(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-04
(45)【発行日】2024-01-15
(54)【発明の名称】Fe-Ni系合金板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240105BHJP
C22C 38/52 20060101ALI20240105BHJP
C21C 7/064 20060101ALI20240105BHJP
【FI】
C22C38/00 303S
C22C38/00 302Z
C22C38/52
C21C7/064 A
C21C7/064 Z
(21)【出願番号】P 2023150989
(22)【出願日】2023-09-19
【審査請求日】2023-09-28
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000232793
【氏名又は名称】日本冶金工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【氏名又は名称】上島 類
(74)【代理人】
【識別番号】100143959
【氏名又は名称】住吉 秀一
(72)【発明者】
【氏名】増山 晴己
(72)【発明者】
【氏名】矢部 室恒
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特表2010-534277(JP,A)
【文献】特表2004-517205(JP,A)
【文献】特開昭62-142748(JP,A)
【文献】特開昭54-3294(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21C 7/064
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素(C):0.001~0.05質量%、
ケイ素(Si):0.05~0.50質量%、
マンガン(Mn):0.25~1.00質量%、
リン(P):0.001~0.030質量%、
硫黄(S):0.0001~0.0050質量%、
ニッケル(Ni):35.0~44.0質量%、
クロム(Cr):0.01~0.50質量%、
モリブデン(Mo):0.005~0.10質量%、
銅(Cu):0.01~2.00質量%、
アルミニウム(Al):0.0001~0.10質量%、
チタン(Ti):0.050質量%以下、
コバルト(Co):0.01~2.00質量%、
タングステン(W):0.01~0.50質量%、
窒素(N):0.001~0.05質量%、
スズ(Sn):0.0001~0.05質量%、
マグネシウム(Mg):0.050質量%以下、
ジルコニウム(Zr):0.0001~0.05質量%、
カルシウム(Ca):0.0020質量%以下、
酸素(O):0.0002~0.01質量%を含み、
残部が鉄(Fe)及び不可避的不純物からなることを特徴とするFe-Ni系合金板。
【請求項2】
下記式(A)の関係式を満たすようにCu、Co及びWを含有する、請求項1に記載のFe-Ni系合金板。
1.5≦20[Cu%]+20[Co%]+80[W%]<50.0 …(A)
(式(A)中、%は質量%を表す。)
【請求項3】
下記式(B)の関係式を満たすようにCu、Co、W、Cr、Mo、P及びSを含有する、請求項1又は2に記載のFe-Ni系合金板。
10≦50([Cu%]+[Co%])+100[W%]+200[Cr%]+800[Mo%]-100[P%]-1000[S%] …(B)
(式(B)中、%は質量%を表す。)
【請求項4】
Fe-Ni系合金の原料を含む溶湯を、AOD炉又はVOD炉のいずれかの二次精錬容器にて酸化精錬を行う工程と、
酸化精錬後の溶湯中にAl及び/又はFeSi合金を投入して、溶湯中のAlの含有量が0.0001~0.10質量%、Siの含有量が0.05~0.50質量%、Sの含有量が0.0001~0.0050質量%、Oの含有量が0.0002~0.01質量%の範囲になるように脱酸及び脱硫処理をする工程と、
脱酸及び脱硫処理後の溶湯を連続鋳造してスラブを形成する工程と、
得られたスラブを熱間圧延、次いで冷間圧延する工程と、
を含むことを特徴とする、請求項1又は2に記載のFe-Ni系合金板の製造方法。
【請求項5】
Fe-Ni系合金の原料を含む溶湯を、AOD炉又はVOD炉のいずれかの二次精錬容器にて酸化精錬を行う工程と、
酸化精錬後の溶湯中にAl及び/又はFeSi合金を投入して、溶湯中のAlの含有量が0.0001~0.10質量%、Siの含有量が0.05~0.50質量%、Sの含有量が0.0001~0.0050質量%、Oの含有量が0.0002~0.01質量%の範囲になるように脱酸及び脱硫処理をする工程と、
脱酸及び脱硫処理後の溶湯を連続鋳造してスラブを形成する工程と、
得られたスラブを熱間圧延、次いで冷間圧延する工程と、
を含むことを特徴とする、請求項3に記載のFe-Ni系合金板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Fe-Ni系合金板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Fe-Ni系軟質磁性合金は、JIS C2531やIEC規格に規定されるように、Ni量によって、パーマロイC合金(Ni:72~83質量%)、パーマロイB合金(Ni:45~50質量%)、パーマロイD合金(Ni:35~40質量%)等に大別される。高グレードなパーマロイC合金は高い透磁率、低い保持力を有することから、磁気シールド材や磁気センサ材等の磁気部材に使用されている。しかしながら、パーマロイC合金はNiを多く含有し高価であることから、磁気部材の材料として、より安価なパーマロイB合金へ置き換えられている。また、パーマロイB合金は高い飽和磁束密度を有するため、時計のステータや磁気レンズのポールピース等にも活用されている。
【0003】
近年、自動車センサや磁気シールド材といった軟磁性材料への需要は増加している一方、Niの価格は上昇傾向にあり、パーマロイB合金をよりNi量が少なく安価なAlloy42やパーマロイD合金へ置き換える動きが進められている。しかしながら、Ni量の低下に伴い、各磁気特性や耐食性の低下が問題視されており、パーマロイB合金の特徴である高い飽和磁束密度の維持が切望されている。特に、自動車センサや磁気シールド材には、3,000以上の初比透磁率、30,000以上の最大比透磁率、及び1.4T以上の飽和磁束密度を有する軟磁性材料が好適に使用される。
