(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-04
(45)【発行日】2024-01-15
(54)【発明の名称】プーリ構造体
(51)【国際特許分類】
F16H 55/36 20060101AFI20240105BHJP
F02B 67/06 20060101ALI20240105BHJP
【FI】
F16H55/36 Z
F02B67/06 D
(21)【出願番号】P 2020184232
(22)【出願日】2020-11-04
【審査請求日】2022-10-17
(31)【優先権主張番号】P 2019214358
(32)【優先日】2019-11-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006068
【氏名又は名称】三ツ星ベルト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001841
【氏名又は名称】弁理士法人ATEN
(72)【発明者】
【氏名】團 良祐
【審査官】前田 浩
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-045735(JP,A)
【文献】特開2006-189104(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 55/36
F02B 67/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベルトが巻回される筒状の外回転体と、
前記外回転体の径方向の内側に設けられ、前記外回転体に対して前記外回転体と同一の回転軸を中心として相対回転可能な内回転体と、
前記外回転体と前記内回転体との間に配置されたコイルばねと、を備え、
前記コイルばねは、拡径方向にねじり変形した際に、前記外回転体と前記内回転体との間でトルクを伝達し、縮径方向にねじり変形した際に、前記外回転体と前記内回転体との間でのトルクの伝達を遮断し、かつ、
前記コイルばねの拡径により、前記コイルばねの自由部分が拡径方向に過大にねじり変形したときに、前記コイルばねのそれ以上の拡径方向のねじり変形が規制され、前記外回転体及び前記内回転体が前記コイルばねと一体的に回転するロック機構を有するプーリ構造体において、
前記外回転体と前記コイルばねとの間に設けられた弾性スリーブをさらに備え、
前記コイルばねの拡径により、前記コイルばねの前記自由部分が前記弾性スリーブを介して前記外回転体に当接し、
前記ロック機構が作動する際に、前記弾性スリーブは、前記径方向に圧縮弾性変形し、且つ、
前記弾性スリーブは、前記外回転体及び前記内回転体が回転していない状態において、前記外回転体の内周面における、前記コイルばねの自由部分と前記径方向に対向する部分に接触し、
前記弾性スリーブの外周面に、凸部が設けられ、
前記外回転体の内周面に、前記凸部と凹凸嵌合可能な凹部が設けられたことを特徴とする、プーリ構造体。
【請求項2】
前記弾性スリーブは、合成ゴム製であることを特徴とする、
請求項1に記載のプーリ構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コイルばねを備えたプーリ構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等のエンジンの動力によってオルタネータ等の補機を駆動する補機駆動ユニットでは、オルタネータ等の補機の駆動軸に連結されるプーリと、エンジンのクランク軸に連結されるプーリにわたってベルトが掛け渡され、このベルトを介してエンジンのトルクが補機に伝達される。特に、他の補機に比べて大きな慣性を有するオルタネータの駆動軸に連結されるプーリには、クランク軸の回転変動を吸収できる、例えば特許文献1~3のプーリ構造体が用いられる。
【0003】
特許文献1~3のプーリ構造体は、外回転体と、外回転体の内側に設けられ且つ外回転体に対して相対回転可能な内回転体とを含み、外回転体に巻回されるベルトのスリップ防止等の観点から、外回転体と内回転体との間に、トルクを一方向に伝達又は遮断する一方向クラッチが設けられている。一方向クラッチで、外回転体(ベルトを介してクランク軸等の駆動軸と連結)と内回転体(軸を介して補機等被駆動体に連結)とを相対回転させることにより、外回転体と内回転体の回転速度差を吸収する。例えば、特許文献1,2では、一方向クラッチとして、ねじりコイルばねを含むコイルばね式クラッチが設けられている。特許文献3では、一方向クラッチとして、ローラを含むローラ式クラッチが設けられている。
【0004】
さらに、特許文献1~3のプーリ構造体は、一方向クラッチへの過負荷を防止するため、エンジンの冷間始動時等において外回転体に過大なトルクが入力された際に、一方向クラッチが外回転体に強く摩擦係合した状態(ロック状態)となり、2つの回転体が一方向クラッチとともに一体的に回転する機構(以下、ロック機構という。)を有する。例えば、特許文献1,2では、コイルばねの自由部分(外周面)が外回転体と強く摩擦係合したときに、ロック状態となる。特許文献3では、ころ(ローラ)の円筒面(外周面)が外回転体(外輪のカム面)と強く摩擦係合したときに、ロック状態となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2017-201210号公報
【文献】特許第5057997号公報
【文献】特開平11-287311号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来(特許文献1)のプーリ構造体は、
図17に示すように、エンジンの冷間始動時等において、外回転体に過大なトルクが入力され、コイルばねの自由部分が拡径し、コイルばねの自由部分(外周面)が外回転体の内周面(環状面)に当接したときに、瞬間的にロック機構が作動し、コイルばねのそれ以上の拡径方向のねじり変形が規制(阻止、停止)される。
【0007】
