(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-09
(45)【発行日】2024-01-17
(54)【発明の名称】クロマトグラフ質量分析データ処理方法、クロマトグラフ質量分析装置、及びクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20240110BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20240110BHJP
G01N 30/86 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
G01N27/62 Y
G01N30/72 Z
G01N30/86 D
(21)【出願番号】P 2022527286
(86)(22)【出願日】2020-05-25
(86)【国際出願番号】 JP2020020569
(87)【国際公開番号】W WO2021240609
(87)【国際公開日】2021-12-02
【審査請求日】2022-09-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松尾 桐子
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】再公表特許第2017/158770(JP,A1)
【文献】特開2013-234859(JP,A)
【文献】特表2009-539092(JP,A)
【文献】再公表特許第2019/012589(JP,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0224406(US,A1)
【文献】国際公開第2019/186322(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60-G01N 21/70
G01N 30/00-G01N 30/96
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
MS
n
分析(nは2以上の整数)が可能である質量分析部を含み、試料中の成分をクロマトグラフで時間的に分離し、その分離後の試料を繰り返し質量分析する測定部、により収集されたデータを処理するクロマトグラフ質量分析データ処理方法であって、
前記測定部により収集されたデータに基いてクロマトグラムを作成し、表示部の画面上に表示するクロマトグラム表示処理ステップと、
表示されたクロマトグラム上でのユーザの操作に応じて保持時間を指定する時間指定ステップと、
前記測定部により収集されたデータに基いて、指定された保持時間に対応する
MSスペクトル、及び、該MSスペクトルに現れているピークの質量電荷比を持つイオン、又は該質量電荷比が属する質量電荷比範囲に含まれるイオンをプリカーサイオンとした、前記指定された保持時間に対応するMS
n
分析結果であるMS
n
スペクトルを作成し、
前記MSスペクトル及び前記MS
n
スペクトルを前記クロマトグラムと同じ画面上に表示するスペクトル表示処理ステップと、
を有し、
前記時間指定ステップでは、前記クロマトグラム上に表示されたポインタを移動させる操作を行うことで保持時間を指定し、
前記スペクトル表示処理ステップでは、前記ポインタが移動されるに伴い、その移動中の各保持時間に対応してマススペクトルの表示を更新するクロマトグラフ質量分析データ処理方法。
【請求項2】
前記クロマトグラムは特定の質量電荷比におけるクロマトグラムである、請求項1に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理方法。
【請求項3】
前記スペクトル表示処理ステップでは、前記ポインタが移動されるに伴い、その移動中の各保持時間に対応してMSスペクトル及びMS
nスペクトルの表示を共に更新する、請求項1に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理方法。
【請求項4】
前記時間指定ステップでは、表示されたクロマトグラム上でのユーザに操作に応じて保持時間の範囲の指定を可能とし、
前記測定部により収集されたデータに基いて、指定された保持時間範囲に対応する複数のマススペクトルについて平均化を行って平均スペクトルを取得するスペクトル演算ステップ、をさらに有する、請求項1に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理方法。
【請求項5】
前記時間指定ステップでは、複数の保持時間範囲の指定を可能とし、
前記スペクトル演算ステップでは、指定された複数の保持時間範囲においてそれぞれ平均化により得られた複数の平均スペクトルの間での減算を行う、請求項4に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理方法。
【請求項6】
前記測定部により収集されたデータは、前記質量分析部においてデータ依存型解析によって得られたものである、請求項1に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理方法。
【請求項7】
前記測定部により収集されたデータは、前記質量分析部においてデータ非依存型解析によって得られたものである、請求項1に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理方法。
【請求項8】
MS
n
分析(nは2以上の整数)が可能である質量分析部を含み、試料中の成分をクロマトグラフで時間的に分離し、その分離後の試料を繰り返し質量分析する測定部と、
前記測定部により収集されたデータに基いてクロマトグラムを作成し、表示画面上に表示するクロマトグラム表示処理部と、
表示されたクロマトグラム上でのユーザの操作に応じて保持時間を指定する時間指定部と、
前記測定部により収集されたデータに基いて、指定された保持時間に対応する
MSスペクトル、及び、該MSスペクトルに現れているピークの質量電荷比を持つイオン、又は該質量電荷比が属する質量電荷比範囲に含まれるイオンをプリカーサイオンとした、前記指定された保持時間に対応するMS
n
分析結果であるMS
n
スペクトルを作成し、
前記MSスペクトル及び前記MS
n
スペクトルを前記クロマトグラムと同じ画面上に表示するスペクトル表示処理部と、
を備え、
前記時間指定部は、前記クロマトグラム上に表示されたポインタを移動させる操作をユーザに行わせることで保持時間を指定し、
前記スペクトル表示処理部は、前記ポインタが移動されるに伴い、その移動中の各保持時間に対応してマススペクトルの表示を更新するクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項9】
前記クロマトグラムは特定の質量電荷比におけるクロマトグラムである、請求項8に記載のクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項10】
前記スペクトル表示処理部は、前記ポインタが移動されるに伴い、その移動中の各保持時間に対応してMSスペクトル及びMS
nスペクトルの表示を共に更新する、請求項8に記載のクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項11】
前記時間指定部は、表示されたクロマトグラム上でのユーザに操作に応じて保持時間の範囲の指定が可能であり、
前記測定部により収集されたデータに基いて、指定された保持時間範囲に対応する複数のマススペクトルについて平均化を行って平均スペクトルを取得するスペクトル演算部、をさらに備える、請求項8に記載のクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項12】