【0004】
パーマロイ合金の磁気特性を改善する手法として、特許文献1には連続鋳造スラブに対し均質化熱処理を施し、偏析を軽減することで磁気特性を改善する方法が提案されている。しかしながら、特許文献1には飽和磁束密度について言及されていない。
【0005】
また、特許文献2には、Fe-Ni系合金の被圧延材に対する磁気焼鈍の温度・時間及びFe-Ni系合金のA系(Mn-S系)介在物量を制限し、結晶粒の粒成長を促進させ、磁気特性を改善する方法が提案されている。しかしながら、この方法は、得られる軟磁性部品材料の保磁力、初比透磁率、最大比透磁率の改善を目的としており、飽和磁束密度については検討されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2002-173745号公報
【文献】特開2015-196838号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記事情に鑑み、本発明は、優れた初比透磁率と、良好な最大比透磁率及び飽和磁束密度を付与し得ると共に、歩留まりを抑えて製造可能なFe-Ni系合金及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を重ねた結果、Fe-Ni系合金が有する合金組成を厳密に制御することにより、初比透磁率、最大比透磁率及び飽和磁束密度の磁気特性を改善することができ、さらには歩留まりを抑えて製造可能なFe-Ni系合金が得られることを見出し、本発明に至った。
【0009】
本発明の要旨は、以下の通りである。
[1]炭素(C):0.001~0.05質量%、
ケイ素(Si):0.05~0.50質量%、
マンガン(Mn):0.25~1.00質量%、
リン(P):0.001~0.030質量%、
硫黄(S):0.0001~0.0050質量%、
ニッケル(Ni):35.0~44.0質量%、
クロム(Cr):0.01~0.50質量%、
モリブデン(Mo):0.005~0.10質量%、
銅(Cu):0.01~2.00質量%、
アルミニウム(Al):0.0001~0.10質量%、
チタン(Ti):0.050質量%以下、
コバルト(Co):0.01~2.00質量%、
タングステン(W):0.01~0.50質量%、
窒素(N):0.001~0.05質量%、
スズ(Sn):0.0001~0.05質量%、
マグネシウム(Mg):0.050質量%以下、
ジルコニウム(Zr):0.0001~0.05質量%、
カルシウム(Ca):0.0020質量%以下、
酸素(O):0.0002~0.01質量%を含み、
残部が鉄(Fe)及び不可避的不純物からなることを特徴とするFe-Ni系合金板。
[2]下記式(A)の関係式を満たすようにCu、Co及びWを含有する、[1]に記載のFe-Ni系合金板。
1.5≦20[Cu%]+20[Co%]+80[W%]<50.0 …(A)
(式(A)中、%は質量%を表す。)
[3]下記式(B)の関係式を満たすようにCu、Co、W、Cr、Mo、P及びSを含有する、上記[1]又は[2]に記載のFe-Ni系合金板。
10≦50([Cu%]+[Co%])+100[W%]+200[Cr%]+800[Mo%]-100[P%]-1000[S%] …(B)
(式(B)中、%は質量%を表す。)
[4]Fe-Ni系合金の原料を含む溶湯を、AOD炉又はVOD炉のいずれかの二次精錬容器にて酸化精錬を行う工程と、
酸化精錬後の溶湯中にAl及び/又はFeSi合金を投入して、溶湯中のAlの含有量が0.0001~0.10質量%、Siの含有量が0.05~0.50質量%、Sの含有量が0.0001~0.0050質量%、Oの含有量が0.0002~0.01質量%の範囲になるように脱酸及び脱硫処理をする工程と、
脱酸及び脱硫処理後の溶湯を連続鋳造してスラブを形成する工程と、
得られたスラブを熱間圧延、次いで冷間圧延を行う工程と、
を含むことを特徴とする、上記[1]~[3]のいずれか1つに記載のFe-Ni系合金板の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、Fe-Ni系合金が有する合金組成を厳密に制御することにより、優れた初比透磁率と、良好な最大比透磁率及び飽和磁束密度を付与し得ると共に、歩留まりを抑えて製造可能なFe-Ni系合金板及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】磁気特性試験において、式(A)の値と、飽和磁束密度及び最大比透磁率との関係を示すグラフである。
【
図2】
図1おいて式(A)の値が低い領域を拡大した図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明に係るFe-Ni系合金板及びその製造方法について説明する。本発明に係るFe-Ni系合金板は、炭素(C):0.001~0.05質量%、ケイ素(Si):0.05~0.50質量%、マンガン(Mn):0.25~1.00質量%、
リン(P):0.001~0.030質量%、硫黄(S):0.0001~0.0050質量%、ニッケル(Ni):35.0~44.0質量%、クロム(Cr):0.01~0.50質量%、モリブデン(Mo):0.005~0.10質量%、銅(Cu):0.01~2.00質量%、アルミニウム(Al):0.0001~0.10質量%、チタン(Ti):0.050質量%以下、コバルト(Co):0.01~2.00質量%、タングステン(W):0.01~0.50質量%、窒素(N):0.001~0.05質量%、スズ(Sn):0.0001~0.05質量%、マグネシウム(Mg):0.050質量%以下、ジルコニウム(Zr):0.0001~0.05質量%、カルシウム(Ca):0.0020質量%以下、酸素(O):0.0002~0.01質量%を含み、残部が鉄(Fe)及び不可避的不純物からなる。このように、Fe-Ni系合金が有する合金組成を厳密に制御することにより、優れた初比透磁率と、良好な最大比透磁率及び飽和磁束密度を付与し得ると共に、歩留まりを抑えて製造可能なFe-Ni系合金板を提供することができる。本発明に係るFe-Ni系合金板はこのような優れた磁気特性を付与し得るため、自動車センサや磁気シールド材、時計のステータ等の軟磁性材料としての使用に好適である。
【0013】
また、本発明に係るFe-Ni系合金板は、上記の組成成分を満たすことに加え、下記で表される式(A)を満たすように、Fe-Ni系合金板が、Cu、Co及びWを含有することが好ましい。
【0014】
1.5≦20[Cu%]+20[Co%]+80[W%]<50.0 …(A)
