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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-09
(45)【発行日】2024-01-17
(54)【発明の名称】電子デバイス用素子
(51)【国際特許分類】
   H10N 30/079 20230101AFI20240110BHJP
   H10N 30/853 20230101ALI20240110BHJP
   H10N 30/076 20230101ALI20240110BHJP
   H10N 35/01 20230101ALI20240110BHJP
   H10N 35/85 20230101ALI20240110BHJP
   H10N 35/80 20230101ALI20240110BHJP
   H10N 35/00 20230101ALI20240110BHJP
   H02N 2/00 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
H10N30/079
H10N30/853
H10N30/076
H10N35/01
H10N35/85
H10N35/80
H10N35/00
H02N2/00
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019189512
(22)【出願日】2019-10-16
(65)【公開番号】P2021064735
(43)【公開日】2021-04-22
【審査請求日】2022-08-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001494
【氏名又は名称】前田・鈴木国際特許弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】野口 隆男
(72)【発明者】
【氏名】岡野 靖久
【審査官】脇水 佳弘
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-094707(JP,A)
【文献】特開2011-035385(JP,A)
【文献】特開2007-081645(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0252030(US,A1)
【文献】特開2011-018896(JP,A)
【文献】特開2008-306164(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 30/079
H10N 30/853
H10N 30/076
H10N 35/01
H10N 35/85
H10N 35/80
H10N 35/00
H02N 2/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電体薄膜を有する電子デバイス用素子であって、
前記圧電体薄膜は、3軸配向するようにエピタキシャル成長した膜であり、少なくとも3種のドメインを有し、
前記少なくとも3種のドメインが、
膜厚方向に対して正方晶の(001)面が略垂直となるように配向したドメインと、
前記膜厚方向に対して前記正方晶の(001)面が略平行となるように配向したドメインと、
前記膜厚方向に対して菱面体晶の(100)面が略平行となるように配向したドメインとであり、
前記正方晶の存在割合に対する前記菱面体晶の存在割合の比率が、1よりも大きく、
前記膜厚方向に対して前記正方晶の(001)面が略平行となるように配向したドメインの存在割合に対する前記膜厚方向に対して前記正方晶の(100)面が略垂直となるように配向したドメインの存在割合の比率が、0.5~2である
電子デバイス用素子
【請求項2】
圧電体薄膜を有する電子デバイス用素子であって、
前記圧電体薄膜は、3軸配向するようにエピタキシャル成長した膜であり、少なくとも3種のドメインを有し、
前記少なくとも3種のドメインが、
膜厚方向に対して斜方晶の(001)面が略平行となるように配向したドメインと、
前記膜厚方向に対して前記斜方晶の(010)面が略平行となるように配向したドメインと、
前記膜厚方向に対して単斜晶の(100)面または(010)面が略平行となるように配向したドメインとであり、
前記斜方晶の存在割合に対する前記単斜晶の存在割合の比率が0.1~10であり、
前記膜厚方向に対して前記斜方晶の(001)面が略平行となるように配向したドメインの存在割合に対する前記膜厚方向に対して前記斜方晶の(010)面が略平行となるように配向したドメインの存在割合の比率が、0.1~10である
電子デバイス用素子
【請求項3】
圧電体薄膜を有する電子デバイス用素子であって、
前記圧電体薄膜は、3軸配向するようにエピタキシャル成長した膜であり、少なくとも4種のドメインを有し、
前記少なくとも4種のドメインが、
膜厚方向に対して正方晶の(001)面が略平行となるように配向したドメインと、
前記膜厚方向に対して前記正方晶の(001)面が略垂直となるように配向したドメインと、
前記膜厚方向に対して斜方晶の(001)面が略平行となるように配向したドメインと、
前記膜厚方向に対して前記斜方晶の(010)面が略平行となるように配向したドメインとであり、
前記正方晶の存在割合に対する前記斜方晶の存在割合の比率が0.1~10であり、
前記膜厚方向に対して前記正方晶の(001)面が略平行となるように配向したドメインの存在割合に対する前記膜厚方向に対して前記正方晶の(001)面が略垂直となるように配向したドメインの存在割合の比率が、0.1~10であり、
前記膜厚方向に対して前記斜方晶の(001)面が略平行となるように配向したドメインの存在割合に対する前記膜厚方向に対して前記斜方晶の(010)面が略平行となるように配向したドメインの存在割合の比率が、0.1~10である
電子デバイス用素子
【請求項4】
前記圧電体薄膜は、Cu-Kα線によるθ-2θ法X線回折測定を行った場合に、2θが42°~46°の範囲に少なくとも3つの反射ピークを有する請求項1に記載の電子デバイス用素子。
【請求項5】
前記圧電体薄膜は、Cu-Kα線によるθ-2θ法X線回折測定を行った場合に、2θが42°~46°の範囲に単独の反射ピークを有し、
前記単独の反射ピークの半値幅が、0.2°以上1.0°以下である請求項1~3のいずれかに記載の電子デバイス用素子。
【請求項6】
前記圧電体薄膜の積層方向の下方には、下地層が形成してあり、
前記下地層は、3軸配向するようにエピタキシャル成長した膜である請求項1~5のいずれかに記載の電子デバイス用素子。
【請求項7】
強磁性体薄膜を、さらに有し、
前記強磁性体薄膜は、外部磁場によって面内方向で伸縮するように構成してある請求項1~6のいずれかに記載の電子デバイス用素子。
【請求項8】
前記圧電体薄膜の長手方向または短手方向に対して、
前記圧電体薄膜の前記正方晶の[110]方向,前記菱面体晶の[110]方向、および、これらと等価な方向が、略平行である、請求項1に記載の電子デバイス用素子。
【請求項9】
請求項1~8のいずれかに記載の電子デバイス用素子を有する電子デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電デバイスや磁気電気デバイスなどの電子デバイスに利用される電子デバイス用素子に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電体薄膜を有する電子デバイスとして、各種圧電アクチュエータ、磁気電気センサ、磁気センサ、電気センサ、光電子デバイス、マイクロ波電子デバイス、エネルギー変換デバイス、メモリなどが知られている。
【0003】
上記のような電子デバイスでは、圧電体薄膜が有する圧電効果、もしくは逆圧電効果を利用して様々な機能を発現させているが、電子デバイスとしての性能を高めるためには、圧電体薄膜の圧電特性を向上させる必要がある。特に、近年では、電子デバイスの小型化が進んでおり、数μm程度と膜厚が薄い状態であっても高い圧電特性を有する圧電体薄膜、および電子デバイス用素子の開発が求められている。
【0004】
上記の問題に対して、たとえば、特許文献1では、圧電体薄膜の結晶配向性を高めることで圧電特性が向上することを開示している。ただし、高水準化する市場の要求に応えるためには、圧電特性のさらなる向上が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2002-29894号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような実状に鑑みてなされ、その目的は、優れた圧電特性を示す電子デバイス用素子、および当該電子デバイス用素子を有する電子デバイスを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、本発明に係る電子デバイス用素子は、
圧電体薄膜を有し、前記圧電体薄膜が、3軸配向するようにエピタキシャル成長した膜であり、少なくとも3種のドメインを有する。
