(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-09
(45)【発行日】2024-01-17
(54)【発明の名称】強断続切削加工においてすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20240110BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 A
(21)【出願番号】P 2020023657
(22)【出願日】2020-02-14
【審査請求日】2022-12-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】引田 和宏
(72)【発明者】
【氏名】高島 英彰
【審査官】山本 忠博
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-042906(JP,A)
【文献】特開2019-072838(JP,A)
【文献】特開2010-228016(JP,A)
【文献】特開2017-119343(JP,A)
【文献】特開2020-121378(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14,51/00;
B23C 5/16;
B23P 15/28;
C23C 14/00-14/58,16/00-16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基体表面に、A層とB層が
1層ずつ交互に積層された交互積層構造からなる
層厚0.5~3.0μmの硬質被覆層が設けられた表面被覆切削工具において、
(a)前記A層は、
組成式:(Ti
1-zAl
z)N
で表した場合に、0.4≦z≦0.7(但し、zは原子比によるAlの含有割合を示す)を満足するTiとAlの複合窒化物層、
(b)前記B層は、
組成式:(Cr
1-x-yAl
xM
y)N
で表した場合に、0.03≦x≦0.4、0≦y≦0.05(但し、xは原子比によるAlの含有割合、yは原子比による成分Mの合計含有割合であり、また、成分Mは、Crを除く周期表の4a、5a、6a族元素、BおよびSiから選ばれる1種または2種以上の元素を示す)を満足するCrとAlとMの複合窒化物層であり、
(c)前記A層の一層平均層厚
tAは0.20~0.50μmであり、
前記B層の一層平均層厚
tBは0.20~0.60μmであり、
前記A層の一層平均層厚
tAに対する
前記B層の一層平均層厚
tBの比tB/tAの値は0.67~2.0を満足し、
(d)前記A層と
前記B層
が1層ずつ交互に積層された交互積層構造からなる硬質被覆層は立方晶組織を有し、前記硬質被覆層全体のX線回折によって得られる(200)面の回折ピーク角度から算出される
前記硬質被覆層を構成する結晶粒の格子定数a(Å)は4.10≦a≦4.20を満足し、
(e)
前記(200)面のX線回折ピーク強度をI(200)、また、(111)面のX線回折ピーク強度をI(111)とした場合、2.0≦I(200)/I(111)≦10.0を満足し、
(f)
前記硬質被覆層の少なくとも刃先稜線部の縦断面においては、最大長さが50nm以上の大きさを有する混入溶滴の面積の和(Sdp)が、前記刃先稜線部の縦断面の面積(Sc)に対して占める面積比率Sdp/Scは、0.100%以下であり、かつ、最大長さが10nm以上50nm未満の大きさを有する混入溶滴の面積の和(Ssdp)が、前記刃先稜線部の縦断面の面積(Sc)に対して占める面積比率Ssdp/Scは、0.001%以上0.100%以下であることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記B層について、層厚の1/10以下の押し込み深さでのナノインデンテーション試験を行うことによって求めた塑性変形仕事比率W
plast/(W
plast+W
elast)の値は0.30~0.40の範囲内であることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、高硬度合金鋼等の強断続切削加工において、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を示し、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、表面被覆切削工具には、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工や平削り加工にバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるスローアウエイチップ、前記被削材の穴あけ切削加工などに用いられるドリルやミニチュアドリル、さらに前記被削材の面削加工や溝加工、肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミルなどがあり、また前記スローアウエイチップを着脱自在に取り付けて前記ソリッドタイプのエンドミルと同様に切削加工を行うスローアウエイエンドミル工具などが知られている。
【0003】
また、被覆工具として、CrとAlの複合窒化物((Cr,Al)N)層、あるいは、TiとAlの複合窒化物((Ti,Al)N)層からなる硬質被覆層を、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金、炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットあるいは立方晶窒化硼素焼結体(以下、cBNで示す)からなる基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、アークイオンプレーティング法により、被覆形成した被覆工具が知られている。
