(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-05
(45)【発行日】2024-01-16
(54)【発明の名称】細胞凝集体、細胞凝集体の混合物及びそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/0793 20100101AFI20240109BHJP
【FI】
C12N5/0793
(21)【出願番号】P 2019572319
(86)(22)【出願日】2019-02-18
(86)【国際出願番号】 JP2019005914
(87)【国際公開番号】W WO2019160148
(87)【国際公開日】2019-08-22
【審査請求日】2022-02-07
(31)【優先権主張番号】P 2018027455
(32)【優先日】2018-02-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002912
【氏名又は名称】住友ファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100140888
【氏名又は名称】渡辺 欣乃
(74)【代理人】
【識別番号】100215957
【氏名又は名称】田村 明照
(72)【発明者】
【氏名】吉田 賢司
(72)【発明者】
【氏名】吉川 学
(72)【発明者】
【氏名】関谷 明香
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/034012(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/183736(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0265652(US,A1)
【文献】米サイトノーム社と独占的商品販売代理店契約を締結,IK INABATA 「最新情報」(ニュースリリース),[検索日 2019.04.24],稲畑産業株式会社 [オンライン],2017年09月06日,https://www.inabata.co.jp/news/entry-56.html
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞凝集体の混合物の培養時における細胞死を抑制する方法であって、
該細胞凝集体の混合物を、以下の工程(1)~(3)を備える方法により製造することを含み、
該細胞凝集体の混合物は、
ドーパミン産生神経前駆細胞を含み、1000個以上の細胞からなる細胞凝集体の混合物である、方法:
(1)複数の
人工多能性幹細胞を第一の分化誘導因子存在下で分化誘導し、第一分化段階にある神経前駆細胞を1以上含む複数の細胞を得る工程;
(2)工程(1)で得られた複数の細胞から第一分化段階にある神経前駆細胞を
、マイクロ流路方式セルソーターを用いて選択的に分離する工程であって、
液体媒体の連続的な流れの中に、工程(1)で得られた複数の細胞を浮遊させること、及び
第一分化段階にある神経前駆細胞を識別し、第一分化段階にある神経前駆細胞とそうでない細胞とを、別々の液体媒体の連続的な流れへ流れるように分離することを含む、工程;並びに
(3)工程(2)で分離された第一分化段階にある神経前駆細胞を第二の分化誘導因子存在下で培養して、細胞凝集体の混合物を得る工程。
【請求項2】
以下の工程:
(1)複数の
人工多能性幹細胞を第一の分化誘導因子存在下で分化誘導し、第一分化段階にある中脳底板へ運命づけられた神経前駆細胞を1以上含む複数の細胞を得る工程;
(2)工程(1)で得られた複数の細胞から第一分化段階にある前記神経前駆細胞を
、マイクロ流路方式セルソーターを用いて選択的に分離する工程であって、
液体媒体の連続的な流れの中に、工程(1)で得られた複数の細胞を浮遊させること、及び
第一分化段階にある前記神経前駆細胞に特異的な指標を識別し、第一分化段階にある前記神経前駆細胞とそうでない細胞とを、別々の液体媒体の連続的な流れへ流れるように分離することを含む、工程;並びに
(3)工程(2)で分離された第一分化段階にある前記神経前駆細胞を第二の分化誘導因子存在下で培養して、細胞凝集体の混合物を得る工程を備える、
ドーパミン産生神経前駆細胞を含む細胞凝集体の混合物の製造方法。
【請求項3】
細胞凝集体の混合物において、培養時に細胞死が抑制される、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
細胞凝集体の混合物において、細胞凝集体が、表面にデブリ層を有さず、顕微鏡下で細胞凝集体の境界線が明瞭な細胞凝集体である、請求項2又は3に記載の製造方法。
【請求項5】
第一分化段階にある前記神経前駆細胞に特異的な前記指標が、第一分化段階にある前記神経前駆細胞に特異的に発現するマーカーである、請求項
2~4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
細胞凝集体を14~20日間培養した場合に、培養終了時における細胞数が、培養開始時における細胞数の15%以上である、請求項
2~5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
細胞凝集体を14~20日間培養した場合に、培養終了時における細胞数が、培養開始時における細胞数の50%以上である、請求項
6に記載の製造方法。
【請求項8】
工程(2)において、第一分化段階にある神経前駆細胞が閉鎖系で分離される、請求項
2~
7のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項9】
第一分化段階にある神経前駆細胞が、Corin及び/又はLrtm1陽性の細胞である、請求項
2~
8のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞凝集体等の接着性細胞集団、当該細胞集団の混合物及びそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パーキンソン病は、中脳黒質のドーパミン産生神経細胞の脱落によって起きる神経変性疾患であり、現在、世界中で約400万人の罹患者がいる。パーキンソン病の治療として、L-DOPAもしくはドーパミンアゴニストによる薬物治療、定位脳手術による凝固術、深部電気刺激治療、及び胎児中脳移植などが行われている。胎児中脳移植は、その供給源の組織の倫理的な問題があるとともに、感染の危険性も高い。
【0003】
近年、胚性幹細胞(ES細胞)及び人工多能性幹細胞(iPS細胞)などの多能性幹細胞から分化誘導したドーパミン産生神経細胞又はその前駆細胞であるドーパミン産生神経前駆細胞を用いた治療法が提案されており(非特許文献1)、その製造方法が報告されている。具体的には、ドーパミン産生神経前駆細胞の製造方法として、ドーパミン産生神経細胞又はドーパミン産生神経前駆細胞のマーカーとなる因子(具体的にはCorin又はLrtm1)により移植に適した細胞を選別する工程を含む方法が提案されているが(特許文献1、非特許文献2及び非特許文献3)、ロット差の影響を少なくして品質均一性を確保し、産生効率を上げるために、更なる改良が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Wernig M, et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2008, 105: 5856-5861
【文献】Doi D, et al., Stem Cell Reports. 2014, 2: 337-350
【文献】Samata B, et al., Nature communication. 2016, 7: 1-11
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、大きさ及び形状の点において良好な神経細胞の細胞凝集体等の接着性細胞集団、当該細胞集団を含む高い均一性を有する細胞凝集体もしくは細胞集団の混合物及びそれらの製造方法、具体的にはドーパミン産生神経前駆細胞を含む細胞凝集体、高い均一性を有する当該細胞凝集体の混合物、及びそれらの製造方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、液体媒体の連続的な流れの中に、複数の細胞を浮遊させ、当該細胞を目的の神経前駆細胞とそうでない細胞とに、別々の液体媒体の連続的な流れへ流れるように分離する工程を経て目的の神経前駆細胞を選別し、これを培養して神経系細胞を含む細胞凝集体を製造することにより、細胞数や細胞の状態を適正に管理することが求められる、ヒト移植用に適した数の神経系細胞を含む細胞凝集体、及び当該細胞凝集体の均一な混合物を得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下に関する。
[1]
FOXA2陽性又はTUJ1陽性の神経系細胞を含み、
1000個以上の細胞を含む、細胞凝集体。
[2]
FOXA2陽性又はTUJ1陽性の神経系細胞を、全細胞数の約70%以上含む、[1]に記載の細胞凝集体。
[3]
培養時に細胞死が抑制され得る、[1]又は[2]に記載の細胞凝集体。
[4]
以下から選択される少なくとも一つの特徴を更に有する、[1]~[3]のいずれかに記載の細胞凝集体:
(a1)円相当径が100μm~2000μmであること、
(a2)包絡度が0.5以上であること、
(a3)フェレ径比が0.5以上であること、及び
(a4)円形度が0.3以上であること。
[5]
表面にデブリ層を有さず顕微鏡下で細胞凝集体の境界線が明瞭である、[1]~[4]のいずれかに記載の細胞凝集体。
[6]
複数の細胞凝集体の混合物であって、[1]~[5]のいずれかに記載の細胞凝集体を全細胞凝集体数の50%以上含む、細胞凝集体の混合物。
[7]
円形度、最小径、最大径、垂直フェレ径もしくは水平フェレ径、フェレ径比、円相当径、周囲長、面積、及び、周囲長の包絡度もしくは面積の包絡度からなる群より選択される指標のうち1以上の指標において、15%以下の変動係数を有する、[6]に記載の細胞凝集体の混合物。
[8]
接着性細胞集団の混合物の製造方法であって、
(1)複数の幹細胞を第一の分化誘導因子存在下で分化誘導し、第一分化段階にある神経前駆細胞を1以上含む複数の細胞を得る工程;
(2)工程(1)で得られた複数の細胞から第一分化段階にある神経前駆細胞を選択的に分離する工程であって、
液体媒体の連続的な流れの中に、工程(1)で得られた複数の細胞を浮遊させること、及び
第一分化段階にある神経前駆細胞を識別し、第一分化段階にある神経前駆細胞とそうでない細胞とを、別々の液体媒体の連続的な流れへ流れるように分離することを含む、工程;並びに
(3)工程(2)で分離された第一分化段階にある神経前駆細胞を第二の分化誘導因子存在下で培養して、接着性細胞集団の混合物を得る工程であって、
接着性細胞集団の混合物は、以下の(b1)及び(b2)の特徴を有する接着性細胞集団を、全接着性細胞集団数の50%以上含む工程を備える、製造方法:
(b1)第二分化段階にある神経系細胞を含むこと、及び
(b2)1000個以上の細胞を含むこと。
[9]
(b1)及び(b2)の特徴を有する接着性細胞集団が、培養時に細胞死が抑制され得る、[8]に記載の製造方法。
[10]
接着性細胞集団を14~20日間培養した場合に、培養終了時における細胞数が、培養開始時における細胞数の5%以上、好ましくは10%以上である、[9]に記載の製造方法。
[11]
接着性細胞集団の混合物が細胞凝集体の混合物である、[8]~[10]のいずれかに記載の製造方法。
[12]
接着性細胞集団が細胞凝集体であり、上記(b1)及び(b2)の特徴を有する細胞凝集体の円相当径が100μm~2000μmである、[11]に記載の製造方法。
[13]
(b1)及び(b2)の特徴を有する接着性細胞集団が細胞凝集体であって、以下の特徴を更に有する、[12]に記載の製造方法:
(b3)包絡度が0.5以上であること
(b4)フェレ径比が0.5以上であること、及び
(b5)円形度が0.3以上であること。
[14]
細胞凝集体の混合物が、円形度、最小径、最大径、垂直フェレ径もしくは水平フェレ径、フェレ径比、円相当径、周囲長、面積、及び、周囲長の包絡度もしくは面積の包絡度からなる群より選ばれる指標のうち1以上の指標において、15%以下の変動係数を有する、[11]~[13]のいずれかに記載の製造方法。
[15]
工程(2)において、第一分化段階にある神経前駆細胞が、マイクロ流路方式セルソーターを用いて分離される、[8]~[14]のいずれかに記載の製造方法。
[16]
工程(2)において、第一分化段階にある神経前駆細胞が閉鎖系で分離される、[8~[15]のいずれかに記載の製造方法。
[17]
幹細胞が多能性幹細胞である、[8]~[16]のいずれかに記載の製造方法。
[18]
第一分化段階にある神経前駆細胞が、中脳底板へ運命づけられた神経前駆細胞である、[8]~[17]のいずれかに記載の製造方法。
[19]
第一分化段階にある神経前駆細胞が、Corin及び/又はLrtm1陽性の細胞である、[18]に記載の製造方法。
[20]
第二分化段階にある神経系細胞が、TUJ1、OTX2、FOXA2、LMX1A、LMX1B、EN1、Nurr1、PITX3、DAT、GIRK2及びTHからなる群より選ばれるマーカーの少なくとも1つについて陽性の神経系細胞である、[8]~[19]のいずれかに記載の製造方法。
[21]
第二分化段階にある神経系細胞が、FOXA2陽性かつTUJ1陽性のドーパミン産生神経前駆細胞である、[20]に記載の製造方法。
[22]
[8]~[21]のいずれかに記載の製造方法により得られる接着性細胞集団の混合物。