【0008】
本発明の電子デバイス用素子では、圧電体薄膜が上記のような構成を有することで、外部から電圧や応力を加えた際に、ドメインの回転や結晶相の転移が円滑に行われ、外部入力(電圧や応力など)に対する圧電応答性が高くなる。すなわち、本発明の電子デバイス用素子では、高い圧電定数(d31)が得られる。
【0009】
そのため、本発明の電子デバイス用素子を有する電子デバイスでは、変位特性や感度特性などの性能が向上する。たとえば、圧電アクチュエータの場合、電圧を印加した際に圧電歪みがより発生し易くなり、大きな変位が得られる。また、メモリの場合でも、小さな駆動電圧で磁化を変化させることができる。さらに、各種センサの場合においては、外部からの力学的な入力(応力など)に対して上記の圧電体薄膜が容易に変形するため、感度や検出限界などの特性が向上する。
【0010】
本発明の電子デバイス用素子において、前記圧電体薄膜には、少なくとも2種の結晶相が含まれてもよい。たとえば、前記少なくとも3種のドメインは、
膜厚方向に対して正方晶の(001)面が垂直となるように配向したドメインと、
前記膜厚方向に対して正方晶の(001)面が平行となるように配向したドメインと、
前記膜厚方向に対して菱面体晶の(100)面が平行となるように配向したドメインとの3種とすることができる。
【0011】
また、本発明の電子デバイス用素子において、前記圧電体薄膜は、Cu-Kα線によるθ-2θ法X線回折で分析した場合、2θが42°~46°の範囲に少なくとも3種の反射ピークを有していてもよい。もしくは、前記圧電体薄膜は、2θが42°~46°の範囲に単独の反射ピークを有していてもよく、この場合、前記単独の反射ピークの半値幅は0.2°以上である。
【0012】
また、本発明の電子デバイス用素子において、前記圧電体薄膜の積層方向の下方には、下地層が存在していてもよく、前記下地層は、結晶軸が3軸すべての方向において揃って配向するようにエピタキシャル成長した膜であることが好ましい。なお、前記下地層は、導電性を有する電極膜、または/および、バッファ層などで構成することができる。
【0013】
さらに、本発明の電子デバイス用素子は、好ましくは、強磁性体薄膜を有する。そして、前記強磁性体薄膜は、外部磁場によって面内方向で伸縮するように構成してあることが好ましい。上記のような強磁性体薄膜を有することで、外部磁場を電気出力に変換する磁気電気変換素子として有用に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、本発明の一実施形態に係る電子デバイス用素子を示す平面図である。
図2図2は、図1に示すII-II線に沿う断面図である。
図3図3は、図1に示すIII-III線に沿う断面図である。
図4A図4Aは、圧電体薄膜のX線回折結果を示すグラフである。
図4B図4Bは、圧電体薄膜のX線回折結果を示すグラフである。
図4C図4Cは、圧電体薄膜のX線回折結果を示すグラフである。
図5図5は、強磁性体薄膜のX線回折結果を示すグラフである。
図6図6は、本発明の一実施例に係る電子デバイスを示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を、図面に示す実施形態に基づき説明する。
【0016】
第1実施形態
図1に示すように、本発明の一実施形態に係る電子デバイス用の素子30は、全体として略矩形の平面視形状を有する。素子30の寸法は、特に限定されず、電子デバイスの用途に応じて適宜決定すればよい。そして、素子30は、機能膜が積層された膜積層部32と、膜積層部32の外側を取り囲む外周部34と、を有する。
【0017】
膜積層部32は、X軸とY軸とを含む平面に沿って形成してあり、略矩形の平面視形状を有する。そして、膜積層部32は、X軸と平行な縁辺と、Y軸と平行な縁辺とを有し、膜積層部32の長手方向が、X軸と一致する。なお、図1~3において、X軸、Y軸およびZ軸は、相互に略垂直であり、Z軸が膜の積層方向に一致する。
【0018】
図2に示すように、Z軸方向の最下層には、基板40が存在する。この基板40は、X-Y平面の略中央部、すなわち膜積層部32の部分において、開口部42を有している。つまり、基板40は、実質的に素子30の外周部34にのみ存在している。開口部42のZ軸上方に位置する膜積層部32には、下部電極膜50と、圧電体薄膜10と、上部電極膜52とが、この順で積層してある。
【0019】
下部電極膜50は、端部50aと中央部分50bとを一体的に有する。図1に示す平面視において、下部電極膜50の中央部分50bは、開口部42の開口面よりも小さい略矩形の形状を有する。また、下部電極膜50の端部50aは、中央部分50bのX軸方向の両端に位置し、図1に示す平面視において、中央部分50bよりもY軸方向の幅が小さい略矩形の形状を有する。下部電極膜50は、上記のような形状を有するため、図2に示す断面において、開口部42のZ軸方向の上部開口面を、X軸方向に掛け渡すように存在している。そして、下部電極膜50の端部50aのみが、素子30の外周部34に位置する基板40の表面に存在している。
【0020】
一方で、図3に示す断面(図1のIII-III線に沿う断面)においては、下部電極膜50の中央部分50bの断面のみが現れ、端部50aが存在しない。そのため、図3に示す断面においては、下部電極膜50を含む膜積層部32が、開口部42のZ軸上方において、浮遊しているように見える。開口部42の上方で浮遊している膜積層部32は、積層されている各膜の応力の不均衡によって、反りが発生し易いが、膜積層部32の下部電極膜50の下面と、基板に接触している下部電極膜50の端部50aの下面とで、Z軸方向の高さがおおよそ一致していることが好ましい。
【0021】
そして、圧電体薄膜10は、下部電極膜50のZ軸方向の上方に位置し、下部電極膜50と同等の平面視形状を有する。図1では、圧電体薄膜10の積層面積(X-Y平面上の面積)が、下部電極膜50の積層面積よりも小さくなっているが、下部電極膜50と同程度の大きさであっても良い。また、圧電体薄膜10のZ軸方向の上方には、上部電極膜52が存在し、上部電極膜52は、略矩形の平面視形状を有する。
【0022】
図2に示すように、下部電極膜50の一方の端部50aには、第1取出電極51の先端が接続してある。この第1取出電極膜51の後端には、第1電極パッド51aが基板40の表面に形成してあり、第1電極パッド51aを介して、図示しない外部回路が接続可能になっている。
【0023】
さらに、下部電極膜50の他方の端部50aは、圧電体薄膜10の表面の一部と共に、絶縁層54で覆われている。そして、絶縁膜54の上をX軸方向に掛け渡すように、第2取出電極53が形成してあり、第2取出電極53の先端は、上部電極膜52に接続してある。この第2取出電極膜53の後端には、第2電極パッド53aが基板40の表面に形成してあり、第2電極パッド部53aを介して、図示しない外部回路が接続可能になっている。なお、絶縁膜54があるため、第2取出電極53は、第1電極膜50に対して絶縁されている。
【0024】
上記のように、本実施形態の素子30では、膜積層部32において、圧電体薄膜10が下部電極膜50と上部電極膜52とで挟まれた状態で積層してある。そのため、圧電体薄膜10には、下部電極膜50と上部電極膜52とを介して、電圧の印加が可能である、もしくは、圧電体薄膜10で発生した電荷を、下部電極膜50と上部電極膜52とを介して、取り出しが可能となっている。
【0025】
次に、素子30を構成する各層(薄膜)の特徴について説明する。
【0026】
(基板40)
本実施形態において、基板40の材質は、Si、MgO、チタン酸ストロンチウム(SrTiO)、ニオブ酸リチウム(LiNbO)などの各種単結晶から選択することができる。特に、表面がSi(100)面の単結晶となっているシリコン基板を使用することが好ましい。換言すると、立方晶の(100)面が、厚み方向に対して略平行となるように配向しているシリコン基板を用いることが好ましい。単結晶の基板を用いることで、基板40の上に、各電極膜や圧電体薄膜10をエピタキシャル成長させることができる。
【0027】
(圧電体薄膜10)
圧電体薄膜10は、圧電材料で構成してあり、圧電効果または逆圧電効果を奏する。圧電効果とは、外力(応力)が加わることで電荷を発生する効果を意味し、逆圧電効果とは、電圧を加えることで歪が発生する効果を意味する。このような効果を奏する圧電材料としては、水晶、ニオブ酸リチウム、窒化アルミニウム(AlN)、酸化亜鉛(ZnO)、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT:Pb(Zr,Ti)O)、ニオブ酸カリウムナトリウム(KNN:(K,Na)NbO)、ジルコン酸チタン酸バリウムカルシウム(BCZT:(Ba,Ca)(Zr,Ti)O)、などが例示される。
【0028】
