(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-09
(45)【発行日】2024-01-17
(54)【発明の名称】ベーカリー製品用風味改良剤
(51)【国際特許分類】
A23L 27/20 20160101AFI20240110BHJP
A23L 27/21 20160101ALI20240110BHJP
A23L 27/22 20160101ALI20240110BHJP
A21D 2/14 20060101ALN20240110BHJP
A21D 2/24 20060101ALN20240110BHJP
A21D 2/28 20060101ALN20240110BHJP
A21D 13/00 20170101ALN20240110BHJP
A21D 13/80 20170101ALN20240110BHJP
【FI】
A23L27/20 A
A23L27/21 Z
A23L27/22
A21D2/14
A21D2/24
A21D2/28
A21D13/00
A21D13/80
(21)【出願番号】P 2019110768
(22)【出願日】2019-06-14
【審査請求日】2022-06-10
(73)【特許権者】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】森田 亜紀
【審査官】吉岡 沙織
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-296972(JP,A)
【文献】特開2012-050361(JP,A)
【文献】特開平08-275751(JP,A)
【文献】International Journal of Dairy Technology,2017年,Vol.70,No.4,pp.469-480
【文献】International Dairy Journal,2013年,Vol.30,pp.19-28
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L
A23C
A21D
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE/FSTA/AGRICOLA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バリン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、グルタミン酸および酪酸を共存させてな
り、風味改良剤中の含量が風味改良剤100重量部に対してグルタミン酸が1-10重量部、酪酸が0.1-1重量部であり、且つグルタミン酸:酪酸の比率が16.7-20:1である、パルミジャーノ・レッジャーノの風味を付与することを特徴とする風味改良剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パルミジャーノ・レッジャーノに代表されるハードタイプの熟成チーズの風味を付与できるベーカリー製品用風味改良剤に関する。
【背景技術】
【0002】
食品の保存技術と食のグローバル化が進展し、様々な輸入食品が容易に入手できるようになった結果、日本人の嗜好性も少しずつ変化している。チーズは生産国、原材料、製法などにより数百種のチーズがあると言われており、熟成タイプチーズのなかには風味が強く、日本人にとって食べにくいものも多い。そのため、これまでの日本では種類や熟成期間の異なるチーズを適宜選択して、日本人の嗜好性に合わせて再成型したプロセスチーズが主流だったが、現在では少々くせのあるナチュラルチーズをそのまま食べるシーンも増えている。プロセスチーズは、ゴーダチーズとチェダーチーズなどを溶融・乳化して風味を整えるため、発酵・熟成に関与する微生物と酵素が失活し、保存後も安定で均一な品質を保つことが出来る。一方で、熟成タイプチーズは、喫食時まで発酵・熟成が進行し、保存期間が長くなるほど微生物の代謝産物である有機酸、原材料由来の酵素により生成される脂肪酸、低分子のペプチド、アミノ酸が増え、そのチーズに特有の風味とテクスチャーを呈するようになる。とりわけ、生乳中に含まれていたホエーを極力排出し固形分濃度を高めたハードタイプチーズは、パルミジャーノ・レッジャーノに代表されるように、低分子ペプチドとアミノ酸が多く、旨味の強いチーズとして現代の日本人の嗜好性にも合い、様々な料理や食材として利用されている。
