(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-04
(45)【発行日】2024-01-15
(54)【発明の名称】水溶性食物繊維のエネルギー量の簡便な測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 24/00 20060101AFI20240105BHJP
G01N 24/08 20060101ALI20240105BHJP
【FI】
G01N24/00 530K
G01N24/08 510P
(21)【出願番号】P 2020073471
(22)【出願日】2020-04-16
【審査請求日】2023-04-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000188227
【氏名又は名称】松谷化学工業株式会社
(72)【発明者】
【氏名】平木 創太郎
(72)【発明者】
【氏名】木村 友紀
(72)【発明者】
【氏名】上原 悠子
【審査官】村田 顕一郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/051716(WO,A1)
【文献】特開平05-056767(JP,A)
【文献】特開2017-074072(JP,A)
【文献】特開2008-297211(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0264254(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0360303(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 24/00
G01N 24/08
A61B 5/055
A23L 33/00-33/29
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
D-グルコースを構成単位糖とする水溶性食物繊維のエネルギー換算係数(kcal/g)を求めるための算式を導出する方法であって、
(イ)エネルギー換算係数(y)が既知である前記水溶性食物繊維の2種以上の
1H-NMRスペクトルを得る工程と、
(ロ)前記各スペクトルにおいて、4.9~5.7ppmのケミカルシフト範囲(範囲A)にあるシグナル群のピーク面積と、4.4~4.9ppmのケミカルシフト範囲(範囲B)にあるシグナル群のピーク面積との合計面積における、範囲Bにあるシグナル群のピーク面積比(x)を算出する工程と、
(ハ)前記yとxの関係式(但し、ピアソンの相関係数rが-0.7から-1.0)を導く工程とを含む、方法。
【請求項2】
D-グルコースを構成単位糖とする水溶性食物繊維のエネルギー換算係数(kcal/g)を求める方法であって、
(ニ)前記水溶性食物繊維の
1H-NMRスペクトルを得る工程と、
(ホ)
工程(二)で得られたスペクトルにおいて、4.9~5.7ppmのケミカルシフト範囲(範囲A)にあるシグナル群のピーク面積と、4.4~4.9ppmのケミカルシフト範囲(範囲B)にあるシグナル群のピーク面積との合計面積における、範囲Bにあるシグナル群のピーク面積比(x)を算出する工程と、
(ヘ)前記xを請求項1記載の方法により導出された算式に代入し、エネルギー換算係数(y)を求める工程とを含む、方法。
【請求項3】
D-グルコースを構成単位糖とする水溶性食物繊維のエネルギー換算係数(kcal/g)を求める方法であって、算式が以下である、請求項2記載の方法。
【数1】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶性食物繊維のエネルギー量を簡便に測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭水化物のエネルギー算出にあたっては、わが国の五訂日本食品標準成分表(文部科学省科学技術・学術審議会・資源調査分科会 報告第124号、平成12年11月22日)の公表後は、糖質に食物繊維を加えた量を炭水化物量とし、これにエネルギー換算係数4kcal/gを乗じて求めることとしていた。しかし、この暫定的エネルギー評価方法では、食物繊維のエネルギー換算係数は4kcal/gとなって、食品のエネルギー量表示が現実のエネルギー量より多くなるため、食物繊維入り商品の開発コンセプトが維持できない状態が続いていた。
【0003】
