(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-09
(45)【発行日】2024-01-17
(54)【発明の名称】半導体デバイスの温度推定装置および温度推定方法
(51)【国際特許分類】
G01R 31/26 20200101AFI20240110BHJP
H02M 7/48 20070101ALI20240110BHJP
H02M 1/00 20070101ALI20240110BHJP
【FI】
G01R31/26 B
H02M7/48 Z
H02M1/00 B
(21)【出願番号】P 2020187098
(22)【出願日】2020-11-10
【審査請求日】2023-02-21
(31)【優先権主張番号】P 2020147241
(32)【優先日】2020-09-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006105
【氏名又は名称】株式会社明電舎
(74)【代理人】
【識別番号】100086232
【氏名又は名称】小林 博通
(74)【代理人】
【識別番号】100092613
【氏名又は名称】富岡 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100104938
【氏名又は名称】鵜澤 英久
(74)【代理人】
【識別番号】100210240
【氏名又は名称】太田 友幸
(72)【発明者】
【氏名】比嘉 隼
(72)【発明者】
【氏名】久保 肇
(72)【発明者】
【氏名】林 孝則
(72)【発明者】
【氏名】滝口 昌司
【審査官】田口 孝明
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-122107(JP,A)
【文献】特開2010-081713(JP,A)
【文献】国際公開第2002/084855(WO,A1)
【文献】特開2021-019435(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC G01R 31/26-31/27、
H02M 1/00-1/44、
7/42-7/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電力変換装置に用いられる半導体デバイスの温度推定装置であって、
動作中の電力変換装置から、半導体デバイスのオン電流とオン電圧を組としたデータを取得するデータ取得部と、
前記データ取得部で取得されたオン電流、オン電圧のデータを入力とし、前記半導体デバイスのオン電流-オン電圧-温度の関係から半導体デバイスの温度を推定する温度推定処理部
であって、複数のデバイス温度条件下におけるオン電流対オン電圧の関係と、複数のオン電流条件下におけるデバイス温度対オン電圧の関係をテーブル化した二次元テーブルを有し、半導体デバイスのオン電流とオン電圧の関係が温度によって依存しないクロスポイントを含む電流領域を不感帯に設定し、前記データ取得部で取得されたオン電流が前記不感帯の範囲内にあるか否かを判定し、不感帯の範囲内にないと判定された場合は、前記二次元テーブルを参照し、設定したオン電流に対応するオン電圧を全ての温度条件において求め、前記求められた全ての温度条件におけるオン電圧のうち、設定したオン電圧に対応するデバイス温度を、半導体デバイスの温度推定値として決定する
温度推定処理部と、
前記データ取得部で取得されたオン電流が、前記不感帯の領域内に入ると判定された場合に、半導体デバイスのワイヤボンディングの劣化による抵抗値を推定する抵抗推定部と、
前記抵抗推定部により推定された抵抗推定値を用いて、前記データ取得部で取得されたオン電圧を補正する電圧データ補正部と、
を備えたことを特徴とする半導体デバイスの温度推定装置。
【請求項2】
電力変換装置に用いられる半導体デバイスの温度推定装置であって、
動作中の電力変換装置から、半導体デバイスのオン電流とオン電圧を組としたデータを取得するデータ取得部と、
前記データ取得部で取得されたオン電流、オン電圧のデータを入力とし、前記半導体デバイスのオン電流-オン電圧-温度の関係から半導体デバイスの温度を推定する温度推定処理部であって、電流、電圧を入力として温度を出力する回帰モデルであり、複数のオン電流条件下におけるデバイス温度とオン電圧の関係を示すデータを、オン電流、オン電圧に対してデバイス温度が一意に決まる複数の電流領域に分割し、それら分割した複数の電流領域毎に、各電流領域内のオン電流、オン電圧、デバイス温度のデータを用いて、学習して作成した複数の回帰モデルを有し、前記データ取得部で取得されたオン電流が前記複数の電流領域のうちどの電流領域に入るかを判定し、判定された電流領域に属する全ての回帰モデルにオン電流、オン電圧を入力し、回帰モデルから出力される温度を半導体デバイスの温度推定値として決定する