【0003】
手軽なチーズの食べ方には、パンやピザなどのベーカリー製品と合わせた食べ方が挙げられる。例えば、風味や食感の異なる複数種のチーズをピザ生地上にトッピングしたピザや、ダイスカットにしたプロセスチーズをパン生地で包んだり練りこんだりした惣菜パンを見かけることが多い。しかしながら、パルミジャーノ・レッジャーノなどの熟成タイプチーズは、ピザのトッピングとして目にする以外は、プロセスチーズのようにパン生地と混ぜ合わせて惣菜パンにするケースは少ない。ベーカリー製品用の小麦粉生地に熟成チーズを混ぜ込みにくい理由は、主に二つ考えられる。一つは、パルミジャーノ・レッジャーノは旨味の強いチーズになるまでに長い熟成期間を要し、生産性が低く安価ではないため、プロセスチーズのように潤沢に使うことが難しい。二つ目は、発酵・熟成によって生成された有機酸、脂肪酸、低分子のアミノ酸は、パン生地をべたつかせて作業性を著しく損なわせる。とりわけ、発酵・熟成中に生成される還元性ペプチドは、グルテンのS-S結合形成を阻害すると考えられ、結果としてイーストが生成するガスを保持出来ず、ボリュームの低いパンなることが経験的に知られてきた。プロセスチーズと異なる、熟成感の強いチーズ風味のパンを作ることは、品質、生産性、コスト面において容易に利用出来ない短所があった。
【0004】
コスト面においては、比較的安価なチーズ代替品として、チーズの脂肪やタンパク質を大豆などの植物由来原料に置き換えて、澱粉や香料を補ったヴィーガン向けのアナログチーズ(イミテーションチーズ、ビヨンドチーズとも呼ばれる)を利用することが出来る。しかしながら、大豆の青臭さやえぐみが強く、うま味が弱いなど、風味面で改善の余地が残されている。風味のマスキングには香料が使用され、青臭さのマスキングは可能でも、呈味面でえぐみをマスキングしながら熟成チーズのような旨味を付与する簡便な改良法は見出されていない。
【0005】
食品にチーズの風味を手軽に付与または補強する方法として、特許文献1および特許文献2が報告されている。特許文献1では、バリン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリンとラクトースとを共存させて加熱することにより、チーズを焼いたときのような風味改良剤が得られることを開示している。特許文献2では、パルミジャーノ・レッジャーノに含まれる風味寄与成分を揮発性物質と不揮発性物質に分類し、これらの物質を限定的に組み合わせることで、パルミジャーノ・レッジャーノの風味を再構成することを開示している。
【0006】
これらの知見があるにも関わらず、ベーカリー製品の小麦粉生地にパルミジャーノ・レッジャーノを添加したときの乳の甘い香り、香ばしい香り、うま味、熟成チーズ風味を簡便に付与することはほとんどされていない。特許文献1では焼きチーズ風味を付与することは出来ても、パルミジャーノ・レッジャーノのような熟成したチーズの風味付与は出来なかった。特許文献2ではパルミジャーノ・レッジャーノの風味を付与することは出来ても、再構成に必要な全ての物質をパンや菓子類に添加するとボリュームが低下するため、ベーカリー製品での利用には適さなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2013-121343号公報
【文献】特開2013-529469号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、簡便にパルミジャーノ・レッジャーノのようなハードタイプの熟成チーズの呈味、香りを付与することが可能であり、とりわけベーカリー製品においてはボリューム形成を妨げることのない風味改良剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題の解決につき鋭意研究を重ねた結果、特定のアミノ酸と脂肪酸を共存して含む混合物は、パルミジャーノ・レッジャーノのようなハードタイプの熟成チーズ風味を付与し、小麦粉生地への影響を与えないことを見出した。
【0010】
すなわち本発明は、
(1) バリン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、グルタミン酸および酪酸を共存させてなる風味改良剤。
