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特許7413850物体位置の角度推定装置及び方法、並びにレーダ装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-05
(45)【発行日】2024-01-16
(54)【発明の名称】物体位置の角度推定装置及び方法、並びにレーダ装置
(51)【国際特許分類】
   G01S 7/02 20060101AFI20240109BHJP
   G01S 13/42 20060101ALI20240109BHJP
   G01S 13/34 20060101ALI20240109BHJP
【FI】
G01S7/02 210
G01S13/42
G01S13/34
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020040831
(22)【出願日】2020-03-10
(65)【公開番号】P2021143854
(43)【公開日】2021-09-24
【審査請求日】2023-01-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000002945
【氏名又は名称】オムロン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 卓二
(74)【代理人】
【識別番号】100091524
【弁理士】
【氏名又は名称】和田 充夫
(74)【代理人】
【識別番号】100172236
【弁理士】
【氏名又は名称】岩木 宣憲
(72)【発明者】
【氏名】大橋 卓
【審査官】藤田 都志行
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-066248(JP,A)
【文献】特開2012-168157(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第106383335(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 3/00- 3/74
G01S 7/00- 7/42
G01S 13/00-13/95
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アレーアンテナから見た物体位置に対する角度を推定する物体位置の角度推定装置であって、
複数のアンテナを含むアレーアンテナによって受信された複数の受信信号をフーリエ変換することにより周波数スペクトラムを計算し、前記周波数スペクトラムにおいてピークとなる少なくとも1つの周波数に対応する距離を検索して抽出する距離推定部と、
前記抽出された距離、もしくは所定の距離に基づいて、前記距離に対応する角度毎のモードベクトルを計算するモードベクトル計算部と、
前記抽出された距離に対応する周波数に基づいて、前記計算された前記距離に対応する角度毎のモードベクトルを利用して、所定の角度推定処理を実行することで空間周波数スペクトラムである角度スペクトラムを計算し、前記角度スペクトラムにおいてピークとなる角度を抽出することで前記物体位置の角度を推定する角度推定部とを備える、
物体位置の角度推定装置。
【請求項2】
前記物体位置の角度推定装置はさらに、
前記抽出された距離と、前記距離に対応して推定された角度との組に基づいて、前記物体位置を計算する位置情報計算部とを備える、
請求項1に記載の物体位置の角度推定装置。
【請求項3】
前記位置情報計算部は、2次元座標又は3次元座標で表される物体位置を計算する、
請求項2に記載の物体位置の角度推定装置。
【請求項4】
前記モードベクトル計算部が前記所定の距離に基づいて、前記距離に対応する角度毎のモードベクトルを計算するときに、前記距離は、検出すべき距離範囲を複数の距離区間に分割し、前記分割された各距離区間でそれぞれ所定の代表距離を用いる、
請求項1~3のうちのいずれか1つに記載の物体位置の角度推定装置。
【請求項5】
前記物体位置の角度推定装置は、FMCW(Frequency Modulation Continuous Wave)方式のレーダ装置のための物体位置の角度推定装置であって、
前記受信信号は、チャープパルス信号である送信信号が前記物体で反射されて受信された信号である、
請求項1~4のうちのいずれか1つに記載の物体位置の角度推定装置。
【請求項6】
請求項1~5のうちのいずれか1つに記載の物体位置の角度推定装置を備える、
レーダ装置。
【請求項7】
アレーアンテナから見た物体位置に対する角度を推定する物体位置の角度推定方法であって、
