IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鉄住金エンジニアリング株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図1
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図2
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図3
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図4
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図5
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図6
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図7
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図8
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図9
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図10
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図11
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図12
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図13
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図14
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図15
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図16
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図17
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図18
  • 特許-抽出発酵における中間界面の制御方法 図19
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-05
(45)【発行日】2024-01-16
(54)【発明の名称】抽出発酵における中間界面の制御方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/16 20060101AFI20240109BHJP
   C12M 1/02 20060101ALN20240109BHJP
【FI】
C12P7/16
C12M1/02 A
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2023564397
(86)(22)【出願日】2023-07-31
(86)【国際出願番号】 JP2023028012
【審査請求日】2023-10-20
(31)【優先権主張番号】P 2022142851
(32)【優先日】2022-09-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】306022513
【氏名又は名称】日鉄エンジニアリング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】前川 夏季
(72)【発明者】
【氏名】木内 崇文
(72)【発明者】
【氏名】若村 修
【審査官】中山 基志
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-089711(JP,A)
【文献】特表2011-522543(JP,A)
【文献】国際公開第2020/226087(WO,A1)
【文献】特開昭48-028411(JP,A)
【文献】特表2015-532662(JP,A)
【文献】国際公開第2011/155630(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P1/00-41/00
C12M1/00-3/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
同一槽内で、下相にて糖化液を微生物で発酵させて目的産物を産生し、且つ、産生された前記目的産物を上相の抽出剤に抽出移行させる抽出発酵を行う抽出発酵工程を含み、
前記抽出発酵工程で用いられる抽出発酵槽は、各相に1段以上の撹拌翼を有する撹拌機を備え、
前記下相が前記目的産物として、アルコール類を含み、
前記下相の比重が1000kg/m 以上1010kg/m 以下であり、且つ、前記下相の粘度が1.0mPa・s以上1.1mPa・s以下であり、
前記上相が前記抽出剤として、オレイルアルコール又は不飽和脂肪酸を含み、
前記抽出剤の比重が800kg/m 以上900kg/m 以下であり、且つ、前記抽出剤の粘度が20mPa・s以上30mPa・s以下であり、
前記抽出発酵工程において、前記抽出発酵槽に含まれる溶液の総容量に対する撹拌所要動力を31W/m以上90W/m未満に制御する、抽出発酵における中間界面の制御方法。
【請求項2】
前記抽出剤がオレイルアルコールである、請求項1に記載の抽出発酵における中間界面の制御方法。
【請求項3】
前記下相が目的産物として、イソブタノールを含む、請求項1又は2に記載の抽出発酵における中間界面の制御方法
【請求項4】
前記抽出発酵工程において、以下の式(I)で計算される、中間界面の面積増加率が70%以下となるように制御する、請求項1又は2に記載の抽出発酵における中間界面の制御方法。
式(I): (中間界面の面積増加率)={(抽出発酵工程における撹拌時の中間界面の面積)-(抽出発酵槽の横断面積)}×100/(抽出発酵槽の横断面積)
【請求項5】
前記抽出発酵槽は、バッフルを更に有し、
前記抽出発酵槽を平面視したときの前記バッフルの幅が、前記抽出発酵槽の内径に対して3%以上9%以下の長さである、請求項1又は2に記載の抽出発酵における中間界面の制御方法。
【請求項6】
前記抽出発酵槽は、前記バッフルが2枚以上4枚以下配置されている、請求項に記載の抽出発酵における中間界面の制御方法。
【請求項7】
前記撹拌翼の直径が、前記抽出発酵槽の内径に対して30%以上40%以下の長さである、請求項1又は2に記載の抽出発酵における中間界面の制御方法。
【請求項8】
前記抽出発酵槽において、前記抽出発酵槽の内径に対する前記抽出発酵槽に含まれる溶液の液面高さの比が1.00以上1.30以下であり、
下相用の撹拌翼が、前記下相用の撹拌翼の直径に対する前記中間界面から前記下相用の撹拌翼までの前記抽出発酵槽の高さ方向の距離の比が0.56以上となり、且つ、
前記抽出発酵槽の内径に対する前記中間界面から前記下相用の撹拌翼までの前記抽出発酵槽の高さ方向の距離の比が0.19以上となる位置に配置されている、請求項1又は2に記載の抽出発酵における中間界面の制御方法。
【請求項9】
前記抽出発酵槽において、前記抽出発酵槽の内径に対する前記抽出発酵槽に含まれる溶液の液面高さの比が1.00以上1.30以下であり、
上相用の撹拌翼が、前記上相用の撹拌翼の直径に対する前記中間界面から前記上相用の撹拌翼までの前記抽出発酵槽の高さ方向の距離の比が0.44以上となり、且つ、
前記抽出発酵槽の内径に対する前記中間界面から前記上相用の撹拌翼までの前記抽出発酵槽の高さ方向の距離の比が0.15以上となる位置に配置されている、請求項1又は2に記載の抽出発酵における中間界面の制御方法。
【請求項10】
前記抽出発酵槽において、前記撹拌機の回転軸が前記抽出発酵槽の中心に対して偏心して配置されている、請求項1又は2に記載の抽出発酵における中間界面の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抽出発酵における中間界面の制御方法に関する。
本願は、2022年9月8日に、日本に出願された特願2022-142851号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化対策として効果的且つ具体的な二酸化炭素排出削減への取組が求められている。このことは化石資源を原料とするエネルギーだけではなく、プラスチック等の材料に対しても同様の取り組みが求められている。プラスチックの温暖化対策として廃プラスチックのリサイクル等も考えられるが、収集や処理能力、品質確保の限界もあり、国内でも環境負荷の少ないシステムとしてリサイクルだけではなく、新たに供給されるプラスチックのバイオ化が急務となっている。
【0003】
バイオマテリアルの一つにバイオポリエチレンテレフタレート(バイオPET)がある。しかし、現在普及しているバイオPETは原料重量比約3割を占めるエチレングリコールのバイオ化が限界であり、原料重量比7割を占めるテレフタル酸は化石資源由来のままである。通常、テレフタル酸はパラキシレンから製造される。他方、バイオマス由来糖から発酵生産によりイソブタノールを製造し、このバイオイソブタノールを触媒転換技術によりバイオパラキシレンにする技術開発が進められており、当該技術の確立により100%バイオPET製造が可能となる。
【0004】