[23]
接着性細胞集団の製造方法であって、
[8]~[21]のいずれかに記載の製造方法により得られる接着性細胞集団の混合物から、上記(b1)及び(b2)の特徴を有する接着性細胞集団を分離する工程を備える、製造方法。
[24]
[23]に記載の製造方法により得られる接着性細胞集団。
[25]
[1]~[5]のいずれかに記載の細胞凝集体、[6]もしくは[7]に記載の細胞凝集体の混合物、[22]に記載の接着性細胞集団の混合物、又は[24]に記載の接着性細胞集団のいずれかを含む、移植用医薬組成物。
[26]
[1]~[5]のいずれかに記載の細胞凝集体、[6]もしくは[7]に記載の細胞凝集体の混合物、[22]に記載の接着性細胞集団の混合物、又は[24]に記載の接着性細胞集団のいずれかを含む、神経系細胞の補充を必要とする疾患の治療剤。
[27]
[1]~[5]のいずれかに記載の細胞凝集体、[6]もしくは[7]に記載の細胞凝集体の混合物、[22]に記載の接着性細胞集団の混合物、又は[24]に記載の接着性細胞集団のいずれかを、患者の中枢神経に移植する工程を含む、神経系細胞の補充を必要とする疾患の治療方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、大きさ及び形状の点において良好な神経細胞の細胞凝集体等の接着性細胞集団、当該細胞集団を含む高い均一性を有する接着性細胞集団の混合物及びそれらの製造方法を提供することができる。本発明によれば、医薬品として求められる程度の、細胞凝集体等の接着性細胞集団の均一性を達成することが可能となり、例えばヒトへの移植に適した神経系細胞を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、ヒトiPS細胞をドーパミン産生神経前駆細胞へ分化誘導するためのプロトコールを示す。
【
図2】
図2は、Jazz又はGigasortを用いてソーティングを行った各細胞群について、第二分化段階の浮遊培養時の16、20、24、28日目(day 16、day 20、day 24、day 28)の細胞凝集体顕微鏡観察像(n=3)を示す。
【
図3】
図3は、分化誘導開始後28日目(day 28)の細胞凝集体のデジタルマイクロスコープでの形態観察像を示す。(A)はJazz、(B)はGigasortの結果を示す。
【
図4】
図4は、
図3における各細胞凝集体について、各円相当径(A)、包絡度(B)、面積(C)、フェレ径比(D)及び円形度(E)を測定し、Jazz(薄灰色)とGigasort(濃灰色)で比較したグラフを示す。
【
図5】
図5は、
図3における各細胞凝集体について、各最小径、周囲長、フェレ径(水平)、フェレ径(垂直)、フェレ径比、包絡度(面積)、包絡度(周囲長)面積、最大径、円形度、円相当径をそれぞれ測定し、変動係数(CV値)を算出し、Jazz(薄灰色)とGigasort(濃灰色)で比較したグラフを示す。
【
図6】
図6は、分化誘導開始後28日目(day 28)の抗FOXA2抗体、抗Nurr1抗体、抗TH抗体及びDAPIを用いて得られた免疫染色像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
I.定義
〔細胞集団〕
本明細書において、接着性細胞集団とは、複数の細胞同士が接着して形成される細胞の塊をいい、細胞が三次元方向に生物学的に結合(すなわち接着)した三次元の接着性細胞集団、及び細胞が二次元方向に生物学的に結合した二次元の接着性細胞集団を含む概念である。
【0012】
三次元の接着性細胞集団は、細胞凝集体(Cell Aggregate)ともいい、立体構造を形成している細胞の塊であれば特に限定は無く、球状であっても非球状であってもよい。本明細書における細胞凝集体は、好ましくは球状に近い立体的な形を有する細胞凝集体である。球状に近い立体的な形は、三次元構造を有する形であって、二次元面に投影したときに、例えば、円形又は楕円形を示す。
【0013】
二次元の接着性細胞集団は、細胞シートともいい、単層又は重層の細胞が平面的に接着して形成される単層又は重層の構造体であれば、特に限定はない。接着培養で製造されたものも、非接着培養で製造されたものも共に、本明細書における細胞シートに含まれる。
【0014】
本明細書において、「接着性細胞集団の混合物」又は「細胞凝集体の混合物」とは、接着性細胞集団もしくは細胞凝集体が2以上存在している態様(組成物)を表す。接着性細胞集団もしくは細胞凝集体は、それぞれ容器内において培地等の液体状媒体に浮遊しているか、容器に付着しているか、及び容器の底に沈降しているか、いずれの状態であってもよい。また、凍結された接着性細胞集団もしくは細胞凝集体も、本明細書における接着性細胞集団もしくは細胞凝集体の混合物に含まれる。
【0015】
本明細書における細胞(細胞凝集体、細胞シート、細胞集団等における細胞を含む)とは、哺乳動物の細胞であり、好ましくはげっ歯類(例、マウス、ラット)又は霊長類(例、ヒト、サル)の細胞であり、より好ましくはヒトの細胞である。
【0016】
〔神経系細胞〕
本明細書において、神経系細胞(Neural Cell)としては、例えば中枢神経系の神経系細胞、又は、自律神経の神経系細胞もしくは運動神経や感覚器系の神経系細胞などの末梢神経系細胞など、あらゆる神経系細胞が挙げられ、神経系細胞には、神経細胞、神経堤由来細胞、グリア細胞、オリゴデンドロサイト、ミクログリア、及びそれらの幹細胞もしくは前駆細胞等が含まれる。
【0017】
本明細書において、FOXA2陽性又はTUJ1陽性の神経系細胞は、FOXA2又はTUJ1を検出可能なレベルで発現している神経系細胞であれば特に限定はない。当該神経系細胞としては神経幹細胞、神経前駆細胞、神経細胞、中脳腹側部由来神経前駆細胞、ドーパミン産生神経前駆細胞、ドーパミン産生神経細胞、GABA神経前駆細胞、GABA神経細胞、コリン神経前駆細胞、コリン神経細胞、グルタミン酸神経前駆細胞、グルタミン酸神経細胞、網膜細胞(視細胞、視細胞前駆細胞、網膜色素上皮細胞等を含む)、角膜細胞等が挙げられる。
【0018】
詳しくは、FOXA2陽性でTUJ1陰性の神経系細胞としては、例えば、神経幹細胞、神経前駆細胞、及び中脳腹側部由来神経前駆細胞が挙げられる。
FOXA2陰性でTUJ1陽性の神経系細胞としては、例えば、GABA神経前駆細胞、GABA神経細胞、コリン神経前駆細胞、コリン神経細胞、グルタミン酸神経前駆細胞、グルタミン酸神経細胞、網膜細胞(視細胞、視細胞前駆細胞、網膜色素上皮細胞等を含む)、及び角膜細胞が挙げられる。
FOXA2陽性及びTUJ1陽性の神経系細胞としては、ドーパミン産生神経前駆細胞及びドーパミン産生神経細胞等の神経細胞が挙げられる。
【0019】
本明細書において、ドーパミン産生神経前駆細胞は、特に断りがなければ、ドーパミン産生神経細胞又はドーパミン作動性ニューロンなどを含んでもよい。ドーパミン産生神経前駆細胞は、FOXA2陽性及びTUJ1陽性であり、更に好ましくは、OTX2、LMX1A、LMX1B、EN1、Nurr1、PITX3、DAT、GIRK2及びTHのうちの1以上が陽性の細胞を含有する。
【0020】
神経系細胞の他の態様として、FOXA2、TUJ1、OTX2、LMX1A、LMX1B、EN1、Nurr1、PITX3、DAT、GIRK2及びTHの少なくとも1つが陽性の神経系細胞が挙げられる。
【0021】
ヒトFOXA2としては、NCBIアクセッション番号NM_021784又はNM_153675で示されるポリヌクレオチド及びこれらがコードするタンパク質が挙げられる。
ヒトTUJ1(Neuron-specific class III beta-tubulin)としては、NCBIアクセッション番号NM_006086又はNM_001197118で示されるポリヌクレオチド及びこれらがコードするタンパク質が挙げられる。
ヒトOTX2としては、NCBIアクセッション番号NM_021728、NM_172337、NM_001270523、NM_001270524又はNM_001270525で示されるポリヌクレオチド及びこれらがコードするタンパク質が挙げられる。
ヒトLMX1Aとしては、NCBIアクセッション番号NM_001174069又はNM_177398で示されるポリヌクレオチド及びこれらがコードするタンパク質が挙げられる。
ヒトLMX1Bとしては、NCBIアクセッション番号NM_002316、NM_001174146又はNM_001174147で示されるポリヌクレオチド及びこれらがコードするタンパク質が挙げられる。
ヒトEN1としては、NCBIアクセッション番号NM_001426で示されるポリヌクレオチド及びこれがコードするタンパク質が挙げられる。
ヒトNurr1としては、NCBIアクセッション番号NM_006186で示されるポリヌクレオチド及びこれがコードするタンパク質が挙げられる。
ヒトPITX3としては、NCBIアクセッション番号NM_005029で示されるポリヌクレオチド及びこれがコードするタンパク質が挙げられる。
ヒトDAT(SLC6A3)としては、NCBIアクセッション番号NM_001044で示されるポリヌクレオチド及びこれがコードするタンパク質が挙げられる。
ヒトGIRK2(KCNJ6)としては、NCBIアクセッション番号NM_002240で示されるポリヌクレオチド及びこれがコードするタンパク質が挙げられる。
ヒトTHとしては、NCBIアクセッション番号NM_000360、NM_199292又はNM_199293で示されるポリヌクレオチド及びこれらがコードするタンパク質が挙げられる。
【0022】
〔神経前駆細胞〕
神経前駆細胞とは、より分化が進んだ神経系細胞に分化誘導され得る前駆細胞を意味する。神経前駆細胞は、中枢神経系の神経系細胞、又は、自律神経の神経系細胞もしくは運動神経や感覚器系の神経系細胞などの末梢神経系の神経系細胞等、神経細胞を含むあらゆる神経系細胞へ分化され得る。
【0023】
〔幹細胞〕
本明細書において、幹細胞とは、多分化能(複数種類の細胞へ分化し得る能力)と自己複製能の両方を有し、際限なく増殖可能な細胞である。幹細胞としては、例えば、胚性の幹細胞(ES細胞);骨髄、血液、皮膚(表皮、真皮、皮下組織)由来の細胞から遺伝子導入等により人工的に作製された人工多能性幹細胞(iPS細胞)等の多能性幹細胞、並びに、脂肪、毛包、脳、神経、肝臓、膵臓、腎臓、筋肉及びその他の組織に存在し、特定された複数種類の細胞に分化する体性の幹細胞が挙げられる。
【0024】
〔多能性幹細胞〕
本明細書における多能性幹細胞は、生体に存在するすべての細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、増殖能をも併せもつ幹細胞であれば、特に限定されない。
多能性幹細胞は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞、体細胞等から誘導することができる。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞:Embryonic stem cell)、EG細胞(Embryonic germ cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)等を挙げることができる。間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell;MSC)から得られるMuse細胞(Multi-lineage differentiating stress enduring cell)及び生殖細胞(例えば精巣)から作製される精子幹細胞(GS細胞)も多能性幹細胞に包含される。胚性幹細胞は、1981年に初めて樹立され、1989年以降ノックアウトマウス作製にも応用されている。1998年にはヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。胚性幹細胞は、内部細胞塊をフィーダー細胞上又はLIF(白血病抑制因子)を含む培地中で培養することによって製造することができる。胚性幹細胞の製造方法は、例えば、WO96/22362、WO02/101057、US5,843,780、US6,200,806、US6,280,718等に記載されている。胚性幹細胞は、所定の機関から入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所から入手可能である。ヒト胚性幹細胞であるRx::GFP株(KhES-1株由来)は、国立研究開発法人理化学研究所から入手可能である。マウス胚性幹細胞であるEB5細胞株及びD3細胞株は、それぞれ国立研究開発法人理化学研究所及びATCCから入手可能である。
【0025】
胚性幹細胞の一つである核移植胚性幹細胞(ntES細胞)は、核を取り除いた卵子に体細胞の核を移植して作ったクローン胚から樹立することができる。
EG細胞は、始原生殖細胞をmSCF、LIF及びbFGFを含む培地中で培養することによって製造することができる(Cell,70:841-847,1992)。
【0026】
本明細書における「人工多能性幹細胞」とは、体細胞を、公知の方法等によって初期化(reprogramming)することで、多能性を誘導した細胞である。具体的には、線維芽細胞、又は末梢血単核球等の分化した体細胞を、Oct3/4、Sox2、Klf4、Myc(c-Myc、N-Myc、L-Myc)、Glis1、Nanog、Sall4、Lin28、Esrrb等を含む初期化遺伝子群から選ばれる複数の遺伝子の組合せのいずれかの発現によって初期化して、多分化能を誘導した細胞が挙げられる。好ましい初期化因子の組み合わせとしては、(1)Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMyc(c-Myc又はL-Myc)、(2)Oct3/4、Sox2、Klf4、Lin28及びL-Myc(Stem Cells,2013;31:458-466)を挙げることが出来る。
