(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-05
(45)【発行日】2024-01-16
(54)【発明の名称】路面μ推定装置
(51)【国際特許分類】
B60W 40/068 20120101AFI20240109BHJP
【FI】
B60W40/068
(21)【出願番号】P 2020063837
(22)【出願日】2020-03-31
【審査請求日】2023-02-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】戸羽 弘安
【審査官】戸田 耕太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-153290(JP,A)
【文献】特開2013-180639(JP,A)
【文献】特開2000-25599(JP,A)
【文献】特開2010-234919(JP,A)
【文献】特許第5707790(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60W 40/068
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
路面の路面摩擦係数である路面μを状態変数とし、前記路面μを変数に含む観測値を持つ非線形カルマンフィルタを用いて前記路面μの推定値である路面μ推定値を演算する路面μ推定装置において、
前記路面μ推定値のばらつき具合を示す指標として、システムノイズ分散値を演算するシステムノイズ分散値演算部と、
前記観測値が含むノイズである観測ノイズのばらつき具合を示す指標として、観測ノイズ分散値を演算する観測ノイズ分散値演算部と、
前記路面μ推定値を演算するなかで得られる前記観測値の推定値である観測推定値と前記観測値との偏差である観測偏差に関し、前記観測偏差の過去のばらつき具合を示す指標に対して新たに得られる前記観測偏差のずれ具合を示す指標を演算し、当該指標を前記路面μの変化量を示すμ変化量として演算するμ変化量演算部と、
前記システムノイズ分散値と、前記観測ノイズ分散値とに基づいて、前記非線形カルマンフィルタにおける前記路面μ推定値の修正量を示すカルマンゲインを演算するカルマンゲイン演算部と、を備え、
前記システムノイズ分散値演算部は、前記システムノイズ分散値を演算する際に、前記μ変化量を加味する
ことを特徴とする路面μ推定装置。
【請求項2】
前記μ変化量は、当該μ変化量に対して前記システムノイズ分散値が比例するように、当該システムノイズ分散値の係数として演算されるものである請求項1に記載の路面μ推定装置。
【請求項3】
前記μ変化量は、前記観測偏差について過去のばらつき具合を示す指標からなる情報群があることを前提とし、当該情報群に対して新たに得られる前記観測偏差のずれ具合を定量的に示すマハラノビス距離である請求項2に記載の路面μ推定装置。
【請求項4】
前記観測値として、車両に生じている横加速度及びヨーレートと、車両の転舵輪を上方から見た場合の転舵の中心のアライニングトルクとを少なくとも含んでいる請求項1~請求項3のうちいずれか一項に記載の路面μ推定装置。
【請求項5】
前記非線形カルマンフィルタは、拡張カルマンフィルタである請求項1~請求項4のうちいずれか一項に記載の路面μ推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、路面μ推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両の運動方程式から得られる状態方程式と、観測値を示す観測方程式とに基づいて、オブザーバを構成するものがある(例えば、特許文献1)。特許文献1には、車両が走行する路面の路面摩擦係数である路面μを推定できるようにした路面μ推定装置が開示されている。
【0003】
特許文献1に記載の路面μ推定装置では、観測値にノイズを含むことを考慮して、オブザーバとして拡張カルマンフィルタを構成することで、路面μの推定値である路面μ推定値の推定精度を高めるようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、車両が走行する路面の実際の路面μは、例えば、車両がアスファルト路から凍結路に進入等すると、その前後で大きく変化することが予測される。こうした状況では、路面μ推定値の推定精度として高い精度を得るための推定応答性が足りなければ、路面μ推定値が実際の路面μの大きな変化を追従することができなくなる。つまり、実際の路面μが大きく急速に変化する状況では、実際の路面μと、路面μの推定値との間に差を生じてしまい、路面μ推定値の推定精度が低下する可能性がある。
【0006】
本発明の目的は、実際の路面μが大きく急速に変化する状況であっても、路面μ推定値の推定精度の低下を抑制できる路面μ推定装置を提供することになる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決する路面μ推定装置は、路面の路面摩擦係数である路面μを状態変数とし、前記路面μを変数に含む観測値を持つ非線形カルマンフィルタを用いて前記路面μの推定値である路面μ推定値を演算するものにおいて、前記路面μ推定値のばらつき具合を示す指標として、システムノイズ分散値を演算するシステムノイズ分散値演算部と、前記観測値が含むノイズである観測ノイズのばらつき具合を示す指標として、観測ノイズ分散値を演算する観測ノイズ分散値演算部と、前記路面μ推定値を演算するなかで得られる前記観測値の推定値である観測推定値と前記観測値との偏差である観測偏差に関し、前記観測偏差の過去のばらつき具合を示す指標に対して新たに得られる前記観測偏差のずれ具合を示す指標を演算し、当該指標を前記路面μの変化量を示すμ変化量として演算するμ変化量演算部と、前記システムノイズ分散値と、前記観測ノイズ分散値とに基づいて、前記非線形カルマンフィルタにおける前記路面μ推定値の修正量を示すカルマンゲインを演算するカルマンゲイン演算部と、を備え、前記システムノイズ分散値演算部は、前記システムノイズ分散値を演算する際に、前記μ変化量を加味するようにしている。
【0008】
上記構成によれば、観測値は、路面μを変数として含むため、実際の路面μに変化があると、その影響が観測偏差についてのばらつき具合として現れる。つまり、観測偏差のばらつき具合は、路面μの変化具合の指標として用いることができる。これにより、路面μ推定値のばらつき具合を示す指標としてμ変化量を加味して演算されるシステムノイズ分散値は、実際の路面μに変化があれば、その変化量に応じて変化するようになる。そして、システムノイズ分散値が変化するということは、当該システムノイズ分散値に基づき演算されるカルマンゲインが変化するということである。その結果、路面μ推定値は、μ変化量に応じたカルマンゲインのもとで修正された値として演算されるようになる。
