IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人九州大学の特許一覧

特許7414250ジエン系モノマー、それから得られるポリマー、該ポリマーを含む抗血栓性材料
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-05
(45)【発行日】2024-01-16
(54)【発明の名称】ジエン系モノマー、それから得られるポリマー、該ポリマーを含む抗血栓性材料
(51)【国際特許分類】
   C08F 36/14 20060101AFI20240109BHJP
   C08C 19/02 20060101ALI20240109BHJP
   A61L 33/06 20060101ALI20240109BHJP
   A61L 27/34 20060101ALI20240109BHJP
   A61L 27/40 20060101ALI20240109BHJP
   A61L 27/50 20060101ALI20240109BHJP
   A61L 29/08 20060101ALI20240109BHJP
   A61L 29/12 20060101ALI20240109BHJP
【FI】
C08F36/14
C08C19/02
A61L33/06 200
A61L27/34
A61L27/40
A61L27/50 300
A61L29/08 100
A61L29/12
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2019187569
(22)【出願日】2019-10-11
(65)【公開番号】P2021063159
(43)【公開日】2021-04-22
【審査請求日】2022-09-12
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構委託研究、産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)「有機材料の極限機能創出と社会システム化をする基盤技術の構築及びソフトマターロボティクスへの展開」産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100146732
【弁理士】
【氏名又は名称】横島 重信
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100110663
【弁理士】
【氏名又は名称】杉山 共永
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】小林 慎吾
(72)【発明者】
【氏名】田中 賢
(72)【発明者】
【氏名】辻本 智雄
【審査官】今井 督
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-187536(JP,A)
【文献】米国特許第04467118(US,A)
【文献】特開2003-192727(JP,A)
【文献】特開2014-105221(JP,A)
【文献】特開平07-016292(JP,A)
【文献】特開2002-167413(JP,A)
【文献】特開2009-273812(JP,A)
【文献】特開2016-050266(JP,A)
【文献】DEEPAK D. Vishnu et al.,Synthesis of isoprenicpolybutadiene macromonomers for the preparation of branched polybutadiene,European Polymer Journal,2019年01月25日,Volume 113,Pages 133-141,doi.org/10.1016/j.eurpolymj.2019.01.041
【文献】TAKENAKA Katsuhiko et al.,Polymerization of 1,3-DienesContaining Functional Groups 6: Unexpected Collapse of Monomer Structure in theAnionic Polymerization of 2-Ethoxymethyl-l,3-butadiene,Polymer Journal,2009年,Volume 41,Pages 106-107,https://www.nature.com/articles/pj200919
【文献】ESBEN Taarning et al.,Unsaturated aldehydes asalkene equivalents in the Diels-Alder reaction,Chemistry - A European Journal,2008年,Volume 14,Pages 5638-5644,DOI: 10.1002/chem.200800003
【文献】HOPF Henning et al.,Thermal pericyclictandem reactions,European Journal of Organic Chemistry,2001年,Volume 21,Pages 4009-4030,doi.org/10.1002/1099-0690(200111)2001:21<4009::AID-EJOC4009>3.0.CO;2-4
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F 36/00- 36/22
C08C 19/02
A61L
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表されるジエン系モノマー。
【化1】
(式(1)において、Rは、-CH CH -、-CH(CH )-、-CH CH CH -、-CH (CH CH -、-CH (CH)(CH )CH -、-CH(CH )CH(CH )-、-CH (CH CH -、及び-CH (CH CH -からなる群より選択される2価の飽和炭化水素基を表し、Rはエーテル結合を有していてもよい炭素数6以下の炭化水素基を表す。)
【請求項2】
が、エーテル結合を有していてもよい、メチル、エチル、n-プロピル、i-プロピル、n-ブチル、i-ブチル、tert-ブチル、n-ペンチル、ネオペンチル、イソアミル、tert-アミル、n-ヘキシル、及びi-ヘキシルからなる群より選択される炭化水素基である、請求項1記載のジエン系モノマー。
【請求項3】
下記構造式で表される、請求項1に記載のジエン系モノマー。
【化2】
【請求項4】
下記式(2)で表される繰り返し単位を含むポリマー。
【化3】
(式(2)において、Rは1~6個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐鎖状の炭素鎖を含む、2価の飽和炭化水素基を表し、Rはエーテル結合を有していてもよい炭素数6以下の炭化水素基を表す。)
