(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-04
(45)【発行日】2024-01-15
(54)【発明の名称】脂肪細胞を包む線維構造の線維化レベルの推定方法、推定装置及び推定プログラム、並びに、皮下組織の粘弾性の推定方法、推定装置及び推定プログラム
(51)【国際特許分類】
A61B 8/08 20060101AFI20240105BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240105BHJP
G01N 29/07 20060101ALI20240105BHJP
A61B 5/00 20060101ALI20240105BHJP
【FI】
A61B8/08
C12Q1/02
G01N29/07
A61B5/00 M
(21)【出願番号】P 2019097360
(22)【出願日】2019-05-24
【審査請求日】2022-03-29
(31)【優先権主張番号】P 2018108036
(32)【優先日】2018-06-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000113470
【氏名又は名称】ポーラ化成工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100137338
【氏名又は名称】辻田 朋子
(74)【代理人】
【識別番号】100196313
【氏名又は名称】村松 大輔
(72)【発明者】
【氏名】黒住 元紀
(72)【発明者】
【氏名】水越 興治
(72)【発明者】
【氏名】▲浜▼中 祥弘
【審査官】坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-228382(JP,A)
【文献】特表2007-507528(JP,A)
【文献】特表2009-539520(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 8/08
C12Q 1/02
A61B 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮下組織の粘弾性と超音波画像から得られた
皮下脂肪細胞の線維化レベルのヒストグラムの歪度の間の正の相関関係に基づく、線維化レベルが小さいほど粘弾性が大きい関係を利用して、前記皮下組織の粘弾性を指標として前記線維化レベルを推定することを特徴とする、前記線維化レベルの推定方法。
【請求項2】
前記の皮下組織の粘弾性が、エラストグラフィを用いて測定した粘弾性の測定値である、請求項1に記載の線維化レベルの推定方法。
【請求項3】
エラストグラフィを用いて測定した皮下組織の粘弾性の測定値を説明変数、超音波画像から得られた
皮下脂肪細胞の線維化レベルのヒストグラムの歪度の評価値を目的変数とする回帰式を用いて、前記皮下組織の粘弾性の測定値から前記線維化レベルを算出することを特徴とする、請求項1又は2に記載の線維化レベルの推定方法。
【請求項4】
前記粘弾性が皮下組織上層の粘弾性であることを特徴とする、請求項1~3の何れか一項に記載の線維化レベルの推定方法。
【請求項5】
皮下組織の粘弾性と超音波画像から得られた
皮下脂肪細胞の線維化レベルのヒストグラムの歪度の間の正の相関関係に基づく、線維化レベルが小さいほど粘弾性が大きい関係を利用して、前記皮下組織の粘弾性の測定値を指標として前記線維化レベルを推定する前記線維化レベルの推定装置であって、
前記相関関係を示す相関データを記憶する記憶手段と、
被験者の肌の皮下組織の粘弾性を、前記記憶手段に記憶された前記相関データと照合して、前記線維化レベルを算出する線維化レベル算出手段と、を備えることを特徴とする、前記線維化レベルの推定装置。
【請求項6】
皮下組織の粘弾性と超音波画像から得られた