そのため、ロック機構の作動時に、コイルばねによる減衰が急激に失われ、外回転体からトルク入力側のベルトに衝撃荷重(過大な回転制動力)が作用し、ベルト張力が過大に上昇してしまう。例えば、自動車エンジンの補機駆動ベルトシステム備わるプーリ構造体において、このロック機構の作動及びベルト張力の過大な上昇が過度に繰り返されると、ベルトシステムの耐久性が低下し、ベルトが輪断(心線切断)したり、各補機に備わる軸受が破損したり、あるいは、オルタネータ等の駆動軸と内回転体との嵌合(蝶合)部分が増し締まることにより当嵌合部分が損傷してしまう虞がある。
【0008】
本発明は、コイルばねの拡径方向のねじり変形を規制するロック機構を有するプーリ構造体において、比較的簡単な構成で、ロック機構が作動する際のベルト張力の過大な上昇を抑制できるプーリ構造体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のプーリ構造体は、ベルトが巻回される筒状の外回転体と、前記外回転体の径方向の内側に設けられ、前記外回転体に対して前記外回転体と同一の回転軸を中心として相対回転可能な内回転体と、前記外回転体と前記内回転体との間に配置されたコイルばねと、を備え、前記コイルばねは、拡径方向にねじり変形した際に、前記外回転体と前記内回転体との間でトルクを伝達し、縮径方向にねじり変形した際に、前記外回転体と前記内回転体との間でのトルクの伝達を遮断し、かつ、前記コイルばねの拡径により、前記コイルばねの自由部分が拡径方向に過大にねじり変形したときに、前記コイルばねのそれ以上の拡径方向のねじり変形が規制され、前記外回転体及び前記内回転体が前記コイルばねと一体的に回転するロック機構を有するプーリ構造体において、前記外回転体と前記コイルばねとの間に設けられた弾性スリーブをさらに備え、前記コイルばねの拡径により、前記コイルばねの前記自由部分が前記弾性スリーブを介して前記外回転体に当接し、前記ロック機構が作動する際に、前記弾性スリーブは、前記径方向に圧縮弾性変形することを特徴とする。
【0010】
上記の構成によれば、弾性スリーブがその厚み方向に圧縮弾性変形した状態でロック機構が作動する。そのため、ロック機構が作動する際に、コイルばねによる減衰が急激には失われず、外回転体からトルク入力側のベルトに作用する衝撃荷重(過大な回転制動力)が緩和される。その分、ロック機構の作動時に、ベルト張力が過大に上昇するのを抑制できる。また、プーリ構造体の従来の基本構成に弾性スリーブを追加するという比較的簡単な構成で、ロック機構の作動時に、ベルトに作用する衝撃荷重を緩和し、ベルト張力が過大に上昇するのを抑制できる。
【0011】
ここで、本明細書において「ベルト張力」とは、ベルト走行中のベルト張力であって、所謂「動的ベルト張力」を指す。動的ベルト張力は、例えば、以下のようにして得ることができる。即ち、動的ベルト張力測定用のセンサ(歪ゲージ等)を備えたタッチプーリをベルトシステム上の張り側ベルトスパン間に仮設置したエンジンベンチ試験機を用いて、ベルト走行中のベルト張力(動的ベルト張力)を連続的に計測する。当該計測によりベルト走行中のベルト張力(動的ベルト張力)の時系列変化を示すグラフを得る。この得られたグラフから動的ベルト張力を読み取ることができる。以上のように、本明細書における「ベルト張力」は、ベルトが停止した状態で測定される単なるベルト張力とは区別される。
【0012】
本発明のプーリ構造体において、前記弾性スリーブは、前記外回転体及び前記内回転体が回転していない状態において、前記外回転体の内周面における、前記コイルばねの自由部分と前記径方向に対向する部分に接触していてもよい。ここで、弾性スリーブが、外回転体及び内回転体が回転していない状態において、外回転体の内周面における、コイルばねの自由部分と径方向に対向する部分に接触していない場合には、プーリ構造体の作動中、コイルばねが過大に拡径変形し、ロック機構が作動する度に、外回転体の径方向における弾性スリーブの位置関係が変化することで、コイルばねとともに、弾性スリーブの拡径変形及び縮径変形が繰り返されることになる。これに対して、上記の構成によれば、プーリ構造体の作動中、外回転体に対する弾性スリーブの径方向に関する位置関係が終始変化しない態様に保持される。そのため、ロック機構が作動する度に弾性スリーブの拡径変形及び縮径変形が繰り返されることはない。その結果として、弾性スリーブの品質をより確保し易くなる。
【0013】
本発明のプーリ構造体において、前記弾性スリーブの外周面に、凸部が設けられ、前記外回転体の内周面に、前記凸部と凹凸嵌合可能な凹部が設けられていてもよい。上記の構成によれば、弾性スリーブがコイルばねの自由部分と径方向に対向する外回転体の内周面に凹凸嵌合可能に装着される。このため、弾性スリーブが単純な円筒形状である場合と比べて、回転軸方向に関する弾性スリーブの位置決めを確実に行うことができる。その分、弾性スリーブの品質をより確保し易くなる。
【0014】
本発明のプーリ構造体において、前記弾性スリーブは、前記外回転体及び前記内回転体が回転していない状態において、縮径方向の自己弾性復元力によって前記コイルばねにおける前記自由部分の外周面に接触していてもよい。上記の構成によれば、弾性スリーブは、径方向に伸ばして、コイルばねにおける自由部分の外周面に接触するように装着される。このため、装着後の弾性スリーブは、終始、コイルばねにおける自由部分の外周面に接触した態様に保持されつつ、軸方向に隣り合うばね線間の隙間部分に対向する部分が、軸方向に隣り合うばね線間の隙間部分にやや食い込んだ態様に保持される。そのため、弾性スリーブを回転軸方向に対して位置決めするための加工をプーリ構造体に施す必要がなく、その分、プーリ構造体をより簡単な構成にできる。
【0015】
本発明のプーリ構造体において、前記弾性スリーブは、合成ゴム製であってもよい。上記の構成によれば、弾性スリーブが耐熱性、耐油性等に優れたものとなる。その結果として、自動車エンジンの補機駆動用ベルトシステムに備わるプーリ構造体として好適に供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、第1実施形態のプーリ構造体の断面図である。
【
図3】
図3は、
図1のIII-III線に沿った断面図である。
【
図6】
図6は、
