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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-09
(45)【発行日】2024-01-17
(54)【発明の名称】切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20240110BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/36
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2023503207
(86)(22)【出願日】2022-08-30
(86)【国際出願番号】 JP2022032596
【審査請求日】2023-08-31
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小林 史佳
(72)【発明者】
【氏名】パサート アノンサック
(72)【発明者】
【氏名】原田 晴子
【審査官】小川 真
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-280148(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0115018(US,A1)
【文献】国際公開第2014/104111(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/181220(WO,A1)
【文献】特表2010-524701(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0016831(US,A1)
【文献】WANG Yue et al.,Influence of bias voltage on structure and tribocorrosion properties of TiSiCN coating in artificial,Materials Characterization,ELSEVIER,2017年,vol.127,pp198-208,http://dx.doi.org/10.1016/j.matchar.2017.03.012
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14、51/00
B23C 5/16
B23P 15/28
C23C 16/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、
前記切削工具は、
すくい面、
前記すくい面に連なる逃げ面、および、
前記すくい面と前記逃げ面との境界部分からなる切れ刃領域を含み、
前記被膜は、TiSiCN層を含み、
前記TiSiCN層は、
前記すくい面に位置する第1のTiSiCN層と、
前記切れ刃領域に位置する第2のTiSiCN層と、を有し、
前記第1のTiSiCN層の組成は、Ti(1-Xr)SiXrCNであり、
前記第2のTiSiCN層の組成は、Ti(1-Xe)SiXeCNであり、
前記Xrおよび前記Xeは、それぞれ0.010以上0.100以下であり、且つXe-Xr≧0.003の関係を満たす、切削工具。
【請求項2】
前記TiSiCN層は複数の硬質粒子からなり、
前記硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有する、請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
前記ラメラ構造の周期幅の平均は、3nm以上20nm以下である、請求項2に記載の切削工具。
【請求項4】
前記TiSiCN層は、柱状構造である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項5】
前記TiSiCN層は、立方晶型の結晶構造を90体積%以上有する、請求項1から請求項のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項6】
前記TiSiCN層の厚みは、2.0μm以上15μm以下である、請求項1から請求項のいずれか1項に記載の切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、基材と、該基材上に配置された被膜と、を備える切削工具が、切削加工に用いられている(特許文献1、特許文献2、および非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2013/083447号
【文献】国際公開第2018/146013号
【非特許文献】
【0004】
【文献】Shinya Imamura et al.,”Properties and cutting performance of AlTiCrN/TiSiCN bilayer coatings deposited by cathodic-arc ion plating”,Surface and Coatings Technology,202,(2007),820-825
【発明の概要】
【0005】
本開示の切削工具は、基材と、該基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、
該切削工具は、
すくい面、
該すくい面に連なる逃げ面、および、
該すくい面と該逃げ面との境界部分からなる切れ刃領域を含み、
該被膜は、TiSiCN層を含み、
該TiSiCN層は、
該すくい面に位置する第1のTiSiCN層と、
該切れ刃領域に位置する第2のTiSiCN層と、を有し、
該第1のTiSiCN層の組成は、Ti(1-Xr)SiXrCNであり、
該第2のTiSiCN層の組成は、Ti(1-Xe)SiXeCNであり、
該Xrおよび前記Xeは、それぞれ0.010以上0.100以下であり、且つXe-Xr≧0.003の関係を満たす。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1図1は、本開示の一実施形態に係る切削工具の一例を示す斜視図である。
図2図2は、図1の切削工具の断面図であり、図1のII-II線矢視方向から見た断面図である。
図3図3は、図1の斜線部分を示す図であり、III領域を示す断面斜視図である。
図4図4は、図2に示す断面図において、切れ刃にホーニング加工が施されている場合の部分図である。
図5図5は、図3に示す断面斜視図において、切れ刃にホーニング加工が施されている場合の断面斜視図である。
図6図6は、図2に示す断面図において、切れ刃にネガランド加工が施されている場合の部分図である。
図7図7は、図3に示す断面斜視図において、切れ刃にネガランド加工が施されている場合の断面斜視図である。
図8図8は、図2に示す断面図において、切れ刃にホーニング加工とネガランド加工とが施されている場合の部分図である。
図9図9は、図3に示す断面斜視図において、切れ刃にホーニング加工とネガランド加工とが施されている場合の断面斜視図である。
図10図10は、本開示の一実施形態に係る切削工具の被膜の一例を示す模式的断面図である。
図11図11は、切削工具の切断位置を説明するための図である。
図12図12は、切削工具の切断位置を説明するための他の図である。
図13図13は、TiSiCN層の組成の測定における測定視野の設定方法を説明するための図である。
図14図14は、実施形態2に係る切削工具の製造方法に用いられるCVD装置の一例の模式的な断面図である。
図15図15は、図14の領域XVにおける拡大図である。
図16図16は、図15のノズルの端面図であり、図15のXVI-XVI線矢視方向から見た端面図である。
図17図17は、図15のノズルの端面図であり、図15のXVII-XVII線矢視方向から見た端面図である。
図18図18は、図15のノズルの端面図であり、図15のXVIII-XVIII線矢視方向から見た端面図である。
図19図19は、実施形態1に係る切削工具のTiSiCN層の断面の高角度環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)像の一例を示す図である。
図20図20は、本開示の一実施形態に係る切削工具の被膜の他の一例を示す模式的断面図である。
図21図21は、本開示の一実施形態に係る切削工具の被膜の別の一例を示す模式的断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
[本開示が解決しようとする課題]
近年、工具寿命の向上への要求が益々高まっており、特に、鋼の湿式ミリング加工において、工具寿命の更なる向上が求められている。特に鋼の湿式ミリング加工においての工具寿命の更なる向上に重要な要素として、「耐摩耗性」と「耐欠損性」とが挙げられる。TiSiCN層を含む被膜を備える切削工具においては、一般に該TiSiCN層の硬度が高いことから、「耐摩耗性」に優れる傾向がある。しかしながら、該TiSiCN層においては、非晶質が多く含まれる為、せん断方向の負荷に弱く膜破壊を起点とした欠損が生じ易い場合があった。その為、特に、鋼の湿式ミリング加工においても、優れた「耐摩耗性」と優れた「耐欠損性」とを兼備させることにより、工具寿命を延長することが求められている。
【0008】
[本開示の効果]
本開示によれば、特に鋼の湿式ミリング加工においても、長い工具寿命を有する切削工具を提供することが可能となる。
【0009】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
