(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-09
(45)【発行日】2024-01-17
(54)【発明の名称】アルミニウム基線材、撚り線、及びアルミニウム基線材の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01B 5/02 20060101AFI20240110BHJP
B21C 1/00 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
H01B5/02 A
B21C1/00 C
B21C1/00 H
(21)【出願番号】P 2021515942
(86)(22)【出願日】2020-04-03
(86)【国際出願番号】 JP2020015418
(87)【国際公開番号】W WO2020217937
(87)【国際公開日】2020-10-29
【審査請求日】2022-10-21
(31)【優先権主張番号】P 2019086664
(32)【優先日】2019-04-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100147
【氏名又は名称】山野 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100116366
【氏名又は名称】二島 英明
(72)【発明者】
【氏名】境田 英彰
(72)【発明者】
【氏名】細江 晃久
(72)【発明者】
【氏名】暮石 有佑
【審査官】鈴木 大輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-99219(JP,A)
【文献】特開2016-35872(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 5/02
H01B 5/08
H01B 13/00
B21C 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
純アルミニウム、又はアルミニウム合金で構成されている芯線と、
前記芯線の外周に散在するように設けられた複数の被覆片と、
前記芯線の外周と前記複数の被覆片の各々の外周とに設けられる被覆層とを備え、
前記被覆層は、
隣り合う前記被覆片同士の間における前記芯線の外周と前記複数の被覆片の各々の外周とに一連に設けられた第一層と、
前記第一層の外周に設けられた第二層とを有し、
前記複数の被覆片の各々は、銅、又は銅合金で構成され、
前記第一層は、銅とスズとを含む金属で構成され、
前記第二層は、スズ、又はスズ合金で構成されている、
アルミニウム基線材。
【請求項2】
前記被覆片の厚みが1.5μm以下である請求項1に記載のアルミニウム基線材。
【請求項3】
前記被覆片の幅が20μm以下である請求項1又は請求項2に記載のアルミニウム基線材。
【請求項4】
前記芯線の長手方向に沿って隣り合う前記被覆片同士の間の間隔は、0.5μm以上である請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のアルミニウム基線材。
【請求項5】
前記第一層の厚みが0.1μm以上3μm以下である請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のアルミニウム基線材。
【請求項6】
前記芯線の長手方向に沿った断面における前記被覆片の面積αと前記第一層の面積βとの面積比α:βが、1:1以上120以下である請求項1から請求項5のいずれか1項に記載のアルミニウム基線材。
【請求項7】
前記アルミニウム基線材の直径が、0.01mm以上0.6mm以下である請求項1から請求項6のいずれか1項に記載のアルミニウム基線材。
【請求項8】
請求項1から請求項7のいずれか1項に記載のアルミニウム基線材を複数本撚り合わせてなる、
撚り線。
【請求項9】
純アルミニウム、又はアルミニウム合金で構成されている芯線と、前記芯線の外周に設けられた被覆層とを備える素材を準備する工程と、
前記素材を加熱する工程と、
加熱した前記素材に伸線加工を施す工程とを備え、
前記被覆層は、
前記芯線の外周に設けられた第一の素材層と、
前記第一の素材層の外周に設けられた第二の素材層とを有し、
前記第一の素材層は、銅、又は銅合金で構成され、
前記第一の素材層の厚みは、2μm以下であり、
前記第二の素材層は、スズ、又はスズ合金で構成されている、
アルミニウム基線材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、アルミニウム基線材、撚り線、及びアルミニウム基線材の製造方法に関する。
本出願は、2019年4月26日付の日本国出願の特願2019-086664に基づく優先権を主張し、前記日本国出願に記載された全ての記載内容を援用するものである。
【背景技術】
【0002】
芯線と芯線の表面を覆う被覆層とを備えるアルミニウム基線材として、特許文献1は、アルミニウム金属線とアルミニウム金属線の表面を覆う被覆層とを備える導体を開示する。この被覆層は、アルミニウム金属線側から順に、ニッケルからなる下地めっき層、銅めっき層、スズやスズ合金からなる表面めっき層を有する。銅めっき層の厚みは、20μmである。この導体は、アルミニウム金属線の表面に各めっき層が設けられた素材に伸線加工を施す伸線工程を経て製造されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【0004】
本開示に係るアルミニウム基線材は、
純アルミニウム、又はアルミニウム合金で構成されている芯線と、
前記芯線の外周に散在するように設けられた複数の被覆片と、
前記芯線の外周と前記複数の被覆片の各々の外周とに設けられる被覆層とを備え、
前記被覆層は、
隣り合う前記被覆片同士の間における前記芯線の外周と前記複数の被覆片の各々の外周とに一連に設けられた第一層と、
前記第一層の外周に設けられた第二層とを有し、
前記複数の被覆片の各々は、銅、又は銅合金で構成され、
前記第一層は、銅とスズとを含む金属で構成され、
前記第二層は、スズ、又はスズ合金で構成されている。
【0005】
本開示に係る撚り線は、上記本開示に係るアルミニウム基線材を複数本撚り合わせてなる。
【0006】
本開示に係るアルミニウム基線材の製造方法は、
