(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-09
(45)【発行日】2024-01-17
(54)【発明の名称】ラチェット型クラッチ
(51)【国際特許分類】
F16D 41/12 20060101AFI20240110BHJP
【FI】
F16D41/12 A
F16D41/12 C
(21)【出願番号】P 2020060330
(22)【出願日】2020-03-30
【審査請求日】2022-12-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000102784
【氏名又は名称】NSKワーナー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002435
【氏名又は名称】弁理士法人井上国際特許商標事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100077919
【氏名又は名称】井上 義雄
(74)【代理人】
【識別番号】100172638
【氏名又は名称】伊藤 隆治
(74)【代理人】
【識別番号】100153899
【氏名又は名称】相原 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100159363
【氏名又は名称】井上 淳子
(72)【発明者】
【氏名】岡田 伸治
(72)【発明者】
【氏名】岩野 彰
(72)【発明者】
【氏名】片山 修
【審査官】角田 貴章
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-005202(JP,A)
【文献】韓国登録特許第10-1082084(KR,B1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0288592(US,A1)
【文献】特開2019-188925(JP,A)
【文献】特開平11-325125(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0271365(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2009/0145714(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0170198(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 41/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外輪と、
前記外輪の径方向内側に前記外輪の中心軸線と同軸に且つ相対回転可能に配置された内輪と、
トルク伝達可能に前記外輪と前記内輪とを係合可能なラチェット機構とを有し、
前記ラチェット機構は、前記外輪の内周部または前記内輪の外周部の何れか一方に周方向等間隔に設けられた複数の歯部と、
前記外輪の内周部または前記内輪の外周部の何れか他方に設けられ、前記歯部と噛み合うことにより前記外輪に対する前記内輪、または前記内輪に対する前記外輪がラチェット可能な方向をロックする複数の爪部材と、を備えたラチェット型クラッチにおいて、
前記複数の爪部材は、前記外輪の内周部または前記内輪の外周部の何れか他方に固定された保持器に保持され、
前記保持器および前記各爪部材は、前記各爪部材をそれぞれ前記中心軸線と平行な軸線を中心に回動可能に保持する保持機構を備え
、
前記各爪部材は、前記回動の中心の前記軸線を含む中心部と、前記中心部から第1の周方向に突出し前記歯部と噛み合い可能な爪部と、前記中心部から前記第1の周方向とは反対の第2の周方向に突出し前記爪部と同様の形状の突出部とを有し、
前記保持器は、前記中心軸線と同軸に配置され、前記外輪または前記内輪を介して軸方向に対向する一対の環状部材と、前記一対の環状部材間に配置され、前記爪部材を前記歯部との噛み合い方向に付勢する弾性部材を保持する保持部と、前記一対の環状部材間に配置され、前記爪部材が前記歯部と非噛み合い方向に回動した際、前記突出部と前記歯部との噛み合いを阻止するストッパー部とを備え、
前記保持器が固定される前記外輪の内周部または前記内輪の外周部は、前記保持部の形状に対応する形状部を有し、
