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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-09
(45)【発行日】2024-01-17
(54)【発明の名称】圧電組成物および電子部品
(51)【国際特許分類】
   H10N 30/853 20230101AFI20240110BHJP
   H10N 30/50 20230101ALI20240110BHJP
   H10N 30/20 20230101ALI20240110BHJP
   H10N 30/30 20230101ALI20240110BHJP
   C04B 35/495 20060101ALI20240110BHJP
   H02N 2/04 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
H10N30/853
H10N30/50
H10N30/20
H10N30/30
C04B35/495
H02N2/04
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020045651
(22)【出願日】2020-03-16
(65)【公開番号】P2021150337
(43)【公開日】2021-09-27
【審査請求日】2022-08-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001494
【氏名又は名称】前田・鈴木国際特許弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 正和
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 維子
【審査官】柴山 将隆
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-224038(JP,A)
【文献】国際公開第2018/180772(WO,A1)
【文献】特開2011-204887(JP,A)
【文献】特開2005-060213(JP,A)
【文献】特開2006-196717(JP,A)
【文献】特開2014-177355(JP,A)
【文献】特開2019-165200(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 30/853
H10N 30/50
H10N 30/20
H10N 30/30
C04B 35/495
H02N 2/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニオブ酸アルカリ金属系化合物からなる主成分を含み、
前記ニオブ酸アルカリ金属系化合物は、組成式(K x Na y )NbO 3 で表され、
前記xが、0.5000≦x≦1.000であり、
前記xと前記yの和が、0.980≦x+y≦1.000であり、
炭素の含有量が、360重量ppm以上、600重量ppm以下であり、
Cuの含有量が、前記主成分100モル部に対して、CuO換算で0.494~1.0モル部である圧電組成物。
【請求項2】
前記炭素の含有量が、380重量ppm以上、600重量ppm以下である請求項に記載の圧電組成物。
【請求項3】
前記圧電組成物の断面において、
前記炭素に関する濃度分布のCV値が、0.5以上、2.5以下である請求項1または2に記載の圧電組成物。
【請求項4】
請求項1~のいずれかに記載の圧電組成物を含む電子部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニオブ酸アルカリ金属系化合物で構成される圧電組成物、および、当該圧電組成物を含む電子部品に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電組成物は、結晶内の電荷の偏りに起因する自発分極に基づき、外部から応力を受けることにより表面に電荷が発生する効果(圧電効果)と、外部から電界が印可されることにより歪みを発生する効果(逆圧電効果)と、を有している。つまり、圧電組成物は、機械エネルギーと電気エネルギーとを相互に変換することができる。
【0003】
このような圧電組成物としては、特許文献1に示すように、ジルコン酸鉛(PbZrO)とチタン酸鉛(PbTiO)とからなる鉛系圧電組成物(以下、PZT系化合物)が多く使用されている。しかしながら、鉛系圧電組成物には、融点の低い酸化鉛(PbO)が60~70重量%程度含まれており、焼成時に酸化鉛が揮発し易い。そのため、環境負荷の観点から、圧電組成物の無鉛化が極めて重要な課題となっている。
【0004】
この課題に対して、最近では、環境配慮型の新たな圧電組成物として、特許文献2に示すようなニオブ酸アルカリ金属系の化合物が注目されている。このニオブ酸アルカリ金属系化合物は、他の非鉛系の圧電組成物に対しては比較的高い圧電特性を有する。しかしながら、ニオブ酸アルカリ金属系化合物は、PZT系化合物に対して圧電特性が劣っており、PZT系化合物の代替材としては未だ十分ではない。特に、機械的品質係数Qmの向上と、Qmの経時安定性の改善とが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2006-196717号公報
【文献】特開2014-177355号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような実情を鑑みてなされ、その目的は、機械的品質係数Qmが高く、かつ、Qmの経時安定性が良好な非鉛系の圧電組成物、および、当該圧電組成物を含む電子部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、本発明に係る圧電組成物は、
ニオブ酸アルカリ金属系化合物からなる主成分を含み、
炭素の含有量が、350重量ppm以上、700重量ppm以下である。
【0008】
