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特許7414224細胞培養用ハイドロゲル、ゲルキット、細胞培養物の製造方法、及び細胞培養用ハイドロゲルの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-05
(45)【発行日】2024-01-16
(54)【発明の名称】細胞培養用ハイドロゲル、ゲルキット、細胞培養物の製造方法、及び細胞培養用ハイドロゲルの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20240109BHJP
   C12N 5/00 20060101ALI20240109BHJP
   C07K 14/78 20060101ALI20240109BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12N5/00
C07K14/78
【請求項の数】 29
(21)【出願番号】P 2020527697
(86)(22)【出願日】2019-06-28
(86)【国際出願番号】 JP2019025916
(87)【国際公開番号】W WO2020004646
(87)【国際公開日】2020-01-02
【審査請求日】2021-02-15
(31)【優先権主張番号】P 2018125164
(32)【優先日】2018-06-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】301032942
【氏名又は名称】国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100131705
【弁理士】
【氏名又は名称】新山 雄一
(72)【発明者】
【氏名】田口 光正
(72)【発明者】
【氏名】大山 智子
(72)【発明者】
【氏名】木村 敦
(72)【発明者】
【氏名】大山 廣太郎
(72)【発明者】
【氏名】石原 弘
(72)【発明者】
【氏名】下川 卓志
【審査官】山本 晋也
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-149814(JP,A)
【文献】特表2011-510971(JP,A)
【文献】特開平05-305133(JP,A)
【文献】特開2004-091450(JP,A)
【文献】特表2014-507135(JP,A)
【文献】特開2015-035978(JP,A)
【文献】特開2013-155354(JP,A)
【文献】特開2017-147951(JP,A)
【文献】特表2010-536350(JP,A)
【文献】米国特許第06706684(US,B1)
【文献】大山智子,放射線架橋ゼラチンハイドロゲルの開発と機能性足場材料への応用,放射線化学,2017年,vol.103,p.39-40
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M
C12N
C07K
C08J
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞増殖活性が、線維芽細胞増殖因子-1活性換算で100pg/mL以下であり、
弾性率が、0.1~500kPaであり、
親水性高分子の放射線架橋構造を有し、
前記親水性高分子が、ゼラチン、及び人工タンパク質からなる群から選択される1以上の成分を含む、
細胞培養用ハイドロゲル。
【請求項2】
前記細胞増殖活性が、NIH-3T3細胞のCell Counting Kit-8を用いた28時間インキュベートにおける増殖活性として、失活処理された牛真皮由来I型コラーゲンゲルに比し、105%未満である請求項1に記載の細胞培養用ハイドロゲル。
【請求項3】
前記親水性高分子を、前記ハイドロゲルに対して、1質量%以上30質量%以下含む、請求項1又は2のいずれかに記載のハイドロゲル。
【請求項4】
前記ハイドロゲルに対して、10質量%以上30質量%以下の前記ゼラチンを含む、請求項1から3のいずれかに記載のハイドロゲル。
【請求項5】
凹部及び/又は平行溝を表面に有する請求項1から4のいずれかに記載のハイドロゲル。
【請求項6】
接着細胞を培養するために用いられる、請求項1から5のいずれかに記載のハイドロゲル。
【請求項7】
前記ハイドロゲルとは別体である生理活性因子を後添加するための、請求項1から6のいずれかに記載のハイドロゲル。
【請求項8】
分化誘導因子、接着因子、走化因子及び細胞外マトリックスからなる群から選択される1以上の因子が配合された、請求項1から7のいずれかに記載のハイドロゲル。
【請求項9】
前記ゼラチンの含有量が、前記ハイドロゲルに対して、0.1~70質量%である、請求項に記載のハイドロゲル。
【請求項10】
請求項1からのいずれかに記載のハイドロゲルと、前記ハイドロゲルとは別体の生理活性因子と、を含む、ゲルキット。
【請求項11】
請求項1からのいずれかに記載のハイドロゲルに、細胞を接触させることにより、細胞を培養する細胞培養物の製造方法。
【請求項12】
前記ハイドロゲルとして、所望の遺伝子発現に対応する弾性率及び/又は表面形状を有するハイドロゲルを選択して用いる、請求項11に記載の製造方法。
【請求項13】
前記遺伝子発現が、細胞の分化にかかわる遺伝子の発現、又は細胞の成長にかかわる遺伝子発現である、請求項12に記載の製造方法。
【請求項14】
前記細胞培養物が、メラニン産生細胞であり、前記ハイドロゲルの弾性率が5~48kPaである請求項11から13のいずれかに記載の細胞培養物の製造方法。
【請求項15】
前記細胞培養物が、腹腔由来の未分化食細胞であり、前記ハイドロゲルの弾性率が13~19kPaである請求項11から13のいずれかに記載の細胞培養物の製造方法。
【請求項16】
前記細胞培養物が、心筋細胞であり、前記ハイドロゲルの弾性率が16~67kPaである請求項11から13のいずれかに記載の細胞培養物の製造方法。
【請求項17】
前記細胞培養物が、乳がん細胞であり、前記ハイドロゲルの弾性率が5、又は48kPaである請求項11から13のいずれかに記載の細胞培養物の製造方法。
【請求項18】
前記細胞培養物が、子宮がん細胞から形成されたスフェロイドであり、前記ハイドロゲルの弾性率が1~30kPaである請求項11から13のいずれかに記載の細胞培養物の製造方法。
【請求項19】
前記細胞培養物が、2次元形態の子宮がん細胞であり、前記ハイドロゲルの弾性率が30~500kPaである請求項11から13のいずれかに記載の細胞培養物の製造方法。
【請求項20】
前記細胞培養物が、細胞塊であり、前記ハイドロゲルの弾性率が1~16kPaである請求項11から19のいずれかに記載の細胞培養物の製造方法。
【請求項21】
細胞培養用ハイドロゲルの製造方法であって、
親水性高分子を、0.1~70質量%含む水溶液、又は物理ゲルに対し、
線量1~1000kGyの放射線を照射する照射工程を含み、
前記照射後のハイドロゲルは、細胞増殖活性が線維芽細胞増殖因子-1活性換算で100pg/mL以下であり、
前記照射後のハイドロゲルの弾性率は、0.1~500kPaであり、
前記照射後のハイドロゲルは、親水性高分子の放射線架橋構造を有し、
前記親水性高分子が、ゼラチン、及び人工タンパク質からなる群から選択される1以上の成分である、
細胞培養用ハイドロゲルの製造方法。
【請求項22】
前記照射工程における水溶液中の前記親水性高分子の含有量が、3~70質量%である、
請求項21に記載の細胞培養用ハイドロゲルの製造方法。
【請求項23】
前記照射後のハイドロゲルは、前記細胞増殖活性が、NIH-3T3細胞のCell Counting Kit-8を用いた28時間インキュベートにおける増殖活性として、失活処理された牛真皮由来I型コラーゲンゲルに比し、105%未満である請求項21又は22に記載の細胞培養用ハイドロゲルの製造方法。
【請求項24】
前記親水性高分子を含む水溶液が、細胞増殖因子を、0以上1000ng/mL以下で含む、請求項21から23のいずれかに記載の製造方法。
【請求項25】
所定の間隔の平行溝を表面に有するモールドを押圧する表面加工工程をさらに含む請求項21から24のいずれかに記載の製造方法。
【請求項26】
前記照射後のハイドロゲルが、前記親水性高分子を、該ハイドロゲルに対して、1質量%以上30質量%以下含む、請求項21から25のいずれかに記載の製造方法。
【請求項27】
前記照射後に、生理活性因子を添加する工程をさらに含む、請求項21から26のいずれかに記載の製造方法。
【請求項28】
接着細胞培養用ハイドロゲルの製造方法である、請求項21から27のいずれかに記載の製造方法。
【請求項29】
細胞培養用ハイドロゲルの製造方法であって、
親水性高分子を、0.1~70質量%含む水溶液、又は物理ゲルに対し、
線量1~1000kGyの放射線を照射する照射工程と、
前記照射工程の前に、又は前記照射工程と同時に、前記親水性高分子を含む水溶液、又は物理ゲルを50℃以上で1分以上加熱する加熱工程と、を含み、
前記照射後のハイドロゲルは、細胞増殖活性が線維芽細胞増殖因子-1活性換算で100pg/mL以下であり、
前記照射後のハイドロゲルの弾性率は、0.1~500kPaであり、
前記照射後のハイドロゲルは、親水性高分子の放射線架橋構造を有し、
前記親水性高分子が、ゼラチン、及び、人工タンパク質からなる群から選択される1以上の成分である、
細胞培養用ハイドロゲルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養用ハイドロゲル、ゲルキット、細胞培養物の製造方法、及び細胞培養用ハイドロゲルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞の遺伝子発現を細胞培養用足場材料によって制御する技術の開発は、再生医療や創薬、がん治療分野において喫緊の課題である。細胞培養で一般的に用いられてきたプラスチックやガラスディッシュの場合、生体内環境とかけ離れているため、培養細胞の形質が生体内細胞と異なってしまうという課題があった。そこで、より近い生体内環境で細胞培養するために、現在は、プラスチックやガラスなどの市販の基材にポリアクリルアミドゲルなどの合成樹脂を主体とする高分子ゲルがコーティングされたもの(硬さを生体内軟組織に近づけたもの)、或いは、コラーゲンなどのタンパク質がコーティングされたもの(化学組成で生体内環境を模擬したもの)などが用いられている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】田口光正、「新材料ゼラチンゲルによる再生医療への挑戦-量子ビーム微細加工技術を駆使した細胞操作デバイスの開発-」、放射線利用フォーラム2017 in 高崎(2017)
【文献】A. J. Engler et al., “Matrix Elasticity Directs Stem Cell Lineage Specification.” Cell, 126, 677 (2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、市販の足場材(コーティング剤)を用いて細胞培養を行うと、ロットごとに細胞培養結果が異なり、再現性が低いという不都合が生じる場合があった。さらに、足場材の製造時に架橋剤を使用すると、足場材中に未反応のモノマーや架橋剤が残存する場合があり、当該未反応の架橋剤が細胞培養培地に溶出して細胞毒性を生じる虞が指摘されている。
【0005】
本発明は、上記の状況に鑑みてなされたものであり、ハイドロゲルを足場に用いた細胞培養において、足場の原料に混入した未詳の成長因子に起因する増殖活性を低減しつつ、遺伝子発現を制御し得る技術の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明人は、上記細胞培養足場材(市販のコーティング剤)のロット差に起因して細胞培養結果の再現性が低下する現象について鋭意検討を行ったところ、上記コーティング剤中に成長因子が混入する場合があり、かかる成長因子の種類及びその活性が細胞培養結果に大きく影響していることを確認した。そして、放射線照射により、足場材中の成長因子の活性を低減させつつ、足場を形成する方法、並びに細胞培養物の製造方法を確立した。
