(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-28
(45)【発行日】2024-01-12
(54)【発明の名称】補助情報の取得方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/574 20060101AFI20240104BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20240104BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20240104BHJP
【FI】
G01N33/574 B
G01N33/53 V
G01N33/543 595
(21)【出願番号】P 2020550328
(86)(22)【出願日】2019-09-25
(86)【国際出願番号】 JP2019037514
(87)【国際公開番号】W WO2020071199
(87)【国際公開日】2020-04-09
【審査請求日】2022-08-18
(31)【優先権主張番号】P 2018189367
(32)【優先日】2018-10-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、医療分野研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)「QOL向上と医療費削減に貢献する前立腺癌自動血液検査システムの開発」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000206956
【氏名又は名称】大塚製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100138911
【氏名又は名称】櫻井 陽子
(74)【代理人】
【識別番号】100165892
【氏名又は名称】坂田 啓司
(72)【発明者】
【氏名】金子 智典
(72)【発明者】
【氏名】彼谷 高敏
(72)【発明者】
【氏名】大山 力
(72)【発明者】
【氏名】米山 徹
(72)【発明者】
【氏名】飛澤 悠葵
(72)【発明者】
【氏名】小川 修
(72)【発明者】
【氏名】井上 貴博
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/101327(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/221279(WO,A1)
【文献】清水宰,前立腺肥大症と前立腺癌の鑑別診断におけるprostate-specific antigen densityの検討,長野松代総合病院医報,2010年01月28日,Vol.22,Page.86-87,はじめに 表1
【文献】松尾栄之進,PSAとPSAD,PSATZによる前立腺癌の診断,長崎医学会雑誌,2003年,Vol.78,Page.109-115,要旨
【文献】宇野裕巳,前立腺肥大症と早期前立腺癌の鑑別診断におけるPSA-density(PSAD)の臨床的意義,日泌尿会誌,Vol.86 No.12,1995年,Page.1776-1783,要旨(結論)
【文献】YAMADA Yoshiaki,The Clinical Utility of PSA Density for Early Detection of Prostate Cancer in Japanese Patients with Intermediate Total PSA Levels,愛知医科大学医学会雑誌,2005年,Vol.33 No.3/4,Page.107-113,Abstract(Conclusion)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/574
G01N 33/53
G01N 33/543
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
前立腺がんの診断を補助または治療を補助するための補助情報の取得方法であって、下記工程(C)を含む、補助情報の取得方法
工程(C):生体由来の検体中に含有される、β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の非還元末端に有する前立腺特異抗原(GalNAc-PSA)の濃度値を、前記生体の前立腺の体積値で除算し、前立腺体積当たりのGalNAc-PSAの濃度(G-PSA密度(G-PSAD))の値を算出する工程。
【請求項2】
下記工程(A)および工程(B)を有する、請求項1に記載の補助情報の取得方法
工程(A):生体由来の検体中に含有される、β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の非還元末端に有する前立腺特異抗原(GalNAc-PSA)の濃度値を取得する工程、
工程(B):前記生体の前立腺の体積値を取得する工程。
【請求項3】
算出されたG-PSADの値を、その高低に応じて2群以上に分類する工程(D)を含む、請求項1または2に記載の補助情報の取得方法。
【請求項4】
前記工程(D)が、算出されたG-PSADの値を、その高低に応じて3群に分類する工程である、請求項3に記載の補助情報の取得方法。
【請求項5】
前記生体由来の検体中に含有される総前立腺特異抗原(トータルPSA)の濃度値を取得する工程(α)を有する、請求項1~4のいずれか一項に記載の補助情報の取得方法。
【請求項6】
前記生体由来の検体中の総前立腺特異抗原(トータルPSA)の濃度値が、0を超えて100ng/ml以下である、請求項1~5のいずれか一項に記載の補助情報の取得方法。
【請求項7】
前記生体由来の検体中の総前立腺特異抗原(トータルPSA)の濃度値が、2~20ng/mlである、請求項1~5のいずれか一項に記載の補助情報の取得方法。
【請求項8】
前記工程(A)が、β-N-アセチルガラクトサミン残基に対して親和性を有する分子と、前記GalNAc-PSAとの相互作用により、GalNAc-PSAの濃度値を取得する工程である、請求項2に記載の補助情報の取得方法。
【請求項9】
前記β-N-アセチルガラクトサミン残基に対して親和性を有する分子が、ノダフジレクチン(Wisteria floribunda Lectin:WFA)、ダイズ凝集素(Soybean Agglutinin:SBA)、カラスノエンドウレクチン(Vicia Villosa Lectin:VVL)、キカラスウリレクチン-II(Trichosanthes japonica agglutinin-II:TJA-II)、または抗β-N-アセチルガラクトサミン抗体である、請求項8に記載の補助情報の取得方法。
【請求項10】
前記工程(A)が、表面プラズモン共鳴励起増強蛍光分光法により、前記GalNAc-PSAの濃度値を測定する工程である、請求項2、8または9に記載の補助情報の取得方法。
【請求項11】
入力装置と情報処理装置とを備える補助情報の取得システムであって、
前記入力装置が生体由来の検体中のGalNAc-PSAの濃度値および前記生体の前立腺の体積値を入力するための装置であり、
前記情報処理装置が、
前記GalNAc-PSAの濃度値を、前記前立腺の体積値で除算し、前立腺単位体積当たりのGalNAc-PSAの濃度(G-PSA密度(G-PSAD))の値を算出することで得られた結果を含む情報に基づいて、前立腺がんを有する確率データを解析する装置である、請求項1~10のいずれか一項に記載の補助情報の取得方法を行うための、取得システム。
【請求項12】
請求項1~10のいずれか一項に記載の取得方法をコンピュータにより実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、前立腺がんについての補助情報を取得する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
前立腺がんは、主に60歳以上の男性に発病し、アメリカにおいては男性のがんの中で罹患数は1位、死亡数は2位ともっとも多いがんである。特に日本においてはその増加率は顕著であり、がん・統計白書(2012)によれば、2020~2024年における前立腺がんの死亡率は2000年の約1.8倍になると予測されている。そのため、前立腺がんの罹患の有無や、罹患している場合にはその悪性度を正確に判断することは当該分野における急務となっている。
【0003】
