(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-09
(45)【発行日】2024-01-17
(54)【発明の名称】加水分解性樹脂の有機溶媒分散体
(51)【国際特許分類】
C08L 67/04 20060101AFI20240110BHJP
C08L 67/02 20060101ALI20240110BHJP
C08K 5/053 20060101ALI20240110BHJP
C02F 3/00 20230101ALI20240110BHJP
C08L 101/16 20060101ALN20240110BHJP
B09C 1/10 20060101ALN20240110BHJP
B09B 3/00 20220101ALN20240110BHJP
【FI】
C08L67/04 ZBP
C08L67/02
C08K5/053
C02F3/00 D
C08L101/16
B09C1/10
B09B3/00
(21)【出願番号】P 2019092708
(22)【出願日】2019-05-16
【審査請求日】2022-04-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000003768
【氏名又は名称】東洋製罐グループホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003524
【氏名又は名称】弁理士法人愛宕綜合特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100113217
【氏名又は名称】奥貫 佐知子
(72)【発明者】
【氏名】柴田 幸樹
(72)【発明者】
【氏名】片山 傳喜
(72)【発明者】
【氏名】吉川 成志
【審査官】北田 祐介
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-081158(JP,A)
【文献】特開2017-042737(JP,A)
【文献】国際公開第2018/159741(WO,A1)
【文献】特開2018-143918(JP,A)
【文献】特開2006-218456(JP,A)
【文献】特開平08-245877(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 1/00-101/16
C08K 3/00-13/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
不揮発性の水溶性有機溶媒に加水分解性樹脂が分散されており、含水量が
1質量%以下に維持されており、且つ
BEVS製のオリフィス径が4.4mmのザーンカップ♯4により測定される50℃での落下時間が120秒以下の範囲にあると共に、
前記水溶性有機溶媒が多価アルコールであり、
前記加水分解性樹脂として、ポリ乳酸とポリオキサレートとを含んでいることを特徴とする
1,000L以上の容量を有する大容量有機溶媒樹脂分散体。
【請求項2】
50℃に30日間放置した時の加水分解性樹脂の重量平均分子量保持率が80%以上に保持されている
請求項1に記載の大容量有機溶媒樹脂分散体。
【請求項3】
請求項1または2に記載の大容量有機溶媒樹脂分散体を、地中に供給する大容量有機溶媒樹脂分散体の使用方法。
【請求項4】
前記大容量有機溶媒樹脂分散体を、土壌中に注入することにより汚染地下水の浄化を行う
請求項3に記載の使用方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加水分解性樹脂の有機溶媒分散体に関するものであり、より詳細には、地中に投入して使用され、大量に消費される加水分解性樹脂の有機溶媒分散体に関するものであり、特に、汚染地下水の浄化のために好適に使用される浄化剤にも関する。
【背景技術】
【0002】
化学物質による地下水汚染は、環境基準等によって規制されている場合もあり、多くの対策が検討され実行されている。そのような対策の中でも、地下水汚染が発生しているその場で、現状を大きく変えることなく浄化を図る原位置浄化が特に有用である。
【0003】
原位置浄化方法の一つとして、微生物を用いて有害物質を分解する方法(バイオレメディエーション)が知られている。この方法は、汚染が発生している原位置の土壌中に存在する微生物を有効に活用して、地下水中の有害化学物質を浄化するというものである。
【0004】
ところで、有害化学物質の中でも、テトラクロロエチレン、トリクロロエチレン等の揮発性有機塩素化合物(以下、「VOCs」と記載することがある)は、地下水環境基準が設定され、その浄化のための技術は要求度の高いものである。また、硝酸性窒素および亜硝酸性窒素(以下、「硝酸性・亜硝酸性窒素」と記載することがある)も、地下水環境基準が設定され、その浄化のための技術が要求されている。