【0009】
上記構成では、例えば、車両がアスファルト路から凍結路に進入等して、実際の路面μが変化すると、この変化をμ変化量として捉えることができるようになる。これに対して、μ変化量が大きければ、当該μ変化量が加味されたシステムノイズ分散値に基づいて、路面μ推定値の修正量を大きくするようにカルマンゲインが変化する。この場合、路面μ推定値の推定応答性を一時的に高めることができるようになる。これにより、実際の路面μが大きく急速に変化する状況では、こうした変化を素早く検出して、当該変化に対して素早く追従することができるようになる。したがって、実際の路面μが大きく急速に変化する状況であっても、路面μ推定値の推定精度の低下を抑制することができる。
【0010】
これを実現する場合、具体的には、前記μ変化量は、当該μ変化量に対して前記システムノイズ分散値が比例するように、当該システムノイズ分散値の係数として演算されるものである。
【0011】
また、上記路面μ推定装置において、前記μ変化量は、前記観測偏差について過去のばらつき具合を示す指標からなる情報群があることを前提とし、当該情報群に対して新たに得られる前記観測偏差のずれ具合を定量的に示すマハラノビス距離であることが好ましい。
【0012】
ここで、マハラノビス距離では、過去の情報群に対して新たに得られる情報のずれ具合として相関性を考慮した距離で定量的に検出することができるといった特徴がある。
つまり、上記構成によれば、システムノイズ分散値の係数として、マハラノビス距離を用いることで、実際の路面μの変化を定量的にシステムノイズ分散値に反映させることができるようになる。これにより、実際の路面μの変化がシステムノイズ分散値を通じてカルマンゲインに反映され、実際の路面μの変化に応じた推定応答性が設定されるようになる。したがって、実際の路面μの変化に適した推定応答性で路面μ推定値を演算することができる。
【0013】
上記を実現する場合、具体的には、前記観測値として、車両に生じている横加速度及びヨーレートと、車両の転舵輪を上方から見た場合の転舵の中心のアライニングトルクとを少なくとも含むものである。
【0014】
また、上記路面μ推定装置において、前記非線形カルマンフィルタは、拡張カルマンフィルタであることが好ましい。
上記構成によれば、非線形カルマンフィルタとして拡張カルマンフィルタを採用することで、路面μ推定装置の汎用性を高める点で効果的である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の路面μ推定装置によれば、実際の路面μが大きく変化する状況であっても、路面μの推定値の推定精度の低下を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】第1実施形態の車両用制御装置の概略構成図。
【
図3】路面μ推定装置が構成する拡張カルマンフィルタの機能を示すブロック図。
【
図4】(a)は路面μの変化を示す図、(b)はμ変化量の変化を示す図。
【
図5】路面μ推定値の推定応答性について本実施形態の適用ありと適用なしとを比較して示す図。
【
図6】第2実施形態の車両用制御装置の概略構成図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(第1実施形態)
以下、路面μ推定装置を車両の作動を制御する車両用制御装置に適用した第1実施形態を図面に従って説明する。
【0018】
図1に示すように、車両Aは、当該車両Aの作動を制御する車両用制御装置Bを備えている。車両Aは、車両用制御装置Bの制御対象となる操舵装置1を備えている。操舵装置1は、当該操舵装置1の作動を制御する操舵制御装置2を備えている。操舵制御装置2は、車両用制御装置Bのなかで、車両Aの作動として操舵装置1の作動を制御する。操舵装置1は、運転者によるステアリングホイール3の操作であるステアリング操作に基づいて転舵輪4を転舵させる操舵機構5を備えている。また、操舵装置1は、操舵機構5にステアリング操作を補助するためのアシスト力を付与するアクチュエータ6を備えている。つまり、本実施形態において、操舵装置1は、運転者によるステアリング操作を補助する電動パワーステアリング装置である。
【0019】
操舵機構5は、ステアリングホイール3が固定されるステアリングシャフト11と、ステアリングシャフト11に連結された転舵軸であるラック軸12と、ラック軸12が往復動可能に挿通されるハウジングであるラックハウジング13とを備えている。また、操舵機構5は、ステアリングシャフト11の回転をラック軸12の軸線方向の往復動に変換するラックアンドピニオン機構14を備えている。なお、ステアリングシャフト11は、ステアリングホイール3が位置する側から順にコラム軸15、中間軸16、及びピニオン軸17を連結することにより構成されている。
【0020】
ラック軸12とピニオン軸17とは、ラックハウジング13内に所定の交差角をもって配置されている。ラックアンドピニオン機構14は、ラック軸12に設けられたラック歯12aとピニオン軸17に設けられたピニオン歯17aとが噛合されることで構成されている。また、ラック軸12の両端には、その軸端部に設けられたボールジョイントからなるラックエンド18を介してタイロッド19がそれぞれ駆動可能に連結されている。タイロッド19の先端は、転舵輪4が組付けられた図示しないナックルに連結されている。したがって、操舵装置1では、ステアリング操作に伴うステアリングシャフト11の回転がラックアンドピニオン機構14によりラック軸12の軸方向移動に変換され、この軸方向移動がタイロッド19を介してナックルに伝達されることにより、転舵輪4の転舵角、すなわち車両の進行方向が変更される。
【0021】
アクチュエータ6は、駆動源であるモータ27と、ウォームアンドホイール等の減速機構22とを備えている。モータ27は減速機構22を介してコラム軸15に連結されている。そして、アクチュエータ6は、モータ27の回転を減速機構22により減速してコラム軸15に伝達することによって、モータトルクをアシスト力として操舵機構5に付与する。なお、本実施形態のモータ27には、三相のブラシレスモータが採用されている。
【0022】
操舵制御装置2は、モータ27に接続されており、その作動を制御する。なお、操舵制御装置2は、図示しない中央処理装置(CPU)やメモリを備えており、所定の演算周期ごとにメモリに記憶されたプログラムをCPUが実行する。これにより、各種の制御が実行される。
【0023】
