(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-05
(45)【発行日】2024-01-16
(54)【発明の名称】初期心不全の診断方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/50 20060101AFI20240109BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20240109BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20240109BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20240109BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
G01N33/68
G01N33/53 D
G01N33/543 515A
(21)【出願番号】P 2020507022
(86)(22)【出願日】2018-08-08
(86)【国際出願番号】 AU2018050827
(87)【国際公開番号】W WO2019028507
(87)【国際公開日】2019-02-14
【審査請求日】2021-08-04
(32)【優先日】2017-08-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】AU
(73)【特許権者】
【識別番号】518224598
【氏名又は名称】クイーンズランド ユニバーシティ オブ テクノロジー
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100197169
【氏名又は名称】柴田 潤二
(72)【発明者】
【氏名】チャミンディ パニャデーラ
(72)【発明者】
【氏名】シー シャン
(72)【発明者】
【氏名】ベンジャミン シュルツ
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2015/0072360(US,A1)
【文献】特表2008-541078(JP,A)
【文献】特開2005-110602(JP,A)
【文献】特表2015-529817(JP,A)
【文献】Yunxia Wan,A multimarker approach to diagnose and stratify heart failure,International Journal of Cardiology,2014年12月23日,Vol.181,Page.369-375
【文献】Jason M. Tonne,Secretion of Glycosylated Pro-B-Type Natriuretic Peptide from Normal Cardiomyocytes,Clinical Chemistry,2011年,Vol.57 No.6,Page.864-873
【文献】Xi Zhang,Identification and Validation of a Salivary Protein Panel to Detect Heart Failure Early,Theranostics,2017年09月26日,Vol.7 No.18,Page.4350-4358
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/50
G01N 33/68
G01N 33/53
G01N 33/543
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象の心血管疾患を発症するリスクを検出するための
情報を提供する方法であって、
該対象から得られた生物学的サンプルを分析し、該サンプル中の少なくとも3つのバイオマーカーの濃度を測定し、そして、該少なくとも3つのバイオマーカーの濃度
とその少なくとも3つのバイオマーカーの所定の基準濃度
との比較によって、
前記対象
の心血管疾患を発症するリスクを検出するための情報を
提供すること、を含み、
ここで前記少なくとも3つのバイオマーカーがKLK1、S10A7及びCAMPであり、ここで前記生物学的サンプルが、前記対象の全血、血清、血漿、
及び/又は唾液の少なくとも1つから得られる、方法。
【請求項2】
前記少なくとも3つのバイオマーカーの所定の基準濃度が、健常者から採取された前記生物学的サンプルから決定される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
対象の心血管疾患を発症するリスクを検出するための
情報を提供する方法であって、
該対象から得られた生物学的サンプルを分析し、該サンプル中の少なくとも3つのバイオマーカーの濃度を測定し、健常者から得られた生物学的サンプル中の前記少なくとも3つのバイオマーカーの濃度を測定し、そして、対象からのサンプル中の前記少なくとも3つのバイオマーカーの濃度
と健常者から得られた生物学的サンプル中の前記少なくとも3つのバイオマーカーの濃度
との比較よって、
前記対象
の心血管疾患を発症するリスクを検出するための情報を
提供すること、を含み、
ここで前記少なくとも3つのバイオマーカーがKLK1、S10A7及びCAMPであり、ここで前記生物学的サンプルが、前記対象の全血、血清、血漿、
及び/又は唾液の少なくとも1つから得られる、方法。
【請求項4】
対象の心血管疾患を発症するリスクをスクリーニングするための方法であって、
該対象から得られた生物学的サンプルを分析し、該サンプル中の少なくとも3つのバイオマーカーの濃度を測定し、そして、該少なくとも3つのバイオマーカーの濃度
と、その少なくとも3つのバイオマーカーの所定の基準濃度
との比較よって、前記対象
の心血管疾患を発症するリスクを検出するための情報を
提供すること、を含み、
ここで前記少なくとも3つのバイオマーカーがKLK1、S10A7及びCAMPであり、ここで前記生物学的サンプルが、前記対象の全血、血清、血漿、
及び/又は唾液の少なくとも1つから得られる、方法。
【請求項5】
前記少なくとも3つのバイオマーカーが、バイオマーカータンパク質
であるTCPD、DLDH、IGHA2、KV110、NAMPT、COPB、SPR2AおよびHV311の1又は複数をさらに含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記少なくとも3つのバイオマーカーが、4つ、5つまたは6つの前記バイオマーカータンパク質を含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記生物学的サンプルが、
唾液である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
対象の全血、血清、血漿、
及び/又は唾液の少なくとも1つから得られる生物学的サンプルにおいて、心血管疾患を発症するリスク