【0005】
VOCsおよび硝酸性・亜硝酸性窒素による地下水汚染の浄化技術としては、嫌気性微生物による浄化技術が知られている。これは、地下水環境を嫌気状態にし、VOCsおよび硝酸性・亜硝酸性窒素を分解する嫌気性微生物のエネルギー源となる水素供与体を与えることによって、VOCsおよび硝酸性・亜硝酸性窒素を浄化する技術である。
【0006】
例えば、嫌気性微生物のエネルギー源として、水溶性有機化合物を地中に注入すると、好気性微生物によって酸素が消費されて嫌気性環境が形成される。その結果、嫌気性微生物が活性化され、VOCsおよび硝酸性・亜硝酸性窒素の浄化が進行する。ここで、水溶性有機化合物とは、好気性微生物および嫌気性微生物を活性化させるための栄養源または水素供与体となる物質である。
【0007】
水溶性有機化合物は、地下水流速の速い地盤においては、水に溶けて容易に流出するため、浄化が完了するまでに水溶性有機化合物の追加注入が必要となり、時間、手間および費用を要するものであった。さらに、VOCsの濃度が低下したとしても、周辺の土壌中に封じ込められていたVOCsが溶出して、再度汚染を引き起こすことがある。このとき、水溶性有機化合物が消失していると、浄化に必要な十分な嫌気環境が維持できず、嫌気性微生物がVOCsの浄化を行うことが困難な状況となるため、地下水汚染が再発(リバウンド)することとなる。そのため、汚染が発生する可能性がある場所あるいは浄化が完了した場所において、地下水の再汚染が生じないようにする手段が求められている。
【0008】
嫌気性微生物を用いてVOCsおよび硝酸性・亜硝酸性窒素を浄化する技術として、種々の方法が開示されている。
【0009】
例えば特許文献1には、10~40℃の融点を有する浄化剤を加熱によって溶融させ、汚染土壌中または地下水中に加圧注入して、拡散させ、固形化後に、嫌気性条件下で増殖した微生物により分解させることを特徴とする汚染土壌およびまたは地下水汚染の原位置浄化工法が開示されている。
特許文献1に記載の原位置浄化工法では、浄化剤が土中で固形化されるため、嫌気環境を持続させることが可能であり、地下水汚染が再発することを防止できると考えられる。しかし、適用される環境の温度が低いときは、浄化剤の温度が急速に低下して固形化されるため、注入井戸から浄化剤が到達する範囲が狭くなり、土中の浄化される領域が限定されてしまう。
【0010】
特許文献1に記載の方法は、嫌気性微生物の栄養源となる有機化合物(浄化剤)を固形粉末の状態で地盤に注入するというものであり、長期的に嫌気環境を持続させることができ、透水性の高い地盤に対応することができ、また浄化後のリバウンド抑制の点でも有効である。特に、浄化剤として、高分子量の樹脂を用いた場合には、土壌中にあっても形態が崩れにくく、時間を掛けて徐々に分解していくため、より長期的に嫌気環境を持続させることができる。
【0011】
ところで、上記の方法を実施するにあたっては、注入する固形粉末状の浄化剤は、粒子形状が小さいほど広範囲の地盤に注入することができるため好ましい。一方で、微粉末状に加工した有機化合物は、表面積が増大するため、凝集し易くなり、媒体となる水に均一に分散させることが困難となる。特に、固形粉末状の樹脂が使用されている場合には、このような樹脂は、一般に、水に添加しただけでは水中に分散せず、凝集して不均一になり、また、水面上に浮上して、ハンドリングが著しく低下するという問題がある。
従って、用いる浄化剤の使用形態において、改善の余地がある。
【0012】
上記の問題が改善された方法として、特許文献2には、水素供与体として、粒子状の加水分解性樹脂と水溶性有機化合物とを併用し、この水溶性有機化合物に加水分解性樹脂粒子を添加して撹拌し、次いで水を混合して混合溶液とし、この混合溶液を土中に注入することを特徴とする汚染地下水の浄化方法が、本出願人等によって提案されている。
この方法は、ポリ乳酸やポリオキサレートなどの加水分解性樹脂粉末と、水溶性有機化合物、例えば乳酸ナトリウムなどのカルボン酸塩や乳酸などのカルボン酸とを混合してペースト状とし、浄化に際して水を混合して土中に注入するというものであり、加水分解性樹脂粒子は、地中で加水分解して水素供与体として機能するため、透水性の高い地盤においても、長期的に嫌気環境を維持することができ、さらに、水溶性有機化合物の使用により、加水分解性樹脂の水への分散が容易であり、ハンドリング性も確保されているばかりか、この水溶性有機化合物も水素供与体として機能するため、加水分解性樹脂粒子が加水分解していない状態においても、水溶性有機化合物の存在により、嫌気環境を形成することができ、より長期にわたって、嫌気環境が維持され、浄化後のリバウンドも有効に抑制することができる。
