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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-05
(45)【発行日】2024-01-16
(54)【発明の名称】較正方法、較正装置、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   H10N 60/12 20230101AFI20240109BHJP
【FI】
H10N60/12 A
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019191538
(22)【出願日】2019-10-18
(65)【公開番号】P2021068765
(43)【公開日】2021-04-30
【審査請求日】2022-09-05
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発/次世代コンピューティング技術の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000004237
【氏名又は名称】日本電気株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】山本 剛
(72)【発明者】
【氏名】橋本 義仁
【審査官】恩田 和彦
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-073106(JP,A)
【文献】特開2018-010577(JP,A)
【文献】特開2017-028635(JP,A)
【文献】S. Puri, et al.,Quantum annealing with all-to-all connected nonlinear oscillators,Nature Communications,英国,Nature Research,2017年06月08日,10.1023,15785,1-9
【文献】Wolfgang Lechner, Philipp Hauke, Peter Zoller,A quantum annealing architecture with all-to-all connectivity from local interactions,Science Advances,米国,American Association for the Advancement of Science,2015年10月23日,vol.1, No.9, e1500838,p.1-5
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 60/12
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
IEEE Xplore
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
超伝導回路である共振器を有しパラメトリック発振を行う較正対象の発振器へと入力する入力信号を、該入力信号の周波数又は電力を掃引して、該共振器に伝送経路を介して接続された信号発生部から出力し、
前記入力信号に対する前記発振器からの反射信号の強度の測定に基づく前記反射信号の強度の分布データを取得し、
測定により取得された前記分布データと、理論的に求められた前記分布データであって前記伝送経路の信号損失度合いの値が仮定された前記分布データとを比較することにより、前記信号損失度合いを推定する
較正方法。
【請求項2】
前記周波数及び前記電力の両方が変化した場合の前記分布データを用いて前記信号損失度合いを推定する
請求項1に記載の較正方法。
【請求項3】
前記周波数の範囲は、前記較正対象の発振器の共振周波数の0.9倍から1.1倍の周波数帯に属する周波数を含む
請求項1又は2に記載の較正方法。
【請求項4】
前記較正対象の発振器は、結合回路を介して他の発振器と結合しており、
前記入力信号を前記較正対象の発振器へと入力する際、前記他の発振器の共振周波数は、前記周波数とは異なる値に設定されている
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の較正方法。
【請求項5】
前記結合回路は、第一組の発振器群と、第二組の発振器群とをジョセフソン接合を介して結合し、
前記第一組の発振器群は、前記較正対象の発振器を含み、
前記第一組の発振器群のうちの前記較正対象の発振器以外の発振器の共振周波数が、前記周波数とは異なる値に設定されている
請求項4に記載の較正方法。
【請求項6】
前記第一組の発振器群のうちの前記較正対象の発振器以外の発振器と、前記第二組の発振器群に含まれる発振器の共振周波数が、前記周波数とは異なる値に設定されている
請求項5に記載の較正方法。
【請求項7】
超伝導回路である共振器を有しパラメトリック発振を行う較正対象の発振器へと入力する入力信号を、該入力信号の周波数又は電力を掃引して、該共振器に伝送経路を介して接続された信号発生部から出力するよう制御する入力信号制御部と、
前記入力信号に対する前記発振器からの反射信号の強度の測定に基づく前記反射信号の強度の分布データを取得する測定分布データ取得部と、
理論的に求められた前記反射信号の強度の分布データであって前記伝送経路の信号損失度合いの値が仮定された前記分布データを取得する理論分布データ取得部と、
前記測定分布データ取得部により取得された前記分布データと前記理論分布データ取得部により取得された前記分布データとを比較することにより、前記信号損失度合いを推定する推定部と
を有する較正装置。
【請求項8】
超伝導回路である共振器を有しパラメトリック発振を行う較正対象の発振器へと入力する入力信号を、該入力信号の周波数又は電力を掃引して、該共振器に伝送経路を介して接続された信号発生部から出力するよう制御する入力信号制御ステップと、
前記入力信号に対する前記発振器からの反射信号の強度の測定に基づく前記反射信号の強度の分布データを取得する測定分布データ取得ステップと、
理論的に求められた前記反射信号の強度の分布データであって前記伝送経路の信号損失度合いの値が仮定された前記分布データを取得する理論分布データ取得ステップと、
前記測定分布データ取得ステップで取得された前記分布データと前記理論分布データ取得ステップで取得された前記分布データとを比較することにより、前記信号損失度合いを推定する推定ステップと
をコンピュータに実行させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は量子アニーリング回路を構成する発振器に入力される入力信号についての較正方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、超伝導素子を用いた量子計算機について研究が行なわれている。例えば特許文献1及び非特許文献1は、超伝導非線形発振器を量子ビットとして用いた量子アニーリング回路について開示している。また、非特許文献2では、量子ビットの結合について、LHZ方式と呼ばれる結合方法が提案されている。LHZ方式は、相互作用する2個のスピンを1個のスピンに置き換えることにより、スピン間の相互作用を見た目の上で解消し、全結合のハードウェアでの実現をシンプルにする方式である。
【0003】
量子アニーリング回路を用いると、組み合わせ最適化問題を解くことができる。組み合わせ最適化問題を解くことは、イジングモデルの基底状態を求めること、言い換えれば、イジングモデルのハミルトニアンを最小にするような各スピンの状態を求めることに、置き換えることができる。ここでイジングモデルとは、上向き又は下向きのいずれかの状態を取ることができる複数のスピンが、互いに相互作用している系のことである。
【0004】
量子アニーリング回路は、このイジングモデルを回路実現したものであり、スピンに見立てた量子ビットを、複数、互いに結合して構成される。各量子ビットは、上向きまたは下向きのいずれかの状態をとることができる。解こうとする最適化問題をイジングモデルにマッピングするには、量子アニーリング回路を構成する発振器に適切な入力信号を与える必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2017―73106号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】S. Puri, et al., “Quantum annealing with all-to-all connected nonlinear oscillators,” Nature Comm., 2017.