そして、被覆工具の切削性能を改善するために、多くの提案がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、工具基体の表面に、(Ti,Al)系複合窒化物あるいは複合炭窒化物層からなる下部層と、(Cr,Al)系複合窒化物層からなる上部層を被覆形成し、かつ、上部層は、立方晶構造からなる薄層Aと、立方晶構造と六方晶構造の混在する薄層Bの交互積層構造として構成することによって、高速断続切削加工における潤滑性と耐摩耗性を改善することが提案されている。
なお、上記下部層は、組成式:(Ti1-Q-RAlQM1R)(C,N)で表した場合に、0.4≦Q≦0.65、0≦R≦0.1(但し、Qは原子比によるAlの含有割合、Rは原子比による成分M1の合計含有割合であり、また、成分M1は、Si、B、Zr、Y、V、W、NbまたはMoから選ばれる1種または2種以上の元素を示す)を満足するTiとAlとM1の複合窒化物または複合炭窒化物層であり、上記薄層Aは、組成式:(Cr1-α-βAlαM2β)Nで表した場合に、0.25≦α≦0.65、0<β≦0.1(但し、αは原子比によるAlの含有割合、βは原子比による成分M2の合計含有割合であり、また、成分M2は、Zr、Y、V、W、Nb、MoまたはTiから選ばれる1種または2種以上の元素を示す)を満足する立方晶構造のCrとAlとM2の複合窒化物層であり、さらに、上記薄層Bは、組成式:(Cr1-γ-δAlγM3δ)Nで表した場合に、0.75≦γ≦0.95、0<δ≦0.1(但し、γは原子比によるAlの含有割合、δは原子比による成分M3の合計含有割合であり、また、成分M3は、Zr、Y、V、W、Nb、MoまたはTiから選ばれる1種または2種以上の元素を示す)を満足するCrとAlとM3の複合窒化物層であることが記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、工具基体表面に、A層とB層がそれぞれ少なくとも1層ずつ以上交互に積層された交互積層構造からなる硬質被覆層が設けられた表面被覆切削工具において、
(a)前記A層は、
組成式:(Ti1-zAlz)N
で表した場合に、0.4≦z≦0.7(但し、zは原子比によるAlの含有割合)を満足し、
(b)前記B層は、
組成式:(Cr1-x-yAlxMy)N
で表した場合に、0.03≦x≦0.4、0≦y≦0.05(但し、xは原子比によるAlの含有割合、yは原子比による成分Mの合計含有割合であり、また、成分Mは、Crを除く周期律表の4a、5a、6a族元素、BおよびSiから選ばれる1種または2種以上の元素)を満足し、
(c)前記A層の一層平均層厚をtA、B層の一層平均層厚をtBとした場合、A層の一層平均層厚に対するB層の一層平均層厚の比tB/tAの値は0.67~2.0を満足し、
(d)前記A層とB層からなる硬質被覆層全体のX線回折によって得られる(200)面の回折ピーク角度から算出される硬質被覆層を構成する結晶粒の格子定数a(Å)は4.10≦a≦4.20を満足し、
(e)前記A層とB層からなる硬質被覆層全体のX線回折によって得られる(200)面のX線回折ピーク強度をI(200)、また、(111)面のX線回折ピーク強度をI(111)とした場合、2.0≦I(200)/I(111)≦10を満足する表面被覆切削工具が提案されている。
【0006】
特許文献3には、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HiPIMS)を用いて、被覆層中に混入溶滴を含まない被覆工具を作製すること、即ち、基材と、前記基材上に設けられかつ混入溶滴を含まない少なくとも一つの被覆層を含み、前記被覆層は、(Me1-xAlx)1-ySiyNuG1-uの組成を有し、Meが、周期表のIVA-VIA 族から選択される一つ以上の金属又はその混合物であり、原子濃度が、0.4≦x≦0.8かつ0≦y≦0.2であり、Gが、B,C,およびOの少なくとも一つから選択され、u>0.5であり、前記被覆層が25GPaを超える硬度を有する被覆工具を作製できることが記載されている。
【0007】
特許文献4には、工具の表面に硬質皮膜を有する被覆切削工具であって、前記硬質皮膜は窒化物であり、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、アルミニウム(Al)を80原子%以上90原子%以下で含有しており、チタン(Ti)を10原子%以上20原子%以下で含有しており、金属元素(半金属を含む)と非金属元素の総量に対して、アルゴン(Ar)を0.50原子%以下で含有しており、前記硬質皮膜はX線回折で特定される結晶構造が六方晶最密充填構造であり、かつ、AlN(100)面に起因する回折ピークが最大強度を示し、平均結晶粒径が5nm以上50nm以下であり、前記硬質皮膜の断面観察において、円相当径が1.0μm以上のドロップレットが100μm2当り5個以下である被覆切削工具が提案され、この被覆切削工具によれば、AlTiN層中に粗大なドロップレットが少ないことから、皮膜が緻密となり靱性が向上するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2009-101491号公報
【文献】特開2017-42906号公報
【文献】特表2015-501371号公報
【文献】国際公開第2019/035219号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
近年の切削加工装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工は高能率化の傾向にある。