を検査するためのキットであって、少なくとも3つのバイオマーカーに特異的に結合する少なくとも1つの分子がその上に固定された固体支持体を含み、ここで前記少なくとも3つのバイオマーカーがKLK1、S10A7及びCAMPである、キット。
【請求項9】
前記少なくとも3つのバイオマーカーが、バイオマーカータンパク質
であるTCPD、DLDH、IGHA2、KV110、NAMPT、COPB、SPR2AおよびHV311の1又は複数をさらに含む、請求項8に記載のキット。
【請求項10】
前記少なくとも3つのバイオマーカーが、4つ、5つまたは6つの前記バイオマーカータンパク質を含む、請求項9に記載のキット。
【請求項11】
前記生物学的サンプルが、
唾液である、請求項8~10のいずれか一項に記載のキット。
【請求項12】
前記少なくとも1つのバイオマーカーに特異的に結合する少なくとも1つの分子が、該少なくとも1つのバイオマーカーに特異的に結合する抗体である、請求項8~11のいずれか一項に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、初期心不全を診断するための方法に関する。本発明は、ニューヨーク心臓協会(NYHA)分類システムに基づいた、クラスIおよびクラスII心不全の診断に特に関する。本発明はまた、健康対照者とNYHAクラスIII/IVの心不全患者とを判別することもできる。
【背景技術】
【0002】
心筋が、血液および酸素に関して身体の要求を満たすのに十分な血液をもう汲み出すことができないほど弱められたとき、心不全が起こる。言い換えれば、心臓は、その作業負荷を維持することができない。肥大、筋肉量の増大、およびより速いポンピングを含めた初期心不全の間に関与する多くの補償機構が存在する。治療および/またはライフスタイルの変化がなければ、最終的に補償機構は有効でなくなり、ヒトは、例えば、疲労感や呼吸障害などの心不全の症状を感じ始める。
【0003】
20世紀の初頭には、心臓機能の測定値を得る方法がなかったので、診断の整合性がなかった。NYHAは、心不全の臨床記述に今日まで使用されている分類システム(The Criteria Committee of the New York Heart Association, 1994)を開発した。NYHA分類システムによると、患者は、身体活動中の彼らの制限、通常の呼吸中のいずれかの制限または症状と息切れおよび/または狭心症に基づいて、4つのカテゴリの1つに入れられる。
【0004】
分類システムを表1に示す。
【0005】
【0006】
心不全は、その高い世界的な有病率に主に起因して、実質的な社会的および経済的負担を社会に課している。例えば、世界中で2300万人が毎年診断されていると概算される(Australian Institute of Health and Welfare (AIHW) 2011)。オーストラリアの全死亡の約30%が心不全に起因したので、生存率もまた低い(Palazzuoli et al., 2007)。心不全の大きなリスク因子としては、年齢、運動不足、肥満につながる粗末な食習慣、喫煙および過度なアルコール摂取が挙げられる(Palazzuoli et al., 2007)。多くの国で高齢化が起こっており、心不全がより一層蔓延する問題になることが予想される(Marian and Nambi, 2004)。
【0007】
現在、心不全に関する基準は、その疾患の複雑さ故に、存在していない。特に、心不全に関する簡単な診断検査も存在しない。心臓の構造または機能における初期変化、例えば、先に言及した補償機構などは、医用画像工学を使用して検出できるが、しかしながら、すべての潜在的心不全患者において画像化を実施することは、実用的でないか、または費用対効果に優れていない。
【0008】
例えば、冠状動脈心臓疾患、心不全、心筋障害、先天性心臓疾患、末梢血管疾患および脳卒中などの心血管疾患を発症する個体の可能性を評価するために設計された多くの非侵襲性リスク採点システムがある。例えば、Framingham Risk Scoreは、10年間に冠状動脈心臓疾患、末梢動脈障害および心不全を発症するリスクを概算するためのアルゴリズムである(McKee et al., 1971)。他の例は、心不全の診断のためのBoston Criteria(Carlson et al., 1985)(最も高い感度および特異性を有することが示されている(Shamsham and Mitchell, 2000))およびDuke Criteria(Harlan et al., 1977)である。これらのタイプの基準は、診断結論に至るために患者の病歴、身体検査、所定の臨床診断法および臨床検査の組み合わせを使用するので(Krumら、2006)、進行したまたは重篤な心不全を診断するのに特に有用である。しかしながら、心不全と臨床症状の悪化の防止経過は早期診断を必要とする。そのため、初期心不全の非侵襲性診断の精度の改善が必要である。
【0009】
従来技術公開が本明細書中で言及される場合、この言及は、その公開がオーストラリアまたはその他の国における当該技術分野の共有の一般知識の一部を形成することに承認を与えないことは明確に理解される。
【発明の概要】
【0010】
本発明は、初期心不全、特に、NYHA分類法によるクラスIおよびIIの診断方法に広く向けられる。特に、本発明は、初期心不全に対して高い相関関係を有するバイオマーカーの識別と使用に関する。
【0011】
第一の態様において、本発明は、対象の初期心不全を検出する方法を提供するものであり、該方法は、該対象から得られた生物学的サンプルを分析し、該サンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度を測定し、そして、該少なくとも1つのバイオマーカーの濃度がその少なくとも1つのバイオマーカーの所定の基準濃度より高いかまたは低い場合に、対象に対して心不全分類を割り当てることを含む。少なくとも1つのバイオマーカーの所定の基準濃度は、健常者から採取された生物学的サンプルから決定され得る。
【0012】
第二の態様において、本発明は、対象の初期心不全を検出する方法を提供するものであり、該方法は、該対象から得られた生物学的サンプルを分析し、該サンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度を測定し、健常者から得られた生物学的サンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度を測定し、そして、対象からのサンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度が健常者から得られた生物学的サンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度より高いかまたは低い場合に、対象に対して心不全分類を割り当てることを含む。
【0013】
