(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-04
(45)【発行日】2024-01-15
(54)【発明の名称】溶血反応により誘発される腎障害の抑制
(51)【国際特許分類】
A61K 31/198 20060101AFI20240105BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20240105BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20240105BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240105BHJP
【FI】
A61K31/198
A61K9/08
A61P13/12
A61P43/00 105
(21)【出願番号】P 2023505580
(86)(22)【出願日】2022-03-08
(86)【国際出願番号】 JP2022010031
(87)【国際公開番号】W WO2022191193
(87)【国際公開日】2022-09-15
【審査請求日】2023-06-13
(31)【優先権主張番号】P 2021040083
(32)【優先日】2021-03-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、腎疾患実用化研究事業、「メガリンをターゲットにした急性腎障害および慢性腎臓病の創薬研究」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100129458
【氏名又は名称】梶田 剛
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 亮彦
(72)【発明者】
【氏名】後藤 佐和子
(72)【発明者】
【氏名】平山 ▲吉▼朗
【審査官】新熊 忠信
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/111666(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0262321(US,A1)
【文献】特表2017-535522(JP,A)
【文献】特表2018-524402(JP,A)
【文献】RUBIO-NAVARRO, A. et al.,Podocytes are new cellular targets of haemoglobin-mediated renal damage,Journal of Pathology,2018年,Vol.244,pp.296-310, ISSN 1096-9896
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-33/44
A61K 9/00- 9/72
A61K 47/00-47/69
A61P 13/00
A61P 43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有効成分としてシラスタチン又はその薬学的に許容可能な塩を含む、溶血反応によって誘発される腎障害の抑制剤。
【請求項2】
注射剤の形態である、請求項1に記載の抑制剤。
【請求項3】
有効成分としてシラスタチン又はその薬学的に許容可能な塩を含む、腎組織へのヘモグロビン取り込みの抑制剤。
【請求項4】
有効成分としてシラスタチン又はその薬学的に許容可能な塩を含む、腎組織へのヘム取り込みの抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶血反応によって誘発される腎障害の抑制に関する。具体的には、シラスタチン又はその薬学的に許容可能な塩を含む、溶血反応によって誘発される腎障害の抑制剤に関する。また、本発明は、腎組織へのヘモグロビン又はヘムの取り込みの抑制剤にも関する。
【背景技術】
【0002】
溶血反応によって遊離ヘモグロビンが血中に大量に放出されると(ヘモグロビン血症)、ヘモグロビンが糸球体を通過して尿中に排出される(ヘモグロビン尿症)とともに、尿細管上皮細胞の障害が生じ、腎障害につながることが知られている。
【0003】
現在考えられている腎障害の機序の一つは、尿細管上皮細胞に取り込まれたヘモグロビンが、ヘムに含有される鉄を介して活性酸素種を生じ、それが細胞の障害を生じる、というものである。さらに、ヘモグロビンから遊離したヘムが血中、尿中に放出されることが知られており、遊離ヘムも近位尿細管に障害を生じると考えられている。
【0004】
溶血反応に由来するヘモグロビン・ヘム・鉄が近位尿細管障害を生じることをきっかけに、障害により脱落した細胞成分が円柱となって尿細管を閉塞して急性腎不全を発症するといわれている。
【0005】
溶血反応は様々な場合に生じる。その原因には、抗体、遺伝子異常、感染症に加え、人工心肺(CPB:Cardiopulmonary bypass)、体外式膜型人工肺(ECMO:extracorporeal membrane oxygenation)、若しくは血液透析(HD:Hemodialysis)、補助人工心臓(VAD:ventricular assist device)のような機械的な原因などもある。
【0006】
溶血反応に由来するヘモグロビンおよびヘムにより誘発される腎障害は急性腎障害(AKI:Acute kidney injury)として発症する。AKIは一過性で可逆的である場合が多いが、重症化し、予後に重要な影響を与える場合もあり、さらにAKIから慢性腎臓病へ移行する場合もあることが知られている。また、何らかの医療処置に伴いAKIを発症した場合、AKIが本来の治療の妨げとなることも想定される。例えばCPBを実施した場合のAKI発症頻度として18.2%、ECMOを実施した場合のAKI発症頻度として62.8%との報告がある。
