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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-09
(45)【発行日】2024-01-17
(54)【発明の名称】ボイラ水のpH調整方法
(51)【国際特許分類】
   F22B 37/56 20060101AFI20240110BHJP
   G01N 31/22 20060101ALI20240110BHJP
   F22B 37/38 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
F22B37/56 Z
G01N31/22 123
F22B37/38 C
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019194754
(22)【出願日】2019-10-25
(65)【公開番号】P2021067430
(43)【公開日】2021-04-30
【審査請求日】2022-07-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000175272
【氏名又は名称】三浦工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099841
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 恒彦
(72)【発明者】
【氏名】浜田 裕介
(72)【発明者】
【氏名】石原 由貴
【審査官】河野 俊二
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-117911(JP,A)
【文献】特表2010-527001(JP,A)
【文献】特開平11-064225(JP,A)
【文献】特開2012-170357(JP,A)
【文献】特開2009-198488(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0122597(US,A1)
【文献】特開平04-232515(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0217213(US,A1)
【文献】特開2008-082934(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F22B 37/56
G01N 31/22
F22B 37/38
F22B 37/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
運転中のボイラについて、そのボイラ水のpHを8.5~11.8の範囲の目標値へ調整するための方法であって、
前記ボイラ水のpHを測定する工程Aと、
工程Aにおいて測定されたpHを前記目標値へ変動させるための調整操作を前記ボイラ水に対して適用する工程Bとを含み、
工程Aは、
前記ボイラ水に由来の検水に対し、pHの変動により紫外可視領域の吸光度が変動する発色試薬を添加する工程A1、
前記発色試薬が添加された前記検水について、紫外可視領域の任意の波長の吸光度を測定する工程A2、
工程A2において測定した吸光度に基づいて前記検水のpHを判定する工程A3、および、
工程A1から工程A3を少なくとも1回繰返すことにより、各工程A3において判定した前記検水のpH(“y”とする。)と、その判定時における前記検水に対する前記発色試薬の累積添加量(“x”とする。)とを変数とする関数(y=f(x))を設定し、当該関数(y=f(x))においてxが0のときのyを前記ボイラ水のpHとして終局的に判定する工程A4を含む、
ボイラ水のpH調整方法。
【請求項2】
前記発色試薬は、前記目標値を含む所定範囲でのpHの変動により一段階で酸解離して紫外可視領域の吸光度が変動し得る第1発色試薬と、前記所定範囲でのpHの変動により一段階で酸解離して紫外可視領域の吸光度が変動し得る、第1発色試薬よりも酸解離定数(pKa)が大きい第2発色試薬と、前記所定範囲でのpHの変動により一段階で酸解離して紫外可視領域の吸光度が変動し得る、酸解離定数(pKa)が第1発色試薬と第2発色試薬との間にある少なくとも一種類の第3発色試薬とを含みかつ第1発色試薬、第2発色試薬および第3発色試薬のいずれもが前記所定範囲での紫外可視領域の吸光度が0を超える試薬組成物である、請求項1に記載のボイラ水のpH調整方法。
【請求項3】
工程A2において互いに異なる複数種類の波長でのそれぞれの前記吸光度を測定し、工程A3において複数種類の前記波長のそれぞれの前記吸光度と前記検水のpHとを変数として予め求めた相関分析結果に従って前記検水のpHを判定する、請求項2に記載のボイラ水のpH調整方法。
【請求項4】
工程A2において互いに異なる少なくとも三種類の複数の波長でのそれぞれの前記吸光度を測定し、その任意の組合せによる少なくとも二種類の吸光度比と前記検水のpHとを変数として予め求めた相関分析結果に従って工程A3において前記検水のpHを判定する、請求項2に記載のボイラ水のpH調整方法。
【請求項5】
前記吸光度比のそれぞれ一つと前記検水のpHとを変数として予め求めた相関分析結果に従って工程A3において前記検水のpHを前記吸光度比毎に個別に仮判定し、前記吸光度比の一つに基づいて仮判定した前記検水のpHと前記吸光度比の他の一つに基づいて仮判定した前記検水のpHとの差が所定値を超える場合は工程A3を中止する、請求項4に記載のボイラ水のpH調整方法。
【請求項6】
pHの前記所定範囲が5.5~14であって、
前記試薬組成物として、酸解離定数(pKa)が6~9の範囲のものから選ばれた第1発色試薬、酸解離定数(pKa)が7.5~10の範囲のものから選ばれた第2発色試薬、酸解離定数(pKa)が9~14の範囲のものから選ばれた一種類の第3発色試薬を含むものを用いる、
請求項2から5のいずれかに記載のボイラ水のpH調整方法。
【請求項7】
前記発色試薬が界面活性剤およびスケール分散剤のうちの少なくとも一つを含む、請求項1から6のいずれかに記載のボイラ水のpH調整方法。