食物繊維とは、「ヒト又は動物の消化管で消化されにくい糖質」をいうため、本来、そのエネルギー量は、(1)ヒト又は動物が経口摂取した際に上部消化管において「消化吸収されたグルコースのエネルギー量」に、さらに、(2)消化管において消化吸収されなかった未消化部分が大腸に到達し、腸内細菌がこれを資化すること(以下、「はっ酵」ともいう。)で「発生する短鎖脂肪酸のエネルギー量」を加えて得られる値であるべきである。そうであるにもかかわらず、上述の五訂日本食品標準成分表の規定に従って食物繊維素材すべてについて一律に「4kcal/g」との換算係数を用いるとすれば、その食物繊維素材の現実のエネルギー量とはかけ離れた値を用いて食品の栄養成分表示をしなければならなくなる。
【0004】
そこで、糖質のうち食物繊維については、エネルギー評価の具体的手法を定めることとし、具体的には、ヒト出納実験等によりエネルギー量がすでに確定している食物繊維素材については、そのエネルギー換算係数を、内閣府令『食品表示基準』(平成27年3月30日消食表第139号)に係る通知(第19次改正、令和2年3月27日消食表第87号)の別添「栄養成分等の分析方法等」の「35 熱量 (6)食物繊維のエネルギー換算係数」において公示し、それ以外の食物繊維素材については、「2kcal/g」又は「素材に応じた適切なエネルギー換算係数」を用いて算出することが定められるに至った。しかし、その「素材に応じた適切なエネルギー換算係数」とは、「人を対象とした出納実験、呼気ガス試験その他学術的に認められた方法により設定されたもの」でなければならず、「人を対象とした出納実験、呼気ガス試験その他学術的に認められた方法」によりその食物繊維素材のエネルギー換算係数を設定できない場合は、依然、現実とは異なる「2kcal/g」を用いて食品の栄養成分表示をしなければならないことを意味する。
【0005】
もっとも、その食物繊維素材について、「2kcal/g」を用いての食品栄養成分表示を避けたいのであれば、「人を対象とした出納実験、呼気ガス試験その他学術的に認められた方法」により、そのエネルギー換算係数を設定すればよいだけである。しかし、それには以下の困難性を伴う。
【0006】
まず、第一に、その素材における食物繊維含量を測定する必要がある。しかし、食物繊維と一口にいっても素材としては多種多様に存在し、その定量方法は素材ごとに異なり、素材によっては定量方法を複数組み合わせることが必要となることもある。したがって、素材自体の食物繊維量を定量すること自体が煩雑であり、第一のハードルとなる。
【0007】
第二に、「人を対象とした出納実験、呼気ガス試験その他学術的に認められた方法」を実施しなければならないが、ヒト出納実験は、食物繊維を一定期間(例えば、10日間)摂取した際の、糞便および尿中への排泄量、消化吸収率を測定して算出されるところ(例えば、非特許文献1を参照。)、はっ酵性は各個体の腸内菌叢に依存するため数値のバラつきが大きく、これを解消するために、複数人、具体的には10人程度のヒト被験者で検討する必要が生じるが、その数のヒト被験者を確保することは容易でない。また、被験素材である食物繊維素材だけでなく、対照素材を摂取したときの測定も必要となるため、被験者は複数回の試験に参加する必要がある。さらに、一定期間被験者の糞便及び尿を回収する難しさに加えて、外部機関に試験委託する場合は試験委託費用など膨大な費用と手間がかかる。したがって、規模の小さい製造販売会社などにとっては、現実的な方法でないといえる。
【0008】
また、たとえ上述のヒト出納実験という大業な試験を実施しても、最大値である「2kcal/g」との結果を得るにとどまることもあり、ヒト出納実験を実施する実益は容易に見込めない。そこで、ヒト出納実験の要否を判断するためにも、事前にできるだけ現実に近いエネルギー量を簡便に推知する方法が当業者に望まれていた。
【0009】
そうした事情から、食物繊維素材のエネルギー量を推知するための、ヒトにおけるはっ酵性を推定する方法として、従前はin vitro試験が利用されることがあり、例えば、単一の腸内細菌を食物繊維素材により培養し、その菌の増殖性をもってはっ酵の程度を評価する方法が開示されている(非特許文献2)。しかし、この方法では、単一の腸内細菌のはっ酵性しか評価できておらず、多種多様な腸内細菌が連携して素材を資化するという現実の腸内を再現されていないし、その結果は定性的なものに過ぎず定量的なものでない。そこで、単一の腸内細菌でなく、ヒト糞便を食物繊維素材と混合して腸内と同じ嫌気条件下で培養し、その培養液のpH値や生成された短鎖脂肪酸量をもってはっ酵性を評価する方法も開示されている(非特許文献3、非特許文献4)。しかし、この方法は、ヒト糞便を用いる方法であることから腸内環境を再現しているともいえるが、用いる糞便によって結果にバラつきが生じるため、複数人の糞便を用いた培養実験が必要となる。
