(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-04
(45)【発行日】2024-01-15
(54)【発明の名称】神経分化促進剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/575 20060101AFI20240105BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20240105BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20240105BHJP
C12N 5/0793 20100101ALN20240105BHJP
【FI】
A61K31/575
A61P25/00
C12N1/00 G
C12N5/0793
(21)【出願番号】P 2022130428
(22)【出願日】2022-08-18
(62)【分割の表示】P 2018098569の分割
【原出願日】2018-05-23
【審査請求日】2022-09-12
(73)【特許権者】
【識別番号】500523087
【氏名又は名称】株式会社らいむ
(73)【特許権者】
【識別番号】520223103
【氏名又は名称】田井 章博
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】田井 章博
(72)【発明者】
【氏名】古賀 武尊
(72)【発明者】
【氏名】若山 祥夫
【審査官】高橋 樹理
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-202954(JP,A)
【文献】橘 陽二ら,神経突起伸長作用を有するジクチオステロール及び関連化合物の立体選択的合成と構造活性相関,第43回天然有機化合物討論会講演要旨集,2001年,p.503-508,ISSN 2433-1856
【文献】橘 陽二,ステロールを用いる生物活性化合物の合成と構造活性相関,薬学雑誌,2006年,Vol.126, No.11,p.1139-1154,ISSN 1347-5231
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/575
C12N 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される構造を有する化合物を含有する、神経成長因子
の誘導による神経分化を促進するための神経分化促進剤。
【化1】
[一般式(1)において、R
1~R
3は各々独立に、炭素数1~10のアルキル基を表す。]
【請求項2】
幹細胞から神経細胞への分化を促進する作用を有する、請求項
1に記載の
神経分化促進剤。
【請求項3】
前記一般式(1)のR
1が炭素数2~6のアルキル基である、請求項1
または2に記載の
神経分化促進剤。
【請求項4】
前記一般式(1)のR
2およびR
3が炭素数1~6のアルキル基である、請求項1~
3のいずれか1項に記載の
神経分化促進剤。
【請求項5】
前記化合物がβ-sitosterolである、請求項1~
4のいずれか1項に記載の
神経分化促進剤。
【請求項6】
内服剤である、請求項1~
5のいずれか1項に記載の
神経分化促進剤。
【請求項7】
培地用添加剤である、請求項1~
6のいずれか1項に記載の
神経分化促進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経形成促進剤、および、その神経形成促進剤を含有する内服剤、培地用添加剤、細胞希釈液用添加剤、培地および細胞希釈液に関する。
【背景技術】
【0002】
日常生活への影響が非常に大きいヒトの障害として、アルツハイマー病やパーキンソン病等の神経変性疾患や、脳虚血・脳挫傷・脊髄損傷に起因する神経損傷が知られている。こうした神経系の障害が生じると、理解力、記憶力、判断力等の認知機能や運動機能が損なわれ、それまでの生活から一変して、普通の生活を送ることが困難になってしまう。このため、こうした神経系の機能障害を軽減するための薬剤や医療技術の開発が強く望まれている。
ここで、ヒト等の動物において認知機能や運動機能を可能としているのは、神経細胞の細胞体が神経突起を伸長し、お互いにシナプスを築くことによって形成される複雑な神経回路であり、多くの神経疾患では、その初期において、その神経回路を形成している神経突起が変性、脱落していくことが知られている。このため、神経疾患の進行抑制や症状軽減のためには、神経突起の変性を抑えるか、変性、脱落した神経突起を補うべく、神経突起の形成、伸長を促進する物質を投与することが有効であると考えられる。また、神経損傷により損なわれた認知機能や運動機能を回復させるにも、神経突起の形成、伸長を促進する物質を投与して、神経回路を再構築することが効果的であると考えられる。このような点から、近年、神経突起の形成、伸長を促進する物質の開発が盛んに行われ、多くの報告がなされている。しかしながら、これまで報告されている神経突起の形成、伸長を促進する物質は、入手が困難であるか、内服に適さないか、効果が不十分な物質であり、高い効果が得られるとともに安価で内服に適した神経形成促進剤は、未だ実現していないのが実情である。
一方、本発明者らは、植物ステロールの1つで、アボカド、大豆、コーン、クコの実などに含有されているβ-sitosterolに着目した。β-sitosterolは、コレステロール代謝作用、抗菌作用、抗癌作用があることが知られている(例えば、非特許文献1~3参照)。しかし、その他の作用については十分な解明がなされておらず、その用途は限られていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Bin Sayeed M.S., Ameen S. S., Beta-Sitosterol: A Promising but Orphan Nutraceutical to Fight Against Cancer. Nutrition and Cancer, 67, 1214-1220 (2015).