【請求項5】
が、-CH-、-CHCH-、-CH(CH)-、-CHCHCH-、-CH(CHCH-、-CH(CH)(CH)CH-、-CH(CH)CH(CH)-、-CH(CHCH-、-CH(CHC(CH-、及び-CH(CHCH-からなる群より選択される2価の飽和炭化水素基である、請求項に記載のポリマー。
【請求項6】
が、エーテル結合を有していてもよい、メチル、エチル、プロピル、i-プロピル、n-ブチル、i-ブチル、tert-ブチル、n-ペンチル、ネオペンチル、イソアミル、tert-アミル、n-ヘキシル、及びi-ヘキシルからなる群より選択される炭化水素基である、請求項またはに記載のポリマー。
【請求項7】
下記式(3)で表される繰り返し単位を含むポリマー。
【化4】
(式(3)において、Rは1~6個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐鎖状の炭素鎖を含む、2価の飽和炭化水素基を表し、Rはエーテル結合を有していてもよい炭素数6以下の炭化水素基を表す。)
【請求項8】
が、-CH-、-CHCH-、-CH(CH)-、-CHCHCH-、-CH(CHCH-、-CH(CH)(CH)CH-、-CH(CH)CH(CH)-、-CH(CHCH-、-CH(CHC(CH-、及び-CH(CHCH-からなる群より選択される2価の飽和炭化水素基である、請求項に記載のポリマー。
【請求項9】
が、エーテル結合を有していてもよい、メチル、エチル、プロピル、i-プロピル、n-ブチル、i-ブチル、tert-ブチル、n-ペンチル、ネオペンチル、イソアミル、tert-アミル、n-ヘキシル、及びi-ヘキシルからなる群より選択される炭化水素基である、請求項またはに記載のポリマー。
【請求項10】
下記式(1)で表されるジエン系モノマーを重合する工程を含む、下記式(2)で表される繰り返し単位を含むポリマーの製造方法。
【化5】
(式(1)及び(2)において、Rは1~6個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐鎖状の炭素鎖を含む、2価の飽和炭化水素基を表し、Rはエーテル結合を有していてもよい炭素数6以下の炭化水素基を表す。)
【請求項11】
下記式(2)で表される繰り返し単位を含むポリマーを水素添加する工程を含む、下記式(3)で表される繰り返し単位を含むポリマーの製造方法。
【化6】
(式(2)及び(3)において、Rは1~6個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐鎖状の炭素鎖を含む、2価の飽和炭化水素基を表し、Rはエーテル結合を有していてもよい炭素数6以下の炭化水素基を表す。)
【請求項12】
請求項からのいずれかに記載のポリマーを含み、血液と接触する部材の構成材料として用いられる抗血栓性材料。
【請求項13】
請求項12に記載の抗血栓性材料を血液と接触する表面の少なくとも一部に用いた医療用器具。
【請求項14】
前記医療用器具が、人工腎臓用膜、血漿分離用膜、カテーテル、人工肺用膜、または人工血管である、請求項13に記載の医療用器具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なジエン系モノマー並びにそれを用いたポリマー及び該ポリマーの製造方法に関する。より詳しくは、新規なジエン系モノマーを原料に用いたポリマーを含む抗血栓性材料及びそれを用いた医療用器具に関する。
【0002】
近年、各種の高分子材料を利用した医療用材料の検討が進められており、人工腎臓用膜、血漿分離用膜、カテーテル、ステント、人工肺用膜および人工血管等への利用が期待されている。生体にとって異物である合成材料を生体内組織や血液と接触させて使用することとなるため、医療用材料が生体適合性を有していることが要求される。医療用材料を血液と接触する材料として使用する場合、血小板の粘着および活性化の抑制が生体適合性として重要な項目となる。
【0003】
また、生体適合性を示す物質は「中間水」と呼ばれる状態の水分子を含有可能であることが明らかにされている(特許文献1参照)。中間水とは、示差走査型熱量測定(DSC)において-100℃からの昇温過程で水の低温結晶化に基づくコールドクリスタリゼーション(以下、「CC」と略す)に由来する発熱ピークが-60℃以上0℃未満の温度範囲で観測される状態の水のことを言う。この低温結晶化は、生体適合性を示す物質と水との相互作用により、水が通常とは異なる凍結の挙動を示しているものと考えられており、高分子鎖と特定の相互作用により組織化された水であると考えられている。
【0004】
水酸基を有するビニル重合性化合物、例えば第一級水酸基を有するメタクリル酸2-ヒドロキシエチルは医療用材料として用いられているが、高い飽和含水率のため、膨潤する性質を有しており、ポリマー剥離の観点から改善が求められている。一方、第三級水酸基を有するビニル重合性化合物は、適度な反応性と親水性を有することが知られている(特許文献2参照)。この特性により、塗料、医療用材料等種々の用途が考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第6296433号
【文献】特許第4054967号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような状況において、新規な抗血栓性材料が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、特定構造を有するモノマーから得られたポリマーが血小板の粘着を抑制し、抗血栓性を有していることを見出し、本発明に至った。即ち、本発明は以下の通りである。
<1> 下記式(1)で表されるジエン系モノマーである。
【化1】
(式(1)において、Rは1~6個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐鎖状の炭素鎖を含む、2価の飽和炭化水素基を表し、Rはエーテル結合を有していてもよい炭素数6以下の炭化水素基を表す。)
<2> Rが、-CH-、-CHCH-、-CH(CH)-、-CHCHCH-、-CH(CHCH-、-CH(CH)(CH)CH-、-CH(CH)CH(CH)-、-CH(CHCH-、-CH(CHC(CH-、及び-CH(CHCH-からなる群より選択される2価の飽和炭化水素基である、上記<1>に記載のジエン系モノマーである。
<3> Rが、エーテル結合を有していてもよい、メチル、エチル、n-プロピル、i-プロピル、n-ブチル、i-ブチル、tert-ブチル、n-ペンチル、ネオペンチル、イソアミル、tert-アミル、n-ヘキシル、及びi-ヘキシルからなる群より選択される炭化水素基である、上記<1>または<2>に記載のジエン系モノマーである。
<4> 下記構造式で表される、上記<1>に記載のジエン系モノマーである。
【化2】