【0010】
以上のとおり、ヒトを対象としないin vitroのはっ酵性評価試験の方法はこれまでに開示されているものの、簡便さや定量性に欠けるなど問題は多く、解決されていない。
【0011】
また、上述の『食品表示基準』に例示された、もうひとつのエネルギー量評価手法である「人を対象とした呼気ガス試験」(間接熱量測定法)を行う場合にあっても、食物繊維を経口摂取したヒト被験者の呼気を8時間にわたって採取する必要があり(非特許文献5)、また、呼気ガスの測定には専用の測定機器を要するため、上述の出納実験と同様、膨大な費用と手間がかかる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【文献】M.Vermorel,外9名,“Energy value of a low-digestible carbohydrate,NUTRIOSE FB,and its impact on magnesium,calcium and zinc apparent absorption and retention in healthy young men”,European journal of nutrition,(独),2004,Vol.43,No.6,p.344-352
【文献】大隈一裕,外4名,“澱粉の熱変性と酵素作用-難消化性デキストリンの特性-”,澱粉科学,一般社団法人日本応用糖質科学会,1990年6月30日,第37巻,第2号,p.107-114
【文献】Nathaniel D.Fastinger,外9名,“A novel resistant maltodextrin alters gastrointestinal tolerance factors,fecal characteristics,and fecal microbiota in healthy adult humans”,Journal of the American College of Nutrition,(米),2008,Vol.27,No.2,p.356-366
【文献】佐々木大介,外3名,“in vitro 培養システムによる食物繊維のヒト腸内細菌叢への影響評価”,ルミナコイド研究,一般社団法人日本食物繊維学会,2018年12月31日,第22巻,第2号,p.63-73
【文献】Toshinao Goda,外4名,“Availability,fermentability,and energy value of resistant maltodextrin modeling of short-term indirect calorimetric measurements in healthy adults”,The American Journal of Clinical Nutrition,(米),2006,Vol.83,No.6,p.1321-1330
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の課題は、食物繊維素材について、より現実に近いエネルギー換算係数を簡便に求めるための分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、かかる課題を解決すべく検討したところ、とくに、D-グルコースを構成単位糖とする水溶性食物繊維について、その単位糖の結合様式、具体的にはβ結合の比率を、NMRを用いて測定することにより、エネルギー量(本明細書中、「エネルギー値」又は「カロリー値」ともいい、「エネルギー換算係数」と同義として使用することもある。)を簡便に推知できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明は、上記知見に基づいて完成されたものであり、以下の[1]~[3]から構成されるものである。
[1]第一の発明は、D-グルコースを構成単位糖とする水溶性食物繊維のエネルギー換算係数(kcal/g)を求めるための算式を導く方法である。具体的には、
(イ)エネルギー換算係数(y)が既知である前記水溶性食物繊維の2種以上の1H-NMRスペクトルを得る工程と、