【文献】W. Lechner, et al., “A quantum annealing architecture with all-to-all connectivity from local interactions,” Science Advances 23, 2015, Vol. 1, no. 9, e1500838.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
発振器は冷凍機の中で極低温に冷却されているのに対し、この発振器に入力信号を供給する信号発生部は室温に置かれている。そして、信号発生部から発振器の入力ノードまでの間には例えば同軸ケーブルやサーキュレータなどが介在する。このため、実際に、発振器に供給される入力信号には電力損失が発生している。
【0008】
この電力損失の量が未知であるため、入力ノードに適切な電力の入力信号を正確に供給することが困難であるという問題がある。したがって、入力ノードに適切な電力を供給するには信号発生部からどのような電力値の入力信号を出力すればよいか、について較正する技術が求められている。
【0009】
本開示の目的は、発振器に供給する入力信号の信号損失度合いを推定することができる較正方法、較正装置、及びプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示の第1の態様にかかる較正方法では、
超伝導回路である共振器を有しパラメトリック発振を行う較正対象の発振器へと入力する入力信号を、該入力信号の周波数又は電力を掃引して、該共振器に伝送経路を介して接続された信号発生部から出力し、
前記入力信号に対する前記発振器からの反射信号の強度の測定に基づく前記反射信号の強度の分布データを取得し、
測定により取得された前記分布データと、理論的に求められた前記分布データであって前記伝送経路の信号損失度合いの値が仮定された前記分布データとを比較することにより、前記信号損失度合いを推定する。
【0011】
本開示の第2の態様にかかる較正装置は、
超伝導回路である共振器を有しパラメトリック発振を行う較正対象の発振器へと入力する入力信号を、該入力信号の周波数又は電力を掃引して、該共振器に伝送経路を介して接続された信号発生部から出力するよう制御する入力信号制御部と、
前記入力信号に対する前記発振器からの反射信号の強度の測定に基づく前記反射信号の強度の分布データを取得する測定分布データ取得部と、
理論的に求められた前記反射信号の強度の分布データであって前記伝送経路の信号損失度合いの値が仮定された前記分布データを取得する理論分布データ取得部と、
前記測定分布データ取得部により取得された前記分布データと前記理論分布データ取得部により取得された前記分布データとを比較することにより、前記信号損失度合いを推定する推定部と
を有する。
【0012】
本開示の第3の態様にかかるプログラムは、
超伝導回路である共振器を有しパラメトリック発振を行う較正対象の発振器へと入力する入力信号を、該入力信号の周波数又は電力を掃引して、該共振器に伝送経路を介して接続された信号発生部から出力するよう制御する入力信号制御ステップと、
前記入力信号に対する前記発振器からの反射信号の強度の測定に基づく前記反射信号の強度の分布データを取得する測定分布データ取得ステップと、
理論的に求められた前記反射信号の強度の分布データであって前記伝送経路の信号損失度合いの値が仮定された前記分布データを取得する理論分布データ取得ステップと、
前記測定分布データ取得ステップで取得された前記分布データと前記理論分布データ取得ステップで取得された前記分布データとを比較することにより、前記信号損失度合いを推定する推定ステップと
をコンピュータに実行させる。
【発明の効果】
【0013】
本開示によれば、発振器に供給する入力信号の信号損失度合いを推定することができる較正方法、較正装置、及びプログラムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施の形態にかかる較正装置及び較正対象の発振装置の構成の一例を示す模式図である。
図2】実施の形態にかかる較正装置のハードウェア構成の一例を示す模式図である。
図3】実施の形態にかかる較正装置の機能構成の一例を示すブロック図である。
図4A】入力信号の掃引を行った実験により測定された反射強度をプロットしたグラフの一例である。
図4B】理論的に求められた反射強度をプロットしたグラフの一例である。
図5】第一の実施形態にかかる信号損失度合いの推定動作の一例を示すフローチャートである。
図6】量子アニーリング回路の一例を示す模式図である。
図7】発振器を集積した量子アニーリング回路の構成を示す模式図である。
図8】第二の実施形態にかかる信号損失度合いの推定動作の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
実施の形態の説明の前に、まず、本開示における課題に関する説明をする。
上述したとおり、組み合わせ最適化問題を解くことは、イジングモデルのハミルトニアンを最小にするような各スピンの状態を求めることに、置き換えることができる。ここで、イジングモデルのハミルトニアンHは、以下の式(1)で表される。
【0016】
【数1】
【0017】
上式で、σ、σはそれぞれ、i番目のスピン、j番目のスピンであり、スピンが上向きの場合は+1の値をとり、下向きの場合は-1の値をとる。また、Jijは、i番目のスピンとj番目のスピンの間の相互作用の強さを表す結合定数である。解こうとする組み合わせ最適化問題をイジングモデルにマッピングすると、すべてのi、jについて、Jijの値が決まる。そしてそれらのJijを持つイジングモデルのハミルトニアンHを最小にするようなσ、σを見出すことにより、最適化問題の解を得ることができる。
【0018】
上述のように、解こうとする最適化問題をイジングモデルにマッピングするには、問題に応じて、すべてのi、jについてJijを決める必要があり、Jijが決まることによって、量子アニーリング回路においては各量子ビット間のすべての結合強度が決まる。したがって、量子アニーリング回路で最適化問題を解くためには、まず、問題に応じて、各量子ビット間のすべての結合強度を設定する必要がある。解の精度を高くするためには、この結合強度の設定を可能な限り正確に行うことが必要である。
【0019】