<5> 下記式(2)で表される繰り返し単位を含むポリマーである。
【化3】
(式(2)において、Rは1~6個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐鎖状の炭素鎖を含む、2価の飽和炭化水素基を表し、Rはエーテル結合を有していてもよい炭素数6以下の炭化水素基を表す。)
<6> Rが、-CH-、-CHCH-、-CH(CH)-、-CHCHCH-、-CH(CHCH-、-CH(CH)(CH)CH-、-CH(CH)CH(CH)-、-CH(CHCH-、-CH(CHC(CH-、及び-CH(CHCH-からなる群より選択される2価の飽和炭化水素基である、上記<5>に記載のポリマーである。
<7> Rが、エーテル結合を有していてもよい、メチル、エチル、プロピル、i-プロピル、n-ブチル、i-ブチル、tert-ブチル、n-ペンチル、ネオペンチル、イソアミル、tert-アミル、n-ヘキシル、及びi-ヘキシルからなる群より選択される炭化水素基である、上記<5>または<6>に記載のポリマーである。
<8> 下記式(3)で表される繰り返し単位を含むポリマーである。
【化4】
(式(3)において、Rは1~6個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐鎖状の炭素鎖を含む、2価の飽和炭化水素基を表し、Rはエーテル結合を有していてもよい炭素数6以下の炭化水素基を表す。)
<9> Rが、-CH-、-CHCH-、-CH(CH)-、-CHCHCH-、-CH(CHCH-、-CH(CH)(CH)CH-、-CH(CH)CH(CH)-、-CH(CHCH-、-CH(CHC(CH-、及び-CH(CHCH-からなる群より選択される炭化水素基である、上記<8>に記載のポリマーである。
<10> Rが、エーテル結合を有していてもよい、メチル、エチル、プロピル、i-プロピル、n-ブチル、i-ブチル、tert-ブチル、n-ペンチル、ネオペンチル、イソアミル、tert-アミル、n-ヘキシル、及びi-ヘキシルからなる群より選択される炭化水素基である、上記<8>または<9>に記載のポリマーである。
<11> 下記式(1)で表されるジエン系モノマーを重合する工程を含む、下記式(2)で表される繰り返し単位を含むポリマーの製造方法である。
【化5】
(式(1)及び(2)において、Rは1~6個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐鎖状の炭素鎖を含む、2価の飽和炭化水素基を表し、Rはエーテル結合を有していてもよい炭素数6以下の炭化水素基を表す。)
<12> 下記式(2)で表される繰り返し単位を含むポリマーを水素添加する工程を含む、下記式(3)で表される繰り返し単位を含むポリマーの製造方法である。
【化6】
(式(2)及び(3)において、Rは1~6個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐鎖状の炭素鎖を含む、2価の飽和炭化水素基を表し、Rはエーテル結合を有していてもよい炭素数6以下の炭化水素基を表す。)
<13> 上記<5>から<10>のいずれかに記載のポリマーを含み、血液と接触する部材の構成材料として用いられる抗血栓性材料である。
<14> 上記<13>に記載の抗血栓性材料を血液と接触する表面に用いた医療用器具である。
<15> 前記医療用器具が、人工腎臓用膜、血漿分離用膜、カテーテル、人工肺用膜、または人工血管である、上記<14>に記載の医療用器具である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様の好適な抗血栓性材料を血液と接触する表面の部材として用いると、血液と接触した際に、中間水の存在により、血小板の粘着および活性化を抑制することができる。従って、本発明の一態様の好適な抗血栓性材料は、人工腎臓用膜、血漿分離用膜、カテーテル、人工肺用膜および人工血管等の医療用器具の材料として極めて有用である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、以下に説明する材料、構成等は本発明を限定するものではなく、本発明の趣旨の範囲内で種々改変することができるものである。
【0010】
〔抗血栓性材料〕
本発明の抗血栓性材料は、下記式(2)で表される繰り返し単位を含むポリマー、または下記式(3)で表される繰り返し単位を含むポリマーを含み、血液と接触する部材の構成材料として用いられるものである。
【化7】
式(2)及び式(3)において、Rは1~6個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐鎖状の炭素鎖を含む、2価の飽和炭化水素基を表し、Rはエーテル結合を有していてもよい炭素数6以下の炭化水素基を表す。
なお、「エーテル結合を有してもよい炭化水素基」とは、炭化水素基を構成する2つの炭素原子がエーテル結合(-O-)を介して結合してもよい旨を規定している。
例えば、エチル基(-CH-CH)であれば、-CH-O-CHで表される基であってもよいことを意味する。また、エーテル結合(-O-)は複数有していてもよく、例えば、n-ブチル基(-CH-CH-CH-CH)であれば、-CH-O-CH-O-CH-O-CHで表される基であってもよい。
式(2)及び式(3)において、Rの好ましい具体例としては、-CH-、-CHCH-、-CH(CH)-、-CHCHCH-、-CH(CHCH-、-CH(CH)(CH)CH-、-CH(CH)CH(CH)-、-CH(CHCH-、-CH(CHC(CH-、及び-CH(CHCH-からなる群より選択される2価の飽和炭化水素基が挙げられ、より好ましくは、-CH-、-CHCH-、-CHCHCH-、-CH(CHCH-、-CH(CHCH-、及び-CH(CHCH-が挙げられる。
式(2)及び式(3)において、Rの好ましい具体例としては、エーテル結合を有していてもよい、メチル、エチル、プロピル、i-プロピル、n-ブチル、i-ブチル、tert-ブチル、n-ペンチル、ネオペンチル、イソアミル、tert-アミル、n-ヘキシル、及びi-ヘキシルからなる群より選択される炭化水素基が挙げられ、より好ましくは、メチル、エチル、プロピル、i-プロピル、n-ブチル、i-ブチル、及びtert-ブチルが挙げられる。
【0011】
上記式(2)または式(3)で表される繰り返し単位を含むポリマーは、「示差走査熱量計測定において、-60℃以上0℃未満の温度範囲で発熱ピークを有する」なる要件(以下、「要件(I)」と呼ぶ)を満たすものである。この要件(I)は、本発明の抗血栓性材料に含まれる前記ポリマーが、「中間水」と呼ばれる状態の水を含水していることを意味する。
一般的に、ポリマーを含む抗血栓性材料を、水と接触し得る環境下で使用した場合に、抗血栓性材料の表面近傍では、抗血栓性材料に含まれるポリマーからの相互作用を受けて抗血栓性材料の表面に水が吸着される。ポリマーからの相互作用を受けない水は、通常0℃で凍結又は融解するが、この吸着された水は、ポリマーからの相互作用により、-60℃でも凍結しないため「不凍水」とも呼ばれている。