従来、圧電組成物では、炭素の含有量が少ない方が良いと考えられてきた。実際に、特許文献1では、PZT系化合物で構成される圧電素子において、積層体に含まれる炭素量を低減することで、酸化鉛の還元が抑制されて圧電特性が良好となることが開示されている。本発明者等は、鋭意検討した結果、ニオブ酸アルカリ金属系化合物で構成される圧電組成物においては、従来の技術思想とは逆に、所定量の炭素を含有することで、高い機械的品質係数Qmが得られるとともに、Qmの経時安定性が良好となることを見出した。
【0009】
本発明に係る圧電組成物において、前記ニオブ酸アルカリ金属系化合物は、組成式(KNa)NbOで表され、好ましくは、
前記xが、0.5000≦x≦1.000であり、
前記xと前記yの和が、0.980≦x+y≦1.000である。
ニオブ酸アルカリ金属系化合物が、上記の組成を満足することで、潮解現象を抑制したうえで、高いQmと良好な経時安定性とを両立して満足できる。
【0010】
また、好ましくは、前記炭素の含有量が、380重量ppm以上、600重量ppm以下である。圧電組成物に含まれる炭素の含有量を、上記の範囲内に制御することで、Qmがより向上すると共に、経時安定性がより良好となる。さらに、絶縁抵抗も、1×1010Ω・cm以上と高くなる。絶縁抵抗が高くなることで、分極処理の際などに、高電圧が印可されたとしても絶縁破壊が生じ難くなる。つまり、圧電組成物の耐電圧特性が向上する。
【0011】
また、本発明に係る圧電組成物の断面において、
前記炭素に関する濃度分布のCV値(変動係数)が、好ましくは、0.5以上、2.5以下である。
CV値は、濃度分布の分散度合いを示す指標であり、CV値が低いほど、濃度分布のばらつきが少ないことを意味する。本発明の圧電体組成物では、炭素濃度分布のCV値が上記の範囲内にあることで、Qmがさらに向上すると共に、Qmの経時安定性がさらに良好となる。また、絶縁抵抗も、1×1012Ω・cm以上とより高くなり、耐電圧特性がより向上する。
【0012】
本発明に係る圧電組成物を含む素子は、機械エネルギーと電気エネルギーとを相互に変換することができ、電子部品として様々な分野で幅広く利用することができる。たとえば、本発明に係る圧電組成物は、逆圧電効果を利用する圧電アクチュエータに適用できる。本発明の圧電組成物を含む圧電アクチュエータは、印可電圧に対して、微小な変位が精度よく得られ、かつ、応答速度が速いため、たとえば、工学系部品の駆動用素子、HDDのヘッド駆動用素子、インクジェットプリンタのヘッド駆動用素子、燃料噴射弁駆動用素子、およびハプティックスデバイス用素子に用いることができる。また、本発明の圧電組成物は、逆圧電効果を利用する圧電ブザーや圧電スピーカとしても適用できる。
【0013】
さらに、本発明に係る圧電組成物は、圧電効果を利用して、微小な力や変位量を読み取るためのセンサに適用できる。また、本発明に係る圧電組成物は、優れた応答性を有するため、交流電界を印可することで、圧電組成物自身または圧電組成物と接合関係にある弾性体を励振して共振を起こさせることが可能である。そのため、圧電トランスや超音波モータなどにも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、本発明の一実施形態に係る圧電素子を示す模式的な斜視図である。
図2図2は、圧電組成物の断面を示す模式図である。
図3図3は、本発明に係る圧電素子の変形例を示す模式的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を、図面に示す実施形態に基づき詳細に説明する。
【0016】
まず、本実施形態に係る圧電組成物が適用された圧電素子5(電子部品)について説明する。図1に示す圧電素子5は、板状の圧電体部1と、圧電体部1の両主面である一対の対向面1a,1bに形成された一対の電極2,3とを備えている。
【0017】
圧電体部1は、焼結体であって、本実施形態に係る圧電組成物から構成されている。当該圧電組成物の詳細については後述する。また、一対の電極2,3は、それぞれ導電材で構成してあり、当該導電材は、特に限定されず、所望の特性、用途等に応じて任意に設定することができる。電極2,3に含まれる導電材としては、たとえば、金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、Ni(ニッケル)、銅(Cu)など、もしくは、上記の元素のうちいずれかを含む合金が挙げられる。
【0018】
図1において、圧電体部1は、直方体形状を有しているが、圧電体部1の形状は特に制限されず、所望の特性、用途等に応じて任意に設定することができる。また、圧電体部1の寸法も特に制限されず、所望の特性、用途等に応じて任意に設定することができる。
【0019】
また、圧電体部1は、所定の方向に分極してある。たとえば、図1に示す圧電素子5においては、圧電体部1の厚み方向、すなわち、電極2,3が対向する方向に分極してある。電極2,3には、たとえば、図示しない配線などを介して外部電源や外部回路などが電気的に接続してある。そのため、たとえば、外部電源から電極2,3を介して、圧電体部1に所定の電圧を印可すると、圧電体部1において、逆圧電効果により電気エネルギーが機械エネルギーに変換され、圧電体部1が所定の方向に振動する。また、圧電体部1に外部から応力が加わった際には、圧電効果により発生した電荷を、電極2,3を介して外部回路に取り出すことができる。
【0020】
次に、本実施形態に係る圧電組成物について説明する。図2は、図1に示す圧電体部1の断面図、すなわち圧電組成物の断面図である。図2に示すように、本実施形態に係る圧電組成物は、主相粒子4と、主相粒子4相互間の境界線である粒界6と、主相粒子4の間に存在する異相8とを有する。
【0021】
主相粒子4には、一般式ABOで表されるペロブスカイト構造を有する複合酸化物が、主成分として含まれている。なお、本実施形態において、主成分とは、圧電組成物100mol%中、90mol%以上を占める成分である。
【0022】