本実施形態では、上記の圧電材料のうち、特に、PZT、KNN、およびBCZTなどのペロブスカイト構造を有する圧電材料を用いることが好ましい。圧電体薄膜10として、ペロブスカイト構造の圧電材料を使用することで、優れた圧電特性と、高い信頼性と、を両立して得ることができる。なお、圧電体薄膜10を構成する上記の圧電材料には、特性を改善するために、適宜他の元素が添加してあっても良い。
【0029】
圧電体薄膜10の厚みt1は、好ましくは0.5~10μmの範囲内である。厚みt1は、たとえば、走査型電子顕微鏡(SEM)や走査型透過電子顕微鏡(STEM)などによりX-Z断面もしくはY-Z断面を観察し、その際に得られる断面写真を画像解析することで求められる。この場合、厚みt1は、面内方向で3点以上の箇所で計測を行い、その平均値として算出することが好ましい。なお、厚みt1のばらつきは、±5%以下と少ない。
【0030】
本実施形態において、圧電体薄膜10は、エピタキシャル成長膜であり、エピタキシャル成長膜とは、エピタキシャル成長した膜を意味する。ここで、エピタキシャル成長とは、成膜の際に、膜の結晶が、下地材料の結晶格子に整合する形で、膜厚方向(Z軸方向)および面内方向(X軸およびY軸方向)に揃いながら成長することをいう。そのため、本実施形態に係る圧電体薄膜10は、成膜中の高温状態においては、結晶が、X軸方向、Y軸方向およびZ軸方向の3軸すべての方向において揃って配向(3軸配向)した状態の結晶構造をとる(エピタキシャル膜)。より具体的に、圧電体薄膜10の膜厚方向においては、基板40の立方晶(100)面から派生した面が、膜厚方向と略平行に単一配向していることが好ましい。そして、成膜後の室温状態においては、3軸配向しているため、結晶粒界がほとんど形成されず、単結晶に近い(完全な単結晶ではない)結晶構造を有する(エピタキシャル成長(した)膜)。
【0031】
3軸配向するようにエピタキシャル成長しているか否かは、薄膜形成過程において反射高速電子線回折評価(RHEED評価)を行うことで確認できる。成膜中の膜表面において、結晶配向に乱れがある場合には、RHEED像は、リング状に伸びたパターンを示す。一方で、上記のようにエピタキシャル成長している場合には、RHEED像は、スポット状またはストリーク状のシャープなパターンを示す。上記のようなRHEED像は、あくまでも成膜中の高温状態で観測される。成膜後の室温状態(すなわちエピタキシャル成長膜)において、圧電体薄膜10は、単結晶に近い高い配向性を有するが、特に、以下に示すような結晶構造を有することが好ましい。
【0032】
成膜後の室温状態において、本実施形態の圧電体薄膜10は、3軸配向したうえで、複数種(少なくとも2種)の結晶相と、少なくとも3種のドメイン(域)とを含むドメイン構造をとる。たとえば、ペロブスカイト構造の圧電材料の場合、結晶相としては、正方晶、菱面体晶、斜方晶、および単斜晶から選ばれる少なくとも2種の結晶相が含まれ得る。また、少なくとも3種のドメイン(域)は、それぞれ、上記の結晶相のいずれかで構成される。
【0033】
ドメイン構造の具体的な構成は、使用する圧電材料によって異なる。たとえば、圧電体薄膜10がPZTのエピタキシャル成長膜である場合には、正方晶と菱面体晶の少なくとも2種の結晶相を有することができる。そして、この場合、正方晶は、c軸(直方体(結晶格子)の長手方向の軸)が膜厚方向を向いたドメインと、c軸が面内方向を向いたドメインと、を有する。また、菱面体晶の結晶相は、膜厚方向に対して(100)面が平行となるように配向している。すなわち、圧電体薄膜10がPZTのエピタキシャル成長膜である場合には、正方晶の2種のドメインと、菱面体晶のドメインとの計3種のドメインを含む。
【0034】
なお、上記において、c軸が膜厚方向を向いたドメインとは、膜厚方向に対して正方晶の(001)面が略垂直(または直交)となるように配向したドメインを意味し、以下、cドメインと呼ぶ。一方、c軸が面内方向を向いたドメインとは、膜厚方向に対して正方晶の(001)面が略平行となるように配向したドメインを意味し、以下、aドメインと呼ぶ。
【0035】
また、圧電体薄膜10がPZTのエピタキシャル成長膜である場合、各ドメインの割合は、たとえば、正方晶の割合に比べて菱面体晶の割合が多いことが好ましく、正方晶の存在割合に対する菱面体晶の存在割合の比率(菱面体晶/正方晶)が、1よりも大きく、1~20程度であることが好ましい。また、正方晶のaドメインの存在割合に対する正方晶のcドメインの存在割合の比率(cドメイン/aドメイン)が、0.5~2であることが好ましい。
【0036】
一方、圧電体薄膜10がKNNのエピタキシャル成長膜である場合には、斜方晶の2種のドメインと、単斜晶の1種のドメインと(計3種のドメイン)を有することができる。上記の場合、斜方晶の2種のドメインとは、斜方晶の(001)面が膜厚方向に対して略平行となるように配向したドメイン(aドメイン)と、斜方晶の(010)面が膜厚方向に対して略平行となるように配向したドメイン(cドメイン)とが存在し得る。また、単斜晶のドメインでは、(100)面または(010)面が膜厚方向に対して略平行となっていることが好ましい。
【0037】
そして、圧電体薄膜10がKNNである場合、各ドメインの割合は、たとえば、斜方晶の存在割合に対する単斜晶の存在割合の比率(単斜晶/斜方晶)が、0.1~10であることが好ましい。また、斜方晶のaドメインの存在割合に対して、斜方晶のcドメインの存在割合が、0.1~10であることが好ましい。
【0038】
また、圧電体薄膜10がBCZTのエピタキシャル成長膜である場合には、正方晶の2種のドメインと、斜方晶の2種のドメインと(計4種のドメイン)を有することが好ましい。そして、この場合、各ドメインの割合は、たとえば、正方晶の存在割合に対する斜方晶の存在割合の比率(斜方晶/正方晶)が、0.1~10であることが好ましい。また、正方晶のaドメインの存在割合に対する正方晶のcドメインの存在割合が、0.1~10であることが好ましい。さらには、斜方晶のaドメインの存在割合に対する斜方晶のcドメインの存在割合が、0.1~10であることが好ましい。
【0039】
さらに、上述したような複数のドメインは、共通のドメイン境界を挟んで接しているため、各ドメインの結晶軸の向きは、膜厚方向や面内方向から最大数度程度(具体的には、±3度程度)ずれていても良い。また、上述したような複数のドメインは、少なくとも成膜時の高温状態においては、同じ結晶系の同じ方位に配向した等価なドメインであり、成膜後に室温や使用温度に冷却される過程で、より安定な結晶相やドメインに転移することで形成される。
【0040】
なお、上述したような複数のドメインが混在して存在する様子は、圧電体薄膜10を、透過型電子顕微鏡(TEM)の電子線回折またはX線回折(XRD)などで分析することにより確認できる。たとえば、XRDを用いてCu-Kα線によるθ-2θ測定をした場合、2θ=42°~46°の範囲には、圧電体薄膜10に由来する反射ピークが確認される。図4A~4Cは、圧電体薄膜10に由来する反射ピークを、模式的に示す概略図である。
【0041】
圧電体薄膜10に単一のドメインしか存在しない場合は、図4Cに示すような反射ピークが現れる。図4Cでは、2θ=42°~46°の範囲(特に2θ=44°付近)において、シャープな単一の反射ピークのみが確認され、当該反射ピークの半値幅は、0.1°程度もしくは0.1°以下となる。これに対して、圧電体薄膜10に複数種のドメインが混在する場合には、図4Aもしくは図4Bに示す反射ピークが現れる。
【0042】
図4Aでは、2θ=42°~46°の範囲において、圧電体薄膜10に由来する複数(少なくとも3つ)の反射ピークが確認される。図4Aにおいて、反射ピークの数は、圧電体薄膜10に含まれるドメインの数に対応している。たとえば、PZTの圧電体薄膜10が3種のドメインを有する場合、2θ=43°~44°において、正方晶のcドメインを示す反射ピーク(P1)が現れ、2θ=44°付近において、菱面体晶のドメインを示す反射ピーク(P2)が現れ、2θ=44°~45°において、正方晶のaドメインを示す反射ピーク(P3)が現れる。
【0043】
また、複数の反射ピークが確認されない場合であっても、図4Bに示すように、2θが42°~46°の範囲において、ブロードな反射ピークが確認される場合がある。図4Bの場合、複数の反射ピークが重なることでブロードな反射ピークとなっている。具体的に、反射ピークの半値幅が0.2°以上である場合には、少なくとも3種のドメインが存在すると判断する。
【0044】
たとえば、圧電体薄膜10がPZT膜である場合、2θが44°±1°の付近にピークトップを有するブロードな反射ピークが確認される場合がある。圧電体薄膜10がKNN膜である場合、およびBCZT膜である場合には、2θが45.5°±1°の付近にピークトップを有するブロードな反射ピークが確認される場合がある。いずれの材質の場合でも、反射ピークの半値幅が0.2°以上である場合に、少なくとも3種のドメインが存在すると判断する。なお、図4Bの場合において、半値幅の上限値は、圧電体薄膜10があくまでもエピタキシャル成長膜であるため、1.0°以下程度である。
【0045】