【0027】
人工多能性幹細胞は、2006年、山中らによってマウス細胞で樹立された(Cell,2006,126(4),pp.663-676)。人工多能性幹細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、胚性幹細胞と同様に多能性と自己複製能を有する(Cell,2007,131(5),pp.861-872;Science,2007,318(5858),pp.1917-1920;Nat. Biotechnol.,2008,26(1),pp.101-106)。
【0028】
人工多能性幹細胞は、遺伝子発現による直接初期化で製造する方法以外に、化合物の添加等によって体細胞から人工多能性幹細胞を誘導する方法によっても製造することができる(Science,2013,341,pp.651-654)。
【0029】
また、株化された人工多能性幹細胞を入手することも可能であり、例えば、京都大学で樹立された201B7細胞、201B7-Ff細胞、253G1細胞、253G4細胞、1201C1細胞、1205D1細胞、1210B2細胞、1231A3細胞等のヒト人工多能性幹細胞細胞株が、京都大学から入手可能である。株化された人工多能性幹細胞として、例えば、京都大学で樹立されたFf-I01細胞、Ff-I01s04細胞、QHJ-I01及びFf-I14細胞が、京都大学から入手可能である。
【0030】
人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる体細胞としては、特に限定は無いが、組織由来の線維芽細胞、血球系細胞(例えば、末梢血単核球(PBMC)、T細胞)、肝細胞、膵臓細胞、腸上皮細胞、平滑筋細胞等が挙げられる。
【0031】
人工多能性幹細胞を製造する際に、数種類の遺伝子の発現によって初期化する場合、遺伝子を発現させるための手段は特に限定されない。上記手段としては、ウイルスベクター(例えば、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクター、アデノウイルスベクター、又はアデノ随伴ウイルスベクター)を用いた感染法、プラスミドベクター(例えば、プラスミドベクター、又はエピソーマルベクター)を用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、レトロネクチン法、又はエレクトロポレーション法)、RNAベクターを用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、又はエレクトロポレーション法)、タンパク質の直接注入法(例えば、針を用いた方法、リポフェクション法、又はエレクトロポレーション法)等が挙げられる。
【0032】
人工多能性幹細胞は、フィーダー細胞存在下又はフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)で製造できる。フィーダー細胞存在下で人工多能性幹細胞を製造する際には、公知の方法で、未分化維持因子存在下で人工多能性幹細胞を製造できる。フィーダー細胞非存在下で人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる培地としては、特に限定は無いが、公知の胚性幹細胞及び/又は人工多能性幹細胞の維持培地、又はフィーダーフリーで人工多能性幹細胞を樹立するための培地を用いることができる。フィーダーフリーで人工多能性幹細胞を樹立するための培地としては、例えばEssential 8培地(E8培地)、Essential 6培地、TeSR培地、mTeSR培地、mTeSR-E8培地、Stabilized Essential 8培地、StemFit培地等のフィーダーフリー培地を挙げることができる。人工多能性幹細胞を製造する際、例えば、フィーダーフリーで体細胞に、センダイウイルスベクターを用いて、Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMycの4因子を遺伝子導入することで、人工多能性幹細胞を作製することができる。
【0033】
本発明に用いる多能性幹細胞は、哺乳動物の多能性幹細胞であり、好ましくはげっ歯類(例、マウス又はラット)又は霊長類(例、ヒト又はサル)の多能性幹細胞であり、より好ましくはヒト又はマウス多能性幹細胞、さらに好ましくはヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)又はヒト胚性幹細胞(ES細胞)である。
【0034】
〔分化誘導因子〕
分化誘導因子としては、幹細胞から神経系細胞(第一分化段階にある神経前駆細胞及び第二分化段階にある神経系細胞を含む)へ分化誘導させるために細胞内シグナル伝達を調整する因子を意味する。神経系細胞の種類によって、当業者に周知の分化誘導因子を適宜選択することができる。
【0035】
例えば、多能性幹細胞からCorin及び/又はLrtm1陽性細胞への分化誘導に用いられる分化誘導因子としては、BMP阻害剤、TGFβ阻害剤、SHHシグナル刺激剤、FGF8及びGSK3β阻害剤を例示することができる。
【0036】
また、Corin及び/又はLrtm1陽性細胞からドーパミン産生神経前駆細胞への分化誘導に用いられる分化誘導因子としては、神経栄養因子等を挙げることができる。
【0037】
〔BMP阻害剤〕
本明細書において、BMP阻害剤とは、BMPに起因するシグナル伝達を阻害する物質であれば特に限定は無く、核酸、タンパク質、又は低分子有機化合物のいずれであってもよい。ここでBMPとしては、BMP2、BMP4、BMP7及びGDF7が挙げられる。BMP阻害剤として、BMPに直接作用する物質(例えば抗体、アプタマー等)、BMPをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、BMP受容体(BMPR)とBMPの結合を阻害する物質、BMP受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質を挙げることができる。BMPRとして、ALK2又はALK3を挙げることができる。BMPシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができ、コルジン(Chordin)、ノギン(Noggin)、フォリスタチン(Follistatin)などのタンパク質性阻害剤、ドルソモルフィン(Dorsomorphin)(すなわち、6-[4-(2-piperidin-1-yl-ethoxy)phenyl]-3-pyridin-4-yl-pyrazolo[1,5-a]pyrimidine)及びその誘導体(P. B. Yu et al. (2007), Circulation, 116:II_60; P.B. Yu et al. (2008), Nat. Chem. Biol., 4:33-41; J. Hao et al. (2008), PLoS ONE, 3(8):e2904)、並びにLDN193189(すなわち、4-(6-(4-(piperazin-1-yl)phenyl)pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl)quinoline;4-[6-(4-ピペラジン-1-イルフェニル)ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル]キノリン)が例示される。ここでLDN193189は、BMPR(ALK2/3)阻害剤(以下、BMPR阻害剤)として周知であり、例えば塩酸塩の形態で市販されている。ドルソモルフィン及びLDN193189は、それぞれSigma-Aldrich社及びStemgent社から入手可能である。BMP阻害剤として、これら一種又は二種以上を適宜選択して使用してもよい。本発明で使用されるBMP阻害剤は、好ましくは、LDN193189であり得る。
【0038】
〔TGFβ阻害剤〕
本明細書において、TGFβ阻害剤とは、TGFβのTGFβの受容体への結合からSMADへと続くシグナル伝達を阻害する物質であり、起因するシグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定は無く、核酸、タンパク質、又は低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えば、TGFβに直接作用する物質(例えば、タンパク質、抗体、アプタマー等)、TGFβをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、TGFβ受容体とTGFβの結合を阻害する物質、及びTGFβ受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質(例えば、TGFβ受容体の阻害剤、Smadの阻害剤等)を挙げることができる。受容体であるALKファミリーへの結合を阻害する物質、又はALKファミリーによるSMADのリン酸化を阻害する物質が挙げられ、例えば、Lefty-1(NCBIアクセッション番号として、マウス:NM_010094、ヒト:NM_020997が例示される)、Lefty-2(NCBIアクセッション番号として、マウス:NM_177099、ヒト:NM_003240及びNM_001172425が例示される)、SB431542、SB202190(以上、R.K.Lindemann et al., Mol. Cancer, 2003, 2:20)、SB505124(GlaxoSmithKline)、NPC30345、SD093、SD908、SD208(Scios)、LY2109761、LY364947、LY580276(Lilly Research Laboratories)、A83-01(WO2009/146408)及びこれらの誘導体などが例示される。本発明で使用されるTGFβ阻害剤として、好ましくはSB431542(4-(5-ベンゾール[1,3]ジオキソール-5-イル-4-ピリジン-2-イル-1H-イミダゾール-2-イル)-ベンズアミド)又はA-83-01(3-(6-メチル-2-ピリジニル)-N-フェニル-4-(4-キノリニル)-1H-ピラゾール-1-カルボチオアミド)が挙げられ、これらは、TGFβ受容体(ALK5)及びActivin受容体(ALK4/7)の阻害剤として公知である。TGFβ阻害剤として、これら一種又は二種以上を適宜選択して使用してもよい。本発明で使用されるTGFβ阻害剤は、更に好ましくは、A83-01であり得る。
【0039】
尚、TGFβ阻害剤やBMP阻害剤等のSMADシグナル伝達阻害活性は、当業者に周知の方法、例えばSmadのリン酸化をウェスタンブロッティング法で検出することで決定できる(Mol Cancer Ther. (2004) 3, 737-45.)。
【0040】
〔SHHシグナル刺激剤〕
本明細書において、SHH(Sonic hedgehog;ソニック・ヘッジホッグ)シグナル刺激剤としては、SHHが受容体であるPatched(Ptch1)に結合して引き起こされるSmoothened(Smo)の脱抑制及びさらに続くGli2の活性化を引き起こす物質として定義され、例えば、Hedgehogファミリーに属するタンパク質、具体的にはSHHもしくはIHH(Indian Hedgehog;インディアン・ヘッジホッグ)、SHH受容体、SHH受容体アゴニスト、Hh-Ag1.5(Li, X., et al., Nature Biotechnology, 23, 215~ 221 (2005).)、Smoothened Agonist、SAG(N-Methyl-N’-(3-pyridinylbenzyl)-N’-(3-chlorobenzo[b]thiophene-2-carbonyl)-1,4-diaminocyclohexane;N-メチル-N’-(3-ピリジニルベンジル)-N’-(3-クロロベンゾ[b]チオフェン-2-カルボニル)-1,4-ジアミノシクロヘキサン)、20-ヒドロキシコレステロール(20a-hydroxycholesterol)、パルモルファミン(Purmorphamine、PMA;9-シクロヘキシル-N-[4-(4-モルホリニル)フェニル]-2-(1-ナグタレニルオキシ)-9H-プリン-6-アミン)、及びこれらの誘導体などが例示される(Stanton BZ, Peng LF., Mol Biosyst. 6:44-54, 2010)。SHHシグナル刺激剤として、これら一種又は二種以上を適宜選択して使用してもよい。
【0041】
本発明で使用されるSHHシグナル刺激剤として、好ましくは、SHHタンパク質(Genbankアクセッション番号:NM_000193、NP_000184)、パルモルファミン、及びSAGが挙げられる。本発明で使用されるSHHシグナル刺激剤として、更に好ましくは、パルモルファミンであり得る。
【0042】
〔FGF8〕
本明細書において、FGF8とは、特に限定されないが、ヒトFGF8の場合、FGF8a、FGF8b、FGF8e又はFGF8fの4つのスプライシングフォームが例示され、より好ましくは、FGF8bである。FGF8は、例えばWako社やR&D systems社等から市販されており容易に利用することが可能であるが、当業者に公知の方法によって細胞へ強制発現させることによって得てもよい。
【0043】
〔GSK3β阻害剤〕