(ロ)前記各スペクトルにおいて、4.9~5.7ppmのケミカルシフト範囲(範囲A)にあるシグナル群のピーク面積と、4.4~4.9ppmのケミカルシフト範囲(範囲B)にあるシグナル群のピーク面積との合計面積における、範囲Bにあるシグナル群のピーク面積比(x)を算出する工程と、
(ハ)前記yとxの関係式(但し、ピアソンの相関係数rが-0.7から-1.0)を導く工程とを含む、方法である。
[2]第二の発明は、D-グルコースを構成単位糖とする水溶性食物繊維のエネルギー換算係数(kcal/g)を求める方法である。具体的には、
(ニ)前記水溶性食物繊維の1H-NMRスペクトルを得る工程と、
(ホ)前記各スペクトルにおいて、4.9~5.7ppmのケミカルシフト範囲(範囲A)にあるシグナル群のピーク面積と、4.4~4.9ppmのケミカルシフト範囲(範囲B)にあるシグナル群のピーク面積との合計面積における、範囲Bにあるシグナル群のピーク面積比(x)を算出する工程と、
(ヘ)前記xを前記1記載の方法により導出された算式に代入し、エネルギー換算係数(y)を求める工程とを含む、方法である。
[3]第三の発明は、前記[2]の方法において算式が以下である方法である。
数式: y=-0.0307x+2.1872(kcal/g)。 但し、0≦y≦2、かつ、x<71.244とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、煩雑な食物繊維量の定量測定や、費用と手間を要するヒト出納実験等を実施することなく、簡便に水溶性食物繊維素材のエネルギー量を求めることができることとなる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】「ニュートリオースFM06」の
1H-NMRのスペクトルを示す。
【
図2】各水溶性食物繊維素材のカロリー値と、その構成単位糖のD-グルコースの1位におけるβ結合の占める割合との相関性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の方法で利用できる「水溶性食物繊維」とは、D-グルコースを構成単位糖として重合する、水に溶解する性質を有する食物繊維をいい、例えば、難消化性デキストリン、ポリデキストロース、難消化性グルカン、イソマルトデキストリンなどが挙げられる。また、「水溶性食物繊維素材」とは、水溶性食物繊維を含んでなる素材をいい、少なくとも水溶性食物繊維を固形分当たり70質量%以上含有するものをいう。そして、その水溶性食物繊維量は、上述の『食品表示基準』における別添「栄養成分等の分析方法等」に記載されている高速液体クロマトグラフ法(酵素-HPLC法)に準じて測定することが出来る。
【0019】
本発明においては、水溶性食物繊維のβ結合の割合は、1H-NMR(核磁気共鳴、Nuclear Magnetic Resonanceの略)によって測定する。この1H-NMRによる測定(以下、「NMR法」ともいう。)とは、測定試料を重水(溶媒)に溶かし、NMR装置(原子核を磁場の中に入れて核スピンの共鳴現象を観測することにより物質の分子構造を原子レベルで解析できる装置)で1Hを観測原子核として測定したときに得られる1H-NMRスペクトルにおいて、β結合を反映するケミカルシフト範囲のピーク面積比を測定することをいう。このNMR装置の種類は特に限定されるものではないが、分離能の観点から、固体NMR装置より液体NMR装置を用いるのがよく、液体NMR装置としては、例えば日本電子株式会社製のECA-500が挙げられる。
【0020】
ここで、上述のNMR法をさらに詳細に説明するため、水溶性食物繊維の「ニュートリオースFM06」(ロケット社製)の
1H-NMRスペクトルを
図1に例示する。
図1のスペクトルにおいて、水溶性食物繊維の構成単位糖であるD-グルコースの1位の水素原子のうち、α結合しているものは約4.9~5.7ppmのケミカルシフト範囲(以下、「範囲A」という。)に、β結合しているものは約4.4~4.9ppmのケミカルシフト範囲(以下、「範囲B」という。)に帰属され、D-グルコースの2~6位の水素原子は、約3.2~4.2ppmのケミカルシフト範囲に帰属されると推定される。一般に、
1H-NMRで得られるスペクトルは、そのピーク面積が分子中の水素原子数に比例することが知られていることから、範囲A及び範囲Bにあるシグナル群のピーク面積における、範囲Bにあるシグナル群のピーク面積の割合を算出すれば、構成単位糖のD-グルコースの1位におけるβ結合の割合を算出できると考えられる。なお、