【0007】
したがって、溶血反応によって誘発される腎障害を抑制する手段が求められている。
【0008】
ヘモグロビン血症、ヘモグロビン尿症の治療を目的として、ハプトグロビン(Hp)製剤が臨床応用されている。血漿糖タンパク質であるHpは、ヘモグロビンと特異的に結合する特性を有している。Hpは血中でHp-ヘモグロビン複合体を形成し、遊離ヘモグロビンを尿中へ排泄させることなく肝臓へ運搬、処理に導き、遊離ヘモグロビンに起因する腎障害を防止すると考えられている(非特許文献1)。
【0009】
しかし、製剤原料となるHpの供給の大部分は献血に依存しており、将来にわたった安定的確保に不安があると同時に、高価である。例えば、上記Hp製剤の、添付文書に基づく標準的1回投薬量相当の日本における薬価は88,752円(出願時)となる。
【0010】
また、血漿分画製剤であるHpは、製剤化において病原体混入に対する対策が講じられてはいるものの、投薬に伴う病原体への感染リスクを完全に否定することはできない(非特許文献1)。
【0011】
また、Hpと遊離ヘムとの結合性に関する報告はなく、このため、溶血反応により誘発される腎障害に対するHpの効果は限定的である可能性がある。
【0012】
この点、肝臓で産生されるタンパク質であるα1-ミクログロブリン(α1M)やヘモペキシン(Hx)が遊離ヘムと結合し、活性酸素産生を防ぐと報告されている(非特許文献2)。また、溶血を伴う疾患におけるヘム毒性の軽減を目的とした、組換えヘモペキシンの使用も報告されている(特許文献1)。しかしながら、非特許文献2によると、ヘム-α1M複合体は、過剰に腎組織に取り込まれた場合、腎障害を惹起する可能性がある。
【0013】
シラスタチンは、近位尿細管細胞に発現するメガリンに結合する薬剤に対してメガリン受容体上で拮抗することで、いくつかの薬剤による腎障害を抑制できることが報告されている(非特許文献3、特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特表2017-531643号公報
【文献】WO2019/208777
【非特許文献】
【0015】
【文献】ハプトグロビン静注2000単位「JB」 医薬品インタビューフォーム 第6頁
【文献】Zagarら、2016年、American Journal of Physiology-Renal Physiology、第311巻、第640-651頁
【文献】Horiら、Journal of the American Society of Nephrology、2017年、第28巻、第1783-1791頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明の一側面において、本発明の課題は、溶血反応によって誘発される腎障害を抑制するための新たな手段を提供することである。
【0017】
本発明の別の側面において、本発明の課題は、腎組織へのヘモグロビン又はヘムの取り込みを抑制するための新たな手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、シラスタチン(Cilastatin:(Z)-7-[[(R)-2-Amino-2-carboxyethyl]thio]-2-[[[(S)-2,2-dimethylcyclopropyl]carbonyl]amino]-2-heptenoic acid)が、上記の課題の達成に有効であることを見出した。
【0019】
本発明は以下の態様を包含するが、それらに限定されない。
1.有効成分としてシラスタチン又はその薬学的に許容可能な塩を含む、溶血反応によって誘発される腎障害の抑制剤。
2.注射剤の形態である、1に記載の抑制剤。
3.有効成分としてシラスタチン又はその薬学的に許容可能な塩を含む、腎組織へのヘモグロビン取り込みの抑制剤。
4.有効成分としてシラスタチン又はその薬学的に許容可能な塩を含む、腎組織へのヘム取り込みの抑制剤。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、溶血反応によって誘発される腎障害を抑制することができる。
【0021】
溶血反応によって遊離したヘモグロビンは、メガリンを介して腎組織に取り込まれて、腎障害を生じるものと考えられる。本発明者は、シラスタチンが、メガリンとヘモグロビンとの結合を抑制し、腎組織へのヘモグロビンの取り込みを抑制することを確認した。本発明は、このようなメカニズムを介して、腎障害を抑制するものと考えられる。
【0022】
また、本発明者は、ヘモグロビンから遊離したヘムが結合するα1MとHxがメガリンと結合すること、及びシラスタチンがα1M及びHxとメガリンとの結合を抑制することを確認した。したがって、ヘムは、メガリンを介して細胞内に取り込まれて、腎障害を生じるところ、シラスタチンが、α1M又はHxとメガリンとの結合を抑制することが確認された。そのため、シラスタチンは、腎組織へのヘムの取り込みを抑制することができると考えられる。そして、本発明は、溶血反応によって遊離したヘモグロビンが生じる障害だけでなく、ヘムが生じる障害も抑制することができると考えられる。
【0023】
本発明には、安全性と価格の点でもメリットがある。まず、シラスタチンと抗生剤イミペネムとの合剤が長年にわたって広く世界中で安全に使用されている。このことは、シラスタチンの安全性を裏付けている。また、上記合剤(主剤を含む)の日本における薬価(添付文書に基づく標準的1回投薬量相当)は1,741円である。