前記特許文献1~4で提案されている従来被覆工具においては、これを鋼や鋳鉄の通常条件での切削に用いた場合には格別問題はないが、特に、切れ刃に高負荷が作用する高硬度合金鋼等の強断続切削加工条件で用いた場合には、チッピング等が発生しやすく、また、耐摩耗性も満足できるものではないため、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、本発明者等は、高硬度合金鋼等の強断続切削加工のように、切れ刃に高負荷が作用する切削加工条件下で、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮すると同時に、耐摩耗性にも優れた被覆工具を開発すべく、鋭意研究を重ねた結果、以下の知見を得た。
(a)まず、硬質被覆層が、(Cr,Al)N層あるいは(Cr,Al,M)N層で構成された従来被覆工具において、硬質被覆層の構成成分であるAlは高温硬さと耐熱性を向上させ、Crは高温強度を向上させると共に、CrとAlが共存含有した状態で高温耐酸化性を向上させる作用があること、また、添加成分MがZrの場合は耐熱塑性変形性向上、Vは潤滑性向上、Nbは高温耐摩耗性向上、Moは耐溶着性向上、Wは放熱性向上、Tiはさらなる高温硬度向上というように、M成分の種類に応じて、硬質被覆層の特性の改善が図られ、そして、硬質被覆層は、これらM成分を含有することによって、耐欠損性、耐溶着性、耐酸化性および耐摩耗性が向上することは、既に知られている。
【0011】
(b)また、(Ti,Al)N層はすぐれた高温強度を備え、しかも、工具基体と前記(Cr,Al,M)N層に対してすぐれた高密着強度を有するので、(Ti,Al)N層をA層とし、また、(Cr,Al,M)N層をB層とし、A層とB層との積層構造として硬質被覆層を形成すると、硬質被覆層全体として、すぐれた高温強度を有し、また、すぐれた耐チッピング性を有する被覆工具となることも、既に知られている。
【0012】
(c)しかし、本発明者は、特に、前記A層とB層からなる硬質被覆層全体を構成する結晶粒の格子定数及び硬質被覆層を構成する結晶粒の(111)面、(200)面のXRDピーク強度比を所定の範囲内に規制することにより、前記B層の備える硬さと塑性変形性のバランスを図ることができ、これによって、切れ刃に作用する切削加工時の断続的・衝撃的な高負荷を緩和し、硬質被覆層の耐チッピング性を向上させ得ることを見出したのである。
さらに、硬質被覆層の刃先稜線部に存在する混入溶滴(ドロップレットあるいはパーティクルともいう)の含有面積率を適正な範囲に定めることによって、被削材と硬質被覆層表面の混入溶滴の反応性を低下せしめることができ、これによって溶着チッピングの発生を低減できるとともに、刃先稜線部の耐衝撃性を高め、切削加工時に刃先に作用する衝撃を緩和することができるため、クラックの伝播・進展を抑制し、硬質被覆層のチッピング、欠損、剥離等の異常損傷の発生を抑制できることを見出した。
また、本発明のB層について、ナノインデンテーション試験を行ったところ、塑性変形仕事比率Wplast/(Wplast+Welast)の値が0.30~0.40の範囲内となる時、さらに硬質被覆層のチッピング、欠損等の異常損傷の発生や摩耗の進行を抑制できることを確認している。
【0013】
(d)さらに、本発明者は、前記B層とA層との交互積層構造として構成することによって、工具基体と硬質被覆層の密着強度、交互積層の各層間密着強度を確保しつつ、長期の使用にわたってさらに一段とすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性が発揮されるようになることを見出したのである。
【0014】
この発明は、上記の研究結果に基づいてなされたものであって、
(1)工具基体表面に、A層とB層が1層ずつ交互に積層された交互積層構造からなる層厚0.5~3.0μmの硬質被覆層が設けられた表面被覆切削工具において、
(a)前記A層は、
組成式:(Ti1-zAlz)N
で表した場合に、0.4≦z≦0.7(但し、zは原子比によるAlの含有割合を示す)を満足するTiとAlの複合窒化物層、
(b)前記B層は、
組成式:(Cr1-x-yAlxMy)N
で表した場合に、0.03≦x≦0.4、0≦y≦0.05(但し、xは原子比によるAlの含有割合、yは原子比による成分Mの合計含有割合であり、また、成分Mは、Crを除く周期表の4a、5a、6a族元素、BおよびSiから選ばれる1種または2種以上の元素を示す)を満足するCrとAlとMの複合窒化物層であり、
(c)前記A層の一層平均層厚tAは0.20~0.50μmであり、前記B層の一層平均層厚tBは0.20~0.60μmであり、前記A層の一層平均層厚tAに対する前記B層の一層平均層厚tBの比tB/tAの値は0.67~2.0を満足し、
(d)前記A層と前記B層が1層ずつ交互に積層された交互積層構造からなる硬質被覆層は立方晶組織を有し、前記硬質被覆層全体のX線回折によって得られる(200)面の回折ピーク角度から算出される前記硬質被覆層を構成する結晶粒の格子定数a(Å)は4.10≦a≦4.20を満足し、
(e)前記(200)面のX線回折ピーク強度をI(200)、また、(111)面のX線回折ピーク強度をI(111)とした場合、2.0≦I(200)/I(111)≦10.0を満足し、
(f)前記硬質被覆層の少なくとも刃先稜線部の縦断面においては、最大長さが50nm以上の大きさを有する混入溶滴の面積の和(Sdp)が、前記刃先稜線部の縦断面の面積(Sc)に対して占める面積比率Sdp/Scは、0.100%以下であり、かつ、最大長さが10nm以上50nm未満の大きさを有する混入溶滴の面積の和(Ssdp)が、前記刃先稜線部の縦断面の面積(Sc)に対して占める面積比率Ssdp/Scは、0.001%以上0.100%以下であることを特徴とする表面被覆切削工具、および、
