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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-04
(45)【発行日】2024-01-15
(54)【発明の名称】熱流スイッチング素子
(51)【国際特許分類】
   H10N 99/00 20230101AFI20240105BHJP
【FI】
H10N99/00
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020018678
(22)【出願日】2020-02-06
(65)【公開番号】P2021125578
(43)【公開日】2021-08-30
【審査請求日】2023-01-16
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2019年7月2日韓国で開催の「38th Annual International Conference on Thermoelectrics and 4th Asian Conference on Thermoelectrics(ICT/ACT2019)」にて公開 2019年9月4日公益社団法人応用物理学会『第80回応用物理学会秋期学術講演会 講演予稿集』にて公開 2019年10月24日下記アドレスにて公開 http://www.thermoelectrics.jp/zata/matetra/paper/TSJ_matsunaga_20191024JA.pdf 2019年11月21日学校法人トヨタ学園豊田工業大学『スマートエネルギー技術研究センター第12回シンポジウム プログラム予稿集』にて公開 2019年12月1日一般社団法人日本MRS『MATERIALS RESEARCH MEETING 2019 講演予稿集』にて公開
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】592032636
【氏名又は名称】学校法人トヨタ学園
(74)【代理人】
【識別番号】100120396
【弁理士】
【氏名又は名称】杉浦 秀幸
(72)【発明者】
【氏名】藤田 利晃
(72)【発明者】
【氏名】新井 皓也
(72)【発明者】
【氏名】竹内 恒博
(72)【発明者】
【氏名】松永 卓也
【審査官】小山 満
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-251692(JP,A)
【文献】特表2019-506111(JP,A)
【文献】特開2013-106043(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0144588(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0204585(US,A1)
【文献】国際公開第2010/073398(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 99/00
H10N 10/00
H10N 15/00
H10N 19/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
N型半導体層と、
前記N型半導体層上に積層された絶縁体層と、
前記絶縁体層上に積層されたP型半導体層と、
前記N型半導体層に接続されたN側電極と、
前記P型半導体層に接続されたP側電極とを備え、
前記N型半導体層と前記P型半導体層とは、その間に前記絶縁体層を配して絶縁状態であり、
前記N側電極と前記P側電極とに外部電圧を印加することにより熱伝導率が変化することを特徴とする熱流スイッチング素子。
【請求項2】
請求項1に記載の熱流スイッチング素子において、
前記N型半導体層及び前記P型半導体層が、厚さ5nm以上かつ1μm未満の薄膜で形成され、
前記絶縁体層が、厚さ1μm未満であることを特徴とする熱流スイッチング素子。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の熱流スイッチング素子において、