【0024】
なお、本明細書において腎障害に関して使用される「抑制する」との用語は、症状を全く発現させないこと、当該症状を軽減すること等を意味する。そして、前記「軽減」は、前記症状の発現量を低減させること、発生した症状を低減させること、及び発生した症状を完全に消失させることを含む。本明細書では、疾患の症状を全く発現させないか、又は発現量を低減することを「予防」と称する。また、「抑制する」ための医薬を「抑制剤」と称する。
【0025】
「抑制」に関するこれらの説明は、適宜修正の上、取り込みの「抑制」にも適用される。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】
図1は、溶血モデルマウスにおけるシラスタチンによる腎障害抑制効果を、腎障害マーカー(血中尿素窒素および尿中Kidney Injury Molecule-1:KIM-1)の測定値で示す。
【
図2-1】
図2-1は、水晶振動子マイクロバランス法(QCM法)を用いて、ヘモグロビン、Hx固相化水晶センサー上へのメガリンの結合性、及びシラスタチンによる阻害効果を示す。
【
図2-2】
図2-2は、QCM法を用いて、メガリン固相化水晶センサー上へのα1Mの結合性、及びシラスタチンによる阻害効果を示す。
【
図3】
図3は、シラスタチン投与群および対照群の尿中タンパク質(α1ミクログロブリン:α1M)濃度の比較を示す。
【
図4】
図4は、腎特異的メガリンKOマウスおよび対照マウスを用いた溶血モデルにおける、腎組織へのヘモグロビン取り込み量を比較する像を示す(抗ヘモグロビン抗体による免疫染色)。
【
図5】
図5は、溶血モデルマウスにおけるシラスタチンによるヘモグロビン取り込み抑制効果を示す(抗ヘモグロビン抗体による免疫染色)。
【
図6】
図6は、腎特異的メガリンKOマウスおよび対照マウスを用いた溶血モデルにおける、腎組織へのα1M取り込み量を比較する像を示す(抗α1M抗体による免疫染色)。
【
図7】
図7は、溶血モデルマウスにおけるシラスタチンによるα1M取り込み抑制効果を示す(抗α1M抗体による免疫染色)。
【発明を実施するための形態】
【0027】
(溶血反応によって誘発される腎障害)
本発明は、一態様において、溶血反応によって誘発される腎障害の抑制剤である。
【0028】
腎障害の原因となる溶血反応には、先天的な原因と後天的な原因がある。先天的な原因として、赤血球膜に関連する遺伝子異常、赤血球酵素に関連する遺伝子異常、ヘモグロビンの遺伝子異常などがある。
【0029】
後天的な原因として、自己抗体、新生児における母体由来抗体、不適合輸血によりもたらされる抗体などの、赤血球に対する抗体、原虫や細菌への感染、発作性夜間ヘモグロビン尿、肝疾患、低リン血症、蛇毒などがある。
【0030】
特に本発明の使用頻度が高いと考えられ得る場合として、心弁膜症や弁置換術、溶血性尿毒症症候群、行軍ヘモグロビン尿症、熱傷や火傷、大量輸血、CPB、ECMO、VAD、又はHDのような血液浄化療法など、物理的な赤血球破壊に起因する溶血反応によって誘発される腎障害がある。
【0031】
上記背景又は原因がある場合、溶血反応は生じている可能性がある。本発明の抑制剤は、溶血反応が生じたと診断されるか、それが疑われる場合に処方され得る。例えば、臨床検査により、網赤血球増加、血清間接ビリルビンの上昇、便・尿中ウロビリノゲンの増加、血漿遊離ヘモグロビンの増加、血清ハプトグロビンの低下、又はヘモグロビン尿症の所見が認められる場合には、溶血反応が生じていると診断あるいは疑われ得る。
【0032】
さらには、溶血反応による腎障害の発症が想定される場合、特に腎機能が低下している対象者などでは、予防的に処方されうる。
【0033】
また、臨床現場で想定される、溶血反応によって誘発される腎障害の抑制の例は、臨床検査として、血清クレアチニンの上昇、腎濾過機能の低下(GFR、eGFR)、血中尿素窒素の上昇、血中尿酸の上昇、又は血中・尿中のイオン濃度異常の抑制の他、腎障害マーカーといわれるKIM-1、N-acetyl-β-D-glucosaminidase(NAG)、α1M、β2ミクログロブリン(β2M)、Liver-type Fatty Acid-Binding Protein(L型脂肪酸結合蛋白:L-FABP)、Neutrophil Gelatinase-Associated Lipocalin(N-GAL)、アルブミン(ALB)、IV型コラーゲン、メガリン、又はポドカリキシンの尿中濃度異常抑制である。
【0034】
また、臨床症状の観点からの腎障害の抑制の例は、浮腫、高血圧、尿毒症症状(悪心・嘔吐、意識障害など)、若しくは黄疸の抑制、血尿、へモグロビン尿、若しくはタンパク尿の出現の抑制、又は尿量の低下の抑制であり、病理学的な観点からの腎障害の抑制の例は、尿細管上皮障害、円柱形成、尿細管閉塞、間質の細胞浸潤・浮腫・線維化、糸球体障害、又は血管障害の抑制である。
【0035】
当該腎障害は、メガリンを介して誘発され得る。メガリンの生体内における主要な発現部位は、腎臓近位尿細管上皮細胞(主に、管腔側膜)であるため、本発明は、近位尿細管上皮細胞障害やそれに派生する腎障害を抑制するために(即ち、抑制剤として)有用である。
【0036】