【0007】
なお、以下、本発明における「成長因子」とは、細胞培養結果に影響する因子である「細胞増殖因子」と同義であり、具体的には、線維芽細胞増殖因子-1などが例示される。
【0008】
本発明によれば、以下の発明が提供される。
【0009】
(1) 細胞増殖活性が、線維芽細胞増殖因子-1活性換算で100pg/mL以下であり、
弾性率が、0.1~500kPaであり、
親水性高分子の放射線架橋構造を有する、細胞培養用ハイドロゲル。
【0010】
(2) 前記細胞増殖活性が、NIH-3T3細胞のCell Counting Kit-8を用いた28時間インキュベートにおける増殖活性として、酸処理によって抽出された牛真皮由来I型コラーゲンゲルに比し、105%未満である(1)に記載の細胞培養用ハイドロゲル。
【0011】
(3) 前記親水性高分子は、タンパク質である、(1)又は(2)に記載のハイドロゲル。
【0012】
(4) コラーゲン、コラーゲンペプチド、及び、ゼラチンからなる群から選択される1以上を、前記ハイドロゲルに対して、1質量%以上30質量%以下含む、(1)から(3)のいずれかに記載のハイドロゲル。
【0013】
(5) 凹部及び/又は平行溝を表面に有する(1)から(4)のいずれかに記載のハイドロゲル。
【0014】
(6) 前記ハイドロゲルとは別体である生理活性因子を後添加するための、(1)から(5)のいずれかに記載のハイドロゲル。
【0015】
(7) 分化誘導因子、接着因子、走化因子及び細胞外マトリックスからなる群から選択される1以上の因子が配合された、(1)から(5)のいずれかに記載のハイドロゲル。
【0016】
(8) (1)から(5)のいずれかに記載のハイドロゲルと、前記ハイドロゲルとは別体の生理活性因子と、を含む、ゲルキット。
【0017】
(9) (1)から(5)のいずれかに記載のハイドロゲルに、細胞を接触させることにより、細胞を培養する細胞培養物の製造方法。
【0018】
(10) 前記ハイドロゲルとして、所望の遺伝子発現に対応する弾性率及び/又は表面形状を有するハイドロゲルを選択して用いる、(9)に記載の製造方法。
【0019】
(11) 前記遺伝子発現が、細胞の分化にかかわる遺伝子の発現、又は細胞の成長にかかわる遺伝子発現である、(10)に記載の製造方法。
【0020】
(12) 前記細胞培養物が、メラニン産生細胞である(9)から(11)のいずれかに記載の細胞培養物の製造方法。
【0021】
(13) 前記細胞培養物が、腹腔由来の食細胞である(9)から(11)のいずれかに記載の細胞培養物の製造方法。
【0022】
(14) 前記細胞培養物が、心筋細胞である(9)から(11)のいずれかに記載の細胞培養物の製造方法。
【0023】
(15) 前記細胞培養物が、乳がん細胞である(9)から(11)のいずれかに記載の細胞培養物の製造方法。
【0024】
(16) 前記細胞培養物が、子宮がん細胞である(9)から(11)のいずれかに記載の細胞培養物の製造方法。
【0025】
(17) 前記細胞培養物が、細胞塊である(9)から(16)のいずれかに記載の細胞培養物の製造方法。
【0026】
(18) 細胞培養用ハイドロゲルの製造方法であって、
親水性高分子を、0.1~70質量%含む水溶液に対し、
線量1~1000kGyの放射線を照射する照射工程を含み、
前記照射後のハイドロゲルは、細胞増殖活性が線維芽細胞増殖因子-1活性換算で100pg/mL以下であり、
前記照射後のハイドロゲルの弾性率は、0.1~500kPaであり、
前記照射後のハイドロゲルは、親水性高分子の放射線架橋構造を有する、細胞培養用ハイドロゲルの製造方法。
【0027】
(19) 前記照射後のハイドロゲルは、前記細胞増殖活性が、NIH-3T3細胞のCell Counting Kit-8を用いた28時間インキュベートにおける増殖活性として、酸処理によって抽出された牛真皮由来I型コラーゲンゲルに比し、105%未満である(18)に記載の細胞培養用ハイドロゲルの製造方法。
【0028】
(20) 前記親水性高分子を含む水溶液が、細胞増殖因子を、0以上1000ng/mL以下で含む、(18)又は(19)に記載の製造方法。
【0029】
(21) 前記照射工程に続き、pHを6~8に調整するpH調整工程をさらに含む、(18)から(20)のいずれかに記載の製造方法。
【0030】
(22) 前記pH調整工程が、緩衝溶液、培地、及び水のいずれかを用いる調整工程である(21)に記載の製造方法。
【0031】
(23) 所定の間隔の平行溝を表面に有するモールドを押圧する表面加工工程をさらに含む(18)から(22)のいずれかに記載の製造方法。
【0032】
(24) 前記親水性高分子は、タンパク質である、(18)から(23)のいずれかに記載の製造方法。
【0033】
(25) 前記照射後のハイドロゲルが、コラーゲン、コラーゲンペプチド、及び、ゼラチンからなる群から選択される1以上を、該ハイドロゲルに対して、1質量%以上30質量%以下含む、(18)から(24)のいずれかに記載の製造方法。
【0034】
(26) 前記照射後に、生理活性因子を添加する工程をさらに含む、(18)から(25)のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、細胞培養における遺伝子発現を安定的に制御し、細胞培養物を製造する製造技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0036】
図1】ガンマ線線量と弾性率の関係を示す図である。
図2】FGF1添加量と、増殖活性の関係を示す図である。
図3】FGF1添加量と、増殖活性の関係を示す図である。
図4】FGF1添加量と、増殖活性の関係を示す図である。
図5】マウス腹腔由来の食細胞培養における分化制御を示す図である。
図6】マウス悪性黒色腫由来のB16F10細胞培養における形態制御を示す図である。
図7】ヒト由来子宮頸癌由来のHeLa細胞培養における形態制御を示す図である。
図8】ヒト由来子宮頸癌由来のHeLa細胞培養における増殖率を示す図である。
図9】放射線照射後のpH調整処理がハイドロゲル中のFGF1濃度に及ぼす影響を示す図である。
図10】FGF1が含まれるハイドロゲルに対する放射線照射後のpH調整処理の有無が、ハイドロゲルを用いた細胞培養後の細胞増殖活性に及ぼす影響を示す図である。
図11】放射線照射の線量がハイドロゲル中の高分子濃度に及ぼす影響を示す図である。
図12】本発明の一態様に係るハイドロゲルにラミニンを後添加した結果を示す図である。
図13】本発明の一態様に係るハイドロゲルを用いてマウス悪性黒色腫由来のB16F10細胞を培養した結果を示す図である。
図14】本発明の一態様に係るハイドロゲルを用いてマウス悪性黒色腫由来のB16F10細胞を培養した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0038】
(1)細胞培養用ハイドロゲル
本発明の細胞培養用ハイドロゲル(細胞培養足場用ハイドロゲル)は、細胞増殖活性が、線維芽細胞増殖因子-1活性換算で100pg/mL以下であるとともに、弾性率が、0.1~500kPaであり、親水性高分子の放射線架橋構造を有する細胞培養用ハイドロゲルである。
以下、本発明の細胞培養用ハイドロゲルを単に「本発明のハイドロゲル」ともいう。
【0039】
本発明において、ハイドロゲルとは、水を内包して、ゲル状に硬化したものであり、例えばタンパク質などの親水性高分子の構成分子が、互いに橋渡しをするように、架橋して構成される。後述するように、放射線による架橋は、放射線が有する固有の高いエネルギーを利用したものであり、いわゆる架橋剤(例えば熱架橋剤(重合開始剤)、紫外線架橋剤(光重合開始剤)とも呼ばれる)を必要としないものであるので、架橋剤を一切含まない放射線架橋構造を構成する。
かかる放射線架橋構造を有することで、細胞培養条件下に放置した場合であってもハイドロゲル状態を保持することができる。
【0040】
上記ハイドロゲルとして、典型的に、10質量%以上(好ましくは30質量%以上)の含水率のものを好適に使用し得る。含水率の上限は特に限定されず、例えば99質量%以下で適宜設定すればよい。
【0041】
また、上記ハイドロゲルとして、ハイドロゲルに対する親水性高分子の含有量が、例えば1質量%以上、好ましくは3質量%以上のものを好適に使用し得る。ハイドロゲルに対する親水性高分子の含有量の上限は特に限定されず、例えば50質量%以下、好ましくは40質量%以下のものを好適に使用し得る。
【0042】
(親水性高分子の放射線架橋構造)
放射線架橋とは、特に限定するものではないが、放射線照射によって、高分子鎖上に活性点が生じ、そこを起点としての高分子鎖がX型或いはT型に結合することで、3次元的な網目構造(ネットワーク構造)を形成する。架橋剤などの添加剤を用いることなしに、室温或いはそれ以下の温度でも進行するのが、放射線架橋の特徴であり、材料のゲル化、耐熱性の向上、形状記憶性の付与などに応用される。
【0043】
また、親水性高分子は、公知の親水性高分子と同様のものである。具体的には、分子中に親水性基を有する高分子をいう。
【0044】
上記親水性基として、例えば水酸基、アミノ基、カルボキシル基、エーテル基、アシル基、スルホ基が例示される。すなわち、上記親水性高分子は、かかる親水性基を分子中に少なくとも1以上、好ましくは2以上有する高分子である。
【0045】
また、上記親水性高分子の分子量は特に限定されず、例えば、150から2,000,000の範囲の高分子を適宜選択して用いればよい。典型的には、1,000から1,000,000の範囲の高分子を適宜選択して用いることができる。なお、組成が同一の高分子であれば、分子量が大きいほどハイドロゲルの弾性率が大きくなる傾向がある。なお、本明細書では、特に言及しない限り、「分子量」は重量平均分子量を意味するものとする。なお、かかる重量平均分子量は、従来公知のサイズ排除クロマトグラムにより測定すればよい。
【0046】
上記親水性高分子として、例えば、タンパク質、ペプチド、多糖類、核酸といった、天然物由来の親水性高分子、或いはその誘導体が挙げられる。なお、天然物由来とは、天然物(地球資源、典型的には生物、例えば動物、植物、菌)から抽出或いは精製することにより入手可能であることを意味し、それ自体が天然物であることに限定されない。例えば、天然物からの抽出物或いは精製物を原料として人為的に合成した合成タンパク質は、上記天然物由来の親水性高分子(以下、天然高分子ともいう)に包含される。なお、ここで合成タンパク質とは、細胞利用のタンパク質合成系で合成されたタンパク質及び無細胞タンパク質合成系で合成されたタンパク質のいずれも包含する。
【0047】
上記天然物由来の親水性高分子の具体例として、例えば、デキストリン、デキストラン、キチン、キトサン、寒天、アガロース、ジェランガム、キサンタンガム、カラヤガム、カラギーナン、セルロース、スターチなどの多糖類、コラーゲン、ゼラチン、フィブリン、アルブミン、ラミニン、ケラチン、オボアルブミン、ミオシン、グロブリン、ペプチドなどのタンパク質、DNA又はRNAなどの核酸などが挙げられる。
なお、上記天然物由来の親水性高分子は、単一のサブタイプのみをハイドロゲルの原料として用いてもよいし、複数の異なるサブタイプを組み合わせてハイドロゲルの原料としてもよい。例えばコラーゲンはI型コラーゲン、II型コラーゲン、III型コラーゲン、IV型コラーゲン、V型コラーゲンといったサブタイプが知られている。したがって、これらのサブタイプのうち1つ又は2つ以上のサブタイプのコラーゲンを組み合わせて用いることができる。I型コラーゲンは生体内に最も大量に存在することから、比較的安価に入手し得る点で好ましい。また、IV型コラーゲンは皮膚の基底膜に存在するコラーゲンであり、比較的簡便に入手できる点で好ましい。
ここで、上記タンパク質とは、複数のアミノ酸がペプチド結合により結合されてなる高分子を意味し、当該タンパク質を構成するアミノ酸の数により限定されるものではない。例えば、2個又は3個以上のアミノ酸からなるペプチドを包含する。なお、本明細書中で特に「ペプチド」という場合には、2個以上2,000個以下のアミノ酸からなる高分子をいう。
【0048】