皮下脂肪細胞の線維化レベルのヒストグラムの歪度の間の正の相関関係に基づく、線維化レベルが小さいほど粘弾性が大きい関係を利用して、前記皮下組織の粘弾性の測定値を指標として前記線維化レベルを推定する前記線維化レベルの推定プログラムであって、
コンピュータを、
被験者の肌の皮下組織の粘弾性を、前記相関関係を示す相関データと照合して、前記線維化レベルを算出する線維化レベル算出手段として、
機能させることを特徴とする、前記線維化レベルの推定プログラム。
【請求項7】
皮下組織の粘弾性と超音波画像から得られた
皮下脂肪細胞の線維化レベルのヒストグラムの歪度の間の正の相関関係に基づく、線維化レベルが小さいほど粘弾性が大きい関係を利用して、前記皮下脂肪細胞の線維化レベルを指標として皮下組織の粘弾性を推定することを特徴とする、皮下組織の粘弾性の推定方法。
【請求項8】
超音波画像から得られた
皮下脂肪細胞の線維化レベルのヒストグラムの歪度の評価値を説明変数、エラストグラフィを用いて測定した皮下組織の粘弾性の測定値を目的変数とする回帰式を用いて、前記皮下脂肪細胞の線維化レベルの評価値から皮下組織の粘弾性を算出することを特徴とする、請求項7に記載の粘弾性の推定方法。
【請求項9】
前記皮下脂肪細胞の線維化レベルを、超音波診断装置により測定することを特徴とする、請求項7又は8に記載の粘弾性の推定方法。
【請求項10】
超音波診断装置により皮下組織のエコー画像を取得し、該画像よりヒストグラムを生成し、皮下脂肪細胞の線維化レベルを該ヒストグラムの歪度として算出することを特徴とする、請求項9に記載の粘弾性の推定方法。
【請求項11】
前記粘弾性が皮下組織上層の粘弾性であることを特徴とする、請求項7~10の何れか一項に記載の粘弾性の推定方法。
【請求項12】
皮下組織の粘弾性と超音波画像から得られた
皮下脂肪細胞の線維化レベルのヒストグラムの歪度の間の正の相関関係に基づく、線維化レベルが小さいほど粘弾性が大きい関係を利用して、前記皮下脂肪細胞の線維化レベルを指標として皮下組織の粘弾性を推定する皮下組織の粘弾性の推定装置であって、
前記相関関係を示す相関データを記憶する記憶手段と、
被験者の皮下脂肪細胞の線維化レベルを、前記記憶手段に記憶された前記相関データと照合して、前記粘弾性を算出する粘弾性算出手段と、を備えることを特徴とする、前記皮下組織の粘弾性の推定装置。
【請求項13】
皮下組織の粘弾性と超音波画像から得られた
皮下脂肪細胞の線維化レベルのヒストグラムの歪度の間の正の相関関係に基づく、線維化レベルが小さいほど粘弾性が大きい関係を利用して、前記皮下脂肪細胞の線維化レベルを指標として皮下組織の粘弾性を推定する皮下組織の粘弾性推定プログラムであって、
コンピュータを、
被験者の皮下脂肪細胞の線維化レベルを、前記相関関係を示す相関データと照合して、
前記粘弾性を算出する粘弾性算出手段として、
機能させることを特徴とする、前記皮下組織の粘弾性推定プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は皮下組織の粘弾性を指標とする皮下脂肪細胞の線維化レベルの推定方法、推定装置及び推定プログラム、並びに、皮下組織の粘弾性の推定方法、推定装置及び推定プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
加齢に伴う肌の老化現象、すなわち皺、たるみ、しみなどの外見上の変化は、皮膚の内部構造の生理化学的変化に起因する。近年、このような肌の老化現象の抑制を目的として、皮膚の内部構造における加齢変化のメカニズム解明に関心が集まっている。
【0003】
皮膚は、大きく分けて表皮、真皮、そして皮下組織の3層よりなる。表皮はさらに角質層、顆粒層、有棘層及び基底層の4つの層に分類でき、下層に位置する真皮は乳頭層、乳頭下層及び網状層の3つの層に分類できる。これら表皮、真皮を支える役割を担うのが皮下組織である。