イソブタノール発酵技術において、生産目的物であるイソブタノールの高い菌体毒性により、生産性が低いことが課題である。現在、このイソブタノール毒性回避対策に対して、様々な研究開発が進められており、その有効的な手法の一つとして抽出発酵法が挙げられる。抽出発酵法ではイソブタノール発酵液を抽出剤と接触させて、目的産物であるイソブタノールを発酵液から抽出剤へ移行させ、発酵液中のイソブタノール濃度を低下させることで、イソブタノール毒性を回避し、高生産性を達成する手法である。移行したイソブタノールを含む抽出剤は、蒸留等により処理することで、目的産物であるイソブタノールを分離回収することができる。
【0005】
例えば、特許文献1には、生成物アルコールを生成する微生物を含む発酵ブロスを提供する工程と、前記発酵ブロスを少なくとも1つの抽出剤と接触させる工程と、前記生成物アルコールを回収する工程とを含む、発酵ブロスから生成物アルコールを回収するための方法が開示されている。特許文献2には、水相から有機溶媒を用いて連続抽出する工程において、有機相と水相の中間に生じる中間相の液面を差圧伝送器を用いて制御する、液面制御方法が開示されている。特許文献3には、有機酸生産酵母を、該有機酸生産酵母を培養可能な培地と、該有機酸生産酵母を培養する培地中の有機酸を抽出可能であって前記培地と二相分離可能な抽出溶媒との存在下で培養する培養工程を備える、有機酸の発酵生産方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2018-121648号公報
【文献】特開2002-039836号公報
【文献】特開2007-082490号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
抽出発酵法において、後述する実施例に示すように、発酵液と抽出剤の接触面(以下、「中間界面」と称する場合がある)でエマルジョン化が進行し、界面の区別がつかない又は発酵液と抽出剤の中間相が形成されると、発酵液中のイソブタノールを生産する微生物が発酵阻害を受けて発酵収率が著しく低下するという課題を発明者らは見出した。しかしながら、特許文献1及び3等に記載の従来の抽出発酵法では、中間界面の制御について全く検討されていない。また、特許文献2に記載の抽出発酵法では、中間界面の制御について検討されているが、発酵液と抽出剤の中間相が形成されることを前提としており、上記課題を解決することができない。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、中間界面でのエマルジョン化を抑制し、中間界面を安定化することができる抽出発酵における中間界面の制御方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
(1) 同一槽内で、下相にて糖化液を微生物で発酵させて目的産物を産生し、且つ、産生された前記目的産物を上相の抽出剤に抽出移行させる抽出発酵を行う抽出発酵工程を含み、
前記抽出発酵工程で用いられる抽出発酵槽は、各相に1段以上の撹拌翼を有する撹拌機を備え、
前記抽出発酵工程において、前記抽出発酵槽に含まれる溶液の総容量に対する撹拌所要動力を90W/m未満に制御する、抽出発酵における中間界面の制御方法。
(2) 前記抽出発酵工程において、以下の式(I)で計算される、中間界面の面積増加率が70%以下となるように制御する、(1)に記載の抽出発酵における中間界面の制御方法。
式(I): (中間界面の面積増加率)={(抽出発酵工程における撹拌時の中間界面の面積)-(抽出発酵槽の横断面積)}×100/(抽出発酵槽の横断面積)
(3) 前記抽出発酵槽は、バッフルを更に有し、
前記抽出発酵槽を平面視したときの前記バッフルの幅が、前記抽出発酵槽の内径に対して3%以上9%以下の長さである、(1)又は(2)に記載の抽出発酵における中間界面の制御方法。
(4) 前記抽出発酵槽は、前記バッフルが2枚以上4枚以下配置されている、(3)に記載の抽出発酵における中間界面の制御方法。
(5) 前記撹拌翼の直径が、前記抽出発酵槽の内径に対して30%以上40%以下の長さである、(1)~(4)のいずれか一つに記載の抽出発酵における中間界面の制御方法。
(6) 前記抽出発酵槽において、前記抽出発酵槽の内径に対する前記抽出発酵槽に含まれる溶液の液面高さの比が1.00以上1.30以下であり、
下相用の撹拌翼が、前記下相用の撹拌翼の直径に対する前記中間界面から前記下相用の撹拌翼までの前記抽出発酵槽の高さ方向の距離の比が0.56以上となり、且つ、
前記抽出発酵槽の内径に対する前記中間界面から前記下相用の撹拌翼までの前記抽出発酵槽の高さ方向の距離の比が0.19以上となる位置に配置されている、(1)~(5)のいずれか一つに記載の抽出発酵における中間界面の制御方法。
(7) 前記抽出発酵槽において、前記抽出発酵槽の内径に対する前記抽出発酵槽に含まれる溶液の液面高さの比が1.00以上1.30以下であり、
上相用の撹拌翼が、前記上相用の撹拌翼の直径に対する前記中間界面から前記上相用の撹拌翼までの前記抽出発酵槽の高さ方向の距離の比が0.44以上となり、且つ、
前記抽出発酵槽の内径に対する前記中間界面から前記上相用の撹拌翼までの前記抽出発酵槽の高さ方向の距離の比が0.15以上となる位置に配置されている、(1)~(6)のいずれか一つに記載の抽出発酵における中間界面の制御方法。
(8) 前記下相が前記目的産物として、アルコール類を含み、
前記下相の比重が1000kg/m以上1010kg/m以下であり、且つ、前記下相の粘度が1.0mPa・s以上1.1mPa・s以下である、(1)~(7)のいずれか一つに記載の抽出発酵における中間界面の制御方法。
(9) 前記上相が前記抽出剤として、オレイルアルコール又は不飽和脂肪酸を含み、
前記抽出剤の比重が800kg/m以上900kg/m以下であり、且つ、前記抽出剤の粘度が20mPa・s以上30mPa・s以下である、(1)~(8)のいずれか一つに記載の抽出発酵における中間界面の制御方法。
(10) 前記抽出発酵槽において、前記撹拌機の回転軸が前記抽出発酵槽の中心に対して偏心して配置されている、(1)~(9)のいずれか一つに記載の抽出発酵における中間界面の制御方法。
【発明の効果】
【0010】
上記態様の抽出発酵における中間界面の制御方法によれば、中間界面でのエマルジョン化を抑制し、中間界面を安定化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本実施形態の抽出発酵における中間界面の制御方法で用いられる抽出発酵槽の一例を示す平面図(上)及び縦断面図(下)である。
図2】本実施形態の抽出発酵における中間界面の制御方法で用いられる抽出発酵槽の変形例を示す平面図(上)及び縦断面図(下)である。
図3】本実施形態の抽出発酵における中間界面の制御方法で用いられる抽出発酵槽の変形例を示す平面図(上)及び縦断面図(下)である。
図4】参考例1における抽出発酵装置の模式図である。
図5】参考例1における抽出発酵におけるグルコース(Glc)の消費量及びイソブタノール(IBA)の産生量の経時的変化を示すグラフ(上)及び中間界面の観察像(下)である。
図6】実施例1における90Lの抽出発酵槽(ベンチスケール)の縦断面図である。
図7】実施例1における100mの抽出発酵槽(実機スケール)の斜視図(左)及び縦断面図(右)である。
図8】実施例1における単位容積あたりの撹拌所要動力と中間界面の状態の関係を示すグラフである。
図9】実施例1におけるVOFモデルにより作製された2-1の撹拌条件下でのコンター図である。
図10】実施例1におけるVOFモデルにより作製された2-2の撹拌条件下のコンター図である。
図11】実施例1におけるVOFモデルにより作製された2-3の撹拌条件下のコンター図である。
図12】実施例1におけるVOFモデルにより作製された2-6の撹拌条件下のコンター図である。
図13】実施例1におけるVOFモデルにより作製された2-7の撹拌条件下のコンター図である。
図14】実施例1におけるVOFモデルにより作製された2-8の撹拌条件下のコンター図である。
図15】実施例1におけるVOFモデルにより作製された2-4の撹拌条件下のコンター図である。
図16】実施例1におけるVOFモデルにより作製された2-5の撹拌条件下のコンター図である。
図17】表3に示された撹拌条件2-1~2-5による撹拌時の界面積の変化を示すグラフである。
図18】表3に示された撹拌条件2-6~2-8による撹拌時の界面積の変化を示すグラフである。
図19】実施例2における下相用の撹拌翼の直径又は抽出発酵槽の直径と中間界面の面積増加率との関係を示すグラフ(左)、上相用の撹拌翼の直径又は抽出発酵槽の直径と中間界面の面積増加率との関係を示すグラフ(中央)、及び、100mの抽出発酵槽(実機スケール)の縦断面図(右)である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態に係る抽出発酵における中間界面の制御方法(以下、単に「本実施形態の制御方法」と称する場合がある)について、図面を参照しながら、詳細に説明する。なお、各図において、説明に関連しない部分は図示を省略する場合がある。
【0013】
≪用語の定義≫
なお、本明細書及び請求の範囲において、各種用語の意味を以下のとおり定義する。
【0014】
<バイオマス>
本実施形態の制御方法で用いられる糖化液は、バイオマス及び前処理済みバイオマスを酵素糖化して得られるものである。