操舵制御装置2には、車両の車速値Vを検出する車速センサ31、及び運転者の操舵によりステアリングシャフト11に付与された操舵トルクThを検出するトルクセンサ32が接続されている。また、操舵制御装置2には、モータ27の回転角θmを360°の範囲内で検出する回転センサ33が接続されている。なお、操舵トルクTh及び回転角θmは、例えば右方向に操舵した場合に正の値、左方向に操舵した場合に負の値として検出する。そして、操舵制御装置2は、これら各センサから入力される車両Aの走行状態によって変化する変数を示す信号に基づいて、モータ27に駆動電力を供給することにより、アクチュエータ6の作動、すなわち操舵機構5にラック軸12を往復動させるべく付与するアシスト力を制御する。
【0024】
また、車両用制御装置Bは、路面μ推定装置40、統合制御装置41、警告制御装置42、エンジン制御装置43、及びブレーキ制御装置44を含んでいる。路面μ推定装置40は、車両用制御装置Bが制御対象の作動を制御する際に最適な制御を行うことができるようにするための情報として、車両Aが走行する路面の路面摩擦係数である路面μに関わる情報を各装置2,41に対して提供する。本実施形態において、路面μに関わる情報は、実際の路面μを推定した情報である路面μ推定値μeである。そして、操舵制御装置2は、路面μ推定装置40が提供する路面μ推定値μeに基づいて、当該路面μ推定値μeが低く、車両Aが凍結路に進入等したことを判断できる場合に、その旨を操舵装置1のアクチュエータ6の制御を通じて運転者に知らせたり、車両Aの走行が安定するようにアシストしたりする。なお、以下の説明では、「^(ハット)」の記号の替わりに「e」を付すことで推定値を表すようにしている。
【0025】
また、統合制御装置41は、車両用制御装置Bのなかで、操舵制御装置2や、警告制御装置42や、エンジン制御装置43や、ブレーキ制御装置44を制御する。そして、統合制御装置41は、路面μ推定装置40が提供する路面μ推定値μeに基づいて、車両Aが安全に走行できるように、操舵制御装置2や、警告制御装置42や、エンジン制御装置43や、ブレーキ制御装置44を統合的に制御するための各種指示を行う。
【0026】
警告制御装置42は、統合制御装置41の指示に基づいて、車両Aに設けられた各種異常を運転者等に知らせるための図示しない各種の警告装置の作動を制御する。そして、警告制御装置42は、統合制御装置41の指示に基づいて、路面μ推定値μeが低く車両Aが凍結路に進入等した旨を警告したりする。
【0027】
また、エンジン制御装置43は、統合制御装置41の指示に基づいて、車両Aに搭載される図示しない内燃機関である、例えばエンジンの作動を制御する。そして、エンジン制御装置43は、統合制御装置41の指示に基づいて、路面μ推定値μeが低く車両Aが凍結路に進入等した場合に当該車両Aの走行が安定するようにエンジンの回転数を変更したりする。
【0028】
また、ブレーキ制御装置44は、統合制御装置41の指示に基づいて、車両Aに搭載される図示しないブレーキ機構の作動を制御する。そして、ブレーキ制御装置44は、統合制御装置41の指示に基づいて、路面μ推定値μeが低く車両Aが凍結路に進入等した場合に当該車両Aの走行が安定するようにブレーキ機構の制動量を変更したりする。
【0029】
ここで、路面μ推定装置40について詳しく説明する。
路面μ推定装置40には、車両の車速値Vを検出する車速センサ31の他、車両Aの重心点を通る上下方向のz軸周りの回転角速度であるヨーレートrを検出するヨーレートセンサ34と、車両Aの前後方向に対して鉛直な幅方向であるy軸方向に作用する加速度である横加速度ayを検出する横加速度センサ35とが接続されている。また、路面μ推定装置40には、操舵制御装置2に構成される機能であるラック軸力推定装置36が出力するラック軸力推定値RFeが入力されるようになっている。ラック軸力推定装置36は、操舵制御装置2で得られる情報に基づいて、ラック軸12に作用する軸力であるラック軸力を推定した情報であるラック軸力推定値RFeを演算するオブザーバ等で構成されている。ラック軸力推定装置36は、ラック軸力推定値RFeを演算すると、当該ラック軸力推定値RFeを路面μ推定装置40に対して提供するように出力する。本実施形態において、ラック軸力推定装置36は、ラック軸力を検出するためのセンサとしての機能を果たす。つまり、路面μ推定装置40には、ラック軸力を検出するためのセンサとして機能するラック軸力推定装置36が接続されている。そして、路面μ推定装置40は、これら各センサから入力される車両Aの走行状態によって変化する物理量を示す信号を変数として、路面μ推定値μeを演算する。
【0030】
次に、路面μ推定装置40の機能について説明する。
路面μ推定装置40は、図示しない中央処理装置(CPU)やメモリを備えており、所定の演算周期ごとにメモリに記憶されたプログラムをCPUが実行する。これにより、各種の処理が実行される。
【0031】
図2に、路面μ推定装置40が実行する処理の一部を示す。
図2に示す処理は、メモリに記憶されたプログラムをCPUが実行することで実現される処理の一部を、実現される処理の種類毎に記載したものである。
【0032】
路面μ推定装置40は、路面μ推定値μeを状態変数として持つ推定値の出力である状態推定量xeを演算するために必要な観測量yを演算する観測値演算部51を備えている。また、路面μ推定装置40は、状態推定量xeを演算するとともに、観測量yを推定した情報であり、状態推定量xeを演算するために必要な観測推定量yeを演算する推定値演算部52を備えている。また、路面μ推定装置40は、後述の拡張カルマンフィルタでの推定値である状態推定量xeの修正量を示すカルマンゲインKを演算するゲイン演算部53を備えている。
【0033】
具体的には、観測値演算部51には、横加速度ayと、ヨーレートrと、ラック軸力推定値RFeとが入力される。観測値演算部51は、ラック軸力推定値RFeに基づいて、転舵輪4に作用する力であるタイヤ力として当該転舵輪4のキングピン軸周りの力であるキングピントルクTkpaを演算する。具体的には、観測値演算部51は、タイロッド19の軸方向に作用するタイロッドフォースに近似されるラック軸力推定値RFeと、車両Aの仕様により定まるナックルアーム長との積により観測値としてのキングピントルクTkpaを演算する。上記観測値としてのキングピントルクTkpaは、タイヤ横力と、キャスタートレイルとの積に対して、タイヤアライニングトルクを加算したもので近似できることが知られている。そして、観測値演算部51は、横加速度ay、ヨーレートr、キングピントルクTkpaを観測値とする3次の観測量y[ay,r,Tkpa](3×1行列)を演算する。こうして得られた観測量yは、減算器54に出力される。
【0034】