前記時間指定部は、複数の保持時間範囲の指定を可能とし、
前記スペクトル演算部は、指定された複数の保持時間範囲においてそれぞれ平均化により得られた複数の平均スペクトルの間での減算を行う、請求項11に記載のクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項13】
前記質量分析部はデータ依存型解析を行うものであり、前記測定部により収集されたデータは、前記質量分析部においてデータ依存型解析によって得られたものである、請求項8に記載のクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項14】
前記質量分析部はデータ非依存型解析を行うものであり、前記測定部により収集されたデータは、前記質量分析部においてデータ非依存型解析によって得られたものである、請求項8に記載のクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項15】
MS
n
分析(nは2以上の整数)が可能である質量分析部を含み、試料中の成分をクロマトグラフで時間的に分離し、その分離後の試料を繰り返し質量分析する測定部、により収集されたデータをコンピュータを用いて処理するクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラムであって、コンピュータを、
前記測定部により収集されたデータに基いてクロマトグラムを作成し、表示画面上に表示するクロマトグラム表示処理機能部と、
表示されたクロマトグラム上でのユーザの操作に応じて保持時間を指定する時間指定機能部と、
前記測定部により収集されたデータに基いて、指定された保持時間に対応する
MSスペクトル、及び、該MSスペクトルに現れているピークの質量電荷比を持つイオン、又は該質量電荷比が属する質量電荷比範囲に含まれるイオンをプリカーサイオンとした、前記指定された保持時間に対応するMS
n
分析結果であるMS
n
スペクトルを作成し、
前記MSスペクトル及び前記MS
n
スペクトルを前記クロマトグラムと同じ画面上に表示するスペクトル表示処理機能部と、
して動作させ、
前記時間指定機能部では、前記クロマトグラム上に表示されたポインタを移動させる操作を行うことで保持時間を指定し、
前記スペクトル表示処理機能部では、前記ポインタが移動されるに伴い、その移動中の各保持時間に対応してマススペクトルの表示を更新するクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフ質量分析装置やガスクロマトグラフ質量分析装置などのクロマトグラフ質量分析装置、クロマトグラフ質量分析により得られたデータを処理する方法、及びそのためのコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
試料に含まれる複数の成分(化合物)の定性や定量のために、液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)やガスクロマトグラフ質量分析装置(GC-MS)が広く利用されている。これら装置では、前段のクロマトグラフにより時間的に分離された様々な成分を含む試料に対し、後段の質量分析部で質量分析を繰り返し行い、例えば、所定の質量電荷比(m/z)範囲に亘るマススペクトルをそれぞれ取得することができる。また、その質量分析の結果に基いて、全ての成分の含有量の時間経過を示すトータルイオンクロマトグラムや特定の質量電荷比を持つイオンの信号強度の時間経過を示す抽出イオンクロマトグラム(慣用的にマスクロマトグラムともいう)を作成することができる。
【0003】
そのため、上記装置により得られた分析結果をユーザが解析したり解析結果を確認したりする際には、クロマトグラムやマススペクトルを適宜、表示画面上に表示して目的とする箇所(時間や質量電荷比など)付近の波形を子細に観察したり複数の波形形状の比較を行ったりする作業が必要である。こうした作業を効率的に行うことを目的とした表示を行う装置として、特許文献1に記載の装置がある。この装置では、画面上に表示されたトータルイオンクロマトグラム上でユーザが任意の保持時間をクリック操作等により指定すると、その保持時間におけるマススペクトルが表示されるようになっている。これにより、ユーザは、簡単な操作によって、クロマトピークとこれに対応するマススペクトルとを容易に把握することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2014-219317号公報
【文献】国際公開第2019/012589号
【文献】米国特許第8809770号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、食品中の残留農薬検査や環境水中の汚染物質検査など、多検体多成分の定性・定量分析が必要な分野において、タンデム型質量分析装置を検出器としたLC-MSやGC-MSの利用が進んでいる。特に後段の質量分離器として飛行時間型質量分離器を用いた四重極-飛行時間型質量分析装置(Q-TOF型質量分析装置)は、一般的なトリプル四重極型質量分析装置に比べて、高い質量精度及び質量分解能の測定が可能であることから、複雑な試料中の成分の同定や定量に威力を発揮している。
【0006】
こうしたLC-MSやGC-MSでは、データ依存型解析(DDA:Data Dependent Analysis、又は、Data Dependent Acquisition)、データ非依存型解析(DIA:Data Independent Analysis、又は、Data Independent Acquisition)などの様々な分析手法が採用されている(特許文献2、3等参照)。
【0007】
DDAは、まず通常の質量分析(MS分析)によりマススペクトル(MSスペクトル)を取得し、そのMSスペクトルにおいて観測されるピークの強度等に基いて選択した特定の質量電荷比を持つイオンをプリカーサイオンとしてMS/MS分析を行い、多様なプロダクトイオンが観測されるMS/MSスペクトルを取得する手法である。DDAでは、MSスペクトルにおいて適当な条件を満たすピークが存在しない場合にはMS/MS分析が実行されない。一方、DIAは、測定対象とする質量電荷比範囲を複数に分割してそれぞれに質量窓を設定し、各質量窓に含まれる質量電荷比を有するイオンを一括してプリカーサイオンとして、それらプリカーサイオンから生成されるプロダクトイオンを網羅的にスキャン測定して質量窓毎にMS/MSスペクトルを得る手法である。
【0008】
このようにタンデム型質量分析装置を検出器としたLC-MSやGC-MSでは、使用される分析手法によって取得されるMSスペクトルとMS/MSスペクトルとの関係が複雑であり、ユーザがその関係を把握するには面倒で煩雑な操作が必要であった。
【0009】
本発明はこうした課題に鑑みて成されたものであり、決められた設定や条件に従って自動的にMS/MS分析が実行されるクロマトグラフ質量分析装置において、取得されたMSスペクトルとMSnスペクトルとの関係をユーザが容易に把握することができるようにすることをその主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するためになされた本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理方法の一態様は、MSn分析(nは2以上の整数)が可能である質量分析部を含み、試料中の成分をクロマトグラフで時間的に分離し、その分離後の試料を繰り返し質量分析する測定部、により収集されたデータを処理するクロマトグラフ質量分析データ処理方法であって、