【請求項8】
工程Bの前記調整操作が前記ボイラ水に対するpH調整剤の添加を含む、請求項1から7のいずれかに記載のボイラ水のpH調整方法。
【請求項9】
工程Bの前記調整操作が前記ボイラ水の濃縮倍率の制御を含む、請求項1から7のいずれかに記載のボイラ水のpH調整方法。
【請求項10】
前記ボイラが復水を回収して前記ボイラへの給水の一部とする方法で運転中のものであり、工程Bの前記調整操作が前記復水の回収率の制御を含む、請求項1から7のいずれかに記載のボイラ水のpH調整方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボイラ水のpH調整方法、特に、運転中のボイラについて、そのボイラ水のpHを目標値へ調整するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ボイラの運転では、缶体でのスケール付着および腐食並びにキャリーオーバ等の各種の障害を抑制するために、ボイラへの給水を軟水化処理や脱酸素処理するとともにスケール分散剤や脱酸素剤などの薬剤を注入することで化学的に処理し、ボイラ水の水質を管理する必要がある。例えば、缶体でのスケール付着および腐食を抑制する観点からボイラ水はアルカリ性領域に維持するのが好ましく、この観点から非特許文献1は、ボイラの種類や運転条件に応じてボイラ水のpH(水素イオン指数)を8.5~11.8の範囲内で適切に維持するよう推奨している。
【0003】
ボイラ水のpHを所要の目標値へ調整する場合、ボイラ水から検水を採取してpHを測定し、その測定結果に照らしてボイラ給水にpH調整用の薬剤を供給するなど、ボイラ水に対して所要の調整操作を実行する。ここで、非特許文献1の附属書Bは、ボイラ水のpH測定においてガラス電極pH計を用いるものとしている。よって、ボイラ水から採取した検水のpH測定は、ガラス電極pH計を用いるのが一般的である。
【0004】
しかし、検水は高アルカリ性であることから、pH計のガラス電極を劣化させやすい。また、ボイラ水は濃縮の進行により薬剤や給水に由来のシリカ等の溶存成分濃度が高まるため、使用後のpH計はガラス電極に溶存成分が析出して固着しやすい。固着した溶存成分は、ガラス電極の劣化を加速するだけではなく、pHの測定誤差を招く原因となる。そこで、ガラス電極pH計は、使用の度に十分な洗浄が求められ、経時劣化を考慮して測定結果を校正する必要もある。また、ガラス電極は、測定値の信頼性を維持するための繊細な保守作業が頻繁に求められるとともに、頻繁な交換も必要であることから、維持費用が高額である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】日本工業規格JIS B 8223:2015 ボイラの給水及びボイラ水の水質
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ガラス電極pH計によらずに運転中のボイラ水のpHを測定し、ボイラ水のpHを調整しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、運転中のボイラについて、そのボイラ水のpHを目標値へ調整するための方法に関する。このpH調整方法は、ボイラ水のpHを測定する工程Aと、工程Aにおいて測定されたpHを目標値へ変動させるための調整操作をボイラ水に対して適用する工程Bとを含む。
【0008】
工程Aは、ボイラ水に由来の検水に対し、pHの変動により紫外可視領域の吸光度が変動する発色試薬を添加する工程A1、発色試薬が添加された検水について、紫外可視領域の任意の波長の吸光度を測定する工程A2、工程A2において測定した吸光度に基づいて検水のpHを判定する工程A3、および、工程A1から工程A3を少なくとも1回繰返すことにより、各工程A3において判定した検水のpH(“y”とする。)と、その判定時における検水に対する発色試薬の累積添加量(“x”とする。)とを変数とする関数(y=f(x))を設定し、当該関数(y=f(x))においてxが0のときのyをボイラ水のpHとして終局的に判定する工程A4を含む。
【0009】
本発明の一形態において用いられる発色試薬は、目標値を含む所定範囲でのpHの変動により一段階で酸解離して紫外可視領域の吸光度が変動し得る第1発色試薬と、上記所定範囲でのpHの変動により一段階で酸解離して紫外可視領域の吸光度が変動し得る、第1発色試薬よりも酸解離定数(pKa)が大きい第2発色試薬と、上記所定範囲でのpHの変動により一段階で酸解離して紫外可視領域の吸光度が変動し得る、酸解離定数(pKa)が第1発色試薬と第2発色試薬との間にある少なくとも一種類の第3発色試薬とを含みかつ第1発色試薬、第2発色試薬および第3発色試薬のいずれもが上記所定範囲での紫外可視領域の吸光度が0を超える試薬組成物である。
【0010】
上述の試薬組成物を用いる場合の一形態では、工程A2において互いに異なる複数種類の波長でのそれぞれの吸光度を測定し、工程A3において複数種類の波長のそれぞれの吸光度と検水のpHとを変数として予め求めた相関分析結果に従って検水のpHを判定する。
【0011】
上述の試薬組成物用いる場合の他の形態では、工程A2において互いに異なる少なくとも三種類の複数の波長でのそれぞれの吸光度を測定し、その任意の組合せによる少なくとも二種類の吸光度比と検水のpHとを変数として予め求めた相関分析結果に従って工程A3において検水のpHを判定する。
【0012】
この形態の一例では、吸光度比のそれぞれ一つと検水のpHとを変数として予め求めた相関分析結果に従って工程A3において検水のpHを吸光度比毎に個別に仮判定し、吸光度比の一つに基づいて仮判定した検水のpHと吸光度比の他の一つに基づいて仮判定した検水のpHとの差が所定値を超える場合は工程A3を中止する。
【0013】
上述の試薬組成物として用いられるものは、例えば、pHの上記所定範囲が5.5~14であって、酸解離定数(pKa)が6~9の範囲のものから選ばれた第1発色試薬、酸解離定数(pKa)が7.5~10の範囲のものから選ばれた第2発色試薬、酸解離定数(pKa)が9~14の範囲のものから選ばれた一種類の第3発色試薬を含むものである。