推定値演算部52には、回転角θmと、車速値Vと、カルマンゲインKとが入力される。推定値演算部52は、回転角θmと、車速値Vとを後述の入力量uとして、路面μのダイナミクスモデル、すなわち路面μを変数に含むモデルとして、例えば、2輪2自由度平面車両モデルに基づいて、状態推定量xeと、観測推定量yeとを演算する。推定値演算部52は、車体すべり角βを推定した情報である車体すべり角推定値βe、ヨーレートrを推定した情報であるヨーレート推定値re、路面μ推定値μeを推定値とする3次の状態推定量xe[βe,re,μe](3×1行列)を演算する。なお、車体すべり角βは、車両Aの前後方向と車両進行方向との間の当該車両Aの重心点を通る鉛直軸周りの角度である。こうして演算された状態推定量xeは、路面μ推定値μeを示す情報として、各装置2,41に出力される。本実施形態では、車両Aの作動を制御する際に車体すべり角βを考慮することができるように車体すべり角推定値βeを状態変数として持つように状態推定量xeを設定するようにしている。また、本実施形態では、ヨーレートrをオフセットしたり、各種のノイズを除去したりすることができるようにヨーレート推定値reを状態変数として持つように状態推定量xeを設定するようにしている。
【0035】
また、推定値演算部52は、横加速度ayを推定した情報である横加速度推定値aye、ヨーレート推定値re、キングピントルクTkpaを推定した情報であるキングピントルク推定値Tkpaeを推定値とする3次の観測推定量ye[aye,re,Tkpae](3×1行列)を演算する。こうして得られた観測推定量yeは、観測量yから減算して減算器54を通じて得られる観測偏差Δyとしてゲイン演算部53に出力される。
【0036】
ゲイン演算部53には、観測偏差Δyが入力される。ゲイン演算部53は、観測量yに対する観測推定量yeの誤差である観測偏差Δyに基づいて、当該観測偏差Δyを減らすべく推定値演算部52が状態推定量xeを修正するための修正量を調整する機能を有するカルマンゲインKを演算する。こうして得られたカルマンゲインKは、推定値演算部52に出力される。
【0037】
そして、本実施形態において、路面μ推定装置40は、状態推定量xeを演算する手法として、観測値演算部51、推定値演算部52、及びゲイン演算部53で非線形カルマンフィルタの一種である拡張カルマンフィルタEKFを構成し、当該拡張カルマンフィルタEKFを用いた推定オブザーバを構成している。
【0038】
次に、本実施形態において、路面μ推定装置40が構成する拡張カルマンフィルタEKFについて詳しく説明する。以下の説明では、
図3中、符号に付す括弧:()は時刻を意味し、ハイフン:-は現在に対して前回の情報に基づき推定した状態であることを意味する。
【0039】
図3に示すように、拡張カルマンフィルタEKFは、現在の状態推定量xe(k)を演算するために、当該現在に対して前回の情報に基づき現在の状態を予測して事前推定する処理と、当該事前推定を通じて予測した状態を修正するように更新、すなわち補正して事後推定する処理とを行う。つまり、拡張カルマンフィルタEKFは、事前推定し、当該事前推定の結果を事後推定を通じて補正し、これを繰り返す結果、より実際の値に近い状態推定量xeを演算できるようにするものである。
【0040】
ここで、拡張カルマンフィルタEKFは、状態推定量xeを演算するのに用いる状態方程式f(x,u)として、路面μを変数に含むモデルに基づき定義される所定の運動方程式を設定し、当該運動方程式に離散化を施して得られる下記式(1)を設定している。所定の運動方程式は、例えば、回転角θmから演算される転舵輪4の舵角の情報である転舵角θt、車速値Vの2次の入力量u[θt,V](2×1行列)と、車体すべり角β、ヨーレートr、路面μの3次の状態量x[β,r,μ]とを関係づけるものであればよい。
【0041】
【数1】
式(1)において、状態量xは、状態方程式f(x,u)に対して、当該状態方程式f(x,u)が含みうるモデルや変数に対して生じる誤差であるシステムノイズwを加味して得られる結果である。
【0042】
また、拡張カルマンフィルタEKFは、状態推定量xeを演算するのに用いる観測方程式h(x,u)として、路面μを変数に含むモデルに基づき定義される所定の運動方程式を設定し、当該運動方程式に離散化を施して得られる下記式(2)を設定している。所定の運動方程式は、例えば、状態量x及び入力量u[θt,V](2×1行列)と、観測量y[ay,r,Tkpa]とを関係づけるものであればよい。
【0043】
【数2】
式(2)において、観測量yは、観測方程式h(x,u)に対して、当該観測方程式h(x,u)が含みうる観測時に生じる誤差である観測ノイズvを加味して得られる結果である。
【0044】
なお、式(1)及び式(2)を導出する際に用いる離散化の方法としては、積分法や双一次変換等、種々の方法を採用することができる。
そして、拡張カルマンフィルタEKFは、上記式(1)を主に用いて事前推定を行う事前推定処理部Epriと、上記式(1)によって得られる結果が反映される上記式(2)を主に用いて事後推定を行う事後推定処理部Eposとを備えている。事前推定処理部Epriは、現在である時刻「k」以前、すなわち当該現在に対して前回である時刻「k-1」の状態推定量xe(k-1)を基に、当該時刻「k」の値を予測した値である事前推定量x-e(k)と、当該事前推定量x-eの推定の精度を示す指標である事前確率P-とを状態方程式f(x,u)に基づき演算するように事前推定を行う。事後推定処理部Eposは、現在である時刻「k」での観測量y(k)や、観測推定量yeや、事前推定処理部Epriが演算した事前確率P-を基に、事前推定処理部Epriが演算した事前推定量x-e(k)を補正して時刻「k」での状態推定量xe(k)を演算するように事後推定を行う。
【0045】
具体的には、事前推定処理部Epriは、事前推定量x-eを演算する事前推定量演算部61と、システムノイズwのばらつき具合を示す指標としてシステムノイズ分散値Qを演算するシステムノイズ分散値演算部62と、事前推定量x-eのばらつき具合を示す指標として事前確率P-を演算する事前確率演算部63とを備えている。なお、本実施形態では、システムノイズ分散値Qは共分散値であり、事前確率P-は共分散行列である。
【0046】
事後推定処理部Eposは、観測推定量yeを演算する観測推定量演算部71と、カルマンゲインKを演算するカルマンゲイン演算部72と、観測ノイズvのばらつき具合を示す指標として観測ノイズ分散値Rを演算する観測ノイズ分散値演算部73と、事後推定量として状態推定量xeを演算する事後推定量演算部74とを備えている。また、事後推定処理部Eposは、状態推定量xeのばらつき具合を示す指標として事後確率Pを演算する事後確率演算部75と、実際の路面μの変化量を示すμ変化量として路面μ変化距離λμを演算する路面μ変化距離演算部76とを備えている。なお、本実施形態では、観測ノイズ分散値Rは共分散値であり、事後確率Pは共分散行列である。
