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特許7414280混合物の回折パターン分析方法、装置、プログラム及び情報記憶媒体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-05
(45)【発行日】2024-01-16
(54)【発明の名称】混合物の回折パターン分析方法、装置、プログラム及び情報記憶媒体
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/2055 20180101AFI20240109BHJP
【FI】
G01N23/2055 320
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020206310
(22)【出願日】2020-12-11
(65)【公開番号】P2022093174
(43)【公開日】2022-06-23
【審査請求日】2023-02-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000250339
【氏名又は名称】株式会社リガク
(74)【代理人】
【識別番号】110000154
【氏名又は名称】弁理士法人はるか国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】虎谷 秀穂
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/031019(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/149913(WO,A1)
【文献】特開2019-184254(JP,A)
【文献】特開2014-178203(JP,A)
【文献】特開2001-083107(JP,A)
【文献】特開2010-249784(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00 - G01N 23/2276
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線回折の観測パターンを取得する観測パターン取得ステップと、
標的成分を示す既知の標的パターンに第1強度比を乗じた項と、1以上の残差成分からなる残差群を示す未知パターンに第2強度比を乗じた項と、を含み、前記第1強度比、前記第2強度比及び前記未知パターンがフィッティングパラメータであるフィッティングパターンを取得するフィッティングパターン取得ステップと、
前記未知パターンを初期パターンに設定した状態で、前記第1強度比及び前記第2強度比を変更することにより、前記フィッティングパターンを前記観測パターンにフィッティングさせる第1フィッティングステップと、
前記第1フィッティングステップの後、前記第1強度比及び前記第2強度比の変更を制限しつつ、前記未知パターンを変更することにより、前記フィッティングパターンを前記観測パターンにフィッティングさせる第2フィッティングステップと、
を含むことを特徴とする混合物の回折パターン分析方法。
【請求項2】
請求項1に記載の回折パターン分析方法において、
前記第1フィッティングステップと前記第2フィッティングステップとを複数回繰り返すことを特徴とする混合物の回折パターン分析方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の回折パターン分析方法において、
前記フィッティングパターンは、さらにフィッティングパラメータである仮パターンの項を含み、
前記第1フィッティングステップでは、前記第1強度比及び前記第2強度比に加えて、前記仮パターンを変更することにより、前記フィッティングパターンを前記観測パターンにフィッティングさせ、
前記第2フィッティングステップでは、前記仮パターンの項の少なくとも一部を前記残差群に係る項が吸収するように前記未知パターンを変更する、
ことを特徴とする混合物の回折パターン分析方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載の回折パターン分析方法において、
前記第1強度比及び前記第2強度比に基づいて前記標的成分の定量分析を行うことを特徴とする混合物の回折パターン分析方法。
【請求項5】
X線回折の観測パターンのデータを記憶する観測パターン記憶手段と、
標的成分を示す既知の標的パターンに第1強度比を乗じた項と、1以上の残差成分からなる残差群を示す未知パターンに第2強度比を乗じた項と、を含み、前記第1強度比、前記第2強度比及び前記未知パターンがフィッティングパラメータであるフィッティングパターンを示すデータを記憶するフィッティングパターン記憶手段と、
前記未知パターンを初期パターンに設定した状態で、前記第1強度比及び前記第2強度比を変更することにより、前記フィッティングパターンを前記観測パターンにフィッティングさせる第1フィッティング手段と、