溶血反応によって誘発される腎障害には、腎症、腎障害、腎炎、腎不全、腎臓病、急性腎症、急性腎障害、急性腎炎、急性腎不全、急性腎臓病、慢性腎症、慢性腎障害、慢性腎炎、慢性腎不全、慢性腎臓病、尿細管(性)腎症、尿細管(性)腎障害、尿細管(性)腎炎、尿細管(性)腎不全、尿細管(性)腎臓病、尿細管間質(性)腎症、尿細管間質(性)腎障害、尿細管間質(性)腎炎、尿細管間質(性)腎不全、尿細管間質(性)腎臓病、閉塞性腎症、閉塞性腎障害、閉塞性腎炎、閉塞性腎不全、閉塞性腎臓病、急性腎炎症候群、急速進行性腎炎症候群、慢性腎炎症候群、ネフローゼ症候群、腎血管れん縮、急性尿細管壊死が含まれる。
【0037】
(シラスタチン)
本発明においてはシラスタチン又はその薬学的に許容される塩を用いる。
【0038】
シラスタチンは、(Z)-7-[[(R)-2-Amino-2-carboxyethyl]thio]-2-[[[(S)-2,2-dimethylcyclopropyl]carbonyl]amino]-2-heptenoic acidのことである。確認的に記載するが、シラスタチンが水和物を生成する場合には、水和物を用いる場合も本発明の範囲に含まれる。
【0039】
シラスタチンの薬学的に許容される塩の例は、アルカリ金属塩、例えばリチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩;アルカリ土類金属塩、例えばマグネシウム塩、カルシウム塩;亜鉛塩、アルミニウム塩;有機アミン塩、例えばコリン塩、エタノールアミン塩、トリメチルアミン塩、トリエチルアミン塩、ジシクロヘキシルアミン塩、ジベンジルアミン塩、フェネチルベンジルアミン塩、プロカイン塩、モルホリン塩、ピリジン塩、ピペリジン塩、ピペラジン塩、N-エチルピペリジン塩;アンモニウム塩;塩基性アミノ酸塩、例えばリジン塩、アルギニン塩;等が挙げられる。特に好ましい塩は、シラスタチンナトリウムである。確認的に記載するが、薬学的に許容される塩の範囲には、塩水和物も含まれる。
【0040】
シラスタチン又はその薬学的に許容される塩は、例えば市販品を用いるか、又はそれ自体公知の方法若しくは公知の方法に準じる方法によって製造・入手することができる。
【0041】
シラスタチンは、メガリンの細胞外領域に結合する。シラスタチン又はその薬学的に許容される塩は、ヘモグロビンとヘムのメガリンへの直接的又は間接的な結合と細胞内への取り込みを抑制できる。
【0042】
本発明の抑制剤は、シラスタチン又はその薬学的に許容可能な塩を、溶血反応によって誘発される腎障害を抑制するのに有効な量で含有する。腎障害の場合、成人に対するシラスタチン又はその塩の1日当たりの投与量の例は、0.01~100mg、又は0.1~10mgである。投与量がこのような範囲となるよう、当該抑制剤を、1回で、又は数回に分けて投与することができる。また、隔日投与、隔々日投与等の間歇投与も用いることができる。
【0043】
(腎組織へのヘモグロビン取り込みの抑制剤)
本発明は、一態様において、有効成分としてシラスタチン又はその薬学的に許容可能な塩を含む、腎組織へのヘモグロビン取り込みの抑制剤に関する。
【0044】
ヘモグロビンは、ヒトを含む脊椎動物の赤血球の中に存在するタンパク質であり、四つのサブユニットから構成される四量体構造をしている。各サブユニット内では、グロビンと呼ばれるポリペプチド部分と、補欠分子族であるヘム部分とが結合している。ヘモグロビンは酸素分子と結合する性質を持ち、肺から全身へと酸素を運搬する役割を担っている。
【0045】
本発明に関連して、本発明者らは、シラスタチンが、ヘモグロビンとメガリンとの結合を阻害することを見出した。この阻害効果が、溶血反応によって誘発される腎障害の抑制につながるものと考えられる。
【0046】
本発明の抑制剤は、シラスタチン又はその薬学的に許容可能な塩を有効量で含有する。当該有効量は、本発明の腎障害の抑制剤に関して上記した投与量等を参考にして定めることができる。
【0047】
(腎組織へのヘム取り込みの抑制剤)
本発明は、一態様において、有効成分としてシラスタチン又はその薬学的に許容可能な塩を含む、腎組織へのヘム取り込みの抑制剤に関する。
【0048】
ヘムは、ヘモグロビンを構成する部分構造であり、ヘモグロビンの分解によって生体内に放出されうる。
【0049】
ヘムはα1M又はHxと結合するところ、本発明者は、α1M及びHxがメガリンと結合すること、及びそれらとメガリンとの結合をシラスタチンが阻害することを確認した。この阻害効果が、溶血反応によって誘発される腎障害の抑制につながるものと考えられる。
【0050】
本発明の抑制剤は、シラスタチン又はその薬学的に許容可能な塩を有効量で含有する。当該有効量は、本発明の腎障害の抑制剤に関して上記した投与量等を参考にして定めることができる。
【0051】
(剤型)
本発明の抑制剤の形態は、特に限定されないが、散剤、顆粒剤、カプセル剤、錠剤、チュアブル剤等の固形剤、溶液剤、シロップ剤等の液剤、注射剤、又はスプレー剤等の形態とすることができる。好ましい形態は、注射剤である。
【0052】
(他の成分)
本発明の抑制剤は、製剤上の必要に応じて、薬学的に許容され得る担体を含んでもよい。担体としては、例えば、賦形剤、溶剤が挙げられる。本発明の抑制剤に含まれてもよいさらなる成分の例は、結合剤、pH調整剤、崩壊剤、キレート剤、溶解補助剤、懸濁化剤、乳化剤、等張化剤、安定化剤、無痛化剤、防腐剤、抗酸化剤、滑沢剤、矯味矯臭剤、着色剤である。
【0053】