本明細書において、GSK3β阻害剤とは、GSK3βタンパク質のキナーゼ活性(例えば、βカテニンに対するリン酸化能)を阻害する物質として定義され、既に多数のものが知られているが、例えば、インジルビン誘導体であるBIO(別名、GSK3β阻害剤IX;6-ブロモインジルビン3’-オキシム)、マレイミド誘導体であるSB216763(3-(2,4-ジクロロフェニル)-4-(1-メチル-1H-インドール-3-イル)-1H-ピロール-2,5-ジオン)、フェニルαブロモメチルケトン化合物であるGSK3β阻害剤VII(4-ジブロモアセトフェノン)、細胞膜透過型のリン酸化ペプチドであるL803-mts(別名、GSK3βペプチド阻害剤;Myr-N-GKEAPPAPPQpSP-NH2(配列番号1))及び高い選択性を有するCHIR99021(6-[2-[4-(2,4-Dichlorophenyl)-5-(4-methyl-1H-imidazol-2-yl)pyrimidin-2-ylamino]ethylamino]pyridine-3-carbonitrile)が挙げられる。GSK3β阻害剤として、これら一種又は二種以上を適宜選択して使用してもよい。これらの化合物は、例えばCalbiochem社やBiomol社等から市販されており容易に利用することが可能であるが、他の入手先から入手してもよく、あるいはまた自ら作製してもよい。本発明で使用されるGSK3β阻害剤は、好ましくは、CHIR99021であり得る。
【0044】
〔細胞外マトリクス〕
本明細書において、細胞外マトリクス(細胞外基質ともいう)とは、細胞の外に存在する超分子構造体であり、天然由来であっても、人工物(組換え体)であってもよい。例えば、コラーゲン、プロテオグリカン、フィブロネクチン、ヒアルロン酸、テネイシン、エンタクチン、エラスチン、フィブリリン及びラミニンといった物質又はこれらの断片が挙げられる。これらの細胞外基質は、組み合わせて用いられてもよく、例えば、BD Matrigel(商標)などの細胞からの調製物であってもよい。好ましくは、ラミニン又はその断片である。本明細書においてラミニンとは、α鎖、β鎖、γ鎖をそれぞれ1本ずつ持つヘテロ三量体構造を有するタンパク質であり、サブユニット鎖の組成が異なるアイソフォームが存在する細胞外マトリックスタンパク質である。ラミニンは、5種のα鎖、4種のβ鎖及び3種のγ鎖のヘテロ三量体の組合せで約15種類のアイソフォームを有する。特に限定されないが、例えば、α鎖は、α1、α2、α3、α4又はα5であり、β鎖は、β1、β2、β3又はβ4であり、ならびにγ鎖は、γ1、γ2又はγ3が例示される。本発明において用いられるラミニンは、より好ましくは、α5、β1及びγ1からなるラミニン511である(Nat Biotechnol 28, 611-615 (2010))。
【0045】
本発明では、ラミニンは断片であってもよく、インテグリン結合活性を有している断片であれば、特に限定されないが、例えば、エラスターゼにて消化して得られる断片であるE8フラグメント(EMBO J., 3:1463-1468, 1984、J. Cell Biol., 105:589-598, 1987)であってもよい。従って、本発明では、好ましくは、ラミニン511をエラスターゼで消化して得られる、WO2011/043405に記載されたラミニン511E8(好ましくはヒトラミニン511E8)が例示される。尚、本発明で用いられるラミニン511E8等のラミニンE8フラグメントは、ラミニンのエラスターゼ消化産物であることを要するものではなく、組換え体であってもよい。またラミニン511E8は市販されており、例えばニッピ株式会社等から購入可能である。
【0046】
未同定成分の混入を回避する観点から、本発明において用いられるラミニン又はラミニン断片は、好ましくは単離されている。
【0047】
〔神経栄養因子〕
本明細書において、神経栄養因子とは、運動ニューロンの生存と機能維持に重要な役割を果たしている膜受容体へのリガンドであり、例えば、神経成長因子(Nerve Growth Factor;NGF)、脳由来神経栄養因子(Brain-derived Neurotrophic Factor;BDNF)、神経栄養因子3(Neurotrophin 3、NT-3)、神経栄養因子4/5(Neurotrophin 4/5;NT-4/5)、神経栄養因子-6(Neurotrophin 6;NT-6)、塩基性線維芽細胞増殖因子(basic FGF)、酸性線維芽細胞増殖因子(acidic FGF)、線維芽細胞増殖因子-5(FGF-5)、上皮成長因子(Epidermal Growth Factor;EGF)、肝細胞成長因子(Hepatocyte Growth Factor;HGF)、インスリン様成長因子1(Insulin、Insulin Like Growth Factor 1;IGF 1)、インスリン様成長因子2(Insulin Like Growth Factor 2;IGF 2)、グリア細胞株由来神経栄養因子(Glia cell line-derived Neurotrophic Factor;GDNF)、TGF-β2、TGF-β3、インターロイキン-6(Interleukin 6;IL-6)、毛様体神経栄養因子(Ciliary Neurotrophic Factor;CNTF)及びLIFなどが挙げられる。また、これらの一種又は二種以上を適宜選択して用いてもよい。本発明において好ましい神経栄養因子は、GDNF及びBDNFから成るグループより選択される因子である。神経栄養因子は、例えばWako社やR&D systems社等から市販されており容易に利用することが可能であるが、当業者に公知の方法によって細胞へ強制発現させることによって得てもよい。
【0048】
〔ROCK阻害剤〕
本発明において、ROCK阻害剤とは、Rhoキナーゼ(ROCK)の機能を抑制できるものである限り特に限定されず、例えば、Y-27632(例えば、Ishizaki et al., Mol. Pharmacol. 57, 976-983 (2000);Narumiya et al., Methods Enzymol. 325,273-284 (2000)参照)、Fasudil/HA1077(例えば、Uenata et al., Nature 389: 990-994 (1997)参照)、H-1152(例えば、Sasaki et al., Pharmacol. Ther. 93: 225-232 (2002)参照)、Wf-536(例えば、Nakajima et al., Cancer Chemother Pharmacol. 52(4): 319-324 (2003)参照)及びそれらの誘導体、ならびにROCKに対するアンチセンス核酸、RNA干渉誘導性核酸(例えば、siRNA)、ドミナントネガティブ変異体、及びそれらの発現ベクターが挙げられる。また、ROCK阻害剤としては他の低分子化合物も知られているので、本発明においてはこのような化合物又はそれらの誘導体も使用できる(例えば、米国特許出願公開第20050209261号、同第20050192304号、同第20040014755号、同第20040002508号、同第20040002507号、同第20030125344号、同第20030087919号、及び国際公開第2003/062227号、同第2003/059913号、同第2003/062225号、同第2002/076976号、同第2004/039796号参照)。本発明では、1種又は2種以上のROCK阻害剤が使用され得る。本発明で使用されるROCK阻害剤は、好ましくは、Y-27632であり得る。
【0049】
〔培地〕
本明細書おいて細胞の培養に用いられる培地は、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として調製することができ、基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow’s Minimal Essential Medium(GMEM)培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、StemFit培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、Neurobasal培地又はこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地を挙げることができる。これらの基礎培地から、本発明の製造方法の各工程において使用される培地を調製することができる。
【0050】
本明細書において、多能性幹細胞を含む細胞集団の培養には用いられる培地は、多能性幹細胞の細胞死を抑制すべく、未分化維持因子を含む培地(未分化維持培地)であることが望ましい。また、多能性幹細胞を含む細胞集団の培養に用いられる培地は、フィーダーフリーの無血清培地であることが望ましい。当該培地は、例えば、基礎培地に未分化維持因子、血清代替物及び適宜栄養源等を添加することにより、調製することができる。具体的には、DMEM/F12培地にbFGF、KSR、非必須アミノ酸(non essential amino acid;NEAA)、L-グルタミン及び2-メルカプトエタノールを添加することにより、調製することができる。
【0051】
本明細書における「無血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味する。本発明では、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地も、無調整又は未精製の血清を含まない限り無血清培地に含まれる。
無血清培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物としては、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものを挙げることができる。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679に記載の方法により調製することができる。血清代替物としては市販品を利用してもよい。かかる市販の血清代替物としては、例えば、Life Technologies社(現ThermoFisher)製の、KnockOut Serum Replacement(KSR)、Chemically-defined Lipid concentrated、Glutamax、B-27 Supplement、N2 Supplement、ITS Supplementが挙げられる。
【0052】
無血清培地は、適宜、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。
【0053】
調製の煩雑さを回避するために、かかる無血清培地として、市販のKSRを適量(例えば、約0.5%から約30%、好ましくは約1%から約20%)添加した無血清培地(例えば、GMEM培地に約8%KSR、Chemically-defined Lipid concentratedを添加した培地)、又はNeurobasal培地に市販のB-27を適量(例えば、約0.1~5%)添加した無血清培地を使用してもよい。また、KSR同等品として特表2001-508302公報に開示された培地が挙げられる。
【0054】
培養は、好ましくは無血清培地中で行われる。無血清培地として、好ましくはKSR、又はB-27を含む無血清培地、又は、ゼノフリー条件の培地中で行われる。ここで「ゼノフリー」とは、培養対象の細胞の生物種とは異なる生物種由来の成分が排除された条件を意味する。
【0055】
本明細書において、フィーダー細胞とは、幹細胞を培養するときに共存させる当該幹細胞以外の細胞のことである。フィーダー細胞としては、例えば、マウス線維芽細胞(MEF等)、ヒト線維芽細胞、SNL細胞、STO細胞等が挙げられる。フィーダー細胞は、増殖抑制処理されたフィーダー細胞でもよく、ここで、増殖抑制処理としては、増殖抑制剤(例えば、マイトマイシンC)処理又はガンマ線照射もしくはUV照射等による処理が挙げられる。ただし、本発明ではフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)で培養を行うことが好ましい。
【0056】
本明細書において、フィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)とは、フィーダー細胞非存在下にて培養することである。フィーダー細胞非存在下とは、例えば、上記のようなフィーダー細胞を添加していない条件、又は、フィーダー細胞を実質的に含まない(例えば、全細胞数に対するフィーダー細胞数の割合が3%以下、好ましくは0.5%以下)の条件が挙げられる。
未分化維持培地として使用可能なフィーダーフリー培地として、多くの合成培地が開発・市販されており、例えばEssential 8培地が挙げられる。Essential 8培地は、DMEM/F12培地に、添加剤として、L-ascorbic acid-2-phosphate magnesium(64mg/l)、sodium selenium(14μg/l)、insulin(19.4mg/l)、NaHCO3(543mg/l)、transferrin(10.7mg/l)、bFGF(100ng/mL)、及び、TGFβ阻害剤(TGFβ1(2ng/mL)又はNodal(100ng/mL))を含む(Nature Methods, 8, 424-429 (2011))。市販のフィーダーフリー培地としては、例えば、Essential 8(Life Technologies社製;現ThermoFisher)、S-medium(DSファーマバイオメディカル社製)、StemPro(Life Technologies社製;現ThermoFisher)、hESF9(Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 Sep 9;105(36):13409-14)、mTeSR1(STEMCELL Technologies社製)、mTeSR2(STEMCELL Technologies社製)、TeSR-E8(STEMCELL Technologies社製が挙げられる。またこの他に、フィーダーフリー培地としては、StemFit(味の素社製)が挙げられる。上記工程(1)ではこれらを用いることにより、簡便に本発明を実施することが出来る。