【0013】
しかしながら、特許文献2の方法で最大の難点は、工業的な実施が容易でないという点にあり、特許文献2では、このような点について全く検討されていない。
即ち、加水分解性樹脂粒子と水溶性有機化合物とのペーストは、著しく高粘性であり、工業的に使用される大きな混合釜での製造が難しい。例えば、ラボ的に少量生産する場合であれば、特許文献2の実施例で採用されているように、乳鉢を用いて混合するという手段でよいのであるが、汚染地下水の浄化防止剤のように地下に供給される用途では、著しく大量に消費されるため、このような混合手段を採用することができない。従って、工業的な実施という観点から、大容量の混合釜を用いての混合が必須となるが、大容量の混合釜で混合する場合、ペーストの取出しが容易でなく、釜の壁面に多量のペーストが付着残存してしまい、歩留りが著しく低いものとなってしまう。この場合、釜の壁面への付着を防止するだけならば、水を添加しての粘度調整により対応することができるが、この場合には、加水分解性樹脂の加水分解がペースト調製直後から進行してしまい、実際に地中に注入する際には、加水分解性樹脂はほとんど加水分解してしまい、この結果、透水性の高い土壌では、長期にわたっての嫌気環境を維持することができなくなってしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特許第3694294号公報
【文献】特開2018-143918号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
従って、本発明は、汚染地下水の浄化を実施する際の浄化剤のように大量に消費される用途に適用される大容量有機溶媒樹脂分散体を提供することにある。
本発明の他の目的は、特に地下に供給され、汚染地下水の浄化剤として好適な大容量有機溶媒樹脂分散体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明によれば、不揮発性の水溶性有機溶媒に加水分解性樹脂が分散されており、含水量が1質量%以下に維持されており、且つBEVS製のオリフィス径が4.4mmのザーンカップ♯4により測定される50℃での落下時間が120秒以下の範囲にあると共に、
前記水溶性有機溶媒が多価アルコールであり、
前記加水分解性樹脂として、ポリ乳酸とポリオキサレートとを含んでいることを特徴とする1,000L以上の容量を有する大容量有機溶媒樹脂分散体が提供される。
【0017】
本発明の大容量有機溶媒樹脂分散体においては、次の態様が好適に採用される。
(1)50℃に30日間放置した時の加水分解性樹脂の重量平均分子量保持率が80%以上に保持されていること。
(2)地中に供給して汚染地下水の浄化のために使用すること。
【発明の効果】
【0018】
本発明の大容量有機溶媒樹脂分散体は、水溶性有機溶媒に加水分解性樹脂が分散されており、含水量が1質量%以下であり、しかもその粘度がBEVS製のオリフィス径が4.4mmのザーンカップ♯4における50℃での落下時間が120秒以下の範囲に調整されている。即ち、この有機溶媒樹脂分散体は、工業用の混合釜を使用して大容量(例えば、1,000L以上)とした場合においても、混合釜からの取り出しが容易であり、釜の壁面への付着残存も有効に抑制されており、高い歩留りで得ることができる。従って、本発明の大容量有機溶媒樹脂分散体は、大量に消費される用途での使用が可能となっている。
【0019】
また、本発明の大容量有機溶媒樹脂分散体においては、加水分解性樹脂の加水分解物及び水溶性有機溶媒が、地中の嫌気性微生物の栄養源となる水素供与体として機能し、嫌気性環境の形成に寄与し、揮発性有機塩素化合物(VOCs)や、硝酸性窒素や亜硝酸性窒素などにより汚染された地下水を浄化することができる。
【0020】
しかも、本発明では、分散体中の水分量が大きく制限されており、且つ水溶性有機溶媒自身も加水分解性樹脂に対し加水分解を起こすことが極端に少ないため、この分散体を地中に注入する前の段階、例えば保管或いは搬送時等においての加水分解性樹脂の加水分解が有効に抑制されている。この結果、この加水分解性樹脂は、地中への注入時には、水に流されたり、或いは微生物の栄養源として短時間で消費されることはなく、その後の経時と共に、加水分解して微生物の栄養源として消費されることとなる。また、加水分解性樹脂の加水分解物が生成する前の段階では、用いた水溶性有機溶媒が、微生物の栄養源としての機能することとなる。このため、長期にわたって地中を嫌気環境下に保持することができ、汚染された地下水を浄化し且つ地下水の再汚染を有効に防止することが可能となる。