純アルミニウム、又はアルミニウム合金で構成されている芯線と、前記芯線の外周に設けられた被覆層とを備える素材を準備する工程と、
前記素材を加熱する工程と、
加熱した前記素材に伸線加工を施す工程とを備え、
前記被覆層は、
前記芯線の外周に設けられた第一の素材層と、
前記第一の素材層の外周に設けられた第二の素材層とを有し、
前記第一の素材層は、銅、又は銅合金で構成され、
前記第一の素材層の厚みは、2μm以下であり、
前記第二の素材層は、スズ、又はスズ合金で構成されている。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、実施形態1に係るアルミニウム基線材の概略を示す断面図である。
【
図2】
図2は、実施形態1に係るアルミニウム基線材の製造方法を説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[本開示が解決しようとする課題]
上述した導体に曲げが作用した際、被覆層が割れることがある。被覆層が割れると、芯線が露出するおそれがある。被覆層の割れた箇所を介して水分が浸入して芯線と被覆層との接触部分に付着すると、芯線の表面が腐食する。この腐食は、ガルバニック腐食と言われる。
【0009】
そこで、本開示は、曲げが作用しても被覆層が割れ難いアルミニウム基線材を提供することを目的の一つとする。
【0010】
また、本開示は、撚り合わせ易い撚り線を提供することを別の目的の一つとする。
【0011】
更に、本開示は、曲げが作用しても被覆層が割れ難いアルミニウム基線材を製造できるアルミニウム基線材の製造方法を提供することを他の目的の一つとする。
【0012】
[本開示の効果]
本開示に係るアルミニウム基線材は、曲げが作用しても被覆層が割れ難い。
【0013】
本開示に係る撚り線は、複数本のアルミニウム基線材を撚り合わせ易い。
【0014】
本開示に係るアルミニウム基線材の製造方法は、曲げが作用しても被覆層が割れ難いアルミニウム基線材を製造できる。
【0015】
《本開示の実施形態の説明》
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
【0016】
(1)本開示の一態様に係るアルミニウム基線材は、
純アルミニウム、又はアルミニウム合金で構成されている芯線と、
前記芯線の外周に散在するように設けられた複数の被覆片と、
前記芯線の外周と前記複数の被覆片の各々の外周とに設けられる被覆層とを備え、
前記被覆層は、
隣り合う前記被覆片同士の間における前記芯線の外周と前記複数の被覆片の各々の外周とに一連に設けられた第一層と、
前記第一層の外周に設けられた第二層とを有し、
前記複数の被覆片の各々は、銅、又は銅合金で構成され、
前記第一層は、銅とスズとを含む金属で構成され、
前記第二層は、スズ、又はスズ合金で構成されている。
【0017】
上記の構成は、曲げが作用しても被覆層が割れ難い。そのため、上記の構成は、芯線の露出を抑制できる。よって、上記の構成は、芯線の表面が腐食することを抑制できる。
【0018】
以下の説明は、アルミニウム基線材をAl基線材と称することがある。上述した従来のAl基線材において、曲げが作用することで被覆層が割れるメカニズムは次の通りである。従来のAl基線材における銅めっき層の厚みは、上述したように非常に厚い。そして、銅はAlやスズなどに比較して展延性に劣る。そのため、Al基線材に曲げが作用すると銅めっき層が割れる。この銅めっき層の割れに追従して、銅めっき層に隣接するめっき層が割れる。
【0019】
これに対して、本開示のAl基線材は、曲げが作用した際に割れる従来の銅めっき層のような層が芯線と被覆層との間に設けられていない。即ち、本開示のAl基線材は、曲げが作用した際に被覆層の割れの起点となる従来の銅めっき層のような層が芯線と被覆層との間に設けられていない。本開示のAl基線材は、芯線と被覆層との間に、銅系の材料で構成される複数の被覆片が散在している。この複数の被覆片は、従来の銅めっき層に比較して、Al基線材に曲げが作用しても割れ難くて被覆層の割れの起点となり難い。よって、Al基線材に曲げが作用しても被覆層が割れ難い。
【0020】
また、上記の構成は、Al系の材料で構成される芯線とスズ系の材料で構成される第二層との密着性に優れる。一般的に、Alとスズとは密着性が悪い。しかし、上記の構成は、Alとスズとの密着性に優れる銅を含む被覆片及び第一層が芯線と第二層との間に介在されているからである。
【0021】
更に、上記の構成は、Al基線材に曲げが作用しても芯線から被覆片が剥離し難い。その理由は、被覆片は、従来の銅めっき層のような層状になっていないからである。
【0022】
(2)上記アルミニウム基線材の一形態として、
前記被覆片の厚みが1.5μm以下であることが挙げられる。
【0023】
上記の構成は、Al基線材に曲げが作用しても被覆片が割れ難い。その理由は、被覆片の厚みが薄いため、被覆片の屈曲性に優れるからである。また、Al基線材に曲げが作用して、仮に被覆片自体が割れても、被覆片の割れに伴う被覆層への負荷が小さい。その理由は、被覆片の厚みが十分に薄いからである。
【0024】
(3)上記アルミニウム基線材の一形態として、
前記被覆片の幅が20μm以下であることが挙げられる。
【0025】
上記の構成は、Al基線材に曲げが作用しても被覆片自体が割れ難い。その理由は、被覆片の幅が十分に狭いからである。
【0026】
(4)上記アルミニウム基線材の一形態として、
前記芯線の長手方向に沿って隣り合う前記被覆片同士の間の間隔は、0.5μm以上であることが挙げられる。
【0027】
上記の構成は、Al基線材に曲げが作用しても被覆片自体が割れ難い。その理由は、隣り合う被覆片同士の間隔が十分に大きいため、曲げが作用した際の隣り合う被覆片同士の接触を抑制できるからである。
【0028】
(5)上記アルミニウム基線材の一形態として、
前記第一層の厚みが0.1μm以上3μm以下であることが挙げられる。
【0029】
第一層の厚みが0.1μm以上であれば、芯線と第二層との密着性が高い。その理由は、第一層の厚みが十分に厚いからである。第一層の厚みが3μm以下であれば、第一層の厚みが厚すぎない。そのため、第一層の厚みが3μm以下を満たすAl基線材は、第一層の芯線や被覆片への密着性に優れる。
【0030】
(6)上記アルミニウム基線材の一形態として、