前記絶縁体層が、誘電体で形成されていることを特徴とする熱流スイッチング素子。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載の熱流スイッチング素子において、
前記N型半導体層と前記P型半導体層とが前記絶縁体層を挟んで交互に複数積層されていることを特徴とする熱流スイッチング素子。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項に記載の熱流スイッチング素子において、
最上面に設けられた上部高熱伝導部と、
最下面に設けられた下部高熱伝導部と、
前記N型半導体層,前記絶縁体層及び前記P型半導体層の外周縁を覆って設けられた外周断熱部とを備え、
前記上部高熱伝導部及び前記下部高熱伝導部が、前記外周断熱部よりも熱伝導性の高い材料で形成されていることを特徴とする熱流スイッチング素子。
【請求項6】
請求項1から4のいずれか一項に記載の熱流スイッチング素子において、
最上面に設けられた上部断熱部と、
最下面に設けられた下部断熱部と、
前記N型半導体層,前記絶縁体層及び前記P型半導体層の外周縁において互いに離間した2箇所に部分的に設けられた一対の外周高熱伝導部とを備え、
前記外周高熱伝導部が、前記上部断熱部及び前記下部断熱部よりも熱伝導性の高い材料で形成されていることを特徴とする熱流スイッチング素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイアス電圧で熱伝導を能動的に制御可能な熱流スイッチング素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、熱伝導率を変化させる熱スイッチとして、例えば特許文献1には、熱膨張率の異なる2つの熱伝導体を軽く接触させて温度勾配の方向によって熱の流れ方が異なるサーマルダイオードが記載されている。また、特許文献2にも、熱膨張による物理的熱接触を使った熱スイッチである放熱装置が記載されている。
【0003】
また、特許文献3には、化合物に電圧を印加させることで起こる可逆的な酸化還元反応により熱伝導率が変化する熱伝導可変デバイスが記載されている。
さらに、非特許文献1には、ポリイミドテープを2枚のAg0.6Se0.4で挟み込んで電場を印加することで熱伝導度を変化させる熱流スイッチング素子が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第2781892号公報
【文献】特許第5402346号公報
【文献】特開2016-216688号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】松永卓也、他4名、「バイアス電圧で動作する熱流スイッチング素子の作製」、第15回日本熱電学会学術講演会、2018年9月13日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記従来の技術には、以下の課題が残されている。
すなわち、特許文献1及び2に記載の技術では、熱膨張による物理的熱接触を使うため、再現性が得られず、特に微小変化であるためサイズ設計が困難であると共に、機械接触圧による塑性変形を回避することができない。また、材料間の対流熱伝達の影響が大き過ぎる問題があった。
また、特許文献3に記載の技術では、化学反応である酸化還元反応を用いており、熱応答性に劣り、熱伝導が安定しないという不都合があった。
これらに対して非特許文献1に記載の技術では、電圧を印加することで、材料界面に熱伝導可能な電荷を生成し、その電荷によって熱を運ぶことができるため、熱伝導が変化した状態に直ちに移行でき、比較的良好な熱応答性を得ることができる。しかしながら、生成される電荷の量が少ないため、より生成される電荷の量を増大させ、熱伝導率の変化がさらに大きい熱流スイッチング素子が望まれている。
【0007】
本発明は、前述の課題に鑑みてなされたもので、熱伝導率の変化がより大きく、優れた熱応答性を有する熱流スイッチング素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。すなわち、第1の発明に係る熱流スイッチング素子は、N型半導体層と、前記N型半導体層上に積層された絶縁体層と、前記絶縁体層上に積層されたP型半導体層とを備えていることを特徴とする。
【0009】