【0004】
皮下組織の大部分は脂肪細胞が集塊を形成した脂肪小葉から構成される皮下脂肪であり、保温や外力に対する緩衝作用などを有する。脂肪小葉はコラーゲン線維やエラスチン線維などの結合組織等によって周囲が網目状に取り囲まれることで、線維構造を形成する。
【0005】
皮膚の硬さなどを判断する手法として古くは触診が行われていたが、超音波エラストグラフィ技術(例えば特許文献1)の発展により、皮膚を構成するそれぞれの層の物理学的特性、とりわけ粘弾性の定量的測定が可能となっている。
【0006】
ところで、体組織の線維化を病理的に診断する方法として、生体組織診断(いわゆる「生検」)が一般に行われる。しかし、生検は被検者への侵襲を伴うことから頻回に行うことは困難であった。超音波エラストグラフィを原理とした「フィブロスキャン」では、肝線維化の評価を非侵襲的に行うことが可能であると開示されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特表2009-539528号公報
【文献】国際公開2011/081214号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の解決しようとする課題は、肌の内部の物理的測定値から、皮下組織の粘弾性又は脂肪細胞を包む線維構造の線維化レベルの推定を可能とする、新規な技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らの鋭意研究の結果、皮下組織に存在する皮下脂肪細胞を包むコラーゲン線維が、加齢とともに線維化することが明らかとなった。そして、さらなる解析の結果、本発明者らは皮下組織の粘弾性と脂肪細胞を包む線維構造の線維化レベルとの間には相関関係があることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、上記課題を解決する本発明は、皮下組織の粘弾性と、皮下脂肪細胞の線維化レベルと、の間の相関関係を利用して、前記皮下組織の粘弾性を指標として前記線維化レベルを推定することを特徴とする、前記線維化レベルの推定方法である。
本発明によれば、皮下組織の粘弾性という物理特性から、皮下脂肪細胞の線維化レベルを推定することができる。
【0011】
本発明の好ましい形態では、皮下組織の粘弾性の測定値を説明変数、皮下脂肪細胞の線維化レベルの評価値を目的変数とする回帰式を用いて、前記皮下組織の粘弾性の測定値から前記線維化レベルを算出することを特徴とする。
予め用意した回帰式を用いることで、より正確に皮下脂肪細胞の線維化レベルを推定することができる。
【0012】
本発明の好ましい形態では、前記皮下組織の粘弾性を、超音波エラストグラフィにより測定することを特徴とする。
これにより、非侵襲的かつ定量的に皮下組織の粘弾性の測定結果を得ることができ、より精度よく皮下脂肪細胞の線維化レベルを推定することができる。
【0013】
本発明の好ましい形態では、前記粘弾性が皮下組織上層の粘弾性であることを特徴とする。
特に皮下組織上層の粘弾性を指標とすることで、より正確に皮下脂肪細胞の線維化レベルを推定することができる。
【0014】
また、本発明は、皮下組織の粘弾性と、皮下脂肪細胞の線維化レベルと、の間の相関関係を利用して、前記皮下組織の粘弾性を指標として前記線維化レベルを推定する線維化レベルの推定装置にも関する。
本発明の線維化レベル推定装置は、
前記相関関係を示す相関データを記憶する記憶手段と、
被験者の肌の皮下組織の粘弾性を、記憶手段に記憶された前記相関データと照合して、前記線維化レベルを算出する線維化レベル算出手段と、を備えることを特徴とする。
【0015】
また、本発明は、皮下組織の粘弾性と、皮下脂肪細胞の線維化レベルと、の間の相関関係を利用して、前記皮下組織の粘弾性を指標として前記線維化レベルを推定する線維化レベルの推定プログラムにも関する。