前立腺がんなどの診断においては、まず患者の血液等に存在する、PSA(prostate specific antigen:前立腺特異抗原)を用いたスクリーニングを行うことが多い。PSAを用いたスクリーニングとしては、例えば、試料中の全てのPSA(トータルPSA)を定量し、その値を閾値と比較することなどの方法で、前立腺がんに罹患しているか否かを推測する方法が挙げられる。
【0004】
しかしながら、トータルPSAは分泌する前立腺細胞の数やがんの浸潤性に応じて血中濃度が変化することや、前立腺における良性疾患である前立腺肥大症でも上昇する傾向があることから本来はがんに罹患していないにも関わらず偽陽性となるケースがあるという問題点等があり、前立腺がんにおける診療や診断におけるトータルPSAのスクリーニングの確実性は高いものではなかった。
【0005】
例えば、ある被験者において測定されたトータルPSA値が4~10ng/mLである、いわゆるグレーゾーンと呼ばれる範囲であると、がんの進行度(病期)および悪性度などを決める、病理組織診断などの精密検査(いわゆる前立腺針生検)が必要であると判断される場合が多い。日本国内では、近年約1000万件/年のPSA検査が行われており、うち10%弱(100万人弱)は基準値4ng/mLを超え、精密検査が必要であると判断されている。
【0006】
実際には、精密検査を受けない被験者の存在や、PSA値の再検査等などにより判断が変化したケースなどがあるため、実際に針生検を受ける被験者は精密検査が必要であると判断された内の50%程度、つまり約50万人ほどである。そのうち前立腺がんの罹患者数は9万人弱であり、針生検を受けた被験者の約2割弱で前立腺がんが発見される。このことは、換言すると、針生検を受けた被験者の8割以上(約40万人)においては必要のない針生検が行われているともいえる。
【0007】
針生検は一人当たり約15万円程度の医療費がかかるため、検査費用だけで年間600億円の経済的損失が生じ、さらに医師、看護師、検査技師等の人的なコストもかかる。
【0008】
加えて、針生検は通常10本以上もの針を被験者の会陰部あるいは直腸から刺入して前立腺組織を採取する、侵襲性が高い検査方法であり、また合併症や感染症のリスクなどもあり、患者のQOLの低下という問題を伴う検査である。
【0009】
しかし上述したように、針生検の被験者においてその結果が陽性である割合(前立腺がんと確定診断される割合)はそれほど高くはない。
【0010】
この理由としては、前立腺肥大症の患者においてもトータルPSA値が上昇する傾向にあるため、PSAスクリーニングにおいてグレーゾーンとされる数値のPSA値が検出される被験者の中には前立腺肥大症の被験者が相当数含まれることが挙げられる。前立腺肥大症患者は前立腺がん患者の何倍も多い患者数であるためグレーゾーンとされる数値のPSA値が検出される被験者の範囲も多くなり、その結果針生検を受ける被験者の母体数が多くなり、前立腺がんの陽性的中率が低くなってしまうという可能性がある。
【0011】
また、針生検については、前記コスト面および被験者への負担に加え、被験者の前立腺にがん組織(細胞)が存在しているにもかかわらず、生検針が前立腺がん組織に偶然接触しなかったことでがん細胞が採取されなかったため陰性と判断される、いわゆる偽陰性の確率が10~20%程度あると推測されていること、また生検針ががん組織に到達した場合においても、採取されたがん組織が、全体としての悪性度よりも、悪性度の低い部位に偏り、その結果悪性度の過小評価となるケースがあること等の欠点が挙げられ、これらを考慮すると、1回の針生検では正確な診断ができないという問題もある。
【0012】
さて、そのような実情のもと、現在では、前立腺がんの治療方針を決める判断材料としてPSAスクリーニングに加え、がん組織の形態、浸潤段階もしくは増殖様式などの組織分類によって点数化した「グリーソンスコア」(GS)またはグリーソンスコアに基づいたグレードグループ、病期(ステージ)によって分類化したTNM分類などの評価、そして上述した3つの評価(スコア)にもとづいたリスク分類(NCCN分類、D'Amico分類)などの指標が広く用いられている。しかしいずれの手法においても上述したPSAスクリーニングや針生検を用いるため、上述した欠点を完全に解消し得るものではない。
【0013】
この問題を解決するため、PSAより特異度の高いマーカー、例えば、前立腺肥大症では上昇しないマーカーなどの開発が行われている。
【0014】
例えば、近年では、罹患している疾患によってPSAが有する糖鎖の性状が変化すること、換言すれば前立腺がん患者においては特定の糖鎖を有するPSAの量(割合)が変化することが分かってきている。例えば、特許文献1にはPSA上の糖鎖構造を見ることで、前立腺がんの判別性能が向上するという発明が記載されている。
【0015】
また本出願人らによる特許文献2においては、SPFS装置により、(前立腺患者のPSAに多く含まれている)特定の糖鎖残基を末端に有するPSAを、高感度・高精度かつ迅速に検出できるという発明が記載されている。
【0016】
さらに、本出願人らは、PSA上の糖鎖およびトータルムチン上の糖鎖を検出する事で前立腺がんと(前立腺肥大症等の)前立腺良性疾患との判別精度を改善するための診断用情報の取得に係る発明について特許を取得しており(特許文献3)、さらにPSA上の糖鎖およびムチンの有する糖鎖の一種の検出結果を組み合わせて検出する事でより両者の判別精度を改善するための新たな診断用情報の取得に係る発明についての特許出願を行っている(特許文献4)。
【0017】
加えて、本発明者らは、臨床検体数を増やし、PSA上の糖鎖についての情報を取得し、それに基づいた検討を行うことによって、PSAスクリーニングにおける前立腺がんと前立腺良性疾患との判別精度を改善することで、本来であったら行われていた針生検のうち40%程度を回避することができるだろうという結果を論文において発表している(非特許文献1)。
【0018】
しかしながら、非特許文献1に開示された技術では、不必要な針生検を受ける患者の数は確かに半数近くになるものの、いまだ約60%の人は必要のない針生検が施されることになる。したがって上述したような経済的・人的損失および被験者のQOLという問題はいまだ大きいものと言え、したがって針生検を受ける必要がある被験者とそうでない被験者とをさらに精確に判断する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【文献】特許第5754767号
【文献】特許第5726038号
【文献】特許第6323463号
【文献】特願2015-554444号
【非特許文献】
【0020】
【文献】Int J Mol Sci. 2017 Feb; 18(2): 261.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
本発明は、前立腺がんの診断の補助または治療の補助に有用な補助情報の取得方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明者らは、β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の非還元末端に有する前立腺特異抗原(GalNAc-PSA)の濃度値を、前立腺の体積値で除算した、前立腺体積当たりのGalNAc-PSAの濃度(G-PSA密度(G-PSAD))の値が、前立腺がんの診断を補助または治療を補助するための補助情報として有用であることを見出し、本発明を完成させた。
【0023】
すなわち、本発明は例えば以下の[1]~[12]を提供する。
[1]
前立腺がんの診断を補助または治療を補助するための補助情報の取得方法であって、下記工程(C)を含む、補助情報の取得方法
工程(C):生体由来の検体中に含有される、β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の非還元末端に有する前立腺特異抗原(GalNAc-PSA)の濃度値を、前記生体の前立腺の体積値で除算し、前立腺体積当たりのGalNAc-PSAの濃度(G-PSA密度(G-PSAD))の値を算出する工程。
[2]
下記工程(A)および工程(B)を有する、項1に記載の補助情報の取得方法
工程(A):生体由来の検体中に含有される、β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の非還元末端に有する前立腺特異抗原(GalNAc-PSA)の濃度値を取得する工程、
工程(B):前記生体の前立腺の体積値を取得する工程。
[3]
算出されたG-PSADの値を、その高低に応じて2群以上に分類する工程(D)を含む、項1または2に記載の補助情報の取得方法。