この熱流スイッチング素子では、N型半導体層と、N型半導体層上に積層された絶縁体層と、絶縁体層上に積層されたP型半導体層とを備えているので、N側電極とP側電極とに外部電圧を印加すると、P型半導体層及びN型半導体層と絶縁体層との主に界面に電荷が誘起され、この電荷が熱を運ぶことで熱伝導率が変化する。特に、N型半導体層と絶縁体層との界面及びその近傍と、P型半導体層と絶縁体層との界面及びその近傍との両方で電荷が生成されるため、生成される電荷量が多く、熱伝導率の大きな変化と高い熱応答性とを得ることができる。また、化学反応機構を用いない、物理的に熱伝導率を変化させる機構であるので、熱伝導が変化した状態に直ちに移行でき、良好な熱応答性を得ることができる。
また、外部電圧の大きさに乗じて、界面に誘起される電荷量が変化するので、外部電圧を調整することで、熱伝導率を調整することが可能となるので、本素子を介して、熱流を能動的に制御可能となる。
なお、絶縁体層が絶縁体であり、電圧印加に伴う電流が発生しないため、ジュール熱は生じない。そのため、自己発熱することなく、熱流を能動的に制御可能となる。
【0010】
第2の発明に係る熱流スイッチング素子は、第1の発明において、前記N型半導体層に接続されたN側電極と、前記P型半導体層に接続されたP側電極とを備えていることを特徴とする。
【0011】
第3の発明に係る熱流スイッチング素子は、第1又は第2の発明において、絶縁体層が、誘電体で形成されていることを特徴とする。
すなわち、この熱流スイッチング素子では、絶縁体層が、誘電体で形成されているので、N型半導体層及びP型半導体層と絶縁体層との界面において誘電体である絶縁体層側にも電荷が生成され、より熱伝導率の大きな変化と高い熱応答性とを得ることができる。
【0012】
第4の発明に係る熱流スイッチング素子は、第1から第3の発明のいずれかにおいて、前記N型半導体層と前記P型半導体層とが前記絶縁体層を挟んで交互に複数積層されていることを特徴とする。
すなわち、この熱流スイッチング素子では、N型半導体層とP型半導体層とが絶縁体層を挟んで交互に複数積層されているので、積層されて増えた上記界面に応じて生成される電荷量も増え、より熱伝導率の大きな変化と高い熱応答性とが得られる。
【0013】
第5の発明に係る熱流スイッチング素子は、第1から第4の発明のいずれかにおいて、最上面に設けられた上部高熱伝導部と、最下面に設けられた下部高熱伝導部と、前記N型半導体層,前記絶縁体層及び前記P型半導体層の外周縁を覆って設けられた外周断熱部とを備え、前記上部高熱伝導部及び前記下部高熱伝導部が、前記外周断熱部よりも熱伝導性の高い材料で形成されていることを特徴とする。
すなわち、この熱流スイッチング素子では、上部高熱伝導部及び下部高熱伝導部が、外周断熱部よりも熱伝導性の高い材料で形成されているので、面内方向への熱流を抑制でき、積層方向に熱スイッチ性を得ることができる。特に、各層の外周にN側電極及びP側電極が配されている場合、これら電極への熱の流入を熱伝導性の低い外周断熱部により極力抑えることができる。
【0014】
第6の発明に係る熱流スイッチング素子は、第1から第4の発明のいずれかにおいて、最上面に設けられた上部断熱部と、最下面に設けられた下部断熱部と、前記N型半導体層,前記絶縁体層及び前記P型半導体層の外周縁において互いに離間した2箇所に部分的に設けられた一対の外周高熱伝導部とを備え、前記外周高熱伝導部が、前記上部断熱部及び前記下部断熱部よりも熱伝導性の高い材料で形成されていることを特徴とする。
すなわち、この熱流スイッチング素子では、外周高熱伝導部が、上部断熱部及び下部断熱部よりも熱伝導性の高い材料で形成されているので、積層方向への熱流を抑制でき、面内方向に熱スイッチ性を得ることができる。特に、各層の外周にN側電極及びP側電極が配されている場合、熱伝導性の高い外周高熱伝導部によりN側電極やP側電極をカバーすることで、高温側及び低温側の接触熱抵抗を低減することができる。
【0015】
第7の発明に係る熱流スイッチング素子は、第1から第6の発明のいずれかにおいて、前記N型半導体層及び前記P型半導体層が、厚さ1μm未満の薄膜で形成されていることを特徴とする。