【0021】
さらに、上記の大容量有機溶媒樹脂分散体が、地中に供給されて大量に消費される用途に適しており、しかも分散されている樹脂が適度な加水分解性を示すことから、例えばシェールガスなどの地下資源の採掘のために使用されるフラクチュアリング流体(掘削用水分散液)の調製にも好適に使用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の大容量有機溶媒樹脂分散体は、加水分解性樹脂を水溶性有機溶媒に分散させたものであり、加水分解性樹脂の加水分解物及び有機溶媒が、地中での嫌気環境の形成に寄与するものである。また、フラクチュアリング流体の用途に適用された場合、この加水分解性樹脂は、坑井に形成された亀裂を一時的に保持する目止め材として機能する。
【0023】
加水分解性樹脂;
本発明において使用される加水分解性樹脂は、水不溶性であり、水の存在下で低分子量の単量体に加水分解する樹脂であり、例えば、この樹脂を用いて5mg/ml濃度の水分散液を調製し、25℃で静置する。ある日数経過後にこの液20mLを取り出し、0.45μmのフィルターを通した後、全有機炭素測定計(TOC測定計)で測定される全有機炭素量(TOC)が、30日間以上にわたり0.5ppm/日 以上となるものである。このような加水分解性樹脂は、透水性の大きな土中においても水に流されずに土中に注入することができ、土中で徐々に加水分解し、その加水分解物が水素供与体として好気性微生物の栄養源となり、好気性微生物が活性化され地中が嫌気環境に形成され、揮発性有機塩素化合物(VOCs)や、硝酸性窒素や亜硝酸性窒素などの汚染物質に対して分解性を示す嫌気微生物が活性化されることとなる。また、加水分解物である水素供与体は、それ自体がVOCsが有する塩素原子と反応し、これを捕捉することにより、VOCsを分解するという性質も有している。
【0024】
上記のような加水分解性樹脂としては、これに限定されるものではないが、ポリエステル、ポリアミド、多糖類、蛋白質が代表的である。
【0025】
ポリエステルは、基本的には、多価カルボン酸と多価アルコールとの重縮合物である。
この多価カルボン酸の例としては、シュウ酸、マロン酸、こはく酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、デカンジカルボン酸、シクロヘキサンジカルボン酸などのジカルボン酸が代表的である。
また、多価アルコールとしては、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、オクタンジオール、ドデカンジオール、ネオペンチルグリコール、グリセリン、ペンタエリスリトール、ソルビタン、ビスフェノールA、ポリエチレングリコールなどを例示することができる。
さらに、このポリエステルは、ヒドロキシカルボン酸を重縮合したものであってもよいし、ラクトンなどの開環重合によって得られたものであってもよい。
ヒドロキシカルボン酸としては、グリコール酸、乳酸、リンゴ酸、ヒドロキシプロピオン酸、ヒドロキシ酪酸、ヒドロキシ吉草酸、ヒドロキシカプロン酸、ヒドロキシ安息香酸などを挙げることができ、ラクトンとしては、グリコリド、カプロラクトン、ブチロラクトン、バレロラクトン、プロピオラクトン、ウンデカラクトンなどを挙げることができる。
【0026】
ポリアミドは、多価カルボン酸とポリアミンとの重縮合物或いはラクタムの開環重合により得られる。
上記の多価カルボン酸としては、こはく酸、アジピン酸、セバシン酸、グルタル酸、デカンジカルボン酸、シクロヘキヘキサンジカルボン酸、テレフタル酸、イソフタル酸、アントラセンジカルボン酸などのジカルボン酸が代表的である。
また、ポリアミンとしては、ヘキサメチレンジアミン、ノナンジアミン、メチルペンタジアミン、フェニレンジアミンなどのジアミンが代表的である。
さらに、ラクタムとしては、カプロラクタム、ウンデカンラクタム、ラウリルラクタムなどを挙げることができる。
【0027】
また、多糖類および蛋白質としては、デンプン、変性デンプン、セルロース、キチン、キトサン、グルテン、ゼラチン、大豆タンパク、コラーゲン、ケラチン等が挙げられる。
【0028】
本発明において、上述した加水分解性樹脂は、1種単独で使用することもできるし、2種以上を併用することもできる。
【0029】