温度推定処理部と、
半導体デバイスのオン電流とオン電圧の関係が温度によって依存しないクロスポイントを含む電流領域を不感帯に設定し、前記データ取得部で取得されたオン電流が、前記不感帯の領域内に入ると判定された場合に、半導体デバイスのワイヤボンディングの劣化による抵抗値を推定する抵抗推定部と、
前記抵抗推定部により推定された抵抗推定値を用いて、前記データ取得部で取得されたオン電圧を補正する電圧データ補正部
と、
を備えたことを特徴とする半導体デバイスの温度推定装置。
【請求項3】
電力変換装置に用いられる半導体デバイスの温度推定装置であって、
動作中の電力変換装置から、半導体デバイスのオン電流とオン電圧を組としたデータを取得するデータ取得部と、
前記データ取得部で取得されたオン電流、オン電圧のデータを入力とし、前記半導体デバイスのオン電流-オン電圧-温度の関係から半導体デバイスの温度を推定する温度推定処理部と、を備え、
前記温度推定処理部は、
電流、電圧を入力とし、温度を出力する回帰モデルであって、複数のオン電流条件下におけるデバイス温度とオン電圧の関係を示すデータを、オン電流、オン電圧に対してデバイス温度が一意に決まる複数の電流領域に分割し、それら分割した複数の電流領域毎に、各電流領域内のオン電流、オン電圧、デバイス温度のデータを用いて、学習して作成した複数の回帰モデルを有し、
前記データ取得部で取得されたオン電流が前記複数の電流領域のうちどの電流領域に入るかを判定し、判定された電流領域に属する全ての回帰モデルにオン電流、オン電圧を入力し、回帰モデルから出力される温度を半導体デバイスの温度推定値として決定することを
特徴とする半導体デバイスの温度推定装置。
【請求項4】
前記抵抗推定部は、
前記半導体デバイスのオン電流とオン電圧の関係が温度によって依存しないクロスポイントの電流値におけるオン電圧の変化量から抵抗値を計算し、前記計算した抵抗値の平均値を抵抗推定値とすることを特徴とする請求項
1又は2に記載の半導体デバイスの温度推定装置。
【請求項5】
前記抵抗推定部は、
前記半導体デバイスのオン電流とオン電圧の関係が温度によって依存しないクロスポイントの電流値におけるオン電圧の変化量から抵抗値を計算し、前記計算した抵抗値の中央値を抵抗推定値とすることを特徴とする請求項
1又は2に記載の半導体デバイスの温度推定装置。
【請求項6】
前記抵抗推定部は、
前記計算した抵抗値の中央値が正のときに抵抗推定値を更新することを特徴とする
請求項5に記載の半導体デバイスの温度推定装置。
【請求項7】
前記抵抗推定部は、
今回計算した抵抗値の中央値が前回計算した抵抗値の中央値よりも大きいときに抵抗推定値を更新することを特徴とする
請求項5に記載の半導体デバイスの温度推定装置。
【請求項8】
請求項
1から7のいずれか1項に記載の半導体デバイスの温度推定装置
によって、前記半導体デバイスの温度を推定することを特徴とする半導体デバイスの温度推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体デバイス(IGBTなどの半導体スイッチングデバイス)の電圧-電流を計測しデバイス温度を推定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、特許文献1、非特許文献1に記載のように、半導体デバイスの温度を、デバイスがオンしている間の電圧を計測して予め求めておいた電圧-温度特性から測定する技術があり、デバイスの過渡熱インピーダンス測定に用いられている。
【0003】
これらの先行技術では、定電流源で一定の電流を流しながらデバイスの電圧を測ることで温度を計測するため、電圧-温度特性テーブルも電流値を固定値とした一次元テーブルでよい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】JEDEC Standard No.51-14
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
電力変換装置、例えばインバータの動作中に交流電流を流しているときなど電流が変動する状況でもデバイス温度を計測し続けるためには、[電流、電圧]→温度の二次元テーブルが必要になる。
【0007】