上記のペロブスカイト構造において、イオン半径の大きい元素、たとえば、アルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素などは、ABOのAサイトを占める傾向にあり、イオン半径の小さい元素、たとえば、遷移金属元素などは、ABOのBサイトを占める傾向にある。そして、Bサイト元素と酸素とから構成されるBO酸素八面体が、互いの頂点を共有した三次元ネットワークを構成しており、このネットワークの空隙にAサイト元素が充填されることにより、ペロブスカイト構造が形成される。
【0023】
本実施形態において、圧電組成物の主成分となる複合酸化物は、ニオブ酸アルカリ金属系化合物であり、上記の一般式ABOは、組成式(KNa)NbOで表される。すなわち、Aサイト元素が、カリウム(K)または/およびナトリウム(Na)であり、Bサイト元素がニオブ(Nb)である。
【0024】
上記の組成式において、「x」は、Bサイト元素の総原子数に対するKの原子数の割合を示しており、「y」は、Bサイト元素の総原子数に対するNaの原子数の割合を示している。したがって、「x+y」は、Bサイト元素の総原子数に対するAサイト元素の総原子数の比、いわゆるA/B比を示している。
【0025】
本実施形態において、「x」は、0<x≦1.000とすることができ、好ましくは0.5000以上、1.000以下であり、より好ましくは0.800≦x≦1.000、さらに好ましくは0.800≦x≦0.998である。すなわち、本実施形態では、Aサイトにおいて、Kが占める割合を多くすることが好ましい。
【0026】
また、「x+y」は、0.970≦x+y≦1.000とすることが好ましく、0.980以上1.000以下とすることがより好ましく、0.980以上0.998以下とすることがさらに好ましい。本実施形態では、Bサイト元素(Nb)をAサイト元素(K,Na)よりも過剰に存在させることにより、良好な機械的強度を得ることができる。なお、「x+y」が上記の範囲よりも大きい場合(1.0を超過する場合)には、得られる圧電組成物が高い潮解性を示すため、強度が著しく低くなる傾向にある。一方、「x+y」が上記の範囲よりも小さい場合には、得られる圧電組成物の密度が低くなり、機械的強度が低下する傾向にある。
【0027】
なお、Bサイト元素のうち一部は、タンタル(Ta)に置換されていてもよい。ただし、NbをTaで置換する場合、BサイトにおけるTaの原子数の割合は、10%以下であることが好ましい。
【0028】
また、本実施形態に係る圧電組成物は、副成分として、銅(Cu)を含むことが好ましい。圧電組成物におけるCuの含有量は、主成分であるニオブ酸アルカリ金属系化合物100モル部に対して、CuO換算で、0~1.5モル部の範囲内であることが好ましい。副成分としてCuを含む場合、その存在形態は特に制限されず、Cuは、主成分で構成される主相粒子4の粒内に固溶していてもよいし、粒界6に存在していてもよい。Cuが粒界6に存在する場合には、他の元素と化合物を形成していてもよい。
【0029】
Cuが主相粒子4の粒内または/および粒界6に存在することにより、主相粒子4相互間の結合力が強くなり、圧電組成物の機械的強度を高めることができる。また、Cuの含有量は、上述した「x+y」と関係しており、Cuの含有量と「x+y」の範囲とを上述した範囲とすることにより、Cuが主相粒子4内に固溶、もしくは粒界6に留まることが可能となる。その結果、粒界6を介して、主相粒子4間の結合力をより高めることができる。
【0030】
また、副成分としてのCuの添加は、機械的品質係数Qmの向上にも寄与する。ただし、Cuの含有量が多すぎると、圧電組成物の分極処理に際して、電圧印可に起因するリーク電流が生じて、十分な分極が行われない場合がある。この場合には、分極が不十分となり、自発分極の向きを所定の方向に揃えることにより発揮される圧電特性は、逆に低下してしまう。本実施形態において、副成分としてCuを添加する場合には、Cuの含有量と「x+y」の範囲とを上述した所定の範囲内に制御することで、リーク電流の発生が抑制され、十分な分極処理を行うことができる。その結果、機械的品質係数Qmの向上に寄与する。
【0031】
また、本実施形態に係る圧電組成物には、Cu以外に、副成分として他の成分が含まれていてもよい。たとえば、上述したNd,TaおよびCuを除く遷移金属元素(長周期型周期表における3族~11族の元素)、長周期型周期表における2族元素、12族元素、13族元素、およびゲルマニウム(Ge)から選択される少なくとも1種を含有していてもよい。
【0032】
具体的には、希土類元素を除く遷移金属元素として、たとえば、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、タングステン(W)、モリブデン(Mo)などが挙げられる。また、希土類元素として、たとえば、イットリウム(Y)、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)などが挙げられる。
【0033】
2族元素としては、マグネシウム(Mg)、ストロンチウム(Sr)が例示され、12族元素としては、亜鉛(Zn)、13族元素としては、アルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、インジウム(In)が例示される。
【0034】
なお、上述したCu以外の副成分は、Cuの副成分と共に添加されてもよいし、Cuの副成分に代えて添加されてもよい。上記の副成分(Cu以外)の中では、Ge、Cr、Ni、Znを選択することが好ましい。
【0035】
副成分としてGeを添加する場合、Geの含有量は、主成分であるニオブ酸アルカリ金属系化合物100モル部に対して、GeO換算で、0~1.5モル部の範囲内であることが好ましい。Geは、主に粒界6に含まれ、Geが粒界6に含まれることで、圧電組成物の潮解現象を抑制できると考えられる。したがって、主相粒子4の粒内へのGeの固溶量は少ないことが好ましく、Geは主相粒子4の粒内には固溶していないことがより好ましい。
【0036】