一方で、上記の「中間水」は、抗血栓性材料の表面近傍に吸着している不凍水よりも、抗血栓性材料の表面からわずかに離れた範囲に存在している。そのため、この「中間水」は、抗血栓性材料に含まれるポリマーの相互作用を受けるため、0℃では凍結又は融解しないが、その相互作用の力は不凍水よりは小さく、-60℃以上0℃未満の範囲で凍結又は融解する性質を有する。
つまり、前記ポリマーは、上記要件(I)を満たすため、上述の「中間水」を含水したものであり、本発明の抗血栓性材料は、このような「中間水」を含水したポリマーを含むものである。
【0012】
上述の「中間水」を含水したポリマーを含む抗血栓性材料は、血栓の発生を効果的に抑制し得、優れた生体適合性を有することが、様々な検討の中で分かった。そのような効果を奏する理由としては、以下のように考えられる。
血液中に含まれる最大成分は水であり、一般的な抗血栓性材料に血液を接触させた場合には、血液中の水が、抗血栓性材料に含まれるポリマーの相互作用により、抗血栓性材料の表面近傍に吸着されるという現象が起こり易い。そして、その吸着された水が、さらに血液中のタンパク質と接触した場合に、タンパク質が表面近傍の水に吸着されることで血栓が生じるのではないかと考えられる。
一方で、本発明の抗血栓性材料に含まれるポリマーは、上述の「中間水」を含水しているため、当該抗血栓性材料を血液と接触させた際、血液中のタンパク質は、抗血栓性材料の表面近傍に接触する前に、中間水と接触するため、抗血栓性材料の表面に生じ得る血栓を抑制し得ると推測される。
つまり、本発明の抗血栓性材料に含まれるポリマーは、上記要件(I)を満たし、上述の「中間水」を含水したものであるため、当該抗血栓性材料を血液と接触する部材の構成材料として用いた場合においても、血栓の発生を効果的に抑制し得る。そのため、本発明の抗血栓性材料は、優れた生体適合性を有するものである。
【0013】
なお、上記要件(I)で規定する前記発熱ピークの発熱量は、好ましくは1J/g以上、より好ましくは1.5J/g以上であり、また、好ましくは、20J/g以下である。
本明細書において、上記要件(I)における示差走査熱量計(DSC)測定の測定条件は、後述の実施例に記載されたとおりである。
【0014】
<ポリマーの構成及び製造方法>
下記式(2)で表される繰り返し単位を含むポリマーは、下記式(1)で表されるジエン系モノマーを重合する工程を含む製造方法によって得ることができる。
【化8】
式(1)において、Rは1~6個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐鎖状の炭素鎖を含む、2価の飽和炭化水素基を表し、Rはエーテル結合を有していてもよい炭素数6以下の炭化水素基を表す。
式(1)において、Rの好ましい具体例としては、-CH-、-CHCH-、-CH(CH)-、-CHCHCH-、-CH(CHCH-、-CH(CH)(CH)CH-、-CH(CH)CH(CH)-、-CH(CHCH-、-CH(CHC(CH-、及び-CH(CHCH-からなる群より選択される2価の飽和炭化水素基が挙げられ、より好ましくは、-CH-、-CHCH-、-CHCHCH-、-CH(CHCH-、-CH(CHCH-、及び-CH(CHCH-が挙げられる。
式(1)において、Rの好ましい具体例としては、エーテル結合を有していてもよい、メチル、エチル、プロピル、i-プロピル、n-ブチル、i-ブチル、tert-ブチル、n-ペンチル、ネオペンチル、イソアミル、tert-アミル、n-ヘキシル、及びi-ヘキシルからなる群より選択される炭化水素基が挙げられ、より好ましくはメチル、エチル、プロピル、i-プロピル、n-ブチル、i-ブチル、及びtert-ブチルが挙げられる。
【0015】
上記式(1)で表されるジエン系モノマーは、特に、下記構造式で表されるジエン系モノマーであることが好ましい。
【化9】
【0016】
下記式(3)で表される繰り返し単位を含むポリマーは、下記式(2)で表される繰り返し単位を含むポリマーを水素添加する工程を含む製造方法によって得ることができる。
【化10】
式(2)及び(3)において、R及びRは上述した通りである。
【0017】
上記式(2)で表される繰り返し単位を含むポリマーは、上記式(1)で表されるジエン系モノマーに由来する構成単位のみを有する単独重合体であってもよく、その他のモノマーに由来する構成単位を有する共重合体であってもよい。
【0018】
上記式(1)で表されるジエン系モノマーに由来する構成単位の含有量は、上記要件(I)を満たすように調製する観点から、上記式(2)または式(3)で表される繰り返し単位を含むポリマーの構成単位の全量(100質量%)に対して、好ましくは10~100質量%、より好ましくは30~100質量%、更に好ましくは50~100質量%、より更に好ましくは70~100質量%、特に好ましくは90~100質量%である。
【0019】
本発明の一態様において、上記式(2)または式(3)で表される繰り返し単位を含むポリマーの数平均分子量(Mn)は、上記要件(I)を満たすように調製する観点から、好ましくは5,000~800,000、より好ましくは10,000~500,000、特に好ましくは20,000~100,000である。
【0020】
また、本発明の一態様において、上記式(2)または式(3)で表される繰り返し単位を含むポリマーの分子量分布(Mw/Mn)は、上記と同様の観点から、好ましくは3以下、より好ましくは2以下であり、また、好ましくは1.01以上である。
なお、Mw及びMnは、それぞれ、当該ポリマーの重量平均分子量及び数平均分子量である。
また、本明細書において、ポリマーの重量平均分子量(Mw)及び数平均分子量(Mn)は、実施例に記載の方法に基づいて測定された値を意味する。
【0021】
<他の成分>
本発明の一態様の抗血栓性材料は、本発明の効果を損なわない範囲で、前記ポリマー以外の他の有効成分を含有していてもよい。
本明細書において、「有効成分」とは、抗血栓性材料に含まれる希釈溶媒を除いた成分を意味する。
前記ポリマー以外の他の有効成分としては、例えば、抗酸化剤、紫外線吸収剤、滑剤、流動性調節剤、離型剤、帯電防止剤、光拡散剤等の添加剤や、ガラス繊維、炭素繊維、粘土化合物等の無機フィラー等が挙げられる。
【0022】
本発明の一態様の抗血栓性材料において、他の有効成分の含有量としては、当該抗血栓性材料に含まれる前記ポリマー100質量部に対して、好ましくは0~50質量部、より好ましくは0~25質量部、更に好ましくは0~10質量部、より更に好ましくは0~2質量部である。
【0023】
また、本発明の一態様の抗血栓性材料の形態は、特に限定されず、前記ポリマーと共に希釈溶媒を含む溶液の形態であってもよく、当該溶媒を基材等の表面に塗布してなる塗膜の形態であってもよく、当該塗膜を乾燥してなるシート状物の形態であってもよい。