(式(A)中、%は質量%を表す。)
【0015】
上記式(A)は、Niと原子半径が近いCu、Coと、Niとイオン半径が近いWについて、Fe-Ni系合金の最大比透磁率及び飽和磁束密度に対するCu、Co及びWの添加量の影響を関係式として表したものである。
図1は、以下の試験方法(磁気特性試験)によって測定された最大比透磁率及び飽和磁束密度と、上記式(A)の値との関係を表すグラフであり、
図2は式(A)の値が5.0以下の領域における飽和磁束密度と式(A)の値との関係を表すグラフである。
図1は、式(A)の値が50.0以上では最大比透磁率が30,000より低くなることを示し、
図2は、式(A)の値が1.5未満の場合、飽和磁束密度が1.4Tより低くなることを示している。そのため、式(A)の値が1.5以上50.0未満の範囲内になるようにCu、Co及びWがFe-Ni系合金板に含まれることにより、優れた最大比透磁率と飽和磁束密度を付与し得るFe-Ni系合金板を得ることができる。
【0016】
<磁気特性試験>
10kg容量の試験用高周波誘電炉で約39.3質量%のNiを基本成分として含むFe-Ni系合金を溶解した。この溶解に際し、以下の表1に示すように、各合金においてCu、Co及びWの添加量を種々に変化させた。溶解した合金は、その後鋳型に鋳込み鋼塊とした後、熱間鍛造し、厚さ10mmの鍛造板とした。その後、焼鈍、研磨による表層のスケール除去を行い、0.8mmの厚さまで冷間圧延を行った。この冷延板をJIS C2531に基づき、φ45mm×33mmのリング試験片に加工し、真空(≦5.0×10-3Pa)雰囲気中、1125℃の均熱で2.5時間の条件で磁気焼鈍した。その後、JIS C3202又はJIS C3215で規定されるエナメル銅線を1次、2次側共に50巻きし、最大比透磁率(μmax)及び飽和磁束密度(B800)を測定した。最大比透磁率は16A/mを反転磁場とし測定し、飽和磁束密度は磁場1600A/mの条件下で測定した。その結果を表2に示す。尚、表1中の各成分の数値は「質量%」を表す。
【0017】
【0018】
【0019】
このように、Cu、Co及びWは、優れた飽和磁束密度を得るために重要な元素であり、Cu、Co及びWの添加量の関係式としての式(A)の値が1.5以上であることにより、1.4T以上の飽和磁束密度を得ることができる。一方、式(A)の値が50.0以上の場合、最大比透磁率が30,000未満となってしまう。そのため、式(A)の値は、1.5以上50.0未満の範囲内であることが好ましく、1.5以上40.0以下の範囲内であることがより好ましく、1.5以上25.0以下の範囲内であることがさらに好ましい。
【0020】
また、本発明に係るFe-Ni系合金板は、上記の組成成分を満たすことに加え、下記で表される式(B)を満たすように、Fe-Ni系合金板が、Cu、Co、W、Cr、Mo、P及びSを含有することが好ましい。
【0021】
10≦50([Cu%]+[Co%])+100[W%]+200[Cr%]+800[Mo%]-100[P%]-1000[S%] …(B)
(式(B)中、%は質量%を表す。)
【0022】
Fe-Ni系軟磁性材料は温度や湿度等の変化により製造工程中に錆が発生する場合があり、錆に起因する磁気特性の劣化が懸念される。Cu、Co、W、Cr、Mo、P及びSは、耐発錆性に影響を及ぼす元素であり、本発明では、式(B)を満たすように、Fe-Ni系合金板が、Cu、Co、W、Cr、Mo、P及びSを含有することにより、優れた磁気特性の付与に加えて、耐発錆性を併せ持つFe-Ni系合金板を得ることができる。このように、Fe-Ni系合金板が耐発錆性を示すことにより、錆の除去などの余工程や錆の発生を防止する取り扱いを省くことが可能となり、その結果、作業性の低下、工程数増加による生産性の低下を防止することができる。式(B)の値は、10以上であることが好ましく、15以上であることがより好ましく、20以上であることがさらに好ましい。
【0023】
C:0.001~0.05質量%
Fe-Ni系合金板中に含まれるCは、合金の強度を維持するために必要な元素である。Cの含有量が0.001質量%未満ではその効果を十分に得られない。一方、Cの含有量が0.05質量%を超えると合金中に含まれるCrやTiと反応し炭化物を形成し、結晶粒の成長や磁壁の移動を阻み磁気特性が悪化してしまう。そのため、Cの含有量は0.001~0.05質量%であり、好ましくは0.001~0.01質量%であり、より好ましくは0.001~0.008質量%である。
【0024】
Si:0.05~0.50質量%
Fe-Ni系合金板中に含まれるSiは、Fe-Ni系合金板を製造する際に行われる脱酸処理に有効な元素である。Siの含有量が0.05質量%未満ではその効果を十分に得られない。一方、Siの含有量が0.50質量%を超えると、Fe-Ni合金の規則格子が最適な状態ではなくなり、磁気特性を悪化させてしまう。そのため、Siの含有量は0.05~0.50質量%であり、好ましいSiの含有量の下限値は0.10質量%であり、好ましいSiの含有量の上限値は0.25質量%である。すなわち、Siの含有量は、好ましくは0.05~0.25質量%であり、より好ましくは0.10~0.25質量%である。
【0025】
Mn:0.25~1.00質量%
Fe-Ni系合金板中に含まれるMnは、熱間加工性を低下させるSと結合してMnSを形成し、Sによる熱間加工性の低下を抑え、また、MnSの形成に伴い、打抜き性を改善させるのに有効な元素である。Mnの含有量が0.25質量%未満ではその効果を十分に得られない。一方、Mnの含有量が1.00質量%を超えると、MnSが過剰に形成されて、結晶粒の成長や磁壁の移動を阻み磁気特性が悪化してしまう。そのため、Mnの含有量は0.25~1.00質量%であり、好ましくは0.25~0.60質量%であり、より好ましくは0.25~0.57質量%である。
【0026】
P:0.001~0.030質量%
Fe-Ni系合金板中に含まれるPは、結晶粒界に偏析することによってSの結晶粒界への偏析を抑制し、MnSの分散析出を促進させ、打抜き性を改善させるのに有効な元素である。Pの含有量が0.001質量%未満ではその効果を十分に得られない。一方、0.030質量%を超えると、Pが結晶粒界に過剰に偏析し、熱間加工性を悪化させるだけでなく、耐発錆性を低下させる。そのため、Pの含有量は0.001~0.030質量%であり、好ましくは0.001~0.020質量%であり、より好ましくは0.001~0.019質量%である。
【0027】