電流-電圧-温度の特性をあらかじめ求めてテーブルを作成する際、電圧条件をコントロールして温度を計測するのは困難なので、一般に[電流、温度]の条件を振りながら電圧を計測する。[電流、温度]→電圧の関係を使って単純に[電流、電圧]データからデバイス温度を求めることはできない。
【0008】
本発明は、上記課題を解決するものであり、その目的は、インバータの動作中のように電流値が変動する場合でも、温度を推定することができる半導体デバイスの温度推定装置および方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための請求項1に記載の半導体デバイスの温度推定装置は、
電力変換装置に用いられる半導体デバイスの温度推定装置であって、
動作中の電力変換装置から、半導体デバイスのオン電流とオン電圧を組としたデータを取得するデータ取得部と、
前記データ取得部で取得されたオン電流、オン電圧のデータを入力とし、前記半導体デバイスのオン電流-オン電圧-温度の関係から半導体デバイスの温度を推定する温度推定処理部であって、複数のデバイス温度条件下におけるオン電流対オン電圧の関係と、複数のオン電流条件下におけるデバイス温度対オン電圧の関係をテーブル化した二次元テーブルを有し、半導体デバイスのオン電流とオン電圧の関係が温度によって依存しないクロスポイントを含む電流領域を不感帯に設定し、前記データ取得部で取得されたオン電流が前記不感帯の範囲内にあるか否かを判定し、不感帯の範囲内にないと判定された場合は、前記二次元テーブルを参照し、設定したオン電流に対応するオン電圧を全ての温度条件において求め、前記求められた全ての温度条件におけるオン電圧のうち、設定したオン電圧に対応するデバイス温度を、半導体デバイスの温度推定値として決定する温度推定処理部と、
前記データ取得部で取得されたオン電流が、前記不感帯の領域内に入ると判定された場合に、半導体デバイスのワイヤボンディングの劣化による抵抗値を推定する抵抗推定部と、
前記抵抗推定部により推定された抵抗推定値を用いて、前記データ取得部で取得されたオン電圧を補正する電圧データ補正部と、を備えたことを特徴とする。
【0010】
請求項2に記載の半導体デバイスの温度推定装置は、
電力変換装置に用いられる半導体デバイスの温度推定装置であって、
動作中の電力変換装置から、半導体デバイスのオン電流とオン電圧を組としたデータを取得するデータ取得部と、
前記データ取得部で取得されたオン電流、オン電圧のデータを入力とし、前記半導体デバイスのオン電流-オン電圧-温度の関係から半導体デバイスの温度を推定する温度推定処理部であって、電流、電圧を入力として温度を出力する回帰モデルであり、複数のオン電流条件下におけるデバイス温度とオン電圧の関係を示すデータを、オン電流、オン電圧に対してデバイス温度が一意に決まる複数の電流領域に分割し、それら分割した複数の電流領域毎に、各電流領域内のオン電流、オン電圧、デバイス温度のデータを用いて、学習して作成した複数の回帰モデルを有し、前記データ取得部で取得されたオン電流が前記複数の電流領域のうちどの電流領域に入るかを判定し、判定された電流領域に属する全ての回帰モデルにオン電流、オン電圧を入力し、回帰モデルから出力される温度を半導体デバイスの温度推定値として決定する温度推定処理部と、
半導体デバイスのオン電流とオン電圧の関係が温度によって依存しないクロスポイントを含む電流領域を不感帯に設定し、前記データ取得部で取得されたオン電流が、前記不感帯の領域内に入ると判定された場合に、半導体デバイスのワイヤボンディングの劣化による抵抗値を推定する抵抗推定部と、
前記抵抗推定部により推定された抵抗推定値を用いて、前記データ取得部で取得されたオン電圧を補正する電圧データ補正部と、
を備えたことを特徴とする。
【0011】
請求項3に記載の半導体デバイスの温度推定装置は、
電力変換装置に用いられる半導体デバイスの温度推定装置であって、
動作中の電力変換装置から、半導体デバイスのオン電流とオン電圧を組としたデータを取得するデータ取得部と、
前記データ取得部で取得されたオン電流、オン電圧のデータを入力とし、前記半導体デバイスのオン電流-オン電圧-温度の関係から半導体デバイスの温度を推定する温度推定処理部と、を備え、
前記温度推定処理部は、
電流、電圧を入力とし、温度を出力する回帰モデルであって、複数のオン電流条件下におけるデバイス温度とオン電圧の関係を示すデータを、オン電流、オン電圧に対してデバイス温度が一意に決まる複数の電流領域に分割し、それら分割した複数の電流領域毎に、各電流領域内のオン電流、オン電圧、デバイス温度のデータを用いて、学習して作成した複数の回帰モデルを有し、