複数のアンテナを含むアレーアンテナによって受信された複数の受信信号をフーリエ変換することにより周波数スペクトラムを計算し、前記周波数スペクトラムにおいてピークとなる少なくとも1つの周波数に対応する距離を検索して抽出するステップと、
前記抽出された距離、もしくは所定の距離に基づいて、前記距離に対応する角度毎のモードベクトルを計算するステップと、
前記抽出された距離に対応する周波数に基づいて、前記計算された前記距離に対応する角度毎のモードベクトルを利用して、所定の角度推定処理を実行することで空間周波数スペクトラムである角度スペクトラムを計算し、前記角度スペクトラムにおいてピークとなる角度を抽出することで前記物体位置の角度を推定するステップとを含む、
物体位置の角度推定方法。
【請求項8】
前記物体位置の角度推定方法はさらに、
前記抽出された距離と、前記距離に対応して推定された角度との組に基づいて、前記物体位置を計算するステップを含む、
請求項7に記載の物体位置の角度推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物体位置の角度推定装置から例えば近距離にある物体位置の角度を推定する物体位置測定装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
いわゆる「電波センサ」と呼ばれるレーダ装置を用いて、レーダ装置から電波を放射した後、物体で反射された電波の到来角度を推定する、従来例に係る到来方向推定(到来角度推定)装置及び方法が例えば特許文献1において開示されている。
【0003】
この従来例に係る到来方向推定装置では、従来技術に比較して精度よく信号の到来方向を推定するために、以下の構成を有している。当該到来方向推定装置は、複数のアンテナを含むアレーアンテナによって受信された受信信号に基づく前記アンテナ毎の信号を取得し、取得した前記アンテナ毎の信号に基づく相関行列を生成し、前記相関行列を用いてカトリ・ラオ積による拡張相関行列を生成し、前記拡張相関行列に対して空間平均処理を行った空間平均拡張相関行列を生成する第1演算部と、前記第1演算部で生成された前記空間平均拡張相関行列に基づいて、前記受信信号に含まれる物標からの信号の到来方向を算出する第2演算部とを備える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2017-090229号公報
【文献】特許第6365251号公報
【文献】特許第5783693号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】菊間信良,「アレーアンテナによる適応信号処理」,科学技術出版,2004年8月1日発行(9.1節~10.2節,173ページ~202ページ)
【文献】関根松夫,「レーダ信号処理技術」,コロナ社,電子情報通信学会,1991年9月20日発行(5章,96ページ~157ページ)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来例に係る到来方向推定装置では、物体からの反射波が無限遠からの波(平面波)であることを仮定した条件で角度推定を実施していた。そのため、近距離の物体を検知する場合は仮定が成り立たず角度推定精度が劣化するという課題があった。
【0007】
本発明の目的は以上の問題点を解決し、従来技術に比較して高い精度で物体位置の角度推定を行うことができる物体位置の角度推定装置及び方法、並びにレーダ装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る物体位置の角度推定装置は、
アレーアンテナから見た物体位置に対する角度を推定する物体位置の角度推定装置であって、
複数のアンテナを含むアレーアンテナによって受信された複数の受信信号をフーリエ変換することにより周波数スペクトラムを計算し、前記周波数スペクトラムにおいてピークとなる少なくとも1つの周波数に対応する距離を検索して抽出する距離推定部と、
前記抽出された距離、もしくは所定の距離に基づいて、前記距離に対応する角度毎のモードベクトルを計算するモードベクトル計算部と、
前記抽出された距離に対応する周波数に基づいて、前記計算された前記距離に対応する角度毎のモードベクトルを利用して、所定の角度推定処理を実行することで空間周波数スペクトラムである角度スペクトラムを計算し、前記角度スペクトラムにおいてピークとなる角度を抽出することで前記物体位置の角度を推定する角度推定部とを備える。

【発明の効果】
【0009】