また、上記天然物由来の親水性高分子(天然高分子)の誘導体としては、特に限定されないが、例えば当該天然物由来の高分子を低級アルキル基、低級アルコキシアルキル基、又はヒドロキシ低級アルキル基で置換した誘導体が挙げられる。具体的には、低級アルキル基置換セルロース誘導体、低級アルコキシアルキル基置換セルロース誘導体、ヒドロキシ低級アルキル基置換セルロース誘導体、低級アルコキシアルキル基置換キトサン誘導体、低級アルコキシアルキル基置換キチン誘導体、低級アルコキシアルキル基置換スターチ誘導体及び低級アルコキシアルキル基置換カラギーナン誘導体からなる群から選択される天然高分子誘導体が例示される。
【0049】
なお、上記親水性高分子は、人工的に合成した合成高分子(合成樹脂)であってもよい。従来公知の親水性高分子を特に制限なく使用することができるが、例えば、ポリエチレンオキサイド、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ポリアクリルアミド、ポリメタクリルアミド及びポリエチレングリコールからなる群から選択される合成高分子が挙げられる。或いはまた、人工的に設計された配列を有する高分子も当該合成分子に包含し得る。例えば、人工的に設計された配列を有する人工タンパク質(ペプチドを含む)、核酸、多糖が挙げられる。
【0050】
上記ハイドロゲルは、上記親水性高分子のうち1種のみが相互に架橋(結合)したものであってもよいし、2種又は3種以上の親水性高分子が相互に架橋(結合)したものであってもよい。
【0051】
特に限定するものではないが、対象細胞の生存環境に近い環境での培養を実現する観点からは、動物由来の細胞を培養する目的で使用する場合であれば、動物由来の親水性高分子又はその誘導体を選択することが好ましく、生体(動物生体)から抽出又は精製して得られる親水性高分子(以下、生体由来高分子ともいう)又はその誘導体がより好ましい。例えば、生体から抽出した精製度の低いタンパク質材料を上記親水性高分子として採用し得る。具体的には、複数のサブタイプのコラーゲンの混合物、或いは例えばコラーゲンとラミニンといった複数のタンパク質の混合物、或いは例えばタンパク質と多糖類、タンパク質と核酸といった異なる高分子の混合物を細胞培養足場用ハイドロゲルの原料高分子として使用し得る。
例えば、上記細胞培養足場用ハイドロゲル上で培養した細胞を生体内へ移植する場合、移植用の細胞集団中に足場用ハイドロゲルが混入する可能性を考慮し、生体適合性の親水性高分子を選択することが好ましい。かかる生体適合性の親水性高分子として、例えば上記生体由来高分子が挙げられる。ゼラチン、コラーゲンに例示されるタンパク質を主体とする高分子は、移植先(ドナー)のコラゲナーゼやプロテアーゼなどの酵素により分解、吸収され得るため、移植用細胞を培養するための足場用ハイドロゲルの原料として好ましい。
【0052】
(弾性率)
弾性率(以降、便宜的に硬さということがある)は、JIS K 6272などに準じた公知の応力-歪(Stress-Strain)曲線の測定方法によって定義されるものであり、例えば圧縮弾性率によって測定される。すなわち、本発明のハイドロゲルは、圧縮弾性率0.1~500kPaであるハイドロゲルを含むものである。哺乳動物の細胞を対象とした細胞培養足場用ハイドロゲルであれば、圧縮弾性率が好ましくは1kPa~200kPa、より好ましくは3kPa~60kPaの範囲のハイドロゲルを好適に使用し得る。
【0053】
培養細胞は、生体内の種々の組織より分離された細胞である。ここで組織の弾性率はそれぞれ異なり、骨であればGPa以上、軟骨であればMPa以上(例えば1~100MPa程度)、軟組織であれば0.1~500kPa(例えば50kPa程度)であることが知られている。すなわち、対象の培養細胞をin vivoに近い環境で培養するためには、当該対象細胞の由来組織の弾性率を反映した弾性率の足場材を用いてin vitro培養することが求められる。
【0054】
言い換えれば、細胞培養において所望の細胞を培養しようとする場合には、足場となるハイドロゲルは、その弾性率を、所望の細胞を分離した由来組織の弾性率に合せて選択することができる。具体的には、圧縮弾性率0.1~500kPaである本発明のハイドロゲルは、神経や筋肉などの軟組織由来細胞の培養に適している。
【0055】
(細胞増殖活性)
また、本発明の細胞培養足場用ハイドロゲルは、安定な細胞培養結果が得られるよう、天然高分子基材(以降、タンパク質で例示することがある)に含まれる成長因子の影響を低減したものである。成長因子の影響は、線維芽細胞増殖因子-1(FGF1)を評価用の成長因子として用いることで、定量的に定義できる。
具体的には、本発明のハイドロゲルは、細胞増殖活性が、FGF1活性換算で100pg/mL以下であり、好ましくは50pg/mL以下、より好ましくは10pg/mL以下である。
【0056】
上記のとおり、成長因子の影響は、評価用細胞の増殖を測定することによって、定量的に定義することができる。例えば、NIH-3T3細胞を用いた系で評価した細胞増殖活性を指標とすることができる。具体的には、マウス胎児皮膚から分離した培養細胞であるNIH-3T3細胞(以下、3T3細胞ということがある)を評価用細胞として用いた場合の増殖活性が、成長因子の活性がない(典型的には成長因子を含まない)ことをあらかじめ確認した親水性高分子を用いて作成したハイドロゲルに比し、105%未満であり得る。
【0057】
上記親水性高分子に成長因子の活性がないことは、例えば高速液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)などを用いて純度試験をすることで確認することができる。また、レポーターアッセイにより、含まれる可能性がある成長因子の活性を確認するといった手法により確認することができる。
また、親水性高分子を酸性(又はアルカリ性)の環境下に晒す、高温条件で加熱するといった失活処理を施すことで、混入可能性のある成長因子の活性を失活させた高分子を用いることもできる。例えば、酸処理によって抽出された牛真皮由来I型コラーゲン(ニッピ株式会社製のTri-D)は当該酸処理によって成長因子の活性が失活していることが知られているため、Tri-Dコラーゲンをリファレンス用の足場として採用し得る。
上記増殖活性は細胞増殖測定試薬(例えばCell Counting Kit-8、株式会社同仁化学研究所製)を用いて測定してもよいし、市販のセルカウンターを用いて培養前後の細胞数を測定・比較する、或いは血球計算計を用いて顕微鏡下で培養前後の細胞数を測定・比較してもよい。
また、上記増殖活性を評価するための細胞培養時間は特に限定されないが、例えば28時間の培養(24時間のインキュベートの後に4時間の呈色反応を行う)で評価すればよい。
【0058】
具体的には、所定の評価用細胞を、細胞培養足場用ハイドロゲル上に、所定数(所定量)を播種し、所定時間にわたり培養することで評価できる。簡便な評価としては、所定の波長における吸光光度法による吸光度を測定することにより、あらかじめ求めた吸光度-細胞数の相関グラフ(検量線)より、細胞数を推定することができる。このとき、細胞播種にあたっては、水溶性テトラゾリウム塩(例えば、C201311Na)を添加しておくことで、細胞増殖に伴う還元反応を、特定波長における吸光度の増加により測定し、細胞数の増加が再現性良く評価できる。この測定は、汎用的に販売されている測定キット、Cell Counting Kit-8(株式会社同仁化学研究所製)を用いて行ってもよい。また吸光度の測定には、マイクロプレートリーダー、吸光度計、分光光度計のいずれも用いることができる。
【0059】
本発明の細胞培養足場用ハイドロゲルにおいては、評価用細胞として3T3細胞を用い、5,000cells/wellの濃度で、複数のウェルに対して、90μLずつ播種し、24時間前培養する(培養条件:5%二酸化炭素雰囲気、37℃)。続いて、水溶性テトラゾリウム塩溶液からなるCell Counting Kit-8を、10μL/wellずつ添加する。その後インキュベーター内で4時間本培養を行い、呈色反応を行う(培養条件:5%二酸化炭素雰囲気、37℃)。次に、マイクロプレートリーダーにより、450nmの吸光度を測定する(合計28時間インキュベート)。
ここで、同様な方法による、成長因子を含まない純度の高い天然高分子で作成したゲル(例えば、酸処理によって抽出された牛真皮由来I型コラーゲンゲル)をリファランスサンプルとし、この450nmにおける吸光度と比較する。細胞が増殖すると、吸光度が増加することを利用し、合計28時間インキュベートしたサンプルにおける吸光度を、レファランスサンプルの吸光度により除し、百分率(%)で表現することで増殖活性を定義できる。本発明の細胞培養足場用ハイドロゲルは、このような評価方法によって定義されるものであり、28時間インキュベートにおいて、105%未満の増殖活性を有するものである。
すなわち、本発明の細胞培養足場用ハイドロゲルの好適な一実施態様は、NIH-3T3細胞のCell Counting Kit-8を用いた28時間インキュベートにおける増殖活性が、酸処理によって抽出された牛真皮由来I型コラーゲンゲルに比し、105%未満である。
【0060】
なお、上記成長因子の影響は、線維芽細胞増殖因子-1(FGF1)を評価用の成長因子として用いることで、定量的に定義することもできる。例えば、所望の細胞培養足場用ハイドロゲルに所定量のFGF1を添加したリファレンス用ハイドロゲルを作成し、上記リファレンス用ハイドロゲルで所定時間細胞を培養した際の細胞増殖率の検量線と比較することで、目的の細胞培養足場用ハイドロゲル中に混入した成長因子の活性をFGF1量に換算して評価することができる。
或いはまた、培養液中にFGF1を添加して培養した際の細胞増殖率を検量線として比較することで、目的の細胞培養足場用ハイドロゲル中に混入した成長因子の活性をFGF1量に換算して評価してもよい。
【0061】
本発明の細胞培養足場用ハイドロゲルは、基材となる天然高分子に含まれる成長因子の影響が低減されている。具体的には、細胞増殖活性がFGF1換算で100pg/mL以下という低い活性に抑えられており、このため、遺伝子発現や分化状態を安定的に制御することができる。好ましくは、上記定義による増殖活性値が105%未満と低く抑えられていれば、遺伝子発現や分化状態をより安定的に制御することができる。
【0062】
このように、本発明のハイドロゲルは、所望の細胞培養に適した弾性率を有するとともに、親水性高分子基材に含まれる生理活性因子(成長因子)の影響を低減したものであり、細胞培養足場に用いたときに、遺伝子発現や分化状態を安定的に制御することができる。
特に親水性高分子として天然物由来(典型的には生体由来)の親水性高分子であるタンパク質を用いる場合には、タンパク質に含まれる生体由来の生理活性因子(成長因子)が培養結果に影響を及ぼしがちであるが、本発明のハイドロゲルは、親水性高分子として上記タンパク質を用いた場合であっても、生体由来の生理活性因子(成長因子)の影響を低減したものである。
【0063】
[本発明のハイドロゲルの好ましい態様]
以下、本発明において好ましい態様について説明する。
【0064】
好適な一実施態様として、ハイドロゲルの細胞培養面に所望の形状の凹凸が形成されていてもよい。例えば、平行溝、凹部(略円状の凹部など)、及びこれらの組み合わせを有するものであり得る。
ここで、平行溝を構成する溝は、直線であっても、点線であってもよい。平行溝の間隔は任意であるが、0.5~1000μmを好適に用いることができる。平行溝の間隔は、一定であっても可変であってもよい。平行溝凹部の深さは任意であるが、0.5~500μmを好適に用いることができる。
上記凹部は任意の形状とすればよく、例えばドット状であってよい。例えば直径10μm~1000μmの略円形状(典型的には円)とし得る。このような凹部によると、複数の細胞(例えば細胞集団、コロニー、受精卵)を凹部に補足して、培養することができる。
また、例えば直径10~100μmの凹部を形成してもよい。凹部の直径をこの範囲とすることにより、この凹部に補足可能な細胞数を制限し得る。例えば直径20~30μmの凹部を形成してもよい。
このような凹部を有する培養用足場は、凹部1個当たり平均1~10個程度(典型的には平均1~3個、好ましくは平均1個)の細胞を隔離、保持して培養する目的に対し、好適に用いることができる。