前記測定部により収集されたデータに基いて、特定の質量電荷比におけるクロマトグラムを作成し、表示部の画面上に表示するクロマトグラム表示処理ステップと、
表示されたクロマトグラム上でのユーザの操作に応じて保持時間を指定する時間指定ステップと、
前記測定部により収集されたデータに基いて、指定された保持時間に対応するMSスペクトル、及び、該MSスペクトルに現れているピークの質量電荷比を持つイオン、又は該質量電荷比が属する質量電荷比範囲に含まれるイオンをプリカーサイオンとした、前記指定された保持時間に対応するMSn分析結果であるMSnスペクトルを作成し、前記MSスペクトル及び前記MSnスペクトルを前記クロマトグラムと同じ画面上に表示するスペクトル表示処理ステップと、
を有し、
前記時間指定ステップでは、前記クロマトグラム上に表示されたポインタを移動させる操作を行うことで保持時間を指定し、
前記スペクトル表示処理ステップでは、前記ポインタが移動されるに伴い、その移動中の各保持時間に対応してMSスペクトル及びMSnスペクトルの表示を更新する。
【0011】
また上記課題を解決するためになされた本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置の一態様は、
MSn分析(nは2以上の整数)が可能である質量分析部を含み、試料中の成分をクロマトグラフで時間的に分離し、その分離後の試料を繰り返し質量分析する測定部と、
前記測定部により収集されたデータに基いて、特定の質量電荷比におけるクロマトグラムを作成し、表示部の画面上に表示するクロマトグラム表示処理部と、
表示されたクロマトグラム上でのユーザの操作に応じて保持時間を指定する時間指定部と、
前記測定部により収集されたデータに基いて、指定された保持時間に対応するMSスペクトル、及び、該MSスペクトルに現れているピークの質量電荷比を持つイオン、又は該質量電荷比が属する質量電荷比範囲に含まれるイオンをプリカーサイオンとした、前記指定された保持時間に対応するMSn分析結果であるMSnスペクトルを作成し、前記MSスペクトル及び前記MSnスペクトルを前記クロマトグラムと同じ画面上に表示するスペクトル表示処理部と、
を備え、
前記時間指定部は、前記クロマトグラム上に表示されたポインタを移動させる操作をユーザに行わせることで保持時間を指定し、
前記スペクトル表示処理部は、前記ポインタが移動されるに伴い、その移動中の各保持時間に対応してMSスペクトル及びMSnスペクトルの表示を更新する。
【0012】
また上記課題を解決するためになされた本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラムの一態様は、MSn分析(nは2以上の整数)が可能である質量分析部を含み、試料中の成分をクロマトグラフで時間的に分離し、その分離後の試料を繰り返し質量分析する測定部、により収集されたデータをコンピュータを用いて処理するクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラムであって、コンピュータを、
前記測定部により収集されたデータに基いて、特定の質量電荷比におけるクロマトグラムを作成し、表示部の画面上に表示するクロマトグラム表示処理機能部と、
表示されたクロマトグラム上でのユーザの操作に応じて保持時間を指定する時間指定機能部と、
前記測定部により収集されたデータに基いて、指定された保持時間に対応するMSスペクトル、及び、該MSスペクトルに現れているピークの質量電荷比を持つイオン、又は該質量電荷比が属する質量電荷比範囲に含まれるイオンをプリカーサイオンとした、前記指定された保持時間に対応するMSn分析結果であるMSnスペクトルを作成し、前記MSスペクトル及び前記MSnスペクトルを前記クロマトグラムと同じ画面上に表示するスペクトル表示処理機能部と、
して動作させ、
前記時間指定機能部では、前記クロマトグラム上に表示されたポインタを移動させる操作を行うことで保持時間を指定し、
前記スペクトル表示処理機能部では、前記ポインタが移動されるに伴い、その移動中の各保持時間に対応してMSスペクトル及びMSnスペクトルの表示を更新する。
【0013】
ここで、クロマトグラフは、液体クロマトグラフ又はガスクロマトグラフである。
【0014】
また、本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラムは、例えば、CD-ROM、DVD-ROM、メモリカード、USBメモリ(ドングル)などの、コンピュータ読み取り可能である非一時的な記録媒体に格納されてユーザに提供されるようにすることができる。或いは、インターネットなどの通信回線を介したデータ転送の形式で、ユーザに提供されるようにすることもできる。もちろん、ユーザがシステムを新規に購入する場合、該システムに含まれるコンピュータに上記データ処理用プログラムを予め組み込んでおくこともできる。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理方法、クロマトグラフ質量分析装置、及びクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラムの一態様では、表示画面上に表示された特定の質量電荷比におけるクロマトグラムつまりは抽出イオンクロマトグラム上で、ユーザは、所定の操作により着目する保持時間を指定する。すると、指定された保持時間に対応する、つまりはその保持時間において取得されたデータに基くMSスペクトルと、その保持時間に対応する、つまりはそのMSスペクトルにおいて観測され、抽出イオンクロマトグラムの対象である質量電荷比を持つイオンをプリカーサイオンとするMSnスペクトルとが、抽出イオンクロマトグラムと同じ画面上に表示される。それにより、ユーザは、保持時間毎のMSスペクトルとMS/MSスペクトルとの関係を視覚的に容易に把握することができる。また、例えば抽出イオンクロマトグラム上でピークトップに対応する保持時間等の、着目する保持時間の付近における、MSスペクトル及びMSnスペクトルの時間的な変動を画面上で確認することができる。それによって、収集されたデータをより多面的に解析し、化合物の同定や定量に有用で正確な情報を引き出すことができる。
【0016】
また、本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理方法、クロマトグラフ質量分析装置、及びクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラムの一態様では、ユーザが、例えば抽出イオンクロマトグラム上に表示されたポインタを移動させる操作を行うことで保持時間の指定を変更すると、そのポインタの移動に伴って、その移動中の各保持時間に対応するMSスペクトル及びMSnスペクトルが次々に表示される。このため、ユーザは、ポインタの移動中及び移動後の保持時間におけるMSスペクトルとMS/MSスペクトルとを略リアルタイムで以て確認することができる。それにより、MSスペクトルの時間的な変動と、そのMSスペクトルと親子関係にある特定のプリカーサイオンについてのMS/MSスペクトルの時間的な変動との両方を、同時に視覚的に、且つ迅速に把握することができ、例えば親子関係にあるMSスペクトルとMS/MSスペクトルの時間的変動が特徴的である或いは着目に値する保持時間を容易に且つ効率良く見つけることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の一実施形態であるLC-MS分析システムの概略構成図。
【