(1)本開示の切削工具は、基材と、前記基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、
前記切削工具は、
すくい面、
前記すくい面に連なる逃げ面、および、
前記すくい面と前記逃げ面との境界部分からなる切れ刃領域を含み、
前記被膜は、TiSiCN層を含み、
前記TiSiCN層は、
前記すくい面に位置する第1のTiSiCN層と、
前記切れ刃領域に位置する第2のTiSiCN層と、を有し、
前記第1のTiSiCN層の組成は、Ti(1-Xr)SiXrCNであり、
前記第2のTiSiCN層の組成は、Ti(1-Xe)SiXeCNであり、
前記Xrおよび前記Xeは、それぞれ0.010以上0.100以下であり、且つXe-Xr≧0.003の関係を満たす。
【0010】
本開示によれば、特に鋼の湿式ミリング加工においても、長い工具寿命を有する切削工具を提供することが可能となる。
【0011】
(2)上記(1)において、前記TiSiCN層は複数の硬質粒子からなり、
前記硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有することが好ましい。これによって、特に鋼の湿式ミリング加工においても、より長い工具寿命を有することが可能となる。
【0012】
(3)上記(2)において、前記ラメラ構造の周期幅の平均は、3nm以上20nm以下であることが好ましい。これによって、特に鋼の湿式ミリング加工においても、より長い工具寿命を有することが可能となる。
【0013】
(4)上記(1)から(3)のいずれかにおいて、前記TiSiCN層は、柱状構造であることが好ましい。これによって、特に鋼の湿式ミリング加工においても、より長い工具寿命を有することが可能となる。
【0014】
(5)上記(1)から(4)のいずれかにおいて、前記TiSiCN層は、立方晶型の結晶構造を90体積%以上有することが好ましい。これによって、特に鋼の湿式ミリング加工においても、より長い工具寿命を有することが可能となる。
【0015】
(6)上記(1)から(5)のいずれかにおいて、前記TiSiCN層の厚みは、2.0μm以上15μm以下であることが好ましい。これによって、特に鋼の湿式ミリング加工においても、より長い工具寿命を有することが可能となる。
【0016】
[本開示の実施形態の詳細]
本開示の一実施形態(以下、「本実施形態」とも記す。)の切削工具の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。本開示の図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表すものである。また、長さ、幅、厚さ、深さなどの寸法関係は図面の明瞭化と簡略化のために適宜変更されており、必ずしも実際の寸法関係を表すものではない。
【0017】
本明細書において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。
【0018】
本明細書において化合物などを化学式で表す場合、原子比を特に限定しないときは従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるべきではない。たとえば「TiN」と記載されている場合、TiNを構成する原子数の比には、従来公知のあらゆる原子比が含まれる。
【0019】
[実施形態1:切削工具]
本開示の一実施形態に係る切削工具について、図1図13図19図21を用いて説明する。
本開示の一実施形態(以下、「本実施形態」とも記す。)は、
基材2と、該基材2上に配置された被膜3と、を備える切削工具1であって、
該切削工具1は、
すくい面11、
該すくい面11に連なる逃げ面12、および、
該すくい面11と該逃げ面12との境界部分からなる切れ刃13領域を含み、
該被膜3は、TiSiCN層30を含み、
該TiSiCN層30は、
該すくい面11に位置する第1のTiSiCN層と、
該切れ刃13領域に位置する第2のTiSiCN層と、を有し、
該第1のTiSiCN層の組成は、Ti(1-Xr)SiXrCNであり、
該第2のTiSiCN層の組成は、Ti(1-Xe)SiXeCNであり、
該Xrおよび該Xeは、それぞれ0.010以上0.100以下であり、且つXe-Xr≧0.003の関係を満たす。
【0020】
本開示によれば、特に鋼の湿式ミリング加工においても、長い工具寿命を有する切削工具1を提供することが可能となる。その理由は、以下の通りと推察される。
【0021】
上記Xrおよび上記Xeは、それぞれ0.010以上0.100以下であり、且つXe-Xr≧0.003の関係を満たす。XrおよびXeが0.100以下の範囲では、XrおよびXeの数値が高いほど(言い換えれば、Siの濃度が高いほど)、ナノインデンテーションでの硬度が上昇し、「耐摩耗性」が向上する傾向がある一方で、靱性の低下に起因して「耐欠損性」が低下し易い傾向がある。特に鋼の湿式ミリング加工においては、すくい面11の熱亀裂が発生し易い為、すくい面11において高い靱性(「耐欠損性」)が求められる。本開示の切削工具1おいては、上記Xrおよび上記Xeは、それぞれ0.010以上0.100以下である為、TiSiCN層30全体として適度な硬度を有することができることから、優れた「耐摩耗性」を有することができる。また、本開示の切削工具1においては、上記Xrおよび上記Xeは、Xe-Xr≧0.003の関係を満たす為、すくい面11におけるSiの濃度を相対的に低く抑えられることから、特にすくい面11において高い靱性(「耐欠損性」)を有することができる。
【0022】
すなわち、本開示によれば、切削工具が優れた「耐摩耗性」と優れた「耐欠損性」とを兼備することができる為、特に鋼の湿式ミリング加工においても、長い工具寿命を有する切削工具を提供することが可能となる。
【0023】
≪切削工具の構造≫
図1に示されるように、本実施形態の切削工具1は、上面、下面および四つの側面を含む表面を有しており、全体として、上下方向にやや薄い四角柱形状である。また、切削工具1には、上下面を貫通する貫通孔が形成されており、切削工具1の4つの側面の境界部分においては、隣り合う側面同士が円弧面で繋がれている。
【0024】
本実施形態の切削工具1では、上面および下面がすくい面11を成し、4つの側面(およびこれらを繋ぐ円弧面)が逃げ面12を成す。また、すくい面11と逃げ面12の境界部分が切れ刃13領域として機能する。換言すれば、本実施形態の切削工具1の表面(上面、下面、四つの側面、これらの側面を繋ぐ円弧面、および貫通孔の内周面)は、すくい面11、該すくい面11に連なる逃げ面12、および、該すくい面11と該逃げ面12との境界部分からなる切れ刃13領域を含む。
【0025】
すくい面11および逃げ面12の境界部分、すなわち切れ刃13領域、とは、「すくい面11と逃げ面12との境界を成す稜線Eと、すくい面11および逃げ面12のうち稜線E近傍となる部分と、を併せた部分」を意味する。「すくい面11および逃げ面12のうち稜線E近傍となる部分」とは、切削工具1の切れ刃13の形状によって決定される。以下に、切削工具1が、シャープエッジ形状の工具、ホーニング加工が施されたホーニング形状の工具、およびネガランド加工が施されたネガランド形状の工具の場合について説明する。
【0026】
図2および図3に、シャープエッジ形状の切削工具1を示す。このようなシャープエッジ形状の切削工具1において、「すくい面11および逃げ面12のうち稜線E近傍となる部分」は、稜線Eからの距離(直線距離)Dが、50μm以下の領域(図3において、点ハッチングが施される領域)と定義される。したがって、シャープエッジ形状の切削工具1における切れ刃13領域とは、図3において点ハッチングが施される領域に対応する部分となる。
【0027】
図4および図5に、ホーニング加工が施されたホーニング形状の切削工具1を示す。図4および図5においては、切削工具1の各部の他、すくい面11を含む仮想平面R、逃げ面12を含む仮想平面F、仮想平面Rと仮想平面Fとが交差してなる仮想稜線EE、すくい面11と仮想平面Rとの乖離の境界となる仮想境界線ER、および逃げ面12と仮想平面Fとの乖離の境界となる仮想境界線EFが示されている。なお、ホーニング形状の切削工具1において、上記の「稜線E」は、「仮想稜線EE」と読み替える。
【0028】
このようなホーニング形状の切削工具1において、「すくい面11および逃げ面12のうち仮想稜線EE近傍となる部分」は、仮想境界線ERおよび仮想境界線EFとに挟まれる領域(図5において点ハッチングが施される領域)と定義される。したがって、ホーニング形状の切削工具1における切れ刃13領域とは、図5において点ハッチングが施される領域に対応する部分となる。
【0029】
図6および図7に、ネガランド加工が施されたネガランド形状の切削工具1を示す。図6および図7においても、切削工具1の各部の他、すくい面11を含む仮想平面R、逃げ面12を含む仮想平面F、仮想平面Rと仮想平面Fとが交差してなる仮想稜線EE、すくい面11と仮想平面Rとの乖離の境界となる仮想境界線ER、および逃げ面12と仮想平面Fとの乖離の境界となる仮想境界線EFが示されている。なお、ネガランド形状の切削工具1においても、上記の「稜線E」は、「仮想稜線EE」と読み替える。
【0030】
このようなネガランド形状の切削工具1において、「すくい面11および逃げ面12のうち仮想稜線EE近傍となる部分」は、仮想境界線ERおよび仮想境界線EFとに挟まれる領域(図7において点ハッチングが施される領域)と定義される。したがって、ネガランド形状の切削工具1における切れ刃13領域とは、図7において点ハッチングが施される領域に対応する部分となる。