S:0.0001~0.0050質量%
Fe-Ni系合金板中に含まれるSは、MnやMgと結合してMnSやMgSを形成し、打抜き性を改善させるのに有効な元素である。Sの含有量が0.0001質量%未満ではその効果を十分に得られない。一方、Sの含有量が0.0050質量%を超えると、Sが粒界に偏析して低融点化合物を形成し、熱間加工性が著しく低下してしまうだけでなく、耐発錆性を低下させてしまう。そのため、Sの含有量は0.0001~0.0050質量%であり、好ましいSの含有量の下限値は0.0003質量%、より好ましくは0.0005質量%であり、好ましいSの含有量の上限値は0.0040質量%であり、より好ましくは0.0030質量%である。すなわち、Sの含有量は、好ましくは0.0003~0.0040質量%であり、より好ましくは0.0005~0.0030質量%である。
【0028】
Ni:35.0~44.0質量%
Fe-Ni系合金板中に含まれるNiは、磁気特性を確保するために重要な元素である。Niの含有量が35.0質量%未満ではその効果を十分に得られない。一方、Niの含有量が44.0質量%を超えると熱間圧延時に圧延板の表面に傷がついたり、耳割れが発生し、歩留まりが低下してしまう。そのため、Niの含有量は35.0~44.0質量%であり、好ましいNiの含有量の下限値は35.7質量%、より好ましくは40.5質量%であり、好ましいNiの含有量の上限値は42.6質量%であり、より好ましくは41.5質量%である。すなわち、Niの含有量は、好ましくは35.7~42.6質量%であり、より好ましくは40.5~41.5質量%である。
【0029】
Cr:0.01~0.50質量%
Fe-Ni系合金板中に含まれるCrは、耐発錆性を確保するために有効な元素である。Crの含有量が0.01質量%未満ではその効果を十分に得られない。一方、Crの含有量が0.50質量%を超えると、Fe-Ni系合金中に存在するCと結合してCr系炭化物を形成し、磁壁の移動を阻み磁気特性を悪化させてしまう。そのため、Crの含有量は0.01~0.50質量%であり、好ましいCrの含有量の下限値は0.02質量%、より好ましくは0.03質量%であり、好ましいCrの含有量の上限値は0.10質量%であり、より好ましくは0.08質量%である。すなわち、Crの含有量は、好ましくは0.02~0.10質量%であり、より好ましくは0.03~0.08質量%である。
【0030】
Mo:0.005~0.10質量%
Fe-Ni系合金板中に含まれるMoは、耐発錆性を確保するために有効な元素であると同時に、結晶磁気異方性や磁歪に影響する規則格子の生成条件を制御するために重要な元素である。Moの含有量が0.005質量%未満ではその効果を十分に得られない。一方、Moの含有量が0.10質量%を超えると飽和磁束密度を低下させてしまう。そのため、Moの含有量は0.005~0.10質量%であり、好ましいMoの含有量の下限値は0.01質量%であり、好ましいMoの含有量の上限値は0.05質量%である。すなわち、Moの含有量は、好ましくは0.01~0.05質量%である。
【0031】
Cu:0.01~2.00質量%
Fe-Ni系合金板中に含まれるCuは、飽和磁束密度を確保すると同時に、耐発錆性を確保するために重要な元素である。Cuの含有量が0.01質量%未満では耐発錆性を十分に得られない。一方、Cuの含有量が2.00質量%を超えると、スリット加工又は打抜き加工時にバリやダレが発生し、製品形状の悪化を招く。そのため、Cuの含有量は0.01~2.00質量%であり、好ましくは0.01~0.50質量%であり、より好ましくは0.01~0.40質量%である。
【0032】
Al:0.0001~0.10質量%
Fe-Ni系合金板中に含まれるAlは、Fe-Ni系合金板を製造する際に行われる脱酸処理に有効な元素である。Alの含有量が0.0001質量%未満ではその効果を十分に得られず、また、Fe-Ni系合金中のOの濃度を高めてしまうため、酸化物系介在物の個数が増加し、磁気特性を低下させてしまう。一方、Alの含有量が0.10質量%を超えると、スラグ中のMgOを還元する力が強くなり過ぎてしまい、Fe-Ni系合金中のMgの濃度が高まり、低融点の金属間化合物であるNi2Mgが生成し、熱間加工性を低下させてしまう。また、それと同時に、スラグ中のCaOを還元する力も強くなり過ぎてしまい、鋼中のCaの濃度が高まり、磁気特性が低下する。そのため、Alの含有量は0.0001~0.10質量%であり、好ましくは0.0001~0.050質量%であり、より好ましくは0.0001~0.045質量%である。
【0033】
Ti:0.050質量%以下
Fe-Ni系合金板中に含まれるTiは、Fe-Ni系合金中に存在するCやNと結合してTi系炭化物や窒化物を形成する。Tiの含有量が多すぎると、結晶粒の成長や磁壁の移動を阻み磁気特性を悪化させてしまう。一方、Tiは窒化物の形成により、打抜き性の改善に有効なMnSの核となり、析出を促進させる。そのため磁気特性と打抜き性のバランスを考慮し、Tiの含有量は0.050質量%以下であり、好ましいTiの含有量の下限値は0.001質量%であり、好ましいTiの含有量の上限値は0.020質量%である。すなわち、Tiの含有量は、好ましくは0.001~0.020質量%である。
【0034】
Co:0.01~2.00質量%
Fe-Ni系合金板中に含まれるCoは、飽和磁束密度を確保すると同時に、耐発錆性を確保するために重要な元素である。Coの含有量が0.01質量%未満では耐発錆性を十分に得られない。一方、Coの含有量が2.00質量%を超えると、スリット加工又は打抜き加工時にバリやダレが発生し、製品形の悪化を招く。そのため、Coの含有量は0.01~2.00質量%であり、好ましくは0.01~1.00質量%であり、より好ましくは0.01~0.50質量%である。
【0035】
W:0.01~0.50質量%
Fe-Ni系合金板中に含まれるWは、飽和磁束密度を確保すると同時に、耐発錆性を確保するために重要な元素である。Wの含有量が0.01質量%未満では耐発錆性を十分に得られない。一方、Wの含有量が0.50質量%を超えると、スリット加工又は打抜き加工時に反りが発生し、製品形の悪化を招く。そのため、Wの含有量は0.01~0.50質量%であり、好ましくは0.01~0.10質量%であり、より好ましくは0.01~0.05質量%である。
【0036】
N:0.001~0.05質量%