【文献】Muti P., Awad A. B., Schunemann H., Fink C. S., Hovey K., Freudenheim J. L., Wu Y. W., Bellati C., Pala V., Berrino F., A plant food-based diet modifies the serum beta-sitosterol concentration in hyperandrogenic postmenopausal women. The Journal of Nutritional Biochemistry, 133, 4252-4255 (2003).
【文献】Awad A. B., Roy R., Fink C.S., b-sitosterol, a plant sterol, induces apoptosis and activates key caspases in MDA-MB-231 human breast cancer cells. Oncology Reports, 10, 497-500 (2003).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このような状況の下、本発明者らがβ-sitosterolの生理活性について、様々な観点から検討を進めたところ、β-sitosterolに強い神経形成促進作用が認められ、神経形成促進剤として有用性があることが判明した。神経形成促進作用は、神経細胞における神経突起の形成および伸長を促す作用であり、これまでに知られているβ-sitosterolの作用(コレステロール代謝作用、抗菌作用、抗癌作用)とは全く異なる作用である。そのため、これらの作用からは、β-sitosterolが神経形成促進作用を有することは予測がつかない。
【0005】
そこで本発明者らは、β-sitosterol、およびそれに類似する化合物の神経形成促進剤としての有用性についてさらに検討を進め、強い神経形成促進作用を有し、且つ、内服に適した化合物を見出すとともに、神経形成促進剤として有用な化合物の一般式を導き出すことを目的として鋭意検討を進めた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、本発明者らは、β-sitosterolの他、β-sitosterolの17位に結合しているアルキル基の炭素数を特定の範囲で変えた化合物や、22位と23位の間の単結合を二重結合に変えた化合物も神経形成促進作用を有することを見出した。そして、こうした化合物の神経形成促進作用を利用することにより、内服に適した神経形成促進剤を安価で提供できることを見出すに至った。本発明は、これらの知見に基づいて提案されたものであり、具体的に以下の構成を有する。
【0007】
[1] 下記一般式(1)で表される構造を有する化合物を含有する神経形成促進剤。
【化1】
[一般式(1)において、R
1~R
3は各々独立に、炭素数1~10のアルキル基を表す。破線は結合があっても無くてもよいことを示す。]
[2] 前記一般式(1)のR
1が炭素数2~6のアルキル基である、[1]に記載の神経形成促進剤。
[3] 前記一般式(1)のR
2およびR
3が炭素数1~6のアルキル基である、[1]または[2]に記載の神経形成促進剤。
[4] 前記化合物がβ-sitosterolである、[1]に記載の神経形成促進剤。
[5] 前記化合物がstigmasterolである、[1]に記載の神経形成促進剤。
[6] 前記化合物がcampesterolである、[1]に記載の神経形成促進剤。
[7] 神経体からの神経突起の形成を促進する作用を有することを特徴とする[1]~[6]のいずれか1項に記載の神経形成促進剤。
[8] 神経突起の伸長を促進する作用を有することを特徴とする[1]~[7]のいずれか1項に記載の神経形成促進剤。
[9] 幹細胞の神経細胞への分化を促進する作用を有することを特徴とする[1]~[8]のいずれか1項に記載の神経形成促進剤。
[10] 神経成長因子誘導性の神経突起の形成、伸長を促進する作用を有することを特徴とする[1]~[9]のいずれか1項に記載の神経形成促進剤。
【0008】
[11] [1]~[10]のいずれか1項に記載の神経形成促進剤からなることを特徴とする内服剤。
[12] [1]~[10]のいずれか1項に記載の神経形成促進剤からなることを特徴とする培地用添加剤。
[13] [1]~[10]のいずれか1項に記載の神経形成促進剤からなることを特徴とする細胞希釈液用添加剤。
[14] [12]に記載の培地用添加剤を含有することを特徴とする培地。
[15] [13]に記載の細胞希釈液用添加剤を含有することを特徴とする細胞希釈液。