前記保持器は、前記保持部が前記形状部に嵌め込まれることにより前記外輪の内周部または前記内輪の外周部に固定されていることを特徴とするラチェット型クラッチ。
【請求項2】
前記保持機構は、前記一対の環状部材の軸方向に対向するそれぞれの面に設けられ、軸方向に対向する一対の軸方向凸部と、
前記各爪部材に設けられ、前記一対の軸方向凸部が係合する一対の凹部とからなることを特徴とする請求項1に記載のラチェット型クラッチ。
【請求項3】
前記一対の軸方向凸部を結ぶ直線は前記中心軸線と平行であり、
前記一対の凹部を結ぶ直線は、前記爪部材の回動の中心の軸線であり、前記中心軸線と平行であることを特徴とする請求項2に記載のラチェット型クラッチ。
【請求項4】
前記ラチェット機構は、前記外輪に対する前記内輪、または前記内輪に対する前記外輪がラチェット可能な方向をロックする単数または複数の他の爪部材を備え、
前記外輪と前記内輪とのトルク伝達方向を切り替え可能な切り替え機構を有していることを特徴とする請求項1から3の何れか一項に記載のラチェット型クラッチ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両や産業機械等においてトルク伝達用の装置として用いられるラチェット型クラッチに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、車両や産業機械等において、動力の電動化が多岐に亘っている。そのため、トルク伝達用の装置として用いられるクラッチ機構は、確実な噛み合い挙動を確保するために、爪部材を用いたラチェット型クラッチが多く適用されている。このようなラチェット型クラッチには、噛み合い性能の安定性と高い耐久性が求められている。
【0003】
特許文献1には、爪部材の挙動を安定させ、爪部材がポケットから抜け出すことを防止することにより、爪部材と内輪のノッチとの噛み合い性能を向上させ、耐久性を向上させたラチェット型クラッチが記載されている。
しかし、特許文献1のラチェット型クラッチの構成は、例えば動力の電動化による高速回転に対応した装置へ適用すると、噛み合いの際、爪部材が傾いた状態で内輪のノッチに噛み合ういわゆる片当たりが生じてしまう虞があり、ラチェット型クラッチの耐久性が低下してしまう虞がある。
【0004】
一方、特許文献2には、爪部材の側面に凸部を設け、外輪(または内輪)の爪部材収容部に、爪部材の回動に伴う前記凸部の移動を案内するための凹溝を設けることによって爪部材の傾きを抑制し、噛み合い相手側部材に対する爪部材の片当たりを抑制できるラチェット型クラッチが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2015-224744号公報
【文献】特開2016-121744号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献2のラチェット型クラッチの構成にあっては、爪部材と爪部材収容部側部材との両方に加工を施して爪部材の傾きを抑制するための構造を設けることとなる。このため、ラチェット型クラッチの適用トルクによっては爪部材あるいは爪部材収容部側部材に加工を施すことができなくなる等の制限が生じ、ラチェット型クラッチの設計の自由度が制約されてしまう虞がある。
【0007】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、設計の自由度を制約することなく、爪部材と噛み合い相手側部材との噛み合いの際、相手側部材の接触部に対する爪部材の片当たりを抑制することができるラチェット型クラッチを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明に係るラチェット型クラッチは、
外輪と、
前記外輪の径方向内側に前記外輪の中心軸線と同軸に且つ相対回転可能に配置された内輪と、
トルク伝達可能に前記外輪と前記内輪とを係合可能なラチェット機構とを有し、
前記ラチェット機構は、前記外輪の内周部または前記内輪の外周部の何れか一方に周方向等間隔に設けられた複数の歯部と、
前記外輪の内周部または前記内輪の外周部の何れか他方に設けられ、前記歯部と噛み合うことにより前記外輪に対する前記内輪、または前記内輪に対する前記外輪がラチェット可能な方向をロックする複数の爪部材と、を備えたラチェット型クラッチにおいて、
前記複数の爪部材は、前記外輪の内周部または前記内輪の外周部の何れか他方に固定された保持器に保持され、