Fe-Ni系合金板中に含まれるNは、Fe-Ni系合金の強度を確保するために必要な元素である。Nの含有量が0.001質量%未満ではその効果を十分に得られない。一方、Nの含有量が0.05質量%を超えると、Fe-Ni系合金中にTiが存在する場合、Tiと結合することで窒化物が形成され、結晶粒の成長や磁壁の移動を阻み磁気特性を悪化させてしまう。そのため、Nの含有量は0.001~0.05質量%であり、好ましいNiの含有量の上限値は0.01質量%であり、より好ましくは0.006質量%である。すなわち、Niの含有量は、好ましくは0.001~0.01質量%であり、より好ましくは0.001~0.006質量%である。
【0037】
Sn:0.0001~0.05質量%
Fe-Ni系合金板中に含まれるSnは、めっき性を確保するために必要な元素である。Snの含有量が0.0001質量%未満ではその効果を十分に得られない。一方、Snの含有量が0.05質量%を超えると熱間加工性を低下させてしまう。そのため、Snの含有量は0.0001~0.05質量%であり、好ましいSnの含有量の上限値は0.01質量%であり、より好ましくは0.005質量%である。すなわち、Snの含有量は、好ましくは0.0001~0.01質量%であり、より好ましくは0.0001~0.005質量%である。
【0038】
Mg:0.05質量%以下
Fe-Ni系合金板中に含まれるMgは、Fe-Ni系合金中に存在するSと結合してMgSを形成する。Mgの含有量が多すぎると、MgSが過剰に形成され、結晶粒の成長や磁壁の移動を阻み磁気特性を悪化させてしまう。しかしながら、Mgは製造都合上不可逆的に混入する。そのため、磁気特性の観点から、Mgの含有量は0.05質量%以下であり、好ましくは0.01質量%以下であり、より好ましくは0.005質量%以下である。
【0039】
Zr:0.0001~0.05質量%
Fe-Ni系合金板中に含まれるZrは、Fe-Ni系合金の強度を確保するために必要な元素である。Zrの含有量が0.0001質量%未満ではその効果を十分に得られない。一方、Zrの含有量が0.05質量%を超えると磁気特性を低下させてしまう。そのため、Zrの含有量は0.0001~0.05質量%であり、好ましくは0.0001~0.01質量%であり、より好ましくは0.0001~0.008質量%である。
【0040】
Ca:0.0020質量%以下
Fe-Ni系合金板中に含まれるCaは、Fe-Ni系合金中に存在するAlと結合してCa-Al酸化物系介在物を形成する。Caの含有量が多すぎると、Ca-Al酸化物系介在物が過剰に形成され、結晶粒の成長や磁壁の移動を阻み磁気特性を悪化させてしまう。一方、CaはSiO2活量を抑制し、また、Oの含有量を制御して介在物量を低減するために重要な元素である。そのため、磁気特性の観点から、Caの含有量は0.0020質量%以下であり、好ましいCaの含有量の下限値は0.0001質量%であり、好ましいCaの含有量の上限値は0.0010質量%である。すなわち、Caの含有量は、好ましくは0.0001~0.0010質量%である。
【0041】
O:0.0002~0.01質量%
Fe-Ni系合金板中(溶湯中)に含まれるOの含有量が0.0002質量%未満では、スラグ中のCaOが還元されて溶湯中のCaの濃度が高まり、Ca-Al酸化物系介在物が過剰に形成され、結晶粒の成長や磁壁の移動を阻み磁気特性を悪化させてしまう。一方、Oの含有量が0.01質量%を超えると、他の元素と酸化物系介在物が形成され、磁壁の移動を阻み磁気特性を悪化させてしまう。そのため、Oの含有量は0.0002~0.01質量%であり、好ましいOの含有量の下限値は0.0005質量%であり、好ましいOの含有量の上限値は0.008質量%である。すなわち、Oの含有量は、好ましくは0.0005~0.008質量%である。
【0042】
本発明に係るFe-Ni系合金板において、上記成分以外の残部はFe及び不可避的不純物であり、主成分としてFeが含有されている。
【0043】
Fe-Ni系合金板の厚さは、特に限定されるものではないが、0.05mm以上6.00mm以下であることが好ましく、0.08mm以上4.00mm以下であることがより好ましい。
【0044】
次に、本発明に係るFe-Ni系合金板の製造方法について説明する。本発明に係るFe-Ni系合金板の製造方法は、(a)Fe-Ni系合金の原料を含む溶湯を、AOD炉又はVOD炉のいずれかの二次精錬容器にて酸化精錬を行う工程(以下、「工程(a)」ともいう)と、(b)酸化精錬後の溶湯中にAl及び/又はFeSi合金を投入して、溶湯中のAlの含有量が0.0001~0.10質量%、Siの含有量が0.05~0.50質量%、Sの含有量が0.0001~0.0050質量%、Oの含有量が0.0002~0.01質量%の範囲になるように脱酸及び脱硫処理をする工程(以下、「工程(b)」ともいう)と、(c)脱酸及び脱硫処理後の溶湯を連続鋳造してスラブを形成する工程(以下、「工程(c)」ともいう)と、(d)得られたスラブを熱間圧延、次いで冷間圧延を行う工程(以下、「工程(d)」ともいう)と、を含んでいる。
【0045】
工程(a)
工程(a)では、Fe-Ni系合金の原料を含む溶湯を、AOD(Argon Oxygen Decarburization)炉又はVOD(Vacuum Oxygen Decarburization)炉のいずれかの二次精錬容器を用いて酸化精錬が行われる。溶湯は、Fe-Ni系合金の原料を電気炉で溶解させることで得られる。原料として、例えば、鉄屑、ニッケル、フェロニッケル等を用いることができ、Fe-Ni系合金スラブ片、Fe-Ni系の屑等を用いてもよい。得られた溶湯をAOD炉又はVOD炉のいずれかの二次精錬容器を用いて脱炭することにより、脱炭後の酸化性スラグ、すなわち、FeO含有スラグであるFeO-CaO-SiO2系スラグを排滓することが可能である。このスラグにはクロム酸化物、タングステン酸化物、チタン酸化物、リン酸化物も含有されており、これらの酸化物も、系外に排出することができる。これにより、得られるFe-Ni系合金板において、Crの含有量を上記範囲内に制御することができ、さらには、Wの含有量、Tiの含有量も上記範囲内に制御しやすくなり、その上、有害な不純物元素であるPの含有量を0.030質量%以下に低減できる。このように、二次精錬容器としてAOD炉又はVOD炉のいずれかを用いて酸化精錬を行うことにより、上述の酸化性スラグを系外に排出することが可能となる。尚、VOD炉は一旦除滓場に取鍋を移し、除滓機で排滓を行うため、溶湯温度が下がりやすいことから、AOD炉の利用がより有効である。
【0046】