バイオマスとしては、動植物由来の再利用可能な有機性資源(石油等の化石燃料を除く)であればよく、特に限定されないが、食用用途で用いられる可食資源以外のもの、すなわち、非可食資源であることが好ましい。非可食資源としては、廃糖蜜、リグノセルロース系バイオマス等が挙げられる。中でも、安価で大量に入手できることから、バイオマスとしては、リグノセルロース系バイオマスが好ましい。
【0015】
また、本明細書において、前処理済みバイオマスとは、糖化反応を効率的に行う為に事前処理を行ったバイオマスを意味する。事前処理方法としては、例えば、蒸気処理、イオン液体処理、ミルを用いた粉砕処理等が挙げられる。また、必要に応じて、適宜酸又はアルカリを混合させても良い。事前処理に用いる反応装置には特に限定は無いが、耐酸性又は耐アルカリ性を有する加熱圧容器に入れて処理する形態が考えられる。
【0016】
リグノセルロース系バイオマスとしては、例えば、木本植物(木本系バイオマスともいう)、草本植物(草本系バイオマスともいう)、それらの加工物及びそれらの廃棄物からなる群より選ばれる少なくとも1種であればその種類は問わない。また、リグノセルロース系バイオマスは粉砕されたものを用いることができ、また、ブロック、チップ、粉末等、いずれの形状でもよい。
【0017】
前記木本植物としては、例えば、スギ、ヒノキ、カラマツ、マツ、米マツ、米スギ、米ツガ、ポプラ、シラカバ、ヤナギ、ユーカリ、クヌギ、コナラ、カシ、シイ、ブナ、アカシア、タケ、ササ、アブラヤシ、サゴヤシ等が挙げられる。中でも、木本植物としては、性状の安定性の観点からスギが好ましい。
【0018】
また、上記木本植物の樹皮、枝条、果房、果実殻等も使用することができる。また、上記木本植物を使った合板、繊維板、集成材のような加工材も使用することができる。また、建築物に使用後、解体された部材も使用することができる。また、紙等のリグノセルロース系バイオマスの加工物や古紙も使用することができる。
【0019】
前記草本植物としては、例えば、タケ、パームヤシ、イネ(稲わらを含む)、ムギ(麦わらを含む)、サトウキビ(バガスを含む)、ヨシ、ススキ、トウモロコシ(コーンストーバー、コーンコブ、コーンハルを含む)、ソルガム(スイートソルガムを含む)、スイッチグラス、エリアンサス、ナピアグラス等のイネ科植物;ヤトロファ、カシュー等が挙げられる。
【0020】
<セルロース及びヘミセルロース>
本明細書において、「セルロース」には、6つの炭素を構成単位とする六炭糖が含まれる。よって、セルロースは加水分解を受けると、炭素6つからなる六炭糖の単糖(グルコース等)やその単糖が複数個連結された六炭糖のオリゴ糖(セロビオース等)を生ずる。
【0021】
「ヘミセルロース」には、キシロース等の5つの炭素を構成単位とする五炭糖(C5糖)やマンノース、アラビノース、4-O-メチルグルクロン酸等の6つの炭素を構成単位とする六炭糖(C6糖)から構成される、グルコマンナンやグルクロノキシラン等の複合多糖等が含まれる。よって、ヘミセルロースは加水分解を受けると、炭素5つからなる五炭糖の単糖やその単糖が複数個連結された五炭糖のオリゴ糖、炭素6つからなる六炭糖の単糖やその単糖が複数個連結された六炭糖のオリゴ糖、五炭糖の単糖と六炭糖の単糖が複数個連結されたオリゴ糖を生ずる。
【0022】
一般に、ヘミセルロース又はセルロースから生ずる単糖又はオリゴ糖の構成比率や生成量は、前処理方法や原料として用いたバイオマスの種類によって異なる。
【0023】
<糖化酵素>
本明細書において、「糖化酵素」としては、セルロースを分解するセルラーゼ、ヘミセルロースを分解するヘミセルラーゼ、デンプンを分解するアミラーゼ等が挙げられる。
【0024】
前記セルラーゼとしては、セルロースをグルコース等の単糖又はオリゴ糖に分解するものであればよく、例えば、エンドグルカナーゼ(endoglucanase;EG)、セロビオハイドロラーゼ(cellobiohydrolase;CBH)、及びβ-グルコシダーゼ(β-glucosidase;BGL)の各活性の少なくとも1つの活性を有するものが挙げられ、これらの各活性を有する酵素混合物であることが、酵素活性の観点から好ましい。
【0025】
前記ヘミセルラーゼとしては、ヘミセルロースをキシロース等の単糖又はオリゴ糖に分解するものであればよく、例えば、キシラナーゼ、キシロシダーゼ、マンナナーゼ、ガラクトシダーゼ、グルクロニダーゼ、及びアラビノフラノシダーゼの各活性の少なくとも1つの活性を有するものが挙げられ、これらの各活性を有する酵素混合物であることが、酵素活性の観点から好ましい。
【0026】
これらセルラーゼ及びヘミセルラーゼ等の糖化酵素の由来は限定されることはなく、例えば、トリコデルマ(Trichoderma)属、アクレモニウム(Acremonium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、バチルス(Bacillus)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、ペニシリウム(Penicillium)属、アエロモナス(Aeromonus)属、イルペックス(Irpex)属、スポロトリクム(Sporotrichum)属、フミコーラ(Humicola)属等の微生物由来のセルラーゼ及びヘミセルラーゼ等の糖化酵素を用いることができる。
【0027】
≪抽出発酵における中間界面の制御方法≫
本実施形態の制御方法は、同一槽内で、下相にて糖化液を微生物で発酵させて目的産物を産生し、且つ、産生された前記目的産物を上相の抽出剤に抽出移行させる抽出発酵を行う抽出発酵工程を含む。
【0028】
前記抽出発酵工程で用いられる抽出発酵槽は、各相に1段以上の撹拌翼を有する撹拌機を備える。
【0029】
前記抽出発酵工程において、前記抽出発酵槽に含まれる溶液の総容量に対する撹拌所要動力を90W/m未満に制御する。
【0030】
従来の抽出発酵法では、糖化液及び微生物、並びに、該微生物による発酵で生成された目的産物を含む発酵液を含む下相と、抽出剤を含む上相との中間界面の制御についてほとんど着目されていなかった。これに対して、発明者らは、後述する実施例に示すように、下相と上相がエマルジョン化して、中間界面の区別がつかない、又は、エマルジョンを含む中間相が形成されると、下相中のイソブタノールを生産する微生物が発酵阻害を受けて発酵収率が著しく低下するという課題を今回初めて見出した。
【0031】
上記課題を解決するために、本実施形態の制御方法は、上記構成を有することで、中間界面でのエマルジョン化及び中間相の形成を抑制し、中間界面を安定化することができる。その結果、下相中の目的産物を生産する微生物が発酵阻害を受けることを抑制し、発酵収率を良好に保つことができる。
【0032】
次いで、本実施形態の制御方法の工程について、以下に詳細を説明する。
【0033】
<抽出発酵工程>
抽出発酵工程では、同一槽内で、下相にて糖化液を微生物で発酵させて目的産物を産生し、且つ、産生された前記目的産物を上相の抽出剤に抽出移行させる抽出発酵を行う。
【0034】
抽出発酵槽内の撹拌は、上相及び下相が分離しており、中間界面が安定した状態を保てる程度の低速撹拌であれば特に限定されず、抽出発酵槽に含まれる溶液の総容量に対する撹拌所要動力を90W/m未満、好ましくは80W/m以下、より好ましくは70W/m以下、さらに好ましくは60W/m以下に制御する。また、抽出発酵槽に含まれる溶液の総容量に対する撹拌所要動力は、例えば、0.1W/m以上、好ましくは1W/m以上、より好ましくは2W/m以上、さらに好ましくは3W/m以上、特に好ましくは4W/m以上に制御する。撹拌所要動力が上記上限値以下であることで、下相と上相のエマルジョン化を抑制することができ、中間界面を安定化することができる。一方で、撹拌所要動力が上記下限値以上であることで、各相の撹拌に十分な動力となる。
【0035】
なお、撹拌所要動力とは、抽出発酵槽に含まれる溶液を撹拌するために使用されるエネルギーであり、撹拌機のモーター出力(W)を抽出発酵槽に含まれる溶液の総容量(m)で除することで算出することができる。
【0036】
抽出発酵工程では、後述する実施例に示すように、中間界面の面積増加率が70%以下である場合に、下相と上相とがはっきりと区別されて中間界面が安定化している。一方で、中間界面の面積増加率が70%を超えると、下相と上相とがエマルジョン化して中間界面が消失する。よって、中間界面の面積増加率の閾値は70%ということができ、抽出発酵工程では、中間界面の面積増加率を好ましくは70%以下、より好ましくは60%以下、さらにより好ましくは50%以下、さらに好ましくは40%以下、よりさらに好ましくは30%以下、特に好ましくは23%以下に制御する。また、抽出発酵工程では、中間界面の面積増加率の下限値は特に限定されないが、例えば0%以上、例えば5%以上に制御する。
中間界面の面積増加率が上記上限値以下であることで、下相と上相のエマルジョン化をより抑制することができ、より安定した中間界面を形成することができる。また、上記下限値以上であることで、下相から上相への目的産物の移行率、すなわち、抽出率がより増加する傾向がある。
【0037】
中間界面の面積増加率は、以下の式(I)で計算される。
式(I): (中間界面の面積増加率)={(抽出発酵工程における撹拌時の中間界面の面積)-(抽出発酵槽の横断面積)}×100/(抽出発酵槽の横断面積)
【0038】
式(I)において、抽出発酵工程における撹拌時の中間界面の面積は、たとえば以下のツールを用いて、抽出発酵槽の寸法、下相及び上相の容量及び溶液の種類等、各種条件を適宜設定した界面流動解析によって計算することができる。
【0039】
・ツール
解析ソフト:ANSYS GLUENT 2020R1(ANSYS,Inc.)