【0057】
尚、本明細書において、「物質Xを含む培地」、「物質Xの存在下」とは、外来性(exogenous)の物質Xが添加された培地又は外来性の物質Xを含む培地、又は外来性の物質Xの存在下を意味する。すなわち、当該培地中に存在する細胞又は組織が当該物質Xを内在的(endogenous)に発現、分泌もしくは産生する場合、内在的な物質Xは外来性の物質Xとは区別され、外来性の物質Xを含んでいない培地は内在的な物質Xを含んでいても「物質Xを含む培地」の範疇には該当しないと解する。
【0058】
II.細胞凝集体及びその混合物
本発明の一態様として、FOXA2陽性又はTUJ1陽性の神経系細胞を含み、細胞凝集体1個あたりの細胞数が1000個以上である、細胞凝集体が挙げられる。細胞凝集体の混合物としては、複数の細胞凝集体の混合物であって、本発明の細胞凝集体を全細胞凝集体数の50%以上含む混合物である。
【0059】
当該細胞凝集体において、FOXA2陽性の神経系細胞又はTUJ1陽性の神経系細胞の数は、当該細胞凝集体又は当該細胞凝集体の由来物が生体に移植された場合に、当該神経系細胞の機能を発揮することができれば、特に限定はなく、当該神経系細胞の種類に依存するが、全細胞数の、好ましくは約70%以上、更に好ましくは約80%以上、より好ましくは約90%以上である。
【0060】
本発明の一態様として、FOXA2陽性かつTUJ1陽性の神経細胞を含み、細胞凝集体1個あたりの細胞数が1000個以上である、細胞凝集体が挙げられる。
【0061】
神経系細胞がドーパミン産生神経前駆細胞の場合、本発明における細胞凝集体は、好ましくは、FOXA2陽性かつTUJ1陽性の神経細胞を全細胞数の約50%以上、更に好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%以上含む。
【0062】
本発明の一態様において、細胞凝集体は、培養時に細胞死が抑制され得ることを特徴とする。ここで「培養時に細胞死が抑制され得る」とは、分化誘導因子等の存在下に37℃程度で細胞培養を行ったときに通常起こる神経細胞の細胞死が抑制され得ることを意味する。
【0063】
例えば、細胞凝集体を37℃で、分化誘導因子の存在下に14~20日間培養した場合に、培養終了時における細胞数が、培養開始時における細胞数の5%以上、好ましくは8%以上、更に好ましくは10%以上、更に好ましくは15%以上、更に好ましくは30%以上である場合に、当該細胞凝集体が「培養時に細胞死が抑制され得る」と判定することができる。
【0064】
本発明の一態様において、細胞凝集体は、以下の(a1)~(a4)から選択される少なくとも1つの特徴を有する。細胞凝集体は、(a1)~(a4)の特徴を全て有していてもよい。
(a1)円相当径が100μm~2000μmであること、
(a2)包絡度が0.5以上であること、
(a3)フェレ径比が0.5以上であること、及び
(a4)円形度が0.3以上であること。
【0065】
ここで上記(a1)~(a4)は、顕微鏡又はデジタルマイクロスコープにおいて、観察面に対して垂直方向からの平行な透過照明により生成する像をカメラで撮影し、得られた図形(すなわち、細胞凝集体を平面に投影した場合に形成される図形)を解析することによって測定することができる。
【0066】
ここで円相当径とは、上記図形の面積と同じ面積を持つ円の直径である。円相当径は、好ましくは100μm~1000μm、更に好ましくは200μm~600μm、好ましくは300μm~600μm、更により好ましくは450μm~600μmである。
【0067】
包絡度とは、上記図形とその図形を包絡する凸多角形との周囲長又は面積の比を表す。具体的には、包絡度には、周囲長の包絡度及び面積の包絡度があり、周囲長の包絡度は、包絡図形の周囲長に対する図形の周囲長の比、面積の包絡度は、包絡図形の面積に対する図形の面積の比である。包絡度は、好ましくは0.7~1.0、更に好ましくは0.8~1.0である。
【0068】
フェレ径比とは、上記図形に外接する四角形の、水平方向の長さと、これに直行する垂直方向の長さとの比であり、水平方向の長さに対する垂直方向の長さの比で表される。フェレ径比は、好ましくは0.6~1.0、更に好ましくは、0.7~1.0である。
【0069】
円形度とは、上記図形が真円の時1となり、細長くなるほど0に近づく、4π×(面積)÷(周囲長)2であらわされる値である。円形度は、好ましくは0.5~1.0、更に好ましくは0.7~1.0である。
【0070】
本発明の細胞凝集体の一態様として、孤立した細胞凝集体の表面にデブリ層が形成されておらず、顕微鏡下で細胞凝集体の境界線が明瞭である細胞凝集体が挙げられる。
ここで用いられる顕微鏡は、倍率4~10倍程度の当業者に周知の顕微鏡であれば特に限定はないが、具体的には、ThermoFisher EVOS XLが挙げられる。
【0071】
「孤立した細胞凝集体」とは、他の細胞凝集体と接触せず、細胞凝集体の外縁を観察可能な状態の細胞凝集体をいう。
【0072】
デブリ層とは、細胞凝集体の表面に存在し、単一の粒子として観察可能な粒子群(例えば、死細胞の群)が層状に、連続的に集合している構造のことをいう。細胞凝集体の表面にデブリ層が形成されている場合には、当該細胞凝集体の境界線が、デブリ層を有さない又は少量のデブリ層を有する細胞凝集体に比べて不明瞭である。
【0073】
上記の本発明の細胞凝集体を複数含む細胞凝集体の混合物もまた、本発明の範疇である。本明細書において、細胞凝集体の混合物は、少なくとも2個以上、好ましくは5個以上の細胞凝集体を含み、本発明の細胞凝集体を、全細胞凝集体数の約20%以上、好ましくは約40%以上、更に好ましくは約50%以上、特に好ましくは60%以上を含む。細胞凝集体の混合物は、サテライト状に存在する測定可能な大きさの微小な細胞群を含んでもよい。
【0074】
ここで「サテライト状に存在する微小な細胞群」とは、細胞凝集体と結合せずに独立して存在し、複数の細胞(例えば、死細胞)からなる小さな細胞群のことを意味する。
【0075】
本発明の細胞凝集体の混合物は、少なくとも大きさ及び形状の点において良好な均一性を有し、円形度、最小径、周囲長、フェレ径(垂直フェレ径又は水平フェレ径)、フェレ径比、最大径、包絡度(周囲長包絡度又は面積包絡度)、面積及び円相当径からなる群より選ばれる指標のうち、1以上の指標において、変動係数(CV値)が15%以下、好ましくは12%以下又は10%以下、より好ましくは8%以下又は5%以下である。ここで各指標は、顕微鏡又はデジタルマイクロスコープにおいて、観察面に対して垂直方向からの平行な透過照明により生成する像をカメラで撮影し、得られた図形を解析することによって測定することができるが、この方法と同程度の精度で測定できる方法であれば、測定方法には限定は無い。
【0076】
ここで、最小径とは、平行な2直線で図形をはさんだ時の、2直線間の距離の最小値である。本発明の細胞凝集体の最小径は、例えば200μm~600μm、好ましくは300μm~600μm、更に好ましくは400μm~600μmである。
【0077】
周囲長とは、図形の周囲の長さであり、すなわち、細胞凝集体を平面に投影した場合に形成される図形の周囲の長さを意味する。本発明の細胞凝集体の周囲長さは、例えば800μm~2700μm、好ましくは1600μm~2700μmである。
【0078】
フェレ径(垂直フェレ径又は水平フェレ径)とは、図形に外接する四角形の垂直方向又はまたは水平方向の長さである。すなわち、フェレ径とは、細胞凝集体を平面に投影した場合に形成される図形が外接する四角形を想定した場合の、当該四角形のそれぞれの辺の長さを意味する。本発明の細胞凝集体の垂直フェレ径又は水平フェレ径は、例えば200μm~800μm、好ましくは300μm~600μm、更に好ましくは400μm~800μmである。
【0079】
最大径とは、図形の内周上の任意の2点間距離が最大となる長さである。すなわち、最大径とは、細胞凝集体を平面に投影した場合に形成される図形の内周の任意の2点間距離のうち最大のものの長さを意味する。本発明の細胞凝集体の最大径は、例えば200μm~900μm、好ましくは300μm~600μm、更に好ましくは400μm~900μmである。
【0080】
面積とは、2次元で計算した図形の面積であり、すなわち、細胞凝集体を平面に投影した場合に形成される図形の面積を意味する。本発明の細胞凝集体の面積は、例えば46000μm2~278000μm2、好ましくは165000μm2~278000μm2である。
【0081】
上述の各指標は、細胞凝集体を平面に投影する場合の方向によって複数の値を有するが、便宜的に、任意の方向で測定した値を採用すればよい。各指標のうち、フェレ径比、包絡度及び円形度は、細胞凝集体が真の球体に近い、すなわち平面に投影した場合の図形が真円に近いほど、均一な値を示す。
【0082】
III.接着性細胞集団の混合物の製造方法
本発明の一態様として、以下の工程を含む、神経系細胞を含む接着性細胞集団の混合物の製造方法が挙げられる:
(1)複数の幹細胞を第一の分化誘導因子存在下で分化誘導し、第一分化段階にある神経前駆細胞を1以上含む複数の細胞を得る工程;
(2)工程(1)で得られた複数の細胞から第一分化段階にある神経前駆細胞を選択的に分離する工程であって、液体媒体の連続的な流れの中に、工程(1)で得られた複数の細胞を浮遊させること、及び、第一分化段階にある神経前駆細胞を識別し、第一分化段階にある神経前駆細胞とそうでない細胞とを、別々の液体媒体の連続的な流れへ流れるように分離することを含む、工程;並びに
(3)工程(2)で分離された第一分化段階にある神経前駆細胞を第二の分化誘導因子存在下で培養して、接着性細胞集団の混合物を得る工程であって、
接着性細胞集団の混合物は、以下の(b1)及び(b2)の特徴を有する接着性細胞集団を、全接着性細胞集団数の50%以上含む工程を備える、方法:
(b1)第二分化段階にある神経系細胞を含むこと、
(b2)1000個以上の細胞を含むこと。
【0083】
〔工程(1)〕
工程(1)は複数の幹細胞を第一の分化誘導因子存在下で分化誘導し、第一分化段階にある神経前駆細胞を1以上含む複数の細胞を得る工程である。本明細書において、第一分化段階にある神経前駆細胞とは、幹細胞、好ましくは多能性幹細胞から第二分化段階にある神経系細胞へと分化誘導する際の、中間体に相当する神経前駆細胞であれば特に限定はないが、例えば、神経細胞へ分化可能である神経前駆細胞が挙げられる。
【0084】
神経前駆細胞として、具体的には、中脳底板(floor plate)へ運命づけられた神経前駆細胞等が挙げられる。中脳底板へ運命づけられた神経前駆細胞として、Corin及び/又はLrtm1陽性の細胞が挙げられる。当該細胞は、当業者に周知の方法で製造することができる。
【0085】
幹細胞から第一分化段階にある神経前駆細胞を得るための分化誘導方法は、適宜、神経前駆細胞の種類に合わせて、当業者に公知の方法を用いればよい。すなわち、当業者に周知の第一分化誘導因子の存在下に適切な培地で培養すればよい。ここで第一分化誘導因子は、細胞の分化状態(分化に関連する転写因子や遺伝子、タンパク質の発現)に影響を与える因子を意味し、低分子化合物、タンパク質、タンパク質のペプチド断片、及び、炭酸ガス、酸素分圧もしくは圧力などの物理的因子が挙げられる。具体的には、SMAD阻害剤(BMP阻害剤、TGFβ阻害剤)、SHHシグナル刺激剤、GSK3β阻害剤や神経栄養因子を用いる方法等が知られている。
【0086】
例えば、中脳底板へ運命づけられた神経前駆細胞の場合、Stem cell reports, vol.2 337-350, 2014に記載の公知の方法が挙げられる。
【0087】
本明細書において、中脳底板へ運命づけられた神経前駆細胞として、具体的には、Corin及び/又はLrtm1陽性の細胞が挙げられる。Corin及び/又はLrtm1陽性の細胞とは、Corinタンパク質及び/又はLrtm1タンパク質が、抗Corin抗体又は抗Lrtm1抗体により認識できる量発現している細胞である。
【0088】
第一分化段階にある神経前駆細胞がCorin及び/又はLrtm1陽性の細胞を含む神経前駆細胞である場合を例に挙げて、幹細胞の分化誘導方法について具体的に説明する。
【0089】
多能性幹細胞からCorin及び/又はLrtm1陽性の細胞への分化誘導は、第一の分化誘導因子を含む培地を用いて行うことができる。第一の分化誘導因子としては、例えば上述の、BMP阻害剤、TGFβ阻害剤、SHHシグナル刺激剤、FGF8及びGSK3β阻害剤を例示することができる。多能性幹細胞からCorin及び/又はLrtm1陽性の細胞への分化誘導は、次の多段階の工程によって行われることが望ましい;
(1a)多能性幹細胞を細胞外基質(細胞外マトリクスともいう)上でBMP阻害剤及びTGFβ阻害剤を含む培地中で接着培養する工程、
(1b)上記工程(1a)で得られた細胞をBMP阻害剤、TGFβ阻害剤、SHHシグナル刺激剤及びFGF8を含む培地中で細胞外基質上にて接着培養する工程、
(1c)上記工程(1b)で得られた細胞をBMP阻害剤、TGFβ阻害剤、SHHシグナル刺激剤、FGF8及びGSK3β阻害剤を含む培地中で細胞外基質上にて接着培養する工程、
(1d)上記工程(1c)で得られた細胞をBMP阻害剤及びGSK3β阻害剤を含む培地中で細胞外基質上にて接着培養する工程。
【0090】