また、上記の加水分解性樹脂の中でも、適度な加水分解性を示すという観点から脂肪族ポリエステル、例えば、ポリ(α-ヒドロキシ酸)、ポリ(β-ヒドロキシアルカノエート)、ポリ(ω-ヒドロキシアルカノエート)、ポリアルキレンジカルボキシレート等が好ましく、特に、ポリグルコール酸、ポリ乳酸、ポリ(β-ヒドロキシ酪酸)、ポリ(β-ヒドロキシ吉草酸)、ポリ-β-プロピオラクトン、ポリ-ε-カプロラクトン、ポリエチレンサクシネート、ポリブチレンサクシネート、ポリエチレンオキサレート、ポリブチレンオキサレート等が好適であり、中でもポリ乳酸及びポリオキサレートが最も好適である。
【0030】
即ち、ポリ乳酸は、加水分解により乳酸を生成する。この乳酸は、微生物の栄養源および水素供与体として特に有用なものである。
一方、ポリオキサレートは、シュウ酸とエチレングリコールやブチレングリコール等のジオールと重縮合したポリマーであり、ポリエチレンオキサレート、ポリブチレンオキサレートなどが代表的であるが、これらは、ポリ乳酸に比して著しく加水分解速度が速い。
従って、汚染されている地下水が存在している土壌の性質や汚染の程度や汚染物質の種類などに応じて、加水分解性樹脂として、ポリ乳酸或いはポリオキサレートを選択使用することにより、それぞれの特性を最大限に活かすことができる。
また、ポリ乳酸とポリオキサレートを併用した場合には、初期段階ではポリオキサレートの加水分解により嫌気環境を形成し、ポリオキサレートのほとんどが加水分解した後は、ポリ乳酸の加水分解により、嫌気環境を形成することができ、これにより、長期にわたって嫌気環境を安定に形成することができる。また、ポリ乳酸とポリオキサレートとを併用した場合には、ポリ乳酸の加水分解速度が速くなる。ポリオキサレートの加水分解により生成する酸(シュウ酸)がポリ乳酸の加水分解を促進するためである。
【0031】
上記のような観点から、本発明では、ポリ乳酸とポリオキサレートとが併用され、例えば、ポリ乳酸100質量部当り、ポリオキサレートを1~30質量部の量で使用する。
【0032】
さらに、本発明においては、上述した加水分解性樹脂は、粒状物の形態で使用することが好ましく、例えば、レーザ回折散乱法で測定した体積換算での平均粒径D50が1~100μmの範囲にあるのがよい。即ち、適度な粒径の加水分解性樹脂粒子は、土中に注入した時、地下水の流速が大きい場合にも流れ難く、また、地中の土粒子の間隙に容易に侵入するため、その場に滞留し易い。この結果、その場で徐々に加水分解して嫌気環境の形成に寄与することとなる。さらに、地下水中に酸素、硝酸イオン、硫酸イオン等が存在していたとしても、酸化等による加水分解性の低下などの影響を粒子表面に限定することができ、粒子内部への悪影響を有効に抑制することもできる。
このような加水分解性樹脂の粒状物は、例えば乳化重合や懸濁重合により加水分解性樹脂を製造することにより得ることができ、また、溶融押出により得られる加水分解樹脂のペレット等を機械的粉砕し、篩等によって適宜分級することによっても得ることができる。
【0033】
さらに、本発明において用いる加水分解性樹脂は、その重量平均分子量(Mw)が12,000以上、特に20,000以上であることが好適である。即ち、この重量平均分子量が低すぎると、短期間で加水分解性樹脂の全てが加水分解により消失してしまい、嫌気環境を長期にわたって維持するには不利となる。また、機械的粉砕による粒状化の点でも不利となる傾向がある。
尚、この重量平均分子量(Mw)は、GPCによりポリスチレンを標準物質として測定される。
【0034】
水溶性有機溶媒;
本発明において使用される水溶性有機溶媒は、それ自体が水素供与体であり、好気性微生物や嫌気性微生物の栄養源となり、嫌気環境の形成に寄与する。従って、かかる有機溶媒は、不揮発性であり、例えば沸点が100℃より大きい液体でなければならない。メタノールやエタノールなどのように揮発性液体であるときには、容易に揮散してしまうため、嫌気環境の形成に寄与することができない。また、土へ注入する前段階で分散体として長期保存する際にも、有機溶媒が系から揮散してしまうため適さない。
【0035】
また、本発明において、この有機溶媒は、加水分解性樹脂に対する親和性が高く、加水分解性樹脂の粒子を均一に分散させ得るものであると同時に、水溶性であり、地中の地下中に容易に浸透していくものである。非水溶性である有機溶媒(例えば水に対する溶解度が1g/100mL以下のもの)は、地中に浸透し難く、このため、嫌気性環境の形成に寄与することができない。
【0036】
さらに、本発明で用いる水溶性有機溶媒は、樹脂分散体の含水量を1%以下に保持し得るものでなければならない。即ち、この含水量が多いと、この有機溶媒に分散している加水分解性樹脂の加水分解が進行していき、地中に注入しようとする時には、既に殆ど加水分解によって消失してしまうからである。同じ理由から、エタノールやメタノールのような炭素数の少ない第1級アルコールは、例え願水量を好適な範囲に保持できたとしてもアルコール自身が加水分解性樹脂に対して加水分解を起こしやすいため、その無水物を使用したとしても、本発明の溶媒として用いることができない。