また、各ドメインの存在割合は、透過電子顕微鏡によるドメイン観察から求めることができる。具体的には、透過電子顕微鏡を用いて、面積1um×10um相当の範囲で膜の断面あるいは上面からドメインを観察し、各ドメインの面積比を求めドメインの存在比率とする。なお、TEM観察において、一視野での観察範囲が、上記の面積よりも小さい場合は、複数の視野で観察を行い、その合計面積を上記面積と同等とすればよい。また、各ドメインの割合は、上記の他にも、XRDや電子線回折などによる逆格子マップ測定、もしくは、極点測定から結晶方位分布解析(ODF解析)行うことなどによっても把握し得る。
【0046】
(下部電極膜50)
下部電極膜50は、導電性材料で構成されており、基板40上でエピタキシャル成長した膜とすることが好ましい。すなわち、下部電極膜50は、結晶軸が3軸すべての方向において揃って配向したエピタキシャル成長膜であることが好ましい。具体的に、下部電極膜50の材質は、たとえば、白金(Pt)、イリジウム(Ir)、金(Au)などの面心立方構造の金属薄膜か、ルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO:以下SROと略す)やニッケル酸リチウム(LiNiO)などの酸化物導電体薄膜とすることができる。このような金属薄膜および酸化物導電体薄膜は、基板40の上にエピタキシャル成長させることができ、膜厚方向に対して(100)面が配向した膜となる。また、下部電極膜50の厚みは、全体として、30nm~200nmとすることが好ましい。
【0047】
なお、下部電極膜50は、上記の金属薄膜と上記の酸化物導電体薄膜とを積層して構成しても良い。その場合、下部電極膜50における金属薄膜および酸化物導電体薄膜は、いずれもエピタキシャル成長膜であって、下部電極膜50の上方側(すなわち圧電体薄膜10側)には、酸化物導電体薄膜が存在することが好ましい。
【0048】
(上部電極膜52)
上部電極膜52は、導電性材料で構成されていれば良く、下部電極膜50と同様の構成とすることもできるが、必ずしもエピタキシャル成長膜である必要はない。上部電極膜52については、磁歪特性を有する強磁性体薄膜を含むことが好ましい。強磁性体薄膜は、これ自体のみで上部電極膜52を構成していても良いし、上記の金属薄膜や上記の酸化物導電体薄膜と組み合わせて、上部電極膜52の一部を構成しても良い。
【0049】
上部電極膜52を、金属薄膜や酸化物導電体薄膜と強磁性体薄膜とを組み合わせて構成する場合には、最上層に強磁性体薄膜が位置するように積層することが好ましい。そして、上部電極膜52が強磁性体薄膜を含む場合、強磁性体薄膜の厚みは、0.1~5μmとすることが好ましい。なお、この場合、上部電極膜52における強磁性体薄膜以外の金属薄膜の厚み、もしくは酸化物導電体薄膜の厚みは、3nm~100nmとすることが好ましい。
【0050】
強磁性体薄膜は、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)などの純金属、または、上記金属元素のうち少なくとも1種を含む合金(たとえば、Fe-Co系、Fe-Ni系、Fe-Si系、Fe-Si-Al系の合金など)、もしくは、上記金属元素の酸化物を含む酸化物磁性体を含むことができる。また、強磁性体薄膜は、上記の強磁性体を含む単一膜であっても良いし、複数の層からなる多層膜や、強磁性体と反強磁性体との積層膜であっても良い。
【0051】
本実施形態において、強磁性体薄膜は、磁歪膜であることが好ましい。この膜は、外部から強磁性体薄膜に入力される微弱な磁場に対しても大きなひずみが発生する磁歪特性を有する。より具体的に、強磁性体薄膜は、1Oeよりも小さな磁場を印可した際に、膜の面内方向において0.1ppm以上の歪が発生する磁歪膜であることが好ましい。また、80Oeの磁場を印加した際に、歪が10ppmよりも大きくなる磁歪膜であることが好ましい。さらに、強磁性体薄膜は、圧縮応力を有することが好ましい。この圧縮応力は、10MPa以上であることが好ましく、30MPa以上であることがさらに好ましい。このような強磁性体薄膜を圧電体薄膜10と積層することで、圧電体薄膜10に3種のドメインを容易に形成することができる。なお、素子30が強磁性体薄膜を含む場合については、第2実施形態で詳細を説明する。
【0052】
(取出電極膜51,53)
第1取出電極膜51および第2取出電極膜53については、導電性を有していればよく、その材質や厚みは特に限定されない。たとえば、Ptの他、Ag、Cu、Au、Alなどの導電性金属を含むことができる。
【0053】
(絶縁膜54)
絶縁膜54についても、電気絶縁性を有していればよく、その材質や厚みは特に限定されない。たとえば、絶縁膜54として、SiO、Al、ポリイミドなどが適用できる。
【0054】
(その他の機能膜)
本実施形態の素子30には、上述した各電極膜50~53および圧電体薄膜10以外に、図1~3に図示していないその他の機能膜が含まれていても良い。
【0055】
たとえば、下部電極膜50のZ軸方向の下方(すなわち、基板40と下部電極膜50との間)には、結晶性制御膜としてバッファ層が形成してあっても良い。バッファ層としては、酸化ジルコニウム(ZrO)、もしくは、希土類元素(ScおよびYを含む)により安定化された酸化ジルコニウム(安定化ジルコニア)を主成分とすることが好ましい。このバッファ層も、成膜用基板の結晶格子に整合する形で、膜厚方向(Z軸方向)および面内方向(X軸およびY軸方向)に揃いながら成長したエピタキシャル成長膜であることが好ましい。バッファ層が形成してあることで、バッファ層より積層方向の上方に位置する膜のエピタキシャル成長が促進される(高品質となる)。また、バッファ層は、開口部42を形成する際に、エッチングストッパ層としても機能する。バッファ層を形成する場合、その厚みは、5nm~100nmとすることが好ましい。
【0056】
また、上部電極膜52のZ軸方向の上方(強磁性体薄膜を含む場合には、その上方)には、保護層が形成してあっても良い。保護層としては、絶縁性を有することが好ましいが、たとえば、SiO、Al、ポリイミドなどの絶縁膜のほか、TiやTaなどの金属膜を使用することもできる。その厚みは、特に制限されず、10nm程度で良い。
【0057】
続いて、図1~3に示す素子30の製造方法の一例について、以下に説明する。
【0058】
素子30の製造では、まず、シリコンウェハなどの基板40の上に、下部電極膜50と、圧電体薄膜10と、上部電極膜52とを、各種の薄膜作製法により形成する。薄膜製作法としては、蒸着法、スパッタリング法、ゾルゲル法、CDV法、PLD法などが適用でき、特に好ましくは、スパッタリング法である。なお、前述したように、少なくとも圧電体薄膜10までの層は、エピタキシャル成長させて形成することが好ましい。下部電極膜50(および、バッファ層)をエピタキシャル成長させる方法については、公知の方法を採用すればよい。
【0059】
スパッタリング法により圧電体薄膜10を形成する場合、安定的にエピタキシャル成長をさせるためには、スパッタリングターゲットの組成、基板温度、成膜速度、ガス組成、真空度、基板ターゲット間距離などを適正に制御する。
【0060】
また、圧電体薄膜10がドメイン構造(少なくとも3種のドメインを含む)有するためには、特に、スパッタリングターゲットの組成、基板温度、もしくは、上部電極膜52が強磁性体薄膜を有する場合には積層する強磁性体薄膜の応力、などを制御すればよい。
【0061】
たとえば、スパッタリングターゲットの組成は、材料に応じて、複数のドメインや結晶相が形成されやすい組成を選択すると共に、蒸気圧の高い元素を、化学量論的組成の20~120%増しとすることが好ましい。PZTを例にとると、Pb/(Zr+Ti)で表される原子比が、1.2~2.2、Zr/(Zr+Ti)で表される原子比が、1~1.5となるように制御することが好ましい。また、基板温度については、550~650℃となるように制御することが好ましい。さらに、上部電極膜52が強磁性体薄膜を有する場合において、強磁性体薄膜の応力は、圧縮応力とすることが好ましい。加えて、圧電体薄膜10をエピタキシャル成長させた後で、酸化雰囲気下において、300℃~500℃の温度でアニール処理することも、上述したドメイン構造を得るために効果的である。
【0062】
上記のように積層膜を形成した基板については、図1に示すようなパターンとなるように、パターニング加工を施す。パターニング加工は、公知の方法を採用できる。この際、膜積層部32の面内(X-Y平面)において、素子30の長手方向(X軸方向)または短手方向(Y軸方向)が、圧電体薄膜10の<110>方向、および基板40の<110>方向に対して、略平行となるように、パターニングすることが好ましい。つまりは、図1に示すX-Y平面において、圧電体薄膜10の<110>方向が、X軸方向またはY軸方向と略平行となる。また、基板40の<110>方向も、X軸方向またはY軸方向と略平行となる。なお、上記において、略平行とは、完全に平行な方向に対して、±3度の範囲内であることを意味する。