前記保持器および前記各爪部材は、前記各爪部材をそれぞれ前記中心軸線と平行な軸線を中心に回動可能に保持する保持機構を備え、
前記各爪部材は、前記回動の中心の前記軸線を含む中心部と、前記中心部から第1の周方向に突出し前記歯部と噛み合い可能な爪部と、前記中心部から前記第1の周方向とは反対の第2の周方向に突出し前記爪部と同様の形状の突出部とを有し、
前記保持器は、前記中心軸線と同軸に配置され、前記外輪または前記内輪を介して軸方向に対向する一対の環状部材と、前記一対の環状部材間に配置され、前記爪部材を前記歯部との噛み合い方向に付勢する弾性部材を保持する保持部と、前記一対の環状部材間に配置され、前記爪部材が前記歯部と非噛み合い方向に回動した際、前記突出部と前記歯部との噛み合いを阻止するストッパー部とを備え、
前記保持器が固定される前記外輪の内周部または前記内輪の外周部は、前記保持部の形状に対応する形状部を有し、
前記保持器は、前記保持部が前記形状部に嵌め込まれることにより前記外輪の内周部または前記内輪の外周部に固定されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、設計自由度を制約することなく、爪部材と噛み合い相手側部材との噛み合いの際、相手側部材の接触部に対する爪部材の片当たりを抑制することができるラチェット型クラッチを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、実施形態に係るラチェット型クラッチの要部を軸方向一方側から見た状態を示す正面図であり、
図1(a)は第1の爪部材と歯部との非噛み合い状態を示し、
図1(b)は第1の爪部材と歯部との噛み合い状態を示している。
【
図2】
図2は、実施形態に係るラチェット型クラッチの要部の斜視図であり、
図2(a)は外輪と保持器と第1の爪部材を示し、
図2(b)は、
図2(a)から第1の爪部材を除いた状態の保持器と外輪を示している。
【
図4】
図4は、
図2(a)のIV矢視拡大図であり、第1の爪部材と保持器の部分拡大図である。
【
図5】
図5は、
図3のV矢視拡大図であり、保持器の部分拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の一つの実施形態に係るラチェット型クラッチを、図面を参照しつつ説明する。
【0012】
まず、本実施形態におけるラチェット型クラッチに係る方向について定義する。本実施形態において、「中心軸線」とはラチェット型クラッチの中心軸線すなわち外輪および内輪の軸線のことをいい、軸方向、径方向、周方向とは、中心軸線に関する軸方向、径方向、周方向のことをいう。また、軸方向について、
図1(a)および
図1(b)においては紙面手前側を軸方向一方側とし、紙面奥側を軸方向他方側とし、
図2(a)、
図2(b)および
図3においては紙面右下方側を軸方向一方側とし、紙面左上方側を軸方向他方側とし、
図4および
図5においては紙面右方側を軸方向一方側とし、紙面左方側を軸方向他方側とする。周方向について、
図1(a)、
図1(b)、
図2(a)、
図2(b)および
図3において、紙面に向かって左側に回転する方向を周方向一方側とし、紙面に向かって右側に回転する方向を周方向他方側とする。また、回転方向については、周方向一方側への回転方向を一方の回転方向とし、周方向他方側への回転方向を他方の回転方向とする。なお、ラチェット型クラッチの回転方向については、説明の便宜上、外輪に対する内輪の回転方向について説明するが、内輪の回転と外輪の回転とは相対的なものである。
【0013】
図1は、本実施形態に係るラチェット型クラッチ1の要部であって一対の爪機構部とその近傍部を軸方向一方側から見た状態を示す正面図であり、
図1(a)は第1の爪部材11と歯部7との非噛み合い状態を示し、
図1(b)は第1の爪部材11が歯部7と噛み合っている状態を示している。
本実施形態に係るラチェット型クラッチ1は、軸方向から見た全体の形状は、上記特許文献1の
図1に示された形状と同様の円環状であり、複数の爪部材と複数の歯部とを備えている。なお、本実施形態に係るラチェット型クラッチ1は、後述するように、トルク伝達方向を切り替えることができるタイプである。また、
図1(a)および
図1(b)においては、一対の爪機構部とその周辺部を、第1の爪部材11を中心に示している。
図2(a)、
図2(b)および
図3において示す範囲も
図1と略同様である。