【0014】
本発明において用いられる発色試薬は、例えば、界面活性剤およびスケール分散剤のうちの少なくとも一つを含むものである。
【0015】
本発明の一形態において、工程Bにおける調整操作はボイラ水に対するpH調整剤の添加を含む。
【0016】
本発明の他の形態において、工程Bにおける調整操作はボイラ水の濃縮倍率の制御を含む。
【0017】
本発明のさらに他の形態において、ボイラは復水を回収してボイラへの給水の一部とする方法で運転中のものであり、工程Bにおける調整操作は復水の回収率の制御を含む。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係るボイラ水のpH調整方法は、ガラス電極pH計によらずに運転中のボイラ水のpHを測定し、その測定結果に照らしてボイラ水のpHを調整することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明に係るボイラ水のpH調整方法の一形態を適用可能なボイラシステムの概略図。
図2】第1形態例に係る試薬組成物に含まれる発色試薬の一例として用いられるブロモクレゾールパープルの吸収スペクトル。
図3】第1形態例に係る試薬組成物に含まれる発色試薬の一例として用いられるアリザリンイエローRの吸収スペクトル。
図4】第1形態例に係る試薬組成物に含まれる発色試薬の一例として用いられるチモールブルーの吸収スペクトル。
図5】第1形態例に係る試薬組成物の具体例に含まれる各発色試薬の変色pH領域を示したグラフ。
図6】第2形態例に係る試薬組成物に含まれる発色試薬の一例として用いられるブロモフェノールブルーの吸収スペクトル。
図7】第2形態例に係る試薬組成物に含まれる発色試薬の一例として用いられるフェノールレッドの吸収スペクトル。
図8】第2形態例に係る試薬組成物の具体例に含まれる各発色試薬の変色pH領域を示したグラフ。
図9】ボイラ水のpH調整方法の工程A4における、検水への発色試薬の添加量の変化と検水のpHとの関係を表す模式的グラフ。
図10】実験例において作成したpH判定用グラフ。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図1を参照して、本発明に係るボイラ水のpH調整方法を適用可能なボイラシステムの一例を説明する。図において、ボイラシステム1は、給水装置2、ボイラ3、負荷装置4、復水経路5および制御装置6を主に備えている。
【0021】
給水装置2は、ボイラ3へ給水するためのものであり、水道水や地下水などの原水の注水路20、注水路20からの原水を貯留するための給水タンク21および給水路22を主に備えている。注水路20は、軟水装置23と脱酸素装置24とをこの順に有している。軟水装置23は、原水をナトリウム型強酸性陽イオン交換樹脂により処理し、原水中に含まれる硬度分(カルシウムイオンおよびマグネシウムイオン)や重金属イオンをナトリウムイオンに置換して軟水に変換するためのものである。また、脱酸素装置24は、軟水装置23で得られた軟水中に含まれる溶存酸素を機械的に除去するためのものである。給水タンク21は、軟水装置23および脱酸素装置24で処理された原水をボイラ3への給水として貯留するためのものである。給水路22は、給水タンク21に貯留した給水をポンプ(図示省略)により圧送してボイラ3へ供給するための経路であり、ボイラ3への給水の流量を制御するための給水制御弁25および薬剤注入装置26を有している。薬剤注入装置26は、ボイラ3へ供給される給水に対して所要の薬剤を注入するためのものである。
【0022】
ボイラ3は、例えば、運転圧力が1MPa以下の貫流ボイラであり、蒸気供給管31とブロー経路32とを備えている。蒸気供給管31は、ボイラ3において発生した蒸気を送り出すためのものであり、負荷装置4へ延びている。ブロー経路32は、ボイラ3内のボイラ水を排出するための経路であり、排水量を制御するための排水制御弁33とpH測定部34とを有している。pH測定部34は、ブロー経路32を通じて排水されるボイラ水の一部を採取するための採水路35と、採水路35により採取された検水のpHを比色法により測定するための測定器36と、測定器36で用いた検水をブロー経路32へ戻す還流路37とを備えている。採水路35は、ブロー経路32から分岐したものであり、ブロー経路32からのボイラ水を常温(25℃)に冷却するための冷却器(図示省略)および冷却された一定量のボイラ水を測定器36に対して検水として供給するための検水制御弁(図示省略)を有している。測定器36は、採水路35を通じて採取された検水を貯留するためのセル、当該セルに発色試薬を添加するための添加装置および当該セルを透過する特定波長の紫外可視光の吸光度を測定するための光学装置(いずれも図示省略)を備えている。セルは、吸光度測定用のものであり、通常は石英ガラス製のものである。還流路37は、ブロー経路32に接続しており、測定器36のセルに貯留された検水をブロー経路32へ戻し、ボイラ3から排出されたボイラ水とともに廃棄するための流路である。
【0023】
負荷装置4は、例えば熱交換装置であり、一端に蒸気供給管31が接続しており、他端に復水経路5が接続している。復水経路5は、スチームトラップ51、復水タンク52、流量調節弁53をこの順に有しており、末端が給水タンク21に連絡している。
【0024】
制御装置6は、以下に説明するボイラシステム1の運転動作を制御するためのものであり、給水制御弁25、薬剤注入装置26、排水制御弁33、pH測定部34および流量調節弁53を含む制御対象部位や情報発信部位に連絡している。
【0025】
ボイラシステム1の運転では、注水路20を通じて給水タンク21へ原水を供給し、この原水をボイラ3への給水として給水タンク21に貯留する。給水タンク21に貯留される給水は、軟水装置23および脱酸素装置24で処理されたもの、すなわち、脱酸素処理された軟水である。そして、給水タンク21に貯留された給水を給水路22を通じて圧送し、ボイラ3へ供給する。ボイラ3は、供給された給水をボイラ水として加熱し、蒸気を生成する。生成した蒸気は、蒸気供給管31を通じて負荷装置4に供給される。