賦形剤としては、乳糖、ブドウ糖、D-マンニトール等の糖類;でんぷん類;結晶セルロース等のセルロース類等の有機系賦形剤;リン酸二カルシウム、炭酸カルシウム、カオリン等の無機系賦形剤等が挙げられる。溶剤としては、精製水、生理的食塩水等が挙げられる。結合剤としては、α化デンプン、ゼラチン、アラビアゴム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、結晶セルロース、D-マンニトール、トレハロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール等が挙げられる。pH調整剤としては、塩酸、水酸化ナトリウム等が挙げられる。崩壊剤としては、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、化学修飾されたセルロースやデンプン類、アルギン酸等が挙げられる。キレート剤としては、エデト酸カルシウム2ナトリウム水和物、エデト酸カルシウムナトリウム水和物等が挙げられる。溶解補助剤としては、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、トレハロース、安息香酸ベンジル、エタノール、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、サリチル酸ナトリウム、酢酸ナトリウム等が挙げられる。懸濁化剤あるいは乳化剤としては、ラウリル硫酸ナトリウム、アラビアゴム、ゼラチン、レシチン、モノステアリン酸グリセリン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム等のセルロース類;ポリソルベート類;ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油等が挙げられる。等張化剤としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、糖類、グリセリン、尿素等が挙げられる。安定化剤としては、ポリエチレングリコール、デキストラン硫酸ナトリウム、その他のアミノ酸類等が挙げられる。無痛化剤としては、ブドウ糖、グルコン酸カルシウム、塩酸プロカイン等が挙げられる。防腐剤としては、パラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸等が挙げられる。抗酸化剤としては、亜硫酸塩、アスコルビン酸等が挙げられる。
【0054】
好ましい態様において、本発明の抑制剤は、イミペネムを含まない。
【0055】
(方法及び使用)
本発明の抑制剤は、別の側面では、シラスタチン又はその薬学的に許容可能な塩の、溶血反応によって誘発される腎障害の抑制、腎組織へのヘモグロビン取り込みの抑制、又は腎組織へのヘム取り込みの抑制における使用である。
【0056】
また、本発明の抑制剤は、別の側面では、溶血反応によって誘発される腎障害の抑制、腎組織へのヘモグロビン取り込みの抑制、又は腎組織へのヘム取り込みの抑制のための方法であって、それを必要とする対象に、有効量のシラスタチン又はその薬学的に許容可能な塩を投与することを含む方法である。
【0057】
シラスタチン又はその薬学的に許容可能な塩の有効量は、本発明の抑制剤に関して上記した投与量等にもとづいて定めることができる。
【0058】
好ましい態様において、本発明の方法及び使用は、イミペネムの投与を含まない。
【0059】
また、本明細書において、種々の抑制を必要とする対象は、好ましくは哺乳動物、例えば、ヒト;マウス、ラット、ウサギ、モルモット、ハムスター、サル、ヒツジ、ウマ、ウシ、ブタ、ロバ、イヌ、ネコ等の家畜;又は他の実験動物であり、特にヒトが好ましい。
【0060】
(数値範囲)
明確化のために記載すると、本明細書において下限値と上限値によって表されている数値範囲、例えば「1.0~2.0g」は、それら下限値及び上限値を含む。
【実施例】
【0061】
以下に実施例に基づいて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0062】
(試験例1)溶血反応により誘発される腎障害のシラスタチンによる抑制
溶血モデルマウスで発症する腎障害がシラスタチン投与により抑制されるかどうかについて、腎障害の指標である血中尿素窒素、尿中Kidney Injury Molecule-1(KIM-1)測定により検証した。
【0063】
方法
フェニルヒドラジン(97%フェニルヒドラジン、Sigma-Aldrich Inc.)を5mg/mlの濃度でPBSに溶解してPBS溶液を調製し、それを、C57BL/6(雄性10-12週齢)に対して、フェニルヒドラジンの投与量が1mg/10gとなるよう腹腔内投与し、溶血モデルを作成した。
【0064】
溶血モデルに対し、フェニルヒドラジン投与時、投与3時間後、投与6時間後の各時点において、a)シラスタチン(Sigma-Aldrich Inc.)400mg/kg(生理食塩水100μLに希釈)、またはb)生理食塩水100μLを腹腔内投与した。a)とb)の各々について、6匹のマウスを用いた。
【0065】
そして、a)シラスタチン投与群、b)生理食塩水投与群(対照群)の各個体につき、24時間代謝ケージで、フェニルヒドラジン投与後24時間の期間蓄尿し、得られた尿試料を採取した。また、フェニルヒドラジン投与24時間後に、各動物の下大静脈から血液を採取、800gで30分遠心し、血清を分離、回収した。
【0066】
尿・血清に関しては解析まで-80℃で保存し、尿中KIM-1、血中尿素窒素の測定をした。測定は、オリエンタル酵母工業株式会社へ依頼した。
【0067】
結果
溶血モデルの腎障害を、血中尿素窒素および尿中KIM-1で評価した結果、いずれの測定値もシラスタチン(CS)投与群では対照群より低値であった(
図1)。溶血反応により誘導される腎障害は、シラスタチン投与により抑制できることがわかった。
【0068】