前記第1フィッティング手段によるフィッティング後、前記第1強度比及び前記第2強度比の変更を制限しつつ、前記未知パターンを変更することにより、前記フィッティングパターンを前記観測パターンにフィッティングさせる第2フィッティング手段と、
を含むことを特徴とする混合物の回折パターン分析装置。
【請求項6】
X線回折の観測パターンのデータを記憶する観測パターン記憶手段、
標的成分を示す既知の標的パターンに第1強度比を乗じた項と、1以上の残差成分からなる残差群を示す未知パターンに第2強度比を乗じた項と、を含み、前記第1強度比、前記第2強度比及び前記未知パターンがフィッティングパラメータであるフィッティングパターンを示すデータを記憶するフィッティングパターン記憶手段、
前記未知パターンを初期パターンに設定した状態で、前記第1強度比及び前記第2強度比を変更することにより、前記フィッティングパターンを前記観測パターンにフィッティングさせる第1フィッティング手段、及び
前記第1フィッティング手段によるフィッティング後、前記第1強度比及び前記第2強度比の変更を制限しつつ、前記未知パターンを変更することにより、前記フィッティングパターンを前記観測パターンにフィッティングさせる第2フィッティング手段
としてコンピュータを実行させることを特徴とするプログラム。
【請求項7】
請求項6に記載のプログラムを格納したコンピュータ可読情報記憶媒体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は混合物の回折パターン分析方法、装置及びプログラムに関し、X線回折の観測パターンに含まれる1又は複数の既知回折パターンの強度比を算出する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
X線回折法を用いて混合物の定量分析を行うことができる。実際に観測される混合物の回折パターンには、各成分に由来する既知回折パターンが重なって含まれている。定量分析を実施する場合には、実際に観測される回折パターンにおける、各成分に由来する既知回折パターンの強度比を計算する。このような強度比が分かれば、例えば本発明者による定量分析の一手法であるDirect Derivation法を用いて各成分の重量分率が算出できる。例えば下記特許文献1~3には、Direct Derivation法を用いて各成分の重量分率を算出する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】再表2017/149913号公報
【文献】再表2019/031019号公報
【文献】特開2019-184254号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記従来の方法によれば、観測される回折パターンを複数の既知回折パターンに分解する際、すべての可能性のある成分について既知回折パターンを用意する必要がある。しかしながら、すべての成分について既知回折パターンを用意するのは、実際には困難な場合が多い。一方、X線回折法を用いる混合物の定量分析では、未知物質と混合された既知物質の量など、特定の既知物質の重量分率だけが必要という利用シーンも多い。
【0005】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであって、その目的は、一部の成分についてだけ回折パターンが既知である場合にも、それらの成分の回折パターンの強度比を算出することができる混合物の回折パターン分析方法、装置、プログラム及びコンピュータ可読情報記憶媒体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明に係る混合物の回折パターン分析方法は、X線回折の観測パターンを取得する観測パターン取得ステップと、標的成分を示す既知の標的パターンに第1強度比を乗じた項と、1以上の残差成分からなる残差群を示す未知パターンに第2強度比を乗じた項と、を含み、前記第1強度比、前記第2強度比及び前記未知パターンがフィッティングパラメータであるフィッティングパターンを取得するフィッティングパターン取得ステップと、前記未知パターンを初期パターンに設定した状態で、前記第1強度比及び前記第2強度比を変更することにより、前記フィッティングパターンを前記観測パターンにフィッティングさせる第1フィッティングステップと、前記第1フィッティングステップの後、前記第1強度比及び前記第2強度比の変更を制限しつつ、前記未知パターンを変更することにより、前記フィッティングパターンを前記観測パターンにフィッティングさせる第2フィッティングステップと、を含む。
【0007】
前記第1フィッティングステップと前記第2フィッティングステップとは複数回繰り返されてよい。
【0008】
また、前記フィッティングパターンは、さらにフィッティングパラメータである仮パターンの項を含んでよい。前記第1フィッティングステップでは、前記第1強度比及び前記第2強度比に加えて、前記仮パターンを変更することにより、前記フィッティングパターンを前記観測パターンにフィッティングさせてよい。前記第2フィッティングステップでは、前記仮パターンの項の少なくとも一部を前記残差群に係る項が吸収するように前記未知パターンを変更してよい。