従って、本発明に係る物体位置の角度推定装置等によれば、角度推定の前に行われる距離推定で得られた距離情報を角度推定時に利用することにより、従来技術に比較して、近距離における物体位置の角度推定の推定精度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施形態1に係るレーダ装置100の構成例を示すブロック図である。
図2】受信アレーアンテナ装置を有するレーダ装置と物体Pからの反射波を説明するための概略図である。
図3】従来例に係る到来角度推定法を説明するための概略図である。
図4図1のレーダ装置100における物体Pと受信アンテナ1-1~1-Lとの間の距離r,r,…,rを示す概略図である。
図5図1のレーダ装置100で用いる送信信号及び受信信号を示す波形図である。
図6図1のレーダ装置100における物体Pと送信アンテナ2及び受信アンテナ1-1~1-Lとの関係を示す平面図である。
図7図1のレーダ装置100で取り出す周波数スペクトラムの一例を示す距離Rに対する周波数スペクトラムを示す概略図である。
図8図1のレーダ装置100において想定される物体Pの位置座標Ppと、各受信アンテナ1-1~1-Lの位置座標とを示す図である。
図9図1のプロセッサ30により実行される物体の角度推定及び位置検出処理を示すフローチャートである。
図10図9のステップS10における検出位置情報を計算するときの、極座標から直交座標への変換を示す図である。
図11】実施形態2に係る、物体の3次元位置情報を計算するレーダ装置における物体Pとアンテナ位置(原点)との関係を示す座標図である。
図12図11のレーダ装置における受信アンテナ51の配置を示す概略座標図である。
図13図11のレーダ装置における物体Pと受信アンテナ1-1~1-Lとの関係を示す平面図である。
図14図11のレーダ装置において3次元の位置検出情報を計算するときの、極座標から直交座標への変換を示す座標図である。
図15】変形例に係る物体の位置検出処理を説明するための図である。
図16】従来例に係る到来角度推定法で用いるモードベクトルを説明するための概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明にかかる実施形態について図面を参照して説明する。なお、同一又は同様の構成要素については同一の符号を付している。
【0012】
(発明者の知見)
図2は受信アレーアンテナ装置を有するレーダ装置と物体Pからの反射波を説明するための概略図である。図2において、複数L個の受信アンテナ1-l(l=1,2,…,L)の開口面及び基準点Rが直線上で並置されている。図2に示すように、レーダ装置の複数L個の各受信アンテナ1-lの受信信号には、物体Pからの反射波による到来方向に依存した距離差rdl(l=1,2,…,L)を持つ位相差が現れる。
【0013】
図3は従来例に係る到来角度推定法を説明するための概略図である。図3においても、複数L個の受信アンテナ1-1(l=1,2,…,L)の開口面及び基準点Rが直線上で並置されている。複数L個の受信アンテナ1-l(l=1,2,…,L)から構成される受信アレーアンテナ装置を有するレーダ装置では、図3に示すように、複数L個の受信アンテナ1-l間で位相差が存在する。ここで、レーダ装置と物体P間の距離が十分遠く、平面波近似が可能な遠方界領域では、各受信アンテナ1-lの位相には、到来角度θ特有の距離差rdlが生じ、十分遠方からの到来波を仮定しているため、各受信アンテナ1-lで受信される各反射波の位相差が線形に増加する。受信アレーアンテナ装置を有するレーダ装置では、この線形増加する距離差rdl(位相差)を利用して位相走査を行い、物体Pで反射された反射波の到来角度又は到来方向の推定を行う。しかし、レーダ装置の複数L個の受信アンテナ1-lと、検出すべき物体Pとの間の距離が近い近傍界に属する領域では、物体Pからの反射波は到来角だけでなく距離に依存した距離差rdl(l=1,2,…,L)になる。従って、検出される到来角度のみから推定される複数L個の受信アンテナ1-l間の距離差情報と一致しなくなるため、到来角度の推定精度が劣化するという課題があった。
【0014】
(実施形態1)
図4図1のレーダ装置100における物体Pと、複数L個の受信アンテナ1-1~1-Lとの間の距離r,r,…,rを示す概略図である。
【0015】
本実施形態では、上記の課題を解決するために、物体位置の角度推定よりも前に、物体Pとレーダ装置間の距離の推定を行い、物体Pからの反射波に係る、物体Pと複数L個の受信アンテナ1-lとの間の距離r(l=1,2,…,L)を測定する。そして、物体位置の角度推定時には、受信アンテナ1-lと基準点Rの基準ライン(横方向のライン)と、反射波との間の角度に加えて、反射波に係る、物体Pと複数L個の受信アンテナ1-lとの間の距離rを含めた位相走査を行うことで、角度推定時における推定精度の向上を図ることを特徴とする。