図1に示すプーリ構造体のねじりコイルばねのねじり角度とねじりトルクとの関係を示すグラフである。
【
図7】
図7は、
図1に示すプーリ構造体のねじりコイルばねの自由部分の拡径を示す部分断面図である。
【
図8】
図8は、
図1に示すプーリ構造体のねじりコイルばねの自由部分の拡径を示す部分断面図である。
【
図9】
図9は、第2実施形態のプーリ構造体の断面図である。
【
図12】
図12は、エンジンベンチ試験機の概略構成図である。
【
図13】
図13は、エンジンベンチ試験機の概略構成図である。
【
図14】
図14は、実施例1のプーリ構造体のエンジン冷間始動時における動的ベルト張力の時系列変化を示すグラフである。
【
図15】
図15は、実施例2のプーリ構造体のエンジン冷間始動時における動的ベルト張力の時系列変化を示すグラフである。
【
図16】
図16は、比較例1のプーリ構造体のエンジン冷間始動時における動的ベルト張力の時系列変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(第1実施形態)
以下、本発明の第1実施形態のプーリ構造体1について説明する。
プーリ構造体1は、自動車の補機駆動システム(図示省略)において、オルタネータの駆動軸に設置される。なお、本発明のプーリ構造体は、オルタネータ以外の補機の駆動軸に設置してもよい。
【0018】
図1~
図3に示すように、プーリ構造体1は、外回転体2、内回転体3、コイルばね4(以下、単に「ばね4」という。)、エンドキャップ5及び弾性スリーブ6を含む。以下、
図1における左方を前方、右方を後方として説明する。エンドキャップ5は、外回転体2及び内回転体3の前端に配置されている。
【0019】
外回転体2及び内回転体3は、共に略円筒状であり、同一の回転軸を有する。外回転体2及び内回転体3の回転軸は、プーリ構造体1の回転軸であり、以下、単に「回転軸」という。また、回転軸方向を、単に「軸方向」という。内回転体3は、外回転体2の径方向の内側に設けられ、外回転体2に対して相対回転可能である。外回転体2の外周面に、ベルトBが巻回される。
【0020】
内回転体3は、筒本体3a、及び、筒本体3aの前端の外側に配置された外筒部3bを有する。筒本体3aに、オルタネータ等の駆動軸Sが嵌合される。外筒部3bと筒本体3aとの間に、支持溝部3cが形成されている。外筒部3bの内周面と筒本体3aの外周面は、支持溝部3cの溝底面3dを介して連結されている。
【0021】
外回転体2の後端の内周面と、筒本体3aの外周面との間に、転がり軸受7が介設されている。外回転体2の前端の内周面と、外筒部3bの外周面との間に、滑り軸受8が介設されている。軸受7,8によって、外回転体2及び内回転体3が相対回転可能に連結されている。
【0022】
外回転体2と内回転体3との間であって、転がり軸受7よりも前方に、空間9が形成されている。空間9に、ばね4が収容されている。空間9は、外回転体2の内周面及び外筒部3bの内周面と、筒本体3aの外周面との間に形成されている。
【0023】
外回転体2の内径は、後方に向かって2段階で小さくなっている。最も小さい内径部分における外回転体2の内周面を圧接面2a、2番目に小さい内径部分における外回転体2の内周面を環状面2bという。圧接面2aにおける外回転体2の内径は、外筒部3bの内径よりも小さい。環状面2bにおける外回転体2の内径は、外筒部3bの内径と同じかそれよりも大きい。
【0024】
外回転体2の環状面2bには、回転軸の周方向に全周にわたって延在する1つの凹溝2b1(「凹部」に相当)が形成されている。凹溝2b1は、弾性スリーブ6の後述する凸条6a(「凸部」に相当)と凹凸嵌合可能である。
【0025】
筒本体3aは、前端において外径が大きくなっている。この部分における内回転体3の外周面を接触面3eという。
【0026】
ばね4は、ばね線(ばね線材)を螺旋状に巻回(コイリング)して形成されたねじりコイルばねである。ばね4は、左巻き(前端から後端に向かって反時計回り)である。ばね4の巻き数Nは、例えば5~9巻きである。ばね4のばね線は、断面形状(回転軸を通り且つ回転軸と平行な方向に沿った断面形状)が台形状の台形線である。ばね線の断面における4つの角は、面取り形状(例えば、曲率半径0.3mm程度のR面、又は、C面)となっている。
【0027】
ばね4は、外力を受けていない状態において、全長に亘って径が一定である。外力を受けていない状態でのばね4の外径は、圧接面2aにおける外回転体2の内径よりも大きい。ばね4は、後端側領域4cが縮径された状態で、空間9に収容されている。ばね4における後端側領域4cの外周面は、ばね4の拡径方向の自己弾性復元力によって、圧接面2aに押し付けられている。後端側領域4cは、ばね4の後端から1周以上(回転軸回りに360°以上)の領域である。
【0028】
また、プーリ構造体1が停止しており、ばね4における後端側領域4cの外周面がばね4の拡径方向の自己弾性復元力によって圧接面2aに押し付けられた状態において、ばね4の前端側領域4bは、若干拡径された状態で、接触面3eと接触している。つまり、プーリ構造体1が停止している状態において、ばね4における前端側領域4bの内周面は、接触面3eに押し付けられている。前端側領域4bは、ばね4の前端から1周以上(回転軸回りに360°以上)の領域である。プーリ構造体1に外力が作用していない状態において、ばね4は、全長に亘って径がほぼ一定である。
【0029】
ばね4は、プーリ構造体1に外力が作用していない状態(即ち、プーリ構造体1が停止した状態)において、軸方向に圧縮されており、ばね4の前端側領域4bの軸方向端面の周方向一部分(前端から半周以上)が、内回転体3の溝底面3dに接触し、ばね4の後端側領域4cの軸方向端面の周方向一部分(後端から半周以上)が、外回転体2の円環板部2cの前面に接触している。コイルばね4の軸方向の圧縮率は、例えば、20%程度であってもよい。なお、ばね4の軸方向の圧縮率とは、プーリ構造体1に外力が作用していない状態でのばね4の軸方向長さをL1、ばね4の自然長をL0とすると、100×(L0-L1)/L0で算出される。また、ばね4は、軸方向に圧縮された状態において、軸方向に隣り合うばね線間に隙間(例えば、0.6mm)を有する。