前記データ取得部で取得されたオン電流が前記複数の電流領域のうちどの電流領域に入るかを判定し、判定された電流領域に属する全ての回帰モデルにオン電流、オン電圧を入力し、回帰モデルから出力される温度を半導体デバイスの温度推定値として決定することを特徴としている。
【0013】
請求項4に記載の半導体デバイスの温度推定装置は、請求項1又は2において、
前記抵抗推定部は、
前記半導体デバイスのオン電流とオン電圧の関係が温度によって依存しないクロスポイントの電流値におけるオン電圧の変化量から抵抗値を計算し、前記計算した抵抗値の平均値を抵抗推定値とすることを特徴としている。
【0014】
請求項5に記載の半導体デバイスの温度推定装置は、請求項1又は2において、
前記抵抗推定部は、
前記半導体デバイスのオン電流とオン電圧の関係が温度によって依存しないクロスポイントの電流値におけるオン電圧の変化量から抵抗値を計算し、前記計算した抵抗値の中央値を抵抗推定値とすることを特徴としている。
【0015】
請求項6に記載の半導体デバイスの温度推定装置は、請求項5において、
前記抵抗推定部は、
前記計算した抵抗値の中央値が正のときに抵抗推定値を更新することを特徴としている。
【0016】
請求項7に記載の半導体デバイスの温度推定装置は、請求項5において、
前記抵抗推定部は、
今回計算した抵抗値の中央値が前回計算した抵抗値の中央値よりも大きいときに抵抗推定値を更新することを特徴としている。
【0017】
請求項8に記載の半導体デバイスの温度推定方法は、
請求項1から7のいずれか1項に記載の半導体デバイスの温度推定装置によって、前記半導体デバイスの温度を推定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
(1)請求項1~8に記載の発明によれば、動作中の電力変換装置(例えばインバータ)のように、交流電流を流しているなど、電流値が変動する場合でも半導体デバイスの温度を推定することができる。
(2)請求項1、2、4~7に記載の発明によれば、半導体デバイスのワイヤボンディングの劣化による抵抗値を推定する抵抗推定部と、推定した抵抗推定値を用いてオン電圧を補正する電圧データ補正部を設けたので、半導体デバイスの温度推定精度が向上し、これによって、半導体デバイスの劣化原因であるチップの温度変化量を正確に推定でき、半導体デバイスの劣化推定精度が向上する。
(3)請求項4に記載の発明によれば、測定データの外れ値が小さい装置に対して高精度にデバイス温度を推定することができる。
(4)請求項5に記載の発明によれば、測定データの外れ値が大きい装置に対して高精度にデバイス温度を推定することができる。
(5)請求項6に記載の発明によれば、データ取得の頻度が少ない装置および測定データの外れ値が大きい装置に対して、高精度にデバイス温度を推定することができる。
(6)請求項7に記載の発明によれば、データ取得の頻度が多い装置および測定データの外れ値が大きい装置に対して、高精度にデバイス温度を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の実施例1による温度推定装置が行う処理を表し、(a)は全体のフローチャート、(b)はテーブル読み出し処理および温度推定処理のフローチャート。
【
図2】本発明の実施例1による二次元テーブルのオン電流対オン電圧の関係を示すグラフ。
【
図3】本発明の実施例1による二次元テーブルのデバイス温度対オン電圧の関係を示すグラフ。
【
図4】本発明の実施例1のテーブル読み出し処理において、オン電流値が不感帯よりも大きい場合のオン電流対オン電圧の曲線を示すグラフ。
【
図5】
図4中で設定したオン電流に対応するオン電圧からデバイス温度を求める処理を表す説明図。
【
図6】本発明の実施例1のテーブル読み出し処理において、オン電流値が不感帯よりも小さい場合のオン電流対オン電圧の曲線を示すグラフ。
【
図7】
図6中で設定したオン電流に対応するオン電圧からデバイス温度を求める処理を表す説明図。
【
図8】本発明の実施例2による温度推定処理における分割した電流領域の説明図。
【
図9】本発明の実施例2による温度推定装置が行う処理を表すフローチャート。
【
図10】本発明のデータ取得部で得られたオン電流、オン電圧の一例を示す説明図。
【
図11】本発明の実施例における、オン電流対オン電圧の特性曲線に
図10のオン電流、オン電圧のデータを重ねた説明図。
【
図12】本発明により読み出されたデバイス温度推定値の説明図。
【