【0037】
さらに、本発明では、前述した加水分解性樹脂の粒状物を上記の水溶性有機溶媒を加水分解性樹脂粒子と混合して分散させるわけであるが、このようにして得られる分散体は、その粘度(50℃)が、BEVS製のオリフィス径が4.4mmのザーンカップ♯4により測定される落下時間が120秒以下の範囲にあるものでなければならない。この粘度が大き過ぎると、混合釜の壁への付着量が多くなってしまうほか、混合釜からの取り出しが困難となってしまい、大容量の分散体を得ることが困難となってしまう。
【0038】
本発明では、上記のような観点から、本発明で使用される水溶性有機溶媒としては、これに限定されるものではないが、多価アルコール、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,4-ブタンジオール、トリエチレングリコールなどが代表的であり、これら中から、用いる加水分解性樹脂との親和性などの観点から、適宜のものが選択して使用され、複数のものを選択して混合溶媒として使用することもできる。
例えば、乳酸ナトリウムのようなカルボン酸塩は、加水分解性樹脂と混合したとき、その混合物が著しく高粘性となってしまい、混合釜を用いて大容量のものを調製することができず、低粘性とするためには、水で希釈することが必要となってしまい、そうすると、保管、搬送時での加水分解性樹脂の加水分解を抑制することができなくなってしまう。
【0039】
大容量有機溶媒樹脂分散体;
上述した加水分解性樹脂と水溶性有機溶媒とからなる本発明の樹脂分散体は、混合釜を用いての均質混合により大容量とするために、その粘度(50℃)をBEVS製のオリフィス径が4.4mmのザーンカップ♯4により測定される落下時間が120秒以下となるように、加水分解樹脂と水溶性有機溶媒との量割合を設定する。大容量とする観点からは、粘度は低いほど好ましいが、必要以上に低粘度とすると、有機溶媒の量が多くなり過ぎて、加水分解性樹脂による長期での嫌気環境の維持という効果が損なわれてしまう。従って、本発明では、加水分解性樹脂と有機溶媒とが適度なバランスで含まれるように、加水分解樹脂と水溶性有機溶媒との量割合を設定することが望ましい。具体的な量割合は、用いる加水分解性樹脂の分子量や種類、及び水溶性有機溶媒の種類によっても異なり、一概に規定することはできないが、通常、加水分解性樹脂100質量部当り、非吸湿性水溶性有機溶媒の量が50質量部以上、特に100質量部以上であることが好ましい。
【0040】
このようにして得られる大容量有機溶媒樹脂分散体は、工業的に利用するという観点から、その容量は1,000L以上の大容量である。これ以上の容量である場合は柄杓等によって混合釜の上部から取り出すことや、混合釜そのものを逆さまにして取り出すことが困難になるため、低粘度の範囲で制御されることが特に有用となる。
【0041】
また、かかる本発明の大容量有機溶媒樹脂分散体は、地中に注入する前の段階での加水分解性樹脂の加水分解を防止するために、その含水量は30質量%以下、より好ましくは10%以下、さらに好ましくは特に1質量%以下に抑制されていることが必要である。このために、前述した親水性有機溶媒は、基本的には、無水物であることが最適であるが、親水性であるため、ある程度、水分を含んでいることがある。しかるに、分散体中の含水量が上記の範囲内であれば、含水しているものを使用することができる。また、含水量が上記範囲内に維持されている限り、この分散体は、大気に曝されていてもよい。
【0042】
本発明の大容量有機溶媒樹脂分散体は、上記のように含水が制限されているため、加水分解性樹脂の加水分解が抑制されており、例えば、50℃に30日間放置した時の加水分解性樹脂の重量平均分子量(Mw)の保持率が70%以上、特に80%以上である。
【0043】
大容量有機溶媒樹脂分散体の使用;
上述した本発明の大容量有機溶媒樹脂分散体は、特に好適には、汚染された地下水の浄化に使用されるものであり、汚染されている地下水が存在している原位置において、土中に注入される。
【0044】
土中への注入に際しては、この分散体を直接注入することも可能であるが、通常は、水で希釈してから注入される。これにより、地中に速やかに注入することができる。尚、本発明の分散体は、水での希釈によりホイップなどを生じることが無く、速やかに均質に希釈される。
【0045】
本発明において、浄化の対象となる地下水の汚染の汚染物質は、特に限定されないが、地下水環境基準が設定されている揮発性有機塩素化合物(VOCs)や硝酸性窒素、亜硝酸性窒素などに効果的に適用される。