図2】本実施形態のLC-MS分析システムにおけるDDA分析を説明するための模式図。
【
図3】本実施形態のLC-MS分析システムにおけるDIA分析を説明するための模式図。
【
図4】本実施形態のLC-MS分析システムにおけるDIA分析を説明するための模式図。
【
図5】本実施形態のLC-MS分析システムにおける表示画面の一例を示す図。
【
図6】本実施形態のLC-MS分析システムにおけるスペクトル処理の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置の一実施形態であるLC-MS分析システムについて、添付図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態のLC-MS分析システムの概略構成図である。
【0019】
このLC-MS分析システムは、
図1に示すように、液体クロマトグラフ部1及び質量分析部2を含む測定部と、制御・処理部4と、入力部5と、表示部6と、を含む。
図1中に記載のデータ管理用コンピュータ7は、基本的には本システムに不要な構成要素であるが、後述するように本システムに含むこともできる。
【0020】
液体クロマトグラフ部1は、移動相が貯留される移動相容器10と、移動相を吸引して略一定流量で送給する送液ポンプ11と、移動相中に試料液を注入するインジェクタ12と、試料液に含まれる各種成分を時間的に分離するカラム13と、を含む。
【0021】
質量分析部2は四重極-飛行時間型(Q-TOF型)質量分析装置であり、略大気圧雰囲気であるイオン化室201と、内部が四つに区画された真空チャンバ20と、を含む。真空チャンバ20内には、第1中間真空室202、第2中間真空室203、第1高真空室204、第2高真空室205が設けられ、この順に真空度が高くなるように各室は真空ポンプにより真空排気されている。即ち、この質量分析部2には多段差動排気系の構成が採用されている。
【0022】
イオン化室201には、カラム13の出口から溶出液が供給されるエレクトロスプレーイオン化(ESI:Electrospray ionization)プローブ21が配置され、イオン化室201と第1中間真空室202とは細径の脱溶媒管22を通して連通している。第1中間真空室202と第2中間真空室203とはスキマー24の頂部に形成されたオリフィスを通して連通しており、第1中間真空室202内と第2中間真空室203内にはそれぞれ、イオンガイド23、25が配置されている。第1高真空室204内には、四重極マスフィルタ26と、内部にイオンガイド28が配置されたコリジョンセル27が設けられている。また、第1高真空室204と第2高真空室205とに跨って配置された複数の電極はイオンガイド29を構成する。さらに、第2高真空室205内には、直交加速部30、及びリフレクトロンを有するイオン飛行部31、を含む直交加速方式の飛行時間型質量分離器と、イオン検出器32とが設けられている。
【0023】
制御・処理部4は、機能ブロックとして、分析制御部40、データ格納部41、クロマトグラム作成部42、スペクトル作成部43、スペクトル演算部44、表示処理部45、入力受付部46、を含む。
一般に、制御・処理部4の実体はパーソナルコンピュータやワークステーションなどであり、そうしたコンピュータにインストールされた専用の一又は複数のソフトウェア(コンピュータプログラム)を該コンピュータにおいて実行することにより、上記各機能ブロックが具現化される構成とすることができる。こうしたコンピュータプログラムは、CD-ROM、DVD-ROM、メモリカード、USBメモリ(ドングル)などの、コンピュータ読み取り可能である非一時的な記録媒体に格納されてユーザに提供されるものとすることができる。或いは、インターネットなどの通信回線を介したデータ転送の形式で、ユーザに提供されるようにすることもできる。或いは、ユーザがシステムを購入する時点で予めシステムの一部であるコンピュータにプリインストールしておくこともできる。
【0024】
分析制御部40は測定部を制御することで、用意された試料に対するLC/MS分析を実行する。次に、この分析制御部40による制御の下で実行される典型的な測定動作について、概略的に説明する。このLC-MS分析システムでは、イオン解離を伴わない通常の質量分析(MS分析)と、衝突誘起解離(CID:Collision-Induced Dissociation)によってイオンを解離させるMS/MS(=MS2)分析とを選択的に行うことが可能である。
【0025】
液体クロマトグラフ部1において、送液ポンプ11は移動相容器10から移動相を吸引し略一定流量でカラム13に送る。分析制御部40からの指示に応じてインジェクタ12は試料を移動相中に注入する。試料は移動相に乗ってカラム13に導入され、カラム13を通過する間に、試料中の成分は時間的に分離される。カラム13の出口からの溶出液はESIプローブ21に導入され、ESIプローブ21は溶出液を帯電液滴としてイオン化室201内に噴霧する。帯電液滴が微細化され、該液滴中の溶媒が気化する過程で、該液滴中の試料成分は気体イオンとなる。
【0026】
生成されたイオンは脱溶媒管22を経て第1中間真空室202内へと送られ、イオンガイド23、スキマー24、イオンガイド25を順に経て、第1高真空室204内の四重極マスフィルタ26に導入される。MS分析の場合、イオンは、四重極マスフィルタ26及びコリジョンセル27をほぼ素通りし、直交加速部30まで輸送される。一方、MS/MS分析の場合には、四重極マスフィルタ26を構成する複数のロッド電極にそれぞれ所定の電圧が印加され、その電圧に応じた特定の質量電荷比を有するイオン種、又はその電圧に応じた特定の質量電荷比範囲に含まれるイオン種が、プリカーサイオンとして選択されて四重極マスフィルタ26を通過する。コリジョンセル27内には、Arガス等のコリジョンガスが導入されており、プリカーサイオンはコリジョンガスに接触してCIDにより解離され、各種のプロダクトイオンが生成される。生成されたプロダクトイオンはイオンガイド29を経て直交加速部30まで輸送される。
【0027】
プリカーサイオンがコリジョンセル27に入射するときに該イオンが有する運動エネルギ(コリジョンエネルギ)によって、そのイオンの解離の態様は異なる。そのため、プリカーサイオンは同じであっても、コリジョンエネルギを適宜調整することによって、生成されるプロダクトイオンの種類を変化させることができる。また、全てのプリカーサイオンを解離させるのではなく、一部のプリカーサイオンを解離させずに残すこともできる。なお、よく知られているように、一般にコリジョンエネルギは、四重極マスフィルタ26に印加される直流バイアス電圧と、コリジョンセル27のイオン入口に配置されたレンズ電極に印加される直流電圧との電圧差で決まる。
【0028】
直交加速部30において、イオンはその入射方向(X軸方向)に略直交する方向(Z軸方向)に略一斉に加速される。加速されたイオンはその質量電荷比に応じた速度で飛行し、イオン飛行部31において
図1中に2点鎖線で示すように折り返し飛行し、イオン検出器32に到達する。直交加速部30から略同時に出発した各種イオンは、質量電荷比が小さい順にイオン検出器32に到達して検出され、イオン検出器32はイオン数に応じた検出信号(イオン強度信号)を制御・処理部4へ出力する。
【0029】
制御・処理部4においてデータ格納部41は、検出信号をデジタル化し、さらにイオンが直交加速部30から射出された時点を基点とする飛行時間を質量電荷比に換算することでマススペクトルデータ(プロファイルデータ)を取得して保存する。直交加速部30では、所定の周期で繰り返しイオンをイオン飛行部31へ向けて射出する。これにより、データ格納部41は、所定の質量電荷比範囲に亘るマススペクトルデータを所定の周期で繰り返し取得することができる。