モデル:VOF(Volume of Fluid)モデル
【0040】
上記のツールにおいては、以下の式(1)を用いて中間界面の面積が算出される。なお、上記のツール以外のツールを用いて、下記式(1)により中間界面の面積を算出することも可能である。
【0041】
【数1】

(上記(1)中のαは、抽出発酵槽内の液体が占める領域を仮想的且つ三次元的に多数のセルに分割したときの各セルに占める下相の体積分率を示し、αは、前記各セルに占める上相の体積分率を示す。また、∇αは下相の体積分率勾配を示し、∇αは上相の体積分率勾配を示す。)
【0042】
上記のツールにおいて、中間界面は、下相の体積分率αが0.5の値をとるセル(下相と上相の境界面に位置するセル)の位置に存在するものとみなされる。上記式(1)によれば、中間界面の面積の面積は一つの値をとる。
【0043】
抽出発酵槽に含まれる溶液の総容量に対する撹拌所要動力を上記範囲内に制御することで、中間界面の面積増加率を上記範囲内に制御することができる。
【0044】
抽出発酵槽における抽出発酵条件については、用いる微生物や目的産物の種類に応じて、適宜設定することができる。
【0045】
温度は、例えば、25℃以上50℃以下とすることができ、28℃以上40℃以下とすることができ、30℃以上37℃以下とすることができる。
【0046】
抽出発酵時間は、用いる糖化液の糖濃度に依存するが、24時間以上120時間以下とすることができ、24時間以上96時間以下とすることができ、24時間以上72時間以下とすることができる。
【0047】
抽出発酵槽への糖化液の供給は、連続式ではなく、バッチ式又は流加式であることが好ましい。バッチ式又は流加式であることで、微生物が槽外へ流出して発酵速度(目的産物の産生速度)が低下することを抑制することができる。
【0048】
[抽出発酵槽]
図1は、本実施形態の制御方法で用いられる抽出発酵槽の一例を示す平面図(上)及び縦断面図(下)である。
【0049】
抽出発酵槽100は、撹拌機10と、槽体20と、を備える。撹拌機10は、各相に1段以上の撹拌翼1と、該撹拌翼1が取り付けられた回転軸2と、を有する。
【0050】
抽出発酵槽100は、上相40として抽出剤が充填されており、下相30として発酵開始時には、糖化液と微生物が充填されており、発酵が進むにつれて、糖化液を微生物で発酵させて産生された目的産物を含む発酵液に置換される。下相30及び上相40の間には、抽出発酵開始から終了まで継続して中間界面50が形成されている。
【0051】
上相40に含まれる抽出剤はその一部又は全部を抜き出し、且つ、抜き出した量と同量の抽出剤を供給することが好ましい。これにより、目的産物の抽出剤への移行速度をより良好に保ち、発酵収率をより向上することができる。
【0052】
下相で生成された目的産物が上相に移行後に上相での拡散効率を高める観点から、或いは、上述するように上相40において溶液の出し入れがあるため抽出剤中の目的産物の濃度を均一に保つ観点から、上相40は、撹拌機10により攪拌される必要がある。
【0053】
また、下相30は、糖化液と微生物との接触効率の向上、及び、温度やpH等の微生物に対する最適な培養条件を維持する観点から、下相30についても撹拌機10により攪拌される必要がある。
【0054】
抽出発酵槽100では、撹拌所要動力を上記上限値以下に制御することで、中間界面50の面積増加率が上記上限値以下に制御することができ、その結果、上相及び下相それぞれについて十分に撹拌しながら、下相と上相のエマルジョン化を抑制し、中間界面50を安定化することができる。
【0055】
抽出発酵槽100としては、特別な限定はなく、公知の抽出発酵槽を用いることができる。具体的には、撹拌型、通気撹拌型等の抽出発酵槽が挙げられ、これらに限定されない。
【0056】
また、抽出発酵槽100は槽内の温度を一定に保つために、槽の外側に温水循環式のジャケット等の温度調節装置を備えていてもよい。
【0057】
抽出発酵槽100の内径Dに対する抽出発酵槽100の高さHの比H/D、すなわち、槽体20の内径に対する槽体20の高さHの比H/Dは、1.00以上3.00以下であることが好ましく、1.20以上2.00以下であることがより好ましく、1.30以上1.70以下であることがさらに好ましく、1.40以上1.60以下であることが特に好ましい。比H/Dが上記範囲内であることで、抽出発酵槽100内に充填される下相及び上相の高さをより十分に確保することができ、各相の撹拌性をより良好に保ちながら、より安定した中間界面50を形成することができる。
【0058】
抽出発酵槽100において、発酵液(発酵開始時は糖化液)及び抽出剤それぞれの充填量は、抽出発酵槽100の容量に応じて適宜調整することができるが、発酵液及び抽出剤の容量比が1:0.5~1:2であることが好ましく、抽出発酵槽100の容量を小さくすることで、設備をコンパクトにできることから、1:1であることが特に好ましい。
【0059】
抽出発酵槽において、上相に充填される抽出剤としては、水よりも比重が小さいものであればよい。
【0060】
中でも、抽出剤の比重は、800kg/m以上900kg/m以下であることが好ましい。抽出剤の比重が上記範囲内であることで、より安定した中間界面を形成することができる。抽出剤の比重は、例えば、ピクノメーターを用いて測定することができる。
【0061】
また、抽出剤の粘度は、20mPa・s以上30mPa・s以下であることが好ましい。抽出剤の粘度が上記範囲内であることで、上記数値範囲内の撹拌所要動力において、より十分に上相を撹拌することができる。抽出剤の粘度は、例えば、B型粘度計を用いて測定することができる。
【0062】
上記比重及び粘度の数値範囲を満たす抽出剤としては、例えば、アルコール類、アルカン類、脂肪酸類等が挙げられる。
【0063】
アルコール類としては、例えば、オクタノール、デカノール、ウンデカノール、ドデカノール、2-ブチル-1-オクタノール、オレイルアルコール等が挙げられる。
【0064】
アルカン類としては、例えば、ドデカン等が挙げられる。
【0065】
脂肪酸類としては、例えば、パルミチン酸、ステアリン酸等の飽和脂肪酸;オレイン酸、リノール酸、α-リノレン酸等の不飽和脂肪酸等が挙げられる。
【0066】
これら抽出剤を単独又は2種以上組み合わせて用いることができる。
【0067】
これらの中から、目的産物の種類に応じて、目的産物を溶解し得る抽出剤を適宜選択すればよい。抽出剤としては、蒸留による精製の容易さから、目的産物の沸点(以下、A℃とする)よりも十分に高い沸点を有するものであることが好ましい。抽出剤は、A+10℃以上の沸点を有するものがより好ましく、A+50℃以上の沸点を有するものがさらに好ましく、A+100℃以上の沸点を有するものが特に好ましい。
一方、抽出剤としては、粘度が比較的低く取り扱い易くなることから、A+300℃以下の沸点を有するものであるものを選択することができる。
【0068】
中でも、目的産物がイソブタノールである場合に、イソブタノール(沸点108℃)と沸点が大きく異なり、微生物への毒性が低く、且つ、比較的沸点が低く蒸留塔の負荷を少なくできることから、オレイルアルコール(沸点330℃以上360℃以下程度)又は不飽和脂肪酸(沸点230℃以上360℃以下程度)であることが好ましい。