【0016】
図1は実施形態1に係るレーダ装置100の構成例を示すブロック図である。
【0017】
図1において、実施形態に係るレーダ装置100は例えばFMCW(Frequency Modulation Continuous Wave)方式のレーダ装置であって、複数L個の受信アンテナ1-l(l=1,2,…,L;以下、lについては以下同様である。)を含む受信アンテナ装置1と、複数L個の低雑音増幅器11-lと、複数L個の混合器12-lと、複数L個の低域通過フィルタ13-lと、複数L個のAD変換器(ADC)14-lとを備える。また、レーダ装置100はさらに、1個の送信アンテナを含む送信アンテナ装置2と、局部発振器15と、混合器16と、帯域通過フィルタ(BPF)17と、サーキュレータ18と、電力増幅器19と、信号処理装置20と、表示部40とを備える。ここで、信号処理装置20は、受信信号メモリ21と、送信信号発生器22と、信号処理中のデータを格納するメモリ23と、プロセッサ30とを備える。
【0018】
送信制御部31はレーダ装置100の送信動作を制御し、送信信号発生器22に対して送信指示信号を出力する。これに応答して、送信信号発生器22は1チャープパルス信号を発生して混合器16に出力する。混合器16は入力される1チャープパルス信号を局部発振器15からの局部発振信号と混合することで、所定の送信周波数にアップコンバートして送信信号を生成し、所定の送信周波数帯域を有する帯域通過フィルタ(BPF)17及びサーキュレータ18を介して電力増幅器19に出力する。電力増幅器19は入力される送信信号を増幅した後、送信アンテナ装置2から所定の放射方向に送信信号の電波を、検出すべき物体に向けて放射する。
【0019】
図1において、複数L個の受信アンテナ1-l(l=1,2,…,L)の開口面が直線上で並置されて、直線アレーアンテナ装置である受信アンテナ装置1を構成している。物体Pにより反射された送信信号は、上記の複数L個の受信アンテナ1-l(l=1,2,…,L)を含む受信アンテナ装置1により受信される。各受信アンテナ1-lにより受信された複数L個の受信信号は低雑音増幅器11-lにより低雑音増幅された後、混合器12-lに入力される。混合器12-lは入力される複数L個の受信信号をサーキュレータ18からの送信信号と混合した後、低域通過フィルタ(LPF)13-lを通過させることで複数L個のベースバンド信号を得る。複数L個のベースバンド信号はAD変換器14-lによりデジタルベースバンド信号にAD変換された後、信号処理装置20内の受信信号メモリ21に順次時系列で格納される。
【0020】
図1のレーダ装置100では、ダイレクトコンバージョン方式を用いて低域通過フィルタ13-lを用いているが、本発明はこれに限らず、ヘテロダインコンバージョン方式を用いる場合は、中間周波数を有する中間周波数信号のみを通過させる帯域通過フィルタ(BPF)を用いてもよい。
【0021】
例えばFMCW方式のレーダ装置100の場合、送信信号と受信信号との周波数差が物体とレーダ装置100との距離に比例して増減するため、この周波数差が距離の変動成分となる。また、FCM(Fast Chirp Modulation)方式の場合、送信信号と受信信号との位相差(フェーズシフト)が物体とレーダ装置100との距離に比例して増減するため、この位相差によるビート信号の変動成分が距離の変動成分となる。また、物体で反射したときに受信信号が当該物体の速度による影響を受け、物体とレーダ装置100との相対速度(ドップラ周波数)に比例してパルス間の周波数の差が増減するため、このパルス間の周波数差によるビート信号の変動成分が速度の変動成分となる。なお、相対速度や距離の異なる物標が複数存在する場合、各受信アンテナ1-lにはフェーズシフト量やドップラシフト量の異なる反射波が複数受信され、各混合器12-lから得られるベースバンド信号には各物体に対応したビート信号を含む様々な成分が含まれることになる。
【0022】
プロセッサ30は例えばディジタル計算機等のコンピュータであって、送信制御部31と、距離推定部32と、モードベクトル計算部33と、モードベクトルメモリ34と、角度推定部35と、位置情報計算部36とを備える。
【0023】
以下、プロセッサ30により実行される物体の角度推定及び位置検出処理について、図5図10を参照して説明する。
【0024】
図5図1のレーダ装置100で用いる送信信号及び受信信号を示す波形図である。また、図6図1のレーダ装置100における物体Pと送信アンテナ2及び受信アンテナ1-1~1-Lとの関係を示す平面図である。