【0031】
図8および図9に、ホーニングとネガランドとが組み合された加工が施された形状の切削工具1を示す。図8および図9においても、切削工具1の各部の他、すくい面11を含む仮想平面R、逃げ面12を含む仮想平面F、仮想平面Rと仮想平面Fとが交差してなる仮想稜線EE、すくい面11と仮想平面Rとの乖離の境界となる仮想境界線ER、および逃げ面12と仮想平面Fとの乖離の境界となる仮想境界線EFが示されている。なお、ホーニングとネガランドとが組み合された加工が施された形状の切削工具1においても、上記の「稜線E」は、「仮想稜線EE」と読み替える。なお、仮想平面Rは、すくい面11のうち切れ刃13領域に近い平面を含む面とする。
【0032】
このような形状の切削工具1において、「すくい面11および逃げ面12のうち仮想稜線EE近傍となる部分」は、仮想境界線ERおよび仮想境界線EFとに挟まれる領域(図9において点ハッチングが施される領域)と定義される。したがって、当該切削工具1における切れ刃13領域とは、図9において点ハッチングが施される領域に対応する部分となる。
【0033】
図1には、旋削加工用刃先交換型切削チップとしての切削工具1が示されるが、切削工具1はこれに限られず、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップなどを例示できる。
【0034】
また、切削工具1が刃先交換型切削チップ等である場合、切削工具1は、チップブレーカを有するものも、有さないものも含まれ、また、切れ刃13領域は、その形状がシャープエッジ(すくい面11と逃げ面12とが交差する稜)(図1図3参照)、ホーニング(シャープエッジに対してアールを付与したもの)(図4および図5参照)加工されたもの、ネガランド(面取りをしたもの)(図6および図7参照)加工されたもの、ホーニング加工とネガランド加工とが組み合されたもの(図8および図9参照)のいずれをも含み得る。
【0035】
図2に示されるように、上記切削工具1は、基材2と、該基材2上に配置された被膜3とを備える。被膜3は、基材2の表面の一部に設けられていてもよいし、全面に設けられていてもよい。ただし、被膜3は、基材2の表面のうち、少なくとも稜線Eまたは仮想稜線EEからの距離(直線距離)Dが、300μm以下の領域に設けられる。本開示の効果を奏する限り、被膜3の構成が部分的に異なったりしていたとしても本実施形態の範囲を逸脱するものではない。
【0036】
基材2としては、この種の基材として従来公知のものであればいずれのものも使用することができる。たとえば、超硬合金(WC基超硬合金、WC及びCoを含む超硬合金、更にTi、Ta、Nb等の炭窒化物を添加した超硬合金など)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、立方晶型窒化硼素焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。これらの各種基材2の中でも、特にWC基超硬合金、サーメット(特にTiCN基サーメット)を選択することが好ましい。これは、これらの基材2が特に高温における硬度と強度とのバランスに優れ、切削工具1の基材2として優れた特性を有するためである。
【0037】
<被膜>
実施形態1の被膜3は、TiSiCN層30を含む。本実施形態の被膜3は、TiSiCN層30を含む限り、他の層31を含んでも良いし、含まなくても良い。他の層31としては、たとえば、下地層32、中間層33、および表面層34が挙げられる。下地層は、基材とTiSiCN層との間に設けられることができる(図20)。下地層32としては、例えばTiN層、TiC層、TiCN層、TiBN層、又はAl層が挙げられる。中間層33は、下地層32とTiSiCN層30との間(図示なし)、又はTiSiCN層30と表面層34との間(図21)に設けられることができる。中間層33としては、例えばTiCN層又はTiCNO層が挙げられる。表面層34は、被膜3の最表面に設けられることができる(図21)。表面層34としては、例えばTiC層、TiCN層、TiN層又はAl層が挙げられる。
【0038】
被膜3の厚みは、2.0μm以上20.0μm以下が好ましい。被膜3の厚みが2.0μm未満であると、工具寿命が不十分となる傾向がある。被膜3の厚みが20.0μm超であると、加工時に被膜内に応力が発生し、剥離または破壊が生じやすくなる。被膜3の厚みは、3.0μm以上19.0μm以下がより好ましく、4.0μm以上18.0μm以下が更に好ましい。被膜の厚みの測定方法については、後述する。
【0039】
<TiSiCN層>
本実施形態のTiSiCN層30は、すくい面11に位置する第1のTiSiCN層と、切れ刃13領域に位置する第2のTiSiCN層と、を有する。すなわち、1層のTiSiCN層30中に、第1のTiSiCN層からなる領域と、第2のTiSiCN層からなる領域が存在する。
【0040】
(TiSiCN層の組成)
上記第1のTiSiCN層の組成は、Ti(1-Xr)SiXrCNであり、上記第2のTiSiCN層の組成は、Ti(1-Xe)SiXeCNである。ここで、該Xrおよび該Xeは、それぞれ0.010以上0.100以下であり、且つXe-Xr≧0.003の関係を満たす。これによって、切削工具に優れた「耐摩耗性」と優れた「耐欠損性」とを兼備させることができる。
【0041】
上記Xrの下限は、すくい面11の耐摩耗性の向上という観点から、0.010以上が好ましく、0.015以上がより好ましく、0.020以上が更に好ましい。上記Xrの上限は、すくい面11の耐摩耗性の向上に伴う、すくい面11の靱性(耐欠損性)の低下の抑制という観点から、0.097以下が好ましく、0.090以下がより好ましく、0.080以下が更に好ましい。上記Xrは、0.010以上0.097以下が好ましく、0.015以上0.090以下が好ましく、0.020以上0.080以下が更に好ましい。
【0042】
上記Xeの下限は、切れ刃13領域の耐摩耗性の向上という観点から、0.013以上が好ましく、0.017以上がより好ましく、0.020以上が更に好ましい。上記Xeの上限は、切れ刃13領域の耐摩耗性の向上に伴う、切れ刃13領域の靱性(耐欠損性)の低下の抑制という観点から、0.100以下が好ましく、0.090以下がより好ましく、0.080以下が更に好ましい。上記Xeは、0.013以上0.100以下が好ましく、0.017以上0.090以下が好ましく、0.020以上0.080以下が更に好ましい。
【0043】
「Xe-Xr」の下限は、特にすくい面11の耐欠損性を向上させ、且つ特に切れ刃13領域の耐摩耗性を向上させるという観点から、0.003以上が好ましく、0.008以上がより好ましく、0.015以上が更に好ましい。「Xe-Xr」の上限は、濃度勾配が大きすぎることに起因して膜中に応力集中が発生することによる靭性低下の抑制という観点から、0.100以下が好ましく、0.090以下がより好ましく、0.080以下が更に好ましい。「Xe-Xr」は、0.003以上0.100以下が好ましく、0.008以上0.090以下が好ましく、0.015以上0.080以下が更に好ましい。
【0044】
上記Xrおよび上記Xeは、エネルギー分散型X線分光器を備える走査型電子顕微鏡(SEM-EDS)を用いた点分析により求めることができる。具体的な方法について、以下に説明する。
【0045】
(A1)切削工具1を、被膜3の厚み方向に沿う断面が露出するように切断することにより、測定試料を得る。切断の位置は、切削工具の実際の使用状況を鑑みて決定することが好ましい。
【0046】
図11および図12は、切削工具1の切断位置を説明するための図である。切削工具1が、コーナー部分(円弧を描く頂角の部分)の切れ刃13によって被削材を切削すべく使用される場合には、図11に示されるように、コーナー部分を二等分する線L1を含み、かつ、被膜3の厚み方向に沿う断面が露出するように切断する。一方、切削工具1が、ストレート部分(直線を描く部分)の切れ刃13によって被削材を切削すべく使用される場合には、図12に示されるように、ストレート部分の切れ刃13に垂直な線L2を含み、かつ、被膜3の厚み方向に沿う断面が露出するように切断する。必要に応じて、露出する切断面を研磨処理して、切断面を平滑にする。
【0047】
(B1)上記の切断面をSEM-EDSを用いて5000倍で観察し、すくい面11に位置する第1のTiSiCN層、または切れ刃13領域に位置する第2のTiSiCN層を含むように、被膜3の厚み方向1μm以上×厚み方向に垂直な方向5μm以上の矩形の測定視野を3箇所設定する。測定視野の厚み方向は、第1のTiSiCN層の厚み、または第2のTiSiCN層の厚みを全て含むように設定する。
【0048】
なお、上記測定視野をすくい面11に位置する第1のTiSiCN層を含むように設定する場合は、稜線Eまたは仮想稜線EEからの距離が200μm以上500μm以下であるすくい面11側の第1のTiSiCN層を含むように測定視野を設定する。上記測定視野を切れ刃13領域に位置する第2のTiSiCN層を含むように設定する場合は、稜線Eまたは仮想稜線EEからの距離が200μm以上500μm以下である切れ刃13領域側の第2のTiSiCN層を含むように測定視野を設定する。
【0049】
図13に示されるように、上記3箇所の測定視野は、各測定視野の厚み方向(図13において矢印Tで示される方向)の辺同士が接して、各測視野同士が連続するように設定される。各測定視野の一部は重なっていてもよい(図13において、重なっている部分は斜線にて示される。)。この場合は、各測定視野の厚み方向に垂直な方向(図13において矢印Hで示される方向)の辺の重なる部分の長さが2μm以下となるように設定される。