すなわち、この熱流スイッチング素子では、N型半導体層及びP型半導体層が、厚さ1μm未満の薄膜で形成されているので、厚さ1μm以上であっても機能的に電荷生成の効果は変わらないため、熱スイッチングに寄与しない無駄な部分が低減され、製造コストの低減及び薄型化を図ることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、以下の効果を奏する。
すなわち、本発明に係る熱流スイッチング素子によれば、N型半導体層と、N型半導体層上に積層された絶縁体層と、絶縁体層上に積層されたP型半導体層とを備えているので、外部電圧印加により生成される電荷量が多く、熱伝導率の大きな変化と高い熱応答性とを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明に係る熱流スイッチング素子の第1実施形態を示す斜視図である。
図2】第1実施形態において、原理を説明するための概念図である。
図3】本発明に係る熱流スイッチング素子の第2実施形態を示す斜視図である。
図4】第2実施形態において、熱流スイッチング素子を示す断面図である。
図5】本発明に係る熱流スイッチング素子の第3実施形態を示す断面図である。
図6】本発明に係る熱流スイッチング素子の第4実施形態を示す断面図である。
図7】本発明に係る熱流スイッチング素子の第5実施形態を示す断面図である。
図8】本発明に係る熱流スイッチング素子の実施例1において、パルス光加熱サーモリフレクタンス法(FF法)による測定時の、表面温度(ΔT/ΔTMAX)の時間依存性を示すグラフである。
図9】本発明に係る熱流スイッチング素子の実施例2において、パルス光加熱サーモリフレクタンス法(FF法)による測定時の、表面温度(ΔT/ΔTMAX)の時間依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係る熱流スイッチング素子における第1実施形態を、図1及び図2を参照しながら説明する。なお、以下の説明に用いる図面では、各部を認識可能又は認識容易な大きさとするために必要に応じて縮尺を適宜変更している。
【0019】
本実施形態の熱流スイッチング素子1は、図1及び図2に示すように、N型半導体層3と、N型半導体層3上に積層された絶縁体層4と、絶縁体層4上に積層されたP型半導体層5とを備えている。
さらに、本実施形態の熱流スイッチング素子1は、N型半導体層3に接続されたN側電極6と、P型半導体層5に接続されたP側電極7とを備えている。
成膜方法は、スパッタリング法、分子線エピタキシー法(MBE法)等、各種成膜手法が採用される。
なお、N型半導体層3及びP型半導体層5に直接電圧を印加可能な場合は、N側電極6及びP側電極7が不要である。
【0020】
また、本実施形態の熱流スイッチング素子1は、絶縁性の基材2を備え、基材2上にN側電極6が形成されている。すなわち、基材2上に、N側電極6,N型半導体層3,絶縁体層4,P型半導体層5及びP側電極7が、この順で積層されている。なお、基材2上に、上記と逆の順序で積層しても構わない。また、基材2自体を、P側電極7又はN側電極6としても構わない。
【0021】
上記N側電極6及びP側電極7には、外部電源Vが接続され、電圧が印加される。なお、図1における矢印は、電圧(電場)の印加方向を示している。
N型半導体層3及びP型半導体層5は、厚さ1μm未満の薄膜で形成されている。特に、絶縁体層4との界面及びその近傍に生成される電荷e(正電荷,負電荷)は、5~10nmの厚さ範囲で主に溜まるため、N型半導体層3及びP型半導体層5は、100nm以下の膜厚で形成されることがより好ましい。なお、N型半導体層3及びP型半導体層5は、5nm以上の膜厚が好ましい。
また、絶縁体層4は、40nm以上の膜厚が好ましく、絶縁破壊が生じない厚さに設定される。なお、絶縁体層4は、厚すぎると電荷eを運び難くなるため、1μm未満の膜厚とすることが好ましい。
なお、図1中の、N型半導体層3と絶縁体層4との界面及びその近傍に生成される電荷eの種類は、電子であり、白丸で表記されている。また、P型半導体層5と絶縁体層4との界面及びその近傍に生成される電荷eの種類は、正孔であり、黒丸で表記されている。(正孔は、半導体の価電子帯の電子の不足によってできた孔であり、相対的に正の電荷を持っているように見える。)
【0022】