前記芯線の長手方向に沿った断面における前記被覆片の面積αと前記第一層の面積βとの面積比α:βが、1:1以上120以下であることが挙げられる。
【0031】
上記の構成は、Al基線材に曲げが作用しても被覆層が割れ難い。その上、上記構成は、芯線と第二層との密着性に優れる。上記面積比α:βが上記範囲を満たすことで、被覆片と第一層とがバランスよく存在するからである。
【0032】
(7)上記アルミニウム基線材の一形態として、
前記アルミニウム基線材の直径が、0.01mm以上0.6mm以下であることが挙げられる。
【0033】
上記の構成は、種々の用途に利用し易い。その理由は、Al基線材が屈曲し易い細線であるものの被覆層に割れが生じ難いからである。
【0034】
(8)本開示の一態様に係る撚り線は、
上記(1)から上記(7)のいずれか1つに記載のアルミニウム基線材を複数本撚り合わせてなる。
【0035】
上記の構成は、生産性に優れる。その理由は、曲げが作用しても被覆層が割れ難いAl基線材を有するため、撚り合わせ易いからである。
【0036】
(9)本開示の一態様に係るアルミニウム基線材の製造方法は、
純アルミニウム、又はアルミニウム合金で構成されている芯線と、前記芯線の外周に設けられた被覆層とを備える素材を準備する工程と、
前記素材を加熱する工程と、
加熱した前記素材に伸線加工を施す工程とを備え、
前記被覆層は、
前記芯線の外周に設けられた第一の素材層と、
前記第一の素材層の外周に設けられた第二の素材層とを有し、
前記第一の素材層は、銅、又は銅合金で構成され、
前記第一の素材層の厚みは、2μm以下であり、
前記第二の素材層は、スズ、又はスズ合金で構成されている。
【0037】
上記の構成は、曲げが作用しても被覆層が割れ難いAl基線材を製造できる。伸線加工に供する素材が厚みの薄い第一の素材層を有する被覆層を備える。そのため、伸線加工により、第一の素材層が割れる。第一の素材層の割れにより、上述のAl基線材における複数の被覆片が形成される。また、伸線加工前に素材を加熱することより、第一の素材層に含まれる銅成分が第二の素材層に拡散する。銅の拡散により、上述のAl基線材における第一層が形成される。第二の素材層は、伸線加工後に上述のAl基線材の第二層を形成する。そして、伸線加工前に素材を加熱することで、曲げ性に優れるAl基線材を製造できる。
【0038】
《本開示の実施形態の詳細》
本開示の実施形態の詳細を、以下に説明する。図中の同一符号は同一名称物を示す。以下の説明は、アルミニウム基線材をAl基線材と称することがある。
【0039】
《実施形態1》
〔アルミニウム基線材〕
図1を参照して、実施形態1のAl基線材1を説明する。
図1は、芯線2の長手方向に沿ってAl基線材1を切断した断面図を示す。Al基線材1は、純Al又はAl合金で構成されている芯線2を備える。Al基線材1の特徴の一つは、芯線2の外周に散在するように設けられた複数の被覆片3と、芯線2及び複数の被覆片3の外周に設けられた特定の構造の被覆層4とを備える点にある。各被覆片3は、銅系材料で構成されている。被覆層4は、芯線2及び複数の被覆片3の外周における特定の範囲に設けられた第一層41と、第一層41の外周に設けられた第二層42とを有する。第一層41は、特定の材質で構成されている。第二層42は、スズ系材料で構成されている。以下、各構成を詳細に説明する。
【0040】
[芯線]
芯線2は、純アルミニウム(Al)、又はAl合金で構成される。純Alは、Alの他に不可避的不純物を含むことを許容する。Al合金は、添加元素を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる種々の組成のものが挙げられる。
【0041】
添加元素は、例えば、鉄(Fe)、マグネシウム(Mg)、ケイ素(Si)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、銀(Ag)、クロム(Cr)、及びジルコニウム(Zr)からなる群より選択される少なくとも一種の元素が挙げられる。これらの添加元素は、一種のみ含有していてもよいし、二種以上を組み合わせて含有していてもよい。このような合金としては、例えば、Al-Fe合金、Al-Fe-Mg合金、Al-Fe-Si合金、Al-Fe-Mg-(Mn,Ni,Zr,Ag)合金、Al-Fe-Cu合金、Al-Fe-Cu-(Mg,Si)合金、Al-Mg-Si-Cu合金などが挙げられる。
【0042】
添加元素の合計含有量は、例えば、0.005質量%以上5.0質量%以下が好ましく、更に0.1質量%以上2.0質量%以下が好ましい。各添加元素の好適な含有量は次の通りである。Feの含有量は、0.005質量%以上2.2質量%以下が好ましい。Mgの含有量は、0.05質量%以上1.0質量%以下が好ましい。Siの含有量は、0.04質量%以上1.0質量%以下が好ましい。Cuの含有量は、0.05質量%以上0.5質量%以下が好ましい。Zn,Ni,Mn,Ag,Cr、及びZrの合計含有量は、0.005質量%以上0.2質量%以下が好ましい。
【0043】
芯線2の組成は、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP-OES)により求められる。具体的には、芯線2の組成は、Thermo Fisher Scientific社製のiCAP6500を用いて求められる。
【0044】
芯線2の直径は、Al基線材1の用途などにもよるが、例えば、0.01mm以上0.6mm以下が好ましい。この直径とは、単線の芯線2の直径である。直径が上記範囲を満たす芯線2は、種々の用途に使用し易い。
【0045】
芯線2の直径は、走査型電子顕微鏡(SEM)による断面観察で求められる。まず、4個以上のAl基線材1の横断面をとる。横断面とは、Al基線材1の長手方向に直交する断面をいう。各横断面における芯線2の面積を求める。芯線2の面積は画像解析ソフトで求められる。芯線2と後述する下地層や被覆層4との境界は、界面が形成されているため判別できる。各面積を真円換算した等面積円の直径の平均値を求める。この平均値を芯線2の直径とする。
【0046】
[被覆片]
被覆片3は、芯線2の直上、又は、芯線2の直上に下地層を有する場合には下地層の直上に散在するように設けられる。複数の被覆片3が互いの間隔をあけて芯線2又は下地層の直上に設けられている。隣り合う被覆片3同士が連続していることもある。通常、各被覆片3の寸法や被覆片3同士の間隔は一定ではない。このように、Al基線材1は、Al基線材1に曲げが作用した際に割れて被覆層4の割れの起点となる従来の銅めっき層のような層が芯線2と被覆層4との間に設けられていない。よって、Al基線材1は、曲げが作用しても被覆層4が割れ難い。また、複数の被覆片3は第一層41内に島状に散在している。