【0050】
(C1)先ず、上記3箇所の測定視野のそれぞれにおいて、第1のTiSiCN層の領域を特定する。具体的には、それぞれの測定視野についてSEM-EDSによる元素マッピングを行い、TiおよびSiが含まれる層を特定する。該特定された層が第1のTiSiCN層に該当する。次いで、上記3箇所の測定視野のそれぞれを5000倍で観察し、第1のTiSiCN層におけるTiとSiとの組成比を分析し、TiおよびSiの原子数の合計に対するSiの割合Xrを算出する。3箇所の測定視野のXrの平均値が、本実施形態の第1のTiSiCN層の組成Ti(1-Xr)SiXrCNにおけるXrに該当する。
【0051】
切れ刃領域に位置する第2のTiSiCN層の組成Ti(1-Xe)SiXeCNにおけるXeについても、測定視野の位置を切れ刃13領域に位置する第2のTiSiCN層内に設定する以外は、上記のXrと同様の方法で測定される。該測定視野は、稜線Eまたは仮想稜線EEからの距離が20μm以下である第2のTiSiCN層内に設定される。
【0052】
上述のSEM-EDS解析は、たとえば走査型電子顕微鏡(S-3400N型、日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて、以下の条件で測定することができる。
加速電圧 :15kV
プロセスタイム :5
スペクトルレンジ:0~20keV
チャンネル数 :1K
フレーム数 :150
X線取り出し角度:30°
【0053】
同一の切削工具で測定する限り、測定箇所を任意に選択しても、測定結果にばらつきがないことが確認されている。
【0054】
上記Ti(1-Xr)SiXrCNにおいて、Tiの原子数およびSiの原子数の合計Aと、Cの原子数およびNの原子数の合計Bとの比A:Bは、1:1に限定されず、本開示の効果が損なわれない限り、1:1以外であってもよい。たとえば、A:B=1:0.8~1.1であり得る。なお、該Bは、上記(C1)において「第1のTiSiCN層におけるTiとSiとCとNとの組成比を分析し、Ti、Si、C、およびNの原子数の合計に対する、CおよびNの原子数の合計の割合を算出する。なお、Cの原子数とNの原子数とは、エネルギー分散型X線分光器を備える透過型電子顕微鏡(TEM-EDS)を用いて測定することにより求められる。3箇所の測定視野の該割合の平均値が、本実施形態の第1のTiSiCN層の組成Ti(1-Xr)SiXrCNにおける上記Bに該当する。」ことを除いては、Xrと同様の方法により求められる。
【0055】
Ti(1-Xe)SiXeCNにおいて、Tiの原子数およびSiの原子数の合計Aと、Cの原子数およびNの原子数の合計Bとの比A:Bは、1:1に限定されず、本開示の効果が損なわれない限り、1:1以外であってもよい。たとえば、A:B=1:0.8~1.1であり得る。なお、該Bは、「第2のTiSiCN層」について分析を行うことを除いては、第1のTiSiCN層におけるBの測定方法と同様の方法により求められる。
【0056】
(TiSiCN層の厚み)
本実施形態において、TiSiCN層30の厚みは、2.0μm以上15μm以下であることが好ましい。TiSiCN層30の厚みが2.0μm未満であると、TiSiCN層30による耐摩耗性および耐欠損性の向上効果が得られにくく、工具寿命が不十分となる傾向がある。TiSiCN層30の厚みが15μm超であると、加工時にTiSiCN層30内に応力が発生し、剥離または破壊が生じやすくなる。TiSiCN層30の厚みは、3.0μm以上14μm以下がより好ましく、4.0μm以上13μm以下が更に好ましい。TiSiCN層30の厚みの測定方法は以下の通りである。
【0057】
(A2)上記TiSiCN層30の組成の測定方法の(A1)に記載の方法と同一の方法で、切削工具1を被膜3の厚み方向に沿う断面が露出するように切断し、測定試料を得る。
【0058】
(B2)上記の断面を走査型電子顕微鏡(S-3400N型、日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて5000倍で観察し、TiSiCN層30の厚みを、基材2の表面の法線方向に沿って、任意の6箇所で測定する。なお、任意の6箇所のうち、3箇所は第1のTiSiCN層に位置し、残りの3箇所は第2のTiSiCN層に位置する。これらの算術平均が「TiSiCN層30の厚み」に該当する。上記SEMの測定条件は、上記第1のTiSiCN層の組成の測定方法の(C1)に記載の測定条件と同一とする。
【0059】
同一の切削工具1で測定する限り、測定箇所を任意に選択しても、測定結果にばらつきがないことが確認されている。
【0060】
本実施形態において、被膜3の厚み、および、他の層31の厚みも上記と同一の手順で測定される。これらの厚みについても、同一の切削工具1で測定する限り、測定箇所を任意に選択しても、測定結果にばらつきがないことが確認されている。
【0061】
(TiSiCN層の構造)
上記TiSiCN層30は複数の硬質粒子からなり、該硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有することが好ましい。これによって、硬質粒子内に歪みが生じ、被膜3の表面に切削に伴う亀裂が発生したとしても、その亀裂の基材2への進展が効果的に抑制される。また、硬質粒子及びTiSiCN層30の硬度が高くなり、切削工具1の耐摩耗性が向上する。その為、切削工具1は、特に鋼の湿式ミリング加工においてもより長い工具寿命を有することができる。切削工具1において、「TiSiCN層30は複数の硬質粒子からなり、該硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有すること」は、以下の(A3)~(F3)の方法で確認される。
【0062】
(A3)被膜3表面の法線に沿って切削工具1をダイヤモンドワイヤーで切り出し、TiSiCN層30の断面を露出させる。露出された断面に対して収束イオンビーム加工(以下、「FIB加工」とも記す。)を行い、断面を鏡面状態とする。
【0063】
(B3)FIB加工された断面を、高角度環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)を用いて観察し、1つの硬質粒子を特定する。観察倍率は、2,000,000倍とする。次に、特定された1つの硬質粒子のHAADF-STEM像を得る。図19は、本実施形態の切削工具1における1つの硬質粒子のHAADF-STEM像の一例を示す図である。図19において、黒色で示される層は、珪素の濃度が相対的に低い領域(珪素低濃度層)であり、白色または灰色で示される層は珪素の濃度が相対的に高い領域(珪素高濃度層)である。
【0064】
(C3)上記HAADF-STEM像の中で、黒色で示される珪素低濃度層と、白色または灰色で示される珪素高濃度層とがそれぞれ7層以上積層している領域を含むように測定領域(サイズ:50nm×50nm)を設定する。
【0065】
(D3)上記HAADF-STEM像中の測定領域内で、珪素高濃度層と珪素低濃度層との積層方向を特定する。具体的には、制限視野領域の電子線回折パターンと、珪素高濃度層と珪素低濃度層との積層方位を重ね合わせ、回折スポットが示す方位より積層方位を特定する。
【0066】
(E3)上記HAADF-STEM像中の測定領域において、積層方向に沿って、STEM付帯のエネルギー分散型X線分析(Energy Dispersive X-ray spectrometry;EDX)装置によりライン分析を行い、組成を測定する。ライン分析のビーム径は0.5nm以下とし、スキャン間隔は0.5nmとし、ライン分析の長さは50nmとする。
【0067】
(F3)ライン分析の結果が、以下の(a1)~(b1)を満たす場合、硬質粒子が珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有することが確認される。
【0068】
(a1)測定領域が、チタン(Ti)、珪素(Si)、炭素(C)及び窒素(N)を含む。
【0069】
(b1)ライン分析の結果を、X軸が測定開始点からの距離、Y軸が珪素の原子数XSi及びチタンの原子数XTiの合計に対する、珪素の原子数XSiの百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100である座標系に示したグラフを作成する。該グラフにおいて、測定領域における百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100の平均(以下、「平均」とも記す。)を算出する。測定開始点からの距離の増加に伴い、該平均値よりも、百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100が大きい領域と小さい領域とが、交互に存在する。該平均値よりも、百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100が大きい領域は、珪素の濃度が相対的に高い層に該当する。該平均値よりも、百分率{XSi/(XSi+XTi)}×100が小さい領域は、珪素の濃度が相対的に低い層に該当する。
【0070】
同一の試料において測定する限りにおいては、上記(B3)で特定される硬質粒子を変更して複数回行っても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定箇所を設定しても恣意的にはならないことが確認されている。
【0071】
(ラメラ構造の周期幅の平均)