【0014】
図2は、実施形態に係るラチェット型クラッチ1の要部の斜視図であり、
図2(a)は外輪3と保持器21と第1の爪部材11を示し、
図2(b)は、
図2(a)から第1の爪部材11を除いた状態の保持器21と外輪3を示している。なお、
図2各図においては、内輪の図示は省略している。
図3は、保持器21の要部の斜視図である。
図4は、
図2(a)のIV矢視拡大図であり、内径側から見た状態の第1の爪部材11と保持器21の部分拡大図である。
図5は、
図3のV矢視拡大図であり、内径側から見た状態の保持器21の部分拡大図である。なお、
図4および
図5においては、保持器21の第2環状部29も示している。
【0015】
本実施形態に係るラチェット型クラッチ1は、環状の外輪3と、外輪3に対して径方向内方に離間し、外輪3の中心軸線と同軸に且つ外輪3と相対回転可能に配置された環状の内輪5と、外輪3と内輪5との間でトルク伝達を可能とするトルク伝達機構と、を有している。本実施形態におけるトルク伝達機構は、後述するように、ラチェット機構である。
【0016】
内輪5の外周面には、径方向外方に突出し軸方向に延在する歯部7が周方向等間隔に多数形成されている。歯部7は断面形状が略矩形であり、内輪5の軸方向の一方端から他方端に亘って延在している。
【0017】
内輪5の中心部には、図示しないシャフトホールが形成され、該シャフトホールには、例えば図示しない電動モータ等の駆動軸(図示省略)が嵌合される。
【0018】
外輪3の外周部には、スプライン9が形成され、スプライン9には、例えば図示しない電動モータ等の駆動力が伝達される被駆動側装置(図示省略)と連結しているシャフト(図示省略)が嵌合される。或いは外輪3を固定とし、ラチェット型クラッチ1をバックストップとして用いることもできる。
【0019】
外輪3の内周側には、内輪5の歯部7と噛み合う複数の第1の爪部材11および複数の第2の爪部材15が保持されている。第1の爪部材11と第2の爪部材15とは、周方向一方側から周方向他方側へ向かってこの順に並んで配置され、一対の爪機構部を構成している。すなわち、軸方向一方側から見て、周方向一方側から周方向他方側に向かって順に並んだ第1の爪部材11と第2の爪部材15とで一対の爪機構部を構成し、外輪3の内周側にはこのような爪機構部が複数対設けられている。したがって外輪3の内周側には、複数の第1の爪部材11と、これと同数の第2の爪部材15とが、周方向に交互に配置されている。なお、
図1各図においては、一対の爪機構部を示し、
図2(a)においては、一対の爪機構部のうち、第2の爪部材15の図示を省略している。
【0020】
第1の爪部材11は、軸方向に延在する中心部12と、中心部12から周方向一方側に向かって延在する爪部13と、中心部12から周方向他方側に向かって突出する突出部14とを有している。爪部13と突出部14とは、同等の周方向長さおよび径方向厚さを有している。中心部12と爪部13と突出部14とは、一体に形成されている。第1の爪部材11は、中心部12を回動中心として回動可能に外輪3の内周部に保持されている。第1の爪部材11が回動することにより爪部13および突出部14が径方向に揺動する。このとき、爪部13と突出部14とは中心部12を中心として互いに反対方向に揺動する。第1の爪部材11は、爪部13が径方向内方に揺動すると、爪部13が内輪5の歯部7に噛み合い、これにより歯部7と噛み合い状態になる。一方、爪部13が径方向外方に揺動すると、爪部13と内輪5の歯部7とは非噛み合い状態となる。第1の爪部材11は、内輪5の歯部7と噛み合うことにより、外輪3に対する内輪5の周方向他方の回転方向への回転をロックするとともに、外輪3に対する内輪5の周方向一方の回転方向への回転を可能としている。
【0021】
第2の爪部材15は、軸方向に延在する中心部16と、中心部16から周方向他方側に向かって延在する爪部18と、中心部16から周方向一方側に向かって突出する突出部17とを有している。爪部18と突出部17とは、同等の周方向長さおよび径方向厚さを有している。中心部16と爪部18と突出部17とは、一体に形成されている。第2の爪部材15は、中心部16を回転中心として回動可能に外輪3の内周部に保持されている。第2の爪部材15が回動することにより爪部18および突出部17が径方向に揺動する。このとき、爪部18と突出部17とは中心部16を中心として互いに反対方向に揺動する。第2の爪部材15は、爪部18が径方向内方に揺動すると、爪部18が内輪5の歯部7に噛み合い、これにより歯部7と噛み合い状態になる。一方、爪部18が径方向外方に揺動すると、爪部18と内輪5の歯部7とは非噛み合い状態となる。第2の爪部材15は、内輪5の歯部7と噛み合うことにより、外輪3に対する内輪5の周方向一方の回転方向への回転をロックするとともに、外輪3に対する内輪5の周方向他方の回転方向への回転を可能としている。