(2)前記B層について、層厚の1/10以下の押し込み深さでナノインデンテーション試験を行うことによって求めた塑性変形仕事比率Wplast/(Wplast+Welast)の値は0.30~0.40の範囲内であることを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具、
に特徴を有するものである。
【発明の効果】
【0015】
この発明の被覆工具は、硬質被覆層中の混入溶滴の量が低減されたことにより、成膜後の状態において表面が平滑であるため、追加の加工工程を経ることなく所望の表面特性を発現できるとともに、切削加工により硬質被覆が摩耗した際に表出する硬質被覆層表面の混入溶滴が少なくなるため、表出した混入溶滴に起因するチッピングやクラックの発生を低減し、工具の長寿命化に貢献する。
また、硬質被覆層内部の混入溶滴を起点とした硬質被覆層の破壊や異常成長が生じることはないため、塑性変形仕事率が低減し、一方、硬質被覆層中に微小の混入溶滴が微量(適量)存在することで、皮膜の残留応力を緩和する効果がある。
前記のように、硬質被覆層中の混入溶滴をコントロールすることによって、切刃に高負荷が作用する高硬度合金鋼等の強断続切削加工に供した場合であっても、すぐれた耐チッピング性と耐摩耗性を長期に亘って発揮するものである。
この発明の被覆工具は、HiPIMS装置を使用して成膜することにより、混入溶滴をコントロールすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明被覆工具の硬質被覆層の縦断面概略模式図の一例を示す。
【
図2】本発明被覆工具のA層とB層の交互積層からなる硬質被覆層を成膜するのに用いるHiPIMS装置からなる物理蒸着装置の概略図を示し、(a)は概略平面図、(b)は概略正面図である。
【
図3】本発明被覆工具の刃先部分の縦断面の概略模式図を示し、本発明でいう刃先稜線部とは、図中P-Q-R-Sで囲まれたA層及びB層の領域である。
【
図4】塑性変形仕事比率を求めるための試験法の概略説明図を示す。
【
図5】
図4の試験法によって求められた変位-荷重の負荷曲線及び変位-荷重の除荷曲線の概略説明図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
つぎに、この発明の被覆工具について、より詳細に説明する。
【0018】
A層:
図1に、本発明被覆工具の硬質被覆層の縦断面概略模式図を示すが、交互積層構造からなる硬質被覆層のA層を構成するTiとAlの複合窒化物層(以下、単に、「(Ti,Al)N層」と記すこともある)は、それ自体すぐれた高温強度を備えることに加え、工具基体と交互積層を構成するB層のいずれに対してもすぐれた密着強度を有するため、A層とB層との交互積層構造によって硬質被覆層を形成することによって、A層-B層間の層間密着強度を高めることができ、その結果、耐摩耗性を低下させることなく耐チッピング性を向上させることができる。
ただ、(Ti,Al)Nを、
組成式:(Ti
1-zAl
z)N
で表した場合に、Alの含有割合を示すz値(原子比)が0.4未満では、高温硬さが低下するため耐摩耗性の劣化を招き、また、z値(原子比)が0.7を超えると、相対的なTi含有割合の減少により、十分な高温強度を確保することができなくなるとともに、六方晶構造の結晶粒が出現することによって硬さが低下し、その結果、耐摩耗性が低下することから、A層におけるAlの含有割合z値(原子比)を、0.4≦z≦0.7と定めた。
なお、本発明でいう工具基体とは、この出願の前から当業者に既によく知られている工具基体であり、例えば、炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットあるいは立方晶窒化硼素焼結体からなる工具基体をいう。
【0019】
B層:
B層を構成するCrとAlとMの複合窒化物層(以下、単に、「(Cr,Al,M)N層」と記すこともある)は、B層の主成分であるCrが、高温強度を向上させ、硬質被覆層の耐チッピング性を向上させるとともに、Al成分との共存含有によって、高温耐酸化性向上にも寄与し、さらに、強断続切削加工時に硬質被覆層に作用する断続的・衝撃的な高負荷を緩和する層として機能する。
ただ、(Cr,Al,M)N層の組成を、
組成式:(Cr1-x-yAlxMy)N
で表した場合、Alの含有割合を示すx値(原子比)が0.4を超えると硬さは増すものの格子歪が大きくなり、耐チッピング性が低下し、一方、x値(原子比)が0.03未満になると耐摩耗性が低下することから、x値(原子比)は0.03以上0.4以下とする。
また、M成分は、Crを除く周期表の4a、5a、6a族元素、BおよびSiから選ばれる1種または2種以上の元素を示すが、M成分の合計含有割合を示すy値(原子比)が0.05を超えると、格子歪が大きくなり耐チッピング性が低下するから、y値(原子比)は0≦y≦0.05とする。
M成分の具体例としては、Zr、Ti、V、Nb、Mo、W、B、Si等が挙げられる。成分Mのうちで、Zrは耐熱塑性変形性を向上し、Tiは高温硬さを向上し、Vは潤滑性を向上し、Nbは高温耐摩耗性を向上し、Moは耐溶着性を向上し、Wは放熱性を向上し、Bは皮膜硬度を高めるとともに潤滑性を向上し、Siは耐熱性を向上する作用を有するが、前記したとおり、M成分の合計含有割合を示すy値(原子比)が0.05を超えると格子歪の増加によりB層の耐チッピング性が低下するので、M成分の合計含有割合の上限は0.05とする。
【0020】
A層とB層とからなる交互積層:
A層とB層とを、1層ずつ以上交互に積層することによって、交互積層構造からなる層厚0.5~3.0μmの硬質被覆層を構成するが、A層の一層平均層厚をtA、B層の一層平均層厚をtBとした場合、A層の一層平均層厚に対するB層の一層平均層厚の比tB/tAの値は0.67~2.0とすることが必要である。