図1の被覆片3の厚み及び幅と、隣り合う被覆片3同士の間隔とは、模式的に示されたものであり、必ずしも実際の厚みに対応しているわけではない。
【0047】
被覆片3の材質は、Cu、又はCu合金からなる群より選択される少なくとも一種の金属が挙げられる。Cuは、Cu以外に不可避的不純物を含むことを許容する。Cu合金は、Cu-Sn(スズ)合金、Cu-Zn合金、Cu-Ni合金、Cu-Sn-Ni合金などが挙げられる。被覆片3の組成は、上述した芯線2の組成と同様の方法で求められる。この点は、後述する第一層41の組成と第二層42の組成でも同様である。
【0048】
被覆片3の厚みは、例えば、1.5μm以下が挙げられる。被覆片3の厚みが1.5μm以下であれば、被覆片3の厚みが十分に薄い。そのため、被覆片3は、屈曲性に優れる。よって、Al基線材1に曲げが作用しても被覆片3が割れ難い。また、Al基線材1に曲げが作用した際に、仮に被覆片3自体が割れても、被覆片3の割れに伴う被覆層4への負荷が小さい。被覆片3の厚みは、例えば、0.01μm以上が挙げられる。被覆片3の厚みが0.01μm以上であれば、被覆片3の厚みが薄すぎない。そのため、Al基線材1に曲げが作用した際に、被覆片3が割れ難い。被覆片3の厚みは、更に、0.05μm以上1.2μm以下が挙げられ、特に、0.1μm以上1.0μm以下が挙げられる。
【0049】
被覆片3の厚みは、次のようにして測定できる。Al基線材1の長手方向に沿った断面、即ち、Al基線材1の縦断面において、3個以上の観察視野をとる。各観察視野のとり方は、同一視野内に複数の被覆片3が含まれると共に、被覆片3における芯線2又は下地層との境界と第一層41との境界とが含まれるようにする。各観察視野の倍率は、1000倍である。各観察視野のサイズは、12.5μm×10μmである。各観察視野に含まれる全ての被覆片3における芯線2の径方向に沿った長さを測定する。芯線2の径方向に沿った各被覆片3の長さは、各被覆片3の最大長さとする。測定した全ての被覆片3の平均値をとる。この平均値を、被覆片3の厚みとする。
【0050】
被覆片3の幅は、例えば、20μm以下が挙げられる。被覆片3の幅が20μm以下であれば、被覆片3の幅が狭い。そのため、Al基線材1に曲げが作用しても、被覆片3自体が割れ難い。被覆片3の幅は、例えば、0.1μm以上が挙げられる。被覆片3の幅が0.1μm以上であれば、幅が狭すぎない。そのため、被覆片3は、芯線2又は下地層と第一層41との密着性を高め易い。被覆片3の幅は、更に、0.5μm以上15μm以下が挙げられ、特に、1μm以上10μm以下が挙げられる。
【0051】
被覆片3の幅は、次のようにして測定できる。被覆片3の厚みの測定方法と同様、Al基線材1の縦断面において、3個以上の観察視野をとる。各観察視野のとり方と倍率とサイズとは、被覆片3の厚みの測定方法と同様である。各観察視野に含まれる全ての被覆片3における芯線2の長手方向に沿った長さを測定する。芯線2の長手方向に沿った各被覆片3の長さは、各被覆片3の最大長さとする。測定した全ての被覆片3の平均値をとる。この平均値を、被覆片3の幅とする。
【0052】
芯線2の長手方向に沿って隣り合う被覆片3同士の間の間隔は、例えば、0.5μm以上が挙げられる。芯線2の長手方向は、
図1の紙面左右方向である。上記間隔が0.5μm以上であれば、上記間隔が広い。そのため、Al基線材1に曲げが作用した際の隣り合う被覆片3同士の接触が抑制される。よって、Al基線材1に曲げが作用しても被覆片3自体が割れ難い。上記間隔は、例えば、20μm以下が挙げられる。上記間隔が20μm以下であれば、上記間隔が広すぎない。そのため、隣り合う被覆片3同士の間に第一層41が形成されない箇所が存在し難い。よって、芯線2又は下地層と第二層42との密着性が低下することを抑制できる。上記間隔は、更に、0.8μm以上15μm以下が挙げられ、特に、1μm以上10μm以下が挙げられる。
【0053】
芯線2の長手方向に沿って隣り合う被覆片3同士の間の間隔は、次のようにして測定できる。被覆片3の厚みの測定方法と同様、Al基線材1の縦断面において、3個以上の観察視野をとる。各観察視野のとり方と倍率とサイズとは、被覆片3の厚みの測定方法と同様である。各観察視野における隣り合う被覆片3同士の間の全ての間隔を測定する。隣り合う被覆片3同士の間の間隔は、隣り合う被覆片3同士の間の最小長さとする。測定した全ての間隔の平均値をとる。この平均値を、芯線2の長手方向に沿って隣り合う被覆片3同士の間の間隔とする。
【0054】
[被覆層]
被覆層4は、被覆片3の外周を覆って、芯線2を化学的に保護する。被覆層4は、芯線2側から順に第一層41、及び第二層42を有する多層構造である。
図1の第一層41及び第二層42の厚みは、模式的に示されたものであり、必ずしも実際の厚みに対応しているわけではない。
【0055】
(第一層)
第一層41は、被覆片3同士の間における芯線2の直上又は後述する下地層を有する場合は下地層の直上と被覆片3の直上とに、その芯線2又は下地層の外周と被覆片3の外周との全域にわたって一連に設けられる。即ち、第一層41は、被覆片3同士の間における芯線2又は下地層の直上に設けられる部分と、被覆片3の直上に設けられる部分とを有する。被覆片3同士の間における芯線2又は下地層の直上に設けられる部分と被覆片3の直上に設けられる部分とは連続している。
【0056】
第一層41の材質は、CuとSnとを有する。第一層41は、CuとSnとの合金を含んでいてもよい。第一層41は、実質的にCuとSnとで構成されていてもよい。実質的にCuとSnのみで構成されるとは、CuとSn以外に不可避的不純物を含むことを許容することをいう。第一層41におけるSnの含有量は、第二層42におけるSnの含有量よりも少ない。第一層41におけるCuとSnとの割合Cu:Snは、例えば、1:1以上5以下が挙げられ、更に、1:1.1以上3以下が挙げられ、特に、1:1.2以上2.5以下が挙げられる。
【0057】