【0065】
本発明のハイドロゲルは細胞塊(スフェロイド、スフィア)培養に適する。細胞塊培養に用いる場合、本発明のハイドロゲルには、細胞塊の直径に応じた大きさの凹部を設けることができ、例えば、直径50~1000μm、直径100~800μm、直径10~200μm、直径20~100μmの凹部を設けてもよい。凹部の深さは、ハイドロゲル表面からの最も深い距離が10~1000μmであってもよい。ハイドロゲルに設ける凹部は1つであってもよく、複数(例えば2~10000個)であってもよい。凹部を複数設ける場合、隣り合う凹部同士の間隔は最も長い距離が10~10000μmであってもよい。
【0066】
また、別の好適な一実施態様として、ハイドロゲルの弾性率を不均一としてもよい。例えば、厚み方向に不均一となるように設定することができる。例えば弾性率の異なる複数のハイドロゲル層で構成されるように設定してもよいし、細胞培養面の弾性力が低く設定され且つ深さ方向(厚み方向)に弾性力が高くなるように設定したグラジエントゲルとしてもよい。このように、厚み方向に弾性率が不均一(典型的には細胞培養面の弾性率を低く)となるように設定することで、例えば、細胞がハイドロゲル中に侵入しやすくなり、立体培養を実現できる。
或いは、弾性率が水平方向に不均一となるように設定してもよい。例えば、周囲と弾性率が異なる部位を設けてもよいし、特定方向に徐々に弾性率が低くなるように設定したグラジエントゲルとしてもよい。このように水平方向に弾性率が不均一となるように設定することで、例えば、所定の弾性率の足場を好む細胞を分離する方法に利用することができる。
【0067】
また、別の好適な一実施態様として、本発明のハイドロゲルは、従来よりも高濃度の高分子を含むゲルであり得る。例えば、ハイドロゲルに対して、1質量%以上30質量%以下の高分子を含んでいてもよい。具体的には、コラーゲンもしくはゼラチンもしくはコラーゲンペプチドからなる群から選択される1以上を、本発明のハイドロゲルに対して、1質量%以上30質量%以下含んでいてもよい。
上記濃度は、一般的な中和コラーゲンや市販の生体抽出物由来のハイドロゲル(マトリゲルなど)に含まれる濃度よりも高い。本発明によれば、放射線照射によって、このような高濃度の高分子を含むハイドロゲルが得られる。
上記濃度の高分子を含むハイドロゲルは、適宜濃度を調整した各高分子の溶液を、必要に応じて空気飽和させた後、放射線照射することで得られる。ハイドロゲルの製造方法の条件は、下記[(4)細胞培養用ハイドロゲルの製造方法]で挙げるものを採用できる。
【0068】
[本発明のハイドロゲルへの各種生理活性因子の後添加]
本発明のハイドロゲルに、該ハイドロゲルとは別体の生理活性因子を添加(後添加)することで、添加された成分に応じた所望の作用を、選択的に、且つ、所望の程度で、ハイドロゲルに付与することができる。したがって、本発明は、ハイドロゲルとは別体の生理活性因子を後添加するための、ハイドロゲルも包含する。なお、ハイドロゲルに後添加される生理活性因子としては、細胞増殖因子、分化誘導因子、接着因子、走化因子、細胞外マトリックスなどが例示され、これらから選択される1以上が添加され得る。
【0069】
本発明のハイドロゲルに後添加される細胞増殖因子は特に限定されず、細胞培養などに用いられる任意の成分が挙げられる。このような成分として、肝細胞増殖因子、血小板由来成長因子、顆粒球コロニー刺激因子、上皮成長因子、血管内皮細胞増殖因子、塩基性線維芽細胞増殖因子、インスリン用成長因子、トランスフォーミング成長因子、神経成長因子、骨形成因子、などが挙げられる。
【0070】
本発明のハイドロゲルに後添加される分化誘導因子は特に限定されず、細胞培養などに用いられる任意の成分が挙げられる。このような成分として、Activin、TGF β2、HGF(Hepatocyte growth factor)、Dex(Dexamethasone)、Rac1(RAS-related C3 botulinus toxin substrate 1)、Zfp521(Zinc finger protein 521)などが挙げられる。
【0071】
本発明のハイドロゲルに後添加される接着因子は特に限定されず、細胞培養などに用いられる任意の成分が挙げられる。このような成分として、インテグリン、ネフロネクチン、ラミニン、フィブロネクチン、テネイシン、フィビュリン、EMILIN、QBRICK、osteopontin、polydom、MAEG、fibronogenなどが挙げられる。
【0072】
本発明のハイドロゲルに後添加される走化因子は特に限定されず、細胞培養などに用いられる任意の成分が挙げられる。このような成分として、CCL21、fMLP、ロイコトリエンB4、IL-8、C5a、ロイコトリエンB4(LTB4)、血小板活性化因子(PAF)などが挙げられる。
【0073】
後添加される細胞外マトリックスは特に限定されず、細胞培養などに用いられる任意の成分が挙げられる。このような成分として、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン、エラスチン、多糖類などが挙げられる。
【0074】
本発明のハイドロゲルに後添加される生理活性因子(細胞増殖因子、分化誘導因子、接着因子、走化因子、細胞外マトリックスなど)の量などは特に限定されず、後添加される因子の種類などに応じて適宜選択される。
【0075】
本発明は、上記の本発明のハイドロゲルに対して、分化誘導因子、接着因子、走化因子、及び細胞外マトリックスからなる群から選択される1以上の因子が配合されたハイドロゲルも包含する。これら分化誘導因子、接着因子、走化因子、及び細胞外マトリックスは、後添加される生理活性因子として例示したものから適宜選択して配合すればよい。
【0076】
[本発明のハイドロゲルを含むゲルキット]
本発明のハイドロゲルに、該ハイドロゲルとは別体の生理活性因子(例えば細胞増殖因子及び/又は細胞外マトリックス)を添加(後添加)することで、添加された成分に応じた所望の作用を、選択的に、且つ、所望の程度で、ハイドロゲルに付与することができる。したがって、本発明は、本発明のハイドロゲルと、該ハイドロゲルとは別体の生理活性因子(例えば細胞増殖因子及び/又は細胞外マトリックス)と、を含むゲルキットも包含する。これらゲルキットに含まれる生理活性因子は、細胞増殖因子、分化誘導因子、接着因子、走化因子、細胞外マトリックスなどが例示され、これらから選択される1以上であり得る。
【0077】
本発明のゲルキットに含まれ得る細胞増殖因子は特に限定されず、細胞培養などに用いられる任意の成分が挙げられる。このような成分として、肝細胞増殖因子、血小板由来成長因子、顆粒球コロニー刺激因子、上皮成長因子、血管内皮細胞増殖因子、塩基性線維芽細胞増殖因子、インスリン用成長因子、トランスフォーミング成長因子、神経成長因子、骨形成因子、などが挙げられる。
【0078】
本発明のゲルキットに含まれ得る分化誘導因子は特に限定されず、細胞培養などに用いられる任意の成分が挙げられる。このような成分として、Activin、TGF β2、HGF(Hepatocyte growth factor)、Dex(Dexamethasone)、Rac1(RAS-related C3 botulinus toxin substrate 1)、Zfp521(Zinc finger protein 521)などが挙げられる。
【0079】
本発明のゲルキットに含まれ得る接着因子は特に限定されず、細胞培養などに用いられる任意の成分が挙げられる。このような成分として、インテグリン、ネフロネクチン、ラミニン、フィブロネクチン、テネイシン、フィビュリン、EMILIN、QBRICK、osteopontin、polydom、MAEG、fibronogenなどが挙げられる。
【0080】
本発明のゲルキットに含まれ得る走化因子は特に限定されず、細胞培養などに用いられる任意の成分が挙げられる。このような成分として、CCL21、fMLP、ロイコトリエンB4、IL-8、C5a、ロイコトリエンB4(LTB4)、血小板活性化因子(PAF)などが挙げられる。
【0081】
本発明のゲルキットに含まれ得る細胞外マトリックスは特に限定されず、細胞培養などに用いられる任意の成分が挙げられる。このような成分として、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン、エラスチン、多糖類などが挙げられる。
【0082】
本発明のゲルキットにおける、本発明のハイドロゲルと、該ハイドロゲルとは別体の生理活性因子(例えば細胞増殖因子及び/又は細胞外マトリックス)との質量比などは特に限定されず、ゲルキットの用途などに応じて適宜選択される。
【0083】
本発明のゲルキットの使用方法は特に限定されないが、本発明のハイドロゲルに、該ハイドロゲルとは別体の生理活性因子(例えば細胞増殖因子及び/又は細胞外マトリックス)を所望のタイミングで添加した後、後述する細胞培養物の製造などに供することができる。添加の方法などは、ゲルキットの用途や、生理活性因子(例えば細胞増殖因子及び細胞外マトリックス)の種類などに応じて適宜選択される。
【0084】
(2)細胞培養物の製造方法
本発明の細胞培養物の製造方法は、本発明のハイドロゲルを足場として、培養しようとする細胞を接触させることにより、細胞を培養する方法である。特に、ハイドロゲルとして、所望の遺伝子発現や分化状態に対応する弾性率及び/又は表面形状を有するハイドロゲルを選択して用いることが好ましい。該遺伝子発現は、細胞の分化にかかわる遺伝子の発現、又は細胞の成長にかかわる遺伝子発現であり得る。
【0085】
なお、「所望の遺伝子発現や分化状態に対応する弾性率及び/又は表面形状」とは、発現する遺伝子の種類に応じて適宜選択される。
例えば、発現する遺伝子がメラミン遺伝子である場合について、遺伝子発現のために用いる細胞に応じた好ましいゲルの弾性率及び表面形状は以下のとおりである。
マウス悪性黒色腫由来のB16F10細胞を用いる場合:ハイドロゲルの弾性率は5~48kPaであることが好ましく、表面形状は平坦であることが好ましい。
ヒト由来子宮頸癌由来のHeLa細胞を用いる場合-1:HeLa細胞スフェロイドを形成するためには、ハイドロゲルの弾性率は1kPa~30kPa(より好ましくはおよそ5kPa)が好ましく、表面形状は平坦であることが好ましい。
ヒト由来子宮頸癌由来のHeLa細胞を用いる場合-2:HeLa細胞が2次元形態をとるためには、ハイドロゲルの弾性率が30kPa~500kPa程度(より好ましくはおよそ48kPa)であることが好ましく、表面形状は平坦であることが好ましい。あるいは、ハイドロゲルの弾性率が5kPa~500kPa以上程度(より好ましくは5kPa~48kPa)であることが好ましく、表面形状は平行溝(好ましくは、溝の幅が1μm~10μmのライン状凹凸、より好ましくは溝の幅が5μmのライン状凹凸)を有することが好ましい。
【0086】
足場用ハイドロゲル上で培養する細胞は特に限定されず、所望の細胞を選択することができる。例えば、ヒト由来の細胞、ヒト以外のほ乳類由来の細胞、ほ乳類以外の動物由来の細胞、植物由来の細胞などが例示される。かかる細胞は細胞株(セルライン)或いは初代培養細胞であってもよいし、所定の遺伝子が導入された遺伝子導入細胞であってもよい。例えば、ES細胞やiPS細胞といった多能性幹細胞の製造、又は分化誘導に本発明の細胞培養足場用ハイドロゲルを好適に適用し得る。
【0087】
なお、ここで「細胞」とは、単一細胞が相互に独立して存在する状態に限定されず、複数の細胞が集合した細胞集団(例えばセルクラスター、組織)を包含しる。すなわち、コロニー培養、細胞塊(スフェロイド、スフィア)培養、組織培養といった種々の培養に、本発明のハイドロゲルを、培養足場として利用し得る。
【0088】
後述する実施例が示すように、各種動植物の細胞、例えば、メラニン産生細胞、腹腔由来の食細胞、心筋細胞、神経細胞、肝臓細胞、腎臓細胞、膵臓細胞、幹細胞、抗体産生細胞、破骨細胞、上皮細胞、線維芽細胞、乳がん細胞、乳腺がん細胞、脳腫瘍細胞、子宮がん細胞、子宮頸癌細胞、膵臓がん細胞、筋芽細胞、各種幹細胞(ES細胞など)などを培養することができる。培養対象である細胞には組織片などが含まれていてもよい。