ここで用いられる培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、GMEM培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle’s Minimum Essential Medium (EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco’s modified Eagle’s Medium (DMEM)培地、StemFit培地、Ham’s F12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、Neurobasal Medium(Life Technologies;現ThermoFisher)及びこれらの混合培地などが包含される。好ましくは、GMEM培地である。培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。必要に応じて、培地は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、KnockOut Serum Replacement(KSR)(血清代替物)、N2 Supplement、B-27 Supplement、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有し得る。好ましい培地は、KSR、2-メルカプトエタノール、非必須アミノ酸及びピルビン酸を含有するGMEM培地である。この培地へ適宜BMP阻害剤、TGFβ阻害剤、SHHシグナル刺激剤、FGF8及びGSK3β阻害剤から成る群より選択される試薬を加えて培養することができる。
尚、培地の組成は、培養の途中で、適宜調整又は変更してもよい。
【0091】
細胞外基質上にて接着培養するとは、細胞外基質によりコーティング処理された培養容器を用いて培養することによって行い得る。コーティング処理は、細胞外基質を含有する溶液を培養容器に入れた後、当該溶液を適宜除くことによって行い得る。
【0092】
通常は、上記工程(1a)はROCK阻害剤を含む更に培地で行われる。すなわち、工程(1a)は、「多能性幹細胞を細胞外基質上でROCK阻害剤、BMP阻害剤及びTGFβ阻害剤を含む培地中で接着培養する工程」であってもよい。
【0093】
培養条件について、培養温度は、特に限定されないが、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO2濃度は、好ましくは約2~5%である。
【0094】
培養期間は、Corin及び/又はLrtm1陽性の細胞が出現する期間であれば、特に限定されないが、上記工程(1)の終了後に得られる細胞集団中に含まれるCorin及び/又はLrtm1陽性の細胞の割合が、10%以上となる期間培養を行うことが好ましく、少なくとも10日間、より好ましくは、12日間から16日間行うことが望ましい。
【0095】
複数の多能性幹細胞としては、細胞同士が解離されたものを用いてもよい。細胞同士を解離させる方法としては、例えば、力学的に解離する方法、プロテアーゼ活性とコラゲナーゼ活性を有する解離溶液(例えば、アキュターゼ(Accutase)(商標)及びアキュマックス(Accumax)(商標)など)又はコラゲナーゼ活性のみを有する解離溶液を用いた解離方法が挙げられる。好ましくは、トリプシンはその代替物(TrypLE CTS(Life Technologies;現ThermoFisher)が例示される)を用いてヒト多能性幹細胞を解離する方法が用いられる。細胞を解離させた場合、ROCK阻害剤を適宜、解離後に添加して培養することが望ましい。ROCK阻害剤を添加する場合、少なくとも1日間添加して培養すればよく、より好ましくは1日間である。
【0096】
尚、一態様において、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)は、上記工程(1)の前に、フィーダー細胞非存在下で、bFGF及びSHHシグナル刺激剤を含有する無血清培地中で、接着培養してもよい。当該接着培養は、好ましくは、ラミニン511、ラミニン511のE8フラグメント又はビトロネクチンで表面をコーティングした細胞容器中で実施される。当該接着培養は、好ましくは、フィーダーフリー培地としてEssential 8、TeSR培地、mTeSR培地、mTeSR-E8培地、又はStemFit培地、更に好ましくはEssential 8又はStemFit培地を用いて実施される(WO2017/183736)。
【0097】
〔工程(2)〕
工程(2)は、液体媒体の連続的な流れの中に、工程(1)で得られた複数の細胞を浮遊させること、及び第一分化段階にある神経前駆細胞を識別し、第一分化段階にある神経前駆細胞とそうでない細胞とを、別々の液体媒体の連続的な流れへ流れるように分離することを含む。
【0098】
本発明において、工程(1)で得られた複数の細胞より、第一分化段階にある神経前駆細胞を選択的に分離するためには、当該神経前駆細胞を、特定の指標に基づき識別する。ここで用いる指標には特に限定はなく、当業者に周知の指標を適宜用いることができる。すなわち、第一分化段階にある神経前駆細胞に特異的に発現するマーカー遺伝子・タンパク質、細胞大きさ、細胞の密度等が挙げられる。
【0099】
当該神経前駆細胞に特異的に発現するマーカーを指標とする場合には、これに特異的に結合する物質及び細胞分離装置(セルソーター)を用いてマーカー陽性細胞を分離すればよい。
【0100】
マーカーとしては、目的とする第一分化段階にある神経前駆細胞の表面に発現しているタンパク質を用いることができる。当該マーカーに特異的に結合する物質としては、抗体、アプタマーを用いることができ、好ましくは、抗体もしくはその抗原結合断片を用いることができる。
【0101】
上記抗体はポリクローナルまたはモノクローナル抗体であってよい。これらの抗体は、当業者に周知の技術を用いて作成することが可能である(Current protocols in Molecular Biology edit.Ausubel et al.(1987) Publish.John Wiley and Sons.Section 11.12-11.13)。具体的には、抗体がポリクローナル抗体の場合には、常法に従って大腸菌または哺乳類細胞株等で発現し精製したマーカーのタンパク質、マーカーの部分アミノ酸配列を有するオリゴペプチドあるいは糖脂質を精製して、家兎等の非ヒト動物に免疫し、該免疫動物の血清から常法に従って得ることが可能である。一方、モノクローナル抗体の場合には、上述の免疫された非ヒト動物から得られた脾臓細胞と骨髄腫細胞とを細胞融合させて調製したハイブリドーマ細胞の中から得ることができる(Current protocols in Molecular Biology edit.Ausubel et al.(1987) Publish.John Wiley and Sons.Section 11.4-11.11)。抗体の抗原結合断片としては、抗体の一部(たとえばFab断片)または合成抗体断片(たとえば、一本鎖Fv断片「ScFv」)が例示される。Fab及びF(ab)2断片などの抗体の断片もまた、遺伝子工学的に周知の方法によって作製することができる。
【0102】
マーカーを発現する細胞を認識または分離することを目的として、当該結合する物質は、例えば、蛍光標識、放射性標識、化学発光標識、酵素、ビオチンまたはストレプトアビジン等の検出可能な物質またはプロテインA、プロテインG、ビーズまたは磁気ビーズ等の単離抽出を可能とさせる物質と結合または接合されていてもよい。
【0103】
当該結合する物質はまた、間接的に標識してもよい。当業者に公知の様々な方法を使用して行い得るが、例えば、当該抗体に特異的に結合する予め標識された抗体(二次抗体)を用いる方法が挙げられる。
【0104】
本明細書において、マーカーに特異的に結合するアプタマーは、当業者に周知の技術を用いて作成することが可能である(SELEX(systematic evolution of ligand by exponential enrichment)法:Ellington, A.D. & Szostak, J.W.(1990)Nature,346,818-822., Tuerk, C. & Gold, L.(1990)Science,249, 505-510) 。
【0105】
第一分化段階にある神経前駆細胞が、中脳底板へ運命づけられた神経前駆細胞である場合、マーカーとしてはCorin及び/又はLrtm1を用いることができる。ヒトCorinは、NCBIのアクセッション番号NM_006587によりその配列を得ることができる。同様に、ヒトLrtm1は、NM_020678によりその配列を得ることができる。例えば、Corinに対する抗体はWO2004/065599、WO2006/009241に記載の作製法により、Lrtm1に対する抗体はWO2013/015457に記載の作製法により得ることができる。
【0106】
工程(2)において用いられる細胞分離装置は、液体媒体の連続的な流れの中に、工程(1)で得られた複数の細胞を浮遊させ、第一分化段階にある神経前駆細胞を識別し、第一分化段階にある神経前駆細胞とそうでない細胞とを、別々の液体媒体の連続的な流れへ流れるように分離する機構を含む。
【0107】
本明細書において、前記細胞分離装置(セルソーターともいう)は、マーカー等第一分化段階にある神経前駆細胞に特徴的な指標を検出するための装置及び液滴を形成せず連続的な送液が可能な液体流路を具備した装置である。当該細胞分離装置を使用することにより、液滴を形成しない連続的な溶液系内で細胞を分離することができる。
【0108】
本明細書における細胞分離装置は、好ましくは完全閉鎖系である。当該細胞分離装置として、具体的には、Hulspas Rら著、Cytotherapy. 2014 Oct;16(10):1384-9(Hulspas文献)に記載されたマイクロ流路方式セルソーターを挙げることができる。当文献の細胞分離装置は完全閉鎖系のマイクロ流路方式であり、液滴を形成せずに細胞を分離することができる。また、当該細胞分離装置としては、高速(例えば、5000粒子/秒程度以上、一回の施行総量で1000万細胞以上を処理)で細胞を分離することができる装置が好ましい。
【0109】
具体的には、Cytonome社Gigasortセルソーターを利用することができる(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25065635(Hulspas文献)、及びhttp://www.cytonome.com/を参照)。当該セルソーターは完全閉鎖系のマイクロ流路方式であり、マーカー等の検出装置通過後の分離対象細胞の流路を空気圧で曲げることにより、液滴を形成しない連続的な溶液系内で細胞を分離することができる。
【0110】
〔工程(3)〕
工程(3)は、工程(2)で分離された第一分化段階にある神経前駆細胞を第二の分化誘導因子存在下で培養して、接着性細胞集団の混合物を得る工程である。該接着性細胞集団の混合物は、以下の(b1)及び(b2)の特徴を有する接着性細胞集団を、全接着性細胞集団数の50%以上含む:
(b1)第二分化段階にある神経系細胞を含むこと、
(b2)1000個以上の細胞を含むこと。
【0111】
本明細書において、第二分化段階にある神経系細胞とは、工程(2)の選別を行った後、さらに培養を継続して分化段階が進んだ細胞であって、特定の神経系細胞へ分化することが運命づけられた前駆細胞を含む。ここで第二分化段階にある神経系細胞は、第一分化段階にある神経前駆細胞よりも分化が進んだ状態であれば特に限定はなく、分化の進み具合は、目的とする神経系細胞に依存する。
【0112】
第二分化段階にある神経系細胞として、TUJ1、OTX2、FOXA2、LMX1A、LMX1B、En1、Nurr1、PITX3、DAT、GIRK2及びTHの少なくとも1個、好ましくは少なくとも2個、更に好ましくは少なくとも3個が陽性の神経細胞が挙げられる。第二分化段階にある神経系細胞の一態様として、FOXA2陽性及び/又はTUJ1陽性の細胞が挙げられる。
【0113】
好ましくは、第二分化段階にある神経系細胞として、中脳腹側由来神経細胞、具体的には、ドーパミン産生神経前駆細胞もしくはドーパミン産生神経細胞が挙げられる。第二分化段階にある神経系細胞として、好ましくは、FOXA2陽性かつTUJ1陽性のドーパミン産生神経前駆細胞が挙げられる。
【0114】
工程(2)で得られる細胞から第二分化段階にある神経系細胞を得るための分化誘導方法は、目的とする神経系細胞の種類に応じて、適宜当業者に公知の方法を用いればよい。すなわち、当業者に周知の第二分化誘導因子の存在下に適切な培地で培養すればよい。ここで第二分化誘導因子としては、細胞の分化状態(分化に関連する転写因子や遺伝子、タンパク質の発現)に影響を与える因子を意味し、低分子化合物、タンパク質、タンパク質のペプチド断片、及び、炭酸ガス、酸素分圧もしくは圧力などの物理的因子が挙げられる。例えば、ドーパミン産生神経前駆細胞の場合、Stem cell reports, vol.2 337-350, 2014に記載の公知の方法が挙げられる。
【0115】
第二分化段階の神経系細胞がドーパミン産生神経前駆細胞を含む神経細胞である場合を例に挙げて、分化誘導方法について具体的に説明する。