【0009】
また、前記第1強度比及び前記第2強度比に基づいて前記標的成分の定量分析を行ってよい。
【0010】
また、本発明に係る回折パターン分析装置は、X線回折の観測パターンのデータを記憶する観測パターン記憶手段と、標的成分を示す既知の標的パターンに第1強度比を乗じた項と、1以上の残差成分からなる残差群を示す未知パターンに第2強度比を乗じた項と、を含み、前記第1強度比、前記第2強度比及び前記未知パターンがフィッティングパラメータであるフィッティングパターンを示すデータを記憶するフィッティングパターン記憶手段と、前記未知パターンを初期パターンに設定した状態で、前記第1強度比及び前記第2強度比を変更することにより、前記フィッティングパターンを前記観測パターンにフィッティングさせる第1フィッティング手段と、前記第1フィッティング手段によるフィッティング後、前記第1強度比及び前記第2強度比の変更を制限しつつ、前記未知パターンを変更することにより、前記フィッティングパターンを前記観測パターンにフィッティングさせる第2フィッティング手段と、を含む。
【0011】
また、本発明に係るプログラムは、X線回折の観測パターンのデータを記憶する観測パターン記憶手段、標的成分を示す既知の標的パターンに第1強度比を乗じた項と、1以上の残差成分からなる残差群を示す未知パターンに第2強度比を乗じた項と、を含み、前記第1強度比、前記第2強度比及び前記未知パターンがフィッティングパラメータであるフィッティングパターンを示すデータを記憶するフィッティングパターン記憶手段、前記未知パターンを初期パターンに設定した状態で、前記第1強度比及び前記第2強度比を変更することにより、前記フィッティングパターンを前記観測パターンにフィッティングさせる第1フィッティング手段、及び前記第1フィッティング手段によるフィッティング後、前記第1強度比及び前記第2強度比の変更を制限しつつ、前記未知パターンを変更することにより、前記フィッティングパターンを前記観測パターンにフィッティングさせる第2フィッティング手段としてコンピュータを実行させる。
【0012】
また、本発明に係るコンピュータ可読情報記憶媒体は、上記プログラムを格納したコンピュータ可読情報記憶媒体である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の実施形態に係る分析システムの構成を示す図である。
図2】分析装置の動作を示すフロー図である。
図3】分析装置の動作を示すフロー図である。
図4】変数aR_avの計算手順を示すフロー図である。
図5】本発明の実施形態に係る分析システムによる分析例を示す図である。
図6】本発明の実施形態に係る分析システムによる分析例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態について図面に基づき詳細に説明する。
【0015】
(システム構成)
図1は、本発明の一実施形態に係る分析システムの構成を示す図である。同図に示すように本分析システム10は、X線回折装置12、分析装置14、記憶部16及び表示部18を含んでいる。
【0016】
X線回折装置12は、粉末X線回折測定を行う。具体的にはX線回折装置12は、試料物質に既知波長のX線を入射し、回折X線の強度を測定する。回折角度2θの値ごとのX線強度のデータは観測パターンとしてX線回折装置12から分析装置14に出力される。なお、分析装置14に出力される観測パターンは、ローレンツ偏光因子による補正(Lp補正)を施したものであってよい。
【0017】
ここで、本システムにより分析される試料物質は混合物であり、この混合物は1以上の標的成分(標的物質)と残差群を含んでいる。標的成分(Target component)とは、定量測定の対象となる成分である。残差群は1以上の残差成分(標的成分以外の物質)からなる。残差群の一例としては、どのような化学組成の成分がどのくらいの混合比で存在しているかが分かっているものの、その回折パターンについては未知であるものが挙げられる。また、他の例としては、混合物全体の化学組成は蛍光分析などにより分かっているものの、残差群については化学組成や混合比が分かっていないものが挙げられる。
【0018】
分析装置14は、例えば公知のコンピュータシステムにより構成されており、演算装置やメモリを含んでいる。分析装置14にはSSD(Solid State Disk)やHDD(Hard Drive Disk)などのコンピュータ可読情報記憶媒体により構成された記憶部16が接続されている。記憶部16には、本発明の一実施形態に係る分析プログラムが記憶されており、この分析プログラムを分析装置14が実行することにより、本発明の一実施形態に係る分析方法が具現化される。
【0019】
記憶部16にはさらに、各標的成分単体のX線回折パターンが標的パターンとして事前に記憶されている。これらの標的パターンは、単体の標的成分を試料としてX線回折装置12により測定されたX線回折パターンであってよい。
【0020】