第一層41の厚みは、例えば、0.1μm以上3μm以下が挙げられる。第一層41の厚みが0.1μm以上であれば、芯線2と第二層42との密着性が高い。その理由は、第一層41の厚みが十分に厚いからである。第一層41の厚みが3μm以下であれば、第一層41の厚みが厚すぎない。そのため、第一層41の厚みが3μm以下のAl基線材1は、第一層41の芯線2又は下地層や被覆片3への密着性に優れる。第一層41の厚みは、更に、0.3μm以上2.5μm以下が挙げられ、特に、0.5μm以上2μm以下が挙げられる。
【0058】
第一層41の厚みは次のようにして求められる。被覆片3の厚みの測定方法と同様、Al基線材1の縦断面において、3個以上の観察視野をとる。各観察視野のとり方は、第一層41における芯線2又は下地層との境界と第二層42との境界とが含まれるようにする。各観察視野の倍率は、1000倍である。各観察視野のサイズは、12.5μm×10μmである。各観察視野において、第一層41における芯線2の径方向に沿った長さを5箇所以上測定する。このとき、被覆片3上における第一層41の上記長さの測定数と、被覆片3同士の間における第一層41の上記長さの測定数とが同数となるようにするとよい。測定した全ての第一層41の平均値をとる。この平均値を、第一層41の厚みとする。
【0059】
(被覆片と第一層の面積比)
Al基線材1の縦断面における被覆片3の面積αと第一層41の面積βとの面積比α:βは、例えば、1:1以上120以下が挙げられる。上記面積比α:βが上記範囲を満たせば、曲げが作用しても被覆層4が割れ難い。その上、芯線2と第二層42との密着性に優れる。その理由は、被覆片3と第一層41とがバランスよく存在するからである。上記面積比α:βは、更に、1:3以上60以下が挙げられ、特に、1:5以上30以下が挙げられる。
【0060】
上記面積αと上記面積βとは、次のようにして求められる。Al基線材1の縦断面において、3個以上の観察視野をとる。各観察視野のとり方と倍率とサイズとは、第一層41の厚みの測定方法と同様である。各観察視野における全ての被覆片3の面積と、第一層41の面積とを測定する。各面積は、画像解析ソフトで求められる。測定した全ての被覆片3の面積の平均値と、測定した全ての第一層41の面積の平均値とをとる。各平均値を、上記面積αと上記面積βとする。
【0061】
(第二層)
第二層42は、第一層41の直上に第一層41の外周の全域にわたって設けられる。
【0062】
第二層42の材質は、Sn、又はSn合金からなる群より選択される少なくとも一種の金属が挙げられる。Snは、Sn以外に不可避的不純物を含むことを許容する。Sn合金としては、例えば、Sn-Cu合金、Sn-Ag-Cu合金、Sn-In(インジウム)合金などが挙げられる。第二層42におけるSnの含有量は、第一層41におけるSnの含有量よりも多い。具体的には、第二層42におけるSnの含有量は、100原子%以下が挙げられる。第二層42におけるSnの含有量は、例えば、85原子%以上が挙げられる。第二層42におけるSnの含有量は、更に、90原子%以上が挙げられ、特に、95原子%以上が挙げられる。この第二層42におけるSnの含有量とは、ICP-OESで検出した第二層42の元素のうちCとOとを除いた値を100原子%としたときの値である。
【0063】
第二層42の厚みは、例えば、0.3μm以上が好ましい。第二層42の厚みが0.3μm以上であれば、芯線2の耐食性を高め易い。その理由は、第二層42の厚みが十分に厚いため、ピンホールが形成され難いからである。第二層42の厚みの上限は、特に限定されないものの、例えば、10μm以下が挙げられる。第二層42の厚みは、更に0.5μm以上7μm以下が好ましく、特に1μm以上5μm以下が好ましい。
【0064】
第二層42の厚みは、次のようにして測定できる。被覆片3の厚みの測定方法と同様、Al基線材1の縦断面において、3個以上の観察視野をとる。各観察視野のとり方は、第二層42における第一層41との境界と第二層42の外周面とが含まれるようにする。各観察視野の倍率と観察視野のサイズとは、第一層41の厚みの測定方法と同様である。各観察視野において、第二層42における芯線2の径方向に沿った長さを5箇所以上測定する。このとき、第一層41の山部における第二層42の上記長さの測定数と、第一層41の谷部における第二層42の上記長さの測定数とが同数となるようにするとよい。第一層41の山部とは、被覆片3の外周部分をいう。第一層41の谷部とは、隣り合う被覆片3同士の間をいう。測定した全ての第二層42の平均値をとる。この平均値を、第二層42の厚みとする。
【0065】
[その他]
Al基線材1は、図示を省略しているものの、更に、下地層を備えていてもよい。
【0066】
(下地層)
下地層は、芯線2と被覆片3や被覆層4との密着性を向上する。下地層は、芯線2の直上に芯線2の外周全域にわたって設けられる。
【0067】
下地層は、Znを主成分とする。Znを主成分とする下地層は、芯線2と第一層41や第二層42との密着性を向上し易い。主成分とは、下地層の全構成元素を100原子%とするとき、Znの含有量が60原子%以上を満たすことをいう。Znの含有量は、更に75原子%以上が好ましく、特に80原子%以上が好ましい。下地層は、実質的にZnのみで構成されていてもよい。実質的にZnのみで構成されるとは、Zn以外に不可避的不純物を含むことを許容することをいう。下地層の材質は、例えば、集束イオンビーム(FIB)加工したAl基線材1の断面に対して、走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いたエネルギー分散型X線分析(EDX)により求められる。
【0068】
下地層の厚みは、例えば、5nm以上100nm以下が挙げられる。下地層の厚みが5nm以上であれば、下地層は芯線2と被覆片3や第一層41との密着性を高められる。下地層の厚みが100nm以下であれば、Al基線材1は加工性に優れる。その理由は、下地層が過度に厚すぎないからである。下地層の厚みは、更に8nm以上50nm以下が好ましく、特に10nm以上30nm以下が好ましい。
【0069】
[線径]
Al基線材1の線径は、例えば、0.01mm以上0.6mm以下が挙げられる。上記範囲の線径のAl基線材1は、種々の用途に使用し易い。その理由は、Al基線材1が屈曲し易い細線であるものの被覆層4に割れが生じ難いからである。Al基線材1の線径は、更に、0.05mm以上0.5mm以下が挙げられ、特に、0.1mm以上0.4mm以下が挙げられる。Al基線材1の線径は、次のようにして求められる。芯線2の直径の測定方法と同様、4個以上のAl基線材1の横断面をとる。各横断面におけるAl基線材1の面積を求める。各面積を真円換算した等面積円の直径の平均値を求める。この平均値をAl基線材1の線径とする。