【0030】
ばね4は軸方向に圧縮された状態で、後端側領域4cの軸方向端面が外回転体2の円環板部2cに接触し、前端側領域4bの軸方向端面が内回転体3の円環板部(溝底面3d)に接触する。支持溝部3cの溝底面3dは、螺旋状に形成されている。それにより、ばね4の前端側領域4bの軸方向端面の周方向略全域が、溝底面3dと接触する。
【0031】
図2に示すように、前端側領域4bのうち、ばね4の前端から回転軸回りに90°離れた位置付近を第2領域4b2、第2領域4b2よりも前端側の部分を第1領域4b1、残りの部分を第3領域4b3という。また、
図1に示すように、ばね4の前端側領域4bと後端側領域4cの間の領域、即ち、圧接面2aと接触面3eのいずれにも接触しない領域を、自由部分4dとする。
【0032】
図2に示すように、内回転体3の前端部分には、ばね4の前端面4aと対向する当接面3fが形成されている。また、外筒部3bの内周面には、外筒部3bの径方向内側に突出して前端側領域4bの外周面と対向する突起3gが設けられている。突起3gは、第2領域4b2と対向している。
【0033】
図1、
図4及び
図5に示すように、弾性スリーブ6は、合成ゴム(例えば、クロロプレンゴム、ウレタンゴム、ニトリルゴム、水素添加ニトリルゴム、アクリルゴム、シリコーンゴム、フッ素ゴム等のゴム成分を含むゴム組成物)で形成された円筒状の弾性部材である。
【0034】
弾性スリーブ6は、
図1に示すように、外回転体2とばね4との間に設けられている。また、弾性スリーブ6は、外回転体2及び内回転体3が回転していない状態(つまり、プーリ構造体1が停止している状態)において、外回転体2の内周面における、ばね4の自由部分4dと径方向に対向する環状面2bに接触している。
【0035】
弾性スリーブ6の外周面には、周方向に全周に亘って延在する1つの凸条6aが設けられている。弾性スリーブ6の上記凸条6a以外の部分6bは、外力を受けていない状態において、軸方向に沿った全長に亘って径が一定である。凸条6aは、外回転体2の内周面(環状面2b)に形成された凹溝2b1と凹凸嵌合可能である。弾性スリーブ6は、凸条6aが凹溝2b1と凹凸嵌合するように装着されたとき、外回転体2の内周面(環状面2b)との間に隙間が生じない状態(つまり接触状態)に保持されるよう、凸条6a以外の部分6bの外径が外回転体2の内周面(環状面2b)の内径と略等しくなっている。なお、外回転体2が回転し始めると、遠心力が弾性スリーブ6に作用するため、プーリ構造体1が停止している場合と比べ、弾性スリーブ6と外回転体2との接触界面の接触度合いが増し、両者はより密着するようになる。
【0036】
また、弾性スリーブ6の外周面と外回転体2の内周面(環状面2b)とは、その一部又は全部が接着処理されていてもよい。弾性スリーブ6の基準厚さt(凸条以外の部分の厚さ)、凸条6aの突出高さや幅、凸条6aの数等は、例えば後述するエンジン始動試験等で動的ベルト最大張力の低減効果を確認した上で、決定されてよい。硬さは、デュロメータA硬さ(JIS K6253:2012に準拠)で50~90、より好ましくは60~80の範囲内であることが好ましい。50未満では、弾性スリーブ6が早期に底突き状態となってしまい、後述するロック機構10が作動する際に、ベルト張力が過大に上昇するのを抑制できる効果を確保し難くなる。90を超えると、弾性スリーブ6がその厚み方向に圧縮弾性変形し難くなり、同様に、ロック機構10が作動する際に、ベルト張力が過大に上昇するのを抑制できる効果を確保し難くなる。
【0037】
次いで、プーリ構造体1の動作について説明する。
【0038】
先ず、外回転体2の回転速度が内回転体3の回転速度よりも大きくなった場合(即ち、外回転体2が加速する場合)について説明する。
【0039】
この場合、外回転体2は、内回転体3に対して正方向(
図2及び
図3の矢印方向)に相対回転する。外回転体2の相対回転に伴って、ばね4の後端側領域4cが、圧接面2aと共に移動し、内回転体3に対して相対回転する。これにより、ばね4が拡径方向にねじり変形(以下、単に拡径変形という。)する。ばね4の後端側領域4cの圧接面2aに対する圧接力は、ばね4の拡径方向のねじり角度が大きくなるほど増大する。第2領域4b2は、ねじり応力を最も受け易く、ばね4の拡径方向のねじり角度が大きくなると、接触面3eから離れる。このとき、第1領域4b1及び第3領域4b3は、接触面3eに圧接している。第2領域4b2が接触面3eから離れると略同時に、又は、ばね4の拡径方向のねじり角度がさらに大きくなったときに、第2領域4b2の外周面が突起3gに当接する。第2領域4b2の外周面が突起3gに当接することで、前端側領域4bの拡径変形が規制され、ねじり応力がばね4における前端側領域4b以外の部分に分散され、特にばね4の後端側領域4cに作用するねじり応力が増加する。これにより、ばね4の各部に作用するねじり応力の差が低減され、ばね4全体で歪エネルギーを吸収できるため、ばね4の局部的な疲労破壊を防止できる。
【0040】
また、第3領域4b3の接触面3eに対する圧接力は、ばね4の拡径方向のねじり角度が大きくなるほど低下する。第2領域4b2が突起3gに当接すると同時に、又は、ばね4の拡径方向のねじり角度がさらに大きくなったときに、第3領域4b3の接触面3eに対する圧接力が略ゼロとなる。このときのばね4の拡径方向のねじり角度をθ1(例えば、θ1=3°)とする。ばね4の拡径方向のねじり角度がθ1を超えると、第3領域4b3は、拡径変形することで、接触面3eから離れていく。しかし、第3領域4b3と第2領域4b2との境界付近において、ばね4が湾曲(屈曲)することはなく、前端側領域4bは円弧状に維持される。つまり、前端側領域4bは、突起3gに対して摺動し易い形状に維持されている。そのため、ばね4の拡径方向のねじり角度が大きくなって前端側領域4bに作用するねじり応力が増加すると、前端側領域4bは、第2領域4b2の突起3gに対する圧接力及び第1領域4b1の接触面3eに対する圧接力に抗して、突起3g及び接触面3eに対して外回転体2の周方向に摺動する。そして、前端面4aが当接面3fを押圧することにより、外回転体2と内回転体3との間で確実にトルクを伝達できる。