本発明者は以下の通り考えている。溶血により生じるヘモグロビンがメガリンを介して腎組織に取り込まれて腎障害を生じる。また、ヘモグロビンから遊離したヘムが、α1M又はHxと結合して複合体を形成し、その複合体が、メガリンを介して腎組織に取り込まれて腎障害を生じる。そして、シラスタチンが、ヘモグロビン又は当該複合体とメガリンとの結合を阻害し、腎障害を抑制する。続く試験例では、このようなシラスタチンの作用機序を確認する。
【0069】
(試験例2) 作用機序の確認(1)
各リガンドとメガリンの直接結合性とシラスタチンによる結合阻害
メガリンと各リガンド(ヘモグロビン、α1M、Hx)との結合特異性、及びシラスタチンによる結合阻害の可能性を、特許文献2に記載された方法を参考にして、水晶振動子マイクロバランス法(QCM法)を用いて検証した。
【0070】
方法-1
検証対象とするリガンドとして、ヘモグロビン(LifeSpan Biosciences Inc.、Rat Hemoglobin Native Protein、LS-G11201)、Hx(Sino Biological Inc.、Rat Hemopexin/HPX protein (His Tag 81025-R08H))を用いた。
【0071】
Immobilization Kit for AFFINIX(登録商標、株式会社イニシアム製)を用いて、前記キットにおいて推奨されているプロトコールに従い、前記キットの付属のBuffer Aにより0.1mg/mLになるように調製した各リガンド溶液または、対照としてウシ血清アルブミン(BSA:CALBIOCHEM社、Albumin、Bovine Serum、FractionV、Fatty Acid-Free、Cat#126575)溶液を、ホルダーに設置した水晶センサーにのせて、リガンド又はアルブミンを水晶上に固定化(固相化)した。
【0072】
各リガンドまたはBSAを固定化した水晶センサーを、測定機器AFFINIX(登録商標)Q8(株式会社イニシアム製)に設置し、周波数が安定したことを確認した後、Orlandoらの方法に従いSprague-Dawleyラット(SDラット)腎臓より精製したメガリンの0.1mg/mL溶液8μLを注入し、周波数を経時的に測定した。
【0073】
より詳細には、200μLのバッファーの入ったチャンバーに入れた各リガンド固定化水晶センサーにメガリン溶液を反応させ、周波数を測定した。
【0074】
また、予めバッファーに1mgのシラスタチンを注入し、各リガンドを固定化させた水晶センサーを測定機器に設置、周波数が安定したことを確認した後、メガリン溶液を注入し、周波数を経時的に測定することで、各リガンドのメガリンへの結合に対するシラスタチンによる拮抗作用を解析した。
【0075】
対照についても同様の実験を行った。
【0076】
方法-2
方法-1に準じ、ラット精製メガリン又はBSAを固定化した水晶センサーを作成した。この水晶センサーを測定装置に設置し、予めバッファーに1mg/200μLのシラスタチンを注入した条件と、しない条件を設定した。周波数が安定したことを確認後、α1M(LifeSpan Biosciences,Inc.、Rat AMBP Protein (Recombinant 6His、 N-terminus)(aa20-202)、LS-G11794)溶液を8μLチャンバー内に注入し、周波数を経時的に測定した。
【0077】
結果-1
ヘモグロビン、Hx固相化水晶センサーへメガリンを添加すると水晶のシグナルが大きく低下し、かつその反応はシラスタチンにより阻害された(
図2-1)。ヘモグロビン、Hxはメガリンと直接結合し、シラスタチンはその結合を阻害することがわかった。
【0078】
結果-2
メガリン固相化水晶センサーへα1Mを添加すると水晶のシグナルが大きく低下し、かつその反応はシラスタチンによって阻害された(
図2-2)。ヘモグロビン、Hxと同様に、α1Mはメガリンと直接結合し、シラスタチンはその結合を阻害することがわかった。
【0079】
(試験例3) 作用機序の確認(2)
各リガンドの腎組織への取り込みとメガリン、シラスタチンとの関係
この試験例では、各リガンド(α1MとHx)の腎組織への取り込みがメガリンを介していること、およびそれをシラスタチンが抑制することを、検証した。
【0080】
方法
マウスにシラスタチンを投与し、それによる尿中の各リガンドの濃度の変化を観測した。
【0081】
まず、マウス(雄性12週齢C57BL/6)5匹に対し、シラスタチンナトリウム(シグマアルドリッチ(SIGMA-ALDRICH)ジャパン合同会社、C5743)400mg/kg(生理食塩水100μLに希釈、シラスタチン投与群)を腹腔内投与後、3時間代謝ケージに入れて尿を採取し、5匹分の尿を統合した。また、別のマウス5匹の群に対して、生理食塩水100μL(対照群)を投与して、上記と同様の実験を実施した。
【0082】
得られた尿サンプルから、電気泳動(SDS-ポリアクリルアミドゲル)によりタンパク質を分離し、還元アルキル化し(Dithiothereitol、Iodoacetamideを用いて)、トリプシン消化をし、得られたペプチドを抽出して、固体を得た。
【0083】
得られた固体に、15μLの0.3%ギ酸(FA)を加え、5分振盪後、1分間sonicationし、再度5分振盪した。スピンダウンし、孔経0.45μmのメンブランフィルター(ULtra free-MC、HV、0.45μm、Millipore)にapplyし、10,000rpmで5分遠心処理し、フィルターを通ったサンプルをLCMS分析に供した。
【0084】
LCMSによる分析
(LCのシステム)
Eksigent(登録商標) Exspert nano LC 400、 Exsigent TM Exspert cHiPLC(登録商標)