【0063】
ここで、<110>方向とは、[110]、[101]などの等価な方位を包括的に示した方向を意味する。上記と等価な方位とは、たとえば立方晶の場合、

などが例示される。前述したように、圧電体薄膜10がPZTである場合には、正方晶と菱面体晶など、複数の相が含まれるが、この場合、正方晶の[110]方向,[101]方向と、菱面体晶の[110]方向と、および、これらと等価な方向とが、それぞれ素子30の長手方向または短手方向とほぼ平行となるようにすることが好ましい。素子の延面方向(パターニング形状)を、圧電体薄膜10の所定の結晶方位に合わせて制御することで、素子30の耐久性が向上する。なお、本実施形態において、丸括弧は、ミラー指数(面)を表しており、三角括弧および角括弧は、結晶方位(方向)を表している。
【0064】
パターニング加工を施した後には、第1取出電極膜51および第2取出電極膜53と、絶縁膜54とを、図1に示すような所定のパターンで形成する。また、基板40の開口部42を、Deep-RIZ法などのドライエッチングや、異方性ウェットエッチングなどにより形成する。これにより、図1~3に示す素子30が得られる。
【0065】
(第1実施形態のまとめ)
上述したように、本実施形態の素子30では、圧電体薄膜10が、3軸すべての方向に方位が揃って配向するようにエピタキシャル成長した膜であり、少なくとも3種のドメインを有する。
【0066】
圧電体薄膜が多結晶膜である場合、膜内には多くの結晶粒界が存在する。この場合、結晶粒界による物理量の拡散が発生するため、圧電特性が低下する。また、圧電体薄膜が膜厚方向で単一配向している場合であっても、面内で結晶方位がランダムとなっている場合(この場合、本実施形態では、エピタキシャル成長膜とは呼ばない)には、面内において多くの結晶粒界が存在する。したがって、この場合でも、結晶粒界による物理量の拡散が発生し、圧電特性が低下する。
【0067】
さらに、圧電体薄膜が完全な単結晶である場合や、圧電体薄膜がエピタキシャル成長膜であったとしても2種以下のドメインしか存在しない場合には、膜の内部に歪が発生し難くなるため、圧電特性が低下する場合がある。
【0068】
これに対して、本実施形態の圧電体薄膜10では、3軸配向したうえで、少なくとも3種のドメインを有するため、ドメインの境界または結晶相の境界において、壁の移動を妨げる結晶不整合が存在しない。その結果、本実施形態の素子30では、外部から電圧や応力などを加えた際に、ドメインの回転や結晶相の転移が円滑に行われ、外部入力(電圧や応力など)に対する圧電応答性が高くなる。すなわち、本実施形態の素子30では、高い圧電定数(d31)が得られる。さらに、本実施形態の素子30では、圧電体薄膜10の耐電圧が高くなり、圧電特性のリニアリティ(線型性)も向上する。
【0069】
本実施形態の素子30は、電源や電気/電子回路と接続され、回路基板に搭載するかパッケージされることにより様々な電子デバイスを構成する。たとえば、インクジェットプリンタヘッド、マイクロアクチュエータ、ジャイロスコープ、モーションセンサなど、様々な圧電デバイスとして利用可能である。各種のアクチュエータとして利用する場合、本実施形態の素子30が優れた圧電特性を有するため、電圧を印加した際に圧電歪みがより発生し易くなる。その結果、アクチュエータとしての変位特性が向上する。
【0070】
また、本実施形態の素子30は、膜積層部32が強磁性体薄膜をさらに有することで、磁気電気変換素子として優れた性能を示す。この際、強磁性体薄膜は、磁歪特性を有することが好ましく、外部磁場によって面内方向で伸縮するように構成することが好ましい。このような磁気電気変換素子は、たとえば、増幅器と整流回路を接続しパッケージすれば、磁気センサなどの各種センサとなる。また、定電圧駆動のメモリにも適用できる。同じく磁気電気変換素子に蓄電素子と整流電力管理回路を接続すれば、外部からの磁場や振動から電力を発電するエネルギー変換デバイス(エネルギーハーベスタ)となる。
【0071】
メモリとして利用する場合、本実施形態の素子30が優れた圧電特性を有するため、小さな駆動電圧で強磁性体薄膜の磁化を変化させることができる。また、上記のように各種センサとして利用する場合には、外部からの力学的入力(応力など)に対して圧電体薄膜10が容易に変形するため、感度や検出限界などの特性が向上する。
【0072】
なお、上述したようなエネルギー変換デバイスは、電源システムやウェアラブル端末(イヤホン/ヒアラブルデバイス、スマートウォッチ、スマートグラス(眼鏡)、スマートコンタクトレンズ、人工内耳、心臓ペースメーカーなど)などに組み込まれ利用される。
【0073】
第2実施形態
第2実施形態では、図1~3に示す素子30の膜積層部32において、特に強磁性体薄膜が含まれる場合について、説明する。強磁性体薄膜は、第1実施形態でも述べたとおり、上部電極膜52自体となるか、金属薄膜や酸化物導電体薄膜の上方に形成され上部電極膜52の一部を構成する。なお、第2実施形態における第1実施形態と共通の構成に関しては、説明を省略し、同じ符号を使用する。
【0074】
第2実施形態の素子30は、膜積層部32が強磁性体薄膜を含むため、磁気電気変換素子30として機能する。磁気電気変換素子30は、離間したところから非接触で送信される磁場や、電磁波、超音波などのエネルギーを受けて、これらのエネルギー(入力信号)を電気出力に変換する。たとえば、外部から磁場が印加されると、強磁性体薄膜は、磁歪効果によって歪を発生させる。ここで発生した歪によって、強磁性体薄膜の下方に位置する圧電体薄膜10も撓むこととなり、圧電体薄膜10の表面では、圧電効果により電荷が発生する。発生した電荷は、第1電極膜50および第2電極膜52を介して電気出力として取り出される。
【0075】
このような磁気電気変換素子30を、図1~3に示す形態で作製した場合、素子30の中央部分、すなわち膜積層部32は、特定の周波数の振動モードを有する振動子、特に、面内伸縮振動子として機能する。ここで、面内伸縮振動子とは、弾性体の面内方向にわたって発生する面内伸縮モードを利用する振動子を意味する。図1~3では、振動子として矩形型の形態を示しているが、その他、円板型、カンチレバー型などの形態を取り得る。好ましくは、図1~3に示すような矩形型である。
【0076】
振動子としての機能に着目した場合、下部電極膜50と圧電体薄膜10、および上部電極膜52とが積層してある膜積層部32が振動部32となり、下部電極膜50の端部50aと圧電体薄膜10の端部が積層してある部分(特に、振動部32を開口部42の上方で支持している部分)が支持部(または支持腕)36となる。支持部36は、振動部32と素子30の外周部34とを接続している。
【0077】
支持部36は、振動部32の動き(面内伸縮振動)を妨げないように、振動部32に対して剛性の低い形態であることが好ましい。たとえば、支持部36のY軸方向幅は、振動部32のY軸方向幅(支持部36の延びるX軸方向に直交する方向の長さ)に対して狭くする。あるいは、支持部36のZ軸方向厚みは、振動部32のZ軸方向厚みに対して小さくする。支持部36の厚みと幅の積は、振動部32のそれに対して90%よりも小さいことが好ましく、75%よりも小さいことがより好ましい。このように構成することによって、大きな振幅の面内伸縮振動を誘起でき、磁気電気変換素子30の出力が高まる。
【0078】
また、支持部36の長さは、振動部32を伝わる振動の波長の1/4程度であることが好ましい。こうすることによって、効率的にエネルギーを振動部32に閉じ込めることができ、大きな出力が得られるとともに、アレー化した場合の素子間の干渉を抑制することができる。
【0079】
また、振動部32の表面(すなわち、上部電極膜50および下部電極膜52の表面)は、平坦であることが好ましい。より具体的に、表面粗さは、算術平均粗さ(Ra)または要素の平均長さ(Rms)で、1μmよりも小さいことが好ましく、振動部32を伝わる振動の波長の1/10以下となることがより好ましい。
【0080】
素子30の振動方向(面内伸縮振動の場合はY軸方向)の幅は、振動部32が電磁波に比べて速度の遅い音波の波長で振動するため、同じ周波数の電磁波の波長に比べ極めて小さいサイズであることが好ましい。具体的に、素子30の振動方向の幅は、真空中の電磁波の波長の1/10よりも小さいことが好ましい。一方、振動方向に直交する方向(すなわちX軸方向)には、素子の大きさが制限されることはなく、振動部32は、直線状に長く伸びた形状や、ミアンダ状や渦巻き状に折りたたんだ形状も取り得る。
【0081】
前述したように、第2実施形態では、強磁性体薄膜が磁歪特性を有し、面内方向(すなわちX-Y面方向)に伸縮振動するように構成されている。この場合、振動子の振動モードが面内コントアモードとなり、振動の鋭さを表す特性であるQが大きくなる。素子30において、Qが大きい振動モードをとることで、より大きな出力を得ることができ、効率よくエネルギーを電力に変換できる。
【0082】
なお、Qは以下の式で表すことができる。