[4]
前記工程(D)が、算出されたG-PSADの値を、その高低に応じて3群に分類する工程である、項3に記載の補助情報の取得方法。
[5]
前記生体由来の検体中に含有される総前立腺特異抗原(トータルPSA)の濃度値を取得する工程(α)を有する、項1~4のいずれか一項に記載の補助情報の取得方法。
[6]
前記生体由来の検体中の総前立腺特異抗原(トータルPSA)の濃度値が、0を超えて100ng/ml以下である、項1~5のいずれか一項に記載の補助情報の取得方法。
[7]
前記生体由来の検体中の総前立腺特異抗原(トータルPSA)の濃度値が、2~20ng/mlである、項1~5のいずれか一項に記載の補助情報の取得方法。
[8]
前記工程(A)が、β-N-アセチルガラクトサミン残基に対して親和性を有する分子と、前記GalNAc-PSAとの相互作用により、GalNAc-PSAの濃度値を取得する工程である、項2に記載の補助情報の取得方法。
[9]
前記β-N-アセチルガラクトサミン残基に対して親和性を有する分子が、ノダフジレクチン(Wisteria floribunda Lectin:WFA)、ダイズ凝集素(Soybean Agglutinin:SBA)、カラスノエンドウレクチン(Vicia Villosa Lectin:VVL)、キカラスウリレクチン-II(Trichosanthes japonica agglutinin-II:TJA-II)、または抗β-N-アセチルガラクトサミン抗体である、項8に記載の補助情報の取得方法。
[10]
前記工程(A)が、表面プラズモン共鳴励起増強蛍光分光法により、前記GalNAc-PSAの濃度値を測定する工程である、項2、8または9に記載の補助情報の取得方法。
[11]
入力装置と情報処理装置とを備える補助情報の取得システムであって、
前記入力装置が生体由来の検体中のGalNAc-PSAの測定値および前記生体の前立腺の体積値を入力するための装置であり、
前記情報処理装置が、
前記GalNAc-PSAの測定値を、前記前立腺の体積値で除算し、前立腺単位体積当たりのGalNAc-PSAの濃度(G-PSA密度(G-PSAD))の値を算出することで得られた結果を含む情報に基づいて、前立腺がんを有する確率データを解析する装置である、項1~10のいずれか一項に記載の補助情報の取得方法を行うための、取得システム。
[12]
項1~10のいずれか一項に記載の取得方法をコンピュータにより実行させるためのプログラム。
【発明の効果】
【0024】
本発明により、医療情報技師、臨床工学技士、臨床検査技師等の医師以外の医療従事者により、前立腺がんの診断または治療を補助するための情報を迅速かつ高精度で取得することができ、当該情報を診断または治療の補助のために、医師に提供することが可能になる。さらに、当該情報をスクリーニングに用いることで擬陽性と判定される確率を低減させ、不要な針生検の対象となる被験者の数を削減することで医療経済上の効果ならびに医療関係者および被験者の負担を減らすこともできる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1-1】
図1-1(左3図)は、京都大学で行った前立腺がん患者および前立腺肥大患者について、トータルPSA(上図)、GalNAc-PSA(中図)、G-PSAD(下図)の値を、それぞれカラムプロットで示した図である。
【0026】
また、右3図は、上記の結果をもとに作成したROC曲線である。
【
図1-2】
図1-2は、弘前大学で行った
図1-1と同様の実験結果をあらわした図である。
【
図2-1】
図2-1は、京都大学で行った、前立腺がん患者のグリーソンスコアと、トータルPSA濃度値(上図)、GalNAc-PSA濃度値(中図)、G-PSADの値(下図)との相関を、それぞれカラムプロットで示した図である(実施例3-1)。
【
図2-2】
図2-2は、弘前大学で行った前記前立腺患者と前立腺肥大症患者のグリーソンスコアとトータルPSA(上図)、GalNAc-PSA(中図)、およびG-PSADの値(下図)との相関を、それぞれカラムプロットで示した図である(実施例3-2)。
【
図3】
図3は、弘前大学において行われた、D'amico分類によるlow群(低リスク群)、Intermediate群(中リスク群)、およびHigh群(高リスク群)と、トータルPSA(上図)、GalNAc-PSA(中図)、G-PSAD(下図)の値との相関を、それぞれカラムプロットで示した図である。
【
図4】
図4は、本発明の補助情報の取得システムに係る構成図の一例である。
【
図5】
図5は、本発明の補助情報の取得システムの一様態を示したフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の「補助情報の取得方法」においては、前立腺体積当たりのGalNAc-PSAの濃度(G-PSA密度(G-PSAD))の値を算出することで、前立腺がんの診断を補助するために、または治療を補助するために参照することで用いられる、補助情報を取得することができる。
【0028】
具体的には、上述のように前立腺がんの診断において本発明の「補助情報」を参照することができるし、さらに確定診断がくだった患者におけるがん悪性度診断の補助および治療の過程においても本発明の「補助情報」を参照することができる。例えば、当該前立腺がんとの診断が確定した患者に行っている治療(監視療法、薬物治療、放射線治療等)の効果の有無などについて判断する場合において、本発明の「補助情報」を参照することでPSA検査よりも正確に当該がんの増悪、寛解、または再発などについて判断することができる。
<補助情報の取得方法>
本発明の補助情報の取得方法は、前立腺がんの診断を補助または治療を補助するための補助情報の取得方法であって、下記工程(C)を含む。また、本発明の補助情報の取得方法は、下記工程(A)および工程(B)の少なくとも一方を含んでいてもよく、下記工程(A)および工程(B)を含むことが好ましい。
【0029】
工程(A):生体由来の検体中に含有される、β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の非還元末端に有する前立腺特異抗原(GalNAc-PSA)の濃度値を取得する工程。
【0030】
工程(B):前記生体の前立腺の体積値を求める工程。
【0031】
工程(C):生体由来の検体中に含有される、β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の非還元末端に有する前立腺特異抗原(GalNAc-PSA)の濃度値を、前記生体の前立腺の体積値で除算し、前立腺体積当たりのGalNAc-PSAの濃度(G-PSA密度(G-PSAD))の値を算出する工程。
<工程(A)>
本発明における工程(A)は、生体由来の検体中に含有される、β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の非還元末端に有する前立腺特異抗原(GalNAc-PSA)の濃度値を取得する工程である。
【0032】
生体とは特に限定されるものではないが、典型的にはヒト、特に前立腺がんの罹患を疑われるヒトであり、当該生体由来の検体とは生体から採取した血液、尿、腹水など、非侵襲性ないし低侵襲性の手法によって採取することのできる液性の検体が挙げられる。抗凝固処理された全血から調製された血清や遠心分離等任意の方法を用いて血球等の固体成分を除去した血漿は、本発明における検体として好適である。また、当該検体は固体または半固体(粘性)のものであってもよく、その場合は公知の手法または希釈液によって適切な粘度の液体に調製したものを用いることもできる。
【0033】
本発明に用いる検体量は特に限定されるものではないが、検体を測定する方法によって任意に設定することができ、通常では5μL以上1,000μL以下であることが好ましい。
<GalNAc-PSA>
本明細書においてGalNAc-PSAとは、β-N-アセチルガラクトサミン残基(GalNAc残基)を糖鎖の非還元末端に有する前立腺特異抗原のことを指す。つまり、生体由来の検体中に含有されるPSAにおいて、糖鎖の非還元末端に、β-N-アセチルガラクトサミン(GalNAc)残基を有する前立腺特異抗原(GalNAc-PSA)であれば、特に限定されるものではなく、例えばN-アセチル-D-ガラクトサミンβ1-4Nアセチルグルコサミン(以下LacdiNAcと称する)残基を有するPSA(以下LacdiNAc-PSAと称する)、またはβ-N-アセチルガラクトサミンーガラクトサミン残基(GalNAc-Gal残基)、β-N-アセチルガラクトサミン-N-アセチルグルコサミン残基(GalNAc-GlcNAc残基(LacdiNAc))を有するPSAは、いずれもPSAに結合する糖鎖の非還元末端にGalNAc残基を有するものであることから、「GalNAc-PSA」に包含される。