【0025】
ここで、FMCW方式のレーダ装置100を考える。簡単化のため、反射信号は1波で、受信機熱雑音は無視できるほど十分小さいとする。図5に示すように、1チャープパルス信号の掃引時間をTSWとし、中心周波数をfとし、周波数帯域幅をBとし、各受信アンテナ1-lにおける送信から受信までの遅延時間をτ(l=1,2,…,L)とする。ここで、遅延時間τ(l=1,2,…,L)は、図6に示すように、送信アンテナ2から放射された電波が物体Pに反射し距離rだけ離れた各受信アンテナ1-lが受信するまでの、距離rの電波伝搬に要する遅延時間である。なお、距離rは、送信アンテナ2から物体Pまでの距離(共通)に、物体Pから各受信アンテナ1-1~1-Lまでの距離を加算した距離である。このとき、解析すべきベースバンド信号に変換されたl番目のレーダ受信信号xは次式で表される。
【0026】
【数1】
(1)
【0027】
ここで、
【0028】
【数2】
(l=1,2,…,L)
である。
【0029】
ここで、1チャープパルス信号(時間信号)に係る受信信号データxをフーリエ変換して得られる各受信アンテナ1-lに対応する受信信号の周波数スペクトラムXは次式で表される。
【0030】
【数3】
(2)
【0031】
ここで、l=1,2,…,Lである。
【0032】
図7図1のレーダ装置100で取り出す周波数スペクトラムの一例を示す距離Rに対する周波数スペクトラムを示す図である。周波数スペクトラムXから周波数ピークとなる周波数データとその距離情報を取り出す。ここでは、1波の反射信号のため最大値を取り出すと、距離rに対応する遅延時間τから形成される次式の周波数データSを取り出すことができる。
【0033】
【数4】
【0034】
ここで、max[・]は引数の最大値を示す関数である。
【0035】
なお、各受信アンテナ1-lから得られる周波数スペクトラムXから取り出し空間周波数スペクトラムの計算に利用する周波数データyは次式で表される。
【0036】
【数5】
(4)
【0037】
ここで、[・]は転置を表す。
【0038】
図8図1のレーダ装置100において想定される物体Pの位置座標Ppと、各受信アンテナ1-1~1-Lの位置座標とを示す図である。以下、図8を参照して、近距離での角度推定に利用するモードベクトルの生成方法について説明する。
【0039】
以下の手順を用いて、距離と角度の情報を含むモードベクトルを生成する。
(1)複数L個の受信アンテナ1-1~1-Lのうち、いずれか1つの受信アンテナを基準点Rとして定める。なお、図8では、受信アンテナ1-1の位置を基準点Rとしている。
(2)事前の距離推定で測定した距離rと、走査を行う角度から物体P(反射波源)の想定される位置座標Pp(x,y)を求める。
(3)物体Pの想定位置座標Pp(x,y)と、残りの各受信アンテナ1-lの位置座標(x,y)から受信アンテナ1-lと、物体Pとの距離Rを求め、下記の式を用いてモードベクトルを計算する。
【0040】
ここで、物体Pの位置座標Pp(x,y)は次式で表される。
【0041】
x=rref・cos(90゜-θ)=rref・sinθ
y=rref・sin(90゜-θ)=rref・cosθ
【0042】
ここで、θは走査角度であり、rrefは距離推定で求めた、いずれか1つの受信アンテナ1-lに関する距離r(l=1,2,…,L)である。
【0043】
各受信アンテナ1-1~1-Lと物体Pとの距離R(l=1,2,…,L)は次式で表される。
【0044】
【数6】
(5)
【0045】
また、角度推定に利用するモードベクトルa(rref,θ)は次式で表される。
【0046】
【数7】
(6)
【0047】
ここで、k(=2π/λ)は波数を表し、λは波長である。
【0048】
図8では、基準点Rを受信アンテナ1-1に定めた場合を示しており、rref=rとして物体Pの想定位置座標Pp(x,y)を計算し、各受信アンテナ1-1~1-Lと物体Pの想定位置座標Pp(x,y)との距離Rを求め、モードベクトルa(rref,θ)を生成することができる。
【0049】
なお、上述の空間周波数スペクトラム(角度スペクトラム)の計算は角度走査を行う任意の公知アルゴリズムに適用可能であって、例えばBeamformer法、Capon法、MUSIC(MUltiple SIgnal Classification)法、LP(Linear Prediction)法等の種々の到来方向推定法(例えば、非特許文献1参照)に適用することができる。ここで、所定のアルゴリズムを用いた場合の空間周波数スペクトラム(角度スペクトラム)を計算する方法について以下に説明する。
【0050】