第三の態様において、本発明は、対象の初期心不全を検出する方法を提供するものであり、該方法は、該対象から得られた生物学的サンプルを分析し、該サンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度を測定し(ここで、該少なくとも1つのバイオマーカーは、KLK1、TCPD、S10A7、DLDH、IGHA2、CAMP、KV110、NAMPT、COPB、SPR2AおよびHV311から成る群から選択される)、そして、該少なくとも1つのバイオマーカーの濃度がその少なくとも1つのバイオマーカーの所定の基準濃度より高いかまたは低い場合に、対象に対して心不全分類を割り当てることを含む。
【0014】
第四の態様において、本発明は、対象の初期心不全を検出する方法を提供するものであり、該方法は、該対象から得られた生物学的サンプルを分析し、該サンプルの少なくとも1つのバイオマーカーの濃度を測定し(ここで、該少なくとも1つのバイオマーカーは、KLK1、TCPD、S10A7、DLDH、IGHA2、CAMP、KV110、NAMPT、COPB、SPR2AおよびHV311から成る群から選択される)、健常者から得られた生物学的サンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度を測定し、そして、対象からのサンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度が健常者から得られた生物学的サンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度より高いかまたは低い場合に、対象に対して心不全分類を割り当てることを含む。
【0015】
第五の態様において、本発明は、対象の初期心不全をスクリーニングする方法を提供するものであり、該方法は、該対象から得られた生物学的サンプルを分析し、該サンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度を測定し、そして、該少なくとも1つのバイオマーカーの濃度が少なくとも1つのバイオマーカーの所定の基準濃度より高いかまたは低い場合に、対象に対して心不全分類を割り当てることを含む。
【0016】
第六の態様において、本発明は、初期心不全に関係する少なくとも1つのバイオマーカーの存在を検出するためのキットを提供するものであり、該キットは、少なくとも1つのバイオマーカーに特異的に結合する少なくとも1つの分子がその上に固定された固体支持体を含む。
【0017】
第七の態様において、本発明は、初期心不全に関係する少なくとも1つのバイオマーカー(ここで、該少なくとも1つのバイオマーカーは、KLK1、TCPD、S10A7、DLDH、IGHA2、CAMP、KV110、NAMPT、COPB、SPR2AおよびHV311から成る群から選択される)の存在を検出するためのキットを提供するものであり、該キットは、少なくとも1つのバイオマーカーに特異的に結合する少なくとも1つの分子がその上に固定された固体支持体を含む。
【0018】
この明細書を通じて、文脈に別段の要求がない限り、「comprise」、「comprises」および「comprising」という単語は、記述された整数または整数の群の包含を意味し、その他の整数または整数の群の除外を意味するものではないと理解される。
【0019】
本明細書中に記載した特徴のいずれも、本発明の範囲内において本明細書中に記載する任意の1もしくは複数の他の特徴との任意の組み合わせで組み合わせられ得る。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】
図1は、抽出イオンクロマトグラムのLC‐ESI‐MS/MSデータから決定した場合の、ProteinPilotデータベース検索によって同定される各タンパク質からのペプチドの存在量を示すグラフである(表3)。
【0021】
【
図2】
図2は、SWATH‐MSによって測定した場合の、健康対照者とNYHAクラスIおよびクラスIII/IVの心不全患者における様々な唾液タンパク質の相対的量を比較する一連のグラフである。
図2A、SWATH‐MSによって妥当性確認した個々のタンパク質;
図2B、SPLC2(BNP:対照);
図2C、KLK1(BNP:対照);
図2D、KLK1:SPLC2(BNP:対照);
図2E、S10A7(BNP:対照);
図2F、S10A7:SPLC2(BNP:対照);
図2G、AACT(BNP:対照);および
図2H、AACT:SPLC2(BNP:対照)。
【0022】
【
図3】
図3は、健康対照者と心不全患者における選択した唾液タンパク質の比を比較する一連のドットプロットである。
図3A、KLK1:SPLC2;
図3B、S10A7:SPLC2;および
図3C、AACT:SPLC2。
【0023】
【
図4】
図4A、4Bおよび4Cは、
図3の唾液タンパク質比に関するROC曲線である。
図4A、KLK1:SPLC2;
図4B、S10A7:SPCL2;および
図4C、AACT:SPLC2。
【0024】
【
図5】
図5は、SWATH‐MSによって測定した場合の、健康対照者とNYHAクラスIおよびクラスIII/IVの心不全患者における様々な唾液タンパク質(KV110、NAMPT、COPB、SPR2AおよびHV311)の相対的量を比較する一連のグラフである。
【0025】
【
図6】
図6は、様々なコホート(NYHAクラスI、NYHAクラスIII/IVおよび対照)間の、
図5に示した唾液タンパク質の組み合わせの比較のためのROC曲線の重ね合わせである。
【0026】
【
図7】
図7は、SWATH‐MSによって測定した場合の、健康対照者とNYHAクラスIおよびクラスIII/IVの心不全患者における様々な唾液タンパク質(KLK1、TCPD、S10A7、DLDH、IGHA2およびCAMP)の相対的量を比較する一連のグラフである。
【0027】
【
図8】
図8は、様々なコホート(NYHAクラスI、NYHAクラスIII/IVおよび対照)間の、
図7に示した唾液タンパク質の組み合わせの比較のためのROC曲線の重ね合わせである。
【0028】
【
図9】
図9は、免疫学的アッセイによって測定した場合の、健康対照者、心不全を発症するリスクが高い個体および心不全患者における様々な唾液タンパク質(S10A7、KLK1およびCAMP)の濃度を比較する一連のグラフ;ならびに唾液タンパク質の組み合わせの比較のためのROC曲線である。予測スコアは、これらの唾液タンパク質の濃度を組み合わせることによって作り出された。
図9A、S10A7;
図9B、CAMP;
図9C、KLK1;
図9D、組み合わせた唾液タンパク質の予測スコア;
図9E、心不全患者と対照者の間の唾液タンパク質の組み合わせの比較のためのROC曲線;
図9F、SCREEN‐HFコホートと対照者の間の唾液タンパク質の組み合わせの比較のためのROC曲線。
【0029】
【
図10】
図10は、試験への組み入れ組み入れ後に心血管疾患を発症した試験対象と、心臓血管疾患に関連する入院していない試験対象の間の予測スコアを示すグラフである。
【0030】
【