図13】本発明の実施例3による温度推定装置が行う処理のフローチャート。
【
図14】本発明の実施例3における抵抗推定部が行う処理のフローチャート。
【
図15】本発明の実施例4における抵抗推定部が行う処理のフローチャート。
【
図16】本発明の実施例5における抵抗推定部が行う処理のフローチャート。
【
図17】本発明の実施例6における抵抗推定部が行う処理のフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明するが、本発明は下記の実施形態例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0021】
図1は実施例1の温度推定装置が行う処理を表し、(a)は全体のフローチャート、(b)は温度推定処理部が行うテーブル読み出し処理および温度推定処理のフローチャートである。
【0022】
まずステップS1において、データ取得部が、動作中の電力変換装置、例えばインバータから半導体デバイスの[オン電流、オン電圧]データ([Ic,Vce]データ)を取得する。
【0023】
次にステップS2において、半導体デバイスのオン電流とオン電圧の関係が温度によって依存しないクロスポイント(CP)(各温度条件におけるオン電流Ic-オン電圧Vce曲線が交差するポイント)の、クロスポイント電流値Ic_cpよりもあらかじめ設定した不感帯Ic_dead以上離れているか否かを判定する。
【0024】
クロスポイント電流付近は電圧が温度に依存しない、または温度依存性が低く温度推定の精度を出せないので、クロスポイント電流前後に不感帯を設けて電流がその範囲にあるときは温度を推定しない。
【0025】
オン電流Icの値がクロスポイント電流値Ic_cpよりIc_dead以上離れていなければ(ステップS2の判定結果がnoのとき)デバイス温度Tjが推定不可として終了し、離れていれば(ステップS2の判定結果がyesのとき)ステップS3の二次元テーブル読み出しに入る。
【0026】
ステップS3は本発明の温度推定処理部の処理を示し、
図1(b)の二次元テーブル読み出し処理(S31)および温度推定処理(S32)を含んでいる。ステップS3の実行により[オン電流Ic、オン電圧Vce]からデバイス温度Tjを算出して終了する。
【0027】
実施例1におけるデータ取得部は、ステップS1において、例えば次のような手法で動作中の電力変換装置、例えばインバータから半導体デバイスの[オン電流、オン電圧]データ([Ic、Vce])を取得する。
【0028】
すなわち、電圧指令およびキャリア信号を基に生成されたゲート指令信号によって制御される半導体デバイスを、直流電圧源の正、負極端間に三相ブリッジ接続したインバータにおいて、前記キャリア信号の上頂点および下頂点に同期してデバイスの電流検出データおよび電圧検出データを同時にサンプリングし、オン電流およびオン電圧を組としたデータをデータ蓄積部に蓄積する手法である。
【0029】
実施例1における温度推定処理部は、複数のデバイス温度条件下におけるオン電流対オン電圧の関係と、複数のオン電流条件下におけるデバイス温度対オン電圧の関係をテーブル化した二次元テーブルを有している。
【0030】
この二次元テーブルのデータは、電流と温度の条件を振って電圧を計測することで得るものであり、
図2は各温度条件におけるIc-Vceの関係をプロットした図であり、
図3は各電流条件におけるTj-Vceの関係をプロットした図である。
【0031】
図2において、T10、T20、T30、T40、T50、T60、T70、T80、T90、T100、T110、T120は、温度条件が10℃、20℃、30℃、40℃、50℃、60℃、70℃、80℃、90℃、100℃、110℃、120℃であるときのIc-Vce曲線を各々示している。
【0032】
前記各Ic-Vce曲線が交差するポイントがクロスポイント(CP)であり、「+」印は設定したテスト電流、テスト電圧([Ic_test,Vce_test])である(
図6で詳述する)。
【0033】
尚、後述の
図4、
図6、
図11においても同様にT10~T120を用いて表記している。
【0034】
図3においてIc0.5、Ic1.0、Ic1.5、Ic2.0、Ic2.5、Ic3.0、Ic3.5、Ic4.0、Ic5.0、Ic6.0、Ic8.0、IC10、Ic15、Ic20、Ic30、Ic40、Ic50、Ic60、Ic70、Ic80、Ic90、Ic100は、電流条件が0.5A、1.0A、1.5A、2.0A、2.5A、3.0A、3.5A、4.0A、5.0A、6.0A、8.0A、10A、15A、20A、30A、40A、50A、60A、70A、80A、90A、100AであるときのTj-Vce曲線を各々示している。