【0069】
抽出発酵槽において、発酵開始時に充填される糖化液としては、廃糖蜜等の安価糖液、又は上述したバイオマスを糖化酵素により糖化させて得られたもの等バイオマス由来糖液であればよく、特に限定されない。
【0070】
バイオマス又はバイオマス処理物の糖化条件としては、例えば、温度は、45℃以上70℃以下とすることができ、45℃以上55℃以下とすることができ、50℃とすることができる。また、糖化時間は12時間以上120時間以下とすることができ、24時間以上96時間以下とすることができ、24時間以上72時間以下とすることができる。
【0071】
上記糖化方法により得られた糖化生成物を、必要に応じて、固液分離することで本実施形態の連続抽出発酵方法で用いられる糖化液が得られる。固液分離する方法としては、固形分と液体分を分けられる公知の方法を用いることができ、例えば、フィルター、振動篩等によりろ過する方法、遠心分離法、スクリュープレスを用いた分離法等が挙げられ、これらに限定されない。
【0072】
また、上記糖化方法に用いられるバイオマスは、糖化反応を効率的に行うために公知の方法を用いて、前処理を施してもよい。
【0073】
前処理方法としては、蒸気のみでの蒸煮法、イオン液体を用いる方法、ミルを用いる粉砕法等が挙げられる。また、前処理方法において、必要に応じて、適宜酸又はアルカリを混合させてもよい。酸としては、硫酸(希硫酸を含む)、塩酸、硝酸、リン酸等の中から選ばれ、これらを単独で又は組み合わせて用いてもよい。中でも工業利用には安価で手に入りやすい硫酸が特に好ましい。アルカリとしては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニアの中から選ばれ、これらを単独で又は組み合わせて用いてもよい。中でも、前処理方法としては、希硫酸を用いた希硫酸蒸解法が好ましい。
【0074】
抽出発酵槽において、発酵のために用いられる微生物としては、目的産物を生成できるものであれば、特別な限定はない。具体的には、酵母や細菌等が挙げられ、遺伝子組換え微生物も好ましく用いられる。遺伝子組換え微生物とは、目的産物への変換に必要な酵素遺伝子を有していない微生物に、遺伝子工学技術によりこれら遺伝子を導入し、目的産物の生成を可能にしたものである。遺伝子組換え微生物としては、例えば、目的産物の発酵活性を有する遺伝子組換え大腸菌等が挙げられる。中でも、本実施形態の制御方法で用いられる微生物としては、コリネバクテリウム(Corynebacterim)属に属する微生物が好ましい。
【0075】
また、通常、炭素数4以上の化合物である発酵生成物は、微生物に対して高い毒性を示すことから、当該発酵生成物に対する耐性を有する微生物を用いてもよい。しかしながら、本実施形態の制御方法によれば、炭素数4以上の化合物である発酵生成物を抽出剤に移行させるため、微生物が毒性を有する発酵生成物と接触時間を短くすることができる。そのため、本実施形態の制御方法においては、炭素数4以上の化合物である発酵生成物に対する耐性を有さない微生物であっても、好ましく用いることができる。
【0076】
また、微生物は微生物を含む培養液をそのまま使用してもよく、又は、微生物を含む培養液を遠心分離により濃縮したもの、乾燥状態のもの等を適宜使用してよい。
【0077】
使用する微生物の量は、微生物の増殖速度、抽出発酵槽の容量、及び発酵に用いる糖化液の量等を元に適宜設定することができる。
【0078】
微生物による発酵で生成される目的産物としては、水にやや溶けにくく(常温水への溶解度100g/L以下)、上述した抽出剤に可溶であるものであれば特に限定されないが、アルコール類、ケトン類、及び有機酸からなる群より選ばれる1種以上の化合物であることが好ましく、アルコール類がより好ましい。
【0079】
アルコール類としては、例えば、ノルマルブタノール、イソブタノール、エタノール等が挙げられる。
【0080】
ケトン類としては、例えば、アセトン等が挙げられる。
【0081】
有機酸として、例えば、乳酸、酪酸、酢酸、クエン酸、リンゴ酸、コハク酸、フマル酸、ピルビン酸等が挙げられる。
【0082】
中でも、目的産物としては、ノルマルブタノール、イソブタノール、及び、エタノールからなる群より選ばれる1種以上の化合物であることが好ましい。また、バイオポリエチレンテレフタレート(バイオPET)の原料となり得るバイオパラキシレンの合成のために必要であることから、イソブタノールであることがより好ましい。
【0083】
発酵開始から終了までの下相の比重、すなわち、微生物を含む糖化液の比重、及び、糖化液の少なくとも一部が発酵液に置換された培養液の比重は、1000kg/m以上1010kg/m以下であることが好ましい。下相の比重が上記範囲内であることで、より安定した中間界面を形成することができる。下相の比重は、例えば、ピクノメーターを用いて測定することができる。
【0084】
また、発酵開始から終了までの下相の粘度、すなわち、微生物を含む糖化液の粘度、及び、糖化液の少なくとも一部が発酵液に置換された培養液の粘度は、1.0mPa・s以上1.1mPa・s以下であることが好ましい。下相の粘度が上記範囲内であることで、上記数値範囲内の撹拌所要動力において、より十分に下相を撹拌することができる。下相の粘度は、例えば、B型粘度計を用いて測定することができる。
【0085】
抽出発酵槽100の内径Dに対する抽出発酵槽100に含まれる溶液の液面高さhの比h/D、すなわち、槽体20の内径Dに対する槽体20に含まれる溶液の液面高さhの比h/Dは、1.00以上1.30以下であることが好ましく、1.08であることが特に好ましい。比h/Dが上記範囲内であることで、抽出発酵槽100内に充填される下相及び上相の高さをより十分に確保することができ、各相の撹拌性をより良好に保ちながら、より安定した中間界面50を形成することができる。
【0086】
(撹拌機)
撹拌機10は、回転軸2と、該回転軸2に対して垂直に取り付けられた撹拌翼1と、を有する。撹拌翼1は、回転軸2の高さ方向に、各相に1段以上となるように取り付けられている。
【0087】
撹拌翼1としては、100mPa・s以下程度の比較的低粘度の溶液の撹拌に用いられる公知のものを適宜選択して使用できる。そのような撹拌翼としては、例えば、平パドル翼(直パドル翼ともいう)、傾斜パドル翼、ディスクタービン翼、プロペラ翼、ファウドラー翼(3枚後退翼ともいう)等が挙げられるが、これらに限定されない。中でも、ディスクタービン翼又はプロペラ翼が好ましい。
【0088】
撹拌翼1の枚数は、その種類に応じて適宜選択することができ、例えば、2枚以上8枚以下とすることができ、3枚以上6枚以下が好ましい。
【0089】
下相用の撹拌翼1aと上相用の撹拌翼1bの種類及び枚数は同一であってもよく、異なっていてもよいが、制御が容易であり、且つ、各相の溶液をそれぞれ均一に保つ観点から、同一であることが好ましい。
【0090】
下相用の撹拌翼1a及び上相用の撹拌翼1bの回転方向は、同一方向であり、回転軸2を中心として右回りであってもよく、左回りであってもよい。
【0091】