図11】(A)6人の健康対照者と6人の心不全患者の唾液サンプル中のKLK1、TCPD、S10A7、DLDH、IGHA2およびCAMPのウエスタンブロット法。(B)健康対照者と心不全患者の唾液サンプル中のKLK1、TCPD、S10A7、DLDH、IGHA2およびCAMPの標準誤差を伴った平均相対バンド強度。
【0031】
【
図12】
図12は、12人の健康対照者と12人の心不全患者の追加の唾液サンプル中のS10A7のウエスタンブロットである。
【発明を実施するための形態】
【0032】
実施形態の説明
略語
以下の略語を全体にわたって使用する:
AACT=α1抗キモトリプシン
BNP=脳性ナトリウム利尿ペプチド
CAMP=カテリシジン抗微生物ペプチド
COPB=コートマーサブユニットβ
DLDH=ジヒドロリポイルデヒドロゲナーゼ、ミトコンドリアのもの
ESI=電子スプレーイオン化
GELS=ゲルゾリン
h=時間
HV311=Ig重鎖V‐III領域KOL
IGHA2=Igα‐2鎖C領域
IGJ=免疫グロブリンJ鎖
IQR=四分位範囲
KLK1=カリクレイン1
KV110=Igκ鎖V‐I領域HK102
LC=液体クロマトグラフィー
LC‐ESI‐MS/MS=液体クロマトグラフ‐電子スプレーイオン化タンデム質量分析法
LPLC1=長い口蓋肺および鼻上皮癌腫関連タンパク質1
min=分
MMP9=マトリックスメタロプロテイナーゼ‐9
MS=質量分析法
MS/MS=タンデム質量分析法
NAMPT=ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ
NPV=陰性適中率
NYHA=ニューヨーク心臓協会
PBS=リン酸緩衝生理食塩水
PPV=陽性適中率
rcf=相対遠心力
ROC=受信者動作特性
s=(単数もしくは複数の)秒
S10A7=S100カルシウム結合タンパク質A7
SPLC2=短い口蓋肺および鼻関連タンパク質2
SPR2A=小型プロリンリッチタンパク質2A
SWATH=すべての理論的フラグメントイオンスペクトルの連続ウィンドウ取得
TCPD=T複合タンパク質1サブユニットδ
TOF=飛行時間
VIME=ビメンチン
【0033】
本発明は、初期心不全に罹患している対象から採取された生物学的サンプル中のタンパク質が、健常者から採取された生物学的サンプルと比較して、示差的な存在量であるという発見を一部根拠としている。本発明者らは、高い存在量のタンパク質の喪失およびSWATH‐MSを使用して、初期心不全において診断有用性を有する見込みのあるバイオマーカーとして唾液タンパク質を同定する。
【0034】
従って、第一の態様において、本発明は、対象の初期心不全を検出する方法を提供するものであり、該方法は、該対象から得られた生物学的サンプルを分析し、該サンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度を測定し、そして、該少なくとも1つのバイオマーカーの濃度がその少なくとも1つのバイオマーカーの所定の基準濃度より高いかまたは低い場合に、対象に対して心不全分類を割り当てることを含む。少なくとも1つのバイオマーカーの所定の基準濃度は、健常者から取られた生物学的サンプルから決定され得る。
【0035】
本願発明の目的に関して、心不全の病期を説明するための「(単数もしくは複数の)初期」という語句は、ニューヨーク心臓協会によって規定される機能的分類NYHAクラスIおよび/またはNYHAクラスIIを指す。
【0036】
「生物学的サンプル」という用語は、対象から抽出されるサンプルを指すために本明細書中に使用される。その用語は、未処理の、処理した、希釈したまたは濃縮した生物学的サンプルを包含する。対象から得られた生物学的サンプルは、例えば、全血、血清または血漿などのあらゆる好適なサンプルであり得る。好ましくは、生物学的サンプルは対象の口腔から得られる。従って、生物学的サンプルは、痰または唾液であり得る。初期心不全を診断するための非侵襲性の、費用対効果に優れた方法を提供する本発明によると、対象から得られた生物学的サンプルは、好ましくは唾液である。
【0037】
少なくとも1つのバイオマーカーは、初期心不全との相関関係を有すると同定された生物学的サンプル中に存在するタンパク質である。生物学的サンプルは、少なくとも1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つなどのバイオマーカーの濃度について分析され得る。例えば、少なくとも1つのバイオマーカーは、KLK1、TCPD、S10A7、DLDH、IGHA2、CAMP、KV110、NAMPT、COPB、SPR2AおよびHV311から成る群から選択されるいろいろなタンパク質であり得る。一実施形態において、少なくとも1つのバイオマーカーは、KLK1、TCPD、S10A7、DLDH、IGHA2およびCAMPから成るタンパク質の群から選択される。好ましくは、少なくとも1つのバイオマーカーは、2つ、3つ、4つ、5つまたは6つすべてのこれらのタンパク質から成るバイオマーカーパネルである。特に好ましい実施形態において、バイオマーカーパネルには、KLK1、S10A7およびCAMPが含まれる。代替の実施形態において、少なくとも1つのバイオマーカーは、KV110、NAMPT、COPB、SPR2AおよびHV311から成る群から選択される。特に好ましい実施形態において、少なくとも1つのバイオマーカーは、2つ、3つ、4つまたは5つすべてのこれらのタンパク質から成るバイオマーカーパネルである。
【0038】
バイオマーカーの所定の基準濃度は、範囲外のバイオマーカーの濃度が初期心不全を暗示するような、濃度範囲の形態であり得る。あるいは、バイオマーカーの所定の基準濃度は、その値より高いまたは低いバイオマーカーの濃度が初期心不全を暗示するような、特定の値の形態であり得る。そのため、対象の初期心不全の検出に使用される各バイオマーカーに関して、健常者からの生物学的サンプルのバイオマーカーの所定の基準濃度が決定されたかまたは知られている。
【0039】
本願発明との関連において、および健常者から採取された生物学的サンプルからの少なくとも1つのバイオマーカーの所定の基準濃度の決定に関して、「健常者」は、心不全に罹患していない対象である。すなわち、健常者は、心不全のあらゆる表だった症状に罹患しておらず、かつ、NYHAクラスIまたはクラスIIに分類されないであろう対象である。
【0040】
本発明者らは、特定のタンパク質が、健常者の同じタンパク質の存在量と比較したときに、NYHAクラスIまたはクラスIIに分類された対象からの唾液中での存在量が増大したことを驚いたことに見出した。逆に、特定のタンパク質は、健常者の同じタンパク質の存在量と比較したときに、NYHAクラスIまたはクラスIIに分類された対象からの唾液中での存在量を減少させた。
【0041】
心不全分類は対象からの生物学的サンプルのうちのたった1つのバイオマーカーの濃度に基づいて対象に付与され得るが、分類のより高度な確実性がより多くのバイオマーカーを使用することによって達成される場合があるので、生物学的サンプル中の2つ、3つ、4つ、5つまたはそれ以上のバイオマーカーの濃度を分類の割り当ての根拠にすることは、有利である。
【0042】