非特許文献1に記載の方式では、すなわち、LHZ方式とジョセフソンパラメトリック発振器を組み合わせた量子アニーリング回路では、|Jij|は、発振器の入力ノードにおける入力信号(第二の交流信号)の電力Pinに比例する。そのため、所望の|Jij|を設定するためには、所望の|Jij|に対応する電力Pinを有する入力信号を入力ノードに供給すればよい。しかし、上述の通り、信号発生部から発振器の入力ノードまでの間には電力損失があり、この電力損失の量が未知であるため、入力ノードに適切な電力の入力信号を正確に供給することが困難であるという問題がある。そこで、本開示では、発振器に供給する入力信号の信号損失度合いを推定する技術について開示する。
【0020】
以下、実施形態の詳細について説明する。なお、実施形態にかかる共振器は、例えば、シリコン基板上に超伝導体により形成した線路(配線)により実現される超伝導回路である。例えば、この線路の材料として、例えばNb(ニオブ)又はAl(アルミニウム)が用いられるが、Mo(モリブデン)、Ta(タンタル)など、極低温に冷却すると超伝導状態となる他の任意の金属が用いられてもよい。また、超伝導状態を実現するため、冷凍機により実現される例えば10mK(ミリケルビン)程度の温度環境において、共振器の回路は利用される。
また、以下の説明において、ジョセフソン接合とは、第1の超伝導体と第2の超伝導体で薄い絶縁膜を挟んだ構造を有する素子をいう。
【0021】
<第一の実施形態>
図1は、較正装置2及び較正対象の発振装置1の構成の一例を示す模式図である。図1に示すように、発振装置1は、発振器10、電流制御部11、キャパシタ12、サーキュレータ13、信号発生部14、及び、読み出し部15を含む。発振器10は、量子ビットとして用いられる回路であり、超伝導非線形発振器、又は、ジョセフソンパラメトリック発振器、などと称される。
【0022】
発振器10は、共振器100と、磁場発生部150とを有する。共振器100は、ループ回路110とキャパシタ120とを備えている。ループ回路110は、第一のジョセフソン接合103と第二のジョセフソン接合104とを接続する第一の超伝導線路101と、第一のジョセフソン接合103と第二のジョセフソン接合104とを接続する第二の超伝導線路102とを備えている。換言すると、共振器100は、第一の超伝導線路101と第二の超伝導線路102とが第一のジョセフソン接合103と第二のジョセフソン接合104により接合されているループ回路110と、キャパシタ120とを備えている。図1に示すように、第一の超伝導線路101と第一のジョセフソン接合103と第二の超伝導線路102と第二のジョセフソン接合104とが環状に接続されることによりループ回路110が構成されている。換言すると、ループ回路110において、第一の超伝導線路101と第二の超伝導線路102とが第一のジョセフソン接合103と第二のジョセフソン接合104により接合されることによりループを構成している。すなわち、ループ回路110は、DC-SQUID(superconducting quantum interference device)と言うこともできる。
【0023】
ループ回路110は、キャパシタ120によりシャントされている。すなわち、第一の超伝導線路101における第一の部分105と第二の超伝導線路102における第二の部分106が、キャパシタ120でシャントされている。換言すると、共振器100は、DC-SQUIDの入出力端部がキャパシタ120でシャントされている。つまり、キャパシタ120とループ回路110とを環状に接続することにより、ループ回路110をループの線路上に取り込んだループ回路が構成されているとも言える。ここで、第一の部分105は第一の超伝導線路101の任意の部分である。すなわち、第一の超伝導線路101における第一の部分105の位置は特に制限されない。同様に、第二の部分106は第二の超伝導線路102の任意の部分である。すなわち、第二の超伝導線路102における第二の部分106の位置は特に制限されない。
【0024】
なお、図1に示した構成では、発振器の一例として、ループ回路110とキャパシタ120とが環状に接続されて構成されているループ回路である共振器100が用いられるが、他の構成の共振器が用いられてもよい。例えば、共振器を構成するループ回路がさらに他の回路素子を含んでもよい。すなわち、共振器は、少なくともループ回路110とキャパシタ120とを環状に接続されて構成されているループ回路であればよい。なお、図1に示されるように、ループ回路110とキャパシタ120とを環状に接続したループ回路の一端は、接地されていてもよい。
【0025】
磁場発生部150とループ回路110は相互インダクタンスを介して磁気的に結合している。言い換えれば、磁場発生部150とループ回路110は誘導的に結合している。磁場発生部150は、交流磁場を発生させ、ループ回路110に交流磁場を印加する回路である。磁場発生部150は、交流電流が流れる回路であり、当該交流電流により交流磁場を発生させる。より詳細には、磁場発生部150は、直流電流と交流電流が重畳された電流が流れる。発生する交流磁場の周波数は、この交流電流の周波数に等しい。直流電流の大きさにより、磁束及び発振周波数(共振周波数)の大きさが制御される。共振器100の共振周波数、すなわち発振器10の発振周波数は、ループ回路110の等価インダクタンスに依存している。そして、この等価インダクタンスは、ループ回路110のループを貫く磁束の大きさに依存している。ループを貫く磁束の大きさは、磁場発生部150に流れる直流電流の大きさに依存する。このため、上述の通り、発振周波数(共振周波数)の大きさは、直流電流の大きさにより制御される。磁場発生部150は、図1では1本の配線で表現されているが、2本の配線で構成し、一方の配線には直流電流を流し、他方の配線には交流電流を流すという構成でもよい。
【0026】
磁場発生部150に交流電流を流すことによってループ回路110に共振器100の共振周波数の2倍の交流磁場を印加すると、当該共振周波数(すなわち交流磁場の周波数の0.5倍の発振周波数)で発振器10は発振する。このような発振はパラメトリック発振と呼ばれる。すなわち、発振器10は、パラメトリック発振を行なう回路である。パラメトリック発振時の発振状態は、互いに振動の位相がπだけ異なる第一の発振状態と第二の発振状態のいずれかの状態をとり得る。発振器10は、いずれの発振状態であるかにより量子ビットを表す。換言すると、第一の発振状態と第二の発振状態が量子ビットの0、1に対応する。
【0027】