本発明の線維化レベル推定プログラムは、
コンピュータを、
被験者の肌の皮下組織の粘弾性を、前記相関関係を示す相関データと照合して、前記線維化レベルを算出する線維化レベル算出手段として、
機能させることを特徴とする。
【0016】
また、本発明は、皮下組織の粘弾性と、皮下脂肪細胞の線維化レベルと、の間の相関関係を利用して、前記皮下脂肪細胞の線維化レベルを指標として皮下組織の粘弾性を推定することを特徴とする、皮下組織の粘弾性の推定方法にも関する。
本発明は、上述した皮下脂肪細胞の線維化レベルの推定方法と表裏をなすものである。本発明によれば、皮下脂肪細胞の線維化レベルという生理学的・解剖学的特性から、皮下組織の粘弾性を推定することができる。
【0017】
本発明の好ましい形態では、皮下脂肪細胞の線維化レベルの評価値を説明変数、皮下組織の粘弾性の測定値を目的変数とする回帰式を用いて、前記皮下脂肪細胞の線維化レベルの評価値から皮下組織の粘弾性を算出することを特徴とする。
予め用意した回帰式を用いることで、より正確に皮下組織の粘弾性を推定することができる。
【0018】
本発明の好ましい形態では、前記皮下脂肪細胞の線維化レベルを、超音波診断装置により測定することを特徴とする。
これにより、非侵襲的かつ定量的に皮下脂肪細胞の線維化レベルの測定結果を得ることができ、より精度よく皮下組織の粘弾性を推定することができる。
【0019】
本発明の好ましい形態では、超音波診断装置により皮下組織のエコー画像を取得し、該画像よりヒストグラムを生成し、皮下脂肪細胞の線維化レベルを該ヒストグラムの歪度として算出することを特徴とする。
ヒストグラムから算出した歪度を指標とすることで、皮下脂肪細胞の線維化レベルを客観的に評価することができ、より精度よく皮下組織の粘弾性を推定することができる。
【0020】
本発明の好ましい形態では、前記粘弾性が皮下組織上層の粘弾性であることを特徴とする。
本発明は、特に皮下組織上層の粘弾性の推定に有用である。
【0021】
また、本発明は、皮下組織の粘弾性と、皮下脂肪細胞の線維化レベルと、の間の相関関係を利用して、前記皮下脂肪細胞の線維化レベルを指標として皮下組織の粘弾性を推定する皮下組織の粘弾性の推定装置にも関する。
本発明の粘弾性推定装置は、
前記相関関係を示す相関データを記憶する記憶手段と、
被験者の皮下脂肪細胞の線維化レベルを、前記記憶手段に記憶された前記相関データと照合して、前記粘弾性を算出する粘弾性算出手段と、を備えることを特徴とする。
【0022】
また、本発明は、皮下組織の粘弾性と、皮下脂肪細胞の線維化レベルと、の間の相関関係を利用して、前記皮下脂肪細胞の線維化レベルを指標として皮下組織の粘弾性を推定する皮下組織の粘弾性の推定プログラムにも関する。
本発明の粘弾性推定プログラムは、
コンピュータを、
被験者の皮下脂肪細胞の線維化レベルを、前記相関関係を示す相関データと照合して、前記粘弾性を算出する粘弾性算出手段として、
機能させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、皮下組織の粘弾性から、皮下脂肪細胞の線維化レベルを推定することができる。
また、本発明によれば、皮下脂肪細胞の線維化レベルから、皮下組織の粘弾性を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の線維化レベル推定装置の一実施形態を示すハードウェアブロック図である。
【
図2】本発明の粘弾性推定装置の一実施形態を示すハードウェアブロック図である。
【
図3】皮下脂肪細胞の線維化の程度を評価するために用いた、電子顕微鏡により取得された基準写真である。線維化の進行の程度が最も低いものがスコア1の写真であり、線維化の進行の程度が最も高いものがスコア5の写真である。
【
図4】9名のドナーの皮下脂肪細胞を観察し、基準写真をもとにスコアをつけた結果を表す散布図である。