【0030】
LC/MS分析では、一つの試料に対して複数回の測定を行うことが困難であることが多い。そのため、1回の測定(1回の試料の注入)によって、該試料に含まれる多数の成分についての情報をできるだけ多く収集する必要がある。これに対応して、本実施形態のLC-MS分析システムでは、上述したDDA、及びDIAを含む複数の解析モードでの測定が可能である。
【0031】
図2は、DDAモードにおける分析の流れを説明する模式図である。DDAでは、典型的には一定の周期(
図2では時間Δt間隔)で所定の質量電荷比範囲に亘るMS分析を繰り返す。制御・処理部4では、MS分析が実行される毎に即座にMSスペクトルを作成し、MSスペクトルにおいて観測されるイオンピークが予め設定された特定の条件に適合するか否かをチェックする。そして、特定条件に適合するピークが存在する場合には、そのピークに対応する質量電荷比を持つイオンをプリカーサイオンとしたMS/MS分析を、MS分析に引き続いて実行する。これにより、そのプリカーサイオンから生成される各種のプロダクトイオンが観測されるMS/MSスペクトルを取得することができる。
【0032】
上記特定条件とは例えば、イオン強度が最大であるものなどとすることができる。また、
図2に示した例では、MS分析に引き続いて1回のMS/MS分析しか実施していないが、時間的な余裕があれば、1回のMS分析に引き続いて、互いに異なるプリカーサイオンについての複数回のMS/MS分析を実施することができる。その場合、例えばMSスペクトルで観測されるピークの中でイオン強度が大きい順に所定個数のピークを選択し、そのピークに対応する質量電荷比のイオンをプリカーサイオンとすることができる。また、
図2からも分かるように、DDAでは、或る保持時間において得られるMSスペクトルに対応するMS/MSスペクトルが必ずしも存在するとは限らない。
【0033】
DDAでは、MS分析により得られたMSスペクトルデータ、及び、MS/MS分析により得られたMS/MSスペクトルデータは、その分析毎にそれぞれ異なるデータファイルに格納されるものとすることができる。その場合、各データファイルには、そのデータが収集された保持時間(tn、tn+1、…)やプリカーサイオンの質量電荷比値(MS/MSスペクトルの場合)などの情報が併せて記録される。また、同じ保持時間(tn、tn+1、…)に取得されたMSスペクトルデータとMS/MSスペクトルデータとが、同じデータファイルに格納されるようにしてもよい。
【0034】
図3及び
図4は、DIAモードにおける分析の流れを説明するための模式図である。
図3はMS分析を周期的に実施する場合、
図4はMS分析を実施しない場合の例である。
DIAでは、測定対象とする質量電荷比範囲の全体を複数に分割してそれぞれに質量窓を設定し、各質量窓に含まれる質量電荷比を有するイオンを一括してプリカーサイオンとして選択してMS/MS分析を実行する。
【0035】
図3、
図4の例では、質量電荷比範囲M1~M6を五つに分割し、その5個の質量窓にそれぞれ含まれる質量電荷比を有するイオンをターゲットとするMS/MS分析を実施する。その質量窓毎に一つのMS/MSスペクトルが得られるから、
図3、
図4の例では1サイクル中に5個のMS/MSスペクトルが得られ、その5個のMS/MSスペクトルには、その時点で質量分析部2に導入された全ての成分に由来するプロダクトイオンが現れる。即ち、全ての成分についての網羅的なプロダクトイオン情報が得られる。また、上述したように、CIDの際のコリジョンエネルギを調整すると、MS/MSスペクトルにはプリカーサイオン自体のピークも観測される。したがって、1サイクル中に得られた複数のMS/MSスペクトルを加算したり或いは平均化したりして一つのMS/MSスペクトルを作成すると、その保持時間において測定対象である成分全てのプロダクトイオン、或いはプロダクトイオンとプリカーサイオンの情報を得ることができる。
【0036】
図4に示したDIAでは、MS分析を実施していないが、上述したようにコリジョンエネルギを調整することで、実質的にプリカーサイオン自体のピークが観測されるMS/MSスペクトルを得ることができる。この場合、MS分析を実行する必要がないので、その分だけ1サイクルの時間を短くすることができる。一方、
図3に示したDIAでは、所定の質量電荷比範囲に亘るMS分析を1サイクルに1回実施するので、MS/MSスペクトルとは別にMSスペクトルを取得することができる。そのため、MS/MS分析時にプリカーサイオンの情報を取得する必要がなく、例えばMS/MS分析時にプリカーサイオンの全てをCIDにより解離させてもよい。それ故に、MS/MSスペクトルにおけるプロダクトイオンの信号強度が高くなり、感度を向上させることができる。
【0037】
なお、
図3、
図4は説明のために簡略化した図であり、一般的には、質量窓の数はより多数であり、一つの質量窓の質量電荷比幅は10~100Da程度の範囲、例えば20Daなどである。
【0038】
DIAでもDDAと同様に、MS分析により得られたMSスペクトルデータ、及び、MS/MS分析により得られたMS/MSスペクトルデータは、その分析毎にそれぞれ異なるデータファイルに格納されるものとすることができる。また、同じ保持時間(tn、tn+1、…)に取得されたMSスペクトルデータと複数のMS/MSスペクトルデータとが、又は、複数のMS/MSスペクトルデータが、同じデータファイルに格納されるようにしてもよい。
【0039】
一つの試料に対して、上述したようなDDA又はDIAを利用したLC/MS分析が実行された場合、データ格納部41には、そのLC/MS分析に対応したMSスペクトルデータ及び/又はMS/MSスペクトルデータが格納されたデータファイルが保存される。こうしたデータが保存されている状態の下で、本実施形態のLC-MS分析システムにおいて実行される、表示処理を中心とするデータ処理について次に説明する。
【0040】
図5は、本実施形態のLC-MS分析システムにおいて表示部6の画面上に表示されるグラフの一例を示す図である。但し、表示部6の画面上には
図5に示したもののみが表示されるとは限らず、これは別のグラフや表などとともに表示されるようにすることができる。即ち、
図5に示した表示は、画面全体又はその一部の表示である。
【0041】
ユーザは入力部5で、着目する質量電荷比値を指示する。質量電荷比値の代わりに化合物名称を指示するようにしてもよい。試料中に含まれるかどうかを確認したい又は定量したい化合物が決まっている場合には、その化合物又はそれに対応する質量電荷比値を指示すればよい。また、収集されたデータに基いた同定や定量などの解析処理が一旦終了しており、その結果を確認したい場合や再解析を行いたいような場合には、例えば同定された化合物の一覧を表示させ、その一覧の中から着目する化合物やそれに対応する質量電荷比値を指示することができる。或いは、ユーザが化合物や質量電荷比値を指示する代わりに、例えば予め設定された条件に最も適合する化合物や質量電荷比値が自動的に選択され、それが設定されるようにしてもよい。例えば、定量解析結果に基いて、質量が或る範囲にある化合物の中で含有量が最も多かった化合物が自動的に選択されるなどの方法が考えられる。
【0042】
入力受付部46を通して上述したようなユーザによる指示、又は自動的な選択指示を受けると、クロマトグラム作成部42は、データ格納部41に格納されているMSスペクトルデータから、各保持時間における、指示された質量電荷比値に対応した信号強度を抽出する。そして、その質量電荷比値における抽出イオンクロマトグラムを作成する。表示処理部45は作成された抽出イオンクロマトグラムを、表示部6の画面上の所定の領域に描画する。