【0035】
尚、後述の
図8においても同様にIc0.5~Ic100を用いて表記している。
【0036】
次に、
図2、
図3の二次元テーブルを利用した
図1(b)のステップS31(二次元テーブル読み出し処理)およびステップS32(温度推定処理)の動作を
図4~
図7とともに説明する。
【0037】
図4、
図5は、Ic>Ic_cp+Ic_deadの場合である。
図4に「+」印でプロットした、設定したテスト電流、テスト電圧[Ic_test,Vce_test](この例では[75A,2.1V])のデータが得られている。まず、
図4に示すようにすべての温度条件のIc-Vce曲線(T10~T120)からIc=Ic_testのときのVceを求める。これによって
図5に示すようにIc=Ic_testにおけるTj-Vce曲線が求まる。この曲線とVce=Vce_testの交点が求めるデバイス温度Tjとなる。この例ではTj=14.7℃とTj=78.5℃の2点求まっているが、例えばケース温度を測っておいてケース温度より高い方を選択する、前後のデータとの乖離を見て近い方を選択するといった方法で1つに絞ることもできる。
【0038】
図6、
図7はIc<Ic_cp-Ic_deadの場合である。
図6に「+」印でプロットした、設定したテスト電流、テスト電圧[Ic_test,Vce_test]のデータが得られている。まず、
図6に示すようにすべての温度条件のIc-Vce曲線(T10~T120)からIc=Ic_testのときのVceを求める。これによって
図7に示すようにIc=Ic_testにおけるTj-Vce曲線が求まる。この曲線とVce=Vce_testの交点が求めるデバイス温度Tjとなる。この例ではTj-Vceが単調減少の関係になっているのでTjが一意に求まる。
【実施例2】
【0039】
[電流、電圧]→温度の関係が一意に決まる場合は[電流、電圧]を入力として温度を出力とする回帰モデルを[電流、電圧、温度]のデータから学習させて作ることができる。
【0040】
温度=f([電流、電圧])
回帰モデルは2入力1出力の重回帰であれば何でも良い。
【0041】
しかし、
図3の[電流、電圧、温度]データを見るとクロスポイントの20Aより上の電流では電圧に対して温度が一意に決まらない。例えば曲線Ic70に示す[電流、電圧]=[70A、2.0V]の場合、温度は20℃か70℃となる。
【0042】
そこで、
図8に示すようにデータを[電流、電圧]→温度の関係が一意に決まる領域に分ける。この例では3つの領域、領域1-1、領域3-1、領域3-2に分割される。領域ごとに[電流、電圧]から温度を推定する回帰モデルを領域内の[電流、電圧、温度]データを使って学習させる。この例では領域が3つあるのでf1-1,f3-1,f3-2の3つの回帰モデルができる。電流の領域では不感帯より小さい電流の電流領域1(領域1-1を含む)と不感帯の電流領域2と不感帯より大きい電流の電流領域3(領域3-1と領域3-2を含む)の電流領域に分割される。
【0043】
図9に[電流、電圧]データから温度を推定する手順を示す。まずステップS11では、
図1のステップS1と同様の方法を使って、動作中のインバータから半導体デバイスの[オン電流、オン電圧]データ([Ic、Vce]データ)を取得する。
【0044】
次にステップS12において、電流データがどの電流領域に入るかを判定する。
【0045】
次にステップS13-1~S13-nにおいて、前記判定した電流領域に属する全ての回帰モデル(
図9ではn個)に[電流、電圧]を入力し、温度推定値を出力する。
【0046】
図8に示した例では電流領域1では1つ、電流領域2(不感帯)では0、電流領域3では2つの温度推定値が出力される。複数の温度推定値に関しては実施例1と同様に、例えばケース温度を測っておいてケース温度より高い方を選択する、前後のデータとの乖離を見て近い方を選択するといった方法で1つに絞ることもできる。
【0047】
ここで、三相インバータを動作させたときのU相上側IGBTデバイスのデータで効果を確認する。
図10はデータ取得部で得られた[Ic,Vce]データを時系列でプロットしたものである。交流電流を流しているので、U相の上側IGBTが導通するのはU相電流極性が正の区間のみとなり、その区間だけデータが得られる。
【0048】
図11は電流-電圧-温度のテーブルの各温度条件におけるIc-Vce曲線をプロットした上に