これは、層厚比tB/tAが0.67未満の場合には、硬質被覆層に占めるB層の割合が少ないため十分な耐チッピング性が得られず、一方、層厚比tB/tAが2.0を超える場合には、耐摩耗性が低下するという理由による。
また、交互積層構造からなる硬質被覆層の層厚が0.5μm未満では、長期にわたる十分な耐摩耗性を発揮することができず、一方、層厚が3.0μmを超えると硬質被覆層が自壊を生じやすくなることから、硬質被覆層の層厚は0.5~3.0μmとする。A層及びB層のそれぞれの一層平均層厚は特に限定しない。
さらに、A層とB層からなる交互積層を構成するにあたり、工具基体の表面直上にA層を形成することによって、工具基体と硬質被覆層の密着強度を確保することができ、また、硬質被覆層の最表面にB層を形成することによって、強断続切削加工時に作用する断続的・衝撃的な高負荷を効果的に緩和することができ、より一層、耐チッピング性の向上を図ることができるので、交互積層を構成するにあたり、工具基体の表面直上にA層を、また、硬質被覆層の最表面にB層を形成することが望ましい。
なお、A層、B層の組成、一層平均層厚、硬質被覆層の層厚は、工具基体表面に垂直な硬質被覆層縦断面について、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscopy:SEM)、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)、エネルギー分散型X線分光法(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy:EDS)を用いた断面測定により、測定することができる。
【0021】
A層とB層とからなる硬質被覆層全体の結晶粒の配向性と格子定数:
本発明では、A層とB層とからなる硬質被覆層全体の結晶粒の格子定数aと配向性を、A層およびB層を成膜する際の蒸着条件によって制御することができる。
すなわち、本発明では、硬質被覆層を、例えば、
図2に示すHiPIMS装置からなる物理蒸着装置を用いて成膜するが、
図2(a)、(b)に示すHiPIMS装置の相対向する壁面に、例えば、所定組成のCr-Al-M合金カソード電極(ターゲット)と所定組成のTi-Al合金カソード電極(ターゲット)を対向配置し、装置中央に設けられたテーブル上には、前記Cr-Al-M合金カソード電極(ターゲット)とTi-Al合金カソード電極(ターゲット)からほぼ等距離となる位置(例えば、
図2(a)に示されるような4箇所)に、工具基体を載置する。
次いで、テーブル上で工具基体を自転させながら、工具基体を所定の温度範囲に加熱し、反応ガスを装置内に導入し、工具基体の表面ボンバード洗浄を行い、Cr-Al-M合金カソード電極(ターゲット)とTi-Al合金カソード電極(ターゲット)に交互に高出力インパルスマグネトロンスパッタリングを行うことにより、TiAlN層とCrAlMN層の交互積層からなる硬質被覆層を成膜することができる。
なお、Sdp/ScおよびSsdp/Scの値については、バイアス電圧、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング条件である投入電力、ピーク電流、パルス周波数、パルス印加時間をコントロールすることによって、所定の数値範囲に収めることができる。
【0022】
A層およびB層を成膜するに際してのターゲットの組成とバイアス電圧によって結晶粒の格子定数を制御することができ、また、ピーク電流値、反応ガスとしての窒素ガス分圧、バイアス電圧および成膜温度を制御し、結晶成長の速度と原子の拡散速度を調整することで、配向性をコントロールすることができる。相対的にゆっくりと結晶を成長させることで、結晶粒のfcc(111)面より表面エネルギーが小さいfcc(200)面を工具基体表面と平行に優先的に配向させることができる。
そして、A層とB層とからなる立方晶組織を有する硬質被覆層全体を構成する結晶粒についてX線回折を行い、(200)面の回折ピーク強度をI(200)、(111)面の回折ピーク強度をI(111)とした場合、I(200)/I(111)の値が2.0未満であると、最密面である(111)面配向が強いことから耐チッピング性が低下し、一方、I(200)/I(111)の値が10.0を超えると、(200)配向が極端に強くなるため耐摩耗性が低下する。
したがって、すぐれた耐チッピング性と耐摩耗性を兼備するためには、A層とB層とからなる硬質被覆層全体を構成する結晶粒のI(200)/I(111)の値は2.0以上10.0以下とすることが必要である。
【0023】
また、A層とB層とからなる硬質被覆層全体の結晶粒のfcc(200)面のX線回折ピーク角度から格子定数a(Å)を算出することができるが、算出された格子定数a(Å)が、4.10未満、もしくは、4.20を超えると、格子歪が大きくなりすぎて切削加工時に硬質被覆層が破壊を起こしやすくなるので、A層とB層とからなる硬質被覆層全体の結晶粒の格子定数a(Å)は4.10以上4.20以下とする。
【0024】
混入溶滴:
混入溶滴とは、例えば、AIP装置により成膜された硬質皮膜に一般的に存在し、ドロップレットあるいはパーティクルともいわれるものであって、アーク放電により溶融したターゲット成分が液滴として飛散し、硬質被覆層中に取り込まれた粒のことである。
本発明では、混入液滴について、次のように定義する。