【0026】
蒸気が供給された負荷装置4は、所用の熱交換機能を発揮する。そして、負荷装置4を通過した蒸気は復水配管5へ流れ、そこで潜熱を失って一部が凝縮水に変わり、スチームトラップ51において蒸気と水とが分離されて復水(ドレン水)になる。この復水は、復水タンク52に貯留され、流量調節弁53により流量制御されながら給水タンク21に回収される。これにより、復水は、注水路20からの原水と混合され、ボイラ3への給水として再利用される。
【0027】
上述のようなボイラシステム1の運転中において、薬剤注入装置26を作動させ、スケール分散剤、脱酸素剤またはpH調整剤などの薬剤を給水路22からボイラ3へ供給される給水へ適宜注入する。また、ボイラ3において、ボイラ水のpHが所定範囲になるよう、給水制御弁25および排水制御弁33を制御してボイラ水の濃縮倍率を調節する。
【0028】
ボイラ水のpH調整では、pH測定部34によりブロー経路32を通じて排出されるボイラ水のpHを測定する(工程A)。そして、工程Aにおいて測定されたpHを目標値、例えば、常用使用圧力が1MPa以下のボイラのボイラ水について非特許文献1が推奨するアルカリ領域である11.0~11.8へ変動させるための調整操作をボイラ水に対して適用する(工程B)。
【0029】
説明の都合上、工程Aについては後に詳述し、ここでは工程Bを先に説明する。
工程Bでは、工程Aにおいて測定されたボイラ水のpHが目標値よりも小さい場合はボイラ水のpHを大きくするための調整操作を実行し、また、ボイラ水のpHが目標値よりも大きい場合はボイラ水のpHを小さくするための調整操作を実行する。
【0030】
ボイラ水のpHの調整操作としては、通常、薬剤注入装置26から給水へpH調整剤を注入することでボイラ水に対してpH調整剤を添加する方法、または、給水制御弁25を制御することでボイラ3への給水の供給量を調節するとともに、排水制御弁33を制御することでブロー経路32を通じたボイラ水の排水量を調節することでボイラ水の濃縮倍率を制御する方法をとることができる。pH調整剤としては、通常、水酸化ナトリウム水溶液や水酸化カリウム水溶液等のボイラ水のpHを大きくするためのアルカリ剤溶液を用いることができる。このようなpH調整剤によるボイラ水のpH調整操作では、工程Aでの測定結果に照らし、ボイラ水に対するpH調整剤の添加量を制御する。すなわち、ボイラ水のpHを大きくするときはpH調整剤の添加量を増加し、同pHを小さくするときはpH調整剤の添加量を抑制する。濃縮倍率を制御する方法では、通常、濃縮倍率を高める方向に制御することでpHを大きくすることができ、また、濃縮倍率を低める方向に制御することでpHを小さくすることができる。
【0031】
pHの調整操作としてpH調整剤を添加する方法およびボイラ水の濃縮倍率を制御する方法のいずれを選択するかは任意であるが、この調整操作は、工程Aで測定したボイラ水のpHが目標値から乖離している原因に照らして選択するのが好ましい。pHが乖離する原因の検討において、例えば、ボイラ水の濃縮倍率を参照することができる。すなわち、ボイラ3は、スケール抑制や腐食抑制の観点からボイラ水に含まれる各種の成分濃度が適切になるようボイラ水の濃縮倍率を制御しながら運転されるものであり、濃縮倍率は、pHの上記乖離が濃縮不足または濃縮過多によるものであるのか、或いは、pH調整剤の添加不足または添加過多によるものであるのかの判断材料となる。ボイラ水の濃縮倍率は、例えば、給水経路22からボイラ3への給水の電気伝導率とブロー経路32を通じて排出されるボイラ水の電気伝導率とを比較することで判明する。
【0032】
上述のボイラシステム1は、給水タンク21に連絡する復水経路5を有するものであることから、流量調節弁53を制御して復水タンク52から給水タンク21への復水の回収率を制御することでボイラ水のpHを調整することもできる。
【0033】
ボイラ水のpHの調整においては、上述の調整操作を適宜組み合わせることもできる。
【0034】
次に工程A、すなわち、pH測定部34によるボイラ水のpHの測定工程を説明する。
pH測定部34によるボイラ水のpHの測定では、排水制御弁33の制御によりブロー経路32にボイラ水を排出する。そして、ブロー経路32からボイラ水の一部を採水路35を通じて測定器36のセルへ供給して検水として採取し、この検水のpHを比色法により測定する。検水としてセルに採取するボイラ水の量は、採水路35の検水制御弁を調節することで一定量に制御する。ここで、ブロー経路32へ排出されるボイラ水が懸濁物質や高濃度の薬剤などの溶存物質等を含む場合、これらの物質が比色法によるpH測定において後記する発色試薬の異常発色や透過光の散乱の原因となって測定誤差を生じさせる可能性がある。そこで、採水路35にボイラ水の前処理装置、例えば、懸濁物質を除去するためのろ過装置や、溶存物質を除去するための活性炭やキレート樹脂を含むフイルタ装置を設け、これらの装置を通過したボイラ水を検水としてセルに採取するのが好ましい。
【0035】
セルに採取した検水の比色法によるpH測定方法は、次の工程A1~工程A4を含む。
【0036】
工程A1:
本工程では、先ず、セルに採取した検水に対し、pHの変動により紫外可視領域の吸光度が変動する発色試薬を添加する。発色試薬を添加した検水は、添加した発色試薬が均質に分散するよう適宜攪拌するのが好ましい。
【0037】
ここで用いられる発色試薬は、その存在環境のpHによって酸解離の度合い、すなわち、酸解離していない塩基型(HIn)のものと酸解離した酸型(In)のものとの存在割合が変化し、それによって存在環境についての紫外可視領域の吸光度を変化させるものである。この種の発色試薬は、検水に添加すると当該検水のpHに応じて酸解離する。そこで、発色試薬を添加した検水について紫外可視領域の任意の波長の吸光度を測定すると、検水中における発色試薬の塩基型(HIn)に対する酸型(In)の存在割合を求めることができ、当該存在割合と発色試薬の酸解離定数(pKa)とから次のヘンダーソン・ハッセルバルヒの式に基づいて検水のpHを計算することができる。本書において、pKaは、25℃での値である。
【0038】
【数1】