このように、外輪3の内周側に保持された第1の爪部材11および第2の爪部材15と、複数の歯部7が形成された内輪5とで、ラチェット機構が構成されている。
【0022】
本実施形態においては、複数の第1の爪部材11および複数の第2の爪部材15は、保持器21を介して外輪3の内周側に保持されている。具合的には、これら複数の第1および第2の爪部材11、15は、外輪3の内周側に嵌合された環状の保持器21に保持されている。
【0023】
保持器21は、
図3に示すように、径方向に所定の幅を有する板状の第1環状部23と、第1環状部23の軸方向一方側の面24に軸方向一方側に突出して形成され、第1の爪部材11を保持するための第1保持部25と第2の爪部材15を保持するための第2保持部27とからなる爪部材保持部と、第1環状部23と軸方向に対向する、後述する第2環状部29とを有している。保持器21の第1環状部23は外輪3および内輪5の中心軸線と同軸に配置されている。第1環状部23と複数の爪部材保持部とは、一体に形成されている。保持器21は樹脂で形成されても良いし、金属で形成されても良い。樹脂であれば射出成形で簡易に加工ができる。また金属であれば、例えば削り出しで成形することができる。
【0024】
保持器21の爪部材保持部は、第1の爪部材11を保持する第1保持部25と、第2の爪部材15を保持する第2保持部27とが周方向に隣り合って形成されている。すなわち周方向一方側から周方向他方側へ向かって並んだ第1保持部25と第2保持部27とで一対の爪機構部を保持するための爪部材保持部を構成し、保持器21はこのような爪部材保持部を周方向等間隔に複数有している。
【0025】
第1保持部25は、軸方向一方側から見て、保持器21の第1環状部23の軸方向一方側の面24の内径側縁部から軸方向一方側に突出し周方向に延在する周方向延在部31と、周方向延在部31の周方向他方側端部から径方向外方に向かって延在する径方向延在部33と、径方向延在部33の径方向外方側端部から周方向他方側に突出する突出部35とを有している。突出部35は第1環状部23の軸方向一方側の面24の外径側縁部近傍に形成されている。周方向延在部31と径方向延在部33と突出部35とは一体に形成されている。周方向延在部31の内周面は、所定の隙間を介して内輪5の外周面すなわち内輪5の歯部7と径方向に対向している。
【0026】
軸方向一方側から見て、径方向延在部33と突出部35とによって、周方向他方側および径方向内方側が開放された略L字形状部が形成されている。略L字形状部の内部には第1の爪部材11の爪部13を径方向内方すなわち内輪5の歯部7との噛み合い方向に常に付勢しているコイル状のスプリング37が設けられている。
【0027】
第2保持部27は、軸方向一方側から見て、保持器21の第1環状部23の軸方向一方側の面24の内径側縁部から軸方向一方側に突出し周方向に延在する周方向延在部39と、周方向延在部39の周方向一方側端部から径方向外方に向かって延在する径方向延在部41と、径方向延在部41の径方向外方側端部から周方向一方側に突出する突出部43とを有している。突出部43は第1環状部23の軸方向一方側の面24の外径側縁部近傍に形成されている。周方向延在部39と径方向延在部41と突出部43とは一体に形成されている。周方向延在部39の内周面は、所定の隙間を介して内輪5の外周面すなわち内輪5の歯部7と径方向に対向している。
【0028】
軸方向一方側から見て、径方向延在部41と突出部43とによって、周方向一方側および径方向内方側が開放された略L字形状部が形成されている。略L字形状部の内部には第2の爪部材15の爪部18を径方向内方すなわち内輪5の歯部7との噛み合い方向に常に付勢しているコイル状のスプリング45が設けられている(
図1参照)。なお、本実施形態においては、第2保持部27の周方向延在部39は、
図2(a)、(b)に示すように、周方向他方側に隣接する爪部材保持部の第1保持部25´と共通となっている。
【0029】