図5に示したグラフ表示画面100では、最上段がクロマトグラム表示領域110であり、この領域110に、指示されたm/z 337における抽出イオンクロマトグラムが描画されている。
【0043】
クロマトグラム表示領域110に表示される抽出イオンクロマトグラムには、垂直ラインを含むポインタ111が重ねて表示される。ポインタ111は、図中に太線両端矢印で示すように、入力部5に含まれるマウス等のポインティングデバイス、又はキーボードなどによるスクロール操作等に応じて、時間軸上(
図5では水平軸上)で移動自在である。ポインタ111は時間軸上の一つの時間(保持時間)を示しており、スペクトル作成部43は、データ格納部41に保存されているデータに基いて、ポインタ111が位置する保持時間に対応するMSスペクトルを作成する。表示処理部45は作成されたMSスペクトルを、表示部6の画面上の所定の領域に描画する。
図5では、中段がMSスペクトル表示領域120であり、この領域120に、保持時間RT 6.7minにおけるMSスペクトルが描画されている。
【0044】
さらに、スペクトル作成部43は、データ格納部41に保存されているデータから、ポインタ111が位置する保持時間(
図5の例では保持時間RT 6.7min)に対応し、且つ上記抽出イオンクロマトグラムのターゲットである質量電荷比(
図5の例ではm/z 337)をプリカーサイオンとする、つまりは上記MSスペクトルと親子関係にあるMS/MSスペクトルデータを探し、該データがあればそれに基いてMS/MSスペクトルを作成する。表示処理部45は作成されたMS/MSスペクトルを、表示部6の画面上の所定の領域に描画する。
図5では、下段がMS/MSスペクトル表示領域130であり、この領域130に、保持時間がRT 6.7min、プリカーサイオンがm/z 337であるMS/MSスペクトルが描画されている。
【0045】
図2に示したようなDDAモードで分析が行われた場合、必ずしも指定された質量電荷比をプリカーサイオンとするMS/MSスペクトルデータが存在するとは限らない。したがって、対応するMS/MSスペクトルデータが存在すればMS/MSスペクトルが表示されるし、対応するMS/MSスペクトルデータが存在しなければMS/MSスペクトルは表示されずに例えばMS/MSスペクトルがないことを示す表示がなされる。
【0046】
図3に示したようなMS分析ありのDIAモードで分析が行われた場合には、上述したようにサイクル毎に、所定の質量電荷比範囲に含まれる全てのイオンをプリカーサイオンとするMS/MSスペクトルデータが存在する。したがって、ターゲットである質量電荷比(
図5の例ではm/z 337)が含まれる質量窓に対応するMS/MSスペクトルデータを抽出し、MS/MSスペクトルを作成して表示することができる。
【0047】
これに対し、
図4に示したようなMS分析なしのDIAモードで分析が行われた場合には、MS/MSスペクトルデータは存在するものの、MSスペクトルデータは存在しない。そこで、この場合には、次の二つのいずれかの方法を採ることができる。
一つ目は、MSスペクトルを表示せずに、抽出イオンクロマトグラムのターゲットである質量電荷比が含まれる質量窓に対応するMS/MSスペクトルのみを表示し、MSスペクトルを表示なしとする方法である。
二つ目は、同じ保持時間において得られた複数の質量窓に対応するMS/MSスペクトルを利用して、疑似的なMSスペクトルを作成し、これをMSスペクトル表示領域120
に表示する方法である。
【0048】
上述したように、通常、MS分析なしのDIAモードでは、MS/MSスペクトルにおいてプリカーサイオンのピークが十分に観測されるように、MS/MS分析の際にコリジョンエネルギが適切に調整される。そこで、例えば、スペクトル作成部43は、質量窓の異なるMS/MSスペクトル毎に、その質量窓に含まれるイオンピークを抽出し、信号強度が最も大きいピークがプリカーサイオンのピークであると推定する。例えば
図4の例では、5個の質量窓にそれぞれ対応するMS/MSスペクトルからプリカーサイオンと推定されるピークが5個得られるから、それを集めて疑似的なMSスペクトルを作成する。もちろん、或る質量窓に含まれる複数のイオンピークの中で信号強度が最も大きいピークがプリカーサイオンのピークでないことが事前情報等により判明している場合には、次に信号強度の大きなピークを選択する等、適宜にアルゴリズムを変更することができる。また、それ以外の方法により、疑似的なMSスペクトルを作成してもよい。
【0049】
上述したようにグラフ表示画面100上にクロマトグラム及びスペクトルが表示された状態で、ユーザが入力部5によりポインタ111を左右に移動させる操作を行うと、スペクトル作成部43は、その操作に伴う保持時間の変更に応じて、表示されているMSスペクトル及びMS/MSスペクトルをそれぞれ略リアルタイムで更新する。即ち、スペクトル作成部43は、ユーザの操作によってポインタ111が移動した場合、そのポインタ111の移動の情報のみから、つまりは、それ以外のユーザによる操作(マウスのクリックやキーボード上での決定(ENTERキー入力)入力操作等)を要することなく、移動中の及び移動後のポインタ111が位置している保持時間を算出し、その保持時間に対応するMSスペクトル及びMS/MSスペクトルを自動的に作成して表示を更新する。これにより、例えば、ユーザは、クロマトピークが観測される保持時間の周辺の時間における、MSスペクトルの時間的な変動と、そのMSスペクトルと親子関係にある特定のプリカーサイオンについてのMS/MSスペクトルの時間的な変動と、を視覚的に且つ迅速に(遅滞なく)確認することができる。
【0050】
もちろん、ユーザにより指定された保持時間におけるMSスペクトル及びMS/MSスペクトルでなく、指定された開始時点から終了時点までの保持時間範囲に亘るMSスペクトルの変動とMS/MSスペクトルの変動とを動画として自動的に表示できるようにしてもよい。
【0051】
また、次のようにして、親子関係にあるMSスペクトル及び/又はMS/MSスペクトルの平均処理や減算処理を行うこともできる。
ユーザは、グラフ表示画面100上に表示された抽出イオンクロマトグラム上で所望の保持時間範囲を指定する。
図6の例では、一つのクロマトピークの全体が入るように保持時間範囲が指定されている。
【0052】
入力受付部46を介して保持時間範囲の指定を受けたスペクトル演算部44は、その保持時間範囲に含まれる全ての保持時間に対応するMSスペクトルデータを全て取得し、それを全て加算してから正規化する。これにより、上記保持時間範囲について質量電荷比値毎の信号強度が平均化された平均MSスペクトルが得られる。また、同じ保持時間範囲に含まれる全ての保持時間に対応し、且つ抽出イオンクロマトグラムの質量電荷比を有するイオン又はその質量電荷比が属する質量窓に含まれる複数のイオンをプリカーサイオンとしたMS/MSスペクトルデータを全て取得する。そして、それを全て加算してから正規化することにより、上記保持時間範囲について質量電荷比値毎の信号強度が平均化された平均MS/MSスペクトルが得られる。表示処理部45は、こうして求まった平均MSスペクトル及び平均MS/MSスペクトルをそれぞれ表示する。
【0053】
このとき、ユーザが例えばポインタ111の移動と同様にして保持時間範囲を変更すると、その変更に追従して、表示される平均MSスペクトル及び平均MS/MSスペクトルが更新されるようにしてもよい。
【0054】
さらにまた、ユーザが、抽出イオンクロマトグラム上で二つの保持時間範囲を指定したうえで減算の実行を指示すると、スペクトル演算部44は、その二つの保持時間範囲にそれぞれ対応する平均MSスペクトル及び平均MS/MSスペクトルを求め、平均MSスペクトル同士、及び、平均MS/MSスペクトル同士の質量電荷比毎の信号強度の差分を計算する。そして、その計算結果に基き差分MSスペクトル及び差分MS/MSスペクトルを作成し、画面上に表示する。