【0047】
本実施形態において、事前推定処理部Epriの事前推定量演算部61と、事後推定処理部Eposの観測推定量演算部71及び事後推定量演算部74とは、
図2中、推定値演算部52に対応する。また、事前推定処理部Epriのシステムノイズ分散値演算部62及び事前確率演算部63と、事後推定処理部Eposのカルマンゲイン演算部72、観測ノイズ分散値演算部73、事後確率演算部75、及び路面μ変化距離演算部76とは、
図2中、ゲイン演算部53に対応する。なお、路面μ変化距離演算部76はμ変化量演算部の一例である。
【0048】
以下、事前推定処理部Epriの機能について説明する。
事前推定量演算部61には、上記事後推定量演算部74で演算された時刻「k」に対して時刻「k-1」での状態推定量xe(k-1)と、時刻「k」での入力量u(k)とが入力される。事前推定量演算部61は、状態推定量xe(k-1)と、入力量u(k)とに基づいて、上記式(1)で示した状態方程式f(x,u)による下記式(3),(4)を用いて、時刻「k」での事前推定量x-e(k)を演算する。
【0049】
【数3】
本実施形態において、状態方程式f(x,u)は、公知の2輪2自由度平面車両モデルに基づき定義される運動方程式に離散化を施したものである。上記式(4)において、「Fyf」は路面から前輪のタイヤに作用する車両Aの幅方向の力であるタイヤ横力、「Fyr」は路面から後輪のタイヤに作用する車両Aの幅方向の力であるタイヤ横力、「M」は車両重量、「Iz」は車両のヨー慣性を示す。また、上記式(4)において、「lf」は車両重心から前輪の車軸までの車両の前後方向距離である前輪ホイールベース、「lr」は車両重心から後輪の車軸までの車両の前後方向距離である後輪ホイールベースを示す。タイヤ横力Fyf,Fyrの関数は、車両Aの前後方向とタイヤ進行方向との間の転舵輪4の重心点を通る鉛直軸周りの角度である前後輪のタイヤのタイヤすべり角αf,αrと、タイヤ横力Fyf,Fyrとを関係づける、路面μを変数に含む、例えば、公知のfialaモデルやBrushモデルやMFモデル等である。上記式(4)において、タイヤ横力Fyf,Fyrの関数のうち、状態推定量xe及び入力量uの時刻やハイフンについては便宜上省略している。
【0050】
また、タイヤ横力Fyf,Fyrの関数で用いるタイヤすべり角αf,αrは、車体すべりβ、各ホイールベースlf,lr、ヨーレートr、転舵角θt、車速値Vとの関係を定義する下記式(5),(6)を用いて演算される。
【0051】
【数4】
こうして得られた事前推定量x-e(k)は、観測推定量演算部71、カルマンゲイン演算部72、及び事後推定量演算部74に出力される。
【0052】
システムノイズ分散値演算部62には、上記事前推定量演算部61に入力されたのと同様の状態推定量xe(k-1)と、上記路面μ変化距離演算部76で演算される時刻「k-1」での路面μ変化距離λμ(k-1)とが入力される。システムノイズ分散値演算部62は、状態推定量xe(k-1)と、路面μ変化距離λμ(k-1)とに基づいて、下記式(7),(8),(9)を用いて、時刻「k-1」でのシステムノイズ分散値Q(k-1)を演算する。
【0053】
【数5】
上記式(7)は、上記式(9)で得られるシステムノイズ分散値Qμ(k-1)に上記式(8)で示す状態量xのうち路面μに関連するヤコビアンFμ(k-1)を用いた線形近似を施して得られるものに対して、路面μ変化距離λμ(k-1)を係数として得られるものをシステムノイズ分散値Q(k-1)と定義することを示す。上記式(8)は、路面μについて状態推定量xe(k-1)周りでのヤコビアンFμ(k-1)を示す。上記式(9)は、路面μ推定値μeのばらつき具合を示す指標として、状態量xのうち路面μに関するシステムノイズ分散値Qμ(k-1)、すなわち路面μ推定分散値σμ^2(二乗)を演算することを示す。なお、路面μ変化距離λμについては後で詳しく説明する。
【0054】
こうして得られたシステムノイズ分散値Q(k-1)は、事前確率演算部63に出力される。
事前確率演算部63には、上記事前推定量演算部61に入力されたのと同様の状態推定量xe(k-1)と、上記システムノイズ分散値演算部62で演算されるシステムノイズ分散値Q(k-1)と、上記事後確率演算部75で演算される時刻「k-1」での事後確率P(k-1)とが入力される。事前確率演算部63は、状態推定量xe(k-1)と、システムノイズ分散値Q(k-1)と、事後確率P(k-1)とに基づいて、下記式(10),(11)を用いて、時刻「k」での事前確率P-(k)を演算する。
【0055】
【数6】
上記式(10)は、事後確率P(k-1)に対して、上記式(11)で示す状態量xに関連する状態推定量xe(k-1)周りでのヤコビアンF(k-1)を用いた線形近似を施したものと、上記式(7)で示すシステムノイズ分散値Q(k-1)とを加算して事前確率P-(k)を演算することを示す。
【0056】
こうして得られた事前確率P-(k)は、カルマンゲイン演算部72及び事後確率演算部75に出力される。
このように、事前推定処理部Epriは、事前推定量x-eを推定するが、当該事前推定量x-eには上記式(1)で示したようにモデルや変数に対して生じる誤差が含まれているので、その影響で事前推定量x-eの推定の精度がどの程度になるか事前確率P-として演算しておくものである。
【0057】
次に、事後推定処理部Eposの機能について説明する。
観測推定量演算部71には、上記事前推定量演算部61で演算された事前推定量x-e(k)と、上記事前推定量演算部61に入力されたのと同様の入力量u(k)とが入力される。観測推定量演算部71は、事前推定量x-e(k)と、入力量u(k)とに基づいて、上記式(2)で示した観測方程式h(x,u)による下記式(12),(13)を用いて、時刻「k」での観測推定量ye(k)を演算する。
【0058】
【数7】
本実施形態において、観測方程式h(x,u)は、事前推定量x-e(k)及び入力量u(k)と、観測推定量yeである横加速度推定値aye、ヨーレート推定値re、キングピントルクTkpaとを関係づける運動方程式に離散化を施したものである。上記式(13)において、タイヤ横力Fyf,Fyrの関数は、上記式(4)と同様、路面μを変数に含む、例えば、公知のFialaモデルやBrushモデルやMagic formula(MF)モデル等である。なお、タイヤ横力Fyf,Fyrの関数のうち、状態推定量xe及び入力量uの時刻やハイフンについては便宜上省略している。上記式(13)において、「Mzf」はセルフアライニングトルク、「tcaster」はキャスタートレイルを示す。