【0070】
[用途]
本形態のAl基線材1は、単線、撚り線、圧縮線材、絶縁電線、端子付き電線の導体に好適に利用できる。撚り線は、単線を複数本撚り合わせてなる。圧縮線材は、撚り線を圧縮成形してなる。絶縁電線は、単線、撚り線、及び圧縮線材のいずれかの外周に絶縁被覆を備える。端子付き電線は、撚り線の端部、圧縮線材の端部、及び絶縁電線の絶縁被覆を局所的に除去して露出されたAl基線材の端部のいずれかに取付けられる端子部材を備える。端子部材は、CuやCu合金で構成されるものや、CuやCu合金からなる本体部と本体部の表面に形成されるSn層又はSnめっき層とを有するものが挙げられる。
【0071】
〔作用効果〕
本形態のAl基線材1は、曲げが作用しても被覆層4が割れ難い。Al基線材1は、芯線2と被覆層4との間に、曲げが作用した際に割れて被覆層4の割れの起点となる従来の銅めっき層のような層が設けられておらず、散在する複数の被覆片3を備えるからである。また、本形態のAl基線材1は、芯線2と第二層42との密着性に優れる。Al基線材1は、AlとSnとの密着性に優れるCuを含む被覆片3及び第一層41が芯線2と第二層42との間に介在されているからである。更に、本形態のAl基線材1は、曲げが作用しても被覆片3が剥離し難い。Al基線材1は、第一層41が被覆片3の外周を覆うと共に被覆片3同士の間に介在されているからである。
【0072】
〔Al基線材の製造方法〕
主として
図2を参照して実施形態1に係るAl基線材の製造方法を説明する。
図2は、芯線100の長手方向に沿って素材10を切断した断面図を示す。本形態のAl基線材の製造方法は、素材10を準備する工程S1と、素材10を加熱する工程S2と、素材10に伸線加工を施す工程S3とを備える。
【0073】
[工程S1]
準備する素材10は、芯線100と芯線100の外周に設けられた被覆層110とを備える。被覆層110は、芯線100の外周の全周にわたって設けられた第一の素材層111と、第一の素材層111の外周に設けられた第二の素材層112とを有する。この素材10の準備は、準備した芯線100の外周に被覆層110を形成することで行える。或いは、素材10の準備は、準備した芯線100の外周に下地層、被覆層110を順に形成することで行える。
【0074】
(芯線の準備)
準備する芯線100は、純Al、又はAl合金で構成されている。純AlとAl合金とは、上述したAl基線材1の芯線2で説明した通りである。芯線100の直径は、例えば、0.3mm以上5mm以下が挙げられ、更には、0.4mm以上2mm以下が挙げられ、特に、0.5mm以上1mm以下が挙げられる。
【0075】
(下地層の形成)
下地層の形成は、芯線100に対してジンケート処理やダブルジンケート処理を施すことで行える。処理条件は公知の条件を利用できる。
【0076】
(被覆層の形成)
被覆層110の形成は、芯線100又は下地層の外周に第一の素材層111と第二の素材層112とを順に設けることで行える。
【0077】
第一の素材層111は、Cu又はCu合金で構成される。CuとCu合金とは、上述したAl基線材1の被覆片3で説明した通りである。第一の素材層111は、芯線100又は下地層の直上に芯線100又は下地層の外周の全域にわたって設ける。第一の素材層111の厚みは、芯線100の直径と後述する工程S3後の最終線径とに応じて適宜選択できる。第一の素材層111の厚みは、例えば、2μm以下が挙げられる。第一の素材層111の厚みが2μm以下であれば、後述する伸線加工を経て上述した被覆片3を有するAl基線材1を製造できる。その理由は、第一の素材層111の厚みが薄いため、伸線加工によって第一の素材層111が割れ易いからである。第一の素材層111の厚みは、例えば、0.1μm以上が挙げられる。第一の素材層111の厚みが0.1μm以上であれば、芯線100又は下地層の外周の全域にわたって均一な厚みの第一の素材層111を設け易い。第一の素材層111の厚みは、更に、0.3μm以上1.5μm以下が挙げられ、特に、0.5μm以上1.0μm以下が挙げられる。
【0078】
第二の素材層112は、Sn又はSn合金で構成される。SnとSn合金とは、上述したAl基線材1の第二層42(
図1)で説明した通りである。第二の素材層112は、第一の素材層111の直上に第一の素材層111の外周の全域にわたって設ける。第二の素材層112の厚みは、第一の素材層111と同様、芯線100の直径と後述する工程S3後の最終線径とに応じて適宜選択できる。第二の素材層112の厚みは、例えば、1μm以上40μm以下が挙げられる。第二の素材層112の厚みが1μm以上であれば、後述する伸線加工を経て上述した十分な厚みの第二層42を有するAl基線材1を製造し易い。第二の素材層112の厚みが40μm以下であれば、Al基線材1の生産性を高められる。その理由は、第二の素材層112の厚みが厚すぎないため、第二の素材層112の形成時間が長くなりすぎないからである。第二の素材層112の厚みは、更に、3μm以上20μm以下が挙げられ、特に、5μm以上15μm以下が挙げられる。
【0079】
第一の素材層111と第二の素材層112の形成は、めっき法、蒸着法、又は嵌合法などで行える。めっき法としては、電気めっき、無電解めっき、溶融めっきなどが挙げられる。めっき法による第一の素材層111及び第二の素材層112の形成は、公知のめっき処理条件を利用できる。蒸着法としては、CVD(Chemical Vapor Deposition)、PVD(Physical Vapor Deposition)などが挙げられる。嵌合法による素材10の作製は、例えば、次のようにして行える。最終的に芯線100となる線材の外周を第一パイプと第二パイプで内周側から順に覆う。第一パイプは、第一の素材層111の構成材料からなり、最終的に第一の素材層111となる。第二パイプは、第二の素材層112の構成材料からなり、最終的に第二の素材層112となる。その組物に対して伸線加工を施す。嵌合法によって素材10を作製する際の伸線加工では、第一の素材層111の構成材料からなるパイプなどの部材の厚みが厚いため、第一の素材層111は割れない。第一の素材層111と第二の素材層112の形成を工程S3の伸線加工前とすることで、太さが比較的太い芯線100に対して第一の素材層111と第二の素材層112とが形成される。そのため、均一な厚みの第一の素材層111と第二の素材層112とが形成され易い。特に、めっき法によって第一の素材層111と第二の素材層112とが形成される場合には、第一の素材層111と第二の素材層112とが均一な厚みになり易い。