撹拌翼1の直径R、すなわち、下相用の撹拌翼1aの直径R及び上相用の撹拌翼1bの直径Rはそれぞれ、抽出発酵槽100(槽体20)の内径Dに対して30%以上40%以下の長さであることが好ましく、32%以上40%以下の長さであることがより好ましく、34%以上40%以下の長さであることがさらに好ましい。抽出発酵槽の内径に対する撹拌翼の直径の割合が上記範囲内であることで、各相に含まれる溶液をより適切に撹拌しながら、より安定した中間界面を形成することができる。
【0092】
なお、下相用の撹拌翼1aの直径R及び上相用の撹拌翼1bの直径Rは、同一であってもよく、異なっていてもよいが、制御が容易であり、且つ、各相の溶液をそれぞれ均一に保つ観点から、同一であることが好ましい。
【0093】
下相用の撹拌翼1a及び上相用の撹拌翼1bの抽出発酵槽100の高さ方向、すなわち、回転軸の高さ方向の位置は、中間界面の安定化の観点から、以下に定義される位置に配置されていることが好ましい。
【0094】
すなわち、抽出発酵槽100において、抽出発酵槽100の内径Dに対する抽出発酵槽に含まれる溶液の液面高さhの比h/Dが1.00以上1.30以下であるとき、下相用の撹拌翼1aは、下相用の撹拌翼1aの直径Rに対する中間界面50から下相用の撹拌翼1aまでの抽出発酵槽100の高さ方向の距離Aの比A/Rが好ましくは0.56以上、より好ましくは0.66以上、さらに好ましくは0.79以上となり、且つ、抽出発酵槽の内径Dに対する中間界面50から下相用の撹拌翼1aまでの抽出発酵槽100の高さ方向の距離Aの比A/Dが好ましくは0.19以上、より好ましくは0.23以上、さらに好ましくは0.27以上となる位置に配置されている。下相用の撹拌翼1aの抽出発酵槽100の高さ方向の位置について、比A/R及び比A/Dがいずれも上記下限値以上となる位置であることで、下相の溶液をより十分に撹拌しながら、より安定した中間界面を形成及び維持することができる。
【0095】
比A/Rの上限としては、特に限定されないが、例えば、1.00とすることができる。
【0096】
比A/Dの上限としては、特に限定されないが、例えば、0.40とすることができる。
【0097】
また、抽出発酵槽100において、抽出発酵槽100の内径Dに対する抽出発酵槽に含まれる溶液の液面高さhの比h/Dが1.00以上1.30以下であるとき、上相用の撹拌翼1bが、上相用の撹拌翼1bの直径Rに対する中間界面50から上相用の撹拌翼1bまでの抽出発酵槽100の高さ方向の距離Bの比B/Rが好ましくは0.44以上、より好ましくは0.51以上、さらに好ましくは0.56以上となり、且つ、抽出発酵槽の内径Dに対する中間界面50から上相用の撹拌翼1bまでの抽出発酵槽100の高さ方向の距離Bの比B/Dが好ましくは0.15以上、より好ましくは0.17以上、さらに好ましくは0.19以上となる位置に配置されている。上相用の撹拌翼1bの抽出発酵槽100の高さ方向の位置について、比B/R及び比B/Dがいずれも上記下限値以上となる位置であることで、上相の溶液をより十分に撹拌しながら、より安定した中間界面を形成及び維持することができる。
【0098】
比B/Rの上限としては、特に限定されないが、例えば、0.80とすることができる。
【0099】
比B/Dの上限としては、特に限定されないが、例えば、0.32とすることができる。
【0100】
下相用の撹拌翼1a及び上相用の撹拌翼1bは、それぞれ1段以上回転軸2に取り付けられており、2段、3段、4段、5段等の複数回転軸2に取り付けられていてもよい。中でも、下相用の撹拌翼1a及び上相用の撹拌翼1bは、それぞれ1段以上2段以下回転軸2に取り付けられていることが好ましい。
【0101】
下相用の撹拌翼1a及び上相用の撹拌翼1bにおいて、それぞれ2段以上の複数の撹拌翼が取り付けられている場合に、中間界面50に最も近い撹拌翼の抽出発酵槽100の高さ方向の位置が、上記定義した位置に配置されていることが好ましい。また、中間界面50に最も近い撹拌翼以外の撹拌翼の抽出発酵槽100の高さ方向の位置は、中間界面50から該中間界面50に最も近い撹拌翼までの抽出発酵槽100の高さ方向の距離と、中間界面50にN(Nは1以上の整数)番目に近い撹拌翼から中間界面50にN+1番目に近い撹拌翼までの抽出発酵槽100の高さ方向の距離とが、同一の距離となるように、等間隔で配置されていることが好ましい。
【0102】
図2は、本実施形態の制御方法で用いられる抽出発酵槽の変形例を示す平面図(上)及び縦断面図(下)である。
【0103】
図2に示す抽出発酵槽200は、バッフル60を更に有する点で、図1に示す抽出発酵槽100と異なる。なお、図2以降において、図1に示す構成要素と同一のものについては、同じ符号を用いて説明を省略する。
【0104】
(バッフル)
バッフル60は、邪魔板とも称され、槽体20の側壁の内面から中心Oに向かって伸びる平板状部材から構成されている。
【0105】
抽出発酵槽200を平面視したときのバッフル60の幅Dbは、抽出発酵槽200の内径D、すなわち槽体20の内径Dに対して3%以上9%以下の長さであることが好ましい。抽出発酵槽200の内径Dに対するバッフル60の幅Dbの割合が上記範囲内であることで、各相の溶液の混合をより促進させることができる。特に、抽出発酵槽200の内径Dに対するバッフル60の幅Dbの割合が上記範囲内であることで、下相における微生物と糖化液との接触効率をより向上させて、目的産物の生産効率を高く保つことができる。
【0106】
バッフル60の高さは、少なくとも下相の溶液の混合をより促進させる観点からは、下相の液高さよりも高いことが好ましく、下相及び上相のいずれの溶液もより十分に混合する観点からは、抽出発酵槽200に含まれる溶液の液高さと同等以上であることがより好ましい。
【0107】
図2に示す抽出発酵槽200では、抽出発酵槽200を平面視したときに、バッフル60を槽体20の円周方向に90°毎ずらして4枚設けた場合を示している。バッフル60の数は、これに限らず、2枚以上4枚以下設けることが好ましい。抽出発酵槽200を平面視したときのバッフル60の配置としては、等間隔で間隔を空けて配置されていることが好ましい。具体的には、例えば、2枚のバッフル60を設ける場合には、抽出発酵槽200を平面視したときに、バッフル60を槽体20の円周方向に180°毎ずらして設ける。例えば、3枚のバッフルを設ける場合には、抽出発酵槽200を平面視したときに、バッフル60を槽体20の円周方向に120°毎ずらして設ける。
【0108】
バッフル60の下縁は、図2に示すように、槽体20の底部に接続していてもよく、或いは、若干距離が空いていてもよい。
【0109】
図3は、本実施形態の制御方法で用いられる抽出発酵槽の変形例を示す平面図(上)及び縦断面図(下)である。
【0110】
図3に示す抽出発酵槽300は、撹拌機10の回転軸2が、抽出発酵槽300を平面視したときに抽出発酵槽300又は槽体20の中心Oに対して線分Cだけ偏心して配置されている点で、図1に示す抽出発酵槽100と異なる。通常、撹拌機10の回転軸2は、図1及び図2に示すように、抽出発酵槽又は槽体の中心Oに配置されていることが好ましいが、撹拌機10の回転軸2を抽出発酵槽300又は槽体20の中心Oに対して偏心して配置することで、バッフルを設ける場合と同様に、各相の溶液の混合をより促進させることができる。
【0111】