第1保持部25の周方向延在部31と第2保持部の周方向延在部39との中間部には、保持器21の第1環状部23の内径側縁部から軸方向一方側に突出する中間突出部47が形成されている。中間突出部47は第1保持部25の周方向延在部31および第2保持部27の周方向延在部39と同等の径方向厚さを有し、周方向に所定の長さを有している。中間突出部47の周方向一方側端部は、第1保持部25の突出部35の周方向他方側端部よりも、周方向他方側に位置している。中間突出部47の周方向他方側端部は、第2保持部27の突出部43の周方向一方側端部よりも、周方向一方側に位置している。中間突出部47の内径側の面は、所定の隙間を介して内輪5の歯部7と径方向に対向している。
【0030】
中間突出部47は、第1の爪部材11および第2の爪部材15が回動し、第1の爪部材11の突出部14および第2の爪部材15の突出部17がそれぞれ径方向内方に揺動する際、第1の爪部材11の突出部14および第2の爪部材15の突出部17が内輪5の歯部7と噛み合うことを阻止するためのストッパーとしての機能を有する。具体的には、中間突出部47の外径側の面は、周方向一方側部分47aが第1の爪部材11の突出部14の内径側の面と接触可能であり、周方向他方側部分47bが第2の爪部材15の突出部17の内径側の面と接触可能である。
【0031】
外輪3の内周面は、保持器21の第1保持部25および第2保持部27の形状に対応する形状に形成されている。具体的には、外輪3の内周面は、第1保持部25に関して、周方向延在部31の外径側の面、径方向延在部33の周方向一方側の面、および突出部35の外径側の面に接触する形状を有している。また、第2保持部27に関して、周方向延在部39の外径側の面、径方向延在部41の周方向他方側の面、および突出部43の外径側の面に接触する形状を有している。第1保持部25と第2保持部27との間の外輪3の内周面の部分は、軸方向から見て、中間突出部47の外径側の面の中央部に接触する部分を有するとともに、中間突出部47の外径側の面の周方向一方側部分47aおよび周方向他方側部分47bとの間に、それぞれ第1の爪部材11の突出部14および第2の爪部材15の突出部17が径方向に揺動可能な径方向空間が形成される波形に形成されている。
【0032】
保持器21の第1保持部25および第2保持部27は、外輪3の軸方向他方側から軸方向一方側に向けて、外輪3の内周側に嵌め込まれている。具体的には、保持器21の第1保持部25および第2保持部27は、それぞれ外輪3の内周面の対応する形状部に嵌め込まれるように、外輪3の軸方向他方側から軸方向一方側に向けて、第1環状部23が外輪3の軸方向他方側の端面に接触する状態まで外輪3の内周側に嵌め込まれる。このような構成により、外輪3の内周面と内輪5の外周面との間に保持器21の第1保持部25および第2保持部27が配置される。
【0033】
外輪3の軸方向一方側には、
図4、
図5に示すように、保持器21の第2環状部29が配置されている。保持器21の第2環状部29は、円環形状を有し、外輪3を介して第1環状部23と軸方向に対向している。すなわち第1環状部23と第2環状部29とは、対をなしている。保持器21の第2環状部29は、外輪3および内輪5の中心軸線と同軸に配置されている。保持器21の第2環状部29は、軸方向他方側の面30が外輪3の軸方向一方側の端面に接触した状態で、例えば止輪等を用いて、保持器21の第1環状部23に形成された第1保持部25の周方向延在部31、径方向延在部33、突出部35のそれぞれの軸方向一方側端面と、第2保持部27の周方向延在部29、径方向延在部41、突出部43のそれぞれの軸方向一方側端面と、中間突出部47の軸方向一方側端面とを固定する。このような構成により、外輪3は、内径側の部分が、軸方向に対向する保持器21の第1環状部23と第2環状部29との間に配置される。
【0034】
保持器21は、第1環状部23の軸方向一方側の面24が外輪3の軸方向他方側の端面に接触し、第1保持部25、第2保持部27および中間突出部47のそれぞれの軸方向一方側端面に第2環状部29が固定されることにより、外輪3に対する軸方向の移動が規制されている。保持器21はさらに、第1保持部25および第2保持部27がそれぞれ外輪3の内周面の対応する形状部に嵌め込まれることにより、外輪3に対する相対回転が規制されている。このようにして、保持器21は外輪3に固定されている。
【0035】