N型半導体層3及びP型半導体層5は、低い格子熱伝導を持つ縮退半導体材料が好ましく、例えばSiGe等の熱電材料、CrN等の窒化物半導体、VO等の酸化物半導体などが採用可能である。なお、N型,P型は、半導体材料にN型,P型のドーパントを添加すること等で設定している。
【0023】
絶縁体層4は、熱伝導率が小さい絶縁性材料であることが好ましく、SiO等の絶縁体、HfO,BiFeO等の誘電体、ポリイミド(PI)等の有機材料などが採用可能である。特に、誘電率の高い誘電体材料が好ましい。
上記基材2は、例えばガラス基板などが採用可能である。
上記N側電極6及び上記P側電極7は、例えばMo,Al等の金属で形成される。
【0024】
本実施形態の熱流スイッチング素子1は、図2に示すように、電場(電圧)印加により、N型半導体層3と絶縁体層4との界面及びその近傍に熱伝導可能な電荷eを生成することで、生成した電荷eが熱を運んで熱伝導率が変化する。
なお、熱伝導率は以下の式で得られる。
熱伝導率=格子熱伝導率+電子熱伝導率
【0025】
この2種類の熱伝導率のうち、電場(電圧)印加により生成した電荷量に応じて変化するのは、電子熱伝導率である。したがって、本実施形態において、より大きな熱伝導率変化を得るには、格子熱伝導率が小さい材料が適している。したがって、N型半導体層3,絶縁体層4及びP型半導体層5のいずれにおいても、格子熱伝導率が小さい、すなわち熱伝導率が小さい材料が選択される。
【0026】
本実施形態の各層を構成する材料の熱伝導率は、5W/mK以下、より好ましくは1W/mK以下の低いものであることが良く、上述した材料が採用可能である。
また、上記電子熱伝導率は、印加する外部電場(電圧)に応じて生成される電荷eの量に応じて増大する。
なお、N型半導体層3及びP型半導体層5と絶縁体層4との界面で電荷eが生成されることから、界面の総面積を増やすことで、生成する電荷eの量も増やすことができる。
【0027】
上記熱伝導率の測定方法は、例えば基板上に形成された薄膜試料をパルスレーザーで瞬間的に加熱し、薄膜内部への熱拡散による表面温度の低下速度あるいは表面温度の上昇速度を測定することにより、薄膜の膜厚方向の熱拡散率又は熱浸透率を求める方法であるパルス光加熱サーモリフレクタンス法により行う。なお、上記パルス光加熱サーモリフレクタンス法のうち、熱拡散を直接測定する方法(裏面加熱/表面測温(RF)方式)では、パルスレーザーが透過可能な透明基板を用いる必要があるため、透明基板でない場合は、熱浸透率を測定し、熱伝導率に換算する方式である表面加熱/測温(FF)方式で熱伝導率を測定する。なお、この測定には、金属膜が必要であり、Mo,Al等が採用される。
【0028】
このように本実施形態の熱流スイッチング素子1では、N型半導体層3と、N型半導体層3上に積層された絶縁体層4と、絶縁体層4上に積層されたP型半導体層5とを備えているので、N側電極6とP側電極7とに電圧を印加すると、P型半導体層5及びN型半導体層3と絶縁体層4との主に界面に電荷eが誘起され、この電荷eが熱を運ぶことで熱伝導率が変化する。
【0029】
特に、N型半導体層3と絶縁体層4との界面及びその近傍と、P型半導体層5と絶縁体層4との界面及びその近傍との両方で電荷eが生成されるため、生成される電荷量が多く、熱伝導率の大きな変化と高い熱応答性とを得ることができる。また、化学反応機構を用いない、物理的に熱伝導率を変化させる機構であるので、熱伝導が変化した状態に直ちに移行でき、良好な熱応答性を得ることができる。
【0030】
また、外部電圧の大きさに乗じて、界面に誘起される電荷量が変化するので、外部電圧を調整することで、熱伝導率を調整することが可能となり、本素子を介して、熱流を能動的に制御可能となる。
なお、絶縁体層4が絶縁体であり、電圧印加に伴う電流が発生しないため、電圧印加に伴うジュール熱は生じない。そのため、自己発熱することなく、熱流を能動的に制御可能となる。
【0031】
また、絶縁体層4が、誘電体で形成されているので、N型半導体層3及びP型半導体層5と絶縁体層4との界面において誘電体である絶縁体層4側にも電荷が生成され、より熱伝導率の大きな変化と高い熱応答性とを得ることができる。