本実施形態の制御方法で用いられる抽出発酵槽は、図1図3に示す抽出発酵槽に限定されず、本発明の効果を損なわない範囲内において、図1図3に示すものの一部の構成が変更又は削除されたものや、これまでに説明したものにさらに他の構成が追加されたものであってもよい。
【0112】
例えば、図3に示す抽出発酵槽300において、撹拌機10の回転軸2は抽出発酵槽300又は槽体20の底面に対して垂直ではなく、傾斜するように配置されていてもよい。
【0113】
また、例えば、図1図3に示す抽出発酵槽の前段に、糖化槽及び固液分離装置が配管を介して配設されていてもよい。
【0114】
糖化槽は、前処理済みバイオマスを糖化酵素により糖化するように構成されている。
【0115】
糖化槽としては、特別な限定はなく、公知の糖化槽を用いることができる。具体的には、撹拌型、通気撹拌型、気泡塔型、流動層型、充填層型等の糖化槽が挙げられる。
【0116】
また、糖化槽は、槽内の温度を一定に保つために、槽の外側に温水循環式のジャケット等の温度調節装置を備えてもよい。
【0117】
固液分離装置は、糖化槽で得られた糖化生成物を糖化液と糖化残渣とに固液分離するように構成されている。固液分離装置で分離された糖化残渣は、セルロースやヘミセルロース等の未糖化成分を含むことから、糖化槽に投入することで、糖化原料として利用することができる。
【0118】
固液分離装置としては、特に限定されず、例えば、フィルター、振動篩、遠心分離装置、スクリュープレス等が挙げられる。
【0119】
<その他の工程>
本実施形態の制御方法は、上記抽出発酵工程に加えて、上記抽出発酵工程の後に、分離精製工程、循環工程、濃縮工程等のその他の工程を更に含んでもよい。
【0120】
[分離精製工程]
分離精製工程では、抽出発酵工程の後に上相を回収し、上相の主成分である抽出剤から目的産物を蒸留により分離精製する。
【0121】
蒸留による分離精製の条件は、目的産物及び抽出剤の種類に応じて、公知の方法により適宜設定することができる。
【0122】
[循環工程]
循環工程では、目的産物が分離されて再生された抽出剤を抽出発酵槽に循環する。
【0123】
1時間当たりの抽出剤の循環量、すなわち、抽出発酵槽からの抽出剤の抜き出し流量、及び蒸留塔で再生された抽出剤の抽出発酵槽への供給流量は、同一であってもよく、異なっていてもよいが、抽出発酵槽に含まれる下相及び上相の容量比を一定に保つことで、発酵液から抽出剤への目的産物の移行速度を一定に保つ観点から、同一であることが好ましい。
【0124】
1時間当たりの抽出剤の循環量、すなわち、抽出発酵槽からの抽出剤の抜き出し流量、及び蒸留塔で再生された抽出剤の抽出発酵槽への供給流量は、抽出発酵槽に抽出発酵当初に充填された容量の一部又は全部とすることができるが、一定量の抽出剤が一定時間発酵液と接していることが好ましいことから、抽出発酵槽に抽出発酵当初に充填された容量の一部であることが好ましい。1時間当たりの抽出剤の循環量は、用いる糖化液の糖濃度や抽出発酵槽規模等に応じて、適宜、最適な循環量となるように制御することができる。具体的には、例えば、抽出発酵槽容量が数百リットル規模以上の場合は、1時間当たりの抽出剤の循環量(m/時間)が、抽出発酵槽中の抽出剤容量(m)の1/10以上10/10未満となるように制御することが好ましい。
【0125】
[濃縮工程]
濃縮工程では、分離精製工程で得られた目的産物を濃縮する。当該工程により、より純度の高い目的産物を得ることができる。
【0126】
濃縮方法としては、目的産物の種類に応じて適宜選択することができるが、例えば、浸透気化(PV)法、又は蒸気透過(VP)法等の膜分離法や、吸着剤を利用したPSA(pressure swing adsorption)等の公知の濃縮方法が挙げられる。
【実施例
【0127】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0128】
[参考例1]
(中間相の発酵収率に対する影響)
図4に示す装置(200mL容瓶及び撹拌子使用)を用いて、以下の表に示す条件で、マグネチックスターラーにより撹拌速度をふって、33℃の温度下で60分間又は80分間抽出発酵を行った。発酵微生物としては、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属細菌を用いて、予め好気培養しておいた菌体を集菌した後、菌体濃度0.15g/mLとなるように任意培地に懸濁して、菌体溶液を調製した。
各条件において、糖化液に、該菌体濃度が10%(wet-w/v)となるように添加し、5N NaOHを用いてpHを7.5となるように調整した。
【0129】
各条件での中間界面の観察像、並びに、抽出発酵におけるグルコースの消費量及びイソブタノール(IBA)の産生量の経時的変化を図5に示す。
【0130】
【表1】
【0131】
また、IBAの産生量から、以下の式を用いて発酵収率を算出した。算出結果を上記表に示す。
【0132】
(発酵収率)
=(IBAの産生量)×100/(使用したグルコース質量あたりの理論IBA産生量)
【0133】
表1及び図5に示すように、中間界面を安定化することで、発酵収率が5質量%以上10質量%以下程度増加することが明らかとなった。
また、中間界面が乱れている条件A-2及びB-2では、抽出発酵開始から24時間以降にIBAの産生速度が低下していた。一方で、中間界面が安定している条件A-1及びB-1では、抽出発酵開始から24時間以降においてもIBAの産生速度を維持していた。
【0134】
以上のことから、中間界面が乱れている状況又はエマルジョン様の第3相が形成されている状況下では、IBA産生性が低下することから、IBA産生性の向上のためには、中間界面を安定化することが重要であることが明らかとなった。
【0135】
[実施例1]
(所要撹拌動力と中間界面の安定性の関係について)
1.ベンチスケール
図6に示す90Lの抽出発酵槽を用いて、33℃の温度下において、下相に水を30L、上相にオレイルアルコールを30L仕込み、以下の表に示す条件で、撹拌速度をふって10分間撹拌を行い、中間界面の観察を行なった。また、モーター出力(空転込み)を単位容積あたりの撹拌所要動力として測定した。なお、表に示す水及びオレイルアルコールの比重及び粘度は、安全データシート(Safety Data Sheet;SDS)に記載の理論値である。また、攪拌速度については、条件1-1における攪拌速度(基準速度)を1としたときの割合で示した。
【0136】
【表2】
【0137】
2.実機スケール:動的シミュレーション
以下のツールを用いて、図7に示す100mの抽出発酵槽にて以下の表に示す条件で界面流動解析を行い、中間界面の観察及び各種出力データを整理検討した。なお、表に示す固体を除去した糖化液の比重は、糖化液の一部について、質量及びメスシリンダーを用いて容積を測定し、質量を容積で除することで算出した。該糖化液の粘度はB型粘度計を用いて測定した。また、オレイルアルコールの比重及び粘度は、SDSに記載の理論値である。また、攪拌速度については、条件2-1における攪拌速度(基準速度)を1としたときの割合で示した。
【0138】
・ツール
解析ソフト:ANSYS GLUENT 2020R1(ANSYS,Inc.)