ニオブ酸アルカリ金属系化合物の潮解現象は、当該化合物に含まれるアルカリ金属成分(K,Na)が空気中の水分と水和反応した結果、その部分が脆弱となり、主相粒子4間の結合力を弱めることに起因すると考えられる。粒界6にGeが含まれることにより、アルカリ金属成分が水和反応しやすい形態から水和反応し難い形態に転換することが容易となり、潮解現象に基づく機械的強度の劣化を抑制できると考えられる。
【0037】
一方、副成分としてCr,Ni,もしくはZnを添加する場合には、これら元素の含有量は、主成分であるニオブ酸アルカリ金属系化合物100モル部に対して、CrO3/2換算,NiO換算,もしくはZnO換算で、0~2.0モル部の範囲内であることが好ましい。上記の範囲でCr,Ni,またはZnの副成分が含まれることで、電気機械結合係数k31と絶縁破壊強度とが向上する傾向となる。
【0038】
なお、本実施形態に係る圧電組成物は、不純物として鉛(Pb)を含んでいてもよいが、その含有量は、圧電組成物100質量%に対して、1質量%以下であることが好ましく、Pbを含まないことがより好ましい。
【0039】
また、本実施形態に係る圧電組成物は、上述した主成分および副成分の他に、炭素が含まれる。炭素は、後述する仮焼成過程で未反応のアルカリ金属が残存することで含有される。本実施形態において、圧電組成物に含まれる炭素の含有量は、350重量ppm以上、700重量ppm以下であり、より好ましくは、380重量ppm以上、600重量ppm以下、さらに好ましくは、400重量ppm以上、500重量ppm以下である。詳細については後述するが、上記の範囲内で炭素が含まれることで、高いQmが得られるとともに、Qmの経時安定性が良好となる。
【0040】
なお、機械的品質係数Qmとは、共振周波数における機械的な振動の鋭さを示す指標であって、数値が高いほど特性が優れる。このQmは、時間の経過とともに変化せずに(特に減退することなく)安定していることが求められ、本実施形態における「Qmの経時安定性」とは、Qmの安定性を表す尺度である。
【0041】
圧電組成物に含まれる炭素は、主として粒界6および異相8に存在する。炭素は、主相粒子4の粒内には固溶していないことが好ましい。炭素を含む異相8は、主相粒子4の間、すなわち粒界6の一部に存在し、炭素の他に、酸素、K、Na、Nb,Cu,Znなどが含まれ得る。この炭素を含む異相8が存在することにより、焼結体である圧電組成物が、より緻密になると考えられる。なお、炭素を含む異相8中に、主成分にも含まれるK,Na,Nbなどが含まれることで、主相粒子4間の結合力をより高い状態で維持できると考えられる。
【0042】
また、炭素を含む異相8の平均粒径は、主相粒子4の平均粒径に対して、同程度か、もしくはそれ以上であることが好ましい。ここで、主相粒子4の平均粒径は、圧電特性の発揮、機械的強度の観点から制御すればよく、本実施形態では、たとえば、円相当径換算で0.5μm以上、20μm以下とすることが好ましい。一方、炭素を含む異相8の平均粒径は、上記における主相粒子4の平均粒径に対して、円相当径換算で、1.0倍~3.0倍とすることが好ましい。なお、主相粒子4の平均粒径および異相8の平均粒径は、走査型電子顕微鏡(SEM)もしくは走査透過型電子顕微鏡(STEM)などで、圧電組成物の断面を観察し、得られた断面写真を画像解析することで求めることができる。
【0043】
また、圧電体組成物に含まれる炭素は、局所的に集中して存在せずに、所定の条件で分散していることが好ましい。具体的に、本実施形態に係る圧電組成物の任意の断面において、炭素に関する濃度分布のCV値(変動係数)が、0.50以上、2.50以下であることが好ましく、0.50以上、2.00以下であることがより好ましい。なお、CV値は、標準偏差/平均値で表され、分散度合いを示す指標である。CV値が低いほど均一に分散していることを意味する。
【0044】
ここで、本実施形態において、炭素の含有量、および、その濃度分布のCV値は、たとえば、以下の方法で測定できる。まず、炭素の含有量については、炭素硫黄分析装置(CS分析装置)を用いて測定することができる。このCS分析装置では、圧電組成物を乳鉢等で砕いた粉末を、測定試料として用いる。そして、当該粉末試料を、装置内の高周波炉にて加熱・燃焼させ、試料に含まれる炭素を二酸化炭素(CO)に、硫黄を二酸化硫黄(SO)のガスにする。さらに発生したCOおよびSOを非分散型赤外線吸収法などで測定することで、測定試料に含まれている炭素および硫黄の含有量を算出する。したがって、上述した炭素の含有量は、測定試料(圧電組成物)に含まれる炭素の正味の量であって、上記のような測定を少なくとも3回実施し、平均値として算出することが好ましい。
【0045】
また、CV値については、電子線マイクロアナライザ(EPMA)によるマッピング分析を行うことで算出できる。EPMAによるマッピング分析では、所定の断面(測定領域)に対して一定間隔で電子線を照射し、測定点毎に成分分析を行うことで、特定元素(測定元素)の濃度分布を可視化、すなわちマッピングすることができる。各測定点における特定元素の濃度は、検出ピーク(特定元素の特性X線のピーク)の積分強度に応じた輝度として表され、輝度のレベルが高いほど、測定点において特定元素の存在割合が高いことを意味する。なお、マッピング分析時の測定間隔は、得られるマッピングデータにおける一画素の大きさに相当し、測定点の数は、マッピングデータにおける画素数に相当する。
【0046】
炭素に関する濃度分布のCV値は、各測定点における輝度のデータを母集団として、この母集団の平均値と標準偏差に基づいて算出する。このCV値の算出において、マッピング分析時の測定間隔は、1μm四方よりも小さくすることが好ましく、測定点の数は、少なくとも128×128以上とすることが好ましい。また、測定領域の大きさは、50μm四方~250μm四方に相当する領域(長方形の領域であってもよい)であることが好ましい。さらに、CV値は、上記のマッピング分析を、測定領域を変えて少なくとも2回実施し、その平均値で評価することが好ましい。
【0047】
次に、図1に示す圧電素子5の製造方法の一例について以下に説明する。