【0024】
なお、本発明の一態様の抗血栓性材料が上記溶液の形態である場合、当該溶液中の前記ポリマーの含有量(ポリマー濃度)としては、当該溶液の全量(100質量%)に対して、好ましくは0.001~60質量%、より好ましくは0.01~45質量%、更に好ましくは0.03~30質量%、より更に好ましくは0.05~10質量%である。
【0025】
また、本発明の一態様の抗血栓性材料が上記溶液の形態である場合、希釈溶媒としては、前記ポリマーを溶解し得る溶媒であればよく、例えば、水や、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、メチルエチルケトン、アセトン、酢酸エチル、テトラヒドロフラン(THF)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド、ジオキサン、シクロヘキサン、n-ヘキサン、トルエン、キシレン等の有機溶媒が挙げられる。
これらの希釈溶媒は、単独で用いてもよく、2種以上を併用した混合溶媒であってもよい。
【0026】
〔抗血栓性材料の製造方法〕
本発明の一態様の抗血栓性材料の製造方法としては、特に限定されないが、例えば、以下の工程(1)及び(3)あるいは工程(1)~(3)を有する方法であることが好ましい。
・工程(1):少なくとも上記式(1)で表されるジエン系モノマーを含む原料モノマーを重合させて、上記式(2)で表される繰り返し単位を含む重合反応物を得る工程。
・工程(2):工程(1)で得た重合反応物を水素添加させ、上記式(3)で表される繰り返し単位を含むポリマーを得る工程。
・工程(3):工程(1)で得た重合反応物もしくは工程(2)で得たポリマーを水に接触させ、中間水を含有するポリマーを得る工程。
【0027】
工程(1)での重合体の重合方法としては、特に制限は無く、例えば、前記原料モノマーと重合開始剤のみを用いた塊状重合による方法であってもよく、重合開始剤及び溶媒を用いた溶液重合、懸濁重合、及び乳化重合等による方法であってもよい。また、これらの重合方法において、必要に応じて、連鎖移動剤を用いてもよい。
用いる溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール類や、テトラヒドロフラン(THF)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド、ジオキサン、トルエン、アセトン等の有機溶媒が挙げられ、また、水であってもよい。
これらの溶媒は、単独で用いてもよく、2種以上を併用した混合溶媒であってもよい。
【0028】
工程(1)で得た重合反応物は、その重合過程で、水を取り込んでいる場合には、上記要件(1)を満たすポリマーとなっている場合もある。
ただし、工程(3)によって、重合反応物から、上記要件(1)を満たすポリマーに容易に調製することができる。
【0029】
工程(3)における、前記重合反応物を水に接触させる方法としては、水を構成成分とする液体に接触させる方法であれば特に制限は無いが、好ましくはリン酸緩衝食塩水、もしくは生理食塩水、あるいは水、特に好ましくは血液中に含まれる水と接触させる方法が挙げられる。
このようにして、前記重合反応物を水に接触させて、上述の「中間水」を含水させることで、上記要件(1)を満たすポリマーを調製できる。
【0030】
なお、工程(3)は、工程(1)で重合反応物を得た後に、他の工程を経ずに行ってもよく、その場合には、工程(3)で得た前記ポリマーに、必要に応じて、上述の他の有効成分や、希釈溶媒を加えて、抗血栓性材料を調製することができる。
【0031】
また、工程(1)で重合反応物を得た後、工程(3)を経ずに、重合反応物に、必要に応じて、上述の他の有効成分や希釈溶媒を加えて組成物を調製し、当該組成物からシート状物等の成形品を製造し、この成形品を使用しながら、同時に工程(3)を経てもよい。つまり、使用時に、この成形品を水と接触させて、成形品に含まれる重合反応物に「中間水」を含水させて前記ポリマーとすることもできる。
【0032】
工程(2)において工程(1)で得た重合反応物を水素添加させる方法としては、当業者に公知の手段を用いることができ、例えばp-トルエンスルホン酸ヒドラジド等のヒドラジド化合物と反応させることで行うことができる。また、パラジウム担持活性炭素等を触媒として、その存在下で水素ガスと反応させる等によって生じさせることができる。
【0033】
水素添加の際に用いられる溶媒は、反応に対して不活性であり、水素添加される重合反応物に対して溶解性がある溶媒であれば特に制限されない。使用されうる溶媒の例としては、THF、THP、ベンゼン、トルエン、キシレン等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0034】
水素添加によって上記式(2)で示されるようなポリマー組成物中の不飽和結合が還元される水素添加率は、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上とされることが望ましい。水素添加率は、例えばHNMRを用いて、不飽和結合の水素に由来するシグナルを観測することによって求めることができる。
【0035】
また、上記式(2)で示されるような不飽和結合を有するポリマー組成物に対しては、水素添加の他にも、二重結合に対して反応性を示す試薬と反応させる等により、水素以外の官能基を導入することも可能である。不飽和結合に対して置換基を導入する反応として、例えばハロゲン化水素の付加、ハロゲン化、ハイドロボレーション、syn-ジヒドロキシル化等が挙げられ、得られるポリマー組成物の用途等に応じて適宜決定することができる。
【0036】
〔抗血栓性材料の用途〕
本発明の抗血栓性材料は、血栓の発生を効果的に抑制し得、優れた生体適合性を有する。そのため、本発明の抗血栓性材料は、血液と接触する部材の構成材料として用いられることが好ましく、具体的には、血液浄化膜、人工腎臓用膜、血漿分離用膜、人工肺用膜、人工血管、カテーテル、歯科材料、細胞シート等の構成材料として好適に使用し得る。
また、本発明の抗血栓性材料を、医療用器具の血液と接触する表面の少なくとも一部に導入すると、凝固系、補体系、血小板系の活性化等を抑制することが可能であり、優れた生体適合性を付与することができる。
【0037】
また、本発明は、下記[1]及び[2]も提供し得る。
[1]上述の抗血栓性材料を血液と接触する表面に用いた医療用器具。
[2]上述の抗血栓性材料を用いて形成された部材を血液と接触させる、抗血栓性材料の使用方法。
上記[1]に記載の前記医療用器具としては、血液浄化膜、人工腎臓用膜、血漿分離用膜、人工肺用膜、人工血管、カテーテル、歯科材料、細胞シート等が挙げられるが、人工腎臓用膜、血漿分離用膜、カテーテル、人工肺用膜、または人工血管であることが好ましい。