【発明の効果】
【0009】
本発明で用いる化合物は、神経細胞における神経突起の形成および伸長、幹細胞の神経細胞への分化を効果的に促進する作用を有し、神経形成促進剤として有用である。本発明の内服剤、培地用添加剤、細胞希釈液用添加剤、培地および細胞希釈液は、こうした化合物を含有する神経形成促進剤を含むことにより、それが適用された生命体において神経形成促進作用を効果的に発現しうる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】Bt
2cAMPを添加したPC12細胞の培地に、β-sitosterol、campesterolまたはcholesterolを0.05μM、0.1μM、0.5μM、1μM、または5μMで添加したときの神経突起形成率を示すグラフである。
【
図2】Bt
2cAMPを添加したPC12細胞の培地に、β-sitosterol、stigmasterolまたはprogesteroneを0.05μM、0.1μM、0.5μM、1μM、または5μMで添加したときの神経突起形成率を示すグラフである。
【
図3】NGFを添加したPC12細胞の培地に、β-sitosterolを0.05μM、0.1μM、0.5μM、1μM、または5μMで添加したときの神経突起形成率を示すグラフである。
【
図4】β-sitosterolの細胞毒性試験の結果を示すグラフである。
【
図5】NGFおよびβ-sitosterolを培地に添加せずに培養したPC12細胞(比較標本1)、NGFを培地に添加して培養したPC12細胞(比較標本2)、NGFおよびβ-sitosterolを培地に添加して培養したPC12細胞(標本1)の位相コントラスト写真および蛍光染色画像である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下において、本発明について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は「~」前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0012】
[神経形成促進剤]
本発明の神経形成促進剤は、下記一般式(1)で表される構造を有する化合物を含有することを特徴とする。
【化2】
【0013】
一般式(1)において、R1~R3は各々独立に、炭素数1~10のアルキル基を表す。R1~R3が表すアルキル基は、互いに同一であっても異なっていてもよい。R1~R3は、炭素数1~6のアルキル基であることが好ましく、例えば炭素数1~3のアルキル基を選択することもできる。また、R1は、炭素数2~6のアルキル基であることがより好ましい。R1が表すアルキル基の炭素数が2以上であることにより、一般式(1)で表される化合物はより強い神経形成促進作用を示す傾向がある。R1~R3におけるアルキル基は、直鎖状、分枝状、環状のいずれであってもよい。アルキル基の具体例として、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基などを挙げることができる。
一般式(1)において、22位の炭素原子と23位の炭素原子を結ぶ破線は結合があっても無くてもよいことを示す。結合がある場合、22位と23位の間の結合は二重結合であり、結合が無い場合、22位と23位の間の結合は単結合である。すなわち、22位の炭素原子と23位の炭素原子の結合は二重結合であっても単結合であってもよい。いずれの結合であっても、一般式(1)で表される化合物は優れた神経形成促進作用を示す。
以下において、一般式(1)で表される化合物の具体例を例示する。ただし、本発明において用いることができる一般式(1)で表される化合物はこれらの具体例によって限定的に解釈されるべきものではない。
【0014】
【0015】
本発明で用いる一般式(1)で表される化合物は、合成されたものであっても、天然物から抽出されたものであってもよい。例えば、上記のβ-sitosterol、stigmasterol、campesterolは、植物ステロールに分類される化合物であり、植物中に細胞構成成分として含有されている。具体的には、β-sitosterolは、アボカド、大豆、コーン、クコの実などに含有され、stigmasterolは、大豆などに含有され、campesterolは、キャノーラ、コーンなどに含有されており、これらの植物から比較的収率よく抽出することができる。植物ステロールの天然物からの抽出は、機械的な天然物の小片化やホモジネート、酵素や酸、塩基による加水分解、各種分離精製法等を組み合わせて行うことができる。また、一般式(1)で表される化合物は、コレステロールやコレステロール誘導体を出発物質として、化学反応によるアルキル基の導入等を行うことによっても得ることができる。