【0039】
本工程では、発色試薬として、所定範囲内でのpHの変動により一段階で酸解離して紫外可視領域の吸光度が変動し得、かつ、上記所定範囲内での紫外可視領域の吸光度が0を超えるもの、すなわち、上記所定範囲において紫外可視領域の吸収がなくならないものを用いるのが好ましい。ここで、所定範囲とは、少なくとも、運転中のボイラ3について想定されるボイラ水のpH値と目標値とを含む範囲をいう。発色試薬は、上記ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式に照らすと明らかなように、そのpKaによって酸解離し得るpH領域が異なることから、所定範囲を包含するpH領域において酸解離し得るものを選択する。
【0040】
単一の発色試薬により上述の所定範囲のpHを測定するのが困難な場合、すなわち、単一の発色試薬の変色域が狭いpH範囲に限られる場合、発色試薬として複数種類の発色試薬を組み合わせた試薬組成物を用い、測定可能なpHの範囲を拡張することができる。試薬組成物としては、例えば、pKaが互いに異なる三種類の発色試薬、すなわち、第1発色試薬、第2発色試薬および第3発色試薬を含むものを用いる。ここで、第2発色試薬としては、第1発色試薬よりもpKaが大きいものを選択する。また、第3発色試薬としては、pKaが第1発色試薬と第2発色試薬との間にあるものを選択する。第3発色試薬は、一種類のみの発色試薬からなるものであってもよいし、二種類以上の発色試薬からなるものであってもよい。第3発色試薬として一種類の発色試薬を用いる場合、その発色試薬は、pKaが第1発色試薬のpKaと第2発色試薬のpKaとの略中央値にあるものが好ましい。第3発色試薬として二種類以上の発色試薬を用いる場合、その各発色試薬は、pKaが互いに異なるものを選択する。この場合、第3発色試薬における各発色試薬は、それぞれのpKaが第1発色試薬のpKaと第2発色試薬のpKaとの間において、略均等間隔の値になるものが好ましい。
【0041】
試薬組成物の形態例として、下記の第1形態例および第2形態例を挙げることができる。
各形態例の具体例において選択された発色試薬の個々の吸収スペクトルは、発色試薬の濃度が1.00g/kgになるよう調整した試薬を希釈用水(例えば、蒸留水。)で150倍に希釈した溶液(以下、このように調製した溶液における発色試薬の濃度を「単位発色試薬濃度」ということがある。)について測定したものである。吸収スペクトルの測定では、日立ハイテクサイエンス株式会社の分光光度計(型番:U-2910型)を用い、光路長10mmのセルを使用して測定波長範囲を350nm~800nmに設定した。各発色試薬について、塩基型は酸解離前の状態のものを意味し、酸型は酸解離後の状態のものを意味する。チモールブルーおよびフェノールレッドの強酸型は、後記する二段階目の酸解離後の状態のものを意味する。
【0042】
下記の第1形態例および第2形態例並びにそれぞれの具体例は、本発明において利用可能な試薬組成物を限定するものではない。
【0043】
<第1形態例>
本形態例は、検水のpHを概ね5.5~14の範囲において測定可能なものであり、次の発色試薬を含む。
【0044】
◎第1発色試薬
pKaが6~9の範囲にある発色試薬から選択したものである。例えばブロモクレゾールパープル(pKa:6.3)およびフェノールレッド(pKa:1.2および7.7)の群から選択することができる。
◎第2発色試薬
pKaが9~14の範囲にある発色試薬から選択したものである。例えば、アリザリンイエローR(pKa:11.06)、インジゴカルミン(pKa:12.1)およびカルバゾールイエロー(pKa:13.7)の群から選択することができる。
◎第3発色試薬
pKaが7.5~10の範囲にある発色試薬から選択したものである。例えば、チモールブルー(pKa:1.7および8.9)およびナイルブルー(pKa:1.7および9.7)の群から選択することができる。
【0045】
本形態例の具体例として、次の各発色試薬を含む試薬組成物を挙げることができる。
◎第1発色試薬
ブロモクレゾールパープル
pKa:6.3
吸収スペクトル:図2
◎第2発色試薬
アリザリンイエローR
pKa:11.06
吸収スペクトル:図3
◎第3発色試薬
チモールブルー
pKa:1.7および8.9
吸収スペクトル:図4
【0046】
上記具体例の試薬組成物に含まれる各発色試薬について、上記ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式に基づいてpKaから求めた変色pH領域を図5に示す。図5によると、第1発色試薬であるブロモクレゾールパープルはpHが概ね5.5~8.0の範囲、第2発色試薬であるアリザリンイエローRはpHが概ね9.5~12.5の範囲、第3発色試薬であるチモールブルーはpHが概ね8.0~11.0の範囲でそれぞれ変色し得るものであることから、上記具体例の試薬組成物は、検水のpHを概ね5.5~12.5の所定範囲において測定可能である。
【0047】
なお、チモールブルーは、その存在環境のpHにより二段階で酸解離することから二つのpKaを有するものであるが、一方のpKa(8.9)が第1発色試薬として用いられるブロモクレゾールパープルのpKa(6.3)よりも大きくかつ第2発色試薬として用いられるアリザリンイエローRのpKa(11.06)よりも小さいものであり、pHが5.5~12.5の所定範囲内での酸解離が一段階であることから、第3発色試薬として用いることができる。
【0048】
<第2形態例>
本形態例は、検水のpHを概ね4~12の範囲において測定可能なものであり、次の発色試薬を含む。
【0049】
◎第1発色試薬
pKaが4.1~6.0の範囲にある発色試薬から選択したものである。例えば、メチルレッド(pKa:5.1)、ブロモフェノールブルー(pKa:4.2)およびブロモクレゾールグリーン(pKa:4.7)の群から選択することができる。
◎第2発色試薬
pKaが8.5~11.5の範囲にある発色試薬から選択したものである。例えば、アリザリンイエローR(pKa:11.06)およびチモールブルー(pKa:1.7および8.9)の群から選択することができる。