図10の[Ic,Vce]データをプロットしたものである。20A付近は[Ic,Vce]の関係が温度に依存しないので温度推定できない不感帯となる。不感帯は灰色で示している。データから本発明の方法で温度を読みだした結果が
図12となる。デバイスが導通している区間は不感帯を除いて温度を推定できている。クロスポイントより大きな電流ではTj1、Tj2と2つの温度が読み出されるが、前後の連続性やケース温度からTj1を選択することができる。
【0049】
このように本発明の方法を用いることで、インバータで交流を流した時のように電流値が変動する場合でも電流-電圧-温度のテーブルからデバイス温度を読み出すことができる。
【実施例3】
【0050】
電力変換装置において、半導体デバイス内のワイヤボンディングが劣化し、モジュール内の抵抗値が変化するため、同じ温度、電流条件であっても、オン電圧が変化する。したがって、測定データの[電流、電圧]の関係と、実施例1のテーブルデータ、もしくは実施例2の回帰モデルの温度=f(電流、電圧)の関係が一致せず、正確に半導体デバイスの温度を推定できない課題がある。
【0051】
そこで、本実施例3では、半導体デバイスのワイヤボンディングの劣化による抵抗値を推定する抵抗推定部と、推定した抵抗推定値を用いてオン電圧を補正する電圧データ補正部を設けることによって、半導体デバイスの温度推定精度を向上させた。
【0052】
図13に、実施例3による温度推定装置が行う処理のフローチャートを示す。
図13において、
図1と同一部分は同一符号をもって示している。ステップS1とS2の間では、電圧データ補正部が、抵抗推定部により推定された抵抗推定値および測定したオン電流から、ステップS1で取得された電圧データ(オン電圧)を補正するステップS4を実行する。
【0053】
ステップS2において、オン電流Icが前記不感帯の領域内に入ると判定された(ステップS2の判定結果がNoの)場合、抵抗推定部が、半導体デバイスのワイヤボンディングの劣化による抵抗値増加分を推定するステップS5を実行する。
【0054】
ステップS1、S2、S3は実施例1(
図1)と同一の処理を実行する。
【0055】
本実施例3におけるステップS5の抵抗値推定処理は
図14のフローチャートに沿って実行される。
図14のステップS51において、半導体デバイスのオン電流が、クロスポイント電流値Ic_cp(オン電圧Vceが温度に依存しない電流)付近か否かを判定する。
【0056】
ステップS51の判定結果がYesの場合、ステップS52において、半導体デバイスのワイヤボンディングの劣化による抵抗値を後述の式(4)によって計算する。
【0057】
次にステップS53aにおいて、前記計算された抵抗値の平均値を算出し(平均化する測定点数は任意)、それを今回の抵抗値Rw_add_filとする。
【0058】
次にステップS54において、前回計算した抵抗値Rw_add_estを今回の抵抗値Rw_add_filに更新し、それを抵抗推定値とした後、処理を終了する。またステップS51の判定結果がNoの場合も処理を終了する。
【0059】
前記ワイヤボンディングの劣化とは、半導体チップの温度変化によって熱膨張率が異なるチップとワイヤボンディングの接合部に熱応力が発生し、ワイヤボンディングがチップから剥離することを指す。したがって、ワイヤボンディングの劣化は抵抗値の増加と等価であり、測定した電圧Vceは事前に取得したテーブルデータVcenとワイヤボンディングの劣化により増加した抵抗値Rw_addから下記式(1)により計算できる。
【0060】
Vce=Vcen(Tj,Ic)+Rw_addIc…(1)
なお、テーブルデータVcen(Tj,Ic)は電流と温度の条件を振って電圧を計測することで得られ、テーブルデータ取得時のワイヤボンディングの抵抗値を含んでいる。実施例1では、テーブルデータから導出した温度=f(電流,電圧)の関係と測定した(電流,電圧)を比較することでデバイス温度を推定している。
【0061】
しかし、インバータ駆動によってワイヤボンディングが劣化した場合、温度=f(電流,電圧)の関係と測定した(電流,電圧)の関係が一致しないため、半導体デバイスの温度推定に誤差が発生する。
【0062】
そこで実施例3では、ワイヤボンディングの劣化により増加した抵抗値を
図14の処理により推定し、その推定値を用いて、
図13のステップS4で、測定したオン電圧を補正している。
【0063】
抵抗値の推定は、ステップS51の判定結果がYesとなる、温度によってオン電圧が変化しないクロスポイント電流値Ic_cpで行う。クロスポイント電流値におけるワイヤボンディングの劣化前後のオン電圧は下記式(2)、式(3)で示される。