ここで用いる培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、GMEM培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle’s Minimum Essential Medium (EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco’s modified Eagle’s Medium (DMEM)培地、Ham’s F12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、Neurobasal Medium(ライフテクノロジーズ;現ThermoFisher)及びこれらの混合培地などが包含される。好ましくは、Neurobasal Mediumである。培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。必要に応じて、培地は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、KnockOut Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、N2 Supplement、B-27 Supplement、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、核酸(例えば、Dibutyryl cyclic AMP(dbcAMP))などの1つ以上の物質も含有し得る。好ましい培地は、B-27 Supplement、アスコルビン酸及びdbcAMPを含有するNeurobasal Mediumである。この培地へ適宜神経栄養因子を加えて培養することができる。
【0116】
分化誘導は浮遊培養で行うことができ、ここで浮遊培養とは、細胞を培養容器へ非接着の状態で培養することであり、特に限定はされないが、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、細胞外マトリックス等によるコーティング処理)されていない培養容器、若しくは、人工的に接着を抑制する処理(例えば、ポリヒドロキシエチルメタクリル酸(poly-HEMA)、非イオン性の界面活性ポリオール(Pluronic F-127等)又はリン脂質類似構造物(例えば、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンを構成単位とする水溶性ポリマー(Lipidure))によるコーティング処理した培養容器を使用して行うことができる。
【0117】
培養条件について、培養温度は、特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃であり、CO2含有空気の雰囲気下で培養が行われ、CO2濃度は、好ましくは約2~5%である。
【0118】
培養期間は、Foxa2陽性細胞が出現する期間であれば、特に限定されないが、培養は、少なくとも7日間行われることが望ましい。より好ましくは、7日間から30日間であり、さらに好ましくは、14日間から21日間、又は14日間から20日間、又は14日間から18日間、又は14日間から16日間であり、最も好ましくは、16日間である。
【0119】
培養は、ROCK阻害剤を適宜添加して培養することが望ましい。ROCK阻害剤を添加する場合、少なくとも1日間添加して培養すればよく、より好ましくは1日間である。
【0120】
IV.接着性細胞集団及びその混合物
接着性細胞集団の混合物の製造方法により、以下の(b1)及び(b2)の特徴を有する接着性細胞集団を、全接着性細胞集団数の50%以上含む接着性細胞集団の混合物を製造することができる:
(b1)第二分化段階にある神経系細胞を含み、
(b2)1000個以上の細胞を含む。
また、上記接着性細胞集団の混合物の製造方法により得られる接着性細胞集団の混合物から、上記(b1)及び(b2)の特徴を有する接着性細胞集団を分離する工程を備える接着性細胞集団の製造方法によって、上記(b1)及び(b2)の特徴を有する接着性細胞集団を得ることができる。
【0121】
接着性細胞集団の混合物が、三次元の接着性細胞集団の混合物(すなわち細胞凝集体の混合物)であってもよく、二次元の単層もしくは重層の接着性細胞集団の混合物(すなわち細胞シートであってもよい。三次元の接着性細胞集団においては、円相当径が100μm~2000μm、好ましくは100μm~1000μm、更に好ましくは、200μm~600μm、更に好ましくは、300μm~600μmである。
該接着性細胞集団又はその混合物は、培養時に細胞死が抑制され得る。当該接着性細胞集団を14-20日間培養した場合に、培養終了時における細胞数が、培養開始時における細胞数の5%以上、好ましくは8%以上、更に好ましくは10%以上、更に好ましくは15%以上、更に好ましくは60%以上、更に好ましくは約100%である。
【0122】
尚、培養による細胞数の変動は、細胞の種類に依存し、第二分化段階における神経系細胞がドーパミン産生神経前駆細胞である場合、通常約80%以上の細胞が死滅することが知られている。しかし、本発明の製造方法を用いることにより、第二分化段階において14-20日間培養した場合に培養終了時における細胞数は、第二分化段階の培養開始時における細胞数の5%以上、好ましくは8%以上、更に好ましくは10%以上、更に好ましくは15%以上、更に好ましくは20%以上、具体的には例えば15%~80%、又は15%~50%である。
【0123】
一方、第二分化段階における神経系細胞が神経幹細胞である場合、通常一旦細胞数が減ってもその後細胞数は回復することが知られている。そのような神経系細胞の場合には、第二分化段階において14-20日間培養した場合に培養終了時における細胞数は、第二分化段階の培養開始時における細胞数の80%以上、又は約100%である。
【0124】
三次元の接着性細胞集団の一態様として、細胞凝集体を挙げることができ、当該細胞凝集体は、好ましくは更に以下の特徴を有する:
(b3)包絡度が0.5以上、好ましくは0.7~1.0、更に好ましくは、0.8~1.0であること、
(b4)フェレ径比が0.5以上、好ましくは0.6~1.0、更に好ましくは、0.7~1.0であること、及び
(b5)円形度が0.3以上、好ましくは0.5~1.0、更に好ましくは0.7~1.0であること。
【0125】
好ましい一態様として、以下の特徴を有する細胞凝集体が挙げられる:
・円相当径が100μm~1000μmであり、
・包絡度が0.8~1.0であり、
・フェレ径比が0.7~1.0であり、
・円形度が0.7~1.0である。
【0126】
当該細胞凝集体は、更に好ましくは、以下の特徴を有する:
得られる細胞凝集体の混合物において、円形度、最小径、最大径、垂直フェレ径もしくは水平フェレ径、フェレ径比、円相当径、周囲長、面積、及び、周囲長の包絡度もしくは面積の包絡度からなる群より選ばれる指標のうち、1以上の指標において変動係数が15%以下である。
【0127】
上記製造方法において、原料となる幹細胞としては、神経系細胞へ分化可能な幹細胞であれば特に限定はないが、好ましくは、多能性幹細胞、神経幹細胞、間葉系幹細胞、Muse細胞等が挙げられる。
【0128】
幹細胞として、更に好ましくは多能性幹細胞が挙げられ、更により好ましくはES細胞又はiPS細胞が挙げられる。
【0129】
上記本発明の製造方法により得られる接着性細胞集団もまた、本発明の概念である。
【0130】
更に、上記製造方法における工程(2)で得られる神経前駆細胞は、第二分化誘導因子の存在下に培養することにより、本発明の細胞凝集体や接着性細胞集団へ分化誘導可能な非接着性細胞集団、すなわち孤立した細胞の混合物である。当該細胞の混合物もまた本発明の範疇である。
【0131】
具体的には、CorinもしくはLrtm1陽性の細胞を約70%以上含み、第二分化誘導因子の存在下に培養することにより、本発明の細胞凝集体や接着性細胞集団へ分化誘導可能な細胞の混合物が挙げられる。
【0132】
当該細胞の混合物を浮遊培養に付すことにより上記本発明の第二分化段階における神経系細胞の細胞凝集体を得ることができる。また、当該細胞の混合物を接着培養に付すことにより、単層の細胞シートを製造することができ、当該細胞シートもまた本発明の範疇である。
【0133】
V.医薬組成物
本発明の細胞凝集体もしくはその混合物又は接着性細胞集団は、神経細胞もしくは神経細胞に分化し得る神経系細胞の移植を必要とする疾患に罹患した患者のための、移植用医薬組成物として有用であり、神経細胞の変性、損傷もしくは機能障害を伴う疾患の治療薬等の医薬として使用することができる。すなわち、本発明の細胞凝集体もしくは接着性細胞集団、及び医薬として許容される担体を含む医薬組成物もまた、本発明の範疇である。
【0134】
神経細胞の移植を必要とする疾患、又は神経細胞の損傷もしくは機能障害を伴う疾患としては、例えば、脊髄損傷、運動神経疾患、多発性硬化症、筋委縮性側軸硬化症委縮性側索硬化症、ハンチントン舞踏症病、多系統萎縮症、脊髄小脳変性症、アルツハイマー病、網膜色素変性症、加齢黄斑変性、パーキンソン症候群が挙げられ、好ましくはパーキンソン病が挙げられる。
【0135】
本発明の一態様として、本発明のドーパミン産生神経前駆細胞を含む細胞凝集体もしくはその混合物又は接着性細胞集団を含むパーキンソン病治療薬が挙げられる。当該パーキンソン病治療剤に含まれるドーパミン産生神経前駆細胞の細胞数は、移植片が投与後に生着できれば特に限定されないが、例えば、1回の移植あたり1.0×104個以上含まれ得る。また、症状や体躯の大きさに合わせて適宜増減して調製されてもよい。ドーパミン産生神経前駆細胞の疾患部位への移植は、例えば、Nature Neuroscience,2,1137(1999)もしくはN Engl J Med. ;344:710-9(2001)に記載されるような手法によって行うことができる。
【0136】
医薬として許容される担体としては、細胞の生存を維持するために用いられる物質であれば特に限定はなく当業者に周知の物質を用いることができる。具体的には、生理的な水性溶媒(生理食塩水、緩衝液、無血清、培地等)を用いることができる。必要に応じて、移植医療において、移植する組織又は細胞を含む医薬に、通常使用される保存剤、安定剤、還元剤、等張化剤等を配合させてもよい。
【0137】
本発明の医薬組成物は、本発明に係る細胞凝集体もしくはその混合物、又は接着性細胞集団を、適切な生理的な水性溶媒で懸濁することによって、細胞懸濁液として製造することができる。必要であれば、凍結保存剤を添加して、凍結保存し、使用時に解凍し、洗浄し、移植に用いてもよい。
【0138】
VI.治療方法
本発明の一態様として、本発明の細胞凝集体もしくはその混合物又は接着性細胞集団を、神経系細胞の移植を必要とする疾患に罹患した患者に移植する工程を含む、神経系細胞の補充を必要とする疾患の治療方法が挙げられる。
【0139】
本発明の一態様として、本発明で得られるドーパミン産生神経前駆細胞を含む細胞凝集体もしくはその混合物又は接着性細胞集団は、製剤、具体的には移植用製剤としてパーキンソン病患者に投与することができる。得られたドーパミン産生神経前駆細胞を生理食塩水等に懸濁させ、患者のドーパミン神経が不足している領域、例えば線条体に移植することによって行われる。
【0140】
VII.移植
移植に際して、本発明の細胞凝集体を該細胞凝集体の生存能力を維持するために必要な媒体において保存してもよい。「生存能力を維持するために必要な媒体」としては、培地、生理学的緩衝溶液等が挙げられるが、ドーパミン産生神経前駆細胞を含む細胞集団が生存する限りにおいて特に限定されず、当業者であれば適宜選択することができる。一例として、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として調製した培地が挙げられる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、GMEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、Neurobasal培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地又はこれらの混合培地等、動物細胞の培養に用いることのできる培地を挙げることができる。
【0141】
ここで、本明細書における「生着」とは、移植された細胞が生体内に長期間(例:30日以上、60日以上、90日以上)生存し、臓器内に接着して留まることを意味する。
本明細書における「機能的生着」とは、移植された細胞が生着し、生体内で本来の機能を果たしている状態を意味する。
【0142】
本明細書における「機能的生着率」とは、移植した細胞のうち、機能的生着を果たした細胞の割合を意味する。移植されたドーパミン産生神経前駆細胞の機能的生着率は、例えば移植片中のTH陽性細胞数の計測により求めることができる。
【0143】
上記細胞凝集体を移植することによって、移植された細胞(ドーパミン産生神経前駆細胞及び移植後に誘導されるドーパミン産生神経前駆細胞を含む)の機能的生着率は0.1%以上、好ましくは0.2%以上、さらに好ましくは0.4%以上、さらに好ましくは0.5%以上、さらに好ましくは0.6%以上である。
【0144】
本明細書において移植の対象となる哺乳動物としては、例えば、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル等が挙げられ、好ましくはげっ歯類(例、マウス、ラット)又は霊長類(例、ヒト、サル)が、より好ましくはヒトが挙げられる。
【実施例】
【0145】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0146】
(試験1)
<細胞及び培養>
ヒトiPS細胞をドーパミン産生神経前駆細胞へ分化誘導するためのプロトコールを