【0034】
GalNAc-PSAの濃度値を測定するための方法は、特に限定されるものではなく、アフィニティーカラムクロマトグラフィー、質量分析法、酵素免疫測定法や表面プラズモン励起増強蛍光分光(SPFS)法等、様々な測定方法を用いることができ、測定される濃度値の正確さ等の観点から、表面プラズモン共鳴励起増強蛍光分光法を用いることが好ましい。
【0035】
具体例としては、SPFS法センサの表面に固相化された抗PSA抗体に、検体を反応させ、さらに当該抗PSA抗体に特異的に結合したGalNAc-PSAに、さらに前記GalNAc残基に対して特異的に結合する蛍光標識分子とを反応させることで、(抗PSA抗体)…(GalNAc-PSA)…(GalNAc残基に対して特異的に結合する蛍光標識分子)という構成からなるサンドイッチ型複合体(「…」は抗原抗体反応、またはレクチン‐糖タンパク反応を示す)を作成させ、標識に用いた蛍光の強度をSPFSによって測定する方法が挙げられる。
【0036】
GalNAc残基に対して特異的に結合する蛍光標識分子としては、特に限定されないが、GalNAcに特異的に結合するレクチンを蛍光標識したものや、または蛍光標識抗GalNAc抗体などが挙げられる。前記蛍光標識抗GalNAc抗体としては、GalNAcの一部または全体をエピトープとする抗体である、抗β-N-アセチルガラクトサミン抗体を用いることができる。
【0037】
「抗PSA抗体」は、一般的な手法により作製することも可能であり、市販されているものを購入することも可能である。測定の安定性という観点からポリクローナル抗体よりもモノクローナル抗体を用いることが好ましい。また、糖鎖中の特定の糖残基(本発明においてはβ-GalNAc)に対して特異的に結合する蛍光標識分子が当該糖残基に結合することを妨げないよう、PSAの糖鎖ではなくタンパク質の部分をエピトープとする抗体が好ましい。
【0038】
GalNAcに特異的に結合するレクチンは、安価でかつ安定性にも優れているため、GalNAc親和性分子として好ましく、GalNAcに対して十分に強い特異的な親和性を有している限り、どのようなレクチンを用いてもよい。具体的には、ノダフジレクチン(Wisteria floribunda Lectin:WFA)、ダイズ凝集素(Soybean Agglutinin:SBA)、カラスノエンドウレクチン(Vicia Villosa Lectin:VVL)、もしくはキカラスウリレクチン-II(Trichosanthes japonica agglutinin-II:TJA-II)などのレクチンを挙げることができ、それぞれが由来する生物体、例えば種子からアフィニティークロマトグラフィー等の手法により分離(抽出)して精製することもできるし、商品としても市販されているものを入手することもできる。
【0039】
GalNAcに特異的に結合するレクチンおよび抗GalNAc抗体の蛍光標識はー般的な手法を用いて所望の蛍光物質を結合させることにより作製することができ、その際には市販されている蛍光物質ラベリングキットなどを用いることもできる。上記レクチンおよび抗体の蛍光標識に用いられる蛍光物質は、所望の目的に応じた適切な蛍光を発することのできる蛍光色素から適宜選択することができる。
<工程(B)>
本発明における工程(B)は、前記生体の前立腺の体積値を算出する工程であり、触診法、カテーテル法、内視鏡検査法、尿道内圧測定法、X線学的検査法、もしくはCTスキャン等の方法によって直接的に求めてもよいし、または、MRI検査、経直腸的超音波断層法、経直腸的ラジアル走査法、もしくは経腹壁的セクタ走査法等の方法によって公知の公式から算出してもよい。
【0040】
工程(A)または工程(B)は連続して行ってもよく、同時に行ってもよいし、また独立した装置や操作者によって独立して行ってもよい。独立に行う場合には、工程(A)を先に行ってもよく、工程(B)を先に行ってもよい。したがって取得されたGalNAc-PSAの濃度値および前立腺の体積値は同一の生体に由来するものであれば、同時にまたは連続して取得されたものであっても、独立して取得されたものであっても、次工程(C)に用いることができる。
<工程(C)>
本発明における工程(C)は、生体由来の検体中に含有される、β-N-アセチルガラクトサミン残基を糖鎖の非還元末端に有する前立腺特異抗原(GalNAc-PSA)の濃度値を、前記生体の前立腺の体積値で除算することで、前立腺体積当たりのGalNAc-PSAの濃度(G-PSA密度:GalNAc-PSA/Density(G-PSAD))の値を算出する工程である。
【0041】
上述した通り、「GalNAc-PSA」はGalNAc残基がPSAの末端に結合しているPSAであれば特に限定されるものではない。
【0042】
「GalNAc-PSA」の濃度値の単位としては、特に国際単位で定められているSI基本単位のようなものはないが、例えば下記のような「U(ユニット)/ml」を単位として使用することができ、本明細書においては下記のような基準で「U(ユニット)/ml」を設定しているが、他の基準値をもって「U(ユニット)/ml」とすることもある。
【0043】
本明細書においては、標準抗原としてWFAレクチンが反応する糖鎖を有するPSAタンパク質を緩衝液に溶解させ、吸光度法(分光光度計U-3900等を用いて、波長260nmおよび280nmの波長で測定)や免疫測定法(PSA検査キット)等を用いて1ng/mLの濃度に調製したものを標準抗原溶液とし、当該標準抗原溶液について、検体に対して行う手法と同じ条件で測定した際に検出されたシグナルに対応するGalNAc-PSAの濃度を1U(ユニット)/mlと設定した。
【0044】
なお、抗原タンパク質の多くは、産総研計量標準総合センター (NMIJ:National MetrologyInstitute of Japan)、米国国立標準技術研究所(NIST:National Institute of Standards and Technology)等の国内外の公的機関において認証された標準物質が存在する。しかしながら、そのような標準物質が存在しない抗原(例えば本発明におけるGalNAc-PSA)においては、上述したような独自の数値や基準に基づいて濃度単位を設定する場合が多い。
【0045】
他の設定としては、ある濃度に調製した標準抗原溶液を、公知の方法で作製されたSPFS法用装置を用いて、任意の反応条件において当該装置に備えられている検出器(光電子増倍管あるいはフォトダイオード)から得られる蛍光信号(単位はカウントまたはdigit)を所定の方法で換算した数値を「U/mL」とすることもできる。このとき、上記SPFS法用装置装置は用いる抗原等の条件によって適宜調整したものを用いてもよい。
【0046】
さらに別の設定としては、健常者1000例程度を対象に、各機関における所望の装置で検体の測定を行い、得られた測定値(例えばSPFS法を用いた場合には検出された蛍光強度)から作製された分布グラフ等において、健常者の数値の95%以上が収まる測定値を基準値と設定し、基準値と同じ測定値が得られる標準抗原溶液の濃度に対応するGalNAc-PSAの濃度値を「1U/mL」とすることもできる。
【0047】
体積の単位としては、例えばcm3、ccあるいはmlを使用することができ、密度の単位としては、例えばg/cm3、g/ml、g/cc等を使用することができる。
【0048】
すなわち、G-PSAD(前立腺体積当たりのGalNAc-PSAの濃度値:G-PSA密度)の値の単位としては、特に限定はされないが、例えば、U/ml/cm3を採用することができる。
【0049】
工程(C)で使用されるGalNAc-PSAの濃度値および生体の前立腺の体積値は、それぞれ工程(A)および工程(B)において得ることができる。本発明では、工程(A)、工程(B)および工程(C)を同一の機関で行ってもよく、工程(A)、工程(B)および工程(C)はそれぞれ別の機関により行われてもよく、前記工程のうち、二つの工程を同一の機関で行い、残りの一つの工程を別の機関でおこなってもよい。また、工程(A)は被験者本人が行ってもよい。
【0050】
例えば、被験者が行った工程(A)において取得されたGalNAc-PSAの濃度値および病院において技師等によって行われた工程(B)において取得された生体の前立腺の体積値を、それぞれデータとして送付された研究機関、評価機関によって工程(C)を行い、G-PSADの値を取得してもよい。