Q=f0/(f1-f2)
上記式で、f0は振動子の固有周波数、f1は出力または振幅が固有周波数での値の半分になる点の周波数のうち高い方の周波数、f2は同じく低い方の周波数である。本実施形態の素子30は、Qが100より大きい。
【0083】
素子30の固有周波数は、使用される振動モード、素子の形状、大きさ、材料等によって決まる。素子30の固有周波数に等しい周波数のエネルギーを素子に照射するか、エネルギー場の中に素子を置くことによって、素子30は固有振動を引き起こされ、それによって圧電体薄膜10が伸縮し電気出力を発生させる。
【0084】
なお、素子30は、単一素子であっても、複数の単一素子30が共通の基板40上に一体的に形成されたアレー素子であってもよい。
【0085】
第2実施形態において、膜積層部32(振動部32)に含まれる強磁性体薄膜は、特に、優れた磁歪効果を有することが好ましい。磁歪効果とは、外部磁場によって歪を発生する性質を意味する。強磁性体の多くは、磁歪効果を示すが、比較的大きな磁歪効果を有する材質としては、鉄にガリウム(Ga)、ホウ素(B)、ケイ素(Si)、または希土類元素(サマリウム(Sm)、ジスプロシウム(Dy)、テルビウム(Tb)ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)など)を添加した合金が例示され、一般的には、Fe-Dy-Tb系合金や、Fe-Ga系合金が知られている。本実施形態においては、特に、強磁性体薄膜を構成する主成分として、Fe-Co系合金、Fe-Co-Si-B系合金、またはFe-Ga-B系合金などを用いることが好ましい。
【0086】
また、強磁性体薄膜の厚みt2は、第1実施形態でも述べたように、0.1~5μmの範囲内とすることが好ましい。上記のような膜厚とすることで、圧電体薄膜10を十分に歪ませることが可能になり、圧電体薄膜10から大きな電気出力を得ることができる。また、強磁性体薄膜の厚みt2を厚すぎないようにすることで、成膜の生産性も向上する。
【0087】
なお、強磁性体薄膜の厚みt2も、圧電体薄膜10の厚みt1と同様にして測定される。この厚みt2も、面内方向のばらつきが小さく、厚みt1と同程度のばらつきである。本実施形態では、厚みt1に対する厚みt2の比率(t2/t1)は、好ましくは、1/10~10の範囲内である。
【0088】
第2実施形態において、強磁性体薄膜は、非晶質であっても良いし、多結晶であっても良いが、非晶質相と結晶相とを、混在して有することが好ましい。強磁性体薄膜が非晶質相と結晶相とを両方含む場合、非晶質相の特性に起因して、入力磁場に対する応答性を向上させることができる。つまり、磁歪を発生するために必要なしきい磁場HTHおよび保持力Hcを小さくすることができる。そのうえ、結晶相の特性に起因して、低磁場でのdλ/dH(単位磁場あたりの磁歪変化量)を大きくすることができる。
【0089】
また、強磁性体薄膜が結晶相を有する場合には、含まれる結晶相のほとんどが、面心立方構造(fcc)を有することが好ましい。ただし、少なくとも一部の結晶相に、体心立方構造(bcc)の結晶相が混じっていてもよい。強磁性体薄膜の結晶相を、面心立方構造(fcc)とすることで、素子30における磁気から電気への変換効率がさらに高くなる。
【0090】
強磁性体薄膜は、圧電体薄膜10の上に直接または間接的に形成されるが、下層の圧電体薄膜10が結晶配向性に優れたエピタキシャル成長膜である場合、通常、強磁性体薄膜も結晶化し易くなる。特に、強磁性体薄膜に鉄が含まれる場合には、体心立方構造で結晶化されることが通常である。強磁性体薄膜の形成において、成膜するための装置と、成膜条件と、を適切に選択することで、非晶質相と面心立方構造を有する結晶相とを混在させることができる。
【0091】
たとえば、強磁性体薄膜と圧電体薄膜10との間には、導電性材料からなる多結晶電極膜、または、多結晶と非晶質相からなる電極膜を積層することが好ましい。すなわち、上部電極膜52において、強磁性体薄膜の下層には、上記の電極膜を積層する。特に、この電極膜は、面心立方構造の多結晶、もしくは、非晶質相と面心立方構造の結晶相とからなる膜であることがより好ましい。このような電極膜は、強磁性体膜の結晶性を制御するための結晶性制御層としても機能する。したがって、エピタキシャル成長膜である圧電体薄膜10の上に、結晶性制御層(電極膜)を介して、強磁性体薄膜を形成することで、非晶質相と面心立方構造の結晶相とからなる強磁性体薄膜が形成できる。
【0092】
強磁性体薄膜の結晶構造は、TEMの電子線回折またはX線回折(XRD)などで分析することにより確認できる。たとえば、XRDを用いてCu-Kα線によるθ-2θ測定をした場合、図5に示すような、強磁性体薄膜に由来する反射ピークが確認される。図5では、強磁性体薄膜が非晶質相と結晶相とを両方含む場合の反射ピークを、実線ex1で示している。また、強磁性体薄膜が非晶質相のみで構成された場合の反射ピークを破線ce1で示し、強磁性体薄膜が結晶相のみで構成された場合の反射ピークを一点鎖線ce2で示している。
【0093】
図5の破線ce1に示すように、強磁性体薄膜が非晶質相のみで構成された場合には、周期配列構造に起因するシャープなピークは検出されず、ブロードで幅が広いハローパターンのみが現れる。また、図5の一点鎖線ce2に示すように、強磁性体薄膜が結晶相のみで構成された場合には、半値幅が狭い極めてシャープな反射ピークのみが検出される。
【0094】
これに対して、強磁性体薄膜が非晶質相と結晶相とを両方含む場合は、図5の実線ex1で示すように、非晶質相の存在を示すブロードな盛り上がり(ハロー)部分と、結晶相の存在を示すシャープなピーク部分とを共に有する反射ピークが検出される。なお、結晶相の結晶構造(面心立方構造であるか否か)は、上記の回折パターンを解析することで判別することができる。
【0095】
また、強磁性体薄膜が非晶質相と結晶相とを両方含む場合、非晶質相と結晶相との割合は、図5に示す反射ピークに対して、プロファイルフィッティングを行い、結晶化度を算出することで確認できる。具体的には、図5に示す反射ピークにおいて、結晶相部分(ピーク部分)と非晶質相部分(ハロー部分)のフィッティングを行い、各部分の積分強度(面積)を測定する。そして、結晶化度(%)は、結晶相部分の積分強度(Ic)と非晶質相部分の積分強度(Ia)との和(すなわち全ピーク面積)に対する、結晶相部分の積分強度(Ic)の比(Ic/(Ic+Ia)×100)で表される。強磁性体薄膜が非晶質相と結晶相とを両方含む場合、強磁性体薄膜の結晶化度は、好ましくは、1%~50%、より好ましくは、5%~20%である。
【0096】
第2実施形態における、磁気電気変換素子30も、第1実施形態と同様の方法で製造できる。第2実施形態では、特に強磁性体薄膜の形成方法について説明する。
【0097】
強磁性体薄膜も、圧電体薄膜10と同様に、各種の薄膜作製法で形成し得るが、特に、スパッタリング法を採用することが好ましい。また、強磁性体薄膜については、圧電体薄膜10の直上、もしくは金属薄膜や酸化物導電体薄膜の上に薄膜法で形成される。ただし、前述したように、強磁性体薄膜を、非晶質相と結晶相の両方を含む層とする場合、圧電体薄膜10と強磁性体薄膜との間には、金属薄膜を形成することが好ましい。また、スパッタリング時に、真空度、基板温度、ガス組成、ガス圧力、パワー、基板距離などの成膜条件を適切に制御することによっても、非晶質相と結晶相とを混在させることができる。たとえば、真空度は、0.01~0.1Paとすることが好ましく、基板温度は、20~200℃とすることが好ましい。特に、結晶相を面心立方構造とするためには、基板加熱を行わずに、ターゲットと基板との距離を100mm以上に離し、成膜時の基板温度を200℃以下に保つことが好ましい。
【0098】
以上のように、素子30の膜積層部32が強磁性体薄膜を含む場合、素子30は、高い変換効率と、優れた検出感度とを両立して満足する磁気電気変換素子として有効に利用することができる。第2実施形態の磁気電気変換素子30において、上記以外の構成は、第1実施形態の素子30と共通しており、第1実施形態と同様の作用効果を奏する。なお、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内で種々に改変することができる。
【実施例
【0099】
以下、本発明を、さらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
【0100】
実験1
(実施例1)
実施例1では、以下に示す手順で、素子30を構成する電子デバイス用基板を作製した。まず、基板として、表面がSi(100)面の単結晶となっているシリコンウェハ(シリコン基板)を準備した。準備したシリコンウェハのサイズは、6インチであった。このシリコンウェハ上に、以下に示す積層膜を形成する。
【0101】