さらに、N型半導体層3及びP型半導体層5が、厚さ1μm未満の薄膜で形成されているので、厚さ1μm以上であっても機能的に電荷生成の効果は変わらないため、熱スイッチングに寄与しない無駄な部分が低減され、製造コストの低減及び薄型化を図ることができる。
【0032】
次に、本発明に係る熱流スイッチング素子の第2~第5実施形態について、図3から図7を参照して以下に説明する。なお、以下の各実施形態の説明において、上記実施形態において説明した同一の構成要素には同一の符号を付し、その説明は省略する。
【0033】
第2実施形態と第1実施形態との異なる点は、第1実施形態では、N型半導体層3,絶縁体層4及びP型半導体層5が各1層ずつ積層されているのに対し、第2実施形態の熱流スイッチング素子21では、図3及び図4に示すように、N型半導体層23とP型半導体層25とが絶縁体層24を挟んで交互に複数積層されている点である。
すなわち、第2実施形態では、基材2上に絶縁体層24をまず成膜し、その上にN型半導体層23とP型半導体層25とを、間に絶縁体層24を介在させながらこの順で繰り返し積層し、3層のN型半導体層23と3層のP型半導体層25と7層の絶縁体層24との積層体を構成している。
【0034】
各N型半導体層23は、それぞれ基端部に設けられたN側連結部23aに接続され、さらにN側連結部23aの一部にN側電極26が形成されている。また、各P型半導体層25は、それぞれ基端部に設けられたP側連結部25aに接続され、さらにP側連結部25aの一部にP側電極27が形成されている。
上記各層は、メタルマスクを用いてパターン形成されている。なお、メタルマスクの位置をずらして成膜することで、N型半導体層23とP型半導体層25と絶縁体層24を複数積層している。
また、N側電極26及びP側電極27には、それぞれリード線26a,27aが接続されている。
【0035】
このように第2実施形態の熱流スイッチング素子21では、N型半導体層23とP型半導体層25とが絶縁体層24を挟んで交互に複数積層されているので、外部電圧により、積層されて増えた上記界面に応じて生成される電荷eも増え、より熱伝導率の大きな変化と高い熱応答性とが得られる。
【0036】
次に、第3実施形態と第2実施形態との異なる点は、第2実施形態では、最上面に絶縁体層24が露出し、最下面の基材2がガラス基板であるのに対し、第3実施形態の熱流スイッチング素子31では、図5に示すように、最上面に設けられた上部高熱伝導部38と、最下面に設けられた基材の下部高熱伝導部32と、N型半導体層23,絶縁体層24及びP型半導体層25の外周縁を覆って設けられた外周断熱部39とを備え、上部高熱伝導部38及び下部高熱伝導部32が、外周断熱部39よりも熱伝導性の高い材料で形成されている点である。
【0037】
例えば、上部高熱伝導部38は、シリコン系樹脂(シリコーン)等の高熱伝導材料で形成されていると共に、下部高熱伝導部32はアルミナ等で形成された高熱伝導基板が採用される。
また、上記外周断熱部39は、エポキシ樹脂等の低熱伝導材料で形成されている。
【0038】
外周断熱部39は、最上部の絶縁体層24の部分を露出させた状態でその周りを覆っており、上部高熱伝導部38は、露出した最上部の絶縁体層24に接触するように上部に形成されている。
なお、外周断熱部39は、各層の外周に配されリード線26a,27aに接続されたN側電極26及びP側電極27も覆って形成されている。
【0039】
第3実施形態の場合、熱流方向が積層方向(図5中の矢印方向)となり、例えば、上部高熱伝導部38側が高温側となると共に、下部高熱伝導部32側が低温側となる。熱流方向は積層方向であれば、上部高熱伝導部38側が低温側となると共に、下部高熱伝導部32側が高温側でもよい。
このように第3実施形態の熱流スイッチング素子31では、最上面の上部高熱伝導部38及び最下面の下部高熱伝導部32が、外周断熱部39よりも熱伝導性の高い材料で形成されているので、N型半導体層23,絶縁体層24及びP型半導体層25の全体を熱流の経路としながら、熱伝導率の変化しない外周断熱部39を経由して熱が流れることを抑制できるので、積層方向に熱スイッチ性を得ることができる。また、上部高熱伝導部38側、下部高熱伝導部32側、共に、平坦性を得られ易い素子構造となっているため、高温側及び低温側と容易に熱接触させ易く、高温側及び低温側との接触熱抵抗を低減することができる。
【0040】