電流制御部11は、発振器10の磁場発生部150に接続された回路であり、発振器10の発振周波数を制御するための直流電流と、発振器10を発振させるための交流電流を磁場発生部150に供給する。電流制御部11は、較正装置2による制御に従って、電流を供給する。
【0028】
発振器10は、キャパシタ12を介してサーキュレータ13が接続されている。キャパシタ12は、発振器10における、ループ回路110及びキャパシタ120が環状に接続されたループ回路に接続されている。キャパシタ12は、発振器10と同様、極低温の環境に配置されている。入力ノード16は、発振器10への入力信号が入力されるノードである。入力ノード16から発振器10までは超伝導材料で構成されているため、入力ノード16から発振器10までの信号の損失はないといえる。本実施の形態では、具体的には、入力ノード16は、キャパシタ12のサーキュレータ13(信号発生部14)側の端子である。
【0029】
サーキュレータ13は、本実施の形態では、極低温の環境に配置されているが、極低温よりも高い温度環境に配置されていてもよい。サーキュレータ13は、上述したキャパシタ12(入力ノード16)の他に、室温環境に置かれた信号発生部14及び読み出し部15が接続されており、信号の流れを制御する回路である。具体的には、サーキュレータ13は、信号発生部14からの信号を入力ノード16に出力する。また、入力ノード16からの信号(発振器10から反射されてくる反射信号)を読み出し部15に出力する。なお、図1に示した構成では、サーキュレータ13は、キャパシタ12(入力ノード16)を介して、ループ回路110及びキャパシタ120が環状に接続されたループ回路に接続されている。
【0030】
信号発生部14は、共振器100に伝送経路を介して接続され、共振器100(発振器10)に供給する入力信号を出力する回路である。入力信号は、具体的には、第一の交流信号と第二の交流信号を、重ねあわせた信号である。第一の交流信号及び第二の交流信号は、高周波の交流電圧であり、マイクロ波と呼ぶこともできる。ここで、第一の交流信号は、共振器100の反射信号の強度を測定するためのプローブ信号であり、第二の交流信号は、共振器100を基底状態から第一励起状態に励起するための信号である。信号発生部14は、較正装置2による制御に従って、入力信号を出力する。
【0031】
読み出し部15は、発振器10の内部状態、すなわち発振状態を読み出す回路である。本実施の形態では、読み出し部15は、発振器10からの反射信号の強度(具体的には、例えば、Sパラメータ(S11)、反射係数、電圧、又は電力など)を測定する。読み出し部15は、反射信号の強度の測定値を較正装置2に出力する。以下、反射信号の強度を反射強度と称すことがある。
【0032】
次に、較正装置2の構成について説明する。図2は、較正装置2のハードウェア構成の一例を示す模式図である。また、図3は、較正装置2の機能構成の一例を示すブロック図である。
【0033】
図2に示すように、較正装置2は、入出力インタフェース20、メモリ21、及びプロセッサ22を含む。
【0034】
入出力インタフェース20は、他の回路又は装置と通信するために使用される。本実施の形態では、入出力インタフェース20は、電流制御部11、信号発生部14、及び読み出し部15と通信するために用いられる。
【0035】
メモリ21は、例えば、揮発性メモリ及び不揮発性メモリの組み合わせによって構成される。メモリ21は、プロセッサ22により実行される、1以上の命令を含むソフトウェア(コンピュータプログラム)、及び較正装置2の各種処理に用いるデータなどを格納するために使用される。
【0036】
プロセッサ22は、メモリ21からソフトウェア(コンピュータプログラム)を読み出して実行することで、図3に示す各要素の処理を行う。プロセッサ22は、例えば、マイクロプロセッサ、MPU(Micro Processor Unit)、又はCPU(Central Processing Unit)などであってもよい。プロセッサ22は、複数のプロセッサを含んでもよい。
【0037】
また、上述したプログラムは、様々なタイプの非一時的なコンピュータ可読媒体(non-transitory computer readable medium)を用いて格納され、コンピュータに供給することができる。非一時的なコンピュータ可読媒体は、様々なタイプの実体のある記録媒体(tangible storage medium)を含む。非一時的なコンピュータ可読媒体の例は、磁気記録媒体(例えばフレキシブルディスク、磁気テープ、ハードディスクドライブ)、光磁気記録媒体(例えば光磁気ディスク)、CD-ROM(Read Only Memory)CD-R、CD-R/W、半導体メモリ(例えば、マスクROM、PROM(Programmable ROM)、EPROM(Erasable PROM)、フラッシュROM、RAM(Random Access Memory))を含む。また、プログラムは、様々なタイプの一時的なコンピュータ可読媒体(transitory computer readable medium)によってコンピュータに供給されてもよい。一時的なコンピュータ可読媒体の例は、電気信号、光信号、及び電磁波を含む。一時的なコンピュータ可読媒体は、電線及び光ファイバ等の有線通信路、又は無線通信路を介して、プログラムをコンピュータに供給できる。
【0038】
図3に示すように、較正装置2は、設定制御部200と、測定分布データ取得部201と、理論分布データ取得部202と、推定部203とを有する。なお、設定制御部200は、入力信号制御部とも称す。
【0039】
設定制御部200は、電流制御部11及び信号発生部14を制御する。具体的には、設定制御部200は、共振器100の共振周波数(発振器10の発振周波数)を所定の値に設定するよう制御する。すなわち、設定制御部200は、磁場発生部150に供給する直流電流の大きさを設定することにより、共振周波数を設定する。
【0040】
また、設定制御部200は、信号発生部14に対して、入力信号の周波数及び電力の設定を行ない、信号発生部14から出力される入力信号を制御する。特に、設定制御部200は、較正のために、次のような制御を行なう。設定制御部200は、信号発生部14から、較正対象の発振器10へと入力する入力信号を、この入力信号の周波数又は電力を掃引して出力するよう制御する。
【0041】