【
図5】エラストグラフィ解析によって得られた、皮膚の内部断面における粘弾性の分布を表すイメージング画像である。
【
図6】超音波解析によって得られた、皮下脂肪層における線維化状態を表す画像、及び画像処理により得られたヒストグラムである。(A)は線維化の程度が低い画像、(B)は線維化の程度が高い画像を表す。また、(C)は(A)に対応するヒストグラムの歪度が大きい画像、(D)は(B)に対応するヒストグラムの歪度が小さい画像を表す。
【
図7】試験例2の解析結果についての回帰分析の結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
<1>皮下脂肪細胞の線維化レベルの推定方法
以下、本発明の実施の形態について詳述する。
皮下組織の粘弾性(以下、単に粘弾性ともいう)と脂肪細胞を包む線維構造の線維化レベル(以下、単に線維化レベルともいう)との間には、負の相関関係が成立する。つまり、線維化レベルが小さいほど、粘弾性が大きい関係にある。
本発明は、かかる相関関係を利用して粘弾性から脂肪細胞を包む線維構造の線維化レベルを推定する。
【0026】
皮下組織は、粘弾性が略均一な部分ごとに、深さ方向について大きく3つの層に分類することができる。具体的には、皮下組織を深さ方向に1:2:1の比率で分割したとき、一番上に位置する層(真皮に接する層)のことを皮下組織上層という。
本発明においては、真皮に最も近い層である皮下組織上層の粘弾性を指標とすることが好ましい。
【0027】
上記相関関係は好ましくは式またはモデルで示される。式またはモデルとしては、単回帰式又は単回帰モデルが好ましく挙げられる。
【0028】
粘弾性は、粘性と弾性の両方を合わせた性質のことをいう。したがって、粘弾性の評価に当たっては粘性と弾性の両方を評価することになる。しかし、生体組織においては粘性と弾性を明確に区別することは困難であり、粘弾性は主として弾性率(ヤング率)により評価されることが一般的である。
また、フックの法則(下記式1)に基づき、粘弾性を「ひずみ」により評価してもよい。
【0029】
【0030】
そのため、本発明において指標とされる粘弾性は、弾性率(ヤング率)又はひずみとして算出される形態としてもよい。
上述の回帰式又は回帰モデルの作成に当たっても、説明変数を皮下組織のヤング率又はひずみ、目的変数を線維化レベルと置いてよい。
【0031】
皮下脂肪細胞は、皮下組織の大部分を構成する脂肪細胞を指す。脂肪細胞は集塊を形成し、コラーゲンやエラスチンなどの結合組織にその周囲が網目状に包まれた脂肪小葉として存在する。
【0032】
脂肪小葉の周囲には、さらに血管や神経が網目状に走行し、栄養物質や老廃物の運搬が行われる。このように、脂肪小葉が結合組織や血管などにより網目状に取り囲まれることで形成される分葉状の構造を、脂肪細胞を包む線維構造と呼ぶ。脂肪細胞を包む線維構造は、脂肪小葉それ自体を形成する線維構造全体、或いは個々の脂肪細胞の周囲に存在する結合組織の部分的な局所構造のように、異なる構成単位に分けることができる。
本発明による皮下脂肪細胞の線維化レベルの推定方法は、特に、個々の脂肪細胞の周囲に存在する線維構造の線維化レベルの推定に有用である。
【0033】
ここで、線維化とは、組織を取り巻くコラーゲンの異常な増加やコラーゲン線維同士が架橋することにより、組織が硬くなる現象のことをいう。
線維化の要因としてはコラーゲンそのものの発現量の増加や、コラーゲン線維構造の架橋反応に関わる遺伝子の発現量の増加が想定できる。
本明細書において線維化レベルとは、線維化の進行度ないし程度のことをいう。
【0034】
皮下組織の粘弾性は超音波エラストグラフィにより測定することができる。超音波エラストグラフィの手法としては、外部から応力σを加えて肌を変形させてひずみε測定し、フックの法則よりヤング率Eを求めるストレイン・イメージングや、肌にせん断波を伝搬させ、その伝搬速度CSを測定することでヤング率Eを求めるシアウェーブ・イメージングなど公知の手法を制限なく用いることができる。