【0041】
なお、ばね4の拡径方向のねじり角度がθ1以上且つθ3(例えば、θ3=45°)未満の場合、第3領域4b3は、接触面3eから離隔し且つ外筒部3bの内周面に接触しておらず、第2領域4b2は、突起3gに圧接されている。そのため、この場合、ばね4の拡径方向のねじり角度がθ1未満の場合に比べて、ばね4の有効巻数が大きく、ばね定数(
図6に示す直線の傾き)が小さい。
【0042】
また、ねじり角度が大きくなるにつれて、ばね4の自由部分4dが拡径し、ばね4の拡径方向のねじり角度がθ2(例えば、θ2=35°)になると、
図7に示すように、ばね4の自由部分4dの外周面が弾性スリーブ6に当接する。
【0043】
ねじり角度がθ2を超えると、ばね4の自由部分4dが弾性スリーブ6を介して外回転体2の内周面(環状面2b)に当接した状態となることで、ばね4の自由部分4dの拡径変形が規制され始める。ねじり角度が大きくなるにつれて、弾性スリーブ6の圧縮弾性変形(厚みの減少)が進行している間は、ばね4の自由部分4dの拡径変形が緩やかに規制され、コイルばねによる減衰が急激には失われない。
【0044】
そして、ねじり角度が所定の角度θ3(例えば、θ3=45°)に近い角度θ4(例えば、θ4=42°)に到達すると、
図8に示すように、弾性スリーブ6の圧縮弾性変形が限界に達し、ばね4の自由部分4dと外回転体2とが弾性スリーブ6を介して強く摩擦係合した状態(ロック状態)となる。また、このとき、ばね4の前端側領域4bは、拡径方向のねじり角度が所定の角度θ3(例えば45°)に到達し、内回転体3の外筒部3bに接触する。これにより、ばね4全体のそれ以上の拡径変形が規制され、ばね4のねじり角度はθ3よりも大きくならず、外回転体2及び内回転体3がばね4とともに一体的に回転する。
【0045】
このように、プーリ構造体1は、ばね4の拡径により、ばね4の自由部分4dが拡径方向に過大にねじり変形したときに、ばね4のそれ以上の拡径方向のねじり変形が規制され、外回転体2及び内回転体3がばね4と一体的に回転するロック機構10を有する。そして、プーリ構造体1においてロック機構10の作動時に、ばね4の過度の拡径変形による破損が防止されるとともに、外回転体2からトルク入力側のベルトBに作用する衝撃荷重(過大な回転制動力)が緩和されるようになっている。
【0046】
次に、ねじり角度の範囲(0°~θ3)における、ばね4のねじり角度とばね4に作用するねじりトルクとの関係について説明する。
【0047】
ばね4の拡径方向のねじり角度が0°~θ1の範囲では、ばね4における前端側領域4bの第3領域4b3が接触面3eに接触しており、ばね4の有効巻数が変化しないので、有効巻数に反比例するばね定数(ねじりトルク/ねじり角度)は、上記範囲において一定である。つまり、ねじり角度が0°~θ1の範囲では、ねじりトルクはねじり角度に比例し、グラフは直線状になっている。
【0048】
ばね4の拡径方向のねじり角度がθ1~θ2の範囲では、ばね4の前端側領域4bの第3領域4b3が接触面3eから離れているため、ねじり角度がθ1未満の場合に比べると、ばね4の有効巻数が大きくなり、ばね4のばね定数が小さくなる。なお、ねじり角度がθ1~θ2の範囲においても、前述したように有効巻数は変化せず、ばね定数は一定である。
【0049】
ばね4の拡径方向のねじり角度がθ2~θ3の範囲では、ねじり角度が大きくなるにつれて、ばね4の自由部分4dと外回転体2の内周面(環状面2b)との摩擦係合が、徐々に連続的に増加していく。このため、ねじり角度が大きくなるにつれて、ばねのばね定数は徐々に連続的に大きくなっていく。ここで、前述したように、ばね4の自由部分4dの外周面が弾性スリーブ6を介して環状面2bに当接し始めるねじり角度θ2の値は、例えば35°である。また、ばね4全体の拡径変形が規制される最大ねじり角度(すなわち、θ3)の値は、例えば45°である。つまり、ばね4の拡径方向のねじり角度が上記最大ねじり角度の概ね75%以上になったときに、ばね4の自由部分4dの外周面が弾性スリーブ6を介して環状面2bに当接し、ばね定数が変化し始める。
【0050】
なお、従来のように、ねじり角度がθ2~θ3の範囲においてもばね定数が一定である場合(
図6のグラフの破線参照。
図17に示すプーリ構造体において、このような特性になる)と比べて、本実施形態のプーリ構造体1のばね4の自由部分4dは拡径変形しにくい。例えば、本実施形態のプーリ構造体1では、従来のプーリ構造体のばねの拡径変形が最大化するような(すなわち、拡径方向のねじり角度がθ3になるような)ねじりトルクTがばね4に作用しても、ばね4の自由部分4dの拡径方向のねじり角度はθ3よりも小さいθ4にとどまり、拡径変形は最大化しない。
【0051】
次に、外回転体2の回転速度が内回転体3の回転速度よりも小さくなった場合(即ち、外回転体2が減速する場合)について説明する。
【0052】
この場合、外回転体2は、内回転体3に対して逆方向(
図2及び
図3の矢印方向と逆の方向)に相対回転する。外回転体2の相対回転に伴って、ばね4の後端側領域4cが、圧接面2aと共に移動し、内回転体3に対して相対回転する。これにより、ばね4が縮径方向にねじり変形する(以下、単に縮径変形という)。ばね4の縮径方向のねじり角度がθ5(例えば、θ5=4°)未満の場合、後端側領域4cの圧接面2aに対する圧接力は、ねじり角度がゼロの場合に比べて若干低下するものの、後端側領域4cは圧接面2aに圧接している。また、前端側領域4bの接触面3eに対する圧接力は、ねじり角度がゼロの場合に比べて若干増大する。ばね4の縮径方向のねじり角度がθ5以上の場合、後端側領域4cの圧接面2aに対する圧接力は略ゼロとなり、後端側領域4cは圧接面2aに対して外回転体2の周方向に摺動する。したがって、外回転体2と内回転体3との間でトルクは伝達されない(
図6参照)。
【0053】
このように、ばね4は、コイルスプリング式クラッチであって、トルクを一方向に伝達又は遮断する一方向クラッチとして機能する。ばね4は、内回転体3が外回転体2に対して正方向に相対回転するとき外回転体2及び内回転体3のそれぞれと係合して外回転体2と内回転体3との間でトルクを伝達する一方、内回転体3が外回転体2に対して逆方向に相対回転するとき外回転体2及び内回転体3の少なくとも一方(本実施形態では、圧接面2a)に対して摺動して外回転体2と内回転体3との間でトルクを伝達しない。