(カラム)
Trap column:Nano cHiPLC Trap column 200μm × 0.5mm ChromXP C18-CL 3μm 120Å(804-00006、SCIEX)
Analytical column:Nano cHiPLC column 75μm × 15cm ChromXP C18-CL 3μm 120Å(804-00001、SCIEX)
カラム温度 30℃
(サンプル導入)
注入量:3μL
サンプルを、Trap columnに保持した後、移動相のgradientを後述のように調整し、Analytical columnへ導入する。
【0085】
(移動相)
A溶媒:0.1%トリフルオロ酢酸水溶液
B溶媒:アセトニトリル中0.1%トリフルオロ酢酸溶液
Flow rate:total 300nl/min
グラジェント条件:A溶媒98%、B溶媒2%で平衡化したAnalytical columnへのサンプル導入時を0分として、B溶媒割合を30分で32%まで直線的に上昇させ、測定対象物を分離溶出する。その後、5分でB溶媒割合を90%まで上昇させ、その後5分間90%のB溶媒割合を保ち、カラムを洗い、0.1分で2%まで当該割合を戻し、60分まで初期状態の2%のB溶媒割合を維持し、カラムを平衡化する。
【0086】
(質量分析計)
AB Sciex Triple TOF 5600+をPositive ion modeで使用。
【0087】
(TOF-MS条件)
質量range:400-1250Da
(データの解析)
LCMSのデータを、配列データベースと照合して、複数のタンパク質の存在を確認した。そのうえで、シラスタチン投与群と対照群の両方で確認されたタンパク質について、シラスタチン投与群/対照群のピーク強度比に相当するSpC/L ratio(spectral abundance factor:SAF)を算出し、SpC/L ratioが2.0以上であるものを、シラスタチン投与群の尿により多く存在するタンパク質であると判断し、該当するタンパク質をとしてリストアップした。
【0088】
解析方法は、Oharaら、2018年、PLoS One、第13巻1、e0204160に記載されたものを参考にした。解析方法を以下に示す。
【0089】
LCMS/MSのデータ取得・解析ソフトウェアはAnaLyst(登録商標)TF1.6(AB SCIEX)を使用し、得られたraw dataはピークリストファイル(mgf ファイルフォーマット)に変換し、マトリクスサイエンス社のMascot daemon、 Mascot server 2.2.1を用いてMS/MS Ion Search (MIS検索)を行った。配列データベースはUniprot、 Swiss-Protを使用した。Significance thresholdは 0.05に設定し(false discovery rate 5%未満)、同定基準を超えるペプチドが2つ以上のタンパクを同定タンパク質としてリストアップした。
【0090】
LCMSでの解析の再現性の問題をカバーするため、1サンプルにつき2回LCMSでraw dataを取得し、2回のrunから得られたピークリストファイルを統合してMascotで解析(Oharaら、2018年、PLoS One、第13巻1、e0204160)した。
【0091】
2群の比較で共通して同定されてきたタンパク質では、発現量の多いものでは多くのペプチド断片が同定され、MS/MS数も多くなるという原理を利用したラベルフリー比較判定量解析法であるスペクトラルカウント法を用いた。即ち、シラスタチン投与群、対照群の両方で同定されたタンパク質について、シラスタチン投与群/対照群のSpC/L ratio(spectral abundance factor:SAF)を算出し、SpC/L ratioが2.0以上であるタンパク質を、シラスタチン投与群の尿に多いタンパク質としてリストアップした。
【0092】
(抗α1M抗体を用いたWBによる尿解析)
上記で得られたシラスタチン投与群および対照群の尿について、4~15パーセントのグラディエントゲル(バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社)を用いて還元条件のSDS-ポリアクリルアミド電気泳動を実施、展開物をpolyvinylidene fluoride(PVDF)膜にトランスファーした。当該膜を、5%スキムミルク含有緩衝液でブロッキングした後、1次抗体として抗α1M抗体(LifeSpan Biosciences Inc.)1μg/mLと室温で2時間反応させた。2次抗体としてhorseradish peroxidas(HRP)標識されたPolyclonal Goat Anti-Rabbit Immunoglobulin(Dako社) 0.25μg/mLと室温で1時間反応させた。その後、ウェスタンブロット用化学発光基質(SuperSignalTM West Femto Maximum Sensitivity Substrate、Thermo Scientific(登録商標))でバンドを検出した。
【0093】
結果
シラスタチン投与群、対照群の両方で同定されたタンパク質のうち、シラスタチン投与群/対照群のSpC/L ratioが2.0以上であるものを、対照群に比べてシラスタチン投与群で尿中濃度が高かったタンパク質として、63種を同定した。これらのタンパク質の尿中排泄量の変化には、シラスタチンによるメガリン拮抗作用が影響しているものと考えられる。そして、その中には、ヘムバインダーであることが報告されているα1MとHxが含まれていた。参考として、