【0016】
本発明の神経形成促進剤には、一般式(1)で表される化合物以外にも、さまざまな成分を含有させることができる。例えば、神経形成促進剤に賦形剤を含有させた場合には、一般式(1)で表される化合物と賦形剤の配合率を制御して、該神経形成促進剤に含まれる一般式(1)で表される化合物の量を調整することができる。賦形剤としては、特に限定されないが、デキストリンが好適である。
【0017】
本発明の神経形成促進剤は、神経細胞における神経突起の形成、伸長を促進する作用(神経形成促進作用)を有し、特に神経成長因子(NGF)により誘導される神経突起の形成、伸長を効果的に促進することができる。
このため、本発明の神経形成促進剤は、経口で摂取され、その成分が腸管から吸収された場合には、到達した神経系において神経突起の形成、伸長を効果的に促進し、神経突起の変性または損傷により損なわれた神経回路の再構築に寄与する。これにより、神経変性疾患や神経損傷に起因する認知機能や運動機能の障害を効果的に軽減することができる。ここで、本発明の神経形成促進剤は、その有効成分である一般式(1)で表される化合物が、植物ステロールや植物ステロールとアルキル基の炭素数が異なるだけの類似化合物であるため安全性が高く、経口で摂取する内服剤として使用し易いという利点がある。
また、本発明の神経形成促進剤は、培地で培養している幹細胞の神経細胞への分化を促進する作用を有する。このため、本発明の神経形成促進剤は、iPS細胞等の多能性幹細胞や神経前駆細胞を利用する再生医療の分野において、それら幹細胞の神経細胞への分化を促進する分化促進剤としても効果的に用いることができる。これにより、幹細胞からの神経細胞の生産を効率よく行うことが可能となり、再生医療に関連する各種産業の生産効率向上およびコスト削減に大いに貢献することができる。
【0018】
本発明の神経形成促進剤の使用量は、対象とする障害によっても異なるが、例えば以下の使用量で用いることが好ましい。
例えば本発明の神経形成促進剤を内服薬として経口投与する場合、その投与量は80~2000mg/成人標準体重/日であることが好ましく、1日に2~3回に分けて投与することが適当である。
また、本発明の神経形成促進剤を、多能性幹細胞や神経前駆細胞を培養する培地に添加する場合、その培地における一般式(1)で表される化合物の濃度は0.1μM超であることが好ましく、0.2μM超であることがより好ましく、0.4μM超であることがさらに好ましく、0.5μM以上であることがさらにより好ましく、0.5μM以上10μM未満であることが特に好ましい。
【0019】
[神経形成促進剤の用途]
上記のように、本発明の神経形成促進剤は、神経形成促進作用を有するとともに、多能性幹細胞や神経前駆細胞のような幹細胞の神経細胞への分化を促進する作用を有する。
このため、本発明の神経形成促進剤は、ヒト等の動物に投与して、その神経変性疾患や神経損傷に起因する機能障害を軽減する内服剤として効果的に用いることができる。内服剤としての神経形成促進剤には、必要に応じて、上記の分解生成物や賦形剤以外にも、さまざまな成分を含有させることができる。例えば、ビタミン、野菜粉末、ミネラル、酵母エキス、着色剤、増粘剤などを必要に応じて含有させることができる。これらの成分の種類は特に制限されず、含有量は目的とする機能を十分に発揮させることができる範囲内で適宜調節することができる。
また、本発明の神経形成促進剤は、iPS細胞等の多能性幹細胞や神経前駆細胞を利用する再生医療の分野において、培地や細胞の希釈液に添加して、これら幹細胞の神経細胞への分化を促進する分化促進剤として好適に用いることができる。神経形成促進剤を添加する培地は、液体(ブイヨン)培地、半流動培地、固形(寒天)培地のいずれであってもよく、その組成も特に制限されない。また、希釈液についても、生理食塩水等、細胞の希釈液として通常用いられているものの、いずれにも適用可能である。
【実施例】
【0020】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、割合、操作等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0021】
本実施例では、一般式(1)で表される化合物として、市販のβ-sitosterol(タマ生化学社製)、stigmasterol(タマ生化学社製)、およびcampesterol(タマ生化学社製)を使用し、比較化合物として、市販のcholesterol(和光純薬工業社製)およびprogesterone(和光純薬工業社製)を使用した。各化合物の構造式を下記に示す。
【0022】
【0023】