【0035】
超音波エラストグラフィ装置としては、例えば日立製作所製「ARIETTA E70」や「Noblus」、シーメンスヘルスケア製「アキュソンS2000e」などを用いることができる。
【0036】
超音波エラストグラフィによれば、肌の内部断面における粘弾性(ヤング率(機種によってはひずみ))の分布を画像として得ることができる。本発明の実施に当たっては皮下組織に不均一に分布する粘弾性の平均を測定値として用いてもよい。
【0037】
皮下組織の粘弾性の測定に当たっては、皮下組織を深さ方向について上層、中層、下層の3層に分け、それぞれの層における粘弾性の平均を求める形態とすることが好ましい。特に皮下組織上層の粘弾性の平均を測定値として用いて、皮下脂肪細胞の線維化レベルを推定する実施の形態とすることが好ましい。
【0038】
<2>皮下組織の粘弾性の推定方法
上述したとおり、皮下組織の粘弾性と脂肪細胞を包む線維構造の線維化レベルとの間には、負の相関関係が成立する。本発明は、かかる相関関係を利用して線維化レベルから皮下組織の粘弾性を推定する。
上記相関関係は好ましくは式またはモデルで示される。式またはモデルとしては、単回帰式又は単回帰モデルが好ましく挙げられる。
【0039】
線維化レベルの評価方法は特に限定されない。
侵襲的な方法としてはフォトスケールを用いて相対的な評価値を算出する方法が挙げられる。より詳しくは、予め線維化レベルの異なる皮下脂肪細胞の画像を複数用意する。これを基準写真として、被験者より採取した皮下脂肪細胞の画像に評点をつける。
【0040】
侵襲的な方法は被験者に負担を強いることになるため、好ましくは非侵襲的な方法で皮下脂肪細胞の線維化レベルを評価する。
非侵襲的な方法としては、超音波を用いる方法が挙げられる。より詳しくは、超音波により得られた皮膚の断層面の画像から、皮下脂肪層部分を切り出し、解析用画像とする。取得した解析用画像について、画像処理ソフトウェアを用いて得られる特徴量から線維化レベルを評価することができる。
このような特徴量としては、画像をグレースケール化、ヒストグラム化、二値化などして算出されるパラメータが例示できる。
【0041】
本発明においては、解析用画像をヒストグラム化し、このヒストグラムの歪度を線維化レベルの評価値として採用することが好ましい。
歪度の小さいヒストグラム(略正規分布を示す)はひずみが小さいことを表すため、皮下脂肪細胞の線維化レベルが高い状態であると判る。反対に、歪度の大きいヒストグラム(非正規分布を示す)からは皮下脂肪細胞の線維化レベルが低い状態であると判別可能となる。
【0042】
画像処理ソフトウェアはオープンソースの「ImageJ」など公知の何れのソフトウェアを用いてもよい。
【0043】
線維化レベルを評価するために用いる超音波装置は、上述した皮下組織の粘弾性測定の用に供するものと同一のものを用いることができる。
【0044】
なお、上記<1>項目及び本項目において、推定のための指標としての粘弾性又は線維化レベルの測定ないし評価の方法を説明した。この説明は、回帰式又は回帰モデルを作成するための粘弾性又は線維化レベルの測定ないし評価の方法にも妥当する。
【0045】
<3>皮下脂肪細胞の線維化レベルの推定装置
以下、皮下脂肪細胞の線維化レベルの推定装置について
図1を参照しながら説明を加える。なお、本発明の皮下脂肪細胞の線維化レベルの推定装置は、上記<1>の項目で説明した皮下脂肪細胞の線維化レベルの推定方法を実施するための装置である。したがって、上記<1>の項目の説明は、以下の皮下脂肪細胞の線維化レベルの推定装置に関しても妥当する。
【0046】