測定分布データ取得部201は、入力信号に対する発振器10からの反射信号の強度の測定に基づく、反射信号の強度の分布データを取得する。測定分布データ取得部201は、具体的には、読み出し部15から反射強度の分布データを取得する。ここで、分布データは、入力信号について、周波数又は電力を変更した場合の反射強度の分布を示すデータである。
【0042】
理論分布データ取得部202は、理論的に求められた反射信号の強度の分布データであって、伝送経路(具体的には信号発生部14から入力ノード16までの伝送経路)の信号損失度合いの値が仮定された分布データを取得する。具体的には理論分布データ取得部202は、ある電力Pinの第二の交流信号が共振器100に入力された場合に共振器100に蓄えられる光子の平均個数と、第一の交流信号の周波数と共振周波数との差分とに応じて特定される反射強度の理論値の分布データを取得する。ここで、電力Pinは、信号発生部14から出力された第二の交流信号の電力Pと信号損失度合いA(Aは、信号損失度合いを表わす係数(0<A<1)であり、値が小さいほど信号損失度合いが大きいことを示す)とによって特定され、Pin=PAと表される。つまり、理論分布データ取得部202は、信号損失度合いの仮定値に対応する電力Pinの第二の交流信号が入力された場合に蓄えられる光子の平均個数と、第一の交流信号の周波数と共振周波数との差分とに応じて特定される反射強度の理論値の分布データを取得する。つまり、理論分布データ取得部202は、実際に測定された分布データではなく、シミュレーションにより作成された分布データを取得する。理論分布データ取得部202は、様々な信号損失度合いに対応する様々な分布データを取得する。理論分布データ取得部202は、他の装置により計算された理論値の分布データを取得してもよいし、較正装置2によって計算された理論値の分布データを取得してもよい。
【0043】
推定部203は、測定分布データ取得部201により取得された分布データと理論分布データ取得部202により取得された分布データとを比較することにより、当該信号損失度合いを推定する。具体的には、後述するように、推定部203は、第一の交流信号の周波数及び第二の交流信号の電力に応じた反射強度と、第一の交流信号の周波数及び共振器100に蓄えられる平均光子数に応じた反射強度とを比較する。
【0044】
次に、本実施の形態による信号損失度合いの推定方法について説明する。
本実施の形態において、信号発生部14から入力ノード16までの伝送経路は非常に長く(例えば、メートルのオーダー)、伝送経路には、ケーブル、サーキュレータ13以外にもコネクタなどの高周波部品が複数介在している。また、伝送経路の温度は、室温(約300K)から極低温(約10mK)まで変化する。このため、信号発生部14から入力ノード16までの損失を直接測定することは困難である。よって、本実施の形態では、損失についての推定を以下のように行なう。
【0045】
設定制御部200は、共振器100の共振周波数を特定の周波数fに設定する。なお、共振器100の共振周波数と、磁場発生部150に供給する直流電流との関係は、実験により予め既知であるとする。また、設定制御部200は、第二の交流信号の周波数を、共振器100の共振周波数fに等しい値に設定する。そして、設定制御部200は、第二の交流信号の電力又は第一の交流信号の周波数を変化させ、読み出し部15は、発振器10から反射されてくる反射信号の強度がどのように変化するかを測定する。すなわち、設定制御部200は、入力信号の掃引を行うよう制御する。なお、入力信号の掃引において、第二の交流信号の周波数は共振周波数fに固定され、第一の交流信号の電力も特定の値に固定されている。
【0046】
図4Aは、入力信号の掃引を行った実験により測定された反射強度をプロットしたグラフの一例である。すなわち、図4Aは、測定分布データ取得部201が取得する分布データの一例である。図4Aで示したグラフの横軸は、第二の交流信号の電力P(設定制御部200により設定された電力)を示し、単位はdBmである。図4Aで示したグラフの縦軸は、第一の交流信号の周波数fと共振器100の共振周波数fの差を示し、単位はMHzである。この差は、デチューニングと呼ばれる。式で表すと、デチューニングΔは、Δ=f-fとなる。したがって、図4Aで示したグラフにおいて、たとえばΔ=0は、第一の交流信号の周波数fが共振器100の共振周波数fと等しいことを示す。また、Δ>0は、fがfより高いことを示し、Δ<0は、fがfより低いことを示す。そして、図4Aのグラフにおける濃淡は、発振器10から反射されてくる反射信号の強度の大きさを示している。図4Aの四角いプロットエリアの右側に示した凡例の通り、色が濃いほど反射強度が弱く、色が薄いほど反射強度が強いことを示している。なお、反射強度は、上述の通り、SパラメータであるS11の絶定値でもよいし、電圧でも電力でもよい。すなわち、反射信号の強さが表される値であれば、どのような種類の値が用いられてもよい。図4Aのグラフに示される測定結果から理解できる通り、発振器10から反射されてくる反射信号の強度は、第二の交流信号の電力及び第一の交流信号の周波数に依存して変化する。
【0047】
一方、図4Bは、理論的に求められた反射強度をプロットしたグラフの一例である。すなわち、図4Bは、シミュレーションにより得られる分布データであり、理論分布データ取得部202が取得する分布データの一例である。なお、図4Bで示したグラフ(分布データ)は、信号損失度合いの値として、実際の信号損失度合いの値とほぼ一致する値が仮定された場合のグラフ(分布データ)である。図4Bで示したグラフの縦軸は、図4Aで示したグラフの縦軸と同じである。また、図4Bのグラフにおける濃淡も、図4Aのグラフと同じように、反射信号の強度を表す。図4Bの横軸は、共振器100に蓄えられる光子の平均個数である。後述する式(2)に示されるように、共振器100に蓄えられる光子の平均個数は、発振器10に実際に供給される第二の交流信号の電力に比例する。したがって、共振器100に蓄えられる光子の平均個数と、第二の交流信号の電力P(設定制御部200により設定された電力)とは対応する。発振器10の反射信号の強度が、共振器100に蓄えられる光子の平均個数及び第一の交流信号の周波数に依存してどのように変化するかは理論的に分かっているため、測定結果(図4A)とは別に、図4Bに示すような分布データが得られる。
【0048】
上述の通り、発振器10に入力されている信号の電力はPAとなる。つまり、室温の信号発生部14から、電力値Pの第二の交流信号を発振器10に供給したとき、実際には、発振器10には、電力値PAの第二の交流信号が供給されている。ここで、上述の通り、発振器10に供給されている第二の交流信号の電力値PAと、共振器100に蓄えられる光子の平均個数<n>は比例する。具体的には、以下の式(2)の関係式が成り立つ。