(2) ハードタイプチーズの風味を付与することを特徴とする、前記(1)に記載の風味改良剤。
(3) パルミジャーノ・レッジャーノの風味を付与することを特徴とする、前記(1)または(2)に記載の風味改良剤。
(4) ベーカリー製品用風味改良剤である、前記(1)-(3)のいずれかに記載の風味改良剤。
(5) 食パン原材料における配合比が小麦粉100重量部に対し、前記風味改良剤0.1-5重量部である食パンの比容積が4.5-5.5mL/gであることを特徴とする前記(1)に記載の風味改良剤。
(6) 原材料として前記(1)に記載の風味改良剤を用いたベーカリー製品。
(7) バリン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、グルタミン酸および酪酸を共存させ、加熱してなる飲食品の風味改良方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の風味改良剤をベーカリー製品に添加して加熱すると、パルミジャーノ・レッジャーノのようなハードタイプの熟成チーズ風味を簡便に付与することが出来る。本発明の風味改良剤は添加しても、小麦粉生地の物性に影響をせず、生地のべたつきやベーカリー製品のボリューム低下を抑制しながら、所望の風味を付与することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0013】
本発明において、ベーカリー製品とは、澱粉質原料を主原料として、焼成、油調、蒸し、または蒸し焼き等の加熱処理をして製造される加工製品であり、例えばパン類、パン類乾燥品、ケーキ類、ワッフル、シュー、ドーナツ、揚げ菓子、パイ、ピザ、クレープ等が例として挙げられる。パン類としては、食事パン(例えば食パン、ライ麦パン、フランスパン、乾パン、バライティブレッド、ロールパン、クロワッサン等)、調理パン(例えばホットドッグ、ハンバーガー、サンドイッチ、カレーパン、ピザパイ等)、菓子パン(例えばジャムパン、あんぱん、クリームパン、レーズンパン、メロンパン、スイートロール、ブリオッシュ、デニッシュ、コロネ等)、蒸しパン(例えば肉まん、中華まん、あんまん、蒸し饅頭等)、特殊パン(例えば、グリッシーニ、マフィン、ピザ生地、ナン等)が例として挙げられる。パン類乾燥品としては、ラスクやパン粉等が例として挙げられる。ケーキ類としては、蒸しケーキ、スポンジケーキ、バターケーキ、ロールケーキ、ホットケーキ、どらやき、ブッセ、バームクーヘン、パウンドケーキ、チーズケーキまたはスナックケーキ等が例として挙げられる。
【0014】
本発明の好ましい態様によれば、本発明の風味改良剤は、バリン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、フェニルアラニンおよびプロリンと、グルタミン酸および酪酸を共存させた混合物である。
【0015】
本発明において、バリン(以下、Valとも表記する)、ロイシン(以下、Leuとも表記する)、イソロイシン(以下、Ileとも表記する)、メチオニン(以下、Metとも表記する)、フェニルアラニン(Pheとも表記する)、プロリン(以下、Proとも表記する)、(以下、これら6種類のアミノ酸を「アミノ酸6種類」と略記する)は、合成品であっても、これらを含有する天然物から単離、精製されたものであってもよい。また、本発明におけるアミノ酸6種類は、遊離の状態であってもよく、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩等の無機酸塩、酢酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、クエン酸塩、リンゴ酸塩、乳酸塩、α‐ケトグルタル酸塩、グルコン酸塩、カプリル酸塩等の有機酸塩、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩であってもよい。
【0016】