【0055】
以上のようにして、親子関係にあるMSスペクトルやMS/MSスペクトルの平均や減算した結果を視覚的に確認することができる。
【0056】
なお、上記実施形態は本発明をLC-MS分析システムに適用したものであるが、本発明はGC-MS分析システムにも適用することができる。また、上記実施形態では質量分析部はQ-TOF型質量分析装置であるが、MS/MS分析が可能である他の方式のタンデム型質量分析装置でもよい。トリプル四重極型質量分析装置、イオントラップ型質量分析装置、イオントラップ飛行時間型質量分析装置などがそうした装置の一例である。
【0057】
また、上記実施形態のLC-MS分析システムでは、処理対象つまりはグラフの作成対象のデータはデータ格納部41に保存されていたが、
図1に示すように、分析装置で収集されたデータが、インターネットなどの通信線を介して接続されている別のデータ管理用コンピュータ7に保存されている場合もある。こうした場合でも、そうした別のコンピュータにアクセス可能なシステムであれば、上述したような表示処理を実行することができることは当然である。
【0058】
また、上記実施形態及び変形例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨に沿った範囲で適宜変形や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0059】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0060】
(第1項)本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理方法の一態様は、MSn分析(nは2以上の整数)が可能である質量分析部を含み、試料中の成分をクロマトグラフで時間的に分離し、その分離後の試料を繰り返し質量分析する測定部、により収集されたデータを処理するクロマトグラフ質量分析データ処理方法であって、
前記測定部により収集されたデータに基いて、特定の質量電荷比におけるクロマトグラムを作成し、表示部の画面上に表示するクロマトグラム表示処理ステップと、
表示されたクロマトグラム上でのユーザの操作に応じて保持時間を指定する時間指定ステップと、
前記測定部により収集されたデータに基いて、指定された保持時間に対応するMSスペクトル、及び、該MSスペクトルに現れているピークの質量電荷比を持つイオン、又は該質量電荷比が属する質量電荷比範囲に含まれるイオンをプリカーサイオンとした、前記指定された保持時間に対応するMSn分析結果であるMSnスペクトルを作成し、前記MSスペクトル及び前記MSnスペクトルを前記クロマトグラムと同じ画面上に表示するスペクトル表示処理ステップと、
を有し、前記時間指定ステップでは、前記クロマトグラム上に表示されたポインタを移動させる操作を行うことで保持時間を指定し、前記スペクトル表示処理ステップでは、前記ポインタが移動されるに伴い、その移動中の各保持時間に対応してMSスペクトル及びMSnスペクトルの表示を更新する。
【0061】
(第6項)また本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置の一態様は、
MSn分析(nは2以上の整数)が可能である質量分析部を含み、試料中の成分をクロマトグラフで時間的に分離し、その分離後の試料を繰り返し質量分析する測定部と、
前記測定部により収集されたデータに基いて、特定の質量電荷比におけるクロマトグラムを作成し、表示部の画面上に表示するクロマトグラム表示処理部と、
表示されたクロマトグラム上でのユーザの操作に応じて保持時間を指定する時間指定部と、
前記測定部により収集されたデータに基いて、指定された保持時間に対応するMSスペクトル、及び、該MSスペクトルに現れているピークの質量電荷比を持つイオン、又は該質量電荷比が属する質量電荷比範囲に含まれるイオンをプリカーサイオンとした、前記指定された保持時間に対応するMSn分析結果であるMSnスペクトルを作成し、前記MSスペクトル及び前記MSnスペクトルを前記クロマトグラムと同じ画面上に表示するスペクトル表示処理部と、
を備え、前記時間指定部は、前記クロマトグラム上に表示されたポインタを移動させる操作をユーザに行わせることで保持時間を指定し、前記スペクトル表示処理部は、前記ポインタが移動されるに伴い、その移動中の各保持時間に対応してMSスペクトル及びMSnスペクトルの表示を更新する。
【0062】
(第11項)また本発明に係るクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラムの一態様は、MSn分析(nは2以上の整数)が可能である質量分析部を含み、試料中の成分をクロマトグラフで時間的に分離し、その分離後の試料を繰り返し質量分析する測定部、により収集されたデータをコンピュータを用いて処理するクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラムであって、コンピュータを、
前記測定部により収集されたデータに基いて、特定の質量電荷比におけるクロマトグラムを作成し、表示部の画面上に表示するクロマトグラム表示処理機能部と、
表示されたクロマトグラム上でのユーザの操作に応じて保持時間を指定する時間指定機能部と、
前記測定部により収集されたデータに基いて、指定された保持時間に対応するMSスペクトル、及び、該MSスペクトルに現れているピークの質量電荷比を持つイオン、又は該質量電荷比が属する質量電荷比範囲に含まれるイオンをプリカーサイオンとした、前記指定された保持時間に対応するMSn分析結果であるMSnスペクトルを作成し、前記MSスペクトル及び前記MSnスペクトルを前記クロマトグラムと同じ画面上に表示するスペクトル表示処理機能部と、
して動作させ、前記時間指定機能部では、前記クロマトグラム上に表示されたポインタを移動させる操作を行うことで保持時間を指定し、前記スペクトル表示処理機能部では、前記ポインタが移動されるに伴い、その移動中の各保持時間に対応してMSスペクトル及びMSnスペクトルの表示を更新する。
【0063】
第1項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理方法、第6項に記載のクロマトグラフ質量分析装置、及び、第11項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラムの一態様によれば、ユーザは、保持時間毎に、親子関係にあるMSスペクトルとMS/MSスペクトルを視覚的に容易に把握することができる。また、例えば抽出イオンクロマトグラム上でピークトップに対応する保持時間や、その付近の任意の保持時間を簡単に指定して、その保持時間におけるMSスペクトルとMSnスペクトルとを直ぐに確認することができる。それによって、化合物の同定や定量に有用で正確な情報を迅速に取得することができる。また、ユーザは、例えば抽出イオンクロマトグラム上で着目する保持時間の付近におけいてポインタを移動させるだけで、親子関係にあるMSスペクトルとMSnスペクトルとの時間的な変動を画面上で連動して迅速に確認することができる。それによって、収集されたデータをより多面的に解析し、化合物の同定や定量に有用で正確な情報を引き出すことができる。
【0064】