【0048】
まず、圧電組成物の出発原料を準備する。主成分であるニオブ酸アルカリ金属系化合物の出発原料としては、Kを含む化合物、Nbを含む化合物を用いることができ、必要に応じてNaを含む化合物を用いることができる。Kを含む化合物、および、Naを含む化合物としては、たとえば、炭酸塩、炭酸水素化合物などが例示される。また、Nbを含む化合物としては、たとえば、酸化物などが例示される。
【0049】
また、圧電組成物が副成分を含む場合、副成分の出発原料としては、たとえば、金属単体、酸化物、複合酸化物、炭酸塩、シュウ酸塩、酢酸塩、水酸化物、ハロゲン化物、有機金属化合物などを用いることができる。たとえば、副成分としてCuを添加する場合、Cuの出発原料としては、Cu単体、酸化銅、KαCuβTaγδやKαCuβNbγδなどのCuを含む複合酸化物が例示され、特に、酸化銅(CuO)を使用することが好ましい。
【0050】
主成分の出発原料、および、副成分の出発原料は、いずれも、粉体であって、その平均粒径は、0.1μm~5.0μmの範囲内であることが好ましい。
【0051】
次に、準備した主成分の出発原料を、所定の割合に秤量した後、ボールミルなどの混合機を用いて、5~20時間混合を行う。混合の方法としては、湿式混合でもよいし、乾式混合でもよい。なお、湿式混合を行った場合は、混合後に得られた混合粉を乾燥させる。
【0052】
次に、上記の工程で混合した出発原料を、仮焼成する。ここで、圧電組成物に含まれる炭素は、仮焼成後に残存した未反応のアルカリ金属成分が、大気中の二酸化炭素などと反応することで、圧電組成物中に取り込まれると考えられる。つまり、圧電組成物に含まれる炭素の含有量は、未反応のアルカリ金属成分の残存量に比例すると考えられる。したがって、炭素の含有量や炭素の分散度合いを上述した範囲内に制御するためには、仮焼成時の形態、および、仮焼成時の条件を制御することが好ましい。
【0053】
たとえば、仮焼成時の形態は、粉末状ではなく、バルク状(仮成形体)とすることが好ましい。この場合、仮焼成前に出発原料の混合粉を、予めプレス成形して、仮成形体を得る。この際、成形機として、1軸加圧プレス機を用い、成形時の圧力を、10~50MPa程度とすることが好ましい。また、冷間等方圧プレス機(CIP成形機)などを用いて仮成形体を得ても良い。
【0054】
また、仮焼成の条件については、炉内雰囲気を大気雰囲気とすることが好ましく、保持温度を850℃~1030℃とすることが好ましく、保持時間を1~20時間とすることが好ましい。上記の条件で仮成形体を仮焼成することで、複合酸化物の仮焼成体が得られ、その仮焼成体中には、未反応のアルカリ金属成分が適正量発生する。
【0055】
なお、得られた仮焼成体を構成する複合酸化物は、一般式KNbOまたは(K,Na)NbOで示されるペロブスカイト構造を有している。また、得られた仮焼成体については、ボールミルなどの粉砕機を用いて、所定時間粉砕する。こうして得られた粉砕粉の平均粒径は、0.5μm~2.0μmであることが好ましい。
【0056】
また、副成分を添加する場合には、上記の粉砕粉に、所定の割合に秤量した副成分の出発原料を添加して混合し、圧電組成物の原料粉を得る。主成分と副成分との混合も、上記における主成分出発原料の混合と同様に、ボールミルやビーズミルなどの各種混合機で、湿式混合もしくは乾式混合により実施することができる。
【0057】
こうして得られた原料粉を用いて、圧電組成物の成形体を作製する。圧電組成物の原料粉を成形する方法は、特に制限されず、所望の形状、寸法等に応じて適宜選択すればよい。プレス成形を行う場合には、圧電組成物の原料粉に、所定のバインダと、必要に応じて可塑剤、分散剤、溶剤などの添加物とを加え、その後、その複合物を所定の形状に成形して成形体を得る。また、圧電組成物の原料粉に上述したバインダなどを添加して造粒し、得られた造粒粉を用いて成形体を作製してもよい。さらに、必要に応じて、得られた成形体に対して、CIPなどにより更なる加圧処理を行ってもよい。また、バインダとしては、アクリル系バインダ、エチルセルロース系バインダ、ポリビニルブチラール系バインダなどを使用することができる。
【0058】
得られた成形体に対しては、脱バインダ処理を施す。脱バインダ条件としては、保持温度を好ましくは、400~800℃、温度保持時間を好ましくは、2~4時間とする。
【0059】
続いて、脱バインダ処理後の成形体を本焼成する。本焼成の条件としては、保持温度を好ましくは1000℃~1100℃とし、保持時間を好ましくは2時間~4時間とする。また、本焼成の際の昇温速度および降温速度は、いずれも、1.5℃/min~5.0℃/minの範囲内とすることが好ましい。さらに、焼成時の炉内雰囲気は、酸素含有雰囲気とすることが好ましく、大気雰囲気とすることもできる。
【0060】
上記の本焼成を経て、焼結体としての圧電組成物が得られる。なお、圧電組成物に含まれる炭素の含有量については、主成分の組成や、添加する副成分の種類によっても変化し得る。
【0061】
得られた焼結体に対しては、必要に応じて研磨を実施し、その両主面に電極ペーストを塗布して焼き付けることで、仮の電極を形成する。なお、仮の電極を形成する方法は、特に制限されず、蒸着、スパッタリングなどで実施してもよい。
【0062】
次に、仮の電極を形成した焼結体に対して、分極処理を施す。分極処理は、所定の温度(80℃~150℃程度)のオイル中において、焼結体に対して2kV/mm~5kV/mmの電界を、5分間~1時間程度印可することで実施する。この分極処理により、自発分極が所定の方向に揃えられた圧電組成物が得られる。
【0063】
そして、分極処理後の圧電組成物を、必要に応じて所定の寸法に加工し、板状の圧電体部1を形成する。次に、この圧電体部1に電極2,3を、電極ペーストの焼付や、蒸着、スパッタリング、めっきなどの方法により形成することで、図1に示した圧電素子5が得られる。なお、電極2,3は、分極処理前に形成した仮の電極をそのまま転用してもよい。
【0064】
(本実施形態のまとめ)