すなわち、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いたエネルギー分散型X線分析法(EDS)(以下、「SEM-EDS」という)のマッピング分析により、刃先稜線部の硬質被覆層の交互積層を構成するA層の縦断面のAl、Ti、N成分の組成を測定したときに、Alおよび/またはTiが検出され、かつN成分が検出されない領域であり、また、同じく、刃先稜線部の硬質被覆層の交互積層を構成するB層の縦断面のCr、Al、M、N成分の組成を測定したときに、Crおよび/またはAlおよび/またはMが検出され、かつN成分が検出されない領域であると定義する。
【0025】
また、本発明でいう刃先稜線部とは次のとおりである。
図3に示される本発明被覆工具において、
図3のP-Q-R-Sで囲まれた硬質被覆層(A層およびB層)の領域を「刃先先端部」と定義する。
ここで、Pは、刃先ホーニング部のすくい面からの起点を示し、直線PQは、起点Pからすくい面に垂直に引いた線分である。
また、Sは、刃先ホーニング部の逃げ面からの起点を示し、直線RSは、起点Sから逃げ面に垂直に引いた線分である。
そして、上記P-Q-R-Sで囲まれた硬質被覆層(A層およびB層)の領域が、本発明でいう「刃先稜線部」である。
【0026】
混入溶滴の面積比率:
前記混入溶滴に関して、刃先稜線部の硬質被覆層(A層およびB層)の縦断面をSEM-EDSマッピング分析により倍率50000倍で観察し、混入液滴の最大長さが50nm以上である粒の面積の和をSdpとし、前記刃先稜線部の硬質被覆層(A層およびB層)の縦断面の面積をScとした場合に、SdpのScに対する比Sdp/Scが0.100%以下、かつ、TEM-EDSマッピング分析により倍率100000倍で観察し、最大長さ10nm以上50nm未満の大きさを有する混入溶滴の面積の和をSsdpとした場合に、SsdpのScに対する比Ssdp/Scが0.001%以上0.100%未満を満足することが好ましい。
なお、ここでいう混入液滴の最大長さとは、混入液滴の輪郭線上の任意の2点間の最大値を指す。
【0027】
そして、Sdp/Scが0.100%を超えると、刃先稜線部の硬質被覆層(A層およびB層)全体に対する混入液滴の含有比率が高くなるため、切削加工の進行とともに硬質被覆層が摩耗すると、硬質被覆層表面に新たな混入溶滴が露出してくる。そして、混入溶滴と被削材との溶着性が高いため、溶着チッピング、欠損、剥離が発生しやすくなり、耐異常損傷性が低下するためである。
したがって、少なくとも刃先稜線部の硬質被覆層(A層およびB層)の縦断面における最大長さが50nm以上の大きさを有する混入溶滴の面積の和Sdpと、刃先稜線部の縦断面の面積Scとの面積比率Sdp/Scは、0.100%以下とする。
【0028】
また、Ssdp/Scを上記のとおり定めた理由は、Ssdp/Scが前記範囲に存在すれば、微細な混入溶滴が硬質被覆層内部に拡散して存在していることにより、耐熱性、耐酸化性に優位に働き、切削性能が向上する。しかし、Ssdp/Scが0.001%未満であると、上記の効果が発生せず、切削向上が向上しない。
一方、Ssdp/Scが0.100%を超えると刃先稜線部の硬質被覆層(A層およびB層)全体に対する混入液滴の含有比率が高くなるため、前記混入溶滴と被削材との溶着性による影響が支配的となり、溶着チッピング、欠損、剥離が発生しやすくなり、耐異常損傷性が低下するためである。
したがって、少なくとも刃先稜線部の硬質被覆層(A層およびB層)の縦断面における最大長さが10nm以上50nm未満の大きさを有する混入溶滴の面積の和Ssdpと、刃先稜線部の断面積の面積Scとの面積比率Ssdp/Scは、0.001%以上0.100%未満とする。
【0029】
B層の塑性変形仕事比率W
plast/(W
plast+W
elast):
本発明の硬質被覆層のB層によって奏される切削加工時の断続的・衝撃的な高負荷の緩和効果を確認するため、B層の層厚の1/10以下の押し込み深さでナノインデンテーション試験を行い、塑性変形仕事比率W
plast/(W
plast+W
elast)を求めたところ、その値は0.30~0.40の範囲内であるときに、より好ましい。
ここで、前記塑性変形仕事比率W
plast/(W
plast+W
elast)とは、
図4、
図5の概略説明図に示すとおり、B層の層厚の1/10以下の押し込み深さになるように荷重を負荷してB層の表面を変位させ(
図4参照)、変位-荷重の負荷曲線を求め(
図5参照)、次いで、荷重を除荷して変位-荷重の除荷曲線を求め(
図5参照)、負荷曲線と除荷曲線の差から、塑性変形仕事比率W
plastと弾性変形仕事W
elastとを求め、これらの値から、塑性変形仕事比率W
plast/(W
plast+W
elast)を算出することができる。
そして、塑性変形仕事比率W
plast/(W
plast+W
elast)が0.30以上0.40以下の範囲内であれば、B層は、耐塑性変形性を低下させることなく衝撃緩和性をも備えることから、強断続切削加工条件に供された場合に、よりすぐれた耐チッピング性を発揮する。
塑性変形仕事比率W
plast/(W
plast+W
elast)が0.30未満であると衝撃緩和性が十分でなく、強断続切削高条件に供された場合に十分な耐チッピング性が得られず、一方0.40を超えると耐塑性変形性が低下し、十分な耐摩耗性が得られなくなることから、塑性変形仕事比率W
plast/(W
plast+W
elast)は0.30以上0.40以下とした。
ここで、押し込み深さをB層の層厚の1/10以下としたのは、下層の影響を排除するためである。下限値は特に定めないが、押し込み深さを浅くするには、押し込み荷重を小さくする必要があるが、押し込み荷重が小さくなると測定精度が低下するため、十分に測定精度が得られる範囲で行う必要がある。
【0030】
A層とB層の交互積層からなる硬質被覆層の成膜方法:
本発明の硬質被覆層は、例えば、HiPIMS装置を用いた物理蒸着によって成膜することができる。
図2(a)、(b)に、本発明の硬質被覆層を成膜するための、HiPIMS装置の概略図を示す。