本発明の皮下脂肪細胞の線維化レベルの推定装置1は、皮下組織の粘弾性と皮下脂肪細胞の線維化レベルとの相関関係を示す線維化レベル相関データを記憶する記憶手段121と、被験者の肌の皮下組織の粘弾性を、記憶手段121に記憶された線維化レベル相関データと照合して、前記線維化レベルを算出する線維化レベル算出手段112と、を備える。
【0047】
図1に示すように、皮下脂肪細胞の線維化レベルの推定装置1は、粘弾性測定部13、記憶手段121を備えるROM(Read Only Memory)12、線維化レベル算出手段112を備えるCPU(Central Processing Unit)11、及び線維化レベル表示部14を有している。
【0048】
本発明の好ましい実施の形態では、粘弾性測定部13により測定された被験者の肌の皮下組織の粘弾性を数値化する数値化手段111を備えることが好ましい。CPU11が数値化手段111を備える。
【0049】
線維化レベル表示部14は、線維化レベル算出手段112が算出した皮下脂肪細胞の線維化レベルの推定値を表示するディスプレイである。
【0050】
このような構成とした本発明の皮下脂肪細胞の線維化レベルの推定装置1は、被験者の肌の皮下組織の粘弾性を測定するだけで、容易に被験者の皮下脂肪細胞の線維化レベルを算出することができる。
【0051】
なお、他の実施形態では、粘弾性測定部13及び数値化手段111に代えて、別途測定した粘弾性の測定値を入力する、粘弾性入力部を備えていてもよい。
【0052】
<4>皮下脂肪細胞の線維化レベルの推定プログラム
本発明は上述の皮下脂肪細胞の線維化レベルの推定方法をコンピュータに実行させる皮下脂肪細胞の線維化レベルの推定プログラムにも関する。本発明のプログラムは、上述した本発明の線維化レベルの推定装置に含まれるCPUにおける各手段に対応するため、
図1の符号を付しながら説明する。
【0053】
本発明の皮下脂肪細胞の線維化レベルの推定プログラムは、被験者の肌の皮下組織の粘弾性を、皮下組織の粘弾性と皮下脂肪細胞の線維化レベルとの相関関係を示す線維化レベル相関データと照合して、前記線維化レベルを算出する線維化レベル算出手段112として、コンピュータを機能させることを特徴とする。
【0054】
本発明の線維化レベルの推定プログラムは、
図1のブロック図に示すように、コンピュータを数値化手段111として機能させるように構成することが好ましい。
【0055】
<5>皮下組織の粘弾性の推定装置
以下、皮下組織の粘弾性の推定装置について
図2を参照しながら説明を加える。なお、本発明の皮下組織の粘弾性の推定装置は、上記<2>の項目で説明した皮下組織の粘弾性の推定方法を実施するための装置である。したがって、上記<2>の項目の説明は、以下の皮下組織の粘弾性の推定装置に関しても妥当する。
【0056】
本発明の皮下組織の粘弾性の推定装置2は、皮下組織の粘弾性と皮下脂肪細胞の線維化レベルとの相関関係を示す粘弾性相関データを記憶する記憶手段221と、被験者の皮下脂肪細胞の線維化レベルを、記憶手段221に記憶された粘弾性相関データと照合して、前記粘弾性を算出する粘弾性算出手段212と、を備える。
【0057】
図2に示すように、皮下組織の粘弾性の推定装置2は、線維化レベル測定部23、記憶手段221を備えるROM22、粘弾性算出手段212を備えるCPU21、及び粘弾性表示部24を有している。
【0058】
本発明の好ましい実施の形態では、線維化レベル測定部23により測定された被験者の皮下脂肪細胞の線維化レベルを数値化する数値化手段211を備えることが好ましい。CPU21が数値化手段211を備える。
【0059】
粘弾性表示部24は、粘弾性算出手段212が算出した皮下組織の粘弾性の推定値を表示するディスプレイである。
【0060】
このような構成とした本発明の皮下組織の粘弾性の推定装置2は、被験者の皮下脂肪細胞の線維化レベルを測定するだけで、容易に被験者の皮下組織の粘弾性を算出することができる。
【0061】