【0046】
VOCsは、溶剤や洗浄剤として工業的に広く使用されている化学物質であり、テトラクロロエチレン、トリクロロエチレン、シス-1,2-ジクロロエチレン、1,1-ジクロロエチレン、塩化ビニル、1,1,1-トリクロロエタン、1,1,2-トリクロロエタン、1,2-ジクロロエタン、四塩化エタン、四塩化炭素、クロロホルム、ジクロロメタン等を挙げることができる。
【0047】
硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素は、主として、窒素肥料、家畜の糞尿、生活排水に由来する。これらの一部は、土壌中で微生物の働きによりアンモニア性窒素、さらに亜硝酸性窒素を経て、最終的に硝酸性窒素に変化する。硝酸性窒素や亜硝酸性窒素は、水に溶け易く、土壌に保持されにくいため、地下水中に溶け出し易い性質を有している。
【0048】
上述した汚染物を含む地下水の浄化のための樹脂分散体の地中への注入は、それ自体公知の方法で行うことができ、例えば、特開2018-143918号公報(特許文献2)に開示されている方法で行われる。
【0049】
また、本発明の大容量樹脂分散体は、地下に供給されて大量に消費される用途に適しているばかりか、加水分解性樹脂が適度な加水分解性を示すため、フラクチュアリング流体などの調製にも使用することができ、掘削用の分野にも好適に使用することができる。
【実施例】
【0050】
本発明の優れた効果を次の実験例によって説明する。
【0051】
<原料>
<有機溶媒>
エチレングリコール(EG):
富士フイルム和光純薬(株)製 試薬特級エチレングリコール(min.99.5%(w/w))
トリエチレングリコール(TEG):
東京化成工業(株) 製 Triethylene Glycol(>99.0%)
プロピレングリコール(PG):
富士フイルム和光純薬(株)製 試薬特級プロピレングリコール(min.99.0%(w/w))
メタノール:
富士フイルム和光純薬(株)製メタノール(メタノール含量99.7% 高速液体クロマトグラフ用)
50%乳酸水溶液:
(株)武蔵野化学研究所製 ムサシノ乳酸50F
乳酸ナトリウム(LaNa):
富士フイルム和光純薬(株)製 L-乳酸ナトリウム溶液(約70%)100gに対し、16.7gの割合で純水を添加したもの。
【0052】
<加水分解性樹脂>
加水分解性樹脂は、ポリ乳酸(PLA)にポリエチレンオキサレート(PEOx)を溶融混練した低分子量体を使用した。
PLAは海正生物材料製REVODE101を用いた。原料として用いる際の分子量は、120,000<Mw<170,000の範囲であった。
PEOxは、下記項で重合されたものを用い、還元粘度は0.84dL/gであった。以下に製造方法を示す。
【0053】
<PEOxの合成>
熱媒によって加熱可能な150L容の反応釜に、シュウ酸ジメチル40kg(339mol)、エチレングリコール23.2kg(374mol)、1,4-ブタンジオールを2.9kg(32.2mol)、ジブチルスズオキシド8.4gを入れ、窒素気流下で反応釜内の液温を110℃に加温し、常圧重合を行った。
メタノールの留去が始まった後、そのまま1時間30分保温し反応させた。1時間30分後から10℃/時間の昇温速度で130℃まで昇温し、さらに20℃/時間で190℃まで昇温させた。回収した液量は21.2kgであった。
その後、フラスコ内の液温を190℃、0.1kPa~0.8kPaの減圧度で減圧重合し、得られたポリマーを取り出した。このポリマーについて、90℃で2時間、120℃で2時間加熱処理した。
【0054】
<PLAとPEOxの溶融混練>
原料のPLA90質量部と合成したPEOx10質量部を、定量フィーダーによって連続式の二軸押出機に定量供給し溶融混練した。押出機の温度は200℃であった。混練された樹脂はアンダーウォーターカッターにより球形に成形した。
【0055】
<加水分解性樹脂の低分子量化と粉砕>
熱媒によって加熱可能な1,000L容の反応釜に、上記で溶融混練した樹脂を200kg、50%乳酸水溶液を200kg入れ、100℃で2時間撹拌した。反応後室温まで冷却し、遠心分離機によって樹脂と液を分離した。分離した樹脂を水で洗浄し、300L容のコニカルドライヤにて真空下70~90℃で乾燥し、低分子量加水分解性樹脂を得た。
得られた樹脂をジェットミルにより機械粉砕することで、D50=7μmの微粉体を得た。
【0056】
<各種評価方法>
<PEOxの還元粘度の測定>
装置:キャノンフェンスケ型粘度計
溶媒:1,1,1,2,2,2-ヘキサフルオロ2-プロパノール
温度:25℃
試料調製:
試料40mgに溶媒10mLを加え、室温で緩やかに撹拌した。目視で溶解していることを確認した後、0.45μmフィルターにて濾過して測定試料とした。
【0057】
<加水分解性樹脂の分子量測定>
以下に示す条件下で測定し、加水分解性樹脂の分子量を測定した。
装置:東ソー製 高速GPC装置 HLC-8320
検出器:示差屈折率検出器RI
カラム:SuperMultipore HZ-M(2本)
溶媒:クロロホルム
流速:0.5mL/min
カラム温度:40℃
試料調製:
粉体試料約10mgに溶媒3mLを加え、目視で溶解していることを確認した後、0.45μmフィルターにて濾過し、測定試料とした。スタンダードはポリスチレンを用いた。
【0058】
<分子量保持率の測定>
各実施例で作成した加水分解性樹脂分散体約10gを、20mL容ガラス製のバイアル瓶に入れ、PP製の栓をし、50℃に設定したオーブンに静置した。30日後に分散体2mLを取り出し、10,000rpmで2分間遠心分離し、溶媒と微粉体に分別した。同様の遠心分離を純水で行うことで微粉体を洗浄した後、40℃、真空下で4時間乾燥し粉体試料を得た。得られた粉体試料をGPC測定することで分子量を評価した。
GPC測定で得られた分子量を以下(1)式で計算し、分子量保持率Xkeepを評価した。
Xkeep=MWfinish/Mwinitial
Xkeep:分子量保持率
MWfinish:50℃、30日間放置した後の加水分解性樹脂の重量平均分子量
Mwinitial作成直後の加水分解性樹脂の重量平均分子量
【0059】
<含水率の測定>
有機溶媒樹脂分散体の含水率Wは、有機溶媒と粉体の含水率を個々に測定し、以下の(2)式で計算することで算出した。
W=Xsolvent×Wsolvent+Xpowder×Wpowder・・・(2)
W:有機溶媒樹脂分散体の含水率(%)
Xsolvent:有機溶媒樹脂分散体中の溶媒の質量分率
Wsolvent溶媒中の含水率(%)
Xpowder:有機溶媒樹脂分散体中の粉体の質量分率
Wpowder:粉体中の含水率(%)
溶媒の含水率は以下に示す条件下で測定し、加水分解性樹脂の含水率を測定した。
装置:三菱ケミカルアナリティック製 容量滴定法水分測定装置 KF-31
滴定溶剤:アクアミクロン SS-Z 3mg
試料調製:市販の試薬を開封後速やかに測定した。
粉体の含水率は以下に示す装置を用いて測定し、加水分解性樹脂の含水率を測定した。
装置:三菱ケミカルアナリティック製 微量水分測定装置 CA-200
【0060】
<粘度の測定>
装置:BEVS製 ザーンカップ ♯4(オリフィス径4.4mm)
試料調製:
作成した加水分解性樹脂分散体を、50℃に保持された部屋で一晩放置したのち、その室内でザーンカップを用い落下時間を測定した。
測定方法:
加水分解性樹脂分散体中にザーンカップを埋め、底部が液表面から約5cmの高さになる程度へ持ち上げる。持ち上げてから、ザーンカップ内部の加水分解性樹脂分散体が落下し終え底部からの液体が途切れるまでの時間を測定し評価値とする。
評価方法:
本測定の評価値が120秒未満である場合、大容量の釜で製造した際も排出管を通り好適に取り出しを行うことが出来る。
【0061】
(実施例1)
600mL容のプラスチック製カップ容器に加水分解性樹脂100gとEG200gを入れ、高速攪拌機(アズワン製HSIANGTAI ST-200)で20,000rpmで3分間撹拌し、加水分解性樹脂分散体を得た。
【0062】
(実施例2)
EGをTEGに変えること以外は実施例1と同様にして、加水分解性樹脂分散体を得た。
【0063】
(実施例3)
EGをPGに変えること以外は実施例1と同様にして、加水分解性樹脂分散体を得た。
【0064】
(実施例4)
600mL容のプラスチック製カップ容器に加水分解性樹脂30gとPG300gを入れ、実施例1と同様にして加水分解性樹脂分散体を得た。
【0065】
(比較例1)
EGを水に変えること以外は実施例1と同様にして、加水分解性樹脂分散体を得た。
【0066】
(比較例2)
EGをメタノールに変えること以外は実施例1と同様にして、加水分解性樹脂分散体を得た。
【0067】
(比較例3)
EGをLaNaに変えること以外は実施例1と同様にして、加水分解性樹脂分散体を得た。
【0068】
<加水分解性樹脂分散体の物性>
上記で作成した加水分解性樹脂分散体の各種物性測定結果を表1に示す。
実施例1~4において、50℃でのザーンカップによる落下時間が好適であり、分子量保持率も80%以上の高い値で得られた。このことから本発明で得られる樹脂分散体は、大容量で作成した際も釜から抜き出し梱包することが容易であり、長期に保管する際にも加水分解性樹脂の劣化を効果的に防止することができる。
【0069】