<工程(D)>
本発明における工程(D)においては、工程(C)によって算出されたG-PSADの値を、その高低に応じて2群以上に分類する工程である。分類する群の数は特に限定されないが、評価や解析の簡便さ、または悪性度に応じて治療法を決定するという観点から、2群または3群であることが好ましく、3群であることが特に好ましい。
[閾値-1]
本発明の前立腺がんの診断を補助または治療を補助するための補助情報の取得方法においては、得られたG-PSADの値を診断の補助または治療の補助のための補助情報としてより有効に利用するために、G-PSADについて閾値(カットオフ値)を設定することが好ましい。例えば、工程(D)では算出された被験者(患者)のG-PSADの値を該閾値と比較し、その高低によって2群以上に分類することが好ましい。
【0051】
前記閾値は、前記工程(C)において取得された前立腺体積当たりのGalNAc-PSAの濃度(G-PSAD)の値から、公知の推定方法または情報取得方法と同様の一般的な手法によって、例えば診断マーカーまたは腫瘍マーカーについての閾値と同様にして、設定することができる。
【0052】
閾値を設定する際には、あらかじめG-PSADの値と、前立腺がんとの相関関係を検討し、データベースを作成し、該データベースに基づき、感度(前立腺がんのある被験者を「陽性」と正しく判定する割合(%))および特異度(前立腺がんのない被験者を「陰性」と正しく判定する割合(%))の観点から閾値を設定することが好ましい。
【0053】
例えば、複数の前立腺がん患者(様々なステージの前立腺がん患者であることが好ましい)、および複数の前立腺がんではないと診断された者(健常者および/または前立腺肥大症患者)の、それぞれの検体(例えば血清)中に含有される、GalNAc-PSAの濃度値、前立腺体積、およびG-PSADの値を記録したデータベースを用意することが考えられる。
【0054】
一般的に該データベースからは、G-PSADの値が大きいほど、前立腺がんである可能性が高いことがわかる。各患者または被験者のG-PSADの値および当該患者または被験者が前立腺がんと診断されたか否かに基づきボックスプロットまたはROC曲線(receiver operating characteristic curve)を作成することにより、所望の精度(感度、特異度)の推定が行える閾値を設定することができる。
【0055】
閾値を設定する位置により、感度、特異度は変動する。
【0056】
例えば、閾値を低めに設定すると感度は高くなる(偽陰性が少なくなる)が、偽陽性が増えて特異度は減少する。例えば健康診断のように、罹患患者を取りこぼしたくない場合にこのように閾値を低めに設定すればよい。
【0057】
逆に閾値を高めに設定すると、特異度は高くなる(偽陽性が少なくなる)が、感度は低下する。例えばトータルPSAのみの測定などによる予備診断において、罹患の有無の判断が困難であった被験者について、陽性である(罹患している)確率が高い被験者を優先的に見つける場合にこのように閾値を高めに設定すればよい。
【0058】
本発明を実施する際に、被験者が前立腺がんに罹患しているということについての肯定的な判断(つまり前立腺がんであるという判断)を補助するためには、G-PSADの値が閾値を上回る範囲に、前立腺がんの者が含まれる割合をできるだけ高くし(つまり感度が高く)、かつ非前立腺がんの者ができるだけ含まれない(つまり特異度が高い)値を閾値として設定することが理想的である。
【0059】
逆に、前立腺がんであるということについての否定的な判断(つまり前立腺がんでないという判断)を補助するための閾値としては、G-PSADの値が閾値を下回る範囲に、前立腺がんの者が含まれる割合をできるだけ低くし、かつ、非前立腺がんの者ができるだけ含まれる値を閾値として設定することが理想的である。
【0060】
具体的には、G-PSADの値の単位をU/mL/cm3で表した場合に、被験者が前立腺がんに罹患しているということについての肯定的な診断(つまり被験者が前立腺がん患者であるという判断)を補助するための情報となりえる閾値は0.00146~0.0048U/mL/cm3に設定することが好ましい。また、見逃しを防ぐため特異度よりも感度を優先する場合(即ち、感度90%以上、特異度78%以下に設定したい場合)には、閾値としては0.00146~0.00212U/mL/cm3に設定することが好ましい。一方、確実に前立腺がんに罹患している患者を抽出する観点から、特異度を優先する場合(即ち、感度80%以下、特異度86%以上に設定したい場合)には、閾値としては、0.00273U/mL/cm3以上に設定することが好ましい。
【0061】
逆に被験者が前立腺がんに罹患しているということについての否定的な診断(つまり被験者は前立腺がんでないという判断)を補助するための情報となりえる閾値は、0.00146U/mL/cm3以下に設定することが好ましい。
【0062】
なお、前立腺がんの罹患について、前立腺がんの確率は低いが経過観察を必要とすると診断するために参照される補助情報を得ることが目的の場合、閾値は0.00146~0.00324U/mL/cm3(即ち、感度70%以上、特異度89%以下に設定したい場合)に設定することが好ましい。
【0063】
例えば、G-PSADの値が設定した閾値以上であれば、所定の確率(感度および特異度)でその検体を採取した前立腺がん患者は前立腺がんであり、また閾値未満であれば同様に所定の確率で前立腺がんでないという、診断を補助するために参照することができる補助情報を取得することができる。
【0064】
閾値を変えると感度および特異度が連動して変わるので、両方のバランスがとれるように調整(最適化)することが望ましい。測定データの母集団であるサンプル数を多くするほど、より信頼性の高い閾値を設定することが可能となる。
[閾値-2]
また同様に、データベースを作製することによって前立腺がん患者におけるがんの悪性度について診断する際に参照される補助情報を取得することができる。ここでいう「悪性度」は上述したグリーソンスコアに基づくものでもよいし、D'amico分類等のリスク分類に基づくものでもよいし、また所望の基準を設けてもよい。
【0065】
例えば、「悪性度」の評価基準としてグリーソンスコアを用いる際には、グリーソンスコア7以上(3+4または4+3以上)もしくは(4+3以上)を「悪性度が高い」とすることが好ましいが、他の値、例えば、グリーソンスコア6以上(3+3)を「悪性度が高い」としてもよい。また、他の基準を用いて「悪性度」を評価する場合には、例えば、トータルPSA濃度値が10ng/mLよりも大きいことをもって「悪性度が高い」としてもよいし、TNM分類においてステージT2b以上であることをもって「悪性度が高い」としてもよい。
【0066】
この場合においては、閾値を設定する際には、あらかじめG-PSADの値と前立腺がんの悪性度との相関関係を検討してデータベースを作成し、該データベースに基づいて閾値を設定することが好ましい。
【0067】
例えば、複数の前立腺がん患者(様々な悪性度の前立腺がん患者であることが好ましい)から採取したそれぞれの検体(例えば血清)中に含有される、GalNAc-PSAの濃度値、前立腺体積、およびG-PSADの値を記録したデータベースを用意することが考えられる。
【0068】
一般的に該データベースからは、G-PSADの値が大きいほど、前立腺がんの悪性度は高いことがわかる。各患者のG-PSADの値と、当該者の悪性度に基づきボックスプロットを作成することにより、所望の精度(感度、特異度)の推定が行える閾値を設定することができる。例えば、前記のように悪性度としてグリーソンスコアを用いる場合、各患者のG-PSADの値およびそれぞれのグリーソンスコアとに基づきボックスプロットを作成することにより、所望の精度(感度、特異度)の推定が行える閾値を設定することができる。
【0069】
患者が前立腺がんに罹患しており、かつ当該前立腺がんの悪性度が高いということについての肯定的な診断(当該前立腺がんが治療を要する程度に悪性度が高い確率が高いという判断)を補助するための情報となりえる閾値は、0.00408U/mL/cm3以上に設定することが好ましい。
【0070】
逆に、患者が前立腺がんに罹患してはいるが、該前立腺がんの悪性度が比較的低いということについての肯定的な診断(当該前立腺がんが即座の治療を要するほど悪性度が高くない、換言するとがんの進行(増悪等)についての経過観察で充分である程度の悪性度である確率が高いという判断)を補助するための情報となりえる閾値は、0.00321U/mL/cm3以下に設定することが好ましい。