本実施形態に係る圧電組成物は、主成分としてニオブ酸アルカリ金属系化合物を含み、上述した範囲内(350~700重量ppm)で炭素を含有している。
【0065】
本発明者等は、鋭意検討した結果、ニオブ酸アルカリ金属系化合物で構成される圧電組成物においては、従来の技術思想とは逆に、所定量の炭素を含有することで、高い機械的品質係数Qmが得られるとともに、Qmの経時安定性が良好となることを見出した。
【0066】
QmおよびQmの経時安定性が向上する理由は、必ずしも明らかではないが、たとえば、以下の事由が考えられる。従来のニオブ酸アルカリ金属系化合物では、焼成時にアルカリ金属元素が揮発し、焼成後の圧電組成物の内部に空隙や欠陥などが生じ易かった。圧電組成物の内部に空隙や欠陥が存在すると、この空隙や欠陥に空気中の水分等が吸着して、圧電組成物の振動(駆動)を阻害すると考えられる。また、空気中の水分等が、圧電体組成物に含まれるアルカリ金属成分と反応することで、Qmの経時劣化が起こると考えられる。
【0067】
これに対して、本実施形態に係る圧電組成物では、炭素成分が、主に、主相粒子4の間において異相8として存在していると考えられる。そして、この異相8に存在する炭素成分によって、空隙や欠陥の発生が抑制されていると考えられる。そのため、本実施形態の圧電組成物では、前述したような水分等の吸着による振動阻害や、水分とアルカリ金属成分との反応が抑制され、Qmが向上し、かつQmが経時劣化し難くなると考えられる。
【0068】
また、本実施形態に係る圧電組成物では、前述したように、ニオブ酸アルカリ金属系化合物が組成式(KNa)NbOで表され、当該組成式における「x」および「x+y」が所定の関係性を満足する。主成分が所定の組成範囲にあることで、Qmがより高くなると共に、潮解現象を抑制することができる。
【0069】
また、本実施形態に係る圧電組成物では、炭素の含有量を所定の範囲内(380~600重量ppm,400~500重量ppm)に制御することで、高いQmを維持したうえで、Qmの経時安定性をより向上させることができる。さらに、絶縁抵抗も、1×1010Ω・cm以上と高くなる。絶縁抵抗が高くなることで、分極処理の際などに、高電圧が印可されたとしても絶縁破壊が生じ難くなる。つまり、圧電組成物の耐電圧特性が向上する。
【0070】
また、本実施形態に係る圧電組成物では、任意の断面における炭素に関する濃度分布のCV値が、上述した範囲内に制御してある。これにより、Qmがさらに向上すると共に、Qmの経時安定性がさらに良好となる。また、絶縁抵抗も、1×1012Ω・cm以上とより高くなり、耐電圧特性がより向上する。
【0071】
(変形例)
上述した実施形態では、圧電体部1が単層である圧電素子5について説明したが、圧電体部が積層された構成を有する圧電素子であってもよい。また、これらが組み合わされた構成を有する圧電素子であってもよい。「これらが組み合わされた構成」とは、圧電素子の内部に、圧電層と内部電極層とが積層された領域と、電極層が積層されずに圧電体部のみで構成される領域と、を有する場合を意味する。
【0072】
圧電体部が積層された構成を有する圧電素子としては、たとえば、図3に示す圧電素子50が例示される。この圧電素子50は、本実施形態に係る圧電組成物よりなる複数の圧電層11と複数の内部電極層12とを交互に積層した積層体10を備える。この積層体10の両端部には、積層体10の内部で交互に配置された内部電極層12と各々導通する一対の端子電極21,22が形成してある。
【0073】
圧電層11の1層あたりの厚み(層間厚み)は、特に限定されず、所望の特性や用途等に応じて任意に設定することができる。通常は、層間厚みは1μm~100μm程度が好ましい。圧電層11の積層数は、特に限定されず、所望の特性や用途等に応じて任意に設定することができる。
【0074】
また、内部電極層12は、導電材料で構成されており、主として、Ag,Pd,Au,Ptなどの貴金属元素や、Cu,Niなどの卑金属元素、もしくは上記元素のうち少なくとも1種を有する合金を含んでいる。内部電極層の1層あたりの厚みも、特に制限されず、たとえば、0.5μm~2.0μmとすることができる。なお、端子電極21,22は、図1に示す電極2,3と同様の構成とすることができる。
【0075】
図3に示す圧電素子50は、たとえば、積層体10となるグリーンチップを作製し、これを焼成して積層体10を得た後、積層体10に端子電極21,22を印刷または転写して焼成することにより製造される。グリーンチップを製造する方法としては、たとえば、ペーストを用いた通常の印刷法や、シート法などが例示される。印刷法およびシート法では、いずれも、上述した圧電組成物の原料粉と、バインダを溶剤中に溶解したビヒクルと、を混合して塗料化したペーストを用いる。
【0076】
なお、脱バインダ処理や本焼成の条件は、上述した実施形態と同様とすればよい。ただし、内部電極層12を卑金属で構成する場合は、本焼成を窒素もしくは窒素・水素の混合雰囲気下で実施することが好ましい。この場合、本焼成後に、再酸化処理を行うことが好ましい。
【0077】
図3に示す圧電素子50のように、圧電層11を複数積層することで、単位体積当たりの変位量や駆動力を、非積層型の圧電素子1に比べて大きくすることが可能である。なお、圧電素子50でも、本実施形態に係る圧電組成物を含んでいるため、上述した実施形態と同様の効果が得られる。
【0078】
図1および図3に示すような圧電素子5,50は、機械エネルギーと電気エネルギーとを相互に変換することができ、電子部品として様々な分野で幅広く利用することができる。たとえば、逆圧電効果を利用する圧電アクチュエータに適用できる。本発明の圧電組成物を含む圧電アクチュエータは、印可電圧に対して、微小な変位が精度よく得られ、かつ、応答速度が速いため、たとえば、工学系部品の駆動用素子、HDDのヘッド駆動用素子、インクジェットプリンタのヘッド駆動用素子、燃料噴射弁駆動用素子、およびハプティックスデバイス用素子に用いることができる。また、圧電素子5,50は、逆圧電効果を利用する圧電ブザーや圧電スピーカとしても適用できる。