【0089】
具体的には、例えば、マウス腹腔由来の食細胞の培養については、16kPa程度(典型的には13~19kPa程度)の弾性率を有するハイドロゲルを足場として用いることにより、分化が進むことなく、未分化のまま、細胞が増殖し、未分化細胞として製造することができる。
また、例えば、ヒト由来子宮頸癌由来のHeLa細胞の培養については、1~16kPa前後の弾性率を有するハイドロゲルを足場として用いることにより、三次元的に細胞が増殖し、細胞塊(スフェロイド、スフィア)を製造することができる。
【0090】
細胞を培養する環境は、公知の環境条件でよく、例えば5%CO、37℃の雰囲気による培養であってよい。また、培養装置(環境装置)として、公知のCOインキュベーターを用いることができる。
培養された細胞培養物は、上記足場から、公知の方法で分取することができる。
【0091】
すなわち本発明は、メラニン産生細胞培養用の細胞培養足場用ハイドロゲル、腹腔由来の未分化食細胞を培養するための細胞培養用ハイドロゲル、心筋細胞培養用のハイドロゲル、破骨細胞培養用のハイドロゲル、上皮細胞培養用のハイドロゲル、線維芽細胞培養用のハイドロゲル、乳がん細胞培養用のハイドロゲル、乳腺がん細胞培養用のハイドロゲル、脳腫瘍細胞培養用のハイドロゲル、子宮がん培養用のハイドロゲル、膵臓がん細胞培養用のハイドロゲル、iPS細胞培養用のハイドロゲル、ES細胞培養用のハイドロゲル、MUSE細胞培養用のハイドロゲル、幹細胞培養用のハイドロゲル、神経細胞培養用のハイドロゲル、血球細胞培養用のハイドロゲル、筋芽細胞培養用のハイドロゲルを提供することができる。
【0092】
(3)細胞培養足場用ハイドロゲルの前駆体
本発明の細胞培養足場用ハイドロゲルの前駆体は、親水性高分子、例えばタンパク質を0.1~70質量%含む水溶液である。
なお、上記前駆体中の親水性高分子の濃度は特に限定されないが、高濃度の前駆体に放射線を照射することで単位体積当たりに生じる放射線架橋の割合が増大するため、弾性率の高いハイドロゲルは、含水率が低下しがちとなる。したがって求められる弾性率と含水率とから、前駆体中の親水性高分子の濃度を定めることができる。
【0093】
ハイドロゲルの前駆体は、生理活性因子、例えば成長因子を包含してもよい。すなわち、ハイドロゲルの前駆体としての水溶液中に生理活性因子を含有していたとしても、放射線の作用により、上記因子の活性を低減したハイドロゲルを提供し得る。
【0094】
ここで、上記親水性高分子として、天然物由来の高分子(天然高分子、典型的には生体由来の高分子)も使用し得る。天然高分子とは、上述した定義によるものである。多細胞動物の細胞外基質に多く含まれるコラーゲンや、コラーゲンを熱変性させたゼラチン、コラーゲンペプチドなどに例示される。
【0095】
上記天然物由来の高分子には、生体由来の生理活性因子(成長因子)が含まれることがある。特に、生体由来の親水性高分子、特に生体から分離したタンパク質は、生理活性因子(成長因子)が含まれている可能性がある。成長因子は、前駆体が架橋してハイドロゲルを形成した後も、ある程度の量で残存し、ハイドロゲルを足場として用いる細胞培養において、培養細胞の遺伝子発現や分化状態を含む細胞培養結果を不安定にさせる、又は阻害する要素となる。
したがって、基材としては、成長因子の少ない、言い換えれば純度の高い高分子(例えばタンパク質)であることが好ましい。一方で、高純度のタンパク質を多量に精製することには、多大なコストがかかるという生産上の課題もある。
【0096】
なお、成長因子としては、細胞の増殖や分化を促進する、塩基性線維芽細胞増殖因子(basic fibroblast growth factor:bFGF又はFGF2)、上皮成長因子(Epidermal growth factor:EGF)、インスリン様成長因子(Insulin-like growth factor:IGF)、トランスフォーミング成長因子(Transforming growth factor:TGF)、神経成長因子(Nerve growth factor:NGF)、血小板由来成長因子(Platelet-derived growth factor:PDGF)、骨形成因子(bone morphogenetic protein; BMP)、肝細胞増殖因子(Hepatocyte growth factor:HGF)、血管内皮細胞増殖因子(Vesicular endothelial growth factor:VEGF)、顆粒コロニー刺激因子(granulocyte-colony stimulating factor:G-CSF)などが含まれる。
【0097】
しかしながら、ハイドロゲル前駆体に対して、後述する放射線照射工程、及び生理活性因子の活性低減処理(典型的にはpH調整処理工程)を適切に施すことによって、天然高分子に成長因子がある程度含まれていても、ハイドロゲルを足場として用いる細胞培養において、培養細胞の遺伝子発現が安定的に行われる。具体的には、一例として線量5kGy放射線照射を前提とする場合において、前駆体には、線維芽細胞成長因子に換算したときに、0~1000ng/mLの線維芽細胞成長因子と同程度の増殖活性を有する成長因子を含むことができる。一実施態様において、0~500ng/mLの線維芽細胞成長因子と同程度の増殖活性を有する成長因子を含むことができる。また、他の実施態様において、0~100ng/mLの線維芽細胞成長因子と同程度の増殖活性を有する成長因子を含むことができる。また、他の実施態様において、0~10ng/mLの線維芽細胞成長因子と同程度の増殖活性を有する成長因子を含むことができる。
また、放射線線量の増加は、許容し得る成長因子の量を増加させることができる。したがって、線量5kGy超の放射線照射を前提とする場合においては、前駆体には、線維芽細胞成長因子に換算したときに、1000ng/mL超の線維芽細胞成長因子と同程度の増殖活性を有する成長因子を含むことができる。
【0098】
(4)細胞培養用ハイドロゲルの製造方法
本発明の細胞培養用ハイドロゲル(細胞培養足場用ハイドロゲル)の製造方法は、上述した前駆体に対し、線量1~1000kGyの放射線を照射する工程を含む細胞培養足場用ハイドロゲルの製造方法である。該製造方法により、本発明のハイドロゲルを好ましく製造できる。
ここで、放射線とは、紫外線より波長の短い電磁波と、電子線、イオンビームを含む概念であり、電磁波は、X線、ガンマ線を含む。放射線照射装置は、公知のこれら放射線の発生装置を用いることができる。
【0099】
(放射線照射工程)
放射線照射工程では、前駆体に対し、連続的に、又は間欠的に、放射線照射装置を用いて、線量1~1000kGyの放射線を照射する。線量の下限は、2kGy以上、5kGy以上、10kGy以上、100kGy以上、500kGy以上であってよく、線量の上限は、500kGy以下、300kGy以下、200kGy以下、100kGy以下であってよい。一実施態様において、線量5~200kGyの放射線照射を好ましく用いることができる。
ここで、線量とは、放射線の時間当たりの照射量を、時間積分したものであり、各々の放射線ごとに販売されている線量計によって、測定することができる。なお、放射線照射装置において、照射エネルギーは100keVから10MeV程度に設定することが望ましい。
前駆体への放射線照射によって、親水性高分子(例えばタンパク質)が部分的に開裂してラジカルを発生するとともに、架橋反応が生じることにより、水を内包するようにゲルが生成する(ハイドロゲルの生成)。放射線の照射が終了すると、ただちに架橋反応も停止する。反応の際の架橋密度は、照射する放射線の線量に依存し、その結果、ゲルの弾性率も放射線の線量に依存することになる。
また、親水性高分子の架橋密度が高いほど、含水率が低くなる(ハイドロゲル中の親水性高分子の含有率が高くなる)。よって、ハイドロゲル中の親水性高分子の含有率も、照射する放射線の線量に依存することになる。
【0100】
牛由来のゼラチンと、豚由来のゼラチンについて、ガンマ線の線量と、架橋したハイドロゲルの弾性率を調べた例を、図1に示す。ゼラチンの種類により、多少傾向は異なるが、0~100kGyのガンマ線線量の間で、線量と弾性率とは、およそ直線関係にあることがわかる。言い換えると、求められるハイドロゲルの弾性率に応じて、放射線の線量を定めることができる。
【0101】
なお、放射線照射に際して、環境温度は4~50℃、前駆体中の溶存酸素濃度は0~40mg/Lであることが望ましい。
上記放射線照射時の環境温度は、親水性高分子の性質に応じて適宜設定すればよい。例えばコラーゲンを用いる場合であれば4~25℃程度の低温で放射線を照射することで効率よく放射線架橋することができ、ゼラチンを用いる場合であれば10~30℃の温度環境下で放射線を照射することで効率よく放射線架橋することができる。
また、放射線照射における前駆体の溶存酸素は、ラジカルを捕捉する効果がある。換言すると、前駆体中の溶存酸素濃度を高濃度とすることで、架橋密度が低くなり、結果としてハイドロゲルの弾性率を低くすることができる。具体的な手法としては、例えば、酸素濃度が高い環境で放射線を照射する、高酸素濃度下に上記前駆体を放置する、上記前駆体に酸素をバブリングする、といった方法により、上記前駆体中の溶存酸素濃度を増大させることができる。
また、前駆体中の溶存酸素濃度を低濃度とすることで、架橋密度が高くなり、結果としてハイドロゲルの弾性率を高くすることができる。具体的な手法としては、窒素環境下で放射線を照射する、上記前駆体に窒素をバブリングするといった方法により、上記前駆体中の溶存酸素濃度を低減することができる。
【0102】
また、溶存酸素濃度の低い前駆体を、高酸素濃度下で放射線照射することで、酸素と接する面(典型的には細胞培養面)とそれ以外の部分とで溶存酸素濃度を変化させることができる。これら酸素濃度の制御により、ハイドロゲルの細胞培養に供する表面のみ(培養する細胞と接触する表面のみ)を、所望の弾性率とし、それ以外の部分を表面よりも高い弾性率とすることも可能である。例えば、平板状のハイドロゲルの場合、基底部分を高い弾性率とし、細胞培養に供する面のみを低い弾性率とすることができる。
【0103】
以上述べたように、細胞培養足場用ハイドロゲルの製造方法は、放射線を照射する工程(線量1~1000kGy)を含むものである。放射線照射工程は、所定の放射線照射により親水性高分子に架橋が生じ、所定の弾性率を付与するものである。このとき、放射線が有する高いエネルギーが、ハイドロゲル前駆体内の成長因子にも作用して、当該成長因子の活性を低減することができる。すなわち、放射線照射により、親水性高分子の架橋と生理活性因子の活性低減の両方の効果を奏することから、簡便な方法で足場用ハイドロゲルを提供することができる。放射線照により足場用ハイドロゲルを製造する製造方法は、上記前駆体中に含まれる生理活性因子の活性が比較的低い場合に特に好適である。さらに、上記放射線照射は、細胞培養足場用ハイドロゲルを殺菌(滅菌)することができる観点からも優れている。
【0104】
(放射線照射前後の各種処理)
細胞培養足場用ハイドロゲルの製造方法は、生理活性因子(例えば成長因子)の活性を低減する処理をさらに含んでもよい。
例えば、放射線照射により架橋したハイドロゲルに対して、pHの調整処理を行う(pH調整工程)ことで、当該ハイドロゲル中の生理活性因子(例えば成長因子)の活性を低減することができる。放射線照射後に、塩基性の溶液や緩衝溶液を用いて、pH=6~8にpH調整することによって、生理活性因子の活性が低減された細胞培養の足場として用いることができるようになる。
【0105】
放射線照射後のpH調整工程において用いられ得る塩基性の溶液や緩衝溶液としては、様々に市販されている緩衝溶液(例えば、PBS)や培地、もしくは水を選択することができる。培地には、フェノールスルホンフタレイン(フェノールレッド)を含んでもよい。
例えば、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、イーグル最小必須培地(MEM)、イーグル最小必須培地α改変型(α-MEM)、グラスゴー最小必須培地(GMEM)、Iイスコフ改変ダルベッコ培地、栄養混合物F-12ハム(Ham’s F-12)、RPMI-1640などを用いることができる。