次に、第4実施形態と第3実施形態との異なる点は、第3実施形態では、上部高熱伝導部38及び下部高熱伝導部32が、外周断熱部39よりも熱伝導性の高い材料で形成されているのに対し、第4実施形態の熱流スイッチング素子41では、図6に示すように、最上面に設けられた上部断熱部48と、最下面に設けられた下部断熱部42と、N型半導体層23,絶縁体層24及びP型半導体層25の外周縁において互いに離間した2箇所に部分的に設けられた一対の外周高熱伝導部49とを備え、外周高熱伝導部49は、上部断熱部48及び下部断熱部42よりも熱伝導性の高い材料で形成されている点である。
【0041】
例えば、上部断熱部48は、エポキシ樹脂等の低熱伝導材料で形成されていると共に、下部断熱部42はガラス等の低熱伝導基板が採用される。
また、一対の上記外周高熱伝導部49は、シリコン系樹脂(シリコーン)等の高熱伝導材料で形成されている。
【0042】
一対の外周高熱伝導部49は、最上部の絶縁体層24の部分を露出させた状態でその周りを覆っているが、互いに外周方向で離間して形成されている。
上部断熱部48は、露出した最上部の絶縁体層4に接触するように上部に形成されている。
なお、一対の外周高熱伝導部49は、各層の外周に配されリード線26a,27aに接続されたN側電極26及びP側電極27も覆って形成されている。
【0043】
第4実施形態の場合、熱流方向が面内方向(図6中の矢印方向)となり、一対の外周高熱伝導部49のうち一方側が高温側となると共に、他方側が低温側となる。すなわち、一対の外周高熱伝導部49は、互いに熱流方向の高温側と低温側とに分かれて配置されている。
【0044】
このように第4実施形態の熱流スイッチング素子41では、外周高熱伝導部49が、上部断熱部48及び下部断熱部42よりも熱伝導性の高い材料で形成されているので、N型半導体層23,絶縁体層24及びP型半導体層25の全体を熱流の経路としながら、熱伝導率の変化しない上部断熱部48及び下部断熱部42を経由して熱が流れることを抑制できるので、面内方向に熱スイッチ性を得ることができる。各層の外周にN側電極26及びP側電極27が配されている場合、熱伝導性の高い外周高熱伝導部49によりN側電極26やP側電極27をカバーすることで、この外周高熱伝導部49を介して高温側及び低温側と容易に熱接触させることが可能となり、高温側及び低温側の接触熱抵抗を低減することができる。
【0045】
次に、第5実施形態と第2実施形態との異なる点は、第2実施形態では、各N型半導体層23がN側連結部23aに接続され、N側連結部23aの一部にN側電極26が形成されていると共に、各P型半導体層25がP側連結部25aに接続され、P側連結部25aの一部にP側電極27が形成されているのに対し、第5実施形態の熱流スイッチング素子51では、図7に示すように、各N型半導体層23の基端部が側部に形成されたN側電極56に接続されていると共に、各P型半導体層25の基端部が側部に形成されたP側電極57に接続されている点である。
【0046】
第5実施形態では、N側電極56の一部及びP側電極57の一部にリード線26a,27aが接続されている。
このように第5実施形態の熱流スイッチング素子51では、各N型半導体層23の基端部にN側電極56が形成され、各P型半導体層25の基端部にP側電極57が形成されているので、例えば金属等の高い熱伝導性の材料でN側電極56及びP側電極57を形成した場合、側部に配された電極間の方向に熱スイッチ性を得ることができる。
また、電極が側部に配されているので、N側電極56及びP側電極57として熱伝導率の高い金属材料等を用いた場合は、第4実施形態のように、外周高熱伝導部49を、上部断熱部48及び下部断熱部42よりも熱伝導性の高い材料で構成することで、内方向に熱スイッチ性を得ることができる。
【実施例
【0047】
<実施例1>
以下の材料を用いてN型半導体層上に、絶縁体層、P型半導体層及びP側電極を積層して本発明の実施例1とし、その熱伝導度の変化について測定した。
N型半導体層:N型半導体のSi基板(厚さ0.5mm)
絶縁体層:SiO(厚さ100nm)
P型半導体層:Si0.375Ge0.575Au0.05(厚さ40nm)
P側電極:Mo(厚さ100nm)
【0048】