本発明において、グルタミン酸(以下、Glxとも表記する)は、合成品であっても、これらを含有する天然物から単離、精製されたものであってもよい。また、Glxは、遊離の状態であってもよく、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩等の無機酸塩、酢酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、クエン酸塩、リンゴ酸塩、乳酸塩、α‐ケトグルタル酸塩、グルコン酸塩、カプリル酸塩等の有機酸塩、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩であってもよい。
【0017】
本発明において、アミノ酸6種類およびGlxは、これらを含有するタンパク質やペプチドの分解物等のアミノ酸含有物に含有されていてもよい。
【0018】
本発明において、タンパク質またはペプチドを選択する場合には、分解物に含まれるアミノ酸6種類およびGlxの量に着目し、風味改良する上で望ましいものを適宜選択できる。例えば、乳タンパク質、小麦タンパク質、大豆タンパク質、卵タンパク質、卵白、ゼラチン、コラーゲン、酵母エキス、大豆ペプチド、コラーゲンペプチドが挙げられ、好ましくは乳タンパク質、小麦タンパク質、大豆タンパク質、卵白、ゼラチン、または酵母エキスであり、さらに好ましくは、乳タンパク質、大豆タンパク質である。
【0019】
本発明において、タンパク質またはペプチドの分解物を得るための方法は、タンパク質またはペプチドの分解物中に、アミノ酸6種類およびGlxを含有させることのできる方法であれば、特に限定されない。分解方法は、例えば、酵素分解、酸分解、アルカリ分解、または物理的な分解方法であり、好ましくは酵素分解であり、分解物は、例えば、酵素分解物、酸分解物、アルカリ分解物、または物理的分解物であり、好ましくは酵素分解物である。
【0020】
本発明において、酪酸は、常法により合成したものや乳製品などからの精製物や市販品をそのまま用いてもよく、牛乳、全粉乳、脱脂粉乳、バター、ヨーグルト等の酪酸を含有するものを用いてもよい。
【0021】
本発明の好ましい態様によれば、本発明の風味改良剤は、アミノ酸6種類とGlxおよび酪酸を共存させた混合物として製造することができる。共存させる方法としては、例えば、アミノ酸6種類およびGlxと、酪酸とを混合し、混合物とする方法や、当該混合物を水やアルコールに分散し、加熱溶解しても良い。前記混合物は、粉体、粒体、粉粒体、顆粒状等の固体状であってもよく、または、水、アルコール、酢酸溶液等に分散または溶解させた液体状であってもよいが、好ましくは粉体、粒体、粉粒体、顆粒状等の固体状である。
【0022】
本発明において、他の成分としては、例えば、アミノ酸6種類およびGlx以外のアミノ酸、タンパク質、ペプチド、グルコース、フルクトース、ガラクトース等の単糖類、スクロース、マルトース、トレハロース等の二糖類、ガラクトオリゴ糖等のオリゴ糖、澱粉、デキストリン等の多糖類、エチルアルコール等のアルコール、酪酸、酢酸、クエン酸、コハク酸などの有機酸、核酸等のうま味物質、脂質、脂肪酸、塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム等の無機塩、果実エキス、野菜エキス、水産物エキス、畜産エキス、風味料、香料などが挙げられる。
【0023】
本発明において、風味改良剤中のアミノ酸6種類の含有量は、混合物の取得を妨げない限り特に限定されない。当該アミノ酸6種類の総重量として、風味改良剤100重量部に対して、例えば0.1-30重量部であり、好ましくは1-20重量部であり、より好ましくは5-15重量部である。30重量部を超えると、ベーカリー製品の焼成色を著しく茶褐色に変え、製品としての価値が失われるため適さず、0.1未満では所望の添加効果を得ることが出来ない。
【0024】
本発明において、風味改良剤中のアミノ酸6種類の各アミノ酸の重量比は、所望の風味改良効果が得られる限り特に限定されない。好ましくはパルミジャーノ・レッジャーノの風味がより強くなる点で、メチオニン1重量部に対して、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニンおよびプロリンが、それぞれ0.1-20重量部であり、より好ましくは1-15重量部である。
【0025】
本発明において、風味改良剤中のGlxの含有量は、本発明の風味改良剤の取得を妨げない限り特に限定されず、風味改良剤100重量部に対して、例えば0.1-20重量部であり、より好ましくは0.5-15重量部であり、さらに好ましくは1-10重量部である。