【0106】
放射線照射後のpH調整工程の温度条件としては特に限定されないが、好ましくは4~60℃、より好ましくは32~38℃で行ってもよい。
【0107】
上記生理活性因子の活性低減処理として、加熱処理を行ってもよい。生理活性因子は高温環境に晒すことでその活性が不可逆的に失活することができる。この加熱処理は、上記放射線照射工程を行うよりも前、或いは放射線照射工程後のいずれのタイミングで実施してもよい。例えば、放射線照射前の前駆体に加熱処理を施すことで、前駆体中の生理活性因子の活性を低減することができる。特に限定するものではないが、50℃以上で1分以上加熱すればよい。なお、加熱温度の上限は特に限定されないが、例えば60℃以下とすればよく、加熱時間の上限は、5分以下とすればよい。
【0108】
また、上記生理活性因子の活性低減処理として、放射線照射に先立って、あらかじめ前駆体のpHをpH5以下(好ましくはpH4以下)とする酸処理、或いはpH8以上(好ましくはpH9以上)とするアルカリ処理を施してもよい。生理活性因子は酸環境下或いはアルカリ環境下に晒されることでその活性が不可逆的に失活することができる。すなわち、かかる酸処理又はアルカリ処理を施すことで、前駆体中の生理活性因子の活性を低減することができる。
【0109】
これら生理活性因子の活性低減処理の方法は、親水性高分子の性質に応じて適宜選択すればよい。
例えば、親水性高分子としてゼラチンを選択する場合であれば、前駆体を加熱処理する方法を好適に採用することができる。この方法を採用することで、水溶液中にゼラチンを溶解させる処理と、生理活性因子の活性低減処理とを、同時に実現することができ、細胞培養足場用ハイドロゲルを簡便に製造することができる。
また、例えば、親水性高分子としてコラーゲンを選択する場合であれば、放射線照射して得たハイドロゲルを、pH調整処理することが好ましい。典型的に、コラーゲンを高温環境下に晒すと変性しがちであり、放射線照射による架橋が困難となりがちである。このため、放射線照射前の前駆体の加熱処理よりも、放射線照射後の成長因子の活性低減処理(例えばpH調整処理、加熱処理)を選択することが好ましい。
【0110】
以上述べたように、細胞培養足場用ハイドロゲルの製造方法の好適な実施態様は、放射線を照射する工程と、生理活性因子の活性を低減する工程を含むものである。放射線照射工程と、生理活性因子の活性低減工程の両工程を有することにより、前駆体に含まれる成長因子を大幅に減らすことができ、上述した定義によるハイドロゲルの増殖活性を105%未満に抑制することができる。
【0111】
ここで、放射線照射工程と、生理活性因子の活性低減工程の両工程を有する本発明のハイドロゲル製造方法は、2つの工程の成長因子削減作用を加算した以上の効果を発揮する。すなわち、放射線照射によってのみ、成長因子の活性を所定レベル以下に減じようとする場合、放射線の照射により、ハイドロゲルに求める弾性率を超えることがあり得る。つまり成長因子の活性減少は、放射線線量を増大する方向に作用させることとなるから、例えば神経細胞の培養のような、数kPa程度の弾性率の小さいゲルを得ようとするときに障害となる。
また、生理活性因子の活性低減処理によってのみでは、成長因子の活性を所望のレベルまで減少させることが困難な場合がある。
したがって、放射線照射工程と、生理活性因子の活性低減工程の両工程を有することにより、成長因子の活性を効果的に減少させつつ、所望の細胞の培養に必要な弾性率の確保とを、同時に獲得しやすくなる。さらに、上記生理活性因子の活性低減工程として、上記pH調整は、細胞培養用足場材のpHを細胞培養に最適なpHとすることができる点で好ましい。
なお、上記生理活性因子の活性低減処理は、1種のみを採用してもよいし、2種以上の処理を組み合わせて実施してもよい。
【0112】
このように、放射線照射工程と、生理活性因子の活性低減工程の両工程の処理を行うことにより、前駆体に成長因子が、ある程度含まれていても、培養細胞の遺伝子発現や分化状態の制御が安定的に行われる。具体的には、上述したように、前駆体には、成長因子を、0~1000ng/mLで含むことができる。これにより、親水性高分子として高度に精製された原料を用いる必要がなくなり、汎用的に流通している親水性高分子(例えばタンパク質)を用いることができ、材料の選択幅が広がるとともに、材料コストも低減することができる。
【0113】
上述した放射線照射工程、生理活性因子の活性失活工程に加えて、ハイドロゲル表面の形状を加工する表面加工工程を加えてもよい。かかる表面加工工程は、ハイドロゲル前駆体に所定形状のモールドを押圧する方法が例示される。本発明のハイドロゲル前駆体は、弾性率が比較的低いため、モールドを押し当てたまま放射線照射することで、モールドの形状をハイドロゲルに転写できる。かかるモールドの表面形状は、所望のハイドロゲルの細胞培養面の形状に対応した形状とすればよい。例えば、所定の間隔の平行溝を有するモールド、所定の大きさ及び間隔の凸部を有するモールドが例示される。細胞培養において、平行溝は、細胞に一定の形態、一定の活動方向性を付与する効果がある。また、モールドの凸部がハイドロゲルに転写された凹部は、細胞培養において、所定の細胞を隔離・保持するマイクロウェルとしての役割を果たす効果を発揮し得る。
【0114】
モールドの材質は、非水溶性の材料ならば特に制限はなく、シリコン、ガラス、合成樹脂などを用いることができる。モールドは、押圧後に剥離するため、フレキシブルなものが好ましく、合成樹脂が望ましい。
平行溝を構成する溝は、直線であっても、点線であってもよい。平行溝の間隔は任意であるが、0.5~1000μmを好適に用いることができる。平行溝の間隔は、一定であっても可変であってもよい。平行溝の深さは任意であるが、0.5~500μmを好適に用いることができる。
【0115】
上記凸部は任意の形状とすればよく、例えばドット状とすればよい。例えば直径10μm~1000μmの略円形状(典型的には円)とし得る。このような凸部を転写することで、直径10μm~1000μmの凹部を形成し得る。このような凹部によると、複数の細胞(例えば細胞集団、コロニー、受精卵)を凹部に補足して培養し得る。
また、例えば直径10μm~100μmの凸部を転写して、直径10~100μmの凹部を形成してもよい。凹部の大きさをこの範囲とすることで、当該凹部に補足可能な細胞数を制限し得る。例えば直径20~30μmの凸部を転写して、直径20~30μmの凹部を形成してもよい。
このような凹部を有する培養用足場は、凹部1個当たり平均1~10個程度(典型的には平均1~3個、好ましくは平均1個)の細胞を隔離、保持して培養する目的に対し、好適に用いることができる。
【0116】
以上の点を踏まえ、一実施形態において、線維芽細胞、子宮頸癌細胞を培養するための、弾性率5~60kPaのハイドロゲル(コラーゲンゲル)を製造する場合、以下の条件の試料にガンマ線照射し、pH調整処理される。
親水性高分子(コラーゲン)の分子量:600,000以下(例えば、200,000~600,000、好ましくは400,000~500,000)
親水性高分子(コラーゲン)溶液の濃度:0.1~5.0質量%
溶存酸素濃度:0~8mg/L
ガンマ線線量:1~100kGy(好ましくは2~50kGy)、
ガンマ線照射時の溶液温度が4~37℃(好ましくは4~25℃)、
pH調整処理:DMEM培地、37℃で10~180分。
【0117】
また、他の実施形態において、メラニン産生細胞、腹腔由来の食細胞、心筋細胞、破骨細胞、上皮細胞、線維芽細胞、心筋細胞、乳がん細胞、乳腺がん細胞、脳腫瘍細胞、子宮がん細胞、子宮頸癌細胞、膵臓がん細胞、筋芽細胞を培養するための、弾性率1~200kPaのハイドロゲル(ゼラチンゲル)を製造する場合、以下の条件の試料を調製し、前処理後のガンマ線照射が選択される。
親水性高分子(ゼラチン)の分子量:200,000以下(例えば、100,000~170,000)
親水性高分子(ゼラチン)溶液の濃度:0.1~70質量%
溶存酸素濃度:0~8mg/L
ガンマ線線量:1~300kGy(好ましくは2~200kGy)
ガンマ線照射時の溶液温度が4~37℃(好ましくは10~30℃)。
pH調整処理:DMEM培地、50℃で10~180分。
【0118】
上記[本発明のハイドロゲルを含むゲルキット]のとおり、本発明のハイドロゲルに、生理活性因子を添加することで、添加された成分に応じた所望の作用をハイドロゲルに付与することができる。
したがって、放射線照射工程後に生理活性因子を添加する工程を行ってもよい。
添加される生理活性因子(例えば細胞増殖因子及び細胞外マトリックス)の詳細は上記[本発明のハイドロゲルを含むゲルキット]で説明したものと同様である。
【実施例
【0119】
以下、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0120】
なお、以下、放射線照射されていないゲルに対して行うpH調整処理を「中和pH調整処理」ともいい、放射線照射後のゲルに対して行うpH調整処理を「照射後pH調整処理」ともいう。
【0121】
(参考例1)成長因子を含むタンパク質に対する、放射線照射処理の影響、並びに、放射線照射処理及び照射後pH調整処理の影響
以下の2種類のハイドロゲルを作製し、ハイドロゲル中の成長因子の存在量を抗体染色の蛍光強度から評価した。なお、ゲル2が本発明のハイドロゲルに相当する。
(ゲル1-1)成長因子を含むタンパク質にガンマ線を照射したもの
(ゲル1-2)成長因子を含むタンパク質にガンマ線を照射した後にpH調整処理(照射後pH調整処理)したもの
【0122】
<材料及び方法>
高純度の牛真皮由来I型コラーゲン溶液(株式会社ニッピ製コラーゲンゲル細胞培養キットTri-D、以下同様。)に対し、成長因子である線維芽細胞増殖因子-1(FGF1、R&D Systems社、232-FA-025/CF)を0、30、300、3000ng/mLの各濃度で添加したDMEM培地を加えた。混合比は、コラーゲン溶液:DMEM=2:1とした。次いで、得られた混合物をガラスベースディッシュに100μLずつ入れ、すみやかにCOインキュベーター内で37℃に昇温してコラーゲンを繊維化した。
上記の操作により、成長因子を含むタンパク質として、FGF1を0、10、100、1000ng/mL含む中和コラーゲンゲルを得た。
各中和コラーゲンゲルをFGF1抗体(Santa Cruz Biotechnology社、sc-55520)及び二次抗体(Invitrogen社、A32723)で染色し、同一条件下で蛍光観察することによって、FGF1含有量の異なる中和コラーゲンゲルと蛍光強度の関係、すなわち検量線を得た。
そして、FGF1を1000ng/mL含む中和コラーゲンゲルにガンマ線を1kGy照射したもの(ゲル1-1に相当する。)、及び、FGF1を1000ng/mL含む中和コラーゲンゲルにガンマ線を1kGy照射後にPBSにより37℃以上でpH7.4となるように調整したもの(ゲル1-2に相当する。)をそれぞれ得た。これらのゲルに対して、上記同様に免疫染色を行って蛍光強度を計測した。
【0123】
<結果>
免疫染色後の蛍光強度の計測結果を図9に示す。なお、図9中、蛍光強度の値が高いほど、ゲル中のFGF1濃度が高いことを意味する。
図9に示すように、いずれのゲルにおいてもFGF1濃度は低減されていた。さらに、ゲル1-2の蛍光強度はゲル1-1よりも低く、検出限界(200ng/mL)よりも低かった。これらのことから、放射線照射後にpH調整することでFGF1濃度をより低減でき、原料中に1000ng/mLもの高濃度でFGF1が含まれていたとしても、その量を検出限界以下にまで低減できることがわかった。
【0124】
(参考例2)成長因子を含むタンパク質を足場原料に用いた場合のNIH-3T3細胞の増殖活性の評価(中和pH調整処理の影響)
成長因子を含むタンパク質をpH調整処理した後、昇温によりハイドロゲル足場とし、足場上でマウス胎児皮膚由来の線維芽細胞である3T3細胞を培養し、増殖活性を評価した。
【0125】
<材料及び方法>