【0071】
例えば、ある前立腺がん患者におけるG-PSADの値が設定した閾値以上であれば、所定の確率(感度および特異度)でその患者の前立腺がんは悪性度の高い確率が高く、また閾値未満であれば悪性度は低い確率が高いという、診断を補助するために参照することができる補助情報を取得することができる。
【0072】
前立腺がんの有無に係る閾値と同様に、閾値を変えると感度および特異度が連動して変わるので、両方のバランスがとれるよう調整(最適化)することが望ましい。測定データの母集団であるサンプル数(患者数)を多くするほど、より信頼性の高い閾値を設定することが可能となる。
<工程(α)>
本発明における工程(α)は、前記生体由来の検体中に含有される総前立腺特異抗原(トータルPSA)の濃度値を測定する工程であり、前記工程(A)~(C)を行う検体と同一の検体を用いて行う工程である。
【0073】
本発明においては、生体由来の検体中に含有される、総前立腺特異抗原(トータルPSA)の濃度値が、0を超えて100ng/ml以下であることが好ましく、患者選択の基準としての観点から、2~20ng/mLであることがより好ましい。具体的には、前立腺がん患者と峻別するべき前立腺良性疾患(前立腺肥大症)の患者においても、トータルPSAの濃度値が2~20ng/mLの値をとる場合が多く、つまり前立腺がん患者のトータルPSA値とこの範囲においてオーバーラップすることが多い。そのため、前立腺がん患者と前立腺良性疾患との判断がより困難な領域であるといえるトータルPSAの濃度値が2~20ng/mLである患者において、G-PSADの値を算出することによって得られる補助情報の有用性が最も優れているといえる。
【0074】
また、トータルPSAは前記と同様に本発明の前立腺がんの診断を補助または治療を補助するために参照することができる補助情報の取得のための閾値を設定するために用いることができる。
<取得システム>
本発明の一実施形態である補助情報の取得システムは、前記補助情報の取得を行うためのシステムであり、入力装置と、情報処理装置とを備えるシステムである。
【0075】
前記入力装置は本発明に係る補助情報を取得するための情報を入力するための装置であり、情報としては、GalNAc-PSAの濃度値および生体の前立腺の体積値が含まれ、さらにトータルPSAの濃度の値やグリーソンスコアの数値などが含まれていてもよい。
【0076】
例えば、前記入力装置は、GalNAc-PSAの濃度値又は生体の前立腺の体積値をデジタルデータとして受信する受信装置である。また、前記入力装置は、GalNAc-PSAの濃度値又は生体の前立腺の体積値を直接入力する入力手段、例えばキーボード、マウス又はタッチパネルであっても良い。前記GalNAc-PSAの濃度値を、他の独立した機器によって当該濃度値が測定されるときは、当該機器からその値をデジタルデータとして受信できる受信装置を備えることが好ましい。
【0077】
また、本発明の一実施形態である補助情報の取得システムは、GalNAc-PSAの濃度値の測定を行うことができる装置を含んでいてもよく、例えば、SPFS法用装置および当該装置に対応して用いることができる検出器が含まれることが好ましい。
【0078】
前記情報処理装置は、前記入力装置により取得された情報を受け取り、当該情報に基づいて本発明に係る補助情報の取得を行う装置である。典型的には入力されたGalNAc-PSAの濃度値と前立腺の体積値で除算した値を算出することで、前立腺単位体積当たりのGalNAc-PSAの濃度(G-PSA密度(G-PSAD))の値を算出し、必要に応じてその情報を解析する装置である。前記情報処理装置で処理された情報はデジタルデータとして変換されていることが好ましく、また公知の手段によって演算処理がなされていてもよいし、さらにグラフ化またはチャート化等の加工などがされていてもよい。
【0079】
前記情報処理装置には、経時的に情報を蓄積するための情報蓄積装置が含まれることが好ましい。例えば、複数の測定時点において、入力装置等から被験者に関する例えば年齢、体重、検査履歴、各情報変化量等の基礎的データと各時点で得られた補助情報を関連付けてデータを蓄積することで、ある検体について継時的に測定値の変化量やその割合、変動等を観察することができ、またそれらの情報に基づいた任意の解析、例えば、ROC曲線の作製やAUCの測定、またはそれらのパラメーターに基づいた閾値の決定などを行うことができる。
(取得プログラム)
本発明のプログラムは、本発明の前記取得システムに対する指示(処理)を記述したものであり、前記情報処理または解析をコンピュータのCPU(中央演算処理装置)により実行させるために、前記取得システムの各部を制御しデータを処理するシステムプログラムを指す。
【0080】
前記プログラムは情報処理装置に記憶されていてもよいし、それ以外のコンピュータ可読記録媒体、例えば、磁気テープ(デジタルデータストレージ(DDS)など)、磁気ディスク(ハードディスクドライブ(HDD)、フレキシブルディスク(FD)など)、光ディスク(コンパクトディスク(CD)、デジタルバーサタイルディスク(DVD)、ブルーレイディスク(BD)など)、光磁気ディスク(MO)、フラッシュメモリ(SSD(Solid State Drive)、メモリーカード、USBメモリなどに記録されていてもよいし、また独立して提供されるものであってもよい。
【実施例】
【0081】
次に本発明について実験例を示してさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0082】
[作製例1]
<プラズモン励起センサの作製>
樹脂製の台形プリズム透明基板にプラズマ洗浄を行い、該基盤の片面にスパッタリング法によって金薄膜を形成した。金薄膜の厚さは44~52nmであった。
【0083】
このようにして金薄膜が形成された基板を、10-カルボキシ-1-デカンチオールを1mM含むエタノール溶液に20分以上浸漬することで、前記金薄膜の表面に10-カルボキシ-1-デカンチオールからなる自己組織化単分子膜(SAM)を形成した。基板をこの溶液から取り出し、エタノールおよびイソプロパノールで洗浄した後、エアガンを用いて乾燥した。
【0084】
N-ヒドロキシコハク酸イミド(NHS)0.5mM、水溶性カルボジイミド(WSC)0.5mMおよびカルボキシメチルデキストラン(CMD)(名糖産業株式会社;CMD-500-06I4:平均分子量50万,置換度0.51)1mg/mLを含む、25mMのMES緩衝生理食塩水と、10mMのNaCl溶液(pH6.0)とを、それぞれ0.8mLずつ混合したものを、前記乾燥した基板に滴下し、20分間反応させることで、基板上のSAMにCMD膜を形成させた。さらに該CMD膜の上に100μmの厚さのシール材を設置して、高さ100μmの流路を形成し、プラズモン励起センサを作成した。
【0085】
[作製例2]
<抗PSAモノクローナル抗体固相化基板の調製>
MES緩衝生理食塩水で、作製例1で作成したプラズモン励起センサ表面を洗浄し、プラズモン励起センサ表面を平衡化した。
【0086】
続いて、N-ヒドロキシコハク酸イミド(NHS)を50mMと、水溶性カルボジイミド(WSC)を100mMとを含むMES緩衝生理食塩水5mLとを、プラズモン励起センサ表面に20分間反応させた後、さらに抗PSAモノクローナル抗体溶液(ミクリ免疫研究所株式会社;50μg/mL)20μLを30分間反応させることで、プラズモン励起センサ上のCMDに当該抗体を結合させて、抗PSAモノクローナル抗体固相化CMD膜(測定領域と称する)をプラズモン励起センサ上に有するものを調製した。
【0087】
その後、流路内における非特異吸着防止処理を行うために、1重量%牛血清アルブミン(BSA)を含むリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を用いてブロッキングを10分間間行った。
【0088】
[作製例3]
<蛍光標識レクチン(Alexa Fluor(登録商標)647標識WFA)の作製>
WFA(Wisteria floribunda Lectin:VECTOR Laboratories inc.:L-1350)100μg相当と、蛍光物質ラベリングキット「Alexa Fluor(登録商標)647 タンパク質ラベリングキット」(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて、以下の方法でAlexa Fluor(登録商標)647標識WFA(以下、本実験例において、蛍光標識レクチンと称する)を作製した。