例えば、Beamformer法では、次式を用いて空間周波数スペクトラム(角度スペクトラム)PBF(θ)を計算することができる。
【0051】
【数8】
(7)
【0052】
ここで、Rは次式で表される相関行列である。
【0053】
R=yy (8)
【0054】
ここで、[・]は複素共役転置を表す。
【0055】
距離rに複数の到来波が含まれる場合、以下のアルゴリズムを用いて空間周波数スペクトラム(角度スペクトラム)を計算するとき、その計算性能が劣化する。そのため、例えば特許文献1でも挙げられている空間平均処理を用いることが望ましい。
【0056】
Capon法では、次式を用いて空間周波数スペクトラム(角度スペクトラム)PCP(θ)を計算することができる。
【0057】
【数9】
(9)
【0058】
ここで、[・]-1は逆行列演算子を表す。
【0059】
また、線形予測法では、次式を用いて空間周波数スペクトラム(角度スペクトラム)PLP(θ)を計算することができる。
【0060】
【数10】
(10)
【0061】
ここで、ベクトルw及びtは次式で表される。
【0062】
w=R-1t (11)
t=[1,0,…,0] (12)
【0063】
また、MUSIC法では、次式を用いて空間周波数スペクトラム(角度スペクトラム)PLP(θ)を計算することができる。なお、MUSIC法では、到来波数に応じて計算に使用する固有ベクトルの数を変える必要があり、AIC(Akaike Information Criterion)やMDL(Minimum Description Length)(例えば、特許文献3参照)などの公知の波数推定アルゴリズムによって計算された到来波数の出力値を用いる。
【0064】
【数11】
(13)
【0065】
ここで、Eは次式で表される。
【0066】
=[eM+1,…,e] (14)
【0067】
ここで、eは相関行列Rの固有ベクトルであり、Mは、1≦M≦L-1の範囲の整数である。
【0068】
以上のように計算した空間周波数スペクトラムである角度スペクトラムP(θ)を用いて、当該角度スペクトラムP(θ)がピークとなる角度θ(l=1,2,…,L)を取り出す。なお、到来波が1波のみの場合は、次式に示すように、角度スペクトラムの最大値を取る角度θmaxを取り出す。
【0069】
【数12】
(15)
【0070】
複数個のピークに応じた角度θを取り出す場合、例えばCFAR(Constant False Alarm Rate)処理(例えば、非特許文献2参照)などの信号検出法を利用することで検索することができる。なお、上述の手法により距離推定においても複数個のピークに応じた距離rlを取り出すことができる。
【0071】
レーダ装置100における検出位置情報は一般的に極座標で表されるが、当該極座標を直交座標に変換して表す場合が考えられる。図10は後述する図9のステップS10における検出位置情報を計算するときの、極座標から直交座標への変換を示す図である。検出位置情報出力処理の一例として、距離r及び角度θmaxの2次元情報を、図10のような2次元の直交座標に変換して表す場合、変換式は次式で表される。
【0072】
x=r・cos(90゜-θmax)=r・sinθmax
y=r・sin(90゜-θmax)=r・cosθmax
(16)
【0073】
図9図1のプロセッサ30により実行される物体の角度推定及び位置検出処理を示すフローチャートである。図9の物体の角度推定及び位置検出処理では、複数N個の物体が存在するものとする。
【0074】
図9において、距離推定部32は、式(1)のレーダ受信信号x(l=1,2,…,L)を受信信号メモリ21から読み出して取得し(S1)、1チャープパルス信号がレーダ装置100から送信された後物体Pで反射されて受信されたレーダ受信信号xの受信データを高速フーリエ変換(FFT)することで、式(2)の周波数スペクトラムX(l=1,2,…,L)を計算し(S2)、周波数スペクトラムXから周波数がピーク(極大値)となる式(3)の周波数データSと、当該周波数データSに対応する距離情報rとの組をN組検索して抽出する(S3)。
【0075】
次いで、パラメータnに0をセットし(S4)、パラメータnは所定の物体数値Nと比較してn≧Nである否かが判断され(S5)、YESのときはステップS10に進む一方、NOのときはステップS6に進む。ステップS6では、パラメータnを1だけインクリメントした後、ステップS7に進む。
【0076】
モードベクトル計算部33は、式(6)を用いて、距離情報rに対応する位相データを用いた角度毎のモードベクトルa(r,θ)を生成してモードベクトルメモリ34に格納する(S7)。次いで、角度推定部35は、距離情報rに対応する式(4)の周波数データyに基づいて、所定の角度推定処理を行うことで、空間周波数スペクトラムである角度スペクトラムを計算し(S8)、計算された角度スペクトラムからピークとなる角度情報θを抽出して距離情報rと対応させてメモリ23に格納し(S9)、ステップS5に戻る。