図3にはシラスタチン投与群と対象群の尿中α1Mのウェスタンブロット像を示した。
【0094】
したがって、α1Mはメガリンのリガンドであることが報告されている(Christensenら、2002年、MOLECULAR CELL BIOLOGY、第3巻、第258-268ページ)が、本検討により、α1Mだけでなく、Hxがメガリンのリガンドである可能性が示された。また、シラスタチンがそれらの腎組織への取り込みを抑制することも確認できた。
【0095】
なお、シラスタチン投与群と対照群で尿中濃度が変化しなかったタンパク質のうち、メガリンリガンドであることが報告されているものとして、アルブミン、トランスサイレチン、クラステリン、ビタミンD結合タンパク質などが含まれていた。本検討により、メガリンのリガンドであっても、シラスタチンにより結合が拮抗されない場合があることが示された。
【0096】
本試験において、SpC/L ratioが2.0以上であったタンパク質、およびSpC/L ratioが2.0に満たなかったタンパク質のうち、メガリンのリガンドであることが報告されているか、発明者の検討でメガリンのリガンドであることが明らかとなっているものの例について、その測定数値を下に示した。
【0097】
【0098】
【0099】
(試験例4) 作用機序の確認(3)
腎組織へのヘモグロビンの取り込みのメガリン依存性
腎組織中へのヘモグロビンの取り込みがメガリンに依存するかどうかを、腎特異的メガリンノックアウト(KO)マウスから作成した溶血モデルを用いて検証した。
【0100】
方法
腎特異的メガリンKOマウス(Ndrg1-CreERT2/+ megalin lox/lox)、および対照としてそのコントロールマウス(megalin (lox/lox);Cre(-))(ともに雄性12週齢)に対し、フェニルヒドラジン(97%フェニルヒドラジン、Sigma-Aldrich Inc.)の5mg/ml PBS溶液を調製し、そのフェニルヒドラジン1mg/10g相当量を腹腔内投与し、溶血モデルを作成した。
【0101】
フェニルヒドラジン投与の24時間後、右腎の腎茎を含む部分を3mm厚にスライスし、4%パラフォルムアルデヒドを含むリン酸緩衝液で固定した。固定試料をマイクロトーム(REM-710、Yamato Kohki Industrial Co.,Ltd.)で4μm厚に薄切し、抗ヘモグロビン抗体(Abcam ab92492)で免疫染色(500倍希釈)を行い、顕微鏡下で観察した。
【0102】
結果
溶血モデルマウスの腎臓組織中へのヘモグロビン取り込み量は、対照マウスに比較してメガリンKOマウスでは少ないことが確認できた(
図4)。したがって、腎へのヘモグロビンの取り込みはメガリンに依存していることがわかった。
【0103】
(試験例5) 作用機序の確認(4)
腎組織へのヘモグロビン取り込みのシラスタチンによる抑制
腎組織へのヘモグロビンの取り込みがシラスタチン投与により抑制されるかどうかを、溶血モデルマウスを使って検証した。
【0104】
方法
試験例1に準じ、C57BL/6(雄性10-12週齢)に対してフェニルヒドラジン1mg/10gを投与し、溶血モデルマウスを作成した。
【0105】
溶血モデルのフェニルヒドラジン投与時、投与3時間後、投与6時間後の各時点において、a)シラスタチン(Sigma-Aldrich Inc.)400mg/kg(生理食塩水100μLに希釈)、又はb)生理食塩水100uLを腹腔内投与した。
【0106】
フェニルヒドラジン投与の後24時間に、試験例4に準じて、腎臓の免疫染色観察を行った。
【0107】
結果
溶血モデルマウスの腎組織中へのヘモグロビン取り込み量は、シラスタチンの投与により減少することが確認できた(
図5)。したがって、腎へのヘモグロビン取り込みはシラスタチンで抑制できることがわかった。
【0108】
(試験例6) 作用機序の確認(5)
腎組織へのα1Mの取り込みのメガリン依存性
腎組織中へのα1Mの取り込みがメガリンに依存するかどうかを、腎特異的メガリンノックアウト(KO)マウスから作成した溶血モデルを用いて検証した。
【0109】
方法
試験例4においては、腎臓の薄切り固定試料を得て免疫組織染色観察を行った。本試験例では、同じ動物の右腎の残りから得られた別の薄切り固定試料について、抗α1M抗体(Gene Tex:GTX101068)を用いて免疫染色(500倍希釈)を行い、顕微鏡観察をした。
【0110】
結果
溶血モデルマウスの腎臓組織中へのα1M取り込み量は、対照マウスに比較してメガリンKOマウスでは少ないことが確認できた(
図6)。したがって、腎へのα1Mの取り込みはメガリンに依存していることがわかった。
(試験例7) 作用機序の確認(6)
腎組織へのα1M取り込みのシラスタチンによる抑制
腎組織へのα1Mの取り込みがシラスタチン投与により抑制されるかどうかを、溶血モデルマウスを使って検証した。
【0111】
方法
試験例5においては、腎臓の薄切り固定試料を得て免疫組織染色観察を行った。本試験例では、同じ動物の右腎の残りから得られた薄切り固定試料について、抗α1M抗体(Gene Tex:GTX101068)を用いて免疫染色(500倍希釈)を行った。
【0112】
結果
溶血モデルマウスの腎組織中へのα1M取り込み量は、シラスタチンの投与により減少することが確認できた(
図7)。したがって、腎へのα1M取り込みはシラスタチンで抑制できることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0113】
本発明は、溶血反応によって誘発される腎障害の抑制剤、又はヘモグロビン若しくはヘムの腎組織への取り込みの抑制剤を提供することができる。