【実施例
【0038】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。なお、以下の例で用いた試薬は、とくに断りの無い場合は市販品をそのまま用いた。以下の例において、実施例1及び比較例1~2で得られた生成物(中間化合物、最終化合物)の構造の確認、重合の進行度、各実施例で得られた重合体の数平均分子量及び分子量分布の測定、NMR測定による構造の確認、中間水の有無の確認は以下のようにして行った。
【0039】
(1)数平均分子量([Mn]、単位:g/mol)
ピーク分子量が既知の標準ポリスチレンを用い、該標準ポリスチレンで校正したゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)(島津製作所社製「Prominence」、カラム構成:TosohTSKgel guardcolumn HHR-H、G5000HHR、G4000HHR、G3000HHR)を使用して、重合体の数平均分子量(Mn)及び重量平均分子量(Mw)を測定した。(溶媒:テトラヒドロフラン、温度:40℃、流量:1.0mL/min)。
【0040】
(2)分子量分布([Mw/Mn])
上記(1)の方法で求めた重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の値を用い、その比(Mw/Mn)として求めた。
【0041】
(3)NMR測定
モノマー及びポリマーの構造解析については、NMR測定装置(ブルカー社製、AVANCE III 400MHz)を用い、H NMR測定及び13C NMR測定を行った。なお、ケミカルシフトはH NMRの場合にはテトラメチルシラン(0.00ppm)を基準とし、13C NMRの場合にはCDCl(77.1ppm)を基準とした。
【0042】
(4)中間水の有無の確認
DSC装置(エスアイアイ・ナノテクノロジーズ株式会社、「EXSTARX-DSC7000」)を用い、窒素流量50mL/min、5.0℃/minの条件で測定を行った。温度プログラムは、(i)30℃から-100℃まで冷却、(ii)-100℃で5分間保持、(iii)-100℃から30℃まで加熱を行った。リン酸緩衝食塩水に3日以上浸漬させた含水高分子を用いて測定を行い、上記(i)において-40℃における水の低温結晶化に起因する発熱ピークの有無によって中間水の有無を確認した。
【0043】
(実施例1)
2-(3-メトキシプロピル)-1,3-ブタジエン(式(1)で表されるジエン系モノマー)の製造
(1)クロロプレンの調製
500mLの三口フラスコに水酸化ナトリウム52g(1.3mol)、水210mL、テトラブチルアンモニウムブロミド14g(43.4mmol)を加え、ディーンスターク装置および冷却管を立てて冷却水を流し、オイルバスで65℃に加熱しながら3,4-ジクロロ-1-ブテン81.3g(650mmol)を滴下した。生成するクロロプレンをディーンスターク装置にて回収しながら70℃で2時間攪拌を続け、加熱を止めて反応を停止した。回収した溶液を硫酸マグネシウム(無水)で乾燥し、濾過した後、水素化カルシウム存在下で蒸留(常圧、57℃)することで目的物を得た(収量30.9g、収率54%)。
H NMR測定によって検出されたシグナルは以下の通りであった。
H NMR(400MHz,CDCl)δ=6.42(1H),5.67(1H),5.44-5.36(m,2H),5.32(1H).
【0044】
(2)2-(3-メトキシプロピル)-1,3-ブタジエンの製造
1Lの三口フラスコに上記で得られたクロロプレン14.1g(160mmol)とジクロロ[1,3-ビス(ジフェニルホスフィノ)プロパン]ニッケル(II)0.87g(1.6mmol)、乾燥THF70mLを加え、氷浴で冷やしながら攪拌した。そこに、調製したグリニャール試薬を滴下し、カップリング反応を行った。滴下後室温で12時間攪拌を続け、水100 mLの入った1Lビーカー中に反応溶液を流しいれて反応を停止させた。2N HClを加えて中和し、分液漏斗を用いて有機層と水層を分離した。水層に対してエーテルによる抽出操作を3回行い、有機層に加えた。回収した有機層を硫酸マグネシウム(無水)で乾燥し、濾過後ジブチルヒドロキシトルエン5mgを加え、エバポレータで濃縮した。
続いて、ヘキサン:エーテル=9:1の混合溶媒を展開溶媒としてシリカゲルカラムクロマトグラフィ―による精製を行った。得られた粗生成物を水素化カルシウム存在下で減圧蒸留し、目的とする2-(3-メトキシプロピル)-1,3-ブタジエン(沸点40℃/10mmHg)目的物を収量3.58g、収率18%で得た。NMR測定によって検出されたシグナルは以下の通りであった。
H NMR(400MHz,CDCl)δ=6.36(1H),5.23(1H),5.10-4.95(m,3H),3.39(2H),3.33(s,3H),2.34-2.22(m,2H),1.83-1.70(m,2H).
13C NMR(101MHz,CDCl)δ=145.97,138.89,115.94,113.41,72.45,58.66,28.20,27.86.
【0045】
(3)2-(3-メトキシプロピル)-1,3-ブタジエン重合体(式(2)で表される繰り返し単位を含むポリマー)の製造
シュレンク管に上記で得られた2-(3-メトキシプロピル)-1,3-ブタジエン3.00g(23.8mmol)、2-(ドデシルチオカルボノチオイルチオ)-2-メチルプロパン酸17.4mg(0.0476mmol)、アゾビスイソブチロニトリル3.91mg(0.0238mmol)を加え、フリーズポンプソウによる脱気操作を3回行い、アルゴン雰囲気下、常圧、75℃で重合を行った。24、36、54時間後に随時反応容器を開放して少量の重合溶液をサンプリングし、H NMRで重合の進行度を確認した。確認のたびに同量のアゾビスイソブチロニトリルを添加して重合を継続し、目的の重合度に達するまで反応を続けた。
重合後は室温に冷却することで反応を停止した。THF/MeOH系での沈殿精製操作を3回行い、得られた高分子を大過剰の純水中で一晩撹拌することで水に可溶な成分の除去を行った(以下、この操作を「水精製」という)。上澄みの水を取り除き、少量のジブチルヒドロキシトルエンを加えたTHFで高分子を回収し、真空オーブンを用いて室温で24時間乾燥させ、粘稠体の目的物である2-(3-メトキシプロピル)-1,3-ブタジエン重合体を得た。収量は0.974g(モノマーユニット換算で7.73mmol)、収率32%であった。GPCを用いて分子量を測定した結果、Mnは22kg/mol、Mw/Mnは1.3であった。NMR測定によって検出されたシグナルは以下の通りであった。
H NMR(400MHz,CDCl)δ=5.21-5.04(m,1H),4.84-4.69(m,2H),3.39-3.27(m,5H),2.15-1.91(m,6H),1.75-1.56(m,2H).