対象の初期心不全を検出するために、2つ以上のバイオマーカーから成るバイオマーカーパネルを使用するとき、そのパネルは健常者からの唾液中の同じバイオマーカーに関するものより、心不全対象から唾液中により高い濃度を有するバイオマーカーから成る。あるいは、そのパネルは、健常者からの唾液中の同じバイオマーカーからのものより、心不全対象からの唾液中でより低い濃度を有するバイオマーカーから成り得る。更なる代替手段において、そのパネルは、バイオマーカーの組み合わせから成り得、ここで、少なくとも1つのバイオマーカーは、健常者からの唾液中の同じバイオマーカーに関するものに比べて、心不全対象からの唾液中でより高い濃度を有する、および少なくとも1つのバイオマーカーは、健常者からの唾液の同じバイオマーカーに関するものに比べて、心不全対象からの唾液中でより低い濃度を有する。
【0043】
第二の態様において、本発明は、対象の初期心不全を検出する方法を提供するものであり、該方法は、該対象から得られた生物学的サンプルを分析し、該サンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度を測定し、健常者から得られた生物学的サンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度を測定し、そして、対象からのサンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度が健常者から得られた生物学的サンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度より高いかまたは低い場合に、対象に対して心不全分類を割り当てることを含む。
【0044】
潜在的な心臓不全対象または健常者からの、生物学的サンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度は、タンパク質濃度を決定するための任意の好適な手段によって決定され得る。例えば、その濃度は、マススペクトル分析によって測定され得る。潜在的な心不全対象からのサンプルの質量スペクトルと、健常者からのサンプルの質量スペクトルによる特定のバイオマーカーのピーク強度の比較は、2つのサンプル中のバイオマーカーの存在量の相対的差異の徴候を提供し得る。より正確な比較は、以下の実施例で詳述されるとおり、SWATH‐MSを使用して得られる。
【0045】
あるいは、生物学的サンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度の測定は、少なくとも1つのバイオマーカーに特異的に結合する1つの試薬または複数の試薬を使用しておこなわれ得る。例えば、その試薬は、バイオマーカーのエピトープに対する抗体を含む場合があり、その抗体は、抗体‐バイオマーカー複合体の存在を検出するための標識(例えば、蛍光標識)を任意選択で包含する。
【0046】
第三の態様において、本発明は、対象の初期心不全を検出する方法を提供するものであり、該方法は、該対象から得られた生物学的サンプルを分析し、該サンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度を測定し(ここで、該少なくとも1つのバイオマーカーは、KLK1、TCPD、S10A7、DLDH、IGHA2、CAMP、KV110、NAMPT、COPB、SPR2AおよびHV311から成るタンパク質の群から選択される)、そして、該少なくとも1つのバイオマーカーの濃度がその少なくとも1つのバイオマーカーの所定の基準濃度より高いかまたは低い場合に、対象に対して心不全分類を割り当てることを含む。その少なくとも1つのバイオマーカーの所定の基準濃度は、健常者から採取された生物学的サンプルから決定され得る。
【0047】
生物学的サンプルは、少なくとも1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つ、9つ、10個または11個すべてのタンパク質の濃度について分析され得る。心不全分類は生物学的サンプルからのたった1つのタンパク質の濃度に基づいて対象に付与され得るが、分類のより高度な確実性がより多くのバイオマーカーを使用することによって達成される場合があるので、生物学的サンプル中の2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つ、9つ、10個または11個のタンパク質の濃度を分類の割り当ての根拠にすることは、有利である。
【0048】
分類の確実性は、比較データの感度および特異性を測定することによって評価できる。
【0049】
第四の態様において、本発明は、対象の初期心不全を検出する方法を提供するものであり、該方法は、該対象から得られた生物学的サンプルを分析し、該サンプルの少なくとも1つのバイオマーカーの濃度を測定し(ここで、該少なくとも1つのバイオマーカーは、KLK1、TCPD、S10A7、DLDH、IGHA2、CAMP、KV110、NAMPT、COPB、SPR2AおよびHV311から成るタンパク質の群から選択される)、健常者から得られた生物学的サンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度を測定し、そして、対象からのサンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度が健常者から得られた生物学的サンプル中の少なくとも1つのバイオマーカーの濃度より高いかまたは低い場合に、対象に対して心不全分類を割り当てることを含む。
【0050】
第五の態様において、本発明は、初期心不全に関係する少なくとも1つのバイオマーカーの存在を検出するためのキットを提供するものであり、該キットは、少なくとも1つのバイオマーカーに特異的に結合する少なくとも1つの分子がその上に固定された固体支持体を含む。
【0051】
少なくとも1つのバイオマーカーに特異的に結合する少なくとも1つの分子が、任意の好適な分子になり得る。好ましくは、その少なくとも1つの分子は、少なくとも1つのバイオマーカーに特異的に結合する抗体を含む。そのため、固体支持体は、その上に固定された1つ、2つ、3つ、4つなどの抗体を有し得る。
【0052】
固体支持体は、抗体の固定に適するように修飾され得、かつ、少なくとも1つの検出する方法に適している任意の好適な材料であり得る。固体支持体に好適な材料の代表的な例としては、ガラスおよび修飾もしくは官能化ガラス、プラスチック(アクリル、ポリスチレンおよびスチレンやその他の材料のコポリマー、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリブチレン、ポリウレタン、テフロン(登録商標)などを含む)、多糖類、ナイロンもしくはニトロセルロース、樹脂、シリカまたはシリコンおよび修飾シリコンを含めたシリカベースの材料、炭素、金属、無機ガラスならびにプラスチックが挙げられる。その固体支持体は、ほとんど蛍光を発することなく、光学的検出を可能にし得る。
【0053】