また、工程(a)によって、得られるFe-Ni系合金板が、上記式(A)を満たすように、Cu、Co及びWの含有量を適切に制御することができる。すなわち、上記式(A)の値を1.5以上50.0未満の範囲内に制御しやすくなり、好ましくは1.5以上40.0以下の範囲内に、より好ましくは1.5以上25.0以下の範囲内に抑えることが可能となる。
【0047】
工程(b)
工程(b)では、酸化精錬後の溶湯中にAl及び/又はFeSi合金を投入して脱酸及び脱硫処理が施される。酸化精錬により、上述の酸化性スラグを排滓したとしても溶湯上には1トン程度の酸化性スラグが依然として残っている。そのため、残存する酸化性スラグ中のFeO濃度、溶湯中の酸素濃度を考慮して、それに見合う量のAl及び/又はFeSi合金を溶湯中に投入し、溶湯を脱酸及び脱硫させる。特に、溶湯中に含まれるAlの含有量が0.0001~0.1質量%の範囲内、Siの含有量が0.05~0.5質量%の範囲内に調製されるようにAl及びFeSi合金を投入することにより、最も好ましい形態で脱酸及び脱硫が進行し、得られるFe-Ni系合金板において、Oの含有量を0.0002~0.01質量%の範囲内、Sの含有量を0.0001~0.0050質量%の範囲内にそれぞれ制御できる他、その他の熱力学的に不安定な元素も上述の範囲内に制御できる。以下に、その理論を説明する。
【0048】
上述の工程(a)及び工程(b)を含む精錬過程では、得られるスラグが非常に重要な役割を果たす。形成させるスラグは特に限定されるものではないが、CaO-SiO2-Al2O3-MgO-F系スラグが形成されることが好ましい。このようなスラグに含まれるCaOは、石灰石を焼成してCO2を解離しCaOとして得た生石灰を溶湯中に投入することにより形成でき、SiO2はFeSi合金投入後の酸化により形成できる。スラグ中でCaOは特に重要な役割を果たし、スラグ中のCaO濃度は、40~70質量%に制御することが好ましい。MgOは、AOD炉又はVOD炉のいずれかの二次精錬容器の耐火物に、ドロマイト系煉瓦、マグネシア煉瓦、MgO-C系煉瓦等のマグネシア含有煉瓦を用い、スラグ中にMgOを溶損させることにより形成できる。また、このような煉瓦は高価であるために、煉瓦はできる限り寿命を延ばしてコストを抑えることが好ましく、MgO含有の廃煉瓦を使用してもよい。Fは溶湯中に蛍石を投入することで制御できる。Fは重要な成分であり、スラグの流動性を確保して、スラグ/溶湯間における下記の反応が進行し、Oの含有量を0.0002~0.01質量%の範囲内、Sの含有量を0.0001~0.0050質量%の範囲内、Caの含有量を0.0020質量%以下にそれぞれ制御できる。そのため、スラグ中のF濃度は1~10質量%に制御することが好ましい。尚、下記の各反応において、下線は溶湯に含まれる成分、括弧内はスラグに含まれる成分である。
【0049】
Si+2O → (SiO2) (1)
2(CaO)+Si → (SiO2)+2Ca (2)
Ca+S → (CaS) (3)
【0050】
上記式(1)で表される反応を有効に右辺に向けて進行させて、Oの含有量を0.0002~0.01質量%の範囲内に制御するには、スラグ中のSiO2活量を10-2~10-3に低く制御する必要がある。そのためには、上述した通りCaOが有効であり、生石灰を溶湯中に投入することでSiO2活量を制御できる。さらに、上記式(2)で表される反応が右辺に向けて進行し、次いで、生成したCaが溶湯中のSと反応して上記式(3)で表される脱硫反応が起こると、Sの含有量を0.0001~0.005質量%の範囲内に制御できると共に、一旦溶湯中に移行したCaがSと反応することでCaが消費され、Caの含有量を0.0020質量%以下に制御することが可能である。
【0051】
また、下記式(4)で表されるように、脱酸にはAlを用いることも可能である。一般的に工業用FeSi合金中には1質量%程度のAlが不純物として含まれる。そのため、FeSi合金を溶湯中に投入することによりAlの含有量を0.0001~0.10質量%の範囲内に制御することが可能である。また、スラグ中のAl2O3は溶湯中のSiとも反応し得るため、注意を要する。つまり、下記式(5)で表される反応が活発化すると本Alの含有量が0.10質量%を超えてしまう。下記式(5)で表される反応を制御するには、スラグ中のAl2O3活量を10-2~10-3に低く制御すると、Al含有量を0.0001~0.10質量%の範囲内に制御しやすくなる。そのためには、上述したように、スラグ中のCaO濃度を制御して上記式(2)で表される反応を右辺に向けて進行させ、下記式(5)で表される反応を平衡状態にさせ、反応を安定化させることが好ましい。
【0052】
2Al+3О → (Al2O3) (4)
2(Al2O3)+3Si → 3(SiO2)+4Al (5)
【0053】
Mgの含有量を0.050質量%以下に制御するためには、下記式(6)で表される反応を極力抑制する必要がある。この場合、スラグ中のMgOをできる限り低く抑えることが有効であるが、煉瓦の溶損、廃煉瓦の投入が必要なことに鑑み、スラグ中のMgO濃度は5~20質量%の範囲内に制御することが好ましい。また、Mgの濃度を抑制するには溶湯中のSi濃度を上記範囲内に制御し、且つスラグ中のCaO濃度を上記の範囲に制御することが好ましい。これにより、Mgの含有量を0.050質量%以下に制御することが可能となる。
【0054】
2(MgO)+Si → (SiO2)+2Mg (6)
【0055】
Wは脱炭時にWO3の酸化物が形成されて、その一部が揮発するのと同時に、下記式(7)の反応で表されるようにスラグ中にも移行する。取鍋精錬にてWの添加量を調製することでWの含有量を0.01~0.50質量%の範囲内に制御することができるが、スラグ中のCaO濃度、MgO濃度及びF濃度を上記範囲内にそれぞれ制御して、下記式(7)で表される反応を平衡状態にさせ、反応を安定化させることが好ましい。
【0056】
W+3O → (WO3) (7)
【0057】
Zrの含有量を0.0001~0.05質量%の範囲内に制御するために、Wと同様に取鍋精錬にてZrの添加量を調製することもできるが、下記式(8)で表されるようにZrは酸化しやすい元素である。そのため、スラグ中のCaO濃度、MgO濃度及びF濃度を上記範囲内にそれぞれ制御し、且つ、Oの含有量を0.0002~0.01質量%の範囲内に制御することにより、下記式(7)で表される反応の平衡関係を維持し、反応を安定化させることが好ましい。
【0058】
Zr+2O → (ZrO2) (8)
【0059】