上記ラメラ構造の周期幅の平均は、3nm以上20nm以下であることが好ましい。これによって、珪素高濃度層と珪素低濃度層との間の歪みを維持し、耐欠損を向上させることができる為、切削工具1は特に鋼の湿式ミリング加工においても、より長い工具寿命を有することが可能となる。ここで、ラメラ構造の周期幅とは、1つの珪素高濃度層から、該1つの珪素高濃度層に隣接する珪素低濃度層を挟んで隣接する他の珪素高濃度層までの距離をいう。なお、この距離は、珪素高濃度層および他の珪素高濃度層の各層の厚み方向の中点を結ぶ距離とする。ラメラ構造の周期幅の平均とは、上記(C3)で設定した測定領域内で測定された全てのラメラ構造の周期幅の平均を意味する。
【0072】
本明細書において、珪素の濃度の周期幅の測定方法は以下の通りである。上記(A3)~(C3)と同様の方法で測定領域を設定する。該測定領域に対してフーリエ変換を行い、フーリエ変換像を得る(図示なし)。該フーリエ変換像において、測定領域内の周期性はスポットとして現れる。周期幅は、上記スポットと、フーリエ変換像において最大強度を示す画像中央との間の距離の逆数を計算することにより算出される。
【0073】
同一の試料において測定する限りにおいては、測定箇所を変更して複数回行っても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定箇所を設定しても恣意的にはならないことが確認されている。
【0074】
ラメラ構造を構成する珪素高濃度層及び珪素低濃度層の積層数(合計積層数)は、特に限定されるものではないが、例えば、10層以上1000層以下とすることが好ましい。積層数が10層以上であると、各珪素高濃度層及び各珪素低濃度層における結晶粒の粗大化が抑制され、硬質粒子の硬度を維持することができる。一方、積層数が1000層以下であると、各珪素高濃度層及び各珪素低濃度層の厚みを十分に確保することができ、単位層同士の混合を抑制することができる。
【0075】
上記TiSiCN層30は、柱状構造であることが好ましい。なお、ここで、「TiSiCN層30は、柱状構造である」とは、「硬質粒子の平均アスペクト比が3以上である」ことを意味する。これによって、TiSiCN層30のせん断方向への応力に対して高い強度を発揮できるため、微小クラックが抑制され、耐摩耗性が向上する。その為、特に、鋼の湿式ミリング加工においてもより長い工具寿命を有することができる。なお、ここで、硬質粒子の平均アスペクト比は、以下の(A4)~(D4)の手順で測定される。
【0076】
(A4)被膜3表面の法線に沿って切削工具1をダイヤモンドワイヤーで切り出し、TiSiCN層30の断面を露出させる。露出された断面に対して収束イオンビーム加工(以下、「FIB加工」とも記す。)を行い、断面を鏡面状態とする。
【0077】
(B4)FIB加工された断面において、矩形の観察視野を設定する。該観察視野の一組の辺は、基材2表面に平行な方向で長さ30μmとし、他の一組の辺は、基材2表面の法線方向でTiSiCN層30が全て含まれる長さ(TiSiCN層30の厚み)とする。
【0078】
(C4)高分解能電子線後方散乱回折装置を用いて、上記観察視野面内を0.02μm間隔で解析し、観察視野面内の立方晶型の結晶構造(以下、「立方晶構造」とも記す。)を有する測定点を求める。該測定点のうち、立方晶構造を有する測定点Aと、該測定点Aに隣接する測定点Bとの間で5度以上の方位差がある場合、該測定点Aと該測定点Bとの間を粒界と定義する。また、上記測定点Aに隣接する立方晶を有する測定点が存在しない場合は、測定点Aの外周を粒界と定義する。
【0079】
粒界で囲まれた領域で立方晶を有する測定点を含むものを1つの結晶粒と定義する。ただし、特定の測定点が、隣接する測定点全てと5度以上の方位差がある、あるいは、該測定点が立方晶構造を有さず、単独に存在する場合は、該測定点は結晶粒と判定しない。すなわち、2以上の測定点が連結しているものを結晶粒として取り扱う。このようにして、粒界判定を行い、結晶粒を特定する。
【0080】
(D4)次に、画像処理を行い、各結晶粒(各硬質粒子)において、基材2表面の法線方向の最大長さH、基材2表面と平行な方向の最大長さW、及び、面積Sを求める。結晶粒(硬質粒子)のアスペクト比AはA=H/Wとして算出する。観察視野内で20個の結晶粒(硬質粒子)P1~P20を任意に選択する。該20個の結晶粒(硬質粒子)のそれぞれについて、アスペクト比を求める。該20個の結晶粒(硬質粒子)P1~P20のアスペクト比Aの面積加重平均Aaveを式「Aave=(A1S1+A2S2+…+A20S20)/(S1+S2+…+Sn)」に基づき算出する。上記式において、A1~A20は、それぞれ結晶粒(硬質粒子)P1~P20のアスペクト比Aである。上記式において、S1~S20は、それぞれ結晶粒(硬質粒子)P1~P20の面積Sである。
【0081】
本明細書において、得られた面積加重平均Aaveが硬質粒子の平均アスペクト比に該当する。同一の試料において測定する限りにおいては、観察視野を変更して複数回行っても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に観察視野を設定しても恣意的にはならないことが確認されている。
【0082】
(TiSiCN層の結晶構造)
TiSiCN層30は、立方晶型の結晶構造を90体積%以上有することが好ましい。これによって、TiSiCN層30はより高い硬度を有することができる為、切削工具1はより優れた耐摩耗性を有することができる。TiSiCN層30は、立方晶型の結晶構造を92体積%以上有することがより好ましく、94体積%以上有することが更に好ましい。TiSiCN層30は、立方晶型の結晶構造を100体積%有することが最も好ましいが、製造上の観点で、98体積%以下、96体積%以下、95体積%以下有することができる。TiSiCN層30は、立方晶型の結晶構造を90体積%以上100体積%以下有することが好ましく、92体積%以上98体積%以下有することがより好ましく、94体積%以上96体積%以下有することが更に好ましい。TiSiCN層30に占める立方晶型の結晶構造の割合(百分率)は、電子線後方散乱回折装置をつかった組織観察により求められる。具体的には、先ず上記(A4)から上記(C4)を実行することにより、測定点を求める。なお、方位マッピング像(カラーマップ)において、立方晶型の結晶部分は「黒色以外」で表示される一方で、立方晶型の結晶部分以外の部分は「黒色」で表示される。該方位マッピング像中の「黒色以外」の部分の面積率を算出することにより、TiSiCN層30に占める立方晶型の結晶構造の割合(百分率)は求められる。
【0083】
[実施形態2:切削工具の製造方法]
本実施形態の切削工具の製造方法について図14~18を用いて説明する。本実施形態の切削工具の製造方法は、実施形態1に記載の切削工具の製造方法であって、
基材を準備する第1工程と、
該基材上に被膜を形成する第2工程と、を備え、
該第2工程は、CVD装置を用いたCVD法により上記TiSiCN層を形成する第2a工程を含む。
【0084】
≪第1工程≫
第1工程において、基材を準備する。例えば、基材として超硬合金を用いる場合は、市販の基材を用いてもよく、一般的な粉末冶金法で製造してもよい。一般的な粉末冶金法で製造する場合、例えば、ボールミル等によってWC粉末とCo粉末等とを混合して混合粉末を得る。該混合粉末を乾燥した後、所定の形状に成形して成形体を得る。さらに該成形体を焼結することにより、WC-Co系超硬合金(焼結体)を得る。次いで該焼結体に対して、ホーニング処理等の所定の刃先加工を施すことにより、WC-Co系超硬合金からなる基材を製造することができる。上記以外の基材であっても、この種の基材として従来公知のものであればいずれも準備可能である。
【0085】
≪第2工程≫
次に、第2工程において、上記基材上に被膜を形成する。被膜の形成は、例えば図14に示されるCVD装置を用いて行う。CVD装置50内には、基材10を保持した基材セット治具52を複数設置することができ、これらは耐熱合金鋼製の反応容器53でカバーされる。また、反応容器53の周囲には調温装置54が配置されており、この調温装置54により、反応容器53内の温度を制御することができる。
【0086】
CVD装置50には、2つの導入口55、57を有するノズル56が配置されている。なお、該ノズル56は、更に他の一つの導入口(図示せず)を有することもできる。ノズル56は、基材セット治具52が配置される領域を貫通するように配置されている。ノズル56の基材セット治具52近傍の部分には複数の噴射孔(第1噴射孔61、第2噴射孔62、第3噴射孔(図示せず))が形成されている。
【0087】
図14において、導入口55、57、及び、他の一つの導入口(図示せず)からノズル56内に導入された各ガスは、ノズル56内においても混合されることなく、それぞれ異なる噴射孔を経て、反応容器53内に導入される。このノズル56は、その軸を中心軸として回転することができる。また、CVD装置50には排気管59が配置されており、排気ガスは排気管59の排気口60から外部へ排出することができる。なお、反応容器53内の治具類等は、通常黒鉛により構成される。
【0088】
<第2a工程>
上記第2a工程においては、CVD装置を用いたCVD法により上記TiSiCN層を形成する。該第2a工程は、TiClガス、SiClガス及びCHCNガスを該基材の表面に向かって噴出する第2a-1工程を含み、該TiClガスは、該CVD装置のノズルに設けられた複数の第2噴射孔から噴出され、該SiClガスは、該ノズルに設けられた複数の第1噴射孔から噴出される。該CHCNガスは、上記ノズル56が更に他の一つの導入口(図示せず)を有する場合においては、該ノズルに設けられた複数の第3噴射孔63(図18)から噴出される。また、CHCNガスは、上記ノズル56が更に他の一つの導入口(図示せず)を有さない場合においては、該CHCNガスは、上記複数の第1噴射孔および上記複数の第2噴射孔から噴出される。また、該第2a-1工程において、該ノズルは回転する。