【0054】
以上説明した第1実施形態のプーリ構造体1によれば、弾性スリーブ6がその厚み方向に圧縮弾性変形した状態でロック機構10が作動する。そのため、ロック機構10が作動する際に、ばね4による減衰が急激には失われず、外回転体2からトルク入力側のベルトBに作用する衝撃荷重(過大な回転制動力)が緩和される。その分、ロック機構10が作動時に、ベルト張力が過大に上昇するのを抑制できる。その結果として、ベルトシステムの耐久性を向上できる。また、プーリ構造体の従来の基本構成(
図17参照)に弾性スリーブ6を追加するという比較的簡単な構成で、ロック機構10の作動時に、ベルトBに作用する衝撃荷重(過大な回転制動力)を緩和し、ベルト張力が過大に上昇するのを抑制できる。
【0055】
ここで、弾性スリーブが、外回転体及び内回転体が回転していない状態において、外回転体の内周面における、ばねの自由部分と径方向に対向する部分に接触していない場合には、プーリ構造体の作動中、ばねが過大に拡径変形し、ロック機構が作動する度に、外回転体の径方向における弾性スリーブの位置関係が変化することで、ばねとともに、弾性スリーブの拡径変形及び縮径変形が繰り返されることになる。しかしながら、第1実施形態のプーリ構造体1によれば、弾性スリーブ6は、外回転体2及び内回転体3が回転していない状態において、外回転体2の内周面における、ばね4の自由部分4dと径方向に対向する部分(環状面2b)に接触している。そのため、ロック機構10が作動する度に弾性スリーブ6の拡径変形及び縮径変形が繰り返されることはなく、その結果として、弾性スリーブ6の品質をより確保し易くなる。
【0056】
また、弾性スリーブ6の外周面に、凸条6aが設けられ、外回転体2の内周面(環状面2b)に、凸条6aと凹凸嵌合可能な凹溝2b1が設けられている。従って、弾性スリーブ6がばね4の自由部分4dと径方向に対向する外回転体2の内周面(環状面2b)に凹凸嵌合可能に装着される。このため、弾性スリーブが単純な円筒形状である場合と比べて、軸方向に関する弾性スリーブ6の位置決めを確実に行うことができる。その分、弾性スリーブ6の品質をより確保し易くなる。
【0057】
また、弾性スリーブ6は、合成ゴム製であるため、弾性スリーブ6が耐熱性、耐油性等に優れたものとなる。その結果として、自動車エンジンの補機駆動用ベルトシステムに備わるプーリ構造体1として好適に供することができる。
【0058】
(第2実施形態)
次に、第2実施形態に係るプーリ構造体101について説明する。第2実施形態に係るプーリ構造体101は、弾性スリーブの構成が第1実施形態のプーリ構造体1と主に異なる。尚、以下においては、上述した第1実施形態と同一の箇所については同一の符号を付し、その説明を適宜省略する。
【0059】
図9に示すように、プーリ構造体101の外回転体102の環状面102bには、第1実施形態と異なり凹溝は形成されていない。
【0060】
弾性スリーブ106は、
図10及び
図11に示すように、合成ゴム(例えば、クロロプレンゴム、ウレタンゴム、ニトリルゴム、水素添加ニトリルゴム、アクリルゴム、シリコーンゴム、フッ素ゴム等のゴム成分を含むゴム組成物)で形成された円筒状の弾性部材である。
【0061】
弾性スリーブ106は、
図9に示すように、外回転体102とばね4との間に設けられている。また、弾性スリーブ106は、外回転体102及び内回転体3が回転していない状態(つまり、プーリ構造体1が停止している状態)において、縮径方向の自己弾性復元力によってばね4における自由部分4dの外周面に接触している。
【0062】
弾性スリーブ106は、
図10及び
図11に示すように、外力を受けていない状態において、軸方向に沿った全長に亘って径が一定であり、このときの弾性スリーブ106の内径は、外力を受けていない状態でのばね4の外径よりも小さい。つまり、弾性スリーブ106は、径方向に伸ばされて、ばね4における自由部分4dの外周面に接触するように装着されている。このため、弾性スリーブ106は、装着後は終始、ばね4における自由部分4dの外周面に接触した態様に保持されつつ、軸方向に隣り合うばね線間の隙間部分に対向する部分が、軸方向に隣り合うばね線間の隙間部分にやや食い込んだ態様に保持される(
図9の丸囲み内の部分拡大図参照)。
【0063】
弾性スリーブ106の厚み等は、例えば後述するエンジン始動試験等で動的ベルト最大張力の低減効果を確認した上で、決定されてよい。
【0064】
次いで、プーリ構造体101の動作について説明する。
【0065】
プーリ構造体101の動作は、以下の点を除き、上記第1実施形態のプーリ構造体1の動作と略同じである。即ち、プーリ構造体101では、ばね4の拡径方向のねじり角度がθ2(例えば、θ2=35°)になると、ばね4の自由部分4dの外周面に接触している弾性スリーブ106が、外回転体102の内周面(環状面2b)に当接する。プーリ構造体101のその他の動作については、プーリ構造体1の動作と略同じである。
【0066】
以上説明した第2実施形態のプーリ構造体101によれば、弾性スリーブ106は、外回転体102及び内回転体3が回転していない状態において、縮径方向の自己弾性復元力によってばね4における自由部分4dの外周面に接触している。従って、弾性スリーブ106は、径方向に伸ばして、ばね4における自由部分4dの外周面に接触するように装着される。装着後の弾性スリーブ106は、終始、ばね4における自由部分4dの外周面に接触した態様に保持されつつ、軸方向に隣り合うばね線間の隙間部分に対向する部分が、軸方向に隣り合うばね線間の隙間部分にやや食い込んだ態様に保持される。そのため、弾性スリーブ106を軸方向に対して位置決めするための加工をプーリ構造体101に施す必要がなく、その分、プーリ構造体101をより簡単な構成にできる。
【0067】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は上述の実施形態に限られるものではなく、特許請求の範囲に記載した限りにおいて様々な変更が可能である。