図1に示す。分化誘導開始まで拡大培養(day -7~0)、分化誘導開始から12日目まで(day 0~12)の第一分化段階、及び、分化誘導開始後12日目~28日間(day 12~28)第二分化段階における培養条件は、それぞれ
図1に示されている。なお、ソーティングは分化誘導開始後12日目(day12)に行われた。
【0147】
ヒトiPS細胞であるQHJ-I01は、Oct3/4、Sox2、Klf4、L-MYC、LIN28及びp53のドミナントネガティブ体(Okita, K.,et al.Stem Cells 31,458-66,2013)をヒトPBMCにエピソーマルベクターにより導入して得られた細胞として、京都大学の山中教授らより受領した。
このiPS細胞を、Miyazaki T et al.,Nat Commun.3:1236,2012の記載に準拠した方法で培養した。すなわち簡潔には、Laminin511E8でコーティングされた6ウェルプレート上にてFGF2(bFGF)を含む未分化維持培地(AK03N)により、iPS細胞を維持培養した。
【0148】
iPS細胞を維持培養して得られた細胞集団を、TrypLE CTS(Life Technologies)を用いて解離し、別途用意したLaminin511E8(iMatrix-511、Nippi)でコーティングした6ウェルプレートに1ウェルあたり5×106個播種し、培地を分化培地に交換した(分化誘導開始:day0)。分化培地としては、基本培地Aに、10μM Y-27632(WAKO)、0.1μM LDN193189(STEMGENT)及び0.5μM A83-01(WAKO)を添加して使用した。尚、基本培地Aは、8%KSR(Invitrogen)、1mMピルビン酸ナトリウム(Invitrogen)、0.1mM MEM非必須アミノ酸(Invitrogen)及び0.1mM 2-メルカプトエタノール(WAKO)を含有するGMEM(Invitrogen)である。翌日(day1)、0.1μM LDN193189、0.5μM A83-01、2μMパルモルファミン(WAKO)及び100ng/mL FGF8(WAKO)を含有する基本培地Aへ培地を交換した。2日後(day3)、0.1μM LDN193189、0.5μM A83-01、2μMパルモルファミン、100ng/mL FGF8及び3μM CHIR99021(WAKO)を含有する基本培地Aへ培地を交換した。4日後(day7)、0.1μM LDN193189及び3μM CHIR99021を含有する基本培地Aへ培地を交換した。これらの期間、培地交換は1日に一度行った。分化誘導開始後12日目(day12)に、抗Corin抗体を用いたセルソーティングを実施した。
【0149】
<ソーティング前処理>
0.1μM LDN193189及び3μM CHIR99021を含有する基本培地Aでの培養から5日後、すなわち分化誘導開始後12日目(day12)、TrypLE CTSを用いて細胞を解離し、2%FBS、30μM Y-27632(WAKO)、20mM Dグルコース及び50μg/ml ペニシリン/ストレプトマイシン)を含有するCa2+Mg2+-free HBSS(Invitrogen)へ懸濁させた。上記の抗Corin抗体を添加し、4℃で20分間インキュベートし、蛍光活性化セルソーティング(FACS)を行い、Corin陽性細胞を回収し、種々の解析を実施した。
尚、抗Corin抗体は以下の方法で作製した。カニクイザルCorin遺伝子のうち、細胞外領域の一部(79-453アミノ酸)をコードする遺伝子配列を293E細胞に導入して、Corinタンパク質の細胞外領域断片を発現させて回収した。回収したタンパク質をマウスに免疫したのち、リンパ球細胞を取り出してミエローマ細胞とフュージョンさせた。フュージョンさせた細胞集団より、Corinに反応性を持つクローンを選択した。このクローンの培養上清を抗Corinモノクローナル抗体として蛍光ラベルを施した後に用いた。
<ソーティング>
FACSのためのセルソーターとして、Stream-In-Air方式の機種であるBD社のFACSJazz(商標)、又はマイクロ流路方式の機種であるCytonome社のGigasortを用いた。Corin陽性細胞を回収し、種々の解析を実施した。
FACSJazz(商標)の場合、ソーティング条件は、一般に神経細胞のセルソーティングに用いられるノズル径100μm、シース圧力は29 PSIである。また、Gigasortの場合、ソーティング条件はメーカー標準の流路内径約200μm、シース圧力は14-20PSIである。
【0150】
<ソーティング後の浮遊培養>
回収したCorin陽性細胞をPrimeSurface 96Uプレート(住友ベークライト)に20000個/ウェルにて移し、基本培地B(B-27(商標)Supplement minus vitamin A(Invitrogen)、20ng/mL BDNF(WAKO)、10ng/mL GDNF(WAKO)、200mM Ascorbic acid(WAKO)及び0.4mM dbcAMP(Sigma)を添加したNeurobasal(登録商標)medium(Invitrogen))を用いて浮遊培養した。この時、最初の培地としては、30μMのY-27632を添加した培地を用いたが、3日に一度、半量ずつ培地を交換した際には、Y-27632を添加しない培地を用いた。ソーティングから16日後(分化誘導終了:day28)まで浮遊培養を実施してドーパミン産生神経前駆細胞を分化誘導した。この期間に、顕微鏡を用いて培養4日毎に浮遊培養細胞凝集体の撮影を行った観察像を
図2に示す。
【0151】
Jazzを用いて選別した群の細胞凝集体においては、分化誘導開始後16日目から28日目(day 16~day 28)まで浮遊培養細胞凝集体の大きさに変化が見られなかった。対照的に、Gigasortを用いて選別した群の細胞凝集体においては、分化誘導開始後20日目(day 20)付近から細胞凝集体の径が大きくなることが分かった。また、day 16、day 20、day 24、及びday 28の全てにおいてJazzを用いた細胞凝集体はGigasortを用いた細胞凝集体よりも死細胞、デブリ、サテライトの細胞集団が多かった。例えば、Jazzを用いた場合における「day 16」左から3番目の凝集体では、細胞凝集体以外に小さな黒い粒(すなわちサテライトの細胞集団)や、細胞凝集体を囲むようなデブリが観察された。それに対して、Gigasortを用いた場合には、デブリ及びサテライトの細胞集団は有意に少ない。Gigasortを用いて選別した群の細胞凝集体を観察すると、細胞凝集体の境界線が明瞭であり、Jazzを用いて選別した細胞凝集体の周囲に見られるデブリ層や、サテライト状に存在する微細な細胞集団の形成が見られず、細胞凝集体の周囲に存在する死細胞や死細胞の細胞集団が少ないことが分かった。さらに、Gigasort由来のday 24以降の細胞凝集体は直径が約450μm~約600μmであり、Jazz由来の細胞凝集体(外縁が不明瞭でありデブリ部分を除いた細胞凝集体の直径は約350μm~約400μm)に比べて大きかった。
【0152】
<細胞数計測>
Day28にて表1に記載の数の細胞凝集体を、マイクロピペッターを用いて96ウェルU底プレートから培地ごと回収し、細胞凝集体が自重で沈殿するのを待った。上清培地を除去し、PBS 1mLを添加して、細胞凝集体が自重で沈殿するのを待った。上清を除去し、神経細胞分散キットの酵素液1mLを添加して37℃水浴でインキュベートした。10分おきにピペッティングし、インキュベート開始から30分経過した時点で細胞懸濁液を10μL採取し、トリパンブルー(Thermo Fisher Scientific)10μLと混合して血球計算盤に注入した。顕微鏡下で細胞数を計測した。その結果を表1の「酵素液中」の欄に示す。また、トリパンブルー非陽性細胞数/全細胞数を算出し、細胞の生存率とした。次に、神経細胞分散キットの分散液、除去液を加えて遠心した。上清除去した後、PBS 1mLで再懸濁し、10μLをトリパンブルー(Thermo Fisher Scientific)10μLと混合して血球計算盤に注入した。顕微鏡下で細胞数を計測した。その結果を表1の「洗浄後[血球計算盤]」の欄に示す。また再懸濁したサンプルを自動セルカウンター(chemometec,NC-200)により測定した。その結果を表1の「洗浄後[NC-200]」の欄に示す。
【0153】
【0154】
表1に示されるように、何れの測定法においても、Gigasortを用いて選別した群の細胞凝集体は、1細胞凝集体あたりの細胞数が、Jazzを用いて選別した群の細胞凝集体の約3倍だったことが分かった。尚、細胞数計測時の生存率は全て100パーセントであった。
【0155】
<細胞形態計測>
Day28にて48個の細胞凝集体を、マイクロピペッターを用いて96ウェルU底プレートから培地ごと回収し、6cm低接着ディッシュ(住友ベークライト)に移した。デジタルマイクロスコープ(キーエンス;VHX-5000)を用いて透過照明により細胞凝集体を撮影し、
図3の画像を得た。視野内にGigasortにより選別された細胞の細胞凝集体は47個(B)、Jazzにより選別された細胞の細胞凝集体は48個(A)であった。
【0156】
デジタルマイクロスコープに内蔵のVHX-5000(Ver1.3.2.4)ソフトウェアにより取得した画像の解析を行い、細胞凝集体の円形度、最小径、周囲長、フェレ径(水平)、フェレ径(垂直)、フェレ径比、包絡度(面積)、最大径、包絡度(周囲長)、面積、及び円相当径を測定した(
図4)。そのうち、円相当径、包絡度、面積、フェレ径比、円形度について、Jazz(薄灰色)とGigasort(濃灰色)で比較したグラフを
図4示す。また、取得したデータより標準偏差及び変動係数(CV値)を計算した。CV値は
図5に示す。
【0157】
図3に示されるように、Jazzを用いて選別した群の細胞凝集体に比べ、Gigasortを用いて選別した群の細胞凝集体は、視覚的にも大きいことが分かった。また、
図4に示されるように、Gigasortを用いて選別した群の細胞凝集体は、Jazzを用いて選別した群の細胞凝集体に比べ、円相当径及び面積が大きく、球形の周囲の滑らかさの指標である、欠けや突起を示す包絡度のばらつきが著しく小さかった。
【0158】
これらの結果より、Gigasortを用いて細胞を選別することで、より多くの細胞をダメージ少なく生存させることが可能で、それらの細胞から形成される細胞凝集体はより大きくかつ真球に近く、またなめらかな球形であることが示された。
【0159】
また、測定した各パラメーターの変動係数(CV値)を算出したところ、
図5に示されるように、Gigasortを用いて選別した群の細胞凝集体の方がJazzを用いて選別した群の細胞凝集体と比較して、大きさ(最小径、周囲長、フェレ径、フェレ径比、最大径、面積、及び円相当径)、球形状(円形度)、表面の状態(包絡度)などすべてのパラメーターにおいてCV値が小さかった。すなわち、Gigasortを用いて選別した群の細胞凝集体は均一性が高いことが分かった。
【0160】
<フローサイトメトリー解析>
Day28にて細胞数計測用に酵素液添加後に分散した細胞に、分散液及び除去液を加えて遠心した。上清を除去し、PBSで再懸濁し、Live/Dead試薬(Thermo Fisher Scientific)、Foxa2(R&D)/Alexa647-anti-goat(Thermo Fisher Scientific)、Alexa488-Tuj1(BD)、Alexa647-Oct3/4(BD)、FITC-TRA2-49(Millipore)、PerCP-Cy5.5-Sox1(BD)、Alexa647-Pax6(BD)、Alexa488-Ki67(BD)で染色した。フローサイトメーターGallios(ベックマンコールター)を用いて、細胞懸濁液に含まれる全細胞に対する、FOXA2陽性かつTUJ1陽性の細胞、FOXA2陽性細胞、又はTUJ1陽性細胞の割合を算出した(表2)。Jazz及びGigasortのいずれを用いた場合でも、FOXA2及び/又はTUJ1マーカーの陽性率が高く、また、多能性マーカーであるOCT3/4及び/又はTRA-2-49の陽性率が低かった。
【0161】
【0162】
表2より、Gigasortを用いて選別後成熟培養した細胞において、Jazzを用いた細胞群と比較しても、発現遺伝子の陽性率が同程度であることが分かった。
【0163】
<免疫染色>
Day28にて10個の細胞凝集体を、マイクロピペッターを用いて96ウェルU底プレートから培地ごと回収し、細胞凝集体が自重で沈殿するのを待った。上清培地を除去し、PBS 1mLを添加して自重で沈殿するのを待った。上清を除去した後、PFAにて細胞凝集体を固定し、OCTコンパウンドで包埋及び凍結した。次いで、クライオスタット(Leica)を用いて細胞凝集体を10μmに薄切し、切片をスライドガラスに張り付けた。ブロッキングバッファー(2%正常ロバ血清、0.3%TritonX100/PBS)によりブロッキングを行い、抗Nurr1マウスIgG抗体(ペルセウスプロテオミクス)、抗Foxa2ヤギIgG抗体(R&D systems)、及び抗THウサギIgG抗体(Millipore)で一次染色、Alexa488標識抗マウス抗体、Alexa594標識抗ヤギ抗体、Alexa647標識抗ウサギ抗体、及びDAPI(全てThermo Fisher Scientific)で二次染色を行った。VECTASHIELD Hard setで染色後の切片を封入し、共焦点顕微鏡(Olympus FV1200)で観察した(
図6)。
【0164】
Gigasortを用いて選別後成熟培養した細胞において、Jazzを用いた細胞群と比較しても、マーカーの発現量に大きな差がないことが分かった。すなわち、分化度は同等であった。
【産業上の利用可能性】
【0165】
本発明は、再生医療、特にパーキンソン病の治療に有用である。