(a)Bt2cAMP誘導性神経突起形成促進作用の評価
β-sitosterol、stigmasterolおよびcampesterolについて、ラット副腎髄質褐色細胞腫由来PC12細胞(理化学研究所バイオリソースセンターより入手)を神経分化モデルとして用い、Bt2cAMP(Dibutyryladenosine 3’,5’-cyclic monophosphate)により誘導される神経突起形成への促進作用を評価した。
まず、10%ウマ血清(非働化済)、5%ウシ胎児血清(非働化済)、100U/mLのペニシリンGおよび100μg/mLのストレプトマイシンを含有するRPMI-1640培地(シグマアルドリッチ社製)にPC12細胞を浮遊させ、単一細胞となるようによく懸濁した。このPC12細胞の懸濁液を、コラーゲンコート済みの96ウェルプレートに4.0x103cells/90μL/wellで播種し、5%CO2気相下、37℃で24時間培養した。培養後、10mMの濃度でBt2cAMPを添加したダルベッコPBS(-)(Ca、Mg不含のダルベッコリン酸緩衝生理食塩水)と、各種濃度でβ-sitosterolを添加したRPMI-1640培地またはβ-sitosterol非添加のRPMI-1640培地をそれぞれ5μLずつ各ウェル内の培地に添加し、さらに24時間培養した。このとき、各ウェル内の培地に添加した各試薬の終濃度は、Bt2cAMPでは一律に0.5mMであり、β-sitosterolについては0μM、0.05μM、0.1μM、0.5μM、1μM、または5μMとした。培養後、各ウェル内の培地を除去し、1%グルタルアルデヒドを含有するリン酸緩衝液(0.1M、pH7.2)を各ウェル内に100μLずつ分注して20分間静置し、細胞を固定した。続いて、グルタルアルデヒドを含有するリン酸緩衝液を各ウェル内から除去し、ギムザ染色液を100μLずつ分注し、2~3分間静置して染色を行った。染色後、ギムザ染色液を各ウェル内から除去し、染色したウェル内のサンプルを超純水で2回洗浄した後、乾燥させた。
以上の処理を経た各ウェル内のサンプルを顕微鏡で観察し、細胞体の長径の2倍以上の長さで神経突起が形成されている細胞を陽性と判定し、全細胞数(陽性または陰性の判定を行った全細胞数)に対する陽性細胞数の百分率を神経突起形成率として求めた。ここで、陽性または陰性の判定は、1ウェル当たり300~400個の細胞について行った。
【0024】
また、β-sitosterolの代わりに、stigmasterolまたはcampesterolを用いるか、比較化合物であるcholesterolまたはprogesteroneを用いること以外は、上記と同様の方法でPC12細胞を培養し、その神経突起形成率を調べた。
【0025】
PC12細胞の培地に添加したβ-sitosterol、campesterolまたはcholesterolの濃度に対して神経突起形成率をプロットしたグラフを
図1に示し、PC12細胞の培地に添加したβ-sitosterol、stigmasterolまたはprogesteroneの濃度に対して神経突起形成率をプロットしたグラフを
図2に示す。なお、
図1、2において、横軸は対数目盛である。また、神経突起形成率は±SDで示しており、SDは同様にして行った3回の実験の標準偏差である。「*」はp<0.05であることを示し、「**」はp<0.01であることを示す。下記の実験(b)で測定した
図3の神経突起形成率の表示もこれと同じである。
図1、2に示されているように、β-sitosterol、campesterolまたはstigmasterolを添加した系では、これらの化合物の添加により神経突起形成率が有意に増大しており、神経突起形成促進作用を確認することができた。これに対して、cholesterolには神経突起形成促進作用は認められず、progesteroneについては、0.1μMの添加で神経突起形成率の増大が認められたが、その神経突起形成促進作用は非常に弱いものであった。このことから、β-sitosterol、campesterol、stigmasterolで認められた神経突起形成促進作用は、ステロール類全般に認められるものではなく、17位に特定の分枝状アルキル基を有することで初めて奏される作用であることがわかった。また、構造活性相関についてさらに検討すると、神経突起形成促進作用が認められたβ-sitosterolおよびcampesterolと、作用が認められなかったcholesterolでは、一般式(1)のR
1に対応する基がアルキル基と水素原子で相違しているが、その他の構造は共通している。このことから、神経突起形成促進作用を発現するためには、R