【0068】
例えば、上述の第1実施形態において、弾性スリーブの外周面に形成された凸部は、周方向の全周に亘って延在する凸条であり、外回転体の内周面に形成された凹部は、周方向の全周に亘って延在する凹溝であったが、特にこれに限定されるものではない。例えば、弾性スリーブに複数の突起(「凸部」に相当)が回転軸の周方向に全周にわたって配置されており、外回転体の環状面に複数の溝(「凹部」に相当)が形成されており、複数の突起と複数の溝が凹凸嵌合可能にされていてもよい。また、弾性スリーブの周方向の一部にのみ凸条が形成され、外回転体の環状面の周方向の一部にのみ凹溝が形成されていてもよい。また、第1実施形態において、弾性スリーブに凸条が形成されておらず、外回転体の環状面に凹溝が形成されていなくてもよい。
【0069】
また、上述の第1及び第2実施形態では、弾性スリーブは、合成ゴム製であったが、特にこれに限定されるものではなく、弾性材料で形成されていればよい。
【実施例】
【0070】
以下、実施例により、本発明をさらに具体的に説明する。
実施例1、2及び比較例1に係るプーリ構造体を作製した。以下、各プーリ構造体について具体的に説明する。
【0071】
<実施例1>
実施例1のプーリ構造体は、上述の第1実施形態に係るプーリ構造体に対応するものである。コイルばねのばね線は、ばね用オイルテンパー線(JISG3560:1994に準拠)とした。ばね線は、台形線であって、内径側軸方向長さは、3.8mmとし、外径側軸方向長さは、3.6mmとし、径方向長さは、5.0mmとした。なお、ばね線の断面における4つの角は、面取り形状(曲率半径0.3mm程度のR面)とした。ばねの巻き数は、7巻きとし、巻き方向は、左巻きとした。ばねの軸方向の圧縮率は、約20%とした。軸方向に隣り合うばね線間の隙間は、ばねが軸方向に圧縮された状態で0.6mmとした。
【0072】
実施例1のプーリ構造体の弾性スリーブは、以下のようにして作製した。即ち、まず、水素添加ニトリルゴムをゴム成分とするゴム組成物(下記表1に示す配合のもの)をバンバリーミキサーで混練し、圧延ロールを用いてゴムシートにした。当該ゴムシートを中芯及び二ツ割外型からなる組み金型のキャビティ内に投入し、プレス成形機を用いて型締めすると共に、熱及び圧力を加えて加硫成形した。これにより、弾性スリーブが耐熱性、耐油性等に優れたものとなる。なお、弾性スリーブをプレス成形により成形したが、任意の方法(例えば、ゴム射出成形、ゴム移送成形、ゴム押出成形等)で成形してよい。加硫成形後の弾性スリーブのデュロメータA硬さ(JIS K6253:2012準拠)は、約70であった。
【0073】
【0074】
弾性スリーブの基準厚さt(凸条以外の部分の厚さ)は、1.5mmである。弾性スリーブの外径(凸条以外の部分の外径)は、外回転体の内周面(環状面)の内径に一致させた。弾性スリーブの軸方向長さは、環状面の面長に一致させた。凸条は、矩形断面であり、突出高さ1.5mm、幅2.5mm、凸条の数は1(軸方向中央で周方向に延在)とした。なお、外回転体に加工した凹溝は、上記凸条と凹凸嵌合可能に形成されており、矩形断面、溝深さ1.5mm、溝幅2.5mm、溝の数は1(軸方向中央)とした。このように成形した弾性スリーブを、凸条部分について周方向の一部分を凸条の突出高さ分だけ縮径させた(へこませた)状態で、弾性スリーブの外周面と外回転体の内周面(環状面)とを摺接させながら前方より外回転体(環状面)の内側に挿入し、次に、凸条と凹溝とを全周にわたって凹凸嵌合させて、外回転体に装着した。なお、接着処理は施さなかった。この弾性スリーブが装着された外回転体を含む各部材を順次組込み、実施例1のプーリ構造体を完成させた。
【0075】
<実施例2>
実施例2のプーリ構造体は、上述の第2実施形態に係るプーリ構造体に対応するものである。実施例2のプーリ構造体におけるコイルばねの構成は、実施例1のプーリ構造体におけるコイルばねと同じである。
【0076】
実施例2のプーリ構造体の弾性スリーブの作製方法は、実施例1の弾性スリーブと略同じである。即ち、まず、水素添加ニトリルゴムをゴム成分とするゴム組成物(表1に示す配合のもの)をバンバリーミキサーで混練し、圧延ロールを用いてゴムシートにした。当該ゴムシートを中芯及び二ツ割外型からなる組み金型のキャビティ内に投入し、プレス成形機を用いて型締めすると共に、熱及び圧力を加えて加硫成形した。加硫成形後の弾性スリーブのデュロメータA硬さ(JIS K6253:2012準拠)は、約70であった。
【0077】
弾性スリーブの基準厚さtは1.5mmである。また、弾性スリーブの軸方向長さは、環状面の面長に一致させた。この軸方向長さは、ばねの自由部分の軸方向長さ(3巻き分の軸方向長さ)と略等しい。弾性スリーブの内径は、自由状態でのばね(自由部分)の外径よりも約5%小さくした。
【0078】
このように成形した弾性スリーブを、径方向に伸ばして、ばねの自由部分を含む領域の外周面であって、プーリ構造体において外回転体の内周面(環状面)に径方向に対向する部分に、装着した(被せた)。この弾性スリーブが装着されたばねを含む各部材を順次組込み、実施例2のプーリ構造体を完成させた。
【0079】
<比較例1>
比較例1のプーリ構造体は、上述の実施例2に係るプーリ構造体から弾性スリーブを省略したものである。従って、比較例1のプーリ構造体におけるコイルばねの構成は、実施例1,2のプーリ構造体におけるコイルばねの構成と同じである。
【0080】
〔エンジン冷間始動試験〕
以上の実施例1,2及び比較例1のプーリ構造体について、
図12及び
図13に示すエンジンベンチ試験機200を用いて、エンジン冷間始動試験を行った。このエンジン冷間始動試験は、ベルトを介してプーリ構造体の外回転体に過大なトルクが入力され、ロック機構が確実に作動し得るよう、エンジンの回転変動を最大化できる実機台上試験とされる。ここで、エンジン冷間始動とは、エンジン始動の一形態であって、具体的には、エンジンが完全に冷え切った状態下(例えば、エンジン冷却水の水温が30℃以下)での、エンジン始動を指す。そのため、走行途上(暖気完了後)にエンジンを一時停止させた状態(アイドルストップ等)からのエンジン始動は、当試験条件から除外される。