【0026】
本発明において、風味改良剤中の酪酸の含有量は、本発明の風味改良剤の取得を妨げない限り特に限定されず、風味改良剤100重量部に対して、例えば0.01-5重量部であり、好ましくは0.05-2重量部であり、より好ましくは0.1-1重量部である。
【0027】
本発明において、風味改良剤中の他の成分の含有量は、本発明の風味改良剤の効果の妨げとならない限り特に限定されない。例えば、ラクトースの場合は、風味改良剤100重量部に対して、含有量は、好ましくは0.1-90重量部であり、より好ましくは0.5-70重量部であり、さらに好ましくは1-60重量部である。
【0028】
本発明における風味改良剤を食品に添加する方法は、特に限定されない。例えば、食品を製造する際に原料の一部として添加しても良いし、他の原料と混合させてから添加しても良い。添加する時期は特に限定されず、好ましくは食品にしやすい点で、原料の混合前または混合中に添加することである。
【0029】
本発明におけるハードタイプチーズとは、牛、山羊、水牛等から得られる生乳等にレンネット( キモシン)を添加して、43℃以上でカードを形成させてカッティングし、加圧圧搾することにより、水分含有率を40%以下にした硬質または超硬質のチーズとする。
【0030】
本発明における風味改良剤を添加する量は、特に限定されず、例えばベーカリー製品の場合には、ベーカリー製品の種類、性質に応じて当業者が適宜選択することができる。添加量は、当該例では、ベーカーズパーセントで、好ましくは0.01-20質量部、より好ましくは0.05-10質量部、さらに好ましくは0.1-5質量部である。ここで、ベーカーズパーセントとは、穀物粉生地における配合量を示す方法として一般的に使用されているものであり、配合した穀物粉の総質量を100%とした場合の、その他の各原料の質量比を意味する。ベーカーズパーセントは対粉パーセントとも呼ばれる。
【0031】
本発明における風味改良剤の加熱条件は、特に限定されず、例えばベーカリー製品に添加した場合には、添加したベーカリー製品を作出するための常法の加熱条件に合わせて良い。当該例では、好ましくは75-250℃、より好ましくは100-220℃、さらに好ましくは150‐200℃である。
【0032】
本発明において、風味改良剤を原料として用い、常法とおり製出したベーカリー製品は、当該剤を使用しない場合と比較して、パルミジャーノ・レッジャーノのような熟成チーズの風味を向上させることができ、さらに老化抑制や比容積低下抑制にも添加効果がみられる。ここで、比容積とは、パン生地1gあたりの体積を示した数値であり、比容積が大きい値であるほど、ボリュームの大きいパンとして評価される。老化抑制とは、例えば、保存期間中にパンが次第にかたくなっていく変化を抑制することを意味する。
【実施例】
【0033】
以下に、本発明の内容について実施例を用いて説明する。ただし、本発明の技術範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0034】
<実施例1>
試験区には、パルミジャーノ・レッジャーノを添加した比較区1、先行文献2の香味料組成物を添加した比較区2、風味付与をする原材料を加えていないコントロールを設定し、食パンでの評価を行った。評価項目は、官能評価、比容積測定、テクスチャー測定を行った。
【0035】
各試験区に添加する試料は下記の原材料と方法により調製した。
―比較区1(パルミジャーノ・レッジャーノ)―
ハードタイプチーズとして市販のパルミジャーノ・レッジャーノを用いた。試料は1包装分(50g)全量をフードプロセッサーで粉砕したのち試験に供した。比較区1は、パルミジャーノ・レッジャーノ100gをあらかじめ水100gにホモジナイザーで分散させてパンに加えた。食パンに用いる食塩量は、パルミジャーノ・レッジャーノに含まれる食塩分(1.6g/100g)を予め除いた。
―比較区2(先行文献2の香味料組成物)―
比較区2で添加した香味料組成物の成分組成は先行文献2の表11-表17の組成に準じて調製した。表1に示す原材料と配合量で調製し、出来上がった混合物を香味組成物とした。当該組成物を食パンに対粉3%添加した。
【0036】
【0037】
―食パンの調製方法―