保持器21の第1環状部23の軸方向一方側の面24には、
図3に示すように、第1保持部25の周方向延在部31の周方向他方側端部と、中間突出部47の周方向一方側端部との中間部に、軸方向一方側に突出する凸部51が形成されている。保持器21の第2環状部29の軸方向他方側の面30には、
図5に示すように、第1環状部23の凸部51と軸方向に対応する位置に、軸方向他方側に突出する凸部53が形成されている。したがって第1環状部23の凸部51と第2環状部29の凸部53とを結ぶ直線は、外輪3および内輪5の中心軸線と平行である。
【0036】
図4に示すように、第1の爪部材11の中心部12の軸方向他方側端部には、軸方向一方側に向けて凹んだ凹部61が形成されている。凹部61は、保持器21の第1環状部23の凸部51と相対回転可能に係合している。第1の爪部材11の中心部12の軸方向一方側端部には、軸方向他方側に向けて凹んだ凹部63が形成されている。凹部63は、軸方向他方側端部の凹部61と対をなし、保持器21の第2環状部29の凸部53と相対回転可能に係合している。第1の爪部材11は、中心部12の軸方向両端部の凹部61、63がそれぞれ保持器21の第1環状部23の凸部51と第2環状部29の凸部53とに係合することによって、中心部21を回動中心として回動可能に保持器21に保持されている。第1の爪部材11は、中心部12を回動中心として回動することにより爪部13および突出部14が径方向に揺動する。
【0037】
第1の爪部材11の回動の中心軸は、詳細には、中心部12の軸方向両端部の凹部61、63を結ぶ直線であり、該直線は、中心部12の軸方向両端部の凹部61、63が保持器21の第1環状部23の凸部51と第2環状部29の凸部53とに係合することによって、外輪3および内輪5の中心軸線と平行となる。すなわち、保持器21の第1環状部23の凸部51と、第2環状部29の凸部53と、第1の爪部材11の中心部12の軸方向両端部の凹部61、63とは、第1の爪部材11を外輪3および内輪5の中心軸線と平行な軸線を中心に回動可能に保持する保持機構を構成している。
【0038】
このように、第1の爪部材11は、中心部12の軸方向両端部の凹部61、63が保持器21の第1環状部23の凸部51と第2環状部29の凸部53とに係合することによって中心軸線と平行な回動の中心軸が形成され、且つ保持器21の第1環状部23の凸部51と第2環状部29の凸部53とによって軸方向に挟持されることにより、爪部13と内輪5の歯部7との噛み合いの際、回動の中心軸に対する傾きが抑制され、歯部7に対する爪部13の片当たりを抑制することができる。
【0039】
第2の爪部材15も第1の爪部材11と同様に保持器21に保持されている。
すなわち、保持器21の第1環状部23の軸方向一方側の面24には、
図3に示すように、第2の保持部27の周方向延在部39の周方向一方側端部と、中間突出部47の周方向他方側端部との中間部に、軸方向一方側に突出する凸部71が形成され、保持器21の第2環状部29の軸方向他方側の面30には、第1環状部23の凸部71と軸方向に対応する位置に、軸方向他方側に突出する凸部(図示省略)が形成されている。また、第2の爪部材15の中心部16は、軸方向他方側端部に第1環状部の凸部71が係合する凹部(図示省略)が形成され、軸方向一方側端部に第2環状部の凸部(図示省略)が係合する凹部83(
図1(b)参照)が形成されている。
したがって第2の爪部材15も、第1の爪部材11と同様に、爪部18と内輪5の歯部7との噛み合いの際、回動の中心軸に対する傾きが抑制され、歯部7に対する爪部18の片当たりを抑制することができる。
【0040】
本実施形態のラチェット型クラッチ1は、内輪5の歯部7に対する第1の爪部材11の噛み合い状態または非噛み合い状態と、内輪5の歯部7に対する第2の爪部材15の噛み合い状態または非噛み合い状態との組み合わせを変更することによって、外輪3に対してロックする内輪5の回転方向または外輪3に対して回転可能な内輪5の回転方向を変更し、回転伝達方向すなわちトルク伝達方向を切り替えることができる構成を挙げている。
【0041】
このようなトルク伝達方向を切り替えるための切り替え機構(図示省略)は、後述するように種々の構成を取り得る。
例えば、第1の爪部材11の爪部13と歯部7との噛み合いを阻止するための部材および第2の爪部材15の爪部18と歯部7との噛み合いを阻止するための部材を、アクチュエータ等を用いてそれぞれ軸方向に移動可能とし、第1の爪部材11の爪部13と歯部7との間および第2の爪部材15の爪部18と歯部7との間の空間に挿脱可能な構成とすることもできる。