【0089】
上記WFAと、上記キットに含まれる0.1M重炭酸ナトリウムおよびAlexa Fluor 647 reactive dyeとを混合し、室温で1時間反応させた後、ゲル濾過クロマトグラフィーおよび限外濾過を行い、標識に利用されなかったAlexa Fluor 647 reactive dye等の不純物を取り除いて、蛍光標識WFAレクチンを得た。その後、吸光度を測定して標記の蛍光標識レクチンの濃度を定量した。
【0090】
[実験例1-1]
国立大学法人京都大学において、前立腺針生検にて診断し得た前立腺がん160例および前立腺肥大症患者51例の血清を対象に検証を行った(合計:211例)。各患者の病理組織学的診断はグリーソンスコアによって判定した。
【0091】
各群の患者における、トータルPSAの濃度値、GalNAc-PSA(LacdiNAc-PSAの値、前立腺体積当たりのGalNAc-PSA(G-PSAD)の値およびグリーソンスコアを表1に示す。
【0092】
なお、patient background (患者背景)とされている211人はおもにトータルPSAが2~20ng/mLであり、針生検を受けた被験者の数を示し、そのうち前立腺がん患者と診断されたものは160名(75.8%)、前立腺肥大症に罹患していると診断されたものは51名(24.2%)である。
【0093】
それぞれの集団から、トータルPSAの濃度(ng/mL)、GalNAc-PSA濃度(U/ml)、およびG-PSADの値(U/ml/cm3)を計測・算出し、それぞれの数値を下記表1上欄に示した。
【0094】
さらに前立腺がんと診断された患者に144名については前立腺の全摘出手術を行った。摘出した前立腺のがん組織におけるグリーソンスコアについて分類した。それぞれのスコアに該当した患者数(検体数)を表1下欄に示した。
【0095】
【表1】
トータルPSAの濃度値は、前立腺特異抗原キット「トータルPSA・アボット」および「ARCHITECTアナライザーi1000SR」システム(各アボットジャパン株式会社)を用いて、マニュアル通りにより定量した。
【0096】
GalNAc-PSAの定量は、作製例1および2において作成した抗PSAモノクローナル抗体固相化基板を備えた流路型SPFS測定部材および作成例3で調製した蛍光標識WFAを用いて以下の手法で行った。
【0097】
血清検体20μLに希釈溶液100μLを添加し、チューブ内でよく撹拌して混合液を調製した。この混合液100μLを上記流路型SPFS測定部材の流路に循環送液し、測定部材上の測定領域と30分間反応させた。その後、Tween(登録商標)20を0.05重量%含有するTBS(TBS-T)を送液して、3分間洗浄した。続いて、作製例3で作成したAlexa Fluor 647標識WFA溶液(WFA濃度:10μg/mL)100μLを流路に循環送液し、測定領域と10分間反応させた。その後再び、TBS-Tを送液して、5分間洗浄した。そして、TBS-Tで流路を満たした状態で波長647nmのレーザー線をAlexa Fluor 647の励起光を照射し、測定された蛍光強度(蛍光シグナル)を測定した。
【0098】
GalNAc-PSAの値が既知の試験用試料を用いて作成した検量線に基づいて、各被験試料の蛍光強度の測定値を、GalNAc-PSAの濃度値に換算した。
【0099】
前立腺体積情報に関しては、超音波診断装置 Aloka prosound alpha7(株式会社日立製作所)等の装置を使用した経直腸的超音波断層法(TRUS)、または3D高画質MRI装置 Signa HDx(GE Helthcare社)等の装置を使用した核磁気共鳴画像法(MRI)によって前立腺体積を測定した。前記GalNAc-PSAの濃度値を、測定した前立腺体積で除することにより、前立腺体積当たりのGalNAc-PSA(G-PSAD)の値を算出した。
<結果・考察>
上記、前立腺がん患者および前立腺肥大症の被験者について(前立腺がん:145例、前立腺肥大症:47例)についてトータルPSA濃度値、GalNAc-PSA濃度値、G-PSADの値をカラムプロットで示した(
図1-1左)。また、この結果をもとに、Relative Operating Characteristic curve(ROC曲線)を作成した(
図1-1右)。
【0100】
前記計測された数値に基づいて作製されたカラムプロットおよびROC曲線に基づいて、以下の解析を行った。
【0101】
上記で作成したROC曲線に基づく、ROC曲線下面積(AUC:area under the curve)をそれぞれの群について測定した。一般的には、AUCの値が高いほど、対象疾患の予測能・診断能が高いと判断される。
【0102】
本発明の補助情報の取得方法の工程(C)で算出したG-PSADの値をもとに作成したROC曲線に基づくAUCの値は0.8948であった。一方、従来のトータルPSA濃度値に基づくAUCに測定値は0.5080、前立腺体積情報を加えていないGalNAc-PSAのみの濃度値に基づくAUCの測定値は0.7704であった。
【0103】
従来のトータルPSAやGalNAc-PSA濃度値に基づく診断性能に比べて、G-PSADの値を用いた診断性能は明らかに優れた結果を示していることがわかる。一般的な診断性能の指標としてROC曲線のAUC値が0.8を超えていると優れた検査といわれるが、G-PSADの値を用いたROC曲線のAUC値は0.8を大きく上回っており、したがってG-PSADの値を用いた検査は非常に有用であることが判った。
【0104】
[実験例1-2]
国立大学法人弘前大学において、実験例1-1と同様の実験を行った。各群の患者における、トータルPSA濃度値、GalNAc-PSA濃度値および、前立腺体積当たりのGalNAc-PSAの濃度値(G-PSADの値)、ならびにグリーソンスコアおよびD'Amico(ダミコ)リスク分類を表2に示す。
【0105】
なお、patient background (患者背景)とされている339人はトータルPSAが2~20ng/mLであり、針生検を受けた被験者の数を示し、そのうち前立腺がん患者と診断されたものは150名(44.2%)、前立腺肥大症に罹患していると診断されたものは189名(55.8%)である。針生検での結果等をもとにリスク分類を行った134名についてはD'Amico(ダミコ)リスク分類に基づいて、それぞれ高リスク群、中程度リスク群、低リスク群に分類してそれぞれの結果を表2下欄に示した。
【0106】
さらに前立腺がんと診断された患者に124名については前立腺の全摘出手術を行った。摘出した前立腺のがん組織におけるグリーソンスコアについて分類した。それぞれのスコアに該当した患者数(検体数)を表2中欄に示した。
【0107】
【表2】
トータルPSA濃度値、GalNAc-PSA濃度値の計測、およびG-PSADの算出については実施例1-1と同じ手法で行った。
【0108】
上記前立腺がん患者および前立腺肥大症の被験者について(前立腺がん:150例、前立腺肥大症:189例)についてトータルPSA濃度値、GalNAc-PSA濃度値、G-PSADの値をカラムプロットで示した(
図1-2左)。また、この結果をもとに、Relative Operating Characteristic curve(ROC曲線)を作成した(
図1-2右)。
【0109】
前記計測された数値に基づいて作製されたカラムプロットおよびROC曲線に基づいて、実施例1-1と同様の解析を行った。
【0110】
本発明の補助情報の取得方法の工程(C)で算出したG-PSADの値をもとに作成したROC曲線に基づくAUCの値は0.8382であった。一方、従来行われてきたトータルPSA濃度値によるAUCの測定値は0.6267であり、前立腺体積情報を加えていないGalNAc-PSAのみの濃度値によるAUCの測定値は0.7626であった。
【0111】
弘前大学の結果においても、GalNAc-PSA濃度値に基づく診断性能に比べて、G-PSADの診断性能は明らかに優れた結果を示している。上述したようにROC解析のAUC値が0.8を超えていると優れた検査といわれるが、本実験例では300例を超える症例数でもその基準を満たしており、非常に有用な検査であることが判った。
【0112】