【0049】
【数2】
【0050】
ここで、
【数3】
は、プランク定数hを2πで割ったものである。また、Qは、共振器100のQ値であり、予め実験などにより具体的な値が特定されている。また、ωは共振器100の共振角周波数であり、以下の式(3)で表される。ここで、fは、設定制御部200が設定した既知の値であるため、ωも既知の値である。
【0051】
ω=2πf・・・(3)
【0052】
式(2)に示される関係が成り立っているため、適切な信号損失度合いA(すなわち、実際の信号損失度合いA)を仮定した場合、測定に基づくグラフ(分布データ)と理論的なグラフ(分布データ)は同じになる。したがって、そのようになる信号損失度合いAを見つけることにより、実際の信号損失度合いAを推定することができる。以下、信号損失度合いの推定について詳細を説明する。
【0053】
式(2)から分かるように、信号損失度合いAを仮定するということは、平均光子数<n>(図4Bのグラフの横軸)を仮定するということと等価である。このため、信号損失度合いAの値を変えると、平均光子数<n>の値が変わることとなる。したがって、信号損失度合いAの値を変えると、図4Bのグラフは、横軸の最小値と最大値が変わることとなる。このことについて、さらに説明する。上述の通り、測定に基づくグラフ(図4Aのグラフ)の横軸は、信号発生部14における第二の交流信号の電力Pである。したがって、測定に基づくグラフにおいて、横軸Pの最小値と最大値は、測定の際に信号発生部14が出力した第二の交流信号の電力Pの最小値と最大値である。一方、電力Pを掃引する範囲は既知であるため(すなわち、測定時の電力Pの最小値と最大値は既知であるため)、式(2)の関係から、信号損失度合いAの値を仮定すれば、平均光子数<n>の最小値と最大値も算出できる。つまり、理論的なグラフ(図4Bのグラフ)の横軸の最小値と最大値が算出できる。そして、平均光子数の最小値から最大値までの範囲についての理論的に求められた反射強度をプロットすれば、理論的なグラフが得られる。このように、信号損失度合いAの値を変えると、理論的なグラフにおけるプロット対象となる横軸の値域が変わることとなる。換言すれば、信号損失度合いAの値を変えると、測定に基づく分布データと比較される、理論的な分布データのデータ範囲(より詳細には、平均光子数についてのデータ範囲)が変更されることとなる。
【0054】
推定部203は、測定に基づくグラフ(分布データ)と、信号損失度合いが仮定された理論的なグラフ(分布データ)とを比較する。両者の比較では、測定時の電力Pの最小値から最大値までの範囲の反射強度のグラフ(分布データ)と、仮定された信号損失度合いにより定まる平均光子数の最小値から最大値までの範囲の反射強度のグラフ(分布データ)とが比較される。そして、推定部203は、両者を比較することにより、両者が同じとみなせるか否かを判定する。すなわち、推定部203は、両者の差が所定の差以下であるか否かを判定する。なお、推定部203は、例えば、最小二乗法などの公知のデータ比較手法を用いて両者の差を算出する。推定部203は、両者の差が所定の差以下である場合の信号損失度合いの仮定値を、実際の信号損失度合いの値と推定する。したがって、推定部203は、測定に基づく分布データと、仮定された信号損失度合いが異なる様々な理論的な分布データとの比較を繰り返すことにより、両者の差が所定の差以下となるような信号損失度合いの仮定値を見つけ出す。そして、推定部203は、そのような仮定値を、実際の信号損失度合いの値(すなわち、真の値)と推定する。
【0055】
次に、本実施の形態における信号損失度合いの推定動作の流れについて説明する。図5は、第一の実施形態にかかる信号損失度合いの推定動作の一例を示すフローチャートである。以下、図5に沿って、説明する。
【0056】
ステップS100において、設定制御部200が、較正対象の発振器10の共振周波数を設定する。ここでは、較正対象の発振器10に設定された共振周波数をfと称すこととする。
【0057】
ステップS101において、入力信号の掃引及び反射強度の測定が行なわれる。すなわち、設定制御部200は、較正対象の発振器10へと入力する入力信号を掃引して、信号発生部14から出力するよう制御する。また、読み出し部15により測定された反射強度の分布データを測定分布データ取得部201が取得する。
【0058】
なお、入力信号の掃引では、例えば、入力信号の周波数及び電力(具体的には、第二の交流信号の電力及び第一の交流信号の周波数)を所定の範囲で変化させるが、電力又は周波数のいずれか一方のみを所定の範囲で変化させてもよい。ただし、電力及び周波数の両方を掃引した方が、より多くのデータが収集できるため好ましい。
【0059】
また、分布データにおける第一の交流信号の周波数の範囲は、較正対象の発振器10の共振周波数、若しくはその近傍の周波数を含むことが好ましい。具体的には、例えば、測定の際、第一の交流信号の周波数の範囲は、較正対象の発振器10の共振周波数の0.9倍から1.1倍の周波数帯に属する周波数を含むことが好ましい。このことは、次のような理由による。図4Aから分かるように、デチューニングΔ(グラフの縦軸)がゼロもしくはゼロの近傍である場合、第二の交流信号の電力(グラフの横軸)を変化させると、発振器10からの反射強度が変化することが、はっきりと分かる。これに対し、デチューニングΔが例えば+20MHzの場合、第二の交流信号の電力を変化させても反射強度はほとんど変化しない。すなわち、特徴的な分布データが得られない。このため、デチューニングΔが+20MHzの反射強度に着目した場合、測定に基づく分布データと理論的な分布データを比較して、信号損失度合いを推定することが容易ではない。したがって、特徴的な分布データを得ることができるよう、第一の交流信号の周波数の範囲は、較正対象の発振器10の共振周波数、若しくはその近傍の周波数を含むことが好ましい。
【0060】
ステップS102からステップS103にかけて、推定部203による信号損失度合いの推定が行なわれる。なお、この推定では、上述したとおり、周波数及び電力の両方が変化した場合の分布データを用いて信号損失度合いを推定してもよいし、いずれか一方が変化した場合の分布データを用いて信号損失度合いを推定してもよい。
【0061】