1がアルキル基であることが極めて重要であることが示唆された。また、β-sitosterolを添加した系の方が、campesterolを添加した系よりも強い神経突起形成促進作用が認められたことから、R
1に導入するアルキル基の炭素数は2以上であることが好ましいことも示された。一方、22位と23位の結合が単結合であるβ-sitosterolと、その位置の結合が二重結合であるstigmasterolで神経突起形成促進作用に差がないことから、その位置の化学結合の種類は作用にほとんど影響せず、単結合および二重結合のいずれでもよいことがわかった。
【0026】
(b)NGF誘導性神経突起形成促進作用の評価
ここでは、Bt
2cAMPとはシグナル伝達経路の異なるNGF(Nerve growth factor:神経成長因子)を神経突起形成の誘導剤として用い、β-sitosterolのNGF誘導性神経突起形成促進作用を評価した。
具体的には、Bt
2cAMPを添加したダルベッコPBS(-)の代わりに、NGFを添加したダルベッコPBS(-)を用い、NGFとβ-sitosterolを添加した後のPC12細胞の培養時間を48時間としたこと以外は、上記の(a)の評価と同様の方法でPC12細胞を培養し、その神経突起形成率を調べた。なお、各ウェル内のPC12細胞の培地に添加する各試薬の終濃度は、NGFについては一律に10ng/mLとし、β-sitosterolについては0μM、0.05μM、0.1μM、0.5μM、1μM、または5μMとした。PC12細胞の培地に添加したβ-sitosterolの濃度に対して神経突起形成率をプロットしたグラフを
図3に示す。
図3から、β-sitosterolを培地に添加したことにより、神経突起形成率が有意に増大することがわかる。このことから、β-sitosterolは、Bt
2cAMP誘導下およびNGF誘導下のどちらにおいても、その神経突起形成を促進する作用を発揮することが確認された。
【0027】
(c)細胞毒性試験
上記の評価(a)、(b)で認められた各化合物の神経突起形成促進作用が、細胞に与えるストレス(細胞毒性)に起因するものでないことを確認するため、Bt2cAMPとβ-sitosterolを添加した培地で培養したPC12細胞の生細胞数をCalcein-AM(同仁化学社製)を用いて評価した。なお、Calcein-AMは細胞膜透過性の化合物であり、生細胞に取り込まれると、エステラーゼにより加水分解されてcalceinを遊離する。Calcein-AM自体はほとんど蛍光発光を生じないが、加水分解により遊離したcalceinは強い蛍光発光を示し、且つ、膜不透過性である。よって、細胞群をCalcein-AMで処理して生細胞にCalcein-AMを取り込ませた後、細胞を破砕してcalceinによる蛍光強度を測定することにより、その細胞群における生細胞数を把握することができる。
具体的には、上記の(a)の評価と同様の条件で、96ウェルプレート上でPC12細胞を24時間培養した後、Bt2cAMPを添加したダルベッコPBS(-)と、β-sitosterolを添加したRPMI-1640培地またはβ-sitosterol非添加のRPMI-1640培地をそれぞれ各ウェル内の培地に添加した。このとき、各ウェル内の培地に添加する各試薬の終濃度は、Bt2cAMPについては一律に0.5mMとし、β-sitosterolでは0μM、0.05μM、0.1μM、0.5μM、1μM、または5μMとした。各試薬の添加から24時間後、100μMCalcein-AMをダルベッコPBS(-)で20倍に希釈した溶液を100μLずつ各ウェル内に分注し、30分間インキュベートした。続いて、0.6%のTriton X-100(シグマアルドリッチ社製)を含有するダルベッコPBS(-)を20μLずつ各ウェル内に分注し、1000rpmで5分間撹拌した後、超音波印加により細胞を破砕した。
【0028】
以上の処理を経た各ウェル内のサンプルについて、励起波長485nm、検出波長527nmで蛍光強度を測定した。測定した蛍光強度を、PC12細胞の培地に添加したβ-sitosterolの濃度に対してプロットしたグラフを
図4に示す。
図4において、横軸は対数目盛である。また、蛍光強度は、β-sitosterolを添加していない系で測定された蛍光強度の実測値を100%としたときの相対値であり、±SDで示している。SDは同様にして行った3回の実験の標準偏差である。
図4から、培地におけるβ-sitosterolの濃度を上げても、蛍光強度はほとんど変化せず、この実験で用いた濃度範囲でβ-sitosterolを添加しても生細胞は減少しないことがわかった。このことから、β-sitosterolによる神経突起形成促進作用は、細胞に与えるストレスに起因するものでなく、β-sitosterolの活性作用によるものであることが確認された。