13C NMR(101MHz,CDCl)δ=138.77,124.95,72.52,58.47,37.21,33.33,28.17,26.63.
【0046】
(4)水素添加2-(3-メトキシプロピル)-1,3-ブタジエン重合体(式(3)で表される繰り返し単位を含むポリマー)の製造
上記で得られた2-(3-メトキシプロピル)-1,3-ブタジエン重合体0.86g(6.8mmol)、o-キシレン20mL、p-トルエンスルホニルヒドラジド6.33g(34mmol)、トリブチルアミン7.04g(38mmol)、ジブチルヒドロキシトルエン5mgを加え、100℃で6時間加熱攪拌した。同様の操作を再度行ったのち、H NMRで二重結合のシグナルの消失を確認し、加熱を止め反応を停止させた。THF/MeOH系での沈殿精製を3回と水精製を行った。上澄みの水を取り除き、少量のTHFで沈殿物を回収した後、エバポレータでTHFを留去し、真空オーブンを用いて12時間室温で乾燥することで無色粘稠体の目的物を得た。収量0.758g(モノマーユニット換算で5.92mmol)、収率87%であった。GPCを用いて分子量を測定した結果、Mnは33kg/mol、Mw/Mnは1.4であった。NMR測定によって検出されたシグナルは以下の通りであった。
H NMR(400MHz,CDCl)δ=3.40-3.27(m,5H),2.15-0.92(m,11H).
13C NMR(101MHz,CDCl)δ=73.57,58.63,37.54,34.36,29.94,26.94.
ここで、得られた水素添加2-(3-メトキシプロピル)-1,3-ブタジエン重合体について、上記「(4)中間水の有無の確認」を行ったところ、-40℃における水の低温結晶化に起因する発熱ピークによって中間水の存在を確認した。
【0047】
(比較例1)
PET(ポリエチレンテレフタレート)フィルム(三菱樹脂株式会社、ダイアホイル カタログ番号T100E125)をそのまま用いた。実施例1と同様に、含水させたポリマーについて発熱ピークを測定したところ、-40℃で発熱ピークを示さなかった。
【0048】
(比較例2)
水素添加ポリ(3-(3-メトキシプロピル)-1-シクロオクテン)の製造
(1)3-ブロモ-1-シクロオクテンの調製
1Lの三口フラスコにcis-シクロオクテン66.1g(600mmol)、四塩化炭素350mL、N-ブロモスクシンイミド(NBS)77.0g(430mmol)、アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)70.6mg(0.43mmol)を加え、系内を撹拌しながら窒素バブリングを20分間行った。その後、窒素を流しながら90℃で2時間還流を行ったのち、加熱を止め室温まで冷却した。反応溶液を吸引ろ過しスクシンイミドを取り除いた後、エバポレータを用いて余分な溶媒を取り除き、ヘキサンを展開溶媒とするシリカゲルカラムクロマトグラフィにより精製を行った。その後、エバポレータを用いてヘキサンを取り除き、水素化カルシウム存在下で減圧蒸留を行い、34℃/0.08mmHgの沸点で無色透明の液体である3-ブロモ-1-シクロオクテンを収量51.3g(271mmol)、収率63%で得た。H NMR測定によって検出されたシグナルは以下の通りであった。
H NMR(400MHz,CDCl)δ=5.79(1H),5.60(1H),4.95(1H),2.32-2.00(m,4H),1.76-1.24(m,6H).
【0049】
(2)3-(3-メトキシプロピル)-1-シクロオクテンの調製
(i)300mLの三口フラスコにマグネシウム(削り状)4.86g(200mmol)とスターラーチップを入れ、冷却管およびT字管、塩化カルシウム管をつなぎ、冷却水を流しつつ系内をアルゴンガスで満たした。乾燥ジエチルエーテル20mLとジブロモエタン0.1mLを加え、攪拌することでマグネシウムの活性化を促した。その後、3-ブロモ-1-メトキシプロパン22.8g(149mmol)を乾燥ジエチルエーテル150mLで希釈した溶液を0℃で30分かけてゆっくり滴下した。滴下終了後、室温で3時間攪拌したものをグリニャール試薬としてカップリング反応に使用した。
【0050】
(ii)500mLの三口フラスコに上記で得られた3-ブロモ-1-シクロオクテン22.4g(118mmol)とヨウ化銅(I)540mg(2.84mmol)、乾燥THF100mLを加え、攪拌した。そこに、上記で調製したグリニャール試薬を0℃で30分かけて滴下し、室温で2時間攪拌を続けた。水100mLの入った1Lビーカー中に反応溶液を流しいれ、反応を停止させた。2規定塩酸を加えて中和し、分液漏斗を用いて有機層と水層を分離した。水層に対してエーテルによる抽出操作を3回行い、有機層に加えた。回収した有機層をチオ硫酸ナトリウム水溶液で洗浄後、炭酸カリウム(無水)で乾燥し、濾過した溶液をエバポレータで濃縮することにより粗生成物を得た。これを水素化カルシウム存在下で減圧蒸留することによって精製し、目的とする3-(3-メトキシプロピル)-1-シクロオクテン(b.p.=52.0~54.5℃/0.08mmHg)を収量14.6g、収率68%で得た。NMR測定によって検出されたシグナルは以下の通りであった。
H NMR(400MHz,CDCl)δ=5.63(1H),5.19(1H),3.35(t,2H),3.32(s,3H),2.50-2.37(m,1H),2.27-1.95(m,2H),1.73-1.06(m,12H).