その固体支持体は平面であり得るが、他の形状の基板が利用され得る。例えば、その固体支持体は、内面に配置された抗体を有するチューブである場合がある。
【0054】
第六の態様において、本発明は初期心不全に関係する少なくとも1つのバイオマーカー(ここで、該少なくとも1つのバイオマーカーは、KLK1、TCPD、S10A7、DLDH、IGHA2、CAMP、KV110、NAMPT、COPB、SPR2AおよびHV311から成る群から選択される)の存在を検出するためのキットを提供するものであり、該キットは、少なくとも1つのバイオマーカーに特異的に結合する少なくとも1つの分子がその上に固定された固体支持体を含む。
【実施例】
【0055】
実施例1
材料と方法
試験参加者
この試験はUniversity of Queensland Medical Ethical Institutional Board and Mater Health Services Human Research Ethics CommitteeおよびRoyal Brisbane and Women’s Hospital Research Governanceによって承認された。すべての試験参加者が、>18歳の年齢であり、そして、サンプル採取前にインフォームドコンセントを受けた。健康対照者の除外基準は、いずれかの合併疾患および口腔疾患(例えば、歯周疾患や歯肉炎、自己免疫性疾患、感染性疾患、筋骨格疾患、または悪性疾患、および最近の手術または外傷性傷害)の存在を表明するようにボランティアに質問する簡単なアンケートに基づいた。何らか条件が存在した場合、その参加者を試験から除外した。ボランティアは、白人およびアジア系民族出身であり、発熱または悪寒の症状がなく、良好な口腔衛生を有した。
【0056】
合計30人の健康対照者および33人の徴候性心不全患者を、オーストラリアのブリスベンのUniversity of Queensland, the Mater Adult HospitalまたはRoyal Brisbane and Women’s Hospitalから2012年1月から2014年7月まで動員した。患者を、彼らの臨床的症状に基づいてMater Adult Hospital and Royal Brisbane and Women’s Hospitalにて心臓内科医によってニューヨーク心臓協会(NYHA)機能的分類システムを使用して分類した。試験に参加したすべての患者を、NYHAクラスIIIまたはIV患者として分類した。心不全患者の平均年齢は67.6歳であり、そして、健康対照者の平均年齢は49.7歳であった。男性は、心不全患者コホートの63.3%および健康対照者コホートの43.3%を含んだ。
唾液サンプル採取
【0057】
全口腔非刺激安静時唾液を、以前に公開された方法(Martinet W et al., 2003; Punyadeera C et al., 2011; Foo JY et al., 2013; Castagnola M et al., 2011; Helmerhorst EJ and Oppenheim FG, 2007; Loo JA et al., 2010)に従って初期および後期心不全患者および健康対照者から採取した。ボランティアには、唾液採取前の少なくとも30分間、飲食(水を除く)を控えるように依頼した。ボランティアには、食品粒子や食べかすを取り除くために水で口をすすぎ、彼らの頭を前下方に傾け、口内に唾液を貯め、そして、氷上のFalconチューブ(50mL、Greiner, Germany)内に吐き出すように依頼した。サンプルを、ドライアイスで冷やして研究室まで運び、タンパク質低結合型エッペンドルフチューブ(Eppendorf, USA)内に等分し、そして、後の解析のために‐80℃にて保存した。
唾液サンプルにおける総タンパク質濃度
【0058】
一次審査のために、患者(n=10)および対照(n=10)からの唾液サンプル中の総タンパク質濃度を、2D Quantキット(GE Healthcare Bio-Sciences AB, Sweden)を使用して計測した。吸収度を、SpectraMaxR190プレートリーダ(Molecular Devices, LLC, California, USA)を使用して480nmにて計測した。Quick Start(商標)Bradford Protein Assay(Bio‐Rad, USA)を、SWATH‐MS妥当性確認のために、患者(n=30)および対照(n=30)からの唾液サンプル中の総タンパク質濃度を定量化するのに使用した(以下を参照)。
マススペクトル分析のための唾液サンプル調製
【0059】
心不全患者および健康対照者から採取した、タンパク質含有量について正規化される唾液サンプルを別々に貯留した。各個体からの等量の総タンパク質を、対照および患者に関して、それぞれ10mgの総貯留タンパク質を得るように貯留した。貯留したサンプルを、製造業者の取扱説明書に従って、ProteoMiner(登録商標)小容量キット(Bio‐Rad, Hercules, CA)を用いて加工した。ビーズ充填層(20μL)を貯留した唾液に加え、そして、回転式振盪機により25℃にて16時間インキュベートした。ビーズを1,000相対遠心力(rcf)にて1分間の遠心分離によってペレット化し、そして、上清を捨てた。ビーズをリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で3回洗浄し、そして、結合タンパク質を8Mの尿素、2%のCHAPSおよび5%の酢酸(20μL)中に溶出した。溶出したタンパク質を、1:1のメタノール:アセトン(80μL)の添加、-20℃にて16時間のインキュベーション、そして、10分間の18,000rcfの遠心分離によって沈殿させた。そのタンパク質ペレットを、1%のSDSを含む50mMのTris HClバッファー pH8中に再懸濁した。システインを、10mMまでのDTTの添加、そして、95℃にて10分間のインキュベーションによって還元し、次に、25mMまでのアクリルアミドの添加、そして、23℃にて1時間のインキュベーションによってアルキル化した。タンパク質を、上述のとおり沈殿させ、プロテオミックスグレードのトリプシン(1μg)(SigmaAlrdich, USA)を含む50mMのNH4HCO3(50μL)中に再懸濁し、そして、37℃にて16時間インキュベートした。
【0060】
個々のサンプルを使用したSWATH‐MS妥当性確認のために、50μgの総タンパク質を含有する唾液に、等量の100mMのTris HClバッファー pH8、2%のSDSおよび20mMのDTTを補い、そして、95℃にて10分間インキュベートした。次に、タンパク質を、上述のとおりアルキル化し、沈殿させ、そして、消化した。
質量分析とデータ分析
【0061】