(第2項)第1項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理方法において、前記時間指定ステップでは、表示されたクロマトグラム上でのユーザに操作に応じて保持時間の範囲の指定を可能とし、前記測定部により収集されたデータに基いて、指定された保持時間範囲に対応する複数のMSスペクトル及び複数のMSnスペクトルについて、それぞれ平均化を行って平均スペクトルを取得するスペクトル演算ステップ、をさらに有するものとすることができる。
【0065】
(第7項)第6項に記載のクロマトグラフ質量分析装置において、前記時間指定部は、表示されたクロマトグラム上でのユーザに操作に応じて保持時間の範囲の指定が可能であり、前記測定部により収集されたデータに基いて、指定された保持時間範囲に対応する複数のMSスペクトル及び複数のMSnスペクトルについて、それぞれ平均化を行って平均スペクトルを取得するスペクトル演算部、をさらに備えるものとすることができる。
【0066】
(第12項)第11項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラムにおいて、前記時間指定機能部では、表示されたクロマトグラム上でのユーザに操作に応じて保持時間の範囲の指定を可能とし、さらにコンピュータを、前記測定部により収集されたデータに基いて、指定された保持時間範囲に対応する複数のMSスペクトル及び複数のMSnスペクトルについて、それぞれ平均化を行って平均スペクトルを取得するスペクトル演算機能部、として動作させるものとすることができる。
【0067】
第2項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理方法、第7項に記載のクロマトグラフ質量分析装置、又は、第12項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラムによれば、ユーザは、適宜の保持時間範囲に対応する平均MSスペクトルと平均MSnスペクトルを画面上で同時に確認することができる。それによって、収集されたデータをより多面的に解析し、化合物の同定や定量に有用で正確な情報を引き出すことができる。
【0068】
(第3項)第2項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理方法において、前記時間指定ステップでは、複数の保持時間範囲の指定を可能とし、前記スペクトル演算ステップでは、指定された複数の保持時間範囲においてそれぞれ平均化により得られた複数のMSスペクトルの間での及び/又は複数のMSnスペクトルの間での減算を行うものとすることができる。
【0069】
(第8項)第7項に記載のクロマトグラフ質量分析装置において、前記時間指定部は、複数の保持時間範囲の指定を可能とし、前記スペクトル演算部は、指定された複数の保持時間範囲においてそれぞれ平均化により得られた複数のMSスペクトルの間での及び/又は複数のMSnスペクトルの間での減算を行うものとすることができる。
【0070】
(第13項)第12項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラムにおいて、前記時間指定機能部では、複数の保持時間範囲の指定を可能とし、前記スペクトル演算機能部では、指定された複数の保持時間範囲においてそれぞれ平均化により得られた複数のMSスペクトルの間での及び/又は複数のMSnスペクトルの間での減算を行うものとすることができる。
【0071】
第3項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理方法、第8項に記載のクロマトグラフ質量分析装置、又は、第13項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラムによれば、例えば、ユーザは、目的以外の化合物の影響を除去して、目的化合物についての純粋性の高い平均MSスペクトル及び平均MSnスペクトルを画面上で同時に確認することができる。
【0072】
(第4項)第1項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理方法において、前記測定部により収集されたデータは、前記質量分析部においてデータ依存型解析によって得られたものとすることができる。
【0073】
(第9項)第6項に記載のクロマトグラフ質量分析装置において、前記質量分析部はデータ依存型解析を行うものであり、前記測定部により収集されたデータは、前記質量分析部においてデータ依存型解析によって得られたものとすることができる。
【0074】
(第14項)第11項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラムにおいて、前記測定部により収集されたデータは、前記質量分析部においてデータ依存型解析によって得られたものとすることができる。
【0075】
第4項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理方法、第9項に記載のクロマトグラフ質量分析装置、又は、第14項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラムによれば、MSスペクトルと、そのMSスペクトルにおいて観測される一つのプリカーサイオンをターゲットとするMSnスペクトルとを画面上で同時に確認することができる。
【0076】
(第5項)第1項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理方法において、前記測定部により収集されたデータは、前記質量分析部においてデータ非依存型解析によって得られたものであるものとすることができる。
【0077】
(第10項)第6項に記載のクロマトグラフ質量分析装置において、前記質量分析部はデータ非依存型解析を行うものであり、前記測定部により収集されたデータは、前記質量分析部においてデータ非依存型解析によって得られたものとすることができる。
【0078】
(第15項)第11項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラムにおいて、前記測定部により収集されたデータは、前記質量分析部においてデータ非依存型解析によって得られたものとすることができる。
【0079】
第5項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理方法、第10項に記載のクロマトグラフ質量分析装置、又は、第15項に記載のクロマトグラフ質量分析データ処理用プログラムによれば、MSスペクトルと、抽出イオンクロマトグラムのターゲットであるイオンを含む所定の質量窓に対応するMSnスペクトルと、そのターゲットであるイオンが観測されるMSスペクトルとを画面上で同時に確認することができる。
【符号の説明】
【0080】
1…液体クロマトグラフ部
10…移動相容器
11…送液ポンプ
12…インジェクタ
13…カラム
2…質量分析部
20…真空チャンバ
201…イオン化室
202…第1中間真空室
203…第2中間真空室
204…第1高真空室
205…第2高真空室
21…ESIプローブ
22…脱溶媒管
23、25、28、29…イオンガイド
24…スキマー
26…四重極マスフィルタ
27…コリジョンセル
30…直交加速部
31…イオン飛行部
32…イオン検出器
4…制御・処理部
40…分析制御部
41…データ格納部
42…クロマトグラム作成部
43…スペクトル作成部
44…スペクトル演算部
45…表示処理部
46…入力受付部
5…入力部
6…表示部
7…データ管理用コンピュータ
100…グラフ表示画面100
110…クロマトグラム表示領域
111…ポインタ
120…MSスペクトル表示領域
130…MS/MSスペクトル表示領域