【0089】
本工程において、反応容器内の基材温度は800~900℃の範囲が好ましく、反応容器内の圧力は10~300mbarであることが好ましい。また、キャリアガスとして、Hガス、Nガス、Arガスなどを用いることができる。キャリアガスは、第1噴射孔、第2噴射孔、および第3噴射孔のそれぞれから噴出される。
【0090】
(XrおよびXeを調整するための条件)
「XrおよびXeを調整するための条件」に関し、図15図17を用いて以下に説明する。図15は、上記図14の領域XVにおける拡大図である。図16は、図15のノズルの端面図であり、図15のXVI-XVI線矢視方向から見た端面図である。図17は、図15のノズルの端面図であり、図15のXVII-XVII線矢視方向から見た端面図である。本工程において、上記第1噴射孔61は、CVD装置50内で最も近接する基板2のすくい面の高さ位置HPを基準として、該高さ位置HPから上記第1噴射孔61の最下端までの距離(言い換えれば、すくい面からの高さd1(図示なし))を0mm以上2mm以下とする(図15、17)。これに対し、上記第2噴射孔62は、CVD装置50内で最も近接する基板2のすくい面の高さ位置HPを基準として、該高さ位置HPから上記第2噴射孔62の最下端までの距離(言い換えれば、すくい面からの高さd2)が3mm以上15mm以下とする(図15、16)。これらによって、上記第1噴射孔61は、上記基板の切れ刃領域に相対的に近接する為、該第1噴射孔61から噴出されるSiClガスは相対的に切れ刃領域に蒸着され易くなる一方で、相対的にすくい面に蒸着され難くなる。その結果として、該第2噴射孔62から噴出されるTiClガスは、相対的にすくい面に蒸着され易くなる。また、第1噴射孔において、SiClガスの流量は、1.0ml/min以上6.0ml/min未満とする。これによって、特に切れ刃領域において、SiClの過度な蒸着を抑えることができる。これらにより、「該TiSiCN層は、該すくい面に位置する第1のTiSiCN層と、該切れ刃領域に位置する第2のTiSiCN層と、を有し、該第1のTiSiCN層の組成は、Ti(1-Xr)SiXrCNであり、該第2のTiSiCN層の組成は、Ti(1-Xe)SiXeCNであり、該Xrおよび該Xeは、それぞれ0.010以上0.100以下であり、且つXe-Xr≧0.003の関係を満たす」ことができる。このことは、本発明者らが鋭意検討の結果、新たに見出したものである。
【0091】
(ラメラ構造を形成するための条件)
本工程において、上記第1噴射孔から噴出されるガスの組成を、SiCl、H、Nとし、且つ上記第2噴射孔から噴出されるガスの組成を、TiCl、H、Nとし、且つ上記第3噴射孔から噴出されるガスの組成を、CHCN、Hとすることができる。これによって、上記TiSiCN層は複数の硬質粒子からなり、該硬質粒子は、珪素の濃度が相対的に高い層と低い層とが交互に積層したラメラ構造を有することができる。
【0092】
(ラメラ構造の周期幅を調整するための条件)
本工程において、上記ノズルの回転速度は、1rpm以上20rpm以下とすることができる。これによって、「ラメラ構造の周期幅の平均」を所望の範囲に調整することができる。なお、上記ノズルの回転速度は、1.5rpm以上9.0rpm以下とすることが好ましい。これによって、「ラメラ構造の周期幅の平均」を「3nm以上20nm以下」とすることができる。
【0093】
(TiSiCN層を柱状構造とするための条件)
本工程において、成膜温度は、800℃以上860℃以下とすることができる。これによって、TiSiCN層を柱状構造とすることができる。
【0094】
(TiSiCN層に占める立方晶型の結晶構造の割合を調整するための条件)
本工程において、炉内圧力は、10mbar以上65mbar以下とすることができる。これによって、上記TiSiCN層に占める立方晶型の結晶構造の割合(百分率)を所望の範囲に調整することができる。
【0095】
(TiSiCN層の厚みを調整するための条件)
本工程において、成膜時間は、2時間以上24時間以下とすることができる。これによって、上記TiSiCN層の厚みを所望の範囲に調整することができる。なお、成膜時間は、4.0時間以上20.0時間以下であることが好ましい。これによって、TiSiCN層の厚みを2.0μm以上15μm以下とすることができる。
【0096】
(その他の条件)
TiSiCN層の形成中、反応ガスの総ガス流量は、例えば、120~200L/分とすることができる。ここで「総ガス流量」とは、標準状態(0℃、1気圧)における気体を理想気体とし、単位時間当たりにCVD炉に導入された全容積流量を示す。
【0097】
上記第2工程により形成される被膜は、TiSiCN層を含み、該TiSiCN層は、該すくい面に位置する第1のTiSiCN層と、該切れ刃領域に位置する第2のTiSiCN層と、を有し、該第1のTiSiCN層の組成は、Ti(1-Xr)SiXrCNであり、該第2のTiSiCN層の組成は、Ti(1-Xe)SiXeCNであり、該Xrおよび該Xeは、それぞれ0.010以上0.100以下であり、且つXe-Xr≧0.003の関係を満たす。
【0098】
<その他の工程>
上記の工程に加えて、表面研削、ショットブラストなどの表面処理工程を行うことができる。
【0099】
被膜が他の層(下地層など)を含む場合は、これらの層は従来公知の方法で形成することができる。
【実施例
【0100】
本実施の形態を実施例によりさらに具体的に説明する。ただし、これらの実施例により本実施の形態が限定されるものではない。
【0101】
[実施例1]
≪切削工具の作製≫
<第1工程>
超硬合金製の旋削用切削チップ(基材)として、Co(6wt%)―VC(0.2wt%)-Cr(0.4wt%)―WC(残り)からなる原料粉末を均一に混合し、所定の形状に加圧成形した後、1300-1500℃で1-2時間焼結および所定寸法に加工することでSEC-ウェーブミルWGX型用チップ(型番:SEET13T3AGSR-G(住友電工ハードメタル社製))を準備した。
【0102】
<その他の工程(下地層を形成する工程)>
試料1-1~1-12、1-12-2、1-101~1-104の切削工具を作製する為、上記で得られた各基材に対してその表面に下地層(TiN層)を形成した。具体的には基材を化学気相蒸着装置の反応炉内にセットし、基材上に化学気相蒸着法により下地層を形成した。なお、下地層の形成条件は、以下の表1に記載した通りであった。
【表1】
【0103】
<第2工程>
上記で得られた各基材に対してその表面に被膜を形成した。具体的には、基材を化学気相蒸着装置の反応炉内にセットすることにより、基材上に化学気相蒸着法により被膜を形成した。なお、被膜の形成条件は、以下の表2に記載した通りであった。
【0104】
【表2】
【0105】
<その他の工程(中間層および表面層を形成する工程)>
試料1-1~1-12-1、1-101~1-104の切削工具を作製する為、上記で得られた各TiSiCN層に対してその表面に中間層(TiCNO層)および表面層(Al層)を形成した。具体的には各試料を化学気相蒸着装置の反応炉内にセットし、表3に記載した中間層の形成条件で化学気相蒸着法を実行することにより、TiSiCN層上に中間層を形成した後、表4に記載した表面層の形成条件で化学気相蒸着法を実行することにより、中間層上に表面層を形成した。
【0106】
【表3】
【0107】
【表4】
【0108】
【表5】
【0109】
以上の工程を実行することにより、表5に示した構成を有する試料1-1~1-12-3、1-101~1-104の切削工具を作製した。
【0110】
≪評価≫
各試料の切削工具について、Xr、Xe、A:B、ラメラ構造の周期幅の平均、TiSiCN層が柱状構造であるか否か、立方晶構造の含有率、およびTiSiCN層の厚みを測定した。
【0111】
<XrおよびXeの測定>
試料1-1~1-12-3、1-101~1-104の切削工具について、上記Xrを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表5の「Xr(すくい面)」の欄に記す。また、試料1-1~1-12、1-101~1-104の切削工具について、上記Xeを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表2の「Xe(切れ刃)」の欄に記す。
【0112】
<A:Bの測定>
試料1-1~1-12-3、1-101~1-104の切削工具について、第1のTiSiCN層における上記A:Bを実施形態1に記載の方法により求めた。その結果、試料1-1~1-12-3、1-101~1-104の切削工具の全てについて、第1のTiSiCN層におけるA:Bとの比は、A:B=1:0.8~1.1であることが確認された。また、試料1-1~1-12-3、1-101~1-104の切削工具について、第2のTiSiCN層における上記A:Bを実施形態1に記載の方法により求めた。その結果、試料1-1~1-12-3、1-101~1-104の切削工具の全てについて、第2のTiSiCN層におけるA:Bとの比は、A:B=1:0.8~1.1であることが確認された。
【0113】
<ラメラ構造の周期幅の平均の測定>
試料1-1~1-12-3、1-101~1-104の切削工具について、ラメラ構造の周期幅の平均を実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表5の「周期幅の平均[nm]」の欄に記す。