◎第3発色試薬
pKaが5.5~7.5の範囲にある発色試薬から選択した発色試薬Aと、pKaが7.0~9.5の範囲にある発色試薬から選択した発色試薬Bとの二種類である。但し、発色試薬Bは、発色試薬AよりもpKaが大きいものを選択する。発色試薬Aは、例えば、ブロモクレゾールパープル(pKa:6.3)およびブロモチモールブルー(pKa:7.1)の群から選択することができる。また、発色試薬Bは、例えば、フェノールレッド(pKa:1.2および7.7)およびクレゾールレッド(pKa:1.0および8.0)の群から選択することができる。
【0050】
本形態例の具体例として、次の各発色試薬を含む試薬組成物を挙げることができる。
◎第1発色試薬
ブロモフェノールブルー
pKa:4.2
吸収スペクトル:図6
◎第2発色試薬
アリザリンイエローR
pKa:11.06
吸収スペクトル:図3
◎第3発色試薬:次の発色試薬Aおよび発色試薬Bの二種類
発色試薬A
ブロモクレゾールパープル
pKa:6.3
吸収スペクトル:図2
発色試薬B
フェノールレッド
pKa:1.2および7.7
吸収スペクトル:図7
【0051】
上記具体例の試薬組成物に含まれる各発色試薬について、上記ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式に基づいてpKaから求めた変色pH領域を図8に示す。図8によると、第1発色試薬であるブロモフェノールブルーはpHが概ね3~5の範囲、第2発色試薬であるアリザリンイエローはpHが概ね9~12の範囲でそれぞれ変色し得、また、第3発色試薬のうち発色試薬AであるブロモクレゾールパープルはpHが概ね5~7の範囲、発色試薬BであるフェノールレッドはpHが概ね7~9の範囲でそれぞれ変色し得るものであることから、上記具体例の試薬組成物は、検水のpHを概ね4~12の所定範囲において測定可能である。
【0052】
なお、フェノールレッドは、二つのpKaを有するものであるが、一方のpKa(7.7)が第1発色試薬として用いられるブロモフェノールブルーのpKa(4.2)よりも大きくかつ第2発色試薬として用いられるアリザリンイエローのpKa(11.06)よりも小さいものであり、pHが4~12の所定範囲内での酸解離は一段階であることから、第3発色試薬の一つとして用いることができる。pKaを二つ有する他の発色試薬(例えば、チモールブルーおよびクレゾールレッド。)についても、一方のpKaが第1発色試薬、第2発色試薬または第3発色試薬としての条件を充足するものであれば、所要の発色試薬として用いることができる。
【0053】
試薬組成物において、各発色試薬の配合割合は、基本的に等モルになるように設定するのが好ましいが、分解能(測定精度)を高めたいpHに近いpKaの発色試薬を多めに設定することもできる。
【0054】
この工程で用いられる発色試薬は、通常、溶媒に所要の発色試薬を溶解したものである。溶媒としては、検水に添加したときにそれ自体が発色試薬の吸光度に影響しにくいものであれば種々のものを用いることができる。例えば、蒸留水や純水などの精製水、エチレングリコール、プロピレングリコールおよびプロパンジオールなどのジオール類を用いることができる。発色試薬は、検水を採取したセルに付着する汚れを抑えるために、界面活性剤またはスケール分散剤を含んでいてもよい。界面活性剤としては、陽イオン性、陰イオン性または非イオン性の各種のものを用いることができるが、非イオン性のものが好ましい。スケール分散剤としては、各種のものを用いることができるが、ボイラに適したものを用いるのが好ましく、例えば、エチレンジアミン四酢酸塩、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリマレイン酸、アクリル酸アクリルアミド共重合体、ホスホン酸またはグルコン酸を用いることができる。
【0055】
また、発色試薬は、水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等の無機強塩基の添加により、そのpHが中性付近になるよう調整されているのが好ましい。発色試薬は、検水中で酸解離することからpHが低いものであるが、一般に酸性下において不安定であることから保存・保管中に分解が進行する可能性がある。発色試薬は、無機強塩基の添加によりpHを中性付近に調整すると、分解が抑えられ、検水のpHの測定結果についての信頼性を高めることができる。
【0056】
本工程において、検水に対する発色試薬の添加量(発色試薬を基準とする添加量)は、予め定めた所定量に設定する。発色試薬として上述の試薬組成物を用いる場合、この所定量は、各発色試薬の合計量を基準とする。以下、本工程において検水に対して添加する発色試薬の所定量を「基準添加量」ということがある。
【0057】
工程A2:
本工程では、工程A1において発色試薬が添加された検水について、紫外可視領域から任意に選択した特定の波長(以下、「特定波長」ということがある。)の吸光度を測定する。ここでは、特定波長の光を検水に対して照射し、検水を透過した当該光を受光することで所要の吸光度を測定する。この場合、吸光度を測定するための光源として入手が容易なものを用いることができる。例えば、発光色が異なる種々の発光ダイオード(LED)の群から特定波長の光を発色するLEDを選択して用いることができる。また、吸光度の測定では、分光光度計を用いて検水に対して紫外可視光領域の波長、通常は100nm~800nmの波長の光を照射することで吸収スペクトルを測定し、この吸収スペクトルから特定波長の吸光度を求めることもできる。
【0058】
特定波長は、特に限定されるものではないが、測定対象による吸収が強い一方で波長が多少ずれても吸収が安定していること、測定対象の吸光度の変化が大きすぎるとpHの測定レンジが狭くなりやすい一方で当該変化が小さすぎるとpHの測定精度が低下しやすいことを考慮し、吸光度の変化を観測しやすい波長とするのが好ましい。
【0059】
本工程では、一つの特定波長の吸光度を測定してもよいし、複数の互いに異なる特定波長の吸光度を測定してもよい。
【0060】
工程A3:
本工程では、工程A2において測定した特定波長の吸光度に基づき、検水のpHを判定する。
ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式によると発色試薬の塩基型の存在割合は検水のpHにより変動することから、発色試薬として単一のものを用いた場合、単一の発色試薬の基準注入量を検水に対して注入したときの当該検水における特定波長の吸光度は、理論上、下記の関係式(1)に基づいて検水のpH毎に予測することができる。そこで、工程A1で添加する発色試薬に応じて検水のpH毎における特定波長の吸光度を予測しておくと、その予測結果と工程A2において実際に測定した特定波長の吸光度とを照合することで、検水のpHを判定することができる。
【0061】
【数2】
【0062】
関係式(1)における記号の意味は次のとおりである。
Aλ(範囲:0~2):特定波長λの吸光度測定結果(単位:Abs)
βRAλ:特定波長λにおける発色試薬の酸型の吸光度
βRBλ:特定波長λにおける発色試薬の塩基型の吸光度
R(範囲:0~1):発色試薬の塩基型の存在割合
D(範囲:0~2):検水に対する発色試薬の添加量偏差(但し、基準添加量を1とする。)
【0063】
また、工程A1において複数種類の発色試薬を組み合わせた試薬組成物を発色試薬として用いた場合、試薬組成物を添加した検水についての特定波長の吸光度は、理論上、工程A1で検水に添加した試薬組成物に含まれる各発色試薬について特定波長の吸光度を合算したものとして現われる。すなわち、試薬組成物を添加した検水についての特定波長の吸光度は、試薬組成物に含まれる各発色試薬の塩基型および酸型のそれぞれの特定波長の吸光度を濃度毎に積算したものになる。したがって、第1発色試薬、第2発色試薬および一種類の発色試薬からなる第3発色試薬の三種類の発色試薬を含み、各発色試薬の配合割合が判明している試薬組成物を用いると、理論上、当該試薬組成物を添加した検水についての特定波長における吸光度は、次の関係式(2)により計算することができる。関係式(2)における各記号の意味は表1、2に記載のとおりである。
【0064】
【数3】
【0065】
【表1】
【0066】
表1の各吸光度は、単位発色試薬濃度に調整された該当する発色試薬の溶液についての特定波長の吸光度と試薬組成物中の該当する発色試薬の配合割合との関係(吸光度×配合割合)により定まるものである。
【0067】
【表2】
【0068】
ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式によると各発色試薬の塩基型の存在割合は検水のpHにより変動することから、各発色試薬の配合割合が判明している試薬組成物の基準注入量を検水に対して注入したときの当該検水における特定波長の吸光度は、関係式(2)に基づいて検水のpH毎に予測することができる。そこで、工程A1で用いる試薬組成物に応じて検水のpH毎における特定波長の吸光度を予測しておくと、その予測結果と工程A2において実際に測定した特定波長の吸光度とを照合することで、検水のpHを判定することができる。
【0069】
工程A2において複数の互いに異なる特定波長、例えば、二種類から五種類の吸光度を測定した場合、試薬組成物を添加した検水のpHと各特定波長の吸光度との相関関係を上記関係式およびヘンダーソン・ハッセルバルヒの式に照らして予め分析しておくと、本工程において検水のpHをより高精度に判定することができる。例えば、第1形態例に係る試薬組成物、すなわち、第1発色試薬、第2発色試薬および一種類の発色試薬からなる第3発色試薬の三種類の発色試薬を含み、各発色試薬の配合割合が判明している試薬組成物を用いる場合、当該試薬組成物を添加した検水についての三種類の特定波長の吸光度、すなわちλ1、λ2およびλ3の三種類の特定波長(但し、λ1<λ2<λ3。)の吸光度は、関係式(2)に照らし、検水中における各発色試薬の塩基型および酸型の存在割合との間に次の式(2-1)、式(2-2)および式(2-3)の三種類の関係式が成立する。式(2-1)~(2-3)における各記号の意味は表3、4に記載のとおりである。
【0070】
【数4】
【0071】
【表3】
【0072】
表3の各吸光度は、単位発色試薬濃度に調整された該当する発色試薬の溶液についての該当する特定波長の吸光度と試薬組成物中の該当する発色試薬の配合割合との関係(吸光度×配合割合)により定まるものである。
【0073】
【表4】
【0074】
この例では、式(2-1)、(2-2)および(2-3)並びにヘンダーソン・ハッセルバルヒの式に照らしてλ1、λ2およびλ3の三種類の特定波長と試薬組成物を添加した検水のpHとの相関関係を予め分析しておくと、その分析結果に従い、工程A2におけるλ1、λ2およびλ3の三種類の波長の吸光度の測定結果に基づいて検水のpHを判定することができる。
【0075】
特に、この例のように三種類以上の複数種類の特定波長の吸光度を測定する場合においては、その任意の組合せによる少なくとも二種類の吸光度比を求め、これらの吸光度比と検水のpHとを変数として予め求めた相関分析結果に従って検水のpHを判定することができる。この場合、工程A1での検水に対する発色試薬の添加量が基準添加量から変動しても、本工程において検水のpHについての信頼性の高い判定結果を得ることができる。
【0076】
吸光度比として、例えば、一つの特定波長の吸光度を分母とするとともに他の特定波長のそれぞれについての吸光度を個別に分子とする吸光度比を求めることができる。例えば、上記例のように三種類の特定波長λ1、λ2およびλ3の吸光度を測定する場合、特定波長λ1、λ2およびλ3のうち検水のpHの変動によって吸光度が最も変化しにくい特定波長(仮にλ1とする。)の吸光度を分母とするとともに他の特定波長(仮にλ2およびλ3とする。)のそれぞれについての吸光度を個別に分子とする複数の吸光度比、すなわち、Aλ2/Aλ1(吸光度比Aという)およびAλ3/Aλ1(吸光度比Bという)を求めることができる。
【0077】