すなわち、本発明で取得される補助情報は、従来のトータルPSA濃度値やGalNAc-PSA濃度値を用いた、診断・判定に用いる情報と比べて、感度・特異度の点で優れていることが示されていることがわかる。さらに、トータルPSA濃度値が20ng/mL以下(大部分が10ng/mL以下)という比較的低値を示す、陽性陰性の判断に苦慮する患者由来の試料を用いて上記の結果が得られたことから、本発明で取得される補助情報は、従来の方法により得られる情報よりも高い精度で診断や治療の場面における補助情報として有用であることがわかった。
【0113】
[実験例2]
京都大学において実施した実験(実験例1-1)において、前立腺がんのある被験者を「陽性」と正しく判定する割合(%)を「感度」と定義し、前立腺がんのない被験者を「陰性」と正しく判定する割合を(%)を「特異度」と定義し、それぞれの感度と特異度に基づいて設定された閾値を各表3-1~3-3に示した。
【0114】
【0115】
【0116】
【表3-3】
<考察>
G-PSADの値を補助情報として用いたものに関しては、同じ感度、つまりがんのある者を「陽性」であるとそれぞれの割合で正しく判定した数値において、「特異度」、つまりがんのない者を「陰性」と正しく判定できた割合が他のものに比べて優位に高いということが分かった。つまり前立腺がんについて陽性とした患者における偽陰性の割合が下がり、したがって精度の高い補助情報となりえる。
【0117】
一般的に、スクリーニングの段階(病理組織診断(針生検)の前段階)においてできるだけ感度が高く(がんの見逃し(偽陰性)となる可能性の低い、)、かつ特異度が高い(つまり、不要な針生検を回避できる)閾値を選択することが好ましい。
【0118】
G-PSADの値を補助情報として用いた場合、一つの指標として閾値0.00212(感度90%・特異度78%)を選択することができる。つまりこの閾値においては約80%の不必要な針生検を回避することができる可能性が示されている。
【0119】
また、後述するようにG-PSADの閾値を0.00212に設定した場合においては、感度は95%より高く、特異度は45%未満になると推測できる(表4-3参照)。したがってG-PSADの値は前立腺がんの有無に併せて、前立腺がんの悪性度についてより正確な判定に役立つといえ、この点においてもG-PSADの情報は非常に有用であると考えられる。
【0120】
[実験例3-1]
<トータルPSA濃度値、GalNAc-PSA濃度値、G-PSAD値を補助情報として用いた、前立腺がんの悪性度の判定>
次にトータルPSAの濃度値、GalNAc-PSAの濃度値、G-PSADの値を補助情報として用いた場合における、前立腺がんの悪性度の判定の有効性について比較検討を行った。
【0121】
国立大学法人弘前大学において、前立腺全摘標本によるグリーソンスコア判定により悪性度を判定した前立腺がん患者124名から採取した血清を試料として用いた。
【0122】
各種マーカーの測定結果を、上記で得られたトータルPSA濃度値(上図)、GalNAc-PSA濃度値(中図)、G-PSADの値(下図)のそれぞれの値を、グリーソンスコアごとにプロットしたカラムプロットで表した(
図2-1)。トータルPSA濃度値、GalNAc-PSA濃度値およびG-PSADの値の算出は実験例1-1と同じ手法で行った。例数は少ないが、G-PSADで最もグリーソンスコア6と7以上の群の分布に差が認められ、グリーソンスコアの上昇に伴い、値が上昇していくことが確認できた。
【0123】
[実験例3-2]
さらに国立大学法人京都大学において前立腺全摘標本によりグリーソンスコアを判定した前立腺がん患者(なお、本実験例において、グリーソンスコアは優勢病変と随伴病変の和として表記している)、および前立腺肥大症(BPH)患者51名から採取した血清を試料として実験例3-1と同様の実験を行った。得られた結果を前立腺肥大症またはそれぞれのグリーソンスコアごとにプロットしたカラムプロットを
図2-2で示す。
<結果・考察>
上記実施例3-1および3-2において、G-PSADの値と前立腺がんの悪性度(グリーソンスコア)との間において強い相関性があるということが、異なる2施設の研究で示された。
【0124】
図2-2下図で示されるように、G-PSADにおいてグリーソンスコアが3+3という比較的悪性度の低い症例群は前立腺肥大症の群の分布とほぼ重なり、グリーソンスコアが3+4および4+3(GS=7)以上の群の分布に比較して明らかに低値を示すことが確認できた。この結果は、G-PSADという指標により積極的に治療すべき悪性度の高いがんを、前立腺針生検を行うことなく高い確率で予測することが可能であることを意味する。
【0125】
上記結果は、G-PSADの値を用いることで、病勢(がんの悪性度)についてより正確な把握をすることが可能となり、その結果適切な治療法を選択することで患者の予後やQOLの向上に非常に貢献することができるといえる。
【0126】
なお、グリーソンスコア3+4または4+3(つまりグリーソンスコアの和が7以上)以上の患者は、通常、手術(外科治療)、放射線治療、内分泌療法(ホルモン療法)、化学療法等の治療を要する患者と分類される。
【0127】
例えば、GS3+3はがんではあるが、多くの場合積極的な治療をせずとも、当該がんにより直接死に至ることはほとんどない群であるとみなされ、この群における一部の患者については経過観察(アクティブサーベイランス:監視療法)という治療法が選択される。現在はPSA検査と前立腺生検(グリーソンスコア)の結果から監視療法適用対象であるか決定されるが、PSA検査では悪性度が予測できないこと、前立腺針生検のサンプリングエラー(生検針が主要ながん組織に刺さらないなど)等により、誤った悪性度予測による監視療法が選択されてしまうケースがある。監視療法を安全に行うためには定期的なPSA検査および前立腺再生検等の侵襲的な検査が必要であるという欠点が存在する。
【0128】
また、監視療法は手術等に比べて侵襲性は低い治療とはいえ、毎年1回の前立腺針生検が必要とされており、さらに患者はいつ自分の腫瘍が悪性化するかという不安に常に曝されることになる。このような患者に対して、上記のような非常に高い確率で悪性度の高い前立腺がんの存在を予測するマーカーがあれば、監視療法の選択についての精度が向上するだけではなく、経過観察中にG-PSADの値を測定することで、病勢についてより正確な把握が可能となり、その結果患者の不安を緩和することができる。
【0129】
[実験例4]
実施例2においては前立腺がんのある被験者を「陽性」と正しく判定する割合(%)を「感度」と定義して、前立腺がんのない被験者を「陰性」と正しく判定する割合を(%)を「特異度」と定義した。実験例4では高悪性度がんのある者を「陽性」と正しく判定する割合(%)を「感度」と定義し、さらに高悪性度がんのない者を「陰性」と正しく判定する割合を(%)を「特異度」と定義し、実施例2と同様にそれぞれの感度と特異度に基づいて設定された閾値を、各表4-1~4-3に示した。
【0130】
【0131】
【0132】
【表4-3】
<考察>
G-PSADの値を補助情報として用いたものに関しては、例えば感度90%の値を閾値として設定し、それより値が高い被験者を「陽性」であるとした場合において、そのG-PSAD値より低い値を示した被験者における「特異度」は、他の2者を補助情報としたものに比べて有意に高いということが分かった。つまりG-PSADの値を補助情報として用いた場合、偽陰性(高悪性度前立腺がんと誤って判断される)の割合は他のものよりも低く、したがってG-PSADは精度の高い悪性度予測の補助情報となり得るといえる。
【0133】
[実験例5]
上述したように近年では、病期に基づいたTNM分類、PSA値、および病理組織診断(グリーソンスコア・グレードグループ)を複合的に組み合わせた、D'Amico分類などのリスク分類が広く用いられている。トータルPSA、GalNAc-PSA、G-PSADの各値を補助情報として用いた場合における、D'Amico分類との相関性について比較検討を行った。
【0134】
国立大学法人弘前大学において、D'amico分類によって分類した前立腺がん患者の血清を試料として用いた。上記で得られたトータルPSA(上図)、GalNAc-PSA(中図)、G-PSAD(下図)のそれぞれの値を補助情報として用いた場合について、D'amico分類との相関結果を
図3に示した。
【0135】
D'Amico分類の結果とG-PSADの値を補助情報として用いた結果の間には相関が確認され、トータルPSA濃度値やGalNAc-PSA濃度値に比べて、G-PSADの値を補助情報に使用した場合は、特にD'Amico分類におけるIntermediate群(中リスク群)、High群(高リスク群)について、実際に病理組織診断を行わずとも、高い確率でリスク分類の予測が可能であるということが示唆された。