Tiの含有量を0.050質量%以下に制御するために、下記式(9)で表される反応を右辺に向けて有効に進行させる。ここでも、スラグ中のCaO濃度、MgO濃度及びF濃度を上記範囲内にそれぞれ制御し、スラグ中のTiO2活量を低下させ、かつ、且つ、Oの含有量を0.0002~0.01質量%の範囲内に制御することにより、下記式(9)で表される反応を右辺に向けて有効に進行させることができ、最終的にTiの含有量を0.050質量%以下に制御することが可能となる。
【0060】
Ti+2O → (TiO2) (9)
【0061】
Nの含有量を0.001~0.05質量%の範囲内に制御するために、下記式(10)で表される反応を右辺に向けて有効に進行させる。窒素は電気炉にて原料を溶解する際に大気から容易に混入してしまうが、AOD炉又はVOD炉を用いることで、脱炭時に下記式(10)の反応が右辺に向けて進行し、Nの含有量を上述の範囲内に制御することができる。つまり、酸素吹精の際に、下記式(11)及び式(12)で表される反応によりCOガスが生成される。こようにして生成したCOガスの気泡は溶湯中の溶存窒素を取り込み、COガス中に窒素ガスの形で移行させることができ、最終的に、CO気泡が炉外に排出されることによって窒素ガスを除去することができる。ただし、COガスを系外に除去したとしても、窒素の熱力学的平衡値は0.001質量%を下回らないため、Nの含有量を0.001~0.05質量%の範囲内に制御することが可能となる。
【0062】
2N → N2[ガス] (10)
O2[ガス]+2Fe → 2FeO[酸素ガス気泡表面] (11)
FeO[酸素ガス気泡表面]+C → CO[ガス]+Fe[液体] (12)
【0063】
工程(c)
工程(c)では、脱酸及び脱硫処理後の溶湯を連続鋳造してスラブを形成する。連続鋳造の条件は、特に限定されるものではないが、連続鋳造は縦型連続鋳造機で行うことができる。
【0064】
工程(d)
工程(d)では、得られたスラブを熱間圧延、次いで冷間圧延する。スラブの熱間圧延工程を経て、熱帯を製造し、次いで、得られた熱帯に冷間圧延を施し、被冷間圧延板を作製する。熱間圧延及び冷間圧延の条件は、特に限定されるものではないが、熱間圧延はステッケル圧延機で、冷間圧延はゼンジミア型冷間圧延機で行うことができる。また、冷間圧延工程の前に、必要に応じて焼鈍、酸洗を行い、表面のスケールを除去してもよい。このようにして、本発明に係るFe-Ni系合金板を製造することができる。
【0065】
冷間圧延して得られた被冷間圧延板に磁気焼鈍を行うことにより、Fe-Ni系合金に磁気特性が付与される。磁気焼鈍の条件は、特に限定されるものではなく、従来公知の方法により、適宜行うことができる。このような工程を経て、好ましくは初比透磁率(μi)が3,000以上、より好ましくは3,500以上、好ましくは最大比透磁率(μmax)が30,000以上、より好ましくは35,000以上、好ましくは飽和磁束密度(B800)が1.4T以上、より好ましくは1.45T以上の磁気特性を示すFe-Ni系合金板を実現できる。
【実施例】
【0066】
次に、本発明の実施例を説明するが、本発明はその趣旨を超えない限り、これらの実施例に限定されるものではない。
【0067】
<実施例1~40、比較例1~10>
鉄屑、ニッケル、フェロニッケル等を含む原料60tを電気炉で溶解した。その後、AOD炉又はVOD炉で、脱炭、脱クロム、脱燐等の処理のために、酸化精錬を行った。ここで、AOD炉又はVOD炉の二次精錬容器の耐火物にドロマイト煉瓦、マグクロ煉瓦、マグネシア煉瓦、MgO-C系煉瓦をチャージ毎に、操業上の運転サイクルにしたがってライニングした。次いで、形成された酸化性スラグ、すなわち、FeO含有スラグであるFeO-CaO-SiO2系スラグを排滓した。このスラグにはCr酸化物、W酸化物、Ti酸化物、燐酸化物も含有されており極力系外に排出した。その後、溶湯をAl及び/又はFeSi合金を用いて得られる溶湯中に含まれるAl、Si、S及びOの含有量を調製しながら脱酸及び脱硫した。この際に、CaO-SiO2-Al2O3-MgO-F系スラグを造滓した。すなわち、生石灰を溶湯中に投入してCaOを形成し、SiO2はFeSi合金投入後の酸化により形成した。MgO源は、煉瓦溶損防止の目的も担うMgO含有の廃煉瓦を使用した。F源は蛍石を溶湯中に投入することで調製し、スラグの流動性を確保した。その後、溶鋼を取鍋に受けて、取鍋精錬にて温度を整えると同時に、合金組成を下記の表3、4に示される化学組成に調製すべく各種成分等を緻密に計算して添加した。尚、表5中のスラグ組成は、AOD又はVOD精錬終了時のスラグ組成を示す。
【0068】
【0069】
【0070】
【0071】
次いで、脱酸及び脱硫処理した溶湯を連続鋳造してスラブを形成し、さらに、得られたスラブについて熱間圧延、焼鈍・酸洗を行った。その後、冷間圧延を行い厚さ0.8mmのFe-Ni系合金板を製造した。
【0072】
<磁気特性>
得られたFe-Ni系合金板をJIS C2531に基づき、φ45mm×33mmのリング試験片に加工し、真空(5.0×10-3Pa以下)雰囲気中、1125℃の均熱で2.5時間の条件で磁気焼鈍したのち、JIS C3202又はJIS C3215で規定されるエナメル銅線を1次、2次側共に50巻きし、初比透磁率(μi)、最大比透磁率(μmax)及び飽和磁束密度(B800)をそれぞれ測定した。初比透磁率及び最大比透磁率は16A/mを反転磁場とし測定を行い、初比透磁率は0.8A/mの値とした。また、飽和磁束密度は磁場1600A/mの条件下で測定を行った。測定結果をもとに磁気特性の総合評価を行い、以下に示す初比透磁率、最大比透磁率及び飽和磁束密度の基準のうち、3項目全てを満足する場合、磁気特性が優れている(○)と評価した。また、以下に示す初比透磁率、最大比透磁率及び飽和磁束密度の基準のうち、2項目のみ満足する場合、磁気特性が良好である(△)と評価し、1項目のみ満足する又は全て満足しない場合、磁気特性が劣っている(×)として評価した。その結果を表5に示す。
・初比透磁率:3,000以上
・最大比透磁率:30,000以上
・飽和磁束密度:1.4(T)以上
【0073】
<耐発錆性>
耐発錆性を評価するため、上記で得た冷延板を40×50mmの試験片に切断後、その表面を400番の耐水研磨紙で湿式研磨を行い、発錆加速試験を行った。発錆加速試験は温度70℃、相対湿度100%の条件で行い、蒸留水200mlを入れた1000mlビーカー内で水に濡れないよう試験片を72時間水平に保持した。その後、発錆度合いをJIS G0595に基づきレーティングナンバー(RN)を用いて、以下の3段階で評価した。その結果を表5に示す。