【0064】
Vce_en=Vcen(Ic_cp)+Rw_addIc_cp…(2)
Vce_in=Vcen(Ic_cp)…(3)
Vce_inはワイヤボンディング劣化前、Vce_enはワイヤボンディング劣化後のオン電圧である。なお、クロスポイント電流値Ic_cpはテーブルデータもしくは実駆動の開始直後に測定したデータから導出してもよい。
【0065】
式(2)および式(3)を、劣化によって増加した抵抗値Rw_addについて解くと、次の式(4)が得られる。
【0066】
Rw_add=(Vce_en-Vce_in)/Ic_cp…(4)
従って、式(4)から、クロスポイント電流値におけるオン電圧の変化量(Vce_en-Vce_in)に基づいて、ワイヤボンディングの劣化により増加した抵抗値を推定できる。
【0067】
実施例3では、
図14のフローチャートのように、式(4)から計算した抵抗の平均値を推定値とすることで、測定時に発生した電圧、電流の測定誤差による抵抗値の推定誤差を小さくすることができる。
【0068】
実施例3によれば、ワイヤボンディングの劣化による温度推定の誤差を低減することができ、また、測定データの外れ値が小さい装置に対して高精度にデバイス温度を推定することができる。
【0069】
尚、実施例3(以下の実施例4~6も同様)の抵抗推定部および電圧データ補正部の処理を
図9の実施例2に適用する場合は、ステップS11とS12との間で
図13のステップS4のオン電圧補正処理を実行し、電流データが電流領域2(すなわち
図8に示す不感帯領域)に入ると判定されたときに、その電流領域2に属する全ての回帰モデルに電流、電圧データを入力するステップS13-2の直前に、
図13のステップS5の抵抗値推定処理を実行するものである。
【実施例4】
【0070】
本実施例4では、抵抗の推定値を、実施例3の平均値ではなく中央値を用いるように構成した。
図15は、実施例4における、抵抗推定部が行う抵抗値推定処理のフローチャートであり、
図14と異なる点は、ステップS53aの抵抗値の平均値算出処理に代えてステップS53bの抵抗値の中央値算出処理を行う点にあり、その他の部分は
図14と同一の処理を行う。
【0071】
実施例4によれば、ワイヤボンディングの劣化による温度推定の誤差を低減することができ、また、抵抗の中央値を用いて抵抗推定値を推定しているので、測定データの外れ値による誤差への影響が軽減され、測定データの外れ値が大きい装置に対して高精度にデバイス温度を推定することができる。
【実施例5】
【0072】
本実施例5では、抵抗推定値用に算出した抵抗の中央値が、ゼロより小さい条件では前回算出した中央値を抵抗推定値とするように構成した。
【0073】
図16は実施例5における抵抗推定部が行う抵抗値推定処理のフローチャートであり、
図15と異なる点は、ステップS53bで抵抗値の中央値を算出した後、ステップS55において、算出した抵抗中央値がゼロよりも大きいか否かを判定し、ゼロよりも大きい場合(正の場合)にステップS54で抵抗推定値を更新し、ゼロよりも大きくない場合は抵抗推定値の更新は行わない点にあり、その他の部分は
図15と同一の処理を行う。
【0074】
実施例5によれば、ワイヤボンディングの劣化による温度推定の誤差を低減することができ、また、データ取得の頻度が少ない装置および測定データの外れ値が大きい装置に対して高精度にデバイス温度を推定することができる。
【実施例6】
【0075】
本実施例6では、抵抗推定値用に算出した抵抗の中央値の今回値が前回値よりも大きいときに、その今回値を抵抗推定値とするように構成した。
【0076】
図17は実施例6における抵抗推定部が行う抵抗値推定処理のフローチャートであり、
図16と異なる点は、ステップS55に代えて、算出した抵抗中央値の今回値Rw_add_filが前回値Rw_add_estよりも大きいか否かをステップS56で判定し、Rw_add_fil>Rw_add_estの場合はステップS54で抵抗推定値を更新し、Rw_add_fil>Rw_add_estではない場合は抵抗推定値の更新は行わない点にあり、その他の部分は
図16と同一の処理を行う。
【0077】
実施例6によれば、ワイヤボンディングの劣化による温度推定の誤差を低減することができ、また、データ取得の頻度が多い装置および測定データの外れ値が大きい装置に対して高精度にデバイス温度を推定することができる。
【符号の説明】
【0078】
T10~T120…Ic-Vce曲線
Ic0.5~Ic100…Tj-Vce曲線