記憶部16にはさらに、残差群のX線回折パターンである未知パターンの初期パターンが記憶されている。本実施形態では、この初期パターンを変更しながら、未知パターンを真のパターンに近づけていくものである。初期パターンは、残差群に含まれる成分のうち主なもののX線回折パターンであってもよい。或いは初期パターンは、残差群に含まれる複数成分の各X線回折パターンの線形結合であってもよい。しかし、初期パターンはこれに限らない。後述のように計算過程において初期パターンは適切なパターンに変更されるから、初期パターンとして、残差群に実際には含まれていない物質のX線回折パターンを用いることもできる。
【0021】
記憶部16には、さらに各標的成分の化学組成情報(含有する原子の種類や原子量)を記憶している。なお、記憶部16は、試料である混合物全体の化学組成情報を記憶してもよい。
【0022】
表示部18は、分析装置14による分析結果を表示する表示デバイスである。例えば表示部18は、標的パターンと未知パターンの強度比や、各標的成分の重量分率や残差群全体の重量分率を表示する。
【0023】
(理論的背景)
ここで、分析装置14により行われるX線回折パターン分析の理論的背景について説明する。分析装置14での分析は、Direct Derivation法を応用し、未知パターンを含む観測パターンの分析を行うものである。
【0024】
Direct Derivation法によれば、試料である混合物がK個の成分を持つとき、k番目の重量分率wkは次式(1)で表される。
【0025】
【数1】
【0026】
SkはLp補正を施したk番目の成分の強度の総和であり観測強度に相当する。またakは、記憶部16に記憶されているk番目の成分の化学組成情報から計算されるパラメータで、単位重量当たりの散乱強度の逆数に相当する。akは次式(2)で表される。
【0027】
【数2】
【0028】
ここで、Mkはk番目の成分の化学式量である。nki'はk番目の成分を構成するi番目の原子に含まれている電子の数である。Σはk番目の成分を構成する全ての原子についての和を意味する。
【0029】
次に、標的成分の個数をKT個(k=1~KT)、残差成分をK-KT個(k=KT+1~K)とすると、標的成分であるk番目の成分の重量分率wk(k=1~KT)は次式(3)で表される。
【0030】
【数3】
【0031】
ここで、SRはLp補正を施した残差群の観測強度の総和である。すなわち、SRは次式(4)を意味する。
【0032】
【数4】
【0033】
但し本実施形態では、残差成分の観測強度の総和SKT+1、SKT+2、…、SKをそれぞれ算出するのではなく、残差群全体に関するSRを算出する点が特徴の一つである。
【0034】
また、aR_avは、残差群全体の化学組成情報から計算されるものである。aR_avの計算方法については後述する。
【0035】
残差群全体の重量分率wRは次式(5)で表される。
【0036】
【数5】
【0037】
標的成分についてak(k=1~KT)は既知であり、観測パターンに含まれる標的パターンの強度比からSk(k=1~KT)も算出可能である。後述するように、aR_avも複数の計算方法が存在する。さらに、以下に説明するように残差群に係る未知パターンも計算可能であり、その強度比からSRも計算可能である。このため、式(3)及び(5)により、各標的成分についての重量分率wk、及び残差群についての重量分率wRを求めることができる。
【0038】
(フィッティングパターン)
フィッティングパターンは次式(6)で表される。
【0039】
【数6】
【0040】
ここでiは各回折角度を示す(i=1~N)。Yi calcは、フィッティングパターンにおけるi番目の回折角度での強度を示す。Sck Tは、k番目の標的成分の強度比を示す。Yki Tは、k番目の標的成分の回折パターンにおけるi番目の回折角度での強度を示す。ScRは、残差群の強度比を示す。Sci×Yi Rは、残差群の回折パターンである未知パターンを示す。このうち、Yi Rは、未知パターンの初期パターンを示す。具体的には、初期パターンにおけるi番目の回折角度での強度を示す。Sciは初期パターンに乗算される、i番目の回折角度での強度に対する補正因子である。Sciはフィッティング開始時にはすべて1に設定される。未知パターンの積分強度を一定にするため、Sciは次式(7)の拘束条件を有する。
【0041】
【数7】
【0042】
すなわち、式(6)により示されるフィッティングパターンは、標的成分を示す既知の標的パターンにその強度比を乗じた項と、残差群を示す未知パターンにその強度比を乗じた項とを含む。そして、2つの強度比と未知パターンがフィッティングパラメータである。
【0043】
また、式(6)において、Yi TMPは、仮パターンにおけるi番目の回折角度での強度を示す。Yi TMPは、例えば各項の係数をフィッティングパラメータとする多項式を採用することができる。なお、Yi TMPは、未知パターンの収束を良好なものとする役割の暫定的な項であり、計算終了時には零、又は極めて零に近い値となる。
【0044】
(第1フィッティングステップ)