【0077】
次いで、位置情報計算部36は、メモリ23に格納された距離情報rと角度情報θとの組の情報から物体Pの検出位置情報(x,y)を計算して表示部40に出力して表示し(S10)、当該物体Pの角度推定及び位置検出処理を終了する。
【0078】
なお、本実施形態では、物体Pの検出位置情報(x,y)を表示部40に出力して表示しているが、本発明はこれに限らず、プリンタに出力して印字し、もしくは音声合成装置に出力して音声信号で出力して報知してもよい。
【0079】
(実施形態2)
以上の実施形態1では、平面空間上の2次元座標における物体の位置を検出しているが、本発明はこれに限らず、仰角情報も加えた3次元空間上の物体位置検出にも適用してもよい。以下の実施形態2では、3次元空間上の物体位置検出に適用したレーダ装置100に関して、実施形態1との相違点について以下に説明する。
【0080】
図11は実施形態2に係る、物体の3次元位置情報を計算するレーダ装置における物体Pとアンテナ位置(原点)との関係を示す座標図である。また、図12図11のレーダ装置における複数個の受信アンテナ51の配置を示す概略座標図である。
【0081】
実施形態2では、座標系の一例として図11のような距離r,方位角θ,仰角φに位置する物体Pからの反射波が到来する場合を考える。また、アレーアンテナである受信アンテナ装置1は、図12に示すように、XZ平面上に並置された複数個の受信アンテナ51を備えて構成される。
【0082】
図13図11のレーダ装置における物体Pと受信アンテナ51(1-1~1-L)との関係を示す平面図である。実施形態2では、事前に行う距離推定で測定した距離rと、走査を行う走査角度θ,φから反射波源である物体Pの想定される位置座標を求め、物体Pの想定位置座標と各受信アンテナ51(1-1~1-L)の各座標からモードベクトルa(r,θ,φ)を、次式を用いて計算することができる。
【0083】
【数13】
(17)
【0084】
ここで、r(l=1,2,…,L)は、各受信アンテナ51(1-1~1-L)の座標と距離r及び走査角度θ,φから決定される位置座標間の長さ(すなわち、アンテナ座標と走査する座標との距離)を表す。
【0085】
実施形態2においても、空間周波数スペクトラム(角度スペクトラム)の計算は角度走査を行う、例えばBeamformer法、Capon法、MUSIC法等の任意のアルゴリズムに適用可能である。
【0086】
例えば、Beamformer法では、次式を用いて空間周波数スペクトラム(角度スペクトラム)PBF(θ,φ)を計算することができる。
【0087】
【数14】
(18)
【0088】
距離rに複数の到来波が含まれる場合、以下のアルゴリズムを用いて空間周波数スペクトラム(角度スペクトラム)を計算するとき、その計算性能が劣化する。そのため、例えば特許文献1でも挙げられている空間平均処理を用いることが望ましい。
【0089】
Capon法では、次式を用いて空間周波数スペクトラム(角度スペクトラム)PCP(θ)を計算することができる。
【0090】
【数15】
(19)
【0091】
また、線形予測法では、次式を用いて空間周波数スペクトラム(角度スペクトラム)PLP(θ)を計算することができる。
【0092】
【数16】
(20)
【0093】
また、MUSIC法では、次式を用いて空間周波数スペクトラム(角度スペクトラム)PMU(θ)を計算することができる。なお、MUSIC法では、到来波数に応じて計算に使用する固有ベクトルの数を変える必要があり、AIC(Akaike Information Criterion)やMDL(Minimum Description Length)(例えば、特許文献3参照)などの公知の波数推定アルゴリズムによって計算された到来波数の出力値を用いる。
【0094】
【数17】
(21)
【0095】
実施形態2に係るレーダ装置100においても、検出位置情報は一般的に極座標で表されるが、当該極座標を直交座標に変換して表す場合が考えられる。図14図11のレーダ装置において3次元の位置検出情報を計算するときの、極座標から直交座標への変換を示す座標図である。検出位置情報出力処理の一例として、距離r及び角度θmax,φmaxの3次元の位相検出情報を図14のような3次元の直交座標に変換して表す場合、変換式は次式で表される。
【0096】
x=r・cosφmax・cos(90゜-θmax)=r・cosφmax・sinθmax