高純度のコラーゲン溶液として、高純度の牛真皮由来I型コラーゲン溶液を用意し、これにFGF1を0、10、100ng/mLの各濃度で添加した。これを96wellマイクロプレートに10μL入れ、5μLの無色DMEM培地を加え、COインキュベーター内で37℃に昇温し、pH=7.1~7.5にpH調整処理した。これにより、コラーゲン溶液中のコラーゲンが繊維化し、中和コラーゲンゲルが得られた。該中和コラーゲンゲルは、成長因子を含むタンパク質を中和pH調整処理したものに相当する。
この中和コラーゲンゲルを足場として、3T3細胞を5,000cells/wellの濃度で90μL播種し、24時間培養してCell Counting Kit-8(株式会社同仁化学研究所製)を10μL/wellずつ添加した。その後インキュベーター内で4時間呈色反応を行い、マイクロプレートリーダーで450nmの吸光度を測定した。
【0126】
<結果>
図2に、FGF1の濃度による吸光度の変化、すなわち増殖活性の変化を、FGF1無添加の場合を100%として示す。FGF1の濃度上昇に応じ、増殖活性が上昇しており、3T3細胞が成長因子の影響を受けていることがわかる。
本結果は、既知又は未詳の成長因子を1つ以上含む生体由来のタンパク質材料を培養基材として用いる場合、細胞培養が成長因子の影響を受けることを示している。
また、成長因子の抑制は、5μLのDMEM培地によるpH調整処理では不充分であることを示している。
【0127】
(参考例3)成長因子を含むタンパク質を足場原料に用いた場合の3T3細胞の増殖活性の評価(放射線照射処理の影響)
成長因子を含むタンパク質を前駆体として、ガンマ線を照射し、マウス胎児皮膚由来の線維芽細胞である3T3細胞を培養し、増殖活性を評価した。
【0128】
<材料及び方法>
10%の牛胎児血清(FBS)を含む無色DMEM溶液に線維芽細胞増殖因子(FGF1)を0、1、10ng/mLの濃度で添加し、ガンマ線を5kGy照射してから、96wellマイクロプレートに10μLずつ入れ、さらに3T3細胞を5,000cells/wellの濃度で90μL播種した。24時間培養してCell Counting Kit-8を10μL/wellずつ添加し、その後インキュベーター内で4時間呈色反応を行い、マイクロプレートリーダーで450nmの吸光度を測定した。
【0129】
<結果>
図3に、FGF1の濃度による吸光度の変化、すなわち増殖活性の変化を、FGF1無添加の場合を100%として示す。FGF1の濃度上昇に応じ、増殖活性が上昇しており、3T3細胞が成長因子の影響を受けていることがわかる。
本結果は、既知又は未詳の成長因子を1つ以上含む生体由来材料にガンマ線を照射したものを培養基材に用いても、細胞が基材由来の成長因子の影響を受け、培養結果が安定しないことを示している。
また、成長因子の抑制は、5kGyのガンマ線照射処理では不充分であることを示している。
【0130】
(実施例1)成長因子を含むタンパク質を足場原料に用いた場合の3T3細胞の増殖活性の評価(放射線照射処理及び照射後pH調整処理の影響)
成長因子を含むタンパク質を前駆体として、ガンマ線を照射し、ハイドロゲルを製造し、37℃以上でpH調整処理したものを足場として、マウス胎児皮膚由来の線維芽細胞である3T3細胞を培養し、増殖活性を評価した。
【0131】
<材料及び方法>
高純度の牛真皮由来I型コラーゲン溶液に、FGF1を0、10、100ng/mLの濃度で添加し、96wellマイクロプレートに10μLずつ入れ、ガンマ線を5kGy照射してから、無色DMEM培地を加えて37℃でpH7.1~7.5となるようにpH調整処理(照射後pH調整処理)を行った。pH調整処理に用いた無色DMEM培地を除いてから、3T3細胞を5,000cells/wellの濃度で90μL播種し、24時間培養して、Cell Counting Kit-8を10μL/wellずつ添加した。その後インキュベーター内で4時間呈色反応を行い、マイクロプレートリーダーで450nmの吸光度を測定した。
【0132】
<結果>
図4に、FGF1の濃度による吸光度の変化、すなわち増殖活性の変化を、FGF1無添加の場合を100%として示す。増殖活性はFGF1の濃度にかかわらず105%未満であり、3T3細胞が成長因子の影響を受けていないことがわかる。
本結果は、既知又は未詳の成長因子を1つ以上含む生体由来材料に対し、ガンマ線を照射し、37℃以上でpH調整処理を行ったのち培養に用いる場合、すなわち本発明により得られるハイドロゲルを培養基材に用いた場合、培養細胞が基材中に含まれていた成長因子の影響を受けず、培養結果が安定することを示している。
また、本結果及び上記(参考例1)は、成長因子を含むタンパク質を原料に用いても、放射線照射処理及びpH調整処理(照射後pH調整処理)によって、細胞培養結果に影響を与えないレベルにまで成長因子を不活化できることを示している。
【0133】
(実施例2)ハイドロゲル足場におけるマウス腹腔由来の食細胞の培養
ハイドロゲル足場に播種・培養したマウス腹腔由来の食細胞の増殖を光学顕微鏡により直接観測した。得られた画像より食細胞の増殖の様子を観測した。
【0134】
<材料及び方法>
蒸留水1Lに豚ゼラチン10wt%を加え、50℃において充分に攪拌してゼラチン水溶液を得た。さらに、この溶液を35mmディッシュに移し、温度20℃で物理ゲル化・空気飽和したのちに、ガンマ線を温度25℃、線量率10kGy/h、線量20kGy照射した。得られたハイドロゲルであるゼラチン架橋体は、圧縮試験による応力―ひずみ曲線から、弾性率が16kPaであることを確認した。
得られたハイドロゲルにRPMI-10%FCS培地及び1,000,000のマウス腹腔食細胞集団を投入し、5%CO下、37℃で培養して、定期的に生育状態を位相差顕微鏡で観察した。
なお、マウス腹腔食細胞集団は、チオグリコレート培地をマウス腹腔内に投与し、4日後にマウスから採取した腹腔滲出細胞を、ポリスチレンシャーレ内の10%FCSを含むRPMI培地中で1日培養して、シャーレに付着した細胞を分取し、さらに7日間培養したのちに、シャーレからトリプシンで剥がして調製したものである。
【0135】
<結果>
図5に得られた顕微鏡像を示す。通常の培養実験で用いられるポリスチレンディッシュを使用すると、食細胞集団中のほとんどの細胞は分化してディッシュ表面に広がって強固に付着して増殖能力を失い、生体に移植してもすぐに活動能力を失う。広がった細胞の表面に散在した球形細胞は増殖能の高い低分化細胞であり、移植に適しているものの、得られる数は少ない(図5(a))。
一方、弾性率16kPaのゼラチン架橋体上で食細胞集団を培養すると、ごく一部の細胞が表面に付着して細長く伸び(図5(b)、細長い線状の細胞)、その表面に房のように、大多数の細胞をその球形を維持させたまま付着させている。さらに培養を進め、球形細胞の数は増殖を続けて数を増し(図5(c))、移植可能な増殖能力のある球状の低分化細胞を多量に調製することもできる。
本発明のハイドロゲルは、低分化又は未分化の細胞集団を増殖可能であることを示しており、再生医療における細胞ソースの調製に、密接に関連するものである。
【0136】
(実施例3)ハイドロゲル足場におけるメラノーマ細胞の培養
ハイドロゲル足場上に播種・培養したメラノーマ細胞の増殖、及びメラニン産生による着色を、光学顕微鏡により直接観測した。さらにメラニン産生量を吸光度により測定した。
【0137】
<材料及び方法>
蒸留水1Lに豚ゼラチン10wt%を加え、50℃において充分に攪拌してゼラチン水溶液を得た。さらに、この溶液を35mmディッシュに移し、温度20℃で物理ゲル化・空気飽和したのちに、ガンマ線を温度25℃、線量率10kGy/h、線量10、20、40kGyで照射した。得られたハイドロゲルであるゼラチン架橋体は、圧縮試験による応力―ひずみ曲線から、弾性率がそれぞれ約5、約16、約48kGyであることを確認した。得られたゼラチン架橋体上と通常の培養実験で用いられるプラスチックディッシュ上で、マウス悪性黒色腫由来のB16F10細胞をそれぞれ培養し、その後経時的に光学顕微鏡で観察並びにメラニン産生量の定量を行った。メラニン産生量は、回収した細胞をPBSで洗浄後、1%TritonX100存在下での可用性タンパク質量と、1N NaOHで、85℃、30分処理した際に可溶化したメラニン量により算出した。
【0138】
<結果>
図6に得られた顕微鏡像を示す。観察された像よりプラスチックディッシュ上で2D培養した細胞には明確なメラニン産生が認められない(図6(a))が、ゼラチン架橋体上で培養した細胞は、弾性率5~48kPaのいずれでも、細胞塊(spheroids)を形成し、細胞塊によっては高密度のメラニンを産生していることが認められる(図6(b)~(d))。
また、定量的解析の結果から、メラニンは2D培養条件下ではほとんど産生されないが、ゼラチン架橋体上での培養では経時的に顕著に産生されることを示している。またこの産生量にゼラチン架橋体の硬さが影響していることも認められている。
本結果は、ハイドロゲルの弾性率によって、生体内同様に、細胞の遺伝子発現を変調できることを示しており、創薬やがん治療研究に密接に関連するものである。
【0139】
(実施例4)ハイドロゲル足場におけるヒト子宮頸癌由来のHeLa細胞の培養(1)
平滑、及び5μmのライン状凹凸(平行溝)の微細構造を付与した表面を有するハイドロゲル足場上に、播種・培養したヒト由来の子宮頸癌由来がん細胞であるHeLa細胞の形態を、光学顕微鏡により直接観測した。得られた画像より、細胞のサイズ(接着面積)、縦横比、回転を計測した。
【0140】
<材料及び方法>
蒸留水1Lに、豚ゼラチン10wt%を加え、50℃において充分に攪拌して、ゼラチン水溶液を得た。さらに、この溶液を35mmディッシュに移し、温度20℃で物理ゲル化・空気飽和したのちに、ガンマ線を温度25℃、線量率10kGy/h、線量を10kGy及び40kGy照射した。得られたゼラチン架橋体は、圧縮試験による応力―ひずみ曲線から、弾性率がそれぞれ5kPaと48kPaであることを確認した。
また、水溶液上に5μmのライン状凹凸(平行溝)を有するモールドを押圧し、上記と同様に放射線を照射し、同じ弾性率(それぞれ5kPaと48kPa)であり、表面に5μmのライン状凹凸を有するハイドロゲル足場を作製した。
得られた4種類のハイドロゲル足場表面上と、通常の培養実験で用いられるポリスチレンディッシュ表面上で、それぞれHeLa細胞を培養し、光学顕微鏡で観察した。
【0141】
<結果>
図7に得られた顕微鏡像を示す。観察された像より、上皮系細胞のHeLaが硬さ5kPaの平滑なハイドロゲル上では、3次元的に細胞塊を作ることがわかる(図7(a))。その一方、硬さ48kPaの平滑なハイドロゲル上では2次元的に伸展し、且つ、間葉系様の形態を示すことがわかる(図7(b))。
また、5kPaの弾性率であっても、5μmのライン状凹凸があると、その形状に応答して、形態が変化することがわかる(図7(d))。5μmのライン状凹凸を有する弾性率48kPaの場合も、5kPa弾性率の場合と同様に形態が変化する(図7(e))。
一方、ハイドロゲル足場を用いず、ポリスチレンディッシュ上にて培養した場合、2次元的に伸展し、且つ敷石状の上皮系様形態を示す(図7(c))。
これらの結果は、ハイドロゲルの弾性率と、表面形状(表面の微細構造)の両方が、細胞の遺伝子発現に影響を及ぼすことが示している。
【0142】
次に、弾性率5~67kPaのハイドロゲル(培養表面は平滑)と、ポリスチレンディッシュにおける細胞培養の増殖率を調べた結果を、図8に示す(培養開始時を1とし、1~3日目に計測)。図8より、弾性率5~67kPaのハイドロゲルのいずれも、通常のプラスチックディッシュと同等の速度で、細胞を培養できることがわかる。すなわち、細胞の増殖率はそのままで、遺伝子発現のみ制御することが可能であることを示している。
本結果は、細胞の遺伝子発現や分化状態が、ハイドロゲルの弾性率や表面形状によって制御できることを示しており、再生医療における細胞ソースの調製に密接に関連する。
【0143】
(実施例5)ハイドロゲル足場におけるヒト子宮頸癌由来のHeLa細胞の培養(2)
実施例4と同じ条件で作製したゼラチン水溶液を、空気雰囲気で、温度25℃で、2MeVの電子線を、線量率10kGy/回で1~20回、トータル線量で10~200kGy照射した。得られたタンパク質架橋体上に子宮頸癌由来がん細胞を播種したところ、実施例4と同様の、弾性率による形態変化が観測された。