【0114】
<TiSiCN層が柱状構造であるか否かの特定>
試料1-1~1-12、1-101~1-104の切削工具について、TiSiCN層が柱状構造であるか否かを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表5の「断面組織」の欄に記す。表5の「断面組織」の欄において、「柱状構造」とは「TiSiCN層が柱状構造である」こと(言い換えれば、硬質粒子の平均アスペクト比が3以上であること)を指し、「粒状構造」とは「TiSiCN層が柱状構造でない」こと(言い換えれば、硬質粒子の平均アスペクト比が3未満であること)を指す。
【0115】
<TiSiCN層における立方晶型の結晶構造の含有率の測定>
試料1-1~1-12-3、1-101~1-104の切削工具について、TiSiCN層における立方晶型の結晶構造の含有率を実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表5の「立方晶の含有率[体積%]」の欄に記す。
【0116】
<下地層の厚み、TiSiCN層の厚み、中間層の厚み、および表面層の厚みの測定>
試料1-1~1-12、1-12-2、1-101~1-104の切削工具について、下地層の厚みを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表5の「下地層の厚み[μm]」の欄に記す。試料1-1~1-12-3、1-101~1-104の切削工具について、TiSiCN層の厚みを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表5の「TiSiCN層の厚み[μm]」の欄に記す。試料1-1~1-12-1、1-101~1-104の切削工具について、中間層の厚みを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表5の「中間層の厚み[μm]」の欄に記す。試料1-1~1-12-1、1-101~1-104の切削工具について、表面層の厚みを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表5の「表面層の厚み[μm]」の欄に記す。
【0117】
<切削試験>
試料1-1~1-12-3、1-101~1-104の切削工具を用いて、以下の切削条件により逃げ面摩耗量(Vb)が0.20mmとなるまでの切削時間を測定するとともに切れ刃の最終損傷形態を観察した。得られた結果をそれぞれ表5の「工具寿命[分]」の欄に記す。切削時間が長いもの程、工具寿命が長くなっていることを示す。
【0118】
(切削条件)
被削材:SKD8ブロック材
周速:100m/min
送り速度:0.15mm/t
切込み量:1.5mm
切削液:あり
当該切削条件は、鋼の湿式ミリング加工に該当する。
【0119】
<結果>
試料1-1~1-12-3の切削工具は、実施例に該当する。一方、試料1-101~1-104は、比較例に該当する。試料1-1~1-12-3の切削工具(実施例)は、試料1-101~1-104の切削工具(比較例)に比して、鋼の湿式ミリング加工においても長い工具寿命を有することが確認された。
【0120】
[実施例2]
≪切削工具の作製≫
<第1工程>
試料1-1~1-12-3、1-101~1-104の基材と同一の基材を準備した。
【0121】
<その他の工程(下地層を形成する工程)>
試料2-1~2-11、2-11-2、2-101~2-104の切削工具を作製する為、上記で得られた各基材に対してその表面に下地層(TiN層)を形成した。具体的には基材を化学気相蒸着装置の反応炉内にセットし、基材上に化学気相蒸着法により下地層を形成した。なお、下地層の形成条件は、以下の表6に記載した通りであった。
【表6】
【0122】
<第2工程>
上記で得られた各基材に対してその表面に被膜を形成した。具体的には、基材を化学気相蒸着装置の反応炉内にセットすることにより、基材上に化学気相蒸着法により被膜を形成した。なお、被膜の形成条件は、以下の表7に記載した通りであった。
【0123】
【表7】
【0124】
<その他の工程(中間層および表面層を形成する工程)>
試料2-1~2-11-1、2-101~2-104の切削工具を作製する為、上記で得られた各TiSiCN層に対してその表面に中間層(TiCNO層)および表面層(Al層)を形成した。具体的には各試料を化学気相蒸着装置の反応炉内にセットし、表8に記載した中間層の形成条件で化学気相蒸着法を実行することにより、TiSiCN層上に中間層を形成した後、表9に記載した表面層の形成条件で化学気相蒸着法を実行することにより、中間層上に表面層を形成した。
【0125】
【表8】
【0126】
【表9】
【0127】
【表10】
【0128】
以上の工程を実行することにより、表10に示した構成を有する試料2-1~2-11-3、2-101~2-104の切削工具を作製した。
【0129】
≪評価≫
各試料の切削工具について、Xr、Xe、A:B、ラメラ構造の周期幅の平均、TiSiCN層が柱状構造であるか否か、立方晶構造の含有率、およびTiSiCN層の厚みを測定した。
【0130】
<XrおよびXeの測定>
試料2-1~2-11-3、2-101~2-104の切削工具について、上記Xrを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表10の「Xr(すくい面)」の欄に記す。また、試料2-1~2-11-3、2-101~2-104の切削工具について、上記Xeを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表10の「Xe(切れ刃)」の欄に記す。
【0131】
<A:Bの測定>
試料2-1~2-11-3、2-101~2-104の切削工具について、上記A:Bを実施形態1に記載の方法により求めた。その結果、試料2-1~2-11-3、2-101~2-104の切削工具の全てについて、A:Bとの比は、A:B=1:0.8~1.1であることが確認された。また、試料2-1~2-11-3、2-101~2-104の切削工具について、第2のTiSiCN層における上記A:Bを実施形態1に記載の方法により求めた。その結果、試料2-1~2-11-3、2-101~2-104の切削工具の全てについて、第2のTiSiCN層におけるA:Bとの比は、A:B=1:0.8~1.1であることが確認された。
【0132】
<ラメラ構造の周期幅の平均の測定>
試料2-1~2-11-3、2-101~2-104の切削工具について、ラメラ構造の周期幅の平均を実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表10の「周期幅の平均[nm]」の欄に記す。
【0133】
<TiSiCN層が柱状構造であるか否かの特定>
試料2-1~2-11-3、2-101~2-104の切削工具について、TiSiCN層が柱状構造であるか否かを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表10の「断面組織」の欄に記す。表10の「断面組織」の欄において、「柱状構造」とは「TiSiCN層が柱状構造である」こと(言い換えれば、硬質粒子の平均アスペクト比が3以上であること)を指し、「粒状構造」とは「TiSiCN層が柱状構造でない」こと(言い換えれば、硬質粒子の平均アスペクト比が3未満であること)を指す。
【0134】
<TiSiCN層における立方晶型の結晶構造の含有率の測定>
試料2-1~2-11-3、2-101~2-104の切削工具について、TiSiCN層における立方晶型の結晶構造の含有率を実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表10の「立方晶の含有率[体積%]」の欄に記す。
【0135】
<下地層の厚み、TiSiCN層の厚み、中間層の厚み、および表面層の厚みの測定>
試料2-1~2-11、2-11-2、2-101~2-104の切削工具について、下地層の厚みを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表10の「下地層の厚み[μm]」の欄に記す。試料2-1~2-11-3、2-101~2-104の切削工具について、TiSiCN層の厚みを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表10の「TiSiCN層の厚み[μm]」の欄に記す。試料2-1~2-11-1、2-101~2-104の切削工具について、中間層の厚みを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表10の「中間層の厚み[μm]」の欄に記す。試料2-1~2-11-1、2-101~2-104の切削工具について、表面層の厚みを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表10の「表面層の厚み[μm]」の欄に記す。
【0136】
<切削試験>
試料2-1~2-11-3、2-101~2-104の切削工具を用いて、以下の切削条件により逃げ面摩耗量(Vb)が0.20mmとなるまでの切削時間を測定するとともに切れ刃の最終損傷形態を観察した。得られた結果をそれぞれ表10の「工具寿命[分]」の欄に記す。切削時間が長いもの程、工具寿命が長くなっていることを示す。
【0137】
(切削条件)
被削材:SKD11ブロック材
周速:150m/min
送り速度:0.15mm/t
切込み量:1.5mm
切削液:あり