【0059】
こうして得られた観測推定量ye(k)は、観測値演算部51で演算された観測量yから減算して減算器77を通じて得られる時刻「k」での観測偏差Δy(k)として事後推定量演算部74及び路面μ変化距離演算部76に出力される。
【0060】
カルマンゲイン演算部72には、上記事前推定量演算部61で演算された事前推定量x-e(k)と、上記事前確率演算部63で演算された事前確率P-(k)と、観測ノイズ分散値演算部73で演算された観測ノイズ分散値R(k)とが入力される。観測ノイズ分散値Rは、所定のヤコビアンを用いた線形近似を施して得られる所定の観測ノイズ分散値R(k)として観測ノイズ分散値演算部73で演算されるものであり、本実施形態では予め定められた定数である。カルマンゲイン演算部72は、事前推定量x-e(k)と、事前確率P-(k)と、観測ノイズ分散値R(k)とに基づいて、下記式(14),(15)を用いて、時刻「k」でのカルマンゲインK(k)を演算する。
【0061】
【数8】
上記式(14)は、上記式(15)で示す状態量xに関連する事前推定量x-e(k)周りでのヤコビアンH(k)を用いた線形近似を施してカルマンゲインK(k)を演算することを示す。つまり、カルマンゲインK(k)は、ヤコビアンH(k)の転置行列が乗算される結果、状態推定量xeと同一次元での修正量を定数化するように線形近似が施されている。
【0062】
こうして得られたカルマンゲインK(k)は、事後推定量演算部74及び事後確率演算部75に出力される。
事後推定量演算部74には、上記事前推定量演算部61で演算された事前推定量x-e(k)と、観測偏差Δy(k)と、上記カルマンゲイン演算部72で演算されたカルマンゲインK(k)とが入力される。事後推定量演算部74は、事前推定量x-e(k)と、観測偏差Δy(k)と、カルマンゲインK(k)とに基づいて、下記式(16)を用いて、時刻「k」での状態推定量xe(k)を演算する。
【0063】
【数9】
上記式(16)において、「y(k)-ye(k)」は、観測偏差Δy(k)を示す。
【0064】
こうして得られた状態推定量xe(k)は、前回値保持部78を通じて時刻「k-1」で保持された前回の情報である状態推定量xe(k-1)として事前推定量演算部61に出力される。また、状態推定量xe(k)は、各装置2,41に出力される。
【0065】
事後確率演算部75には、上記事前確率演算部63で演算される事前確率P-(k)と、上記カルマンゲイン演算部72で演算されるカルマンゲインK(k)とが入力される。事後確率演算部75は、事前確率P-(k)と、カルマンゲインK(k)とに基づいて、下記式(17)を用いて、時刻「k」での事後確率P(k)を演算する。
【0066】
【数10】
上記式(17)は、事前確率P-(k)に対して、上記式(15)で示す状態量xに関連する事前推定量x-e(k)周りでのヤコビアンH(k)を用いた線形近似を施して事後確率P(k)を演算することを示す。この場合、カルマンゲインK(k)は、上記式(14)でヤコビアンH(k)の転置行列が乗算されるのに対して、ヤコビアンH(k)が乗算される結果、状態推定量xeと同一次元での修正量を示すように線形近似が施されている。
【0067】
こうして得られた事後確率P(k)は、前回値保持部79を通じて時刻「k-1」で保持された前回の情報である事後確率P(k-1)として事前確率演算部63に出力される。また、事後確率P(k)は、路面μ変化距離演算部76に出力される。
【0068】
路面μ変化距離演算部76には、観測偏差Δy(k)と、ヤコビアンH(k)と、上記事後確率演算部75で演算される事後確率P(k)と、上記観測ノイズ分散値演算部73で演算される観測ノイズ分散値R(k)とが入力される。路面μ変化距離演算部76は、観測偏差Δy(k)と、ヤコビアンH(k)と、事後確率P(k)と、観測ノイズ分散値R(k)とに基づいて、下記式(18)を用いて、時刻「k」での路面μ変化距離λμ(k)を演算する。
【0069】
【数11】
上記式(18)は、事前確率P-(k)に対して上記式(15)で示す状態量xに関連する事前推定量x-e(k)周りでのヤコビアンH(k)を用いた線形近似を施した正定値対称行列である観測偏差Δyについて過去のばらつき具合を示す指標からなる指標と、観測偏差Δy(k)とを用いて路面μ変化距離λμ(k)を演算することを示す。そして、上記式(18)は、観測偏差Δyについて過去のばらつき具合を示す指標である「(H)・(P-)・(H:転置行列)+R」からなる情報群があることを前提とし、当該情報群に対して新たに得られる観測偏差Δy(k)のずれ具合を定量的に示すマハラノビス距離を演算することを示す。そして、観測偏差Δy(k)が上記情報群からずれるということは、観測量yを観測する環境、すなわち車両Aが走行する路面の実際の路面μが変化したことを示す。つまり、本実施形態では、観測偏差Δyのばらつき具合を示す指標に対して新たに得られる観測偏差Δy(k)のずれ具合を、実際の路面μの変化量を示すμ変化量、すなわち路面μ変化距離λμとして用いるようにしている。
【0070】
こうして得られた路面μ変化距離λμ(k)は、システムノイズ分散値演算部62に出力される。
このように、事後推定処理部Eposは、観測偏差Δyに基づき演算するカルマンゲインKを用いて状態推定量xeを補正するとともに、当該状態推定量xeを補正する結果で状態推定量xeの推定の精度がどの程度になるか事後確率Pとして演算しておくものである。
【0071】
以下、本実施形態の作用を説明する。
本実施形態によれば、観測量yは、路面μを変数として含むため、実際の路面μに変化があると、その影響が観測偏差Δyについてのばらつき具合、すなわち路面μ変化距離λμとして現れる。つまり、路面μ変化距離λμは、路面μの変化具合の指標として用いることができる。
【0072】
上記式(7)に示したように、こうした路面μ変化距離λμは、当該路面μ変化距離λμの変化に対してシステムノイズ分散値Qが比例して変化するように、当該システムノイズ分散値Qの係数として演算される。
【0073】
これにより、路面μ変化距離λμを加味して演算されるシステムノイズ分散値Qは、実際の路面μに変化があれば、その変化量に応じて変化するようになる。そして、システムノイズ分散値Qが変化するということは、当該システムノイズ分散値Qに基づき演算されるカルマンゲインKが変化するということである。その結果、状態推定量xe、すなわち路面μ推定値μeは、路面μ変化距離λμに応じたカルマンゲインKのもとで修正された値として演算されるようになる。
【0074】
具体的には、