1H-NMRスペクトルのピーク面積は、NMRの解析ソフトを用いた積分によって算出することができ、例えば、日本電子株式会社製の「Delta5.3.0」を用いて積分、算出することができる。
【0021】
「カロリー」の定義は種々存在するが、本発明においては、栄養学における生理的熱量を指し、具体的には「ヒト若しくは動物が摂取する物の熱量又は人若しくは動物が代謝により消費する熱量」であって、単位「kcal」で表す。本発明においては、その熱量について、「カロリー値」、「エネルギー量」、「エネルギー値」などと表現するが、いずれも同義であり、食物繊維又は食物繊維素材1g当たりの熱量であることを強調したい場合は、「エネルギー換算係数」(kcal/g)ということもある。食物繊維素材の場合、その値は、ヒト又は動物が経口摂取した際に上部消化管において消化吸収されたグルコースのエネルギー量に加え、消化管において消化吸収されなかった未消化部分が大腸に到達して腸内細菌がこれを資化することで発生する短鎖脂肪酸のエネルギー量を合わせた値をさすことになる。なお、上述の『食品表示基準』の別添「栄養成分等の分析方法等」の「35 熱量 (6)食物繊維のエネルギー換算係数」において、そのカロリー値が公示された食物繊維のうち、D-グルコースを構成単位糖として水に対し溶解性を示す食物繊維は、ポリデキストロース、難消化性グルカン、難消化性デキストリンである。ヒト出納実験の結果、ポリデキストロース及び難消化性グルカンは、物質として0kcal/g、難消化性デキストリンは、物質として1kcal/gと公示されている。これら以外の、D-グルコースを構成単位糖として水に対し溶解性を示す食物繊維のカロリー値は、技術論文などにおいて実測値や推定値を知ることができ、その具体的数値は、以下の表1のとおりである。
【0022】
【0023】
次に、上述のNMR法により得られた水溶性食物繊維素材の構成単位糖D-グルコースの1位におけるβ結合の割合と、水溶性食物繊維素材のカロリー値との相関性は、ピアソンの相関係数rを用いることにより確認することができる(清水信博,“もう悩まない!論文が書ける統計”,有限会社オーエムエス出版,2004年9月30日,p.29-31)。具体的には、関係を調べたい両変数(β結合の割合と、水溶性食物繊維のカロリー値)の散布図を作成し、近似式の導出によって両者の間に関係が認められそうであれば、統計ソフトを用いてピアソンの相関係数rを算出する。相関係数rが0.0~±0.2の場合は「ほとんど相関関係がない」、±0.2~±0.4の場合は「弱い相関関係がある」、±0.4~±0.7の場合は「相関関係がある」、±0.7~±1.0の場合は「強い相関関係がある」と評価する。ここで、近似曲線は、例えば、簡便にはMicrosoft社製の表計算ソフトExcelのグラフ機能を用いて導出することができ、その両変数の関係(カロリー値とβ結合の割合の関係)は、統計解析ソフトIBM SPSS(IBM社製)を用い、ピアソンの相関係数検定によって評価することができる。
【0024】
以下、本発明の試験例を含め実施例について具体的に詳述するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0025】
水溶性食物繊維試料として、「ファイバリクサ」(株式会社林原製)、「ニュートリオースFM06」(ロケット社製)、「プロミター85」(Tate&Lyle社製)、「ライテスII」(ダニスコUSA社製)、「フィットファイバー」(日本食品化工株式会社製)について、1H―NMR法による測定を行った。その詳細な測定方法およびβ結合割合の算出方法は、以下のとおりである。
【0026】
(1)試料の調整
各試料10mgを重水0.6mLに溶解して試料溶液とした(なお、内部基準物質としてトリメチルシリルプロパン酸ナトリウム(TSP)を微量添加しておき、このTSP由来のスペクトルのピークを0ppmとした)。
【0027】
(2)NMR測定条件
試料溶液を外径5mmのNMR試料管に入れ、以下の条件の1H-NMR法で測定した。
装置:JNM-ECA500(日本電子株式会社製)
1H共鳴周波数:500MHz
測定温度:80℃
積算回数:32
【0028】
(3)D-グルコース1位におけるβ結合の割合の算出方法
上記の測定条件によって得られる
1H-NMRスペクトルの一例として、「ニュートリオースFM06」(ロケット社製)のスペクトルを