なお、他の実施形態では、線維化レベル測定部23及び数値化手段211に代えて、別途測定した線維化レベルの測定値を入力する、線維化レベル入力部を備えていてもよい。
【0062】
<6>皮下組織の粘弾性の推定プログラム
本発明は上述の皮下組織の粘弾性の推定方法をコンピュータに実行させる皮下組織の粘弾性の推定プログラムにも関する。本発明のプログラムは、上述した本発明の粘弾性推定装置に含まれるCPUにおける各手段に対応するため、
図2の符号を付しながら説明する。
【0063】
本発明の皮下組織の粘弾性の推定プログラムは、被験者の皮下脂肪細胞の線維化レベルを、皮下組織の粘弾性と皮下脂肪細胞の線維化レベルとの相関関係を示す粘弾性相関データと照合して、前記粘弾性を算出する粘弾性算出手段212として、コンピュータを機能させることを特徴とする。
【0064】
本発明の粘弾性推定プログラムは、
図2のブロック図に示すように、コンピュータを数値化手段211として機能させるように構成することが好ましい。
【実施例】
【0065】
<試験例1>加齢に伴うコラーゲン構造の変化の観察
20才以上の9名のドナーより提供された皮下組織における皮下脂肪細胞を走査型電子顕微鏡により撮影した。この電子顕微鏡写真を熟練の評価者に評価させ、皮下脂肪細胞の線維化の程度について1~5のスコアをつけさせた。評価は、線維化の進行度が異なる5段階の基準写真(
図3)を基準として行わせた。結果を
図4に示す。
【0066】
図4に示すように、ドナーの年齢と皮下脂肪細胞の線維化の程度が有意に相関した。この結果は、加齢に伴い皮下脂肪細胞の線維化が進行することを示している。
【0067】
<試験例2>エラストグラフィによる皮膚内部物性の解析
140名の被験者に対し、エラストグラフィ(日立製作所)を用いて皮膚内部のエラストグラフィ画像を取得し、粘弾性を測定した(
図5)。なお、粘弾性の測定については、測定エリアを皮膚の表層部分(真皮)と、皮下組織上層、皮下組織中層及び皮下組織下層の合計4層に分け、層別の相対的な粘弾性を算出した。皮下組織上層、皮下組織中層及び皮下組織下層については、皮下組織を深さ方向において1:2:1の比率で分割することで設定した。
【0068】
また、同一被験者の超音波画像から皮下脂肪部分を切り出し、これを解析用画像として画像解析ソフト(ImageJ)を使用してヒストグラムを作成した。このヒストグラムについて、画像解析ソフト(ImageJ)を使用して歪度を算出した(
図6)。なお、
図6に示すヒストグラムにおいては、線維化の程度が低い画像を表す左図の歪度は1.62、線維化の程度が高い画像を表す右図の歪度は0.84であった。
【0069】
<試験例3>回帰分析
試験例2で得られた皮下組織上層の粘弾性の測定値と、同試験で得られた皮下脂肪細胞の線維化レベルを示す歪度について回帰分析を行った。結果を
図7に示す。
図7に示すように、皮下組織の粘弾性と、皮下脂肪層の超音波画像のヒストグラムの歪度の間には正の相関関係が成立する。
線維化レベルが高ければ前記歪度は小さくなるため、
図7に示す結果は、皮下組織の粘弾性と、皮下脂肪細胞の線維化レベルとの間には負の相関関係が成立することが明らかとなった。
【0070】
この結果より、皮下組織の粘弾性を指標として、皮下脂肪細胞の線維化レベルを推定できることが示された。同様に、皮下脂肪細胞の線維化レベルを指標として、皮下組織の粘弾性を推定できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明は肌解析技術に応用することができる。
【符号の説明】
【0072】
1 線維化レベル推定装置
11 CPU
111 数値化手段
112 線維化レベル算出手段
12 ROM
121 記憶手段
13 粘弾性測定部
14 線維化レベル表示部
2 粘弾性推定装置
21 CPU
211 数値化手段
212 粘弾性算出手段
22 ROM
221 記憶手段
23 線維化レベル測定部
24 粘弾性表示部