図4(a),(b)に示すように、本実施形態では、例えば、車両Aがアスファルト路から凍結路に進入等して、実際の路面μが変化すると、この変化を路面μ変化距離λμとして捉えることができるようになる。
【0075】
この場合、
図4(a)に示すように、凍結路での路面μの値を「μ0」、アスファルト路での路面μの値を「μ1」とし、例えば、時刻t1,t2,t3,t4,t5にて、車両Aがアスファルト路及び凍結路の間で進入及び脱出を繰り返すと、それぞれのタイミングで路面μが変化する。
【0076】
これら路面μが変化したことは、
図4(b)に示すように、路面μの変化がほとんど見られない場合の値を「λ0」、路面μの変化が見られる場合の値を「λ1」とし、時刻t1,t2,t3,t4,t5にて、路面μ変化距離λμの「λ1」を超える大きなピークとして現れる。なお、「λ1」は、車両Aがアスファルト路と及び凍結路の間で進入又は脱出したことを判定できるとして実験的に求められる範囲の値に設定される。この路面μ変化距離λμとして現れる大きなピークに連動し、当該路面μ変化距離λμが加味されたシステムノイズ分散値Qに基づいて、路面μ推定値μeの修正量を大きくするようにカルマンゲインが変化する。
【0077】
この場合、
図5に実線で示すように、路面μ変化距離λμが大きければ、図中に破線で示す本実施形態の適用ありの場合、図中に一点鎖線で示す本実施形態の適用なしの場合と比較して路面μ推定値μeの推定応答性を高めることができる。すなわち、本実施形態では、車両Aがアスファルト路及び凍結路の間で進入及び脱出を繰り返す時刻t1,t2,t3,t4,t5のそれぞれにて、路面μ推定値μeの推定応答性を一時的に高めることができるようになる。
【0078】
以下、本実施形態の効果を説明する。
(1)本実施形態では、
図5に示すように、実際の路面μが大きく変化する状況では、こうした変化を素早く検出して、当該変化に対して素早く追従することができるようになる。
図5の場合、図中に破線で示す本実施形態の適用ありの場合、図中に一点鎖線で示す本実施形態の適用なしの場合と比較して、追従にかかる時間を時間偏差Δt分短縮することができる。したがって、実際の路面μが大きく急速に変化する状況であっても、路面μ推定値μeの推定精度の低下を抑制することができる。
【0079】
(2)本実施形態では、路面μ変化距離λμとして、観測偏差Δyについて過去のばらつき具合を示す指標からなる情報群があることを前提とし、当該情報群に対して新たに得られる観測偏差Δy(k)のずれ具合を定量的に示す距離であるマハラノビス距離を用いるようにしている。
【0080】
そして、マハラノビス距離では、過去の情報群に対して新たに得られる情報のずれ具合として相関性を考慮した距離で定量的に検出することができるといった特徴がある。
つまり、本実施形態によれば、システムノイズ分散値Qの係数として、マハラノビス距離を用いることで、実際の路面μの変化を定量的にシステムノイズ分散値Qに反映させることができるようになる。これにより、実際の路面μの変化がシステムノイズ分散値Qを通じてカルマンゲインKに反映され、実際の路面μの変化に応じた推定応答性が設定されるようになる。したがって、実際の路面μの変化に適した推定応答性で路面μ推定値μeを演算することができる。
【0081】
(3)本実施形態では、非線形カルマンフィルタとして拡張カルマンフィルタを採用することで、路面μ推定装置40の汎用性を高める点で効果的である。
(第2実施形態)
次に、路面μ推定装置の第2実施形態について説明する。なお、既に説明した実施形態と同一構成等は、同一の符号を付す等して、その重複する説明を省略する。
【0082】
図6に示すように、本実施形態の操舵制御装置101は、上記第1実施形態で備えていたラック軸力推定装置36を備えないものである。そして、本実施形態の操舵装置1は、各種のセンサとして、ハブユニットセンサ37(
図1中、左側の左前輪センサ37L及び右側の右前輪センサ37R)がある。左前輪センサ37Lは、左前ハブユニットHLに設けられている。右前輪センサ37Rは、右前ハブユニットHRに設けられている。左前輪センサ37Lは、左側の転舵輪4の回転速度である車輪速を検出する他、路面と、左側の転舵輪4との間に発生する力として、当該転舵輪4に作用する力を検出する。右前輪センサ37Rは、右側の転舵輪4の回転速度である車輪速を検出する他、路面と、右側の転舵輪4との間に発生する力として、当該転舵輪4に作用する力を検出する。
【0083】
ここで、一例として、ハブユニット(例えば、特開2009-133680号公報参照)に設けられる各前輪センサ37R,37Lについて詳しく説明する。
図6に示すように、ハブユニットセンサ37は、転舵輪4を、車載される内燃機関の動力を伝達する図示しないドライブシャフトとともに車体に対して回転自在に支持する軸受装置としての各ハブユニットHL,HRに内蔵されている。つまり、本実施形態の各ハブユニットHL,HRは、路面と、転舵輪4との間に発生する力として、当該転舵輪4に作用する力を直接的に検出することができるセンサ機能付きのハブユニットである。
【0084】
左前輪センサ37Lは、左側の転舵輪4に作用する力に基づいて、車両Aの前後方向であるx軸方向の荷重Fx、車両Aの幅方向であるy軸方向の荷重Fy、車両Aの上下方向であるz軸方向の荷重Fz、x軸回りのモーメント荷重Mx、z軸回りのモーメント荷重Mzをそれぞれ演算する。これは、右前輪センサ37Rについても同様であり、各前輪センサ37L,37Rの間で、各種荷重Fx,Fy,Fz,Mx,Mzの正負の方向が一致している。これら各種荷重Fx,Fy,Fz,Mx,Mz(単位:N(ニュートン)またはNm(ニュートンメートル))は、車両の車速等の走行状態に応じても変化するものであり、車速等の要素も含む成分である。
【0085】
本実施形態において、各前輪センサ37L,37Rは、転舵輪4において検出されるy軸方向の荷重Fyを示す情報であるタイヤ横力Fyfと、z軸回りの荷重Mzを示す情報である前輪の前輪モーメント荷重Mzfとを路面μ推定装置102に対して出力する。
【0086】
すなわち、本実施形態の路面μ推定装置102には、ラック軸力推定装置36が出力するラック軸力推定値RFeが入力される替わりに、転舵輪4に設けられたハブユニットセンサ37から得られるタイヤ横力Fyf及び前輪モーメント荷重Mzfが入力されるようになっている。つまり、路面μ推定装置102は、転舵輪4に設けられたハブユニットセンサ37から入力されるタイヤ横力Fyf及び前輪モーメント荷重Mzfに基づいて、観測量yのキングピントルクTkpaを演算する。
【0087】
本実施形態によれば、上記第1実施形態の作用及び効果に対応する作用及び効果を奏する他、以下の効果を奏する。