食パンの調製方法は、日本イースト工業会のパン用酵母試験法に準じて行い、小麦粉1kg仕込みのストレート法で、ワンローフ型の食パンを調製した。原料と配合は、強力粉(カメリヤ、日清製粉)1000g、水700g、砂糖50g、ショートニング50g、生イースト(レギュラーイースト、三菱商事ライフサイエンス)30g、食塩20g、脱脂粉乳20g、イーストフード(パンダイヤC-500、三菱商事ライフサイエンス)1gとした。比較区1は、パルミジャーノ・レッジャーノ100gをあらかじめ水100gにホモジナイザーで分散させて加えた。食塩量は、パルミジャーノ・レッジャーノに含まれる食塩分(1.6g/100g)を除いた18.4gとした。油脂を除く上記配合の原料を縦型ミキサー(SS型71E、関東混合機工業)を用いて1速3分、2速3分、3速1分のミキシングをした後、油脂を添加し、1速2分、2速3分、さらに最適生地になるまで3速でミキシングした(6分から8分)。捏ね上げ温度は28±1℃のパン生地を調製した。パン生地は28℃で60分間1次発酵をし、450gに分割して丸め、室温で20分間のベンチタイムを取った。その後モルダー(型式WF、オシキリ)を用いてワンローフ型食パンに成形した。38℃、相対湿度85%の恒温器(KM-62PID-C型、協同電熱製作所)で生地の中央部分が型から1.5cm出るまで最終発酵を行い、リールオーブン(型式SER608MS、三幸機械)にて200℃で25分間焼成した。焼成したパンは直ちに型から取り出し室温で90分間放置して粗熱をとったあと、ポリエチレン袋の中に入れて25℃で保存した。翌日、比容積測定、テクスチャー測定、官能評価試験に用いた。
【0038】
―官能評価方法―
(パネル)
10名のパネルにより実施した。パネリストは週1回以上の頻度で約1年間以上にわたってパンの官能評価に従事した経験を持つものとした。
(パンの提示方法)
18mmにスライスしたパンをポリエチレン袋に入れ、香りは袋を開けた時に感じる香り、味はクラムを咀嚼した際に感じられる味について評価するようパネリストに指示した。1セッションにつき提示する試料のパンは2種もしくは3種とし、サンプルにはランダムな3桁の数字を添付した。原則として1日1セッションとし、パネリストの空腹、満腹時を避け、午前10時あるいは午後2時に開始した。1セッションは10から20分間であった。
官能評価用語として選定した香り9項目(アルコールの香り、カビのような香り、小麦の香り、グリーンな香り、酵母エキスの香り、乳の甘い香り、スモークの香り、こうばしい香り、チーズを焼いたような香り)、味質5項目(甘味、塩味、うま味、エグ味、後味)による10cmのアンストラクチャード線尺度法による官能評価を実施した。
(統計解析)
試料間の差を確認するために、一元配置の分散分析とTurkyのHSDによる多重比較を行った。データを一元的に把握するために、各評価項目を変量、各パネリストの各試料の評価を個体として、分散共分散行列を用いた主成分分析を行った。解析は統計解析ソフトウエアSPSS Statistic ver.23.0(日本IBM)を用いた。
【0039】
―比容積測定―
比容積測定は、重量計付レーザー体積計測機(volscan profiler 600、Stable Micro systems)で求めた。
【0040】
―テクスチャー測定―
食パンのクラムについて、テクスチャーアナライザー(EZ-SX、島津製作所)を用いて物性を測定した。クラム(n=10)の硬さは厚さ18mmにスライスしたパンを用い、直径20mmの円筒型プランジャーにより圧縮率30%、圧縮速度1.0mm/sで実施し、最大圧縮応力を求めた。
【0041】
―結果―
実施例1における官能評価、比容積及びテクスチャー測定の結果を表2及び表3に示した。比較区1と比較区2は、すべての項目において有意差が認められず、比較区2は比較区1の風味を再現できていることが確認できた。このことから、先行文献2の香味料組成物はパルミジャーノ・レッジャーノを添加したチーズブレッドの風味を再現できることが明らかとなった。比容積については、比較区1と比較区2の間に、比容積及び圧縮応力において、大きな数値の差は見られなかったが、両試験区はコントロールと比較すると差があり、パルミジャーノ・レッジャーノや香味料組成物を添加することによって、比容積が低下し、圧縮応力が上昇した。パルミジャーノ・レッジャーノと香味料組成物は、パンのボリュームを低下させ、食感や触感などのテクスチャーを硬くすることが示された。