ステップS102において、推定部203は、測定により得られた分布データと、理論的に得られた、信号損失度合いが仮定された分布データとを比較する。
ステップS103において、推定部203は、両者の差が所定の差以下であるか否かを判定する。すなわち、推定部203は、両者が一致しているとみなせるか否かを判定する。両者が一致していない場合、ステップ102に戻り、信号損失度合いの値として別の値を仮定した分布データと、測定により得られた分布データとを比較する。これに対し、両者が一致しているとみなせる場合、ステップS104において、推定部203は、比較対象とされた分布データで仮定されていた信号損失度合いの値を実際の信号損失度合いの値と確定する。
【0062】
以上、第一の実施形態について説明した。本実施形態によれば、信号損失度合いの値が推定される。すなわち、伝送経路における信号損失量を特定することができる。したがって、入力ノード16に所望の電力を有する第二の交流信号を正確に供給することができる。このため、式(1)におけるJijを、ハードウェアにより適切に実現することができる。すなわち、推定された信号損失度合いをAとし、Jijに対応する第二の交流信号の電力をPinとすると、設定制御部200は、電力Pin/Aを有する第二の交流信号を信号発生部14から出力するよう制御すればJijをハードウェアにより適切に実現できる。
【0063】
<第二の実施形態>
第一の実施形態では、較正対象の発振器10と他の発振器との接続を考慮せずに較正する実施形態について説明した。本実施形態では、較正対象の発振器10と他の発振器との接続を考慮した較正について説明する。
【0064】
図6は、量子アニーリング回路の一例を示す模式図である。図6では、一例として、4個の発振器10を含む量子アニーリング回路3が示されている。ここで、図6では、これら4個の発振器10を区別するべく、符号10A、10B、10C、及び10Dを用いることとする。なお、図6では、量子アニーリング回路3に加え、上述した較正装置2も図示されている。以下の説明では、発振器10Aについての較正を行なう場合を例に説明する。また、発振器10A、10B、10C、及び10Dについて、特に区別することなく言及する場合、発振器10と称すこととする。
【0065】
図6に示した量子アニーリング回路3では、4個の発振器10を1個の結合回路30で接続している。より詳細には、結合回路30は、発振器10とキャパシタ12との間の回路に接続されている。各発振器10には、図1を参照して説明したとおり、電流制御部11が接続されている。つまり、発振器10の磁場発生部150には、電流制御部11が接続されている。各電流制御部11には、発振器10の共振周波数を設定するために、較正装置2が接続されている。また、各発振器10に接続されているキャパシタ12には、サーキュレータ13を介して信号発生部14及び読み出し部15が接続されている。また、発振器10Aに対応する信号発生部14及び読み出し部15に対しては、信号損失度合いの推定を行なうために、較正装置2が接続されている。
【0066】
結合回路30は、4個の発振器10を結合する回路であり、図6に一例として示した構成例では、1個のジョセフソン接合300と4個のキャパシタ301で構成される。結合回路30は、4個の発振器10のうち、2個の発振器10からなる第一組の発振器群(発振器10A、10B)と、他の2個の発振器10からなる第二組の発振器群(発振器10C、10D)とをジョセフソン接合300を介して結合している。ここで、第一組の発振器群(発振器10A、10B)はそれぞれ、超伝導体302_1に、キャパシタ301を介して接続している。また、第二組の発振器群(発振器10C、10D)はそれぞれ、超伝導体302_2に、キャパシタ301を介して接続している。ここで、超伝導体302_1は、ジョセフソン接合300の一方の端子に接続される配線であり、超伝導体302_2は、ジョセフソン接合300の他方の端子に接続される配線である。つまり、超伝導体302_1及び超伝導体302_2は、ジョセフソン接合300により接合されているとも言える。
つまり、第一組の発振器群のうちの第一の発振器10(発振器10A)はジョセフソン接合300の一方の端子に、第一のキャパシタ301を介して接続している。また、第一組の発振器群のうちの第二の発振器10(発振器10B)はジョセフソン接合300の一方の端子に、第二のキャパシタ301を介して接続している。同様に、第二組の発振器群のうちの第三の発振器10(発振器10C)はジョセフソン接合300の他方の端子に、第三のキャパシタ301を介して接続している。また、第二組の発振器群のうちの第四の発振器10(発振器10D)はジョセフソン接合300の他方の端子に、第四のキャパシタ301を介して接続している。
なお、図6に示した結合回路30の代わりに、ジョセフソン接合及びキャパシタを組み合わせて構成される他の結合回路が用いられてもよい。
【0067】
図6に示した構成では、発振器10が4個の場合の量子アニーリング回路の構成を示しているが、図6に示した量子アニーリング回路3の構成を単位構造として、複数の単位構造を並べて接続することにより、任意の個数の発振器10を集積した量子アニーリング回路を実現することができる。その構成例を図7に示す。図7は、発振器10を集積した量子アニーリング回路4の構成を示す模式図である。図7に示した構成では、各結合回路30は、図6に示したように、それぞれ4個の発振器10と接続している。そして、各発振器10が1乃至4個の結合回路30と接続され、発振器10を複数の単位構造で共有して並べられることにより、図6に示した単位構造が並べられた状態としている。量子アニーリング回路4において、少なくとも一個の発振器10は、複数の結合回路30に接続されている。特に図7に示した例では、少なくとも1個の発振器10は、4個の結合回路30に接続されている。また、量子アニーリング回路4について、次のように説明することもできる。量子アニーリング回路4は、複数の発振器10を有し、各発振器10は、1乃至4個の結合回路30に接続されている。各発振器10が接続する結合回路30の個数は、当該発振器10がいくつの単位構造において共有されているかに対応している。このように、図7で示した例では、量子アニーリング回路4は、単位構造を複数有し、発振器10が、複数の単位構造で共有されている。図7に示した例では13個の発振器10を集積しているが、任意の個数の発振器10を同様の方法で集積できる。
【0068】