【0080】
[工程S2]
素材10の加熱は、工程S3の伸線加工前に行う。素材10を加熱することで、図示を省略しているものの、素材10の第一の素材層111と第二の素材層112との間に、第一の素材層111の成分であるCuと第二の素材層112の成分であるSnとを含む中間層が形成される。その理由は、第一の素材層111に含まれるCuを第二の素材層112に拡散させられるからである。この中間層は、伸線加工後に上述したAl基線材1の第一層41(
図1)を形成できる。
【0081】
素材10の温度は、例えば、50℃以上に加熱することが挙げられる。素材10の温度を50℃以上に加熱すれば、Cuが拡散し易い。そのため、上記中間層が形成され易い。素材10の温度は、例えば、230℃以下に加熱することが挙げられる。素材10の温度を230℃以下に加熱すれば、Cuが過度に拡散されることを抑制できる。また、Snの融解も抑制できる。そして昇温時間を短くできるため、Al基線材1の生産性を高められる。素材10の温度は、更に、80℃以上200℃以下に加熱することが挙げられ、特に100℃以上150℃以下に加熱することが挙げられる。加熱温度での保持時間は、例えば、0.2分以上5分以下が挙げられる。保持時間が0.2分以上であれば、Cuが拡散し易い。保持時間が5分以下であれば、保持時間を短くできるため、Al基線材1の生産性を高められる。保持時間は、更に、0.5分以上3分以下が挙げられ、特に、1分以上2分以下が挙げられる。
【0082】
[工程S3]
加熱した素材10に施す伸線加工は、所望の線径のAl基線材1を作製する。この伸線加工は、冷間伸線加工である。この伸線加工により、素材10の第一の素材層111が割れる。第一の素材層111の割れにより、上述したAl基線材1の被覆片3が形成される。また、この伸線加工により、第一の素材層111に含まれるCuが第二の素材層112に拡散する。Cuの拡散により、上述したAl基線材1の第一層41が形成される。素材10の第二の素材層112は、上述したAl基線材1の第二層42を形成する。
【0083】
素材10の第一の素材層111が割れるのは、芯線100や第二の素材層112の展延性に比較して第一の素材層111の展延性が劣るからである。また、素材10の第一の素材層111が割れるのは、第一の素材層111の厚みが薄いからである。素材10の第一の素材層111が割れてAl基線材1の被覆片3が形成されても、素材10の第二の素材層112は割れることなくAl基線材1の第一層41や第二層42が作製される。その理由は、硬い第一の素材層111が薄く、柔らかい第二の素材層112が厚いからである。また、素材10の第一の素材層111が割れて形成されたAl基線材1の被覆片3は芯線100又は下地層から剥離しない。素材10の第一の素材層111に割れによって形成されるAl基線材1の被覆片3の外周をAl基線材1の第一層41が覆うと共にAl基線材1の第一層41が被覆片3同士の間に入り込むからである。
【0084】
伸線加工は、代表的には複数パス行うことが挙げられる。複数パスの伸線加工を行う場合、1パス当たりの加工度や素材10の走行速度は、最終線径に応じて、素材10の第一の素材層111が割れると共に第一層41(
図1)が形成されるように適宜調整することが挙げられる。
【0085】
複数パスの伸線加工を行う場合、1パス当たりの加工度、即ち1パス当たりの断面減少率は、8%以上とすることが挙げられる。上記加工度が8%以上であれば、素材10の第一の素材層111が割れ易い。また、上記加工度が8%以上であれば、第一層41(
図1)が形成され易い。上記加工度は、30%以下が挙げられる。上記加工度が30%以下であれば、芯線100の破断や第二の素材層112の損傷を抑制し易い。上記加工度は、更に、10%以上25%以下が挙げられ、特に、12%以上20%以下が挙げられる。上記加工度は、{(伸線前の横断面積-伸線後の横断面積)/伸線前の横断面積}×100とする。
【0086】
なお、芯線100の外周に、例えばめっきにより島状の第一の素材片を形成し、第一の素材片の外周と第一の素材片同士の間における芯線100の外周とに、例えばめっきにより第二の素材層112を形成して、上記工程S2と上記工程S3とを経る。そうすると、被覆片3を形成できるが、均一な厚みの第一層41を形成できない。
【0087】
〔作用効果〕
上記のAl基線材の製造方法は、曲げが作用しても被覆層4が割れ難い上述したAl基線材1を製造できる。
【0088】
《試験例1》
Al基線材を作製し、Al基線材に曲げが作用した際の被覆層の状態を調べた。
【0089】
〔試料No.1から試料No.7〕
試料No.1から試料No.7のAl基線材は、素材を準備する工程と、素材の加熱を行う工程と、加熱した素材に伸線加工を施す工程とを経て作製した。
【0090】
[素材の準備]
素材は、芯線の直上に下地層を形成し、下地層の直上に下地層側から順に第一の素材層、及び第二の素材層の二層構造の被覆層を形成して作製した。芯線は、直径が0.5mmの純Al線を用いた。この純Al線の成分は、「JIS H 4000(2014) アルミニウム及びアルミニウム合金の板及び条」に規定されるA1070に相当する。
【0091】
下地層の形成は、脱脂、エッチング、スマット除去、第一ジンケート処理、亜鉛剥離、第二ジンケート処理の順に行った。
脱脂は、処理液にキザイ株式会社製SZクリーナーを用いた。SZクリーナーは、商品名である。液温度は70℃とした。液への浸漬時間は90secとした。
エッチングは、処理液にキザイ株式会社製SZエッチングを用いた。SZエッチングは、商品名である。液温度は70℃とした。液への浸漬時間は90secとした。
スマット除去は、処理液に50質量パーセント濃度の硝酸水溶液を用いた。液温度は25℃とした。液への浸漬時間は30secとした。
第一ジンケート処理は、処理液にキザイ株式会社製SZ-IIを用いた。SZ-IIは、商品名である。液温度は20℃とした。液への浸漬時間は60secとした。