【0042】
【0043】
【0044】
<実施例2>
比較区2の香味料組成物をパンに添加すると、パルミジャーノ・レッジャーノのような風味を付与することはできたが、ボリューム低下とテクスチャーが硬くなったため、表4に示す実施区1を調製し、同評価を行った。小麦粉を除く原材料で構成された剤は、本発明におけるベーカリー製品用風味改良剤であり、媒散剤として小麦粉を用いた。食パンの原材料として対粉3%添加した。
【0045】
【0046】
―結果―
実施例2における官能評価、比容積及びテクスチャー測定の結果を表5及び表6に示した。官能評価の結果より、比較区1と実施区1に有意差はほとんどなかったことから、実施区1の成分組成は、パルメジャーノ・レッジャーノの風味を再現できることが示された。また、比容積及びテクスチャー測定の結果より、実施区1はコントロールと同等の値を示した。以上より、実施区1に用いたベーカリー製品用風味改良剤は、パルミジャーノ・レッジャーノのような風味をベーカリー製品に付与しながらも、ボリューム低減を起こさない組成であることが示された。
【0047】
【0048】
【0049】
<実施例3>
実施区1を構成する成分の中から、パルミジャーノ・レッジャーノの熟成感を高める成分を特定するため、Glx、酪酸及びラクトースについて、最適な組み合わせを調べた。試験区は表7に示し、官能評価で比較した。
【0050】
【0051】
―結果―
実施例3の官能評価結果を表8に示した。ラクトースはこれらの風味の強さに影響を与えなかった。酪酸は乳の甘い香り、グルタミン酸ナトリウムは焼いたチーズの香りやうま味を強くする効果があったが、熟成チーズ風味を強める効果は認められなかった。酪酸とグルタミン酸ナトリウムをアミノ酸6成分に添加した場合にのみ、熟成チーズ風味が強くなった。
【0052】
【0053】
<実施例4>
実施例3の結果より、さらにパルミジャーノ・レッジャーノの熟成感を高めるための、Glx及び酪酸の最適な比率を調べた。試験区は表9に示し、官能評価で比較した。
【0054】
【0055】
―結果―
熟成チーズ風味を付与するために、酪酸とグルタミン酸ナトリウムには最適な比率があることが分かった。官能評価結果を表10に示した。Glxが酪酸のおよそ20倍の比率にあるときに、熟成チーズ風味が高まることがわかった。
【0056】
【0057】
<実施例5>
パン以外のベーカリー製品における添加効果を調べた。
【0058】
―クッキーの調製方法―
小麦粉1kgに対して表7に示す化合物を添加したクッキーについて評価を実施した。
無塩バター120g、砂糖80g、 卵60gの 3 成分 をホバートミキサー (ミキサーN50, HOBART)を使用し、 低速で4分間撹伴した後、 薄力粉200gを加え、同じホバートミキサーを使用して、 低速で4分間撹拌した。この生地をラップに包み、 厚さ3 mmに均等に伸ばした後、20分間冷蔵庫内(10℃)でねかし, 直径3.8cmの円型で抜き焼成した。焼成は、ニューコンポオーブン(TMC-GGG213,三幸機械)を用い、180℃で8 分間行った.焼き上がったクッキーは, 室温で放冷後, ポリエチレン袋に入れて保管し翌日官能評価に用いた.官能評価は実施例1と同様とした。
【0059】
―結果―
結果はパンと同様の結果となった.ラクトースはこれらの風味の強さに影響を与えなかった.酪酸は乳の甘い香り,グルタミン酸ナトリウムは焼いたチーズの香りやうま味を強くする効果があったが,熟成チーズ風味を強める効果は認められなかった.酪酸とグルタミン酸ナトリウムをアミノ酸6成分に添加した場合にのみ,熟成チーズ風味が強くなった.
【0060】
【産業上の利用可能性】
【0061】
以上説明してきたように、本発明のベーカリー製品用風味改良剤は、手軽にパルミジャーノ・レッジャーノのような熟成タイプチーズの風味を付与することが可能である。熟成タイプチーズには様々な有機化合物が含まれているが、これらを全てベーカリー製品に添加しても、風味以外の点でベーカリー製品としての品質を満足させることは出来なかった。本発明における風味改良剤は、製品のボリュームダウンという課題を解決している点でベーカリー製品全般に使用することが可能である。また、とりわけ熟成感の付与に秀でることから、今後、アナログチーズの風味改善にも有効と考えられる。