まず、ZrOとYからなる下地酸化物薄膜(バッファ層として機能する)と、Pt下部電極膜と、SrRuO(以下、SROと記す)からなる導電性酸化物薄膜とを、シリコン基板上に、エピタキシャル成長させた。この際、薄膜製作法としては、スパッタリング法を採用した。また、下地酸化物薄膜を形成する際の基板温度は、700℃~900℃とし、成膜終了時の基板温度は、成膜開始時の基板温度よりも低温となるように調整した。さらに、Pt下部電極膜を形成する際の基板温度は、600℃~800℃とし、下地酸化物薄膜の成膜終了時よりも低い温度となるように調整した。
【0102】
Pt下部電極膜を形成した後は、基板をいったん大気中に取り出し、Pt表面を空気中の酸素に暴露させた。その後、基板を再び成膜装置に投入し、SrRuOからなる導電性酸化物薄膜を成膜した。なお、各層の膜厚は、下地酸化物薄膜が50nm、Pt下部電極膜が50nm、導電性酸化物薄膜が50nmとなるように調整した。実施例1では、Pt下部電極膜と導電性酸化物薄膜(SRO)とで、下部電極膜50を構成している。
【0103】
実施例1では、導電性酸化物薄膜の上に、PZTの圧電体薄膜10をエピタキシャル成長させた。この際、使用したスパッタリングターゲットの組成は、原子数比で、Pb:Zr:Tiが、1.3:0.55:0.45であった。また、PZT膜を形成する際の基板温度は、600℃とし、成膜速度は、0.1nm/secとした。その他、スパッタリング時の導入ガスは、酸素10モル%-アルゴン(Ar)90モル%の混合ガスとし、導入ガスの圧力は0.3Paとし、基板とターゲットの間隔は、200mmとして、膜厚が1μmのPZT膜を形成した。
【0104】
また、PZT膜の成膜後の基板については、アニール処理を施した。アニール処理の条件は、処理雰囲気を、1気圧の酸素雰囲気下とし、350℃で1時間保持することとした。
【0105】
なお、下地酸化物薄膜からPZT膜までの成膜時には、RHEED評価を行い、各層がエピタキシャル成長しているか否かを確認した。その結果、下地酸化物薄膜からPZT膜までの各層は、すべて、成膜過程においてエピタキシャル成長していることが確認できた。
【0106】
さらに、PZT膜の上方には、スパッタリング法により、厚み100nmのPt上部電極膜を形成した。この際、Pt上部電極膜が多結晶膜となるように、基板温度を、エピタキシャル成長温度よりも十分に低い200℃とした。また、Pt上部電極膜の形成時において、スパッタリングの導入ガスには、アルゴン(Ar)を用い、成膜中の圧力は、0.3Paとした。
【0107】
Pt上部電極膜を形成した後は、基板をいったん大気中に取り出し、Pt表面を空気中の酸素に暴露させた。そして、その基板を超高真空DCスパッタリング装置に導入し、装置内を1×10-4Pa以下(好ましくは5×10-5Pa以下)の真空度まで排気した後、FeCo合金からなる強磁性体薄膜を形成した。成膜に使用したターゲットの組成は、モル比で、Fe50%-Co50%とした。また、成膜時には、基板加熱は行わずに、基板温度が上昇しないようにターゲットと基板間距離を十分に確保して成膜した。その他の条件は、導入ガスとしてArガスを使用し、成膜中の圧力を0.02Paとし、出力を150W(DC)として、膜厚が500nmの強磁性体薄膜を形成した。
【0108】
実施例1においては、この強磁性体薄膜とPt上部電極膜とで、上部電極膜52を構成している。強磁性体薄膜の成膜後は、その上にさらに、保護層として、チタン(Ti)の多結晶膜を10nmの厚みで形成した。このような手順で各層を成膜することで、実施例1に係る電子デバイス用基板を得た。
【0109】
なお、成膜後の状態においても、作製した電子デバイス用基板の結晶構造を、XRDおよびTEMの電子線回折により確認した。その結果、下地酸化物薄膜からPZT膜までの各層は、3軸方向に方位が揃ってエピタキシャル成長した膜であることが確認された。特に、PZT膜のXRD分析においては、図4Bに示すようなPZT膜に起因する反射ピークが確認された。具体的に、この反射ピークは、2θが44.05°の位置にピークトップを有し、半値幅が0.21°であった。2θが42~46°の範囲には、PZT膜に起因するその他のピークは見られなかった。
【0110】
さらにXRDにより逆格子マップ測定を行ったところ、実施例1のPZT膜では、膜厚方向に正方晶の(100)面が配向したドメイン(cドメイン)と、正方晶の(001面)が配向したドメイン(aドメイン)と、菱面体晶の(100)面が配向したドメインとが確認された。また、各ドメインの割合は、「正方晶のcドメイン:正方晶のaドメイン:菱面体晶のドメイン」で表される比が、1:1:8 であった。
【0111】
なお、上記の結晶構造解析において、Pt上部電極膜については、多結晶膜であることが確認でき、FeCo合金膜については、非晶質相と面心立方構造の結晶相とが混在する膜であることが確認できた。
【0112】
(実施例2)
実施例2でも、実施例1と同様にして、シリコン基板上に、下地酸化物薄膜と、Pt下部電極膜と、SrRuO(以下、SROと記す)からなる導電性酸化物薄膜とを、成膜した。ただし、実施例2では、PZT膜以降の成膜条件が実施例1と異なる。以下、実施例2における製造条件を説明する。
【0113】
実施例2では、導電性酸化物薄膜(SRO)を形成した後、基板をいったん大気中に取り出してから、多元蒸着法により厚み1μmのPZT膜を成膜した。具体的に、多元蒸着法による成膜では、まず、基板を装置内に投入したのち、装置内を1×10-4Paまで排気し、真空状態とした。その後、装置内に酸素ガスを導入し、装置内圧力を1×10-2Paとしたうえで、この圧力を維持しながら成膜を行った。この際、基板は、600℃まで加熱したままの状態とした。また、PZT膜の成膜では、基板表面に供給される原料成分の比(Pb:Zr:Ti)が、2.2:0.52:0.48となるように、原料ガスを制御した。
【0114】
また、PZT膜の成膜後の基板については、アニール処理を施した。アニール処理の条件は、処理雰囲気を、1気圧の酸素雰囲気下とし、350℃で1時間保持することとした。
【0115】
その後、PZT膜の上に、スパッタリング法により、厚み100nmのPt上部電極膜を形成した。Pt上部電極膜の成膜条件は、実施例1と同様とした。
【0116】
さらに、実施例2では、Pt上部電極膜の上に、FeCoSiB合金からなる強磁性体薄膜を形成した。FeCoSiB合金膜の形成でも、超高真空DCスパッタリング装置を使用し、1×10-4Pa(より好ましくは、5×10-5Pa)以下の真空度まで排気したのち、成膜を行った。成膜に使用したターゲットの組成は、モル比で、Fe70%-Co8%-Si12%-B10%であった。また、成膜時には、基板加熱は行わずに、基板温度が上昇しないようにターゲットと基板間距離を十分に確保して成膜した。その他の成膜条件は、導入ガスとしてArガスを使用し、導入ガスの圧力を0.05Paとし、出力を150W(DC)として、膜厚が500nmのFeCoSiB合金膜を形成した。FeCoSiB合金膜の応力を、成膜前後の基板の反り量の変化から測定した結果、この膜は、35MPaの圧縮応力を有する膜であることが確認された。
【0117】
上記のような製法で、実施例2に係る電子デバイス用基板を得た。そして、実施例2の電子デバイス用基板についても、実施例1と同様にして結晶構造解析を行ったところ、下地酸化物薄膜からPZT膜までの各層は、3軸方向に方位が揃ってエピタキシャル成長した膜であることが確認された。特に、実施例2のPZT膜のXRD分析においては、図4Aに示すようなPZT膜に起因する反射ピークが確認された。具体的に、実施例2では、2θが42°~46°の範囲にPZT膜に由来する3つの反射ピークが確認された。これら3つの反射ピークは、ピークトップの位置が、それぞれ、43.75°、44.10°、44.60°で、半値幅は、いずれも0.12°であった。
【0118】
さらにXRDにより逆格子マップ測定を行ったところ、実施例2のPZT膜では、膜厚方向に正方晶の(100)面が配向したドメイン(cドメイン)と、正方晶の(001面)が配向したドメイン(aドメイン)と、菱面体晶の(100)面が配向したドメインとが確認された。また、実施例2において、各ドメインの割合は、「正方晶のcドメイン:正方晶のaドメイン:菱面体晶のドメイン」で表される比が、2:1:7であった。
【0119】
なお、実施例2でも、Pt上部電極膜については、多結晶膜であることが確認でき、FeCo合金膜については、非晶質相と面心立方構造の結晶相とが混在する膜であることが確認できた。
【0120】
(比較例1)
比較例1では、Pt上部電極膜を形成せずに、PZT膜の上に直接にFeCo合金膜を形成し、比較例1に係る電子デバイス用基板を作製した。FeCo合金膜の形成では、蒸着装置内を3×10-4Paまで排気したうえで、基板温度を300℃として、成膜を行った。比較例1のFeCo合金膜も、実施例1と同様に、厚みが500nmである。なお、比較例1において、下地酸化物薄膜からPZT膜までは、実施例1と同様に成膜した。ただし、比較例1では、PZT膜の形成後にアニール処理を行っていない。
【0121】