【0079】
さらに、圧電素子5,50は、圧電効果を利用して、微小な力や変位量を読み取るためのセンサに適用できる。また、本発明の圧電組成物を含む圧電素子5,50は、優れた応答性を有するため、交流電界を印可することで、圧電組成物自身または圧電組成物と接合関係にある弾性体を励振して共振を起こさせることが可能である。そのため、圧電トランスや超音波モータなどにも適用できる。
【0080】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は上記の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の範囲内において、種々の様態で改変してもよい。たとえば、図1に示す圧電素子5は、平面視形状が略矩形であるが、これに限定されず、楕円形、円形、多角形等の平面視形状であってもよい。また、図3に示す圧電素子50において、端子電極21,22が内部電極層12に電気的に接続してあるが、これに限定されない。たとえば、各内部電極層12は、一対のスルーホール電極と電気的に接続させ、このスルーホール電極を、積層体10の主面に形成してある引出電極と接続させることで、内部電極層12との導通を実現してもよい。
【実施例
【0081】
以下、実施例および比較例を用いて、本発明をさらに詳細に説明する。ただし、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0082】
(実験1)
実験1では、炭素の含有量の水準を振って、実施例1~7に係る圧電組成物試料を作製した。以下、実験条件の詳細を説明する。
【0083】
まず、圧電組成物の主成分であるニオブ酸アルカリ金属系化合物の出発原料として、炭酸水素カリウム(KHCO)の粉末と、酸化ニオブ(Nb)の粉末とを準備した。また、副成分の出発原料として、酸化銅(CuO)の粉末を準備した。
【0084】
そして、準備した主成分の出発原料を、焼成後の圧電組成物(焼結体)が表1に示す組成を有するように秤量した。秤量したKHCOおよびNbの各粉末を、ボールミルにより16時間、湿式混合した後、120℃において乾燥し、混合粉を得た。
【0085】
次に、出発原料の混合粉を、1軸加圧プレス機を用いて、成形圧20MPaの条件でプレスして、仮成形体を得た。さらに、その仮成形体を、所定の温度で4時間、仮焼成し、ニオブ酸アルカリ金属系化合物の仮焼成体を得た。実験1では、各実施例サンプルに含まれる炭素の含有量を、仮焼成時の保持温度により調整した。実施例1~7における仮焼成時の保持温度を、表1に示す。なお、仮焼成時の雰囲気は、大気雰囲気とした。
【0086】
次に、仮焼成体を、ボールミルにより16時間粉砕し、粉砕粉を得た。そして、この粉砕粉に対し、所定量のCuO粉末を添加して、ボールミルにより16時間、湿式混合した後、120℃の恒温槽で乾燥させ、圧電組成物の原料粉を得た。この際、CuOの添加量は、主成分100モル部に対して1.0モル部とした。次に、この原料粉にバインダを添加して混合し、メッシュで整粒することで、造粒粉を得た。そして、得られた造粒粉を、プレス成形機により196MPaの加重を加えて成形し、平板状の成形体を得た。
【0087】
こうして得られた平板状の成形体に対して、550℃、3時間の条件で、脱バインダ処理を施した。そして、脱バインダ処理後の成形体を、大気雰囲気下で、1050℃、2時間の条件で本焼成し、焼結体を得た。なお、この本焼成では、昇温速度および降温速度を、いずれも5℃/minとした。
【0088】
次に、得られた焼結体を研磨して、厚さ1.0mmの平行平板状とした。さらに、その平行平板状の焼結体の両面に銀ペーストを印刷した後、800℃にて焼き付けを実施し、対向銀電極を設けた。そして、この電極形成後の焼結体を、長さ12mm、幅3mmに切断した。最後に、150℃のシリコンオイル中で3kV/mmの電界を5分間印可し、圧電組成物の分極処理を実施し、実施例1~7に係る圧電組成物試料を得た。なお、圧電組成物試料は、各実施例につき少なくとも5個以上作製し、以下に示す評価を実施した。
【0089】
炭素含有量の測定
圧電組成物試料に含まれる炭素の含有量は、LECOジャパン合同会社製の炭素・硫黄分析装置(CS600)を用いて測定した。なお、測定用の試料は、圧電組成物試料をメノウ乳鉢で粉砕した粉末を用いた。また、CS分析は、3回実施し、各実施例の炭素含有量をその平均値として算出した。
【0090】
機械的品質係数Qmの測定
圧電組成物試料のQmは、KEYSIGHT TECHNOLOGIES社製のインピーダンスアナライザ(4194A)により測定した。なお、Qmは、圧電組成物試料を、分極処理後に室温で24時間放置した後で測定した。本実施例では、Qmの合否基準を1000以上とし、1500以上を良好、1800以上をさらに良好と判断した。
【0091】
経時安定性の評価
圧電組成物試料の経時安定性は、長時間経過後のQmの変化率を算出することで評価した。具体的に、分極処理後100時間経過後に、再度Qmを上記と同様の方法で測定し、以下の計算式により、Qmの変化率(ΔQm)を求めた。

ΔQm(単位%)={(分極から100時間経過後のQm-分極から24時間経過後のQm)/分極から24時間経過後のQm}×100

本実施例では、ΔQmの合否基準を20%以下とし、10%以下を良好と判断する。
【0092】
なお、得られた圧電組成物試料については、上記の評価の他に、EPMAおよび蛍光X線分析装置(XRF)による元素分析も実施した。その結果、全ての実施例において、狙い値どおりの組成の主成分が含まれ、狙い値どおり副成分(Cu)が含まれていることが確認できた。
【0093】
比較例1および比較例2
比較例1および比較例2では、上述した実施例1~7とは仮焼成時の形態と、仮焼成時の保持温度を変更し、圧電組成物試料を作製した。具体的に、比較例1では、仮焼成時の形態を「仮成形体」とし、保持温度を、1040℃とした。一方、比較例2では、仮焼き時の形態を「粉末」とし、保持温度を、800℃と低く設定した。
【0094】