(4)本実施形態のように、観測量yを演算する際にラック軸力推定装置36が出力するラック軸力推定値RFeの替わりに、転舵輪4に設けられたハブユニットセンサ37から得られるタイヤ横力Fyf及び前輪モーメント荷重Mzfを用いる場合、サスペンションやステアリング各部の摩擦ロスがなくなる。このため、キングピントルクTkpaとしてより精度の高い値を得ることができるようになる。したがって、路面μ推定値μeの推定精度を高めるのに効果的である。
【0088】
上記各実施形態は次のように変更してもよい。また、以下の他の実施形態は、技術的に矛盾しない範囲において、互いに組み合わせることができる。
・上記各実施形態では、μ変化量として、路面μの変化具合を検出できるのであれば、マハラノビス距離である路面μ変化距離λμの代わりに、ユークリッド距離や、標準偏差等、他の統計で用いる指標を用いるようにしてもよい。
【0089】
・上記各実施形態では、上記式(8)に示したシステムノイズ分散値Qを演算する際に用いるヤコビアンとして、少なくとも路面μ推定値μeに関するヤコビアンであればよく、車体すべり角推定値βeや、ヨーレート推定値reを考慮した状態量xに関するヤコビアンを設定するようにしてもよい。
【0090】
・上記各実施形態では、状態方程式f(x)として、路面μを変数に含むモデルに基づいたものであればよく、例えば、より多自由度の車両モデルを用いることもできる。この場合、入力量u(k)は、用いるモデルに基づいた変数を入力とするように変更される。
【0091】
・上記各実施形態では、状態方程式f(x)のなかでタイヤ横力Fyf,Fyrの関数として、路面μを変数に含むモデルに基づいたものであればよく、より複雑なモデルを用いることもできる。
【0092】
・上記各実施形態では、観測方程式h(x)として、路面μを変数に含むモデルに基づいたものであればよく、より複雑なモデルを用いることもできる。この場合、入力量u(k)は、用いるモデルに基づいた変数を入力とするように変更される。
【0093】
・上記各実施形態では、車速値Vとして、例えば、上記第2実施形態のようにハブユニットセンサ37から得られる転舵輪4の回転速度である車輪速から演算することもできる。その他、車速値Vは、車両AにGPS(Global Positioning System)用の人工衛星からの測位信号を受信するGPSセンサが設けられている場合には当該GPSセンサから演算してもよい。
【0094】
・上記各実施形態では、状態推定量xeとして、少なくとも車体すべり角推定値βe、路面μ推定値μeの2次であればよく、前述のヨーレートrについては入力量としてもよい。またすべり角センサやGPSセンサによって車体すべり角βを測定できる場合、状態推定量xeは路面μ推定値μeの1次であってもよい。なお、車体すべり角βの代わりにタイヤすべり角αf,αrを状態推定量や、入力量としてもよい。これらの場合、状態量xや観測量yや観測推定量yeは、状態推定量xeの変更に合わせて変更される。
【0095】
・上記各実施形態において、操舵装置1は、キングピントルクTkpaを直接検出できる機能を有していてもよく、例えば、タイロッド19にひずみゲージ等の力センサを設けるようにしてもよい。
【0096】
・上記第2実施形態では、観測量yとして、路面μを変数に少なくとも含んでいればよく、例えば、キングピントルクTkpaの替わりにタイヤ横力Fyf,Fyrを変数とした4次で構成することもできる。この場合、後輪には、転舵輪4に設けられているハブユニットセンサ37と同様のハブユニットセンサが設けられるようにする。その他、観測量yは、観測方程式h(x)として、x軸方向の加減速であったり、前後方向であるx軸方向の荷重Fxを考慮するようにしてもよい。
【0097】
・上記各実施形態において、上記各式で示した演算のなかで考慮する変数の時刻については、現在の時刻「k」の替わりに前回の時刻「k-1」を用いるようにしたり、前回の時刻「k-1」の替わりに現在の時刻「k」を用いるようにしたり、目的に合わせて適宜変更可能である。
【0098】
・上記各実施形態では、路面μ推定装置40,102として、非線形カルマンフィルタを構成すればよく、例えば、Unscentedカルマンフィルタ(UKF)や、アンサンブルカルマンフィルタ(EnKF)等を構成することもできる。
【0099】
・上記各実施形態において、路面μ推定装置40,102は、操舵制御装置2の機能として付加したり、統合制御装置41の機能として付加したりしてもよい。
・上記各実施形態では、路面μ推定値μeの利用の仕方として、車両Aの走行が安定するように利用すればよく、上述した例の他、例えば、前輪又は後輪の左右の駆動力の配分を調整するために利用することもできる。
【0100】
・上記第2実施形態において、各ハブユニットHL,HRでは、転舵輪4に作用する力に基づいて、タイヤ横力Fyfや前輪モーメント荷重Mzfを少なくとも出力することができるように構成されていればよい。このような条件を満たすのであれば、各ハブユニットHL,HRにおいて、各前輪センサ37L,37Rは、超音波検出式や、磁気検出式や、歪みゲージを用いた接触式等、センサの仕様は問わない。
【0101】
・上記第2実施形態において、操舵制御装置101は、上記第1実施形態と同様にラック軸力推定装置36を備えていてもよい。
・上記各実施形態において、路面μ推定装置40,102を構成するCPUは、コンピュータプログラムを実行する1つ以上のプロセッサ、あるいは各種処理のうち少なくとも一部の処理を実行する特定用途向け集積回路等の1つ以上の専用ハードウェア回路、あるいは上記プロセッサ及び上記専用ハードウェア回路の組み合わせを含む回路としてもよい。また、メモリには、汎用または専用のコンピュータでアクセスできるあらゆる利用可能な媒体によって構成してもよい。これは、操舵制御装置2等、各制御装置2,41,42,43,44,101についても同様である。
【0102】
・上記各実施形態は、操舵装置1を、モータ27の回転をラック軸12に伝達することによって、モータトルクをアシスト力として操舵機構5に付与する、所謂、ラックアシスト型の操舵装置として実現することもできる。また、上記各実施形態は、ステアリングホイール3と、転舵輪4との間の動力伝達路が分離可能な構造とし、ステアバイワイヤ式の操舵装置として実現することもできる。この場合、ステアリングホイール3と、転舵輪4との間の動力伝達路は、機械的に常時分離した構造であってもよいし、クラッチにより分離可能な構造であってもよい。
【符号の説明】
【0103】
40,102…路面μ推定装置
62…システムノイズ分散値演算部
72…カルマンゲイン演算部
73…観測ノイズ分散値演算部
76…路面μ変化距離演算部
A…車両
EKF…拡張カルマンフィルタ(非線形カルマンフィルタ)