を支える面積において、嵌合部の外縁部2bでの応力を逃がす役割があるL2が受け持つ割合が小さくなり、欠けまたはクラックの発生するリスクがやや高くなるためとみられる。
【0073】
実験例4はL1/L2が1であり、実施例1と比べて、本発明の好ましい範囲外である。外観2において、周方向にわずかなクラックがみられた。摺動部1の回転軸方向の圧力を支えるL1の面積が小さくなる、回転方向に対する摺動部1と母材部2とを固定する保持力がやや不足するためとみられる。
【0074】
実験例7と実験例8は、本発明のさらに好ましい範囲からは外れているものである。メニスカス部Mは、その曲面形状が効果的に応力を分散する効果を有している。最短距離XがL2の0.7倍を超える実験例7は、メニスカス部Mが大きくなりすぎて、メニスカス部M自体の強度不足による破損が懸念される。この点、外観2で、メニスカス部Mの表面のごく一部に微小のクラックを認めるものである。
【0075】
また、最短距離XがL2の0.1倍未満である実験例8は、この曲面が占める割合が少なくなりすぎて、本来のメニスカスの作用効果が得られなくなる恐れが生じる。この点、外観1で、メニスカス部Mと母材部2との境界部に、こちらもわずかな欠けが見られた。
【0076】
しかしながら、実験例3、実験例4、実験例7,実験例8は、いずれも、拡大して観察することで初めて確認できる軽微なクラックであり、本試験が高負荷試験であることも考慮すると、メニスカス部Mをやや厚く形成することで、実用上十分なレベルで使用が可能といえる。
【符号の説明】
【0077】
Z 摺動部品
1 摺動部
1a 摺動面
L1 摺動部の幅
L2 嵌合部に埋設する摺動部の厚さ寸法
2 母材部
2A 貫通部
2a 摺動部の摺動面と平行な前記母材部の一主面
2b 嵌合部の外縁部
2c 嵌合部
3 接合材(接合部)
M メニスカス部
X メニスカス部Mと嵌合部の外縁部2bとの最短距離(メニスカス部Mの厚さ)