当該切削条件は、鋼の湿式ミリング加工に該当する。
【0138】
<結果>
試料2-1~2-11-3の切削工具は、実施例に該当する。一方、試料2-101~2-104は、比較例に該当する。試料2-1~2-11-3の切削工具(実施例)は、試料2-101~2-104の切削工具(比較例)に比して、鋼の湿式ミリング加工においても長い工具寿命を有することが確認された。
【0139】
[実施例3]
≪切削工具の作製≫
<第1工程>
試料1-1~1-12-3、1-101~1-104の基材と同一の基材を準備した。
【0140】
<その他の工程(下地層を形成する工程)>
試料3-1~3-10、3-10-2、3-101~3-104の切削工具を作製する為、上記で得られた各基材に対してその表面に下地層(TiN層)を形成した。具体的には基材を化学気相蒸着装置の反応炉内にセットし、基材上に化学気相蒸着法により下地層を形成した。なお、下地層の形成条件は、以下の表11に記載した通りであった。
【表11】
【0141】
<第2工程>
上記で得られた各基材に対してその表面に被膜を形成した。具体的には、基材を化学気相蒸着装置の反応炉内にセットすることにより、基材上に化学気相蒸着法により被膜を形成した。なお、被膜の形成条件は、以下の表5に記載した通りであった。
【0142】
【表12】
【0143】
<その他の工程(中間層および表面層を形成する工程)>
試料3-1~3-10-1、3-101~3-104の切削工具を作製する為、上記で得られた各TiSiCN層に対してその表面に中間層(TiCNO層)および表面層(Al層)を形成した。具体的には各試料を化学気相蒸着装置の反応炉内にセットし、表13に記載した中間層の形成条件で化学気相蒸着法を実行することにより、TiSiCN層上に中間層を形成した後、表14に記載した表面層の形成条件で化学気相蒸着法を実行することにより、中間層上に表面層を形成した。
【0144】
【表13】
【0145】
【表14】
【0146】
【表15】
【0147】
以上の工程を実行することにより、表15に示した構成を有する試料3-1~3-10-3、3-101~3-104の切削工具を作製した。
【0148】
≪評価≫
各試料の切削工具について、Xr、Xe、A:B、ラメラ構造の周期幅の平均、TiSiCN層が柱状構造であるか否か、立方晶構造の含有率、およびTiSiCN層の厚みを測定した。
【0149】
<XrおよびXeの測定>
試料3-1~3-10-3、3-101~3-104の切削工具について、上記Xrを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表15の「Xr(すくい面)」の欄に記す。また、試料3-1~3-10-3、3-101~3-104の切削工具について、上記Xeを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表15の「Xe(切れ刃)」の欄に記す。
【0150】
<A:Bの測定>
試料3-1~3-10-3、3-101~3-104の切削工具について、上記A:Bを実施形態1に記載の方法により求めた。その結果、試料3-1~3-10-3、3-101~3-104の切削工具の全てについて、A:Bとの比は、A:B=1:0.8~1.1であることが確認された。また、試料3-1~3-10-3、3-101~3-104の切削工具について、第2のTiSiCN層における上記A:Bを実施形態1に記載の方法により求めた。その結果、試料3-1~3-10-3、3-101~3-104の切削工具の全てについて、第2のTiSiCN層におけるA:Bとの比は、A:B=1:0.8~1.1であることが確認された。
【0151】
<ラメラ構造の周期幅の平均の測定>
試料3-1~3-10-3、3-101~3-104の切削工具について、ラメラ構造の周期幅の平均を実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表15の「周期幅の平均[nm]」の欄に記す。
【0152】
<TiSiCN層が柱状構造であるか否かの特定>
試料3-1~3-10-3、3-101~3-104の切削工具について、TiSiCN層が柱状構造であるか否かを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表15の「断面組織」の欄に記す。表15の「断面組織」の欄において、「柱状構造」とは「TiSiCN層が柱状構造である」こと(言い換えれば、硬質粒子の平均アスペクト比が3以上であること)を指し、「粒状構造」とは「TiSiCN層が柱状構造でない」こと(言い換えれば、硬質粒子の平均アスペクト比が3未満であること)を指す。
【0153】
<TiSiCN層における立方晶型の結晶構造の含有率の測定>
試料3-1~3-10-3、3-101~3-104の切削工具について、TiSiCN層における立方晶型の結晶構造の含有率を実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表15の「立方晶の含有率[体積%]」の欄に記す。
【0154】
<下地層の厚み、TiSiCN層の厚み、中間層の厚み、および表面層の厚みの測定>
試料3-1~3-10、3-10-2、3-101~3-104の切削工具について、下地層の厚みを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表15の「下地層の厚み[μm]」の欄に記す。試料3-1~3-10-3、3-101~3-104の切削工具について、TiSiCN層の厚みを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表15の「TiSiCN層の厚み[μm]」の欄に記す。試料3-1~3-10-1、3-101~3-104の切削工具について、中間層の厚みを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表15の「中間層の厚み[μm]」の欄に記す。試料3-1~3-10-1、3-101~3-104の切削工具について、表面層の厚みを実施形態1に記載の方法により求めた。得られた結果をそれぞれ表15の「表面層の厚み[μm]」の欄に記す。
【0155】
<切削試験>
試料3-1~3-10-3、3-101~3-104の切削工具を用いて、以下の切削条件により逃げ面摩耗量(Vb)が0.20mmとなるまでの切削時間を測定するとともに切れ刃の最終損傷形態を観察した。得られた結果をそれぞれ表15の「工具寿命[分]」の欄に記す。切削時間が長いもの程、工具寿命が長くなっていることを示す。
【0156】
(切削条件)
被削材:SKD61ブロック材
周速:180m/min
送り速度:0.3mm/t
切込み量:1.5mm
切削液:あり
当該切削条件は、鋼の湿式ミリング加工に該当する。
【0157】
<結果>
試料3-1~3-10-3の切削工具は、実施例に該当する。一方、試料3-101~3-104は、比較例に該当する。試料3-1~3-10-3の切削工具(実施例)は、試料3-101~3-104の切削工具(比較例)に比して、鋼の湿式ミリング加工においても長い工具寿命を有することが確認された。
【0158】
以上により、試料1-1~1-12-3、2-1~2-11-3、3-1~3-10-3の切削工具は、鋼の湿式ミリング加工においても、長い工具寿命を有することが分かった。
【0159】
以上のように本開示の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形することも当初から予定している。
【0160】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0161】
1 切削工具、2 基材、2a すくい面、2b 逃げ面、2c 切れ刃、3 被膜、11 すくい面、12 逃げ面、13 切れ刃、30 TiSiCN層、31 他の層、32 下地層、33 中間層、34 表面層、50 CVD装置、52 基材セット治具、53 反応容器、54 調温装置、55,57 導入口、56 ノズル、59 排気管、60 排気口、61 第1噴射孔、62 第2噴射孔、63 第3噴射孔、E すくい面と逃げ面との境界を成す稜線、D 稜線または仮想稜線からの距離(直線距離)、R すくい面を含む仮想平面、F 逃げ面を含む仮想平面、EE 仮想平面Rと仮想平面Fとが交差してなる仮想稜線、EF 逃げ面と仮想平面Fとの乖離の境界となる仮想境界線、ER すくい面と仮想平面Rとの乖離の境界となる仮想境界線、L1 コーナー部分を二等分する線、L2 ストレート部分の切れ刃に垂直な線、T,H 矢印、HP 基板のすくい面の高さ位置。
【要約】
切削工具は、基材と、前記基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、前記切削工具は、すくい面、前記すくい面に連なる逃げ面、および、前記すくい面と前記逃げ面との境界部分からなる切れ刃領域を含み、前記被膜は、TiSiCN層を含み、前記TiSiCN層は、前記すくい面に位置する第1のTiSiCN層と、前記切れ刃領域に位置する第2のTiSiCN層と、を有し、前記第1のTiSiCN層の組成は、Ti(1-Xr)SiXrCNであり、前記第2のTiSiCN層の組成は、Ti(1-Xe)SiXeCNであり、前記Xrおよび前記Xeは、それぞれ0.010以上0.100以下であり、且つXe-Xr≧0.003の関係を満たす、切削工具。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
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図21