ペプチドを、C18 Zip Tips(Millipore, USA)を使用して脱塩し、そして、原則的に先に記載したとおり、Nanospray IIIインタフェース(AB SCIEX)を備えたTriple TOF 5600質量分析計によりProminence nano LCシステム(Shimadzu, Japan)を使用したLC‐ESI‐MS/MSによって分析した(Foo et al., 2013; Ovchinnikov et al., 2012)。約2μgのペプチドを、Agilent C18トラップ(300Åの細孔サイズ、5μmの粒度、0.3mm i.d.×5mm)により30μL/分の流量にて3分間脱塩し、次に、Vydac EVEREST逆相C18 HPLCカラム(300Åの細孔サイズ、5μmの粒度、150μm i.d.×150mm)により1μL/分の流量にて分離した。ペプチドを、バッファーA(1%のアセトニトリルと0.1%のギ酸)およびバッファーB(0.1%のギ酸を加えた80%のアセトニトリル)を用いた、2分間かけた1‐10%のバッファーBと、それに続く45分間かけた10‐60%のバッファーBのグラジエントで分離した。気体および電圧設定を必要に応じて調整した。350~1800のm/zからのMS‐TOFスキャンを、0.5秒間にわたり実施し、それに続いて、1スペクトルあたり0.05秒間にわたる40~1800のm/zからの上位20ペプチドの自動化CE選択を用いてMS/MSの情報依存型取得を実施した。同一のLCパラメーターを、0.05秒間にわたる350~1800のm/zからのMS‐TOFスキャンを用いたSWATH分析と、それに続く400~1250のm/z範囲にわたってそれぞれ0.1秒間重複する1m/zのウィンドウを有する26m/zの分離ウィンドウを用いた高感度の情報独立型取得に使用した。コリジョンエネルギーを、m/zウィンドウ範囲に基づくAnalystソフトウェア(AB SCIEX)によって自動的に割り当てた。
【0062】
タンパク質を、ProteinPilot(AB SCIEX)を使用して同定し、標準的な設定:サンプルタイプ、識別;システインアルキル化、なし;装置、Triple‐TOF 5600;分析種、制限なし;IDフォーカス、生物学的修飾;酵素、トリプシン;検索努力、IDの最後まで、を使用してLudwigNRデータベース(http://apcf.edu.auからダウンロード、2012年1月27日時点;16,818,973配列;5,891,363,821残基)を検索した。ProteinPilotを使用した誤発見率解析を、すべての検索に対して実施した。99%超の信頼性および1%未満の部分的な誤発見率で同定されたペプチドを、更なる分析のために含んだ。タンパク質ランク、スコア、ペプチド包含百分率およびペプチド数に基づくタンパク質量の準定量的比較を、先に記載したとおり実施した(Bailey and Schulz, 2013)。抽出イオンクロマトグラムをPeak View 1.1を使用して得た。ProteinPilotデータを、SWATH分析のためのイオンライブラリとして使用した。タンパク質量を、標準的な設定を用いたPeak View 1.2ソフトウェアで自動的に計測した。それぞれのタンパク質の存在量を、ANOVAを使用して、それぞれの個々のサンプル中で同定されたタンパク質の総存在量に対して正規化し、ログ変換し、そして、比較した。SWATH分析を用いて作成したデータを、Rに基づいて(R Development Core Team, 2011)、オープンソースの統計パッケージMSstats(Clough et al., 2012; Chang et al., 2012)を使用して、タンパク質の有意性について分析した。群比較関数を使用して、心不全患者と対照との間のタンパク質量における有意な変化を比較した。
実施例2
LC‐ESI‐MS/MSによるタンパク質の同定
【0063】
心不全の新規の推定唾液タンパク質バイオマーカーを、高いBNPを有する患者および健康対照者からの唾液を別々に貯留し、ProteoMinerダイナミックレンジ縮小をおこない、トリプシンでタンパク質を消化し、そして、LC‐ESI‐MS/MSとデータベース検索を使用してペプチドを同定することによって同定した。心不全患者と対照との間で変化した存在量を有するタンパク質を検出するために、各タンパク質について同定されたペプチドのランク、スコア、ペプチド包含百分率および数を比較するために、準定量的アプローチを使用した。この準定量的アプローチは、表2に提示したように、複数の推定される示差的存在量のタンパク質を同定した。
表2. 心不全患者を対照と比較する、示差的な存在量の唾液タンパク質
【表2】
【0064】
これらの推定バイオマーカーの最初の妥当性確認のために、抽出イオンクロマトグラムのLC‐ESI‐MS/MSデータ(
図1)から決定した、ProteinPilotデータベース検索によって同定された各タンパク質のペプチドの存在量(表3)を比較した。ペプチド存在量の比較は、対照サンプルと比較した心不全患者において、有意に高い存在量を有する2つのタンパク質(長い口蓋、肺および鼻上皮癌腫関連タンパク質1、LPLC1(P=0.0004)およびマトリックスメタロプロテイナーゼ‐9、MMP9(P=0.02))および有意に低い存在量を有する2つのタンパク質(ゲルゾリン、GELS(P=0.03)および短い口蓋、肺および鼻関連タンパク質2、SPLC2(P=0.0003))を同定した。数個の追加のタンパク質は、検出された確信して同定したペプチドの数が少ないため、統計的に比較できなかった存在量に大きな変更を示した(カリクレイン1、KLK1;免疫グロブリンJ鎖、IGJ;およびビメンチン、VIME)。そのため、この最初の解析では、心不全のいくつかの推定唾液タンパク質バイオマーカーを同定した。
表3. ProteinPilotを使用して同定した各タンパク質のためのペプチドの相対的量
【表3】
実施例3
SWATH‐MSを用いた妥当性確認
【0065】
貯留サンプルのProteoMinerR分析から同定した新規推定バイオマーカーの妥当性確認するために、SWATH‐MS検出を、心不全患者および対照から採取した個々の唾液サンプルに対して実施した。心不全患者と対照からの唾液の不偏性SWATH‐MSプロテオミクス比較は、存在量の>2倍の差および調整P<0.01を有する7つのタンパク質の同定をもたらした。これには、推定心不全バイオマーカーとしてProteoMiner分析によって同定されたSPLC2タンパク質が挙げられる。SPLC2の相対的量は、対照に比べて心不全患者において1.89倍低かった。高い特異性(ほとんど完全な群分離)(
図2Aを参照、調整P<0.0001)を有する唾液は、心不全の唾液タンパク質バイオマーカーとしてSPLC2の妥当性確認した。KLK1はまた、対照からの唾液に比べて、心不全患者からの唾液中のその高い存在量のため、推定バイオマーカーとしてProteoMiner分析によっても推定的に同定された(
図1)。KLK1の高い存在量はまた、SWATH‐MS分析によっても妥当性確認され、そしてそれは、対照と比較して、心不全患者における1.3倍の増大を示した(
図2B、調整P=<0.0001)。
【0066】
対照と比較して心不全患者においてSPLC2存在量が減少し、かつ、KLK1存在量が増大した場合に、心不全を同定するための個別に妥当性確認したこれらのバイオマーカーの存在量の比の有用性を調査した。比の5.3倍の差と高い特異性(