なお、図7では、電流制御部11、信号発生部14、読み出し部15、サーキュレータ13、及びキャパシタ12は、図面の理解を容易にするために、図示を省略している。また、量子アニーリング回路の動作原理と制御方法は非特許文献1に記載されており、図6及び図7に示した量子アニーリング回路においても、非特許文献1に記載されている動作原理及び制御方法が適用される。
【0069】
さて、このように、較正対象の発振器10と他の発振器10とが結合回路30により結合されている構成においては、各発振器10は互いに接続されている。したがって、何も工夫をしないと、反射強度の測定のために信号発生部14から較正対象の発振器10へと供給した入力信号の一部は、較正対象の発振器10に接続されている別の発振器10に漏れてしまう。このため、信号損失度合いの正確な推定ができない。
【0070】
そこで、本実施形態においては、反射強度の測定のための入力信号を較正対象の発振器10へと入力する際、設定制御部200は、この発振器10と接続する他の発振器10の共振周波数を、入力信号の周波数とは異なる値に設定する。具体的には、他の発振器10の共振周波数を、第二の交流信号の周波数とは異なる周波数に設定する。なお、上述したとおり、第二の交流信号の周波数は、較正対象の発振器10の共振周波数と同じ周波数に設定されるため、較正対象の発振器10の共振周波数と他の発振器10の共振周波数とを異なる周波数に設定すると言うこともできる。設定制御部200は、他の発振器10の磁場発生部150に供給する直流電流の大きさを設定することにより、他の発振器10の共振周波数を、反射強度の測定時に用いられる入力信号の周波数とは異なる値に設定する。換言すると、設定制御部200は、各磁場発生部150に供給する直流電流の大きさを設定することにより、較正対象の発振器10の共振周波数と他の発振器10の共振周波数とが異なるように、共振周波数を設定する。これにより、他の発振器10への入力信号の漏れを抑制することができ、より正確な信号損失度合いの推定が可能となる。
【0071】
なお、共振周波数を調整することにより信号の漏れを抑制できるのは、一般的に、共振器が、共振周波数の近傍の周波数だけを透過させるフィルタとしての機能を有するためである。すなわち、共振器100の共振周波数と同じ周波数の信号については当該共振器100を透過するが、共振周波数と異なる周波数の信号についてはほとんど透過しないためである。
【0072】
なお、第二の交流信号の周波数(較正対象の発振器10の共振周波数)と異なる値に共振周波数が設定される発振器10は、較正対象の発振器10が結合回路30を介して接続する他の3つ発振器10の全てであってもよいが、一部のみであってもよい。例えば、較正対象の発振器10と接続している発振器10のうち、ジョセフソン接合300を介さずに接続されている発振器10についてのみ、共振周波数を第二の交流信号の周波数とは異なる値に設定すればよい。つまり、第一組の発振器群(発振器10A、10B)のうちの較正対象の発振器10A以外の発振器10Bの共振周波数が、第二の交流信号の周波数とは異なる値に設定されていればよい。これは、ジョセフソン接合300もフィルタとしての機能を有するため、ジョセフソン接合300を信号が透過することが抑制されるからである。つまり、ジョセフソン接合300を介して較正対象の発振器10Aと接続している他の発振器10C、10Dの共振周波数が第二の交流信号の周波数と同じであっても、他の発振器10C、10Dへの信号の漏れが抑制される。ただし、信号の漏れをさらに抑制するために、結合回路30を介して較正対象の発振器10Aと接続される他の全ての発振器10B、10C、10Dについて、共振周波数を第二の交流信号の周波数とは異なる値に設定することが好ましい。つまり、第一組の発振器群(発振器10A、10B)のうちの較正対象の発振器10A以外の発振器10Bと、第二組の発振器群に含まれる発振器10C、10Dの共振周波数が、第二の交流信号の周波数とは異なる値に設定されていることが好ましい。
【0073】
次に、本実施の形態における信号損失度合いの推定動作の流れについて説明する。図8は、第二の実施形態にかかる信号損失度合いの推定動作の一例を示すフローチャートである。図8に示したフローチャートは、ステップS100がステップS200に置き換わった点で、図5に示したフローチャートと異なっている。以下、図5に示したフローチャートと異なる点について説明する。
【0074】
ステップS200において、設定制御部200は、較正対象の発振器10Aの共振周波数と、較正対象の発振器10Aに結合回路30を介して接続された他の発振器10B、10C、10Dの共振周波数とが異なるよう、共振周波数を設定する。較正対象の発振器10Aに設定する共振周波数をfとすると、発振器10B、10C、10Dの共振周波数として周波数f(ただし、f≠f)を設定する。なお、発振器10B、10C、10Dの共振周波数は同じでなくてもよい。また、上述の通り、発振器10Bについてのみ共振周波数をfに設定し、発振器10C、10Dについては、共振周波数をfに設定してもよい。
ステップS200以降の処理は図5に示したフローチャートと同じであるため、説明を割愛する。
【0075】
以上、第二の実施形態について説明した。本実施形態によれば、他の発振器10への入力信号の漏れを抑制することができる。このため、より正確に信号損失度合いの値を推定することができる。
【0076】
なお、本発明は上記実施形態に限られたものではなく、趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。
【符号の説明】
【0077】
1 発振装置
2 較正装置
3 量子アニーリング回路
4 量子アニーリング回路
10 発振器
11 電流制御部
12 キャパシタ
13 サーキュレータ
14 信号発生部
15 読み出し部
16 入力ノード
20 入出力インタフェース
21 メモリ
22 プロセッサ
30 結合回路
100 共振器
101 第一の超伝導線路
102 第二の超伝導線路
103 第一のジョセフソン接合
104 第二のジョセフソン接合
105 第一の部分
106 第二の部分
110 ループ回路
120 キャパシタ
150 磁場発生部
200 設定制御部
201 測定分布データ取得部
202 理論分布データ取得部
203 推定部
300 ジョセフソン接合
301 キャパシタ
302_1 超伝導体
302_2 超伝導体
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5
図6
図7
図8