また、例えば、第1の爪部材11の爪部13と歯部7との噛み合いを阻止するための部分および第2の爪部材15の爪部18と歯部7との噛み合いを阻止するための部分を周方向に複数有する環状部材を、アクチュエータ等を用いて外輪3および内輪5の中心軸線を中心に回転させ、前記各噛み合いを阻止するための部分を外輪3と内輪5との間の空間で周方向に移動させ、第1の爪部材11の爪部13と歯部7との間の空間、および第2の爪部材15の爪部18と歯部7との間の空間にそれぞれ移動可能な構成とすることもできる。
【0042】
このようなトルク伝達方向を切り替える切り替え機構によって、本実施形態のラチェット型クラッチ1は、内輪5の歯部7に対する第1の爪部材11および第2の爪部材15の噛み合い状態と非噛み合い状態との組み合わせを変更することによって、以下の4つの状態を取り得る。
【0043】
本実施形態のラチェット型クラッチ1の第1の状態は、第1の爪部材11および第2の爪部材15が、それぞれスプリング37および45の付勢力によって内輪5の歯部7に噛み合っている状態である。この状態において、内輪5は外輪3に対して周方向一方および周方向他方の何れの方向への回転がロックされた状態である。
【0044】
本実施形態のラチェット型クラッチ1の第2の状態は、第1の爪部材11がスプリング37の付勢力によって内輪5の歯部7に噛み合い、第2の爪部材15が内輪5の歯部7に対して非噛み合いの状態である。この状態において、内輪5は外輪3に対して周方向一方への回転が可能であり、周方向他方への回転がロックされた状態である。
【0045】
本実施形態のラチェット型クラッチ1の第3の状態は、第1の爪部材11が内輪5の歯部7に対して非噛み合いの状態であり、第2の爪部材15がスプリング45の付勢力によって内輪5の歯部7に噛み合っている状態である。この状態において、内輪5は外輪3に対して周方向他方への回転が可能であり、周方向一方への回転がロックされた状態である。
【0046】
本実施形態のラチェット型クラッチ1の第4の状態は、第1の爪部材11および第2の爪部材15が、両方とも内輪5の歯部7に対して非噛み合いの状態である。この状態において、内輪5は外輪3に対して周方向一方への回転も周方向他方への回転もロックされておらず、周方向一方と周方向他方の何れの方向への回転が可能である。
【0047】
本実施形態のラチェット型クラッチ1は、上記の第1の状態、第2の状態、および第3の状態の何れの状態においても、第1の爪部材11または第2の爪部材15が、それぞれ回動の中心軸に対して傾くことなく内輪5の歯部7と噛み合う。すなわち本実施形態のラチェット型クラッチ1は、歯部7に対する第1および第2の爪部材11、15の片当たりを抑制することができる。その結果、内輪5の歯部7と第1および第2の爪部材11、15との噛み合い挙動が安定し、高い耐久性を実現することができる。
【0048】
また、本実施形態のラチェット型クラッチ1においては、第1の爪部材11および第2の爪部材15は、外輪3に固定された保持器21に保持されているため、これらの爪部材11、15を回動可能に保持するための保持構造を外輪3に設ける必要がない。したがってこれらの爪部材11、15の保持構造の加工が容易となり、ラチェット型クラッチ1自体の設計の自由度を拡大することができる。
【0049】
なお、本発明のラチェット型クラッチは、上記実施形態に限定されず、適宜変形が可能である。例えば、外輪3の内周面に歯部を設け、歯部と噛み合う爪部材を、内輪5に固定された保持器に保持される構成とすることもできる。また、第1および第2の爪部材11、15の数は、ラチェット型クラッチのトルク容量により適宜設計することができる。また、上記実施形態のラチェット型クラッチ1は、トルク伝達方向を切り替え可能な例として挙げてあるが、トルク伝達方向を切り替えるための切り替え機構を有さないラチェット型クラッチに適用することもできる。
【符号の説明】
【0050】
1 ラチェット型クラッチ
3 外輪
5 内輪
7 歯部
11 第1の爪部材
12 中心部
13 爪部
15 第2の爪部材
16 中心部
18 爪部
21 保持器
23 第1環状部
25 第1保持部
27 第2保持部
29 第2環状部
47 中間突出部
51、53、71 凸部
61、63、83 凹部