y=r・cosφmax・sin(90゜-θmax)=r・cosφmax・cosθmax
z=r・sinφmax
(22)
【0097】
以上の数式を用いて、実施形態2においても、実施形態1の図9の処理を同様に実行することで、物体Pの3次元の位置座標を検出することができる。
【0098】
(変形例)
図15は変形例に係る物体の位置検出処理を説明するための図である。図15に示すように、所定の距離範囲を任意の複数区間に分割し、各区間において例えば中央値又は平均値などの代表距離を設定し、各区間内に含まれる距離データには代表距離を角度推定に利用することで距離推定から得られる距離情報を用いたモードベクトルの計算が不要になり、全体の計算時間を短縮できる。すなわち、モードベクトルa(r,θ)を事前に計算するときの各距離は、検出すべき距離範囲を複数の距離区間に分割し、前記分割された各距離区間でそれぞれ、例えば中央値又は平均値である所定の代表距離を用いる。従って、距離情報を参照しない従来の角度推定と比べると推定精度を改善できる。
【0099】
この変形例によれば、事前に代表距離に応じたモードベクトルを準備できるので、角度推定時に都度計算するステップS7の処理を省略できる。しかし、ピークの周波数に対応した距離情報を用いた角度推定を行う場合に比べて推定精度は劣化する。
【0100】
以上の実施形態において、物体の角度のみを推定するときは、図9のステップS10の処理を省略してもよい。
【0101】
(実施形態及び変形例の効果)
以上説明したように、本実施形態に係る物体位置の角度推定装置等によれば、角度推定の前に行われる距離推定で得られた距離情報を角度推定時に利用することにより、従来技術に比較して、近距離における物体位置の角度推定の推定精度を高めることができる。
【0102】
(従来例に係る到来角度推定法との相違点についての補足)
図16は従来例に係る到来角度推定法で用いるモードベクトルを説明するための概略図である。図16において、各受信アンテナ1-l(l=1,2,…,L)の基準点Rからの距離をr(l=1,2,…,L)としている。
【0103】
(従来法の遠方界仮定の角度推定で利用されるモードベクトル)
例えば特許文献1で開示されたレーダ装置において、直線アレーアンテナを用いて、走査角度に応じたアンテナの配置(素子間隔)をもとに各アンテナの位相差を計算しており、このときのモードベクトルa(θ)は次式で表される(特許文献1の段落0061及び数22参照。)。
【0104】
【数18】
(23)
【0105】
また、例えば特許文献2で開示されたレーダ装置において、等間隔直線アレーアンテナを用いる場合のモードベクトルa(θ)は次式で表される(特許文献2の段落0143及び数16参照)。
【0106】
【数19】
(24)
【0107】
この式(24)は、前記の式(23)をその第1項で正規化したことに相当しており、受信アンテナ間の素子間隔はすべて同一の距離dとなる。
【0108】
式(23)及び式(24)のモードベクトルa(θ)は、本実施形態に係る式(6)のモードベクトルa(r,θ)と明らかに全く異なっている。特許文献1及び2に係るレーダ装置では、距離及び速度推定の結果を重要度として定義される式に利用し、レーダ装置に近く、移動速度が速いものほど、先に角度推定を行うようにしている。すなわち、重要度を決定する式を計算するために距離情報及び速度情報を利用しているのに対して、本実施形態では、後処理の角度推定に距離情報を利用している。
【産業上の利用可能性】
【0109】
以上詳述したように、本発明に掛かる物体位置の角度推定装置及び方法は、従来技術に比較して高い精度で物体位置の角度推定を行うことができる物体位置の角度推定装置及び方法、それを用いたレーダ装置に対して有用である。
【符号の説明】
【0110】
1 受信アンテナ装置
1-1~1-L 受信アンテナ
2 送信アンテナ装置
11-1~11-L 低雑音増幅器
12-1~12-L 混合器
13-1~13-L 低域通過フィルタ(LPF)
14-1~14-L AD変換器(ADC)
15 局部発振器
16 混合器
17 帯域通過フィルタ(BPF)
18 サーキュレータ
19 電力増幅器
20 信号処理装置
21 受信信号メモリ
22 送信信号発生器
23 メモリ
30 プロセッサ
31 送信制御部
32 距離推定部
33 モードベクトル計算部
34 モードベクトルメモリ
35 角度推定部
36 位置情報計算部
40 表示部
51 受信アンテナ
P 物体
Pp 物体Pの位置座標
R 基準点
S 等位相波面
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16