図2(a)、(b)に示すHiPIMS装置の相対向する壁面に、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング用の所定組成のTi-Al合金カソード電極(ターゲット)とCr-Al-M合金カソード電極(ターゲット)を対向配置し、装置中央に設けられたテーブル上には、前記各カソード電極(ターゲット)からほぼ等距離となる位置(例えば、
図2(a)に示されるような4箇所)に、工具基体を載置する。
次いで、テーブル上で工具基体を自転させながら、工具基体を所定の温度範囲に加熱し、反応ガスを装置内に導入し、例えば、A層を成膜するための高出力インパルスマグネトロンスパッタリングを行うことで、所定の層厚のA層を形成し、次いで、B層を成膜するための高出力インパルスマグネトロンスパッタリングを行うことで、所定の層厚のB層を形成し、A層の形成とB層の形成を交互に行うことにより、A層とB層の交互積層構造からなる本発明の硬質被覆層を成膜することができる。
なお、この場合の高出力インパルスマグネトロンスパッタリング条件は、概ね、以下のとおりである。
(a)A層(TiAlN層)の成膜
ターゲット(カソード電極):Ti
1-zAl
z(但し、0.4≦z≦0.7)のTi-Al合金
投入電力:800~1500(W)
ピーク電流:100(A)
パルス周波数:450~800(Hz)
パルス印加時間:60~120(μs)
(b)B層(CrAlMN層)の成膜
ターゲット(カソード電極):Cr
1-x-yAl
xM
y (但し、0.03≦x≦0.4、0≦y≦0.05(なお、成分Mは、Crを除く周期表の4a、5a、6a族元素、BおよびSiから選ばれる1種または2種以上の元素を示す)を満足する)Cr-Al-M合金
投入電力:1000~1600(W)
ピーク電流:100(A)
パルス周波数:450~800(Hz)
パルス印加時間:60~120 (μs)
(c)≪共通する条件≫
装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入し、スパッタガスとしてアルゴンガスを導入した。
N
2ガス流量:60~100(sccm)
Arガス流量:100(sccm)
工具基体温度:400~550(℃)
バイアス電圧:35~70(-V)
【実施例】
【0031】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
なお、具体的な説明としては、炭化タングステン(WC)基超硬合金製の工具基体からなる被覆工具について説明するが、立方晶窒化硼素(cBN)焼結体製の工具基体からなる被覆工具、炭窒化チタン基サーメットを工具基体とする被覆工具についても同様である。
【0032】
工具基体の作製:
原料粉末として、いずれも0.5~5μmの平均粒径を有する、Co粉末、TiC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr3C2粉末、WC粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてボールミルで72時間湿式混合し、減圧乾燥した後、100MPaの圧力でプレス成形し、これらの圧粉成形体を焼結し、所定寸法となるように加工して、ISO規格SEEN1203AFTN1のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体1~2を製造した。
【0033】
【0034】
成膜工程:
前記WC基超硬合金製の工具基体1~2に対して、
図2に示したHiPIMS装置からなる物理蒸着装置を用いて、
(a)工具基体1~2を、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、HiPIMS装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部にそって装着する。
(b)まず、装置内を排気して10
-2Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、0.5~2.0PaのArガス雰囲気に設定し、前記回転テーブル上で自転しながら公転する工具基体に-200~-1000Vの直流バイアス電圧を印加し、Wフィラメントによって励起されたアルゴンイオンによって工具基体表面を5~30分間ボンバード処理する。
(c)次いで、交互積層構造からなる硬質被覆層を次のようにして形成した。
装置内に反応ガスを導入して表2に示す所定の反応雰囲気にするとともに、前記回転テーブル上で自転する工具基体の温度を表2に示す温度範囲に加熱維持し、工具基体と所定組成のA層形成用カソード電極(ターゲット)に表2に示す所定の直流バイアスを印加するとともに、A層形成用カソード電極(ターゲット)に表2に示す電力を印加することにより、高出力インパルスマグネトロンスパッタリングを行い、A層を形成した。
次いで、装置内に反応ガスを導入して表3に示す所定の反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転する工具基体の温度を表3に示す温度範囲に加熱維持し、工具基体と所定組成のB層形成用カソード電極(ターゲット)に表3に示す所定の直流バイアス電圧を印加し、B層形成用カソード電極(蒸発源)に同じく表3に示す電力を印加することにより、高出力インパルスマグネトロンスパッタリングを行い、B層を形成した。
前記工程で、工具基体1~2の表面に、それぞれ表6に示される目標組成、一層目標平均層厚のA層とB層の交互積層構造からなる硬質被覆層を蒸着形成することによって、表6に示す本発明被覆工具(「本発明工具」という)1~6を作製した。