上述のような吸光度比を採用した相関分析結果に従って検水のpHを判定する場合、判定結果の信頼性をさらに高めることもできる。ここでは、吸光度比のそれぞれと検水のpHとを変数として予め求めた相関分析結果に従って工程A2での吸光度の測定結果から検水のpHを仮判定する。そして、各吸光度比に基づいて仮判定した検水のpHを比較し、吸光度比の一つに基づいて仮判定した検水のpHと他の吸光度比に基づいて仮判定した検水のpHとの差が所定値を超える場合、工程A1で検水に添加した試薬組成物に調合上の不具合若しくは試薬組成物に劣化変敗が生じている可能性または試薬組成物による検水の発色に何らかの異常が生じている可能性があることから、工程A3を中止する。例えば、上述の例においては、吸光度比Aと検水のpHとを変数として予め求めた相関分析結果に従って工程A2での吸光度の測定結果から検水のpHを仮判定するとともに、吸光度比Bと検水のpHとを変数として予め求めた相関分析結果に従って工程A2での吸光度の測定結果から検水のpHを仮判定し、吸光度比Aに基づいて仮判定した検水のpHと、吸光度比Bに基づいて仮判定した検水のpHとの差が所定値(例えば0.5)を超える場合は工程A3を中止する。なお、pHの差の上記所定値は、期待する測定精度に応じて任意に設定可能である。
【0078】
工程A1において検水に添加する試薬組成物が四種類以上の発色試薬を含み、工程A2において複数の特定波長の吸光度を測定する場合、上記例に倣い、各特定波長の吸光度に関わる複数種類の関係式とヘンダーソン・ハッセルバルヒの式とに照らして複数種類の特定波長の吸光度と試薬組成物を添加した検水のpHとの相関関係を予め分析しておくと、その分析結果に従い、工程A2における各波長の吸光度の測定結果に基づいて検水のpHを判定することができる。
【0079】
この場合、上記例に倣って吸光度比を用いて検水のpHを判定することもできる。また、吸光度比を利用することで工程A3の中止の要否を判断する場合、吸光度比として三種類以上が得られることから、例えば、これらの吸光度比から少なくとも二種類の吸光度比を任意に選択し、そのそれぞれに基づいて仮判定した検水のpHの差が所定値を超える場合において工程A3を中止する。
【0080】
工程A4:
工程A1~工程A3によるpHの測定方法は、検水に対して発色試薬を添加するものであることから、検水そのもの(発色試薬を添加する前の検水)のpHを測定できるものではなく、添加された発色試薬を含む検水のpHを測定することになる。発色試薬は、酸解離により発色するものであることから、検水中へ放出するプロトンにより検水のpHを低下方向へ変動させるよう作用し、検水の本来のpH値を変動させる可能性がある。検水のpHに対する発色試薬の影響の程度は、検水の緩衝能により変動する。すなわち、検水は、緩衝能が高い場合(典型的には炭酸塩のような緩衝成分を含む場合。)は発色試薬の影響によるpHの変動が生じにくいが、緩衝能が低い場合は発色試薬の影響によりpHが変動しやすい。そこで、本工程では、発色試薬の影響によるpHの変動を取り除くよう測定結果を補正する。
【0081】
ここでは、工程A1から工程A3までの一連の操作を少なくとも1回繰返し、各繰返し操作の工程A3において検水のpHを判定する。工程A1において添加する発色試薬は、上述のように検水のpHを低下させる方向に作用することから、本工程の各繰返し操作の工程A3において判定される検水のpHは、発色試薬が段階的に添加されることで段階的に低下する。例えば、図11に模式的に示すように、検水のpHは、当初の工程A1および本工程で繰り返される各工程A1において発色試薬の添加量をaに設定したとき、当初の工程A3において判定される値Vよりも本工程の最初の工程A3において判定される値Vが低くなり、本工程の第2回目の工程A3において判定される値Vは値Vよりもさらに低くなる。
【0082】
そこで、当初の工程A3および本工程における各工程A3において判定した検水のpH(“y”とする。)と、その判定時における検水に対する試薬組成物の累積添加量(“x”とする。)とを変数とする関数(y=f(x))を設定し、当該関数(y=f(x))においてxが0のときのyを検水のpHとして終局的に判定する。例えば、関数(y=f(x))が図9に点線で示すような線形である場合、xが0のときのVcを検水そのもののpH値と判定する。
【0083】
本実施の形態に係るボイラ水のpH調整方法は、工程Aにおいて発色試薬の影響を除いたボイラ水の正確なpHを測定することができ、工程Bにおいて工程Aで測定されたpHを目標値へ変動させるための調整操作をボイラ水に対して適用していることから、ボイラ水のpHを適切に調整可能である。
【0084】
上述の実施の形態では、ブロー経路32を通じて排出されるボイラ水から検水を採取し、そのpHを測定しているが、復水はボイラ水に由来のものであってボイラ水と水質が実質的に同じであることから、検水は復水から採取することもできる。この場合、例えば、スチームトラップ51から復水タンク52へ流れる復水、または、復水タンク52に貯留された復水から一部を検水として採取して常温(25℃)に調整し、そのpHを測定する。
【0085】
[実験例]
表5に示す組成の試薬組成物を100g調製した。この試薬組成物は、第1形態例の試薬組成物の具体例として挙げたものに相当する。
【0086】
【表5】
【0087】
試薬組成物0.75gを添加した検水100mLに対して420nm、525nmおよび590nmの波長の可視光を照射した場合を想定し、その場合に予測される各波長の可視光の吸光度を先述の式(2-1)、式(2-2)および式(2-3)並びにヘンダーソン・ハッセルバルヒの式に照らして算出した。ここでは、0.1刻みで5.5~12.5の範囲においてpHが異なる検水について、上記各波長の可視光の吸光度を算出した。
【0088】
算出した各波長の吸光度から、検水のpH値と吸光度比(525nm/420nm)との関係、および、検水のpH値と吸光度比(590nm/420nm)との関係を求めた。結果を表6-1から表6-3に示す。また、両吸光度比と検水のpH値との関係をプロットすることで検水のpH判定用グラフを作成した。結果を図10に示す。
【0089】
【表6-1】
【表6-2】
【表6-3】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10