・〇:RNが2.5より大きい
・△:RNが2.0以上2.5以下
・×:RNが2.0未満
【0074】
<総合評価>
上記試験の総合評価として、以下の4段階で評価した。その結果を表5に示す。
・◎:磁気特性及び耐発錆性の両方の評価が「○」
・〇:磁気特性の評価「〇」且つ耐発錆性の評価「△」
・△:磁気特性の評価「△」、又は磁気特性の評価「〇」且つ耐発錆性の評価「×」
・×:磁気特性の評価「×」、又は製品として歩留まりに劣る
【0075】
【0076】
表3~6に示されるように、本発明に規定される化学組成の範囲を満たすFe-Ni系合金板を用いた実施例1~30では、磁気特性及び耐発錆性のいずれの評価も「○」であり、総合評価も「◎」であった。
【0077】
実施例31~34では、得られたFe-Ni系合金板は本発明に規定される化学組成の範囲を満たし、また、磁気特性の評価も「○」であったものの、耐発錆性の評価が「△」となってしまい、総合評価は「〇」であった。
【0078】
実施例35では、得られたFe-Ni系合金板は本発明に規定される化学組成の範囲を満たしているものの、式(A)の値が50.4であり、また、最大比透磁率が30,000未満であったため、磁気特性の評価は「△」であった。一方、耐発錆性の評価は「〇」であったため、総合評価は「△」であった。
【0079】
実施例36では、得られたFe-Ni系合金板は本発明に規定される化学組成の範囲を満たしているものの、式(A)の値が1.4であり、また、飽和磁束密度が1.4T未満であったため、磁気特性の評価は「△」であった。一方、耐発錆性の評価は「〇」であったため、総合評価は「△」であった。
【0080】
実施例37では、得られたFe-Ni系合金板は本発明に規定される化学組成の範囲を満たしているものの、式(A)の値が1.3であり、また、飽和磁束密度が1.4T未満であったため、磁気特性の評価は「△」であった。一方、耐発錆性の評価は「〇」であったため、総合評価は「△」であった。
【0081】
実施例38では、得られたFe-Ni系合金板は本発明に規定される化学組成の範囲を満たしているものの、式(A)の値が50.1であり、また、最大比透磁率が30,000未満であったため、磁気特性の評価は「△」であった。一方、耐発錆性の評価は「〇」であったため、総合評価は「△」であった。
【0082】
実施例39では、得られたFe-Ni系合金板は本発明に規定される化学組成の範囲を満たしているものの、式(B)の値が9であり、RNが2.0未満であったため、耐発錆性の評価は「×」であった。一方、磁気特性の評価も「○」であったため、総合評価は「△」であった。
【0083】
実施例40では、得られたFe-Ni系合金板は本発明に規定される化学組成の範囲を満たしているものの、式(A)の値が1.4であり、また、飽和磁束密度が1.4T未満であった。さらに、式(B)の値が0であり、RNが2.0未満であった。そのため、磁気特性の評価が「△」、耐発錆性の評価が「×」であったため、総合評価は「△」であった。
【0084】
比較例1~3では、得られたFe-Ni系合金板は本発明に規定される化学組成の範囲を満たしておらず、また、初比透磁率が3,000未満、最大比透磁率が30,000未満であったため、磁気特性の評価は「×」であった。さらに、製品としての歩留まりも悪く、このチャージのうち、1コイルは耳割れが酷かったために屑化処理となってしまった。そのため、総合評価は「×」であった。
【0085】
比較例4~5では、得られたFe-Ni系合金板は本発明に規定される化学組成の範囲を満たしておらず、また、初比透磁率が3,000未満、飽和磁束密度が1.4T未満であったため、磁気特性の評価は「×」であった。さらに、式(B)の値も低く、RNが2.0未満であったため、耐発錆性の評価も「×」であり、総合評価は「×」であった。
【0086】
比較例6では、得られたFe-Ni系合金板は本発明に規定される化学組成の範囲を満たしておらず、また、飽和磁束密度が1.4T未満であったため、磁気特性の評価は「△」であった。さらに、式(B)の値7であり、RNが2.0未満であったため、耐発錆性の評価は「×」であった。一方、製品としての歩留まりが悪く、このチャージのうち、1コイルは耳割れが酷かったために屑化処理となってしまった。そのため、総合評価は「×」であった。
【0087】
比較例7~9では、得られたFe-Ni系合金板は本発明に規定される化学組成の範囲を満たしておらず、また、初比透磁率が3,000未満、飽和磁束密度が1.4T未満であったため、磁気特性の評価は「×」であった。さらに、式(B)の値も低く、RNが2.0未満であったため、耐発錆性の評価も「×」であり、総合評価は「×」であった。
【0088】
比較例10では、得られたFe-Ni系合金板は本発明に規定される化学組成の範囲を満たしておらず、また、初比透磁率が3,000未満、最大比透磁率が30,000未満であったため、磁気特性の評価は「×」であった。さらに、製品としての歩留まりも悪く、このチャージのうち、2コイルは耳割れが酷かったために屑化処理となってしまった。そのため、総合評価は「×」であった。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明に係るFe-Ni系合金板は、優れた初比透磁率と、良好な最大比透磁率及び飽和磁束密度を付与し得ると共に、歩留まりを抑えて製造可能であるため、例えば、自動車センサや磁気シールド材、時計のステータ等の軟磁性材料として好適に適用できる。
【要約】
【課題】本発明は、優れた初比透磁率と、良好な最大比透磁率及び飽和磁束密度を付与し得ると共に、歩留まりを抑えて製造可能なFe-Ni系合金及びその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.001~0.05%、Si:0.05~0.50%、Mn:0.25~1.00%、P:0.001~0.030%、S:0.0001~0.0050%、Ni:35.0~44.0%、Cr:0.01~0.50%、Mo:0.005~0.10%、Cu:0.01~2.00%、Al:0.0001~0.10%、Ti:0.050%以下、Co:0.01~2.00%、W:0.01~0.50%、N:0.001~0.05%、Sn:0.0001~0.05%、Mg:0.050%以下、Zr:0.0001~0.05%、Ca:0.0020%以下、O:0.0002~0.01%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなるFe-Ni系合金板。
【選択図】
図1