なお、上記(a)~(c)の蒸着成膜工程において、特にA層とB層の蒸着条件のうち、バイアス電圧を調整することによってA層とB層からなる硬質被覆層全体の結晶粒の格子定数をコントロールし、また、アーク電流値、反応ガスとしての窒素ガス分圧、バイアス電圧および成膜温度等を調整することによってA層とB層からなる硬質被覆層全体の結晶粒の配向性をコントロールし、表4に示される格子定数a、X線回折ピーク強度比1(200)/I(100)を備える硬質被覆層を形成した。
また、成膜時のバイアス電圧、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング条件である投入電力、ピーク電流、パルス周波数、パルス印加時間を調整することによって、Sdp/Scの値、Ssdp/Scの値を所定の数値範囲に収まるようにコントロールした。
【0035】
比較のため、工具基体1~2に対して、表4に示す条件でA層、表5に示す条件でB層を形成し、A層とB層からなる交互積層構造の硬質被覆層を蒸着することにより、表7に示す比較例被覆工具(「比較例工具」という)1~8を作製した。
【0036】
上記で作製した本発明工具1~6および比較例工具1~8について、硬質被覆層の縦断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)、エネルギー分散型X線分光法(EDS)を用いた断面測定により、A層、B層の組成、一層層厚を複数箇所で測定し、これを平均することにより、組成、一層平均層厚を算出した。
また、A層とB層からなる硬質被覆層全体の配向性については、Cr管球を用いたX線回折によって測定されたA層とB層の重なったX線回折ピーク強度I(200)、I(111)の値から算出した。またA層とB層からなる硬質被覆層全体の格子定数については(200)面のX線回折ピークの角度から算出した。
【0037】
また、本発明工具1~6および比較工具1~8について、刃先稜線部のA層とB層からなる硬質被覆層における混入溶滴の面積率を求めた。
すなわち、
図3で示される刃先稜線部P-Q-R-Sの硬質被覆層に属する1つの観察視野において、倍率50000倍のSEM-EDSにより観察して、当該観察視野における最大長さが50nm以上である混入溶滴の面積の総和を求め、当該観察視野の硬質被覆層の面積に対する面積比率を算出した。
そして、5つの観察視野で算出した面積比率の値を平均し、この値を、刃先稜線部の硬質被覆層の面積(Sc)に対する、最大長さが50nm以上である混入溶滴の面積の総和(Sdp)の面積比率Sdp/Scとして求めた。
さらに、
図3で示される刃先稜線部P-Q-R-Sの硬質被覆層に属する1つの観察視野において、倍率100000倍のTEM-EDSにより観察して、当該観察視野における最大長さが10nm以上50nm以下である混入溶滴の面積の総和を画像処理により求め、当該観察視野の硬質被覆層の面積に対する面積比率を算出した。
そして、刃先稜線部P-Q-R-Sに囲まれた領域内の5つの観察視野で算出した面積比率の値を平均し、この値を、刃先稜線部の硬質被覆層の面積(Sc)に対する、最大長さが10nm以上50nm以下である混入溶滴の面積の総和(Ssdp)の面積比率Ssdp/Scとして求めた。
【0038】
また、上記で作製した本発明工具1~6および比較例工具1~8の硬質被覆層の最表面層であるB層について、B層の層厚の1/10以下の押し込み深さでナノインデンテーション試験を行う(
図4参照)ことにより、B層の表面を変位させ、変位-荷重の負荷曲線および変位-荷重の除荷曲線を求め(
図5参照)、該負荷曲線と除荷曲線の差から、塑性変形仕事比率W
plastと弾性変形仕事W
elastとを求め、これらの値から、塑性変形仕事比率W
plast/(W
plast+W
elast)を算出した。
図5に、本発明工具の硬質被覆層のB層について測定した変位-荷重の負荷曲線および変位-荷重の除荷曲線の概略説明図を示す。なお、試験荷重は同時測定する試料のうち、最表面のB層の層厚が最も薄い試料においても押し込み深さがB層の層厚の1/10以下の押し込み深さとなるよう、工具の層厚に応じて決定する。
図5に示す測定結果については試験荷重200mgfにて試験を行っており、押し込み深さがB層の層厚の1/10以下となることも確認している。
表6、表7に、上記で求めた各種の値を示す。
【0039】
【0040】
【0041】
【0042】
【0043】
【0044】
【0045】
次いで、本発明工具1~6および比較例工具1~8について、以下の条件で、単刃の高速正面フライス切削試験を実施した。
切削条件:
被削材:JIS・SCM425のブロック材(幅100mm×長さ330mm)、
切削速度:360m/min、
回転速度:917rev/min、
切り込み:2.3mm、
送り:0.20mm/刃、
切削幅:100mm
カッター径:125mm
の条件で、切削長1650mmまで切削し、逃げ面摩耗幅を測定した。
また、チッピング発生の有無を観察した。
表8に、試験結果を示す。
【0046】
【0047】
表8の結果によれば、本発明工具1~6では、逃げ面摩耗幅の平均は約0.20mmであるのに対して、比較例工具1~8は逃げ面摩耗が進行し、また、短時間でチッピング発生により寿命となるものもあった。
この結果から、本発明工具は、強断続切削加工条件下での耐チッピング性、耐摩耗性のいずれもすぐれていることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の表面被覆切削工具は、高硬度合金鋼の強断続切削条件での切削加工は勿論のこと、各種被削材の切削加工においても、すぐれた耐チッピング性および耐摩耗性を発揮し、長期に亘ってすぐれた切削性能を示すものであるから、切削加工装置の高性能化、並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。