亜鉛剥離は、スマット除去と同じ処理液を用いて同じ条件で行った。
第二ジンケート処理は、第一ジンケート処理と同じ処理液を用いて同じ条件で行った。
【0092】
第一の素材層と第二の素材層の形成は、それぞれめっき法により行った。
第一の素材層として、電気めっきによってCuめっき層を形成した。このCuめっき層は、下地層の直上に下地層の外周の全域にわたって形成した。めっき液は、ピロリン酸銅めっき液を用いた。液温度は45℃とした。液への浸漬時間は150secとした。電流密度は種々異ならせた。この電流密度の違いにより、試料No.1からNo.7の素材における第一の素材層の厚み(μm)を異ならせた。
第二の素材層として、電気めっきによってSnめっき層を形成した。このSnめっき層は、第一の素材層の直上に第一の素材層の外周の全域にわたって形成した。めっき液は、硫酸第一スズ(40g/L)、ピロリン酸カリウム(165g/L)、平均分子量3000のポリエチレングリコール(1g/L)、及び37質量パーセント濃度のホルムアルデヒド(0.6mL/L)を含む液を用いた。液温度は、40℃とした。液への素材の浸漬時間は160secとした。
【0093】
得られた素材における第一の素材層の厚みと第二の素材層の厚みとをそれぞれ求めた。各素材層の厚みは、SEM(走査型電子顕微鏡)による断面観察で求めた。
【0094】
各素材層の厚みは次のようにして求めた。まず、素材の縦断面をとった。素材の縦断面において、3個の観察視野をとった。第一の素材層の厚みを求める場合の各観察視野のとり方は、第一の素材層における下地層との境界と第二の素材層との境界とが含まれるようにした。第二の素材層の厚みを求める場合の各観察視野のとり方は、第二の素材層における第一の素材層との境界と外周面とが含まれるようにした。各観察視野の倍率は、1000倍とした。各観察視野のサイズは、12.5μm×10μmとした。各観察視野において、芯線の径方向に沿った各層の長さを5箇所以上測定した。測定した全ての第一の素材層の平均値と第二の素材層の平均値をとった。各平均値を、各素材層の厚みとした。試料No.1からNo.7の素材における第一の素材層の厚みを表1、表2に示す。試料No.1からNo.7の素材における第二の素材層の厚みはいずれも12μmであった。
【0095】
[素材の加熱]
素材の温度が200℃となるように素材を加熱した。加熱時間での保持時間は、0.5分、即ち30secとした。加熱時間経過後、伸線加工に供する素材の温度を常温とした。
【0096】
[伸線加工]
伸線加工は、最終線径が0.3mmとなるように次の条件で行った。パス数は5回とした。1パス当たりの加工度は15%とした。
【0097】
得られたAl基線材の断面をSEMによって観察した。その結果、試料No.1から試料No.5のAl基線材は、下地層の直上に複数の被覆片が散在するように設けられていた。また、試料No.1から試料No.5のAl基線材は、隣り合う被覆片同士の間における下地層の直上と各被覆片の直上とを一連に覆う第一層が設けられていた。更に、試料No.1から試料No.5のAl基線材は、第一層の直上に第一層の外周の全域にわたって覆う第二層が設けられていた。被覆片、第一層、及び第二層の成分をICP-OESを用いて分析した。ICP-OESには、Thermo Fisher Scientific社製のiCAP6500を用いた。その結果、被覆片はCuで構成されていた。第一層は実質的にCuとSnとで構成されていた。第二層はSnで構成されていた。また、被覆片の厚み(μm)及び幅(μm)と、芯線の長手方向に沿って隣り合う被覆片同士の間隔と、被覆片の面積αと、第一層の面積βと、第二層の厚み(μm)とを上述した測定方法により測定した。それらの結果を表1に示す。
【0098】
一方、試料No.6と試料No.7のAl基線材は、試料No.1のAl基線材などとは異なり、下地層の直上に複数の被覆片が設けられていなかった。試料No.6と試料No.7のAl基線材は、下地層の直上に下地層側から順に第一層、第二層、及び第三層の三層構造の被覆層が設けられていた。各層はいずれも各層の内側の層の直上に各層の内側の層の外周の全域にわたって設けられていた。試料No.1のAl基線材などと同様にして、試料No.6と試料No.7のAl基線材における第一層、第二層、及び第三層の成分を分析した。その結果、第一層は実質的にCuで構成されていた。第二層は実質的にCuとSnとで構成されていた。第三層は実質的にSnで構成されていた。また、第一層から第三層の厚み(μm)を測定した。それらの結果を表2に示す。各層の厚みの測定方法は、試料No.1のAl基線材における第一層や第二層の厚みの測定方法と同様である。
【0099】
〔曲げ試験〕
曲げ試験としては、各試料のAl基線材と同じ線径の棒材に対して各試料のAl基線材を巻きつける自己径曲げを行った。この曲げ試験を行った各試料のAl基線材における被覆層のクラックや剥離の有無を光学顕微鏡で観察して、被覆層の状態を評価した。被覆層の状態の評価は、「A」、「B」、「C」の三段階で行った。被覆層の亀裂や剥離が生じなかったものを「A」とした。被覆層に少しの亀裂が生じたものを「B」とした。被覆層に多くの亀裂が生じたものを「C」とした。少しの亀裂とは、被覆層の表面をSEMにて200倍に拡大してもAlの露出が目視にて判別できず、被覆層の表面をSEMにて2000倍に拡大してEDXによってAlが検出されたものを言う。SEMには、日立ハイテクノロジーズ社製 Miniscope TM3030Plusを用いた。EDXには、日立ハイテクノロジーズ社製Quantax70を用いた。多くの亀裂とは、被覆層の表面をSEMにて200倍に拡大し、Alの露出が目視にて判別できるものを言う。その結果を、表1,表2に示す。
【0100】
【0101】
【0102】
表1に示すように、試料No.1から試料No.5のAl基線材は、曲げが作用しても被覆層の亀裂や剥離が生じなかった。一方、表2に示すように、試料No.6と試料No.7のAl基線材は、曲げが作用したことで被覆層に亀裂が生じた。
【0103】
本発明は、これらの例示に限定されるものではなく、請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0104】
1 Al基線材
2 芯線
3 被覆片
4 被覆層
41 第一層
42 第二層
10 素材
100 芯線
110 被覆層
111 第一の素材層
112 第二の素材層