モデル:VOF(Volume of Fluid)モデル
【0139】
【表3】
【0140】
3.結果
単位容積あたりの撹拌所要動力と中間界面の状態の関係を図8に示す。
【0141】
図8からスケールに因らず、単位容積あたりの撹拌所要動力を90W/m未満とすることで、中間界面を安定化することができることが明らかとなった。
【0142】
また、実機スケール(100mの抽出発酵槽)の界面流動解析から、各撹拌条件下でのコンター図を作成した。
【0143】
図9から図16は、「2.実機スケール」の動的シミュレーションにおける各攪拌条件下でのコンター図である。
詳細には、図9は、2-1の撹拌条件下のコンター図である。図10は、2-2の撹拌条件下のコンター図である。図11は、2-3の撹拌条件下のコンター図である。図12は、2-6の撹拌条件下のコンター図である。図13は、2-7の撹拌条件下のコンター図である。図14は、2-8の撹拌条件下のコンター図である。図15は2-4の撹拌条件下のコンター図である。図16は2-5の撹拌条件下のコンター図である。
図9から図16にはそれぞれ、側面視での中間界面50の形状と、奥行き方向において回転軸2と同一の位置での液体の流速が示されており、液体の流速の等値線のピッチは0.1m/秒に設定されている。
図9から図16に示すように、中間界面50が乱れている場合の中間界面形状は大きく波打った形状となっており、中間界面50が安定している場合の平坦な中間界面形状と比較すると、中間界面50が乱れている場合の中間界面積は大きくなった。この結果から、発明者らは中間界面の安定程度を中間界面積増加率にて表現することを思い至った。
界面流動解析結果から、各撹拌条件下での、以下の式(I)で計算される、中間界面の面積増加率を算出した。
【0144】
式(I): (中間界面の面積増加率)={(抽出発酵工程における撹拌時の中間界面の面積)-(抽出発酵槽の横断面積)}×100/(抽出発酵槽の横断面積)
【0145】
なお、式(I)内の「抽出発酵工程における撹拌時の中間界面の面積」は、図9から図16のコンター図において、下相30と上相40の両方に接している符号50で示される界面部分の上面積に、下相30及び上相40に混入しているエマルジョン様の各液滴51の表面積を加えた面積である。界面部分の上面積は、界面部分の下面積に等しい。
中間界面の面積は、上述の解析ソフト:ANSYS GLUENT 2020R1(ANSYS,Inc.)を用いて、以下の式(1)により算出された。
【0146】
【数2】

(上記(1)中のαは、抽出発酵槽内の液体が占める領域(空気相70よりも下方の領域)を三次元的に多数のセルに分割したときの各セルに占める下相30の体積分率を示し、αは、前記各セルに占める上相40の体積分率を示す。また、∇αは下相30の体積分率勾配を示し、∇αは上相40の体積分率勾配を示す。)
【0147】
なお、図9から図16において符号50で示される界面部分と各液滴51は、下相30の体積分率αが0.5の値をとるセル(下相30と上相40の境界面に位置するセル)の位置を示している。
【0148】
図17は、表3に示された撹拌条件2-1~2-5による撹拌時の界面積の変化を示すグラフであり、図18は、表3に示された撹拌条件2-6~2-8による撹拌時の界面積の変化を示すグラフである。
【0149】
図17及び図18における各撹拌条件での界面積を示す線が略直線状に収束しているかと、図9から図16に示されたコンター図中の中間界面50の見た目とから、図8及び以下の表4に示されている中間界面状況を判断した。界面積を示す線が略直線状に収束しているか否かの判断には、閾値として1.5(m/s)を用い、1秒間に界面積が1.5m以上増減する場合に収束していないと判断し、1.5m未満である場合に収束していると判断した。
表4は、撹拌所要動力と中間界面の面積増加率と中間界面の状況との関係を示している。
【0150】
【表4】
【0151】
表4に示すように、単位容積あたりの撹拌所要動力を90W/m未満とすることで、中間界面の面積増加率を70%以下に制御することができ、中間界面を安定化することができることが明らかとなった。
【0152】
[実施例2]
(各相の撹拌翼の抽出発酵槽の高さ方向の位置と中間界面の安定性の関係)
1.実機スケール:動的シミュレーション
以下のツールを用いて、図7に示す100mの抽出発酵槽にて以下の表に示す条件で、上相及び下相の撹拌翼の、抽出発酵槽の高さ方向の位置を変えて、界面流動解析を行った。なお、表に示す固体を除去した糖化液の比重は、糖化液の一部について、質量及びメスシリンダーを用いて容積を測定し、質量を容積で除することで算出した。該糖化液の粘度はB型粘度計を用いて測定した。また、オレイルアルコールの比重及び粘度は、SDSに記載の理論値である。
【0153】
・ツール
解析ソフト:ANSYS GLUENT 2020R1(ANSYS,Inc.)
モデル:VOF(Volume of Fluid)モデル
【0154】
【表5】
【0155】
2.結果
下相用の撹拌翼の直径又は抽出発酵槽の直径と中間界面の面積増加率との関係を示すグラフ(左)、及び、上相用の撹拌翼の直径又は抽出発酵槽の直径と中間界面の面積増加率との関係を示すグラフ(中央)を図10に示す。
【0156】
図10に示すように、下相用の撹拌翼が、該下相用の撹拌翼の直径に対する中間界面から下相用の撹拌翼までの抽出発酵槽の高さ方向の距離Aの比が0.56以上となり、且つ、抽出発酵槽の内径に対する中間界面から下相用の撹拌翼までの抽出発酵槽の高さ方向の距離Aの比が0.19以上となる位置に配置されていることで、中間界面の面積増加率を70%以下に制御できる、すなわち、中間界面を安定化できることが明らかとなった。
【0157】
また、上相用の撹拌翼が、該上相用の撹拌翼の直径に対する中間界面から上相用の撹拌翼までの抽出発酵槽の高さ方向の距離Bの比が0.44以上となり、且つ、抽出発酵槽の内径に対する中間界面から上相用の撹拌翼までの抽出発酵槽の高さ方向の距離Bの比が0.15以上となる位置に配置されていることで、中間界面の面積増加率を70%以下に制御できる、すなわち、中間界面を安定化できることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0158】
本実施形態の抽出発酵における中間界面の制御方法によれば、中間界面でのエマルジョン化を抑制し、中間界面を安定化することができる。
【符号の説明】
【0159】
1…撹拌翼、1a…下相用の撹拌翼、1b…上相用の撹拌翼、2…回転軸、10…撹拌機、20…槽体、30…下相、40…上相、50…中間界面、60…バッフル、70…空気相、100,200,300…抽出発酵槽
【要約】
抽出発酵における中間界面の制御方法は、同一槽内で、下相にて糖化液を微生物で発酵させて目的産物を産生し、且つ、産生された前記目的産物を上相の抽出剤に抽出移行させる抽出発酵を行う抽出発酵工程を含み、前記抽出発酵工程で用いられる抽出発酵槽は、各相に1段以上の撹拌翼を有する撹拌機を備え、前記抽出発酵工程において、前記抽出発酵槽に含まれる溶液の総容量に対する撹拌所要動力を90W/m未満に制御する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19