本結果は、電子線照射でも、ガンマ線照射と同様に、線量によるハイドロゲルの弾性率の調整が可能であり、遺伝子発現の制御が可能であることを示している。すなわちガンマ線のような電磁波に限らず、本発明が放射線全般に拡張可能であることを示すものである。
【0144】
(実施例6~21)
以下の条件のハイドロゲル足場上で、各種細胞の培養試験を行い、遺伝子発現能を調べた。結果を表1に示す。
【0145】
【表1】
表1に示すように、培養細胞の種類により異なった応答を示すものの、ハイドロゲル足場の弾性率及び/又は表面形状を適切に選択することにより、遺伝子発現を制御し得ることを示している。
【0146】
(参考例3) 放射線架橋と化学架橋後の残存アミノ酸の比較
分子量150,000の豚ゼラチン10質量%に蒸留水90質量%を加え、25℃において空気雰囲気で(酸素含有量約21%、大気圧)、10分間攪拌して溶存酸素濃度8mg/Lのゼラチン水溶液を得た。
この水溶液に対し、空気雰囲気で、温度25℃で、Co60照射施設においてガンマ線を線量率10kGy/h、線量60kGyで照射し、放射線架橋ゼラチンゲルを得た。
また、上記ゼラチン水溶液に、化学架橋剤であるグルタルアルデヒドの水溶液(0.48重要%)を等量加え40℃で12時間反応させたのち、100mMのグリシン水溶液で50℃1時間洗浄し化学架橋ゼラチンゲルを得た。
それぞれの手法で得られた架橋ゼラチンゲルを30℃で24時間真空乾燥し、約1mgを1.5mLの小型バイアルに採取した。窒素飽和条件下、110℃で塩酸により24時間加水分解した。
リファレンスとして未架橋のゼラチンも同様に加水分解した。その後、水酸化ナトリウムで中和し、各アミノ酸を4-Fluoro-7-nitrobenzofurazanにより蛍光標識し、HPLCにより定性、定量測定した。
【0147】
【表2】
【0148】
解析の結果、表2に示すように、未処理のゼラチンと比較して、グルタルアルデヒド処理ではリジンが20%程度まで減少するものの、ガンマ線照射では40%程度に留まることが明らかにされた。さらに、放射線照射では、マイクロ秒の寿命を持つ中間体を形成するフェニルアラニンが架橋に関与すると考えられる。
【0149】
以上、本発明の細胞培養用ハイドロゲル、細胞培養物の製造方法、細胞培養用ハイドロゲルの製造方法について、実施例を含めて説明してきた。上記説明は、本発明の基本的な構成態様を示したものにすぎず、各種応用が可能である。
例えば本発明の細胞培養用ハイドロゲルを、細胞培養器(細胞培養容器)に内蔵する足場として用いてもよい。
また、本発明の細胞培養物の製造方法において培養する細胞は、移植などの治療用の細胞の培養に用いるものであってよく、また、薬理試験用(例えば薬物のスクリーニング用)の細胞の培養に用いるものであってもよい。また、これら細胞培養物を、治療(例えば再生医療)、細胞培養物を用いた薬理試験方法(例えばスクリーニング方法)に用いることもできる。
また、細胞培養用ハイドロゲルの製造方法において、平行溝の形成は、上述の溝形成工程によってのみ形成し得るものではない。放射線照射工程において、放射線がビーム状であり、スキャンのできる放射線照射装置であれば、放射線照射の有無によって作成することもできる。例えば2次元平面のラスタースキャンを行い、奇数ラインを放射線照射し、偶数ラインを放射線照射しない、を繰り返すことによって、平行溝を有するハイドロゲル足場を形成することができる。この製造方法による溝形成を行う場合には、モールドを用いる溝形成は不要とすることができる。
【0150】
(実施例22)本発明に係る製造方法から得られたハイドロゲルにおける細胞増殖因子の含有量に関する評価
以下の2種類のハイドロゲルを作製し、これらを足場として3T3細胞を培養し、細胞増殖活性を比較することで、細胞増殖因子の含有量を評価した。なお、ゲル22-2が本発明に係る製造方法から得られたハイドロゲルに相当する。
(ゲル22-1)規定量の成長因子を含むタンパク質
(ゲル22-2)規定量の成長因子を含むタンパク質を原料として放射線照射処理及びpH調整処理(照射後pH調整処理)したもの
【0151】
<材料及び方法>
高純度の牛真皮由来I型コラーゲン溶液に対し、FGF1を0、0.015、0.3、1.5、3、30ng/mLの各濃度で添加したDMEM培地を加えた。混合比は、コラーゲン溶液:DMEM=2:1とした。得られた混合物を96wellマイクロプレートに40μLずつ入れ、すみやかにCOインキュベーター内で37℃に昇温し、コラーゲンを繊維化した。
上記の操作により、成長因子を含むタンパク質として、FGF1を0、0.005、0.1、0.5、1、10ng/mL含む中和コラーゲンゲルを得た。該中和コラーゲンゲルは、ゲル22-1に相当する。
また、種々の濃度のFGF1を含む中和コラーゲンゲルにガンマ線を1kGy照射してから、DMEM培地を加えて37℃でpH7.1~7.5となるように調整したハイドロゲルを得た。該ハイドロゲルはゲル22-2に相当する。
ゲル22-1及びゲル22-2に、それぞれ3T3細胞を5,000cells/wellの濃度で60μL播種し、48時間培養して、Cell Counting Kit-8を10μL/wellずつ添加した。その後インキュベーター内で1時間呈色反応を行い、マイクロプレートリーダーで450nmの吸光度を測定した。
【0152】
<結果>
図10に、中和コラーゲンゲル中のFGF1濃度に応じた吸光度の変化、すなわち細胞増殖活性の変化を示す。なお、図10中、吸光度の値が高いほど、ゲルの細胞増殖活性が高いことを意味する。
図10のとおり、ゲル22-1はゲル22-2よりもゲルの細胞増殖活性が顕著に高かった。
また、ゲル22-2においては、原料として配合したFGF1濃度にかかわらず、増殖活性に増加傾向が見られず、ゲル22-1から得られる検量線と比較するとゲル中のFGF1が100pg/mL以下相当だった。すなわち、ゲル22-2は、細胞増殖活性がFGF1活性換算で100pg/mL以下であり、この量は、市販の生体抽出物由来のハイドロゲル(マトリゲルなど)中の細胞増殖因子量よりも顕著に少ない。
【0153】
(実施例23)高濃度タンパク質含有ハイドロゲルの作製
高濃度のタンパク質(コラーゲン、ゼラチン、又はコラーゲンペプチド)を配合した溶液から、放射線照射によってハイドロゲルを作製し、該ゲル中の高分子濃度を評価した。
【0154】
<材料及び方法>
以下の3種の溶液を調製した。
(1)コラーゲン溶液
豚真皮由来I型コラーゲン溶液(新田ゼラチン製Collagen BM、639-30861)を濃度5wt%に調製してコラーゲン水溶液を得た。
(2)ゼラチン溶液
蒸留水1Lに、豚ゼラチン10wt%を加え、50℃で充分に攪拌してゼラチン水溶液を得た。
(3)コラーゲンペプチド溶液
蒸留水1Lに豚コラーゲンペプチド10wt%を加え、50℃で充分に攪拌してコラーゲンペプチド水溶液を得た。
【0155】
上記溶液をそれぞれ35mmディッシュに移し、コラーゲン溶液及びゼラチン溶液は温度20℃で空気飽和させ、コラーゲンペプチド溶液は4℃で空気飽和させた。次いで、ガンマ線を温度15℃、線量率10kGy/hで線量5kGyから60kGy照射した。
得られたハイドロゲルの乾燥前後の重量から、ハイドロゲル中の高分子濃度を評価した。
【0156】
<結果>
図11に放射線照射量に対するハイドロゲル中の高分子濃度を示す。図11に示されるとおり、放射線照射量が増えるほど、ハイドロゲル中の高分子濃度が増加した。この結果は、ハイドロゲルの原料であるコラーゲン、ゼラチン、又はコラーゲンペプチドが、放射線照射によってゲル化し、高分子を形成したことを意味する。上記方法で得られたハイドロゲル中の高分子濃度は、一般的な中和コラーゲンゲルや生体抽出物由来のハイドロゲル(マトリゲルなど)中の高分子濃度(一般的に1%以下)よりも高かった。この結果から、ハイドロゲル中の高分子濃度を放射線照射量によって調整できることがわかった。
【0157】
(実施例24)ハイドロゲルへの所定成分の添加
上記のとおり、本発明によれば、原料に含まれる成長因子量を低減させたハイドロゲルが得られる。本例では、このように得られたハイドロゲルへ所定成分を添加した場合に、該成分がハイドロゲル上で機能するかを検討した。具体的には、ハイドロゲルへ、細胞外マトリックスであるラミニン(細胞の接着、増殖、分化に関与するタンパク質)を添加し、ゲルにラミニンが含まれるかを評価した。
【0158】
<材料及び方法>
蒸留水1Lに豚ゼラチン10wt%を加え、50℃で充分に攪拌してゼラチン水溶液を得た。さらに、この溶液を35mmディッシュに移し、温度20℃で物理ゲル化及び空気飽和させたのちに、ガンマ線を温度25℃、線量率10kGy/h、線量20kGy照射し、ハイドロゲル(ラミニンコーティングされていないハイドロゲル)を得た。
得られたハイドロゲルに、超純水に溶解した0.1mg/mLのラミニン(Invitrogen 23017-015)を1mL添加し、4℃で一晩保管し、ラミニンコーティングされたハイドロゲルを得た。
次いで、ラミニンコーティングされていないゲル、及び、ラミニンコーティングされたゲルのそれぞれで、ラット海馬神経細胞を5%CO下、37℃で培養して、定期的に生育状態を観察した。その後、ラミニン抗体(Abcam ab11575)及び二次抗体(Invitrogen A32731)で染色し、蛍光観察によってラミニンがハイドロゲルに含まれるかどうかを確認した。
【0159】
<結果>
図12に蛍光観察の結果を示す。図12中、(A)はラミニンコーティングされていないゲルの観察結果であり、(B)はラミニンコーティングされたゲルの観察結果である。ラミニンコーティングが機能していれば(つまり、ゲルにラミニンが含まれていれば)、海馬神経細胞がゲルに接着する。
(A)に示されるとおり、未コーティングのゲル上では神経細胞は接着しなかった。これに対し、(B)に示された、ラミニンコーティングされたゲル上では海馬神経細胞が接着し、突起を伸ばしていた。
なお、図12(C)は、ラミニンコーティングされたゲルにおいて、ラミニンが実際にコーティングされていることを蛍光染色で確認した結果である。
以上の結果から、本発明のハイドロゲルに対して所定成分(成長因子など)を添加しても、該成分がハイドロゲル上で機能することがわかった。
【0160】
(実施例25)ハイドロゲルによるシングルセルの捕捉と培養
100~200μm角の凹形状を付与したハイドロゲルを足場として用い、凹部へメラノーマ細胞を播種してその様子を光学顕微鏡により経時的に観測した。
【0161】
<材料及び方法>
蒸留水1Lに豚ゼラチン10wt%を加え、50℃で充分に攪拌してゼラチン水溶液を得た。さらに、この溶液をディッシュに移し、100~200μm角、高さ100μmの凸構造を有するモールドを押圧し、温度20℃で物理ゲル化及び空気飽和したのちに、ガンマ線を温度15℃、線量率5kGy/h、線量20kGy照射し、表面に凹形状を有するハイドロゲルを作製した。
得られたハイドロゲルの凹部にマウス悪性黒色腫由来のB16F10メラノーマ細胞を播種した後、経時的に光学顕微鏡で観察した。
【0162】
<結果>
図13は、100μm角の凹形状を付与したハイドロゲルを用いた培養結果であり、細胞播種直後の状態である。図13に示すように、メラノーマ細胞は1細胞ずつ凹形状のくぼみに補足された。
この結果から、本発明のハイドロゲルによって、1細胞の捕捉とその培養が可能であることがわかった。なお、データは示していないが、ハイドロゲルに付与する凹部の形状は四角形に限られず、任意の形状であっても培養が可能であった。
【0163】
また、図14は、100μm角の凹形状を付与したハイドロゲルを用いた培養結果であり、細胞播種後8日後の状態である。図14に示すように、メラノーマ細胞からのメラニン産生量の異なるスフェロイドを得ることができた。培養条件は変わらないにもかかわらず、メラニン産生量が異なるスフェロイドが得られたことは、各メラノーマ細胞の遺伝子発現が互いに異なることを意味する。
この結果から、本発明のハイドロゲルによって、細胞を1つずつ個別にハイドロゲル足場上で培養し、異なる遺伝子発現を持つ細胞塊を作製できることがわかった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14