13C NMR(101MHz,CDCl)δ=135.44,129.65,73.15, 58.63,36.71,35.84,33.24,29.77,28.06,27.06,26.89,25.97.
【0051】
(3)3-(3-メトキシプロピル)-1-シクロオクテン重合体の製造
上記で得られた3-(3-メトキシプロピル)-シクロオクテン8.0g(44.0mmol)、cis-4-オクテン14.8g(0.13mmol)、第二世代グラブス触媒74.7mg(0.09mmol)、乾燥CHClを15mL加え、反応溶液を調製した。攪拌20時間後に転化率が98%であることを確認し、少量のCHClとエチルビニルエーテルを加えて室温で1時間撹拌することで反応を停止させた。使用した触媒の量に対して20当量の金属スカベンジャーを加え、室温で一晩撹拌することで触媒を吸着させた。ガラスフィルター、0.45μmテフロンフィルター、0.1μmテフロンフィルターを用いて段階的に金属スカベンジャーを濾別した。2Lのビーカーを用いてTHF/MeOH系での沈殿精製を3回行った後、得られた高分子を大過剰の純水中で一晩撹拌することで水に可溶な成分の除去を行った(以下、この操作を「水精製」という)。上澄みの水を取り除き、少量のTHFに溶解させて高分子を回収した後、エバポレータでTHFを留去し、真空オーブンを用いて12時間室温で乾燥することで目的物である3-(3-メトキシプロピル)-1-シクロオクテン重合体を得た。精製操作の後、粘稠体の目的物を収量6.84g(37.6mmol)、収率86%で得た。GPCを用いて分子量を測定した結果、Mは90kg/mol、M/Mは1.7であった。NMR測定によって検出されたシグナルは以下の通りであった。
H NMR(400MHz,CDCl)δ=5.30(1H),5.05(1H),3.39-3.27(m,5H),2.01-1.90(m,2H),1.89-1.78(m,1H),1.65-1.06(m,12H).
13C NMR(101MHz,CDCl)δ=134.52,130.47,73.12,58.48,42.74,35.59,32.62,31.84,29.73,29.32,27.46,27.08.
【0052】
(4)水素添加3-(3-メトキシプロピル)-1-シクロオクテン重合体の製造
冷却塔を接続した三口フラスコに上記で得られた3-(3-メトキシプロピル)-シクロオクテン重合体4.00g(モノマーユニット換算で21.7mmolに相当)、o-キシレン90mL、p-トルエンスルホニルヒドラジド20.5g(110mmol)、トリブチルアミン21.3g(115mmol)、ジブチルヒドロキシトルエン5mgを加え、100℃で3時間加熱攪拌した。H NMRで二重結合のシグナルの消失を確認した後、加熱を止め反応を停止させた。反応溶液を室温まで冷却し、THF/MeOH系での沈殿精製を3回と水精製を行った。上澄みの水を取り除き、少量のTHFで沈殿物を回収した後、エバポレータでTHFを留去し、真空オーブンを用いて12時間室温で乾燥することで無色粘稠体の目的物を収量3.96g(21.5mmol)、収率99%で得た。GPCを用いて分子量を測定した結果、Mは96kg/mol、M/Mは1.9であった。NMR測定によって検出されたシグナルは以下の通りであった。
H NMR(400MHz,CDCl)δ=3.38-3.30(m,5H),1.58-1.47(m,2H),1.33-1.14(m,17H).
13C NMR(101MHz,CDCl)δ=73.61,58.65,37.48,33.82,30.36,30.06,29.93,26.96,26.88.
ここで、得られた水素添加3-(3-メトキシプロピル)-1-シクロオクテン重合体について、実施例1と同様に、含水させたポリマーについて発熱ピークを測定したところ、-40℃での発熱ピークは非常に小さかった。
【0053】
(血小板粘着試験)
(1)試験用基板の調製
実施例1および比較例2で得られた水素添加ポリマーをそれぞれメタノール10mLに対して0.02gになるように投入して全量を溶解させた。得られた溶液を用いて比較例1のPET(ポリエチレンテレフタレート)板上にスピンコートし、コート被膜を形成させた。得られたコート基板から8mm角に切り出したものを走査型電子顕微鏡(SEM)用試料台に固定した。それらの材料表面にリン酸緩衝生理食塩水(phosphate buffered saline:PBS)200μLを接触させ、37℃、1時間インキュベートした。
【0054】
(2)血小板懸濁液の調製
クエン酸ナトリウムで抗凝固したヒト新鮮血液を1500rpmで5分間遠心分離し、上澄みを多血小板血漿(platelet rich plasma:PRP)として回収した。残りの血液をさらに4000rpmで10分間遠心分離した上澄みを乏血小板血漿(platelet poor plasma:PPP)として回収した。回収したPRPをPBSを用いて800倍に希釈したのち、血球計算板を用いてPRP中の血小板濃度の確認を行った。血小板濃度が既知の上記PRPを、回収したPPPを用いて希釈し、血小板濃度が4×10cells/mLの血小板懸濁液を調製した。
【0055】
(3)血小板粘着試験
この血小板懸濁液を各試料上に200μL滴下し、37℃にて1時間インキュベートした。その後、各試料をPBSにて2回洗浄した後、1質量%のグルタルアルデヒド溶液に浸漬し、37℃にて2時間固定した。固定化した試料はPBSに10分間、PBS:水=1:1の混合液に8分間、水に8分間、さらに別に用意した水にもう一度8分間浸漬させて洗浄し、室温で風乾した。コーティングをしていないPET基板(比較例1)についても同様の処理により血小板を粘着した。粘着した血小板を電子顕微鏡で観察し、単位面積あたりの血小板数を測定して、PET基板への粘着数に対する各試験サンプルの粘着数の比〔試験サンプルの粘着数/PET基板の粘着数〕を算出し、血小板の粘着性を評価した。結果を表1に示す。
【0056】
【表1】
【0057】
表1に示すように、比較例1及び2と比べ、実施例1で得られた水素添加ポリマーは、血小板の粘着を著しく抑制していることが分かった。