フィッティングの際には、まず未知パターンを初期パターンであるYi Rにした状態で、第1強度比であるSck T、第2強度比であるScR、及びYi TMPを変更し、フィッティングパターンYi calcを観測パターンYi obsにフィッティングさせる。具体的には、未知パターンを初期パターンであるYi Rにするため、Sciをすべて1に設定する。例えば最小二乗法等を用いて、式(6)に示されるYi calcとX線回折装置12から得られた観測パターンYi obsとの差が最小となるよう、Sck T、ScR及びYi TMPを決定する。
【0045】
(第2フィッティングステップ)
次に、Sck T、ScR及びYi TMPを第1フィッティングステップで決定した値に固定した状態で、未知パターンSci×Yi Rを変更し、フィッティングパターンYi calcを観測パターンYi obsにフィッティングさせる。ここでは、Sciを変更することにより、未知パターンSci×Yi Rを変更する。
【0046】
具体的には、次式(8)によりSciを計算する。
【0047】
【数8】
【0048】
式(8)に示されるSciは、式(7)の要件を満足しない。そこで次式(9)によりSciを正規化する。
【0049】
【数9】
【0050】
ここで、Sci newは正規化後のSciを示し、Sci oldは式(8)の左辺を示す。また、SA及びSBkは次式(10)及び(11)で表される。
【0051】
【数10】
【0052】
【数11】
【0053】
その後、正規化後のSciを用いて、再び第1フィッティングステップを実行する。すなわち、Yi obsとYi calcの誤差が収束するまで、第1フィッティングステップ及び第2フィッティングステップを複数回繰り返して実行する。なお、式(8)は、式(6)の右辺第1項及び第2項の和が観測パターンYi obsに等しいと仮定した場合のSciの値を示している。これにより、仮パターンYi TMPの値は、残差群に係る第2項により吸収されるようになる。このため計算終了時には、仮パターンYi TMPの値は零、又は極めて零に近い値に収束する。
【0054】
以上のようにしてSck T及びScRが決定されると、それらの値を用いてSk及びSRの値を算出する。例えば、Yki TとYi Rとが予め規格化されていれば、SkはSck Tと等しく、SRはScRと等しい。そして、それらの値を式(3)に代入し、重量分率wkを算出する。また重量分率wkの値を式(5)に代入し、残差群に係る重量分率wRを算出する。
【0055】
(aR_avの算出方法(1))
ここで、aR_avの算出方法について説明する。
【0056】
残差群に対してどのような化学組成の成分がどれくらいの混合比で存在しているか分かっている場合、それらの情報から直接aR_avを求めることができる。
【0057】
すなわち、残差群が物質A(WAg)及び物質B(WBg)からなるとき、残差群は次式(12)に示される散乱強度を与える。
【0058】
【数12】
【0059】
この散乱強度を残差群の総重量で割れば、単位重量当たりの散乱強度、即ちaR_av
求まる。すなわち、aR_avは次式(13)で与えられる。
【0060】
【数13】
【0061】
式(13)をK-T個の成分から成る残差群に一般化し、重量分率wkを用いてaR_avを表すと、次式(14)のようになる。
【0062】
【数14】
【0063】
ここで、ak'については化学組成情報から式(2)を用いて算出することができる。したがって、残差群にどのような化学組成の成分がどのくらいの混合比で存在しているかが分かっている場合には、同式(14)によりaR_avを算出することができる。
【0064】
(aR_avの算出方法(2))
次に、混合物全体(バッチ組成)の化学組成情報が分かっているが、残差群に関して化学組成情報が分かっていない場合について説明する。バッチ組成の化学組成情報は、例えばバッチ組成に対して蛍光分析等を適用することで求めることができる。或いは、揮発性成分がないと仮定できる場合には、混合物の合成に用いた原料の化学組成情報をそのまま用いることができる。
【0065】
このような場合、バッチ組成の化学組成情報を式(2)に代入し、混合物試料全体に対するakを算出する。この値をaBと表記する。
【0066】
式(14)と同様に、バッチ組成のaBは次式(15)で表される。
【0067】
【数15】
【0068】
式(15)を変形し、残差群に係るaR_avは次式(16)により表される。
【0069】
【数16】
【0070】
同式(16)において、aB及びak'は既知であるが、重量分率wR及びwk'は未知である。そこで、例えばaR_avの初期値をaBと仮定して、式(3)(5)より重量分率wR及びwk'を計算し、これを再び式(16)に代入し、aR_avを再度算出する。これを繰り返すことにより、真値に近いaR_avを計算することができる。
【0071】
図2及び図3は、分析装置14の動作を示すフロー図である。
【0072】