なお、SiO(厚さ100nm)及びSi0.375Ge0.575Au0.05(厚さ40nm)は、それぞれ単膜にて熱伝導率が2W/mK未満であることは確認済みである。
また、SiO(厚さ100nm)は、RFスパッタ法で成膜し、Si0.375Ge0.575Au0.05(厚さ40nm)は、MBE法で成膜した。
上記N型半導体のSi基板とP側電極のMoとにAu線を接続し、電圧を印加した。また、測定は、室温で行った。
上記測定について、電圧に対する熱浸透率と電圧印加後の熱伝導率の上昇率を以下の表1及び図8に示す。
【0049】
【表1】
【0050】
<実施例2>
以下の材料を用いて基材上にN型半導体層、絶縁体層、P型半導体層及びP側電極を積層して本発明の実施例2とし、その熱伝導性の変化について測定した。
基材:ガラス基板(厚さ0.5mm)
N型半導体層:Si0.36Ge0.560.08(厚さ40nm)
絶縁体層:SiO(厚さ30nm)
P型半導体層:Si0.375Ge0.575Au0.05(厚さ20nm)
P側電極:Mo(厚さ100nm)
【0051】
なお、Si0.36Ge0.560.08(厚さ40nm)、SiO(厚さ100nm)及びSi0.375Ge0.575Au0.05(厚さ20nm)は、それぞれ単膜にて熱伝導率が2W/mK未満であることは確認済みである。
また、SiO(厚さ100nm)は、RFスパッタ法で成膜し、Si0.36Ge0.560.08(厚さ40nm)及びSi0.375Ge0.575Au0.05(厚さ20nm)は、MBE法で成膜した。
上記N型半導体のSi0.36Ge0.560.08とP側電極のMoとにAu線を接続し、電圧を印加した。また、測定は、室温で行った。
上記測定について、電圧に対する熱浸透率と電圧印加後の熱伝導率の上昇率を以下の表2及び図9に示す。
【0052】
【表2】
【0053】
なお、熱浸透率は、パルス光加熱サーモリフレクタンス法のFF方式(表面加熱/表面測温)にて測定した(測定装置:ピコサーム社PicoTR)。
熱伝導率は、以下の式により熱浸透率から計算される。
熱伝導率k=(熱浸透率b)/体積熱容量
=(熱浸透率b)/(比熱×密度)
【0054】
したがって、電圧印加後の熱伝導率の上昇率Δkは、以下の式にて評価される。
Δk=k(V)/k(0)-1
Δk=b(V)/b(0)-1
k(V):電圧印加時の熱伝導率(W/mK)
k(0):電圧印加なしの熱伝導率(W/mK)
b(V):電圧印加時の熱浸透率(W/s0.5K)
b(0):電圧印加なしの熱浸透率(W/s0.5K)
【0055】
上記パルス光加熱サーモリフレクタンス法(FF法)による測定は、P側電極のMo膜側から、パルスレーザーで瞬間的に素子を加熱し、薄膜内部への熱拡散による表面温度の低下速度を測定することで、薄膜の熱浸透率が計測される。
この熱浸透率が大きい、すなわち熱伝導率が大きいと熱の伝わり方が大きくなり、温度の低下する時間が速くなる。
なお、図8及び図9は、表面温度の時間依存性を示すものであり、縦軸の表面温度は、パルスレーザーで加熱したときの最大温度にて規格化(最大1)されている。
【0056】
これら測定の結果、上記実施例1及び2の両方とも、印加する電圧を上げる程、熱浸透率が高くなると共に電圧印加後の熱伝導率の上昇率も高くなることが確認された。
すなわち、図8及び図9の結果より、電圧印加時の方が、表面温度の低下スピードが速く、電圧が印加されていない時と比べて、熱浸透率が大きく、すなわち熱伝導率が大きくなっていることがわかる。絶縁体層を有しているので、電圧印加に伴うジュール熱は生じず、自己発熱することなく、物理的、かつ、能動的に、熱伝導度を制御可能であることが確認された。
【0057】
なお、本発明の技術範囲は上記各実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【符号の説明】
【0058】
1,21,31,41,51…熱流スイッチング素子、3,23…N型半導体層、4,24…絶縁体層、5,25…P型半導体層、6,26,56…N側電極、7,27,57…P側電極、32…下部高熱伝導部、42…下部断熱部、38…上部高熱伝導部、48…上部断熱部、39…外周断熱部、49…外周高熱伝導部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9