比較例1の電子デバイス用基板についても、実施例1と同様にして結晶構造解析を行ったところ、比較例1においても、下地酸化物薄膜からPZT膜までの各層は、エピタキシャル成長した膜であることが確認できた。ただし、比較例1のPZT膜では、図4Aおよび図4Bに示すような回折パターンが確認できなかった。具体的に、比較例1のPZT膜では、2θが44.02°の位置と44.88°の位置に2つの反射ピークが確認されたが、これらの反射ピークの半値幅は、それぞれ0.18°と0.14°とであった。さらに詳細な解析を行ったところ、比較例1のPZT膜では、正方晶のaドメインとcドメインの2種のみが確認され、各ドメインの割合は、「正方晶のcドメイン:正方晶のaドメイン」で表される比が、3:7であった。
【0122】
なお、比較例1において、FeCo合金膜は、多結晶膜であった。
【0123】
評価1
実施例1および2と、比較例1の電子デバイス用基板について、圧電定数(d31)の測定を行った。圧電定数(d31)の測定は、各電子デバイス用基板から、長さ15mm、幅2mmのカンチレバー試験片を切り出し、その試験片を用いて行った。具体的には、カンチレバー試験片の一端を固定したのち、圧電体薄膜10に100Hz、0~10Vの電圧を印加し、その際の固定端と反対側の端部の変位量を、レーザー変位計により測定した。そして、得られた印加電圧と変位量との関係から、d31を求めた。測定した結果を表1に示す。
【0124】
【表1】
【0125】
表1に示すように、実施例1および2では、比較例1よりも圧電定数(d31)が高い値を示すことが確認できた。この結果から、電子デバイス用素子において、圧電体薄膜10が少なくとも3種のドメインを有することで、圧電特性が向上することが立証できた。
【0126】
実験2
実験2では、実施例1および2と、比較例1の電子デバイス用基板に対して、所定のパターニング加工を施すとともに、所定の回路を接続し、各実施例および比較例に係る電子デバイス試料を作製した。具体的に、電子デバイス試料としては、図1に示すような略矩型の素子30を有する磁気センサと、図6に示すようなカンチレバー型の素子300を有する微小位置制御用のアクチュエータとを作製した。
【0127】
なお、磁気センサ試料については、素子30の膜積層部32の寸法を5mm(X軸方向)×1mm(Y軸方向)とし、素子30に圧電体薄膜10で発生した電荷を検出する回路(増幅器と整流回路とを含む回路)を接続し、パッケージすることで作製した。そして、磁気センサ試料については、以下に示す手順で検出限界値を測定した。
【0128】
(検出限界値の測定)
検出限界値(単位nT)の測定は、磁気センサ試料にバイアス磁場として1mTのDC磁場を印加しながら、素子30の固有周波数付近(約10kHz)の交流磁場を加え、その交流磁場の周波数を、固有周波数付近でスキャンしながら大きさを減衰させていくことで求めた。ここで、検出限界値とは、磁気センサの感度を表す指標である。磁気センサでは、入力として交流磁場(外部磁場)を印加すると、その印加した磁場の大きさに応じた電圧を出力する。検出限界値は、磁気センサが応答する(すなわち電圧を出力する)最小の入力値を意味し、入力値は磁束密度で表される。すなわち、検出限界値は、値が小さいほど、磁気センサとしての特性が優れることを意味する。実施例1および2と比較例1の磁気センサ試料について、検出限界値を測定した結果を、表1に示す。
【0129】
一方、微小位置制御用のアクチュエータ試料については、より具体的に以下のような構造を有する。図6のアクチュエータ素子300は、平面視が略矩形状の膜積層部320と固定部400とを有し、膜積層部320の一端が固定部400の上に固定されている。積層部320では、下部電極膜50と、圧電体薄膜10と、上部電極膜52とが、この順で積層されている。また、積層部320には、外部回路接続用の第1取出電極510と第2取出電極530とが形成されている。第1取出電極510は、スルーホール電極部510aを有し、下部電極膜50と接続している。一方、第2取出電極530は、Z軸方向の上方で、圧電体薄膜10と上部電極膜52とをまたぐように形成してある。
【0130】
アクチュエータ試料において、図6の固定部400が、シリコン基板で構成されており、下部電極膜50がPt下部電極膜およびSROの酸化物導電体薄膜とで構成されており、圧電体薄膜10がPZT膜、上部電極膜52がFeCoB合金の強磁性体薄膜で構成されている。また、アクチュエータ試料において、膜積層部320の長手方向(X軸方向)の長さは5mmとし、短手方向(Y軸方向)の長さは1mmとした。なお、固定部400は、実施例2のように成膜時のシリコン基板で構成しても良いが、他の部材に膜積層部320の部分を張り付けて構成しても良い。この図6に示す素子300に電圧印加用の外部回路を接続し、微小位置制御用アクチュエータを作製した。
【0131】
なお、作製した微小位置制御用アクチュエータ試料については、素子の長手方向における印加電圧に対する変位量を測定した。具体的に、実施例1および2と比較例1のアクチュエータ試料について、変位量を測定した結果を、表1に示す。
【0132】
評価2
表1に示すように、磁気センサ試料の場合、実施例1および2では、比較例1よりも検出限界値が小さくなり感度特性が優れることが確認できた。また、アクチュエータ試料の場合であっても、実施例1および2では、比較例1よりも印加電圧に対する変位量が大きくなることが確認できた。この結果から、本発明の電子デバイス用素子を有する電子デバイスでは、デバイスとしての性能が向上することが立証できた。
【0133】
実験3
実験3では、圧電体薄膜10を、PZTの代わりに、KNN、またはBCZTで構成して、実施例3および4に係る電子デバイス用基板を作製した。以下、実験3における各実施例の詳細を説明する。
【0134】
(実施例3)
実施例3では、圧電体薄膜10を、KNNとした以外は、実施例1と同様にして、電子デバイス用基板を作製した。KNN膜の形成は、PZT膜と同様、スパッタリング法で行い、厚みを1μmとした。この際、使用したターゲットの組成(すなわちKNN膜中の原子数比)は、原子数比で、Ka:Naが、1:1であった。
【0135】
実施例3の電子デバイス用基板についても、実施例1と同様にして結晶構造解析を行ったところ、下地酸化物薄膜からKNN膜までの各層は、3軸方向に方位が揃ってエピタキシャル成長した膜であることが確認された。特に、実施例3のKNN膜のXRD分析においては、2θが45.52°の位置に、半値幅が0.30°のKNNに由来する反射ピークが存在することが確認できた。なお、2θが42~46°の範囲には、KNN膜に起因するその他のピークは見られなかった。
【0136】
さらにXRDにより逆格子マップ測定を行ったところ、実施例3のKNN膜では、斜方晶の2種のドメインと単斜晶の1種のドメインの計3種のドメインが確認された。また、実施例3のKNN膜において、各ドメインの割合は、「斜方晶のcドメイン:斜方晶のaドメイン:単斜晶のドメイン」で表される比が、1:1:1であった。なお、実施例3の場合であっても、FeCo合金膜については、非晶質相と面心立方構造の結晶相とが混在する膜であることが確認できた。
【0137】
(実施例4)
実施例4では、圧電体薄膜10を、BCZTとした以外は、実施例1と同様にして、電子デバイス用基板を作製した。BCZT膜の形成は、PZT膜と同様、スパッタリング法で行い、厚みを1μmとした。この際、使用したターゲットの組成(すなわちBCZT膜中の原子数比)は、原子数比で、Ba:Ca:Zr:Tiが、0.85:0.15:0.1:0.9であった。
【0138】
実施例4の電子デバイス用基板についても、実施例1と同様にして結晶構造解析を行ったところ、下地酸化物薄膜からBCZT膜までの各層は、3軸方向に方位が揃ってエピタキシャル成長した膜であることが確認された。特に、実施例4のBCZT膜のXRD分析においては、2θが45.4°の位置に、半値幅が0.28°のBCZTに由来する反射ピークが存在することが確認できた。なお、2θが42~46°の範囲には、BCZT膜に起因するその他のピークは見られなかった。
【0139】
さらにXRDにより逆格子マップ測定を行ったところ、実施例4のBCZT膜では、正方晶の2種のドメインと斜方晶の2種のドメインの計4種のドメインが確認された。また、実施例4のBCZT膜において、各ドメインの割合は、「正方晶のcドメイン:正方晶のaドメイン:斜方晶のcドメイン:斜方晶のaドメイン」で表される比が、1:1:1:1であった。なお、実施例4の場合であっても、FeCo合金膜については、非晶質相と面心立方構造の結晶相とが混在する膜であることが確認できた。
【符号の説明】
【0140】
30 … 素子(磁気電気変換素子)
32 … 膜積層部(振動部)
34 … 外周部
36 … 支持部(支持腕)
40 … 基板
42… 開口部
10 … 圧電体薄膜
50 … 下部電極膜
50a … 端部
50b … 中央部分
51… 第1取出電極膜
52… 上部電極膜
53… 第2取出電極膜
54… 絶縁膜
図1
図2
図3
図4A
図4B
図4C
図5
図6