上記以外の実験条件は、実施例1~7と同様として、比較例1および比較例2に係る圧電組成物試料を作製し、上述した評価を実施した。
【0095】
評価結果1
実験1の評価結果を表1に示す。
【0096】
【表1】
【0097】
表1に示すように、炭素の含有量が200重量ppmと少ない比較例1では、Qmが1000以上ではあるものの、ΔQmが45%と非常に高く、Qmの経時安定性が極めて悪い結果となった。一般的に、QmとΔQmとは相反する関係にあり、Qmが高くなると、ΔQmは値が大きくなり、安定性が悪化する傾向となる。すなわち、比較例1の評価結果に示すように、高いQmと良好なΔQmとを両立して満足することは困難である。
【0098】
また、炭素の含有量が720重量ppmと多い比較例2については、そもそも十分に分極することができず、QmおよびΔQmを測定することができなかった。比較例2で分極ができなかった理由は、仮焼成後、未反応のK成分が必要以上に残留したことで、圧電組成物中に多くの水分が吸着し、抵抗率が大幅に低下したためと考えられる。
【0099】
この比較例1および2の結果に対して、実施例1~7については、QmおよびΔQmともに合否基準を満足する結果が得られた。この結果から、炭素の含有量が、350重量ppm以上、700重量ppmの範囲内にある場合、高いQmと、良好な経時安定性とを、両立して満足できることが立証できた。
【0100】
(実験2)
実験2では、主成分の組成と添加する副成分の種類を変更して、実施例12~21に係る圧電組成物試料を作製した。具体的に、実施例12~15では、主成分の出発原料として、KHCOとNbの他に、炭酸水素ナトリウム(NaHCO)を準備し、得られる圧電組成物におけるKとNaの原子数割合(すなわち組成式におけるxおよびy)を、表2に示す値とした。なお、実施例12~15では、「x+y」は、いずれも1.000とした。
【0101】
また、実施例16~17では、Bサイトの総原子数に対するAサイトの総原子数の比率(すなわち組成式の「x+y」)を、表2に示す値として、圧電組成物試料を作製した。
【0102】
さらに、実施例18~21では、副成分の構成を実験1から変更した。実施例18では、副成分として、CuOを主成分100モル部に対して1.0モル部添加したうえで、さらに、酸化亜鉛(ZnO)を主成分100モル部に対して0.5モル部添加した。実施例19では、副成分として、CuOを主成分100モル部に対して1.0モル部添加したうえで、さらに、酸化ゲルマニウム(GeO2)を主成分100モル部に対して0.8モル部添加した。実施例20では、副成分として、CuOに代えて炭酸マンガン(MnCO3)を主成分100モル部に対して1.6モル部添加し、実施例21では、CuOに代えてCuを含む複合酸化物(K5.4Cu1.3Ta1029)を主成分100モル部に対して0.38モル部添加した。

【0103】
なお、実験2の各実施例において、仮焼成時の形態は「仮成形体(バルク状)」とし、仮焼成時の保持温度は、1000℃とした。また、実験2において、上記以外の実験条件は、実験1と同様にして、実施例12~21に係る圧電組成物試料を得た。
【0104】
さらに、実験2では、実験1で行った評価に加えて、圧電組成物試料の抵抗率ρの測定も実施した。抵抗率ρは、アドバンテスト製のデジタル超高抵抗/微小電流計(R8340)を用いて、圧電組成物試料に対して40Vの電圧を印加して測定した。抵抗率の合否基準は、1×1010Ω・cm以上とし、1×1011Ω・cm以上を良好、1×1012Ω・cm以上をさらに良好と判断する。実験2の評価結果を、表2に示す。
【0105】
【表2】
【0106】
表2に示すように、主成分の組成、もしくは、添加する副成分の種類を変えても、炭素含有量が変化することが分かった。また、実施例12~15を比較すると、Kの割合がNaよりも多くなると、Qmがより高くなるとともに、Qmの経時安定性がより向上する(ΔQmがより低くなる)ことが確認できた。
【0107】
また、実施例18~21を比較すると、Mnを添加した実施例20よりも、Cuを添加した他の実施例のほうが、Qmがより高く、ΔQmがより低いことがわかる。この結果から、添加する副成分としては、Cuを含む化合物が好ましく、特にCuOが好ましいことが分かった。
【0108】
(実験3)
実験3では、CV値の水準を振って、実施例31および実施例35に係る圧電組成物試料を作製した。実験3において、炭素の分散度合い(CV値)は、仮焼成時の保持温度、および、本焼成時の保持温度を制御することで調整した。具体的に、実施例31では、仮焼成時の保持温度を1000℃とし、本焼成時の保持温度を1050℃とした。一方、実施例35では、仮焼成時の保持温度を990℃とし、本焼成の保持温度を、1040℃とした。
【0109】
また、実験3において、得られた圧電組成物試料のCV値は、EPMAのマッピング分析により測定した。具体的に、測定間隔0.5μm×0.5μm、測定点数256×256の条件で、3視野分マッピング分析を行い、当該マッピング分析の結果からCV値(3視野分の平均値)を算出した。実施例31および実施例35のCV値を表3に示す。
【0110】
なお、実験3では、いずれの実施例でも、組成式K0.995NbOを満たすように出発原料の割合を調整し、副成分として1.0モル部のCuO、0.5モル部のZnOを添加した。上記以外の実験条件は、実験2と同様として、得られた圧電組成物試料のQm、ΔQmおよび抵抗率を測定した。評価結果を表3に示す。
【0111】
【表3】
【0112】
表3に示すように、実施例31よりも、CV値が小さい実施例35のほうが、Qmが高くなると共に、抵抗率が高くなった。この結果から、圧電組成物中において炭素が均一に分散するほど、Qmが高くなり、なおかつ、絶縁抵抗が良好となることが確認できた。
【符号の説明】
【0113】
5 … 圧電素子
1 … 圧電体部
4 … 主相粒子
6 … 粒界
8 … 異相
2,3 … 電極
50 … (積層型)圧電素子
10 … 積層体
11 … 圧電層
12 … 内部電極層
21,22 … 端子電極
図1
図2
図3