【0081】
エンジンベンチ試験機200は、補機駆動システムを含む試験装置であって、エンジン210のクランク軸211に取り付けられたクランクプーリ201と、エアコン・コンプレッサ(AC)に接続されたACプーリ202、ウォーターポンプ(WP)に接続されたWPプーリ203とを有する。実施例1,2及び比較例1のプーリ構造体100は、オルタネータ(ALT)220の軸221に接続される。また、クランクプーリ201とプーリ構造体100とのベルトスパン間に、オートテンショナ(A/T)204が設けられる。エンジンの出力は、1本のベルト(Vリブドベルト)250を介して、クランクプーリ201から時計回りに、プーリ構造体100、WPプーリ203、ACプーリ202に対してそれぞれ伝達されて、各補機(オルタネータ、ウォーターポンプ、エアコン・コンプレッサ)は駆動される。
【0082】
また、
図13に示すように、動的ベルト張力測定用のセンサ(歪ゲージ)(不図示)を取付軸上に貼り付けたタッチプーリ205が、ベルトシステム上の張り側ベルトスパン間に仮設置されている。センサ(歪ゲージ)は、図示しない、ブリッジボックス、歪アンプ、及びデータロガーを経由して、PC(パーソナルコンピューター)に接続されている。こうすることで、ベルト250の走行中のベルト張力(動的ベルト張力)を連続的に計測することができ、動的ベルト最大張力(動的ベルト張力の最大値)(N/ベルト)を動的ベルト張力の時系列変化のデータから読み取り可能となる。
【0083】
エンジン冷間始動試験では、動的ベルト最大張力(N/ベルト)、プーリ構造体における故障の有無(特には、弾性スリーブの変形や損傷等の異常、弾性スリーブの装着状態の異常(浮き、ずれ等)の有無)、及び、ロック機構の作動時の衝撃音の程度の3項目を評価項目とした。
【0084】
エンジン冷間始動試験は、以下の試験方法で行った。
即ち、雰囲気温度約0℃(低温室内に試験機を設置)、ベルト張力400Nにおいて、エンジン冷間始動を1日おきに5回繰り返した。1日おきとしたのは、確実に、エンジンが完全に冷え切った状態でのエンジン始動とするためである。エンジンの1回当りの運転時間(始動から停止まで時間)は、10秒とした。エンジン始動時の確認として、ロック機構の作動時の衝撃音の大小の程度を人間(立ち位置:ベルトシステムの正面手前1m)の聴覚で確認した。
【0085】
動的ベルト張力の時系列変化のデータから、動的ベルト最大張力(動的ベルト張力の最大値)(N/ベルト)を読み取った。実施例1,2、比較例1の各プーリ構造体のエンジン冷間始動時における動的ベルト張力の時系列変化を
図14~
図16に示す。
【0086】
以下に、
図16のグラフを例にして、時系列に沿った事象を示す。
・0秒:エンジン始動(スイッチON)
・0秒超え~0.6秒前:クランキング
・0.6秒(エンジン点火)~0.625秒(ベルト最大張力時点):1回目の爆発(初爆)区間、ベルト張力が過大に上昇(急上昇)。エンジンの回転変動が最大化。この間の途中でロック機構が作動し、ロック状態となる。
・0.625秒超え~0.65秒:1回目の爆発(初爆)完了後、ベルト張力が急低下。この間の途中でロック状態解除となる。
・0.65秒超え~10秒(エンジン停止)(スイッチOFF):アイドル運転区間。エンジンの回転変動は収束し、ロック機構は作動しない。
【0087】
なお、ユーザ要求の一例(目安)として、過去の技術蓄積や経験則上、実施例1,2や比較例1のプーリ構造体(プーリのリブ溝の数:6)を補機駆動ベルトシステムに適用した場合に、当該ベルトシステム(特にはベルト、各補機に備わる軸受等)の耐久性に問題なしとされる、動的ベルト最大張力(N/ベルト)の上限は、2100N/ベルト(350N/リブ ×リブ数6)とされている。そこで、動的ベルト最大張力(N/ベルト)が2100N/ベルト以下である場合、当該ベルトシステムの耐久性を損なうおそれがないとして、評価○とした。動的ベルト最大張力(N/ベルト)が2100N/ベルトを上回った場合、当該ベルトシステムの耐久性を損なうおそれがあるとして、評価×にした。
【0088】
また、各プーリ構造体100について、試験終了後、プーリ構造体を分解し、弾性スリーブの状態(変形や損傷、浮きやずれ等の異常の有無)等、プーリ構造体における故障の有無を目視で確認した。
【0089】
上記3つの評価項目の結果を下記の表2に示す。
【0090】
【0091】
表2に示すように、実機エンジン(補機駆動ベルトシステム)に適用した場合の動的ベルト最大張力は、弾性スリーブを備えない従来(比較例1)のプーリ構造体の水準(リブ数6のベルトで、2560N)と比べ、実施例1,2のプーリ構造体では、約25%小さい水準(リブ数6のベルトで、1970N前後)に抑制されており、且つ、その水準は、使用初期段階ながら、ユーザ要求(リブ数6のベルトで、2100N以下)を満足する水準であることがわかる。なお、実施例1と実施例2との間に水準差(中央値で約20N/ベルト)が生じたのは、ばねが拡径変形し、弾性スリーブを介して外回転体とばねの自由部分とが当接するまでの間に、弾性スリーブがその厚みが減少する方向に若干伸長するかしないかの違いによるものと考えられる。
【0092】
以上のように、実施例1,2の構成によれば、比較的簡単な構成で(従来(比較例1)の基本構成に大きな変更を加えなくても、設計変更容易に)、ロック機構が作動する際に、ベルトシステムの耐久性を損なうおそれがない水準まで、ベルト張力(動的ベルト張力)が過大に上昇するのを抑制できる。
【0093】
また、表2に示すように、実施例1,2及び比較例1ともに、プーリ構造体の故障は無かった。ロック機構の作動時の衝撃音は、実施例1,2のプーリ構造体では確認できなかったが、比較例1では僅かではあるが確認できた。このため、実施例1,2の構成では、ロック機構の作動時の衝撃音を低減できる効果もあることがわかる。
【符号の説明】
【0094】
1 プーリ構造体
2 外回転体
2a 圧接面
3 内回転体
4 コイルばね
4d 自由部分
6,106 弾性スリーブ
10 ロック機構