図2C、P=0.00001)を有する、心不全患者と対照者との間の大きく、かつ、高度に有意な識別を観察した。Receiver Operating Characteristic(ROC)曲線分析をおこなって、バイオマーカーとしてのSPLC2およびKLK1の診断能力を判定した。KLK:SPLC2の分析(
図3A、
図4A)は、70.0%の感度および66.7%の特異性を有する0.75の曲線下面積(AUC)を示す。
実施例4
バイオマーカーパネルの予測能力
【0067】
初期心不全に関する推定バイオマーカーKV110、NAMPT、COPB、SPR2AおよびHV311(
図5)を含むパネルの予測能力を、MSstats(Clough et al., 2012; Chang et al., 2012)を使用して評価したが、それは、R(R Development Core Team, 2011)に基づいている。様々なコホート(NYHAクラスI、n=20;NYHAクラスIII/IV、n=19;健康対照者、n=20)におけるバイオマーカーの組み合わせの感度および特異性を表4で説明する。
表4. バイオマーカーの組み合わせの感度と特異性
【表4】
【0068】
図6のROC曲線は、5つのバイオマーカーKV110、NAMPT、COPB、SPR2AおよびHV311の組み合わせの診断可能性について有用な概要を提供する。ROC曲線下面積が1に近ければ近くほど、診断可能性は良好である。健康対照者における5つのバイオマーカーと比較した、NYHAクラスI患者における5つのバイオマーカーの組み合わせに関するROC曲線には、0.96のAUC、95.0%の感度および90.0%の特異性がある(
図6)。これらの結果は、5つのバイオマーカーの組み合わせの高い診断能力を暗示する。
【0069】
初期心不全に関する推定バイオマーカーKLK1、TCPD、S10A7、DLDH、IGHA2およびCAMP(
図7)を含むパネルの予測能力を、MSstats(Clough et al., 2012; Chang et al., 2012)を使用して評価したが、それは、R(R Development Core Team, 2011)に基づいている。様々なコホート(NYHAクラスI、n=20;NYHAクラスIII/IV、n=19;健康対照者、n=20)におけるバイオマーカーの組み合わせの感度および特異性を表5で説明する。
表5. バイオマーカーの組み合わせの感度と特異性
【表5】
【0070】
図8のROC曲線は、6つのバイオマーカーKLK1、TCPD、S10A7、DLDH、IGHA2およびCAMPの組み合わせの診断可能性について有用な概要を提供する。ROC曲線下面積が1に近ければ近くほど、診断可能性は良好である。健康対照者における6つのバイオマーカーと比較した、NYHAクラスI患者における5つのバイオマーカーの組み合わせに関するROC曲線には、0.86のAUC、80.0%の感度および70.0%の特異性がある(
図6)。これらの結果は、6つのバイオマーカーの組み合わせの高い診断能力を暗示する。
【0071】
初期心不全を発症するリスクが高い個体に関する推定バイオマーカーKLK1、S10A7およびCAMP(
図9)を含むパネルの予測能力を、MSstats(Clough et al., 2012; Chang et al., 2012)を使用して評価したが、それは、R(R Development Core Team, 2011)に基づいている。様々なコホート(心不全患者、n=100;心不全を発症するリスクが高い個体(SCREEN‐HF)、n=121;健康対照者、n=88)におけるバイオマーカーの組み合わせの感度および特異性を表6で説明する。
表6. バイオマーカーの組み合わせの感度と特異性
【表6】
【0072】
試験に組み入れ後に心血管疾患を発症した試験対象と、心臓血管疾患関連の入院をしなかったヒトとの間の予測スコアを
図10に示す。
【0073】
SCREEN‐HFコホートの99人の参加者のうち、そのうちの11人を一次診断として心血管疾患の病院に入院させた。これらの11人の個体において3マーカーパネルによって作成した予測スコアは、0.517の中央値を有し0.139~0.996の範囲に及び(IQR:0.256~0.920)、心臓血管疾患関連の入院をしなかった個体では予測スコアは、0.294の中央値を有し0.086~0.992の範囲に及んだ(IQR:0.172~0.679)。2つのSCREEN‐HFコホート群の間には統計的な有意差がある(p=0.0382)。
【0074】
診断パネルのメンバーとしてのKLK1、TCPD、S10A7、DLDH、IGHA2およびCAMPの妥当性確認のために、ウエスタンブロッティング分析を、6人の無作為に選出した健康対照者および6人の無作為に選出した心不全患者に対して実施した。
図11に示したとおり、S10A7およびIGHA2を個々の唾液サンプル中で検出した。S10A7は、6つの心不全患者のサンプルのうちの5つおよび6つの健康対照者のサンプルのうちの1つだけで検出された。それぞれのサンプルのバンド強度を、健康対照者の平均バンド強度に対して正規化した。SWATH‐MSからの結果と同様に、S10A7およびIGHA2の両方が、健康対照者サンプルと比較して、心不全患者サンプルにおいてより高いタンパク質量を実証した。心不全患者のS10A7の平均バンド強度は、健康対照者サンプルのそれより6倍高かった。IGHA2は、健康対照者サンプルと比較して、心不全患者サンプルにおいてより高い存在量を有したが(1.06:1)、有意差は観察されなかった。最初のスクリーニングにおける所見とは対照的に、健康対照者と患者のサンプル中のKLK1の発現は類似していた(1:0.98)。CAMP発現もまた、対照に比べて心不全患者においてより高い発現があり異なっていた(1:1.452)。TCPDおよびDLDHは、ウエスタンブロッティングでは検出されなかった。
【0075】
この明細書を通じた「一実施形態」または「ある実施形態」に対する言及は、その実施形態に関連して説明される特定の特性、構造、または特徴が、本発明の少なくとも1つの実施形態に含まれることを意味する。よって、この明細書中の様々な位置の「一実施形態において」または「ある実施形態において」という語句の出現は、同じ実施形態を必ずすべてに言及するというわけではない。さらに、特定の特性、構造、または特徴が、1もしくは複数の組み合わせにおいて任意の好適な様式で組み合わせられてもよい。
【0076】
法令に従って、本発明は、構造的または系統的特徴に関して多少特有の言語で記載されている。本明細書中に記載した手段は、本発明を実施するのに好ましい形態を含むので、本発明が図示または記載された特定の特徴に限定されないことは理解されるべきである。そのため、本発明は、当業者によって適切に解釈される(もしあれば)添付の特許請求の範囲の適切な範囲内の任意のその形態または修飾で主張される。
【0077】
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