図1に示す。水溶性食物繊維の構成単位糖のD-グルコースの1位の水素原子のうち、α結合しているものは約4.9~5.7ppmのケミカルシフト範囲(範囲A)に、β結合しているものは約4.4~4.9ppmのケミカルシフト範囲(範囲B)に帰属され、D-グルコースの2~6位の水素原子は、約3.2~4.1ppmのケミカルシフト範囲に帰属されると推定されるため、範囲A及び範囲Bにあるシグナル群のピーク面積における、範囲Bにあるシグナル群のピーク面積の割合を、解析ソフト「Delta5.3.0」(日本電子株式会社製)を用いて算出し、「β結合の割合」とした。なお、「Delta5.3.0」を用いた解析では、「範囲A及び範囲Bにあるシグナル群のピーク面積」の積分値を100としたときの「範囲Bのピーク面積」の積分値比が、「β結合の割合」として算出されることとなる。
【0029】
次に、「ニュートリオースFM06」以外の水溶性食物繊維素材についても、上記手順と同様に1H-NMR法による測定を行った。「ライテスII」、「フィットファイバー」、「プロミター85」、「ニュートリオースFM06」、「ファイバリクサ」の順に、構成単位糖であるD-グルコースの1位に占めるβ結合の割合が多く、「ファイバリクサ」はそのほとんどがα結合であった。構成単位糖がD-グルコースで同じであっても、水溶性食物繊維の製造方法が異なるとその結合様式は異なるものとなり、D-グルコースの1位におけるβ結合の割合も異なることが分かった。
【0030】
【0031】
上述の1H-NMR測定に用いた水溶性食物繊維素材について、各製品のカロリー値について文献調査したところ、同じ水溶性食物繊維という範疇にあっても、カロリー値はそれぞれに異なっていた(先出の表1参照)。この数値の相違には、各水溶性食物繊維の構造の違い、とくに、構成単位糖のD-グルコースの1位におけるβ結合の割合がもっとも寄与していると考えられた。そこで、各水溶性食物繊維素材のカロリー値(y)と、構成単位糖のD-グルコースの1位におけるそのβ結合の占める割合(x)との間に相関性があるかについて検討した。
【0032】
検討した結果を
図2に示す。縦軸(y)に各水溶性食物繊維素材のカロリー値(kcal/g)を、横軸(x)にその水溶性食物繊維素材の構成単位糖のD-グルコースの1位におけるβ結合の割合をプロットし、導出された一次近似曲線の近似式を以下に示す。なお、以下の近似式は、Microsoft社製の表計算ソフトExcel2013のグラフ機能を使用して導出した。
【0033】
【0034】
次に、統計解析ソフトIBM SPSS Statistics Ver.26(IBM社製)を用い、ピアソンの相関係数検定によって上の近似式について評価したところ、カロリー値(y)とβ結合の割合(x)の間には、統計的に有意(p<0.05)な強い負の相関関係(r=-0.927)が認められた。よって、ピアソンの相関係数検定にいうr値が-0.7から-1.0の範囲にあって、x値とy値に「強い負の相関関係」が認められるときは、上の手順で導出された近似式は、水溶性食物繊維素材のカロリー値を簡便に求めるための式として用いることができると考えられる。なお、上述の『食品表示基準』によれば、食物繊維のエネルギー量は、0~2kcal/gと規定されるため、上の近似式におけるy値は0≦y≦2となるべきであり、x値が71.244を超える場合は適用できない。
【0035】
最後に、上の手順で得られた数式を用いて、D-グルコースを構成単位糖とする水溶性食物繊維素材のエネルギー量を、実測値に近い数値として得られるかについて検討した。D-グルコースを構成単位糖とする水溶性食物繊維素材である「ファイバーソル2」(松谷化学工業株式会社製)について、1H-NMR法を実施して得られたスペクトルからβ結合の割合(x)を算出し、この値を上の数式にあてはめてカロリー値を算出したところ、1.4kcal/gであった。これは、先出の表1に示される論文中の実測値(1.5kcal/g)とよく一致していた。
【0036】
以上より、水溶性食物繊維素材の構成単位糖のD-グルコースの1位におけるβ結合の占める割合を、1H-NMRにより測定して数値(x)として得れば、カロリー値(y)を簡便に得られることがわかった。1H-NMRによる測定は非常に簡便であるため、本発明の方法によれば、ヒト出納実験や呼気ガス試験と比較して極めて短時間・低コストでその水溶性食物繊維素材のカロリー値を知ることができる。すなわち、本発明は、簡便にエネルギー値を求めるための方法として非常に優れたものであり、産業上利用価値の高い方法といえる。