【0029】
(d)NGF誘導性神経分化促進作用の評価
ニューロフィラメントを神経分化マーカーとして用い、これを免疫蛍光染色法で染色することにより、β-sitosterolの神経分化促進作用を評価した。
10%ウマ血清(非働化済)、5%ウシ胎児血清(非働化済)、100U/mLのペニシリンGおよび100μg/mLのストレプトマイシンを含有するRPMI-1640培地にPC12細胞を浮遊させ、単一細胞となるようによく懸濁し、1.4x104cells/mLに調製した。このPC12細胞の懸濁液を、コラーゲンコートした8ウェルチャンバースライドに5.0x103cells/360μL/wellで播種し、5%CO2気相下、37℃で24時間培養した。培養後、NGFを添加したダルベッコPBS(-)(NGF溶液)と、β-sitosterolを添加したRPMI-1640培地(β-sitosterol溶液)をそれぞれ20μLずつ各ウェル内の培地に添加し、さらに48時間培養した。このとき、各ウェル内の培地に添加する各試薬の終濃度は、NGFで10ng/mLとし、β-sitosterolで0.5μMとした。培養後、各ウェル内の培地を除去し、PBS(-)(リン酸緩衝生理食塩水(Ca、Mg不含))で洗浄した後、4%ホルムアルデヒド溶液を各ウェル内に分注して30分間処理した後、PBS(-)で3分間の洗浄を3回行った。続いて、0.4%のTriton X-100を含有するPBS(-)を各ウェル内に分注し、5分間処理した後、PBS(-)で洗浄した。
次に、2.5%のウシ血清アルブミン(BSA)を含有するPBS(-)を各ウェル内に分注して1時間処理した後、2.5%のBSAを含有するPBS(-)で200倍希釈した1次抗体(シグマアルドリッチ社製,Anti-neurofilament 200 IgG fraction of antiserum)を各ウェル内に分注して室温で2時間処理し、0.05%のTween 20(アトー社製、EzTween)を含有するPBS(-)で3分間の洗浄を3回行った。続いて、2.5%のBSAを含有するPBS(-)で200倍希釈した2次抗体(シグマアルドリッチ社製,Anti-Rabbit IgG(whole molecule)-FITC antibody produced in goat)を各ウェル内に分注し、室温で1時間処理した後、0.05%のTween 20を含有するPBS(-)で3分間の洗浄を3回行った。以上の処理を経た各ウェル内のサンプルを核染色封入剤(コスモバイオ社製,DAPI-Fluoromount-G)にて封入し、カバーガラスを被せて四方をマニキュアすることにより標本1を作製した。
【0030】
また、NGF溶液の代わりにダルベッコPBS(-)を用い、β-sitosterol溶液の代わりにRPMI-1640培地を用いること以外は、上記と同様の工程で培養および免疫蛍光染色を行って比較標本1を作製し、β-sitosterol溶液の代わりにRPMI-1640培地を用いること以外は、上記と同様の工程で培養および免疫蛍光染色を行って比較標本2を作製した。
【0031】
作製した各標本の蛍光染色画像を共焦点レーザー顕微鏡(オリンパス社製,FLUOVIEWFV10i)を用いて観察し、写真を撮影した。撮影した写真を
図5に示す。
図5中、左から1列目の写真は標本の位相コントラスト写真である。左から2列目の写真は励起波長360nm、検出波長460nmで撮影したDAPI蛍光染色画像であり、光って見える箇所が核に相当する。左から3列目の写真は励起波長470nm、検出波長525nmで撮影したFITC蛍光染色画像であり、光って見える箇所がニューロフィラメントに相当する。また、左から4列目の写真は、左から2列目の写真と3列目の写真を合成したものである。
培地にNGFとβ-sitosterolを添加した標本1と、培地にNGFを添加し、β-sitosterolを添加していない比較標本2の各FITC蛍光染色画像を比較すると、標本1の蛍光染色画像の方が比較標本2の蛍光染色画像よりも光って見える箇所が多数存在しており、ニューロフィラメントが多く発現していることがわかる。このことから、培地にβ-sitosterolを添加することにより、NGF誘導性の神経分化が促進されることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明によれば、神経細胞における神経突起の形成、伸長を効果的に促進しうる神経伸長促進剤を低コストで提供することができる。このため、本発明の神経伸長促進剤を用いれば、神経変性疾患や神経損傷が起因する認知機能障害や運動機能障害を軽減しうる、安価な内服剤を提供することができる。このため、本発明は産業上の利用可能性が高い。