分析装置14は、まずX線回折装置12から観測パターンYi obsを取得する(S101)。さらに、記憶部16から標的パターンYki Tを読み出す(S102)。その後、式(10)及び(11)によりSA及びSBkを算出する(S103)。さらに、初期パターンYi Rを記憶部16から読み出す(S104)。
【0073】
その後、補正パターンSciの値をすべて1に初期化し(S105)、上述の第1フィッティングステップを実行する(S106)。すなわち、式(6)に示されるYi calcと観測パターンYi obsとの誤差が最小化されるようにして、フィッティングパラメータであるSck T、ScR及びYi TMPを決定する。S106においては、式(6)に示されるYi calcが取得され、S102、S104及びS105で得られる値が代入される。
【0074】
次に、式(8)により補正パターンSci(正規化前)を算出し(S107)、式(9)によりそれを正規化する(S108)。
【0075】
以上のS105~S108の処理を、Yi calcと観測パターンYi obsとの誤差が収束条件を満足するまで繰り返す(S109)。
【0076】
その後、分析装置14は標的成分の化学組成情報を記憶部16から読み出し、式(2)によりakを計算する(S110)。さらに、分析装置14は残差群に係るaR_avを算出する(S111)。例えば、残差群にどのような化学組成の成分がどれくらいの混合比で存在しているか分かっている場合、式(14)によりaR_avを算出する。
【0077】
その後、式(3)により標的成分の重量分率wkを算出する(S112)。さらに、式(5)により残差群の重量分率wRを算出する(S113)。そして、重量分率wk及びwRを表示部18に表示させる(S114)。
【0078】
図4は、変数aR_avの計算手順を示すフロー図である。同図に示す処理は、図3に示されるS111の処理の一例である。分析装置14は、記憶部16からバッチ組成の化学組成情報を読み出し、バッチ組成に係るaB -1 を式(15)により計算する(S201)。次に、aR_av -1の初期値としてaB -1を設定し(S202)、式(3)及び式(5)により重量分率wk及びwRを計算する(S203)。それらの値を式(16)に代入し、aR_av -1を計算する(S204)。aR_av -1が収束条件を満足するまでS203及びS204の処理を繰り返し、収束条件を満足すればaR_av -1を出力する(S206)。この値は、S112の処理で用いられてよい。
【0079】
図5及び図6は、本発明の実施形態に係る分析システム10による混合物試料のX線回折パターンの分析例を示す図である。試料はα石英(α-quartz)と曹長石(albite)とカオリン石(kaolinite)の混合比1:1:1の混合物である。標的成分はα石英である。残差群は曹長石とカオリン石の混合物である。残差群そのものの回折パターンは未知である。
【0080】
図5では、式(6)のYi Rとして曹長石単体の既知の回折パターンを用いて、標的パターンの重量分率を計算している。図5において、符号5Aには、観測パターンYi obs及びフィッティングパターンYi calcが重畳して表されている。符号5Bには、観測パターンYi obs及びフィッティングパターンYi calcの誤差が示されている。完全にフィッティングしていることから誤差は直線状となっている。誤差は符号5Cには、補正パターンSciが示されている。符号5Cに示されるパターンは、カオリン石単体の既知の回折パターン(不図示)によく一致している。以上の条件でα石英の重量分率を計算したところ真値に対して誤差率は0.17%程度であった。
【0081】
一方、図6では、式(6)のYi Rとしてガラス状二酸化ケイ素(glass-SiO2)単体の既知の回折パターンを用いて、標的パターンの重量分率を計算している。図6において、符号6Aには、観測パターンYi obs及びフィッティングパターンYi calcが重畳して表されている。符号6Bには、観測パターンYi obs及びフィッティングパターンYi calcの誤差が示されている。完全にフィッティングしていることから、ここでも誤差は直線状となっている。符号6Cには、補正パターンSciが示されている。符号6Cに示されるパターンも、曹長石単体の既知の回折パターン及びカオリン石単体の既知の回折パターン(不図示)を合成したパターンに類似している。α石英の重量分率を計算したところ真値に対して誤差率は同じく0.70%程度であった。
【0082】
以上説明した本実施形態によれば、一部の成分についてだけ回折パターンが既知である場合にも、回折パターンが既知の成分のみならず、回折パターンが未知の残差群についても、強度比を算出することができ、またそれら成分の重量分率を精度よく算出することができる。
【0083】
なお、上記説明では本方法により強度比を算出して定量分析を実施したが、強度比は定量分析以外に利用してもよい。例えば、残差群が1成分のみを含む場合などには、計算収束後の未知パターンSci×Yi Rから残差群を構成する成分を同定することができる。
【符号の説明】
【0084】
10 分析システム、12 X線回折装置、14 分析装置、16 記憶部、18 表示部。
図1
図2
図3
図4
図5
図6